1 :
1 ◆y6SLqwSRMc :
2 :
革命的名無しさん:2010/09/27(月) 19:16:51
オオッ、お初だ!
ブリッ!ブリッ!ブリッ!
3 :
革命的名無しさん:2010/09/27(月) 19:19:00
じゃあ久しぶりにスレ立てたついでに25年前の懺悔でもしよう。
オレは1984年に社学同に結集した。
大学入学と同時にだ。
しかし学内にメンバーはオレ一人。
しかも悪いことに学内をヘゲってたのは北原派に属する蜂起派だった。
この時点でどこの大学かよく分かるだろうけど、人定されるほど有名人でもないし、25年も前のことだからもういいや。
ご存知のように戦旗派は大学内に「運動」を造るような作風はほとんどなく、
大学というのは学生メンバーを獲得する草刈場くらいにしか考えていなかった。
だからわざわざ友好的でない党派がヘゲってる大学で情宣なんかするよりも
波風立たない平和なキャンパスで署名を集めた方が効率がいいわけだ。
そういうわけで、オレは大学入学早々自分の大学へはほとんど寄り付かない
他大学情宣行脚の日々が始まったのだった。
続く。
4 :
1 ◆y6SLqwSRMc :2010/09/27(月) 19:32:17
トリップ付け忘れた。3はオレね。
オレだって人の子だから「自分の大学で学生運動やりたい」っていう願望は漲るほどあった。
しかし戦旗派ではそういう感情は小ブル的と見なされ批判対象でもあったのだ。(多分)。
不抜の党建設のための捨石たることを自らに言い聞かせ、オレは黙々と他大学へと出かけた。
時に民青に嫌がらせをされ、体育会の学生にイチャモンつけられながらも、それが革命のためだと思えば苦にならなかった。
(今ウソついたよwww)
まぁ他の大学への情宣行脚は別に任務と思えば割り切れたんだけど、どーにもガマンならなかったのは
とある有名大学のメンバーのいる大学への情宣には結構熱心に通ったことだ。
確かにそこは政治的にはほとんど無風のミッション系お坊ちゃん大学だったのだけど、
そのメンバーのM(当時の組織名だよバカヤローww)っつーのがどうしようもないヤツだった。
ろくに会議も情宣も闘争も出てこない。
そのくせ態度だけは偉そうでオレに「上司風」をバンバンと吹きかけてくる。
もうちょっと活動に熱心になるようにオルグしても、グチグチとよく分からない言い訳ばかり・・・
それに比べたらオレ結構頑張ってない?活動を最優先してるし組織にも献身的じゃね??
それなのに何でオレの大学よりもMの大学への情宣の回数の方が多いのよ?納得できねーよ!!
今思い返せばこういうのがルサンチマンっていうのかね?
続く。
5 :
革命的名無しさん:2010/09/27(月) 19:33:36
ミッション系ってあの革マル戦旗をうんだ青学か!
6 :
1 ◆y6SLqwSRMc :2010/09/27(月) 19:42:00
冷静に考えてみれば、面倒くさいイチャモンばかりつけてくる蜂起派の諸君を相手にしているよりも
すんなりと問題なく活動できる大学でやった方が理にかなってるんだろうけど当時のオレはそんな風に思えなかった。
「きっとオレの大学よりもMの大学の方が偏差値が高いから拠点化するのにカッコイイとか思われてるに違いない」
オレはそんな矮小な妄想に取り付かれ、嫉妬心を増幅させていった。
このオレの妄想が矮小なのは間違いないのだが、数年前に再開を果たした当時の学対に真相を聞いてみたら
「お 前 の 大 学 よ り も M の 大 学 の 方 が ア ジ ト に 近 い か ら」
とのことだったwwwwww
真相はもっと矮小だったというわけだwwww
しかしオレはルサンチマンばかりを増幅させたわけじゃない。
「オレの大学で学生戦線を築くためには、オレ自身が活動家として一人前になって組織に認められるしかない」と
密かにそれを活動のモチベーションとしたのだった。
続く。
7 :
革命的名無しさん:2010/09/27(月) 19:52:19
首都圏の蜂起の拠点大学って横市と明学に少々って感じじゃなかったっけ?
昔なら東京医科歯科と聞いたな。
東京医科歯科にタテ看出てたな。どこのだかわからんが、80年代後半入学のオレが見た風景だ。
なおオレは戦旗ではない。
8 :
1 ◆y6SLqwSRMc :2010/09/27(月) 20:02:01
オレ自身頑張ってはいたつもりだったけど、労働者の中にはもっともっと献身的で、
揺ぎ無い信念を持ったメンバーはいくらでもいたよ。
なんてたって学生は上納も知れてたしな。
労共闘のメンバーの「5万残して全額上納」なんて話を聞くと心底驚愕したよ。
ただオレは時間だけはいくらでもあるから、なるべく活動に時間を割くようにした。
昼は大学で情宣。夜は労働者と一緒に駅前で情宣。
他党派の諸君は信じられないだろうけど、比喩的表現でなく、これが毎日のことなんだぜ。
まるで自分が「署名集めマシーン」にでもなったかのようだ。
オレは2年足らずでコケちゃったしキムでもなかったいい加減なメンバーだったけど、
あの日々を10年も20年も続けた同志には本当に頭が下がる思いだよ。
さて、そんな日々でも事態はあまり変わらなかった。
夏には一ヶ月三里塚へ行き、秋になると全斗煥来日阻止のためにアジトや大学の寮に詰めっぱなしとなった。
現行隊や、全斗煥闘争の過程で原理を殴ったりしたのは楽しい思い出だけどwww
益々オレは自分の大学とは縁遠くなっていったのだった。
そんな感じで秋がきた。
続く。
9 :
革命的名無しさん:2010/09/27(月) 20:06:43
オレは80年代前半の地方大学の入学。
都内の大学の情報はほとんど知らない…(悲)。
10 :
革命的名無しさん:2010/09/27(月) 20:42:13
>>8 > 労共闘のメンバーの「5万残して全額上納」なんて話
そんなめちゃくちゃな冗談のような話は戦旗だけだ。
> 昼は大学で情宣。夜は労働者と一緒に駅前で情宣。
> 他党派の諸君は信じられないだろうけど、比喩的表現でなく、これが毎日のことなんだぜ。
やたらあちこちで見たので知ってるよ。
「公安と駅前の戦旗を見ない日はない」「緑の党の募金以上だ」と冗談を言ってたもんだ。
11 :
1 ◆y6SLqwSRMc :2010/09/28(火) 00:59:59
秋になっても「自分の大学に細胞を建設する」という野望は一向に進まなかった。
相変わらず大学から大学への情宣行脚の旅が続く。
しかも北原派系がいる大学(特に白)には近づけないわけだから、おのずとその対象も限られてくる。
オレは疲弊した脳みそで一計を案じた。
もうこうなったら蜂起派と一戦交えて突破口を開くしかねーじゃん・・・と。
オレも若いし経験は浅いし、その上バカだから、相手のフロントサークルが
「サークルボックスを持つ大学の公認団体」ということの重要性と優位性を全然分かっていなかった。
まともにケンカをしても勝ち目は無いのだ。
それでもオレは正常な判断力を失っていた。
要因は色々あったのだろう。
〇その2〜3ヶ月は息継ぎせずに泳ぎ続けるような日々が続いて若干消耗していたこと。
〇地区党から離れて三里塚で1000のアナーキーな雰囲気に触れ「さらぎなんか追い出しちゃえよ」みたいな
「アドバイス」を散々吹き込まれてその気になっちゃったこと。
〇オレの願望なんかお構いなしの指導部にちょっと反発心めいたものも芽生えていたこと。
まぁ後付的には色々言えるんだろうけど、やった行為は「無思慮」の一言につきるだろう。
オレは蜂起派のフロントサークルが学祭で企画した映画上映会の会場の机に、
前日にコッソリと戦旗のビラを置いて回ったのだ。
当然地区のキャップにも、学対の先輩にも何の相談も断りもしない独断専行だった。
大騒ぎになったのは言うまでもない。
続く。
>>1 おもしろい!!
朝から爆笑してて仕事にならない!月末なのに!
はやく続きが読みたい。
僕も自分の大学には行かずによその大学でばかり活動していた。
今はそっちの大学のほうが愛着があって母校みたいに思っている。
今でもつきあいが続いている友達もいるし(活動とは無関係な友達)。
悲しいのは、自分の本当の母校には何の感慨もないこと。
13 :
1 ◆y6SLqwSRMc :2010/09/28(火) 12:02:25
そんな軽率な行動に出る以前から、蜂起派の諸君はオレがキャンパスで歩いてるだけで
「ゴルァ!ひゅ〜〜が〜〜〜っっ!!」と胸ぐら掴んでくるほど憎しみを露わにしていたのだ。
集会場に置きビラされて怒らないわけがない。
しかもその大学に戦旗はオレしかいないわけだから、実行犯がオレだなんてことはすぐ特定されるわけだ。
しかし一応奴らも党派だ(当時既に全国動員で30人程度だったとは言え・・・)。
いきなりオレに殴りかかるようなマネはせず、この機会にオレを完全に学外へと追い出す政治に打って出てきた。
学祭の集会場にビラを撒いたということで、学祭主催者の文連を巻き込んで自己批判書の提出を要求してきたのだ。
ウチの大学の文連は政治色は皆無だったけど、加盟団体から(しかも五月蝿い蜂起派系サークルから)突き上げられれば
腰を上げざるを得ない。
要するにオレは「学祭妨害者」と位置づけられ、一対立党派だけからでなく、大学の公的機関からも批判・追放の対象となってしまったのだ。
何のことは無い。
自分で自分の首を思いっきり絞めただけの結果になった。
しかしいくら経験が浅くても、我々の行動が「政治の延長」にある以上こんな結果を招くことは
ちょっとでも聡明な人間ならば簡単に予想がつくことだろう。
結局のところ、指導部云々以前にオレは大学に支部建設なんて出来る器じゃなかったってことだ。
しかし他党派から要求された自己批判を、自分だけで勝手に処理するわけにはさすがにいかなかった。
そこへ至ってオレはようやく地区のキャップに事の次第を打ち明けた・・・
当然大問題になった。
続く。
14 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 12:15:07
正太郎パソコン新調だな。
ショセンは正太郎日記。
15 :
1 ◆y6SLqwSRMc :2010/09/28(火) 12:25:29
オレの話を聞いた地区のキャップは怒るよりも呆れていた。
「お前なんでそんなことしたのよ?」と聞くキャップに、オレは「スンマセンでした・・」と項垂れるばかりだった。
しかしウチの地区のキャップは、海千山千のベテランで、前社学同委員長でもあったのでこういう局面には慣れていたのだろう。
自己批判書を書いてくれ、文連をオブザーバーとした蜂起派との会談の席に同席してくれた。
向こうはキャップ(30過ぎのオサーン)一人だったかな?
こっちのキャップが書いてくれた自己批判書は、コトの張本人が読んでも「どうよ?」と思うような「一応謝ってるけど、結局は謝ってない」という
絶妙な言い回しで構成されていたwww
当然相手は怒ったよwwww
しかし、そこは流石前社学同委員長だ。
「だからさ〜ちゃんとその件は謝ってるじゃん?それでいいだろ?」と何とかその場を治めてしまった。
文連にしたところで面倒くさい党派間闘争に巻き込まれるのは避けたかったのだろう。
出来れば穏便にコトが収束することを望んでいたようだ。
蜂起派はあくまでも「学祭妨害」という大義名分で押し通してきたが、結局話し合いはその一回でカタがついた。
しかしオレがしばらく自分の大学に公然登場できなくなったことだけは言うまでもない。
帰り道でキャップはオレに何も言わなかった。それが余計に自分の犯した行為の愚かさを思い知らされるようだった・・・
澤田さん・・・あん時はホントーにスンマセンでした・・・
終わり
16 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 12:37:22
いや〜「青春」って感じでいいですね
80年代中頃のこういう雰囲気は好きだなあ
17 :
1 ◆y6SLqwSRMc :2010/09/28(火) 12:46:22
オレが恥を晒したんだから皆も何か書けよ。
こんな失敗談の一つや二つ誰だってあるだろ?wwwww
18 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 13:16:02
駅前の戦旗と女の性器を見ない日はなかったな、あの頃は。
19 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 13:28:56
18:革命的名無しさん :2010/09/28(火) 13:16:02
駅前の戦旗の立ちションで男の性器を見ない日はなかったな、あの頃は。
20 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 13:34:22
そして戦旗の精神は薔薇族へ受け継がれていった
21 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 14:10:55
同じような事、無数にやってた。
一番大きかったのが三里塚だ。
話し合いだ、青行がどうだ、いろいろあったが、反対同盟からの絶縁という、事の大きさをまるでわかっていない。
何しろ、絶縁されたのは日共とカクマルと、戦旗だけだ。
しかも一番怒っていたのは石井武さんと柳川さんだ。
何が決定的だった、ということでなく、無数の勘違いと中堅幹部の謝罪があった。
22 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 14:57:44
生臭さく残酷な昔話を綺麗な美談に仕立ててやがる。
チンコの毛が白くなった爺どもが!
23 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 14:59:58
ビュッ、ビュッ、ブァッ!
24 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 15:15:38
>>21 青行が間違っていた。謝罪は反対同盟からなされた。今井さんがそういっていた。
そうじゃないのかっ?
25 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 15:30:52
ええ!?
澤田さんが何度土下座したか聞いてないのか?
26 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 15:34:10
27 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 15:51:36
>>25 へ〜?ゲンヂさんが土下座ねぇ。
社学同委員長時代?それともその後のこと??
28 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 15:54:02
謝罪は反対同盟からなされた、って…
痛すぎ。
なぜ絶縁まで至ったか理解できた希ガス。
29 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 16:01:07
>>26 荒にサンづけとはさすが日向らしいマネをw
30 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 16:03:47
>>29 石井武ら反対同盟の面々が詫びを入れたって聞いたよ。
ただ支援他党派との関係から、すぐにはおおやけにできない。
すまないが当分のあいだということで、熱田さんにかくまわれることになった聞いたよ。
31 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 16:20:40
>>29 ええっ!?
今頃すごい話を聞いたな。
熱田さんの納屋にこっそりいるぶんにはいいが、熱田さん以外援農も禁止って聞いてた。
>>25 社学同のあと。
立○さんのあとに三里塚のキャップみたいなことやってた頃だよ。
32 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 16:23:26
物凄く大雑把に色分けすると
熱田さん、源さん・・・・親戦旗
青行・・・・・・・・・・・・・・反戦旗
↑
こんな感じ??
良く援農行かされてたのは、東峰の堀越、辺田のハンゼム、タナカあたりか。
89年以降も熱田さんは戦旗に同情的だったの?
特に、おっかさんだろう。
37 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 17:26:52
>>33 んなわけねえだろw 源さんだって親戦旗ではなかった。熱田さんだって親戦旗じゃなかった。
お情けで熱田さん宅に居候させてもらったの。ゲンジが謝って、それがやっとだよ。
日共、革マル、戦旗の流れは歴史的には確実なんだよ。
それを90年代の末にようやくデモをやるにいたった、今は某県一地方のメンバーにすぎない戦旗の元三里塚全国運動代表は、荒の意向を受け駄文を書いた。
現闘本部のあり様をみてプロ青やインターら現支援への批判だ。そしてもう石井武さんや熱田さんも最後の最後でガマンならなくなった。
38 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 17:28:54
いや、反対同盟も青行も同情的どころか、親戦旗だった。だけど他の支援がダダをこねて困っていたから、絶縁されたというのが本当だ。
これは三里塚の担当者から聞いた。
39 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 17:30:24
>>37 デマを書き立てるのはいい加減にしてくれないかな。昔も今も最大最強支援党派は戦旗のみだ。
>>38 釣りだよな?
いくらなんでもそりゃねぇだろ?
80年代中盤の経験の浅い下部メンバー向け意思統一のための「戦旗派史観」だよ。
41 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 19:04:06
>>40 80年代中盤はまだ絶縁されてないから意志イチする必要ないでしょ。
>>41 いや・・・絶縁されてないにしても、青行とかの間がギクシャクしてるのは伝わってきた。
そんな時は大体インターやプロ青のせいにされた。
そういう意思統一があったような気がするけどどう??
80年代中盤じゃなかったか?反対同盟の某さんが激怒して重機で小屋壊しに来た事件。
確かインターやプロ青が反対同盟の長老動かしてなんとかなったように聞いてるけど、その時もゲンジ土下座したそうだぞ。
しかも、今後反対同盟を一方的に批判したら支援共闘関係を断絶されても文句はありません、という念書を書いたんじゃなかったっけ?
絶縁決定の時の反対同盟新聞か何かで見た記憶がある。
念書のコピーつきで。
44 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 20:32:20
>>42 インター、プロ青が悪いといのは100回聞いたな。今考えると意味不明だが。
>>44 管制塔の頃の戦旗と、荒出獄以降の戦旗と違う、と他党派からずいぶん聞かされた。もちろん荒がでてきてからは組織は求心力を持ち飛躍的に成長した。
反面、中核を真似て血債とか言ったわりに荒は心の底では農民を信用していなかったのだと思う。真面目に動員をこなす労学メンバーは反対同盟に可愛がられていたと思うが、老練な反対同盟からは見抜かれていたんだろう。
面白いね。
俺は88年にコケちゃったから、三里塚絶縁の話はよく判らない。
ゲンジさんって、1000→400→1000→現闘→沖縄だったの?
>>1 400でのお話ですか?
47 :
革命的名無しさん:2010/09/28(火) 23:02:00
>>45 働いたこともなく、田んぼに入ったこともない荒さんだもの。
48 :
1 ◆y6SLqwSRMc :2010/09/29(水) 01:33:19
49 :
革命的名無しさん:2010/09/29(水) 03:22:53
死滅状態の共産党張りの頑張りか?
どうしようもない退行現象だな。
完全に過去の幻想のなかに浸りきっている。
まあ恥ずかしくもないわけだろうから、2ちゃんねるの倉庫のなかでせいぜいオナニーしまくることだな。
ばーか、ばーか、ばーか。
50 :
革命的名無しさん:2010/09/29(水) 03:28:14
ほら、大躍進!
ほら、大躍進!
あははははは!
共産党的予定調和からは死んでも抜け出せないお馬鹿さんね。
そら、オナニー頑張れ!
一日中オナニーしようね。
ブント大躍進!
ブント大躍進!
あははははは
あははははは
あははははは
あははははは
あははははは!
51 :
革命的名無しさん:2010/09/29(水) 04:07:09
あれだけ叩かれても懲りない。
レトロブント。レトロ文化じゃないがね。。。
52 :
革命的名無しさん:2010/09/29(水) 05:08:58
大正デモクラシーにこだわり続ける老人会みたい。
53 :
革命的名無しさん:2010/09/29(水) 05:16:04
モボブント。
モガブント。
鞍馬天狗ブント。
月光仮面日向。
二十四の瞳。
明治、大正、昭和レトロ〜♪
わ〜いレトロ
54 :
革命的名無しさん:2010/09/29(水) 06:40:55
クソスレはしゃぐな
55 :
革命的名無しさん:2010/09/29(水) 07:45:07
ここは日本共産党ブント地区委員会。地区委員長の荒はいるかい?
56 :
革命的名無しさん:2010/09/29(水) 08:26:00
血債猛省だって?内ゲバで傷つき離れて行った者たちを尻目に80年代ブントの宴か?
とっとと氏ね。
57 :
革命的名無しさん:2010/09/29(水) 08:28:29
犠牲者の屍の上で狂喜するな、キチガイ極左ブント!
>>48 なるほど、400でしたか。
スルーしてくれてかまわないけど、400でそれだけのことができるバイタリティーのある人は、
〇〇タ君くらいしか思い浮かばないや。
俺は逆に「中央の言う通り動くことこそが革命的」との信念だったので、
良くも悪くもそうした失敗は無いです(笑)。
一度だけ興味本位で、アダチの集会行ってみようとしたけど、
指導部に止められたことがあります。
もし行って摘発でもされたら、大変な事態だったけどね。
朝から、やってんのー、馬鹿。
60 :
1 ◆y6SLqwSRMc :2010/09/29(水) 09:44:37
>>58 どなたか存じませんがお知り合いのようですねwww
61 :
革命的名無しさん:2010/09/29(水) 09:56:42
>>58 後輩役卑屈じゃね?
まるで警備員隊長と子分だぞ。
誘導灯振り回して、三遍回ってブントって叫んでみろ!はやくやれ!
頼むからスレ畳んでくれ
>>60 そっかあ!お元気でしたか!!良かったです!
現行隊でご一緒しました。
これは正ちゃんにもニャンケ氏にも言ったけど、
俺は自分と家族を元活と公安から守るため(笑)組織名は明かしません。
でもトリは付けるかなあ。
そっかあ、やはりそれだけ「主体的」なら、BFなんて耐えられなかったでしょうね(笑)。
2ちゃんも、見てると面白いね^^;
>>60 連レス
84年の現行隊を思い出しましたよ。あの年は、後の有名人ばかり揃ってましたからね。
アナタが当時焦点だった反対同盟員宅での夜のパーティーで、
その家の子供をあやして遊ぶ姿が、眼に焼き付いてます。
やっぱり、戦旗にはいない、明るいタイプでしたね。
「学対」とは、あの人のことか(笑)彼も明るかった!
お元気そうで、何よりでした!
66 :
革命的名無しさん:2010/09/29(水) 14:56:11
はーい、よい子のブントちゃん!
上げてやってね。
せっかくの2ちゃんねるなんだから、晒されてね。
恥ずかしかったら個人的にメールのやり取りしましょうね。
>>1 さん、思い出しそうで思い出せません。ごめんなさい!
いや、私もそのテの失敗はあって、中央からお叱りを受け前歯も無くしましたが、たぶん差し障りがあるので詳しい事は書けません。
68 :
革命的名無しさん:2010/09/29(水) 20:21:43
>>60>>65 戦旗ではないが、同時代を生きたものとして、
微笑ましくもあり、懐かしくもあり。
>>68 戦旗ならなおのこと。
そして心身ともに力みなぎる学生戦線だったからこそ
同時期の輝きを共有できるんだね。
対して労共闘は、こういう所では盛り上がらない
のが寂しい。
70 :
革命的名無しさん:2010/09/29(水) 21:36:04
ウンコの匂い、匂い、匂いぷんぷんやん。
今日は9.29だった!
>>67 正ちゃんは84年の現行隊にいたっけ?全く記憶が無いんだけど、もしいたら
>>1さんと話はしてるはずだよ。
85年の9.29にいた記憶はあるんだけどさ。
>>1さんの大学は記憶に無いや。
「学対」氏とは、400生え抜きの人だと思ってたけど、もしかしたら1000から移行した人のことだったかも知れないね。
Mさんも分からない。700から移行した人かな?
ま、いいけど。
いずれにしても、400は荒さんの「東京中心主義」で、最も過酷で大変な地区だったと思うよ。
三里塚現地ならともかく、政治集会やら労学集会のたびに、わざわざ東京まで行かなきゃならないんだからね。
たとえ2年でも、よくやってたよ。カネがいくらあっても足りなかったろうねえ。
72 :
革命的名無しさん:2010/09/29(水) 22:33:07
73 :
革命的名無しさん:2010/09/29(水) 22:37:14
>>71 共産党員になったブント君。
ぷんぷん臭うよ。
74 :
革命的名無しさん:2010/09/29(水) 23:20:40
75 :
革命的名無しさん:2010/09/29(水) 23:36:11
76 :
1 ◆y6SLqwSRMc :2010/09/29(水) 23:56:56
>>64 こんな適当でいい加減だった末端活動家を憶えてくれている人がいるとは意外です。
同時に感慨深いものがありますね。400の方ではないですよね?
いや、差し支えあればお答えいただくても結構です。
しかし私は戦旗を「暗い」と思ったことはないですよ。
むしろ1000の明るさと勢いにはビックリしたものです。
84年の現行隊、よく憶えてます。
長田氏が隊長でしたっけ?
ちなみにご想像の学対はSさんだと思いますが、再会したのは違う方ですね。
77 :
1 ◆y6SLqwSRMc :2010/09/30(木) 00:02:29
>>67 実は正太郎クンのことはよく憶えてないです。
1000に合流したのは84〜85年の現行隊と全斗煥です。
9・29は直前に逃亡しました。
突入メンバーとして意思統一を受けた後の逃亡です。
したがってニャンケ君とも面識は無いはずです。
丁寧語使ってさ、何が下心あるのならバラせよ。
>>76 そっかあ。9.29の直前に逃げて、大正解ですよ!
あんな負け戦、ただ中核派への対抗だけのアリバイ闘争ですからね。
もちろん、400ではありません!
ウワサだと400学生は、茶髪君(←あえてこう言わせてもらう)がコンビニでバイトし
賞味期限切れの弁当をもらってきて、
>>1さんとSさん三人で食いつないでると聞きました(爆笑)!
84年の隊長は、ワセダのHさんですね。副隊長が、砦戦士のYさん。
みんな元気かな?
このスレタイの「俺様がスレ立ててやったぞ」との表現が、実に
>>1さんらしくていい!
コンパのたびに、〇〇郎の歌を歌われてたのも、懐かしく思い出されます。もう26年前か。
80 :
1 ◆y6SLqwSRMc :2010/09/30(木) 01:04:24
>>79 9・29の運動史的な評価と、私の逃亡とは今でも分けて考えています。
あの闘争に意味があったかどうか?ということよりも、自分史的に「逃げ出した」ことからは逃れられませんから。
僕は戦旗派が大好きでしたが、ただただ「怖くなって逃げ出した」のです。
ただ今でもジクジクト自責の念にかられて生きているわけではありませんよ。
やっぱり人間今が大事です。
ただ、僕のことを憶えてくれる人がレスしてくれた以上、9・29の逃亡のことを避けて通るわけにはいきません。
蔑視も非難もあることだろうけど書きました。
81 :
1 ◆y6SLqwSRMc :2010/09/30(木) 01:15:45
記憶も曖昧だったけど、84年の隊長はHさんだったですか。
あの人も明るく豪快な人でしたね。
長田氏はすると85年の隊長だったかな?
それにしてもよくそんなに昔のことを憶えてますねwww
茶髪クンはかなり異色の人物でしたが、肝の据わった男で結局最後まで現役を貫いたとウワサに聞いています。
彼のバイト先には本当にお世話になりました。
彼がレジを打っている時にメンバー2〜3人で買い物に行き、カゴ一杯の商品をレジに差し出すと・・・
「50円です」wwww
よく首にならなかったものですが、店自体がほどなく潰れてしまったと記憶してます。
もしかしたら私たちのせいかも・・・
>>80 なるほど。
まあ、今さらですが、あんまり思い詰めなくていいんじゃないですか?
俺的には、当時はもっと赤軍派みたいな戦いをしたかったので、あんまり深くは考えてませんでした。
逆に今ここで、自分が誰だか特定されるような書き方(少なくとも沢田さんには)するほうが、
皮肉じゃなくて勇気あると思いますよ!
俺は絶対特定されたくない(笑)。
でも不思議なのは、84年の記憶は極めて鮮明なのに、85年の夏は全く記憶に無いんです。
隊長が誰だったかも、思い出せない。
ともあれ、
>>1さんが元気でいることが分かり、嬉しいですよ!
そうそう、つまらないことだけど、俺は当時あの歌手が気持ち悪くて嫌いだったんですが
その後に例の歌だけ、カラオケでもよく歌うようになりました。
お互い様なんでしょうけど、俺も
>>1さんはじめ、いろんな人の影響受けて今があります。
茶髪君は、どこでも元気でやってける人だろう(笑)
83 :
革命的名無しさん:2010/09/30(木) 09:45:49
>>82 >あんまり思い詰めなくていいんじゃないですか?
賛成!
68だけど、オレも戦旗の主張には賛同できる所はあったけど、
逮捕覚悟(長期投獄も)の活動には踏み切れなかったし。
逃げたというより、人それぞれの判断だと思うよ。
その時々で判断をして組織に結集し、それぞれの判断で離れたということ。
9.29も強制されたのなら、逃げたことになるだろうが、
参加しない判断をして離れたわけだからね。
ただ、同志に対する気持ちとしてはわかる気がするけど。
84 :
革命的名無しさん:2010/09/30(木) 09:49:05
ちなみに、9.29って辺田大会戦のことでいいのかな?
>>83 いいこと言うねえ!
>>84 9.29は、84年と85年の2回あったんですよ、偶然同じ日に!
84年は東部落の用水反対派の田んぼから、機動隊に稲株などを投げ公妨で23人逮捕、全員完黙!3人起訴。
85年は、7.21で中核がハネたのに触発された荒さんが、「戦旗もやる」と決意。
しかし熱田派集会は7.14に終わったばかりで、次回の9.29に照準を合わせました。
その後、8.21に中核、9.16に西田派がやり、どうしても9.29に大闘争をやらざるを得なくなりました。
一週間前の秋分の日連休にはメンバーが現地に集まり、予行演習や戦史学習会など開催。
辺田ー中郷決戦の結果は75人逮捕、10人程度?自供、9人起訴、2人家裁送致に終わりました。
>>82 上にも書いたけど、85年の隊長は長田氏だったと記憶しています。
あの夏の現行隊(第何次かはさすがに忘れましたが)の結成の時の決意表明で
長田氏が感極まって途中から泣きながら決意表明していた姿が忘れられません。
色々と現地の複雑な情勢を考え、悲壮な決意だったのでしょう。
オレ的には84年と85年の記憶はゴッチャになってます。
ただ初めての現行隊であり、援農も初めてとあってやっぱり84年のことはよく憶えてますね。
清志郎のモノマネは確かによくやりました。
アレはもう地区ではすっかり飽きられていたのですがww、三里塚では結構受けたことに気をよくして
毎回やったような記憶がありますね。
でも1000の人が皆芸達者だったことに驚きました。
あれは澤田さんが作った作風だったのかもしれませんが、いかにも「学生ノリ」でしたね。
I田さんの「オ〜レ〜○〜イダ〜」っていう瞬間芸がとてもツボで、今でも思い出すと声を出して笑ってますわ。
87 :
革命的名無しさん:2010/09/30(木) 16:36:53
>>85 ありがとうございます。
私は、68.83の非戦旗ですが、7.14が三里塚デビューでした。
その後の9.29は勿論参加しませんでしたが、
知りあいが骨折をさせられたと聞いて、
ささやかながらカンパはさせてもらいました。(笑)
>>85 さんは良く覚えてるなァ。すごいや。
85年の9・29は、小屋で作戦を聞いて「こりゃヤられるな」と、思ったね。常盤橋戦闘と違って「人民の海」が無いんだから、あの計画で上手く行くワケがない。で、予想通りヤられた。
まァ俺は前年の9・29で何もしてないのにパクられた借りがあって、どーせパクられるならヤらなきゃ損、と思ってたから、かえって腹が据わったけど、結集して半年も経たない人を動員するのはどーなのよ?と、思った。
ところで400といえば、700の高校生委員会から400に行ったH君がいたな。あ、1000から400に行ったSさん。彼が「正太郎」というあだ名の名付け親だ。
>>86 なるほど。長田さんの泣きながらのアジテーションは、
聞いたことあったけど見てはいないですねえ。
ということは俺は、85年は現行隊員ではなく、9.29要員だったのかな?(笑)
1000というのは何だったんでしょうね。やはり荒さんが許容してああなったのかな。
>>87 7.14がデビュー戦でしたかあ!
あの日は晴れて、暑かった記憶があります。戦旗派が初めて、中核派のマネして小走りデモをした日ですね。
何でも中核の二番煎じだったなあ。確か「理論戦線」19号の表紙の写真に、みんなTシャツをうでまくりして写っていたような…。
>>88 へえ、正ちゃんは、あの現闘小屋での話聞いて、やられると思ったかあ。
俺はそのまま真に受けて、うまくいくように思いました(笑)
なんというか、キンちゃんの話が面白かったしね!
ただ9.29の前夜だったか、中隊長の意思統一で、「もし(決戦になった場所に)機動隊がいなかったら、解散地点の機動隊にぶつかる」
と話し、「明日ボクらは、どうしても戦わなければならないんだよ」
と続けた声が、9.29じたいが、単なる対中核のメンツでやるだけだな、と思いました。
やはりいくら人がいないからといって、シンパまで逮捕されたのはダメだよね。
スレタイどおり猛省だ!
う〜ん、700→400の人は、その後どうなったのか気になるけど、あえて聞かないことにしとくかな。
91 :
革命的名無しさん:2010/09/30(木) 21:56:58
>>89 レスあんがとございます。
ジグザクデモでした。
理戦は知りませんが、Tシャツ腕まくりで
『戦旗』には載りまつた。(笑)
>>91 え?!
7.14は、戦旗の隊列にいらしたんですか?
9.29は来なくて大正解ですよ!
カンパもアリガトです。って、俺がお礼を言うのもなんですが、当時ならまだ、
「獄中戦士を支援するカンパ」が、ポルシェの基金になることは無かったでしょうしね(汗)
93 :
革命的名無しさん:2010/10/01(金) 00:30:43
7・14ってどんな集会だったっけ??
100%行ってるはずだけどジェンジェン覚えがない。
84年現行隊個人的な思い出。
オレが自分の大学や情宣先で他党派にやられっ放しなのを1000の学生に散々からかわれた。
戦旗は「絶対に内ゲバはやらない」ってのが原則だったけど、学生戦線ではどうしても小競り合いは避けられない。
それなりに大きな戦線を築いていた1000では少々のことは許容されていたようで、オレのように
「やられっ放し」なのは「情けない」ということでからかいの対象になってしまったのだ。
隊長のHさんが可笑しそうに「お前卑屈だなぁ」と言ったのをキッカケに、その場で「卑屈」という言葉がキーワードのようになって
みんなで笑ってた。
やがて明日に備えて寝よう・・・と電気を消して、皆が布団に潜り込み静かになった頃合・・・
誰かがボソッと呟いた・・
「卑屈の民・・・」
真っ暗な部屋中の中で一斉に抑えた笑い声が起きた。
からかわれたオレが一番笑いが止まらなくなった。
26年経っても憶えてるのってこんなことばかり。
現行隊の個人的な思い出。
その当時の現行隊では、「用水反対派」としてある若い夫婦の農家をシンボリックに持ち上げ、
援農にも盛んに入っていた。
>>46さんも書いてくれてるけど、その家には3歳くらいのそれはそれは人懐こくって可愛らしい
男の子がいて、どういうわけかオレにとても懐いてくれていた。
オレもその子のことが大好きで、よく遊んだり絵を描いたりしてあげてたんだけど、所詮子供なのですぐに飽きる。
ある朝、その家に行ってコーヒーを頂きながらまたその子に絵を描いてあげていた。
ガンダムの絵だった。
その頃オレは何も見ずにかなり精巧に細部のディティールまでガンダム(とザク)は描くことが出来た。
なので、どっちかと言うと描いてるオレの方が夢中になってしまって、そのうちその子は飽きてどこかへ行ってしまった。
そこで止めるのも何なので、せっせとガンダムを描き続けるオレ。
そこへ当主のOさんが通りかかって覗き込み
「ほぉ上手ぇもんだな」
「は・・・はぁ・・」とオレ。
Oさんが覗き込む中オレはガンダムの足まで描き続けた・・・
今となってはもう屋号も憶えてないんだけど、とある援農先に矍鑠とした隠居の古老がいた。
恐らく元老人行動隊の方と思われる。
老人はもう隠居の身で、農作業には出なかったけど、オレ達支援の若い学生をとても可愛がってくれて
農作業を終えた夕暮れ、縁側に座って美味そうに「わかば」をふかしながらオレ達に色々な話をしてくれた。
農家の心得について。昔の闘争の思い出話。
オレはこんな駆け出しの若造にも、そんな風に優しく接してくれる老人のことをとても好きになった。
話はアレコレと飛ぶ中、老人はこんなことも言った。
「ワシはもう何十年もわかばを吸ってるけど、これを吸っていれば絶対に病気にならない」
「他のタバコは身体に毒だけど、わかばだけは健康にいい」
オレは可笑しくなった。
医学的には何の根拠も無いんだけど、この愛すべき老人の愛すべき思い込み。
しかしもっと可笑しかったのは、一緒に援農に入っていたSさんが帰り道に物凄く真剣にこう言ったことだ。
「そんなに身体にいいんやったら、オレもハイライトやめてわかば吸おうかなぁ・・?」
オレはこういう戦旗派活動家の妙なマジメさが大好きだった。
97 :
革命的名無しさん:2010/10/01(金) 02:48:36
ぶんとほーれんげーきょー
ぶんとほーれんげーきょー
ぶんとほーれんげーきょー
ぶんとほーれんげーきょー
ぶんとほーれんげーきょー
ぶんとほーれんげーきょー
ぶんとほーれんげーきょー
ぶんとほーれんげーきょー
>>93 俺も実は、7.14は熱田派の現地集会で、小走りジグザグデモを思いっきりやった、
ということ以外の記憶は無いです。
集会場も、横堀では無かったような…。ひょっとしたら、パイプライン関係で、集会やったのかも知れないですね。
花見川でやった8.7ゲリラは、84年だったか、85年だったか?
へえ〜、
>>94の話は記憶に無いです。
でも当時、「卑屈」という単語が流行った記憶はあるから、ここからだったのかな?
現闘小屋三階の、雰囲気がよく出てますね〜。Hさんがニタニタしながら
>>1さんをおちょくってる姿が、眼に浮かびます(笑)
そうそう
>>95のことは、よく覚えてますよ!
俺は子供なんかに全く関心無かったから余計、うまく農民の心をつかんだ姿を見て、
コイツすげえなあ、って思ってました。
実は85年にあえて希望してOさん宅に援農入ったんだよね。
もう「東部落は終わった」とばかりに支援も誰も来ず、
Oさんはふてくされた感じでした。
俺たちは逃げられる、しかし残った農民はどうなるのか!
あの子も「用水に反対した家の子」と、村八分になったのではと心配です。
カンパニア主義に疑問を感じた援農でした。
>>99 うろ覚えだけど、もしかしたらそれ以前に「卑屈」という単語が1000でプチ流行りしてたのかも??
コー○ロー辺りが流行らせたのかもしれませんが、もう曖昧・・・
85年時点でもうOさん宅に支援があまり入っていなかったとは知りませんでした・・
あの頃戦旗がOさんのことをしきりと持ち上げるのを熱田さんが危惧していたと小耳に挟みましたが、
こういう事態を予想していたのかもですね。
「用水に反対すること」が農村にとってどういうことなのか、当時は全く理解していなかったと言ってもいいでしょう。
支援党派に持ち上げられることよりも、農村というコミュニティの中で生きていくことの方が遥かに重要なことだっってことに
想像力が働きませんでした。
ちなみに今は子供嫌いですwww
と言うかこれまでの人生で、自分に懐いた子供ってあの子だけwww
>>94 でも俺は、
>>1さんのことが好きだったよ。その「卑屈」さが、よかったのかもしれない。
今でも覚えてるのは、400では連帯する会との確執が激しい、それで
「(連帯する会代表の)〇〇んちにジーピーしてやりたい、でもやったら怒るだろうなあ」とか、
400から一緒に来たSさんが、
>>1さんを指差しながら
「この前飲みながらな、コイツがポロっと『ああ〜、彼女が欲しい』とか呟いてな」
なんて、実に人間的で、愛されるキャラだったと思います。
それと今また
>>1さんの失敗談を読み直したけど、やっぱり沢田さんはすごいね。
当時沢田さんは30前後か?俺は今40半ばだけど、そういう立場になったら、対応できず逃げちゃうかも知れないと思いました。
あ〜、若いイケメンが欲しい。
104 :
革命的名無しさん:2010/10/01(金) 11:33:58
>>102 ○○んち、って上坂さんか?
まさか加瀬勉じゃないよな。
やはり日向ってカクマル並みだったんだな。
105 :
革命的名無しさん:2010/10/01(金) 11:42:24
>>103 モラタのケツマン●で我慢しようね。まだしなやかで締まりがいいぞ。
ウホッ、ウホッ、ウホッ!
>>101 なんだ、子供嫌いなんですか!俺はてっきり、保父さんでもやってんじゃないか、と思ってましたよ。
当時みんな20歳前後だし、子供と仲良くしてたの見たのは
>>1さんだけでした(笑)
あの子も、もう30くらいですね。
熱田さんが、危惧してたのは知りませんでした。
Oさんも最初は、写真も嫌がり演説もしない。それを説得して、いろいろ集会で話すようになったら、「東は終わった、次は辺田ー中郷」ですからね。
忸怩たる思いがありましたよ。
>>102 それにしてもよく憶えてるね!
う〜〜ん・・現行隊でそこまで親しく話してたのって誰だったかなぁ?
若き日のYクンや前述したI田氏、隊長のHさんとか思い出す顔は色々あるけれど、
常時30人くらいは常駐してたから全員のことはもちろん憶えてないとは言え、
ここまで26年前のオレのことを憶えてくれているとなると・・(笑)。
流してくれて結構だけどRクンかな??(独り言ですわwww)
女性に晩生だったことは、常にSさんにからかわれてました。
と言うか、オレほとんどSさんの飼い犬のようだったので、よく1000の人に
「まずお前はSに対して革命を起こせ」なんて笑われてましたね。
連帯する会に対してはやはり忸怩たる思いがありましたね。
集会でも名指しで戦旗のことを批判されるわけですから。
代表の○○氏に対してはよくコンパで替え歌にして憂さを晴らしてました。
替え歌もよく作って歌いましたよね。
(彼を揶揄した替え歌は草加氏が作ったものに秀逸なものがありました。)
O氏を持ち上げることを危惧されていたのは多分熱田さんだったと思うのですが、
現闘の人が、同盟の幹部の人に「お前らあんまりOを持ち上げんな」と注意されたと語ってるのを聞きました。
Oさんはおっしゃる通り、根はとても寡黙で、まず人前に出るようなタイプの人ではなかったのを
戦旗がかなりシンボリックに持ち上げた感がありましたが、とっても悪い言い方をすれば
「利用した」ということになってしまうんでしょうかね?
奥さん(元支援の方でしたよね?)にもとても優しくしてもらったのに、何だか複雑な感じです。
>>107 いや、やはり
>>1さんは現行隊で目立ってましたよ。あまりじっくり話して無いけど、これだけ覚えてるもん。
「バレンタインデーの日は、もしかしたらチョコレートもらえるかも知れないので、
遅くまで学校に残ってた」という逸話も笑えました。やっぱり愛されるキャラですね!
へぇ〜、連帯する会には名指しで非難されたりしたんだ。
なんか異様に敵意を燃やしてたので不可思議だったんですが、そこまでされたんならね。
Sさんも明るくてよかった!
二人とも、戦旗にはいないタイプでしたね。
109 :
革命的名無しさん:2010/10/01(金) 12:52:37
そう。利用した。利用した。
少しでも申し訳ない気持ち、感謝する気持ちがあるなら訪ねてみることだ。
間違っても鈴木加代子さんのところですますなよなw
>>107 Oさんの奥さんは、元中核だったと思いました。
奥さんと子供の顔は、全く思い出せない!
もの静かな当人と、じいさんはよく覚えてます。
結果的には「利用した」そのもので、心が痛みますねえ。
>>108 名指し批判っていうよりも「露骨な当てこすり」だったかな。
ある時の集会でも「敵がハードな方法で責めてくるのに、こちらもハードな方法を取ったのでは人々の支持は得られない。
相手がハードになればなるほど、こちらはソフトにソフトに・・・アメーバが侵食するような運動をしていなかくちゃいけない」
みたいな発言をして、こちらのキャップも聞こえよがしに「ナンセンス!」よ野次飛ばしてました。
「アメーバが侵食するようなソフトな運動」って何だよ?って感じですが、氏にしても具体的な戦略があったわけでもなく、
ただその言葉のイメージに酔ってただけなんだろう・・・と26年後の今も思います(笑)。
三里塚の支援団体の代表に対して失礼な話ではありますが、「またインターにくだらねェ入れ知恵でもされたんだろ?」とか
生意気にも思ってましたwww19歳のオレとしましてはwwww
112 :
革命的名無しさん:2010/10/01(金) 14:26:37
それで人々の支持は得られず、村で唯一の反対派も闘争の焦点が移れば見向きもしなくなった。
最低だな。
ああ〜、なんかもどかしいぃ〜!
俺、絶対この人達知ってる!聞いた事あるエピソードばっかだし!
喉元まで出かかってるのに思い出せない〜!
メモリー容量のちっちゃいオノレの脳みそがウラメシイぃ〜!
木の根の花見で「ファンキー・モンキー・ベイビー」歌って、反対同盟ばかりか空警隊凍らせなかった?
>>111 いや、いろんな意味で、400は最もハードだったと思います。
最初は中央から支援があるのかと思ってたけど、荒さんがそんなことするわけないか。
>>113 正ちゃんは85年の夏は、現行隊員隊だったの?
それなら
>>1さんを知ってるはずですけどね。
俺も隊長や副隊長の言動とかほとんど覚えてないけど、
>>1さんのことはよく記憶してる。
無意識のうちに、かなり影響を受けてたんだと思うよ。
>>112 ちょっと真面目に質問してもいいですか?
これは元戦旗の人にも聞きたいのですが、80年代の戦旗派は、三里塚でどうするべきだったんでしょうか?
これは嫌味でも当てこすりでもない単純な疑問です。
一番シンプルなのは分裂時に北原派に行っていれば少なくとも「路線的には」スッキリしたと思います。
しかし当時の党派間の政治状況を考えるとそれは難しかったんですよね?(3・8分裂は結集前のことなのです)
中核派から北原派加盟へのオルグがあったことは後に知りました。
結局戦旗は熱田派内で、三里塚闘争の原則を貫き、熱田派を「左旋回」させようとして鬼っ子になってしまった。
インター・プロ青・青行路線が後の円卓会議まで至っているのは歴史的事実ですし、その路線をよしとせずに
「話し合い拒否・実力闘争堅持」の原則を貫こうと思えば戦旗は孤立せざるを得ない。
つまり戦旗が熱田派に属する限りもうニッチもサッチもいかないのは必然わけで、その状況下の当時の戦旗派を
後付的解釈で色々批判するのはあまりに気の毒な気がします。
結局のところ戦旗派が熱田派に所属する限りでは、何度シュミレーションしても現実に戦旗派が
辿った道を辿らざるを得ないような気がするのですが・・・
117 :
革命的名無しさん:2010/10/01(金) 16:46:00
>>114 私は非戦旗なので、当然知りませんが、
学生時代、社学同系サークル(社問研)で、
飲んで騒いだことがあったが、普段は戦旗の公式発言ばかりなのに、
おふざけや冗談やからかいなど、
当時の他の学生と変わらない社学同のみなさんでした。
そう思うと、いかにもありがちで目に浮かぶようです。(笑)
>>116 まじめにレスします。
80年代の初頭は「第二第三の3.26」「水野・佐藤精神で」とよく聞きました。
文字通り、3.26以上の闘争を本気で考えればよかったのだと思います。
いろいろ、実力闘争もゲリラもやり逮捕者もたくさん出しましたが、戦術的には中核派や第四インターなどを越えるものはなく、
反対同盟には底を見透かされていたと思います。
戦旗は主観的な過激化と、客観的な弾圧の割には、空港反対闘争の本質であった、空港に対する闘争にむかっていなかったのだと思います。
二期工事に手をつければ空港が脅かされる、それまで誰も考えなかったような戦術で空港がやばい、
そういう展望を具体的な闘争で反対同盟にみせることができなかった、ということだと思います。
それはインターもプロ青も同罪だと思いますけどね。
>>118 マジメなご返答ありがとうございます。
しかしこのご意見に「直情的」な感想を言わせてもらえるならば「無茶言わんでくれ」ってことですねwww
「第二・第三の3・26」というのは、お題目ではなく本気で戦旗派の「心構え」としてあったのは間違いありませんが、
現実問題としてあれと同等、もしくはあれを上回る闘争を戦旗派単独で組むことなど、あの時点では物理的に不可能だったでしょう。
むしろ日本の新左翼が一丸となったところで3・26を上回る闘争が出来るかどうか疑わしいと私は思っています。
当時現闘の一人が私たちにこんな意思統一をしました。
「確かに戦旗派○○○名が空港へ武装突入したら相当のインパクトを与えられるだろう。だけどその後の革命はどうなる?」と。
私たちはレーニン主義を党是とする革命党であって、三里塚闘争と心中するわけにはいかない事情は汲み取っていただけると思います。
色々な見方はあると思いますが、「二期を本気で阻止する」という心構えと、それに対して現実的に成しうる闘争(実力闘争も含めて)は
当時の戦旗派の行った数々の闘争で「目一杯」だったんじゃないのでしょうかね?贔屓目なしに見て・・・
>二期工事に手をつければ空港が脅かされる、それまで誰も考えなかったような戦術で空港がやばい、
>そういう展望を具体的な闘争で反対同盟にみせることができなかった、ということだと思います。
それはまさに三里塚闘争が築いてきた「話し合い拒否・実力闘争堅持」の原点を絶対に譲らないことなんじゃないでしょうか?
戦旗派はその原点だけは守り続けたと今でも思ってます。
つまり精一杯やったんです。
それなのにアレコレ言われると「そんならどーっせいっちゅーねん!」と聞きたくもなるわけですよwwww
インターやプロ青に対しては「あんたら一体何がしたいねん?」という疑問しか沸きませんでしたしね。
まぁそれもこれも逃げ出したオレが言っても詮無いことは百も承知なのですが。
とても臭いぞ
121 :
革命的名無しさん:2010/10/01(金) 19:26:09
>>116 プロ青、インターだけじゃなく、ほどんどの支援党派は円卓会議だのシンポ路線とは一線引いてたぞ。
ただし、豊島文化社(蜂起左派)だけは別でシンポに同席して喜々としていたのをテレビで見てビックリしたわ。
臭い、臭い
>>116 う〜ん、難しい質問ですが、俺にはどうしても、83〜85年の戦旗の政治は、
中核からの内ゲバ回避が全てだったように、思えてならないんですよ。
うがった見方かなあ。
分裂直後は連帯する会に必死にしがみつき、しかしインターがテロられ出したら、脱退する…。
岩崎さんの書いた文章にもあったけど、連帯する会に隠れて内ゲバを回避したように、思えてならないのです。
「実力闘争のための、内ゲバ回避」ではなく、「内ゲバ回避のための、実力闘争」路線とね。
83〜84年にかけての、機関紙での執拗なインター批判。
あの状況では、インター批判は内部でやるべき、と思いました。
といっても俺も、党の下っ葉会議では沈黙してましたが。
理想論ですが、インターを追い詰める批判をせずに、
インター・プロ青も巻き込んでいくことができたら良かった、と思います。
でもそれができなくて、ああゆうことになったのかな?
>>123 >理想論ですが、インターを追い詰める批判をせずに、
>インター・プロ青も巻き込んでいくことができたら良かった、と思います。
これはもう70年代後半から活動している先輩の方に聞いたほうが確実だと思うのですが、
インターやプロ青を「左側」へと巻き込んでいく努力はもう精一杯・ヘトヘトになるまで・忍耐の限界を超えるまで
散々試みた結果ダメだったんじゃないのでしょうか?オレはそういう「歴史認識」です。
開港阻止決戦以降、インターが急速に右旋回していったのはまぎれもなく事実でしょうし・・・
>>124 そのあたりの認識はまるで違います。
反対同盟の分裂の頃を経験していますが、分裂直後はむしろ熱田派の方が戦闘的な気分があり、毎集会で逮捕者が出ていたように思います。
この頃は、プロ青やインターの隊列にバイクヘルが増えた時には集会参加者はそれなりに緊張したものです。
インターの力が目に見えて落ちていったのは、やはり中核派のテロがあってからだと思います。
戦旗の小屋の砦化にしても、前段にインターの小屋の鉄塔があり、技術者が多く、要塞建設などでブツの入手ルートのあったインターやプロ青の人たちにはかなり世話になったと思います。
ですから、この頃を知っている世代は実は、ほとほと困った、という感覚ではないように思います。
むしろその後、連帯する会を脱退してからでしょう。
熱田派の党派の力が目に見えて低下し、ノンセクト学生などが北原派の集会に行くようになりはじめたのは。
決意の話でいえば、インターやプロ青は二度と3・26のような闘いはやらないと転換した、なんてのは中核派が作った話であって、それを真に受けるのはどうかと思います。
もうひとつは、組織全体で突っ込む、という発想しかできないところが戦旗の限界であってw
空港への肉薄、打撃という点では、シンポ・円卓と反対同盟の集団移転(北原派農家も含んでです)まではかなりの支援グループは真剣に考えていたんじゃないでしょうか。
やはり組織が分裂してしまいましたが、解放派なんてかなり本気だったと思います。
126 :
革命的名無しさん:2010/10/01(金) 22:17:16
>>125 インターはABCD問題(事件)と党の四分裂が同時期だろ。それもあるだろう。組織がガタガタになったわけだ。
127 :
革命的名無しさん:2010/10/01(金) 22:26:57
>>125 北原派支援のノンセクトって法政黒ヘルくらいだろ。
>>123 >83〜85年の戦旗の政治は、中核からの内ゲバ回避が全てだったように、思えてならないんですよ。
荒が後に90年代半ば頃だったと思うけど、そんな様なことを言ってましたよ。まァ、当時の状況からすれば致し方ない部分もあるとは言え「なんだかなァ」と思ったのも事実です。
青行とは、ずーっと対立してた訳では無く、かなり上手くいってた時期も有るんです。おかしくなったのは、「白鷺城」建設に現闘が忙殺されて以降。何か初めっから青行が話し合い路線だったかの如く言ってたのは、荒による「為にする」批判だったのではないかと思います。
>>128 荒氏自身がそんなこと言ってたんだ。
うーん・・個人的にあまり好きでない「趣味者史観」を本人が補完しちゃったのか・・
でもオレは結果的に中核派との内ゲバを回避できたのならそれはそれで意味のあることだと思います。
内ゲバは運動に何もプラスをもたらさないわけですから。
しかし
>>125さんの話などを総合すると、当時内部文章などで意思統一されていた
「インター・プロ青・青行は、三里塚闘争をエコロジー闘争へと切り縮めようとしている」という分析そのものも
歪曲された「戦旗派史観」なのでしょうか?
>>128 やっぱりそうだったんですか!!
80年代にコケたので知りませんでしたが、やはり荒さんは故意的に
内ゲバ回避のために実力闘争路線を組んだのですね。
それで機関紙でやたらとインター批判をしてたのか。
やはり当時はインター批判は、内部のみでやるべきで、機関紙で公表すべきでないと思ってましたよ。
インターを盾にしてたのか…。
>>125 釣りですか?事実関係が違いすぎると思いますが(爆)!
131 :
革命的名無しさん:2010/10/02(土) 01:08:31
>>130 3.8分裂前後に活動していた125さんの話は、それはそれで大変貴重だと思うが。
あの当時の組織はどこもが、80年前後を80年代半ばにあてはめてもわからないし、
80年代半ばの組織を80年代後半に当てはめてもわからないし。
そもそも戦旗からしてそうじゃん。
って元戦旗じゃないオレ。スマソ
132 :
革命的名無しさん:2010/10/02(土) 01:18:03
>>125 これはあくまでも個人的見解なのを許してもらいたいんだけど、インターが急速に輝きを失ったのって
中核のテロよりもむしろABCD問題の方が大きいのでは?
(こんな言い方は何だと思うし、あのテロ自体は許せないけど・・・)中核のテロは、まだ「反中核包囲網」を形成していくことに「利用」できたと思うけど
ABCDは全てが致命的だったよね。
内部的にもガタガタになっちゃったし、体外的なイメージも悪すぎる。
芸能人のゴシップでも、麻薬や脱税や暴力事件よりも性犯罪は復帰が難しいと思うし。
133 :
革命的名無しさん:2010/10/02(土) 01:19:14
134 :
革命的名無しさん:2010/10/02(土) 04:08:14
>>125分裂直後に熱田派から逮捕者なんていたっけ?
135 :
革命的名無しさん:2010/10/02(土) 07:32:22
>>132 ABCD問題はたぶん大きいよね。
まず、女性はもちろん学生がいなくなったのが外部からでもわかった。
いつも見ていた「指揮者団」だよね。
おそらく、そういうこと全体に批判があったんだと思う。
>>133 集会検問も今よりずっと暴力的で毎回もめていた。
釜日労とかノンセクトの学生とか何度か逮捕されていた。
野戦病院もきちんと態勢をとっていて、デモコースの要所には定点をおき、赤十字のゼッケンをつけた一団がいたのを覚えている。
このゼッケンは北爪さんのカンパと聞いている。
辺田の公民館前がスクラムデモで機動隊とぶつかる場所で、連帯する会系のノンセクトやインターからは起訴者も出たと記憶している。83年の秋だったか。
辺田大会戦はたぶん、中郷での中核派全学連の放水車占拠とともにこんなことも下地になってる。
何年だったか忘れたけど、人間の鎖というのもあったよね。
>>130 どのあたりが違ってる?
青行の決定的な転機って東峰裁判の判決だと思っているのですが。正ちゃんの話もここらあたりかと。
用水闘争では熱田派内の各派、結構頑張っていましたよ。人連がデモ中に拡声器で機動隊殴ったりとか(何年頃だったか忘れた)。
84年の9・29(東部落での稲株投擲)だって、おっぱじめたのはインター・プロ青の現闘で、戦旗は「とばっちり」というか「始まっちまったモンはしょーがねえ」というか。
86年秋→冬の第19次現行隊の頃には、全くやる気が感じられなかったけど。
ちなみに「白鷺城」とは、小屋を砦化した時の、新しい三階建ての小屋の名称です(命名立原さん)。
ちょっとまとめると、
〇インター、プロ青、青行は、開港阻止決戦の後に急激に右旋回し、やる気をなくし、
それまでの実力闘争路線を平和なエコロジー闘争へと舵を切ろうとしていた。
〇それに対して、熱田派内では戦旗派(と共青同)のみが原則を貫こうとしたため煙たがられた。
〇インター・プロ青はそういう戦旗が鬱陶しくて、あらゆる戦線で難癖を付け、戦旗のイニシアティブを阻害することに腐心してきた。
↑
こういう認識って、戦旗派の「都合のよいように」歪曲されてるってことなのかな?
今の今までこういう事実認識だったんだけど。
それにしてもいつも「インター・プロ青」とセットで語るのってどうなんだろうね(笑)。
それぞれ独自のアイディンディティがあるだろうにwww
>>136 すまん、勘違いだった!
ごめんなさいm(__)m
猛省して書き込みを撤回し、自己批判します。
すまなかった!
140 :
革命的名無しさん:2010/10/02(土) 12:32:12
ゲイマン、カムバック!
141 :
革命的名無しさん:2010/10/02(土) 12:39:15
ゲイマンとは?
>>137 >84年の9・29(東部落での稲株投擲)だって、おっぱじめたのはインター・プロ青の現闘で、
>戦旗は「とばっちり」というか「始まっちまったモンはしょーがねえ」というか。
へぇ・・・そんな感じだったんだ。
確かあの時、A・B・Cの三隊に分けて、Aの突入部隊は前日から農家に泊り込みだったんだよね?
オレはB隊にいたけど、当日のA隊の様子のことは聞いたはずなのにすっかり忘れてしまっていた。
>>141 映画『スターダスト』の原作者のファンタジー作家、ニール=ゲイマン
>>137 あれ、そうだったっけ?
84年の9.29は全く逆に、戦旗がハネて、他派がトバッチリを食ったように記憶してるんですが。
ただABC隊に分けた記憶は全く無いので、また記憶違いかなあ。
俺の記憶では、
@前夜の会議で作戦を確認
Aみんな赤ヘルをかぶり、待機部隊は反対派の田んぼでシュプレヒコール
B6人程度の行動隊が、反対派の田んぼを出て、推進派の田んぼに侵入してデモ(指揮は現闘キャップ)
C機動隊があわてて規制に入る
D行動隊が、推進派の田んぼから機動隊に、一斉に稲株投てき!
E「赤ヘル全員検挙」の指令が出て行動隊逮捕
F機動隊が反対派の田んぼにも乱入してきて、何もしてない待機部隊も全員逮捕
G何故かメットをかぶって無かった、てっちゃんも逮捕、キャップは生還(笑)
で、インター・プロ青は、最初から何もしてなかったと思うんですが。
この時の闘争のビデオあったけど、まだあるのかな?
>>144 あの時って行動隊(A隊)って6人くらいだっけ?そんな少なかったんだ。
現闘と現行隊から選抜されたよね?
残りの現行隊はちょっとだけハネたデモをする陽動部隊(B隊)で、残りが本体・・という構成だったと記憶してる。
後から聞いた話では
>>144さんが書いているように、機動隊は封鎖している内側に突如赤ヘルが現れたのを見て
一瞬「キョトン」とした後、慌てて規制に入ったとか。
あの時オレはA隊に選ばれなかったことに落胆したけど、そんな少人数だったんじゃね。まだ結集して半年にも満たなかったし。
あれ?じゃ、俺の記憶違いかな。
なにしろ26年も前だから、いろいろとごっちゃになってるかも。
147 :
革命的名無しさん:2010/10/03(日) 12:45:35
いろいろと記憶が曖昧なままの方が丁度いいんじゃない?
ありありと思い出せると、書き込みができなくなるかもよ。(笑)
[448] 新サイト「戦旗派コレクション」
ttp://tree.atbbs.jp/saiken/index.php?n=448 Name: 草加耕助 (HOME)
Date: 09/24 23:15
知人が以下のようなタイトルのサイトを開設しましたので、お知らせしておきます。
ttp://www.senkiha.net/ 戦旗派の膨大な量の写真を、ぼちぼちと年代順に掲載していって、簡単なコメント(説明)だけを坦々とつけていくサイトです。今となってはそれでいいと思います。
戦旗派は元・現役問わず、もっとも「趣味者」を嫌っている党派の一つです。自分は何一つも実践していないくせに、ただ、人が必死で実践していることを酒の肴にして、
お気楽にわかったような文句だけをつけている好き者たちという認識のようです。だから私がここで紹介すること自体に、すごく嫌悪感を持つ元同志たちも大勢いると思います。
私自身も、まあそういう認識も当たっているけれど、「共産趣味」自体、「こういう奴ら」と人くくりにできない多様性をすでに持っているという認識です。また、およそ歴史性というもたない日本の民衆運動において、
その歴史化という面での功績は認めないといけないと思っています。
その上で、あとは「人をして言うにまかせよ」と思っています。とても一言で語ることのできない万感の思いをもって、このサイトを心から応援しています。
私はあなたの青春の幻影
>>144 正確な記憶じゃないですが、一年めの東工区の時はOさん宅しか集まれる場所がなくて、しかもOさんの田んぼはずいぶん奥の方にあったと思います。
それと、中郷の人連の小屋の下あたり。
古村にあって、こういう田んぼの配置はOさんはかなり苦労をして田んぼを入手したのではないかと当時感じていました。
ほら、反対側は牛を飼っている有名な家だったでしょう。
それで、用水の工事が家の前から谷津のずっと奥の田んぼに移っていくに従って、機動隊の阻止線で工事現場に近づけず、Oさんの田んぼもどさくさに紛れて何をされるかわからない、という感じだったと思います。
北原派は、初日に重機の搬入路に座り込んで市東さんのおじいさんなどが逮捕されたりしていました。
(これもうろ覚えですが)東部落の奥の方に一軒あって、その前を通りすぎてOさんの田んぼに行くのがいやだったなあ。
谷津の湿田で結構冬でも水がある中、野菜のコンテナにコンパネを敷いてその上に寝袋で寝ていたのかな。
夜明けとともに機動隊が阻止線をつくると、もう外には出られないから、トイレも作ったんじゃなかったか。
それで、一日シュプレヒコールやったり、田んぼにいる支援全員が交代でアピールしたりするんだけど、時間をもてあますので、田起こしやったりしていたんだと思うんだよね。
9.29の時そういう状態だったということは稲刈り終わった直後だったかもしれない。
推進派は、田んぼを乾かすために一年休耕していたような記憶もあるんだよね。
で、確か、「今日、Oさんの田んぼのすぐ横にユンボが来る」という日が9.29だったように思うんだよね。
まあ、だから稲株はたくさんあった。
田起こし始めたのがプロ青やインターだったのかもしれない。
農作業やっていたので、戦旗の現行隊以外ヘルメットかぶっていなかったかもしれない。
だって、何度か機動隊にボコボコにされて、スクラムを組み直したときずいぶん他党派のヘルメットかぶっていたから。
「赤ヘル全員検挙」というのだけは覚えている。
それでテントもボロボロにされ、その後東工区の現場の近くには近づけなくなってしまったんじゃなかったかな。
翌年が、タナカの田んぼのヤグラ戦だよね。確か。
もう少し思い出してみます。
151 :
革命的名無しさん:2010/10/04(月) 12:33:48
非戦旗だけど、あの当時の雰囲気が懐かしく感じられる書込みが続いてますね!
覚えてるのは、各農家の入り口に小さな木板で、『○○派お断り』みたいなのがよくあったな。
>第四には、対諸党派工作にあっても、第四インターが既に勢力を落としており、闘わないことを構造化させていることに対し危機感を抱きはじめたプロ青の一定の左展開をはじめとして、
>労活評、青共同など六派を用水絶対反対派として束ねることにわれわれは勝利し、支援共通の意志として反対同盟の用水闘争への取り組みを要請する「申し入れ」を実現した。
>これは日比谷公会堂において行われた「東峰裁判完全勝利をめざす9・15集会」などに、用水闘争をあいまい化させる第四インター、三支労などが流れ込み、5・19〜9・15の線において
>三里塚闘争を規定づけようとしたことに対して、決定的な意味をもっていた。
>つまり熱田派反対同盟は、農民から支援まで含めて、用水絶対反対派と用水推進派、或いはその中間派に「分岐」する可能性があること、しかもその場合には支援の分岐においては戦旗のみが
>鬼子的に存在するのではなく、もっと構造的に左右に分解する可能性があることをこの六派共闘の成立と用水粉砕闘争への「取り組み要請」は意味したのであり、反対同盟の用水闘争への決起
>は辺田・中郷における用水絶対反対農民十数戸の存在とも相まって、構造化される以外なくなったのである
この6派共闘、って全然覚えてないのだけど(笑)、成田用水か東峰裁判かという二者択一がまず無理があったかと(笑)
あとふたつって、ノロシとセッキ?
154 :
革命的名無しさん:2010/10/04(月) 17:33:45
首都社研は?
155 :
革命的名無しさん:2010/10/04(月) 17:40:00
そういえば三支労って荒川区が拠点で日韓民衆連帯運動やってたが、党派名はブント復権派。首都社研(プロレタリア派)と源流は同じなんだよね。
首都社研も「日韓」に熱心だし。
まあ蔑称に近いのかもしれないけど、
首都社研=竹内ブント、
三支労=渡辺ブント、って呼ばれてたね。
スレ違いごめん。
>>153 要するにインター以外ほとんどってこと?
158 :
革命的名無しさん:2010/10/04(月) 22:04:22
インターは他党派から「なぜ今引きまくるのか?」「後退するのか!」とか言われてたからな。
実際、インターの組織内部でも「三里塚にこれ以上力量をそそぐのはやめにしよう」という党内グループがあったそうだ。そののちにABCD問題、中核によるゲバ、組織4分解への流れなのだそうだ。
>>152 >第四インターが既に勢力を落としており、闘わないことを構造化させていることに対し
>危機感を抱きはじめたプロ青の一定の左展開をはじめとして、
そんな傾向があったんだ?初耳だwww
現行隊の思い出。
ある日柳川のオッカァのところに援農に入った。
三里塚闘争史上最も有名な同盟農家のオッカァのところに援農に入ることにオレは興奮した。
オッカァは話が上手く、オレのような新参者の若造に昔の話を熱心に聞かせてくれた。
しかも若い学生を持ち上げるのも上手く、「〇〇クンは農家の子か?手つきが慣れてる」などとおだててくれた。
(後日これは援農に入った学生全員に言ってることが判明www)
オレはもうパンッパンに空気入って小屋に帰ってきた。
昼飯の時に、息子さんが全くオレと口を利かないどころか目も合わせようとしないこと。
オッカァがそれに気を使ってか間に入って色々とオレに話しかけてくれたこと。
小屋に帰った後の総括の時に興奮しきってるオレに苦笑する現闘メンバーの微妙な態度・・・
全てが若干不思議ではあったが、バカで空気の読めないオレはもう小屋でも「柳川のオッカァがさぁ!」などと
興奮して大声で喋りまくっていた。
その後も強引に頼み込んでもう一回オッカァのところに入れてもらい、その後も「柳川さんのところに行きたい!」とアピールしたけれど
結局その願いが適うことはなかった。
>>160 (笑)
当時の雰囲気よく出ていますね。
大体、戦旗が規定していた「用水絶対反対派」の2/3は熱田派青行でしょう(笑)。
援農の重点対象でもあきらか。
用水絶対反対か東峰裁判か、という設定に無理がある。
>>152の「申入れ」も、インターがのらないことを最初から見越していたようにしか思えない。
ただ、この時期、特に青行は二期工事に対して支援の力量見極めようとしていたとは思います。
85年には北原派の10.20があったし。(かなりの熱田派青行が現場に行っていたという話。)
プロ青は「第二ターミナル決戦」を言っていた気がします。
空港ゲートや周辺施設へのゲリラを再開していたのもこの時期かと。
>>150 タナカの田んぼでのヤグラ決戦とは、87年の4.17戦闘ですか?
ギヤさんと生〇さんが起訴されたけど、その辺はニャンケ氏が詳しいか?
84年は何をやっても空回り、みたいなとこがありましたね。
東部落は北原派が一軒、残りは熱田派でも、用水反対派は一軒。婦人行動隊副隊長も推進派にまわり、残念でした。
北原派は田んぼの所有が無く、支援は農家の納戸に寝泊まりしてた記憶があります。
推進派は休耕で、反対派田んぼは三ヶ所に別れてました。「牛飼いの家」は記憶に無いです(笑)。
市東さんがやられた日のことは、よく覚えています。
あの日は前日からの確認で、午前と午後の二回、成田駅頭で情宣が決まってました。
午前の情宣を終えて帰るさい、機動隊のカマボコとすれ違いました。情宣中に私服が駅事務所に入って行ったので、
駅に排除要請を出させ、空港から機動隊が駆けつけたんだと推測されました。
小屋で昼飯のさい、ニュースで市東さんのことを知りました。
既定方針どおり午後からも成田駅頭で情宣始めると、なんと中核が現れました。中核が来たら、引くしかありません。
中核に駅頭を譲り、迎えの宣伝カーを待ってると、なんとカマボコが現れ、中核を規制ー排除しはじめました。
恐らく権力としては、駅頭の戦旗を排除に来たら、何故か中核がいたので排除した、ってことなんでしょう。
しかし中核から見たら、「日向はテレビで戦闘を見てカンパドロボーに駆けつけた、権力も見てみぬフリをしてた、
しかし中核が現れたらすぐ排除にかかった、権力と脱落派は一体だ」ってことになった。
いろいろうまくいかなかった記憶だけがあります。
>>152 六派共闘、ありましたね〜!
ただ枠組の記憶は無いけど、全国委がいたのだけは覚えてます。烽火とはなんとなく疎遠だったけど、この六派共闘で一緒になり嬉しかった記憶があります。
その烽火がまさか、西田派と合併するとはなあ(笑)
当時は三里塚以外でも、反天連とか協商懇とか、よく分からない共闘関係をいろいろ模索してましたよね。
>>160 俺も一回だけ、柳川に入りました!84年の春かな、シンパ連れてったけど、良かったです。
おっかあはもちろんだけど、インター出身?の奥さん(嫁さん)がすごく気を遣って良くしてくれた記憶があります。
さすがに息子さんは知らんぷりでしたねえ。
>>155-156 へぇ〜、三支労って、ブントだったんだ、全然知らなかった!
プロレタリア派は赤軍派から派生したとは聞いたけど、三支労も同じ源流なんですね。
源さんちに援農入ると、必ず三支労の人がいて、すごくよく働いてた記憶があります。
当時の三里塚は、党派だか何だかよく分からなかった、三支労とか11.30実行委とかいろいろありましたが、
みんな現闘体勢を維持してたのは、すごいと思います。
第一公園で集会やってた頃は、熱田行動隊長がデモ順発表するのが楽しかったw
東京じゃ聞けない三里塚だけの支援団体たくさんあった。
あとは長谷川たけさんの「雨降って地固まる」。
横堀になってからは、やはり源さんの「俺についてこい!」だよね。
>>162 「牛飼いの家」は、元婦人行動隊副隊長の家です。
当時、山武農協婦人部長だったか。その後全国の役員まで出世して、コメ輸入自由化の時には三里塚のさの字も言わず全国紙にインタビューが出ていて驚いたw
まあ、かなり力を入れて援農に入り、政治集会の常連だった方はいまだに町長だし。
その後の事を考えれば苦くて痛い思い出ですね。
あの当時、懸命につきあっていた農家で、柳川さんや石井さんを除いて当時のまま残っているのはOさんくらいか。
今更だけど、労農合宿所って誰が寝泊りしてたの?
個人で三里塚に来ていた人。
ノンセクトの学生、特に最初は坂志岡に出入りしていたような関西の学生。
労調委や連帯する会系の労働組合グループ。
釜日労や寿など寄せ場の赤ヘルグループ。
自分たちの団結小屋に泊まり切れなかったグループの利用。
廃港要求宣言の会の文化人グループ。
あたり?
85年くらいからは、「わくわくツアー」とかじゃないでしょうか。
多い時は100人くらいの参加者だったと思います。
労対派、プロ戦、豊島文化社(旧蜂起左派)あたりも。
労活評の小屋の隣かなんかじゃなかったっけ?記憶違いだったらスマソ。
>>166 牛飼いの家とは、む〇さんちだったんですかあ。その後の話は、全く知りませんでした。
>>167 戦旗の小屋が満杯の時に、何回か泊まりましたよ。
当時、戦旗の小屋には周りの板塀が無く、いわば「庭」のある団結小屋に、憧れてました。
しかし労活評だったかな?の小屋に入ったら、意外と狭くて圧迫感がある感じで、
板塀が無い方がスッキリしてていいな、と思い返した次第でした。
まだ熱田誠さんがいる頃だ。
だから用水闘争の頃です。
プロ青が発案だと聞いていたけど、ピースボートの三里塚版をやったんだよ。
大型バス2〜3台で戦跡まわりをやって夜は木の根や東峰や岩山などで分散交流会をやり、翌日は熱田さんの用地内の田んぼで100人くらいで田植え、という感じだったと思います。検問対策で弁護士同乗で。
戦旗はもちろん、どの団結小屋も最初は胡散臭がってた。
ただ全国集会では参加できない初めて三里塚に足を運んだ人や、昔三里塚に通っていた人とかも結構参加していたようです。
源さんあたりがずいぶん喜んでいた。
党派的に入れ込んでいたのは三支労とか首都社研あたりかな。
ツアーの中心メンバーは熱田さんの田んぼを2000年以降までずっと耕作していたと思います。
>>173 企画としては悪くないと思うけどネーミングセンスが最悪だな・・・
>>173 ちょっと質問なんですが…。
誠さんって、いつ横堀を出られたんですか?
てか、下山さん?って人も、その頃出られたんですか?
なんか詮索するのは悪いかもだけど、気になるので聞いてみます。
熱田一さんは、まだお元気なんですか?
横堀部落一帯は、もう滑走路の下ですか?
88年にコケて、以降のことは分からない。
でも源さんが死去し、息子さんが土地を売ったのは、ニュースで見ました。
ご苦労様、お疲れ様と言いたかったなあ。
>>174 熱田さんと下山さんは2006年に同時に移転されました。
木の根の移転先と同じ三里塚第一公園の少し先です。
集会の会場だった横堀墓地も改葬。
管制塔戦士の原勲さんのお墓はインターの横堀の小屋の移され、今でも管制塔元被告やプロ青の方など集まっているそうです。
熱田さんはもう90歳になると思いますがお元気なようです。
177 :
革命的名無しさん:2010/10/08(金) 20:28:49
話の腰を折ってスマソm(__)m
キリンカップの中継を観ていたら「戦旗」と大書きされたヒノマルがw
178 :
革命的名無しさん:2010/10/08(金) 20:38:26
>>175 > 熱田一さんは、まだお元気なんですか?
いちおう元気みたいです。
179 :
革命的名無しさん:2010/10/08(金) 22:45:42
先週だか今週だかの日経新聞に下山さんのインタビューがありましたね。
民主党の農業政策についてのコラムでしたが、三里塚につての言及も紹介もありませんでしたが・・・・。
下山さんって山武農協の山武町の支所長だったっけ?
最近気づいたんだけど、居酒屋チェーン「和民」の「有機野菜サラダ」って山武町の有機野菜なんだよね。メニュー見たら、山武町にワタミ・ファームという広大な提携農場持っていて、社員研修は「援農」なんだって。
横堀あたりでやられなくて良かったと思ったよ。
182 :
革命的名無しさん:2010/10/09(土) 00:12:33
すみません
こないだ飲み屋でとなりにいた元中のおじさんが
東京音頭かなんかをブントにして替え歌してたんですが
これ、ご存じの方いらっしゃいますか?
ブントブントブントブント…ハァ〜♪
みたいな始まりでした
革命や〜る〜な〜ら、ちょいと関西(東京、中大など諸バージョンあり)ブント、ヨイヨイ
丸太抱え〜て〜、丸太抱えて防衛庁
や〜とな、それ団結だや〜とな、それ突入だ
(飲み屋では以下のバージョン多し)
や〜とな、それまた負けた
や〜とな、それ分裂だ
>>182 >飲み屋でとなりにいた元中のおじさん
その状況をkwskwwwwww
>>183 それです!ありがとうございます。
これでちゃんと眠れます(´;ω;`)
他にもいろいろあるみたいですね
>>184 私が学生運動の話が好きなのを飲み屋のママさんが知って、紹介してくれました
地元は市長が元中だったり、最近は革マルが捕まったりしてます
周りはイタチも出る畑だらけなのに…
ここは昔の思い出話はOKなのかな?
五味さんって党ですごいもてはやされて、外からみてすごい人だと
思っていたんだけど、とある理由でわが地区に派遣されてきた。
少しのあいだ生活を共にしたことあって、何度かいろんな討論したけど
党のいってることただオウムみたいにしゃべってるだけ。内容無い人だった。
こんなに内容ない人が時期党首候補だなんて・・と当時本当に驚いた
>>187 五味氏の話になったら急にスレが止まってワロタwwww
とにかく尊大とか何とか悪評しか聞かんね。オレはよく知らんのだけど。
>>148 >知人が以下のようなタイトルのサイトを開設
見ましたよ。
俺が参加したのは85年の9.29からなので、残念ながら記載は無かった。
実家の押し入れに機関紙(85年9月〜90年11月)まで、だいたい
揃ってるなぁ。理論戦線とかMSAP(だっけ?)と、闘労も有るなぁ。
寄付しようかな(笑)
>>189 すげーなー。俺も85年9・29世代だが、やめた時ほとんど捨ててしまった。
こういうのができるならとっとけばよかったなあ。
寄付してやってくれよ。
>>176-178-179-180-181-186さん、アリガトです。
そっかあ、2006年に移転ですかあ。
しかし西三里塚とか近隣なら、石橋さんみたいに中核に嫌がらせとか、されないのかなあ。
下山さんって、日経に載るくらいの人なんですか!暇な時に、記事探してみます。
荒さんや今井さんが、熱田夫妻を創成館?とかに招待してるんですね。
創成館って、このスレにもよく出てくる、荒邸なんですか?
熱田さんもお元気そうで、何よりでした。
誠さんも60過ぎ?なんですね、みんなトシとる訳だ。
192 :
革命的名無しさん:2010/10/10(日) 21:56:47
>>191 2010/9/29付
日本経済新聞 朝刊
民主党政権の看板政策である戸別所得補償制度は本当に農業を再生できるのか。
同党との政策対話を目的に昨年発足した農業生産者らのフォーラム、
食と農の再生会議の事務局長を務める下山久信氏(さんぶ野菜ネットワーク常勤理事)に、政策転換への評価や今後の課題を聞いた。
下山久信・食と農の再生会議事務局長
下山久信・食と農の再生会議事務局長
――過去1年間の民主党の農政への評価は。
「生産者との対話を重視する民主党になって、われわれの声は届きやすくなり、風通しはいい。しかし、政策の内容を採点すればまだ50点。よくて60点だ」
――戸別所得補償への評価が定まらない。
「コメ生産者に10アールあたり1万5千円の補助金が出たとしても、(コメが過剰となり)値下げ圧力でその分が消えてしまい、地域を元気づける結果にはなりそうにない」
「人口減、高齢化でコメの消費は減る。所得補償で乗り切ろうとすれば相当な財政負担が必要だ。野菜がそうだが、ある意味で競争原理を導入せざるを得ない。
味を追求するなり、栽培方法を工夫するなり消費者にアピールする力を持つ方法を深める必要がある」
――昨年2月、当時の小沢一郎代表と懇談したことが再生会議発足のきっかけだ。
「小沢氏は当時、所得補償は農村を崩壊させないための地域政策だと位置付け、規模の大小を問わず農家を支援する方針を打ち出した。
そういう考え方もあるが、それで本当に地域が守れるかどうかはまた別だ。
民主党の中でちゃんと現場の意見を吸い上げ、しっかりした政策をまとめる仕組みが定着することを期待している」
193 :
革命的名無しさん:2010/10/10(日) 21:59:50
>>191 続き
――食料自給率(2009年40%)を10年後50%にする目標も掲げた。
「今年3月に決まった新しい食料・農業・農村基本計画は、従来の政権のもとでの計画と大して変わらない。
いいことばかり書いて、実現を担保するための政策がない。決めるだけで責任をとらないのでは計画にも意味がない」
「現状への危機感がまだ足りない。今年の農林業センサス調査では、農家の数は5年前と比べて33万戸も減り、163万戸、平均年齢も2歳以上上がって65.8歳だ。
このまま農業の担い手が減ってしまうと農業が崩壊し、食糧安全保障も机上の空論になる」
――所得補償は畑作や漁業にも広げる予定だ。
「もっとも重要なのは新規就農者をバックアップする政策だ。仕事を探している若者ら100万人に新規就農を呼びかける運動をしてみてはどうか」
「企業であれ個人であれ、地域に溶け込むにはそれなりの努力もしなければならない。就農して安定した収入が期待できるまで少なくとも5年がかかる。
定年就農ならともかく、育ち盛りの子供を抱える30〜40歳代の若手には相当な覚悟が必要。就農者を応援し、手助けする仕組みを充実させる必要がある」
――菅内閣は経済連携協定(EPA)の締結拡大にも意欲的だ。
「貿易を自由にするかどうか、最終的に選択するのは国民だ。生産者としては安い輸入農産物より、国産のちゃんとしたものを食べたいという人と結びつくことを考えるだけだ」
194 :
革命的名無しさん:2010/10/10(日) 22:38:21
戦旗・共産同は何処へ行った?
40才のオッサンですが
竹内ブントに入って学生運動がしたいです
どうすればいいですか
>>192-193 アリガトです!
80年代に戦旗に組織されてた末端活動家から見た横堀は、
熱田さんがメインで渡辺さんもいて、もう一人下山さんって人もいたなあ、って感じでしたが、
かなり力量のある人だったんですねえ。
知ってる人が活躍されるのは、嬉しいかぎりです。
>>196 ずっと前にここでも話題になりましたが、俺個人としては、五味氏はいい人だったと思います。
800にいた頃は、高校生なのに何人か引き連れてて、いかにも「組織者」って感じでしたね。
前にも書かれてたけど、「気は優しくて力持ち」だったのに、荒さんに見いだされて以降、いばりんぼにならざるを得なかったのではないでしょうか?
きちんと話したことは無いので、無内容な人かどうかは分かりませんが、
当時は「党の見解を一言一句言える人が素晴らしい」と、もてはやされたので、彼も逸脱しないよう必死だったのでは?
199 :
笑うせぇるすまん:2010/10/12(火) 12:09:23
皆さんが日本のお邪魔虫だって気づいたのはいつですか?
200 :
革命的名無しさん:2010/10/12(火) 15:23:25
>>162補足的?なんだけど、模索で買った「元『前進』編集委員」の、いかにもパソコンから手作りした手記の本に、
市東さんがやられたのは9月27日と書いてありました。
7月だった記憶があるんですが、9.29の直前だったんですね。
それで現地レベルでは『日刊三里塚』とかに、「カンパ泥棒」とか書かれた割には、
『前進』に書かれた記憶が無かったけど、直後の9.29でさしもの中核も、日向派批判をしにくかったのか、と思い直した次第です。
202 :
革命的名無しさん:2010/10/12(火) 16:08:27
ここもずいぶん紙おむつ臭いな。
>>201 へえ。ありがとうございますm(__)m
中郷の店のところ(鈴木幸司さん宅の下)で機動隊とぶつかって、熱田派の反対同盟旗ごとパクられたの覚えてますか?
確か、東峰に入植した元支援の人など何人かだったと思うんですが。
あれは市東さんがパクられた日か、翌年の中郷工区の時だったか。
204 :
革命的名無しさん:2010/10/12(火) 17:52:25
紙おむつ……
>>203 その事件は、記憶に無いです。
東峰に入植したとは、よねさんの養子になった人かな?彼はどちらかというと、インターに近かったようで、戦旗とは遠かったようですねえ。
中郷での事件なら、85年ではないでしょうか?
市東さんがやられたのは、84年の東工区でのことです。
「全体主義や独裁政治は、友人たちを互いに裏切らせることで、生き延びている」(ミラン・クンデラ)
207 :
帰還!スーパーハードムキムキマッスルゲイマン♂:2010/10/13(水) 13:55:06
イエッ、イエッ、イエーーーイ!!!!!
みんな、ひっさしぶりなんだぜ〜ぃ!!
ニャンケのデカマラ、正太郎の包茎気味マラをしゃぶりに、オレ様は帰ってきたんだぜ〜ぃ!!
男色修行を終えて、地獄の底から甦ったオレ様!!
これからも死ぬまでニャンケと正太郎のアナルを追い求める!!
そしてオレ様のデカマラで、可愛いニャンケと正太郎のアナルを掘りまくるんだぜ〜ぃ!!
ニャンケと正太郎は永遠にオレ様のゲイペットなんだぜ〜ぃ!!
フォフォフォフォッ フォーーーーっ!!!!!
ニャンケは昔からデブだったけど、
今はハゲて老眼鏡をかけているときく。
若かりし頃から下品で卑猥な顔つきだったけど、
中年になって更に醜男ぶりに拍車がかかったことだろう。
正太郎は昔からダサくて気持ち悪い野郎だったけど、
中年になって生き方をおぼえた分だけ、
更にズルさに磨きがかかったことだろう。
茨城県のダメな二人だが、ダメ連みたいに
ダメに徹する根性もない、どうしようもない二人。
その自分たちのダメさ加減に酔っているところが
なおさら気持ち悪いのは言うまでもない。
アクティオは早々に解散する。
その方向で水澤が推進しているからだ。
だが、ニャンケの居場所は水戸や土浦市内のキャバクラ、
正太郎の居場所は自室の「マンガ図書館」があるから
二人とも決して淋しくはないのだ。
こいつらは生きていて価値があるとは思えない。
早く逝ってくれ!
209 :
革命的名無しさん:2010/10/13(水) 15:10:28
生きる価値のない正太郎よ。
このまま生きていても、正太郎の人生に良いことはない。
飲食するな、酒を呑むな、煙草も吸うな、寝るな、呼吸も止めろ、
自慰もするな、漫画も読むな、テレビも視るな、携帯もいじるな!
ついでに自己満足でしかない無駄な反原発運動もやめろ!
このまま生きていても仕方がないのだから、
なるべく楽な方法で黄泉の国へ旅立とうぜ!
どうせ生きていても仕方がないのだから、
今から辞世の句を詠もうぜ!
>>208 >アクティオは早々に解散する。
>その方向で水澤が推進しているから
その話って本当だったんですね・・・
とある筋で聞いてはいましたが
エピステーメはどうするのでしょうか?
うりに出すのですか?
わざわざネットワーク体として維持する意味も必要もないから。
アクティオという形骸を遺していても、
現役たちに(もっとも今は元活も現役もない)
とっては日常的に無用な産物。
維持していても、却って荒岱介(既に死に体だが・・・)の
権威付けのために利用されるだけだから。
今は年に一回開かれる総会で旧交を暖め合う同窓会ネットワーク。
だからいっそのこと、純粋な同窓会連絡網にしてしまおうといった
いかにも不真面目で軽薄で無内容な水澤による発案に基づく。
所詮は水澤や松原にとり、1000など遊びの場に過ぎなかったのだ。
後年にスピノザを持ち上げていた荒もそうだったが、
今の水澤がワケのワカラン最新思想風を吹かすのも、
自分が階級闘争から逃亡するための言い訳。
何故に、こんなバカが荒によって「イデオローグ」として、
ずっとヨイショされていたのか、
俺にはサッパリ不明だったが、
要するに難しいことを言ったもの勝ち
といった学生さん的思考様式から
俺たちは無自覚で脱却できていなかったからだ。
水澤は1000時代に廣松哲学の半知半解というか、
単純に知ったかぶりで「イデオローグ」として
荒から見出だされて後に政治局員へと昇進するが、
こんな無知無能な人間を「出世」させる理由が不明だった。
根源的には世間知らずな荒岱介による学歴優先主義、
学力偏差値エリート至上主義の、
簡単にいえば「難しいことを言う」=「お勉強をしている良い子」
といった単純な思考様式に基因しているからに過ぎない。
そんな就労経験も無いような無能で世間知らずで
その癖、要領はよくて口先だけは長けている奴等を、
お人好しな俺たちはトップ陣に頂いていたんだよ。
五味とか長田とか克也とか高倉とか水澤とかな。
>>211 おまえが学歴コンプレックスなんじゃないの?(わら)
213 :
革命的名無しさん:2010/10/14(木) 07:15:44
ゲンジなんて、しょせん立教だろ?wwww
アクティオのことなんてどーでもいいじゃん。
もっと昔話しようぜ。
イエーイ!!!!!
正太郎は最もゲイ能界に必要な人材だぜ〜ぃ!!
正太郎のセクスィーな全裸ダンスを鑑賞しながら、オレ様はデカマラをギンギンにフル勃起させてんだぜ〜ぃ!!
ニャンケのラブリィーなプヨプヨ出っ腹にオレ様はデカマラを挟んでもらって激しく贅肉を動かしながら、ニャンケの腹の上に勢いよく射精するハラズリをしてもらってんだぜ〜ぃ!!
正太郎とニャンケは永遠にオレ様たちゲイの性処理道具なんだぜ〜ぃ!!
硬派に押忍!!!!!
ゲイマン復活おめでとう!!
>>214さん
それでは懐かしい、ス○ターリン自作自演による名曲。
『いつか僕たちの声が』をどうぞ!
♪いつか〜僕たちの声が〜
♪地上に〜響き渡る〜
♪その時まで〜
♪君よ〜屈辱の涙〜
♪噛みしめて〜
(省略)
♪靄に煙る〜向こう岸が〜
♪君に〜見えるかい〜
♪濁流に〜飲まれそうな時こそ〜
♪君よ〜同胞の〜
♪歌を聴け〜
(省略)
♪ララ〜ラ ララ〜ラ ララ〜
♪ラララ ララ〜 ラララ ララ〜
ス○タ 帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ!!!!!!!
(聴衆から怒濤のような帰れコールを浴び、ギターを引きずりトボトボと帰る○ギターリン)
>>216 ○ギタさんにも純粋な時期があったのか。
それともギターと歌は女性メンバーを口説くためだけの道具だったのか?
ゲイマンはネコ
お前の舌でねぶられると痛くて仕方ない
>>217 そんなのは、女を口説くための道具に決まってんだろ!
サワダもスギタもマツバラも同根。
今まで要領の良さだけで生きてきた。
>>219 でもね。
スギタさんがモテたのは確かだよ。
オレさぁ。
ある女性メンバーのことが好きで好きでどうしようもなくなって、活動の合間に
なんとかデートしてもらえるまで漕ぎつけたんだよ。
もうね。彼女のいる支部の町まで飛んでいったよ。
何せ女性経験ゼロの初心な十九歳だったからさぁ。
デートっつったって王将で飯食って、村さ来か何かで飲んで終わりだよ。
これじゃ普段の打ち上げと変わらんっつーの。
でもシャレた店とか知らないしね。
飲んだって「オレSSL建設頑張りますよ!」とかそんな話ばっかり・・・
そんな感じでお開きになって、彼女が駅まで見送りに来てくれたんだけど、そこで彼女がこう言ったんだよ。
「今日は来てくれてありがとうね。でもね・・私ね・・私・・スギタのことが好きなんだ・・・」
泣いたよ。オレ。京都三条河原町の駅で。十九歳で童貞のオレがオイオイと。
1985年の春のことだったかな?
でもオレスギタさんのことは嫌いじゃなかったし嫌いにもなれなかったな。
そんで続きね。
そんなんでオレメソメソと泣きながら自分のアジトに帰ったさ。
そうしたら学対の先輩が待ち構えてるわけよ。
今日オレがデートってことは知れ渡ってるからさ。プライベートなんかなかっただろ?
で、「今日の総括をしろ!」とか査問がはじまるとww
「まずはどこで飯食ったんだ?」
「お・・・王将です・・・」
「ナンセーーンス!!王将だけはダメだと言ってあっただろう?自己批判しろ自己批判!」
まぁこんな感じだよwww
そんな雰囲気だから「落ち込む」とかそんな雰囲気は持続できなかったな。結果的にはありがたかったよ。
で、そんな査問官の中に若き日の草○氏がいたわけだがwwww
こんなんでも青春の思い出っつーのかね?
>>220-221は、そんな時にゲイマンや正太郎やニャンケと出会っていたら、
そちらの世界へ確実にゴーッ!だったと思われ。
失恋した男子を慰めると見せかけて、
その肉体を虎視眈々と狙う、
侮り難し男色主義者どもだ。
出逢わなくて、良かった×2!
取り分け正太郎は前年の1984年の春に、
衆人環視のもと、街中で全裸踊りに興じた実績を持つ、
正真正銘の露出狂だ。
自分の裸体を見せたさに、接近して抱きつく戦法が得意だった。
変質者!
それが正太郎であることの生きている証だ。
>>198 決して悪い人間ではなかったけど、荒に見いだされてから
彼も態度や振る舞い方を変質せざるを得なかった。
素はお坊っちゃんで謙虚な人間なんだけどね。
要するにマジメ過ぎたんでしょ。
だから、荒から居丈高に振る舞うように指示されただけなんだよな。
それで、その通りに振る舞って、徐々に威張りん坊が板について皆から嫌われた。
考えてみたら、可哀想なヤツだよね。
左翼というか、マルクス主義の思想的体系から考えても、
そんな荒流の五味への権威付け指導は変だな?とは気づいてはいたが、
当時は公的に批判する気にもなれなかった。
そうした意味においては自分も組織日和見主義だったな。
Jさんは本当に立派で偉いと思う。
さすがは日大全共闘で培われた反骨精神の持ち主だよ。
唯一、そうした荒独裁の在り方に叛旗を翻して看破したのだから。
なかなか容易に出来ることではない。
とかく、人は自分を見失い周囲に流されやすく、
そして孤立化することを極度に恐れるからだ。
「連帯を求めて孤立を恐れず」
「力尽きて倒れることは辞さないが、力尽くさずして倒れることは拒否する」
東大闘争の安田砦に記されたスローガンを、
戦旗派の中で唯一体現できたのは、Jさんや
三里塚現闘団のOさんたちぐらいだろう。
>>224 よく言ってくれた。
昔の五味しか知らないと、なぜこんなに彼が憎まれているのか、まったく理解できなかったよ。
>>225 わからんだろうな。
後年の五味は荒の模倣に徹していたからね。
既に五味であって五味ではなくなっていた。
だけど、それも五味だったんだよ。
故・廣松渉の弁を借りれば「本当の○○」なんて無い。
主観と客観が切り離されることなんて有り得ないからだ。
それはさておき、五味の威張りはじめと同時に300のメンバーも五味を
「五味さん」と呼称し、五味のことを意図的に物象化するようになった。
新参も古参もだ。
端から眺めていて、実に気持ちが悪かった。
そのように呼べと、荒が300のメンバーに指図したのだ。
実に愚かしい組織内政策だよ。
規律と盟約によって結合されたはずのレーニン主義党から
かけ離れた、まるで北朝鮮労働党の金王朝と同じだ。
いや、その頃はマッハ哲学の評価をもって、
レーニン主義党建設は否定していたかな?
とにかく、レーニン主義党建設を否定したのならば、
先ずもって組織内ヒエラルキーを解体しなければならなかった。
ところがヒエラルキーは旧態依然としてあり、
レーニンの哲学体系を唯科学主義の形而上学と批判しただけで、
組織体制は相変わらず荒が頂点の政治局が日常的な指導機関として残り、
実質的には何も変わらなかった。
そんな曖昧でご都合主義的な組織内機構体制下、
五味は荒による引き上げで浮上し、政治局員となり、
水沢氏と同等な次期党首候補へと「出世」した。
もっとも五味は政治局入りする前には、
350のキャップから300地区のQBになっていたから、
その頃には既に組織を離脱(というか、荒に梯子を外されていた)していたけど、
かつての西条氏を凌駕する程の異例な「スピード出世」だった。
五味自身も最初は本当のところ、内心は戸惑っていたことだろう。
だけど五味は「荒さんなら(ポルシェを買い与えても)いいんです」と
疑問と批判を発するJさんに対し、そう言い切る程の熱烈な荒信徒だ。
そのような威張りん坊キャラへと自己変革を賭して徹底的に努力し貫徹した。
皮肉な話だ。
五味の元来持つ努力家で真面目な性格が、
裏目に出たようなものだ。
戦旗派以外に、また荒以外に世間を知らないというのは、
かくも恐ろしくも愚かしい。
世の中には多種多様な人々がいて多種多様な考え方があり、
どれも優劣つけがたいということを理解していれば、
そして他人との距離を取るという適当さと心得があれば、
五味は不器用にも荒に騙されずに済んだのだ。
今ごろ五味はどうして暮らしているのか知らない。
荒から女癖が悪いと非難されて400へ「左遷」されてから、
程なくして連れ合いと一緒に組織を離脱したときく。
だけど女癖だって、五味にとっては荒のデッドコピーをしたに過ぎない。
資産持ちだから喰うに困窮はしないだろうけど、
社会的弱者に思いを馳せたりとかの、
自分の原点に立ち返るなんてことは、
絶対にしないと思われるのは確かだ。
まさに五味は荒に翻弄された半生だったと断言できる。
しかし、それも五味が選んだ生き方だったのだから、
仕方がないし同情もしないけどね。
228 :
革命的名無しさん:2010/10/15(金) 20:38:34
220-221さんへ
立派な思い出じゃね?(笑)
非戦旗のオレに惚れてた、戦旗の女の子がいたけど、
党派が違ってたから、恋愛には発展しなかったな。
奥浩平さんほどじゃないけど、
恋愛感情では、党派性は乗り越えられないことを知った21才の夏。
戦旗派メンバーと日市連メンバーとの恋は成就したよ。
>>226 そんな過去があったのですか。知らなかった。
変容する前の五味さんとぜひ話がしてみたい
今からじゃ無理な話だけど
>>230 即位の礼−大嘗祭、砦戦の頃は献身的で良いヤツだったよ。
後々みたいに、まったく傲り高ぶった態度なんか取らない、
先輩活動家らに対しては謙虚で真面目で丁寧で低姿勢、
相変わらず後輩活動家らに対しては優しく威張らず面倒見が良かった。
反天連と一緒に全国キャラバンをした直後に現荒妻の金ちゃんら、
350のメンバー数名と一緒に三里塚へ駆けつけていた。
砦戦の最中、彼に全国キャラバンを労う言葉をかけたら、
「急に(三里塚)現地へ行けと言われたんですよ」と苦笑して答えていた。
ちゃんと学生活動家の任務と立場をわきまえていて、
愚痴の一つも言わない謙虚で献身的で良いヤツだなと素直に思った。
そのキャラクターのままで学生から地区労働者の経験を何年間も経て、
それから300地区のQBになり、30歳過ぎで政治局入りしたのならば、
今でも誰も彼を悪く言わず、彼のことを「生え抜き」と認めていたことだろう。
性格も良いヤツで優秀な分だけに、荒に翻弄されて本当に残念だった。
いつか彼が戦旗派−ブント時代の自分自身を対象化して語れるようになったら、
その時は彼と話をしてみたいと思うよ。
少なくとも、ニャンケみたいな生半可でふざけた活動家だったヤツと話すよりは、
それなりに有意義で真面目な話になるかと思う。
>>220-221 確実にモテたけど、彼のことを好きなタイプの女性は依存癖が強いか、
もしくは何でも許容してくれる優しいタイプの女性だよ。
冷静で真面目な女性活動家が意外にも多かったから、
そうした女性たちに彼の本性は見抜かれ、結構厳しく接触されていた。ww
彼のキャラも1000とかのノリで学生活動家の時は良いんだけど、
やっぱり地区へ行くと労働者メンバー総員から酷評されて通用しなくなったよね。
そもそも彼は党派に結集したのが間違いで、
その時間だけ彼の人生の中で遠回りになって損をしている。
やはりNR向き、それも相当に強く個人を売るタイプだったのは確かだろう。
それでも物凄く個人主義者だから敵は多かったと思うよ。
80年代NR学生運動を自分の一つの経験要素にしながら、
要領よく大学を卒業して適当に何年間も海外を放浪し、
作家とか自分個人を売り込む商売に着いていただろうね。
233 :
革命的名無しさん:2010/10/16(土) 11:57:24
少なくとも言わせてもらいますが、杉田とか松原は
真面目な人が多かったBFでは相当に異色な存在でした。
そのことだけは、きっぱりと明言させていただきます。
はい。
それにしても2Chの常連で述懐するのは学生メンバーだった者ばかりで、
元茨城地区のニャンケ氏は別として地区党労働者メンバーがあまりいないのは、
どうしてなのだろうか?
やはり地区党労働者メンバーは学生メンバーよりも数倍しんどく真剣な
思いを積んできているから、自分たちの昔話を2Ch上で公開するなんて
想像もできないというのが本音であり本心なのだろう。
正太郎氏などと違い、社学同に結集したまま地区などへ行かずに、社学同のまま
離脱した元活が当スレをはじめとする一連のブントスレでは多数なのだろうか?
そうだとしたら、一般的に若かりし学生時代の経験として述懐することは容易い。
無論、三里塚現行隊派遣や時には非合法などの任務を最先頭で背負わされ、
それなりの苦労を学生メンバーも担ってきたことを否めないのは事実であるが、
しかしながら、例えば早見慶子氏の出した著書にも記されているように、
地区党労働者メンバーの背負った苦労は学生メンバーの比ではないのは事実だ。
ずっと以前はブントスレに元地区メンバーもいたような気がするが、
最近ではいないのかな?
234 :
革命的名無しさん:2010/10/16(土) 12:17:20
235 :
革命的名無しさん:2010/10/16(土) 12:32:34
そろそろウンコ祭りヤロウ〜
>>233 オレはまさに社学同に結集し、1〜2年で社学同のままコケ、ここで面白おかしい昔話をただ面白おかしく語ってる代表格なわけだが
(って言うかお互い誰だか分かった上で会話してるような気もするけどwww)
地区党労働者活動家が、昔を思い出して懐かしく語り合うってのは無理があるんでないかな?
だって毎日情宣と会議に追われる日々で、給料はほとんど上納し、集団生活のアジト生活の中、ホッと仕事の疲れを癒す時間も空間もない・・・
いくらそのメンバーが若くたって「あの頃は青春だったなぁ」的な回顧はし難いんじゃない?
特に労働者メンバーは皆マジメだったから、辞めた自分を責める気持ちも強いだろうし、ふと昔のことを思い出しても
情宣漬けの灰色の日々としか記憶されず、それがセピア色になったりすることは無さそうな気がするんだけど・・
学生はその点他の地区に遠征に行ったり、現行隊に行ったり、大学の寮に泊り込んだり・・・みたいな
所謂「学生運動」っぽい雰囲気を味会う機会もあったから、何となく「青春だったなぁ」みたいな感慨も沸くと思うけど。
237 :
革命的名無しさん:2010/10/16(土) 12:56:57
だからさ、ウンコ祭りしよ〜
>>236 地区党労働者メンバーの場合は、結集していた時期によるだろうね。
80年代の前半と中後半期は各地区とも極端な動員競争で、
それこそ賃労働と会議と情宣とオルグに追われた日々だったろうけど、
90年代に入ると「90年代戦略」で各地区や各支部がフロントサークルを形成し、
定例会などを開催して大衆浸透化路線を図っていく。
同時に今までは主にQBと学生メンバーが担当していた共闘関係だけど、
地区UBを設置し、その地域の運動体との接点と連携を強化する方向に舵取りされる。
今でも正太郎氏が反原発運動を担ってんのも、そうした「90年代戦略」からの流れがある。
勿論、賃労働と会議と情宣とオルグと組織運営と闘争動員が基軸だったけど、
春、夏、冬期の全党合宿で北海道や佐渡島など様々な地域へ行ったり、
(もっとも荒の趣味である山行は必ず取り組まれたが)とか、
単純な上意下達の組織運営ではなく、それなりに内容性を重視されたものに変わって行った。
そうした作風では、松原とか杉田といった主体は、
とても「指導主体」として90年代には通用しなかったと思われ。
悪名高き『実践と省察』とか、春、夏、冬期の原稿書きという、
著しく面倒くさい任務作業もあったけど、それはそれで充実感はあったんじゃないかな?
三里塚闘争という大衆動員の幹を維持していた頃は、学生メンバーと
各地区労働者の選抜メンバーの投入によって大衆的実力闘争と
GP路線を志向していたけど、90年代に入ると組織運営重視、
組織成員の関係性重視の「内側向き」になっていった。
80年代みたいに学生「キャリア組」メンバーが指導者として着任するといった在り方と違って、
各地区労働者メンバーの信頼の厚い古株がQBに就任していった。
地区党が台頭して、松原問題の余波もあって1000が少し色褪せた時期でもあったよね。
そして当時は西条氏指導下の「即席主体形成」で「動員機能主義」だった100地区に、
荒指導下の「じっくり活動家育成主義」で「イデオロギー的な内容のある」300地区が
動員力もメンバー数も100地区を凌駕して勝利したことにされる。
それで「やっぱり荒さんの指導力は凄い!」「西条は官僚的でダメだ!」となり、
取り敢えず荒は党首としての面子を保ったことになる。
こうして300地区が全党的なモデル地区組織として君臨し、
最も『実践と省察』作業が進んでいて、最もイデオローグを輩出する
優れた地区として各地区から標榜されていった。
大雑把に区分けすると、80年前半と中半期は「キャリア組」輩出機関と位置付けられていた1000の時代、
80年代中半から後半は100地区賞賛の時代で、80年代後半から90年代後半は
300地区の絶対的君臨時代と位置付けられるのではなかろうか?
300地区の時代になってから荒流廣松哲学解釈の普及化による
廣松哲学の政治利用が為され、90年代後半から2000年代にかけては、
荒の有名人化運動が推進されていくことになる。
こうなると最早、宗教カルトである。
「90年代戦略」による各地域の大衆運動の掘り起こしとは全く相反する在り方だ。
社会学的に観察しても、それなりに奇妙な変遷を辿った団体だが、
戦旗・共産同という革命党の指導者であった荒岱介という人物に左右され、
また独裁者として君臨したアラ・ジョンイルと側近によって腐敗し振り回されたことに変わりはない。
240 :
笑うせぇるすまん:2010/10/16(土) 23:55:30
で、君らはどんな犯罪をしたの?もう時効だから言ってみ。
歴史的に400が果たした役割も誰か教えてくれ!
242 :
革命的名無しさん:2010/10/17(日) 01:58:48
犯罪しないのに男女が集団でアジト生活っておかしいだろ。
普通はただの乱交パーティとか思うわな。
>>241 役割って、最後は東海と合併しただけで、西日本へ伸長する足掛かりにすらならなかった。
今は東海も崩壊して、五味離脱後は長らく関西も開店休業状態で誰も何も活動をしてない。
取り敢えず市民運動みたいなものを実践している現存する旧地区党は、
東京と埼玉と神奈川と茨城と千葉と三多摩、そして東北だけ。
それで、どの地域も全員じゃなくて一部のメンバーだけが正太郎氏みたいに
個人的に関わり続けているだけで、何にもしてない者は何にもしてないし、
それで地域ごとに取り組む課題も特に決まっているわけでもなくバラバラ。
郷里へ帰ったメンバーも多く、郷里に運動体が皆無ならば何にもしてないし、
特に自分で郷里に運動体を起ち上げるわけでもないから、ただのひとになってる場合も。
逆に郷里に運動体があったら、個人的に関わっている者もいたりする。
だから、実質的にアクティオとしては解散しているようなもんだよね。
アクティオとして解散決議を上げたら社団法人としても解散するんだから、
エピステーメとかの固定資産は自治体へ寄贈して自治体管理下になるんじゃないの?
よく知らないけど。
本人らは、これ以上は荒に資産を譲渡したくないっていう気持ちが強いから、
やむを得ずこうした措置にうって出たんだろうな。
残るは秩父の蒼生館だけだが、荒と啓太郎、牧原ら一部の小賢しい古参メンバーが
処分後の財産権を狙って「管理委員会」なるものをデッチ上げ、醜い駆け引きを展開中。
蒼生館処分後の財産分けをめぐって、この「管理委員会」の面々は、
相当に醜悪なバトル劇場を展開して見せてくれそうだから、これは是非とも見ものだよな!!wwwww
>>233 それにしても2Chの常連で述懐するのは学生メンバーだった者ばかりで、
元茨城地区のニャンケ氏は別として地区党労働者メンバーがあまりいないのは、
どうしてなのだろうか?
俺100だった。
このスレに出入りしてれば、そのうち知ってるひとに会えるかな?って思って
るけど、むずかしそうだなぁ。
知ってるのは正太郎さんとニャンケさんくらいで、しかもこっちが一方的に覚えて
いるだけだし。
会議・学習会・情宣・喫茶店や対象のアパートを訪ねてオルグ…
ここであらたまって話すほどの事が無いからみんな黙っているだけで、見て
いるひとはいるんだと思う。学生さんのそれに比して、毎日の活動は地味だっ
たのかもしれない。
俺は85年〜90年の間しか知らないし、他の地区がどんなふうだったかも
よくわからない。100に関して言えば、みんな真面目で、献身的で、おと
なしいひとたちだった。
年齢層も幅広かったし、「若さ」や「いきおい」だけで笑って話せる状況に
ないのかもしれない。
>>244の続きね。
正直言って、毎日そんなにおもしろくなかった(笑)。
現行隊や集会への参加は楽しかったなぁ。
>>239さんも言ってるとおり、俺が結集してたころは動員至上主義的なところが
あって、「埼玉に追いつかれるぞ、もっと誰か連れてこれないのか?」という
雰囲気が強かったように記憶している。
1990年11月。
戦闘的なイメージから、市民運動路線を重視する方向に移行する時期だった。
俺は華々しくカッコいい部隊として「戦旗」を捉えていたので少々不満で、
仕事そっちのけで三里塚に居残り、勝手に砦戦の支援を続けた。
「もう帰って来い」と叱られて支部に帰っていると、支部キャップ会議の
声が聞こえてきた。
「…だからさぁ、こういう奴が出てくるんじゃないかと思ってたわけよ。
みんな仕事辞めて現地に行っちゃったら、財政支えられないじゃない?」
なんでそんなに冷静なんだ?党の矜持をかけた戦いなんじゃないのか?
地区のメンバー半分くらい仕事放り出して現地に駆け付けるべきじゃ
ないのか?
つーか、先走った俺が悪いんだな。
現地で戦い続けることもできず、かといって職場に復帰できる状態でも
なくなり、翌日逃げた(笑)。
今にして思えば、
他のメンバーが毎日くたくたになってオルグを続けていたのに、一人の動員
も実現できない自分に劣等感があったのだろう。
みんな真面目で献身的で党を支える原動力になっていたのに、自分だけ何も
成果を上げられなかったから逃げたのだ。
砦戦の支援を、現地で(=最前線で)担えば、みんなに認めてもらえるんじゃ
ないかと短絡的に考えた。前衛党として、地区メンバー(そのときは既にキム)
としての政治的な判断ができる主体ではなかった。
早晩淘汰されるべき主体で、きっかけを探していただけなのかもしれない。
地区に残って、その後も戦い続けた同志に申し訳ない。
俺ばかり書き込んでごめんね。
そんなテキトーな関わり方しかしてこなかった俺がこうして出てるんだから、
みんなここに顔出して、昔話しようよ!
勝手気ままなことばかりで迷惑かけたのはわかっているけど、皆さんが元気
なのかどうか知りたいです。
>>244-247 面白い!
いや、面白いと言っては失礼かもしれないけど・・
>現地で戦い続けることもできず、かといって職場に復帰できる状態でも
>なくなり、翌日逃げた(笑)。
ワハハハ!いいんじゃない?
自分に合わないと思えば逃げちゃえばいいんだよ。自分の人生なんだし。
>地区に残って、その後も戦い続けた同志に申し訳ない。
これはオレもそうだし、戦旗派メンバーはコケた後必ずこの思いに苛まされて苦しむけど、
他人のことだと冷静に見れるなぁ・・
「別に気にしなくていいんじゃね?残ってやってる連中は好きでやってんだから」と。
まぁそうは言っても自分のこととなるとそうは割り切れないんだけどね。
しかも
>>224さんは、砦戦にいてもたってもいられずに現地に駆けつけて闘ったわけで、
それが組織の方針とは合わなくても、それが
>>224さんの矜持だったわけだもんね。
闘争前に逃げ出したオレとは大違いだ・・・
>>246 それは妙な引け目を持つべきではないんじゃないかな?
単純に
>>246氏の政治的な判断と100地区指導部の政治的な判断の相違というだけで、
どちらが正しかった、間違っていた、或いは未熟だったとか成熟していたとは言えないと思うよ。
俺は砦戦の時は組織建設重視主義、組織保存主義の「右派」だったから、
むしろ労働者メンバーが砦戦の現場へ集中していた状況を危惧していたほうだ。
中央から「これを理由に退職したり解雇されないで欲しい」「早急に職場へ復帰してくれ」と
リアルな指令が出た時には正直に言って内心ホッとした。
まだバブルの頃とはいえ、それなりに再就職活動にはストレスが伴う。
基本的に砦戦の応援部隊の主力は学生が担うべきであって、
労働者メンバーは日祭日に重なった日だけ動員するに止めておくべきと思っていたよ。
ただし、俺は地区のメンバーにはおくびにも内心を表面できなかったけどね。
どうせ「非主体的」だとか何やらと非難されるに決まっていたから。
>>1さんが9.29辺田大会戦の現地派遣を前に離脱したことに対して自分を責めていたけど、
そんなのは全て自分自身の決断なんだから、所謂「裏切り」でも何でもないよ。
むしろ決意主義的に雰囲気に流されてしまうほうが恐ろしい。
250 :
革命的名無しさん:2010/10/17(日) 12:45:01
あんたらにとって、当時の俺はいわゆる「体制側」の人間だ。
成田闘争は、官憲による「強制収用」があったので、ある程度の実力行使による反対運動は理解していた。
しかし、絶対に許せないと思ったのは、ある建設現場の作業員宿舎に火が放たれ、死者を出したときだ。
警官に死人が出たとなれば、なおさら許せない気持ちになった。
当時を昔話で語るのは良いが、おのれどもの所業がどういう意味を持っていたかという反省なり懺悔をしろ。
そのまま懐かしんでトシをとるんじゃねーぞ。
>>250 それは中核派や解放派に言えよ!
バカ野郎が!
俺たちはゲリラで殺人なんかしてねぇ。
そんなことも知らずに、このスレに来るな!
タコ!
>>244-247 その頃の100地区なら、まさに早見慶子がいた時期と重なっているね。
彼女の著書には色々と懐かしい、100地区メンバーの名前が登場する。
作家みたいな顔して、自分自身の人生を切り売りしている点では荒と同じだけどね。
ライターとしての売りネタが自分の体験記しかないのが何とも寂しい。
早見慶子には取材をするといった、ライターとしての基本中の基本が欠けている。
やはりライターとしての才能なら、西条氏や北健一氏のほうが圧倒的に上だろう。
あと小林ギヤっていうのもいるけど、よくわからない。
>>250 ゲリラで建設作業員に死者が出たのは、
>>251が言うように中核のやったこと。
こういう板に書き込みするんならその程度のことは知った上でお願いしますね。
>警官に死人が出たとなれば、なおさら許せない気持ちになった。
ただこの意見は分からん。
強制収用に同情的なんだったら、その尖兵になった警察官の犠牲はいたしかたないと考えるのが自然なんじゃないか?
オレの個人的感覚では、現場労働者の死は気の毒だと思うけど警官の死はなんとも思わん。
もっと正直に言えば「ザマーミロ」としか思わんね。
みんなありがとう。
確かに、参加するのもしないのも、そのひとの判断。
…と、わかってはいるんだけどね。
もう20年も前の出来事なのに、周囲の誰もそんなこと知らないで付き合って
いるのに、ふとしたきっかけで記憶がよみがえる。
疎外感だったり、罪悪感だったり、複雑で消化できない。
>>252 その頃の100地区なら、まさに早見慶子がいた
うん、よく知ってる。
つーか、早見氏にオルグられたし、一時期は同じ支部で暮らしていた。
だから早見氏が突然(と俺には感じた)何かがはじけたように空中分解
して組織を飛び出していったとき、わけがわからなかった。
「I love 過激派」は読んだが、ちょっと前に流行った「芸能人
の暴露本」みたいな(笑)ことさら本人のスキャンダル的な内容が強調
されすぎてて引いた。
失礼。
>>220-221 また聞きだけど杉田さんは高校時代に、四国?の田舎で、ラジオのDJのバイトしてて、
その地方ではプチ有名人になってしまい、すごくモテたと聞いた。
20枚以上の処女膜破いたらしいよ。
その「技術」を導入したのかも。
>>233 ワロタ。失礼かもだけど、杉田さんとか松原さんは、活動家の「主体」では無かったよね。
レーニンの言う「山師」みたいな感じだった。
二人とも、うまく市民社会に溶け込んでるでしょう。
256 :
革命的名無しさん:2010/10/17(日) 21:09:43
ちょくちょくお邪魔をしている非戦旗です。
学生時代に、少し戦旗に関わらせてもらって、
このスレに同時代的の共感を持ってのぞいてます。
不謹慎な表現かもしれないけど、楽しいですよ、
みなさんの書き込みは。
できれば、砦戦士のことを知りたいと思っていました。
学生時代に関わった社学同の知り合いの気がして…。
今でも心配しています。
257 :
革命的名無しさん:2010/10/17(日) 21:23:02
>>254 あの本は、西条氏の悪口満載という感じだったけど、本当にあんな感じだったのかな?
>>256こんにちは!
砦戦に関わった東京社学同関係者は、隊長の元東大生だけだと思います。
他に埼玉社学同が一名と、労共闘の方々が三名です。
80年代前半は飛ぶ鳥を落とす勢いだった東京社学同も、相次ぐ離脱や幹部の労戦移行、松原問題の発生などで、砦戦の頃にはかなり弱体化してました。
知り合いの人とは、何年くらいのどの大学ですか?
まあ、特定するのはマズイかもですが、昨年には同窓会も開催され、おおむね砦戦以前に辞めた人たちは、仲良く元気でいるようです。
>>255 その頃に高校生を集めてDJの真似事をやらせてみる番組があって、
単に応募したら番組パーソナリティーをやらせてもらえたみたいだよ。
他の同地域出身のメンバーにきいたら、実は杉田氏本人が語っていたほど大した話ではないらしい。wwww
>>257 悪口ではなく自分の身の上に起きた出来事と心情を正直に語っているように感じた。
あのような「指導」が西条氏によって貫かれたのは間違いないだろう。
ただし、当時は西条氏もその様に振る舞わざるを得なかった事情がある。
そのことを早見慶子氏も充分に理解し納得しながら叙述し、
恐らく今は全く西条氏を怨んでなんかいないはずだ。
「私と西条さんの関係が当時は最悪だった」と冷静にみているような気がする。
>>255 杉田なら「中野健司」の本名で「第四世界研究」を自称して著書を出してるじゃん。
アクティオのインタビュー記事と一緒に思いっ切り写真が載ってるよ。
もっとも何をシノギにしてんのかは知らない。
松原は前スレにもあったけど、宅地宅建取引主任の資格を取得して
八王子市内で不動産業を営んで健在。
いかにも松原らしいね。
261 :
革命的名無しさん:2010/10/18(月) 20:42:01
>>258 ありがとうございます。私は83.4入学、87.3卒業です。
その時に知り合った学友(古!)が、参加していたとの情報もあったので。
所謂オル対(?)として、夜通し深夜喫茶で革命論を戦わせてもらいました。
心の中では、社学同の人達の勉強熱心さには感服していましたよ。
色々な集会やデモに参加させてもらい、今ではいい思い出になってます。
大学は関東のS大学です。
この中に同窓会とやらに行く予定になっている人はいるのかな?
(もう終わってしまったのかもしれないけど)
ちょっとまえにお呼びがかかったんだけど、何やら現役も結構きてるとか
現役っていっても上に書いてあったように殆ど活動なんてしていないんだろうけどね
明大の青が放逐されたみたいだけど
L学同とか人連、竹内ブントはどうなったの?
>>261そうですかあ!
ほぼ同期ですねえ。
でも83〜84年当時の東京社学同は、ベンキョーなんて全くしてなかったですよ(埼玉地区は別です!)。
ただ当時は「合宿」みたいなアジト生活だったので、革命論だの情勢分析などは、日常的にオツムに入る構造でした。でも片寄った知識ですが(笑)。
83年当時の拠点校は、東外大、大正大、日大、青学大、東大、上智大くらいで、中大から引いて東学大に侵入しようとした頃ですねえ、懐かしい。
265 :
革命的名無しさん:2010/10/19(火) 12:30:53
>251
>俺たちはゲリラで殺人なんかしてねぇ。
じゃあ、あんたらは全くの合法的活動しかしていないのか?
↑合法か非合法なんて関係ねえだろ!
過激派にムダな質問すんな!
そもそもテメェは何しに来てんだ?
犬野郎!
無視無視www
>>264 そうそう。ww
勉強しなかったから松原問題が起きた。
というのが、長田による総括だ。ww
実際には勉強していたんだろうけど、経済学、それも現状分析ばかり。
哲学に関してはテンでダメだった。
松原グループは「I2E」とかいう名称の
ヘンな学習サークルを潰されるまで暫く運営していたけど、
いったい何がしたいのか解らなかった。
でも、今にして思えば、当時の松原の主張やグループの行動は、
目くじら立てずに少しは汲み取ってあげても良かったはず。
「同盟からの脱退の自由」が規約にあるのなら、
「同盟からの分派の自由」があってもおかしくはない。
ただし、やっぱり、社長に就任し経営者になったばかりの松原が、
革命的左翼運動をするなんて急にバカバカしく思えて、
学生時代を共に過ごしたお気に入りの「友達」「子分」を引き連れて、
松原自身がセツルメントで組織した私党であることは否めない事実であった。
俺自身の松原とグループに対する評価は現在でも×である。
それは荒と荒の側近であった者に対するものと同じだ。
無論、諸々の個人に対する評価とは別である。
あくまでも、当時の所業に対してだ。
>>262 節操のない軽薄ポンチなゲンジのことだから、
1000の同窓会には松原も呼んだりしている。
現役で出席したのはバカ正太郎やR崎らのことだろう。
草原ニャンケは最初から非1000だったし、900地区で学生をしていたといっても、
茨城県の誰も名も知らぬ、新左翼運動とは無縁なT学園大という五流校中退だから無関係。
さぁーてと!!
久々にニャンケを虐待でもすっかなっと!!wwwwww
腹の出た髭の濃い汚顔で、ゆでタコ頭のチビデブハゲ三拍子揃った
運送会社の経営者の癖にキャバクラ通いがたたって
借金大王の貧乏人で、底の知れた田舎モンで甘ったれオヤジのクソニャンケよ。
アクティオ・ネットワークの活動は楽しいかい?
キムになって一ヶ月で逃亡した癖に、アクティオになってから
活動家ヅラできて、先輩風も吹かせることができて嬉しいかい?wwwwwwww
>>269 R崎さんって……、元和光大で、東外大で活動してた、R崎さん??
現役なんだ、すごいなあ。
>>270 ニャンケ氏は好きだけどな(笑)
>>271 全然すごくない。
まともな左派だったら、90年代後半に辞めてるよ。
残っている連中は惰性か、もしくは高尾山みたいに地域の運動が強いところだけ。
273 :
革命的名無しさん:2010/10/20(水) 00:25:06
>266
やだね〜、サヨクって。インテリぶっているくせに、Gスポット触られるとすぐに
頭に血がのぼっちゃってさ。
アジトなんていうから、どれほど世間様に申し訳ないことしているのかと思った
のだが、何にも悪いことしてないようだね。
>>273 別にインテリぶっているわけではない。
お前さんのオツムが極端に弱すぎるだけ。wwwwww
「アジト」と「世間様」云々は意味不明。
少なくとも、お前さんが「世間様」なる抽象的な存在を代表するものではないことは確かだけどな。wwwwww
ニャンケが以前に自分の不遇な現況と、散財し贅沢三昧に耽る
荒の現況を恨んでいるような事柄を述べていたけど、
ニャンケにそれを言う資格はあんのか?
ニャンケは荒を批判し非難することはできても、
公平にみて、荒はニャンケから恨みを買われる筋合いはない。
何しろワガママいっぱいで甘ったれだったニャンケは、
少なくとも党を形成し支えていたわけではないのだから。
今一度、ニャンケは身の程を知る必要がある。
>>1氏が以前に「散々不満を述べて辞めた会社の慰安旅行に参加し、その宴席で会社の経営方針に口出しすんのと一緒」
とニャンケの旧ブント合宿への参加を批判していたけど、
こうした指摘をニャンケは真に噛み締める必要がある。
戦旗派時代からニャンケの組織メンバーへの関わり方と
スタンスというのは、基本的にこの厚かましさなのだから。
はっきり言って、俺はニャンケのことが大嫌いである。
この一貫した厚かましさが何よりも鼻について嫌いだ。
それは不誠実な者を嫌いだということと同義なのだろう。
ニャンケの人生には一貫して“美学”というものがない。
それは、いい歳こいても底の知れた田舎モンの甘ったれた存在だからである。
ニャンケには武道などをたしなんでもらい、
是非とも心身ともに鍛え直す必要が一度あるだろう。
戦旗派−ブント時代もワガママを言って山行を拒絶したりと、
自分が嫌いなことからは逃亡し、ずっと克服せずに生きてきたニャンケ。
これから寒くなるから適切な季節だ。
ニャンケは滝に打たれながら座禅を組んで瞑想し、
修行を通して自分自身を見つめ直したまえ!
そうすれば自堕落な生活による肥満体もスリムになるはずだ。
虐めろ、虐めろ!!!!!
ニャンケを虐めろ!!!!!
ニャンケは修行せよ修行せよ修行せよ修行せよ修行せよ修行せよ修行せよ!!!!!
278 :
革命的名無しさん:2010/10/20(水) 20:50:37
>>264東京社学同は、ベンキョーなんて全くしてなかったですよ
ハハハ。東京の大学だったら、私も社学同に結集していたかも(笑)
でもやっぱり、知りあいも、宇野経済学やレーニンを読み込んでいたみたいです。
よく、『なになす』的党建設を力説してました。
>>278なるほど、あのS大の方ですね(笑)。
83〜84年当時の東京社学同で、宇野を読んでた人なんて5人もいないんじゃないかな?レーニン読んだ人も、10人もいないでしょう。
もちろん、宇野やレーニンをアレンジした、荒さんの文章とかは、会議で読み合わせとかしましたが。
とにかく情宣やら学園展開で忙しく、夜のアジトでも本を読む習慣は無く、みんなで酒飲んで脱がし合いとかして暴れるか、テレビのバラエティー見て笑ってました。
ひょうきん族とか、オールナイトフジとか、ウソップランドとかね(爆)!
「党のガードル形成」という位置付けからは、どう見ても逸脱してました。
でもお陰様で辞めてから、同世代から浮き上がることは、あまり無かったと思います。
いいんだか、悪いんだかwww
280 :
革命的名無しさん:2010/10/22(金) 05:05:26
過疎スレ ^_^;
ニッポン \(^o^)/ワロタ
ニッポン \(^o^)/オワタ
____
/ \
/ ─ ─\
/ (●) (●) \ もうこのスレいらないな
| (__人__) |
/ ∩ノ ⊃ /
( \ / _ノ | |
.\ “ /__| |
\ /___ /
あの頃は宇野弘蔵の著作ばっかり読まされていた。
特に『経済学方法論』と『恐慌論』。
おかげで、上向−下向するみたいな思考様式は今でも定着している。
松原グループ形成期の1000は、かなりバカ化していたのは事実。
周囲がバカばっかりだから、ちょっと語れる奴がいたら
「理論家」だとかチヤホヤされて天狗になる奴もいた。
そうした意味では、東大支部が特にダメだったなぁ。
山口入学 ○見栄子
>>254 その頃の100地区なら、まさに早見慶子がいた
うん、よく知ってる。
つーか、早見氏にオルグられたし、一時期は同じ支部で暮らしていた。
だから早見氏が突然(と俺には感じた)何かがはじけたように空中分解
して組織を飛び出していったとき、わけがわからなかった。
>>あなたは、山口入学○見栄子さんをしらないようだ。
彼女にとって党内の地位(ってたかだか支部キャップだが)
は、命と薬剤師の免許の次くらいに大事だったのですョ!!
「I love 過激派」は読んだが、ちょっと前に流行った「芸能人
の暴露本」みたいな(笑)ことさら本人のスキャンダル的な内容が強調
されすぎてて引いた。
>>残念ながらそれもごく表面的な感想にすぎない!!
彼女にとって大切なのは、いかに自分が大物活動家だったかということを書きたかったらしいので
……ってたかだか支部キャップじゃんってー感じだが……
自分が大物活動家と言うことに反する事実は、無視OR作り話ですましている。
また、恋愛話についてあれこれ言っているのは、その心情を彼女の言葉で表すと
「私ってー 大物だからー フライデーされても おかしくないんだけどー
だーれも取材してくれないからー(当たり前だのクラッカー) 自分でリークしちゃったーー」
ってなもんでしょう。
>>281 いやーでもオレは「みんなよくこんな難しい本読んで分かるよなー」と感心しかしなかったよ。
「過渡革」とかチンプンカンプンだったし。
オレ「武装せる蒼生」の巻末の方に載ってた獄中体験記くらいしかまともに読めなかったよ・・・
アジトでも現行隊でもマンガばっかり読んでた。
>>281 そうなの?1000の理論面がダメダメだったことは全く禿同だけど、東大支部だけがベンキョーしてたように見えたけど。
やはり駒場寮の存在が大きかったのでは?
端から見てて、駒場は広くて自由で気楽で勉強もできて、楽しそうに見えたよ。
>>279 脱がし合い・・・
1000名物の脱がし愛。
地区にいた者でも、1000に関わった者は誰もが犠牲になった脱がし愛。
ゲンジ主催の同窓会で再現されることを切に望む。
そしてニャンケが脱がし愛の犠牲者になることを切に願う。
中高年の脱がし愛・・・
287 :
革命的名無しさん:2010/10/23(土) 03:58:22
世界同時革命とかいう塩見孝也の妄想、本気で信じてたのか?
「世界一国同時革命」だろ。
それに、何で塩見が出てくる?
なんか中途半端な知識で絡みたがってるようだが、
少しは勉強してからイチャモンをつけろよ!
的はずれもいいところだぞ。
ゲンジの川越市orさいたま市議選出馬の話はどうなった?
ゲンジは知名度が皆無だから、やめておいたほうがいいよ。
必ず落選して供託金を没収されて終わりだから。
調子に乗って民主党のお墨付きで無謀にも埼玉県議会議員選挙に出馬して、
見事に落選した鈴木啓太郎は地元の介護施設の給食運搬係として雇われて、
今は渓流釣りに行く暇がなくてブーブー文句をたれてるそうだが、
コイツは本当に腐ってやがんな!!
ふじみ野市議会議員時代に、どれだけテキトーな仕事ぶりだったのかよくわかるよ。
この税金ドロボーがっ!!
鈴木啓太郎のクズだけは、ぶん殴ってやりたいね。
>>289 マジで?!ゲンジさん、立候補予定なんだ!
川越市よりも、越生町(ってまだあるのかな?)で立候補した方がいいように思うけど、
さすがに地元では「悪行」が知れ渡っててムリかな?
多賀さんが志木市で立候補する話は、どうなったの?
啓太郎さんの落選は知らなかった!上福岡市議だったのは知ってるけど、もう「上福岡市」じたいが無いのかw
たまには2ちゃんチェックしないとダメだな(笑)
291 :
革命的名無しさん:2010/10/24(日) 00:31:46
>>290 越生町はまだまだありますよー(つД`)
梅林で有名です
上福岡は合併してふじみ野市になりました
>>290 多賀クンは志木市議選に出馬する予定でブログを開設したり、
地元の様々なNPOなどに顔売りしていたみたいだけど、
今の介護の仕事が気に入って選挙には完全に興味が失せてしまった。
まっ、身の程を心得たっていうことかな。
一方でゲンジも市議会議員になる夢は流石に諦めたらしい。
もう歳なんだから無理をしないほうがいいし、
そもそもゲンジには社会的に誇れるような経歴は何もない。
元極左暴力集団の最高幹部の一人で、パクられた元仲間のゲロっ吐きで
裏切られて実刑を食らい、群馬刑務所で懲役を勤めていた。
それでシャバに出てから暫くした後は最初の女房と因りを戻し、
最初の女房の実家がある沖縄へ荒岱介から逃れるために移住。
沖縄では学習塾を開設して食い繋いでいたけれど、
次第に女房と折り合いが悪くなり、ちょうど荒岱介からの懇願もあり、
数年前から埼玉県蕨市にあるエピステーメとかいうムダな建物に単身居住。
「沖縄で学習塾を経営」以外には全くの職歴なし。
それぞれ成人したけど腹違いのガキが一人づついる。
これじゃ選挙なんて、ダメダメでしょ?
それで正太郎やクソニャンケを含めたアクティオのバカどもは
「沢田さんは沖縄の塾を畳んで全部を引き受けたから大したものだ」
なんて過大評価もいいところだが、実際には極めてゲンジの個人的な事情に過ぎない。
本当に引き受けたのならば、さっさと社団法人アクティオ・ネットワークを解散させ、
エピステーメを解体後は更地にして売却してから資産を現役メンバーに分配返却といった、
具体的な行動に打って出ていたり、法律家などの専門家に相談しているはず。
それをゲンジがしないのは単純に面倒くさいのと、
ひたすら老いた荒岱介が死ぬのを待っているから。
ゲンジは荒岱介の亡きあと、現荒妻キンキンに資産返却を求める予定。
それは賢明といえる。
つまらない揉め事で痴呆寸前で自我と自意識のかたまりみたいな老人と
争うのは非常にムダな労力を費やすことになるし、非常に疲弊する。
>>292 >次第に女房と折り合いが悪くなり、
ってことは高○さんは、今沖縄で一人ってこと?
295 :
革命的名無しさん:2010/10/26(火) 00:37:00
実際に党を支えて形成してきたのは労働者キムメンバーだからな。
当たり前な話、1000との意識の差は否めない。
結局、学習度も労働者キムメンバーのほうがずっと深かったはずだ。
高叛共闘出身で高校卒業後に労働者になったメンバーは特にそう。
1000の軽薄さやバカさ加減とは随分と重味が違った。
各地区党の伸長度や学習度は、高叛共闘出身者の
存在の有無で相当な差が着いていたはずと思われ。
勿論、ごく稀だったけど、正太郎などに代表される1000から
地区党へ労働者メンバーとして移行した人々の存在も大きい。
1000は三里塚現行隊派遣等々には凄く貢献した実績はあったけど、
本当の意味での人材を輩出できなかったというのが問題だった。
>>296 「本当の意味での人材」ですか?
そんな人、もう、どこにもいないようですが。
愛すべき惜しい人材は、いたるところにいたよ。
もちろん、1000にもたくさんいたと思う。
まあ、俺もお前
>>297も、それに該当しないのは確かだけど、
例えば三里塚現闘団や軍のメンバーとかな。
尊敬できる人格は確実に存在した。
単に1000出身者で尊敬できる人物は少なかったということ。
それはイデオローグも含めてな。
>>296 元1000だけど、おっしゃる通りだよ!
ただ自分的には、「党のガードルになる」なんて意識は全く無くて、
とにかく情宣だけやって動員だけ出せばいい、との思いしか無かったなあ。
ベンキョーはしなくていいというか、する必要ナシとの雰囲気だった。
正ちゃんは勉強してたように思えたけど、それはたぶん700時代の貯金じゃないかなあ?
>>264 肝心な、わが長田委員長を輩出した、慶應義塾大学を忘れてましたww
それでも地方からたまに1000に合流していた身としては、あの1000のフリーな雰囲気は魅力的だった。
>>275 返事が遅くなってすまなかったな。
必ず反応する主義なのだが、いろいろ忙しかった。
まあ、嫌われるのが怖くてニャンケはつとまらない(笑)
でも、こんなに嫌ってくれると光栄だよ。
これから
>>275を「武徳クン」と呼ぼう。
武徳クンは僕にワガママ言われて耐えた当時のカードルのなかの誰かなのだろうが、
きみは間違っているぞ!!
どこまでやれた者が「党を形成していた」といえる資格を有するのか?
そんなことはどこまでも恣意的なものになる以外ない。
しかも、
>>275武徳クン、おまえにそれを断じる資格もまた、ない。
あれはダメだこいつもダメだ・・そうやって恣意的に同志を否定して回れる資格があるのは、戦旗のなかでは、荒だけだ(笑)
そして誰もいなくなった。
自分の足を食い尽くして死んでしまう頭の悪いタコみたいだな。
バカだな、おまえ。(わらわらわらわら)
むひょひょひょ
>>301 いや・・あのね、ニャンケ君。
オレが思うに
>>275さんは、「活動家としてのニャンケ君」以前に「人間としてのニャンケ君」が嫌いなんだと思うよ。
だから「党を形成していた」云々という議論は無駄だよ。
人間として嫌いな相手に対しては「何をしようと嫌いなものは嫌い」なんだから。
例えば
>>275さんとニャンケさんが「戦旗」という枠を取っ払って、同じ職場として働いたとしよう。
恐らく
>>275さんは、戦旗派時代に感じたであろうニャンケ君への「イラ立ち」のようなものを全く同じように感じるはずだ。
オレも当時「人間として嫌い」だったメンバーに対しては、今再会しても同じ嫌悪感しか持たないと思うwww
懐かしさとか同志愛とか以前の問題だよ。
>>303さん。納得。
でも戦旗という共同体は一種独特なもので、職場と同じかというと、やや違うと思うな。
80年代までの戦旗では、俺だけでなく、みんな自由に言いたいことを言い合っていたと思う。
その意味では、赤裸々な部分が多々、あった。
職場だったら感情的な好悪で崩壊していたであろう組織が、逆に伸長していた。
それは、われわれには戦うべき敵がいたし、大義があると思っていたからだ。
だから嫌いなヤツとも団結できたのだと思う。
職場は、究極、利害の関係に尽きる。
どんな嫌いな相手でも、諭吉の顔だと自分に言い聞かせて頭を下げる。
なんのトクにもならない使えないヤツが、どんなに好きでも、職場にはいらない。
好悪にとらわれないとはいえ、ちょっと位相がちがいすぎるように思うのですが。
だから、荒の顔色を見ながら全体主義になって、みんなで保身に入っているか逆噴射して飛び出すか二者択一だった末期の雰囲気は、あまりに戦旗らしくなくて理解に苦しんだ。
あと、武徳クンとどこかで会っても、俺は彼を嫌いではないよ。
嫌いたいなら嫌っていてもかまわないけどね(笑)
基本的には戦旗だった人はみんな好きだよ。
あつかましい性格は直らないから、俺に好かれてもあきらめておくれ。
俺を嫌うのは自由だから、それでかんべんしてね。
本当はもういい年のオトナだから、嫌いだという人には近づかないように配慮しますので。
例外的に、さとさとだけは嫌いだけどな。
あのクソヤローだきゃ、死刑だ!!
いくつになろうが、実際に会ったら、問答無用!実力闘争あるのみ!
たとえ俺を嫌いでもさとさとだけは別。
いやーでも、これまでオレが経験した組織とか共同体とかで戦旗と一番近いのは職場かなぁ?
当面の目標が「売上げ」なのか「動員」なのかの違いだけで、
○「どうすればそれを達成できるのか?」ということに日常の活動は集約されていく
○達成すれば褒められ、達成出来なければ焦るし、上司にもそれなりにハッパをかけられる
この構造はほとんど同じに感じたけどね。
当時あれほど「ムチャ」に感じた西城さんの「出来るできないんじゃないんだ。やるんだよ」という言葉の意味も
今、会社でそれなりのポジションに就いてみるとよく分かる・・・って言うか部下に多用しているwww
もっと言えば、会社の営業会議なんて、当時のBFのオル対集約会議の比じゃないくらい生ぬるいよ。
>>306 そうね。いろいろと職を転々として思ったのは、荒って、中小零細の「オヤジさん」なんて呼ばれてる様な経営者によくいるタイプだよね。
声がデカくて態度もデカくて押しが強くて「会社の物は俺のモノ」って思ってて、経営戦略のヒラメキが当たるとチョーシ込むけどハズレると人のせいにして、有能な側近が「何とかしなきゃ」って頑張ってるうちは拡大するけど愛想尽かされて逃げられたら途端にジリ貧になる。
食材屋の時の副社長がこのタイプだったな。あの会社も、有能な部下のクビ切ったり逃げられたりした挙げ句ツブれたなァ。
308 :
革命的名無しさん:2010/10/28(木) 19:24:26
立松和平講演会とスナックバロン1周年記念
パーティのご案内
元連合赤軍兵士獄中27年の植垣康博が,「この街には不似合いな時代遅れの酒場」“スナックバロン”を静岡に開いてはや1周年。
3ヶ月はもたないだろうなどと陰口をたたかれながら,この時代によく続いた。
店の内装も、刑務所料理に毛がはえた料理も、修業中のカクテルも決して上等とはいえないのに,ようやく地域にも根付き始めた。
ともかく安いということはあるものの、これも主として実直明朗なバロン植垣の人柄と、過去の総括と獄中での勉学を踏まえ、
時代を的確に語るその能力によるものだろう。
とは言っても,店の経営は採算分岐点ギリギリ。倒産の危機が去ったわけではない。ここは我ら植垣応援団,一念発起,開店1周年を期に,我らが酒場“スナックバロン”を安定軌道に乗せるべく,以下の企画を開催する。
時は折しも連合赤軍30周年,植垣の親しい友人「光の雨」の原作者「立松和平」を人寄せパンダに,バロン植垣を知る人は勿論,
知らない人々にも集まってもらい,大いに酒を呑み,時代を語りながら、植垣をハゲまそうというわけだ。
諸兄姉の結集を呼びかける。
バロン倒産対策委員会・バロン一周年を祝う会
呼び掛け人
宮崎学(作家)/鈴木邦男(元一水会代表)/久能靖(ニュースキャスター)/清川紘二(満蒙開拓調査団)/中村順英(弁護士)
/河村正史(弁護士)/牧安信(鉄工所経営)/鈴木善久(タクシードライバー)/成島忠夫(タウニー信和)/米山洋子(居酒屋つう)
/金勇(在日韓国人)/田中穣(静高80期)/竹下修(SBSプロモーション)/松谷清(地域政策研究所)/西沢宏明(静共闘)
/上西雅子(スウィンガー)/水野誠一(前参院議員)/児島良孝(行政書士)/小川央(弁護士)
>>307 まあね。色々あるけど、自分とこの党首を「あのオッサンもなぁ・・しょーもないこまった人だったよなぁ」と回顧できるってのは
幸せなことなんでないかい?
こんな新左翼党派はなかなかないと思うよ。
スレタイの80年代当時は、荒氏もそんなに「困ったオッサン」ではなくそれなりに人望もあり、
何よりも皆一生懸命頑張ったわけだしさ。若かったしね。
そうかな〜?
80年代も困ったオッサンだったけどな〜。
>>309 「老害」って、本当にあるんだね。
老いて周囲や若者に迷惑を掛けるようになったら、
さっさと自覚して引退すべきだな。
荒みたいに自覚できないから困るんだけど。
それで、どうしても何か運動をやりたいなら、
金も出し、協力は惜しまないけど、断じて口は出さずに慎むべし。
荒は金は奪う、威張って口は出しまくる、自分は協力しないけど、
逆に命令を発して従わせて冷たく放置し、自分を批判する者は潰す。
これじゃあ、誰も着いて行かないよ。wwww
ニャンケもオーナーだからといって、決して威張るなよ!
経営者には使用者責任っていうもんがあんだからな。
不当解雇や残業代とかの未払い賃金、
退職勧奨などの不当労働行為があったら、
ニャンケ社の従業員は茨城ユニオンに加入し、
ニャンケ社長と団交を要求し、ニャンケ社長と最後まで闘う!
もしもニャンケ社長が団交を拒否したら、
ニャンケ社長は茨城県地方労働委員会へ
労働組合員から救済申し立てされて、
ニャンケ社長は必ず応じなければならない。
それで交渉決裂になり、ニャンケ社の社屋に赤旗がはためき、
労働組合員は無期限ストライキに突入!
ニャンケ社はバリケード占拠され、ニャンケ社長は組合員から追い回され、
ニャンケ社長が自宅から車を運転して外出しようとしたら、
赤ハチマキに赤腕章に紺ゼッケン姿の組合員たちに包囲される。
組合員たちの着けた紺ゼッケンには「ニャンケ−出腹濃髭体制打倒!」
「メタボリック二期決戦勝利!」のスローガンが染め抜きされていた。
そして、ニャンケ運送社争議は首都圏でも有名になり、
フリーター全般労組、首都圏青年ユニオン等々が応援に駆けつけ、
遂にニャンケ社長は組合員たちに降参し、
サービス残業などの未払い賃金などを支払うことになる。
その額、ざっと1億円!
ところがニャンケ社長は計画倒産をして金を持ち逃げした。
こうしてニャンケ運送社は組合員たちによって自主管理されていく。
>>310 まだ「愛すべき」困ったオッサンだったんじゃない?
>>313 実際には中核との緊張状態があったから、われわれ下っぱが荒さんを見るなんてほとんどなかったよな。
たまに、「ほら、あそこあそこ、荒さんがいるよ」と先輩同志に教えてもらったり。
80年代末から90年代はかなり近い存在になったけど、下っぱの名前も覚えていて気さくに声をかけてきて、緊張したなあ。
>>314 合宿か政治集会くらいだったかな?
>「ほら、あそこあそこ、荒さんがいるよ」
ワロタwwwライチョウの子供か何かかとwwww
>>314 80年代末から90年代は全党ワークショップ合宿を行うようになったから。
それで荒はメンバーやシンパの前に顔を出して登壇し、
自分を皆や世間に売り込む味を覚えてしまった。
あの頃から。荒の有名人志向は次第に強まっていく。
意外と荒は地区の新人メンバーを気にしてチェックするタイプ。
「あのひと、どこの地区の何ていうひと?」みたいに、必ず近くの人間に尋ね、
そして接触する機会を伺い、声をかけてポピュラリティをアピールする。
しかしながら、組織自体の戦略的総路線には親近感を寄せて活動していても、
荒岱介本人に対しては不信感を抱いていたメンバーは、
新人や古参を問わず少なからずいた。
そういう人は、最初から荒の接触攻撃を避けていた。
極めて賢明な対処の仕方である。
荒は、メンバー全員から自分は尊敬、敬愛されていたと勘違いしていたが、
実は一部の地区党メンバーなどからは非常に疎まれたり嫌われていた。
実際、本部などで荒と一緒に生活していると、荒は非常に疎ましい存在だ。
すぐに擂り粉木をかけて自分の元に洗脳しようとするし、
あまり他人の人格は認めたがらず、必ずネチネチと苛めをしたがる。
取り分け荒による苛め攻撃は凄まじい。
予断と偏見で相手の人格を傷つけ否定し、ネチネチと長期に渡って続く。
そして荒から攻撃された人々は、最後には消耗して自ら離脱していくのだ。
荒による苛め攻撃で、歴史的に多くの中枢部メンバーが消耗して離脱していった。
一番最後で最近は、五味、克也、黒木などが苛め攻撃に耐えられずに逃亡した。
特に蒼生館建設プロジェクトに疑問を呈し、
止まることを提言した黒木慶子に対しては凄まじい。
「出ていけ! バカ女!」である。
荒は組織まるごと荒の私物と完全に思っていたようだ。
ニャンケの笑い方。
「ぶひゃぶひゃぶひゃっ!! むひょひょひょひょひょひょぉぉぉ〜〜〜ん!!」
正太郎の笑い方。
「うっきっきっきっきっきぃぃぃーーー!! シャシャシャシャシャシャァァァーーーア!!」
>>305 でもね、ニャンケ。
佐藤悟志の荒批判の内容は、殆ど元活や現役による荒批判と同一だよ。
それにロフトプラスワン事件なんて、完全にアラブントの愚行。
あれでアラブントは政治的に完全敗北した。
佐藤による刑事告訴だって、見方によっては「仁義なき戦い」方としてアリだ。
カルトからの攻撃に対して身を護る術としてはね。
現実に佐藤は高倉や五味たちから暴行を受けただけではなく、
アラブントによってストーキングされてたんだからね。
あの愚行によって、F労元執行委員の米澤泉美氏の元カレは、
高倉や五味たちから暴行を受けたりしている。
90年代後半に入って新左翼党派運動の時代が終焉し、
新左翼運動が黒ヘルNRの流れを汲んだ、
現在へと至るアウトノミア運動などが主流となったことに対して、
あまりにも荒岱介自身も側近たちもアラブント全体も鈍感だったんだよ。
これからは地球環境破壊に抵抗するエコが若者運動の主流になっていくと、
荒や側近たちやアラブントは単純に勘違いしてたんだよね。
自分たちが反体制運動の最前線を走っていたと勘違いをしていた旧エコアラブント。
恥ずかしい、恥ずかしい!!
そんな旧エコアラブントの基金に、昔の義理で管制塔カンパを差し出したニャンケ。
恥ずかしい、恥ずかしい!!
旧エコアラブントが敷いたロハスでオーガニックなエコ路線を走るアクティオ代表ゲンジ。
恥ずかしい、恥ずかしい!!
うちの地区にも優秀な支部キャップがいて、
荒から本部にくるよう声がかかってたんだけど
ずっと拒否してた人がいたな。あとからしった話だけど
みんながみんな荒マンセーじゃなかったんだなと今更ながら
>>318 しかしまぁ佐藤がアフォなのには変わりなかろう。
政治的にブントを完全に追い詰める絶好のチャンスを自ら潰した。
運動圏に「ブントも佐藤もどっちもどっち」という空気を作ってしまったのは自業自得としか言いようがない。
>>321 あの時は、佐藤悟志は本当に勿体無いことをしたよなぁ!
確かに荒と側近たちやアラブントを追い詰めて潰すチャンスだったのに。。。
ロフトプラスワン事件で圧倒的に佐藤悟志は同情を集めていたし、
同時に運動圏内から旧アラブントみたいな内ゲバ的志向を持つ党派勢力を糺して
一掃し、社会運動を健全化できるチャンスだった。
もしも佐藤悟志が賢明なヤツでキチンとした戦略と戦術を立てて行動していたならば、
あの時点で荒岱介万能幻想は完全崩壊して荒は失脚し、
旧エコアラブントは解体していたから、現在のアクティオゲンジ一派も
この世に当然ながら存在しなかったかも知れない。
実に惜しい!!!
佐藤悟志の過ちは刑事告訴といった対抗策に出たこと。
やはり運動圏内からは「権力を利用した」と見なされてしまう。
怒りの感情にまかせるままに突っ走った過ちだ。
草原輝のバカは佐藤を殴りたいとか上レスでほざいているけど、
これこそどっちもどっちだね。
そうした体質が今の反体制運動の若者たちから嫌われるんだよ。
ロフトプラスワン事件で旧アラブントは「内ゲバ体質を維持している」と
批判、非難されたが、これは言い訳できないことだ。
それから党派といった圧倒的な強さを保持する集団と
一個人といった弱者の対立構図では、絶対に一個人といった弱者に大衆は同情する。
佐藤悟志のダメさは、例えばビラに書いた内容と表現が突拍子なく、
あれでは大衆に不真面目な印象を受けてしまう。
荒と旧アラブント批判は的を得ていたのだから、
もう少し真面目に批判した内容かつ、荒と側近どもを挑発する内容のビラを撒き、
側近どもから暴行を受けて、大衆的・社会的包囲網を形成して
荒岱介失脚と旧アラブント解体へ向けた闘争を展開すれば良かったのだ。
しかしながら、佐藤は頭が悪かった!
このオツムの足りなさが旧アラブントを潰せなかった決定的な要因である。
せっかく、よねざわいずみちゃんみたいに賢い人が味方に着いてくれたのだ。
そうした人々と連携しながら追い詰めていけば良かったのだ。
あの頃には、正確にいえば1990年代の前半に反天連から撤退した時点で、
既に戦旗派は反体制運動にとって必要のない疎外−阻害物となっており、
新左翼党派運動の役割を革共同両派と同じく終えていたのだ。
ましてや、その後に左翼をやめたんなら、さっさと解散すべきだったのだ。
戦旗・共産同の反体制運動における役割は、
実は1992年の第8回同盟大会で終了していたのだ。
その後は組織を維持する「ため」だけの運動に過ぎなかった。
草原輝みたいなテキトーでいい加減だったカードルは、
そうしたリアリティをバカだから持っていない。
それで恥ずかしげもなくブント基金にカンパし、
更には荒岱介の側近であった長田が幹部に就任する
アクティオにゲンジに騙されて再結集を果たした。
飛んだ茶番劇もいいところである。
荒ブントのいちばん悪いところは、自分の主張してきた言葉に無責任なところ。
過去の何を清算していて何を肯定しているのか、荒の脳内にしか基準がない。
いや。荒も気分次第で言い訳だらけで、悪いのは全部が全部誤った側近たちであって自分はいつも被害者だといわんばかり。
そういう醜悪な左翼らしい左翼は、ミヤケン、シオミ、スターリンと伝統的芸風だが。
その下で自分たちの課題に誠実に取り組んでいた当時の地区活動家たちまで荒といっしょだと串刺しに攻撃して権力の手先となってた佐藤は、裏切りの度を超えていて、こんなヤツが荒ブントの何を批判できるというのか!
佐藤の肩をもつ諸君は、荒ブント憎しの一点だけで佐藤に共感しているにすぎないと思う。
佐藤が政治的に勝利していたとか荒ブントをつぶす可能性があったとか、たらればもはなはだしいぞ。
>>325 >佐藤が政治的に勝利していたとか
>荒ブントをつぶす可能性があったとか、たらればもはなはだしいぞ。
つーかむしろ「佐藤じゃなければ『あの状況なら』ブントを政治的に追い詰められた」ってことだよ。
327 :
革命的名無しさん:2010/10/31(日) 04:22:33
あげ
>>325 戦旗派−旧エコアラブントの反体制運動における役割は、
1992年に反天連から撤退した時点で終わり、
1997年に「転向」を宣言した時点で完全に終わっていた。
もしも早急に荒を打倒し旧エコアラブントを解体していたならば、
自分たちの課題に真摯に取り組んでいた愛すべき地区党メンバーを、
もっと早い時点でアジト生活−高額上納−ヒエラルキー地獄から「解放」できていたかも知れない。
少なくとも、これだけは言えるぞ!
だから佐藤悟志は、単純に荒岱介憎しに旧エコアラブント憎し一点のバカ。
>>326が述べている通り、もしも佐藤でなければ
旧エコアラブントを追い詰めて打倒できていたかも知れない。
いずれにしても、90年代に突入し、新左翼党派運動の時代は終焉していた。
現時点からの視点で裁いてしまうが、戦旗・共産同も、
その役割を終えていたのだから自ら解党し、
メンバーを野に放ち、各々の自分がやりたい課題や関心のある戦線に
自由に取り組ませてあげるべきだった。
ところが、組織依存性の荒個人は組織がないと生きられないから困る。
だから、運動(革命)のために必要悪としての組織を維持するのではなく、
組織のために組織を維持する運動に変質し、
更にいえば、荒個人の利害追求のために組織を維持する運動に変わった。
それが露骨に荒の有名人化運動となった後期エコアラブント運動の本質だ。
佐藤の看破で鋭かった点は「荒岱介は皆を自分に付き合わせている」というところ。
1989年7.20決定以降、取り分け90年代に突入してからの戦旗派の在り方は、
すべてがそこに集約されているといっても決して過言ではない。
だから荒は7.20以降は大衆運動というか人集めの軸を三里塚に求めるのではなく(っていうか、不可能)、
全党合宿ワークショップ路線による学習強化とメンバーへの論文執筆強制に切り替え、
その過程で、より自分自身をイデオローグとして強くアピールする方針転換を図った。
要するに荒岱介が90年代に入ってから実行したことは、すべて自分自身が延命するため。
荒が本当に真摯な活動家だったならば、7.20決定の責任を取って議長を辞任すべきだったのである。
話は変わるが、情念過多な草原輝を嫌いな理由は、
こうしたリアリズムに基づいた冷静な分析力がないところ。
正太郎も反原発運動の活動家として、漸く脚光を浴びるようになった。
戦旗などには行かずに、最初から自分の関心が強かった
反戦・反原発運動の方向に何で行かなかったのか?
随分と遠回りをしてきたような気がするが?
少なくとも戦旗などへ行かずに普通に反原発運動をしていたら、
反原発運動が取り持つ縁で知り合った女性と結婚し、
今頃は子供もいて、夫婦で地道に反原発運動に取り組んでいたことだろう。
それが水戸市内の築35年になるボロアパートの一室でマンガに囲まれ、
中古で買ったポンコツ軽自動車で倒産寸前の零細企業に
片道一時間もかけて通勤する当年47歳になる独身のワーキングプア。
おまけに最終学歴も大学除籍の実質的には高卒。
そして極めつけは、草原輝みたいなワガママで甘えん坊な腐った人格との腐れ縁。
正太郎は戦旗派に結集してから、何一つ良いことなんか無かったじゃん?
>>328 確かに言う通りだと思うんだけどさ〜
>自ら解党し、 メンバーを野に放ち、各々の自分がやりたい課題や関心のある戦線に
>自由に取り組ませてあげるべきだった。
こういう方針出したら、かえって戸惑うメンバーもいたんじゃない?
荒とはメダルの表裏で、逆に組織に依存しきっちゃってる・・・と言うか組織の出す方針に沿ってしか運動に
取り組めないメンバーだって少なからずいたような気もするな。
そこが新左翼(「に限らないんだろうけど・・・)の限界ってとこもあるよね。
>>331 ニャンケなんか荒とは逆の意味でのメダル裏表の
組織依存性の典型例だから、却って一番戸惑ったかも知れないね。ww
それから新左翼党派運動の限界であり、新左翼運動一般の限界とは違う。
勘違いしている人が多いけど、新左翼運動自体は90年代に入って
黒ヘルNRを源流とした今に連なるアウトノミア運動や、
寄せ場労働運動を源流とした野宿者運動や路上解放運動、
そして旧首都圏学生実OBが主体となって活性化させている
F労などに代表される若者非正規労働運動があり、
それらが現在の主流であるから別に終焉したわけではない。
無知で世間知らずな荒やゲンジたちが、「今はエコの時代だ!」と
勝手に自分たちの脳内で終わったと思い込んでいるだけ。
そこが旧エコアラブントと現アクティオの愚かしさなんだよ。
まあ、ゲンジや長田なんかは必死に追随しようと松本哉や
湯浅誠に接触を試みインタビューしてるけど、
ロフトプラスワン事件が尾を引いているから、
なかなか評判が悪くて難しい現状だよね。
要するに不要な阻害物になったということさ。
それは前述した通り90年代に入ってから各党派は大衆的な力を失い、
もはや邪魔なだけの存在に過ぎない過去の遺物化していった。
取り分け妙な「転向」宣言をした分だけに、
アクティオブントが一番タチが悪く、どこの運動圏からも完全に孤立している。
だから正太郎や川崎みたいに個人として各地域の住民運動ぐらいにしか、
せいぜい取り組めないんだよ。
実に惨めな姿だ。
>>332 >アクティオブントが一番タチが悪く、どこの運動圏からも完全に孤立している。
だから正太郎や川崎みたいに個人として各地域の住民運動ぐらいにしか、
せいぜい取り組めないんだよ。
実に惨めな姿だ。
よく理解できない意見だな。
個人としてメンバーが地域の住民運動にかかわっているなら、それは孤立化しているとはいえないんじゃないの?
タチが悪いって、いま、誰かが何かアクティオに迷惑しているのか?
権力とたたかうきみがヤツらに背後襲撃でもされたか?(笑)
荒ブントが嫌いだからってくそもみそか
>>332のほうが組織依存性が強い党派らしい党派っぽいよね。
思考が完全に党派。
ざんねんー。
>>333 いや・・・
>>332が言いたいのは、ブントがどこの戦線にも相手にされないから
メンバーは結局「個人としてしか」運動に関われない・・・ってことで言っていると思われ。
要するに「孤立化の結果として」ってこと。
今のブント(アクティオ)がどういう組織形態なのか分からないけど、そんな中にあって
尚正太郎氏やニャンケがアクティオという組織に残っているのか理解できないのはオレも同じ。
>>335 >>333だが、
>>332はこうも言っている。
>黒ヘルNRを源流とした今に連なるアウトノミア運動や、
寄せ場労働運動を源流とした野宿者運動や路上解放運動、
そして旧首都圏学生実OBが主体となって活性化させている
F労などに代表される若者非正規労働運動があり、
それらが現在の主流であるから別に終焉したわけではない。
おれは現在どこが主流派なのかなんて、どうでもいい。関心もない。
おれたちが89年、熱田派・北原派、どちらの共闘枠にも入れなくなった時点で、すでに「孤立化」していただろう。
あの7・20と、その後の砦戦に至る経緯も無視して、反天連との対立をもって「終わっていた」なんていうのは、おかしい。
この人が僕らと同じ時代を共有しているなら、あまりにふざけた認識だと思うな。
それに(彼は若者じゃないだろうが)「今の若者は・・」とか論じるなら、
主流派かどうか、そこからハブにされているかどうか、
そんなオジサンたちの生臭い論争こそ、ウザいって。
まず、アクティオが現在の日本の反体制運動圏において、
誰も存在を知らない、相手にされてないということを確認すべきだな。
338 :
335:2010/11/01(月) 00:02:26
>>336 恐らく
>>332はまだ何らかの形で運動に関わってるんだよ。
最初に断っておくけど、別に「闘い続けてる人が偉い」なんて言ってるつもりはないよ。
オレもな〜んもやってないし、闘争を続けてる人だって本人が好きでやってんだから。
(つーか「運動をやめられない」のかもしれないし)
で、現在も何らかの運動に関わってみると、今の運動の潮流というものを牽引してる若者(や、元若者)は
もう清々しいくらい「党派」なんか乗り越えちゃってるのが見えるわけだ。
>>332の言うとおり、今ワープアや反貧困を闘ってる層の源流は「だめ連」辺りに求められたりもするんだからさ。
そういう現状からすると、戦旗の紆余曲折や自己都合的な党派史観なんて「どーでもいいこと」なんだろうね。多分。
もちろん
>>332だって、そう思いながらも「でも・・・オレ達よく頑張ったよな」と密かに思ってるに違いないんだよ。
>>333とその辺は大きく違わないはずだよ。
みんなよく頑張ったんだよ。
339 :
333:2010/11/01(月) 02:47:15
>>335 たしかに、俺たちだって、20代の頃、60〜70年代の党派系図の離合集散を見ても意味がわからなかったし、
もちろんリアリティーもなかった。
俺らがMLを知らないのと同じで、いまの現場の若者(or元若者)たちは戦旗なんて知らないんだろ。
まあ。おれはそれでいいと思うな。
みんながそれぞれに好きなことをやるべき時代になったんだよ。
だからアクティオにいるヤツやアクティオにぜひ入りたい(笑)というヤツを無用に敵視する必要もない。
>>332 そう思わないか?
>>339 まあ、自分たちに都合の良い解釈や自画自賛、
そして節操の無さは見事なまでに荒ゆずりで情けないけど、
どっちみち早々に解散して消えちまう運命なんだからな。
この目障りな連中は。
ゆっくりと、その無様な姿をウォッチさせてもらうとするかな♪ww
こいつら、絶対に蒼生館やエピステーメの処分をめぐって荒と揉めるぜえー!!wwwwwwwwww
>>339 横レスだが
>だからアクティオにいるヤツやアクティオにぜひ入りたい(笑)というヤツを
>無用に敵視する必要もない。
別に敵視はしないけど「人生の無駄遣いだよ」というアドバイスはしてあげたいな。
えー、盛り上がっている所を失礼します。
>>330 いやあ。たいして変わらないと思うよ、たぶん。自分が家庭を持ってる姿なんて想像も出来ないや。違和感ありまくり。
まあ少なくとも、大正大学文学部哲学科西洋哲学コースなんて経歴、高卒とさほど変わらないと思われ。
あ、それから、ニャンケが組織依存症、て話があったけど、半分当たってて半分間違ってます。
奴は、組織に「使われる」のは大嫌いだけど、組織を「使う」のは大好きなんです。お山の大将でいなけりゃイヤ、てのは荒と同じかも。
で、聞いた話では、末期のブントではもはや誰ひとり荒に話し掛けたり近寄ったりする者はおらず逆に避ける様になっていて、荒自身が「俺は不安で不安でしょうがないんだ」なんて弱音を吐いていたとか。
サミシイ御老体になっちゃったんだね、自業自得だから全然同情しないけど。
ちなみに『人生の無駄遣い』かどうかは、あくまでも主観なので。
個人的には戦旗にいた事も、今アクティオにいる事も別に後悔してないし。
>>342 っていうか、アクティオなんて今は単なる連絡体なんだから、
今の正太郎やハチドリの会にとっては無意味なもんでしょ?
むしろアクティオに在籍していたほうが正太郎やハチドリの会にとって
マイナス面が大きくなることのほうが多いし、リスクも多々ある。
正太郎やハチドリの会に限らず、各セクションは早いとこ脱退したほうが良いね。
それこそ本当の独立独歩だよ。
ニャンケは組織を利用するほどの力量もないし、
そもそもニャンケは組織と信頼関係を築けていない。
故に結果、くっつかず離れずの中途半端な存在として最後まで貫徹した。
実は900地区もニャンケによって、それほど揺るがされてはいなかったと思われ。
ただニャンケは全党的に悪い意味での「有名人」であったことは確かだ。
>>343および正太郎
お・お・き・な・お・せ・わあwwww
出腹濃髭のニャンケが挑発に乗って出てきやがったゾォ〜!
ニャンケの笑いかた。
「ぶひゃぶひゃぶひゃ、むひょひょひょひょひょぉぉぉ〜ん!!!!!」
そんで荒って今何してんの?
↑こいつにも!
お・お・き・な・お・せ・わあ〜
ぶひゃぶひゃぶひゃ、むひょひょひょひょひょぉぉぉ〜ん!
草原ニャンケは出腹濃髭だけではなく、高血糖値にハゲで老眼。
【草原ニャンケ(45歳)の外見的特徴】
1.メタボリックを越えた糖尿出っ腹
2.遠近両用メガネをかけている
3.頭髪が薄くなってきたので坊主刈りにしたタコみたいな頭
4.髭が濃くて品のないニヤけた顔
5.キツい茨城弁訛りを喋る
6.たまに親子ほど歳の離れた同伴出勤途中のキャバ嬢と、水戸市内などの繁華街を歩いている
7.たまに土浦市内や東京は新宿歌舞伎町の風俗街に出没する
8.本人はイケていると勘違いしているが、全体的にファッションセンスはダサい服装
9.たまにサングラスをかける時もあるが坊主刈りなので、その筋の業界人と間違われて人が近寄らない
10.場所に関係なく喫煙をするが、最近は携帯灰皿を所有している
11.酒に酔うと傍若無人となって暴言が酷くなり、暴力沙汰を起こして器物破損に人身傷害もしばしば
12.性欲が強くて街行く女性を獲物を狙うような獣の目で視姦し、女性の年齢に見境なく声をかけてナンパする
13.性欲が強くて車の運転席から街行く女性を視姦しながら自慰行為に耽る時がある
14.今でも10代の頃の小泉今日子がマイアイドルで、水着グラビアを自室の壁に貼り付け眺め愛でている
15.AKB48をデジカメの製品番号のことだと長らく思っていた
こんなヤツを茨城県内で発見したら、ソイツが草原ニャンケだ!!!!!
>>342 荒は後期アラブントから、どうやら精神疾患を患っていたんじゃないかな?
或いはパーソナリティ障害とか?
荒は対人関係を上下関係でしか築けない典型的な体育会系人間だからね。
社会に出て他人から使役されたことがない分、その傾向が一般人よりも強い。
古いタイプの中小企業のオヤジみたいに、若い頃に営業まわりで苦労したりなどの経験がないだけに、
そうした傾向は中小企業のオヤジよりも悪質に強く表象されていると思われる。
>>342 そうだねえ!イヤミじゃなくて、正ちゃんは「生きてるだけで幸運」な人だと思うよ。
また正ちゃんのビンボー話聞きたいなあ(笑)。
それより俺が驚くのは、正ちゃんも荒さんを呼び捨てで批判することだよ。パラチェン以降は、本当にひどかったんだね。
>>349さんの意見は、一考に値すると思う。荒さんは精神的に病んでたのかな?
しかし荒さんも、80年代にゲバで殉革してれば、「偉大な日向同志」として死んで生きれたかも知れないねwww
>>350 荒は最初から「狂気」を持っていた人物だけど、まぁ、取り分け「狂気」に関しては
戦旗派のキム、ブントメンバー全員に言えたが、荒は皆よりも一層「狂気」が強かった。
その「狂気」とは別の脈絡で、後年の荒の場合は完全に精神疾患および人格障害。
その病のせいで他人には冷酷に接し、他人からは疎まれ避けられ孤立化を深め、
孤独感に苛まれて不安になり、ますます被害妄想に陥って他人に攻撃的になる。
よくある例だ。
荒に対して、そうした精神病理からのアプローチを今まで誰もしないのが不思議だった。
少なくともこれだけは素人目で見ても分かるし言える。
荒は精神を患っている、若しくはパーソナリティ障害の疑いがある。
だから入院などの治療が必要だ。
>>351 へぇ〜、そうなんだ。
塩見さんもかなりオカシイ人らしいけど、シミタケさんとかクロカンさんとか、やはりオカシな世界ではオカシイ人ほど、リーダーシップを取れるのかも知れないね。
>>352 なんてたって荒氏をブントにオルグしたのは塩見氏だそうだからなぁ。
「こいつは大物だ」と見込んだらしいが。
確かにニャンケって、タコみたいな頭にしてから
卑猥な絶倫オヤジのイメージがアップしたよね。wwww
それはいいとして、是非とも雨宮処凛と正太郎のトークセッションを観てみたい。
生きにくい今の社会で、40代のプレカリアート、ワープア代表みたいな正太郎が、
原発反対運動以外に今は何に人生を見いだし、これからの社会をどうしたいのか?
プレカリアート運動の雨宮処凛からインタビューを受けながらのトークセッション。
正太郎の根本的な課題は、原発が世界中から無くなれば万事オッケーというわけではあるまい。
世界同時不況下にあり、その下で喘ぐ自分自身の生き方について、
それなりの回答を求めなければならないだろう。
そこから目を逸らさずに、どのようなスタンスに位置しながら、
また世の中に対して、どのような発信をおこなっていくのか?
産まれた時点から疫病神に取り憑かれて生きてきた正太郎の本音を引き出し、自ら語らせる企画だ。
一人で出演するのがイヤなら、随伴者として情念過多なニャンケを同行して、
雨宮処凛、正太郎、ニャンケの三名で熱いトークバトルを繰り広げてもいいぞ!
>>352-353 お前らも俺も、1970年以降の“冬の時代”に過激派へ結集した時点で、
決して他人のことだけを取り沙汰して言えない。
少なくとも「狂人」「異常者」の部類には間違いなく入る。
要は、その度合いの問題だけ。
塩見やクロカンやシミタケや狭間や木元や両川は、単なる「狂人」。
荒は一回りして本当の病人になってしまっただけ。
ニャンケブログの『不況は人災です!』の読書感想文を読む限り、
アクティオ批判をしているし、ゲンジや長田なんかよりは
比較にならないほど遥かにマトモな意見を述べているけどなぁ・・・
北欧福祉型国家による社民政策に限界があるのは当然だけど、
それさえもアクティオの中では議論されていない。
例えばBI(ベーシック インカム)論などにも非常に疎い。
アクティオの人たちは自己の観念と共同体にしか関心がなく、
現実の社会や世界を知らない、生きていない証拠だ。
ニャンケの提起している「思考停止」とは、まさにその状態をいう。
ハチドリの会がアクティオに参加しているから、
必然的に正太郎もアクティオ会員なのは解るが、
正太郎ほど反原発運動を熱心に取り組んでいるわけではない
ニャンケが、アクティオ会員であることの意味が解せない。
>>350 岩崎巌君はじめ、多くの「病んだ人」を作りだしたんだから、それこそ自業自得、因果応報、身から出たサビ。
憶測に過ぎないけど、荒にとっての「革命運動」は「ブント内党内闘争に勝つ事」だったんじゃないかと思う。
だから、『ブント』を宣言した時点で彼にとっての「革命」は終わった。
そうして――
フト見渡せばあの頃の、
朋輩達は今は皆、重役・教授に文化人、皆それなりの地位に付き、それなりの年収稼いでる、それに引き換えこの俺は、組織以外に何も無い、「勝った」というのに何も無い、
嗚呼「勝った」というのにナニモナイ、
「勝った」からには「戦利品」、闘い抜いて勝ち抜いて、人生半分賭けて来た
、証が無ければ理不尽だ、周りと比べて遜色ない、何かの証が必要だ、残されたこの組織、皆から尊敬一手に集め、敬愛される存在に、ヒトカドの人物と、認められたい言われたい、
嗚呼何故かそれなのに、
目を掛けた者が皆、俺の下から去って行く、叶わぬならば現物で、対価を寄越せ人生の、呉れくれ寄越せ「戦利品」、まだまだ足りぬまだ足りぬ、別荘ポルシェに退職金、積み上げてはみたものの、
心の餓えは納まらぬ、組織に残っている者は、俺を避けているようだ、去った者は2ちゃんねる、
俺の悪口言っている、不安で不安で仕方がない、俺の話を聞いてくれ!
てなカンジではなかろうか。
359 :
革命的名無しさん:2010/11/03(水) 03:40:08
>>308 なんだその公調のスパイ宮崎は?
>>318 > あの愚行によって、F労元執行委員の米澤泉美氏の元カレは、
元カレではないw!
360 :
革命的名無しさん:2010/11/03(水) 03:42:48
>>322 事件当時に対さとさと戦志向が強かったマキハラがまだ残っているというレスを見てショックを受けた。
361 :
革命的名無しさん:2010/11/03(水) 03:43:52
草原さんは今から20年くらい前に、すでにメタボだったからねぇ
合宿で生島氏と、登山に参加するしないで大揉めしてた
あとからきいたら、その時は一回コケて半分シンパ半分メンバーみたいな
中途半端状態だったとか
>>362 な、なつかしー(笑)
つーか、そのあたりから以降はずっと中途半端状態でしたよ。
さすがにちゃんとシンパにならないと自分にもまわりにもよくないなあ・・と。
そう思って、10年前あたりかな、はっきり辞めました。
シンパと位置づけたらスッキリ、無理はよくなかったんだよね。
集会参加もワークショップもカンパも楽しく感じられるようになった。
たださすがに荒さんの講演の内容が年々ひどくなっていくのは我慢ならず、
たびたび会場から途中で出て行って帰る時間まで外をひとりでブラブラしてたこともある。
俺の性格は、組織の内側に入ったことじたい間違いだったんだろうなあ。
同調圧力が大嫌い。
>>358正太郎
鋭い!!
その通りと思う!!!!
決して憶測ではなく、まったくその通りと思う!!!!
荒にとっての「革命」は、第二次ブント内党派間闘争に勝利して、
第三次ブントを名乗り上げることが原点でもあり結論。
だから、ふと周囲を見渡せば・・・
あとは正太郎の分析どおりだろう。
ただし、社学同全国委から中央青学組織委、
その後の戦旗派に結集した人々は違った。
第二次ブント内党派間闘争に勝利することなんかは
二の次であり、本当に自分の人生を革命的に生きることを望んだ。
>>359-361いずみちゃん
宮崎学のことなんか関心ない。
牧原は小官僚タイプのセコい人間だから残る。
荒が死ぬまで、恐らく荒の腰巾着を貫き通す人生を送るつもりだろう。
ある意味、牧原が本当の意味での側近。
MPDと共闘して意味があったわけないだろ!wwww
>草原
中途半端なままでブラ下がるより、はっきり辞めたのは良いが、
何でいつまでも地区メンバーと付き合うのか解せない。
路線が違うと明確に感ずいていたのなら、さっさと手を切り違う方向を見出だすべし。
その時点で草原は本当は何を求めて運動と組織に結集したのか
自分でも全くわからなくなっており、単に地区の人間関係だけで引きずられていただけ。
その様にヅルヅルと付き合ってきたからアクティオ会員になるといった愚行を犯し、
無様な姿を晒して皆からバカにされ軽蔑され嘲笑を浴びる。
現在のアクティオ水沢や長田も、既に草原にとっては路線や志向が異なる存在だ。
さっさと手を切り、違う方向性を見出だすべし。
そもそも草原は、何を求めて運動に飛び込んだ?
その自分の原点に立ち返り、本当に自分が志向したことを思い出すべし。
「次世代に持続可能な社会を目指すエコな」運動ではないことは明確なはずだ。
もっとラジカルなものだったはずでは?
Jさんのブログでアクティオ水沢による湯浅誠の“溜め”論や
映画『三丁目の夕日』を演繹して展開した基調に対する批判がエントリーされてるが、
Jさんの鋭利な批判に水沢は何一つ回答できないのだろう。
何故なら水沢は、マルクスなんか何一つ理解しちゃいなかったからだ。
理解しちゃいなかった癖に「マルクスは駄目だと思っていた」とか、
よくもヌケヌケとほざけると思うよ。
マルクスも理解しておらず、リアルな社会を知らない万年学生体質の観念坊主。
それが水沢努の正体なのだよ、草原輝よ!
こんなバカといつまでも付き合うつもりなのかね?
367 :
革命的名無しさん:2010/11/03(水) 12:06:57
368 :
革命的名無しさん:2010/11/03(水) 12:45:19
原点回帰?
男根主義・家父長制の作風に帰るってこと?
>>368 >>367さんと同じ人だよね?
いずみちゃんは嫌いじゃないんだけど、いずみちゃん人脈の人は戦旗派に対して
こういう一元的な解釈しかしないから嫌なんだよなぁ。
【原点回帰】ってのは、このスレが非常に良スレだった初期の頃の雰囲気を取り戻したくて付けたサブタイです。
370 :
革命的名無しさん:2010/11/03(水) 14:04:07
>>369 367ですが、
>>368さんとは別人です! 人脈って話したこともないしそっちこそ決めつけないで(> <)
でも、戦旗が他の潮流にはそういう風に見られていたのは事実。周囲の反応見てもそうだった。
ただし今はイメージ変わりましたよ。荒さんや、荒チルドレンの幹部連中が去ったということも大きいのでは?
もっとも荒さん個人と違って、離脱した幹部の多くに今も悪いイメージがあるとは思いませんし、現存メンバーにしても以前と違うのでは?
かなりよくなった。このスレでもそう。
昔にくらべて他の党派・無党派とのつき合いがなくなったことはあまり関係ないと思う。
371 :
革命的名無しさん:2010/11/03(水) 14:29:07
60代の人って誰か残っているの?
>>370 >367ですが、
>>368さんとは別人です! 人脈って話したこともないしそっちこそ決めつけないで(> <)
それは失礼しました。
でも「男根主義・家父長制の作風」という「戦旗派規定」はいずみちゃんの影響に拠るところ大なんじゃないのかな?
僕(達)は、今のアクティオはとても遠い存在なので、荒氏や側近がいなくなったことによりどう変わったか?
ってことはよく知らないし、もっと言えば全く関心外のことなんですわ。
それよりもロフト事件の頃、趣味者周辺の人が、当時のブントと80年代の戦旗派を結び付けて語ることに
激しく違和感を覚えたのは間違いなく、そのことは理解してもらいたい。
ロフト事件は、80年代戦旗的作風では起こり得ないような出来事。
それをどういうわけかGIYA氏などが、「元々戦旗派はそういう作風があって、その延長線上にロフト事件があった」
かのような物語に書き換えてしまった。
GIYA氏の意図は分からないよ。
金に目が眩んだのかもしれないし、趣味者に持ち上げられていい気になっているうちに自分の中でその物語が
「真実」へと書き換えられたのかもしれない。
でもハナシとしてはそっちの方が面白いから趣味者もその史観に飛びついちゃった感があるな。
少なくとも80年代の戦旗はあなたたちが想像するような「荒カルト」の組織ではなかった。
大体荒さんのことなんて見ることほとんど無かったし、日常的に意識することもなかったよ。
>>372 久しぶり!
でもそうかなあ、俺はギヤさんが言うように、80年代から内ゲバ的体質は、あったと思うよ。それも自分たちより弱い者に対してだけね!
失礼かも知れないけど、やはり
>>1さんが下っ葉で(ごめんね)400という、離れた地区だったこともあるかも知れない。
最も俺も88年にコケたので50歩100歩だけど、ワラビでの会議でも、みんなただ荒さんに同調するだけだった、と聞いてます(又聞きだけどね)。
ギヤさんが書いたような、自分たちより弱い西田派などへのゲバは、確かにあった!
いずれにしても、
>>1さんにとって、当時の活動がいい思い出になってることだけは、よく分かったよ。
>>373 う〜ん・・・
西田派に対してのゲバは確かに「容認」されてたような空気はあったけど
それは党派間の歴史的な関係性に規定されていて、「弱い物イジメ」という作風からではないと思うんだけど。
そもそも西田派を「弱い物」だなんて思ったことはないよ。
中核には自己批判して、西田派にはゲバを仕掛けることが「強い物には土下座して弱いものには暴力も使う」っていう
解釈には全くならないとオレは思ってます。
党派間闘争ってそんなものじゃないでしょ?
中核派とコトを構えることのデメリットを考えた上であの「自己批判」があったわけで、
それは戦争の一つの戦略でしょ?
実際あれで中核はウチに手を出せてないし、戦旗はGPも実力闘争も同時に行うことで
益々中核にテロの口実を失わせていった。誰が何と言うと戦略としては成功したと思うよ。
誰だって中核とのテロ合戦で消耗していくことなんか望んでないし、そんなことしてる間に
もっと有効な活動に時間を割く方が革命党としては前進出来るわけだし・・・
西田派との街頭やキャンパスでの小競り合いとは「党派闘争」と言っても根本的に位相が異なると思うんだけど??
実際、当時戦旗と西田派との小競り合いが運動圏で問題になったことなんかあった??
どーもGIYAさんの後付け的な解釈に思えてならないのはオレだけかなぁ?
それに党首の言うことに同調するだけの会議なんて、どこの党派だって似たようなもんでしょ??
(他の党派も、戦旗のワラビの会議のことも知らないけどww)
そんな程度で「家父長的」とか言われるに当たらないと思うけど・・・
ま〜オレが下っ端(も下っ端)で、地方の地区だったことは間違いないんだけどねww
>>374 なるほどね、ちょっと考えてみる。
そう言われると確かに、西田派とは党派歴史的な問題があったね。俺の意見の方が、短絡的だったかも…。
ただ俺が辞めて以降だけど、「プロ青を見たら殴れ」との指示はあったらしい。
試練派じゃないけど、「論争は成果生む」な。
>>374 もし戦旗が政権与党みたいにマスコミにいろいろ言われてたとしたら
今の中国に対する弱腰外交批判みたいにいわれたところなんだろうなぁ
中核への対応とか
>>375 >「プロ青を見たら殴れ」
これも趣味者の間では定説になってるけど、いつ頃どういう過程でそんな意思統一がされたのか誰か知ってる?
>「プロ青を見たら殴れ」
90年代末まではメンバーだったけど、そんな意志統一はなかったはず。
いくら朝令暮改でわけわからんカルトだったとしても、どんな文脈からプロ青???
>>365-
>>366 おれはニャンケだよ?
路線なんつー高尚なモンでやめたわけじゃないっす。頭わりーっすから。
まあ、やる気がどうしてもおこらなくなったとか、やっても成果をだせなかったとか、
あるいは、主体変革なんて無理じゃないかとか、革命なんてできるのか、革命やって誰か幸せになるのか、とかエトセトラ。
そんなこと考えながら、仲間を裏切りたくない、の間でフヨフヨウヨウヨヒヨヒヨ・・バーン!って感じ。
だからアクティオなんて同調圧力ゼロな団体は助かるよ。
誤解している人もいるけど、アクティオがアクティオ旗をかかげてアクティオ部隊としてどっかに登場するなんて、未来永劫、ありえない。
個人加盟だから、ハチドリの会にいても、アクティオに入りたくない人は入らなくていいの。
オルグもしていないから、運動に人は誘ってもね。
考えや路線なんてみんな違っていて当たり前だし、誰もがやりたいことをやればいいの。
共感する人がいれば応援する、それだけ。
>現在のアクティオ水沢や長田も、既に草原にとっては路線や志向が異なる存在だ。
さっさと手を切り、違う方向性を見出だすべし。
考えや路線が違うくらいで手を切ったりしませんよ。そしたら最後にはロビンソークルーソーみたいに絶海の孤島で一人で生きていくしかない。
そんなのさびしくて、ムリ!
いいやつらとは普通にいいつきあいをしたいだけだよ。
現闘や現行隊のレベルだったんじゃない?
しかも「ぶん殴れ」は、後からついてきたかとw
本当に殴っていたら、もっと早くに反対同盟から絶縁されてたでしょう。
西田については小競り合いはあったけど、むしろ割って入ったプロ青や解放派の方が手も足も出ていたw
>プロ青見たら殴れ
早見慶子さんが書いた、旭凡太郎さんらの『研究会報』(だっけ?)にあった、黄色い表紙の。
真実かどうか判らんけど、あの文章では西城さんが意思統一し、早見さんが疑問を投げたら、
「君たちは政治を知らない。それに、ただ殴るんじゃなくて、論争してから殴るんだし」と反論された旨書いてあったよ。
キム以上の意思統一か?
87年くらいから、末端まで下ろさない意思統一が始まったみたいだし。
>>378草原
「プロ青みたら論争を吹っ掛けてブン殴れ」
各地区の指導部レベルまでは「プロ青を積極的に批判しろ」はあった。
その際に万が一、互いに小競り合いになる事態にまで発展したらどうするのか?
といった疑問に対し「ブン殴り合いになっても構わない」といった回答。
早見慶子はアホだから、ニュアンスを誤解して受けとめている。
ゲンジや長田が「いい奴ら」と思っているなら勘違いも甚だしい。
荒と同様に少なくとも生活者として、とてもマトモな実存とはいえない。
草原がいい加減に目覚めることを願う。
>>380 「末端まで下ろさない意思統一」
戦旗派はレーニン主義党組織だから昔から。
1987年頃に始まったわけではない。
ただし、あまり機能主義的に上意下達しても無意味。
古参メンバーなどには、やはり人を見て報告すべきことは報告すべき。
それでも戦旗派は僅かな時間差はあったけど、
比較的末端まで下ろしていたはずだと思う。
無論、フォースアップなどのイリーガルな内容については隠していたけど、
それは悪いことではなかっただろう。
それでも、その時に偶然「下部」になっていた
古参メンバーなどには詳しく報告していたはずだ。
とにかく大きな地区では支部キャップレベルはコロコロと交代するから、
指導部も下部も固定化されず暫定的な関係だった。
小さな地区や現闘や軍などは、逆に固定化されてしんどかったろうけど。
383 :
革命的名無しさん:2010/11/04(木) 16:44:09
83年頃に1000→400にいった「もりさん」の消息を知ってる人います?N大のジャズの好きな人だったな。
88年まではおれ、現地にいたよ。
キムじゃなかったけど、一応、現地の指導部会議も出たりしていた。
いちばんプロ青と接点の多かった部署だと思うんだが、やはり、論争してぶん殴れはありえないよ。
批判すべきだ、はずっと前からそうだったし、同盟・支援の集まりでは熱い論争にもしばしばなった。
でも、ぶん殴れ、は絶対にありえない。
そんなことをしたら、ますますこっちの主張がとおらなくなるじゃん?
俺も「プロ青ブン殴れ」は聞いた事が無いなあ。
最後の現行隊(25次だったかな?)に居たけど、そんな話は無かった。
西田見掛けたらブン殴ってたのは、1000のナイルくらいじゃない?
俺は、街頭や学内で遭遇した事がないから記憶に無い。
>>384 辞めた後なので分かりませんが、「プロ青見たら殴れ」は89年7.20以降のことじゃないですか?
熱田派からの絶縁の責任を、プロ青に押し付けたのでは?
>>385 83年秋の日大ハンスト戦の最中に、偶然水道橋駅に情宣しに来た西田派労共闘を、ボコボコにしたことはありましたね。
しかし84年春に、「社学同再建」とか言い出した西田派を懲らしめるため、東学大の西田派を殴りに行ったのは、エルベが主力じゃ無かったでしたっけ?
でも、正太郎さんはいなかったかな?
インターから社学同に来て幹部になったTさんは、その時はもう辞めてたと思ったけど、
その後西田派に「報復」されなかったのか、少し心配です。
>>383 確か北海道出身の人です。後は知りません。
>>386 その、7・20以後に結成されたのが第25次現行隊ですわ。
84年東学大・・ごめん、記憶に無い・・。
ところで、俺がアクティオに居るのは、ゲンジさんとかオサダ君とかよりももっと身近な人達の為ですわ。荒がしっちゃかめっちゃかにしちまってほぼ壊滅状態の900で、まだ残って頑張っている人達を見捨てる訳にはいかなかった。きっかけはそれだけです。
まあ、今は、それもどーでも良くなってただ自分がやりたい事をやってるだけだけど。
>正太郎
そおだね。
ところで、今号のアクティオ、おいらの文章が載ったから、みんな、買ってね〜!!
ついでに、「不況は人災です・・」も、買ってね〜!
このデフレ不況をどうしたらいいものか、建設的な論議、希望。
>>388 そんなもん、誰が買うか!
甘ったれんな!
アクティオなんかどうでもいいなら、編集部から投稿依頼をされて
ホイホイと喜び勇んで書いて載せてもらうなよ。
それから、このデフレ不況をどうしたものか?ではなく、
どのような生き方を不況下でするのか?だろ。
相変わらず主体性の欠落した野郎だな。
お前の言う通り、アラやゲンジたちの「持続可能なゼロ成長を目指す社会」じゃ駄目だ。
>>384 現地の指導部会議ではなく、現闘団の会議。
一応現行隊の隊長だったから。
隊長に就任できたのも、現地で過ごした時間が
他の人よりも単純に長く、それなりに現地情勢に詳しかったから。
勿論、佐脇さんらUBは、当然ながら草原では不充分であり荷が重すぎると考えていた。
何しろ無内容なアジテーションとか形態的でガキっぽい「指導」しかできず、
組織者としては無能で現行隊を組織できなかったから。
当時の現闘団キャップは指揮官としてはズバ抜けて優秀で有能だったが、
組織成員を見る目がなく、組織成員の育成を見守り指導するのが苦手中の苦手だった。
それは自分があまりにも有能すぎたから。
要するに現場判断的能力主義であり機能主義。
それ故に現闘団という小宇宙の内部で、極めてマッチョ主義的に
役割と関係性が絶対的に固定化されてしまっていた。
だから、あろうことか草原なんぞを隊長に任命した。
故に草原は暫定的な隊長で、早急に降格させられた。
>>389 えー、本人に代わってご説明申し上げます。
宮猫之助名で書かれたニャンケの書評は、アクティオ編集部から依頼されたのではなく、ニャンケの方から勝手に送り付けた文章です。
チョイと挑発的な問言もあったりして、はたして載るのかな?と思ってたのですが、無事掲載されて悦ばしい限り。
俺も別のテーマで書評を書いて送るつもりでいたけど、デレ込んでいたのでまだ何もやってません。ちなみにテーマは消費税です。乞うご期待!
今の書き込みで誤変換があったので訂正します。
問言→×
文言→〇
失礼しました。
>>391 ほお〜ぅ!
あの組織ベッタリ男の草原輝が、旧エコアラブントの路線を継承した
「生産力第一主義を克服する」とか
「J.S.ミルの提起したゼロ成長を是とした次世代に持続可能な社会」
のアクティオゲンジ−オサダ路線を挑発し批判するわけだな?
だけど一読の価値は全然ないな。
なぜなら、今さら現アクティオの路線がダメダメなのは、
とっくにわかりきったことだから。
だからネットワーク連絡体として、ましてや社団法人として
維持する必要もなく、もはや社会運動における阻害物でしかないのだから、
さっさと世の中から消えちまったほうが良いのだ。
そのほうがハチドリにしろ虔十の会にしろ、各地域の運動体が健全化できる。
正太郎はゲンジの年頭戯言でもコキ下ろしてやったら?
あの『三丁目の夕日』がどうとか、湯浅誠氏の“溜め”提起の半知半解で
(そもそも渋谷のじれん出身である湯浅誠氏の論理は、
貧困の克服と貧困下の生き方がテーゼである)
グダグダと能書きをたれているやつだよ。
あっ!!!!
アレの批判はJさんが自分のブログで既に展開してるよな。
まったく正しいと思った。
あと他には、福田政権の「もったいない」精神の宣伝とかぬかしていた
渡瀬義孝によるエコチャリツアーの欺瞞性を暴露し批判するとかは?
でも正太郎もバカだから、渡瀬と一緒に「もったいない、もったいない!」とか
ほざいていたよな?
他にはCIとかの批判はどうだ?
>>394 自分でやれば如何か。
何でそうやって他人をたきつけようとするのか、全くわからん。
先ず隗より始めよ。
それにしても、良く読んでるね。もしかしたら俺よりもちゃんと読んでるかも知れない。
リッパに『一読者』なんだから、「読者からのご意見」としてアクティオ誌に送ってみれば?
個人への誹謗中傷ではなくキチンと論旨が通っているなら、載るかもしれないよ!
旧東海地方委員会は、とっくの昔に解体してメンバーはバラバラ。
おおさかエコムーブへと変身を遂げた旧関西地方委員会は、
今では代表である松葉井信一の個人団体となり、大阪能勢町の
「あいがも農法」しか取り組んでおらず、反戦市民運動団体や労組とは完全に疎遠化。
200にしろ、400にしろ、自分たちの原点が金大中拉致や光州蜂起を通じた日韓連帯とか
三里塚闘争とか狭山差別裁判とか沖縄とか、或いは最近ではイラク反戦とか
であったことを完全に忘れているような気がする。
決して最初からエコなんかではなかったはずだ。
結局、アクティオ・ネットワークが総体的に同様な現象を起こしているんだな。
なぁ?
正太郎にニャンケよ。
>>395 愚かな正太郎や情念過多でキモい草原を焚き付けたほうが、
内部から動揺させてバラバラに解体できるかと思って
おもしろそうだからな。wwww
わざわざ自分からクソを踏みに行くバカはいないだろうがよ?
ゲンジをみていて爆笑するのは、コイツは根本的にバカであるにもかかわらず、
妙にカッコをつけてインテリぶって大失態をやらかして恥をかくとこなんだよね。
アクティオもゲンジにあんまり発言させねぇほうがいいんじゃね?wwwwwwwwww
ゲンジ狩りよりも、ニャンケ狩りをしようぜ!!
そのほうが、おもしれぇーじゃん!?
おやまァ、ツッコミ所満載なんだけど、なんかもうどーでもイイや。
どーせまた、自分の言いたい事に合わせて話を変えるんだろうし。
後はどーぞご自由に。
楽しく悪口談議に花でも咲かせてくださいな。
そんなことよりも、正太郎は『正太郎の全裸ビンボー生活マニュアル』を
アクティオ機関紙に投稿しろよ!!!
↑(389以降)・・・なんだかうれしい反応。
みんな、ありがとうね。
次は、マイケル・サンデルの「これから正義の話をしよう・・いまを生き延びるための哲学」か仲正先生の新刊とか、構想中です。
おれもデレスケで、しかも頭わりーので、なかなか書けなくてねえ・・。
まあ、アクティオなんかは無理に買わなくてもいいけど、これらの本はいろいろな意味でおすすめですよ。
左翼体験のある人なら考えさせられることがきっといろいろあると思います。
ぜひぜひ。
みんな、それぞれ、がんばってください。
嫌われ者なりに連帯のあいさつを。
>>382 74ゲリラが戦旗実行というのは、労共闘にはずっと黙ってましたけどね
>>403 ずっとは黙ってないよ。
時間差で公表したよ。
本当は色々と言えない秘密なんて、どこにでも誰にでもあるだろ。
例えば73年戦旗派分裂の真相とか。
全てを公にする必要もあるまい。
>>402 ニャンケいじめの真髄は、ニャンケの神経を徹底的に逆撫でして挑発すること。
そのためには嘘を吐く、でっち上げるなどのあらゆる手を尽くす。
そうすれば嫌われ者である情念過多なニャンケは、
思わずカーッとなって必ず登場する。
腹の出た髭の濃い汚顔で底の知れた田舎者の甘ったれクソニャンケよ。
戦旗には上納しなかったけど、キャバ嬢には上納すんのかい?
ニャンケの笑いかた
ぶひゃぶひゃぶひゃ!! むひょひょひょひょひょおおお〜〜〜ん!!
「プロ青を見たら、論争してぶん殴れ」じゃなくて、
「ニャンケを見たら、論争してぶん殴れ」を意志統一する。
>>406 上も下も、84年でしょう。
下は間違いなく、84年の9.29!当時の『戦旗』に載ってたもん。
上も84年で、9.29か、その直前だね。
二枚とも『戦旗』に載った写真だよ。
408 :
革命的名無しさん:2010/11/06(土) 21:09:35
見慶子のブログを覗いたら、尖閣列島へのご高説が。
↓
尖閣諸島は島に住んでいる人たちが優先されるべきで、日本だとか中国だとかの権力が介入して支配権を主張する次元の低い論争である。
だと。
尖閣列島が無人島であることも知らないで、言論人気取りはいただけないですね(笑)。
409 :
革命的名無しさん:2010/11/06(土) 21:25:33
>>408 早見慶子だろ?
それにしても・・・・。
>>408 ワハハハハハハハハ!!
だ・・・誰か教えてやれ・・ワハハハハハハ
こういう主観の塊のような人が指導部だったと思うと…
I Love 過激派も懐かしい名前が出てくるので買ってしまったけど、痛すぎて一回読んで古本屋に売ってしまった。
412 :
革命的名無しさん:2010/11/07(日) 08:24:52
>>411 ブログにはこんな記述も
↓
テレパシーで白い絆創膏でなく、肌色のものがほしかったのがわかったので、普通の一般薬局で買うようすすめたけれど、聞き入れてもらえなかった。
テレバシーで患者とやりとりするんだそうだw
(ToT)うぅっ…
主観の塊といったところでは、早見慶子もニャンケも同じ。
だけど、ニャンケのほうが、スピリチュアル系に行かないぶんだけマシ。
>>414 え?おれはスピリチュアル系ですよ。
大根踊りをしながらエコエコアラアラ唱えて繁華街のいかがわしいテナントビルの屋上から元活に命令電波を発信中。
>>415 それはスピリチュアルとはいわない。
単なる公然猥褻。
いかがわしい店舗が入った土浦市内のテナントビル屋上から、
ビンボー正太郎が全裸踊りを徹底的に貫徹!!
宇宙の平和を祈り、地球人類の繁栄を願って、
さらなる地球温暖化を促進させるダンスを披露!!
♪暑くな〜れ!!
♪暑くな〜れ!!
♪大地よ干からびよ〜!!
ビンボー正太郎の新たな振り付けは、全裸四つん這いになり、
激しく悩ましく尻を振り回すセクシーなもの!!
YouTube等の動画サイトにも流出され、世界中で話題になった。
しっかし、エコエコアクティオのロハスにオーガニックな「もったいない」路線と、
草原デブによる情念過多三里塚現行隊イデオロギーじゃ、決して折り合わねぇと思わね?
山猿ゲンジと荒猿オサダの「我、世の動きには関せず」哲学と、
ブレはあるけど草原デブのブログとじゃ、かなり考え方に違いがあるけどねぇ〜。
草原デブは、いつまで旧アラブントのノーメン クラトゥーラどもの茶番と遊戯に付き合うつもりなの?
>>415 うむ、スピリチュアル系だ。
常に呑み屋のオネェちゃんに「ヤらせろー、ヤらせろー」と念を送っている。
が、相手に届いた試しが無い。
>>419 そう言う正太郎も、おっぱいの大きなよく吠えるスピッツを飼っていたスナックのネーチャンに、
「やらせろー! やらせろー!」とテレパシーを送っていたが、見事に玉砕したんだろ?
ホントに二人とも、世俗的で下卑なオッサンになったもんだぜ!
俺は正太郎とニャンケがモテるには、硬派な漢らしさをアピールするのが一番と思う。
捻り鉢巻きに白褌一丁の姿で北島三郎の演歌をバックに流しながら呑み屋に登場し、
見つけたネーチャンを片っ端から口説いてまわる。
これで落ちない女はいないだろうな。
完全ナンパマニュアルだ。
>>423 いや、草食系男子とかいわれて軟弱な男どもが蔓延る現代の世で、
敢えて二人が古風でマッチョな漢らしさをアピールすることが大切だ。
ニャンケと正太郎の褌姿を見たら、女たちも眠っていた牝としての本能に目覚め、
きっと二人に積極的に抱かれたいと思うはずである。
イケメン、草食系なんのその!!!
これからは、マッチョな捻り鉢巻きに白褌一丁姿がモテる男子の条件だ!!!
いいかニャンケよ!!
捻り鉢巻きに白褌姿だけじゃなく、バックに北島三郎のシブイ演歌を流すのがポイントだからな!
『3年B組金八先生』で卒業シーズンになると毎年B組の生徒たちが踊る、
『ソーラン節』を正太郎と一緒に踊るのも必ずヒットするから練習必須だぞ!
はあ〜 どっこいしょ、どっこいしょ!!
ソーラン、ソーラン!!
ハイハイ!!
ニャンケと正太郎の二人が威勢のいい掛け声を叫びながら踊れば、落ちない女はいないだろうな。
完全ナンパマニュアルだ!!!!!
426 :
革命的名無しさん:2010/11/08(月) 07:56:40
過疎スレ 無駄なスレ 生め 梅 うめ 埋め 宇目 ウメ 産め ume
丶丶丶丶丶丶温幽籬櫑櫑櫑櫑櫑幽厶雌櫑幽岱垉厶丶丶丶丶丶丶
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>>402ニャンケ
観念すんのもいいかも知れんが、雨宮処凜の『生きさせろ!』でも読んで、
もっと現実世界の現状を知ったほうがいいんじゃないの?
荒の影響で哲学すんのがいいと思ってる奴らが多いんだよね。
観念的なんだよなぁ・・・
最近、渡瀬義孝=長田武は合気道に凝って稽古に励んでいるようだな。
ニャンケと正太郎に関節技をかけて懲らしめて欲しい。
ニャンケも長田と一緒に合気道を習えばいいのに!
ニャンケの自堕落で怠惰で歪んだ享楽的な実存を叩き直す、
ニャンケにとって絶好の機会になるはず。
ニャンケは酒も煙草も女もやめて、長田と一緒にチャリ&合気道で、
スーパーヘルシートラディショナル路線を狙え!!!
ちょっとさぁ、ニャンケ氏と正太郎氏に意見を伺いたいんだけども、
去年と今年の二回に渡ってアクティオの地元である蕨市内で、
在特会をはじめとするレイシスト団体が、両親がフィリピン人である
中学生の通う学校や自宅周辺を練り歩いて「追い出しデモ」を行った。
その事は少しぐらい、二人とも耳にしたことはあるだろう?
地元であるアクティオは、レイシスト団体のデモに対して、
何か抗議の声をあげるとかの行動はしたの?
>>429 答え。
しないよ。
何度も言っていると思うけど、アクティオとして登場するとかって、ありえないの。
個人としては好きなことを誰もがやっていいし、誰も押し付けないし、禁止もしない。
だから、アクティオ会員のだれかが抗議していてもしていなくても、どちらもありうる。
俺は、知らない。
俺もあの団体に数十人のゲバ部隊で襲い掛かってホンモノの怖さを思い知らせてやりたいとフルフルしたよ。
でも、きみだったら、アクティオないし元活の有志の誰かから、そんなお呼びがかかったら全てを投げ打って決起できるか?
レイシストと埼玉県警をあいてに一戦交えるのでセンメツ戦に加勢せよ!とかさ。
どうよ?
俺はできなかった。
だから現場には行かなかったし、そんな呼びかけもしなかった。
なんと言われてもいいけど、俺もザイトク会は許せないと思ってるよ。
それだけ。
>>429 >>430 補足
人は自分の出来る範囲の事しか出来ない。
当たり前のことだよね。
あなたは、何が出来た?
報道は全くされないけど、10月半ば頃から祝島の上関原発建設予定地では中国電力による埋め立てが強行されようとしていて、祝島住民やカヤック隊による24時間体制の阻止行動が闘われていたけど、俺はせいぜいカンパするくらいしか出来なかった。
先週、埋め立て台船が引き上げてようやく一息ついたけど、その直接的な圧力になったのは名古屋で行われていた『生き物地球会議』に集まった「国際社会」だ。会議中の脱原発派による各国代表への働き掛けが身を結んだ。
もちろんそれが全てではないけど、やりようはいろいろ有ると思う。俺はカンパしか出来なかったけどね。
で、君は? 何が出来るの?
いや、ニャンケ氏。
別に埼玉県警機動隊を相手に一戦交えろなんて、
今さら誰も言わないよ。
ただ、少なくとも、在特会に抗議の声はあげても良かったんじゃないの?
正太郎氏。
俺は抗議の声をあげたね。
「日韓連帯」を言ってきた、自分に対するケジメでもあるからね。
それ故に、地元にエピなる「本部」を残しているアクティオが、
何もしないのを情けなく寂しく感じたさ。
>>429氏の行動と勇気に敬意を表します。
そりゃあ「寂しく情けなく」感じたあなたの思いはまっとうだと思う。
だが、あいつらが、非暴力で行われた市民の抗議さえ、「左翼の暴力」と喧伝していたあの動画を見るかぎり、俺はアクティオなんて看板を掲げて組織的に対峙したりしなかったのは間違いではなかったと確信します。
レイシストどもは、つねに、最も弱い者を攻撃の的にかける。
組織として彼らを威圧したり粉砕したりすれば、その反動はカルデロンさんに向かう。
カルデロンさんを守りきれないわれわれが、彼女をネタに大衆的に自分たちの組織のプロパガンダなんてするべきではなかっただろう。
ましてや一戦まじえるなんて論外だというご意見には同意。
だが、せめて抗議の声はあげてもよかっただろう、というのもそのとおりですね。
確かに、なにかできることはあったと思う。
結局、俺個人としても、公然と何も言わなかったし、そこは申し訳ないです。
あなたと同じようにザイトク会には激しい怒りを感じています。
その怒りを行動には移せませんでした。すみません。
あなたのように、本当の義憤に基づく市民ひとりひとりの行動こそが、おれは一番の力だと思う。
もしも俺が何かできたとしても、俺個人の責任の範囲内で、自発的に、個人としてやれることだけをやりたいと思います。
>>430 > 俺もあの団体に数十人のゲバ部隊で襲い掛かってホンモノの怖さを思い知らせてやりたいとフルフルしたよ。
> でも、きみだったら、アクティオないし元活の有志の誰かから、そんなお呼びがかかったら全てを投げ打って決起できるか?
> レイシストと埼玉県警をあいてに一戦交えるのでセンメツ戦に加勢せよ!とかさ。
私はインターの下っ端活動家だったけど、日向派でもプロ青でも、レイシスト殲滅戦をやるんなら、大事にとってある赤ヤッケ着て参加させてもらうよ。
おたがい残された寿命はそんなに長くないんだからさ、あまり怒りをためとくのはよくないだろ。
別に権力の目の前で大会戦をやる必要ない。あいつらは烏合の衆だから個別にテロればすぐおとなしくなるんじゃない?
個人テロ肯定、って本当に元インター関係者ならありえないでしょw
はいはい。
アジア連帯講座の隊列にいつでもどうぞw
>>434ニャンケ氏
まず、被害者の固有名詞を出すのは運動圏内では公にしないのが暗黙の了解となっている。
それから「勇気」など特に必要ない。
己の生き方の問題として当然のことをしたまでだ。
また、アクティオの看板なんぞ掲げる必要なんかないだろ?
何で、1か0でしか考えられないんだ?
他にいくらでもやりようがあったはずだ。
>>435元インター氏。
個別テロには賛成できない。
ああした奴らは、まさに大衆的包囲網で粉砕するしかない。
>>431正太郎は論旨がズレ過ぎて滅茶苦茶で言い訳がましい。
かつて「麻生邸リアリティツアー」被弾圧者を嘲笑した“腐った正太郎”と同じ。
確かに腐り切ったゲンジや正太郎と違い、まだ草原のほうが見処はあるな。
>>438 >被害者の固有名詞を出すのは運動圏内では公にしないのが暗黙の了解となっている
すまん。知らなかった。
ひとつ覚えたよ。
>それから「勇気」など特に必要ない。
>己の生き方の問題として当然のことをしたまでだ
おれは、あなたのそういう態度がすばらしいと思うぞ。
心底、いいと思う。
俺もそうありたいが、なかなかそうはできないんだよなあ・・。
正太郎は今回、確かに論点はずれていたが、ずれているだけで、レイシストへの抗議行動を嘲笑するようなことはしていないんじゃないかな。
俺の「補足」としては俺も?だったが、
>>429氏が運動の当事者だと知らなかったわけだし、アクティオの悪口を言いたい「ためにする」批判と勘違いして、反抗的になったんだろう。
正太郎への「逆補足」として言わせてもらうが、たんなる正太郎ですので、ポリポリクヨクヨしているはずですので、もうカンベンしてあげて。
あと、俺は腐っていますよ。正太郎には負けてないぜよ。けけけけ、むひょひょひょーん(w)
>>442 何もせずとも、とにかくこうした動きに対し、
沈黙を守ることはよくないよ。
少なくともアクティオ内の有志だけで、
何らかの声明なりを出すとかして欲しかったな。
「左翼じゃない」とか地球環境保護も良いかも知れないけど、
もっと自分たちの原点にレーダーを張っていて欲しいな。
かつて、その様な真摯な党派であったはずだ。
出たっ!!
ニャンケの「むひょひょ」笑い!!
ニャンケの笑い方
ぶひゃぶひゃぶひゃ!! むひょひょひょひょひょぉぉぉ〜〜〜ん!!
さあ、薄汚れたハゲデブ中年ニャンケよ!!
ニャンケが常連の土浦ソープランド「スプラッシュ」へ行きたまえ!!
そして、お気に入りのマキちゃんにヌイてもらうのだ!!
ニャンケは今でも三発は可能なはず!!
さあ、ニャンケよ!!
いつものように、土浦のソープランド「スプラッシュ」へ!!
ふうん、なんか久しぶりに、血が騒ぐ話になってきたね!
ワラビでそんなことがあったなんて、マジ知らなかった。
今の俺には、それこそ「精神的無形的援助」しかできないな。
情けなくとも、俺はマイホームパパだ。そこまで手がまわらん。
しかしワラビで支援してる人もすごいけど、今の俺から見れば、ここでハンネを出してるニャンケ氏や正太郎氏も、嫌味じゃなくすごいと思う。
梅本じゃないけど、闘いたい!と思っても、心と体がついていかない。
せめてテレパシーで支援だ!!
>>446にニャンケより連帯のテレパシーを発信!
エコエコアラアラエコエコアラアラ
スピリチュアル系だからな
昼間のパパはガンガレよー!
ムヒョヒョヒョ〜ン
当たり前だ。
レイシスト団体が弱いものいじめをしてると知ったら、
戦旗派魂に火を点けたも同然。
むひょひょひょひょひょぉぉぉ〜〜〜ん!!
449 :
革命的名無しさん:2010/11/10(水) 20:36:00
>>425 おまいがその褌姿を見たいだけだろがアッー!
ニャンケのアナルにブチ込みながら、ニャンケのデカマラしごいて射精させてやりてぇーーーー!!
>>408 何も知らないのだが、とりあえず戦旗の公式に当てはめて
文章つくりましたみたいな内容だな
ま、昔の私もこんなもんだったのかもだが
>>451 たしかに。
公式といえば、祖国敗北主義というのもあったよね。
日本政府の外交オンチを苦々しくはおもうのだが、
中国とロシアのやっていることもひどすぎる。
こんなのは古典的な戦争挑発にすぎないだろう。
挑発にのって戦争をやれとは言えないけれど、
祖国敗北主義でものを言う気にはなれないな。
まあ、第二次日中戦争も第二次日露戦争も日本に勝ち目はないだろうが。
そもそも俺が戦えないから、誰かに戦えとも言えない。
あれ?これも戦旗の公式かな?
そもそも精神的に日本人を辞めてるから、今回の尖閣諸島の件は全然気にならないな。
日本も中国も、どっちもどっちっていう感じだよ。
それより、後年の反帝愛国エコアラブントを継承する現在の反共愛国アクティオは、中共政府にカンカンだろうな。
ゲンジなんか反中共色、反中華思想色を反米、反新自由主義よりも強く全面に押し出していたからな。
それから基本的にゲンジもオサダも、アジア人蔑視で西洋的主知主義、西洋式エコロジー崇拝者だ。
確信が持てず、必ず米中の間で思考を翻弄されるだろう。
>>451 >ま、昔の私もこんなもんだったのかもだが
そうやって若い頃の自分を俯瞰で見られるのが成熟なんじゃないかな?
それなのにいつまでもそこから抜けられない彼女は不幸だよね
ただし、左翼的な文章様式と言うか、左翼で培った文章能力は
仕事上で相手よりも優位に立ちたい時に大いに役立ってるよwww
早見慶子について云えば、戦旗派時代に彼女が最も傷ついた出来事は、
やはり支部キャップを解任されたことなのだろうな。
それ故に上司として解任した「西条さんとの仲は最悪だった」となる。
たかだか支部キャップぐらい、それも交替人事はどこの地区にもあったはずだ。
それなのに、薬剤師の資格を持つ優等生なはずの彼女は、
そんな事柄が自分の身の上に起こるなんて絶対に許せなかったのだ。
地区によっては関係性が無意識なまま固定化され、
経験も豊富で実務的に有能でイデオロギー性も高かった者でも、
ずっと支部キャップなどの中心的なメンバーになれなかった者も現実に存在した。
そうした人々に比して、早見慶子は逮捕歴もなく大したメンバーではなかった癖に、
支部キャップに抜擢されて幸福なほうであったのではなかろうか?
100地区という特異性があったのかも知れないが、
自分の当時の在り方を自己否定的に思い返せば解ることだ。
因みに『I LOVE 過激派』を読んでの感想は、早見慶子も西条もどっちもどっちだ。
ニャンケ社に発注しようと思っても、ニャンケ社は業者間委託専門の運送屋だから、
クロネコヤマトの宅急便みたいに一般の小荷物運輸は取り扱ってない。
ニャンケ社でバイトしても、恐らくニャンケ社長は
バイトに茨城県の最低賃金以下の時給しか払ってくれないだろう。
>>455 きみも俺もあいつもこいつも、みんな、どっちもどっち。ということだよな。
だってもう誰も革命家じゃないわけだし(アクティオなんかも含めて誰も)。
十年以上も前の同志たちの勤務評定を熱く語るなよ。
自分だけ棚に上げているというのは、まさか、あなたさまは、伝説の革命家?
(だれだよ、それ?)
>>455は、世界でいちばん不細工な党のつぶし方をした偉大なるがうえにも偉大なるあの末期ブントの首領さまかい?
よっ!久しぶりだな、俺だよ俺。下っ端だよ。
当たり前だよ。
どっちもどっちだ。
末端くん!
>>411 指導部ではありません。ただ支部キャップ位やらせないと本人がかわいそうなので…
要するに 豚もおだてりゃ木に登る ってなもんですよ
>>455
>>455 因みに『I LOVE 過激派』を読んでの感想は、早見慶子も西条もどっちもどっちだ。
って 何考えてるの
あの本は、山口入学 ○見栄子さんが
どうゆう人間かを表しているが はっきりわかるだけで
それが現実の 何かを表しているわけではないって わかんないのかなあ!
>>455 さらに 100地区特有の昔の構造を思い起こすと…頭○△そうだ氏 を思い出すざはっ
80年代前半の 彼の口癖が 「偉くなりたい!」 で
80年代後半の 彼の口癖が 「俺も偉くなったものだ」 だった
山口入学○見栄子 の出世発想は、たぶん 頭○△そうだ氏 の影響である
そして 頭○△そうだ氏は、西条氏に対して 面と向かってはぺこぺこしていたが
彼がいなくなると 西条は、学生上がりだから云々 みたいなことを言うやつで
(彼のターゲットは、西条氏だけではない、
例えば、地区キャップのジャバザはっと女氏に対しては、女はキャップに向かない等の暴言を吐き
伝説の首領様の教習所でのご活躍の様子を聞かれてもいないのに しゃべりまくり
… …
要するに自分は 偉いのだと 言いたかったのでせう)
要するに 山口入学さんの 意見のように見えるものも よくよく分析してみると
頭○△そうだ氏の受け売りであることが見栄てくる。
100地区の下っ端は指導部に去勢されたロボットばかりだから、
みんな人間の発想ができなくなっちまったんだな?ww
おまけに西条離脱後は荒が指導にやって来たと聞くがホントか?
つくづく可哀想な地区党メンバーだなぁ・・・
さぁ、ニャンケに正太郎よ!!
元茨城県地区委員会にいた田舎者の貴様らが、
元東京西部地区委員会のメンバーを精神的に虐待してやれ!!
ふうん。
俺的には早見さんの本は、すごく面白かった!80年代の息吹きが伝わってきたよね。
ただ残念だったのは、俺が100地区の人を、あまり知らないことだ。84年の現行隊で同期だった、AK氏くらいだ。
「長期投獄された水野君」って、9.29戦士のことかな?
もちろん、西城さん、立原さん、捜田さんのことは知ってるけど、早見さん自身も知らないんだよなあ。
こんなに有名になるんだったら、もっとよく見とくんだったww
また当時、100の理科大グループが、どうして1000に移行しないのか不思議だったけど、
あの本によれば、早見さん一人で組織化したみたいだね。
しかしやっぱり、知ってる人が出てくると面白い!もっともっと、いろんな人に、手記書いて欲しいなあ。
この前模索行ったら、明らかにパソコンででっち上げた、元前進編集委員の手記があった。
俺は全く書く気は無いけど、読む気はすごくあるよ。
正ちゃん、失敗談特集でもいいから、本出せ〜ww
>>465 「長期投獄された水野君」って、管制塔戦士の水野さんだと思って読んでたけど。
正太郎に本出せとは、死ね、と言っているに等しい。
>>465 この人殺しーー!!
>>466 え?だって時代も地区も、違うでしょ?管制塔は300で郵便局員の人だし。
早見さんの結集は82〜83年?それから組織化した理科大生が、長期投獄される、といったら…、
84年か85年の9.29以外に、ありえないと思ったんだけど。
早見慶子は1983年の3・8分裂以降の結集で、
しかも8年間しか活動してないから1991〜2年頃には組織を離脱している。
それに早見慶子は「ブント同盟員」ではなかったら、
当然ながらプロフィールに「元戦旗・共産同メンバー」を名乗れない。
早見慶子が東京理科大を拠点校として組織していたわけではなく、
たまたま100地区に早見慶子や9・29戦士のヘリなどが 結集したから、
単に100地区内に「学生班」を設えてただけ。
350や200や400等の地区内に学生メンバーの支部があるのとは違う。
その萌芽形態で、やがては他地区同様に学生支部として独立させるつもりだった。
見栄っ張りで嘘つきな早見慶子は戦旗派をコケてから一水会や塩見孝也に接近し、
たかだか支部キャップだったのにもかかわらず、
「元戦旗派女性幹部」として自分を売り出す。
その後には統一地方選に出馬して見事に落選している。
当スレ常連のニャンケ&正太郎と同じく、超自己顕示欲が強いだけな存在。
実際には、本人が自分で思っているほど大した人物ではない。
ニャンケ&正太郎はハンネを晒しているから「勇気がある」
とか上レスでぬかしていたマイホームパパのボケがいたが、
こいつらは単純にバカで自己顕示欲が他の人より強いだけの存在に過ぎん。
特に草原ニャンケは自分顕示欲過剰+情念過多だからタチが悪い。
それに、こいつの恥ずかしい甘ったれた長文「手記」なら、
こいつが現役時代に『闘労』で公表され、全党の晒し者、笑い者となったことがある。
だから草原ニャンケの「手記」など今さらいらんし、
そもそも草原ニャンケは三里塚以外では大した経験もしていない。
正太郎の「手記」のほうが、まだ確かに読ませる価値はあるかも知れん。
俺が個人的に「手記」として読みたいのは、やはり地区労働者メンバーとして、
しっかりと10年以上の活動歴を有する末端メンバーのものだ。
1000に結集して地区に行かずにコケたような、
元1000によるチャラチャラした「独白」は、ここで見飽きている。
あと、荒をはじめとする古参幹部のものや若手側近だった荒チルドレンのものはいらない。
やはり高叛共闘や青年労働者として地区に結集し、
地区党メンバーとして組織を組織してきた人物の「告白」が興味ある。
正太郎の戦旗・共産同体験記など、フルチン自虐日記だ。
読む値打ちなんかない。
正太郎に関しては、現在のビンボー生活マニュアルのほうが興味深い。
ニャンケのキャバクラ体験記は大変に興味あり。
あとニャンケに関しては、独白して自社を設立した話だ。
この不況下で、どのようにしてニャンケは零細企業を興したのか?
ニャンケのオーナーである側面を覗きたい。
>>469 これってだれ ひょっとして西条氏 かな
100の学生班のことで聞きたいことがあるのですがあ
速見は、大学にステハリをしている最中に 民学同のワクイ に殴られ敵前逃亡し
西条氏はこれを咎め自己批判を迫ったが…どこでどうしたことか…
けっきょく 速見は労働者の支部キャップになったんだったけ(どうしてだったか覚えてないけど
ともかく学生班のキャップは、速見の力量として無理ということになった)
なんで 労働者のキャップにしたんすかあ
あ、どーも。自己顕示欲の強い見栄っ張りです。
ええ、もお、ハンネ晒すのが カ・イ・カ・ン! なあんてね。
『I LOVE 過激派』はね、ありゃ『I LOVE 私』私大好き物語、私を愛して私の話を聞いて私はこんなに頑張ってるの苦労してるのカワイソーな目にあってるのでも理解して貰えないのねえ聞いて聞いて物語ですわ。
悪いが俺は半分も読めなかった。会話ならね、「返事をする壁」となってテキトーに相槌打ちながら話半分で聞き流す事が出来るけど、文章はキッツイわ。
ええ、おんなじナルシストですからね、匂いで分かるんですよ。あ、コイツ駄目ってね。
まあ、そんなこんなで、俺の手記など止めた方が良いです。早見と似た様なモンですから。
中村は、いじけてんじゃねぇーよ!!
>>469 言葉は正しく使いましょう!
×9・29戦士のヘリ
○9・29でパクられたへり
そうしないと9・29戦闘に対する冒涜になる!!
誰か『I LOVE 正太郎』っていう著書を出版しろよ!
過去から現在までの正太郎の全プライバシーを大公開して、
正太郎を白日のもとに晒して笑い者にしようぜ!
正太郎に個人情報保護なんて関係ねえ!
現住所も職場も携帯番号もメアドも実家も晒して、正太郎を丸裸にしてくれ!
正太郎は全裸ダンスをしたぐらいの露出癖がある男だから、
みんなでジロジロ見物、観察してやろうぜ!
↑
>>477 日曜日の朝から全裸正太郎の視姦を妄想しているおまえって・・・
自己顕示欲の強い見栄っ張りナルシストのパートナーか。
いらね。
479 :
革命的名無しさん:2010/11/14(日) 12:28:55
おっ、ネタ切れでまたいつもながらのスレに戻っておるな。
わははははは。
481 :
革命的名無しさん:2010/11/14(日) 23:56:15
>>477 購入運動するか(笑)。1人最低10冊は買うように。
>>477 確かに中村のプライバシー公開書は、荒による横領の開き直りで、喜劇的な末路に辿り着いた
後期エコアラブント→現アクティオには、お似合いの刊行物かも知れんな。
要するに、俺たちゃ第二次ブント崩壊から派生した一分派に過ぎなかったということだよ。
元々の出発点が学生活動家の烏合の衆な雑炊党の中で、
たまたましっかりしていた党建設重視主義の連中だったということだ。
何しろ、60年代学生文化の残骸である団子生活を嬉々として励行していたのだ。
あんなことをしていたら、いつまで経っても「自主性」なんか身に付くわけがない。
所詮はそのレベルだったということさ。
革共同両派には足元にも及ばん。
そんなバカで独り善がりだった俺たちには、フルチン踊りを皆の前で晒した、
バカで哀れな中村の個人情報全公開文書で、世間に恥の上塗りをすんのがピッタリだ!
本だけじゃねえ。
中村の一日を撮影したDVDとブルーレイ映像ソフトを販売して、
世間に中村ブームを巻き起こして一儲けしようぜ!!!!!
『電車男』と同じだよ。
世の中、何が流行るかわからん。
中村を徹底的に利用して金儲けできるチャンスが転がってるかも知れん。
中村を俺たちでプロデュースして、コキ使って利用して、
死ぬまで徹底的に働かせて搾取しまくって一財産をつくろうぜ!!
中村が途中で逃亡できないよう、常に首輪に手錠と腰縄で拘束して、
冬も夏も季節に関係なく、常に全裸にひん剥いておく。
中村なんて、せいぜいカップ麺かコンビニ弁当だけ与えてりゃ、
中村は喜んで貪り喰うから餌に気を配る必要はない。
もしも中村が生意気にも抗弁したり、少しでも反抗的な態度をとったら、
情け容赦なくボコボコにして言うことをきかせりゃいい。
中村には生まれた時から人権なんてないんだから、
誰も何も気にする必要なんかないよ。
確かにニャンケや正太郎って、活動家だった“気概”みたいなものを感じないね。
アクティオのメンバーと会って話しても、皆そんな感じだよ。
“左翼”の草加耕助なんかとは、感覚とか気概が全然違う。
>>482-483 おやまァ、お下品ですこと。
それにしてもまた他力本願してるけど、先ずは手前の人生晒してみたら?よっぽど「タメになる」かもよ。いろんな意味でね。率先してやるのが『戦旗派魂』でしょ。
>>484 草加さんと俺なんかとを比較するのは、草加さんに対して失礼ではなかろうか。え、言わずもがなですか、ああ、そーですか。
ちなみに俺の今の心境は、小松左京『哲学者の小径(フィロソフィアーズ・レーン)』か『仁科氏の装置』、あるいは筒井康隆『鍵』であります。
人は、己の無知蒙昧さと非力さ無力さを自覚する為に半生を過ごし、残りの半生を己の墓を立てる為に生きるのさ。にひッ!
早見さんの本にソウダさんのこと書いてあるんだ。
懐かしいなソウダさん。
実はオレソウダさんにオルグされた。
御茶ノ水の駅までの情宣で声かけられた。三里塚の署名だったかな?
その後「穂高」って喫茶店で話したな。
ソウダさんはあんまり「左翼の活動家」っていう感じでなく、小ざっぱりとした清潔な好青年だった。
人当たりも柔らかいし、「闘わないヤツは権力の走狗」みたいな新左翼特有の追い込み方もしなかった。
戦旗の主張の同意したのも確かだけど、それから一ヵ月後には組織に結集していたのはソウダさんの人柄に拠るところも大きかった気がする。
>>485 ま〜た、正太郎は逹観気取りに耽ってやがんな!
そういう姿勢が皆から生意気だって言われてんだよ!
マジ、ぶっとばすぞっ!!!!!!
>>486 雙田は80年代前中期頃の爽やかな外見と印象とは裏腹に、
後に組織を離脱する寸前はドロドロに腹黒マンだったそうな。
要するに早見慶子は雙田の背中を追ったということだな。
『I LOVE 過激派』の全構成とは、「山口と雙田の愛の物語」なんだよ。
そして「山口は支部キャップを任されていた有能な女性幹部」ということさ♪
488 :
革命的名無しさん:2010/11/15(月) 17:07:27
いずれにしても正太郎は生意気だから、『正太郎の虐待−調教日記』を作成し、
正太郎を素直に言うことをきく人材に教育−指導し直す必要があるな?
ブログに日々の虐待記録を載せて、正太郎の調教具合を観察して世間に明らかにする。
700地区及び1000と900地区の正太郎に対する指導が根本的に間違っていたから、
こんな裸オドリに興じる愚か者で、なおかつ逹観気取りの腑抜け野郎が育ってしまったのだ。
正太郎みたいな腑抜け野郎は厳しい監視下に於いて、ナチスばりに徹底統制してこそ一人前に育つ。
これからは甘やかさないから、正太郎は覚悟を決めろよ!!
泣いても喚いても、誰も助けには来ないし、逃げ出すことも不可能だからな!!
大人しく荒流の擂り粉木教育−指導方式に屈服しやがれ!!
管理教育!! 厳格指導!!
なんて美しい言葉の響きなんだ!!
いま、正太郎に最も必要なのは、厳格な徹底統制管理教育指導なのである!!
これは虐待を通じた正太郎への愛の形なのだ!!
正太郎は必ずや自己変革を遂げ、くだらない脱原発運動なんかやめて、
我が中央集権官僚制計画経済統制管理教育指導無慈悲社の一員と成るであろう!!
>>486 確かにソウダさん、なつかしい。
俺は、他の地区党だったのですが、三里塚現地によく体験現行隊の人たちを連れて来てましたよね。
ヒョウキンで冗談言って人を笑わせたり、確かに、好青年だったよ。
かっこよかった。
俺から見て戦旗の目上の人たちってみんな個性的で、でも偏狭じゃなくて、どこでも通用しそうな好青年が多かった。
だから辞める直前のブラックなソウダさんは、なんか想像しにくい。
辞めていく人を次々にブラックな醜悪キャラに描いて意思統一していた荒情報や、
山口さんのおどろおどろしい暴露は、どこまで本当の話なのだろう?
このスレで粘着しているイヤミな人たちは本当に元戦旗なのかなあ?
わずかなあいだの戦旗経験だが、戦旗にここまで嫌なヤツはいなかったように思うのだが。
>>490 人間というのは、様々な側面を持つもんなんだよ。
大抵は一貫している人間なんて存在しないよ。
首尾一貫して嫌味な人格なんて、カクマルぐらいにしか存在しない。
荒岱介だって、一貫して後年のような老害爺ではなかった。
明らかに革命的だった頃もあったのだ。
かのレーニンが『背教者カウツキー』の中で「『フランツ・メーリング』を書いた時期のカウツキーは革命的だった」
と評していたように、一人の人間の中には革命的だったり反革命的なものを内包しているもんだ。
正太郎をみればわかるだろ?
大正大学支部キャップ時代に三里塚現地行動隊長としても立派に責務を果たし、
その後も地区党労働者メンバーとして真面目に地道に活動していた正太郎も存在すれば、
ビンボーで不運で不幸まみれなマンガ脳で脱力キャラの正太郎も存在するし、
麻生邸リアリティツアー被弾圧者を軽率に揶揄して過ちを犯してしまう腐敗した正太郎も存在する。
正太郎という一人の人格を取り上げただけでもそうだ。
人間は人生を通して様々な人格を持つんだよ。
そして、あの時の彼も、この時の彼も彼なのだ。
本当の彼なんて存在しない。
>>491 正太郎という一人の人格を取り上げなくても同じことは言えるだろw
早見さんの本を読んだことないから分からないけど、そこにドロドロ腹黒のソウダさんが描かれていても
それは「早見というフィルターを通したソウダさん」ってことだよね?
人間に色々な側面があるのは認めるけど、ソウダさんの人柄は決して表面的なものではないと思うけどなぁ。
変わってしまったのなら、それはむしろ組織にも責任があるでしょう?
おまえら本当に正太郎とニャンケが好きだなw
>>490 >このスレで粘着しているイヤミな人たちは本当に元戦旗なのかなあ?
激しく同意します。
>>491 達観達観言いながら、人の事をエラそに分析する達観気取りは、どこの誰様でごぜェましょうや?
>>493 組織の所為である場合と、必ずしもそうでない場合がある。
正太郎が無気力な脱力キャラで不運で不幸でビンボーでおっちょこちょいなのも、
ニャンケがメタボリック糖尿出っ腹で髭が濃くて禿げで老眼で、
下品で卑猥な笑みを浮かべる底の知れた田舎者で甘ったれたワガママな性格なのも、
当人自身の生い立ちや強烈なパーソナリティに依拠するものだ。
このように人間には、各々の持つ個性が存在する。
それが時と場合によって薬にも毒にもなり、長所であり短所でもあるのだ。
>>494 今やニャンケと正太郎は、80年代戦旗・共産同の変態ダメ人間を代表するキャラなんだよ。
ニャンケと正太郎は、死ぬまで変態ダメ人間の烙印を押され続ける。
へぇへぇ、ご高説痛みいります。
で、あなた様方はどんな人生歩んで来たんでごぜェましょう?
後学のために教えて戴ければ、ありがたきシアワセ。
偉大なる俺様たちの人生の過程を虫けらの正太郎が知ったところで、
所詮は正太郎には手が届かぬ、決して学ぶことなど不可能な人生だから無駄なことよ。
グワッハッハッハッハッハァ〜〜〜ッ!!
500 :
革命的名無しさん:2010/11/15(月) 21:39:10
>>493ドロドロ腹黒に描かれているんじゃなくて、その間逆。
この世のものとは思えないような聖人として描かれているのさw。
聖人といえば、聖禅羅神様の化身であられる聖全裸正太郎様を他においてない。
ニャンケは聖禅羅神様であられる聖全裸正太郎様が使わされた私徒であり、
ニャンケは人々の原罪を背負って地獄へ馳せ参じ、地獄の業火で焼かれる役割。
ふむふむ、なるほど。
503 :
革命的名無しさん:2010/11/16(火) 04:49:18
妾太郎
おまえら、そんなに正太郎とニャンケを喜ばせてどーするんだ?(笑)
>>500 早見慶子は、彼女自身とソウダさんだけをキモいほど美化しながら、どちらも実際にはえげつないほどおぞましいひどいことをしまくっていて、それさえ美しいとかって、
早見慶子は究極、ソウダさんをまだ恨んでいるのではないか。
そこまでブラックに描かれたソウダさんの身になるといたたまれない。
ソウダさんと西条さんは、早見慶子を名誉毀損で告訴して、バカ女を地獄に落としてやればいいのに。
やさしいからきっとやらないだろうけど。
戦旗じゃなかったら、訴えられるぐらいひどい本だ。ひどさでは破天荒伝に匹敵する。
文芸的な価値もゼロ。無名人による無名人にたいする悪趣味な暴露本。
↑『破天荒伝』はともかくも、『大逆のゲリラ』におけるロクさんの描き方は酷すぎる。
あれこそ名誉毀損本もいいところ。
>>490 私も全く禿同です!
でもそれはやはり、あなたが少ししか活動しなかったからではないでしょうか?
私も20代前半で辞めたので、戦旗はいい思い出ばかりです。荒さんにも、いろんなことを教わり、嫌なイメージはありません。
しかし30代40代まで活動された方は…、そうはいかないような…。
でも、正ちゃんは別です(笑)。名前さらされて、いたぶられるのがカイカンみたいですw
実際、河口湖合宿で正ちゃんのホーケー〇〇〇見た一人として、正ちゃんは打たれ強いですから、いたぶりまくりましょう!
革共同の北小路政治局員が死んだらしい。
3・8分裂直前に、地区の下っ葉会議で雑談的に聞いた話だけど、
現闘の某氏が源さんちで話していると、黒塗りの車が来て、後ろから背広にネクタイの男が出てきて、いきなり土下座し、「ご無沙汰しております。北小路でございます」
源さんニコニコしながら、
「お、上がれ、上がれ」
土下座の男は少し顔を上げて、
「あのう、こちらのお方は?」
「ああ、こいつは戦旗のタチバナだ」
「ははっ、これはこれは、革共同の北小路でございます」
と深々と頭を下げられて困った、という話は本当なの?
え!?北小路氏が亡くなったの?
・・・
お悔やみ申し上げます。
>>509 中核スレに出てるよ。
>>508 俺は別の反対同盟宅で出くわしたよ。
中核の政治局って、スーツにネクタイで現地まわりするの。で、他の支援にも挨拶するの。
家の外には旗竿・ヘルメットの防衛隊を乗せた幌トラックが待機してた。
変な話、ああこういうのが革共同なんだ、と思った。
情けない話だけど、こっちはもう中座するしかないよね。
戦旗の幹部はこういうのに憧れていたのかも知れないけど、歴史的なものがあるから、底が浅くて反対同盟に見破られるんだよなあ…
511 :
sage:2010/11/16(火) 22:43:41
極めて残念ながら そうだ氏は、インチキな地区指導の見本であった。
私は、彼が偉くなりたい一心で彼が
@ 東京地区の各支部でマッチポンプ的な対応をし続けたことを知っている。各支部の下部メンバーに支部キャップの不満を煽り自分はそれをなだめるといった,いわばマッチポンプ的な振る舞いをし続けた。こんなことでもしないと 出番がなのだ。
A他方「出世」の為に 公安に仲間を売った疑惑を抱き続けている。証拠はでなかったが心証はクロである!!!
B地区の金の使い道ーとりわけ使途不明金ーは自分の地位固めのために会食を繰り返していたのではないだろうか。
ちなみに 私は、必要もなく焼き肉屋に呼ばれ一緒に地区を云々言われた。しかしそこでの会話の内容といったら…地区の私物化そのもであった。
C彼が地区キャップだった頃 世の中はバブルのまっさなかであった。だから彼は、会社の金で飲食などしてみたかったのだろう。しかし何の取り柄もない彼は、地区費で飲み食するしかなかったのであろう!
ああ惨め! ああ惨め!! 組合の金でキャバレーに行ったとうれしそうに語っていた 頭禿げそうだ 今は何をやっているんか!!
仲間に迷惑だけはかけるなよ! できることを 間違いなくできることをするんだよ!!
>>511 Aの出世のために仲間を公安に売ったというのは?
100地区内で自分の出世に邪魔になる者を、権力にパクらせたとか?
具体的には何の事?
>>510 少なくとも荒は憧れていたかも知れんが、皆が皆、憧れていたわけではないよ。
それにスーツにネクタイはともかくも、土下座すんのは形式過剰に思うな。
わざとらしいし嫌味だね。
そうした中核派の在り方から、別の地平に行こうと戦旗派は志向していたはずだ。
>>474 そうかあ、正ちゃんは半分も読めなかったんだ。俺的には良かったけどね。だから正ちゃんにも、書くように薦めたのに(笑)
やはり俺は小ブルなのか、誰かが書いてた労共闘の地区戦士よりも、1000関係者の手記を読みたいなあ。
荒チルドレンと呼ばれた人たちをはじめ、当初の幹部の人たちね。
中村さん、佐脇さん、吉沢さん、山田さん、武田さんあたりは、今どう考えてるんだろう?
また当時どうして、妖雲亭フラクに結集したのかとかね。
80年以降のメンバーの大多数は、署名から結集だろうけど、当初の幹部の結集の意向とか、面白そうだと思うよww
>>514 その辺の戦旗派最古参の古い話は、もう聞き飽きてるから今さらいらないよ!ww
ここ2ちゃんで1000メンバーの懐古談話は散々語り尽くされてきたし、
荒チルドレンだった山根克也も「レベッカ」のハンネで『ニャンケのブログ』に投稿してる。
むしろ地区の労働者メンバーだった人々の回想が不足してるだろ?
早見慶子や小林ギヤのでは、あんまり過ぎる。
例えば既に学校を卒業して社会人だったけど、
誰かにオルグされて地区労共闘に結集した人々の回想だ。
そうした生粋の労働者メンバーだった人々は、なかなか口を割らない。
あと高叛共闘から大学へ進学せずに、地区労働者メンバーになった人々もだ。
やはり1000出身者とは重味が違うから、
是非とも伺ってみたいものだよ。
因みにニャンケと正太郎は違う。
正太郎は700地区だったけど高校生の頃だったし、
実質的に正太郎は1000の出身と言っても過言ではない。
ニャンケは浪人生か大学生の頃にオルグされ、
少しの間だけど茨城大学で活動したことがあるから、
正確には労働者出身とはいえない。
やはり党組織を下部から支えた人々の話には興味がある。
>>515-516 なるほどね、確かにそう言われると、そう思います。
戦旗時代同様、すぐ人の意見に左右されるな(苦笑)。
↑大丈夫だよ。
正太郎とニャンケなんかブレまくりで、最初から主体的確信なんかない。
しかも過ちは数々。
そのわりには頑迷で、他人の意見には耳を貸さない。
正太郎やニャンケやゲンジや長田や荒と比したらマシだよ。
カクマルと協力関係にあり、カクマルと並んで悪名高い政経研が、
1973年戦旗派分裂の一分派であることを、
実は戦旗派を離脱して随分経てから知った。
道理で政経研もアジト生活の励行に給料半額以上の上納など、
恒常的武装闘争路線だった頃の戦旗派体質を継承しているはずだ。
そういえば政経研も赤ヘルである。
カクマルの他党派解体路線に組織温存・秘密主義、大衆運動介入利用主義は、
もともと戦旗派(というか荒個人)の体質と親和性があったのかも知れない。
反天連における「党派黒子論」の独自性とワガママなどは、
まさにセクト主義そのものなんだから。
自分の在籍していた党派を辞めてから俯瞰して観ると、
色々なものが見えてくるから実に面白いものだ。
戦旗派は非常に大衆運動が苦手であったことが解る。
組織建設重視主義で労働運動や学生運動にも着手できず、
おしなべて大学自治会や労働組合を「現場主義」「大衆運動主義」と否定し、
党建設を「革命運動」と位置付け、何かしら大衆運動よりも高級で高尚なものであるかのように勘違いしていた。
組織建設優先至上主義だから、
あらゆる事柄は組織に優先され、必然的に組織の長が全てに優先される。
それで辞めた人は組織活動=運動だから、決して大衆戦線に関わろうとさえしない。
また関わろうにも、個人ではコネクションがないから、興味も抱かない。
同心円的な組織の発展に寄与してきた人々の悲喜劇がここにある。
ちなみに正太郎などは脱原発運動に活路を見出だしているほうだから、
相当に恵まれてマシなほうである。
かつてニャンケが組織的な山行を頑なに拒否していたが、
これは実に当たり前な権利の行使であった。
「皆が山に登るから、お前も登れ!」では、何にも個人が強制される理由にはならない。
これでは単なる全体主義である。
登山を拒否するという個人の判断があり、尊重されて然るべきだ。
ただし、それだと戦旗派では指導部になれない。
喫煙者と離婚歴がある者と肥満体型の者は出世できないという
不寛容で画一的なアメリカ社会と如何なる違いがあるのか?
それだと組織の体を為さないって?
そんな全人生を要求するような組織なら、さっさと辞めて当然だ。
だってアジト生活と上納するためと組織拡充オルグに奔走するために、
もともとは「革命運動」とやらに結集したわけではないだろう?
そんなものは幻想さ。
社会運動や政治運動なんて、たくさん身近に転がっている。
アクティオなんかに頼らなくてもいい。
そんな身近にある大衆運動に関わればいいんだよ。
そもそもニャンケはなんでそんなに山登りが嫌だったんだ??
>>521 Jさんも山行と合宿参加を拒否して、荒から非難されたことがあったね。
Jさんだからこそ、反抗できたんだと思う。
俺だったら地区の皆からメチャクチャに問い詰められて、
疲弊し消耗し屈服し、最後は山のような自己批判書の執筆だよ。
本来は活動の参加、不参加は自由意志で構わないんだけど、
そこが党派と大衆運動団体の違いでもあるんだよな。
戦旗の場合は高額上納にアジト生活に全スケジュールの参加等々と、
やたらと組織的強制事項と制約が多すぎた。
おまけに年間三回の論文執筆なんて、もう二度と経験したくない!ww
義務と権利というよりは、義務しかないのがキム組織の特徴だ。
>>522 全員が全員、心底好きで登っていたと思う?
俺だって内心は嫌だったよ。
ニャンケは自分自身の気持ちに忠実だっただけだろ。
>>524 え??・・・オレ結構楽しみにしてたんだけど・・・
↑好きか?
まっ、人には向き不向きがあるからな。
ニャンケなんか「何で坂道を登る必要あんだべ?」
と常に文句を言っていたぐらいだ。
組織的意義とかは当然ながら把握してたんだろうけど、
結局、自分が嫌なもんは絶対に嫌だったんだよ。
それでいいんだ。
何も山岳同好会に結集したわけではないのだから。
正太郎は悔しかったら、よねざわいずみちゃんと闘って勝ってみせろよ!
そもそもいずみちゃんはなんでブントと闘うのをやめたの?
恫喝でもされたのかな
>>528 いずみちゃんが荒ブントに勝利した。
いずみちゃんの猛攻に、荒ブントは政治的に敗北を喫しただけ。
>>529 お互い「相手すんのもバカバカしい」と思って収束してっただけなんじゃね?
ラジオでやってたけど、羽田国際化で周辺市町村が焦り、成田の相対的地位が下がると、相川勝重芝山町長がしゃべってた。
フクザツな気分だった。
用地内はともかく、周辺住民としては、反対運動を後悔してるのかなあ。
今では、北原派以外は、みんな条件賛成派かい?
確かに、支援は口だけうるさくて、すぐ出て行っちゃうし。
80年代当時、絶対反対派の側からだけ見てて、青行の主張って全く分からなかったけど、今ではよく分かる。
空港が来て、地域の亀裂も大変だろうね。
↑って、俺も客観的に言えた義理じゃないけど。
>>531 そういったことも含めて、全てはあの地に空港を持ってきた国の責任だと思う。
反対派と条件派の亀裂だって空港さえ来なければ起こらなかったわけで、
そういう意味ではオレはやっぱり成田空港建設を絶対に許すことが出来ない。
533 :
革命的名無しさん:2010/11/20(土) 18:54:16
イリオモテヤマニャンケ
>>532 長期的に観れば、三里塚闘争は農民側の勝利で政府−公団の敗北だよ。
>>534 オレもつい政府=公団と言ってしまうのだけど、今や空港会社なんだよね…
一介の民間企業が他人様の人生をこんなに苦しめていい道理などないと思う。
>>535 住民運動は必ず住民同士で利害が衝突して分かれるのは必然だよね。
時代的な背景があったから、あそこまで三里塚闘争は長期的な抵抗運動が可能だったんだろうな。
今の時代は過激な抵抗運動は困難だよ。
もっともベトナム戦争も終焉し、「列島改造計画」も大昔に頓挫し、
かつてのように日本国家と建設業界自体に力量がない。
今や世界同時不況で超赤字経営、しかも未完成なままの片肺空港。
完全完璧に無駄な産物と化した新東京国際空港。
多大な犠牲を払って住民側が勝利して国家が完全敗北した。
もはや水沢アクティオグループには、一片の反骨精神も残されていない。
ひたすら自己保身と揉め事を回避するための「右翼成人病」がピークに達した状態。
三里塚闘争の話をするだけムダに終わる。
「右翼成人病」とは、晩年の荒岱介が遺していった精神。
アクティオ水沢と長田は、それを見事に受け継いでいる。
地球温暖化防止? エネルギー問題? 潮流発電? スローフード?
そんな事柄は、お前たちが最初から持っていた関心事か?
そうではないだろう?
もっと「人間」に興味を抱いていたはずだ。
そして人間性を疎外する、この社会に怒りを感じていたはずだ。
「次世代に持続可能なゼロ成長を是とする社会」
「スモール イズ ビューティフル」
人間の新たな欲求の産出は深い。
より大きな物を望み、より多くの生産と成長を期待する。
それが人間の本質であるからこそ、歴史の本源的還元は為されてきたのである。
>>537 あのね!
一度もアルバイトすらしたことがない慶応ボウヤの長田に「人間性の疎外」とか「疎外労働」とか、
ましてや「差別され抑圧されてきた者」の気持ちなんか理解できるわけがないよ。
荒の猿真似をして社会的弱者や民族マイノリティを差別する言辞を平気で吐く奴だ。
恐らく長田は、生涯を通じて「疎外」とは無縁だろう。
ゲンジも同じ。
また西条や高倉や五味も同じ。
彼等には、そうした矛盾や心情なんか永遠に理解不能だし、また理解するつもりもないよ。
擁護するわけじゃないが、それはそれでいいと思う。ちゃんと社会でやっていけるのなら。
ただし、長田やゲンジのように、社会と全く接点のないところしか経験したことないってのは
どうかと思うが
>>539 社会との接点が皆無なわけじゃないけど、やはり実存的にどうかと?
社会的弱者や差別されている民族マイノリティの立場や気持ちなんか理解できないと思うな。
例えば長田なんか、もう一度どっかの農家で援農でもしてみろと。
スポーツで流す汗と労働で流す汗は違うのだから。
荒が実存的にダメだったのは、そうした不労所得に基づいた在り方とパワーの自己集中。
荒は「ちゃんと機関紙、誌の編集や組織指導という仕事をしていた」と騙るが、
そんなものは社会的、常識的観点からして「仕事」とか「労働」とは言えん。
自分の趣味と志向を基礎にしたミニコミ紙、誌の編集と発行や、
周囲に威張り散らして若い者に説教をたれてスリコギにかけることが「仕事」とは笑止千万。
世間をバカにしている。
それで退職金を3千5百万円もかっさらい、未だにアクティオに金を要求し、恫喝する始末。
居丈高でメンドーな老人と手を切りたいからと、あっさりと退職金を渡し、
邸宅や車を奪還しなかったのは、本当に本当に、当時のブントメンバーの総意だったのか?
普通は外で働いた経験を有する者なら、絶対に「ふざけんな!」となるはずだ。
ゲンジや長田といった執行権を持つ奴等が勝手に決めたのではないか?
>>538 ゲンジさん400にいた頃は居酒屋でバイトしてたよ。
>>541 学生がバイトしてんのと同じ。
ましてやQBがバイトに精を出すなんて論外。
そうしたところが水沢の学生さん的な甘さでありアマチュア性。
正太郎もニャンケと同じようにブログを開設したらいいのに。
是非、脱原発に関する突っ込みどころ満載な持論を展開して欲しい。
それからアクティオの矛盾点についても言及して欲しい。
ゲンジやオサダに対する不信感を正直に述べろよ!
ここは水戸市内の正太郎が借りている築ン十年になるボロアパート。
職場から帰宅途中の正太郎は全裸で中古の軽自動車を運転しながら、いつものスーパーに立ち寄って惣菜を買い込む予定だ。
スーパーの駐車場に軽自動車を駐車して徒歩で店の入口にさしかかったとき、携帯電話の着信音が鳴った。
全裸生活者の正太郎は、いつも外出時には小さなポシェットを肩からぶら下げており、その中に財布や携帯電話や自室や車の鍵などの貴重品を入れて携行しているのだ。
携帯電話の着信表示を見たら、やはりニャンケからであった。
どうせ、呑みの誘いとか猥談とかの、実にどうでもいい類いの電話であることは百も承知。
正太郎は全裸なまま、しぶしぶ電話に出た。
「おう、正太郎! オラだべ。いまヒマか?」
「実はナァ、オラんとこの会社さ、こんど整理解雇さするつもりべよ」
「そんで、若いバイトさ二人ほどさクビにすっべ」
「だけんども、そいつらが労働組合や弁護士や社労士んとこさ駆け込んだら、オラさ困るべよ」
「そんで、正太郎にクビにするつもりの若いバイトさ二人、消してくれんが頼みたいべ」
「もちろん報酬さ、それなりにはずむべ!!!」
正太郎はニャンケからのブラックな依頼内容に、思わず全裸なまま固唾を飲んで硬直化して立ち尽くした。
「そんな件を頼むんなら、闇社会の住人に頼め!」
正太郎は全裸なまま震えながらニャンケに怒鳴り返したが、内心は報酬欲しさに目が眩んでいた。
だが、しかしながら、金が欲しさで殺人に手を染めるわけにはいかない。
そんなことをしたら、まるっきりプロの“消し屋”、“バラし屋”稼業と同じである。
あくまで自分はカタギであり、ヤクザではないのだ。
「ほぉう! なら、あのことさ世間にバラされてもいいんだべ?」
「脱原発、反核エネルギー源反対運動を装い、実は電力会社と警視庁公安の・・・」
ニャンケは電話口の向こうから、なにやら思わせ振りな台詞を得意気に吐いた。
「わかった! 少し考えさせてくれ! 二日ほど時間をくれっっっ!!!!!」
正太郎は全裸なままで慌てふためき、焦りながら返事をした。
思わず大きな声を出してしまったせいで、珍しく宵の口でも未だに買い物客が群がりごった返す田舎町のスーパーの玄関口にいた人々が、一斉に全裸の正太郎を注目した。
正太郎は慌てながら人気の少ない駐車場へ駆け足で戻り、ポシェットから軽自動車の鍵を出すとドアを開け、運転席に潜り込んでドアを閉めた。
「むひょひょひょひょひょひょひょおおお〜〜〜ん!! いい返事さ待ってるべ、正太郎クン♪」
ニャンケは嬉しそうに電話を切った。
>>542 甘さとかアマチュア性という以前に金に困ってたんじゃないの?
子供も生まれたばっかりだったし。
>>546 組織内の女に二人も手を出して、しかも二人の腹にガキを孕ませて。。。
指導者としてというよりも、一人の人間としてどうよ?
単純に下半身に無節操というか、無計画で無責任ということじゃん?
荒も含めて、恐ろしくマッチョ主義だよな。
ゲンジに限らず、そうした在り方が全く対象化されてない、また全く総括されてない。
今から思えば、レベルの低い部分が残っていた組織実態であったことは確かだ。
組織への帰依をからくりとした「実践と省察」とかで忠誠を誓わす前に、
もっと外部戦線との交流とインターバルをもって、自分たちの内面を高めるべきだった。
こんなことは、廣松哲学や宇野経済学を学習したところで解らない。
荒やゲンジやオサダ等々をみていると、あれほど口にしていた「思想性」って、いったい何だったんだ?と思ってしまうよ。
虚しく悲しくならないか?
現代思想やリチャード・ローティの翻訳書を読めば、思想性とやらは身に付くのか?
第一、他人が翻訳した物を読んで得意気に語るなよ!
せめて原文にあたってからにしろ!
耳学問な無教養どもよ!
どうしても組織体っていうのは、企業も官公庁も大学も類似した傾向を持つわな。
上司や指導教官に気に入られるかによって出世が決まる。
実際はそんなもんなんだけど、そこに「認めてもらえた」といった
不必要な物象化と権威化が貫徹されて眩惑される。
何にも偉くはないはずなのに。
前に「沢田さんは頭がいい」なんてほざいていたバカがいたけど、
ゲンジなんか稀代なバカで無責任な男だと思っていたよね。
>>547 あの閉鎖された環境の中だったら、組織の外に恋人を作ることなんか不可能なんだし
組織の中でお互いに好きになって、そのうち気持ちが高まったら結婚→出産ってのは
人としてはごく自然な流れなのでは?
くっ付いたり別れたりもどの世界でもよくあることだし、指導部が女性メンバーにモテるのは
傾向としては事実としてあったんだから、長い活動暦で二人の女性と結婚ってのもそれほど
不自然なことでもない気がするんだがね〜。
>組織内の女に二人も手を出して、しかも二人の腹にガキを孕ませて。。。
ちょっとこの言い方は気の毒な気がするぞwwwww
>>548 >現代思想やリチャード・ローティの翻訳書を読めば、思想性とやらは身に付くのか?
俺もそれはそう思うよ。
だからって原文で読んでも同じことじゃないかな?
俺は今頃になってローティーの本をちょっとずつ読んでいる。
もちろん日本語訳の本だが(笑)
日本語でも充分わからないぞ。
>>550 同意。いくら嫌いでも
>>547の言い方はちょっとなあ・・。相手もある話なのに、ひどすぎ。
552 :
革命的名無しさん:2010/11/27(土) 08:53:40
Jさんのブログに、北朝鮮の砲撃について出ている。
−以下引用−
しかし、それは彼らが強いからではありません。
その逆で、彼らの弱さの表現でしかないと考えています。
軍事力にしか依拠できない、金正日政権・体制延命の選択肢が、狭まっている
ことの証左なのです。
と力説しているが、人民史観とか持ち出さなくても、誰も北朝鮮の強さなどと
思っている人は、
ひとりとしていないと思うのだけど・・・。
すべてのマスコミですら、金王朝の危機意識故の挑発と報道しているし・・・・。
いったい誰に対して啓蒙・説教してんだろう?
553 :
革命的名無しさん:2010/11/28(日) 15:02:16
>>552 この人のブログは、最近なにが言いたいんだか、さっぱりわからん。
上から目線による、ただの説教じいさんと同じ。
アレがない、コレがないでは、なにもはじまらない。
>>552 Jさんは一般の人間の目線とか感覚が分からなくなっちゃってるのだよ。
それで、昔読んだ左翼の本とかの言葉でしか、モノを考えられなくなってしまってる。
Jさんの頭ん中では、今でもブルジョアジーとプロレタリアートが戦ってることになって
るんだから。
人間としては普通のいい人なんだけどな・・・
一般常識でいえば、今の北朝鮮は正日のバカ息子にハクを付けるための
攻撃だと知っている。情報もってる人たちがアレだけいろいろ仮説を立てて
分析してるんだから。
北朝鮮が軍事力で体制を維持しようとしてるだなんて、誰も思ってない。
>>554 いや、単純な階級闘争史観というよりは、もうちょっと晩年の荒のイデオロギーに近いものを感じるな。
決して論理的には間違っていないとは思うが。
北朝鮮の独裁体制批判にばかり目が向いており、それを「一般的な日本人の感覚」と措定している。
そういえば、荒爺さんの癌の進捗状況は、どうなったんだ?
かなりヤバイみたいだけど。
最早、誰も荒の容体になど関心を払わぬほどに過去の人物へと成り下がった。
この人の葬式って、荒妻キンキンと塩見孝也と鈴木邦男以外に誰が参列すんだ?
まかり間違っても、正太郎にニャンケにゲンジにJさんは行かないだろうし。
物凄く、淋しい葬式になるぞ!
キャバクラやスナックに足しげく通うニャンケと正太郎。
別に行ったらいかんとは言わないし、それは本人らの自由だが、
社会運動に関わる者として、堂々と2ちゃんで告白すんのはどうかと思うな。
それも対象化されたかたちで述べずに。
その辺の脇の甘さが大きな誤解と混乱を招くんだよ。
特に正太郎!!
おまえだっ、おまえっ!!
しっかりと反省しろよっ!!
おまえは来年で48歳になる、立派なオトナなんだからなっ!!
それからニャンケよ!!
いくら「アクティオとしての形態なんかない」と主張したところで、
そんな言い分は世間では一切通用しないと考えたほうがいいぞ!!
もう少し、自分や自分たちを俯瞰して観察できる力を身に付けろよ!!
それが成長するということだ。
↑
>>559 「形態がない」なんていつ言ったんだよ?
「党派部隊」とか「党派としてのたたかい」とかは存在しないの!
党派じゃないものは党派じゃない、って、あたりまえだろが!
だから、形態はあるんだよ。
ない、なんて言ってない。
ちゃんと人の言うことを聞け!わからず屋!エビゾウ!
まあ、おまえも成長しろよな(笑)
むひょひょひょーん
ニャンケのブログは更新頻度が低いから、今や誰もコメントせずの過疎化状態。
たまには、むひょひょネタを書いて読者を集めろよ!!!
わかったか、ニャンケ!!!!!!!!
どうしても嫌がるニャンケを沢登りに無理やり連行して、
ニャンケが登っている最中に、ニャンケのハーネスに結び付けられたザイルを切断して、
ニャンケが滝壺に真っ逆さまに転落して溺れ喘ぐ姿を見物してえーな!!
そしてノーザイルで這い上がってくるニャンケの顔面を蹴り上げて、
再びニャンケが滝壺に真っ逆さまに転落してもがく姿を見てえーよう!!
それかニャンケを厳冬期の穂高岳登山に無理やり連行して、
ニャンケのザックの中に鉄アレイや石ごろを詰め込んで重量80kgにして、
そのザックをニャンケに無理やり背負わせて、
ニャンケを穂高岳の山頂で素っ裸にして、そのまま置き去りにしてえーよう!!
嫌がる正太郎を監禁して廣松哲学の研究論文を原稿用紙に手書きで無理やり100枚執筆させてえーよう!!
それで三日間不眠不休の徹夜をさせて、正太郎の膝の上に重さ40kgの鉄アレイの入ったバッグを乗せて、
正太郎の素足を氷水が入った洗面器に漬からせて、少しでもサボろうとしたり舟を漕いだら容赦なく竹刀で後頭部を叩きてえーよう!!
そして苦労して仕上げた論文をボツにして、最初から書き直しさせてえーよう!!
俺もイザとなったらプライドを捨て、ニャンケ社に雇ってもらおうかな?
頼むぜ、ニャンケ同志!
毎年のベースアップはアリで、夏冬の一時金は給料の4ヶ月分に、有給休暇に保険三点セットは当然で!
>>557 どんだけサミシイかを見物しに行くかも。まあ、よっぽどヒマだったら、だけど。
>>558 その辺の脇の甘さが、まさに俺の「持ち味」ってモンだ。
荒の通夜か葬式の席で、荒の遺体が入った棺を前にして、景気付けに全裸ダンスを披露し、
喪主の荒妻キンキンと参列した塩見孝也と宮崎学と鈴木邦男を唖然とさせる正太郎。
そして、その様子を物陰に隠れてデジカメで撮影する鈴木啓太郎。
更にデジカメで撮影する鈴木啓太郎の様子を、天空からデジカメで撮影する荒岱介の怨霊。
>>565 荒は自分が死んだら、正太郎の部屋に毎晩化けて出ると言ってるぞ!
生前に自分のことを2ちゃんで散々コケにしてくれた怨みを晴らすために、正太郎の部屋で丑三つ時に化けて出て、
月給は6万円残して全額、ボーナスは全額の上納と春夏冬の年三回論文執筆を命令するために怒鳴り散らすそうだ。
そして部屋の中で暴れてマンガは全部処分し、その代わりに廣松渉やリチャード・ローティの著作を置いてくれるそうだ。
>>567 真に残念ながら根っからの唯物論者の俺はその辺の素養(?)が全く無く、たとえ憑かれても祟られても枕元で怒鳴り散らされても後ろから殴られても全然気付けない。
ウェルカム荒怨霊。
俺に憑くなら他所に被害が及ばない分、マシだ。
はらったま
きよったま
あらったま
あらったま!!
ガクガクブルブル
こわいよーん!!
>>568 相変わらず正太郎は、生意気にも達観気取りをしながら粋がってやがんな!
唯物論者の正太郎には悪いが、死後の世界も霊魂も実在する。
そして「悪霊とばし」という秘儀・秘術も在るのだ。
正太郎に荒岱介の死霊や生き霊を憑依させ、正太郎を苦しめることだって可能である。
世の中には正太郎の想像を絶するような世界が存在するのだよ!
なんなら試しに、ニャンケに荒の生き霊を憑依させてみせようか?
荒の生き霊に取り憑かれたニャンケ運送社は、あっという間にニャンケ社長の散財で倒産するぞ!
なにしろ、ニャンケの人格に荒の性格がプラスされんだからな。
これ程、恐ろしいものはない!
正太郎よ、想像してごらん!
ある日の晩に仕事から帰宅したら、部屋の真ん中に荒岱介の怨霊が立っていた。
しかも荒の怨霊は20代半ばの姿で、正太郎を殺傷するために長い樫棒を手にしていた。
正太郎が部屋の扉を開けたら、荒の怨霊は振り向き様に両目を光らせ、鬼のような形相で正太郎を睨み付けた。
そして、すかさず荒の怨霊は音もなく空中を浮遊して正太郎に向かって接近し、正太郎の脳天に樫棒を降り下ろした。
「金を出せっ!!!!」「もっと俺に金を寄越せっ!!!!」
荒の怨霊は正太郎の頭蓋骨を樫棒で砕いて返り血を浴びながら、憎悪と嫉妬と狂気に満ち溢れた形相で、頭蓋骨が砕けて剥き出しになった正太郎の脳髄を樫棒の殴打によりグチャグチャに破壊し続けた。
・・・と、ふと目が覚めて時刻を確認したら丑三つ時。
悪夢であったのだが、妙にリアルな夢であったため、びっしょりと全身に寝汗をかいていた。
−こんなときは缶ビールでも飲みながら、気分転換のために『マカロニほうれん草』でも読もう!−
正太郎は起き上がって部屋の明かりを点けて台所に向かい、冷蔵庫から缶ビールを取り出してプルトップを引いて一杯口に含んでから飲み込むと、書棚にあるコレクションの中から『マカロニほうれん草』を探そうとした。
正太郎は書棚に目をやると、思わずギョッとした!
−ない! 俺のコレクションがない! 長年かけて集めたコミックが全部ないっ!!!!−
正太郎の書棚に並べられていたはずのマンガコレクションは一冊もなく、代わりに『マル・ラジ』に『破天荒伝』に『大逆のゲリラ』といった荒岱介の同じ著作がムダに何百冊と書棚一面に並び、他には『事的世界観の前哨』とかの廣松本がやたらとムダに何百冊と並んでいた。
そういえば、脱原発関係の著書や資料も消えていた。
正太郎は驚愕しながらも焦った。
そして、いったい何が我が身に起きたのか理解不能に陥っていた。
「ふはははははははぁ〜〜〜っ!!!!」
部屋の天井の宙空から、突如として何やら聞き慣れた傲慢で尊大な笑い声がした!!
「勉強しろ〜!」「学習しろ〜!」「本を読め〜!」「ノートを取れ〜!」
言わずと知れた、荒岱介の声であった。
「大衆運動なんかしないで、革命運動をやれ〜!」「党に集中しろ〜!」「組織建設に邁進しろ〜!」
正太郎はマンガコレクションと一緒に脱原発関係の書籍類が喪失していた意味を、いま聞こえた宙空からの荒の声で理解した。
正太郎は完全にパニクっていたけど、少しは我が身に何が起きたのか解りながらも、そもそも超常的な現象が我が身に降りかかっているという事実については気がついていなかった。
心霊体験をした者は皆一様に、あとから不可思議な現象に気がついてゾッとすることが多い。
まさに正太郎もパニクっていたために、その体験の最中においては何故に荒の声が宙空から聞こえるのかといった事態に、まったく不思議感がなかった。
やがて正太郎の狭い六畳間の天井一面が巨大な荒岱介の顔に変化した。
「ギャアアアアアアア〜〜〜ッ!!!!」
さすがに正太郎も今回だけは悲鳴をあげた。
荒の巨大な顔は口を開きながらドスを効かせて喋った。
「てめえ、ぶっ殺すぞっ!!!!」「金を寄越せっ!!!!」
朝になってから正太郎は目が覚めた。
缶ビールが畳の上に転がって液体が全て流れ出て染みていたが、正太郎は上体を反らして書棚の正太郎マンガコレクションを確認してみたけど、全て揃っており無事であった。
いったい昨夜の出来事は何が何やら理解できなかった。
そういえば、今日は休日であった。
−取り敢えずコンビニへ行って、サンドイッチでも買おうかな?−
正太郎は完全に身体を起き上げてジーンズのポケットから財布を取り出そうとしたけど、財布が見当たらなかった。
−あれっ!? おかしいな?−
正太郎はパニックに陥りながら、慌てて財布を探した。
財布の中身は免許証からキャッシュカードにクレジットカードの類いや、レンタルビデオ屋のカードまで入っている。
いわば個人情報の集大成だ。
いま気がついたのだが、そういえば携帯電話も見当たらずに紛失していた。
−いったい何が起きたんだ? どうしたんだ!?−
−落ち着け! 落ち着け! 落ち着け!!−
正太郎は心の中で何度も叫んだ。
>>572-573 俺が今までに見た人生で最も恐ろしかった夢は、「ニャンケが何かを延々と喋り続けている夢」だ。
起きた時には疲れきっていた。
なお、漫画コレクションは数年前その三分の二を、荒の怨霊よりもリアルにおっかないビョーキ君によって燃やされた。
正太郎は焦りながら、慌てながらも、自分の心中で何度も落ち着くことを自分に言い聞かせた。
そして昨晩に帰宅してから、どこに財布を置いたか必死に頭の中で再現して思い出そうとした。
−え〜と、え〜と、え〜と、え〜と・・・−
ふと、正太郎は首をもたげて天井を見上げると、天井一面に真っ赤な血文字で「金を出せ!」と記されてあった。
血文字を見て、正太郎は昨夜の悪夢が現実であり続きがあったことを思い出し、そして全てを理解した。
荒岱介が亡くなっていたことを。
最期は伴侶からも見放されて葬式もあげられず、遺骨は誰も引き取り手がなく、仕方なく行政施設に一定期間保管されていたが期限切れで処分されたことを。
何処かの墓地に無縁仏の一つとして合わせて埋葬されているのだろう。
寂しい孤独死であったと風の便りで正太郎は耳にしていたのであった。
荒の臨終に付き添った医師と看護士が聴いた、荒による最期の言葉は「金を出せっ!!」であった。
その言葉を絶叫して絶命したそうだ。
また死の直前、荒は随分と正太郎を憎んでいた。
2ちゃんねる上での正太郎による書き込みが、相当に荒の神経を逆撫でしていたらしい。
「水沢派の正太郎だけは許せん!!!!」「大正大の癖に早大の俺を侮辱するとは生意気だっ!!!!」「150万年はええんだよっ!!!!」「アイツは俺に上納してりゃ、いいんだっ!!!!」
そんなことばかり周囲に漏らして、関係のない人々にも散々迷惑をかけていたという。
正太郎に憎悪を向けて逝った荒は、この世に怨念だけを遺した。
戦旗派−ブント時代にメンバーの皆から詐取した総額にして一億円近い固定資産と現金は、水澤努と正太郎らの訴追で税務署によって差し押さえられ無一文となって最期は逝った。
荒は人も金も全て失い、孤独死する間近は「革命家」を気取りながらも細々と賭けてきた国民年金だけが収入源であったときく。
本当に惨めで切なく寂しく憐れな身でありながら、誰一人からも同情されず、この世を呪い、祟り、まるで在特会らのように、他者には自己責任を要求し、そして自分の不遇は全て他者の所為にするといった哀れな価値観に汚染されていたそうだ。
そんな荒の呪いは正太郎を祟り、荒の怨霊は正太郎に憑依したのであった。
恐らく正太郎が呪死するまで、それも交通事故などで斬首するなどの凄惨な死に方でない限り、荒の怨霊による嫌がらせは止むことはないだろう。
そういえば、軽自動車のキーも見当たらなかった・・・
ビョーキ君は炎が大好きなのだ。
ホームセンターからパクって来た木製パレットを使って、住宅地のど真ん中にある自宅の庭で盛大に一人キャンプファイアーを楽しんだり、自宅自室の畳の上で ♪焚火だ焚火だ落ち葉焚き♪ を楽しんだりする。
そんな奴に、いくら置き場が無いからといって大切な蔵書を一時的にせよ預けた俺が間違っていた。
ちなみに奴は、盗んだバイクで走り出したりはしないが、夜のコンビニ窓ガラスを叩き割って廻ったりする。
生きてる人間が一番おっかねえ。ナニしでかすかわからんし、ある時豹変したりする。信じれば裏切られるし、疑ってかかれば拗ねられる。
貧乏神と疫病神と、数十年来の付き合いの俺にとっては怨霊の方がなんぼか付き合いやすい。
ウェルカム荒怨霊!
背中の貧乏神と疫病神がてぐすね引いて、もとへ、首を長くして待ってるよ!
正太郎がビョーキ君と十数年来の付き合いをしなきゃならないハメに陥ったのは、
そもそも正太郎が生まれた時から取り憑いている疫病神と貧乏神のせい。
この上、荒怨霊が正太郎に取り憑いたら、正太郎は不幸のドン底から死を覚悟しなきゃならない。
正太郎が荒怨霊によって職を失い路頭に迷うのは時間の問題だから、
今のうちから労働基準法と生活保護法について学習しておくべし。
場合によっては一人加盟のできるユニオンに加盟して、不当解雇などに備えるべし。
アクティオでは、こんな時には何の役にも立たないのが現実だ。
はっきり言って、荒怨霊は強敵だ!
そんじょそこらの霊媒師では除霊できない!
正太郎の失業手当や生活保護費まで、荒怨霊は上納することを要求するだろう。
恐らく正太郎が死んでも荒怨霊は正太郎の魂を拘束し、
死後も正太郎から徹底的に搾取し続けるだろう。
荒怨霊は地獄の餓鬼のように、幾ら貰っても満ち足りないのだ。
荒怨霊は永遠に充たされることはないのだ。
ちなみに正太郎が荒怨霊の魔の手から逃れられる方法が一つだけある。
「悪霊とばし」の術で、ニャンケに荒怨霊を取り憑かせる方法だ。
要するに荒怨霊に宿主の乗り移りをさせるのだ。
無論、ニャンケは荒怨霊の呪いと祟りによって不幸のドン底に叩き落とされるが、それは仕方ない。
背に腹は変えられない。
ニャンケに荒怨霊を憑依させて、自分は助かるしか術は残ってないのだ!
やれ、正太郎!
ニャンケを犠牲にして、自分だけ助かれ!
ニャンケや正太郎の話はもういいよ。
アクティオやらのことも興味ない。
もっと80年代の話をしてくれよ。
あれ程までに息苦しかったアジト生活だけど、今思い返せばオレの青春というのは
あの閉塞空間にしかなかったんじゃないかと今になって思うことがあるのだ。
もちろん嫌いなヤツはいたけれど、信頼関係に満ちた仲間にだけ囲まれている空間というのをその後体験したことがない。
みんなコケてから「外の世界」に上手く順応できたのか?
>>582 順応してなかったら、みんな生きているわけがない。
あの頃の瑞々しい想いを語り合いたい気持ちはわかるけど、
みんな既に年をとり、とっくに1980年代は過ぎた時間なのだ。
あれから世の中は激動し、そして今も世界は激動し続けている。
日本プロレタリア革命の夢は潰えたけども、今でも若者たちは社会的正義を追求しながら闘っている。
そうした少なからず闘う若者たちに連帯の意志を表明し、支え続けるのが、
かつて革命を夢みた者たちの役目ではあるまいか?
1980年代の想いを若者たちに託すのでも、押し付けるわけでもない。
黙って支えるのだ。
自分たちは全く大したことなど実践してきてはいない。
だから、謙虚に新しい連帯をつくる手伝いをすればいいのだ。
>>583 それは分かってるけど、基本的に思い出話がこのスレの主旨だからなぁ。
>>582 同意 正直 ニャンケとか章太郎とか、知らないし
>>585 ニャンケと正太郎の900地区変態コンビを知らないなんて、モグリだ!!ww
1980年代といえば、正太郎は82年の反戦反核全国行動を通じて脱原発に目覚めたに違いない。
SALTU締結の直後だ。
そして84年の反トマホーク闘争で、正太郎の反核運動熱はピークに達した。
もぐりだかモグラだか知らないけど、地区の労働者の私としては
そんなん興味なかったなぁ
>>586 うん、確かに82年の反戦反核全国行動には代々木公園も大阪城公園にも行った。あれはよかったね。あれだけ広範囲で様々な立場の人達が一つの課題で集結するのは、あれ以降無いんじゃないかと思う。
で、実はね、内緒にしてたけど、原発については80年代半ば頃まで密かに容認派だったんですよ。なにしろ理系コンプレックスでSFヲタな文系人間ですから。
科学技術の進展で諸問題の解決が出来るかも知れないのに、ヤミクモに反対するのは如何なものか、なあんて思ってたんです。
まあ、その後いろいろと勉強して変わりましたが。
てなワケで、今日は敦賀市の『もんじゅを廃炉へ!全国行動』に行ってきます。
>>588 あー今さらだけど正太郎クンに質問していい??
「反原発」ってさぁ。
(1)万が一の事故の時は、他の発電施設よりも遥かに危険で重大な事態をもたらす可能性がある
(2)原子力兵器への技術的な転用が危惧される
↑これ以外に反対の根拠ってあるの?
実際問題、人間は電気なしには暮らせないわけだし、電力消費は伸び続けてるんでしょ?
代替設備だって問題ないわけじゃないだろ?
水力だとダム造んなきゃいけないわけだしさ。
(火力はどんな問題があるんだろ?)
そーいう疑問に反対派はどういう回答をしてるの?
「持続可能な社会云々」とか「ライフスタイルの見直し」とかそーいうのは無しでね。
>>589 (3) 通常運転時でも放射性物質を放出している。低線量被爆・体内被爆の危険性。
(4) 核のゴミの捨て場が無い。これからも出来る見込みは全く無い。
(5) あと5〜6年で使用済核燃料の中間貯蔵施設が満杯に。六ヶ所再処理工場の運転再開は目処立たず。
(6) 言うまでもなく、ウランも有限な地下資源。いつまでも掘り続ける訳にはいかない。
(7) 燃料輸送の問題。あなたの隣を知らないうちに核物質が走る。そして『核テロ防止』の名目で警察国家化が進んでいる。
(8) 原発は巨大な海の加熱装置。大量の温排水で一年365日24時間四六時中海を沸かし続ける。
(9) 原発労働者の被爆問題。国内のみならず、ウラン採掘現場も。
(10) 事業主体の隠蔽・改竄・捏造体質。重大事故をあらかじめ想定しない・出来ない為、全てを「なかった事」にせざるを得ない本質。
まだまだあるけど、キリが無いので。
ところで、こないだ重さ3.3dの『炉内中継装置』を落っことしてオシャカになった『もんじゅ』だけどさ、稼動してなくても維持するだけで一日5500万円の税金をぶっこんでるんだってさ。
これだけのカネを再生可能エネルギーに回せば・・・。
>>590 うむ。ありがとう。よくわかった。
しかしここまで解説してもらっても分からないのが、そこまでのリスクがありながら
国が原子力発電を推進する意図なんだけど。
(1)、あらゆるリスクや問題点を先延ばしても、やっぱり原子力発電に頼らざるを得ない切羽詰った状況であるため
(急増する電力需要を賄うだけの発電施設がどう考えても原子力以外にない)
(2)、何かそれ以外の黒い意図
質問ばっかで悪いけどどうなの?
で、正太郎クン的には発電設備はこれからは何を主流にするべきだと考える?
単純な話、一日あたり5,500万円の維持費を代替エネルギー源の研究開発費用にまわせば良いのにな。
それと当然ながら福祉予算にな。
今のところは風力、潮流発電方式が有力候補なんじゃないのか?
別に石油やウランに頼らなくても、自然界には圧倒的なエネルギー源が存在していると思われ。
要は儲からないから代替源の研究開発をしないだけだろ?
そこに資本の論理が登場するわけだよ。
電力会社の金儲けのために庶民のエネルギー供給源として原発は日々稼働されている。
無駄な無駄な本当に無駄な税金が投入されながら。
この国のシステムと為政者はバカばかりだ。
「高速増殖炉もんじゅ公開ヒアリング阻止闘争」って、早口で言ってみ。
1982年に戦旗派の関西地方委員会のみが参加した大衆闘争だ。
この頃に正太郎は千葉か都内に住んでいたから、当然ながら参加していない。
何故ならば正太郎は、脱原発運動といったシングルイシューの運動家ではなかったからだ。
正太郎は興味津々で本当は闘争に参加したかったけど、
もしも個人的に密かに闘争に参加してるのがバレでもしたら、
指導部に叱られるのを承知していたから勇気を出せなかった。
つくづく、党派というのは不自由な機関だ。
正太郎よ。
今だから許してやろう!
まだレーニン主義党時代の上位下達な中央集権的民主政治の戦旗派時代に、
個人的に密かに参加した反原発集会を正直にカミングアウトしてみ。
さあ、正直に言いたまえ!
>>591 (1) について
電力需要は意図的に作り出されている。例えば『オール電化』の推進というカタチで。
まあ、有り体な話、そうしなきゃテメエらのメシの種が無くなっちゃうしね。
で、日本の原子力政策の根本は軽水炉じゃなくて高速増殖炉なんですよ。
『国産のエネルギー源を作り出す夢の原子炉』という触れ込みで宣伝しているうちに、自分達自身が『夢』に喰われちゃったんじゃないかな。『夢に喰われる』という点だけでは、かつての俺らみたいに。
(2) について
11月30日朝日新聞より
『外務省に核保有論か 69年、幹部が「製造可能」』
まあ、実際、衛星を軌道に乗せる技術力を持ち、プルトニウムを46d(09年現在)も保有する日本は諸外国から見れば、立派な潜在的核兵器保有国だよ。
ウィキリークスで流れた外交文書でも、シンガポールのマハティール元首相がそんな懸念を口にしてたみたいだし。
で、それに変わる電力源だけど、火力・水力・小水力・波力・風力・地熱・太陽光・太陽熱等々、その地域の特性に合わせていろいろと組み合わせていけば良いんじゃなかろうか、と、思う。
そして何より必要なことは、電力の地域一社独占体制をぶっこわす事。
詳しくは、鎌仲ひとみ監督の最新作『ミツバチの羽音と地球の回転』を是非ご覧下さい。
スウェーデンの人が本気で驚いてるよ。日本人が一社からしか電気を買えない、て事に。「ぇえ!・・・・・・・嘘だろ?!」てぐらいに。
欧州に比したら、まだまだ日本の脱原発意識は低いよな。
同じ地域で一日だけ一斉に電気を断つという運動があったけど、
そうした地道なボイコット運動が最も効果的で成果を上げることだろう。
しかしながら、脱原発運動は理系の優等生的なイメージが強い。
だから非常に大事な問題であるにも関わらず、
馴染みにくいという側面も否めないことは確かだ。
取っつきにくい、馴染みにくいという点では反戦・反基地運動も同様だけどね。
それは現場の闘いが、なかなか外に伝わりにくいからだ。
だからこそ、情報宣伝活動は必要なのだ。
今は街頭に立つばかりではなく、ネットでも充分に可能だ。
もっと正太郎も積極的に自分の運動のために当スレを利用すべし。
>>594 お答えサンキュー。
しかしだね。
>電力需要は意図的に作り出されている。例えば『オール電化』の推進というカタチで。
う〜む。こういうの読むとやっぱり正太郎クンって左翼の人なんだなあと思うな。
こういう言い方だと、まるで日本の電力需要のほとんどが、電力会社によって無理やりにでも
作り出されたかのようじゃない?
「そういう側面もある」ってところが正確な表現だと思うんだけどどうだろう?
自分の個人的なライフスタイルを見てみてただけでも、電力の消費は確実に10年前よりも増えているよ。
PCにしろ携帯にしろ、10年前は生活必需品ではなかったからね。
三里塚に空港を造る根拠が羽田の限界説だったわけだが、その限界のほとんどが米軍機によって
もたらされたかのように語っていたかつての我々と同じような、(それこそ恣意的な)ロジックに感じなくもないな。
「オール電化の普及促進」だって、電力会社が電力の消費を伸ばそうという意図があるのは認めるよ。
だって会社が自分のとこの商品の消費を促進するのは当たり前なんだから。
しかしそれだって電力会社の一番の目的が「原発の必要性を世に認めさせるため」ってわけでもないだろう?
アレはアレで、日常生活に色々なメリットを人々にもたらす面はあるだろうしさ。(宮崎あおいは可愛いしね)
逆にガス会社の人間なんて「オール電化なんてクソ」みたいな営業をしてまわってるぜ。
まぁ電力会社もガス会社も人材的にはクズみたいなヤツばかりなので、営業能力はあんまり評価できないけどねwww
続き
>火力・水力・小水力・波力・風力・地熱・太陽光・太陽熱等々、その地域の特性に合わせていろいろと組み合わせていけば良いんじゃなかろうか、と、思う。
それは賛成だ。
特に太陽光や風力など、自然環境にあまり負荷をかけない自然エネルギーの研究や利用促進にもっと国はお金や労力をかけるべきだと思う。
それで電力会社も儲かるようなビジネスモデルも創出していけばいいだろうし。
ただそういうのだって問題がないわけではないよな。
オレにとっては、いつ起こるか分からない原発事故よりも、目の前で河川が壊されていくダム建設の方がどっちかっつーと嫌だしね。
風力だって渡り鳥に対する影響がゼロではない。
まぁそういう問題点をなんとかクリアにできると仮定してだ。
反対派としては当然、そういう代替自然エネルギーで、原発の穴埋めは充分可能・・・というデータを持ってるんだよね?
それを示してくれるとありがたい。
>>597 何から何まで正太郎に質問かい?(笑)
データーを示せ、とは噴飯ものだな、原発関係の職員か推進派か?
違うならちょっとは自分で調べれば?
それとも、いまだに会議でおろされてくる意思統一を素直に待っているレーニン主義者のミイラか?
ぶさいくなことにはかわりねえな(笑)
>>598 は?何怒ってんの?ww
まぁ読解力が不自由な人に絡んでもしょうがないか。
オレは反対派でも賛成派でもないよ。
正直電力のことをそんなに考えたこともないしね。
ただ「危険だから反対」で済むほど単純な問題ではないことくらい分かる。
だから「専門家」(反対の立場からのね)に聞いてるわけじゃん。
「安全性と電力需要をどう両立していくのか?」ってことは誰もが最初に思うことだろうし。
それともオレが推進派の立場として「データ示してみろや」と絡んでるように読めたの?
それこそ何でも二極化する「共産主義者」の亡霊じゃないのかね?
>>596-597 結構あからさまな洗脳を実に臆面も無く平気でやっちゃうのが電力業界なのよ。
例えば『日本の電気の約三割は原子力によって支えられてます』、て、電気事業連合会のCM。そりゃあ100%稼動してたら、の話だ。今の稼働率は確か六割ちょっと。ちなみに稼働率七割越えないとペイしないんだってサ。
それでね、原発ってのは停まる事が前提に建てられてるんですよ。「万一の時は必ず自動緊急停止します」って言う為に。だからバックアップ用の発電所が必ずある。
福島県の海岸沿いの地図を広げてみよう。原発と並んで火力発電所だらけだから。つまり、原発が停まったらすぐに電気が全て止まる、てのも言わばイメージ戦略。
けっこうノせられちゃってるでしょ?
あ、それからデータだっけ?ちょっと違うけど、参考までに・・。
↓
http://ow.ly/1HzwO
>>595 >しかしながら、脱原発運動は理系の優等生的なイメージが強い。
だから非常に大事な問題であるにも関わらず、馴染みにくいという側面も否めない
そお〜なんだよね!言っちゃあ悪いけど、脱原発運動ってヲタっぽいて言うか専門的過ぎて取っ付き難いんだよね。
これは特に旧来の反原発運動系に顕著だけど、すぐに専門的技術的な話をしたがる。俺みたいなヲタ属性な人間じゃないと、普通の人にはなかなかキビシイ。ニャンケなんか全く興味ねーもん。
もちろん、そういう技術的な事もとても大事で、論議を深めていかなきゃならないんだけど、それじゃあ「運動」は作れない。
なんかこう、キャッチーなコピーを考えるとか、もうチョットメジャーな打ち方を考えるとか、なんとかしたいんだけど、なかなかキビシイねえ。
>>601 そ〜お?
オレここ2〜3日の質問厨だけど、そういう技術論でグイグイこられるとグッときちゃうけどな〜。
かえって「子供達が安心して云々」とか言われるとシラけるね。
>>598は確かにバカだな!ww
何を怒ってんだ?ww
単純に勤め人の男性には技術論、そして子持ちの主婦にはキャッチコピーがウケるんじゃない?
あとは脱原発派が少しでも実証的に勝利を示すということだと思う。
それで人々は「ああ、なるほど!」「少しは脱原発について考えてみるか?」ってなるんじゃない?
ちなみに俺自身は、原発は単純に事故を考えたら怖いから不必要・凍結・撤廃派。
電力会社の独占が廃止されたら、さっさと代替エネルギーに乗り換えます派。
全裸の正太郎が全裸のニャンケを首輪と手綱で繋いで、
原発施設か電力会社の社屋の前で過激なパフォーマンスをすればキャッチーだよ。
絶対にウケること間違いナシ!!!!
正太郎の脱原発論も、運動に取り組む姿勢と熱意にも異論はないんだけど、
なんというか、それでいいの?的な得体の知れない違和感があるんだよなぁ。。。
この得体の知れない違和感は、やっぱりアクティオという枠内的なものを感じるからだと思う。
あとは人間不在というか、疎外された人間の在り方との対話が欠如しているからだろう。
だから誰も「正太郎ガンバレ!」みたいにシンパシーを寄せる気が起こらない。
それは単純に正太郎の脱力キャラ故ではないと思う。
もしも正太郎がアクティオとは無関係に、独自に取り組んでいたとしたら応援をするだろう。
だけど、荒問題について明確な総括を提示できてないアクティオの存在には、やはり不信感が残る。
正太郎が如何に思うとか、或いはニャンケやゲンジが如何に思っているとか関係ない。
それが社会的責任を果たすというか、ひとつの道義でもあるのだ。
ゲンジは一切の責任を引き受けたとかアクティオ内部では高く評価されているらしいが、
それはあくまでも現役アクティオ会員にとって意味があるものであり、
献身的に多額の上納をしてきたりと傷ついて離脱していった多くの元活にとっては全然無意味な事柄だ。
その辺を理解して欲しい。
やはり荒問題についての言及を避けてはいけないし、避けては通れない。
>>607さんはまたそこに戻したがるのか・・・
せっかく中身の濃い対話になっているので楽しみに見ていたのになあ。
メビウスだね。
アクティオとは無関係に個人で行った『もんじゅを廃炉へ!全国集会』で仕入れたネタ
鳴り物入りで再稼動したものの、重さ3.3dの炉内中継装置を落っことし僅か三ヶ月でオシャカになったもんじゅ。
この『炉内中継装置』を製作したのは東芝だそうな。そして15年前のナトリウム漏れ火災事故で、ナトリウム漏れの発端となったブチ折れた温度計を作ったのも東芝。
先月の科技庁交渉で炉内中継装置が東芝製だと分かり、参加者の一人が思わず「まァた東芝ですか!」と言うと科技庁担当者頷きながら「そおぉ〜なんですよ!」と応えたとか。
科技庁からも呆れられた東芝は、もう終了。
ていうか、全国の東芝が関わった原発は直ちに点検しなければならないのでは。まかり間違っても原発輸出などしてはならぬ!
そして落っこちた炉内中継装置の、二度にわたる引き上げ作業に失敗した原子力機構。引き上げ前には「絶対成功します!」などと豪語していた為、面目丸つぶれ。
今後は原子炉容器上部に巨大な作業小屋を作って、容器の蓋ごと炉内中継装置を撤去する作業に入るそうで、来年9月には運転再開すると言っている。
が、「来年9月」には何の根拠もない。単に『'12年度予算編成前に何とかしなければ仕分けられてしまう』という事らしい。
こんな短期間でそんな大工事をやろうとすれば、必ずまた何かやらかす。こちらも要監視!
だから正太郎もHPは無理でも、せめて自分のブログを開けば良いのに。
『正太郎の脱力脱落脱原発日記』とか。
そこで自分の脱原発論を整理して問題提起を行っていく。
なかなか濃い内容のブログになると思うよ。
ご一考あれ。
>>608 戦旗とかブントとは無縁ですとはならないよ。
ニャンケなりにも色々と感情を整理され、総括してきた内容を今までに書いてきてる。
>>611さんのおっしゃるとおり。
生きている限りは、「無縁」になるなんてムリ。
終わらない総括集会。
>>610 同意。正太郎脱力脱落脱原発日記に一票。
終わらない総括などない。
そんなのは連赤事件で沢山。
だが、組織として総括を表明する、そして具体的に何をするかを表明することは必要。
「今は“組織”じゃない」なんていうのは子供の論理。
世間では通用しない。
まっ、ここでニャンケに言っても仕方ないけどね。
↑終わらない総括は戦旗・共産同問題も、連合赤軍問題も、いっしょですよ。
だって、こうやって、あなた自身が、絶対に、終わらせないのではないですか?
誰か「ゲンエキ」とか「荒の後継者」とか戦犯を草の根わけても探して、当事者が否認しても締め上げ、無理やりにでも敵を作って、荒への憎悪をぶつけなくては気がすまない。
そういう元活もゲンエキも、最後のひとりが死に絶えるまで、この総括集会は続くのでしょう。
不肖ニャンケといたしましては、地獄の底まであなたにお付き合いさせていただきますよ。
もとは同志だった人なのでしょうから、さびしからずや。
615 :
革命的名無しさん:2010/12/11(土) 07:38:08
ニャンケはハチドリの会の会員なの?
いったい普段は何の活動をしてんの?
菜の花畑の耕作に菜種油の精製とか?
正太郎みたいに脱原発運動には興味が無いんだよね?
かといって、反戦・反基地運動とかにも関わっている様子もないし。
草加耕助の「勝手連」枠で正太郎と一緒に三里塚現地集会には参加したらしいけど、
それ以外には正太郎みたいに目立って社会運動や政治運動には取り組んでないよね?
616 :
革命的名無しさん:2010/12/11(土) 08:07:31
正太郎は平日の夜や休日を殆ど脱原発運動の会議や集会などに消化している様子だが、
ニャンケの場合、土日は惰眠を貪って労働力の再生産に勤しむかキャバ嬢と同伴デートだろ?
それで平日の夜は殆ど毎晩へべれけになるまでスナックやキャバクラで遊びまくる。
だから、お腹がドンドン出てきて、医者から「あなた、いい加減に摂生しないと死にますよ!」と宣告された。
それでも即自的なニャンケは昼飯にトンカツ定食(豚肉200g ご飯大盛)や唐揚げ定食、ラーメンと炒飯と餃子、
もしくはラーメンとカレーライスと餃子といった高たんぱく、高カロリーな食事、脂肪分と炭水化物の過剰摂取を止めようとしない。
そしてキャバ嬢と同伴デートする時も焼肉に寿司にイタ飯に中華にフランス料理。
そんな乱れた食生活と過度の飲酒に加えて喫煙者。
命を自ら縮めるニャンケ。
早死にへ向かってまっしぐらのニャンケ。
あと三年、生き長らえるかどうか分からないニャンケ。
ニャンケが先に死ぬか?
荒が先に死ぬか?
もはや互いに逝く順番を競い合っている状態である。
45歳と65歳の早死に競争。
もしもニャンケが荒よりも先に逝ったら、もう笑うしかありません。
死ぬ間際に、三里塚現行隊での日々の思い出が脳裏を駆け巡るニャンケ。
真っ白な陽射しと青い空に、遠くから聞こえるトラクターの音と土と肥料の匂い。
そしてトラクターの音に混じって、空港から聞こえるジャンボジェット機が移動する音。
援農をしていると、時たま畑の横を徐行する空港警備隊の紺色のデリカ。
赤ヘルを被って赤旗を取り付けた旗竿を持ってデモした辺田部落。
ヤクザまがいな口調で用水工事業者を脅かしてビビらせたこともあった。
そんなプレハブ三階小屋で過ごした日々が、死ぬ間際のニャンケの頭の中を走馬灯のように駆け巡る。
あの頃が人生の中で最も充実していた日々だったからだ。
逝く前にニャンケは心中で強く願った。
「もしも今の意識のままで、あの時の自分に帰れたら・・・」
すると聖禅羅神様の化身であられる聖全裸正太郎様がニャンケの前に現れた!
聖全裸正太郎様曰く「ニャンケよ、願いを叶えてしんぜよう!」「ただし、若かりし頃に帰れる期間は一年のみじゃ!」「僅か一年間で三里塚現地情勢を変えてみせるのじゃ!」
そう言い残すと聖全裸正太郎様は消え去り、ニャンケの身体は若さを取り戻し、いつの間にか横堀第31団結小屋の三階で寝ていた。
なんかしらんが今月はマジで休みが全て埋まってしまった。なんやかやと参加しなければならず。
月に一度は生産的な事も非生産的な事も何もやらずに、朝から晩までただひたすら呑んだくれて自堕落に過ごす『人間のクズを演る日』が無いとリフレッシュしないのに。
そしてニャンケは休みも取らずに仕事三昧の日々だ。なにしろ毎日呑みに行くにはカネを稼がねばならないからな。活動なんぞやってられるか!
と、言ったら言い過ぎかなニャンケ?
言うな正太郎!!(怒)
う〜む、やはりニャンケは毎日毎晩呑んだくれていたか!!
マジでお仕置きが必要だな?
タイムリープして、再び1980年代半ばの三里塚現地へ行って来い!!
貴様の腐り切って穢れ切った精神を、もう一度ハンゼムに援農して叩き直してもらうのだ!!
さあ、まだ腐敗していない正太郎が隊長を任されている現行隊の隊員として行け!!!!!!
横堀第31団結小屋で、草原ニャンケは21歳の肉体を取り戻した。
ただし、意識は現在のニャンケのままであり、これから先の自分自身や正太郎や
戦旗・共産同や三里塚闘争の未来の姿を当然ながら知り尽くしている。
ニャンケの腹は少し出かかってはいるが、今ほどは出ていない。
血糖値も普通だし、髪の毛もフサフサだ。
遠近両用メガネでなく、普通の近視用メガネをかけている。
しかしながら、ニヤッと笑った時の髭の濃い下品な顔付きは40代半ばになった現在と同じである。
そして極めつけは「そーけ!」を連発する強烈な茨城弁で、それも現在と同じである。
「うわっ! 本物のニャンケが寝てるべよ!」
草原ニャンケは、団結小屋一階のテーブル上に寝そべる牝猫を見て、感動と懐かしさのあまり思わず声を出してしまった。
未来を知り尽くしているニャンケは物凄く悩むだろうな。
こんなことをしても無駄だから、完全に身を引いて市井の人として普通に生きていくか、
それとも全身全霊を賭けて歴史を変えようと、活動家として阿修羅の如く必死に努力するか。
具体的には戦旗派を脱退してノンセクトになって北原派に行くかも知れないし、
それとも三里塚闘争には一切関与しないで、まったく別の社会運動、政治運動、反戦運動に夢中になるか。
あるいは、戦旗派に留まりながら三里塚闘争への関わり方を模索するか(結局、同じ結果だろうけど)。
2010年から1986年に渡来したニャンケは、この先の世界と人々の運命を知っている分だけ、
自分の生き方や世界との関わり方に苦しみ悩むことだろう。
未来を知り尽くしているニャンケは、この先に何がヒットするか知り尽くしている。
当然ながらニャンケはキャバクラも知り尽くしているし、競馬や競輪、競艇などの公営ギャンブルの勝敗も知り尽くしている。
ニャンケはギャンブルで一財を成し、日本で最初のキャバクラを開店して全国チェーン展開し、
「キャバクラ経営の帝王」として夜の風俗業界に君臨するかも知れない。
当時の日本はバブル真っ只中なのだ。
ニャンケは階級闘争をやめて資産家への道程を歩んでいる可能性が強い!
金、金、金、金、金!!!!!
金が人間を狂わし、金が人々の運命を決める。
人間は下部構造から永遠に自由にはなれぬのだ!!
意識が存在を規定することなんて、永遠に絶対に無理なのだ!!
だからニャンケは素直に下部構造に拘束された貨幣の奴隷と化すだろう。
金があれば地位も名誉も買える!!
女にもモテまくるし、愛も自由も買える!!
欲望の王者であるニャンケは金で世界を支配し、ホリエモンの前身を突っ走れ!!
ビルゲイツを乗り越えろ!!
↑ムフッ。いいかも(笑)
やはりニャンケは21歳の時代に戻ったとしても、単なる拝金主義者、金の亡者になるだけだ。
絶対に社会運動、政治運動なんかに関わるタイプではない。
たまたま戦旗派にオルグされて一時的に左翼になっただけで、根っからの自堕落人間。
そんなニャンケを更正させようとしていた茨城地区の苦労がわかるような気がする。
もしもニャンケは戦旗派に結集していなければ、今で言うところのオタク、
例えば当時なら「おニャン子クラブ」の追っかけをしていたかも知れない。
どっちにしろ、茨城から県外へ滅多に出ない田舎モンだけど、
ネットの無い当時ならば、わざわざ東京まで足を運んだりしてな。ww
茨城から県外に出ていた目的は、三里塚現行隊へ「左遷」されていたから。
それ以外で力を傾注することなど他にはない、何の取り柄もなかった若者だった。
だから戦旗派運動に傾注していた力を当時のアイドルの追っかけに注いでいた。
ニャンケは今で言うところの、単なるオタクになっていたよ、オタクに。
↑そーけえー ほーけー(笑)
ニャンケは国生さゆりのファンだった。
団結小屋で皆から顰蹙を買いながら『夕やけニャンニャン』を熱心に視聴していた。
628 :
革命的名無しさん:2010/12/15(水) 04:37:24
ニャンケと正太郎の話しばかりでうんざり。
地区の労働者活動家で現行隊に派遣された人は僅かだろうな。
ニャンケとか正太郎は幸せなほうだ。
ほとんどの地区労働者メンバーは、早見慶子みたいな過ごし方をしてきたのだろう。
80年代後半からの全党合宿が楽しい思い出かな?
630 :
革命的名無しさん:2010/12/15(水) 20:01:57
もう、思い出話は過去スレで散々語り尽くしたんだから、
ニャンケと正太郎やアクティオをネタにするしかない。
いつまでも戦旗にしがみついてんなよ、情けない!
だいたい、僅かな期間しか活動してなかったヤツほど、
いつまでも中途半端に戦旗を引きずるもんだよ。
あの頃の「仲間同士の信頼」とか「連帯感」だとかが今に無かったら、
いつまでも懐古してないで、新しい関係性の上で作ればよい。
また、新しい社会運動の中に飛び込めばよい。
次に行け!
あ、規制が終わった。
なんかしらんがアクセス規制されてたのだ。
『サクラが咲いてますよ』とは何の事だ?
正太郎!
お前もアクティオなんかにしがみついてんないで、いい加減に独立しろ!
634 :
革命的名無しさん:2010/12/16(木) 07:19:53
>>632 それ、コピペ繰り返したりマルチポストすると出る文句みたいですよ
それとも、何かある言葉が規制にひっかかったのかな(´・ω・`)
ネトウヨ関係だとザイトクとかの一部ブログのURLが引っ掛かったりします
>>633 別にしがみついてるつもりはないが。
アクティオネットワークもアクティオ誌もツールであって、しがみつくモンじゃない。
>>634 47NEWSのURL貼っただけなのに・・。
何が悪かったんだろう。
もっと役に立つマシなツールはあるだろ。
『Actio』誌もアクティオネットワークも知名度なさすぎで、クソの役にも立たん。
>>636 俺が参加しているのはアクティオだけではないのだが。他にも会員になってる団体が複数あるし、某団体では僭越ながら理事などやらせてもらっている。
いーじゃん、アクティオに居たって。同窓会みたいで楽しいんだもん。
稀に、思わぬところで意外な繋がりが出来たりするし。
おいおい
党派の残骸と、市民団体やNPOを一緒にするなよ w
そうそう。
アクティオネットワークは党派の残骸、残骸!!
それを自覚しないとダメ!!
決して他のNGO、NPOや市民運動団体と同じではない。
曰く付きの残骸ネットワーク団体だよ。
えー、と。
俺はアクティオにしがみついてる訳では無く、単なるツール及び同窓会であって別に居たっていーじゃん、という文脈だと思うのだが。
ていうか、『党派の残骸』と『市民団体・NPO』とわざわざ仕分ける事に何か意味があるのだろうか?
つーか、「同窓会」って「叛旗派互助会」と同じようなもんかよっ!?
ったく、ブント系は好きだなぁ、そういうのが!ww
別にいいけどさ。ww
でも、世間的にはアクティオは党派の残骸であり末裔だよ。
だから、荒問題の総括的声明を発表しないと駄目だね。
それよりも、正太郎は『正太郎の脱力達観ぶりッ子脱原発ブログ』を早く開設しろや!
表紙はフラッシュで正太郎が全裸四つん這いになって激しく尻を振ってる動画でな。
これは命令だ!!!!
>>643 ニャンケが面白い話をしないから絡まれる。
何か面白い話をしろ!!
どうせ、今年のクリスマスイブも独りぼっちで過ごすんだろ?ww
645 :
革命的名無しさん:2010/12/18(土) 20:35:04
荒主導の編集だったとはいいながら、遥かに『理戦』に『SENKI』のほうが面白かった!
『Actio』誌は編集コンセプトが不明瞭だから、いまいち面白くないのよ。
環境問題なのか社会問題なのか、編集者が如何なる問題意識を持ち、
如何なるものに焦点を当てて取材し編集してんのか不明瞭。
はっきり言って素人編集レベルだし、あのレベルでは販売して金を徴収してはならない。
同じミニコミ紙・誌ならば、断然『人民新聞』とかのほうが面白い!
長田やゲンジにはミニコミ紙・誌の編集者としてのセンスのかけらも、
また自然環境保護運動家、社会運動家としてのセンスが元来ないんじゃないのかな?
646 :
革命的名無しさん:2010/12/19(日) 03:19:05
要は今のアクティオなんて、所詮は草原みたいな人間関係の紐帯を断ち切れない
無能な奴らが結果的に残存したってことだろ?
だって、いいのは全部やめちゃったじゃん!
>>646 >だって、いいのは全部やめちゃったじゃん!
そうそう。例えばオレとか。
↑うけたうけた(笑笑笑)
>>645 荒派の機関紙誌のほうがおもしろかったなら、荒は別に今も同じところで生きているんだから、荒のところにおまえが行って再刊すればいいだけのことだろ?
SENKIと理論戦線が再刊されて模索舎にあったら買ってあげるよ。
定期購読するかどうかは読んでから考えるけどね。
無能な俺を唸らせるくらい面白いの、作ってみてくれよ。
荒さんも喜ぶと思うぞ。
↑荒は末期。
それに荒ひとりの力量で発刊されていたわけではない。
あんな書物を再刊しなくても、今は良質な機関紙・誌が沢山あるよ。
バカチンがぁ!!!wwwwwwwwww
651 :
革命的名無しさん:2010/12/20(月) 05:10:23
いつも売り言葉に買い言葉のバカニャンケ。
いい年齢こいても相変わらず論点整理ができず、
論点をずらしてしか反論できないバカニャンケ。
アクティオを貶されたら冷静になれず、アクティオで友だち探しをするバカニャンケ。
現物はブクブク太った糖尿持ちな中年の癖して、
ネット上では威勢のいい言葉を吐いて粋がるバカニャンケ。
論点はハッキリしているだろ?
SENKIや理戦のほうがおもしろかったと思うヤツが勝手に再刊すればいいんだよ。
モンクを言っているのでもないし、冷静に言っているんだけど、なにか?
>>650 なにをビビッているんだろうな、不細工なアホだよ、おまえは。
再刊しなくていいなら再刊しなけりゃいいだけだよ。
おまえの力量じゃムリなら、やらなきゃいいじゃねーか?
良質な機関紙・誌の愛読者でいればいいだけで、誰もそれを否定していないよ。
Actioを読みたくないヤツに読めと言うつもりもないし。
何が問題なんだ?
くるくるぱー
組織に集まるのも組織から離れんのも、所詮は人間関係による軋轢。
路線論争なんて表層的な仮想に過ぎん。
本当は、あいつとは気が合わない、信頼関係を築けないとか、
自分が仕切れば上手くいくのにとか自我やプライドの張り合いだったりする。
そういう意味でいえば、草原ニャンケみたいな
非常に鬱陶しい奴と同じ当該組織でなくてラッキーだったと思う。
人間関係というものは、どうしても構築不可能なものは不可能なのだ。
それは当面の間は規律と盟約に我慢して思想(意地)で乗り切れるが、
やはり、どこかしらに歪み(ストレス)が生じてくることは必然だ。
夫婦関係だって同様であるかも知れないが、夫婦関係は現実との折り合いを着けてるし、
それに惚れたフラれたは自分の責任といった諦めが着くから、すぐに次へ行ける。
党は人生を要求してくるが、会社はそこまで要求しない。
党に要求されても、安易に差し出すからいけないのだ。
Actioが今みたいなネットワーク型組織に変容することになったとき
既存の活動家はすんなり納得したのかな?
もしそうなら、余程、党から離れたところに板人たちばかりなんだろうな
>>646 がいういいのが皆辞めたとしたなら、それはそれで頷ける
むしろ残っている人たちのほうが不思議というか、何も考えていないというか
ただぶら下がってた人たちばっかりなのは容易に想像できる
あるいは草原氏みたいに、組織から遠い一で眺めて、居心地がよくなったから
党に改めて入ろうとした人とか
655 :
革命的名無しさん:2010/12/23(木) 04:56:03
>>654 そもそも正太郎は草原とは組織に関わる主体性が違うから再結集する経緯も違うけど、
草原の場合は長年くっつかず離れずの関わり方で組織を観察しておきながら、
ゲンジみたいにキャパの広い人間が代表になって居心地良くなったから再結集したんだろうな。
もちろん、これを指摘したら草原本人は間違いなく否定するか開き直るかのどちらかだろうけど。ww
結論からいうと
>>654の指摘どおり。
今のアクティオ残存メンバーは、単なる自己保身と組織ぶら下がり指向で何も考えていない。
なんとなく同窓会として年に一度の集まりで昔を懐かしむために残っていて、
世の中を変えたいとかは甚だ考えていない保身的な生活安定志向の奴等が大半を占めている。
そうした年に一度の同窓会的な場所に大して闘ってこなかった草原は、
デカイ顔して出ていき厚かましくも進言したりしている。
所詮アクティオも草原も、そんなレベルだよ。ww
そこまで同窓会を悪く言う必要があるのでしょうか?
私は同窓会に参加したいと思いませんが。
いや 同窓会を批判しているんじゃなく
党にぶら下がっているあり方を批判してるのでは?
あんまりニャンケ君を責めないでやってくれ!
彼のあり方がそんなに批判されるのならば、
○高校生の頃に進学校で落ちこぼれたコンプレックスを糊塗するために左翼を気取りだす
↓
○中核のオルグを受けるものの、「対カクマル」ばかり意思統一されてビビって疎遠に
↓
○受験にことごこく失敗するが、各大学でビラを収集し、結集するべき党派を捜す旅に
↓
○たまたま信州大学受験時にオルグされた民青に「ま、いっか・・」と結集
↓
○当然の如く浪人し、民青浪人班のメンバーとなるが活動にはすぐ飽きる
(だって選挙活動と未納党費の徴収ばかりなんだもん)
↓
○また党派を捜す旅に
続く
続き
↓
○早稲田予備校に通っていたので早稲田のニセ学生のようにキャンパスをブラブラ
↓
○当然のように革マルにオルグされる
↓
○しかし噂通りの尊大さに嫌気がさしたので疎遠に(あんまり彼らもしつこくなかった)
↓
○御茶ノ水駅前で戦旗の情宣に出会い、主張に感動
↓
○民青に意見書を出して決別し、社学同に結集
↓
○戦旗の主張には共感していたが、適当な言い訳をしてアジトへの移住は避ける
↓
○それなりに一生懸命に活動はしたが、2年目から消耗がちに
↓
○「9・29」突入メンバーの意思統一を受け、ビビって遁走
↓
○それっきり戦旗と縁を切る
↓
○そのくせ、妙に当時が懐かしくなって2ちゃんにスレなど立ててしまう。
↑自分で書いてて何だが、この痛々しさはどうだよ!?
この恥知らずぶりはどーなのよ?
こんなオレが立てたスレなんだよ!!まぁ許してやってよ。
>>1さん、ありがとー(感涙)うるうる。
年の瀬にいじめられるとさすがに凹むよなあー。
ぴゅうううう(北風の音。・・・北西風じゃないぞ!ぜんぜん鍛えられてないからな!)
まあ。勝ち組くんも負け組くんも元活のみんな、メリクリ(笑)
↑そもそもニャンケは若い頃から体脂肪率が高いから、冬でも全く寒くないだろ?
これからも容赦なく、そしてまた容赦求めずニャンケを虐めてやるよ!
♪ブントスレが立つところ、草腹は滅ぶ! (滅ぶ!)
♪戦旗スレが立つところ、ニャンケは滅ぶ! (滅ぶ!)
♪進め 進め
さてさて!!!
今年も独り身かつ彼女いない歴十数年の草腹ニャンケが
一年で最も悔しく寂しく苦しい思いを味わう、
地獄のクリスマスイブが訪れましたよう〜♪
街ゆくカップルを妬みと羨望の眼差しで眺めながら、
一人淋しげにイブナイトに彩られた街並みを歩く草腹ニャンケくん!!
やっぱり今夜もキャバクラだァ!!
お気に入りのキャバ嬢を横に座らせてセクハラやりたい放題だァ!!
モテない独り身の淋しさを紛らわせてやるぜィ!!
タコみたいな頭にして遠近両用メガネをかけて、
おねえちゃんたちに卑猥に絡んでやるぜィ!!
そして積もり行く借金。
水戸駅頭では茨城ユニオンの若い組合員が派遣法改正を訴えるビラ配りを行い、
居酒屋の安い賃金でコキ遣われているフリーター青年が呼び込みを行っているにもかかわらず・・・
これが、元サヨクのレゾンデートルなんですかねぇ???
>>662 これだけ読む限りじゃニャンケ君が勝ち組に見える。
千葉県下某所で開催された総会(年一の同窓会?)の報告よろしく。
オラオラァ〜〜〜!!
千葉県下某所で開催された「年次総会」とやらのロクデナシどもの同窓会に出席した
草原ニャンケと正太郎は、さっさと「年次総会」とやらの詳細を報告しろよ!!
社団法人なんだから、何も隠すことなんか無いはずだろ?
同窓会ではキャバクラや性風俗店へ通った話しかできない草原ニャンケ。ww
皆からドン引きされても、お気に入りのキャバ嬢を口説いた話を得意気にする草原ニャンケ。
正ちゃんとニャンケ以外の現役はこのスレ読んでるの?
>>658-659-660
久しぶり!
俺は
>>1さんとは現行隊同期で、正ちゃんはよく知ってる、ニャンケ氏はチラッと知ってる程度だが(笑)。
へぇ〜、@さんは民青にいたんだ、初めて知ったよww
@さんの素性、面白かった、また話したいなあ。
さて、こんなこと書くと、@さんもニャンケ氏も怒るかも知れないが、
俺の個人的な印象では、@さんとニャンケ氏は、かなり似た人格だと思うぞ。
二人を会わせたかったなあww
@さんもニャンケ氏も、本質的に他人=「党」などに左右されない人格者だと思う。
だからこのスレでは、党に盲従した人たちにいろいろ言われているが、ニャンケ氏気にするな!
良くも悪くも、俺には@さんやニャンケ氏みたいな真似はできないわ(笑)!
自分のアタマで考えて行動する、当たり前なことだけど、大事なことだよ。
それができる「異端」の二人を、俺は祝福するぞ!!
↑連レス!
俺もハンネ出すかなあ。でも「元同志」より、現妻子の方が大事だしなあww
@さん、好きだなあ、ホントにいいキャラだよ、卑屈で(爆)(爆)(爆)!
また団結小屋で、飲みたいよ。
ニャンケ氏は、レスを読む限りでは都会的で、フツーの人だよね。でも実際には、当時の田舎者青年に輪をかけたオッサンなんだろうね。
ぜひレスも、茨城弁で書き込みしてもらいたいよ(笑)。
皮肉じゃなくて25年前でも、ニャンケ氏の茨城弁丸出しにはびっくりした。今どき、若者でもこんな田舎者がいたのか、って(爆)
でも経営者で成功してるなら、万々歳だね。
ニャンケ氏の、田舎者丸出しの笑顔を、今でも思い出すよ!
670 :
革命的名無しさん:2010/12/26(日) 07:44:32
>正ちゃんとニャンケ以外の現役はこのスレ読んでるの?
誰も読んでないだろ。
671 :
革命的名無しさん:2010/12/26(日) 07:51:36
お前ら朝飯食べた??
オレは牛丼にクラムチャウダーかけて食べてみたけど、これがなかなかいけるのよ。
マックのポテトならLサイズ二つはいけるよ。
コーラはいらない。
>>671 朝飯前には、やっぱニャンケいじめだろ?
今年のクリスマスイブを境にして、来年を「ニャンケ虐待年」と定める。
皆でニャンケを精神的に追いつめて、ニャンケが発狂するまで徹底的に叩く。
皆で2011年を、そんなステキな年にしよう!
>>668 >俺の個人的な印象では、@さんとニャンケ氏は、かなり似た人格だと思うぞ。
いやーーー悪いけど、これはかなり心外だなーーwwwww
オレはニャンケ君とは面識は無いけれど、似たような感じに見えるとしたら複雑だwwww
オレの場合は、「党に左右されなかった」わけじゃなくて、単純に党の方針を主体化できなかっただけです・・
>>669 こんな過疎板でコテハン晒しても日常生活に何の影響もありませんよ!
当時の組織名まで名乗る必要はないと思いますが。
まぁこのスレ終盤には出来れば捨てアド晒しますのでメールなど貰えれば嬉しいです。
>>669さん。
おれも
>>1さんといっしょで、党の方針が主体化できなかっただけだっぺーよ。
頭がわりーかんなあ。むひょひょひょ。
んでも、文字で方言っつーの、けっこうむずかしいべよ。
・・・あ。
>>1さん。いま「心外」っていったっぺ?
シでエーなあ。いじやけた。
>>1さんが捨てアドおせ−てくれたら、俺もメールすっかんねー。
むひょひょひょーん
>>1氏と草原とでは、決定的に違うのは節操。
>>1氏は自分を俯瞰して観られる能力があるし、ちゃんと今でも節操を保っている。
一方で草原は、全然と述べていいほどにそれらが無い。
だから、互いは全く似通ってもいないし違うタイプの人格。
677 :
革命的名無しさん:2010/12/28(火) 10:25:58
本日は仕事納めの会社が多く、ニャンケ運送社も仕事納め。
皆さん、よい御年を!
おいみんな!!
越冬山行の準備は出来てるか??
↑越年の間違いだった。自己批判します。
>>676 おまえはどうなんだ?節操はあるか?
例えばおまえが元同志だとしよう。
おまえも俺も無節操な裏切り者ではないのか?
卑怯な生き残り組であることは同じだぞ、おまえもニャンケも。
裏切らず節操があるのは荒一人だけなのだよ、わが戦旗では!!
わかったか?
節操なんかクソ食らえ!
せっかくだから命あるかぎりこの人生を楽しむのみだ。
もうどこをどう探しても正義も人民も革命もないのだ。
みんなでkaraにあわせてケツ振りケツ振り・・ケツ掘りじゃねーぞ、ゲイマン!!
戦旗を選んでしまった俺たちは全員、大バカ野郎なのだよ、わかったか?
>>673>>675 う〜ん、なるほどねえ。
でも考えてみたら、みんな党の方針=荒さんの意向を「主体化」できなくなって、コケてるようにも思いますねえ。
「主体化」できてた人のみ残れたけど、肝心の荒さん自身が階級闘争からコケてしまい、困ってるような…。
「主体化できなかった」ってことは、やっぱり早くから、自分のオツムで考えられた、ってことですよwww
>>674 いえいえ、こんな過疎スレだからこそ、特定されそうで恐れてます。
まあ、ここまで怯える必要なんて無いかもだけど、俺からみれば、@さんの自分が誰だか分かるよう書き込み、勇気あるよ!
正ちゃんは早く結婚して子供作れ!
そしたら、「目立つのが快感」なんて、無責任なこと言えなくなるのにw
正太郎流「貧困化率均等の法則」ならぬ、「社会的責任化率均等の法則」?だ!
↑自分で何書いてるか分からなくなってきた(爆)!
682 :
革命的名無しさん:2010/12/29(水) 12:08:31
>>680←このように全てを相対化して責任逃れをするのが草原輝の常套手段。
「去り方」というもの「関わり方」というもの「姿勢」といった「美学」を知らない。
そうした点では、荒岱介は草原輝以上に無節操。
KARAの衣裳を着て、激しく尻を振るニャンケを想像してみよう!!!!!
年末年始、アクティオ全会員はニャンケと一緒に尻振り大会だ!!!!!
>>681 お前はニャンケと同じく真性バカか!?
首尾一貫して「荒さんの意向=党の意向」なわけねえだろ。
そんな組織だったら、最初から誰も着いて行かない。
時期によって違う。
管制塔占拠とか「荒さんの意向」か?
何でもネトウヨみたいな思考様式で等式化すんなよ、いい大人が!
そんなバカな思考様式はニャンケとネトウヨに任せておけばよい。
ついでに言うと、明らかに荒=党の色彩が強くなったのは90年代半ば頃から。
その辺が分節化されずに語り述べられるから、すぐに討論が行き詰まる。
うーむ、「真性バカ」という表現はヨクナイね。
そこまで言う必要はないじゃなイカ。仲よくやってよ。
>>680 どうせニャンケは、馴染みのキャバ嬢にKARAの曲を唄わせながら尻振りダンスを踊らせて、
自分も一緒になって尻振りダンスをキャバ嬢と踊ってんだろ?
下品なセクハラ助平おやじぃニャンケめっ!!
塩見の本とか読んでると、「こんな電波一歩手前のオッサンの戯言に振り回されちゃったんだなぁ」と
赤軍派の諸君がつくづく気の毒になるが、戦旗も傍から見るとこんな感じなのかねぇ?
>>685 いやぁ、どうも!
いや、やはり
>>684さんの言うとおりだわw
確かに、荒さんの私党化は90年代からというのが、正確かも知れない。
↑にも書いたけど、戦旗時代と同様、すぐ他者の批判に納得させられてしまうよww
やはりハンネはやめとこ(爆)!
ところで大掃除したら『闘労』が出てきたんだけど、その49号(85年9月発行)に、
「社学同現行隊の決意」として「A・K」さんの文書が載ってる。これって@さんが書いたのかな?
「結集して2年数ヵ月」で、随所に「450-480建設を担う」とあるので。
最も、25年前に書いた自分の文章なんて、逆に記憶に無いかもだけどね。
それと前に出てきた、長田さんが泣きながら決意表明したというのは、
この第15次現行隊の結団式の、85年9月8日であった可能性が高いね。
コケる時に、『闘労』持ってきて良かったよww
連レスだけど、同じ『闘労』49号には須美さんの女解論文が載ってて、翌50号では3名からコテンパンに批判されてる。
当時は女解なんて、全く興味無かったので、理戦の17号論文しか記憶に無かったよ。
改めて読んだけど、よく分からなかったww
須美論文は批判されてるけど、でも俺も自分の子供が生まれて、須美さんの「自分の子はやはり自分の子であり他人の子ではない」なんて主張は、至極当然だと思うよww
俺がブルジョアイデオロギーに、毒されてるだけかな?(笑)
ちなみに49号の最後には山行報告として、ニャンケ氏が唯一参加したという、飯豊山行が載ってたよ!
690 :
革命的名無しさん:2010/12/31(金) 17:10:10
>>689 それは「ブルジョアイデオロギー」とかで断罪されるもんじゃないよ。
少なくとも
>>689は、荒や草原やゲンジみたいに、女性に対して無節操じゃないでしょ?
押忍!!!!!
みんな久しぶりだな。
少しキャラ変えをしたぜ!!
今年も大晦日が訪れた。
大晦日といえば、年末年始恒例の、九十九里浜寒中全裸男色合宿だ!!
ニャンケと正太郎は強制参加。
間もなく開始するぜ!!
厳冬期の吹雪く九十九里浜で荒波を浴びながら、白褌一丁に捻り鉢巻き姿で寒中水泳で禊をしたあと、樽酒を割って皆で酒を酌み交わし、松明のもとで全裸になって砂浜をゴロゴロ転がりながら男同士で愛し合う。
これが超一流の男色家の年始年始の過ごし方だ!!
ニャンケと正太郎が砂まみれになりながら、冷たく凍える砂浜の上を抱き合って転がる!!
素晴らしい光景だぜ!!
もちろん最後は、正太郎の包茎気味マラがニャンケの尻穴に突き刺さるぜ!!
押忍!!!!!
>>689さん、それは誤解だよ。
飯豊山行は初めて参加した登山で、へたれて、山が大嫌いになった思い出の山です。
でも山の上や降りてからのコンパは最高に楽しかった。
地方の俺たちも居心地悪くならなかったのは、1000の愉快な仲間たちのおかげだな。
そのあとも何回か・・つーか、春夏冬は数年間、いつも山だったでしょ?
いやいや言いながら行ってました(笑)
>>684さん、「真正バカ」でした。すみません。
たしかに80年代までは、そんな個人崇拝はなかったです。
マルクス主義を放棄してから、露骨な個人崇拝の集団に変質したのはそのとおり。
荒も変質した。スタ克も人民の戦旗もサヨクといっしょに流してしまった。
そのことすら理解できない暗愚な老人だった。80年代の彼とは違いすぎた。
連レスだけど、
>>690、それは誤解だよ。
俺は節操がない以前に女にはまったくもてないから、荒やゲンジに悪いよ。
彼女いない歴20年記念!!
だからってゲイではないし、いい女が大好きだし、代償行為が必要なだけ。
ゆえに、九十九里浜なんか行くもんか!!きもいんだよ、ゲイマン!!
愛すべき大バカ野郎な元活のみんな、クソったれな年越しだ!
たいしたことのねえ人生だが、おもしろきこともなき世をおもしろく!
みんな。良いお年を!!
あけおめ! ことよろ!
そもそもニャンケは性格だけじゃなくて、容姿的にも醜いからモテないよ。
自分自身を客観的に捉えられないし、他人との距離感がない田舎者だし。
ニャンケは根本的に女にモテるわけがない。
ゲンジと荒は閉鎖された組織的関係性の上で女をゲットしただけ。
開放された市民社会では、決してモテないタイプ。
まぁ、妥協して付き合ってくれる女性はいたんだろうけどね。
そのことをニャンケは分析できていない。
だからニャンケはモテない。
ニャンケは何でも自分と同列に語りたがるバカだから、
本当は女性が鬱陶しがって気持ち悪がって近寄らない。
だからニャンケは、キャバ嬢やスナックのホステスらと金銭を媒介にしなけりゃ、
女性に接近できないしデートすらできないといった惨めな境遇に陥る。
そのキャバ嬢やスナックのホステスらもシノギのために同伴しているだけ。
本当はニャンケのことがウザくてたまらない。
絶対に彼氏にニャンケの陰口を叩いているはず。
それをニャンケはわからくて同伴に誘う。
向こうはシノギのために同伴する。
そしてストレスが溜まるから、自分の彼氏に客として来るニャンケの愚痴を聞いてもらう。
それを知らないでニャンケは誘うといった魔のスパイラル。
要するに永遠にKYなニャンケは女性とは永遠に縁がない。
いっそのこと、ゲイマンと正太郎に身を寄せろ!
695 :
草原ニャンケ虐待班:2011/01/02(日) 12:31:44
明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い申し上げます。
■草原ニャンケがモテない理由
1.ハゲデブ濃い髭に付け加えて品のない笑顔に遠近両用メガネをかけた、ファッションセンスマイナスな容姿と外見
2.生来の甘ったれた性格に付け加えて、その場の空気が読めない、対人関係の距離感を把握できない田舎モン
3.経営者といいながらも、キャバクラ通いでつくった借金まみれな経済状況
4.自分の頭で思考できない癖に、すぐに嫌なことから逃げてしまう脆弱な姿勢と主体性
5.他人も自分と同じと考える、自分の物差しでしか測れない世間知らずなバカ
6.頭が悪い癖に粋がって論争を挑んで必ず自滅する
まだまだ沢山! 盛りだくさん!
みんなで正月も草原ニャンケを虐待して憂さ晴らし!!
草原ニャンケが精神的に崩壊して発狂するまで追い詰めようぜ!!!!
>>688 その論文は私ではありませんね。
つーか闘労に論文が載ったことなんてただの一度もないよwww
「A・K」さんって誰だったかな?
オレの組織名はK・Mだからなぁ。
長田さんの「涙の決意表明」はそんな時期だったかも。
85年の夏だったことは間違いない。
現闘の人が「まあまあ」と慰めてた。
しかし自分の信念が溢れ出るあまり泣き出すなんて、
オレ達も含めてまだ80年代の学生はピュアだったんだなぁと感慨深い。
昨日「最後の忠臣蔵」を観に行った。
やっぱり討ち入り直前に逃げ出した人っているんだね・・・
主人公は大石内蔵助からの密命によって言わば「偽装逐電」するわけだが、
事情を知らない元浅野家家臣から「この臆病者!」とか散々罵られていた。
観ていて胸が痛くなったよ。
保守
あれ?
ニャンケも正太郎もニャンケ虐めもゲイマンも来なくなったな?
みんな元気かー??
700
保守!
誰か何か書け!
702 :
革命的名無しさん:2011/01/15(土) 07:26:08
ゲイマンぬるぬる蛸プレイ!
お〜い、みんなアク禁か?w
オレは解けたぞ。
704 :
革命的名無しさん:2011/01/18(火) 07:19:45
蒼生館(長瀞の別荘)はどうなりましたか?
おやアク禁終わりましたか、そーですか。
皆さま、遅ればせながらあけおめです。昨年末よりアク禁くらっておりまして、それにしても実にマッチポンプなアク禁商売に腹が立ちますね。
ところで
>>1 さん、先日元400でその後他地区に移動したN君に久しぶりに会いまして聞いてみたところ、やはり俺とあなたは直接面識は無いようですね。
アジトが一緒だったそうで懐かしがってましたよN君。彼は「組織名だったら別に書いても良いよー」なんて相変わらずお人良しな事言ってましたが、俺が自主規制します。
>>705 やっぱり面識無いよね??
現行隊でも会ったことなかったかな?
なんせオレ活動期間があまりに短いから・・・
1000の皆との行動は全斗煥が一番印象に残ってるかな?
東大に泊り込んでハンスト支援したのとか思い出深い。
ところでN君って誰だろう??それは組織名のイニシャル?
本名だったらもちろん分からないwww
もしかして組織名はM・E君かな?
>>696 ふぅ、やっと書き込めたよ!やれやれだ。
いろいろ思い出したよ。
当時の『闘労』では、長田武さんが「O・T」になってるので、「A・K」さんとは「ア〇ハタ」さんのことじゃないかな?
見た目はどうみても、ヤクザの若頭にか見えなかったけど(笑)。
推測だけど、450は京都、480は大阪学生かな?
しかし茶髪君といいア〇ハタさんといい、当時の400は個性派が集まってたよね。
確か一度、イタリア人とかを三里塚に動員したりしてたwww
沢田ー杉田体制の底力かも知れない!
>>705-706 書き込めるうちに連レス。
そっかあ、正ちゃんと@さんは面識無いのかあ。
N君って誰だろ?俺も分からないや。
しかし@さんは現行隊での記憶はすごくあるのに、全斗煥の時にいた記憶は全く無いや(笑)あの時、東大にいたのか!
全斗煥の時は、9・2の集会がめちゃくちゃ暑かったことと、原理を殴ったことがいい思い出だ。
しかしなあ、原理がハンストをチラ見しただけで、「ハンスト闘争に敵対した」とかイチャモンを付け、ボコボコにしたなあ。
@さんがいた記憶は無いけど、あの場に200や400の女の子たちがいて、びっくりしてたのを覚えている。
だもんだから、ちょっとはいいとこ見せようと、「1000はこれくらいが当たり前だ」と言わんばかりに、余計原理を殴るのに力が入ったww
今思えば、かわいそうなことしたと、反省しているけどね。
,; ⌒ ⌒ ⌒ ヽ
( _____ )
( / ヽ
( l ⌒ ⌒ヽ
( ヽ , ―― 、 , ―‐‐、 インターネットは資本主義の産物ですよ。
( 〉=| ( ・ ) |⌒| ( ・ ) きちがい左翼はインターネットから出ていけよ。
( | ー―‐' ヽ ―‐' 共産主義社会でなにか生み出した?
ヾ(6 ヽ ( :::::) 、) 殺人と戦争、へりくつ、でしょ。
l _____)
l ( ___ヾ'
| ヽ _____ノ
__/ヽ\ | l\_
 ̄ \ λヽ / .|
710 :
革命的名無しさん:2011/01/27(木) 00:36:32
>>709 はい、はい、もう少しお勉強しましょうか。
社会的な弱者はルサンチマンから逃れられない。
フラストレーションをむしろ肯定し、何もできないことを正当化するようになる。
社会的な価値感を否定したり、反転した解釈を行うようになる。
こういった自分の陥っている状態を正当化しようとする願望こそ、
奴隷精神の最大の特徴である。
こうしたルサンチマンの表れの例として、敵を想定し、
その対比として自己の正当性を主張するイデオロギーにある。
こういったイデオロギーは、敵が悪の元凶とし、
だから反対に自分は道徳的に優れていると主張する。
「彼らは悪人だ、従ってわれわれは善人だ」というわけである。
敵として想定される存在は、自分が無力だと感じさせる対象が選ばれる。
例えば、貧しさに無力を感じるルサンチマンの敵は資本家や大企業になる。
例えば、異性にもてないということに無力を感じるルサンチマンの敵は、
自分を無視する異性や、もてる同性、あるいは恋愛そのものになる。
さらに、そのルサンチマンの敵が拡大すると、対象が社会全体になる。
「世界はどうしようもなく悪によって支配されている。
したがってわれわれのほうが世界より優れている」
と拡大解釈されるようにもなる。
712 :
革命的名無しさん:2011/01/28(金) 08:35:16
↑それは、如何なる組織や集団でも同様だろ。
その様に指摘して優位に立ったつもりになり、優越感に浸っているほうが虚しい。
713 :
革命的名無しさん:2011/01/28(金) 08:43:51
まぁまぁ!
取り敢えず正太郎は全裸四つん這いになって、激しく尻を振ってる画像と動画をアップしろや!
いずれにしても、まともに正太郎が発言できるのは、それからだ。
それをしないことには、正太郎のことは一人前の成人とは認めん。
「N君」とは仙台牛肉会社に勤めている野村のことだろ?
荒に「使い物にならない」と告げられて編集局から1200へ左遷されたヤツだ。
714 :
革命的名無しさん:2011/01/28(金) 08:57:12
とにかくあの頃は、荒の気分次第で本部や別地区に登用されたりしていたから、
何も凄いことはないし、何も民主的な手続きが施されていたわけではない。
別に政治局員だからといって、凄いことはないのだ。
その辺の呪縛から解けて自由でないバカが多い。
まぁ、もっとも草原みたいに下っ端中の下っ端、それも組織ぶら下がりの典型みたいな野郎には、
それ以前の問題であるから、何の意味も為さないし、何の関係もないよな!?
あぁん、ただ生きてるだけのゴミクズなデブ野郎がよっ!!
ニャンケよ。
いい加減、貴様の命運は尽きたのだ。
諦めて身辺整理して高野山へ出家せよ。
これからの半生は修験者として生きて悟りの境地を開き、己の身と心を浄めよ。
それがニャンケに求められた生き方なのだ。
自堕落に生きてきた己の半生を総括し、残りの半生は修験者として生きよ!
やだぷぅ〜ぷぷぷぷぷぷぷ
にゃにゃにゃにゃにゃにゃーにゃーにゃにゃ、にゃにゃ
オラ!ケツ振れ!hetare
>>714
ニャンケは刹那的に生き過ぎだよ。
欲望の限りに生きるのではなく、少しは摂生してみたらどうかね?
飲酒喫煙は当たり前に、暴飲暴食ばかりでは生い先短い。
成人病と更年期障害の権化め!!
>>717 その必要はない。
ニャンケはオレ様のガン掘り調教で長生きしてもらう。
ガン掘りとは、男尻を脇目もくれずガンガン掘ることを意味する。
ニャンケと正太郎の尻穴は、オレ様たち男色家の共有財産だ。
そしてニャンケと正太郎の肉棒も、オレ様たち男色家の共有財産だ。
ニャンケと正太郎を固く抱き合わせて互いのギンギンに勃起したマラ同士を重ねる。
ニャンケのデカマラと正太郎の包茎マラの裏筋が合わさったら、特大コンドームを上から被せる。
オレ様が二本のマラを同時にしごいて特大コンドームの中に射精させて、ニャンケと正太郎のザーメンをブレンドする。
ニャンケと正太郎はマラをしごかれてる間中、興奮しながら固く抱き合い舌と舌を絡ませ合う。
これがいつものオレ様たち三人の愛し合い方だ。
もちろん最後は、ニャンケを四つん這いにさせて、オレ様がニャンケの尻穴を掘りながら、ニャンケは正太郎の包茎マラをしゃぶる男色3P合体だぜ〜ぃ!!
- ー -
/: :ノ ハ ',: ` 、
,'::_/ (★) \_: ヽ
/: : : : : : : : : : : : : : |
, - ー┴========= ‐┴ ‐ - 、
(:::::::::::::::::;;;;;;=== ヾr===ミ;;;;;;::::::::::::::)
`゙ ー- r l ((◎_) i|;;(◎))≡l -ー ' "
l(|/ ̄ ,r'、_|L;;i ̄ミ |ノ! ネットウヨのどん百姓め
/⌒\ i_| / _ii_ ', ヽ l,/ 金正日を敬うと言え!
/ ⌒\ノ ! ! l"---`l.!! i .!
/ ⌒ヽノ . ノ: ヽ ヾ===;ノ|ノ ./──--- 、
/ヽ ,. ⌒ヽ/ー": :/: :| \ -‐ /l: :\: : : : : :l
/: : : :`ヽノ`= ': : : : : /: : ヽ/i` - - "l\|: : : :ヽ: : : ::|
720 :
革命的名無しさん:2011/01/30(日) 07:16:34
↑ばーか、ばーか♪
NHKの、諫早湾干拓問題のテレビ見た。三里塚と同じだな。
当初、漁協はみんな反対だったが、一軒一千万円の補償金で、寝返り続出。
最後まで反対した漁協も、周りの圧力に負けて賛成に回るが、着工直後から不漁になり、一千万は運転資金で一年で消えたという。
環境アセスメントも、超いい加減。研究会の報告は「難解」なので、官僚が「分かりやすく」書き替えて「被害は軽微」にされてた。
今度開門したら、入植した農民には死活問題。満蒙開拓団を思い出した。
しかし「国の責任」って、何だろう?
三里塚でも、池田隼人も佐藤栄作も福田赳夫もみんな死んだ。大臣も運輸官僚も「担当」が変わればオサラバだ。
被害者だけが、取り残される。
国や会社や「党」など組織を頼らず、生きていくことが大事なのかな?ww
722 :
革命的名無しさん:2011/02/01(火) 14:42:26
赤いヘルメットの奥の瞳に、見透かされたようで何とか照れ笑い♪
紺と銀色の楯の前で、空を仰いで祈り続けた〜♪
神よ僕らに力を貸して!でなけりゃ今にも、倒れてしまいそう・・♪
723 :
722:2011/02/01(火) 14:53:36
84〜86年に、三里塚をはじめ各種集会・デモに何回か参加させて頂きました。
今から思えば、もっと参加していればと思ってます。(笑)
私からみれば、革命運動に参加されていたみなさんが、
いい意味でも、逆の意味でもうらやましいです…。
724 :
722:2011/02/01(火) 15:08:04
中学時代に、朝のニュースで管制塔占拠のニュースをみて、愕然としました。
何かとてつもない、事が起こっているんだと…。
高校時代に、奥浩平さんに青春の墓標を読んで、学生運動に憧れました。
そして、大学に入り、共産党・社学同と出逢いました。
バブル前でも、大学生は車・サーフィン・ディスコと流行の最先端の時代でした。
そんな中で、ストイックな社学同の方にひかれていきました。
そんな時代の中で暴力革命(GP)に疑問を抱きつつも、
戦旗・社学同は、何かを持っていました。(笑)
少しでも、関われたことを大事に思っています。まじレスすまそ
>>723-724氏
ありがとうございます。
まぁ、そんなストイックな連中の中にも、草原ニャンケみたいな
大バカで不真面目なカス野郎も茨城労共闘には存在していたんですがね。
こんなカス野郎は抜本的に鍛え上げて自己変革を迫るべきか、
それが出来ぬのならば、中途半端な関わりを断って徹底的に追放すべきだった。
「動員1」にカウントして、草原輝を都合よく甘やかしていた茨城地区指導部が全て悪い。
ときには思い切って「切る」ということも大切なのだ。
正太郎よ!!
お前が悪いんだよ!!
1997年の同盟大会で左翼をやめたことが、そもそもの過ちでしょうね。
>>726 ヘタレもたまに良いことを言うニャー。
そうだそうだ。
正太郎がすべて悪い。
おれは関係ない。(笑)
正太郎よ!!!!!!
ニャンケと地区に謝罪せよ!!!!!!
お前が全ての元凶なのだ!!!!!!
↑なんでだよ(笑)
>>722-724 俺と全く同世代だね!
あの新陳代謝の激しい、社学同シンパの中で、84〜86年の2年も周辺にいたなんて!間違いなく知ってる人だよ♪
誰なんだろうねえww
あの頃の社学同は、「革命党の学生組織」というよりも、「学生運動部」としての勢いがあったよねw
20代でコケれた俺的には、楽しくていい思い出だよ。
我が愛しのニャンケと正太郎は、最初から最後まで「男色運動部」だ。
だが、しかし!!
ニャンケと正太郎は年末年始九十九里浜男色合宿をサボり、ぬくぬくと正月を自宅のコタツとミカンで過ごした。
ニャンケと正太郎は自分を鍛え上げて一人前の男色家になるために精進することが、その与えられた目下の任務であり使命なのだ。
さあ、さっさとニャンケと正太郎はパンツをおろしやがれ!!
寒風の下で道行くイケメンどもを眺めてマラを勃起させながら、二人ともマラを激しくしごいて射精するのだ!!
街かどで互いの顔を眺めながらデカマラを激しくしごいて、正太郎の顔面にニャンケの濃厚なザーメンをぶっかけろ!!
正太郎も負けずに、ニャンケの坊主頭に濃厚なザーメンをぶっかけろ!!
これが二人の愛し合い方なんだぜ〜ぃ!!
言わずと知れたニャンケは天下無双の男色家だ。
水戸では、その名を知らぬ者はないほど有名な男色家だ。
キャバクラに通ってるとか本人は語ってるが、実は全部ウソっぱち!!
本当は男色の館と化した蒼生館に毎晩のように通いつめ、オレ様や正太郎と激しく愛し合ってるのが真相だ。
たまにはマンネリ化を防ぐため、玄海灘の岩場で波しぶきを浴びながら白褌一丁の姿で愛し合うんだぜ〜ぃ!!
真冬の粉雪がちらつく岩場で波しぶきを浴びながら、男同士三人で合体する硬派な姿は絶景だぜ〜ぃ!!
ニャンケを真ん中に挟んで、ニャンケのアナルをオレ様がガンガン掘りながら、ニャンケは正太郎の包茎マラを夢中でしゃぶる。
これがオレ様たちの愛し合い方なんだぜ〜ぃ!!
734 :
722:2011/02/04(金) 22:59:09
>>731さん
それほどは、関わっていなかったので、恥ずかしいですが…。
実は今、かつて通った大学の近くに住んでいて、たまに車で通るのですが、
ここに、赤いヘルメットをかぶった社学同の諸君が、
また、民青や白ヘルの人達が、かつてはいたんだなぁ〜って、
ノスタルジックな気分になります。
私に関わったくれた社学同の人達も、また私自身も、
本気で革命を信じて夜な夜な朝方まで討論をしてくれました。
あの時の熱い想いは、心の奥底まで伝わってきましたよ(笑)。
戦旗・社学同のスタ克の訴えは、中核を超える組織になるのでは?
って思わせてくれました。
今、あの頃に戻れたら、毎日赤ヘルをかぶっているかも知れません(笑)。
ゲイマンの顔と脳味噌拝んでみたいわ(´・ω・`)
いい年したおっさんがどんな思いと表情して書いてるのかと思うと胸が熱くなるぜ(´・ω・`)
>>735 その熱き胸の想いを、ニャンケ虐待に投じよ!
737 :
革命的名無しさん:2011/02/05(土) 15:05:36
738 :
革命的名無しさん:2011/02/06(日) 02:09:29
永田洋子さんが亡くなりました。
739 :
革命的名無しさん:2011/02/06(日) 13:57:08
さんざん憎んだ日本国にさんざん迷惑かけ、さんざん世話になって死亡。
皮肉なもんだ。
740 :
革命的名無しさん:2011/02/06(日) 17:15:08
>734
>今、あの頃に戻れたら、毎日赤ヘルをかぶっているかも知れません(笑)。
そうしたい動機は何?
1970年代は俺も学生だった。80年代は会社員。ヘル被ってわけわからん活動
なんてやりたいと思ったことは高校生のときも大学生のときも一度もない。
まして社会人になってからは、成田闘争をする農民・学生どもは弾圧しろと思って
いた。作業員宿舎を焼かれて死亡者まで出たからな。農民・学生どもは、けしから
ん連中という認識しかなかった。
子供の頃、佐藤訪米反対デモで商店街を破壊するキチガイ学生どもの姿を見たせい
かもしれないが。ゲバ棒ふるうバカどもは武力弾圧大いにけっこうという考えしか
なかったし、今もそうだ。
741 :
革命的名無しさん:2011/02/06(日) 20:16:26
>>740 だから何だよ?
お前野球板にわざわざ来て「オレは野球が面白いと思ったことなんか一度もない」って言ってんのと同じだよ?
そんなことも分からずに偉そうに語ってバカなの?
バカじゃ左翼は無料だからちょうどよかったじゃん。
742 :
革命的名無しさん:2011/02/07(月) 01:16:45
>741
そんなことしか言えないのか。お子ちゃまですね。人生をかけた暴力だろ。
それが野球と一緒かよ。結局、おまえら、暴れてみたいだけだろ。チンピラ
ヤクザと同じだよ。大義名分はどこにもなし。せいぜい暴れてとっ捕まって
ムショに行きな。怖いお兄さんたちにオカマ掘られろ。
743 :
革命的名無しさん:2011/02/07(月) 11:07:42
スレ違いなことで吠えるなよ。カッコ悪い。
悔しくてしょうがないのは分かるけど。
そういう文脈ならこの板全部に絡んできな。
どうせ出来ないんだろうけどさwww
744 :
椎茸農家 ◆DlyW/s8ibQ :2011/02/07(月) 11:49:49
当時私はレッドパ−ジしていました。アイスピックで襲われた皆さん反省しましたか?
君たちがわるいのです^^;特に同志社のボンボン^^
まーた、スレ違いのワケワカメ野郎が来てらぁ!ww
┐('〜`;)┌
746 :
革命的名無しさん:2011/02/08(火) 01:06:30
元350。五味先生はどうしてるかな。岡もッちゃんは、ジャーナリストとして生きていけそうだな。タ○ヤは実家を継いだか?いずれにせよなつかしいよ。
草原輝ヘアヌード写真集
『ニャンケとゲイマン〜愛の軌跡〜』(税込1600円)
2011年、2月14日発売決定!
初版限定特別付録「ニャンケのハンカチ」をプレゼント
文芸社
748 :
革命的名無しさん:2011/02/08(火) 10:57:46
>>746 岡もっちゃんの情報キボンヌ!
元砦戦士???
749 :
722:2011/02/08(火) 13:13:09
>>740 動機と言えば、社会をよくしたいという思いです。
世代が違いますが、中曽根の戦後政治の総決算での
軍拡路線・民調路線での労組潰し等々に危機感を持っていました。
60年代安保闘争、70年代全共闘運動、
そして80年代も反核運動の盛り上がりの中で、
社会を変えられるのでは?という思いがありました。
暴力という手段には賛否があると思いますが、
いつの時代も社会をよくしたいと思う若者の気持ちは、
変わらない大切なものだと思います。
>>749 スレ違いのアホに向かって、真面目に回答してやんなよ・・・
調子に乗るだけなんだから。
>>748 ちょっと混同されてますね。
砦戦士のオカモッチャンは、本名で元T大生ですが、
>>746さんの言うオカモッチャンは組織名で、元S大生のペンネームが「〇健一」さんのことですよ。
↑っても、余計に分からんか(笑)
752 :
革命的名無しさん:2011/02/08(火) 14:25:21
>>751 レスありがとうございます。
砦戦士はT大生だと私の知ってる人とは違いますね。
〇健一さんは国立のS大ですか?kitaさんですよね?
懐かしいです。
>>753 バレンタインデーだから、ゲイマンがニャンケの体にチョコレートを塗りたくって舐めまわすんじゃないの?wwwwww
ウエッ、キモッ!!
想像したくない!!wwww
>>752 〇健一さんは、その通りです!
前のこのスレで書かれてましたが、現在的には彼が、元戦旗派の中では、一番の出世頭らしいですよ!
砦戦の時は、すでに私はコケてたので詳細は存じませんけど、
隊長が元T大生の現闘団員、東京・神奈川・茨城?の労働者と、埼玉学生の5人みたいです。
埼玉の学生は、一見女の子みたく可愛くて、
荒さんの「大逆のゲリラ」でも「自分はハッピーな男」などと、良く書かれてて、微笑ましかったです。
756 :
革命的名無しさん:2011/02/09(水) 23:51:22
>>755 レスありがとうございます。
私は、若ボリの論文の〇健一さんだとばかり思っていたら、
世間的にも著名なジャーナリストになっていたんですね。
彼の性格からしたら、
絶対砦戦士として戦っていたと思いこんでいました(笑)。
それでも反体制として生きているようで、尊敬の念(?)をさらに強くしました。
ありがとうございます。
>>755 >一番の出世頭
そんなこたぁない。ww
悪いけどさ!
アンタ、下っ端だったろ?
>>756 >世間的にも著名な
残念ながら「著名」ではない。
>反体制
そういうわけでもない。
アンタも学生時代の良い思い出しか、ホンの短い活動歴しかないんだな。ww
あんまり真面目に活動していた連中じゃないでしょ?
このスレの住人は?
だから認識レベルが物凄く低い。
ニャンケ!
紀元節粉砕闘争を闘え!
761 :
革命的名無しさん:2011/02/11(金) 11:01:53
>>759 まさにあなたが言う通りだね。
全く真面目に活動なんかしてなかったし、認識レベルも物凄く低いと思うよ。
学生時代の「良い思い出」だね。
でも「だから?」としか思わん。
あなただってコケたんでしょ?
あなたがどれだけ献身的な活動家だったか知らないけど、そんなことでいちいち萎縮するほど繊細には出来てないんだわ。
戦旗派の体験はとても意義深いものだったし、当時の仲間への友愛の念は今も全く変わることはないけど、
あの小さな集団での活動の真剣度で他人を見下すのがあなたのアイデンティティだとするならば随分と矮小な人生なんだな。
ま、2ちゃんに書き込んでる時点で同じ穴の狢だよ。同志○○クン。
仲良くやろうぜ。
>>757 おっしゃるとおり!下っ葉だったよw
ただ、キムまではいったけどね、砦戦の時はもうコケてたし。
ただ彼が「一番の出世頭」とは、前々々々…ぐらいのこのスレで、誰かが書いてたことの受け売りだよ。
彼の力量からすれば、それもありうるな、と思った。
いずれにしても、彼が市民社会でも元気にやってることは、俺には嬉しいかぎりだよ!
763 :
革命的名無しさん:2011/02/12(土) 11:18:05
>>757-759 「自己満足」したかな?「自己肯定感」は得られたかい?
他人を見下すことによって得られる充足感は、
一時的なものだから気をつけてね!
ニャンケは今年も、キャバ嬢からしか義理チョコをもらえない!wwwwwwww
やあ、皆さんどうもお疲れ様です。
とくにコメントはありませんが、何か?
いまさら数字の話でもないでしょうし。
では失礼。そして、引き続き。
そういえば戦旗では、建国記念日粉砕闘争には、あまり取り組まなかったよね。
80年代の2月の今頃は、3月末の三里塚現地集会に向けての、とにかく情宣・情宣・情宣の日々だったな。
我ながら、よくあれだけ情宣できたもんだよww
ニャンケよ!!!
ダイエットと修行を兼ねて、久しぶりに寒空の下で街頭情宣を行う!
本日18:00〜21:00まで、場所はJR水戸駅北口だ!
サボらないで絶対に来いよ!
厚着しないで必ず薄着で来いよ!
Tシャツ一枚と半ズボンとビーサンで情宣するからな!
オルグ対象が見つからなかったら、深夜1:00まで貫徹するぞ!!!!!
769 :
革命的名無しさん:2011/02/16(水) 15:20:21
こらっ、ニャンケ!!!!!!
ブログの更新が遅れてるぞ!!
早く更新しろ!!
770 :
第七草原虐待旅団のうた:2011/02/16(水) 18:56:35
1.
♪おいらの使命は、草原いじめ
♪おいらの鞭は、出腹に食い込む
♪いやがるニャンケを、逆さに吊るし
♪容赦なく、そしてまた、容赦もとめず
♪おいらはニャンケを、いじめに来たのさ
♪ブントスレが立つところ、草原は滅ぶ(滅ぶ!)
♪戦旗スレの立つところ、ニャンケは滅ぶ(滅ぶ!)
♪進め、進め
2.
♪妻も彼女も、いない草原
♪生涯女と、縁がないのさ
♪最後は寂しく、孤独に逝くのさ
♪ニャンケの性格、悪いけれど
♪おいらはニャンケを、いじめ続けるのさ
♪ブントスレが立つところ、草原は滅ぶ(滅ぶ!)
♪戦旗スレの立つところ、ニャンケは滅ぶ(滅ぶ!)
♪進め、進め
松原問題のとき内ゲバがあったと聞いたんだけど
本当なのですか?
ないよ。
一方的に松原グループのメンバーを捕捉して殴っただけ。
773 :
全日本地下抵抗解放運動評議会:2011/02/16(水) 23:59:54
【ファシストどもが分からないと思っても、愚劣下劣さは、中ロに筒抜けの馬鹿さ加減だ(笑)!】
最近、中ロ両国が、我が国の領土領海を侵犯する、という重大外交問題を
おこしている!
中ロ両国が日本を嘗めてかかる原因は、日本人が愚劣下劣性を極めている
事を、奴らが見据えているからだ!
広く国力の落ちた国が、外国の侵略を受け征服された歴史は、洋の東西を
問わず見受けられるのだ!
今や、日本は経済的不況と1965年以降続いている売国奴スパイの大々的な
買収による人間性の崩壊に直面している!
売国奴スパイたる財務官僚ないしライオンズクラブどもの指示通りに
考え行動するファッショ的破壊活動は、無実の同朋に対する徹底的確証破壊活動に
他ならないのだ!他人から信頼されれば、それをこととし裏切り挑発し破壊し尽くして闇金をせしめる、
と言う手法を売国奴スパイたるライオンズクラブどもは、全国で同じように
扇動しているのである!
かやうな愚劣下劣窮まる同朋に対する破壊活動一色に染まった日本が、中ロに嘗められない
訳がないのである!
返す返すも忠告すべきは、売国奴スパイの推奨する、闇金交換を目的とする同朋に
対する愚劣下劣窮まる挑発破壊活動を直ちに停止することである!
そしてかような事態に我々を陥れた売国奴スパイたる財務官僚及びライオンズクラブどもに
対する闘いの火蓋を切って落とすべきなのである!
売国奴スパイたる財務官僚及びライオンズクラブどもには、憎悪と復讐以外の感情を抱くことは
不要なのである!
日本人の人間性回復による団結力の前には中ロどもが、一目置いて退散する
ことは間違いないのだ!
↑愚劣だいこは去れ!
775 :
革命的名無しさん:2011/02/17(木) 00:34:54
で、結局、肉体オルグはあったの?
一発やらせるから組織に入れみたいな。
>>772 それを「内ゲバ」というのではないかな?
>>776 両者が衝突したわけではないから、一方的な「テロ」「リンチ」行為でしょ?
>>775 あくまで個人的な見解というか経験からだが(笑)、「肉体オルグ」は無かったようだけど、
「肉体動員」はあったように思う。
荒派は圧倒的に男性が多かったからね。女性活動家からみれば、よりどりみどりw
もちろん、マジメなコが多かったけど、中には調子に乗って派手に遊ぶコも、いたにはいたよ。
佐藤悟志や松原Gのコー○ローを殴ったことを
開き直って正当化しているようじゃ、まったく救われないよ!
もっともアクティオネットワーク会員の圧倒的多数は、
ロフトプラスワン事件を自己批判しているようだけどね。
ロフトプラスワン事件しかり、荒問題しかり、本当はアクティオネットワークとして、
何らかの声明を発表すんのが社会的責任を果たすということだ。
780 :
革命的名無しさん:2011/02/17(木) 15:26:01
>778
なるほど。女がサッカー部や野球部のマネジャーをやりたがる、あれと同じか。
肉棒食べ放題。
781 :
革命的名無しさん:2011/02/18(金) 08:00:37
カダフィは暴動で倒れそうだな。
カストロはたぶん、もうすぐ自然死。
そうすると社会主義の看板挙げる国は北朝鮮だけになる。
>>772 やっぱり噂は本当だったんだ・・・・内ゲバあったんだね
それとも、党内の人間は内ゲバに当たらない、とかいうご都合主義なのかな
いずれにせよ 暴力で屈服させるなんて最低!
783 :
革命的名無しさん:2011/02/19(土) 00:28:52
佐藤など自称ファシストだろ。松原ってスジを通さず反党(資本主義への屈服)で私兵を引きまわしたわけだろ。こんな輩どもを殴ったところで「内ゲバ」とはいわんだろ。あ、勿論俺は銭ゲバの荒や現アクティオには怒りを持ってる立場だよ。
784 :
革命的名無しさん:2011/02/19(土) 02:02:49
松原問題?
>>783 ちなみに外山恒一に謂わせたら、さとさとは自称「ファシスト」であって、
実は単なるフェミニストに過ぎないとなる。
俺も、そう思う。
松原Gだから、さとさとだから暴力を用いて良いという論理は間違いだろう。
ましてや、身内から出たサビなら尚更だ。
かつての革共同両派、木元派や狭間派の現況をみればわかるように、
「内ゲバの論理」とは、実は非常にドメスティックな感情から発生している。
それは、いかなる論理で粉飾を凝らして正当化しても、
実際には社会的に観れば単なる内ゲバに過ぎないのだよ。
アラブントはロフトプラスワン事件を引き起こしておきながら、
「自分たちは違う」「自分たちは特別」と勘違いしていた。
もっとも現在のアクティオ会員は自己批判しているみたいだが、
それを社会的に表明しない限りは意味ないよ。と伝えたい。
786 :
革命的名無しさん:2011/02/19(土) 22:51:31.47
783です。補足というか真意を伝えたい。
松原問題当時はレーニン主義を党是としていたはずです。
そこで分派策動(事実はそんな大それたことではなかったらしいが)が起これば鉄拳制裁位は当然だったと思います。
また、内ゲバの目的意識的「殲滅」とは違うはずです。殴って思い知らせる程度だったのでしょう。
とにかく非合法をはらむ運動を展開していた当時の話です。
今の感覚で考えるのはどうか、と。
あと、佐藤の話はもういいや。低レベルすぎる。なんだ「売春の自由党」って。
787 :
革命的名無しさん:2011/02/20(日) 02:25:39.36
松原問題とは、どういう内容のことですか?
>>786 だけどさ、以前に誰かがここで書いてたことだけど、
理戦14号に載ってた「戦旗・共産同規約」に、「同盟からの脱退の自由」があったんだから、
「分派」も認めるべきだったんじゃ無かったかな?
最も当時の松原さんは、ブント同盟員ではなく、キムだったとは思うけどw
荒さんも、共闘関係などにバレないようにテロろうとしたので、
「後ろめたさ」があったんだと思うよ。
いずれにせよ、テロで分派を抑止したいというのがレーニン主義だったとしても
それで核とか抑止力とか批判できるのか?
どうせまたにゃんけが出てきて
混ぜっ返してうやむやになって
スレの流れがストップするのは予想できる
うむ。
俺はレーニンは、なになすと、一歩二歩と、国革をチラ読みしただけなんだが、
83年の秋に試練派がレーニンの言葉をもって批判してきたのに対し、
闘労で荒さんが、レーニンの言葉をもって反論したのが印象に残っている。
レーニンは状況に合わせて、正反対のことを言ってた!
要するにレーニンは、よく言えば現実主義、悪く言えば中曽根みたいな風見鶏だと思ったよw
と思うのは、一知半解ならぬ無解かな?www
↑その通りだよ。
白井聡も自著の『未完のレーニン』中で
『国家と革命』と『なになす?』を
比較検討しながら述べてるじゃん。
>>786 だけども佐藤の言い分は、そのまま元活による荒岱介批判、
後期アラブント体制批判を先行的に為しているぜ。
賛否や是非は別として「売春の自由」という提起も、それなりに論理はある。
そういや、佐藤や外山、元F労福岡創設者の小野、元アナ革連の千坂恭二が主筆となった
反体制右翼(?)マガジン『デルクイ』が創刊されたようだね。
なかなか興味深い。
佐藤悟志の唯一の過ちは高倉を告訴したこと。
それまでは圧倒的に佐藤が優位に立っていたにもかかわらず、あれで喧嘩両成敗になってしまった。
あそこまで追い詰めていたにもかかわらず、非常に残念だった!
もっと佐藤悟志は政治を学ぶべきだ。
それから最初のブント批判ビラにおけるセンス。
ああしたセンスは、頭が旧くて固い癖に「俺は全思想の最先端を走っている」と勘違いしていた
当時の荒はもちろんのこと、牧原や五味をはじめとした側近官僚どもには理解不能で通じない。
その辺を見据えて客観的にも真面目にみえるように批判していたら、
佐藤の思想性や政治的な立場に関する是非はともかくも、
旧アラブント内のメンバーに真意が意外と伝わっていた可能性もあり、
旧アラブント内で荒独裁体制に対する議論が生まれていたかも知れない。
現に小林ギヤ以外の元活で佐藤を擁護する人々も結構いたのだから。
73年分派以降、90年代に荒独裁体制に一石を投じたのは、実は佐藤とJさんだけなのだ。
ロフトプラスワン事件は、本当に愚かしい行為だ。
後期アラブント側には一片の正当性も無い。
唯一味方になってくれたのは『スパルタクス』とかいう、旧態依然とした堅物だけだった。
しかも米澤泉美の元カレまで被害に巻き込んだのは、非常に不味かった!
あの事件で完全に後期アラブントは元首都圏学生実、
すなわち今のF労に連なる面々を敵にまわしてしまった。
もっとも後期アラブントは97年の環境派への「転向」で、
政治運動、社会運動圏からは完全完璧に見離されてしまってはいたが・・・
>>795 なるほどね。
別に揚げ足とる気は無いけど、俺はその平沼君の役目を、アダチグループにやってもらいたかったなww
西田派がどうして分派したのかよく知らないし、前に書かれてた日石土田の件とかあったのかも知れないけど、
西田派は「日向カウツキー主義」「カクマル主義」「日向唯一者党」どと、いわばヒステリックで低レベルな批判しか記憶に無いw
も少しキチンと批判してくれれば、同調者もいたかも知れない。
実際俺的には、試練派の批判には、かなり心を動かされたところがあった。
西田さんや大下さんも、荒さんと同じレベルだったということかな?
まあ、俺はもっと下だけどさwww
>>797 今からしていえば、当時の政治局は26〜27歳だったから、
単純に若くて未熟だったんだろうな。
もっとも、ずっと戦旗派は他党派に比して若者ばかりだった。
ヘタレニャンケよ!
出てきてケツ振ってみさらせや!!
spaで鈴木邦男にも批判されていたしね
いきなりあんな記事が、一般の週刊誌で
暴露されたのには当時ビックリしたが、たしかに
>>795 の指摘するように、もう少し常識的なビラなら
反響はあっただろうね
時代が既にインターネット匿名掲示板の時代に移行していたことを
荒を筆頭に側近どもや組織全体に認識が足りなかったんだろ。
あと、自分たちが哲学的に万物を知り尽くして乗り越えたかのような勘違いと傲慢さもあった。
それが一番の要因だよ。
だから、さとさとに対して自分たちの論理で脅したり暴行をくわえたら沈黙すると思い込んでいた。
しかしながら、結果は無惨にも政治的な敗北を喫して自らの評判を貶めた。
そうした旧荒派ブントの傲慢さと尊大さが引き起こした自業自得な事件だよ。
いかなる形態であれ、パラチェンといったものに対しては、
必ず何らかの批判や攻撃があって然るべきだし、それを受けて立つ覚悟もなかったんだな。
それにしても、つくづく戦旗の人間というのは自分も含めてお人好しというか従順すぎるというか・・・
普通は荒がポルシェ以前にも、アコードだとかプレリュードだとかスカイラインを
購入した時点で(それも全て新車で!)疑問を発するのが常識だろ?
荒が議長で存在しないと組織運営がヤバくなるといった、
上から下まで組織日和見主義にドップリ漬かり陥ってたとしか言い様がない。
そうした点も佐藤は鋭く指摘していた。
だから、あのビラに最も怒り心頭に発したのは荒だったはずだ。
荒は何よりも、そうした組織成員の体質を見抜いて利用して党内権力と権限を拡大してきたし、
佐藤からの指摘と批判を側近連中は、まるでブント全体が傷つけられたかのように勘違いしていた。
組織内部的にも荒と牧原や五味や高倉などの側近連中と、
地区のメンバーとでは感情的に相当な隔たりがあったはずだよ。
例えば車ひとつの問題にしても「あれは私物なのか党からの貸与品なのか?」とか
「個人資産ならともかくも、そもそも、いかなる名目の資金で購入したのか?」
とかが党大会でも何一つとして問題にされず曖昧化されてきた。
そうした極めて日本情緒的・心情的な「内輪に対しては優しい」
全ては組織日和見主義が横溢し容認されていたことが問題だった。
だが、そんな話も既に遠い過去の話だ。
俺たちは自分たちの愚かな失敗を教訓化し、各々が有意義な人生を送ればよい。
佐藤も「秋の嵐」メンバーとして、それなりに反天皇制・反北朝鮮運動で有意義な人生を過ごしているようだ。
今や最も落ちぶれたのは、マテリアル爺と化して孤立無援の四面楚歌となった荒岱介翁なのだから。
翻ってみるならばロフトプラスワン事件というのは、
佐藤悟志の勝利と荒派ブントの完全敗北で終わったお粗末な出来事だった。
803 :
革命的名無しさん:2011/02/23(水) 07:39:59.83
>俺たちは自分たちの愚かな失敗を教訓化し、各々が有意義な人生を送ればよい。
そーゆーこと。
>>801 「組織日和見主義」か、面白い表現だね!もらっとくw
>>798 そう、みんな若かったんですね、今から思うと、よくやったと言えるかもw
俺は正ちゃんの一歳下だけど、当時は荒さんはじめ、笠置さんやJさんなんかが、すんげえオジサンに見えたw
今の俺より歳下なのに(爆)
そうそう、カダフィ大佐危ないね。
86年の3.25ロケット弾の時に、「日本人民の反米意思の表れである」と評価してくれたのが、懐かしいよ(笑)。
荒、佐脇、中村進、J、立原、吉沢、竹田、故・笠置、故・加藤などの団塊世代は、
自分たちの夢を'80年代の若者たちに押し付けた責任を、いかに果たすつもりなのかね?
それも成功したならばともかくも、失敗したのだ。
この世代の指導部は皆、荒と同罪だよ。
死ぬまでに責任を取ってもらいたいね!
ロフトプラスワン事件では高倉こと前田が割りを合わなかったよな。
あんな大義性もない事件でパクられ起訴されて前科が着いたんじゃ、悔やんでも悔やみ切れんよ。
それも荒の名誉を守るために犠牲になったようなもんだ。
まあ、すべては学生時代から官僚ぶって調子こいていた高倉の自業自得だな。
やっぱ松原グループも含めて、1000出身のキャリア組はダメダメでしょ!!
正太郎はキャリア組官僚じゃない落ちこぼれだったから、
荒の側近にならなくて済んで良かったけどね。
1000出身、或いは350の元キャリア組官僚で、イデオロギー性を
現在の生き方において体現しているヤツなんか一人として存在しない。
アクティオ代表の水沢が最もな典型例だ。
その点、地区党出身者や三里塚現闘や軍の経験者は今でも違うよな。
808 :
新生スーパーハードボイルドムキムキマッスルゲイマン♂:2011/02/24(木) 17:33:52.11
ニャンケと正太郎はオレ様のカレシだ!!
二人のボディは絶対に誰にも渡さねえぜ!!
こうなったら二人のマラとアナルを死ぬまで堪能してやるさ!!
オラオラオラオラァァァ〜〜〜!!!!!!
逃げるな、逃げるな、逃げるな、逃げるな!!!!!!
ガッチリと腰を両手でつかんで、いきり立ったオレ様のデカマラをブチ込んでやるぜ!!!!!!
動け、動け、動け、動きやがれ!!!!!!
ニャンケと正太郎も自分から腰を使って動きやがれ!!!!!!
ニャンケは出てきて、何か反論してやりなさい!!
× けいおん!
○ げいまん!
811 :
革命的名無しさん:2011/02/27(日) 14:56:11.99
ようするにアクティオは解体に向けて進んでるけど、
それを明らかに打ち出すと外の運動体や荒から批判されるから
Actioなんてものを出し続けて隠れ蓑にしてんだろ。
代表の水沢も、他の連中もそういうふうに思ってんだろ。
↑そういうふうに思っていると、前々から正太郎も公言しているじゃないか。
ニャンケと正太郎とゲンジとゲイマンたちを主人公にしたアニメーションを制作したい!
題して『げいまん!』
814 :
革命的名無しさん:2011/03/02(水) 06:19:05.25
ニャンケって人気者だな。明らかに粘着している人がいるし。
テレビに出てくると「もう二度と出てくるな!」と思うが、いなくなると
「今どうしている?」みたいに気にかかる芸人のようなものか?
江頭2:50みたいな感じのキャラ?
江頭はあんまりだろww
>>805 そうかなあ。
俺は20代でコケれたし、どのみち左翼の洗礼を浴びる運命?だったので、戦旗で良かったと、心から思っているよ。
中核だったら、長期の獄中や指名手配が待ってたかも知れないし、
革マルや、あるいは解放だったら、命が無かったかも知れない。
最もインターとかなら、また別の道が開けたかも知れないし、民青だったらまだ現役かも知れないけどねw
いずれにしても、適当に過激で、獄中体験もできて、3.18とかでゲバにも巻き込まれず、
五体満足のまま辞めれたのは、荒さんはじめ皆さんのおかげだとマジで思うよ。
俺的には感謝している。
>>806 高倉君も、いいやつだったんだがなあ。
最も、彼が威張ってる時を知らないから言えるのかもだけど、気さくでいい青年だったよ。
てか、活動家になる人で、嫌な人はあまりいなかったよね。
結果論かもだけど、慶応の人は意外と党内で出世して、最後に割り食ったのかも知れない。
>>817 あ、80年代でも、無謀な山行に巻き込まれて、ケガされた方もいましたね。
その人たちが、戦旗では一番割り食ったと思う。
↑でもそれ言うなら、活動の中で精神に病を負った人もいたか。
まあ、俺的には良かったですm(__)m
820 :
革命的名無しさん:2011/03/02(水) 11:41:17.54
どちらかといえばゲイマンが江頭2:50で、もっとニャンケはデブキャラだろ?
ちなみにゲンジは間寛平だな。
そして正太郎は阿部サダヲ。
やっぱりニャンケといえば、デブ、ハゲ、老眼といった更年期障害の三重苦。
おまけに女にモテず、生涯独身でビンボーなダメ人間。
まったく取り柄なし!
あっ、このスペックは正太郎も似たり寄ったりか!?
もっとも正太郎のほうが草原よりは負け組度、人生の敗北者度は高いけどな。
そしてゲンジとオサダは生涯ニート。
ついでに詐欺師の荒は、死ぬまで組織から横領した金で金満生活。
ほんとにクズばかりだぜっ!!!!!
>>817-819 どっちみち左翼になるんだったら、首都圏学生実とかのNR系が良かったんじゃないの?
いずれにせよ、党派や擬似党派はシンドイよ。
「慶應だから出世した」。
翻ってみたら、学生運動の世界しか知らなかった荒の世界観は非常に狭かったね。
今更ながら正直に言うけど
「他人や自分の出身校ばかり気にして、世の中を知らないヒトだなぁ・・・」
と思っていたよ。
>>821 なるほど、ノンセクトを忘れてました(笑)
荒さんは、「雲の上の人」で、あまり話したことも無かったけどね。
だけど、俺らみたいな下っぱの会議では、キャップの言うことにただうなずくだけで、まあそんなもんだろうと思ってたけど、
辞めてだいぶたってから、中央の会議でもみんな、荒さんの言うことにただうなずくだけだったと聞いて、かなりショックだった。
中村さんとかでもかなわないんだから、俺ら正ちゃん世代が幹部になっても、チルドレンにならざるを得なかったとは思うよ。
>>707 物凄い遅レスでスマヌが、400が動員してたイタリア人というのは
どーしようもなく胡散臭い人物だったと聞いたことがあるなw
>>708 全斗煥の時は東大にも泊り込んでたし、あの新宿のボロアジトで寝泊りして
1000の諸君とは一週間寝食をともにしていたのに忘れるなんて酷いやww
渋谷駅前や、あの公園・・・何ていう名前の公園だったっけ?
あそこでマルキの排除にあって騒然とした雰囲気が、オレの数少ない「学生運動っぽい」体験ですわwwww
1000のメンバーが原理を殴ったのもよく憶えてる。髪の毛引っこ抜いたよね。
あまりに一方的な暴力にちょっと彼が可哀想になったけど、そんなことはもちろん言える筈もなかった。
せめてこういう「集団対個人」の時は自分は手は出すまい・・・と心に決めた。
825 :
革命的名無しさん:2011/03/04(金) 16:44:01.25
↑アンタはエライ!!!!
アンタは大将!!!!
まあまあ、とりあえず正太郎を召喚するために、
みんなで全裸四つん這いになって尻振りダンスをしようぜ!!
826 :
革命的名無しさん:2011/03/04(金) 16:51:52.20
ゴルァ、正太郎!!!!
渋谷の宮下公園に隠れてないで出て来やがれ!!
いじめちゃうぞ!!
ぶっとばすぞ!!
脱がしちゃうぞ!!
掘っちゃうぞ!!
>>828 え?これ Actioがやったんですか?
今いる人達ですか?
>>829 現アクティオの前身組織である荒岱介議長による独裁色の強かった旧ブントが及んだ組織的な暴力行為。
実行犯は現場指揮者であった牧原以外は、旧ブント時代に全員組織を離脱(一名は自死)。
現アクティオは旧ブントの起こしたロフトプラスワン事件についてのコメントは公式には一切沈黙しているが、
代表の水沢をはじめ、大方のアクティオメンバーが旧ブントの暴力行為に対しは否定的な考えを持つ。
正太郎も同様に否定的な見解。
ただし草原ニャンケはバカだから暴力行為については肯定的で、現在でも佐藤を発見次第に殴りたいと公言。
旧ブントは荒岱介が主宰する「学際対話、知の祭典」と称した
グランワークショップ(実際には荒の知識人・有名人化運動)にいくら人を集めようとも、
いくら立派なゲストを招聘しようとも、確実にロフトプラスワン事件によって評判は地に落ちた。
また、そのことを開き直り正当化することは絶対に社会的に許されない。
ロフトプラスワン事件と荒岱介議長による組織財政横領問題に関するパブリックコメントは
「アクティオネットワークとして」絶対に必要とされる。
何故ならば、アクティオネットワークは社団法人といった立派な団体組織だからだ。
社会的な立場と責任が発生するのは自明なことであるはずだ。
832 :
革命的名無しさん:2011/03/06(日) 19:40:46.50
>>822 首都圏学生実行委員会
フリーター全般労組の山口素明に米澤泉美などなど、現在でも最前線で闘う数々の優秀な活動家を輩出したところだよね。
戦旗・共産同による再建社学同とは大違いだなぁ。。。
>>832 キモチ悪い。
ノンセクの自画自賛も党派のそれと同じだわ。
↑少なくとも首都圏学生実は、ブントみたいに運動圏内に混乱を及ぼしたり迷惑をかけてはいない。
835 :
革命的名無しさん:2011/03/07(月) 02:48:39.00
あんたらの内向き一方のコメントの数々を見ていると連合赤軍山岳ベース事件
が起きた理由も分かる気がするわ。ようするに左翼政治運動のカワを被った
仮装舞踏会。ストリップショウもSMショウもあり、というところか。
836 :
革命的名無しさん:2011/03/07(月) 10:32:01.82
>828
何で殴られっぱなし?
少し身を引いて机を蹴り倒せば、相手はイチコロ。
837 :
革命的名無しさん:2011/03/07(月) 15:39:06.99
>>834 迷惑かけてないって、
君、大丈夫か?w
さあ、ニャンケよ!!
此処がロドス島だ、飛んでみせろ!!
貴様の尻振りダンスを見せてやる時が来たぞ!!
髭の濃い汚顔で糖尿病人三段腹、ついでに禿げと老眼のニャンケよ!!
おまけに経営者の癖に借金まみれで、未だに三里塚現行隊を引きずっていて、
キムになっても一ヶ月で逃亡したニャンケよ!!
悔しかったら、飛んでみせろ!!
>>836 喧嘩慣れしてないんでしょ?
それにしてもこのビデオは初めてみた
ロフトは話では聞いていたんだけど、こんなに醜い事件だとは思わなかった
知り合いにActio信じてる人いるんだけど、広めてやらないと
840 :
革命的名無しさん:2011/03/07(月) 21:28:58.43
actio(アラブント)くずだなあ。佐藤悟志もくずだなあ。
首都圏学生実やF労をかついでまわる元活、現場を知らないんだなあ。
F労のキャバクラユニオンとかの滅茶苦茶さは知ったらビックリするぜ。
団塊年金乞食は真面目に働いてる奴に失礼だろ
さっさと人生やめろよ
アクティオとアラブントは別組織だろ?
少なくとも
>>840よりはF労やCU分会の現状を認知してますが、何か?
それでもアラブントよりは断然マシと思いますが、何か?
ところで、水澤努アクティオネットワーク代表の川越市議選立候補説は、どうなった?
結局、吉村一郎氏の批判書を読む限りにおいては、上福岡市民連合への
アプローチが十分に出来てなかったんだと思う。
単なる地区党機構の一部としか認識しておらず、
市民運動・大衆運動に「党としての闘い」が為されていなかった。
「79問題の総括」といったものに慎重になりすぎた結果だ。
あまりにも戦旗派の歴史は浅すぎ、若すぎたのだろう。
何事にも早急に結論を出そうと早足に走りすぎていた。
それが異常な回数の情宣やアジト生活への動員として反映されたのだ。
だから、そうした箍が崩れると簡単に雪崩れうつように市民化してしまう。
それは当たり前な話なのだ。
若い時に限らず、失敗するのは当然であり、また失敗をしてもやり直せばよい。
「恒武闘争路線」も「73年分裂」も「79問題」も党の歴史に振幅があるのは当たり前。
日共なんかみれば、それは自明のこと。
「90年代戦略」を打ち出したまでは良かったけど、本当にドップリと大衆に漬かる勇気がなかった。
このスレの住人は嫌がると思うけど、雑誌「創」の最新号に「日石・土田爆弾事件40年目の真相」が出ている。
「真実を明らかにして冤罪事件を起こした権力に責任をとってもらおう。」ということだそうです。
一読あれ。
847 :
革命的名無しさん:2011/03/09(水) 15:59:23.35
>若い時に限らず、失敗するのは当然であり、また失敗をしてもやり直せばよい。
そうきょん。大事なことは過去に拘泥しないこと。取り返しのつかないほどの
失敗(例えば殺人)はしていないだろ?自分の人生の時間の一部が失った程度
ことなら、しないより価値があることもある。
ところでニャンケと正太郎は最近まったく見かけないけど、どうしたんだ?
ニャンケにいたっては、ブログも全然更新されてない。
まさか糖尿が悪化して死んだのかな?
849 :
革命的名無しさん:2011/03/10(木) 00:59:40.79
F労の現状知ってて擁護するとはすごいなあ。
労働法の基礎知識も知らない奴が主要団交員ででかい面する。
あげく揉めたら相手(飲食店)にウケ狙いのパフォーマンスで乗り込む。
で、当該うんざり、と。
メンヘラが好き勝手やって組合活動・・・。
アラブントより断然ましだとは思えないね。どっちもどっちだろ。
↑そんなことでガタガタ言ってんのか?wwww
個人独裁制で多額な上納を強いておきながら、挙げ句の果てには自分だけ被害者ヅラして横領。
アラブントとCU分会、どちらがマシか?
自ずと知れてるだろうが?ww
851 :
革命的名無しさん:2011/03/10(木) 17:22:59.36
外部の人間なのだが、組織の運動資金として集めた金を私的流用するなんて、
常識はずれ以外の何ものでもないだろう。主義主張以前の問題。人間として
唾棄すべき存在だ。
ん〜、目くそ鼻くそw
>>851 荒岱介と革マル派の松崎明は、その唾棄すべきことをやったのさ。
さーてと!
そろそろニャンケでも呼び出しますかね。
オラオラ、出てこいよ!
糖尿腹の死にかけ中年ハゲデブが!
また虐めてやっからよ!
病人の田舎モン!
855 :
革命的名無しさん:2011/03/10(木) 23:14:37.20
少しはまっとうな流れになってんだからニャンケなんか呼ぶなよ。
で、とりあえず73年の戦旗4分裂についてプリーズ。
おまいら、27日は三里塚来いよ…
857 :
革命的名無しさん:2011/03/12(土) 02:51:01.60
おまいら大丈夫か
以下点呼
正ちゃん、水戸は大丈夫か?
福島第一がやばそうだ。
>>858 連絡とれて元気だったけど部屋がやばいそうな…
また余震きた('A`)
にゃんけさん大丈夫かい?
皆さまお久しぶりです。
ご心配をお掛けしております。
私とニャンケは共に無事です。
ただ、私の居住地は水道が止まりニャンケの居住地では水道と電気が止まっています。
なお、IBS(茨城放送)に因ると茨城県内17の原子力施設には異常が無いそうです。本当かどうかはわかりませんが。
私たち脱原発派の懸念が現実のものとなってしまい暗澹たる気持ちですが、今はそんな事言ってる場合じゃありません。
皆さん、とにかく今は己の出来る事を精一杯頑張りましょう!
またここで昔話馬鹿話に花を咲かせられる事を夢見て。ではまた。
861 :
革命的名無しさん:2011/03/13(日) 22:33:42.63
良かったです。
みなさん、状況は色々でしょうが、
それぞれの所で、頑張りましょう!
>>860 ライフラインの一部がストップしているとはいえ、ご無事で何より!
正太郎ら脱原発派が日頃から奮闘し、警鐘を鳴らしてきたことが、不幸にも起きてしまった。
今は現地入りしても何もできないし、現地入りは無理な状態。
せめて日本赤十字社へ義援金をカンパすることが最大にして最善の行動だ。
863 :
ニャンケ:2011/03/14(月) 20:07:49.17
ご心配おかけしました。今日、震災以来はじめてパソコンの電源を入れることができました。
昨夜遅くに、電気が復旧し、いかに電気と電話に依存した生活をしていたかを思い知らされました。
とはいえ、深刻な被害にあわれた全てのみなさんに心からお見舞い申し上げます。
あ。今また余震が・・・。こわ。(汗)
865 :
革命的名無しさん:2011/03/16(水) 00:56:29.17
今こそ脱原発派の正太郎の出番だな。
情報発信がんばれ!
日本から出て海外へ移住すべきか、日本再生に向けて全力投球するかの選択時でもあるな。
勿論、国家という意味合いじゃないよ。
>正太郎
一時的に千葉市の実家へ避難、避難!
茨城県内よりは、断然マシなはず!
ハチドリの会はなにかしないの?
ゲイマン無事かー
>>868 ハチドリの会も被災者。
そんな余裕はないと思われ。
>>868 茨城県も忘れ去られた被災地。
被災地にあるハチドリの会に何かを強要するのは間違い。
正太郎やニャンケたちの現状をきくと、今はそれどころではない。
やるんだったら、お前がやれ!
皆さま、応援ありがとうございます。
先週金曜日にようやく水道が復旧しまして、一週間ぶりに風呂に入る事が出来ました。風呂に入れる幸せをシミジミと堪能した次第です。嗚呼!臭かった!俺!
そして私の今の持論です。前にも書きましたが。
少なくとも『発電』『送電』『売電』を分社化するべき。全てが地域一社独占なんてまるで開発独裁国家。
そして、国際条約に基づいた法整備を進めましょう!
参考:原子力の安全に関する国際条約(1996年批准)
第八条の2 締約国は、規制機関の任務と原子力の利用又はその促進に関することを司るその他の機関又は組織の任務との間の効果的な分離を確保するため、適当な措置をとる。
つまり促進機関と規制機関を分離せよ、と。
日本ではどちらも監督官庁が経産省。規制機関を例えば環境省等に置くべき。
連レス スマソ
参考:環境基本法 第13条 放射性物質による大気の汚染、水質の汚濁及び土壌の汚染の防止のための措置については、原子力基本法その他の関係法律で定めるところによる
ところが原子力基本法に関連条項無し。
そして大気汚染防止法第27条、土壌汚染対策法第2条、水質汚濁防止法第23条、廃棄物の処理及び清掃に関する法律第2条等など、環境関係の法律では全て放射性物質が適用外。
法整備を進めるよう、是非とも皆さまの地元の議員に働きかけてください! 今が働きかける時です。
874 :
革命的名無しさん:2011/03/21(月) 20:12:24.36
今「脱・原発!」を声高に叫ぶと「ここぞとばかりに反対派が調子づいてる」という印象を持たれて逆効果なんでないかな?
今は救助活動や復興支援などに黙々と協力し、世の中が落ち着いて今後のエネルギー政策についての関心が高まった時に、
冷静かつ理論的に原発の危険性と、「脱・原発」の道筋を説くべきでは?
>>874 いや。それも手遅れではないかな。
というか、大震災と大事故というあってはならない事態が現実となった今、
法律の整備ということじたいが手遅れでは。
救助と復興支援は誰にとっても喫緊の課題ではあるが、
この国そのものがソ連のように消滅してしまうのが次の現実。
そうはいっても、現時点で日本国中から原発の完全撤廃こそ喫緊の課題。
もしも次に災害で事故が頻繁したら、それこそ地球規模で人類をはじめ生命全体の生存が危ぶまれる。
広島、長崎原爆の被爆地でもある地震列島日本が発信源なんて、冗談にもならない。
いずれにせよ、いくら東電が「原発の安全性」といった嘘を吐いても、
今後は世間の目を欺けない。
脱原発運動を実践している人々は、推進派のバカどもが誹謗、中傷しようとも、
なにがなんでも脱原発を今まで以上に声高に叫んでいく必要があるだろ。
だって原発なんかなくても、この国の電力は賄えるんだから。
現実的に今、俺らド素人が福島第一原発の現状に対して直接出来る事は何もありません。せいぜい国や東電に正確な情報公開を求め、メディアの在り方を監視し注文を付けるくらい。「法整備を進めよう」というのは、もちろん今後の課題です。
久方ぶりにくそ真面目な事を書きますが、俺は本気で焦燥感に駆られてるんです。事はあなたの、そしてあなたの大切な人達の、命と未来に関わるんです。
明日にでも、あなたの所在地の電力会社が持つ原発が今現在運転しているのか、そしてその原発の緊急炉心冷却装置や非常用電源やその周辺機器が今回と同程度の地震や津波に耐えられるのかどうか、確認して下さい。
そしておそらく耐えられないでしょうから、直ちに止めて(止まっているなら稼動せずに)耐震耐津波補強工事を今すぐ施工するよう求めて下さい。
特に中京関西方面の方!
東南海地震は明日にも起こるかも知れないんです。浜岡原発を止めて下さい!
関東の電力不足?そんなの関係ねえ!どうせ周波数の違いで中電関電から関東へは100万キロワット超を送る事は出来ないんです。
これはもう、思想信条なんか関係無い。あなた自身の、そしてあなたの大切な人達の、命と未来を守って下さい。お願いします!
俺は俺で、日本原電東海第二原発が二度と稼動しないよう(現在地震の影響で冷温停止中)頑張ります。
中部電力は浜岡原発の必要性についてこの段階で強調してきたな。
これほどの目に合わされても、既存の原発の反対運動まではしない・・・
それが日本人・・・
東日本震災の直後に静岡県が震源地の地震があった次の日に、
一人の老人が浜岡原発前で毅然と座り込みを行った。
これから続々と浜岡原発前や中部電力本社前で原発即時停止を要求する
座り込みやデモンストレーションや情報宣伝活動が開始されるだろうな。
それを妨害する公安や機動隊は、放射能汚染で死にたいのか?
この期に及んで、未だに原発は安全とか放射能汚染は大したことない
とか信じて言ってるバカがいるみたいだね。
↑酷い話だ。
この前にアメ大前の歩道を歩いていただけで、二名も被逮捕者が出ている。
麻生邸リアリティツアーといい、警視庁公安部は明らかにやり過ぎ!
中核派全学連のメンバーだな。
狙い打ち逮捕に間違いない。
(`・ω・´)公安条例粉砕!
社民党が官邸に脱原発を申し入れ。
http://t.co/cy0900B 昨日、福島みずほさんは浜岡原発を視察し中電に即時停止を申し入れた、との事。
いろいろあるが、この件に関しては社民党断固支持。
なお、日本原電東海第二原発の原子炉は福島第一原発の原子炉と同じ米GE社製。幸い今回の地震では無事に止まったが、東海第二原発には原子炉隔壁(シュラウド)のサポート部にひび割れが有るぞ。
福島県の出来事は、それこそ人ごとではありませんよ、東京圏の皆さん。
890 :
革命的名無しさん:2011/04/08(金) 11:43:06.08
昨夜も大きな地震があった。
正太郎、ニャンケは無事か?
茨城県も被災地であることを忘れてはいないぞ!
水澤努がfacebookで「××に紹介された」と嘘こいて相次ぎフレンド申請、大問題に!!
>>891 ゲンジたちなんて、所詮そんな連中さ。
どうせ被災したアクティオ会員のことも、われ関せずだろ。
せめて支援物資を集めて届けるとかもしない。
893 :
革命的名無しさん:2011/04/13(水) 12:58:33.38
正太郎とニャンケが居住する、当事者にも成れない「忘れ去られた被災地」である茨城県を想って上げます。
正ちゃん、久しぶりだな。
震災以来、というか正確には原発事故に衝撃を受けて、しばらく来る気になれなかった。
俺は、某地方都市で、オール電化の家に住んでいる、快適だ(笑)。
元活のハシクレなので、原発の危険性は百も承知のつもりだったが、まあ東電があれほど「安全」というんだから、大丈夫だろ的に黙認してた。
今回の事故の責任は、東電や原発政策を薦めてきた国が第一義的だが、
推進派の御用学者はもちろん、俺みたいな「危険性を認識してたけど黙認してた」者にもあると思う、
正ちゃんみたいな活動もしてないし。
しかし今回はショックだった。それに、本当に恐かったな。まだ進行形だけど。
内ゲバで殺されても、党と人民の未来に展望を託せたが、放射能はオワリだな。
正ちゃん、がんばれ(笑)
ここに書く事ではありませんが・・。
【覚書】
東日本大震災による茨城県の被害(4.13現在)
・死亡23名 ・重症33名 ・行方不明1名
・住宅全壊711棟 ・半壊3453棟 ・一部損壊77070棟
・茨城県民の避難者320人(ピーク時77285人) ・福島県からの避難者453人(ピーク時1865人)
・通行止め32箇所
加えて、福島第一原発事故での東電による『放射性物質の海洋投棄テロ』に伴う漁業被害(漁民達へも周辺諸国へも何の断りも無く海にばらまいた)や、農業・畜産業被害は計り知れない。
北茨城、大津漁港の漁師さんの言葉
「地震津波、これはしょうがないですよ。その後にああいうモノを流して商売にならねぇ、てのに怒りを覚える。」
【拡散希望】
内閣府原子力委員会が、原子力政策について国民からの意見を募集しています。
http://tinyurl.com/3v6d7nf まあね、原子力委員会なんて週一回・最短10分最長1時間半の会議やるだけで1650万円の年収ぶん取ってる税金ドロボウどもだけど(週刊ポスト情報)、何もやらないよりはずーっと良い。
是非、みんなで意見を送り付けてやって下さい!
そしてこの事を広めて下さい!
よろしくお願いします。
次の大きなデモは4月24日芝公園!!
チェルノブイリ大事故(4/26)に合わせた毎年のデモ、今年こそみんなで集まろう!!
http://www.labornetjp.org/EventItem/1301910079132staff01 より、詳細はまた載せます!
くり返すな!原発震災 つくろう!脱原発社会 4.24集会とデモ
日時/4月24日(日) 会場/芝公園23号地(都営地下鉄三田線 御成門下車5分)
集会開始/2時30分 デモ出発 3時30分
デモコース/経産省別館前〜中部電力東京支社前〜東電本社前〜銀座数寄屋橋交差点〜東京駅前〜常盤橋公園で流れ解散
雨天決行 参加費無料
主催/原発止めよう!東京ネットワーク
問い合わせ先/03-3238-9035(たんぽぽ舎)
首都圏、東海、関西と脱原発デモが盛り上がってますな!
正太郎の出番も極まれり!
だけど日本だけではない、北半球・・・否、地球規模での人災であるからして、
人類生存を賭した今は、誰の活躍でどうしたとかの評価は後回しだな。
とりあえず稼働中の原発を停止させ、代替エネルギー源の研究と開発を要求することが先決だ。
そのためには正太郎よ!!
1984年春の社学同合宿で披露した全裸踊りを、今回は地球を救うため、地球上全ての原発廃炉と核兵器撤廃を訴えるため、
再び全裸踊りを今度のアースデーで絶対に披露せよ!!!!!
これは命令だからな!!
アースデーの会場で正太郎は絶対に全裸ダンスを披露しろよ!!!!!!!!
>>898 ↑まだ進行形だけど、なんとなく原発も落ち着いてきた?ようで、こういうレス見るだけでホッとしてしまう(笑)。
84年春に、正ちゃんの包茎ちん〇見た一人として、正ちゃんには大それたことして欲しい!
>>899 落ち着いたように見せかけるために情報操作しているだけであって、
むしろ福島第一原発事故の事態はますます悪化しているだけ。
だからこそ、東電と政府に真実を告知させ、人々に生き方の選択を伝えるためと
全国各地にある原発の即時停止と廃炉をアピールするために、
今こそ聖禅羅正太郎様による偉大なる全裸ダンスが必要なとき!
もちろんバックダンサーは、聖禅羅正太郎様の使徒であられる草原ニャンケによる尻振りダンスだ。
草原ニャンケがKARAの歌に合わせて、馴染みのキャバ嬢たちと一緒にケツ振りダンスを披露する。
♪ララララララ〜〜〜
きっとアースデーの会場は盛り上がるぞ!!
聖禅羅正太郎様の全裸ダンスとバックダンサーの草原ニャンケ&キャバクラガールズによるケツ振りダンス!!!!!
来場者は全員ケツ振りダンスをしながら服を脱いで全裸になり、
そのまま聖禅羅正太郎様と草原ニャンケ&キャバクラガールズを先頭に東電本社までデモ行進だ!!
沿道の人々も聖禅羅正太郎様と草原ニャンケ&キャバクラガールズの発するホーリーネイキッドエネルギーに影響され、
そのまま服を脱いで全裸になってケツ振りダンスをしながらデモ隊列に加わりゾロゾロ着いて行く。
東電本社社屋に到着する頃には、いつの間にかデモ隊列は何百万人、何千万人の全裸民衆に膨れ上がり、
東電本社は全裸民衆に包囲され、全裸民衆によるケツ振りダンスで抗議され、
遂に東電は原発を停止せざるを得なくなり、停止と廃炉化を決定。
同じ頃、中部、関西、北海道や四国、九州などの全国各地でも聖禅羅正太郎様と草原ニャンケ&キャバクラガールズによる
ホーリーネイキッドエネルギーに感化された全裸民衆が、ケツ振りダンスをしながら各電力会社に抗議。
遂には日本全国各地にある稼働中の軽水炉、高速増殖炉、核燃料再処理施設は停止と廃炉化が実現決定!!!!!
こうして聖禅羅正太郎様は、脱原発の神様、日本と極東地域、いや世界を救った神様として永遠に奉り上げられるのであった。
901 :
革命的名無しさん:2011/04/27(水) 10:35:16.63
ゲイマン、ふくいち行って男を見せろ!
902 :
革命的名無しさん:2011/04/27(水) 16:29:35.57
さぁ、偉大なる聖禅羅正太郎様と使徒のニャンケよ!
今こそ世界のために甦れ!
使徒のニャンケに煩悩を背負わせ、福島第一原発の建屋の中に放り込め!
使徒ニャンケによる煩悩エネルギーで、マイナス150℃まで冷温。
こうして使徒ニャンケの尊い犠牲によって福島第一原発は凍結し、
無事に廃炉が決まり、ついでに煩悩エネルギーで福島県内の放射能も除去されて地球は救われた。
聖禅羅正太郎様は世界大統領に就任し、使徒ニャンケの誕生日は国際的祝日と定められた。
903 :
希流:2011/04/27(水) 17:27:19.90
荒氏が土田、日石事件について何も語らず亡くなってしまうのは
残念なことですな。まだ両川氏は健在なので創から本が出たら
何か語ってほしいですね。
お前にどう関係あんだよ。
希流君は趣味者か研究者かアクティビストかはっきりしたほうが良いよ。
その姿勢次第で相手の回答も変わってくる。
それから自分が知り得た情報を安直にネット等で公開すんのはよくないね。
そうした希流君の関わり方が信頼を損ねているのは確か。
906 :
希流:2011/04/28(木) 02:20:55.76
そうすると問題は運動間における信頼関係の欠如ということになりますかね。
相手が誰か分かっていながら、他の運動については饒舌なる人が多いわけで。
隙間がなくなれば僕も消えることになるでしょう。
“隙間”がどうとかじゃなくて、君の関わり方が問題なんだって。
ところで君はアスペルガー症候群の部類に入ると思うのだが、
そうした自覚や他人から告げられたりしたことはないか?
そうかあ。
俺はちょこっと活動しただけでしたが、キムまでは行った者です。
俺的には、希流氏にいろいろ教えられることがあり、ありがたいと思ってます。
まあ、「教えられる」と言っても、生き方とか大それたことじゃなく、新左翼のエピソード的なものだけどねww
日石・土田の件は、衝撃でしたよ。いろいろ考えさせられた。
それを教えてくれた希流氏には、感謝の念があります。
>>908 それについては「黙して語らず」でいいのではないか?
我々の世代だって当事者ではないのだから何も知らない、知らなかったということにしておけば。
今さら、どうすることも不可能だし、ましてや何の関わりもない我々の世代が言及すべきことではない。
お前もKYな野郎だなぁ。
ふうん。日石・土田問題は驚いた。
戦旗真犯人説もさることながら、権力側も沈黙してたことに、もっと驚いた。
72年の5.13戦闘で、自供者が出たんだよな?
しかし警察も検察も沈黙してた。
警察内部での派閥争いやメンツもあったのかも知れないが、そのお蔭?で戦旗派の80年代の進撃があったと思うと、感無量だ。
しかし、冤罪で人生を棒にふった人たちは、本当にかわいそうだ。
いや、かわいそうじゃすまないが……。
希流は大嫌い。
とにかくコイツのメンタリティと、80年代戦旗のメンタリティとはどうあっても相容れない。
そこに気がつかずに空気を読まない発言を繰り返す希流はもうこのスレに出入りして欲しくない。
希流よ。
80年代戦旗とその後のBUNDに連続性なんか無いんだよ。そこをまず理解しろ。
どうでもいいけど、荒人神死んだぞ。
914 :
革命的名無しさん:2011/05/04(水) 10:00:51.09
そっかあ、荒さん亡くなられたんだ…。
65歳か、このスレッドでは、自分だけがまだ「荒派」だったみたいなのに(汗)
死ぬと分かってれば、もっといろいろお話したかったなあ。
「荒岱介著作全集」は、せんき社から出ないんでつか?
916 :
革命的名無しさん:2011/05/04(水) 19:19:09.75
荒が亡くなったので、さぞかし多くの書き込みがあると思いきや、この有り様。
>>911 好き嫌いを述べても仕方ない。
彼にはメンタリティを理解するという概念が存在しないのだ。
そうした症例が現実にあるし、また増えているのも事実。
アスペルガー症候群(広汎性発達障害)とは、そういうものなのであり、またそのように理解するしかないのだ。
だから彼には、余計なことは語らない、また親族や友人、知人でないのならば付き合わない。
そうするしかないのだ。
918 :
革命的名無しさん:2011/05/05(木) 09:06:33.59
荒さん、最後はみじめだね。かってあれだけの人が最後はみなに見捨てられて。もう金正日、アミン、チャウチェスクみたいになっちゃって方向間違えたから誰もついてこなくなった。
お金は墓場まで持って行けない。
彼は金品を詐取、横領して見事に自分のものにした代償に、多くの、否、全ての同志と友人を失った。
晩年は孤独そのものだった。
最も長く深く過ごしてきた戦旗派の誰からも愛されず、徹底的に見棄てられた最期を迎えた。
すべては荒の自業自得なのだ。
『革命運動を生き闘う主体のガイストとは何か?』(『第二主体性論文』)と自己犠牲の哲学・イデオロギー性の墨守に最も固執し、
後年は「ホメスタシオ」と「スピノザ」を「転向」の言い訳と開き直りの論理として持ち出して私的利用した。
宮崎学に対する評価はともかくも、宮崎学が「思想なんてものは、所詮は人間が勝手に思い付いたもの」と述べていたけど、まさにそれを体現した人物だった。
孤独な死に方。
実に荒らしい最期だった。
繰り返し語るが、すべては荒の自業自得なのだ。
彼のように孤独な死は迎えたくないものだ。
そのためには富めなくとも、なるべく人々から愛される有意義な人生を送ろう。
それが荒から最後に教わった生き方として。
920 :
希流:2011/05/05(木) 10:56:56.28
あらゆる運動体から忌み嫌われてきた皆さんから
何を言われてもネタにしか感じないでしょ。
自分達のことについてあまりに無自覚なのは、
今も昔も皆さんの特徴ですから仕方がない。
集団性を伴っている分、僕ごときと比べても
はるかに信頼されず警戒されてきたことは
明らかなんですが、それを言っても仕方ないか。
ちなみに土田、日石事件の本は彩流社からではなく
創出版から出版されます。関心ある方はよろしく。
服部よ。
お前もあらゆる運動体から忌み嫌われて諦められているんだよ。
その無自覚ぶりがな。
922 :
革命的名無しさん:2011/05/05(木) 11:41:51.44
塩見のオルグに負けなれば、
このような惨めな生き方。死に様に
なることはなかっただろうに
>>920 釣られてやるか。
お前な。よく聞けよ。
「あらゆる運動体から忌み嫌われて」ってさぁ。
お前はその運動体の人間ですらないわけじゃん?外野の野次馬だろ?口だけの傍観者なんだろ?
90年以降のBUNDが運動圏で嫌われてたからって、お前がそのことを傘に着る立場じゃないんだよ。
分かる??
お前のあり方を批判されたからって、顔真っ赤にして「だってお前らみんなに嫌われてるじゃん」とか
書いてるのなんか恥の上塗りなんだよ。
お前こそなんで自分がそんなに嫌われてるのかよく考えろ。
子供の頃からそうだったんだろ?可哀想に。
924 :
革命的名無しさん:2011/05/05(木) 12:58:48.68
荒さん、あれだけの能力あったんだから他で発揮してたら人生違ったのにね。
でも、彼見てて思ったけど相当屈折した幼少期だったんじゃないかな。
まあ、こういう運動してる人はなにかしらあると思うけど。
925 :
革命的名無しさん:2011/05/05(木) 15:12:13.39
荒は恵まれた人生じゃねえの?組織を退いた後も回顧録の類いを沢山書いたし、巻き上げた金で生活にも困らなかったろうし。
926 :
革命的名無しさん:2011/05/05(木) 16:07:26.27
中核ネタを持ち込むが、与田の腐敗を知った時、「荒と同じだ」と思ったのは私だけだろうか…。
927 :
革命的名無しさん:2011/05/05(木) 21:55:07.61
中核にもあったの?
928 :
革命的名無しさん:2011/05/05(木) 23:56:52.71
中核派の関西地方委員会議長だった与田も、金銭を大量に詐取、横領して自分のものにして、そのカネで出身地の九州に露天風呂付きの豪邸を建てたんだ。
その与田を打倒する関西の党員の決起があって、それで与田は追放された。
露天風呂付きかぁ。豪勢やなぁ。日本全国的に言っても露天風呂付きに住んでるやつは
かなり限られてるよな。
930 :
革命的名無しさん:2011/05/06(金) 06:45:50.57
ポルシェはスクラップかいの?
横領資産を回収するためにポルシェは引き上げるんだよな。
葬儀委員長は、塩見さんですか??
933 :
革命的名無しさん:2011/05/06(金) 14:36:43.89
おいおい、他党派だが連絡が来たぞ!
>>928 スレ違いを承知で聞くけど「与田打倒から関西派分裂まで」の過程を三行で頼む。
935 :
革命的名無しさん:2011/05/06(金) 19:47:30.11
荒の葬儀には元戦旗は結集するのかな。早見慶子さん、深笛義也さん、佐藤悟志さんなど…。
他党派ですがご冥福をお祈りします(-人-)
80年代戦旗は、はたから見てると
まあ、何と言うか、面白かったですね...
937 :
革命的名無しさん:2011/05/06(金) 21:02:12.41
葬儀:荒岱介さん=戦旗・共産同元議長、9日午前11時
荒岱介さんの葬儀=戦旗・共産同元議長・3日死去=9日午前11時、
さいたま市浦和区本太1の42の2の延命寺会館。喪主は妻久江(ひさえ)さん。
http://enmeiji.com/ 天台宗
938 :
革命的名無しさん:2011/05/06(金) 21:06:22.80
<お知らせ>
荒岱介さんが、かねてより前立腺癌治療中のところ、
5月3日20時15分逝去いたしました。
ここに生前の友情・交流に感謝し謹んでご通知申し上げます。
なお、葬儀は下記の通り執り行います。
<日時>
お通夜・お別れ会
・5月8日(日)午後6時から
告別式
・5月9日(月)午前11時から
<場所>:延命寺(来迎殿)
JR浦和駅・東口より徒歩8分(仲本小学校東側)
さいたま市本太1−42−2
TEL 048−882−6341
喪主は伴侶、荒久江さん。
*花輪希望の方
博善社(048−882−2467)
オイ!!!
荒の偲びなんて、どうでもいい。
死んだとしても、ヤツの晩年は人間のクズであったことは間違いないんだよ!
ところで組織資産の相続権の問題はどうなる?
特に蒼生館は啓太郎や牧原ら他数名の古狸どもが寄って集って利権を貪ろうと、
今は故人となった荒と管理・相続権の奪い合いをしていたはずだ。
こいつら古狸どもが蒼生館を勝手に(秘密裡に)売却し、
勝手に資産を分配して横領せぬよう、しっかりと監視し、摘発せよ!
それから未亡人となった久江(旧姓:金子)は、さいたま市中尾の邸宅や土地といった不動産、
スズキのスイフト(荒がポルシェ966を勝手に処分して購入)やニッサンのテラノといった
自動車等々の動産を如何に処分するつもりだ?
「社団法人アクティオ・ネットワーク」へ返還するにしても、
アクティオ・ネットワークは既に社団法人なのだから、結局は行政へ譲渡するつもりなのか?
その辺を明確にしないと荒の腐敗した銭ゲバ遺物の所為で、現役古参メンバーまで汚され穢れるぞ!
とりあえず日向の葬式なんだから、
日向一派が仕切るべきじゃねーの?
「日向一派」なんて、もう無いんだよ。
942 :
革命的名無しさん:2011/05/06(金) 22:13:40.91
日向一派で、今でも荒についていく奴なんて一人もいませんよ。
943 :
革命的名無しさん:2011/05/06(金) 22:23:45.63
荒さんの葬儀の日は、1号機から高濃度の放射能が出る日だから行くの辞めようかな〜 荒さんに香典出すの嫌だしなぁ、
荒さん、貯金いくら残ってたんだろう
944 :
革命的名無しさん:2011/05/06(金) 22:50:45.45
キンちゃんって久江という名だったの?荒姓ということは入籍してたんだ。
てっきり○田○子が本名だと思ってた。
「三田洋子」はペンネームだよ。
遺産相続権を手に入れたいがために荒と急遽入籍したんじゃね?
ずっと入籍してなかったけどな。
あるいは鈴木啓太郎たちに勧められたか?
いずれにせよ財産分与は遺言状に従って、妻の久江が相続権を持つだろう。
また荒も遺言状には、その様に記していると推測する。
だがもしも、彼女に一片でも良心が残っているとすれば相続権を放棄し、
愛犬二匹を引き連れて旧荒邸から移転し、あとの処分はアクティオに任せるだろうけどね。
間違っても啓太郎どもに任せては駄目だ!
啓太郎どもの狙いは、故・荒と同じだから。
任せるなら、アクティオ代表の水澤が適任だろう。
水澤は荒の横領によって築かれた穢れた財産を、すべて清流に流して溶かすつもりだから。
946 :
革命的名無しさん:2011/05/07(土) 04:12:46.53
けいたろうさんって誰だっけ?
逝去昨日知りました
ブントの方に会うのもこれが最後になると思うので8日に行きたいのですが
通夜・お別れ会の詳細(式次第)ってどこで分かるのでしょうか?
948 :
革命的名無しさん:2011/05/07(土) 09:01:59.59
上に書いてるじゃん 嫁よ文盲
>>948 元ブントの方ですか?完全なにちゃん脳ですね
自分の知ってるあの人やこの人がにちゃんでこんな煽りをしていると考えるとちょっとショックです
上には「お別れ会」と書いてるので、それこそ塩見さんの挨拶とかあるとかなら
そういう詳細が知りたいんですが
間違っても、葬儀の席上で金ちゃんと啓太郎を吊し上げたりしないように。
吊し上げんなら、その後だ。
タップリ査問をする時間はあるからな。
951 :
革命的名無しさん:2011/05/07(土) 12:33:48.28
さすがに元BFで通夜や葬儀に行くやつはいないだろ。
952 :
革命的名無しさん:2011/05/07(土) 12:51:25.53
>>930 ポルシェなんて、とっくに売っちまってねーから。
>>949 だったら、最初からそう書け。アホが。948みたいな返しを受けるのは当然だ。
おまえみたいに1人合点して言いたいことが伝わってると思い込んでるやつが
一番タチが悪い。949のカキコは失礼だぞ。
954 :
革命的名無しさん:2011/05/07(土) 16:16:37.62
久しぶりにセンキ読みたくなった
どっかに落ちてねーかな とりあえず葬儀に行こうっと
955 :
革命的名無しさん:2011/05/07(土) 16:18:22.57
>>955 なんだ、糞女かよw 引っ込んでろよ、膿んだマンコはな。
957 :
革命的名無しさん:2011/05/07(土) 17:37:01.87
↑うん、メルトダウンしたティムポ爺さん
958 :
革命的名無しさん:2011/05/07(土) 19:09:33.17
戦旗というブントの老舗のノレンを名乗りながら最後は破綻して、その財産
だけ私有した方が亡くなりましたか。下部メンバーは人生を棒に振って貧困
という共有財産だけを得たわけですね。ご愁傷様です。
959 :
革命的名無しさん:2011/05/07(土) 19:11:22.92
何故、そのような人に皆ついていったのですか?
960 :
革命的名無しさん:2011/05/07(土) 21:20:51.53
宗教カルトのカリスマ指導者は、オウムでも学会でも似たようなもんです。
961 :
革命的名無しさん:2011/05/08(日) 00:51:00.61
帝国主義の侵略反革命を蜂起内戦へ!
革命運動のスターリン主義的歪曲を克服せよ!
(スローガン、まだ覚えていたよ・・・)
962 :
革命的名無しさん:2011/05/08(日) 17:54:39.99
痴ほう症の惚け老人みたい!(笑)
横領資産を啓太郎たちが横取りしないか、しっかり啓太郎たちの動きを監視しとけよ!
964 :
革命的名無しさん:2011/05/08(日) 23:40:59.77
今日の葬儀行ってきたけど、なんだかんだ結構人が来てた。
連合赤軍のUさんなんかも。
ひとつ、残念なのが葬儀の会場の出口で反原発のチラシを配ってた「○んぽぽ○」いい加減にしろ。不謹慎にも程があるだろ。
何で葬儀まで来て、こんな事をするんだ!だから左翼は・・って言われるんだよ。
>>964 実際、左翼はそういうもんだから仕方がない。人間の生死に対して感情の襞が薄いからね。
いや、いつまでも全体的に学生さん的な気分の作風だからじゃないのかな?
学生運動経験者じゃなくても、いつまでも新左翼の爺さんらはKYなところがあるよ。
機敏がわからないっていうか、なんていうか。。。
亡き荒は、その最たる存在だったけど、それにしても早すぎる死だ。
憎まれっ子世に憚るの如く、最低でも90歳ぐらいまで生き延びて老害を撒き散らすかと思っていた。
最期は最も長く過ごした戦旗・共産同−ブント時代の元「同志」は来ずか。
組織資産を横領し、それなりの贅沢三昧に耽った一時期もあったけど、
あまりにも惨めで寂しい死に様だと思う。
ここにいる元活は、そんなことはないだろう。
金持ちには成れなくても、多くの友人、知人や家族に見送られて欲しいと願う。
いつかは人間は誰もが死ぬ。
だから、生き様というものは大切なんだと思う。
「あの世」が存在するかどうかなんて知らない。
もしも在るんなら、荒は加藤さんや笠置さん、藤本さんに廣松渉先生からこっぴどく批判されるだろう。
そして戦旗派一期建設から73年分裂直後に亡くなった人からも。
岩崎巌や須藤は、取り分け須藤はどうか知らない。
他にも既に亡くなられていても、戦旗派に関わっていた方々も多くいるはずだ。
それだけ荒は責任があったのだ。
あの世へ行っても責任を果たして自己批判して欲しい。
活動家の死んでからの価値、革命家と認められるかどうかは「しのぶ会」や著作集刊行の呼びかけの顔ぶれがどれだけ幅広いかどうかできまるんじゃないの?
969 :
革命的名無しさん:2011/05/09(月) 11:57:29.01
>>966確かにKYな爺さん、婆さん多いですな。
挨拶もろくすっぽ出来ない。
あれで市会議員やってたの?
他にも葬儀なのに、作業着を着て大声で携帯で話してるあの人がいた。
服装は仕事帰りやら事情があるとしても、お経あげてる時に・・
かっては、一世風靡し憧れの存在だったのに残念だ。
970 :
革命的名無しさん:2011/05/09(月) 12:41:10.65
↑顔が広けりゃ立派な革命家か?そんなはずねえだろ。
971 :
希流:2011/05/09(月) 18:07:48.80
そういえば、お前とは関わらない、と名無しの分際で自分が関わるだけの
価値ある人間だ、と錯覚している馬鹿がいたので
説明しておくと、ぼくが関わる価値のある人だ、と思うのは、
元戦旗派でいうと出版ネッツの北氏とかAPSF労組の山口氏とか
そういう人達です。山口氏なんかは肩書を明かにした上で赤プロに
寄稿していただきました。それと比べると戦旗スレのようなところで
名無しでうだうだ言ってる連中はあまりに小心者過ぎて関わる価値のない
カスにしか見えませんな。そういうのがここに何人かいるようですが。
しかしそんな馬鹿は戦旗派でも一部の人達だけでしょう。
先に、皆さん、と書いたのは不正確な表現で失礼しました。
972 :
革命的名無しさん:2011/05/09(月) 19:09:09.71
名無しの分際w
匿名が2chだろうが
匿名だから2ちゃんはダメなんだよ。
実名で身元を明かして、普段の自分の出来事や写真、家族や親戚の写真まで
広く公開して緻密なコミュニケートができることで爆発的に発展したFacebook。
このFacebookが今回の中東革命の牽引車になった。
5億人を超える人々が利用しており、その使い勝手の良さやコミュニケーションの
取りやすさは特筆もので、Facebookを体感すると、とてもじゃないが2ちゃんなんて
使い物にならないことがわかる。
日本人はついにこうしたワールドワイドなサービスを生み出すことは無かったな。
974 :
革命的名無しさん:2011/05/09(月) 20:00:22.64
ネタにマジレス
スレも終盤なのでお約束通り捨てアド晒します。
こんなタイミングで荒氏の訃報が飛び込みましたが、私のように活動期間もごく短く、
尚且つ地方の地区にいた人間ですと、いくらかついて所属していた組織のリーダーとは言え
「知っている人の死」という実感はありませんね。
そんなわけですので、気が向いたらメールください。
ところで稀流さんは何でこのスレに出入りするんでしょうね。
しょせん2ちゃんですから、スレ立てしたからと言って私がどうこう言うべきことではありませんが、
ここまで嫌われてあえてまた人の神経を逆撫でするようなことばかり言うのは人生の損失以外何者でもありませんよ。
さて、そろそろ正ちゃんの部屋に荒の怨霊が出没する頃だな。
「正太郎、金よこせっ!」「俺のために上納しろっ!」と正太郎の枕元に立って毎晩絶叫する。
荒の怨霊は面倒くさいぞ!
金を渡しても渡しても成仏しないから。
引退後の肩書きは「元社会主義学生同盟全国委員会(第二次ブント)委員長」としか公には名乗らなかった。
やっと『監獄ロック〜ロウソクの灯火をみよ〜』で「元戦旗・共産主義者同盟議長」と名乗った。
そうでないと本の内容とストーリーの辻褄が合わなくなるからだ。
結局、早見慶子と荒岱介と見澤知廉だけではないだろうか?
自己の戦旗・共産同体験を切り売りして印税を得たのは?
あとは故人となった見澤知廉ぐらいかな?(見澤は戦旗派での活動経験が皆無に等しい)。
もっとも深笛義也(岩崎)も、講演会などで切り売りしていたみたいだけどね。
しかしながら、戦旗派の「エートス」って、そういうのを最も忌み嫌い軽蔑してなかったか?
ということは、こいつらは戦旗派ではなかったという結論に至るかな?
亡き笠置さんはキューバからメヒコーへ渡る過程でも、公には名乗らなかったと思う。
むしろそんなことは自由を愛した笠置さんのなかで、本当にどうでもよかったことなのかも知れない。
笠置さんと比すと、荒、早見、深笛の人生ってショボ過ぎるよな!
ましてや早見慶子なんか逮捕歴さえ無く、たかだか元支部キャップの分際で「元女性幹部」ヅラだもんな!ww
「人は自分の物語を生き、そこでは誰しもが自分が主人公であり、若い頃の経験ほど輝かしく思う」とは晩年の荒による言葉だ。
荒にとって「若い20代前中半期」しか、振り返れば「輝かしく」思える時期はなかったのだろう。
彼は友人や親友という最も大切な存在を、後年は一人も得られなかったのだから。
978 :
革命的名無しさん:2011/05/11(水) 21:01:35.40
身から出た錆び。
979 :
革命的名無しさん:2011/05/12(木) 00:54:25.65
>>964 >>969 なんだよなんだよ。かつては「共産主義者の端くれ」を自称してたのに
歳食って「社会常識」を振りかざすなよ。左翼がダメなのとは別に
ダメダメじゃないか。だいたい、あんな末路な荒の葬儀に何しに行くんだ。
「死んだら仏様」かよ。それはさらぎ派だけにしろ。
元革命的共産主義者でアクティビストの実践家がお経上げての葬式か?
随分つまらないもんだな。無宗教でやるって選択肢はなかったのか?
それに、少なくとも死ぬまで、社会運動家と言い張っていた人の葬儀なんだから
そこで今の課題である反原発を訴えるのは別に構わないんじゃないか?
それこそが社会運動家の葬儀にふさわしいってもんだろ。昔の荒なら
間違いなくそう言っていたはずなんだがな。
>>979 おまえみたいのはこの世に必要無い。(断定
いい年こいて中二病がごときケツの青いガキっぽさだな。
つーか、そのまま大人になって生きてきたんだろう。哀しい野郎だぜ。
981 :
革命的名無しさん:2011/05/12(木) 04:07:26.78
>>979 お別れ会(通夜)だけ行ってきた者だが、無宗教でした。
巨大な同窓会みたいな親密な雰囲気。
982 :
革命的名無しさん:2011/05/12(木) 05:27:54.98
人生を台無しにされた被害者の会の総会。(笑)
理念と現実が解離すると過激な方向に走りがちじゃん
選挙に負けたあとのオウムみたいに
戦旗がそうなってたらあなたの人生もどっちみち終わってたと思うよ
マルクス主義的革命運動が尻すぼみになったのは荒さんという一個人のせいじゃないしね
荒さんは全部自分が悪いということにして幕引きしたんだよ
984 :
革命的名無しさん:2011/05/12(木) 13:06:15.70
>>983 何も知らないのか?
マルクス主義からの転向じゃなくて、メンバーがカンパして蓄積していた組織の財産を、
1億円も私物化したことが非難されてるんだぞ。
983みたいなやつが未だにシャシャリ出てくるとはw 笑止千万。
亡き荒よ!
あの世では笠置さんや藤本さんや廣松さんが、貴様の失態を弾劾するために首を長くして待ってるぜ!
せいぜい不正横領した言い訳でも考えておくんだな!
田宮高麿や仏徳二や北小路敏に泣き付いて、自分の味方に着いて貰おうなんて思うなよ!
彼らも貴様を許さないぜ!
貴様の仲間になってくれるのは、貴様が大嫌いだった黒田寛一だけだよ!wwww
987 :
革命的名無しさん:2011/05/12(木) 19:34:35.00
荒岱介=黒田寛一。(笑)
988 :
革命的名無しさん:2011/05/12(木) 19:55:29.39
そりゃそうだろ。
荒派は昔から、ブント革マルっていわれた。
人によっては、荒派は革マルの息子じゃなく、革マルのメカケと言われたw
989 :
革命的名無しさん:2011/05/12(木) 20:12:34.88
荒という人が酷いのは、不正蓄財以上に献身的に闘った同志を捨て駒にして見捨てたことだと思う。
戦旗派第一期建設時から砦戦まで、何人の同志たちが「ボロ雑巾」になっただろう。
人民のため「ボロ雑巾」になるのはもとより覚悟のうえであったが、結果として荒の「ボロ雑巾」になってしまったかつての同志たちを思うと言葉がない。
荒批判読んでて思うのはそういう組織を作ったのは自分っていう自覚がなさすぎじゃね
単なる愚痴っていうなら別にいいだろうけど
次スレのサブタイ何かいいですかね?
荒氏の死とは無関係なものがいいと思ってますが。
992 :
革命的名無しさん:2011/05/12(木) 21:55:01.95
荒氏か…。
元他党派なんで事情がわからず教えてほしいんですが、
荒って今のいわゆるアクティオの人たちからも批判されてんの?
>>989 あなたもその同志とやらを捨てゴマにして見捨てた側って分かってるよね?当然
自分だけ聖人君子気どり?
なんかレベルが足りないとか言われて新スレが立てられません。
誰か親切な人よろしく。
ところでニャンケ君からしかメールが来ねぇよwwwww
996 :
革命的名無しさん:2011/05/13(金) 12:17:42.38
>>995なんでもいいから、新スレ立てて!
さすが、ニャンケ氏は2ちゃんウォッチャーだなあ。
>>996 忍法帳の関係で立てられなくなっちゃったんだから1もどうしようもないだろ。
ってそう
>>995に書いてあるじゃねえか。
998 :
革命的名無しさん:2011/05/13(金) 15:29:05.40
ニャンケは被災者だけど福島へ被災支援に行ってきたそうだ。
ニャンケがんばれ!!
※スケベおやじニャンケの笑い方
ぶひゃ、ぶひゃ、ぶひゃ!!
むひょひょひょひょひょおおお〜〜〜ん!!
999 :
革命的名無しさん:2011/05/13(金) 15:56:10.10
荒のせいで、何人が自殺して何人が破産宣告したか。
1000 :
革命的名無しさん:2011/05/13(金) 16:06:26.30
1000ゲト!
1001 :
1001:
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もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。