葉鍵板最萌トーナメント!!1回戦 Round43!!

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238エコーズにて
「……あの子、役者には向かないわね」
 誰に言うともなく、理奈は独り言をつぶやく。
「無理してるのが見え見えなんだから……全く、返答に困るわよ」
 別れ際、やたら饒舌だった智子。
 傍目には平然としているようにも見えただろう。
 しかし、その口調はほんの少しだけうわずっていた。
 その表情は僅かにこわばっていた。
 そしてエコーズの扉を開いて去る瞬間、目尻で何かが光った。
 一般人ならともかく、テレビドラマで役者もこなす理奈にしてみれば
智子の演技を見抜くのはたやすかった。
「…………」
 勝利は必ずしも甘美ではない。芸能界の頂点に君臨し、今まで何人も
退けてきた理奈は、それを誰よりもよく知っている。
 だけど……いや、だからこそ。
 自分は強くなければならない。破れた者が、自分に破れた事を、自分と
戦えた事を誇りに思えるように。それが敗者に対する、勝者の精一杯の
礼儀だった。

 ことん
 いつの間にかマスターが現れ、新しいコーヒーを理奈の前に置いた。
 無言のまま、理奈はそれを受け取る。
 あの子は今頃、誰かの胸で泣いているのだろうか。
 理奈は自分と戦った少女に思いを馳せた。
 理由はどうあれ、私はあの子の夢を砕いた。でもあの子は、最後まで
あたしの前では涙を見せようとしなかった。
 ……むしろ泣き叫んで罵ってくれたら、こっちも気が楽なんだけど。
ああいう態度を取られると、かえって痛い。
 でもその痛さは心地よかった。