"たとえば恋人が車にひかれたとするよ。ひかれた恋人は血まみれだ"
"要するに、それを冷静に写真に収められるかってことなんだ"
英二さんと交わした言葉が反芻される。
弥生さんとの情事の最中だというのに。
"考えてみろ、写真の写りは鮮明な方が、観る奴らは大喜びするんだぞ"
"感情に駆られて死体に泣きすがったって、作品にはならないんだ"
弥生さんは一雫の汗もなく冷然とした顔で、
俺の屹立した肉欲の象徴をあの滑らかな白い手で、淫靡な紅の唇で弄っている。
前髪が邪魔をして、あの冷たい瞳だけが見えない。
"苦しい恋愛や綺麗な恋愛を、苦しいまま綺麗なままに歌にできるなんて"
"そりゃあ、なあ、あんまり感心できた作業じゃないんじゃないかなあ"
まるで…まるで弥生さんじゃないか。
この人は底知れぬ深い情熱をもって、冷徹に写真を収めている。
車に引かれて血まみれなのは、きっと由綺と弥生さんの完全な混成体。
瞬間、頭の中が真っ白になる。
2/2
「…泣いておられるのですか?」
「…違う…」
俺は感情に駆られて死体に泣きすがっているのか?
死体は…きっと…無様な混成体。
…いや、きっと死体に涙を流しながらも俺が見ているのは…冷徹で蠱惑的なカメラマン。
いや、ワイエスのような風景画家か。
求めながらも、それを手に入れることが許されず、また手に入れる事を許せないんだ。
一つの完成に向かっている風景画が、壊れてしまう事を知っているから。
オーディエンスのいないこの世界だからこそ、彼女は俺を共犯者に仕立てた。
弥生さんを愛してはいない。
弥生さんも愛してはいない。
心なんて求めていない。
寂しさを紛らわすだけの、歪んだ…契約なんだ。
…ゲームを続けよう。契約が契約であるために。
由綺と弥生さんと俺の為に。
弥生さんが部屋から出て行くのを見送りもせず、ベッドに腰掛けたまま、
「…来週も…」とだけ呟く。
「ええ、いいですわ」
きっと彼女は振りかえりもせず言ったに違いない。