「いもうとたちのこと…たのみます…」
これが、彼女が口にした最後の言葉だった。
その瞬間、千鶴さんは微かな笑みを浮かべ俺の前からいなくなってしまった。
山頂から太陽が顔を覗かせた。
温かい光が谷川の空気の冷たさをやわらげる。
水門の上にいる俺と、俺に掻き抱かれている千鶴さんの身体にも早朝の太陽の光が降り注ぐ。
朝。
悪夢に苛まされている夜は、朝の到来がどれほど待ち遠しかった事か。
だが、先ほどまで…いや、今も悪夢に苛まされている俺にとっては太陽の光が忌まわしい
ものとしか思えなくなっていた。
その顔に、そして衣服にこびりついた血も固まりかけ、相変わらず微かな微笑みを
浮かべたままでいる『千鶴さん』をよりはっきりと俺に見せつけるから。
千鶴さんがいなくなってから、俺はずっと彼女の身体を抱きしめていた。
先ほど見た、初めて出会った時の、そしてまだ小さかった俺に優しく話し掛けてくれる
千鶴さんとの明晰夢の最中も。
いくら強く抱きしめても千鶴さんの体温は感じられない。
俺の体温を奪うだけで、千鶴さんの身体はこの俺にぬくもりを返してくれないのだ。
昨夜愛し合った時はお互いの体温、唾液、汗が混じり合い、身も心も一つになれたのに。
夜が明けたとはいえ、まだまだひんやりしている空気に晒され冷たくなってゆくだけの
千鶴さんの身体を抱きしめたまま、俺は何度も何度も彼女との思い出を反芻していた。
俺は、千鶴さんの亡骸を目の前にしてあてどもなく考え続ける。
千鶴さんは俺に『いもうとたちのこと…たのみます…』という言葉を遺した。
そして笑みを浮かべたまま千鶴さんはいなくなった。
だが、俺が千鶴さんの願いを実際に聞き届ける、つまり梓、楓ちゃん、初音ちゃんが
姉の死という悲しみを乗り越えて生きてゆけるように支えたとしても果たして意味が
あるだろうか?
彼女が…千鶴さんがいない今、俺にはもはやすべき事などないから。
ただ一つ、自分でも良かったと思えることは千鶴さんが心残りなく向うへ行けた事だ。
いや、たとえ千鶴さん本人に心残りがあったとしても、この俺自身がそう判断したのだ。
そう。今も残っている彼女の表情から。
俺は体温を完全に失った千鶴さんの躯を抱き上げ歩き始めた。
早朝の太陽の熱で冷たい空気が溶けて靄がかかり始めた谷川を後にし、山道に足を
踏み入れる。
そして昨夜来た道をそのまま戻る道すがら、俺は千鶴さんに謝った。
『ごめんよ・・・千鶴さん。俺は願いを叶えてあげられない。俺もこれから千鶴さんと同じ世界に行く。
同じ世界にいったとしても、千鶴さんを欺いた俺が同じ場所に居られるわけはないけど。
でも、絶対越えられない、破れない壁を隔てたこの世で生きてゆくよりも、千鶴さんと
同じ世界に居続けたいんだ』
先ほど見た夢の内容が俺の脳裏をフラッシュバックする。
『何を泣いてるの? 耕ちゃん』
我が子を慈しむ母親のような表情で俺の顔を覗き込む千鶴さん。
『千鶴さん…俺、もう泣かないよ』
俺が柏木家の敷居を跨いだ瞬間、3人の女の子が俺と千鶴さんを出迎えてくれた。
だが、彼女達の反応は予想外のものだった。
俺たちの帰りを待ち侘びていた様子を一瞬見せてくれたところまではいい。
でもその後、大声で叫ぶことはないだろう。
俺に昨晩の出来事を問い詰めることもないだろう。
千鶴さんの身体に取り付いて大声で泣くこともないだろう。
救急車や警察なんか呼んでくれと誰が頼んだっけ?
ああもう。
朝っぱらからサイレンを鳴らして近所迷惑ってものを少しは考えろっての。
白い服と群青の服を着た人間は一体何様のつもりだ?
俺と千鶴さんを引き離すなよ。
そこまで考えて、俺は冷静さを取り戻す。
『別に身体が引き離されても構わないな…』
そう。
俺は今から千鶴さんを追いかけるから。
千鶴さんの身体はもう既に暖かくもないし、俺に柔かな笑顔を向けてもくれないし
優しく話し掛けてもくれない。
だから俺は千鶴さんの心がいる処と同じ場所へ行くと決めたんだっけ。
『千鶴さんは、『もう何も失わなくてすむ』って言ってたな…』
これから何も失わずにすむのは千鶴さんだけではない。
俺もだ。
だが…俺の心の内に渦巻くものがある。
何か大事な事を忘れているような。
俺はその『何か』を記憶の糸を辿り、思い出そうとはしたが徒労に終わった。
なくした物を探す時とは違うこの感覚。
なくした物が何であるかという事自体解らない。
解っているのは、ただ『自分が何かを忘れている』という事のみ。
俺は頭を振り、これ以上考える事を止めようとした。
何故俺が今更昔の事を思い出さなければならないのか?
俺が生まれるより遥か昔の事を…。
『遥か昔?』
どうして俺が、自分が生まれる以前のことを忘れていると解るんだ?
疑問への疑問がますます膨れ上がる。
だが、別に千鶴さんとは関係なさそうだ。
遥か昔に千鶴さんが生きていたわけじゃないから。
俺は自分にそう言い聞かせながら目を閉じた。
その瞬間。
月を背にした少女、燃え盛る炎を背にした少女、そして『俺』の腕に抱きかかえられた少女の
姿が俺の脳裏を掠めた。
『!?』
次いで、その少女を少し幼くした雰囲気の、別の少女の姿が重なる。
『エディフェル・・・リネット』
その二人の名前なのだろうか?
千鶴姉さんの四十九日も過ぎて、漸く私たちの周りは静けさを取り戻した。
あの日、耕一さんが全身血にまみれた千鶴姉さんを抱きかかえて帰ってきた時のことは
一生忘れられないだろう。
いや、その時、眼前の凄惨な光景を目にして気が狂いそうになる自分がいる一方で、
不思議と冷静に事態を把握しているもう一人の自分がいた。
『これは起こるべくして起こった出来事』
べつに第六感でも、あてずっぽうの推理でも憶測でもない。
私の身体に流れる柏木の血…いや、エディフェルの血が伝える事実だから。
尤も、この出来事を単なる殺人事件として捉えている警察…いや、人間に真実は
永遠に解らずじまいで終わるだろうが…。
その警察は私たち遺族が年端の行かない子供であるということを慮ってくれたのだろう。
随分言葉を選んで現場検証や鑑識の結果を説明してくれた。
掻い摘んで言うと、千鶴姉さんの衣服に付着していた『鉄分』は水門のそれと一致する事。
つまり、それは千鶴姉さんが水門の床に人間離れした強い力で何度も何度もその身体を
叩き付けられたことを意味している事。
致命傷となったのは千鶴姉さんの腹部に残されていた大きな裂傷である事。
そして、その裂傷の原因となった凶器が見つからず、捜査を打ち切ったという事。
これが普通の事件であれば、遺族はまだ見つからぬ犯人に怒りを燃やすか、警察の
遅々として進まぬ捜査に難癖をつけるかの何れかだろう。
だが、梓姉さんも、初音も、そして私も、程度の差こそあれこの事件の真相を知っている。
人と人の間で起こった犯罪ではなく、鬼と鬼との間での殺し合いだったという事に…。
だから別にこれ以上の捜査…というより無用な詮索を警察…ではなく人間にされることを
私たちは拒んだ。
決してこの出来事を一刻も早く忘れたいからではない。
これは私たち柏木家の血を引く者の問題だから。
何の証拠もないがゆえに耕一さんを不起訴処分にすることを無言で望んでいた何も知らない
人間達にとって、遺族による捜査続行の拒否は干上がった大地に降る慈雨に思えただろうが。
いや、仮に耕一さんを千鶴姉さんの殺人容疑で起訴しようとしても裁判に持ち込む
ことはおろか被疑者取調べを行う事自体不可能だったことだろう。
あの日以来、耕一さんは能動的に行動を起こす事はなくなったから。
人間は勿論、私たちの問い掛けにも全く反応する様子は無い。
私達も何度か耕一さんが収容されている病院へお見舞いに行ったのだが、病室で私達を
出迎えてくれるのはただ天井をうつろな瞳で眺めつづける姿だけだった。
医師の話に因れば、脳波も正常、脈拍も血圧も特に異常は無く外傷も無い、全くの
健康体であるらしい。
当然精神鑑定等もなされたらしいが、鑑定される側が全く無反応である為に判定の
下し様が無いということだった。
『ご家族の皆様の前でこう言うのもなんですが…まるで抜け殻…』
皆まで言わさず、梓姉さんが医師の白衣の胸元を締め上げる。
『耕一が…耕一のやつが…なんだって!?』
『梓お姉ちゃん! やめて! やめてよ!』
消毒薬の臭いが漂う廊下で、人の良さそうな初老の医師に掴みかかる梓姉さんと
それを泣きながら必死で押さえようとする初音の姿を、私は他人事のように眺めていた。
『耕一さんは…抜け殻…』
私は病室に入り、ただベッドに横たわったまま天井を眺め続ける耕一さんの顔を見つめる。
お医者さんの言うことはあながち間違いとはいえない。
当事者よりも、その件には何の関係も無い部外者である人間が問題の本質をズバリ
言い当てる事があるのと同様、日々の仕事以上でも以下でもないものとして耕一さんを
診ている医師の方が私たちよりも客観的に耕一さんを捉えている。
『耕一さんはいつか起き上がる』
そんな淡い望みを抱いている私達よりも。
千鶴姉さんの四十九日が終わるのと前後して、耕一さんの身体は病院から柏木家に帰された。
耕一さんの面倒を自宅で看るということは私たちの間で一致したからだ。
三人で話し合ったあのときの事が思い出される。
『別に入院させなくとも三人で役割分担すれば耕一の面倒は看られるし、それに…』
梓姉さんが言葉を続ける。
『耕一だって親父や千鶴姉と同じ家に居たいんじゃない…』
勿論本音であろうが、それとは別に入院費の事を云々しなかったのが梓姉さんと言えば梓姉さんらしい。
今まで家事を切り盛りしてきた梓姉さんだからこそ、これからは出来るだけ出費を
切り詰める必要があるのを痛感しているのだろう。
初音も私もその事に気付いていたので特に異論を差し挟むということはしなかった。
私も見知らぬ人間に耕一さんの身体を渡すのは嫌だったし、第一私にはまだすべき事があったから。
そう。千鶴姉さんの死を悼み、起き上がらない耕一さんをまざまざと見せ付けられて悲しみに
打ちひしがれる一方で、今の自分にできることを考えている私がいるのも事実だった。
他人が今、私の心の内を知ったなら、それはさぞ醜いものに見えるだろう。
今の私は現実から逃避してドロドロとした快楽に身を投じようとする獣だから。
「耕一さんの…こんなに大きくなって…」
「…」
私は耕一さん自身を咥えつつ思う。
私は、びくっ、びくっと脈打つ耕一さん自身に舌を這わせ、両手で撫で擦っていた。
アソコからエッチな汁を垂れ流しながら。
私の手によって膨張してゆく耕一さん自身を口の中いっぱいで味わうと、嬉しさは
勿論だが、背中を震わせるような背徳感と奇妙な興奮に襲われる。
耕一さん自身の先端の割れ目…尿道口に舌先を押し入れると私の唾液に耕一さんの
ちょっと苦い体液が混じりだした。
「耕一さんのを愛しているうちに…私もこんなになってしまいました」
「…」
私は自分のアソコに空いた手を持ってゆき、慰める。
耕一さんに身体を重ね始めた頃は、アソコを直接自分の指で刺激しない限り濡れることは
なかったのだが、今では耕一さん自身を愛するだけで濡れてしまう。
私の拙い愛撫でも耕一さんが反応してくれるのが嬉しいから。
ぴくぴく震える耕一さん自身を口腔内から一旦開放し、改めて両手で愛撫を始めた。
左手で股間の付け根にある袋状の部分をやわやわと揉みつつ、右手の親指と人差し指で
輪を作り、サオの根元からくびれまで満遍なく、力を入れすぎないよう優しくしごく。
頃合を見計らって、再び口の中にはちきれんばかりになった耕一さん自身を含み
耕一さんの体温を口で味わう。
左手で耕一さん自身を持ちつつ、右手の人差し指と薬指で私の割れ目を開き、膣口に中指を
挿し入れるとぞくぞくする感覚が全身を震わせる。
「私…耕一さんのが欲しいです…」
「…」
「耕一さんのを…私のに挿れて…いいですか…?」
「…」
「はい…」
私は耕一さんにまたがり、カチカチになった耕一さん自身をゆっくりと自分のアソコへ導いた。
「ああ…」
私の割れ目が耕一さん自身の先端を包み込むと快感が全身を走り、期せずして甘いため息が
漏れてしまう。
今にも絶頂を迎えてしまいそうだったが、私は何とか押し寄せる快感の波をこらえ
逞しい耕一さん自身を私の一番奥深いとこまで迎え入れる。
「くぅぁああ…」
既に愛液でとろとろになった私のアソコは、いともあっけなく耕一さん自身を飲み込んだ。
膣壁いっぱいに、そして子宮口に耕一さんが感じられる。
私の膣に入りきらず、サオの根元の部分を残した耕一さん自身を見ながら、私は
腰を上下に振り始めた。
「んっ…ふぁっ! あっ!」
耕一さんのが、私の子宮口にコツンコツンと当たるたびに私の膣そのものを押し広げん
ばかりに膨張する。
先ほど耕一さんを射精直前にまで追い込み、私も絶頂を迎える直前にまでアソコに刺激を
与えていたから絶頂は近そうだ。
「あっ…あっ…こ…耕一さぁん…」
「…」
身体を前に倒して耕一さんの唇に口付けた瞬間、耕一さんはびゅくびゅくと熱い精液を
私の膣内に射出してくれた。
「ひっ…! ふぁぁぁぁぁっ!」
同時に私も絶頂に達し、私の身体中の全神経が一点に集中したような感覚に襲われる。
下半身から全身に広がる、じんわりとした感覚。
耕一さんの温かい精液を膣壁と子宮口で味わいつつ、私は耕一さんの唇に口付けたまま腰の動きを更に早めた。
快感を貪り尽くすために。
今度は先ほどとは違い、私は自分自身の愛液と耕一さんの精液が交じりあったモノがたてる
ぐちゅぐちゅという卑猥な音を耳にしつつ行為に没頭し始めた。