>>291の少し前の出来事
年の瀬も押し迫る12月9日。
ついに、この日がきた。
『葉鍵板最萌トーナメント』
由綺さんは、一回戦で三本の指に入るほどの接戦の末、
『東鳩』の姫川琴音さんに僅かの差で負けてしまった。
でも私は知っている、戦いの舞台から降りる時の彼女の素顔を。
愛する人の胸の中に還っていった由綺さんは、嬉しそうだった。
それは争いを好まない彼女らしい幕引きだったと思う。
…もし、藤井さんを賭けての戦いなら、由綺さんはどうしただろうか。
ふと、そんな不謹慎なことを考えてしまう。
そんな私の相手は『痕』の柏木千鶴さん。
冷静に判断して、私に勝てる可能性はほとんどないと言っていいだろう。
…なぜ私は、こんな勝ち目の薄い戦いをしなければならないのだろう。
…なぜ私は、こんな非効率的な試合に出場しなければならないのだろう。
「失礼するでー」
「貴女は?」
「ウチは猪名川由宇や、よろしゅうな、弥生はん」
「…こみっくパーティーの方が、どんなご用事ですか」
「あんた、いま何もせず出場辞退しようと思っとったやろ」
「素直に、勝てる相手とは思えませんから」
「あかん、あかんで、勝負する前からそんなことでどないする!
せっかくうちが応援しにきたんや、もっときばりや」
「…猪名川さんは、なぜ私を応援してくれるのですか」
「理由か、理由はこれのここを見てみ」
由宇さんが差し出した雑誌のページには、私の写真とともに
『最初の設定では、世渡り上手で、人当たりがよく、
由綺と同い年の努力家の関西人で、しかも眼鏡っ娘』
と言う文章が書かれていた。
「これは、何です」
「ホワイトアルバムの生みの親へのインタビュー記事や。
もっとも『もっと大人っぽいキャラが欲しい』と言うことで
今のあんたになったそうやけどな」
「そんな理由で、応援されるのですか」
「そんな理由で、なんてあるかい! あ〜あ、惜しいな〜、
最初の設定やったら3作連続『関西人の眼鏡っ娘登場!』
を売りにできたのになあ」
「…ジェットストリームアタックでもするつもりですか」
「おっ、あんたも分かっとるなあ弥生はん、これで眼鏡っ娘や
関西弁キャラ萌え〜な葉鍵板住人をゲットや」
「…そんなアピールだけでは」
「それだけやないで、弥生はん。ここ見てみ」
そこの箇所には『弥生さんは、ら〜・YOUさんいわく
「彼の力量がいちばん発揮されている」と原田さんを
指して言われるほど趣味爆発のキャラ』
『原田さん自身も「いちばん自由に書けたし、最初に書き上がった」
と言っていたので間違いない』と言う文章が。
「これで原田はんシナリオマンセーなファンもKOやな」
「…失礼します」
「ちょっと待ち! …ホントの事言うとな、ウチがあんたを応援するのは、
あんたのシナリオが一番主人公の冬弥はんに共感できたからや。
ウチは『弱さ』を見せつけるキャラはあんま好きやないねん。
同じ『女』から言わせると、あのズルさがちょっとイヤなんや」
「…それは、どなたのことです」
「さあ、な。それにファンをなめたらあかんで。職人と呼ばれる人は、
あんたをもっと知ってもらいたいために、命と時間を削って弾薬となる
画像やSSを作ってるんや。その努力を裏切らんといてや」
「…そうですね」
「で、どうや、弥生はん。試合に出場してくれるか」
「分かりました」
「よっしゃ、ほなウチは会場で応援してるやさかい、ガンバリや」
「ありがとうございます、猪名川さん」
…そして弥生の、1日にも満たない新たな契約が始まった…。