「これで………これでいいんでしょ」
文字通り、一糸まとわぬ素っ裸となった七瀬留美。
左腕で健康的に膨らんでいる乳房を、右腕で自身の女の源泉を庇いながら、目指すもの
をハッキリと見据えた、雫で膜が出来つつも光溢れる瞳で、氷上を見据えて言い放つ。
つとめて声を抑え。内に激情を潜ませた声音で。
「ふーん……」
そんな七瀬を目の前に、氷上の口元が薄く笑みを形どる。
その彼に、視線をそらさず見据えていた七瀬であったが、途端にその面差しを、沸騰し
たかのように上気立たせ。
視線だけはそらすまいと必死に睨み付けるが、あまりの辱めに視線を逸らしかける。
氷上の視線は先程とは異なり、まるで爬虫類の舌がそうするかのように、一糸まとわぬ
七瀬の裸身を、その肌を、ジワリジワリと這い回っている。
かつて剣道で鍛えられしも、女の丸みはいささかも失っていないその肢体。
思ったより小さく、か細い肩にも。
彼女の最大の泣き所でありながら、それをおくびにも見せずくびれる腰にも。
そのやや上部に、ひっそりと潜んでいる臍にも。
鍛え上げられしカモシカのような、しなやかに伸びる双の脚にも。
そして、両の腕で懸命に護りし乳房と股間にさえ、潜り込むように、視線と言う名の
見えざる蛇舌は、七瀬の桃に染まりし肌を蹂躪してゆく。
「そうだね……」
視姦と言う名の鑑賞をひとまず中断し、氷上が七瀬に向き合い言う。
「な……」
そして、無造作に一歩一歩、無防備そのものの七瀬に近づいていく。
一歩一歩、裸の自分に男が近づいてくる。
そんな状況に知らず知らず膝が震える七瀬。
それでも。それでも一歩も引かず、男を気丈に睨み付ける。
そんな七瀬に触れるところまで氷上はついに近づいて。
無造作に伸ばされた男の腕に、庇いし両腕に力を込めて七瀬は縮こまる。
「え? や、やだ…っ?」
伸びた氷上の指は、何故か七瀬の髪にかかり。
浩平がいなくなってから後の髪型、ポニーテールを解いてしまう。
「……どういうつもりよ?」
訝しげに七瀬が問う。
解かれし七瀬の髪が裸の肌に優しくかかり、なんともいえぬ眺めとなる。
好き勝手に髪をいじられるも、両腕は乳房と股間を庇っている為に、彼女にはどうする
こともできない。
そういう無防備な七瀬に、氷上はさらりと言い放ち。
その言葉を聞いた瞬間、その指が動いた瞬間。
気丈な七瀬が真っ青に、その表情を凍りつかせた。
「やっぱり君は、ツインテールが一番だね♪」
「――やめてええぇっ!!」
ガシッ!
彼女の女を主張し乳房を庇う左手を、引き剥がしてまでも七瀬は氷上の腕をつかみ、彼
の行為を阻止しようと、必死の形相で押さえつけようとする。
「おや、どうしたの? 胸を丸出しにしてまで」
「うるさいっ!やめて!やめなさいよ!!」
あらん限りの声を振り絞り、氷上の行為を止めんとする。
股間を庇いし右腕さえも使い、氷上の腕にぶら下がるかのように、必死に食い止めんと
七瀬は力を両腕にこめる。
(嫌だ! 嫌だっ! “あたしの裸”を見ていいのは、アイツだけなんだから!!)
打ち込んでいたものを、断念せざるを得なくなった時。
そんな時、尊敬する先輩が教えてくれた、自分のもう一つの道。
そして、その道を。いや、その自分自身を、受け止めてくれた男。
その男にだけは見せられた。一番自分らしい自分。
だから、耐えられた。
裸になれと言われても、裸を他の男に見られても。
今の自分は、かつて彼に見せた、唯一の自分ではないのだから。
でも。
でも、例え形だけといえども、あの時の自分を。
一番好きな、一番の自分の裸を、アイツ以外に見られるなんて。
――――耐えられない!
「嫌あっ!やめてっ!やめてよバカ!!」
自分の裸身を晒してまで、そこまでしても、髪をいじる手を止めんと七瀬は叫ぶ。
嫌だ。
絶対嫌だ。
あの髪型での自分の裸を、アイツ以外に見られるなんて。
それだけを、ただそれだけを思いながら、必死に七瀬は抵抗する。
そんな努力も、何故ここまでの力を出せるかという氷上の腕力に、全然効を奏せず。
ガチャ!
「あぁっ!」
絶望的な状況に七瀬が喉震わせる。
暴れる七瀬の両腕が、後ろに回され、冷たい手錠をかけられる。
これで七瀬は身体を隠すことも、反撃することも、抵抗することすらできなくなった。
両腕を後ろ手に拘束されながら、それでもなお身を捩り抗う全裸の七瀬。
しかしそんな彼女の努力は、男の一言で撃ち砕かれた。
「ほぉら、キミの大好きな髪型だ!」
美術室にか細い鳴咽が響く。
ここまで堪えに堪えていた涙が、次から次へと溢れ落ちる。
後ろ手に縛られた両の手は、泣き顔を隠すことすら叶わない。
絶対に、アイツ以外に見られたくなかった、ツインテールの自分の裸。
乱れた髪を垂れさせて、七瀬はただ、一糸まとわぬ身体を震わせて。
ただ、泣きじゃくっていた。