「え?」
七瀬は、信じられなかった。
目の前の、氷上シュンと名乗る男子生徒の、その言葉が。
「おりはらに、あえる、の………?」
「そうだよ。彼の居所は僕が知ってる」
涼しい顔で言ってのける氷上。
七瀬は、未だにその言葉を信じられなかった。
しかし同時に、彼の言葉に嘘はない。そう確信していた。
細かな根拠や理由など、そんなものはどうでもいい。
“彼が折原浩平を知っている”。それだけで、十分すぎた。
「おりはらは……?」
呆然とした、その形容通りの表情を浮かべる七瀬。
彼女の気丈さと、想いの強さを表す瞳には、みるみるうちに、大粒の涙が溢れてくる。
「折原は、折原はどこにいるの!? どうしたら逢えるの!? ねえっ!!」
氷上の肩を揺すりながら、約1年、溜まり溜まった想いを爆発させる。
そんな七瀬に肩を揺すられながら、こんな状況にもかかわらず、氷上の顔は醒めている。
「まあ、落ち着きなよ」
「――ぅ!」
がっ。
華奢な外見に似つかぬ腕力で、七瀬の手首を掴み押さえる。
「彼に逢わせてやってもいいけど、その前に、君の覚悟を試させてもらう」
「え……?」
醒めた表情から言い放たれる彼の言葉に、一瞬七瀬は戸惑うも、
「どんなことをしたっていい! あいつに逢うためなら、どんなことでもやってやる!」
「そう」
七瀬の決意をしかしながら彼は軽く流し、そしてさらりと口にした。
「それじゃとりあえず、脱いでもらおうかな」
「え?」
一瞬何を言われたのかわからず、ぽかんとした表情に。
しかし何を言われたのか、その言葉が染み透った途端、みるみるそれが真っ赤に染まる。
「え、あの……脱ぐ、って……?」
「そのままの意味さ。まずはキミの裸が見たいな」
「はだ……」
そのストレートな物言いに、戸惑い混じりの朱顔が、怒りを混じりしそれに変わる。
「ふっ……ふざけないでよ!」
氷上に向かい、七瀬は怒りをぶちまける。
「人が本気で話してるのに! 冗談もほどほどにしてくれる!?」
「キミのほうこそ、冗談はほどほどにしてほしいね」
「なっ……!」
醒めていた、氷上の顔が更に一層表情を無くす。
その無表情さに、その得体の知れなさに、七瀬の舌鋒も勢いを無くす。
「僕はキミの覚悟が見たいって言ったんだ。それが出来ないって言うんなら」
睨むでもない。淡々と氷上はそう告げる。
「もう話はここまでだ」
「く……」
唇を噛み締める七瀬。
折原浩平への心当たりは、もう、この少年以外にはない。
「……わかったわよ」
七瀬に選択肢など、そして。
「脱ぐわよ。――脱げばいいんでしょ!」
逡巡など最初から、あるはずもなかった。
バサッ!
浩平がいなくなって後、この学校のものと合わせた制服が、乱暴に床に投げ捨てられる。
「くっ……」
唇を噛み締めながら、スカートのホックを外し、チャックを下ろし、
パサッ。
持ち主の身体から離れたスカートが、無造作に床に落とされる。
「……どう?」
シンプルで清楚。
飾らない、本来の彼女を表しているような、純白の下着。
僅かに脚を震わせるも、気丈に七瀬は言い放つ。が。
「ダメだね。裸が見たいって言ったろ? その邪魔っ気な布も取ってよ」
「言うと思ったわ……」
そういうと同時に躊躇なく、七瀬は腕を後ろに回す。
唇を噛む力がより強くなる。
音もなく、ブラジャーが緩んでいく。
片方の腕で胸を庇いながら、七瀬はそれを外していく。
「へぇ、やっぱり恥ずかしいんだ」
バサッ!
氷上の言葉に、胸の下着を思いきり地面に叩き付けたことで答えたのだろうか。
「ふーん、パンツ一枚のキミも、なかなか可愛いね」
両手で両胸を庇いながら立っている七瀬に、氷上が揶揄の言葉を投げる。
シンプルな白パンツと、恥じらいに染まった肌とのコントラストが、なんともいえず
興奮を誘われる。
「これで許してくれるわけ、ないわよね」
皮肉混じりの七瀬の言葉に、氷上は何も返さなかった。
あえて、何も返さなかった。
七瀬の動きが、ここに来て止まる。
もし氷上が何か――その言葉はなんでもいい――とにかく何かを言ってきたならば、そ
の言葉をバネにして、七瀬は最後の一枚を、一気に脱ぎきっていただろう。
しかし、何も返ってこない。
バネにすべき言葉は何もない。無論許してもらえるわけもない。
いや、許してもらえはするだろう、それもいとも簡単に。
だが、彼女の最後の希望は、そこで潰えることになる。
胸を庇いし両腕が震える。
身体を支えし両脚が震える。
悔しい。何より恥ずかしい。
でも。
でも。やっと見つけた、やっと出会えた一縷の望み。
震える歯を食いしばり、頬を真っ赤に染めて、固く閉じた瞼を、震わせて。
(おりはらぁ……っ!)
「――――あああああああああああぁぁぁぁぁああああああああああぁぁああっ!!!」
まるで喧嘩のように腕を胸から引き剥がし、最後の砦を自ら捨てる。
その喉から、想いを込めた絶叫を吐き出しながら。
パサッッッ!
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………っ!」
激情を、床に叩きつけ。
羞恥に白き肌を朱に染め、鍛えられししなやかな肢体を恥辱に震わせて。
氷上を睨み付けるその気丈で、意志の強きその瞳は。
今にも零れ落ちんとする涙に溢れ、それでも、落とさず堪えていた。