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解説
一
一八七〇年のドイツ=フランス戦争後、ドイツにはプロイセンを盟主とするドイツ帝国が成立
したが、労働者組織は、アイゼナッハ派とラサール派に分かれたままであった。ラサール派内で
はシュヴァイツァーの失脚に始まる内紛で危機が進行していた。またテッセンドルフが指導した
社会主義者弾圧に抵抗する上で、両者の統一を求める労働者の期待は強まっていた。こうした中
で一八七四年秋から、両派の代表による合同交渉が開始され、アイゼナッハ派とラサール派の将
来の合同党大会で採択されるべき綱領草案が、一八七五年三月七日に『フォルクスシュタート』
と『ノイアー・ゾツィアール−デモクラート』両紙上に発表された。マルクスとエンゲルスは、
そこに現われた理論的後退に強い不満をもち、アイゼナッハ派の指導者にあてて綱領草案への批
判意見を書き、同時に、こうした綱領を基礎にすすめられようとしていた両派の合同そのものに
ついて反対の態度を知らせた。「私の信念によればまったく唾棄すべき、党を堕落させる綱領を、
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たとえ外交的沈黙によってにせよ承認しないことは私の義務です。/現実の運動の一歩一歩は、
一ダースの綱領よりも重要です。だから、もしアイゼナッハ綱領以上に出ることができなかった
のなら――そしていまの時勢では、それを出ることは許されなかったのだが――、ただ共同の敵
にたいする行動の協定だけを結ぶべきでした。」(マルクス、本書一四ページ。)「一般的にい
えば、ある党の公の綱領より、その党が実際になにをやるかということのほうが重要です。けれ
ども、新しい綱領というものはつねに公然と打ちたてられた旗であって、世間はこの旗によって
その党を判断します。したがって、その綱領は、アイゼナッハ綱領にたいして今回の綱領がそう
であるように、退歩をふくむものであっては絶対にならないのです。……/同時に私は、このよ
うな基礎の上での合同は、一年もつづきはしないだろうと確信しています。」(エンゲルス、本
書五五―五六ページ。)こうして、マルクスの『ゴータ綱領草案批判』が書き上げられたのであ
る。
労働運動の理論的発展史においてマルクスの『ゴータ綱領草案批判』は、『共産党宜言』、『
資本論』と並ぶ重要な位置を占めている。そこでは、ラサールの理論が完膚なきまでに批判され、
それと対置する形でマルクスの国家論、共産主義社会論の基本的命題が太い輪郭をもって述べら
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れている。
この労作において最も注目すべきマルクスの見解は次の二点であろう。
第一に、「資本主義社会と共産主義社会とのあいだには、前者から後者への革命的転化の時期
がある。この時期に照応してまた政治上の過渡期がある。この時期の国家は、プロレタリアート
の革命的執権以外のなにものでもありえない」(本書四〇ページ)という命題である。一八七二
年ハーグ大会でのバクーニン派の除名で一応の結着がつくまで、マルクスとエンゲルスは第一イ
ンタナショナルでの無政府主義者との理論上の対決に多大の努力を払ってきたが、バクーニン派
とマルクス主義との対立の主要点の一つは、この革命的過渡期の国家にかんして生じていた。資
本主義社会の上に立つ国家の破砕の後、直ちに国家制の消滅した共産主義社会の実現を夢見る無
政府主義者にたいして、マルクスとエンゲルスは「闘争において、革命において、敵を力ずくで
抑圧するために用いられる一時的な制度」(本書五四ページ)としての国家についての見解を積
極的に示した。一八七一年のパリ・コミューンの経験を総括したマルクスは、ここで『共産党宣
言』、『ルイ・ボナパルトのブリュメール一八日』、『フランスにおける内乱』にくらべて新し
い一歩をすすめたのである。「もはや本来の意味での国家ではなかった〔パリ・〕コミューン」
(本書五三ページ)というエンゲルスの指摘と合わせれば、ここでいうプロレタリアートの過渡
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的国家は、一時的なものであり、「おのずから解体し消滅する」(本書五三―五四ページ)もの
として構想されたものであるが、この構想は、マルクス主義の国家論にとって現在も豊かな示唆
をあたえつづけている。
第二に、ここでマルクスははじめて共産主義社会を二段階に区分する構想をうちだしている。
勝利した社会主義革命がまず当面するのは、「長い生みの苦しみののち資本主義社会から生まれ
たばかりの共産主義社会の第一段階」(本書二七ページ)であり、「ここで問題にしているのは、
それ自身の土台の上に発展した共産主義社会ではなくて、反対にいまようやく資本主義社会から
生まれたばかりの共産主義社会である。したがって、この共産主義社会は、あらゆる点で、経済
的にも道徳的にも精神的にも、その共産主義社会が生まれでてきた母胎たる旧社会の母斑をまだ
おびている」(本書二五ページ)。マルクスは、共産主義社会の第一段階について、こうした特
徴づけをあたえた上で、旧資本主義社会と比べてのこの段階での進歩について指摘する。すなわ
ち、個個の生産者は、彼が社会にあたえた労働量と同じだけの労働量が費やされた消費手段を―
―共同の社会的フォンドを控除した上で――別のかたちで社会から返してもらう。こうした進歩
にふれたのちに、マルクスは、この「平等の権利」がなおブルジョア的な制限につきまとわれる
ことを説明している。諸個人が等しい視点のもとにおかれ、ある一つの特定の面だけからとらえ
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られるかぎりで、諸個人の「平等の権利」が成りたちうるが、その際には諸個人のもつ不平等な
条件――たとえば、労働給付能力、未・既婚、子どもの多寡等――は捨象されることになる。「
こうした欠陥は、……共産主義社会の第一段階では避けられない。権利は、社会の経済構造およ
びそれによって制約される文化の発展よりも高度であることはけっしてできない。」(本書二七
ページ。)
「旧社会の母斑」をおびている共産主義社会の第一段階における進歩と限界を説いたのちに、
マルクスは第二段階の共産主義社会を特徴づけて述べている。「共産主義社会のより高度の段階
で、すなわち諸個人が分業に奴隷的に従属することがなくなり、それとともに精神労働と肉体労
働との対立がなくなったのち、労働がたんに生活のための手段であるだけでなく、労働そのもの
が第一の生命欲求となったのち、諸個人の全面的な発展にともなって、また彼らの生産力も増大
し、協同的富のあらゆる泉がいっそう豊かに湧きでるようになったのち――そのときはじめてブ
ルジョア的権利の狭い視界を完全に踏みこえることができ、社会はその旗の上にこう書くことが
できる――各人はその能力におうじて、各人にはその必要におうじて!」(本書二八ページ。)
マルクスの『ゴータ綱領草案批判』は、以上に述べたように、マルクスが国家論、共産主義社
会論を素描したものであると同時に、なによりもドイツ国内でのアイゼナッハ派とラサール派の
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合同党綱領草案公表をきっかけに書き上げられたマルクスのラサール批判の文書である。したが
ってここではゴータ綱領草案が逐条的に検討され、この草案に現われたラサールの理論が厳しく
批判されている。
その批判点のうち主要なものをあげれば、第一に、ラサールの「賃金鉄則」にたいする批判が
ある。ラサールは、マルサスの人口理論に依拠し、ブルジョア経済学者に追随して、労働者階級
が賃金闘争をおこなうことの意義を否定し、労働組合運動が経済的要求をもって発展することを
阻止する役割を果たしてきた(注解二二を見よ)。このラサールの「賃金鉄則」がゴータ綱領草
案にとりいれられたのを見て、マルクスはこれを、「賃金は、外見上そう見えるような労働の価
値または価格ではなく、労働力の価値または価格の仮装された形態にすぎないという科学的洞察
」(本書三四―三五ページ)でおきかえることを求めている。
ラサール批判の第二点は、ドイツ労働者階級の闘争における同盟階級にかかわる問題である。
ゴータ綱領草案には、労働者階級にたいして「他のすべての階級は一つの反動的大衆にすぎない
」(本書一二四ページ)、という命題が入っていた。ラサールは、一八六三年に全ドイツ労働者
協会創立を援助し、ドイツの労働者階級を独自の階級に組織する上で一定の貢献をしたが、当初
から大土地所有者階級=ユンカーにたいして妥協的立場を保持しつづけた。労働者階級の闘争の
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鉾先をブルジョアジーに向ける一方で、ユンカー層を階級的基盤とするプロイセン国家には融和
的方針をとるラサールの政治路線は、中小ブルジョアジーを基盤とした小ブルジョア民主的反対
派の潮流に対処する上で、プロイセン国家にとって好都合なものであった。ここからビスマルク
とラサールの盟約(注解一五を見よ)が生まれえたのである。マルクスは、大土地所有者の覇権
に一指も触れようとしないラサール的命題を綱領草案中から抜き出して批判している(本書二一
―二二ページ)が、さらに一歩進めて、ブルジョアジーの歴史的性格づけとプロレタリアートの
解放闘争における中間身分――手工業者や小工業者等々や農民――の役割についても略述し、労
働者党のとるべき基本的方向を指示している(本書三〇―三一ページ)。
さらに第三に、マルクスは、ドイツ労働者党が労働者の国際連帯という見地から大きく後退し
ようとしていることに警告している。一八六九年に結成された社会民主労働党の綱領(アイゼナ
ッハ綱領)においては、「労働の解放は、一地方もしくは一国民の課題ではなく、近代社会が存
在するすべての国々を包括する社会的課題であることを考慮して、社会民主労働党は、結社法の
許す限りで、国際労働者協会の活動に参加し、みずからをその支部とみなす」(本書一二二ペー
ジ)と明言されていた。それが、ドイツ=フランス戦争とパリ・コミューンの時期におけるドイ
ツ労働者とフランス労働者の国際連帯に結ばれた闘争の経験(注解三〇を見よ)を経たのちに「
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諸国民の国際的親睦」(ゴータ綱領草案、本書一二四ページ)にまで低められようとしたことに、
マルクスは批判の矢を向けたのである。
マルクスのラサール批判は、以上の三点にとどまらず、「労働収益」、「国家援助をうけた協
同組合」等々の謬見にも及んでいるが、ここでは以上の指摘にとどめたい。
本書には、マルクスの『ゴータ綱領草案批判』に関連したいくつかのエンゲルスの手紙を収録
した。そのなかでも、一八七五年三月一八―二八日付ベーベルあての手紙は、マルクスの綱領草
案批判が、エンゲルスとの綿密な共同の検討によって成ったものであることを示しており、また、
綱領草案にたいする批判的見解がより整理されたかたちで述べられており、マルクスの綱領草案
批判を理解するための好個の素材を提供している。さらに、この手紙では、先に述べたように、
エンゲルスの国家論が展開されているが、この個所(本書五三―五四ページ)は、一九一六―一
七年にレーニンが「国家論ノート」を作成した際に注目した部分であり、彼の『国家と革命』の
中でも一節を割いて分析している(『レーニン全集』第二五巻、四七四―四七七ページを見よ)。
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二
合同したドイツ労働者党の将来にたいするマルクスとエンゲルスの危惧は、しかし完全にはあ
たらなかった。一八七五年五月ニニ―二七日にゴータで結成されたドイツ社会主義労働党は、一
八七八―一八九〇年の社会主義者取締法施行下の激しい弾圧にもかかわらず、いなむしろ、その
弾圧に抗する闘争の中でいっそう隊列を強化していった。ゴータの妥協綱領という障碍はあった
が、ドイツに生まれた単一の労働者党として、ドイツ社会主義労働党は、マルクス主義の理論的
核心をしだいにみずからのものとしていき、一八七五年のゴータ綱領の採択からおよそ一六年を
経て、一八九一年の大会で、ついにマルクス主義の基盤にたった新綱領の採択にいたるのである。
(新綱領採択の必要性が具体的に日程にのぼってから、一八九一年のエルフルト大会で新しい綱
領が採択されるまでの詳しい経過については、本書の注解七一で述べた。)
エンゲルスは、新綱領の草案(本書一三〇―一三四ページ)を読み、「(今度の草案は、いま
までの綱領にくらべて、たいへんよくなっている。時代おくれの伝統――ラサール主義特有の伝
統や、さらに俗流社会主義の伝統――のいちじるしい遺物は、だいたい取りのぞかれている。理
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論的な面からみれば、この草案は全体として今日の科学の基盤に立っていて、この基盤から論じ
ることができる」(本書九四ページ)と評価した上で、いくつかの点についての意見をまとめて
ドイツの党執行部に知らせた。それが、本書に収録した『一八九一年の社会民主党綱領草案の批
判』(いわゆる『エルフルト綱領草案批判』)である。
三つの部分に分かれる綱領草案のうちで、とりわけエンゲルスが重大とみなした欠陥は、その
「政治的諸要求」の部分にあった。「本来言わなければならなかったことが、そこには言われて
いない」(本書一○一ページ)。エンゲルスは、当時ドイツを支配していた帝制を倒し、民主的
共和制を実現することなしに労働者階級が支配権をにぎることはできない、という思想を、綱領
になんらかの形でぜひとも盛り込む必要があると主張している。
ドイツ帝国内での当時の条件に慎重な考慮を払いつつ、エンゲルスは、「わが党と労働者階級
とが支配権をにぎることができるのは、民主的共和制の形態のもとにおいてだけだ、……この民
主的共和制は、すでに偉大なフランス革命が示したように、プロレタリアートの執権のための特
有な形態ですらある。……ドイッでは公然たる共和主義的な党綱領をかかげることさえ許されな
いという事実こそ、ドイツで共和制を、いや共和制ばかりか共産主義社会までも、のどかな、平
和的な道によって樹立できるかのように考える幻想が、どんなにとほうもないものであるかを証
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明するものである。/それでも、共和制のことは、やむをえなければ触れずにすませることもで
きよう。だが、私の考えでは、ぜひとも入れなければならず、また入れることができるのは、全
政治権力を人民代議機関の手に集中せよ、という要求である」(本書一〇四―一〇五ページ)と
述べている。このようにエンゲルスは、民主的共和制がプロレタリアートの執権のための「特有
な形態」であるという思想を明らかにし、ブルジョア民主主義革命の達成物のうちで、労働者階
級が将来においても発展的に継承すべき進歩的なものの内容を示したのである。
エンゲルスの『ヱルフルト綱領草案批判』は、ドイツ社会民主党の指導部によってその大部分
が第二次草案に取り入れられた(本書に収録じた綱領草案異文一と二を比較されたい)。ここか
らも、『ゴータ綱領草案批判』が書かれた一八七五年から、『ヱルフルト綱領草案批判』執筆の
一八九一年までの一六年間に、ドイツ労働者党内でいかにマルクス主義理論が影響力を増したか
がうかがわれよう。
『ゴータ綱領草案批判』と『エルフルト綱領草案批判』の中で、マルクスとエンゲルスの二人
は、「公然と打ちたてられた旗」(本書五七ページ)としての労働者党綱領が、いかにあるべき
かについてのそれぞれの考えをも述べている。この点でも両文書の理論的内容は現代に生きうる
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深い示唆をあたえるものである。
本書には、両綱領草案批判を理解するうえで必要と思われるエンゲルスの手紙および資料を収
録した。本文と合わせて利用されることを期待する。
大月書店編集部