851 :
727:
コーチ経験が全くない東尾が、7年間でリーグ優勝2回、2位2回、3位3回という
成績だったことは、近年のプロ野球では奇跡的な成績だったといってもいいだろう。
これはひとえに東尾が堤から「長期政権」の約束を取り付けていたことが大きい。
それと忘れてはならないのが、当時ダイエーに移っていた根本の存在だ。
根本は同一リーグの球団フロント・トップという立場にありながら、東尾のために
コーチの人選や、監督業のイロハなど、様々な点で親密にアドバイスをしている。
これが、同じライオンズの釜の飯を食った仲間同士との思いからのことであったのか、
あるいは東尾のためにと堤が根本に世話を頼んだのか、それは定かではない。
(根本は堤とさんざんやりあって、堤にはかなり恨みを抱いていてもいいはずだが、
どうもこの人のものの考え方は凡人には理解できないことが多い。「寝業師」とは
よくいったものである)
今の日本プロ野球界で、オーナーと監督が無条件で長期政権を約束するなどという
球団は西武以外にひとつもないだろう。むろんそれは巨人とて例外ではない。
(よく○○監督永久政権などとぶち上げるオーナーがいるが、あんなものはただの
リップサービスである)
852 :
727:02/10/31 20:25 ID:???
「長期政権」の約束でじっくりと監督業に専念できた東尾は、伊原を始めとする
優秀なスタッフにも恵まれ、1年目・2年目は3位に終わったものの、就任3年目に
念願の監督初優勝を果たし、翌年も優勝し2連覇を達成する。
この頃の東尾は得意の絶頂だった。
日本一は逃したが、3連覇・4連覇と続け、広岡・森に並ぶ新たな西武黄金時代を
作りあげる自信もたっぷりあった。
そんな平成10年のオフ、ドラフト会議を前にして東尾は「天皇陛下」からの呼び
出しを受けた。(以下明日に続く)