●●要求。青紫(竹林明秀)はLeafを辞めろ5●●

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                           シャトー
 エルビアン・ジールを見下ろせる山の斜面にたたずむ蒼い 城。リサは夕暮れ時に
             カウル
ここを訪れた。MCを降り、風防の隙間から愛用の長剣を抜き取る。

 大作を見上げる芸術家のごとく、しばし立ち尽くした。

 彼女の見上げるその荘厳なたたずまいは、夕日を浴びて淡い紫のベールをまとっ

ているかのようだ。

 やがて彼女は入り口へと足を向けた。

 閉じられた鉄柵の前に立つと、門柱に据えられたレーザー付き監視カメラがリサ

を睨んだ。竜の館には当然のメカニズムだ。無謀な侵入者は三万度の針で貫かれる

であろう。

「……システムは作動中……、当然ね、住人がいるもの」

 そう呟き、リサは左手の甲を監視カメラに掲げた。
    ハ        シャッコウ
 中指に嵌められた指輪が 赤光を放つ。周囲の光が吸われ消え去る瞬間、断末魔の

色に染まる──そんな赤であった。
 どのような所業か、鉄柵は音もなく開き美麗の竜狩人を招き入れた。

 石畳の道路が庭を横切って館へと続いている。

 リサはゆっくりと道に沿って進む。

「ここらはひどく霊的に安定している……。不思議だ」

 声が呟いた。リサは気にした風もなく道を行く。
         オブジェ
 材質不明の奇怪な 立像 が庭に林立している。その一つでも持ち帰ることができ

れば、一生遊んで暮らせる値が付くであろう。

 周囲は異様な静けさに満ちていた。

 よもや、一体の像から必殺の一撃が放たれようとは──

 飛燕の速度で飛来したそれは、世にも美しい響きを伴って弾き飛ばされた。大地

を貫く鋼の矢、白刃を構えたリサの姿だけが、その結果だった。

「ご挨拶ね」
     カイコウ
 旧友との邂逅に漏れるような、親しげな口調で言う。
                       ベッピン
 ──こりゃ驚いた。アレをしのいだ上に、えれえ 別嬪だな
         ・・
         ・・
 リサの言葉に男の気配が応じた。奇妙なことに、声は彼女の周囲から聞こえた。

気配もそれに伴って散漫だ。男の位置を特定するには至らない。

 ──ココを何処だか知っててうろついているのかい?

「ええ」

 ──おれの名を知っているか。……婆に頼まれて……そうか、竜狩人アルテイシ

アか。

「……!?」

 不意打ちをことごとく防いだリサも、その言葉に確かな動揺を覚えた。
          ミ ヤ コ
 ──あの腕っ節、中央都市一の美女百人がかりでも敵いっこねえ顔形……。間違

いねえな
 ヒ ト
「他人のプライベートを覗くなんて、乙女の敵ね」
 ス
 拗ねたように言い捨てるや、リサは眼を閉じた。

 ──さすがだな、頭の中が真っ白になった。……無意識ってやつか。これ以上の

探りは無駄だな……
 言い終える前に、風が鳴った。

 再び飛来した矢を弾き落としたリサが、周囲を見回したとき気配は絶えていた。
                     ・・・・・・・・
「あれがintention brothers……。なるほど、人の意志を読むか……」
                       ソウコン
 声には答えず、剣を収めたリサは右手で二の腕の瘡痕をハンカチで拭った。

 二本目の矢は弾いたものの、遅れて飛来した三本目の矢は彼女の動きを予測して

放たれていたのだった。

「噂どおりの手腕だな」

「そうかもね……」

 人の思考を読み取るインテンション兄弟。意図的に無意識を作り出したリサ……。

常軌を逸した魔闘の余韻を赤い夕日と蒼い城が包み、神々しいまでの美しさを一人

の竜狩人に捧げていた。
 村外れの廃墟。ここはかつて、竜族に対する人間たちの最後の砦だった。厚さ十

数メートルの圧縮コンクリート製の防壁は砕かれ、あるいは溶解し、硝子化した周

囲の地面はここで核兵器が使用されたことを哀しく物語っている。

 夕日を背景に、折れ曲がったアンテナの上で食肉鳥が一声鳴き、倒壊した柱の陰
            イナナ
で草を食むサイボーグ馬の 嘶きがそれに答えた。

「兄者……」

 廃墟の奥の暗闇で、声が呼んだ。声の主は先程、リサとの魔闘を演じたインテン

ション兄弟のものであった。

「首尾はどうした?」

 もう一つの声が応じる。

「だめだ、何も見つからねえ」
    ・・・・・
「よほど巧く隠したか」

「ああ──」弟の声はそう答え、
「ああ──」弟の声はそう答え、

「兄者、城でアルテイシアに逢った。……アントンとかいう婆に頼まれ、おれたち

と同じ目的で動いている」

 弟の言葉に、気配が微かな動揺を伝え、

「アルテイシア……竜狩人リサ・アルテイシアか。……厄介だな」

「ああ。あの小娘、おれの『読み矢』をかすり傷にしちまいやがった。……動きを

読んだのに、すんでで切り返しやがったんだ」

 弟は、心臓直撃の攻撃を逸らした竜狩人の神技を興奮ぎみに語った。

「それほどか……」

 他人事だという風に兄は答えた。

「ああ。だが、次は外さねえ……」

 声は危険な意志を乗せて届いた。

「依頼人共々、消すか。……稼ぎを横取りされては叶わん」
「ここだな……。霊気が漏れている」

 一階廊下の突き当たりで、声に従ってリサは身を低くする。剣を抜き、大理石の

廊下の表面に近づけた。

 探るように白い石の表面をなぞる。

「どお?」

「う〜む。……あったぞ、ここだ」

 リサの問いに声が答える。

「行くわよ」

 剣を振り上げ、リサが問う。

「おお」

 彼女の頭上で声が答える。

 ザキンッ

 長剣は半ばまで廊下に突き立てられた。
「よし……、下がっていろ」

 腰を上げリサが退くと、長剣がエメラルドの輝きを放った。同じ色の煙がねっと

りと刀身にまとわり付く。

 やがて、刀身に沿って左右に亀裂が走り、角を曲がって更に角を蹴り、矩形の溝

を刻んだ廊下が出来上がった。

 リサはおもむろに近づくや長剣を抜き取った。鞘に収め、

「オープン・セサミ」

 媚びるような仕草で呪文を呟くと、息を合わせたように床の一部がせり上がった。

 果たして、そこには地下へと続く階段が姿を現していた。インテンション兄弟の

探し物とはこの事か。

「……何のつもりだ?」

 怪訝そうな声は、不必要な手順の存在を案じてのものだ。

「呪文よ、魔法のジュ・モ・ン」

「フン、少女趣味め……」
「い〜だ」

 声の悪態に舌を出してやり返し、リサは地下へと一歩を踏み出した。

 リサの歩みに応じて照明が行く手を照らす。その小さな灯火は、照明というには

あまりに小さすぎる。暗闇を見通せる竜族には照明は無用であろう──現にリサの

瞳は、照明に頼らずとも通路の奥を克明に捉えていた──明かりは道標であるのか

もしれない。
       セイチ
 やがてリサは精緻な彫刻を施した扉に行き当たった。

 ここで指輪を掲げると、退くように扉は開いた。

「……わおっ」

 三〇メートル四方のその空間は巨大なパイプの巣窟であった。床以外の全ての面

を様々なパイプが埋め尽くしている。

 そしてそれらの行き着く先は、中央に据えられた巨大な『炉』であった。

「あれは、まさか──」

「ほほ、よくぞここまでたどり着いたの。美しい女」
 声がすべてを言い終えぬ内に、新たな声が響き渡った。

「……また逢ったわね」

 見よ、リサと炉を結ぶ線に浮かぶ人影を──

 純白のロングドレスに蒼い髪、それよりもなお深い蒼を湛えた瞳、猫の眼がごと
                 ウルワ
く細長い黒瞳、美の結晶たる微笑みも 麗しげなその姿は、リサがあの晩に出逢った

女性のものであった。

「ほほ、その瞳、その美しさ──一目で判ったぞ。そなた、リザームじゃな?」

 口元に手をやり優雅な面持ちで、壮年五千歳の竜が訊く。

「……」
 ゲセン
「下賤な……、人間との狭間に生まれし『忌み子』……この場に立ち会った罪は重

い。滅せよ」

 その笑みが壮絶な憎悪の形相に変わるまで、さほど時を要しなかった。

 凄まじい思念の波動が、突風となってリサに吹き寄せた。

「いいえ、あなたが滅ぶのよ。あたしの手で……」

 髪の乱れを気にしながら、リサは言った。
「ほほ……。愚かな、下賤の輩が……私を滅ぼすとな?

 面白い……やって──!?」

 リサの左手が霞み、黒い三つの流れが走り神速で彼女と竜とを結ぶ。
                          ビョウ
 寸前で音もなく止まり、床に乾いた音をたてるのが鋼の 鋲だと竜が気付いたとき、

リサの姿は既になかった。

「……!!」

 見上げる竜は既に遅し、頭上で振りかぶるリサの剣閃は既に消失していた。

 おおっ!?

 白刃はやはり音も無く竜の頭上で停止していた。

 停止させられたと気付くが早いか、リサは五メートルも飛び下がった。必殺の剣

は鋲と同様、手のひらほどの黒い板に防がれていたことに、彼女は気付いたか?

それらがすべて三辺形であったことも……。

「ほほ、さすがの私も肝が冷えたぞ……」

 言葉とは程遠い余裕の笑みを竜は見せた。

「笑ってないで素直に斬られなさいよ」
 拗ねた調子のリサ。対する竜は歓喜の笑みを浮かべ、

「良い香りがした……」

「?」
      アツラ
「そなたから 誂え向きの娘の香りがした……。
         ・・・
 ほほ、決めたぞ。代わりはそれじゃ」

「何の話よ」

 再び投じた鋲は竜の眼前で止まり、落ちた。

「ほほ、また逢おうぞ、美しい女……」

 輝きが周囲を焼き尽くし、光景を変えた。

 リサがたたずむは、館に続く石畳の上であった。
             ・・・・・・
「空間転移……やられたな。あそこでなら可能だろう」

 凄まじいエネルギーを必要とする空間転移を可能とした場所の意味とは? 感慨

深げな謎の声であった。

「キャスリーンが危ないわッ!」

 リサは駆け出していた。
 彼女が駆けつけたとき、村は騒然としていた。

「リサさんッ!」

 中央広場に乗り込んだ紅いMCの姿に逸早く気付いたのは、ディードであった。

「ディード君、彼女は!?」

 言いながら、広場に据え付けられた壇上に本人を認め、息をついた。

「竜が現れたんだ……、竜が──」

 竜は現れた。そして、生贄としてリサの懸念どおりキャスリーンを指名したのだっ

た。竜はキャスリーンを連れ去らんと襲いかかったが、居合わせたキャスリーンの

父とディードの活躍により、最悪の事態は避けられた。

 がしかし、キャスリーンは掟に従い、生贄として今夜、捧げられることが決まっ

たのだ。

「──貴方がアルテイシアさん……。美しい方だ……」

 病室で、竜から娘を守った父は複雑な表情で美麗の竜狩人を見上げた。ディード

から事の次第を聞き、赴いた病院でのことであった。
        イキサツ
「その傷を負った経緯を話していただけますか?」
 リサの問いに、キャスリーンの父クライアン・クロードは固定された己の右腕を

見つめ、

「ひと睨みでわたしの腕は落ちました……痛みはありませんでした。ディードがい

てくれなかったら、娘は……」
      フレアガン
 ディードの灼熱銃が竜を捉えたのは、万に一つの偶然かもしれない。しかし、恋

人を想う必死の一撃で竜を退散せしめた事実は、偶然ではなかろう。

「『黒斬華』……空間を断つ技です。腕はきっと繋がります」

「医者もそう言いました。それよりも、わたしは娘さえ無事でいてくれれば……」

 クライアンは眼を伏せた。
 辺境での村の掟は鉄だ。たった一人の犠牲で多くの村人が救われれば、それで良

いのだ。村長の雇ったバスターや目の前の少女の働きにすがる思いは薄かった。

 気がつくと、リサはドアの向こうに消えるところであった。

 クライアンはこのとき、ある決心を固めた。自由な左手を差し伸べ、

「アルテイシアさん……、娘を……いえ、あの竜を滅ぼしてください」

 それは依頼だった。父としての本心が、そうさせたのであった。

 ドアは閉じられた。

 返事はなかった。みなまで聞いたのかも疑問であった。

「キャスリーン……」

 遠い目で、クライアンは呟いた。
 リサはその足で保安官事務所へ向かった。

 彼女が竜屋敷での探索中、実に様々な出来事が起こっていた。

 アントン・クレールが村への背信行為の罪で処罰拘留されたこともその一つだ。

──独断で竜狩人を雇った報いである。

 保安官は留守であったが、事務所の若い衆が一人応じた。

「あんたが竜狩人リサか……」

 男は下卑た視線をリサの肢体に浴びせながら留置場に案内した。

「──無事だったのかい……」

 そこには血の滲む背中の包帯が痛々しい老婆が荒い息をついていた。

「お婆さんッ」

「安心おし……、迎えはまだ遠いよ……」

 リサの呼び掛けに、ぎこちない笑みでアントンは返す。

「このババア、おれの鞭に泣き言ひとつ言いやがらなくってよ、へへ……」

 リサのやや後ろで、男は自ら手を下した罰則である鞭打ちの様を想起した。その

間も好色そのものの視線を彼女の下肢に注ぐ。
「……そんなに楽しい?」

 男に背を向けたままリサが訊いた。

「だからぜんぜん面白く──」

 言いかけて、男は凍り付いた。

 変わったのだ、リサが。類希な美しさはそのままに、内面が──

 ゆっくりと、リサは振り返った。
                              セ イ
 男の瞳が紅い色を映す──。それは、赤光を放つリサの眼差しの所為であった。

「ゲフッ!」

 リサの左手が毒蛇の俊敏さを持って男の喉元に走り、勢い余って男は背後の壁に

叩き付けられた。

「もう一度言いなさいよ……」

 竜族の本性を剥き出した彼女の言葉を、男は遠い意識の底で聞いた。

「──言いなさいよ」

 もう一度言った。
「ヒイッ……」

 男は小さな悲鳴を上げた。

 気管が絞め上げられる。頭の後ろでコンクリートの壁がメキメキと音をたてる。

 震える両足が湯気を立てて濡れた。

「ああああああ……」

 かすれた悲鳴が自分のモノだということを、恐怖で麻痺した男の思考は認識でき

なかった。
 リサの瞳が正視に耐えぬ輝きを発した。
 ・・・・・・・・
「これだから人間は──」

「お止めッ!!」声に押され、リサの瞳は色を失った。意識を失った男の身体はズル

リと床に落ちる。

「……その子に罪はないよ」

 恐怖に身を震わせながら老婆は言った。懇願であった。

「ごめんなさい……」

 リサは頭を下げた。
            ヒ ト
「あんたは希望の星だよ。人類の未来を照らしておくれ……」

 その言葉に、少女は何を想うか。

「依頼を果たします……」

 彼女は留置場を後にした。