●●要求。青紫(竹林明秀)はLeafを辞めろ5●●
861 :
高橋・水無月原理主義者穏健派 :
プロローグ
遠い未来……あるいは遠い過去の世界、竜族と呼ばれる存在があった。
ヒ ト
人類と同じ姿、高い知能と文化を持った彼らは、ある日、突然姿を消す。ある者
は地中深く、ある者は宇宙の彼方へ、またある者は時空の狭間へ消えていった。
残されたものは、超科学文明の遺物と、遺伝子組み替えにより産み落とされた忌
まわしい妖物どもが闊歩する大地であった。
そして現在----
人類はその汚れた大地でたくましく、したたかに生き抜いていた。
竜族の影におびえつつ……。
そう、彼らはいるのだ。わずかな「生き残り」と呼ばれる存在で。
竜族はヒトを喰らい、支配するのだ!
しかし人類のたくましさ、したたかさは、彼らに対抗できうる存在を生み出した。
ドラゴンバスター
竜を狩る者----、彼らを、竜 狩 人と呼ぶ。
竜狩人 ─ 黒薔薇使い
青紫
1
月の美しい晩であった。
タダナカ
大草原の直中を断ち割るように、黒い墨の筋が彼方へ伸びている。
辺境横断道路──。
M C
世界の果てまでも続くと思われる連なりを突き進むは、紅いモーターサイクル。
──甲高いモーター音、路面を蹴る車輪のざわめき、切り裂かれる風の喘ぎが印
象深い。
ヘッドライトの輝きに射貫かれ、カーボンジェルの路上で死肉を漁る妖物どもは
おずおずと周囲の草の海に退散する。
程なく、MCが草原の中ほどに盛り上がる小高い丘を見通せる位置に差し掛かっ
た。ヘッドライトの向きとは程遠い丘は、月明かりの中にも黒い影としか見えない。
が、不意に、ライダーが身を起こした。ヘルメットからこぼれる長い髪が風圧に
身悶えする。
見据えるその先に、あの丘があった。
イタダキ
果たして、その 頂 には白い人影が揺れていた。
草原を渡る夜風になびくロングドレス──、降り注ぐ銀光を照り返す長い髪──。
優雅なその姿は、愁いを帯びた女性のものだった。その表情は、隔てる距離の大き
さゆえに窺い知る事はできない。
だが、遠目にもその姿は、──過ぎ去る夏を想い、近づく秋の訪れに涙する……
ハカナ
見る者にそんな想いを誘う、哀しく儚げな感慨を抱かせた。
ライダーは急制動をかけた。タイヤと路面との間で、摩擦力が微かな悲鳴を上げ
る。
人影はその悲鳴を聞いたのかもしれない。
ふわりと宙に浮き上がるや、草原を照らす銀盆の姿に溶け込むように姿を消した。
バイザーを上げたまま、ライダーはしばらく人影の消えた月を見上げていた。
程なく、
「──見たな?」
と、まったく新しい、第三の存在が紅い鉄馬の騎手に同意を求めた。
その存在が不可視であることは、先ほどの人影と同じく奇妙である。
「見たわ……」
姿無き声の主にライダーは静かに応じた。
月の美しい晩であった。
カー
村へ続く街道の脇で、ディードは乗っていた水素車のパンク修理に追われていた。
裂けたゴムを補修剤で張り合わせ、圧搾空気ボンベを取りに車内へ乗り込んだと
きだった。
モーターサイクル
紅い M C が傍らへ滑り込んできた。かすかな砂煙を巻き上げて停車する。
ディードはぼんやりと顔を上げる。
未舗装路で、かなりの速度からの制動であったにもかかわらず危なげない手練に、
彼は眼を丸くした。直後にMCに眼がゆく。
──すげえや! どこのメーカーのだろ?
ライダーはおもむろにヘルメットを脱いだ。栗色の長い髪の乱れを首を振って整
え、軽いステップで降り立つ。
ディードはライダーの人相を認めるや、もう一度眼を丸くした。そしてその表情
は恍惚と溶ける。
この世にこれほど美しい人間がいるのだろうか。グリーンの瞳、すらりと伸びた
鼻梁、桜色の唇。天の彫刻家が、その生命を賭して彫りあげた一世一代、唯一無二
の傑作を思わせた。近づく秋さえも恥じらうようであった。
歳は一七の自分と同じか少し上、多めに見積もっても二十歳。
「──もしもし、聞いてる?」
鈴が鳴るような、とは、まさしくこうであろう声で聞かれ、ディードは我に返っ
た。
「何だい?」
関心がなさそうな声で訊く。顔に見とれた上での醜態とは言える筈も無く、彼は
わざと平静を装った。
「君、エルビアン・ジールの人?」
自分の村の名を告げられ、「ああ」とディードはうなずく。
少女はにっこり微笑み、
「じゃあ、アントン・クレールさんって知ってる?」
と訊いた。その笑顔にディードは頬を染める。
「あ、あの変わり者の婆さんね」
「村外れに住んでるって聞いたけど、家の場所はわかる?」
左手で髪を撫でつけながら訊く。少年はその一挙一動に胸の高鳴りを覚えた。
「えっと……この先の分かれ道を左に行って、最初に見えた家がそうだよ」
「そっ、ありがと」
サッソウ
そっけなく言い──天上の笑みはそのままに、少女は颯爽とMCに跨る。
「あ……」ディードが次に口を開いたのは、少女がMCのアクセルを捻ったところ
だった。
「あの、おれディード、あんたは──」
言い終える前に、MCは滑り出していた。
「リサ……」
土を蹴るMCの巻き起こす風、それに紛れた声をディード少年は聞いた。伝えた
のはやはり風だったのかもしれない。
ドラゴンバスター
リサ──辺境一の竜 狩 人、リサ・アルテイシア。その美貌と戦慄すべき剣技
イ フ
は、遠く辺境の果てまで知れ渡っている。限りない賞賛と畏怖とを携えて──。
村一番の変わり者アントン婆さんは、出迎えた玄関先に立つ少女を見るや絶句し
た。
ウチ
「……こりゃまた驚いた。女神様が家に何の用かと思ったぞい」
「はじめまして、アルテイシアです」
リサはペコリと頭を下げた。
「──この村に竜が現れたのはいつからですか?」
居間に通されたリサは、湯気をたてる紅茶のカップを受け取り、訊いた。
「この村に竜がおったのは、今から三百年ほど前……。だが、竜は館を捨ていずこ
へかと去っていった……」
人々の忌み嫌う竜の研究を一人続けるアントン婆さんの調べによると、その後竜
オトシイ
は百年ごとに村に舞い戻り、人々を恐怖の淵に 陥 れた。
「二五九人が五体を引き裂かれ、一人の少女がさらわれ、今も帰ってこん」
二百年前の大虐殺を語り、アントンは自分のカップを口元に運んだ。
イケニエ
百年後、村は一人の少女を生贄として差し出すことで危機を乗り切った。
「二五〇人がダメで、一人がいいなんて理屈があるのかい?」
その言葉にリサは静かにうなずいた。
アントンは更に、今年も生贄を出すことが決められていることを告げた。
「今年もあいつは来るよ……、きっと」
「あたし昨日の晩、竜を見ました」
アントンは目を見開き、すぐに視線を落とした。
「そうかい……やっぱり来たかい」
「かなりの大物です。──ざっと五千歳」
「厄介だね……。あんたの口から聞くと、大した事ないように聞こえるのが救いだ
よ」席を立ち窓際へ進み出たアントンは、
「もうじき村に秋が来る。……燃えるようなそれはそれは綺麗な秋だよ」
それまでの話題を忘れたように切り出した。
「……」
エルビアン・ジールの村は、小さな盆地に広がる人口九千人ほどの西部辺境には
ウエザーコントローラー
ありふれた規模の村である。竜族が各地に残した気象制御装置は、そのほとんどが
暴走し制御下の地域に過酷な環境を強いているが、村とその周辺を覆うシステムは
故障による機能不全はあるも、秋の制御は完全である──村には制御され完璧な辺
境に類をみない秋が訪れるのだ。
「──アルテイシアさん、竜を滅ぼしておくれ……」アントン婆さんはぽつりと呟
いた。それが依頼だった。
「安心おし、料金は規定どおり支払うよ」
とも付け加える。
リサは立ち上がり、
「お受けします。ですが、何故……?」
老いたる横顔は答えない。
竜退治には普通、被害が及びそうな個人──あるいは共同体の代表者が雇い主と
なる。実害とは縁遠い一個人が村を代表して高額なドラゴンバスターを雇うなど、
本来、あり得ないことであった。
だがやがて、老婆は観念したふうに、
「罪滅ぼしだよ」
「罪滅ぼし……」
「竜族の研究なんて忌むべき行いで、家族にさんざ迷惑かけたからねえ……」
目の前の老婆が、苦渋に満ちたどれほどの人生を送ってきたか、また、これから
マブタ ウチ
も送るのか。うら若きバスターはその 瞼 の裡でアントン・クレールの辛い日々を
想い描いた。
タオ
「──必ず斃します」
一礼し、リサはその場を後にする。
「お待ち──」老婆の呼び掛けに少女は歩みを止めた。
「あたしの研究によると、竜は恐ろしい技を磨いてるようだよ」
もう一度頭を下げ、リサはクレール邸を後にした。
「──眼を見て判ったよ。呪われた竜族の血を引く『竜人混血』の竜狩人、アルテ
イシア。あんたならきっと、あのおぞましい実験を止められるよ」
自身に言い聞かせるように、残された老婆はそう呟いた。
§ § §
ディードがその建物の入り口に立ったとき、偶然にも見覚えのあるMCが駐車場
のゲートをくぐるところだった。
MCのライダーも彼と同じ建物に用があると見える。ディードは急いで駐車場へ
と向かった。
「リサさん!」
呼び掛けると、少女は長剣を携えてMCを離れるところであった。
ペコリと頭を下げるディードに、
「こんにちは、ディード君だっけ?」
とリサは訊いた。
「はい!」並びかけ、意気揚々と答えるまでは良かったが、彼は眼のやり場に困っ
た。
話すときは相手の眼を見て話すが、それでは彼女の美貌を直視してしまう。長く
見つめていると理性が溶解しそうな彼女の笑顔は、ディードにとって存在そのもの
が拷問である。かといって顔以外を見つめるのは失礼である。
かくして彼は彼女をしっかり見つめ、話題で気を紛らわせることにした。
「この宿に泊まるの?」
「そヨ」
「リサさんが来たということは、あいつを退治してくれるんですね」
百年ぶりの竜の出現は、村民にとって一番の関心であろう。ディードも多分に漏
れることはなかった。
「そうよ……って言いたいけれど、相手は竜、確約はできないわ」
真顔で答えるリサ。
「おれ、リサさんのこと応援するよ」
「うふふ、任せて☆」
親指を立ててのリサのウインクにディードは赤面で答える。その仕草に辺境一の
竜狩人である威厳は感じられず、ありふれた村娘の親しみやすさを漂わせていた。
──ただひとつ、見る者を夢心地へと誘う、人外の美貌を除いては。
「前途有望な若者を誘惑するなよ……」
「え?」
シャガ ヤ ユ
嗄れ声が揶揄の響きを伝え、ディードが驚きの声を上げる。この場に存在しない
者の声、それはリサの左手の辺りから聞こえたような気がしたのだ。
その左手は、先程から長剣が握られている。
「どうかしたの?」
剣をじろじろと見つめるディードに彼女は怪訝な顔で訊いた。
一方のディードは、リサの平静な態度に自分の耳を疑った。慌てて耳の辺りをま
さぐる。
辺境に住む人々の脅威となるものに、昆虫がある。耳朶に取り付き、人語を発し
ウィスパー
て宿主の錯乱を促す『囁き虫』もその一つであろう。
異常無しと内心胸を撫で降ろし、ディードは話題を切り替えた。
「リサさんは剣の達人だって聞いてるけど、竜もその剣で?」
「気になる?」
バンパイアバスター パルスビーム
「うん。昔村に来た吸血鬼狩人から武器を見せてもらったけど、こ〜んな波動光線
ライフル
銃 だったよ」
ディードは月まで撃ち落とせそうな大口径ビームライフルの印象を身振り手振り
で示した。それ以来、毎日の銃の訓練を欠かさないことも。
「飛び道具は使い所さえ誤らなければ便利な武器だけど、竜には通用しないわ」
歳相応の口調に辺境一のバスターの重みを感じ、ディードは神妙にうなずいた。
明日からの彼の日課に剣の訓練が加わるであろう。
「リサさんのMC、すごくカッコいいです。どこのメーカーのですか?」
「ありがと。あれはねえ──」
宿屋の娘キャスリーン・クロードは、ガラスの向こうで恋人のディードと親しげ
に会話を交わす女性を見るや、自分がロビーで仕事中であることも含め、我を忘れ
た。世に生きるすべての女性の希望──美の結晶とも言うべきリサの類希な美貌に
我を忘れた。
──目、鼻、口、そしてあの綺麗な髪……どれか一つでもあたしの物になるのな
ら、あたし死んでもいい!
やがて二人は高分子ガラス製の自動ドアをくぐり、ロビーに歩を進める。
──身長は……、一七〇センチくらい。サイズはB85W58H88……このくらいが
丁度いいのよ、これ以上出てても引っ込んでてても不自然なだけよ。
「よお、キャスリーン」ディードが声をかけた。
──そうよ、女ならこうあるべきよ。
視線は宙をさまよい、心ここに在らずのキャスリーンに二人は顔を見合わせた。
「理由はよくわかんないけど、初対面の人はときどきこうなるのよ」
「フン、原因不明だと? つくづく嫌味な娘だ……」
またもや主無き声が響き、リサは慌てて咳払いでお茶を濁した。幸いディードに
は謎の声は届いていなかったが。
女の子にもリサの美貌は毒だと知り、ディードは苦笑しつつキャスリーンの肩を
揺すった。
「おい、女が女に見とれるなんて情けないぞ」
ディードの揺さぶりに、夢見る少女は正気を取り戻した。
「デ、ディード……」
彼女の失態に気を良くしたディードは勝ち誇った笑みを浮かべ、
「紹介するよ。こちらが竜狩人の──」
ヒト
「あんた何でこんな綺麗な女と一緒なのよッ!」
我に返ったキャスリーンは嫉妬のあまり怒りを露にした。
「ムチャ言うなよ!」
言いがかりに近い彼女の怒りを静めるために、ディードは数分を要した。
「──噂には聞いていたけど、こんな綺麗なひとだなんて思ってもみなかったわ」
「よろしくね、キャスリーン。しばらくこの宿の世話になるわ」
ロビー脇のテラスで、二人はようやく落ち着いた挨拶を交わすことができた。
「辺境一の竜狩人が来てくれたとあれば、村も安泰だよな」
とディード。
ブラザース
「あら、竜退治に村長はインテンション 兄 弟 を雇ったって聞いたわよ」
ラツワン
「あ奴らを雇うとは、なかなかの辣腕ぶりだな……」
場違いな声を聞き、キャスリーンがギョッとした。
「今の声──、リサさん?」
「え、ええ。今日はノドの調子が、ね」
ダミゴエ カゲ
そう言って 濁声 を演じるが、それすらも美しいリサの声音には一点の翳りも見
受けられなかった。
仕切り直しと咳払いをひとつ、キャスリーンは声をひそめ、
「なんでも金さえ払えば、下級邪霊から竜退治まで請け負う、かなりの腕利きだそ
うよ」
「へえ……。リサさん知ってる?」
「知ってるわ。よくない噂も多いけど、腕は確かよ」
オノオノ
辺境をさすらう狩人たちは、大抵、各々得意とする分野のスペシャリストである
が、中には依頼の内容を問わず広域に実力を発揮する者たちも少なからず存在する。
仕事を選ばない性質上、稼ぎは多くなるがそれ以上に危険を伴うが。
インテンション兄弟はリサを含めた超一流バスターの一員であろう。
「へえ……。
でもさ、村長はそんな連中を雇って、リサさんをどうするつもりなんだろ?」
感心するも束の間、ディードは一番肝心な部分を見落としている事に気付いた。
「そうよねえ。そんな何でも屋を雇うくらいなら、本職のリサさんを雇ったほうが
ずっと確実なのに」
キャスリーンもうなずく。
「もしかしてリサさん、ボランティア?」
ディードが訊く。幼稚な発想にキャスリーンがプッと吹き出す。
「あたしは別の方からの依頼で動いているから、心配無用よ」
苦笑しつつリサは答えた。
「村長以外に竜狩人を雇う人って、一体誰ですか?」
「ああ〜っと、それは言えないわ」
キャスリーンの好奇な問いに、リサは内心舌を出した。バスターはそもそも依頼
人の名を自分から口にすることはない。暗黙のルールである。
「やれやれ……」
呆れた調子の嗄れ声をリサだけが聞き取った。
「おれは知ってるぜ」
「ディード君、彼女に教えてもいいけど、おおっぴらにはしないでね」