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風はいつのまにか夕凪に変わり、暖かくて赤い世界が辺りを覆っていた。
夕焼けを見ていると胸を奥をさわるようなノスタルジアを感じる。そして人のこころを包んで優しい気持ちにしてくれる。
観鈴は、往人と別れてから毎日、防波堤の上で海を見る放課後を過ごしていた。
「ここにいると、往人さんのこと、いろいろ思い出しちゃうな…」
「にはは、泣いちゃダメ。一人でもがんばっていけるって、往人さんと約束したから…」
「帰ろうっと」
立ち上がり振り向いた瞬間、2つの影が観鈴の目に入った。
「あ、往人…さん…と…」
(遠野さん…)
往人の横には、遠野美凪がいた。その姿は夕暮れの太陽を一身に浴びて、綺麗だった。
観鈴は、胸を奥をえぐるような感情を覚えたが、ぐっと堪えた。
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315:01/11/03 15:56 ID:bw7Q55nC
「よう、元気か」
「…うん。観鈴ちん、元気だよ。これから帰って、トランプするんだ。だれも知らない、新しいトランプの
ゲーム、いま考えているんだよ。それでね…」
観鈴は、精一杯の笑顔で一気に答えた。黙っていると今にも泣きそうだったから。
「…観鈴っ、おいっ、観鈴っ」
「…それでね…」
目から溢れ出しそうな涙を必死に堪えているのが、見ていて痛いほど分かる…。
往人はたまらず、言い放った。
「お前、今日学校で、イヤなこと、あったろ」
「え…、どうして…」
「すまん…、遠野から聞いたんだ」
うつむいていた顔をゆっくりと上げ、観鈴は美凪の方をちらりと見た。
「…そうなんだ…。でも…、大丈夫だよ」
「にはは」
そしてまたいつもの笑顔…。往人には、もうこの笑顔が耐えられなかった。
318 :
315:01/11/03 15:57 ID:bw7Q55nC
「お前っ、どうして笑うんだよ。どうして悲しいときに笑うんだよっ…」
「…え、もう、泣かないって…、がんばるって…、一人でもがんばっていくって約束したし…」
「…悲しいときは、思いっきり泣いていいんだ…。頑張らなくっていいんだ…」
「うっ…」
もう留まらなかった。せきを切ったように熱い涙が観鈴の頬を伝った。
「往人さん…、往人さんっ…うわぁぁぁぁんっ」
悲しいときに泣き、楽しいときに笑う。
そんな人間的な感情を、癇癪のせいで抑えていた観鈴は、その行為に没頭した。
いつのまにか辺りに暗闇が広がりはじめたころ、観鈴の涙はようやく止まった。
「にはは。ごめんね。往人さん、びしょぬれ」
「バカ、いいんだよ、別にこれぐらい」
「だいじょうぶ。もう、がんばれるから」
がんばるということは我慢することじゃないということ。
往人は、観鈴にそうあって欲しいと心から願う。
319 :
315:01/11/03 15:58 ID:bw7Q55nC
「神尾…さん」
突然美凪が口を開いた。観鈴はびっくりした表情で美凪を見上げる。
「はいっ、なんですか」
「これから、星を見に行きませんか。部活…です」
「え、でも私…、部活入ってないし…。他の部員に迷惑かかるよ」
「だいじょうぶです。部員は、私一人ですから」
そう言って、えっへんと胸をはる美凪。横で往人が笑っている。
「では、これを進呈」
手渡したのは、『入部届』と書かれた一切れの封筒。
「中身は、書いておきましたから。今から入部…です」
「あ、ありがとう…」
「そろそろ西の空に、一番星が綺麗に見えるころです。いきましょう」
「みちるも待ちくたびれてるしな」
往人が指差したさきで、みちるがウズスズしている。
「にょわーっ、遅いぞー。早くしろー、国埼往人ーっ!」
「俺に言われてもな…。じゃ、いくか、観鈴」
「うん」
観鈴は、今までこれほどまでに嬉しいという感情を抱いたことはなかった。
嬉しいときは、笑えばいい…。
(でも嬉しいときに、泣くことも…あるよね…。往人さん…)