繭を引きつれ、部屋に戻る留美の背中に向かってただ一言だけ、留美に聞こえないように、
とても小さな声で、言葉を紡ぎ出す。
「ありがとう」
それだけ言うと、すぐに立ち上がり、留美の後を追い、暗く、鬱蒼と茂った森の奥深くから、
光さすあの場所へ帰って行く。
晴香の目から零れ落ちていた涙は、何時の間にか乾いていた。
「あたし、これから、絶対に七瀬達と幸せになってやるんだから」
誰に言うでもなく、心の中で誓った。
その表情には、これまでの、感情を押し殺したようなものではなく、滲み出るような
優しい、そして少し照れたような笑顔が浮かんでいた。
あまりにも多くのものを失ったこの島の中で、ただ一つだけ与えてくれた、掛替えのないもの。
この島で失ったものの巨大さに比べれば、得たものはあまりにも小さなものであったが、
今はただ、その存在がとても嬉しかった。
とりあえず、書いては見たものの、2が二つある、4が二つあると言う
ダメ人間振りを発揮してしまいました。
さらに、夜なのに、木洩れ日はあまりにも危険ですね。
なので、その表現は、月明かりと言う事で訂正させてください。
再開後、一発目の話なのに…。
さらに修正箇所発見です(気が重い)。
6の一行目。
「繭を引き連れ、部屋に戻る〜」 ×
「繭を引きつれ、光さすあの場所へ戻る〜」 ○
としてください。部屋に戻ってどうするのって感じですね。
こんな簡単なミスばかりしていてはいけませんね。本当に申し訳無いです。
神奈は刀に封印された。これですべてが終ったはずであった。
だが、すべてが終った事で、安堵の表情を浮かべるものは誰一人としていない。
月明かりが辺りを照らす中、また一つ傷つき、倒れ、地面に横たわるものが増えていった。
神奈を封印するために、犠牲となった七瀬彰と神尾観鈴。そしてこの島には、あと91もの
傷つき、倒れた者が横たわっている。
今、ここに生き残っているもの達の中にも、傷一つ無いものなど誰一人いない。
ここにいる者のすべてが、身体的にも、そして精神的にも、大きく深い傷を負っていた。
柏木耕一は、自分の身を賭して、耕一の命を救ってくれた神尾観鈴の――すでに
上半身だけとなってしまった――身体を、濃緑の草叢の上へ、大切な壊れ物を
扱うかのように優しく寝かし付ける。
「観鈴ちゃん、ちょっとだけここで待っていてくれる。またすぐにここに戻ってくるから」
耕一は、帰って来るはずの無い返事を少し間だけじっと待つ。
そう言って、時間にしてほんの数秒だけ、自分の命を救ってくれた少女を見つめ、この場所に
横たわるもう一つの身体の元へと赴く。
「……彰」
またしても、来るはずの無い返事を待つ。沈黙が、一人の生者と一人の死者の間に漂う。
「…彰」
もう一度だけ、そこに横たわっている青年の名前を呼び、物言わぬ身体を自分の両腕で抱きかかえる。
思いっきり唇をかみ締め、それまでの形相とは打って変わった、穏やかな表情で横たわり、全身傷だらけの、
そしてすでに呼吸をしていない七瀬彰の細々とした体躯を、壊れるくらいに強く抱きしめている。
観月マナは、そんな柏木耕一の姿を、呆然と見守っている。
月宮あゆは、耕一が安置した、神奈と共に倒れた少女――神尾観鈴――の元に駆け寄り、
その上半身だけになってしまった身体を揺さぶる。
その行為が全く無駄なものであると言うのは、あゆ自身の理性は理解していた。
それでも、これ以上人が死んで行くのは嫌だと言う感情が、起きる筈の無い奇跡を
願うかのように、一心不乱に観鈴の身体を揺さぶり続けさせる。
「観鈴ちゃん。もう起きようよ」
しかし、満足げな表情を浮かべた少女の表情が変わることも、その口から言葉が
紡ぎ出される事も無かった。
柏木梓は、誰に言うわけではなくこの場から姿を消した。
向かう先は、梓にとっての最後の姉妹である柏木千鶴が、傷つき、力尽き倒れた場所であった。
あらためて、横たわる千鶴を目の前にする梓。だが、その体にすがり付くような事は無い。
ただ、何の言葉もなく、千鶴の目の前に立ち尽くしているだけである。
その目には大量の涙が溢れだし、すでに瞳の中に仕舞い込んでおく限界量を超え、
次から次へと溢れ出してくる雫が容赦無く梓の頬を濡らしていた。
椎名繭は、ここで起きた凄惨な場面の連続に耐え切れず、隣に居た七瀬留美の服にしがみついて
震えている。どうやら、ショックに耐え切れず、反転が終了してしまっているようであった。
留美はそんな繭を優しく抱きしめ、頭を撫でている。しかし、その表情は、涙こそ流していないものの、
今にも泣き出しそうなものであった。
そして、巳間晴香――――
その表情に涙は無く、すべての感情を殺してしまったかのような無表情であった。
思い思いの行動を取る他の生者を尻目に、晴香は傷ついた体を引きずり、森の奥へと歩みを進める。
光りさす場所を離れ、まるで暗い場所を捜し求めているかのように、奥へ奥へと、なおも歩みを進める。
辺り一面、鬱蒼と茂った木々に囲まれ、光は一切入ってこない場所。
まるで、そここそが自分の求める場所をであるかのように、ごく自然な動作でその場に座りこむ。
座りこんだ晴香は、ついさっきまで見ていた、光さすあの場所でのやり取りを思い浮かべていた。
その場にいる誰もが、悲哀、恐怖、憤怒と言った負の感情を、その表情に浮かべていた。
しかし、晴香だけは、他の人達とは違った表情を浮かべていた。
あの場で感じた事は、ただ「これでやっと終った」と言う事だけであった。
そこには、いかなる負の感情も入りこむ事は無かった。
「私って、本当に薄情な女だよね」
「私だって、この島で兄さんや、古くからの友達であった郁未、葉子さんを失った。由依なんて、
私のために死んでしまったのに。そしてこの島に来て初めて会った友達たちも、数多く失ったんだよね。
なのに、貴方達の為に涙の一つも流してやれないんだから…、
本当に薄情な女だよね、私って」
そう言って、晴香は自嘲的に笑う。
「ねえ、兄さん、葉子さん、郁未。この島で一緒に行動を共にする事は出来なかったけれど、
あなたたちは最後まで幸せだった?
ねえ、智子、マルチ。あなたたちは本当に最後まで幸せだった?
ねえ、みんな。みんなは本当に幸せだった?
由依。あなたは、私のために命を失って、良かったって思ってる?それで本当に幸せだった?」
晴香の脳裏に、自分の兄の顔、古くからの親友達の顔、この島で出会った友達の顔が次々と
浮かんでゆく。脳裏に浮かぶ表情は、どれもみな一様に幸せそうな顔をしていた。
その幸せそうな顔が、次々と晴香の脳裏を横切って行く。
それとは反対に晴香の顔はどんどんと曇って行く。
「……私は、今はぜんぜん幸せじゃないわ。だって、生きていたって貴方達が一緒ではないんだから。
これからずっと、貴方達なしでいくつもの季節を越えて行かなければならないんだから」
「……でも、それでも、今は幸せではないけど、いつか、いつかきっと幸せになって見せるから。
貴方達の為に涙すら流す事の出来ない私が、自分の為にしか涙を流せない私が、貴方達に
してあげられる事なんて、何もないかもしれない。
でも私、貴方達の事、そして貴方達と過ごした時間を、一生、絶対に忘れないから、
そして、貴方達のために涙を流す変わりに、いつか誰よりも幸せになって見せるから
だから、今は、今だけは、この場所で少しだけ休ませて…」
誰に言うでもなく、小さく呟く。
この島に来て、悲しみの感情を無意識的に、完全に押さえこんでいた晴香の、精一杯の本音だった。
自分の心の奥に眠っていた感情を、誰に聞かせるわけではなかったが、言葉として風に乗せた事で、
それまで押さえ込まれて来た様々な悲しみの感情が、いっぺんに晴香の中から溢れ出してきた。
そして、何かが、瞳の中に溢れだし、晴香の頬を伝わり、雫となって零れ落ちて行く。
それまで、自分と、生きている者達の為にしか零れ落ちることの無かった雫が、死んでいった者達の
事を考えても、零れ落ちることの無かった雫が、不意に晴香の瞳の中から溢れ出してくる。
「今更になって、貴方達の為に涙なんか流したって、もう遅いよね…」
そう言って含羞んだ笑いを見せ、両目から零れ落ちる雫を掬う。しかし、掬っても掬っても、目から
零れ落ちる涙は止まらない。
「どうして、どうして、今頃になって………」
これまで無表情であった晴香の顔が、これまでこの島で見せた事のないような感情的な表情に支配されて行く。
今更になって涙を流している自分が、そして、感情を剥き出しにしている自分が、酷く恥かしく思えた。
晴香は、涙に濡れた顔を隠すように、自分の両膝の上にうずめた。
“ポンポン”
その時、背後から不意に、右肩を軽く叩かれる。
柔らかく、そして暖かな衝撃に反応し、晴香は涙に濡れた顔を持ち上げる。正面を向いた視線の端に、
ここ数日の間で、見るのも飽きてしまうくらいに見なれた顔を捉える。晴香はごく自然な動作で、
その見慣れた顔を、自分の視線の中心に持って来る。
視線の中心に着た見慣れた顔。七瀬留美の表情は、今だ悲しみを押し殺すような表情が
残ってはいるものの、つい先程までの、生気を失ったような蒼白な顔色ではなく、
かすかな生気を伴ったものに変わっていた。
その後ろには、所在無さげに、留美の服の袖を掴んで離さない繭の姿があった。
本当に見慣れたその顔は、晴香の流す涙のせいか、酷く歪んで見えた。
「……晴香」
「……七瀬」
涙を流し、感情的になっている晴香の表情を見て、留美はほんの一瞬だけ、驚愕の表情を浮かべたが、すぐにもとの表情を取り戻す。
「……」
「……」
お互いが、お互いの名前を呼んだきり、何の言葉も交されない。
三人を覆う空気は沈黙に包まれ、ただ風に揺れる木々のざわめきだけが音として、風に乗っている。
沈黙の続く長い時間、その間中、留美は晴香の顔から視線を外さなかった。
“ポンポン”
再び留美が晴香の肩を、脇から抱えこむようにして、優しく叩く。
そして、そのままの状態で、留美は強引に晴香の体を引き寄せ、晴香の細々とした肩を、両の腕で抱きしめた。
「……」
「……」
ほんの少しの間だけ、優しく晴香を包みこむように抱きしめ、二人はすぐに離れる。
その一連の動作の中でも、一切の言葉は風に乗らない。
「……」
「まだすべてが終ったわけではないんだから、早く行くよ」
お互いが、お互いの名前を呼んで以来、この空間に、初めて言葉が辺りを駆け巡る。留美が、一瞬だけ視線を、元いた光さすあの場所へ移し、立ち上がり、晴香に背を向ける。
晴香に背を向ける最後の瞬間。晴香には、留美が、これまで見せた事の無いような優しい笑顔を見せた、
…様な気がした。
繭を引きつれ、光さすあの場所へ戻る留美の背中に向かってただ一言だけ、
留美に聞こえないように、とても小さな声で、言葉を紡ぎ出す。
「ありがとう」
それだけ言うと、すぐに立ち上がり、留美の後を追い、暗く、鬱蒼と茂った
森の奥深くから、光さすあの場所へ帰って行く。
晴香の目から零れ落ちていた涙は、何時の間にか乾いていた。
「あたし、これから、絶対に七瀬達と幸せになってやるんだから」
誰に言うでもなく、心の中で誓った。
その表情には、これまでの、感情を押し殺したようなものではなく、
滲み出るように優しくい、少し照れたような笑顔が浮かんでいる。
そして、晴香の身体には、あの時、ほんの一瞬だけ交した抱擁。
ぶっきらぼうながらも、優しく暖かな、留美の両腕の感覚が、
今も鮮明に残っていた。
あまりにも多くのものを失ったこの島の中で、ただ一つだけ与えてくれた、
掛替えのないもの。
この島で失ったものの巨大さに比べれば、得たものはあまりにも小さなもので
あったが、今はただ、その存在がとても嬉しかった。
最初は、修正箇所だけを箇条書きしていこうかと思ったのですが、
その修正箇所が、あまりにも多かったため、読んでくれる人も大変であろうし、
編集をしてくれているらっちー氏にも多大な迷惑がかかると言う事で、
修正版を上げてみました。
本来ならば、最初の段階で、修正箇所の無い話を上げなければいけないと思っています。
その点に関しては、ただただ反省するのみです。
そんな事を言っているうちに、すでに表題の5が二つあると言う間違いが。
これでは、出来の悪いエロゲー会社のようですね。
「みゅー……」
繭によって不意に服を引っ張られ、七瀬はその足を止めた。
「ん? どうしたの?」
繭の視線を追う。
そこには、一匹の猫がいた。
さらにその先には、黒い羽と白い羽。
一対の羽を見つめるかのように、ボロボロの猫はその場にたたずんでいた。
「……ったく、しょうがないわね」
そういえば、さっきは散々引っ掻かれたりもしたが。
今はきっと、大丈夫だろう。
七瀬は猫を後ろから抱え上げた。
先程の散々の悪態がまるで嘘かのように、猫はじっとしている。
ただし、あくまで羽からは目を逸らさない。
不意に風邪が吹き、羽が舞った。
二枚の羽は風に舞いつつも、決して離れはしない。
淡い光の中、ただひたすらに高みを目指し、舞い上がってゆく。
猫も、繭も、七瀬も、空へと消える羽を見上げていた。
光と闇の合間に羽を見失って。
七瀬は視線を手元の猫に戻す。
(泣いてる?)
もう見えなくなった羽をどこまでも追おうと、空を見上げる猫の顔。
猫の泣き顔など分かるはずもない。しかし、七瀬には何となくそう思えた。
猫の頭を撫で――らしくないとは思いつつも――声を掛けてみる。
「泣きたい時は泣いた方がいいわよ」
その猫に向けての言葉なのだろうか?
生き残った皆に向けての言葉なのだろうか?
それとも――自分自身に向けての言葉なのだろうか?
結局は、そのどれもなのだろう。
泣きたい時は、泣けばいい。
泣いて、泣いて、散々泣いて――泣き終えたあとに立ち上がることができる
なら、泣くことは決して悪いことではないはずだ。
「繭」
「みゅ?」
「これ、お願い」
七瀬は、抱えていた猫を繭に差し出す。
いきなりで少々驚きはしたようだが、元々動物好きの繭のこと。すぐに猫を
受け取って、七瀬がそうしていたように自分の胸元に抱えた。
空いた手で、七瀬は黄色いリボンを取り出した。
浩平から漢の約束と共に受け取った、瑞佳のリボン。
それを握りしめ、彼女は目を閉じる。
自然と、一筋の涙が流れた。
(今のあたしには、これで十分)
続きは、漢の約束を果たし終えてからにしよう。
そろそろ晴香が追いつく頃だろうか。
彼女はリボンを仕舞い、涙を拭いて、そして目を開けた。
※各レス間の改行は三行で。
495 :
名無しさんだよもん:01/10/24 04:27 ID:oveV+rcE
『あのね』
『本編もあげるの』
496 :
名無しさんだよもん:01/10/26 17:34 ID:bCatT2y8
みんなトーナメントに逝っているので
あげ
ふと、何かに気付いて後ろを振り返ってみると。
「晴香?」
「な、何?」
いつからいたのかは知らないが、そこには晴香が立っていた。彼女もまた、
あの二枚の羽の行く末を見届けていたのだろうか?
「これ、お願い」
七瀬は、抱えていた猫を晴香に差し出す。
いきなりのことで少々面食らいつつも、晴香は猫を受け取った。ぎこちない
手つきではあったが、何とか七瀬がしていたように猫を胸に抱える。
一方の七瀬は、晴香や繭に背を向けて。
空いた手で、黄色いリボンを取り出した。
浩平から漢の約束と共に受け取った、瑞佳のリボン。
それを握りしめ、彼女は目を閉じる。
自然と、一筋の涙が流れた。
(今のあたしには、これで十分)
続きは、漢の約束を果たし終えてからにしよう。
七瀬はリボンを仕舞い、涙を拭いて、そして目を開けた。
感想スレではご意見ご感想ご指摘等、誠にありがとうございます。
自分としては「七瀬達と晴香の距離について」はそれなりに幅を
持って解釈できると踏んでいたのですが、感想スレでは遠すぎる
とのご指摘が多く、そちらの方が一般的な解釈かと判断し修正に
踏み切りました。晴香との距離を修正前より近めにしてあります。
涙を拭いて(3)のみの修正となりますので、該当個所だけを差し
替えてくださいませ。ログの方の修正も併せてお願いいたします。
皆様、特にログ編集のらっちーさんにはご迷惑をお掛けしますが、
上記の件何卒よろしくお願いいたします。
※そういえば、らっちーさんに私信、、、フレーム対応リストの
「850〜864」のリンク先が「800〜849」のログになってしまって
いるようですので、ご報告までに。
いつのまにか、それぞれが埋葬をはじめていた。
さく、さくと土を掘る音と、もう誰のものとも分からないすすり泣きだけが響いていた。
場所は医務室に移って。
皆 一通りの治療を終え、今後の対策を練っていた。
「脱出の話なんだけど……」切り出したのは耕一。
「案があるわ。」すかさず七瀬が口を挟む。
「北に灯台があるの。そこの地下に高槻が隠し持ってた潜水艦があるわ。
きっとそれで脱出できるはず。」
とりあえずミサイルの事は出さないでおいた。
「潜水艦、か……」
その事は耕一も承知していた。他の脱出方法が「無い」ことの確認の発言だったが、その役目は全うされたと言える。
おやはり、それしか方法がないのだろう。それを踏まえて、耕一は喋る。
「誰か一人残して爆弾を吐けば、迎えでも来るんだろうけど。」
「でも、それだと助かるのは一人じゃない。そりゃ物騒な方法もあるけれど……」
晴香がそこまで言い、口をつぐんだ。
もう、誰かが死ぬのはたくさんだった。
「……決まり、ね。」
施設を出るとき、耕一は1度だけ、彰を埋めた場所を見やった。
「……じゃあな、彰。」
一言、そう、呟いた。
刀は持っていく事にした。下手に折りでもしたら、また「奴」が出てきかねない。
家の仏間にでおいておこう。そう思っていた。
ついでに、刀が刺さっていた人形もポケットに入れた。こっちの方は、まあなんとなく。
「行くか、梓。」
梓は、あいにく足の怪我が深く、あまり長距離の移動は無理なようだった。
「うん……ごめんね、耕一」
「気にすんなって」
梓の脇に肩を入れる。なんとかなりそうだ。
先頭には晴香、七瀬を立ち、一行は一路、灯台へと────
【三行開けです】
灯台から、例の通路をくぐり、地下ドックへ。
「このじめっとした空気……傷にしみるわね……」
先頭の二人は絶えず何がしか喋っているが、後ろを付いて歩くものは当座黙っていた。
「見えたわ……あれよ。」
二人の指差す先には、みすぼらしい球状の物体が────
その「潜水艦」を見たとたん、その二人を除く全員が色を失ったのは言うまでもない。
「ちょっと……まさかこれが、潜水艦……?」
耕一に支えられている梓の声からも、無論の事驚愕の色が浮かんでいた。
「うぐぅ……これ、動くの……?」
あゆなどは既に涙目になっている。
「みゅー……」
繭もそれに習っていた。その目は「これに乗るの?」と語っていた。
おそらく二人乗りと思われるその潜水艦は、あの高槻の持ち物とは思えぬほどに控えめなスケールだったのだ。
「宇宙……いや、海の棺桶みたいだな……」
誰にも聞こえないように、耕一が呟いた。
【三行開けです】
気を取りなおして、一行は操縦方法の把握に入る。
晴香がドラ○ンレーダーミニとでも言うべき電子画面を見ながら言う。
「このへちょいのがレーダーらしいわね……七瀬、そっちは?」
「ダメ……FUELっていうメーターが燃料って事くらいしか……」
「そもそも操縦桿っていうのはないのかしら……この海賊船の舵みたいのがそうなのかしら」
「みゅー……」
繭は、あいも変わらず七瀬にくっついている。そしてそのまた付属品、猫もまた、繭の足元に。
ぶつぶつ言いながら、二人はボール……いや潜水艦の理解に明け暮れる。
残る者はドック内の捜索に入っていた。何か見落としている脱出方法があるかもしれないからだ。
「耕一さん、これなに?」
あゆが指差した先には、プラスチックのふたで覆われた赤いボタン。
学校の非常ボタンについてるような、あれだ。もっとも、その上に赤いランプはついてなかったが。
「ふむ……サーフェイス トゥ エアー……って何だ?おい梓」
「あ アタシに振られてもっ!」
「Surface-to-air 地対空 ですね」
見かねたと言う感じでマナが口を挟んだ。二人はうつむきかけたが、いまはそんな状況ではない。
「地対空……ミサ……イル?」
随分と突拍子もない話だったが、何故かすんなりと受け入れる事ができた。
常識と言う感覚は既に麻痺しているようだった。もっとも、それは今に始まった事ではなかったが。
始まりは────そう、高槻があの女の子をナイフで殺したところだったろうか?
「ミサイルに乗る青年……か」
ぽつりと、耕一が呟いた。
「耕一……まさかアンタ、これに乗って脱出しようなんて考えてるんじゃないでしょうね」
耕一に支えられながら、先ほどとは異質の驚愕の表情で梓が言う。
「う……で でもさ、あの潜水艦に俺達7人…と一匹が乗るのは……空気の問題もあるし。」
「潜水艦と言っても、どこか他の陸につくまで潜水しっぱなしでなくてもいいじゃないですか。
ハッチを空けて海面に浮かんでいれば、空気の問題は解決できます。」
冷静な口調でマナ。
「それでもここは地下だぜ?ここから出すにはあの潜水艦に乗らなきゃ……」
「だったらあとの人たちは上で待ってればいいんだよ」
さすがにあゆに突っ込まれる事は予想していなかったのか、耕一の表情が沈んでいく。
「ぐ……うぐぅ…………」唸る。
「あっ ボクの真似しないでよう!」突っ込む。
ここに来て、何故かあゆは一人、元気だった。
「………なるほど、誰かがコイツを動かして、近くの海岸で残りの人を拾う、と。」
耕一からの説明を聞き終えた七瀬、晴香の両名は頷きながら呟く。
「ああ。ここからまっすぐあがっても崖だしね。ちょっと手間だけど多分 それが最良だと思う。あとは……」
誰が潜水艦を操縦するか。
「………潜水艦の操縦をやってみたい人。挙手。」
誰も手を上げない事を前提に、耕一がきいてみる。
手を上げないどころか、耕一さんお願いしますとか言われるんだろう。多分。
その予想に反して、三人、手を上げた。
七瀬と、晴香。少し遅れて、繭。
【三行開けです】
「指紋、照合しました。操作系統のセーフティロックを解除します。」
無味乾燥なアナウンスが響く。聞くなり、七瀬は手にした「手首」を荷物の中に戻した。
ごとり、と言う音がした。どうやら物理ロックだったらしい。安物だ、と七瀬は思った。
「なるほど……指紋照合か……」ハッチの上からのぞいていた耕一が思わず言う。
さすがに女の子が造作も無く荷物の中から手首を取り出したのには驚いたが……
「三人とも、やれそうかい?」
「この舵みたいなので動かすみたいね……でも……」
人手が、足りない。
高槻の持ち物だからか、設計者がひねくれていたのか、それともよほどの急ごしらえだたのか……
操縦桿と、レーダー。それに、地図。コンパス。窓。
それらすべてが、それぞれ別の位置に配置されているのだ。
「これ作った人間は何考えて作ったのかしら……」思わず、七瀬が洩らした。
「耕一さん、もう一人くらい、だれか乗るように────」
晴香が言い終わるより、速く。
「ボクっ ボクが乗るっ!」
能天気と言って差し支えない声がした。
「────言ってくれないかしら。」
無視。
「うぐぅ〜 ひどいよ〜」
「本当に大丈夫かしら……」
晴香がため息をつく。結局、あゆに押し切られたのだ。
「アンタ、本当に大丈夫なんでしょうね。まさか興味本位で乗ったんじゃあ……」
七瀬が釘をさした。
「大丈夫だよ〜 ボクがんばるよ〜」
しかし、その瞳が好奇心に輝いているのを、二人が見逃そうはずもなかった。
ボクは今から、センスイカンに乗るんだ!目は口ほどに物を言う。
「……はあ」
今度は、二人同時にため息をついた。
「じゃあ、いいかい?エンジン始動するよ?」
耕一の声がスピーカー越しに響く。
もともとこの潜水艦は地上で内部気圧などを操作し、かつそこで指示を出しながら潜水させる
「探査船」のようなものだったらしい。だから、始動スイッチなどが地上のドック内にあるのだ。
もっともそこは改造品らしく、潜水艦内部でも大まかな作業は行えるようになっている。
潜水艦にはケーブルがついており、この範囲内ならドックから電力を供給できるので燃料を気にしなくて済む。
燃料を気にするのはケーブルの範囲から出た後でいい……らしい。
操縦席には、ちゃっかり切断ボタンらしきものもついていた。プラスチックのふたが被さっていたが。
本来はドックで誰かが潜水艦まわりの装置を監視しなければならないのだが
下手にいじるよりも、ということですべてオートにしてある。これも、ケーブルの範囲内での話だが。
【三行開けです】
晴香はコンパス。あゆはレーダー。繭は窓。地図は猫。配置は決まった。
「ここから東に進んだ一番近い海岸で集合だ。いいね?」
「はい。始めて下さい、耕一さん。」
そして、舵を握るのは七瀬。スピーカーは舵の近くについていた。もっとも、すぐに使われなくなるが。
ヴォン……スクリューが回転し始める。
「行くわよ……」
七瀬は目の前の「Descent(下降)」ボタンを押す。
浮上、下降、前進はこのボタンで切りかえるらしい。
ゆっくりと、手元のレバーを押し込んでいく。
下降するエレベーターに乗っているような感覚が襲った。少し、お腹の傷がうずいた。
希望をはらんだ船は、静かに、暗い海に沈んでいく。
それを見届けると、地上に残った者たちは、ドックを後にした────
どもRiver.です。いつものようにツッコミ、修正お待ちしております。
球状の潜水艦との事でしたので、多分こんな仕組みだろうと。
ケーブルの長さ、「海岸」の位置、
艦内の地図など 細かいところは次の人に任せます。
地図は、何らかの形の海図でよいのではないかと。
510 :
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