【御同朋】浄土真宗(真宗)総合サロン36【御同行】
浄土真宗(真宗)系の全宗派の話題を包括して取り上げる総合スレの第35弾です。
「どうして浄土真宗では○○をしてはいけないの?」という素朴な疑問から批判・要望、
各宗派を取り巻く諸問題、教義・教説、堂宇・荘厳、全国各地の真宗寺院・念仏道場・
説教所に至るまで、ありとあらゆる話題を取り扱います。
阿弥陀如来から見ればみな罪悪生死の凡夫。楽しく語らいましょう。
浄土真宗各派の情報交換の場としてもご活用ください。
前スレ
【御同朋】浄土真宗(真宗)総合サロン36【御同行】
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1316225526/
<現在の浄土真宗の教えまとめ>
・人間死んだら終わり。霊魂は存在しない
・当然、あの世もない
・阿弥陀如来は頭の中の理屈上でだけ存在するもの
・葬式は死者の霊のために行うのではない
・葬式は参列者が死者を偲ぶのと、真宗の教えを学ぶ場である
・死後に霊を供養するということも無意味である
・法事も供養する場ではなく、生きている人間が真宗の教えを学ぶ場である
・仏壇も先祖供養するためのものでなく、真宗の教えを学ぶためのもの
・墓も生きている者が死者を偲ぶだけの場である
・占い、迷信、オカルトなど科学的証明ができないものを信じる者は馬鹿である
・よって、聖徳太子の夢のお告げを信じた親鸞は馬鹿である
・阿弥陀如来像、親鸞像なども単なる物質であるので、これに対して祈りを捧げるのも馬鹿である
・報恩講などのお布施は、親鸞はもう存在しないし、阿弥陀如来は架空のものなので、
現在の僧侶に対するお礼として納めるべきもの
はっ はやっ!! 今回は
どんだけ真宗スレでヤル気なんだよw
にしても前スレの
>>990からの流れにフイタ
捨てゼリフ吐いて急いでスレ埋めやがったw
>>3 >>人間死んだら終わり。
それはお火出しの教義。浄土真宗全部で一緒にしないでー
>>7 まぁテンプレに親鸞は馬鹿って書くくらいだから気にすんな
だれも参考にしてないよ
もうスレ建ってるww
10 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 00:39:11.97
てすと
>>2 真宗佛光寺が「門主代務」渋谷笑子さまなんですね
門主代務さまは大裏方だそうですが、なぜ門主にしないのか
男女平等宗なんだから門主でもいいとおもうんだが
ちなみにあそこって小学生の孫娘さんも得度したので有名に
なりましたよね
前スレ
>>991 http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1316225526/991 何度も読んでいただけると嬉しいのですが。よろしくお願いします。
拘っているのが私たちなのではないでしょうか。
あなたは拘ってはいませんか?
常見に拘って、死後永遠と地獄に落ちることを恐れるのと
断見に拘って、死後の世界が無い、死んだら自分の「意識」と
呼んでいるものが無くなることを恐れるのとには、さほど違いは無いと思います。
現代の死に対する恐れというもののとらえ方が、常見から、断見に移り変わっている
ところを見落とさず、過去、仏教が方便として輪廻を取り入れ、常見の者に仏教を説き易くなったように、
断見の者に仏教を説き易いように、「何か」を取り入れられないものでしょうか。
13 :
991:2011/10/07(金) 00:46:39.23
>>12 んっ なんで俺のレス引き合いにだしたの
おまえ違うんじゃねえのってこと?
14 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 00:56:58.50
仏教ではある種の業が私の意識に働く、
それが続く時間を「一生」といいます。
その次に別の種の業が働くと前の一生は終わる。
前の一生が死に、別の一生が生まれる、
それを生死(しょうじ)と言い、繰り返すから輪廻と言う。
もちろん心のありようを言っているのであって、
肉体を言っているのではありません。
親鸞は「生死(しょうじ)」と言ったり、「生死輪転家」と言う。
ある一生が終わる時の瞬間を「臨終」とか「命終」という。
今の(心の状態としての)一生の後にどのような一生を得るか
それを後生の一大事と言います。
生死は表裏一体とか言いますが、
それは「肉体としての生まれと死」ではなくて
心の変化としての死と生まれです。
15 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 00:58:42.94
前のスレで精神が実体として存在すると主張した人、
どの部派の説か教えていただけませんか?
>>13 最初に、有無見に陥ってますし、邪見ですと言えば良かったですね。
>>991さんの指摘通りですよ。
>>14 生死とは肉体ではなく「心のありよう」を指しているのですね。
では、往生するのはその「心」そのものがするのでしょうか
浄土真宗は死後の世界にいくのに心配や悩みはいらないというのが教えでは
御文書にあるように、末代無知の男女たらんともがらは
一心一向に仏助けたまえともうさん衆生をば、たとい罪業は深重なりとも必ず、
弥陀如来は救いましますべし
とあります
生きてる人に死んだらどうなるのかはわかりません。
ただ、救いを信じようと私は考えています。
会いたい家族もいるし、謝りたいこともある。
だから、倶会一処を信じ、暮らすことは生きる励みになるように思います。
確かに死んだら、何にもないかも、わかりません。
でも、死を恐れるよりも死を受け入れなければならないと思います。
それが、この浄土真宗の神髄かと思います
阿弥陀如来様は、生きとし生けるものを救うと誓っています
それは虫や動物や樹木でさえ、
念仏できないのに?
そうです。救いはひとりひとり違う形で現れます。それが方便かなと思います。
まだ、私は浄土真宗本願寺派の在家の学び初めなので、戯言と考え、いろいろ教えてください
>>18 門徒ですが、「まかせよ、救う」という仏に「おまかせします」と
いうことなんだろうと思います。自分で結論を考えあぐねるのでは
なくて答えがすでに用意されていることを素直に受け取るのでは
ないでしょうか他力的に。
>>6 まあどっちにしても君も含めて説明する気は無かったんだろw
>>18 輪廻転生を否定するなら仏教と言う看板を浄土真宗は外して下さいねwww
極楽浄土へ生まれ変わることは脳内妄想なんですねw
↓↓
「生まれ変わる」と言ってる時点でダメだよ意味わかる?
↓↓
990
判りません。判るように教えてください。
というスレの流れだったと読めるんだが
親鸞の言葉にたしか「輪廻転生」って単語はないよな 輪廻はあるけど
ついでに極楽往生って言葉はあまり聞き慣れないな
私は答えが決まるとまでは、まだ割り切れません。すいません。
ただ、阿弥陀如来様は全知全能の神様と違うので、煩悩により、悲しみ渦巻く世界に生きるものを救うことを本願とされたのではないかと考えています。
それが、安楽国に迎えられるということかと考えています。
生きる中に、極楽も地獄も確かにあります。それも、地獄が多めな感じです。
だけども、その向こう側に何があるのか、いつも考えてしまいます
意味不明な文章ですいません
23 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 01:44:41.66
>>17 もちろんそうです。
心の移動ではなく、大雑把にいえば心の変化です。
前スレにあったでしょ、「生」は「生起する」と。
心はいろいろな業の不断なる連続した生起する作用です。
「沸き起こる」と言った方が分かりやすいかもしれません。
煩悩が湧きおこればそれは「(地獄・餓鬼・畜生の)三悪道におちる」
と言う表現をしますし、親鸞は天人を加えて五悪趣と言っていますね。
天と言うのはある種の善業による作用なのですが、
業の力が弱いために結局は人におちたり三悪道におちるというわけです。
心の状態が変化するわけですが、
それを上がったり落ちたりを繰り返すわけですから輪廻と言うわけです。
ちなみに、上がるとか落ちるというのは一つの表現ですから
実体としての我が空間的な距離を持って上下移動するのではありません。
24 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 01:47:32.39
>>21 親鸞の使った言葉以外認めないのは危険な学問だな。
やはり真宗僧侶の学問の仕方は間違っているな。
25 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 01:52:10.07
業の相続を学ぶなら、有部・竜樹・世親辺りを学ぶとよいでしょう。
前スレの「インド仏教=初期・原始経典」としか捉えていない大馬鹿と一緒にされては困ります。
26 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 01:57:01.30
信心がおはたらきなら煩悩もおはたらき。
それが如来様。
下半身露出も?
28 :
21:2011/10/07(金) 02:11:43.20
>>24 親鸞の使った言葉以外認めないとは言っていないぞ
認めてはいますが、真宗ではそれに依らないという
ことだろう
教行信証みただけでも涅槃経やら法華経の精神やら
竜樹・各祖の言葉を引用して説明しているよ
「成仏」と「浄土往生」の違いって何でしょうか?
回向が阿弥陀仏の働きによるのなら、還相もそうですよね。
ということは、浄土に生まれた人は成仏してるってこと?
>>29 浄土って仏国土ともいうんじゃなかったかな
浄土に生まれた者は仏なんじゃない
でも還相の菩薩ってもいうんだよね
自ら仏になる訳じゃないようです
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
以上で深夜の自作自演を終わります。
baka w
32 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 07:44:04.50
>>15 精神が実体として存在するとは言ってない
それは三世実有の有部説でしか説かれないことで、そんな見解をとる宗派は現存していない
精神も物質も刹那に生滅しているので、過去の法体が今も存在しているという話ではない
心と物質が別であるというのは、中観派、唯識派、上座部共通の認識だから乗の大小を問わず仏教の常識
だから、中観派、上座部の説と考えてもらっていい
(ちなみに中観派が輪廻を否定していると考えているのは、日本人の勝手な思い込みであって事実ではない)
逆に言えば日本仏教が、心身は同一であるという唯物説を勝手に主張しているのであって
心身同一説は日本部(?)の特殊な説とも言える。
これまた経典にも、大乗論書にも根拠なく、ある種の「常識」に縁って説いているので
本来なら仏教ともよべない。一体どこの経典でブッダは心身同一説など説いたと言うのか
>>31 話についていけないからってバカはないだろ
34 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 09:14:28.09
>>14 > 仏教ではある種の業が私の意識に働く、
> それが続く時間を「一生」といいます。
> その次に別の種の業が働くと前の一生は終わる。
> 前の一生が死に、別の一生が生まれる、
> それを生死(しょうじ)と言い、繰り返すから輪廻と言う。
> もちろん心のありようを言っているのであって、
> 肉体を言っているのではありません。
印度の原始仏教では人間が死ねば牛や蛇に生まれ変わるかもしれない、
それを輪廻転生と言っていたのでは?
日本でも近世まで或いは現代までも輪廻転生はそのように理解されている。
科学全盛の時代に合わせて都合のよいように解釈をしてはいけない。
そもそも宗教は合理主義を超えた次元にあるのだから。
>>33 真宗仏教の話なんてどうでもいいんだろう
真宗禿下半身話になって盛り上がってくれないと
つまらないんだよっていう人じゃない
むしろ、真宗の人間にそういう奴多いな
話しについて行けないからすぐに「親鸞会が、創価が」とか言い出す
話がわからないんだったら黙っていればいいこと
どうしても知りたいなら「分からないからどうか教えて下さい」
と頭を垂れて素直に聞けばいい。本当に聞きたいならその位できる
その意見はおかしいと言いたいなら、不審な点を指摘してレスすれ
ばいいと思うんだが。
話の腰を折ったり水を指さんでもでもいいと思うが
ついていけない話で進むのが、気にいらないのかなぁ
>>36 バカ呼ばわりする人の人間性の話をしてるんだよ
真宗が嫌いなのはビンビン伝わるが暴言吐くのはお門違い。
以前、この板に「真宗はなぜ嫌われるのか」ってスレッドが立って、他宗批判の多い
真宗に頭に来てた他宗の人間がたくさん来て、袋叩きにしてたことがあった。
真宗の人間は茶化すのみ。そんな中で私は真宗僧侶です、と名乗って自説を
述べる人が来た。わからんところは正直わかりません、と言って。そういう人には
真宗アンチも取りあえず彼の話を聞こう、という対応になった。
そんなような人が久しぶりに来たか、と感じたね。
如来大悲の恩徳は
身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も
ほねをくだきても謝すべし
>>39 私も門徒の家庭で育ったのである時期から真剣に真宗の教えを
学んでみました。最初は真宗の考え方にこだわってしまい、他宗
の教えは救いとして劣っていると強く思いましたが、他宗の教え
を少しでも学んでみると決して劣ってはいないという結論になり
ました。
特に法華経の教義は素晴らしいと思います。最高の教えであると
経文に記されているのですから。しかし最高の経でも私にとっては
最適では無いと感じました。最適だったのが浄土経の念仏門なのだ
と感じています。
そうしたことから同じ真宗の方々がやみくもに他宗を否定したり批判
するのは正しい事ではないと考えます。親鸞さまも他宗や他経を否定
されたでしょうか。また数多くの経も引用されて教行信証をまとめて
おられます。
42 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 13:32:52.75
>>34 印度の原始仏教では人間が死ねば牛や蛇に生まれ変わるかもしれない、
それを輪廻転生と言っていたのでは?
さあ、それはどうか知りません。
ただ、輪廻という言葉遣いには、実体的な我と捉えた生まれ変わりと、
心・認識としての生まれ変わりの2種類があるようですね。
もちろん前者は世俗としてであり、後者は仏教としてではありますが。
両者ともベースが異なりますので統一のしようがありません。
例えて言えば、あなたにとっての父親と、近所の人にとっての父親、
同じ父親と言う言葉を使いますが、指し示す人物は異なるわけですよね。
それと同じです。親が違うわけです、それでもそれぞれの立場でもって
それぞれが父親と言う言葉を使うわけです。
鈴木一郎と言う人が全国に何人いても、その中で本物の鈴木一郎を一人決めて
その他を偽者の鈴木一郎としますか?しないでしょう?
表現とはそんなものです。
43 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 13:46:23.43
中国の曇鸞大師は、不老長寿を強く願っていた。
ところが浄土教に出会い、無量の命に出会った。
もう私と言う存在が肉体がどうのこうのと言うことではないのだと気付いた。
肉体的に死ななくなったわけじゃない、
私を含めてすべての存在が縁起であることに気づいたのだ。
44 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 13:50:27.87
>>36 いるいる!
前スレでは、インド仏教を勉強しろと言ったら、
「初期・原始経典は浄土経典と立場が違う!」とか言って
追い出そうとするしな。
倶舎・中観・唯識なんか仏教の基礎なのに
それを勉強していないやつに限ってインド仏教を知らないんだよなw
だから真宗教学なんか必死でやったら頭が悪くなるだけなんだよな。
45 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 13:54:16.02
>>43 こうやって人生哲学みたいな解釈を施すしか浄土教に未来はないのかねえ
てゆ〜か「私を含めてすべての存在が縁起であることに気づいた」ら
その人は聖道門的な意味で悟ってるってw阿羅漢だよw
親鸞の時代に本当に心・認識としての輪廻を語っていたのかな?
苦しいばかりの世の中せめて死後の世界は極楽で・・・
と言うことを庶民は願っていたし、そのように説教していたと思うが。
現代人に対する説法として心・認識としての輪廻は説得力はあるが
果たして過去の大多数の門徒はそのことを知っていただろうか?
47 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 14:04:07.65
>>46 親鸞自身、死後の輪廻を信じてたし、だからこそ「地獄は一定すみかぞかし」の言葉も出てくるんだが
天国に生まれる教えを現代風に焼き直すと、天国は心の状態ですよ、とか苦しい言い訳になる
そもそも「阿弥陀様におまかせします」で、心が天国になるかってのw
いっそ浄土真宗は廃門して、禅宗にした方がまだマシだよ
「唯心の浄土、己身の弥陀」を修行で体験するわけだから、その方が説得力がある
48 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 14:35:00.16
だから今のある種の業のはたらきが終った後を死後と言うんだよ。
しかし死後に何もなくなるわけでもなく次に新たな業のはたらきが生起するんだよ。
生や死を肉体の基準でしか考えないことで前提が間違っているんだよ。
地獄も餓鬼も畜生もある種の心の状態のことを言うんだよ。
こんなことね、真宗の大好きな天親菩薩が倶舎論で語っているんだけどねw
>>47 それ「自性唯心」じゃなかったっけ?
「唯心の〜」とか言うなら、「心」の存在について説明してよ。
>>47 「唯心の浄土、己身の弥陀」の実践なら天台がいいんじゃないですか
禅の道元栄西両祖も天台の影響下にあるはずですから。
50 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 14:38:05.22
>>46 死んで意識が亡くなって煩悩が断絶して涅槃を得ると言っていたかもしれないね、
ただし、不断煩悩得涅槃と真反対の趣旨だがね。
51 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 14:39:18.16
>>48 >地獄も餓鬼も畜生もある種の心の状態のことを言うんだよ。
>こんなことね、真宗の大好きな天親菩薩が倶舎論で語っているんだけどねw
出典示してよ
52 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 14:41:35.47
「生死出づべき道」と言うのはやはり肉体の生まれと死ですか
そうですか、本願寺のスタンスが良くわかりました。、
53 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 14:43:32.68
ちょっと、
>>51が発作を起こしたみたい、みんなで鎮めてやってくれw
54 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 14:46:01.33
お前らもうちょっと勉強しろって
どんな低レベルな争いしてんだよ
56 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 14:50:15.83
真宗布教師様がもっと勉強していればレベルが上がるのにw
58 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 14:51:51.44
真宗布教師様にとってお聖教以外の書物は認められないみたいだ。
華厳経や涅槃経はお聖教なの?
59 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 14:53:55.03
いろいろ仏教用語を駆使して無地かしいこというね、
しかし元々浄土真宗はそんな難しいことを一切言わない宗旨である筈。
難しいことを言うのは密教系の仏教だよ。
悟れ、悟れ、悟って彼岸に至れ。という般若心経の世界だよ。
奴隷で苦しいだけの生活を強いられた黒人のキリスト教徒は
死後天国に行けるということだけを信じてた。
だから葬儀でも悲しまずにパレードして天国への旅立ちを喜び合ったんだよ。
浄土真宗も苦しいだけの農民主体の宗教で死後極楽に行ける。
とい単純明快さが核心部分であるはず。
往生一定おん助け治定、の世界。
61 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 15:02:58.79
親鸞の著書を見れば現代の真宗布教師でも理解できない理屈が多々あるので
今日から親鸞は密教を説いたということになりました。
要するに親鸞は信者を獲得してお布施をたくさん貰うための
方便としての布教と、少しぐらいの学問ある人間でも理解できないような
真実とを。
63 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 15:07:18.35
>>60 門徒から
「肉体の死後は何が浄土に行くのですか」
「信心無くても肉体が死んだら浄土に行くのですか?」
「肉体の死後の浄土や地獄は本当にあるのですか?」
「霊魂はあるのですか?」
と聞かれたらどう答えるの?
難しいことを言わずに答えてくれよw
64 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 15:10:10.91
>>60 浄土真宗はそんな難しいことを一切言わない宗旨
はい、ここ間違い!
「浄土真宗は信心で往生する宗旨」ですw
「難しいことを一切言わない」ことが往生の因ではありませんw
君、新人でしょ?もっとリラックスしていこうぜ!
>>63 「私」としか言えない。
きみはどう思う?
>>63 だからそういう質問自体が密教系の仏教なんだよなw
門徒は阿弥陀仏の本願を信ずるだけ。理屈を言うようじゃマダマダw
>>64 よくわかりましたねご縁があって
確かに昨日ここへ来た新人ですw
>>63 その答えを実はわしも聞きたいんだよ。
だけど難しい仏教漢語ではいやですね。
>>63 1 私
2 無理
3 ある
4 わからん
難しいこと言わずにと言われたから簡単に答えたよ。
70 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 15:38:07.92
もしかしたら
>>51は漢字を読めないのでは?
これでいいですか
「てんじんぼさつのあびだるまくしゃろん」
です。
浄土真宗って創価学会みたいな蘊蓄垂れて叩き込むよね、おまけに人の顔見ればご縁ご縁って、禿げも門徒も。なんで?
72 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 15:52:14.28
>>69 その答えが正しいかどうかは別といして、それでいいんじゃない?
三部経にそう書いてあるんだから。
73 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 15:53:22.62
74 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 15:58:20.30
>>71 おまけに人の顔見ればご縁ご縁って
おまけに人の顔見れば「実体が無い、実体が無い」って
そりゃおかしい宗旨だな。
ID出ないからってなんつーわかりやすい自演してるんだよ
76 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 16:08:48.81
おまけに人の顔を見れば、実体がない、実体がない
おまけに人の顔を見ればバカのひとつ覚えのように「異安心、異安心」って
あっこれ龍に通ってる猿山の世襲ボウズだったわw
一人だけ雰囲気違う人いる・・・
あっ!ごめんなさいw
79 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 16:57:23.59
>>45 てゆ〜か「私を含めてすべての存在が縁起であることに気づいた」ら
その人は聖道門的な意味で悟ってるってw阿羅漢だよw
どう言う理屈で阿羅漢なの?
80 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 16:59:47.39
>>76 いやいや、「実体が無い〜」くだりは、
真宗禿が意味もわからず「ご縁だご縁だ」と
門徒を洗脳していることに嫌味を言ったんだよ。
81 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 17:01:33.60
>>66 君、「信ずる」の使い方間違っているよw
新人でしょ?
>>80 君も何かに洗脳されてないか?
「おまけに」「おまけに」って怖いよ
83 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 17:46:25.47
もおぅ ID無しじゃ訳がわからん
レス読みしてて混乱するわ もお!!
85 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 18:03:35.34
>>53,54,70
レスをたくさんありがとう(苦笑)
言い方が変だったかな?
>>48 >地獄も餓鬼も畜生もある種の心の状態のことを言うんだよ。
>こんなことね、真宗の大好きな天親菩薩が倶舎論で語っているんだけどねw
倶舎論の原文か邦訳でもいいから、本文を示してくれってことなんだけど
86 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 18:07:55.33
>>79 気づくってのは知識じゃなくて体験的に理解するってことでしょ?
縁起してる、つまり実体、個体として存在するのではなく無我であると「ホントに」理解したなら
この世に執着する価値のあるものは何もないと知って解脱するんだけど
まあ 難しい理屈で法の確かさを証明してくれるのはありがてえ
が難しい理屈がわからねえと救われねえ教えじゃあんめえ
「わたしには実は仏法は少しもございません。仏法がないゆえ、
仏法さまに助けられるのがうれしいのでございます」
てなもんで田原のおそのさんも言っていなさんぜ
88 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 18:23:45.24
んだ、んだ
せや、せや、せやさかいチンコ出しても救われるんや
90 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 18:46:11.95
>>87 >法の確かさ
親鸞「法然上人に騙されても地獄に落ちてもかまわない」
あと法の根拠は釈尊入滅から500〜600年後に創作され始めた大乗経典
この道しかないってことだな
「たとい十悪五逆の罪人であろうとも、われをたのめ、必ずたすくる
・・・・・。これが如来さまのおおせじゃ。」
香月院深励、うまいこというな
釈尊在世中の経典などそもそもない
すべては釈尊入滅後
>>89 あんさん そりゃチンコ出したい言い訳じゃおまへんかw
93 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 19:01:27.40
>>91 5〜600年後ってのはさすがにひどすぎるだろ
現代人が「私は一休さんがこんな話をしてるのをこの耳で聞きましたよ」って言って一休法話集を編纂するぐらい何の信頼性もない
>>93 大乗非仏説ですね
釈迦は一人ではなかったのが真実じゃないですか
釈迦の域に達した人の説法なんでしょう
95 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 20:14:33.13
>>94 >釈迦の域に達した人の説法なんでしょう
オレお釈迦様の域に達したかも!?って勘違いした人の間違いでしょう
>>95 とすれば勘違いした人の戯言が2000年以上も人々を惑わしてきたと
いう事になりますね。その妄想と逃避が大乗なんですね。
真言も天台も禅も律も南都学嶺も浄土系統も・・・日蓮も。
そうです。
99 :
96:2011/10/07(金) 20:37:43.35
で続けますと部派では二乗での成仏問題や万人の救済にならない
のではないかということで部派分裂で大衆部系統が万人が成仏で
きる道を釈迦の思想から発展させ完成させた、それが大乗という
のが自分の理解です・・というかそう学んだんだけどね。
誰しもが持つ仏性を育ててアラカンを越えて仏といく道が大乗なん
だろうね。
でも真宗では凡夫には仏性はなく、与えられる物のようです。
3、4日見ないうちにスレが進みすぎだろ・・・w
真宗の枠組みをいったん肯定して、そのなかで議論したい人
真宗の枠組み自体を疑問視、否定している人
二つの方向に引き裂かれているのがこのスレの特徴だなw
102 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 21:28:19.60
>>86 それを真宗では「証知生死即涅槃」と言うんだよ、
だから聖道門じゃねえよ、
なおかつそれを親鸞は生死出づべき道と言ったんだよ、バカ!
言わせんなよ、恥ずかしいw
なんだかんだ言っても、真宗は好きだよ
父母じーちゃんばーちゃんが大事にしたし、よろこんでいた
教えだったもの。
よくお寺にもお参りしてたし、私もよく連れていかれたし。
法話で聞く親鸞さんの真面目な生き方も尊敬できるし。
104 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 21:33:13.87
>>99 仏性とはなんですか?
何か実体があるものと思っていませんか?
時間的に空間的に限りがあるものと思っていませんか?
105 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 21:34:46.43
仏と凡夫の間に空間的に距離があると思っている人がいて
それは大変危険だと思います、はい。
>>104 仏性とは仏になれるべき因・種と思っていますが違うのでしょうか
全ての生命にあるとも聞きます。説によっては山川草木にもあると
聞きます。
107 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 21:48:50.64
>>99 大乗仏教の大衆部起源説ってのはかなり問題ありだと思う
部派分裂は阿羅漢の五事、もしくは律の十事で分かれたんであって
教理的な問題はそもそもない
大乗に近しい法蔵部、化地部は上座部系統だし
"自性清浄心"はパーリにまで共通の教理でなんら独自性はない
それから万人が成仏とかいうけど、部派の時点で万人が阿羅漢になって苦しみから解脱できるわけだから
わざわざブッダになるメリットなんてほとんどない
そこまでしてブッダに固執する意味ってさっぱり理解できないが
そもそも大乗経典からして出自はかなり怪しいし、極楽往生なんて空手形もいいところだろ
部派で阿羅漢果を得る修行をされるのであれば
それは尊いことだと思います。
109 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 22:03:42.78
いい加減、真宗は仏教の看板はずしたらどうかと・・・
阿弥陀仏にすべておまかせするとかさ、もう仏教じゃないじゃん
キリスト教かよ
>>109 真宗じゃなく仏教をもっと勉強してくださいw
そしてキリスト教も勉強してくださいw
111 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 22:18:33.67
>>109 阿弥陀仏の仏教でいいんじゃない
キリスト教はどう頑張っても神と同一にはなれないと思うのですが
113 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 23:20:47.99
>>106 仏とは縁起ということですから
すべての生命そのものが
実体が無い(縁起している)という「性質を具えている」ということです。
私達や山川草木という生命そのものが仏性です。
そのものが仏性と言うことですからそれを摂取不捨といいます。
摂取不捨をお救いと言います。
そのままがお救いです。
煩悩が刹那的に生じ滅していき喜怒哀楽していく私たちの姿がお救いの中なのです。
煩悩の働く私たち凡夫が仏ですから仏凡一体と言うことです。
114 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 23:24:12.59
>>100 ここ数日のコメントの内容は核心的な事が多すぎて
教学だけの真宗布教師様によって語られることはないでしょう。
>>110 キリスト教=死後、神の世界に入る。
真宗=死後、極楽浄土に生まれ変わる。
そっくりですw
119 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 23:38:25.76
肉体の死後の世界を説くのだから同じことではないか?
キリスト教も真宗も現世での救いじゃなくって
死後の安楽を求めてるところは一緒だよな。
>>116 お前昨日のスレの基地外認定連呼してた奴だろww
急いでスレ埋めたよな?悔しかったのかw
122 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 23:40:46.16
>>117 はいバカきたーーーー!!
そうやって煽るだけならアホでもできんだよ
お前が
>>116の間違いを訂正してみろゴミ
キリスト教では死者は天国や地獄にいくと思ってる人大杉だろ・・・・
>>117 あおるだけでなく反論してみろやw
できねえだろwww
127 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/07(金) 23:45:30.20
>>125 日本人はよく仏教的な天界と勘違いしているが
キリスト教じゃ天国=神(ゴッド)のいる世界だからな。
前スレから「生まれ変わる」「生まれ変わる」言ってる人何なの?話がややこしくなるんだけど
やっぱりIDがないと訳が判らなくスレだな・・・。
>>116 キリスト教=死後復活はするが神にはなれない
真 宗=死後?極楽浄土に生まれ仏となる
キリスト教=死後復活してこの神の世界で暮らすはず
真 宗=極楽浄土に生まれ仏となれば娑婆に帰る
そっくりですかw
>>131 >真 宗=極楽浄土に生まれ仏となれば娑婆に帰る
これって過去スレで何度も聞いているんだけどさあ
この娑婆に帰ってきた人に会いたいんだけどどこに行けば会えるのかな?
紹介してくれる?何度聞いても逃亡しちゃって音信不通なんだよね・・・。
136 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 00:01:36.88
>>134、135
生まれ変わった人をあなたは誰一人知らないんでしょ?
黙っててよ。
>>136 反論してみろよw
悔しいのぅw悔しいのぅw
139 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 00:04:27.74
>>138 あ?誰と闘ってんだ?
お前目障りだから消えろつってんだよ
>>137 まず「生まれ変わる」はやめろって
別の話になっちゃう
>>132 会えないよ だって煩悩だらけの状態だもん
法を通してこそ知ることができるんだよ
方便で説明しようか
君を生かす働きやその命は目には見えない
けれど 多くを知る他から教えられ、考える
中で思い知ることはできる
>>140 失礼。
ではこの世に戻ってきた人はどこにいるのですか?
真宗の言うことが正しいのなら会せてください。
>>141 話を摩り替えて答えになっていないあなたに用はありません。
さようなら〜。
>>142 「人」は戻ってこないよ ゾンビじゃないんだし。
本気で知らないのかそれともおちょくってます?
>>139 反論できないならもういいわw
おつかれさん
>>143 知りたくもない、否定するってんならそれでもいいんじゃない
俺を納得させろっていわれても目に見える訳じゃないし
手で触れる訳じゃないし、多分観念の精神世界だろうから
で最後に
君の先祖は存在しない。父母兄弟姉妹とも死別した
後には何も無い。残された者が記憶で懐かしむことは
できてもそれはただの記憶でしかない。
ごめん 言いすぎた。
147 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 00:15:02.44
>>145 誰と勘違いしてんのか知らんが…
とりあえずID欲しいなこの板
148 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 00:16:19.19
>>146 >父母兄弟姉妹とも死別した後には何も無い。残された者が記憶で懐かしむことは
>できてもそれはただの記憶でしかない。
それなんて断見?
>>147 要望だしたらどうにかなるのかな?
つーかどこに出せばいいのかな?
150 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 00:18:39.87
>>149 いや板の仕様だから無理だろ
心と宗教板にスレ立てるしかない
>>149 神社・仏閣はID出ないが宗教板なら出るんだがね・・・
>>148 父母兄弟姉妹とも死別した後には何も無い。
残された者が記憶で懐かしむことは
できてもそれはただの記憶でしかない。
これって断見になるの?
現実に感じる感情でしょう。
でもIDでたら絶対過疎るよねw
出ないからカオスになるんだが・・
154 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 00:25:29.52
>>152 遺族の感情は関係ないよ
衆生が死んだ後に認識作用も消滅すると考えるのが断見
>>154 残っている側のことで話したつもりですが、やはりそれも断見ですか
極楽浄土に生まれて成仏した者は、
阿弥陀仏(と一体となった仏)なの?
それとも諸仏と言われる位置にいるの?
還相回向がなかなか理解できない、
頭の悪い俺。
157 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 00:38:58.69
>>155 仏教徒なら故人の来世の幸福を祈るとか色々あると思うけど
158 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 00:43:47.28
>>115 漢字使いが認められなかったわけで
文章の意図が伝わっということですね、
それで大変結構です。
159 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 00:48:27.96
>>158 つぎから気をつけたらいいじゃん
気にすんなよ
>>158 ドンマイ
腐狂死とかつかうやつよりはとってもマシ
・・・腐狂死 なんとも特攻服に似合いそうな語感に見える
外国人の日本お土産Tシャツにもよさそう
161 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 00:56:45.20
浄土真宗スレにくると複雑極まりない観念論のオンパレードだな
21世紀にまで来て真宗教学も愈々ドン詰まりなんだなと実感させられる
>>161 そうか そうか
じゃ早晩真宗は衰退し消えて無くなるよ
あるいは天台に吸収され教義も変わって
いくんじゃないか
ありがたいことじゃのう。百のものを十につづめ、十のものを一つにして、
ようこそ親さまのおおせをお知らせくだされた。
こんなにうまいことは、ご講師さまでなけりゃ、聞かれぬことじゃ、
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏
今宵、後生へ出かける覚悟はよいか?
本来、浄土真宗は天台宗の学問や真言宗とかの厳しい修業をできない普通の人でも極楽、
つまり、苦悩のない世界にいけるということをわかりやすく教えただけ。他の仏門を攻撃したりしてはいけませんと
親鸞の師である法然も言っています。
学問したり、修業をしたり、禅もやり、それでも救いはない。
だから、阿弥陀如来の本願という教えに行き着いたんだと思います。
竜樹や達磨大師でも到達できなかった究極の境地には、誰も辿り着ける訳がありません。
人間には未来が見えないから結果がわからないので、善悪もわかりません。
相手の気持ちも、困っている人も助けられません
生きるために、仕方ないとか、自分自身の見栄やら虚勢をはることも少なくありません。
だけど、救われる。だから、親鸞は念仏のみぞまことなりと言ったんだと思います
親鸞は死にのぞみ、阿弥陀如来は親鸞のためにいたといいましたが、それは阿弥陀如来はひとりひとりに救いを与えるからです
輪廻を断ち、救うことが阿弥陀如来様の本願であり、
人は悲しみや苦しみの中で仏性を養い、人の痛みを知るのだと思います
仏はあまねく救うのが、お釈迦様の教え
自分だけなんて思うとカンダタの蜘蛛の糸みたいに切れてしまいます。
上座仏教は否定しませんが、私は万民が救われると説いた大乗仏教は素晴らしいと思います
親鸞は迷いの中の少しの信心も阿弥陀様に与えられたものだから、救われると言い、信心に差はあっても救われると言ってる
人は迷い、悩み、死んでいくもの
その先はわかりません
今を精一杯いきれることが、救いなのではないかな
ただ、死んで仏になったか、わからないけど、そう感じたことはある
あの人は仏になったのかってね
だから、理屈より信じたい
修業したり、座禅したりするのは社会人にはできないし、やっても、趣味程度が限界だから
じい様やばあ様や大切な人、かけがえのない人に会えると信じたい
死んで、無ならどうせわからんし、信じるものしか救わない神様や戒律厳しい神様より信じたい
阿弥陀様は、ちなみに信心を与えないものも救うよ
これは、嘘じゃないよ
>>166 >>阿弥陀様は、ちなみに信心を与えないものも救うよ
う〜ん これはどういうこと?
169 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 01:49:07.88
>>168 阿弥陀さまから信心を戴いていない(=阿弥陀仏の本願を信じてない)人間も救うってことでしょ
真宗の根本をひっくり返す爆弾発言w
>>169 信心は阿弥陀仏から差し向けられる物でしょうね
しかし受け取り拒否状態の人間でも「じゃあ救う
必要はない」と分別し捨ててしまわれるような仏
ではないといいたいのでしょう。
摂取不捨での意味じゃないでしょうか
171 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 02:27:06.06
信心はひとつではない。
真実も方便
でないていきとしいけるものを、例えば、動物とかを救えないじゃない
だから、万民には万民の数だけ救い方があると思うよ
それが浄土真宗の本来の姿じゃないかな
確かに浄土宗とかは、武士だった法然のお父さんが極楽に行く祭あるよな
173 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 02:49:38.78
>>169 >阿弥陀さまから信心を戴いていない(=阿弥陀仏の本願を信じてない)人間も救うってことでしょ
>真宗の根本をひっくり返す爆弾発言w
阿弥陀様への信心が往生の条件ではないのだから、別にひっくり返ることはないだろ。
ただ、この辺りの話は、昔からなかなか理解し難かったようで、
かの一遍上人もそれで悩んだんだよな。それで熊野本宮に参篭して、
「お上人さん、あんた勘違いしてるで。阿弥陀仏の本願によって全ての衆生は
救われる事が決まってるんやさかい、信不信・浄不浄を区別せずに念仏札を配りなはれ」
という熊野権現の託宣を感得したんだよな。
>という熊野権現の託宣を感得したんだよな。
託宣、お告げの類を信じるようではマダマダ
175 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 06:04:35.06
×すべての衆生は救われる
○阿弥陀仏の本願を信じたすべての衆生は救われる
>>174 聖徳太子のお告げを信じてセクロスしてしまった親鸞もまだまだですね。わかります。
>>178 若かりし頃の親鸞もマダマダだったというのは正しい。
それもこれも阿弥陀仏の本願にたどり着く縁起だたのであろう。
去勢した薬師寺カンチョーしか認めない
オカマは女人往生?両性具有は?
>>179 全ての事象は複雑に絡み合っていて、とてもそれを把握することは出来ないのに
ある一点だけを取り上げて、そのお陰で!と言ってる間は、マダマダですよね。
>>183 言ってる事は間違ってないけどマダマダ発言が台無しにしてるぞ
1 すごいことに気づいてしまった!凡夫の身が救われるには、ただ念仏して弥陀に助けられるしかない!(発見)
3 でも、「凡夫なんでしょ?凡夫なのにどうして自分を救う道なんて発見できたのさ!」と言われるなぁ(矛盾)
4 発見内容が、間違ってる可能性は確かにある。なんせ、自分は凡夫なんだから。(認めるしかない)
5 でも、いろいろ調べたけど、どうにも、他に助かる道は無さそう。(確認)
6 よし、たとえ地獄に落ちるとしても、この道を行くしかない。(決意)
親鸞の教えってこんな感じ?
186 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 13:44:25.65
>>185 3の疑問はないぞ
法然上人という勢至菩薩の化身でもある、偉いお坊さんから教えてもらったんだから
>>183 おまえも人の揚げ足を取って喜んでるようでは、マダマダだなw
マダはもうなり
もうはマダなり
>>186 訂正してみました。
1 凡夫の身が救われるには、ただ念仏して弥陀に助けられるしかない!(始まり)
2 でも、あなたは凡夫なんでしょ?凡夫なのにどうして自分を救う道なんて発見できたのさ!(矛盾)
3 法然上人という勢至菩薩の化身でもある、偉いお坊さんから教えてもらったんだから大丈夫!(発見)
4 法然上人だって凡夫なんでしょ?凡夫なのにどうして親鸞を救う道なんて伝えられたのさ!(矛盾)
5 発見内容が、間違ってる可能性は確かにある。なんせ、自分は凡夫なんだから。(認めるしかない)
6 でも、いろいろ調べたけど、どうにも、他に助かる道は無さそう。(確認)
7 よし、たとえ法然上人の行っていることが間違っていて、地獄に落ちたとしても、この道を行くしかない。(決意)
>>189 あのな まず凡夫ってのは自分や他人に対して使う言葉じゃないよ
「自分は凡夫ですから」「あの人は凡夫だから」なんて使わないの。なぜなら「凡夫」てのは「修行して煩悩を滅する事もできない恥ずかしい存在」て意味だからな。
阿弥陀様からの視点で我々を「凡夫」と言われたんだよ。
凡夫なのに・・とは言わない方がいいよ
191 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 17:27:27.26
>>190 >なぜなら「凡夫」てのは「修行して煩悩を滅する事もできない恥ずかしい存在」て意味だからな。
凡夫(puthujjana)にそんな複雑な意味はありませんよ
悟ってない=凡夫
悟ってる=仏、阿羅漢
ぐらいの意味です
まぁ 自分は凡夫ですからって言う奴は自分の事凡夫と思ってないだろうな
>>191 教科書にはそう載ってるね。
勉強も大事だけど聴聞しようや
味わいを話したんだけどな俺。
194 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 17:47:54.76
>>193 仏教一般の基礎を勉強しないで聴聞ばっかりしてるから
真宗は妄想の自家発電でどんどん仏教から離れていくんですよ
あげく「味わい」とか、内輪でしか通じない世界の話になる
>>194 落ち着けよ
ここ真宗スレだしいいんじゃない?
>>194 仏法は聴聞にきわまるって蓮如さんも言ってるしだな〜
本ばっかの聴聞しない頭デッカチと勉強不足の聴聞バカ。
どっちもどっちだよ
197 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 17:54:47.42
>>194 だいたい仏教(真宗教学じゃなく)の勉強と真宗の実践ってどれくらい関係してるんですかね?
もう一切勉強しないで、御文みたいな宣教文書ばっかり読んでたらいいじゃないですか
真宗は愚者のための教えなんだから、なまじ理屈や知識なんか無い方がよっぽど本願のありがたさが身にしみるでしょうに
親鸞も和賛で、さかしらがない人の方がよっぽど善良だといってるじゃないですか
198 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 18:00:34.33
>>196 聴聞に徹してる立派な妙好人を悪くいうつもりは全くないですよ
そういう人はよっぽど人間ができてるし、非難する方が恥なだけですからね
一部(なのかな?)の布教使がゴミみたいな屁理屈ばっかり並べてるんで、それに文句が言いたいだけです
200 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 23:05:09.42
>>194 他力真実のむねをあかせるもろもろの聖教は、本願を信じ念仏もうさば仏になる、
そのほか、なにの学問かは往生の要なるべきや。
201 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 23:13:50.99
釈尊による一切世界の観察から始まり、インド人の学問と研究、
中国と日本での学問と研究、これによって仏法は残ってきた。
この歴史を否定するとは何たる大バカ者w
経典に書いてあるんだよ、インド仏教で既に解明されたんだよ、
中国も日本をそれを受け継いできたんだよ、真実の教えは縁起の法に収まるんだよ、
「親鸞さまがおっしゃった!」じゃね〜よw
親鸞は何も発見してね〜よ、既に述べられた教えに出会ったんだよ。
仏教の歴史で見ると親鸞の独自性なんて何もね〜よ。
教学だけで物事を見るから世界が狭いんだよ。
202 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 23:22:59.26
>>200 親鸞「往生の『行に関して』、学問は『要とはならない』と述べたのであって、
教えを学ぶため・理解するための学問そのものを否定したのではありません。
学問をしないこと・否定することが往生の行のように
捉えられていることが残念で仕方ありません。
恐らく勉強嫌いの僧侶が自分を肯定するために
都合よく解釈したのだろうと思われます。」
204 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 23:26:36.50
205 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 23:28:05.01
いや真宗に詳しい人なのかなって思いましてお聞きしました。
207 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 23:38:52.95
>>205 インド仏教は全然です 真宗詳しいですか?
209 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 23:41:05.71
>>207 真宗の教義です
親鸞の独自性は無いという事なんですが、
親鸞以前に悪人正機を唱えた人いるんですかね?ある意味親鸞の独自性かな?と思ったんで。
211 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/08(土) 23:44:04.28
>>190 訂正してみました。
1 凡夫の身が救われるには、ただ念仏して弥陀に助けられるしかない!(始まり)
2 でも、あなたは凡夫なんでしょ?凡夫なのにどうして自分を救う道なんて発見できたのさ!(矛盾)
3 いや、私は自分のことを凡夫とは思ってません。(否定)
4 凡夫じゃないから発見できたの?(確認)
5 はい(肯定)
6 じゃあなぜ弥陀に縋るの?正道門でいいんじゃない?
7 そうですね(肯定)
歴史が変わってしまいました。
もう一度お聞きしますね
>>207 真宗の教義です
親鸞の独自性は無いという事なんですが、
親鸞以前に悪人正機を唱えた人いるんですかね?ある意味親鸞の独自性かな?と思ったんで。
そうですね
>>201さんへ
真宗の教義で親鸞の独自性は無いという事なんですが、
親鸞以前に悪人正機を唱えた人いるんですかね?ある意味親鸞の独自性かな?と思ったんで。
>>213 訂正してみました。
1 凡夫の身が救われるには、ただ念仏して弥陀に助けられるしかない!(始まり)
2 でも、あなたは凡夫なんでしょ?凡夫なのにどうして自分を救う道なんて選びだせたのさ!(矛盾)
3 いや、私は自分のことを凡夫とは思ってません。(否定)
4 凡夫じゃないから発見できたの?(確認)
5 はい(肯定)
6 じゃあなぜ弥陀に縋るの?正道門でいいんじゃない?
7 そうですね(肯定)
歴史が変わってしまいました。
218 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 00:14:11.06
>>214 善人なおもて往生す、いわんや悪人おや、ってのは法然上人の言葉は定説だ。
真宗の学者も肯定している。
法然上人の伝記の、醍醐本にその内容がある。
だだし他力回向とか、横超とかさ、還相回向とか、独自性はあるだろう。
信の徹底とかさ。
まぁまず、自分が救われることだ。
如来の摂取に会うことだ。
>>217 2のセリフは誰が言ってるの?
4・・ 発見ぇ・・
>>218 少なからず独自性は見られるって事ですよね 。
>>201氏が独自性なんて何もね〜よと言われてたんで気になってお聞きしました。ありがとうございました。
>>218 でも、法然の言う善人って自力作善の出来る人っていう意味なんだよね
それに対して親鸞は善人を"善人と思ってる悪人"の意味で使っている。
>>217 訂正してみました。
1 凡夫の身が救われるには、ただ念仏して弥陀に助けられるしかない!(始まり)
2 でも、あなたは凡夫なんでしょ?凡夫なのにどうして自分を救う道なんて選びだせたのさ!(矛盾)
3 いや、私は自分のことを凡夫とは思ってません。(否定)
4 じゃあなぜ弥陀に縋るの?正道門でいいんじゃない?
5 そうですね(肯定)
歴史が変わってしまいました。
223 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 00:24:59.30
「悪人正機」と言う四文字熟度はどこに書かれてあるのですか?
>>222 とりあえず本気かふざけてるかを示してくれないか?
228 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 00:33:00.92
>>218 だだし他力回向とか、横超とかさ、還相回向とか、独自性はあるだろう。
その程度の言葉は当時の仏教界では誰もが知っていたりしてなw
というかそんなもの漢訳された時点の話じゃないのか?
地球の歴史上、親鸞の造語なんて皆無だと思うけどな。
むしろ「悪人正機」と言う四文字熟語を作ったことがおかしいんじゃないのか?
誰がつくったかは知らんがw
>>227 段落分けして分かりやすくするのはいいが「凡夫」という言葉入れ過ぎじゃないか?w
230 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 00:35:28.99
ごめんな〜「熟語」だ、
しかしみんなのフォローで心が和んだ、ありがとう〜
>>229 サンクス
訂正してみました。
1 私(親鸞)が救われるには、ただ念仏して弥陀に助けられるしかない!(始まり)
2 でも、あなたは凡夫なんでしょ?自分を救う道なんて選びだせないのでは?(矛盾)
3 いや、私は自分のことを凡夫とは言ってません(否定)
4 じゃあなぜ弥陀に縋るの?正道門でいいんじゃない?(提案)
5 そうですね(肯定)
歴史が変わってしまいました。
232 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 00:39:43.29
学問そのものが否定されたら龍大・谷大の仏教学の教授なんて要らないけどな。
>>231 さっきから気になってたけど正道門じゃなくて聖道門な
あとは意味わからんw
親鸞は修行も満足にできない、煩悩を絶やすことのできない自分自身の姿に気づいたんだぞ。 5のそうですねはおかしいだろ。
「まあ、さてあらん」の世界だよ
234 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 00:52:53.52
>>220 独自性と言うか、当時たまたま誰も言ってなかったから
目立っただけじゃないの?
例えば「法性は色も無し形もましまさず・・・」のくだりは
歴史上初めて親鸞が言ったことだと思う?
>>234 親鸞以前に言った先達もいたと思うんですがあらためて文字を起こして残してくれたモノが今に伝わってる事がすごいと思うんだけどな〜
>>233 サンクス
訂正してみました。
1 私(親鸞)が救われるには、ただ念仏して弥陀に助けられるしかない!(始まり)
2 でも、あなたは凡夫なんでしょ?自分を救う道なんて選びだせないのでは?(矛盾)
3 いや、私は自分のことを凡夫とは言ってません(否定)
4 じゃあなぜ弥陀に縋るの?聖道門でいいんじゃない?(提案)
5 修行も満足にできない、煩悩を絶やすことができないから聖道門は無理(否定)
6 あれ、凡夫なの?(確認)
7 はい(肯定)
8 凡夫が自分のことを凡夫と気づけるの?(確認)
9 無理です(否定)
10 矛盾してない?
11 まあ、さてあらん(はぐらかし)
ふう。そろそろ寝ます。
238 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 01:09:57.52
>>228 きちんと根拠を上げて反論しないと無意味でしょ。
独自性がない、って、あの当時の浄土教は、まさに命がけで発言してたんですよ。
当時の仏教界の常識だと弾圧もないでしょう。
揚げ足取りでないなら、その証拠を示せよ。
239 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 01:14:42.35
>>238 思想信仰を理解する上で、概念に言葉はつけるのがなぜ問題だろうか?
悪人正機のどこに問題があるのか。
君は当時の言葉のままで語り、考えているのか。
なにか困る実際があれば具体的に書けよ。
難癖だけ付けないで。
240 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 01:16:08.26
239→228だ。
243 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 01:33:06.86
>>241 そうなんですよ、
239は、アンカーミスなんで、240で訂正しております。
よろしくご配慮ください。
誠にありがとうございます。
244 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 01:41:23.04
でも
>>201は正しいわ。
仏陀の見出されたダルマから、法然様も、親鸞様も一歩も出ていないからね。
ダルマ、法は見出されなくても、厳然たる真理そのものだから。
そこから出ていないだろう。
それを言うと宇宙的真理(いいかげんな言葉)の前に独自性なんてないよな。
245 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 01:44:24.01
人間の独自性とは、ダンマの前では小さい言葉ですね。
>>244 法の中にいるんだからそりゃそうだろう。
でも独自性があるからこそ真言、天台、真宗みたいな宗派をわけたんじゃないの?
話をぶりかえすみたいになりますが、昔、龍谷の学長か元学長の講話で
信心は与えられるものだから、信心あるから偉いとか、ないから救わない等が浄土真宗ではないと言ってました
阿弥陀様を月と例えるならば、念仏や信心はそれを指し示す指のようなもの
光はみなに降り注ぎ、誰ひとり見捨てられはしないと言ってたように思う。
そのとき、死に別れた家族を思い、涙が止まらんかったから、よく覚えてる
信心は、極楽往生を教えてくれるもの
なぜなら、信心は自分で手に入れるわけじゃないから
そりゃ、アミターバ、アミターユスは、
時間×空間で示される宇宙そのものですから。
月影の いたらぬ里はなけれども
ながむる人の 心にぞすむ
Don't think! Feeeel! ※違
もうこのスレいらない。
自作自演基地外が粘着してるだけじゃんw
251 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 05:30:57.93
>>247 浄土真宗というのは法話は上手なんだよ、だけど
極楽浄土を教えてくれてもその肝心の「極楽とはどこにありますか?
魂が無いのに誰が極楽へ行くのですか?」という核心部分をごまかしてるんだよ。
何万回も質問されても未だに答えの雛形さえないのでは?
>>251 極楽にしても、死後の世界にしても、魂にしても、
まず、あるか・ないか、という概念から出来るだけ離れないと…
>>253 極楽が「あるという証明」も「ないという証明」も誰も出来ないから。
それらが真実であるかどうか、確かめる術が私にはない。
「ある」「ない」という極端な概念を相手するのはとても危険な事でしょう。
ぶっちゃけて言ってしまえば、この私が想像しているような「極楽」なんて
あっても、なくても、どっちでも良いものだと思う。
大切なのは、
「私にとって」極楽はどんな意味を持つのか。
「私にとって」亡くなった人はどのような存在となったか。
だと思うよ。
>>254 極楽というものが存在すると確信しているのが浄土真宗では?
あるかないかはわからないというのが浄土真宗の立場ですか?
ではあなたにとって極楽とはどんな意味を持つのでしょう?
>>255 私は、極楽というものを確信せずにはおれません。
だから、存在するというものではありませんし、だからと言って心の在り様だというものではありません。
極楽を思えば思うほど、私の中に清らな部分がない事が明らかとなるからです。
私にとって極楽(の姿)とは、己の生き方、価値観を明らかに映す鏡であります。
清浄な浄土によって私の濁りを知らされる事が出来ます。
また、往生浄土の素懐を遂げられた方々は私の師であります。
恐れる存在でもなく、何かを施さねばならない存在でもなく、
私を念佛の教えへと導く仏さまとなっています。
>>256 > また、往生浄土の素懐を遂げられた方々は私の師であります。
極楽と言うものの存在は確信してないけれど、
言葉を替えて「往生浄土」した人はいると。いうことですか?
具体的にどのような方が往生浄土されたのですか?
そしてそのことを確信するならやはり極楽=浄土は存在するのでは?
259 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 08:41:08.00
>>244 常住不変のものがあるとすればその宇宙的真理である。
それを縁起の法と言い、他力と言う。
親鸞はただ経典に出会い、それを説示しただけである。
そこに私の独自性はなく、ただ戴いていく、それだけであった。
だから「私に弟子はいない」と言ったのであった。
釈尊がいなければ、インド人がいなければ、縁起は説かれなかった。
神道国家では見えない世界である。
260 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 09:04:15.53
>>233>>234 だから中国で漢訳されているでしょ?
逆にそれらの言葉が親鸞独自のものと言うことが考えにくいです。
逆に自ら造語をしてしまうと相手に通じにくいんですね、
しかし今更造語なんて親鸞に無意味な行為だったでしょうが。
当時の仏教界であろうがなかろうが
>>244でどなたかが述べられているように
不変の真理を説いただけであったので独自性なんて無いんですがね。
普通のことを普通に言ったんですよ、ただそれだけですよ、
ただそれが周りには認められなかった。
異常から見れば普通が異常になってしまうんです。
ところで、悪人正機と言う四文字熟語は親鸞のどの書物に書かれているのですか?
261 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 09:10:06.47
どちらかというとね、逆に言葉が多くなってしまって
困ってしまっているんですけどね。
親鸞は和讃で信心=涅槃=仏性=如来、といっていますけどね、
では信心と浄土と極楽の関係性はどうなんでしょうか?
私よりも親鸞に詳しい方、おそらく本願寺関係者もおられると思いますので
教えていただければありがたいのですが?
これくらいのことは解決したうえで教学も構成されているはずですが、
解決できないまま構成されていればそれは大変大きな欠陥だと思います。
親鸞は極楽という表現を嫌ってますよね。
あまり使われませんし浄土を無量光明土などという表現の方が多い気がしますね
264 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 10:47:04.61
265 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 12:38:11.96
浄土があるか、地獄があるか、を議論することがナンセンス。
ほんとに如来に出会い、摂取の中にあれば有無の問いはもう出てこない。
今、如来に摂取されてるんだから。
悪人正機にこだわる人の意図は分からない。
法の中で独自性は無意味だが、人間は言葉を使うからな。
概念に新しい言葉を付けてなんら不都合はない。
カルバンだって、聖書にない予定説とか、言うのは君も知ってるだろう。
鎌倉以降、学問的な研究や整理が進んでなんで悪いのか。
ほんとに困ってるなら、自分がどう困るか書くことだ。
如来に出会った人がいるのかw
267 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 12:44:30.17
しかし言葉は戯論にすぎない。
ダンマの中でたかが人間の独自性は意味はない。
しかし言葉によって人間は教えを伝達しているのは事実だ。
両面をきちんと押さえないと。
世界に仏教を伝えるならば、親鸞様そのままでなく、翻訳もするだろう。
悪人正機に文句を言う意味が理解できない。
仏教は君はバーリー語で読むのかい。
268 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 12:46:56.57
>>266 如来とはダンマ、ダルマ、法だぜ。
その体験がないとあらゆる宗教は成立し、維持できないだろう。
君は如来って何だと思うの?
>>265 おいおい、教えを伝えるうえで、浄土・地獄・輪廻は大事だぞ。
その有無に囚われているのが私たちで、議論したくなっているのが私たち。
弥陀に縋れば助かるということも、疑って疑って他に救いを求めるのが私たち。
議論をすることがナンセンスというのはマダマダだな。
如来は世間の言葉で仏法を説こうとしたとき、浄土や輪廻や弥陀仏という方便を使うんだよ。
拈華微笑
>>265 世界で初めてチョコレートを売り出そうとした人が
チョコレートを食べたことのない人たちに、
どうやってチョコレートを売ろうか宣伝を考えて
「あなたが未だかつて食べたことのような味です!一口食べれば極楽浄土に行けますよ!」
「毎日、辛くて地獄の生活を送っている人でも、一口食べれば幸せになれます!」
って頑張っている人に対して
「いくら頑張っても無駄。ほんとにチョコレートを食べればわかる。
そしたらチョコレートって美味しいのかどうかなんていう問いは出てこない」って言うようなもの。
>>269 >如来は世間の言葉で仏法を説こうとしたとき
アミダ仏は宇宙人か何かか?
273 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 13:16:00.22
269は特定の派の人だろうな。
教学で頭、硬くて。
274 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 13:23:42.20
>>271 265に、267の3行目も加えてくれ。
でもどっかで言葉を越えないと、知識から宗教経験にジャンプしないじゃんか。
その美味さを味合わないと。
書きすぎた。すみません。止めますね。
275 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 13:37:04.48
日本仏教は自動車にたとえると分かりやすい。
運転して道路を走るという自動車の目的を見失っている。
自動車からエンジンを取り去って、派手な飾りをつけて、
「さあこの美しい自動車を拝め」と言っているようなもの。
そして「車を拝めば、死んでから目的地につけるのだ」
「そもそも出発地と目的地に区別などないのだ、空なのだ」
といった屁理屈で人の健全な疑問や向上心をスポイルしてる。
w
277 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 14:10:43.39
言葉そのものが方便(手段)ですからね、大切ですよ。
「俺は信心を戴いた!俺を見ろ!」では伝道にならんこともないですが
言葉という共通した表現で信心を媒介しないとね。
ある種の信仰経験があるけれども、それを漢訳圏では信心と名付けた。
ただし、信心がどういった存在かを議論するのはまた別のこと。
278 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 14:13:33.19
>>267 わかった、わかった、私が間違っていました。
悪人正機は正しい言葉です。
と言うことで、誰がつくったの?「正」と言う意味は何?
悪人が「正」なら、善人は「偽」?「傍」?
279 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 14:15:54.18
>>263 え?親鸞は「私は極楽という言葉が嫌い!」と
どの書物でおっしゃったんですか?
なにぶんわたくし真宗教学に疎いもので
教えていただければありがたいのですが。
>>279 いえいえ、そう読み取れるという話です。
著書に「極楽」と書かれてあるのは数回ですしね。スルーしてください。
>>278 悪人正機とは親鸞の特色を表した言葉で経典にも乗ってないし、後の人が付けたんでしょう。
救いのめあては悪人だって意味ですよ
お前らはマダマダだな
>>267 パーリ語は単語単位ではわかるから、ちょっとは読めるけど
バーリー語はさすがに分からないなあ
疑問を提示されても、真実なら答えていける、
あるいは、答えていけないのなら、
その疑問を受け取って共有して、
いつか答えていけたらと、問いを持ち続けるはずなのに
どうして誤魔化す人が多いんだろう。独り言でした。
>>284 2chだからね
まぁ一番は謝れない事が原因だな。 間違ってましたとかまた勉強しますとか言えない人が多いんだよ。
ID出ないし論破されたってまた何食わぬ顔で書き込むからねみんな
>阿弥陀像はほとんどすべての両手の指で輪を作っていることです。
>両手の指で輪を作っているといっても、九種類もあるあります。
>これは、信仰心や行為の善悪の違いによって、極楽への往生の
>仕方が九種類あるためです。阿弥陀如来が結んでいる印は、
>極楽へ迎える方法の違いを示しています。
>このような九種類の印をまとめて九品印といいます
↑これは本当のことか?
浄土真宗じゃ一つしかないと思っていたが
>>275 大体同意。
そうだと思う。
仏教会の堕落ぶりは今に始まったことではなく
明治初期の廃仏毀釈のことを考えてもよくわかる。
>>287 仏像の説明と言う個人のホームページで見たんだよ。
以前もどこかで聞いたから、
たぶん仏像の説明にはそのような説明が主流かと・・・
290 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 14:50:11.31
>>290 しかし知ってしまったらもっと詳しく知りたい。
寺の格式等で阿弥陀仏像の印が決まってたらいするのか、
あるいは本山では最上級の印を結んでいると思うが、
一般に浄土真宗のお寺では皆同じ印なのか。とか
292 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 15:01:43.22
>>291 寺格の問題かよw
俺的には
「このお寺は元○○宗の寺だったので、伝わってる阿弥陀像もこういう印を結んでいます」
とかの方が興味あるな〜
うちのおてつぎさんとこは親鸞の生まれる前からあって、本尊は座像で普通に来迎印を結んでおられる。
真宗は立像本尊が基本だから。ちなみにほかに聖観音像も祀られている。
真宗寺院に観音も変な感じだが、如来冠中住で矛盾はしないのかな。
おてつぎ?
聞きなれないな浄土宗か?
本山の阿弥陀仏は下品上生のように見えるがそれで間違いないか?
百姓が主体の宗旨だから下品なのか?
>>295 九種類もの等級をつけるのは浄土真宗的に正しいのか?
観音菩薩と勢至菩薩は阿弥陀仏の侍尊だから大丈夫だろ
>>296 下品下生の者を救う教えなんだから、親指と薬指で輪を作っている阿弥陀様を
選んでほしかったものだが、なんでだろうね。
あえて、下品上生の者を救う阿弥陀様を選んだのか、そうでなくて諸説あって、
下品下生の者を救う手の形でもあったのか。
当初は3種類しかなく、そのうちに増えたとか。
詳しい人説明よろしく。
>>297 だから「浄土真宗じゃ一つしかない」んだろ?
301 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 15:40:07.34
>>284 そうだな、特に「悪人正機」の出典は結局不明だということですね。
まさか真宗の関係者が造ったとは思えない稚拙さだしなw
>>301 さっきから何イライラしてんの?
いちいち煽るなよ
源信は下品で往生したのですね。宗教者だからといって、
上品で往生するわけではないのでしょうか。親鸞は自分が
極楽浄土に往生するのは間違いないと確信していたようですが。
配付した資料のように、源信の往生の様子が詳しく伝えられているのは、
やはり、本来であれば上品で往生しそうな高徳の僧侶であるにもかかわらず、
下品であったのが意外だったのでしょう。下品で往生したのが事実かどうか
はわかりませんが、そのような伝承が生まれた背景は気になります。
往生伝にはさまざまなものがありますし、法然上人絵巻などにも多くの
往生者が描かれています。その内容を調べると、当時の人々の浄土や
往生に関する「共同幻想」のようなものが浮かび上がってくるでしょう
。親鸞は往生するとかしないとかいうレベルを超越していた人物です。
そのため、浄土真宗では来迎や往生は問題にしません。
それを突き抜けたところで、阿弥陀を信仰していたのです
個人のホームページだからアドレスはアレだけど仏教美術の方面からは
>>303のような説明がある
>>303 >浄土真宗では来迎や往生は問題にしません。
来迎はそうだが、往生は思いっきり問題にしてるぞ
親鸞の消息よんだことないんか?
307 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 15:57:55.19
308 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 15:59:25.25
真宗の立像の歴史はいつからなの?
309 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 16:01:13.27
親鸞は、来迎や臨終の否定ではなく、
「現生もあるよ!」と言っただけなんじゃないかな?
>>307 本日ただいままで、消息と言う意味も知らんかったw
勉強になるなあ。
こんどゆうっくり読んでみるわ
311 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 16:02:41.83
>>306 明法坊なんどの往生しておわしますも、もとは不可思議のひがごとをおもいなんどしたるこころをも、おもいかえしなんどしてこそそうらいしか。
念仏にこころざしもなく、仏の御ちかいにもこころざしのおわしまさぬにてそうらえば、念仏せさせたまうことも、その御こころざしにては、順次の往生もかたくやそうろうべからん。
>>237 有難うございます。
まだまだ継続します。
親鸞 私(親鸞)が救われるには、ただ念仏して弥陀に助けられるしかない!(始まり)
私 でも、あなたは凡夫なんでしょ?自分を救う道なんて選びだせないのでは?(矛盾)
親鸞 いや、私が選び出したのではありません。法然聖人に教えてもらいました。(返事)
私 法然聖人も凡夫なんじゃないの?どうして選ぶことと、あなたに教えることが出来たの?(矛盾)
親鸞 私も法然聖人も、修行も満足にできない、煩悩を絶やすことができない存在であって、凡夫の確証はありません。(返事)
私 でも、自分で自分のこと凡夫って言っているでしょう?(矛盾)
私 修行も満足にできない、煩悩を絶やすことができない存在って、凡夫のことなんじゃないの?(矛盾)
私 凡夫じゃなければ、聖道門を選んで救われる余地もあるんじゃないの?なんで弥陀の救いを唯一って言うの?(矛盾)
私 凡夫が、修行も満足にできない、煩悩を絶やすことができないってわかるの?修行が足りないだけじゃないの?(矛盾)
私 全員が救われる教えがあるはずだ!っていうところから考えだしたんじゃないの?出発点が間違っているんじゃないの?
親鸞 まあ、さてあらん(はぐらかし)
ふう。
313 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 19:33:03.62
>>283 そうね。バーリ語ね。
しかしそういう仏教の信者さんは、2chなんかして他の宗旨を誹謗してたら、
悪業にならないかね。
まさにここは、いわゆる悪人の集いだと思うけど。
清浄な、聖人はおらんでしょ。
314 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 19:36:09.26
パーりね。
315 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 20:28:04.12
>>313 日○正宗とかみたいに他宗は邪教って言ってないからいいんじゃね?と思ってる
あと誹謗じゃなくて批判ね。「ここはおかしいけど、どうなってるの」っていうこと
そういう質問にちゃんと答えてくれた人ってあんまりいないんだよね
「批判=謗法だ!」って言われたら、もうどうしようもないが
あと返す刀で言わせて貰えば、「邪見は最も重い悪業」だよと言いたい
仏教をプロテスタントに魔改造した罪は重いと思うよ〜
316 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 20:52:08.99
ほんとうに穏やかな人格のできた人が、他の宗教を魔改造なんて言葉を使うかな。
2chで書き込みしてるよりやるべきことがあるのではないか。
誹謗と謗法は厳密に違うし。
もっと本質的でない、レベルの低い議論だろ。
自分も含めて。
317 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 21:11:42.89
>>316 いや別に「穏やかな人格のできた人」だなんて自称した覚えないですし
それに批判されたら「それは誹謗だ」と感じられるんでしたら、もう何もいうことはないです
まあ、浄土真宗は仏教と絶縁して自分の道を歩いていったらいいんじゃないかと
真宗が嫌いだから聴聞しない→真宗の教えがわからない→分からないからまた嫌いになる→以下ループ。
教えを知らないのに何で批判できるのだろう?聴聞重ねた上の批判ならわかるんだけどね。
319 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 21:35:59.43
聴聞する→真宗の教えがわかる→批判する→真宗の教えを知らない!→以下ループ
ですね、わかります
>>317 君は浄土真宗きらいみたいだけど親鸞会ってやつかい?
321 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/09(日) 21:54:43.86
図星だと急に静かになるからおもろいわこのスレw
檀家制度は江戸時代にキリストや異端宗教廃除のためにできた制度だからな
ちなみに極楽にこだわってたり、魂にこだわってる人がいるけど、あると思えばなく、ないと思えばある
と言うもの
考えるものではなく、信じるもの
浄土真宗は上座仏教と真逆だけども、救いは一様
信じたくなかったって、いいよ
それでも、あなたも救われるから
私は信じたい。また、あいたい人に会えることを
阿弥陀様を拝むのは、浄土教系と天台系、真言宗でも大日如来の西にいます
お経への登場回数は、一番多い
浄土真宗で拝む以外にも、空也とかも南無阿弥陀仏と唱えてる
法華経典でも、涅槃成仏はとかれているし、
極楽は西にはあらじ
東にもあらじ
きたみちかえせ
みな身にぞある
という歌もあるからね
極楽とは阿弥陀様の世界、ナーガルジュナやクマラジーバも夢見た世界
大谷派がいうみたいに生きる中に地獄も極楽もあるのかも、わからないけど、会いたい人に会える世界を信じたい
魂や極楽と言うものは
あると思えばある
ないと思えばない
信じても信じなくても救われる
極楽で会いたい人に会える
>>318 だからよ〜、浄土から帰って来た人がどこにいるのか教えてくれよ。
真宗禿は嘘ばっかり言うから信用度が低いんだよ。
>>325 人?人が帰ってくるの?
死んだ人が人間としてこの世界に帰ってくるわけないでしょーが
さすがの親鸞会でも還相回向理解してるぞ?
ブードゥー教でも崇拝してろ
おチンチンびろーん
∩___∩
| ノ ヽ/⌒)
/⌒) (゚) (゚) | .| <死んだ人が人間としてこの世界に帰ってくるわけないでしょーが
/ / ( _●_) ミ/
.( ヽ |∪| /
\ ヽノ /
/ /
| _つ /
| /UJ\ \
| / ) )
∪ ( \
\_)
AAやり出したら負けじゃんか・・・・
しっかりしろよ
>>329 実際に逮捕される刑法犯には負けるけどねw
負け認めちゃったよ アンチ頑張れよまじで
>>331 アンチは別にいいんだよ。 真宗VSアンチはたまに議論になるから面白いんだけど
>>325みたいな知識が少し乏しい仏教嫌いが混じると話が噛み合わなくなるんだよね
真宗はお盆でも死んだ人を迎えたり送ったりしないんでしたよね。
還相エコーは死んだ魂が還って来る意味は含まれてませんよね。
つか「故人の霊」自体、真宗は認めてないですよね。
>>333 門徒の爺さん婆さんの前でそれを言ってみなさいw
井沢元彦の本読んで一向宗=悪というイメージを植えつけられたんじゃねえのか?
336 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/11(火) 05:53:32.27
昨日行ってきた
西は団体客等でものすごい混雑、東は閑散としてた。
世界遺産になってるというだけで、ジジババが沢山来るからな。
でも、カルト教団の本部が世界遺産になってる例が他にあるのかな?
339 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/11(火) 09:20:34.28
お東の状態と同じでアンチも虫の息だなこりゃ・・・
このスレに入門式とかおかみそりした奴いるか?
連休も終了でちょい過疎モードに入るね
>>328 そうだね 死んだ人間がこの世界に帰ってくるわけないね
じゃ どこにもいないってことで328さんは納得できているんだね
そうなれば死んだら無になるということだね
それともどこかに行ったままでそこから出ることはないってことなのかな
>>340 帰敬式受けたよ。
10年以上前に本山(西)で。
>>342 一万円ぐらい払えば誰でもその場で受け付けてくれて法名ももらえるのですか?
あんたすでに釈なんたらという法名持ってるのか?
>>340 一応、門徒になったんで西本願寺でおかみそり受けました
法名ももらってます
>>338 え?何かおかしなことある?
本願寺派、大谷派、親鸞会はカルト、というのが常識だけど?
おかみそり受けなかったら浄土できないのかな、
出来るはずでけどだったらなぜおかみそりなど受けるのかな。
法名を持っている優越感?
>>343 所属寺院がないと無理なんじゃなかったっけな?
誰でもオッケーだったら滅茶苦茶になるよね
法座には必ず参加する等お寺と信頼関係を作っていけばできるよ
>>343 ん 確かどこかの寺院所属という門徒にしないとダメだった気がする
その寺院から申請する形で申し込み、お礼金みたいな意味での約一万円
を支払う形だった気がする。
カルトの一員になるには、やっぱりそういう儀式がないとな
>>346 釈○○というのはお釈迦様の弟子にならしてもらうこと。
浄土真宗の門徒として気持ちを新たに生きて行きますという儀式だよ
成仏は関係ないよ
釈迦とほとんど関係ないのに、弟子って面白い。
何にも守らないのにw
所属寺院がないから永遠に門徒になれないな、
寺院に属さず直接西本願寺系列にしてもらえないのかなw
353 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/11(火) 10:14:29.54
所属寺は絶対に必要ということではありません
別院の会員的な方法で準門徒として、おかみそりが受けれます。
各別院によって違いがありますが、信仰に制限枠はありません。
>>346 法名がなければ往生できないなんて親鸞祖も蓮如祖も
言ってないよ。
疑い心なき一心=二心なき信心が重要なだけだし
法名を持つってのは阿弥陀仏の教えで生きる自覚を
持つって意味で理解したけど
でも他の門徒の人達を見ていると浄土真宗本願寺組織
信者に正式に加入したって雰囲気くらいだったけど
>>346 法名で一般寺院に所属する以外に地方各別院の信徒や会員になるっていう
もう一つの方法がある。
別院の信徒や会員に加わる形は負担とやりがいが少なくて済む。
法名持てば正信偈を一日一回することが望ましいとか、
とても無理そうだな。
で法名持ってる人はどのくらいの頻度で正信偈など読むの?
一年に一回法事のときぐらいか?
別院というのがなんなのかわからない、
西本願寺を自分の帰属するお寺にしたいんだ。
>>356 望ましいけど偈文でもいいと思うよ
大事なのは仏壇の前に座らしてもらおうという気持ちだよ
口に出しては言わないけれど仏壇の前では南無阿弥陀仏と念じてる。
昨日も西本願寺と本廟で南無阿弥陀仏と念じてきた。
>>358 本社⇒支社⇒各市町村の営業所
本社=本願寺専修寺仏光寺高興正寺など各派本山
支社=別院
各市町村の営業所=いわゆる近くにある真宗のお寺(末端寺院、末寺、一般寺院)
西本願寺を「俺の属するお寺化」にするなら
各市町村の営業所か支社に加入(門徒、信徒、会員)となる
これで「俺の属する本山西本願寺」になる
>>339 今年だけでも3人逮捕されている真宗禿はすごいってことですか?www
すごいすごい
法名なしでも往生できるわけだが、いざ葬式になれば死後法名がついちゃうんだよな。
>>363 スレ立てしたらどうでしょう
真宗禿の犯罪行為を糾弾しよう とかで
このスレで流れを強引にもっていかなくても
>>366 一応、総合スレだから良い事も悪い事も両方あっていい。
しかし宗教家足る者、人(信者・門徒)の手本となるべき存在で
あるべきだと個人的には思うが・・・良い話を誰か書いてくれ。
>>365 そうそう俺の親父も死後法名の口だ、一万円より高かったと思う。
369 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/11(火) 12:49:34.19
>>367 3月の震災には東京の築地別院が
帰宅難民者に食事を炊き出したそうですよ。
今日は御門主が門前町を歩くって話しだけど。
つまりは生前に本山別院で法名をと言いながら、それでは末寺の取り分がないので
わざわざ死後にお寺から法名をもらってあげるわけだ。昔の檀家付き合いなら
そのあたりの呼吸というか機微がわかったが、現代では「法名代ぼったくり」とまでいわれる。
お寺も「生前にもらうときは内願の場合でも2万円です。あとは志納で」と示してあげれば、
「相場」で気を揉む門徒は減るとおもうんだけどな。
>>371 君の言っているのは法名の件ではない。
生前に法名を受けていればその後は一応必要はない
一つでもあればそれでいい
生前に法名を受けていない場合はお手次寺(末寺)住職が
本来の形である門主を代行して本人へ法名を付ける事が
慣習となっている。
君が本来言いたいのは院号の事ではないか。
>>369 築地別院はえらいね。その点、東本願寺(仮)の回りはホームレスでいっぱいだよ。
築地は本堂工事が始まって仮本堂になったらホームレスいなくなった。
明るすぎる場所は居つきづらいみたい。
院号は死後に有料で追贈すべきではなく、生前の篤志にお寺側から無償でつけるべき。
普段、たいした布施もしてないのに、一時金で院号もらおうなんて感心しない。
またそういうお寺さんも節操がない。
なんていってたら寺院経営は成り立たないか?
>>376 That's right. その通り。
そうした収入に依存した寺院経営は、最終的には伝道の健全性を損ねる
と思うのだが。
法義繁盛において死後院号有料追贈の慣習は邪魔だと思う。
>>376 いやそれいいと思うよ
俺も同じ事考えてた
ただ院号代?貰っても末寺は潤わないんだな。
しかし本山に納めないといけないのに東○横○あたりの寺は懐に入れてる所が多いみたいだが・・・
>>376-378 生前に寺院に貢献した方に無償で院号追贈するのは結構どこでもやってるよ。
大谷派だと毎年の本山への上納金で数件認められる。件数は上納の金額によるが。
一般寺院が院号で儲けてるのは、門徒の支払いと本山納付の差額によるので、
>>378が言うとおり基本的には一般寺院は潤わない。
別院所属して、帰敬式受けようと思ってる。
(実家が日蓮宗なんで所属寺ない)
お西かお東かで迷ってる。
お西はオーソドックスで落ち着いた良い感じなんだけど、曽我量深とかお東関係の本で勉強したんで、迷ってるよ。
>>381 今750回忌やってるし見に行ってみたらどう?
両方行ったけど残念ながら東はお念仏が無かったな・・・
>>381 どっちか側に所属したとしても選ばなかった方に通っては
いけないなんて教えじゃないので
東西どっちも通ってみたらどうでしょう。
382、383
ありがとうございます。
京都へ行くと、いつも両方にお参りしてます。
お念仏がないというのは残念ですね。
382に書いてあるが
お東ではお念仏の声があまり聞かれないのか
なぜなんだろうね 自分は西なんでお念仏の声が
聞こえるし自分も大きい声で唱えるんだけど
でも西で昔は今とは全然違って唸りといえるほどお念仏が響き渡って
いたとは聞く。
>>385 戦後まもなくの700回忌には100万人が集ったらしいね
387 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 01:35:59.28
も もしかして 387さんは
親鸞会は信心正因 称名報恩ですと言いたいの?
>>380 フォーム見てみ、所属寺院を記載する欄があるから。
全部米櫃、全部金やねん。阿弥陀如来は直接金恵んでくれまへんねん
真宗の人間が「バチが当たるぞ」って言ったら面白いなw
他神仏の罰が当たるものすら 救おうとするのが十方衆生救済仏
そうや、悪いことでもなんでもやったもん勝ちやねん
罰当たりな者こそ救いの対象とされるのが親鸞の教え。
真宗では祖霊を粗末にすると祟るとかも言わないですよね。
本願ぼこり
親鸞会の工作員のレベル落ち過ぎだろ
本願ぼこりも甚だしいw
そうや、何でも親鸞会のせいにしたったらええねん
こんなわしらでも、浄土で救われまんねん
本願ぼこり?アホか。カッコつけやがって。
阿弥陀さんはやさしいから、何やっても救ってくれはんねん
なんや、それも否定するつもりか?
403 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 12:47:45.45
>>401 個人的にはお前さんは地獄に行ってほしいな
>>403 そんなこと言う君が地獄に行くんとちゃうか?w
じゃ一緒に行こうや兄ちゃん
まあ衆生は皆同じところへ行く、これは事実だ。
それは阿弥陀仏の教えだ。
だがしかし、・・・・・
今朝までの俺と同じ間違いを犯してる。
俺は2チャンネルのほかのスレで貴重な言葉に出会って目覚めた。
お前らもいい縁を見つけろよ。
本当のことはもったいなくてこれ以上は教えたらんとこw
親鸞聖人も地獄におられるだろうし、門徒みんなで行きましょう
>>407 なぜ地獄にいる・いくと思えるのですか
たとえ、親鸞先生にだまされて念仏して地獄に落ちたとしても念仏以外の修行
に励んで仏に成ることができぬほどの根性しか持ち合わせていない自身です。
「ただ念仏して、阿弥陀仏にたすけて頂くのだ」という導きの師親鸞聖人の
言われたことを受け取って信じていくのみです。
>>406 >>ほかのスレで貴重な言葉に出会って目覚めた。
なにそれ なにそれ? おしえて おしえて!
>>409 あんたも時期が来たらわかるよ、あわてることはない。
仏の光はすべての衆生に届いてるよ。
このスレに来て一週間、あちらのスレで2日間、求めていたことに出会った気持ちだ。
411 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 14:13:44.61
これが2ch脳か・・・・
浄土真宗ってすごいな。結構、東大や京大卒の僧侶いるな。
2chという掲示板で下品な他宗批判を繰り返している奴の宗派とはえらい違いだw
恥を知れ。もちろん奴はこのスレにも書き込んでるけどなw
>>410 もう出会っている気もするが・・・
>>仏の光はすべての衆生に届いてるよ。
仏性はすべての衆生に及んでいるって言葉を目にした
大般涅槃経に一切衆生悉有仏性とか山川草木悉有仏性という言葉があるが
宗の理解によっては衆生自体に元々宿っているのが仏性ともいうが
親鸞は仏性は衆生の身に備わっているとは言わない
むしろ「無い」と言っているように思える、しかし仏性は阿弥陀仏から
与えられ変わられていくもののように語っている
阿弥陀仏の本願が衆生に届き作用している それこそが仏性だと。
それゆえ我々には仏性が満ちている、仏の光は仏性としてすべての衆生に届いてる。
>>412 ガチ蓮原理主義だね それ
一体どんなこと書いてたんだよ
415 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 20:11:25.12
417 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 20:18:27.08
>>412 下品な他宗批判といえば、創価と真宗、というのがネット普及以前からの常識
>>418 そうなんだ
最近はそんな発言あったっけ?
420 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 20:41:20.25
なんだ?このいつもの必死な連投はw
いや、たまにかかるんだよ確変がw
つい先日、浄土に往生したんだけど、行ってすぐ、阿弥陀が帰れって言うのよ。
まぁ、阿弥陀の話聞いてみたら、なんか、もともとそういう約束らしいし、
俺が帰らないと阿弥陀が嘘つきになっちゃうらしくて、
阿弥陀に帰ってほしいって懇願されてさぁ、
んで、しょうがないから、とりあえず少しだけ帰ってきたんだけど、
なんか質問ある?
>>423 きみの逝ってきた浄土って何系吸ったらトリップできるんだいw
ホントは還ることに意味があるから往くとも言えるんだよ
>>417 「私の存在そのものが仏性」ということですが
その確証となる部分が親鸞の言葉にありますか?
428 :
426:2011/10/12(水) 21:16:14.15
>>426 そう言いた気持ちはわかるが、
本当に行ってきたんだからしょうがない。
でも、向こうじゃ別に帰る事なんて考えてなかったぞ。
阿弥陀に言われて戻ってきた感じ。
431 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 21:45:50.81
432 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 21:46:30.63
433 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 21:50:24.19
還相回向ひとつとってもお話として破綻してるんだから
浄土真宗なんて物語は捨てちまえばいいのに
435 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 21:53:56.02
・小泉進次郎は身体障害者だと思います。左の鼻の穴が右より大きいです。
(左右の鼻の大きさが違うということは他もところでも左右の大きさが違ってるということです、遺伝的に)
つまり遺伝子が傷ついていて左右対称の体ではないと思います。(身障者を差別する意図はありません)
・小泉進次郎が1日2時間「ディベート訓練」 女性セブン2010年4月29日号
↑
マスゴミは小泉進次郎の話し方(演説)がすばらしいとおだてているが…単なる丸暗記でしたw
・小泉純一郎にしても、そのストレス解消法はさすがに番記者たちも記事にできないものだった。
女性を含む親しい記者たちを集め、何時間も「セックス談義」をし続けるのである。
http://megalodon.jp/2011-0701-1814-13/jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/school/21200/1304959982/4449-4450 マスコミが流さない小泉進次郎の正体
↑
■偏差値42の学歴ロンダが総理大臣になるぞwwww
■原発推進の東大の御用学者が本気で小泉進次郎を総理大臣にしようとしてるぞwwww
■■■警告■■■
左右が非対称な小泉進次郎はイケメンではありません
>>428 それは還相ではなく「追い出された」んじゃないか
438 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 22:21:18.22
浄土真宗なんて観念論でしかないんだから
御伽噺の世界に浸って、救われた気分になるだけ
坐禅みたいにプラクティカルな部分が全くないから全然実用性もないしな
禅宗みたいな正統派の仏教の片手間に念仏という慰めがあるならまだわかるけど
慰めが主で、修行は副どころか、自力で異端、異安心というのはどう考えても異常だろ
こういうのを新興宗教といわずして何と言うのか
440 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 22:27:51.96
>>439 じゃあ俺と同じような疑問をもった人は大勢いる訳だな
真宗はそれにどう答えてきたの?
慰め・・・
念仏はどうせ助けてください程度の意味だと思ってそうだな
>>438 そんなに禅宗と真宗、只管打坐 と他力本願は正反対で乖離し
対極にあるのでしょうか。
「禅宗みたいな正統派の仏教」・・・部派や上座部を貴方は知って
いてそう語っているのですか
何が正統派かは断言できませんが、禅も浄土の他力も大乗仏教での
経典なのですよ。
禅に観念はないのでしょうか
念仏がただの慰めとしか見えなかったのは大変残念です。
また真宗に修行が全くない訳ではないのですよ
ただ一般的に言う「修行」ではないということです。
阿弥陀仏の法を除外して自力というのは問題でしょう。
阿弥陀仏の法によって、自力すら他力になるだけです。
いくら禅とはいえ何も聞かず知らず「ただ坐ていろ、ただ考えろ」
という道じゃないはずです。
443 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 22:40:53.29
>>441 真宗では
南無阿弥陀仏=「あなたにおまかせします」だろ?
どう見ても慰め気休めにしか聞こえないな
>>438 むしろ禅より難しい境地が念仏による他力なんですが・・・
>>443 南無阿弥陀仏が「あなたにおまかせします」=たかが慰め気休めですか
ところで443さんは何を中心にして禅を行うのですか
何も無いのですか 自分を中心にして坐るのですか
446 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 22:48:29.60
>>444 >むしろ禅より難しい境地が念仏による他力なんですが・・・
親鸞はそんなこと全くいってないでしょ?
機根の劣った衆生のための行じやすい行が易行道でしょ?
顕示難行陸路苦 信楽易行水道楽
は何だったんだろう?親鸞は嘘つきですかね?
>>443 難中之難無過斯
弥陀仏本願念仏 阿弥陀仏の本願による念仏の法は
邪見僑慢悪衆生 誤ったよこしまな考えをもち、おごりたかぶる人々には
信楽受持甚以難 信じることは、はなはだむずかしい
難中之難無過斯 難の中の難で、これ以上に過ぎるむずかしいことはない
448 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 23:06:10.01
>>447 じゃあ妙好人以外は邪見僑慢の悪衆生でっか?
易行道というのは教えを広めるための誇大広告と言うわけ?
>>448 妙好人だってそうだよ 煩悩具足だよバカ
450 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 23:14:11.17
>>449 じゃあ易行道の看板は外して
至難行道につけかえたらどうだ?
「易行ですよ、劣った凡夫のための教えですよ」と騙して
「実は、我々は邪見僑慢の悪衆生だから信じるのは難しい」とか
詐欺ってレベルじゃねーぞ
451 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 23:15:48.94
くだらない迷信の教えにゴチャゴチャと屁理屈つけて
私達の道は、禅よりも難しい他力の道ですとかカッコつけてんじゃねーよ
453 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 23:18:18.89
>>452 バカはいいから答えはどうなんだよ?
真宗はホントは易行道じゃないんだろ?
>>451 ここは2ch そんなに性急にきみの理想的な決着を求めたいのか
しかも最後には三毒の言葉を吐いてくるとは。
本当にくだらない迷信の教えと屁理屈まみれかどうかと
知りたいなら、教えを聞ける場の門を叩いた方がよい
その位の情熱があってこそ心から「真宗では救いはない」と
断定できるはずだ。
>>448 正信偈
「不断煩悩得涅槃」
煩悩を断ぜずして涅槃を得るといえるはこのこころなり
歎異抄
「浄土へ急ぎ参りたき心のなくて、いささか所労のこともあれば、
死なんずるやらんと心細く覚ゆることも、煩悩の所為なり」
早く浄土へゆきたいという心もなくて、少し病気になると死ぬのでは
なかろうかと、心細く思うのも煩悩のしわざである。
煩悩が消えぬままですよ、妙好人も聖人も。煩悩のままですが他力に
よってその束縛から離れていけるのでしょう。
霊は存在しない!
>>453 お前みたいなバカでも念仏はできるだろうが。
その念仏はどっからきたモノなんだ?
おまえにはわかんねーだろな
458 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 23:27:03.91
>>454 邪見・妄語を吐くのも立派な「痴」の一種だと思うが
459 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 23:31:22.85
>>457 バカな俺が空念仏するのも
宇宙人の電波で操られるみたいに
阿弥陀仏のはからいでお念仏させられるってか?
馬鹿も休み休みいってくれよw
460 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 23:31:49.29
>>451 禅よりも難しい他力の道と言ったのは当然じゃないでしょうか
出家や戒は求められていないが終生、法を聞き、煩悩と対峙して
法の中で生きる生き方ですので。在家のままですから当然、様々
な悩みを抱えます。しかし法によってその悩みの根源は何かを知ら
されます。
禅はそもそも煩悩を断つことを重要視するはずです。やはり出家も
あれば戒もあるしひたすら自我と向き合う教えなはずです。
深く突き詰めるには愛欲や世俗から離れねば辛いでしょう。
462 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 23:35:13.57
>>459氏は恐らく目に見えない世界である「宗教」が嫌いなんでしょ
>>458 「邪見・妄語」と思える言葉、考えをご紹介下さい。
>>459 あなたがそう思うのなら それでいいんじゃないでしょうか
これが正義!これこそ真理!とは申しませんし、オンリーワンとは
思えませんので。
でも私においては真実であっただけです。
466 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 23:40:49.65
>>461 >出家や戒は求められていないが終生、法を聞き、煩悩と対峙して
>法の中で生きる生き方ですので
まるでわざわざ裸の美女を侍らせて、そこで禁欲行するみたいな感じですね
仏道を歩むなら、なんでそういう訳のわからないことをするんですか?
本気じゃないのに、お題目みたく煩悩がどうたらと問題にするからそういう観念的な答えが出るんだと思いますが
>>459 言い忘れていましたが、貴方の判断する価値観も知識も
自分で作り上げた独自のものではなく、誰かから・何かから
教えられ与えられ受け取ったものなのです。受動的に。
もちろんそれは私にも同じことですが。
加茂仰順の本を最近読んでる。
この人凄いな。
469 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 23:42:00.61
>>465 よくいるタイプは聞き飽きたよ
答えは?
こういうのを産み出す禅とは一体 w
471 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 23:45:06.63
>>467 それと阿弥陀仏のはからいでお念仏することと関係がありますか?
>>469 答えは?じゃないよ
何言っても納得する気ないでしょ
473 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 23:46:34.89
>>470 別に参禅してる訳じゃないんで
見えない敵と戦ってるとこ悪いけど
>>473 自分の立場明かして、堂々と 反論したら。
こそこそしてないで w
475 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 23:48:20.50
>>472 いや、真宗がきっちりとした答えを出してくれるなら俺は納得するよ
真宗は易行道じゃないだろ?
ってことなんだが、反論はないんだな
>>466 一応、他力本願方向の自分の理解で比較しますが(合っていないかもしれない)
禅による悟り⇒裸の美女を殺す
他力本願による信心⇒裸の美女は殺さない、他力によって裸の女は
誰でも一緒な骸骨の凸凹でしかないと知り、そして美女から距離をおく。
神社・仏閣板で1番おもろいスレだわ
479 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 23:51:55.49
>>476 >他力によって裸の女は誰でも一緒な骸骨の凸凹でしかないと知り、そして美女から距離をおく。
煩悩から距離を置くんですか?
それが出来ないから阿弥陀仏の本願があるんでしょ?
煽られているうちが華 w
>>471 阿弥陀仏のはからいでお念仏することと関係・・・ですか
偏見という煩悩を言いたかっただけです。
483 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 23:55:05.24
>>481 こういう疑問に「煽られているうちが華」とか言ってる時点で真宗は終わってるわ
そのうち誰にも見向きもされなくなるよ
> 他力本願による信心⇒裸の美女は殺さない、他力によって裸の女は
> 誰でも一緒な骸骨の凸凹でしかないと知り、そして美女から距離をおく。
いくらなんでもこりゃ美化しすぎだよ
真宗坊さんは親鸞蓮如以来、裸の女との子作りが大好きと誰でも知ってる
>>483 ねぇ 君はお聴聞したことある?
例えば別院とかで。
早いな〜 真宗スレの風速はやいんだもん
何を言いたかったのか 何が議題だったのか もうついていけなくなる
>>479 衆生自体はそれが出来ないから阿弥陀仏の本願がある
だから「他力」と一言付けてある。
久々の祭り楽し〜ww
488 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/12(水) 23:59:49.77
>>486 他力なら煩悩と距離が置けるの?
それなら真宗はたいした教えだね
489 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 00:00:48.40
>>485 そういう身内の閉じた世界でしか教えを伝えられないってのは真宗の弱みですな
ああ 思い出した
親鸞いう他力本願は易行道、しかし変わらぬ煩悩の自我が難解にしていく。
491 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 00:02:33.59
>>490 じゃあ親鸞はさぞ自我のない立派な人物だったんだな
さもなくば、ただの観念的な宗教者か
>>489 別院の法座は開かれてますよ 誰でもお聴聞できます。
ということはあなたお聴聞したことないんですね
なんか納得しましたわ
>>489 485ではないが、聞かなきゃ聞きぬかなきゃ始まらないのです。
でもそれは禅も似たような世界じゃないですか?
概念で分かる訳が無い世界が禅の境地です。とにかく坐れでしょう
494 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 00:04:51.51
>>491 我執、執着とは有る無ししかあり得ないのでしょうか?
縛られたまま、近い、遠い、離れた ということはないのでしょうか
>>494 聴いてもないのに批判するってすごいな〜って、ヤッパリな〜って
>>494 [今月のことば]
心得たと思ふは
心得ぬなり
心得ぬと思ふは
心得たるなり
まるで禅問答
498 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 00:07:52.02
>>493 すいませんけど本当に参禅したことないんで
概念で分かるわけのない仏の世界を、言葉という概念で伝えるのは矛盾してませんか?
聴聞は瞑想のたぐいですか?
>>494 納得がもし理解したというなら
理解しきって座禅には入らんでしょう。
500 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 00:10:03.66
>>496 聴聞ってのはよっぽど特異な体験をするのかね?
法話を読むだけでは分からない何かがあると?
>>500 お聴聞重ねた上での批判なら受け止める事はできるよ
けどお聴聞もしたことのないあなたの愚痴にも似た言葉からは何も伝わらない。
502 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 00:16:36.44
>>501 あんたに何かを訴えたいんじゃなくて、疑問があるからここで質問してるだけなんだが
答えられないなら答えなくていいよ
答えられない、というのが答えだから
>>498 概念で分かるわけのない仏の世界を、言葉という概念で伝えるのは矛盾してませんか?
ですが、禅も他力も言葉で言い「つくせる」世界じゃないんです。
矛盾ではなく、限界があるという事だと感じます。矛盾なら言葉をもって
伝える事はできないことになるので一子相伝みたいになるのでしょうね
そうなればもう悟りや救いの教えに出会える事はありません。
他力は法を聞くことしかできません。限界のある言葉を使って。
禅では不立文字といいます。「悟りは文字にしても伝えることができない」
という事です。 こちらも言葉は全てを明らかにはできないということでしょう
>>502 ある程度の知識やお聴聞の経験はいると思います。
実際理解できてないでしょ?
>>500 お寺や別院にいって法話を聞くだけが「法を聞く・聴聞」ではありません
・・と感じています。
親鸞の遺した言葉を読み聞くことも「法を聞く・聴聞」
法然・過去の善知識・そして釈尊の経を読み開くことも「法を聞く・聴聞」
日々の生活の中で考え感じ知る事も「法を聞く・聴聞」
>>502 レスのスピードが速いんで何だったか分からなくなりましたが
改めて疑問はなんでした?
507 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 00:25:36.62
>>504 知識はあっても聴聞を何度も重ねて感情的に納得しろってことでしょ
不合理な点があっても感情的になんとなくでごまかすか、
「問いを持ち続ける」とかいってペンディングするわけで
>>507 お聴聞してからそういった答えを出すのなら別にいいと思うよ。
510 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 00:27:37.18
>>506 真宗は本当は易行道ではなく至難行道でしょ?ってこと
511 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 00:29:07.09
>>509 何度いってもお聴聞ねw
>聴聞を何度も重ねて感情的に納得しろってことでしょ
やっぱりこれは当たってたかな?
>>511 どうせ「仏法は聴聞にきわまる」って言葉も知らないんだろ?
無理に納得しろなんて言ってないよ
それだと洗脳になるだろ
食わず嫌いなんだよ君は
>>438 は、疑問というより断言に見えたので。
では疑問=質問は
親鸞のいう言葉では「慰めが主で修行は副(=後回し)としか思えない」
「自力で異端、異安心というのはなぜか」でよろしいかな
514 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 00:35:28.20
>>513 「修行が自力で異端、異安心というのは仏教の枠を踏み外してるのではないか?」で
う〜ん マジで何も知らないっぽいね・・・
>>510 テーマは
「真宗は本当は易行道ではなく至難行道なのか」ですね。
親鸞の言葉から自分が理解したなかでは
仏の側からすれば易行道。疑心だらけの煩悩側からすれば難行道。娑婆に
いる間は終わらない法を聞く行。
517 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 00:43:21.01
>>516 ・仏に成っておらず煩悩だらけの衆生からは難行道
しかし、仏は煩悩を捨て去っているので道は必要ないから易行道も必要ないでしょ?
道を必要としている全員にとって難行道ということは、どう理屈をつけても易行道とは言い得ないんじゃないんですか?
518 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 00:48:51.31
「仏法は聴聞にきわまる」で片づけようとするのは乱暴ですな。
とりあえずアンチの意見を聞き、解決策を提案するべきだと思う。
>>475 真宗は易行道・難行道両方を「認め」ます。
但し、「凡夫の往生」という大前提において、「提示」するのは易行道です。
親鸞も著書では易行道、つまり、念仏行の解説に頁を割いています。
易行・難行について概説したいのですが、眠いので寝ます。
気が向いたら書きますね。
519 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 00:50:39.31
>>510 テーマは「修行が自力で異端、異安心というのは
仏教の枠を踏み外してるのではないか?」ですね。
その「自力」が他力本願の道での積善修行や自力念仏を指すのか
他力本願ではない仏道での積善修行や自力行を指すのか
で意味は異なります。
他力本願の道での自力は阿弥陀仏の法の本意から離れていくこと
になるので「本意に違う」ということです。
他力本願ではない仏道では異端、異安心ということはないでしょう。
当たり前かも知れませんが。
「それは仏教の枠を踏み外してるのではないか」ですが
釈尊が説かれた阿弥陀仏の教え・他力本願で言えば踏み外してはいません。
こんな面白い奴が毎日くるかと思うと胸熱
>>517 仏は煩悩を捨て去っているので道は必要ないから??
仏は煩悩が無いわけですが、でもその仏が作った衆生を導く為の道と
いうことではないでしょうか。それゆえ衆生が探し求め自ら歩む道では
なく、阿弥陀仏が用意し道案内をしてくれる誘われる道ではないでしょうか
「道を必要としている」状態にまでなるならいいのですが・・・
>>521 すみません、他のスレ(天台なんかは一時期激アツでした)のように
議論で盛り上げられるほどの力は・・私にはありません。他の方の
激あつ出待ちしてますので。
518さん 519さん お付き合い下さってありがとうございました。
報恩講のお布施は一万円でいいですか
ちなみに都会の檀家です
526 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 05:19:36.23
発 者 同 . 。_ ____ 争
生 同 .じ . /´ | (ゝ___) い
.し 士 .レ .__/'r-┴<ゝi,,ノ ro、 は、
.な で .ベ ∠ゝ (ゝ.//` ./`| }⌒j
.い し .ル } ⌒ /`ヽ、_∠l,ノ ・ヽ´
.! ! か の / ´..:.} >、、___, .r、 ソ、`\
/ ..:.:.} / |∨ ` ̄
/ ..:.:./ | 丶
/ _、 ..:.:.:.{ .{.:.:. \
{ ..:Y .ゝ、 {.:.:.:.:. ヽ
|、 ..:/ 丿 .:〉 >.- ⌒ . ヽ
/ {. ..:./ ソ ..:./ .( ..:.:.:` ..:}
./..:.:}.:.:./ ヘ、 ..:./ .\ ..:.:r_,ノ、.:.:}
./..:.:/|.:/ {.:./ X.:.:}.} X X
/..:.:/ .}.:| }:/ .Y丶ヽ Y.:Y
. __/.:/ { } 《.〈、 _,,__>.:》丶 Y.:\
/.:.:.:.:.::/ !.:.:ゝ ゝ.:. ̄ヾ ´:.:.:.:.:.:.:.:.:ヾゝ \.: ̄>
>>525 >>3 >・報恩講などのお布施は、親鸞はもう存在しないし、阿弥陀如来は架空のものなので、
現在の僧侶に対するお礼として納めるべきもの
だから、三千円でいいんじゃないか。
僧侶側が頭下げて「ありがとうございます」って言ってくるもんだろうし
>>525 包む額は・・・まぁ、一千円でもいいし五万円でもいいだろうし
「教えに会えたことへの喜びの気持ち」ってことだから金額が
決まっているってのも変なんだけどね
しかし、僧侶側の希望額とか他との平均値とかで言えば一万円
なんだろうね。報恩講をする他と一緒にしたほうが安心するというなら。
確か僧侶に対するお礼・・・ではなく、教えに対してのお礼じゃない
かな。
親鸞は生きてはいないし、阿弥陀如来の姿は架空のものでしかない。
親鸞の言葉もその示した世界も存在する。阿弥陀仏は法性で存在する。
と私は感じるます。
ウワアア・・・・報恩講に行けばお金がいるのか・・・
今年は西本願寺に行こうと思っていたけど・・・
只では聴聞も出来ないのか・・・
たとえ一万円でも貧乏人には苦しい・・・
難行、易行と修行と捕らえている間はマダマダじゃ
531 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 09:13:57.52
>>530 私は「難行は煩悩を断じて涅槃を得る修行」と捉えていますが
この意見についてどう思いますか?
533 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 10:19:24.39
>>533 いやそれが難行の定義じゃないの?
自力で煩悩を断つという。
>>529 1000円でもいいよ お気持ちだからね
536 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 10:45:57.75
貧乏で出せないなら
出さなくってもいいですよ。
気持ちだから
出世払いの感じで
>>531 なにが「難」でなにが「易」かはその人の環境によって違うんだろうね、
京都から大阪まで行くのに
船酔いがするし、転覆したときに泳げないから、陸を歩くのを易とする人もいるし
足が弱くて歩けないから船に乗って大川を下るのを易とする人もいる。
歩けない人は歩くのが「難」、泳げない人は転覆する恐れのある
船に乗るのが「難」
貧乏でも一万円ぐらいあるんだよ、だけど将来のことを考えたり、
一万円で出来るほかのことを考えたりすれば、もったいないと思うのは
マダマダな考えですか?
>>529 528でもいいましたが、読経料じゃないので
幾らでもいいんですよ。「このくらいなら」
で充分なの。
ただ不安なら理由を付け加えればいいと思う
「生活が苦しいのでこの位しか包めませんでした」と説明
すれば問題ないと思うよ。共に同じ救いの真宗なんだから。
只では聴聞も出来ないのか・・・
>>529 聴聞に金はかからぬのじゃよ
金を掛けないと聴聞出来ないと思うと足が遠くぞ
阿弥陀如来も米櫃、浄土も米櫃、法も米櫃、親鸞聖人も米櫃
すべては真宗布教使の生活のための米櫃なのです
うちは東なので東本願寺の様子しかわかりませんが、
本山での報恩講なら、懇志するには志納所に立ち寄らなければならない。
なので、懇志しないと参れない・聴けないということはありません。
賽銭だけ、って人の方が多いんじゃないかな。
当然ながら懇志は運営費なので額を問わずしていただきたいものですが。
別院でも御堂の一角に志納所を設けてるので、
懇志の有無を咎められることはありませんね。
546 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 13:20:32.98
夕べは面白かったのにな 残念だわ
548 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 13:24:12.55
>>534 煩悩を絶つことを前提とした涅槃観が有余・無余涅槃なら、
煩悩を絶たないことを前提とした涅槃観をなんというでしょうか?
>>548 煩悩が転じられるのが「菩提」じゃなかった?自信ないけど
550 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 13:30:29.34
>>540 そらそうだろ、いろんなコストがのっかってるからね。
高級料亭、カウンターのすし屋、祇園での交遊費、
外車、ロレックス・オメガ、最高級の袈裟、
いろいろと使い道があるんだよ。
551 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 13:35:29.73
>>549 もういい、君の実力は良く分かった。
もう少し楽しませてくれるかと思ったが、その程度とは。
学問は下品下生でも中生に近いレベルかなw
552 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 13:37:07.71
>>543 例え誹謗でも法を誹謗しているのではなくて
真宗布教史を誹謗しているので謗法ではない。
また変なのわいとるな
布教使攻撃するのは親鸞会のネット工作員だろ
昨日の人はアンチかも知れないがまともな人だった
555 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 13:42:53.39
本願寺はホームページで伝道していますから
これもネット工作ですか?
556 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 13:43:43.80
まあ、「米櫃」が図星だったんだろうな。
557 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 13:48:26.05
馬鹿森の被害者がここにも・・・
俺は親鸞会じゃねーよ! とは言わないんだなw
>>558 いや、過去スレでも北陸門徒だと言っているのになぜか都合が悪くなると
親鸞会と認定されるんだよ。知らない・判らないことは正直に言えばいいのに
朝鮮人みたいにファビョーン(火病)起こすので困るわ。
>>559 いやじゃあコテつけてくれよw
北陸門徒さんは本願寺のどこがダメだと思うの?
562 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 14:14:45.17
やーい!やーい!米櫃!米櫃!
批判するなら同道と批判しろや、
僧侶批判なのか布教使批判なのか在家信者批判なのか?
北陸門徒を騙るとは許せんな
情けねぇ
567 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 15:21:04.77
親鸞会もホームページだけ見てるとわりとまともな気もするが・・・
近寄ったら危ないの?カルトなの?
このスレのユウモアセンス、好きです
>>562のセンスなんて超ウケw
無邪気な児童のような純粋さがいいですね
ところで何で真宗布教使だけを叩いている人がいるの?
真宗僧侶(ただの在家仏教)全般か本願寺という組織を叩くんじゃないの
>>569 親鸞会、浄土真宗本願寺派、真宗大谷派
はすべてカルト。親鸞会はカルトからスピンアウトしたカルト。
だから元と非常に仲が悪い。新興宗教ではよくある話だが。
>>569 被害者の会があるところは大体カルト。
創価や親鸞会ね ググれば一発で出てきます
今夜の真宗スレは静かな夜ですね。
577 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 20:41:13.65
>>569 親鸞会は「言い切る」から素人には安心する。
逆に、しどろもどろの返事をする本願寺僧侶は頼りなく見える。
解釈がどちらが正しいかは別の話だけど、
そんなの素人にはわからない。
579 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/13(木) 22:54:38.38
本願寺と親鸞会が宗論したら早い話なんだが
一方は教学の域から出ないし、一方は教学以外で語るし、
話がかみ合わんのだよ。
あんまり親鸞会というので、ホームページ見たら、お釈迦様が、自殺しようとする人を止めたという話があったけど、あれって、しっくり来ないよ
結局、あの後どうなるのか
[親鸞会の悪いところ]
譬え話を持ち出して分かり易くしてくれるのはいいが、その譬えの出典名を
基本、書きもしない。何の経からの引用か調べようもないのが大変困る。
>>580 鋼鉄製の車と牛の話ですね。出典は法句経あたりかな〜と推測。
苦しみから逃避してはいけないということを言いたいのかと思う。
苦しみの根源は何かをしることと人間に生まれてきた目的を知れば
自殺して命を終わらせる訳にはいかない・・・と言いたいんだろうと思う。
あと
大事な事も知らずに、苦しいから楽になりたいと死んだのでは
その先には更なる深い苦しみが待っているのだぞと言いたいのだろう。
有名な盲亀浮木の譬喩では出典を『雑阿含経』と書いているな
常に出典元を書かない訳ではないようだ。
親鸞会の悪いとこってそこなのか!?
悪いというかクレームをつけたい点ということです。
もちろん他にも色々とあるでしょう。
586 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/14(金) 04:27:07.12
宗派としては痛いところつかれるからね。カルト親鸞会には。
だから、ここでもすぐに「お前、親鸞会だろ」って決めつける
単純な馬鹿間抜けが出てくる。よほど気になるんだろうなw
588 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/14(金) 08:04:30.30
教学しか知らないというのもある意味不幸だろうね。
親鸞会のデタラメさは「宿善」という言葉にあらわれている
591 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/14(金) 09:15:29.62
専雑執心判浅深 報化二土正弁立
信心の深さによって行くところは違う。
と普通の理解でいいのか?
浄土は一つだと思うが・・・・
報土と化土の二つあるのか。
既存の大手は堕落して腐敗していることもまた事実なんだろ。
宗教を仕事にしていることもまた事実だろ。
本願寺の内部ではものすごい階級差別があるんとちがうか、
世襲制度が厳然と守られていると言うことは、それを守る側の人間が
ピラミッドのように積み重なってるんだろ。
在家から入門して実力があっても上にはいけない制度なんと違うか。
このあたりの解説を内部の人間にお願いしたい。
>>594 は東のことじゃなくて、西の方のことね。
東はすでにあの状態だから、西の騒動がないのはどうしてかってこと。
>>594 上に行くってのはどういう意味?
教学的にかい?それだったら勉強次第でなんとかなりますよ。在家出身で和上にまでなった人もいるし。
ただ教学とは離れた、例えば議員になるとか本願寺の運営に関わる中枢所ではダークな部分はあるかもね
>>596 龍谷大学のことだね。革命大学(一部では立命とも言われる)と
赤い友達w
598 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/14(金) 12:28:54.15
587 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/14(金) 07:27:52.85
だから、ここでもすぐに「お前、親鸞会だろ」って決めつける
単純な馬鹿間抜けが出てくる。
590 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/14(金) 08:26:48.08
>>587 お前親鸞会だろ
599 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/14(金) 12:38:26.17
>>596 教学的にかい?それだったら勉強次第でなんとかなりますよ。
本に書いてあることを記憶するだけの簡単なお仕事ですね、わかりかます。
601 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/14(金) 13:19:02.34
>>589 本願寺のデタラメは、肉体の死滅で涅槃にいたるという
小乗仏教的な宗旨を説くところにある。
もう、大乗仏教の看板下ろせばいいのにw
言いたい事あるんだったら本願寺と法論でも交わせばいいのに・・・・と思うが、華光会からも本願寺からも相手にされないから2chでネチネチか
正々堂々としてないんだよね・・・
603 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/14(金) 14:30:54.74
本願寺は都合が悪くなると
「教学ではこういう解釈です」としか言わないしな。
そらまあ、親鸞と解釈が同じかどうかは別だけど・・・。
604 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/14(金) 14:34:09.92
本願寺の「肉体の死滅で浄土に行く」というのは、
煩悩の断絶説と、
肉体を構成する極微が分解されて我がなくなるという説、
の2種類です。
華光会って光華女子学園の関係かと思うだろ。
紛らわしい。
親鸞会よりもっと小さいじゃんか。
おいおい、親鸞会でも華光会でもいいからちゃんと自分の所属ぐらい明らかにせよ。
それも恥ずかしくて出来んのか?
2chやってる事恥ずかしくて言えない割とリアルに
でも2chじゃないとここまで遠慮なしに突っ込んだ議論できなくないか
リアルだとちょっとな・・・
つーか親鸞会の奴はこんなとこに来るなよ
612 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/14(金) 23:33:11.67
>>602 そういうお前が富山本山に乗り込めよ。
2chでネチネチやってる場合じゃねえぞw
>>607 そういうお前が学徒w
>>609 印哲をリアルでやられると
真宗禿や親鸞会のほとんどは太刀打ちできないという現実。
このスレで進行できるのは数人だけだな。
613 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/14(金) 23:44:53.03
>>609 リアルは怖いぜ。
「仏性!仏性!」「涅槃!涅槃!」「他力!他力!」「悪人正機!悪人正機!」
とかいまいち本人でもよくわからん単語を豪語するからな。
ネットでもいるけどな。
>>612 新参?
このスレ荒らしてるの親鸞Gacktだぞ
>>610 親鸞会だと名乗ったやつは今まで独りもいないぞ。
禿の被害妄想だろw
616 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 00:15:46.24
>>616 「小乗」という言葉は使うな
上座部仏教もしくはテーラワーダといえ
ちなみにここはみんな何派なの?
でも、浄土真宗は学べば学ぶ程、我流になる気がします
ちなみにおいらは西本願寺の檀家
621 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 00:41:01.01
↑
門徒さんでしょ。
622 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 00:54:36.81
小乗ってのは大乗から一方的にみた蔑視観だな
そりゃやっぱり失礼だわ
上座部仏教とか部派というべきかと思う
ちなみに南伝仏教でも同義となるのかな?
624 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 01:47:04.81
>>601 とりあえず小乗仏教が肉体の死で涅槃に入るという認識は間違い
小乗では悟らない限り、死んでも永遠に生まれ変わり続ける
「檀家」という言葉は使うな
門徒といえ
>>623 でも維摩経みたいに「小乗をコケにする」お経は
大乗仏教の視点から見て痛快ではあるけどなw
>>625 一般の人間にとって、認識はその程度だよ。
自分は門徒ではないが、「家はお西さん」という感覚。
だから「檀家」という発想になるわけだ。
628 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 05:44:18.31
>>625 真宗門徒じゃありません
真宗寺院の檀家なだけです><
629 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 06:08:50.68
平和だなw
こんな平和な世の中に宗教はいらんだろ、
暇人が教養のために書物で知識を学びそれをひけらかすのが現状。
まあ、知ってることで知らぬバカより優越感とか自尊心満足させてるねやろ。
まあ、真宗は修行とかオカルトとかまったく切り捨ててるからな。
熱心な奴ほど理屈の上に重ねた理屈をこいて喜ぶ、ということになる
檀家は使わないけど、檀徒って言葉はあった。
檀家という言い方でもいいんだよ、江戸時代は皆お寺に所属して
いたんだから。
お寺から(宗教)を離れる自由はなかった。
昔から門徒という言い方もあったのは事実そして
今は個人が宗門の信徒という意味で門徒という言葉を使う、
その方が信教の自由とかの精神にあってると後解釈したんだろ。
江戸時代には女性や身分によってはきびしく差別されていたのは
この宗門も同じだ、今は皆一応平等と解釈されている。
これも現代に合わせた後解釈。
雨の日は参拝者も大変だな。
団体でごった返してるから。
飛雲閣入ってみたいな
ホントに「平和な世の中」か?
平成22年自殺者数 31690人
H23年3月発表 警察庁統計資料より
一年で病死でも事故死でもなく失われれていく生命が3万を超す
のは異常じゃないか。
ある意味、生きる価値が見つからない現実との戦争じゃないか
>>635 > ある意味、生きる価値が見つからない現実との戦争じゃないか
生きる価値がどうのこうのというのは平和な証拠。
文字を知らず近代医療もなく
生きたくても他人から生命を奪われてたのが親鸞さんの鎌倉時代。
>平和な証拠。
というよりは「弱い」といったほうがいいんじゃないか
ともかく毎年3万人も旅立っているのは事実
ほんとは死にたくなくても突発的にやってしまうケースがほとんどらしい。
あんま「弱い」て言ってやんな・・・
639 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 10:43:17.05
真宗の一般的イメージが死後往生だから、「いのちがあなたを生きている」なんてのも普及しない。
自殺しても往生できるんだからと命を粗末に考えてしまったり。
>>639 自殺しても往生できるからと思って簡単にいのちを絶つと思ってるのか?
そういう奴がいてもおかしくないな。
今の真宗の教義に、自殺を思いとどまらせるものはないだろ
死後の罰は否定してるんだし
642 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 12:10:24.78
京都駅前で、僧侶コスプレした真宗布教使がハンドマイク持って
「西本願寺に参拝下さい」って宣伝してたぞ。頑張ってるな。
でも、参拝と言っても、拝むもんないだろ?
>>641 たしかにね。
どの宗派の教えがおすすめ?
「進者往生極楽 退者自殺者無間地獄」
って、キャンペーンしたらいいんじゃないかな
自殺者は無間地獄に堕ちるてどこかに書いてたっけ?
646 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 12:50:36.06
>>624 「悟らなかったら永遠に生まれ変わる」というのは真宗もそうでしょ?
悟りと娑婆の二世界論だから悟らなければ娑婆しかないんじゃないか?
ちなみに、真宗では生まれ変わる先についてどのように解釈していますか?
また、今の私は何の生まれ変わりと解釈していますか?
「悟らなかったら永遠に生まれ変わる」って出処あります?
あと真宗は浄土に生まれるとは聞きますが「生まれ変わる」って言葉使わないですよね。同じ意味?
648 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 13:23:57.52
>>643 つキリスト教
仏教に自殺者は罰を受けるなんて教義はないからな
649 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 13:26:36.34
真宗のことなんか近くの坊主にでも聞けば
ズバッ!と解決できるんだろうけどな。
>>644 そんなスローガンに効き目があったのは江戸時代前くらいまでだろ
>>648 カトリックから真宗に改宗した。
ああいう砂漠的な裁きの宗教にはついていけない。
永遠のゲヘナとか。
祈祷もそらぞらしいし。
南無阿弥陀仏ひとつでおさまる真宗の素晴らしさに目覚めた。
>>648 自殺者と言っても色々だろ。
普通の人が考えることもできないような理不尽な境遇と戦い破れて止む無く命を断った人を罰するなんてね。
そういう人に対して、「もう少し何とかしようがなかったのか」と問うことはできても、罰しますなんて言えないな。
自分が同じような境遇を耐えぬいたのならまだしも、そうでない立場で。
653 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 14:36:59.89
飲食を一切断ってミイラになって即身成仏した僧は一種の自殺か?
>>653 その先に何があるか知らんが、ある意味自殺だよな
>>652 >>自分が同じような境遇を耐えぬいたのならまだしも、そうでない立場で。
「さるべき業縁のもよほさばいかなるふるまいをもすべし」
ということ。
>>642 広い層に参拝客を得たいなら観光寺院のようにご朱印をやったり仏像
(東本願寺なら弥勒菩薩像)や建物(西本願寺なら飛雲閣)や庭園
(東本願寺なら渉成園)を拝観料とって随時みせればいいのに
>>655 縁によって自分はどんなふるまいをしてしまうかわからない存在・・・なんだけどなんで今引用したの?
>>657 その立場になってみなければわからないことがある。
だから簡単に自殺した人を否定することはできない。
そういうことですよね。
という文脈。
660 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 15:57:12.21
渉成園は随時見学できるでしょ
元々仏教には悟りをひらいた後なら別に自殺しても構わないという教えがあったような気がするが
即身成仏なんていうのは一種の自殺行為みたいなものだろ
>>647 春秋社の中村元全集を読めば日本語で書いてある。
(高いけどな)
死んだらどこへ行くのという簡単な質問に何故答えられないんだろ?
宗派によって六道輪廻をさまようとか西方極楽浄土にいくとかあるいは
密厳浄土にいくとか霊山浄土にいくとかどれが本当かよくわからない
キリスト教なんてはっきりと最後の審判によって天国か地獄かと決まって
いるのに何で仏教だけはこれだけ曖昧模糊としているのだろうか?
今夜の議題は「真宗の教義でいかに自殺者を食い止めるか」ですね。
難しいですね。
話は違うんですが真宗では「ペットは往生できるのか」と
「ペットは六道を輪廻して人間に生まれ変われるのか」
について真宗さんではどう解釈されるのか聞いてみたいです。
門徒の家庭で家族同然のペットと死に別れたので、また会えるのか気に
なります。
>>663 「天国か地獄かと決まっているのに」
幼稚園児向けの説明だろ。
念仏、唱題、禅、真言他いずれも方便だと考えればいい。うまいもんなら和洋中いずれの料理でも
満足至極の境地にひたれるだろ。釈迦が遺したものは対機説法だし、一つの教えだけがあったのでもないし。
>>663 仏、悟りの境地、涅槃寂静に到るということを各種の表現で
説明したいるんじゃないでしょうか。
キリスト教ならどこへいくというよりはどう裁かれてしまう=神
はどう見ているんだろうということだと思います。
669 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 21:25:08.41
元々共産主義者で無神論者の俺は、「死んだらどこに行くか」を明確に言わないからこそ門徒になったと言える。
むしろそことは関係ないところに救いを求めるからこそ真宗なんじゃないだろうか。
>>664 ペットどころか最近亡くなった母親とも会えるかどうか疑問やで
さるべき業縁(色々な条件が重なる)のもよおせば、いかなるふるまいもすべし
自殺者が甘えだとか弱いとか身勝手という事ではなくさるべき業縁が働いて
しまったということなのだろう
阿弥陀仏は、自殺者でも命を大切に慈しんだ者でも寿命を生き切った者でも
分けず救う
善人でも大量殺人者でも違いをつけずに救うと誓われたのが阿弥陀仏
672 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 21:42:18.29
>>663 ベースは六道輪廻だろ
でもそれは苦しみだから○○浄土へ行きましょうってことで
宗派ごとに違う浄土がある
禅宗なんかはどうだかしらんが
生きることが苦しくて苦しくて耐えきれずに死んだ人を救ってくれないわけがない
自殺が悪なら、だからこそ救われるはず
674 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 21:46:15.61
>>669 >「死んだらどこに行くか」を明確に言わないからこそ門徒になったと言える。
いや浄土真宗は西方極楽世界にいきますよって宗派だから
禅なら「父母未生以前の自己」っつー公案もあるくらいで
考えてもムダだってなるが
法性の都に帰る、と聖人は仰ってる。
必至滅度に至るとも。
西方極楽浄土というのは、神話的表現。
聖人は既に鎌倉時代に非神話化をされている。
ブルトマンより900年早い。
「浄土」という考えのオリジナルはやはり阿弥陀如来なのか?
他宗派には大変失礼な言い方だが密厳浄土や霊山浄土というのは
阿弥陀如来の西方極楽浄土に触発されてあとでつくった浄土じゃ
ないかと思うのだが
どなたか門徒の家庭で家族同然のペットが往生したか
また会えるのか教えてください。
「ペットは往生できるのか」と
「ペットは六道を輪廻して人間に生まれ変われるのか」
について真宗さんではどう解釈されるのか教えてください
どこに行くのか?何が行くのか?あるのかないのか?
よくこのスレで見るけど答えを急ぎ過ぎな感がありますね。聞いてどうするのかな?
到底納得できないと思うんですが。
無量寿経においては世俗を捨てて出家し修行することに対して肯定的だから
親鸞聖人のいうような修行では衆生を救えないというのは何か違うような気がしますね。
きちんとした手続きに則って修行をしたときは衆生を救えるのではないかと思います。
法然上人が主張する専修念仏も修行が出来ない凡夫でも念仏を唱えるだけで救われるという
ことを強調したいがために他の修行は要らないという表現になったのではないかと思います。
680 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 22:49:09.36
お前らキモイ。
>>677 浄土に生まれるには法に出逢い、法を聞く事が前提ですよね
それができるのは法の器と言われた「人」だけです。
しかし生きとしいけるものを救うと言われた阿弥陀様ですから別の手立てを用意してるのでしょうと門主の本にありました。はっきりいって人間にはわかりません。
でも畜生だからといって家族同然のペットを往生できないなんて言えませんよね
十方衆生とご本願で誓われている
衆生とは人間だけを指すのではない
ただ阿弥陀仏の救いがペットには分かるかどうか
>>669 おれも共産党員だが、弁証法の学習してるうちに
仏教思想の先見性に気がついた。
最初は般若心経から入ったが、清水寺の故高僧(共産党員)
の書いたものを読んで、浄土思想のすばらしさに目覚めた。
死後の霊魂を否定したり、時間と空間を法身と見立てる阿弥陀
という言葉に惹かれる。
684 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 23:20:21.29
人間を除く動物なんて念仏申せないんだから往生できないだろ、普通に考えて。
ペットが往生できるかどうかなんてのは飼い主を気遣う思いであって
悟りとは無関係です。
六道輪廻や極楽浄土を物理的に語れる奴はいないのか?
念仏申せない=往生不可
先天的か幼児期に言語発音障害を持ってしまった方
まだ言語を発音できない幼児
は不可になるの?
677です。
みなさんのお答えを読んでみましたが、悲しいですが
ムリということでしょうか。もう会えないんですね。
>>684 人間にはわからない。
ただ阿弥陀仏は生きとし生けるものを救うとおっしゃった。ペットは生きとし生けるものに入ってない?
691 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 23:32:43.45
なんですか、この修羅道のようなスレは。
オマイラ 六道輪廻 乙。
>>689 よくはわからないが、おそらく浄土に往生するということは
生前の娑婆での姿の形で会えるのではないだろう。
煩悩がなくなれば、喜怒哀楽などはなくなり、なにものにも
心動じることのない境地にいるのだから。
家族とかペットとかも、愛する人憎んだ人すべて
浄土で倶会一処!
浄土真宗では動物の往生については、阿弥陀様の救いがあると考えます。
なぜならば、念仏できないものには、念仏しなくても救われる方法があるだろうという考えからで、西本願寺門主の大谷さんは言っています
お経にも重誓偈などみても、生き物全てを救うと誓っています
念仏もひとつの方便です。阿弥陀様の救いは凡夫にはわかりませんが、いろんな形で信心は現れているのではないかなっと思います。
>>693 >救われる方法があるだろう
あるだろうって、なんか自信なさげだなあ
「あります!」ってはいわないのか
なんかの対談だったから、断言せずに遠慮したんじゃないかと思う
後でも、繰り返し似たようなこと言ってるから
>>689 ペットもいつか往生できますよ。ただ今生では法を聴く姿にありませんので、そのうち法の聴ける身となり貴方と同じようにお浄土に生まれていきます。
歎異抄第五条に、
親鸞は父母の孝養のためとて一返にても念仏申したること、いまだ候はず。そのゆへは、一切の有情はみなもて世々生々の父母兄弟なり。
とあります。
あなたとペットも同様に世々生々の父母兄弟ですから、「今」ではないというだけで「いつか」、
お浄土でお互い菩薩の身となってご縁をいただく事と思います。
698 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 05:28:47.52
念仏をしないで自力の雑種修行をしてたら浄土へはいけない、
化土に行くだけ。これはリアル宗門お教え但しこのことで他宗と論争など無用。
自殺してはいけません。みなさんは米櫃ですから。
それから、ペットも米櫃です。
>>699 はいはい,いつもの米櫃先生ね
だいたい米櫃知らない世代も多いよ
ライスストッカーって米櫃そのまんま
英訳カタカナ名称が増えてるしね
米櫃の話知らない門徒いたら、素人だなw
ユーモアあふれる話なのに
まじめな話、浄土も六道輪廻の中だよ
浄土には人、天、畜生(鳥など)がいると無量寿経や阿弥陀経に書かれている
つまり人道、天道、畜生道があるということ
ちなみに浄土には女性はいないと無量寿経に書かれている
つまり母や姉妹や妻は浄土では男に生まれ変わって俺らと倶会一処
>>702 阿弥陀経に書いてある鳥については畜生の鳥ではありませんが。
>>701 ユーモアあふれる米櫃の話って聞いたことないけど
聞いたことないけど
門徒だと思っていた俺は実は門徒ですらなかったのか?
>>704 はっきり書いてあるかな?
化生ということであれば人も浄土では蓮華中の化生になるね
>>704 失礼、706だけど阿弥陀経にははっきり書いてあるんだね
T0366_.12.0347a12: 復次舍利弗。彼國常有種種奇妙雜色之鳥。
T0366_.12.0347a13: 7白8鵠孔雀鸚鵡舍利迦陵頻伽共命之鳥。
T0366_.12.0347a14: 是諸衆鳥。晝夜六時出和雅音。其音演暢
T0366_.12.0347a15: 9五根五力七菩提分八聖道分如是等法。其
T0366_.12.0347a16: 土衆生聞是音已。皆悉念佛念法念僧。舍
T0366_.12.0347a17: 利弗。汝勿謂此鳥實是罪報所生。所以者
T0366_.12.0347a18: 何。彼佛國土無三惡10趣。舍利弗。其佛國
T0366_.12.0347a19: 土尚無三惡道之名。何況有實。是諸衆鳥。
T0366_.12.0347a20: 皆是阿彌陀佛。欲令法音宣流變化所作。
>>703 なんだ、それじゃこのスレで「生まれ変わる」と言う言葉を嫌っていた人がいたが
単なる不勉強な禿げだったんじゃねーかw
男に生まれ変わるとも書いていません。
女がいなければ男もいない、お浄土では性別を問題としないと解釈するはずですが。
女人往生の願文についても大経別訳の『如来会』かどこかで等しく往生するよう書かれていたはずです。
うろ覚えで申し訳ありません。
すいません、米櫃のお話って布教使さん中では鉄板なんでしょうか?全く聞いたことありません。
大体女とか男とか娑婆世界のただのカテゴリーだろ
あと「生まれ変わる」って表現は俺もひっかかる
はっきりと男女平等ということもかかれてなかったような気もするが。
鎌倉時代の仏教常識として女は一旦男に生まれ変わった後に浄土する。
これじゃなかったのか
>>710 親鸞聖人は女が男に生まれ変わる(「変成男子」)と言っていた
親鸞『浄土和讃』(60)
弥陀の大悲
ふかければ
仏智の不思議を
あらはして
変成男子の
願をたて
女人成仏
ちかひたり
男女関係なく罪悪深重といわれてます。
女性は成仏できないという思想の中成仏できる道をあきらかにされたんでしょう
詳しくは尊号真像銘文の「道俗は〜」にあります。
衆生を仏に仕上げる。必ず救う。そのままの救い・・・
というのを見ると、ただ単に女性が男性に生まれ変わらなければ救われないとは言えない気がするんだが
>>715 を見れば議論の余地なし、近代におけるあと解釈ではだめ。
鎌倉時代ということを考えなはれ。
旃陀羅についてもいろいろ論争が起きるようなことを言っていたはず。
第三十五願
たとひわれ仏を得たらんに、十方無量不可思議の諸仏世界に、
それ女人 ありて、わが名字を聞きて、歓喜信楽し、菩提心 を発して、女身を厭悪せん。
寿終りてののちに、また女像とならば、正覚を取らじ。
女人が女人のままなら、如来にはならないと誓ったのだから間違いない。
末代悪人女人章
それ、末代の悪人・女人たらん輩は、みなみな心を一つにして
阿弥陀仏をふかくたのみたてまつるべし。そのほかには、
いづれの法を信ずといふとも、後生のたすかるといふことゆめゆめあるべからず。
まあ、末代に至れば善人などいないと観ずれば、
女人も畜生も関係ないともいえるな。
本願力にあいぬれば〜・・が余計にありがたいわ
今本屋で立ち読みしてきた
女人についてあーたら、こーたら現代的解釈をしていた。
だけど仏教書を素直に読めば女性を一段下に考えていたことはその通りだと思う。
原始仏教における僧侶が守るべき戒律も女性(比丘尼)の方が男性(比丘)より遥かに多かったらしいからな
724 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 17:39:49.54
なんだよ、いつも念仏唱えろとか言ってんのに
動物は念仏称えられないけど浄土に行けるって何だよ。
それよりも大前提として、動物の存在なんかわからない人間が
動物の悟りについて語る事なんか出来ねえだろ。
動物が往生するってのは悲しさを紛らわすだけの話なんだよ、
それだけの話なんだよ、仏教なんて関係ないよ。
>>724 お前さんが仏教に不信感を抱いてるのはわかった
>>724 生きとし生けるものを救うのにペットは除外か?
>>726 動物が死後に浄土で人に生まれ変わるのか?
動物が人に生まれ変わって、その人が浄土で往生するのならイメージできるが。
法華経には、竜であり女であるどうにも往生しようがない存在が
変成して即座に成仏するというのが出てくるよね。
>>727 浄土には人は居ないよね。というのも浄土には「人」というカテゴリーは無いと思う。
個人的には動物はいのち終わったと同時には成仏しなくてまた六道輪廻すると思う。
次か次の世にいつかわからないが人に生まれ仏教と出逢うんじゃないかな。
730 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 19:20:55.85
>>725 おいおい、論点は「称名念仏」だよ。
往生の行は称名念仏だろ?
念仏できない犬でも浄土に行けるなら、称名念仏なんて要らねえよ。
すまんな、真宗の教えの劣等さに自暴自棄になったかw
731 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 19:24:54.04
>>730 称名念仏は大事だよね
というか君はアレか?念仏できない人は救われないと思ってるよくいるタイプの人?
732 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 19:26:07.95
如来が与える信心を、あたかもわたくし人間が与えるかのごとく
あれは成仏できる云々と思い上がりもはなはだしい奴が増えているな。
動物成仏の決定権は人間の都合にある、そういう経典があるのですか?
734 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 19:28:45.41
>>731 小乗仏教の涅槃観なら、
肉体の死滅で煩悩の相続が断絶するということですので、
念仏できなくても救われますね。
変な流れになってるw
動物は往生すると言い切ってる人誰もいないぞ。むしろ人間にはわからないって言ってるんだけどな・・・
736 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 19:29:47.01
>>732 逆に畜生が往生浄土する記述は仏典にあるのか聞きたい
739 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 19:35:45.19
>>734 そりゃ現世で悟って有余涅槃に至った者だけだろ
凡夫は輪廻転生する
740 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 19:36:24.80
称名念仏もなく信心もないのに救われているとか言うのは、
十劫安心と言う解釈ですね。
本願寺においては異安心らしいですね。
飼い主に対しては称名念仏しましょうとか言って金をもらって
ペットは称名念仏しなくても救われますよと言って金をもらうのか、
都合のいい宗教ですね、米櫃と罵られる所以かw
742 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 19:40:02.11
743 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 19:40:07.50
744 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 19:40:55.75
米櫃野郎かよ がっかりだわ
746 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 19:43:55.27
>>731 念仏できなくても救われるという教えがあるのですか?
どちらの宗派になりますか?
748 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 19:45:18.93
>>736 あなたの言う畜生とは何を指すのですか?
人間を含みますか?
749 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 19:48:12.88
>>746 念仏したくても病気でできない人はどうする?そういう意味で聞いたんだが。
751 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 19:49:48.14
>>749 ちゃんと誤解でしたって言ってくれないと。
黙ってればいいと思ったのか?
ぐうの音も出ないww
>>730 「称名念仏」についですが、動物だけでなく、声を出せない人だって念仏は申せません。
ある年齢から知能が発達しない人だっています。このことをどう考えるかです。
阿弥陀の救いは言葉を理解できる人、言葉を発することが出来る人という限定があるのかどうか。
まぁ教行信証の中に探しに行って、書き込みをすればよいのですが、それは無いという確信があるので行きません。
さて、親鸞聖人は、お山の教えは、自分を救う事は出来ないのではと疑いを持ちました。
また、ごく一部の人しか救えない教えではないかと思いました。
では、多くの人を救うにはどういう教えがあるかと探し始めたところ、お念仏の教えに出会いました。
当時、親鸞聖人をはじめ、多くの人は、死後の世界を信じていましたし、輪廻転生も信じていました。
死んでからどこに行くのかが、現代と違って、大きな問題だったのです。
そこへ親鸞聖人は、全員お浄土へ行けるよとお話をされて、不安を取り除かれたんです。
もちろん、親鸞聖人は死後の世界なんて信じていなかったかもしれませんし、
相手の話にのっからずに、死後の世界なんてない!なんて断言すればいいんですけど、
そこは、たとえ、信じていなかったとしても、相手の話を丸ごと受け入れて、そこからの解脱という方便を
使われたのではないでしょうか。女人成仏も、親鸞聖人が本当にそう思っていたかどうか、不明ですが、
方便としてお話をされていた可能性は十分あるのではないでしょうか。
話が脱線しましたが、衆生には動物が含まれるかどうかは、私にも大きな問題です。
以前、無機物と有機物の境目がなくなって、きっといつかは、無機物から人間までの境目が
すべて無くなるのではという書き込みをさせてもらいましたが、そこまで考えると、
阿弥陀の救いは、いったいどこまで及ぶのか。
さらには、宇宙の外側は一切科学では及ばず、哲学の世界ですが(ソフィーの世界がお勧めです)、
はたしてそこまで及ぶのかどうか。
もしかすると、全ての衆生を救うというのも方便かもしれません。
全ての衆生を救う!って書いてあるから、動物も救われるんだ!何か方法があるんだ!という道と
あなたや私の考えから始まる逆の道も大事です。疑って疑って疑いましょうね!
輪廻には二種類あって、一生の中での心の状態の輪廻と、肉体の輪廻がある。
真宗は心の状態の輪廻を教え用いていると思うんだけど、どうだろう?
親鸞聖人助けてー
米櫃の話も知らないなんて、門徒はマジで蓮如のことは知らないんだな。
やっぱり黒歴史になってるのかね
カルト教団の事実上教祖だもんな
757 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 20:40:15.22
>>755 >真宗は心の状態の輪廻を教え用いていると思うんだけど、どうだろう?
それならこの世で浄土に行けることになるが、おかしくないか?
仏教で菩薩が救済対象にするのは一切有情
無機物は救いの対象ではないと思われ
>>758 そうそう、それも知らないなんて。門徒ものしらず、という言葉が
これにも適用されそうだw
>>760 普通知らないってw
門徒バカにしてもう気が済んだろ?
762 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 20:50:20.90
人間を除く動物にも正定聚・不定聚・邪定聚の階梯があるのですか?
仏法僧!とか、法、法華経!とか鳴く鳥なら知ってる。
鳥は法華一乗がお好きなんじゃないか
親鸞が方便を用いるということはあり得ないでしょう。
方便は如来のはからい。
765 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 20:58:13.99
そもそも「救う」とはどういうことなんだ?
何がどうなることなんだ?
766 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 21:03:40.35
認識の構造もわからん動物がどうのこうのって思い上がりじゃないのか?
767 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 21:08:17.56
自分の愛する生き物が成仏しないといけない理屈を並び立てるって、
人間の欲望はどこまでも果てしないんだね。
人間の悟りと言うのは先人の経験の上に成り立っているというのに
動物の悟りって誰が経験したんだろうね?
スレ進みすぎw
米櫃野郎がまた暴れてんのか?
だから誰にもわからないってw
さすがにしつこいw
>>758>>760 門徒もの知らずって・・あーたね
知っていれば話のタネになるし、盛り上がる
しかし知っていなくても信心や往生になんら影響なし
そんな程度だよ
・・・で、どんな話?
>>米櫃
ん? それもしかして一休禅師&蓮如上人のトンチ話のことか?
ご本尊を枕にしたり飯の種とかいうやつのことか。
>>763 "ほうほけきょ"は「法を聞けよ」と啼いているともいう
まあ聞く人の心次第なんだが。
>>771 最近その笑い話を得意気に話す奴がいるんだよ
>>771 その話なら、一休も蓮如も偶像崇拝の考えを
持っていませんでしたって、美談として語り伝えられているよね。
>>707 確かに鳥っぽいのが書いてはある。
ところで大無量寿経の第一願に
「設我得佛 國有地獄餓鬼畜生者 不取正覺」
[わたしが仏になるとき、わたしの国に地獄や餓鬼や畜生のものがいるようなら、
わたしは決してさとりを開きません]
ということで[わたしの国に畜生]がいないんです。
自分も阿弥陀経の文字表記だけで理解した際に同じ誤解釈をしました。
>>703 いや 男も浄土にはいないのでしょう。
いるのは無量無辺阿僧祇劫(あそぎこう)の寿命になされた浄土の人民
です。阿鞞跋致という不退の悟りの位にされているそうです。
ペットは往生するのかですが
歎異抄第五章が一つの答えになるのではないでしょうか
「親鸞は父母の孝養のためにとて、一返にても念仏もうしたること、
いまだそうらわずそのゆえは、一切の有情は、みなもって世々生々の
父母兄弟なり。
いずれもいずれも、この順次生に仏になりて、たすけそうろうべきなり。
わがちからにてはげむ善にてもそうらわばこそ、念仏を回向して、
父母をもたすけそうらわめ。
ただ自力をすてて、いそぎ浄土のさとりをひらきなば、六道四生のあいだ、
いずれの業苦ににしずめりとも、神通力をもって、まず有縁を度すべきなり
と云々。一なり。
※意訳
私、親鸞は亡き父母の追善供養のためには、一度だって念仏申したことなど
いまだかつて有りません。
なぜなら、一切の生きとし生けるものは、みな全て、いくたびも生まれかわる
永い時を貫いての、父母兄弟姉妹だからです。
誰もが、生まれ変わって、目覚めた者になって、全てを助けるべきなのです。
自分の力で励む善ならば、その念仏を振り向けて父母を助けもしましょうが
そんな力は、私には有りません。ただ、わが身、心、力をたのむ在り方を
捨てて、即ち浄土の、永遠無限という果てし無く広大な悟りを開いたならば
人間の迷いの生において、どのような行い、苦悩に沈んでいる者であろうとも
自由自在に生きとし生けるものを救済する、真実の法のはたらきをもって
まず、身近な縁あるものを救うべきなのです。
ペットはその命のあいだには往生できませんが
六道四生をめぐる間に浄土のさとりをひらいた
有縁の者によって導かれていくということでしょう。
結論は、ペットを愛する飼い主が阿弥陀仏の救いに
であったのであれば自力をすてて、いそぎ浄土のさとり
をご本願によってひらかねばならないということでしょう。
779 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 22:45:45.37
>>778 ん?飼い主の浄土往生なんて話していないんだが。
ペットの話やめようぜ
揚げ足取りばっかでうんざりだわ
782 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 23:03:15.29
>>777 往生行もないのに往生はしないってことだな。
お布施をもらわんがために仏教を知らない飼い主のご機嫌を取ろうと
尻尾を振る真宗禿は門徒の飼い犬ってことだ。
落ちたね、真宗もw
783 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 23:05:39.59
このスレには、六大煩悩が満ち満ちている。
>>782 言っていることがわからん
弥陀が十方衆生への向けた救いゆえペットは往生できる
そしてペットでは往生できない
785 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 23:24:44.59
やはり、「十劫安心」という異安心がポイントですね。
阿弥陀如来が十劫の昔に成仏したので衆生の往生は決まっている、
と言う論でペットは往生が確約されていると主張するものですね。
「無信心の往生」というものでしょうか。
>>783 ようこそ、あなたも仲間です!
六大煩悩(壱〜参は参毒でもある)
(壱)貪欲(とんよく)・・・・自分の心にかなう対象に愛着し、貪り求める心
(弐)瞋恚(しんに)・・・・憎み怒ること
(参)愚痴(ぐち)・・・・恨み妬みそねみ
(肆)疑(ぎ)・・・・仏教の真理を疑う
(伍)慢(まん)・・・・七慢『倶舎論』
1劣った者に対して優越感をもつ慢
2同等のものより勝れており、勝れたものと同等であると思う過慢
3勝れたものより勝れていると思う慢過慢
4我・我所にとらわれておこす我慢
5証を得ないのに得たとする増上慢
6遙かに優れているものに対し少ししか劣ってないとする卑慢
7徳がないのにあるとする邪見
(陸)悪見(あっけん)・・・・自力を頼み本願を疑う固定観念
「悪見人等といふは、驕慢・懈怠・邪見・疑心の人なり」『愚禿鈔』
>>785 あなたはどう思われますか?ペット等動物は死後どうなると考えます?
789 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 23:41:45.27
>>788 意識も無くなり心臓も止まれば動かなくなりますね。
飼い主には思い出が残りますね。
>>789 なるほど。
では人間の死の場合はどうなりますか?
791 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 23:49:37.50
>>790 医者による死という判断であれば、
意識も無くなり心臓も止まれば動かなくなるということですね。
遺族には思い出が残りますね。
>>791 つまり死後の世界の話はナンセンスという事ですか?
793 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/16(日) 23:56:56.06
その思い出も本当にあるかどうかわかんねえけどな
今夜のテーマは「死後どうなるか」ですね
人間の場合と動物達の場合とですね。
こいつただの宗教嫌いじゃないかww
797 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 00:37:17.53
>>792 わたくしの個人的な意見ですので、皆さんに強要するつもりはありません。
皆さんはどう思われますか?
798 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 00:38:21.50
>>794 え?どうしてそのようなテーマになったのですか?
ちなみに仏教は何をテーマにしているのですか?
799 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 00:39:13.10
皆さんは死後と言うのはどういったものだと思われますか?
800 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 00:39:18.36
801 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 00:41:04.45
>>797 だったらペットも救われると思ってる人もいていいだろ正しいかはともかく。
言ってる事めちゃくちゃだよあなた
804 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 00:49:20.16
>>803 では浄土真宗のお坊さんは個人的な意見でお金をもらうのですか?
それとも親鸞さまの教えにのっとった理論でお金をもらうのですか?
後者でしょ
806 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 00:52:32.51
>>803 一応ペット成仏の話題の始まりは
>>677なのですが、
そこでは真宗の解釈をお願いしているみたいです。
ズバッ!と言っちゃってください!
807 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 00:56:57.71
現実は飼い犬の如く門徒に尻尾を振ってコメを貰わんとといかんからなぁ。
正しい教えを伝えられるのは匿名掲示板のここだけだよ、真宗禿さん。
人間にはわからない。ただ生きとし生けるものを必ず救うとおっしゃった阿弥陀仏なら救う手立てを用意してるんじゃないか?
今日も勉強になりました!
810 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 01:04:16.85
>>808 わからないんですね、それが本願寺の意見ですね?
やっぱ議論するならIDいるな
話にならんわ
812 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 01:06:50.13
賢い僧侶は早寝して明日の年貢取りのための体力気力を養っているはず。
>>810 個人的な意見だよ 強要するつもりはないよ
814 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 01:08:57.08
815 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 01:11:44.02
うちの飼い犬は餌を食べている時に触ると飼い主の手を噛みます。
もしかしたらこれは、阿弥陀さんの救いにあずかっているのに好き放題をするという、
「本願ぼこり」というやつですか?
817 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 01:23:41.36
>>816 ありがとうございました。
人間にはわからないということですね。
ペットは六道四生という輪廻をします。
これでいいんじゃない。
819 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 01:40:20.53
>>818 ペットと言っても動物だが、
善業を積めないので三悪道だけでしょう。
生体は決まっているので一生だけでしょう。
ペットは六道四生や三悪道をへめぐるが、救われない訳ではない
でいいかな
821 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 01:50:58.32
救われるわけでもない、な。
近親者を亡くした今蓮如の「白骨の御文章」を読むと本当骨身にしみるな
今まで何となく漠然と読んでいたのだが涙がでてでて止まらなくなった
823 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 02:30:13.47
結局ペットの往生の行が経典に示されていないのなら
ペットは往生できないということなんじゃないかな
>>824 もう充分だろ、一応答えっぽいのもでたし
で次何でイク?
>>825 ん〜 眠くて頭回らん・・・また明日にでも
おやすみ
じゃまた明日にでも
おやすみ〜〜
828 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 06:32:29.41
救うと言う言葉と往生浄土をごっちゃにしている奴がいるな。
829 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 08:28:01.82
ついでに言うと「成仏」もね。
阿弥陀仏、無量寿如来、不可思議光
これは当然同じ
西本願寺で疑問、質問に直接答えてくれる部署はないのかな?
↑はお手次寺の住職ではなく本山の権威が責任を持って解釈、教示してくれる
部署と言う意味です。
と言うのも、低レベルか高レベルまでいろいろな住職がいて、
住職には教学の上での格差ありすぎだと思うから・・・
>>832 あるよ
部署じゃないけど聞法会館で月一で法義示談なるものがあります。
質問者は質問を紙に書いてそれを勧学さんが答えてくれますよ
>>833 詳しいなサンクス、いろいろあるんだね、本山に近い人はいいな。
ひょっとして妙香人w
835 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 11:22:31.95
>>833 都合の悪い質問したらこのスレの住人みたいに親鸞会認定されるんちゃうの?
そうならないために本願寺フィルターなるものがあって
都合のよい質問しか受け付けないとかw
とにかくみんなの前で質問内容を発表されたら多少気恥ずかしい。
勧学さんという地位はいかほどのものか?
あと布教師レベルと言うのはどの程度のものか。
>>830 真宗の僧侶が「親鸞聖人が…方便を使われた」「方便としてお話をされていた」という言い方はしない。
僧侶 ×
布教使 ○
>>837 あ 匿名だからそれは心配なくww
勧学とは教学をきわめた最高の称号?みたいなもんです。この人らの意見が真宗の教義そのものと言っていいでしょうね。
東京築地でもに隔月で法義示談があるよ
842 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 14:41:46.64
そりゃもう最高の称号を持つんだから
登場する前から会場にはお念仏の声で溢れかえり
質問内容が述べられても会場の声はやまず、
先生が答えようと言葉を発するときには
そのありがたさにそれこそボリュームは最高潮に達し、
勧学「ええい!お前ら人の話を聞かんか!!」
シーーーーン・・・・・
昔ならまんざらでもなかったんだろう、江戸・明治時代なら。
843 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 14:48:56.30
>>834 おまえな、そんな贅沢言っていないで、
身命を省みずして数カ国の都道府県境をこえて往生の道を尋ねんと
新幹線や飛行機に乗ってでも本山に行けよ。
勧学、法義示談
本日覚えた言葉。
毎日勉強になるな。
あ、それから聞法会館での聴聞とか法義示談に志納金とかは要らないよね
846 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 15:43:21.28
それと名師を聞くといい。
宗派や法蔵館の本をいろいろあさってみて、これはっていう先生の情報を集める。
ネット時代で便利ですよね。
同じ真宗でもものすごく力量が違う気がする。
もちろん相性もある。
本気なら、歎異抄の時代より便利だよね。
>>845 聴聞も法義示談も米櫃ですから、当然お金納めてもらわないと困ります。
>>847 納めたりしてませんが、それが何か問題にでもなりますか?
>>843 おのおのの十余箇国のさかひをこえて、身命をかへりみずして、
たづねきたらしめたまふ御こころざし、ひとへに往生極楽のみちを
問ひきかんがためなり。
そなた方が十余カ国の山河を越え、はるばる関東から命をかけて、
この親鸞を訪ねられたお気持は、極楽に生まれる道ただ一つ、問い
ただすが為であろう。
[カルトの特徴]
マイクル・シャーマーによれば、一般的に以下のように性格づけられる。
@指導者に対する崇拝
聖人、あるいは神格に向けられるものとさして変わらない賛美。
A指導者の無謬(むびゅう)性
指導者は絶対に間違いを犯さないという確信。
B指導者の知識の広さ
哲学的な事柄から日常の些細なことまで、指導者の信条や口に
することはなんでも無条件に受け入れる。
C説得のテクニック
新たな信徒を獲得し、現状の信仰心を補強するために、寛大なもの
から威圧的なものまで手段はさまざま。
D秘密の計画
信仰の真の目的と計画が曖昧としている、あるいは新規入信者や
一般大衆にはそれらが明確に提示されていない。
E欺瞞
入信者や信徒は、その頂点に立つ指導者や集団の中枢部に関して
すべてを知らされるわけではなく、また大きな混乱を招くような
不備や厄介事に発展しそうな事件、あるいは状況は隠蔽されている。
F金融面および性的な利用
入信者や信徒は、その金銭およびそのほかの資産を差し出すよう
説得され、指導者には一人かそれ以上の信徒との性的関係が許されて
いる。
G絶対的な真理
さまざまなテーマにおいて、指導者、あるいは集団が見いだした究極
の知識に対する盲信。
H絶対的な道徳観
指導者、あるいは集団が確立した、組織の内外を問わず等しく
あてはまる、思考および行動に関する善悪の基準への盲信。
その道徳の基準にきちんと従えば、組織の一員としていられるが、
そうでない者は破門されるか罰せられる。
ま、カルトっていうと反社会的性格を持つってことかなとか思う
モデルケースがオウムになるな。団体がそうした方向性を持つ場合
もあれば、組織の教義自体にこの根源があるとかなのかな
853 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 17:44:40.40
「破壊的カルト」(=カルト)というのは、
・信者本人の人格破壊
・信者と信者の家族との間の関係破壊
・信者と社会との関係破壊
カルトの見分け方
・真理はその組織に占有されており、その組織を通してのみ
知ることができると主張する。
・組織を通して与えられた情報や考え方に対しては、疑ってはならない。
・自分の頭で考えることをしないように指導する。
・世界を組織と外部とに二分する世界観を持つ。
・白黒を常にはっきりさせる傾向が強い。
・外部情報に対して強い警戒感を与え、信者の情報経路に様々な制限を加える。
・信者に対して偏った情報、偽りの情報を提供することがしばしばある。
・組織から離脱した人間からの情報に接することを禁じる。
・家庭や社会との関わりで多くのトラブルを生じている。
・社会からの迫害意識を持ち、それをかえってバネにする。
・外部に対して正体を隠す傾向がある。
・生活が細部にわたって規定される。
・組織が信者の生活のすべてになっている。
・共同体内部でのみ通用する言葉を多く持っている。
・組織からの離脱について極度の恐怖心を与える。
だそうです。
レスの無駄づかいだが、校正がなってなかったので
[カルトの特徴]マイクル・シャーマー
@指導者に対する崇拝
聖人、あるいは神格に向けられるものとさして変わらない賛美。
A指導者の無謬(むびゅう)性
指導者は絶対に間違いを犯さないという確信。
B指導者の知識の広さ
哲学的な事柄から日常の些細なことまで、指導者の信条や口に
することはなんでも無条件に受け入れる。
C説得のテクニック
新たな信徒を獲得し、現状の信仰心を補強するために、寛大なもの
から威圧的なものまで手段はさまざま。
D秘密の計画
信仰の真の目的と計画が曖昧としている、あるいは新規入信者や
一般大衆にはそれらが明確に提示されていない。
E欺瞞
入信者や信徒は、その頂点に立つ指導者や集団の中枢部に関して
すべてを知らされるわけではなく、また大きな混乱を招くような
不備や厄介事に発展しそうな事件、あるいは状況は隠蔽されている。
F金融面および性的な利用
入信者や信徒は、その金銭およびそのほかの資産を差し出すよう説得され
指導者には一人かそれ以上の信徒との性的関係が許されている。
G絶対的な真理
さまざまなテーマにおいて、指導者、あるいは集団が見いだした究極
の知識に対する盲信。
H絶対的な道徳観
指導者、あるいは集団が確立した、組織の内外を問わず等しく
あてはまる、思考および行動に関する善悪の基準への盲信。
その道徳の基準にきちんと従えば、組織の一員としていられるが、
そうでない者は破門されるか罰せられる。
あぁ馬鹿森さん・・
857 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 18:33:28.51
凡夫が自身の迷いに気づかないように
カルトも自身のカルト性に気づかないのであろう。
真宗ってカルトか?
どういう点がある?
>>854>>855 で説明してくれよ カルトに見えるひとならば
859 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 18:45:52.70
カルトっつーか七百数十年前に発生した仏教系新興宗教
分かりやすくいえば「被害者の会」があるならカルトだよ
仏教自体新興宗教だよね 2000年以上前に発生した
862 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 19:10:54.22
仏教はオリジナルだが、真宗は仏教を名乗ったまったくの別物だからな
865 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 19:13:44.56
221 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2008/09/07(日) 01:11:17 ID:Oy8wBgQj
浄土真宗系のできかたって、いかにも日本的だと思うんだよなー。
仏教開祖のお釈迦様が、当時の日本の思想的エリートが導き出したこの結論を見たら
モニタに茶を噴くのは間違いないと思う。w
比叡山で修行した法然。→浄土宗
「ぶっちゃけ悟って仏になるの、俺ごときでは無理(←このへんが日本人的謙遜)
働いてる一般人なんかもっと無理。今の仏教は金と暇のある金持ちにしか役立つ可能性がない。
でも安心しる。阿弥陀様って偉いお方が、自分が十分にレベルうpしたら
おまいらも引っ張り上げてやんよ、ていってる。これはそこに張るしかないっしょ。
はらたいらさんどころじゃないよ。「あみださまに、全部」 さあ何度でもいいつづけよう」
親鸞→浄土真宗
「法然さまはおおむね正しいけど、阿弥陀様なめすぎ。
念仏言った回数で差別するような方じゃねえはずだよ(←このへんが日本人的舶来びいき)
心に思うだけで、修行とか、戒律とか自分をどうにかする必要もないよ。
だから俺なんか結婚だってしちゃうもんね。ただ阿弥陀様に乗ればいいのさ」
866 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 19:13:56.51
>>862 そんなこといったら、日本の仏教・密教は全部仏教じゃないんじゃないか?w
>>866 真宗は原型とどめてなさすぎだからちょっと問題かも
870 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 19:22:58.44
>>868 >心に思うだけで、修行とか、戒律とか自分をどうにかする必要もないよ。
872 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 19:30:36.62
公案じゃな
>>867 浄土真宗総合スレでそんなこと言ったらまずいってw
喧嘩売ってるのか?www
875 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 20:41:08.53
>>860 「被害者の会」があるだけまだマシ。
ひどいものになると信者さんが騙されていたとまだ気付いてないんだから。
結局、カルトの根拠を確かに上げている人まだいないね
カルトであってほしいという情熱はあるようだけど
ああ言えばこう言う
アンチさんはもう言葉遊びの領域だな
879 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 22:07:46.61
浄土真宗をカルト扱いするのって例の団体?
だんまりかよww
883 :
881:2011/10/17(月) 22:59:21.49
逆に「カルトじゃないっていうならそれを証明できるのか!」
てこともあるだろう。
>>854>>855のチェックシートでいえば該当しないと考える。
884 :
881:2011/10/17(月) 23:01:00.02
門徒の既存組織ではそう思う。
ただし学徒の親鸞会については判断できない。内実を知らないので。
885 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/17(月) 23:01:10.62
真宗禿様 今日も一日 年貢の回収ご苦労様でした。
カルトっていうのはさすがに言いがかりだと思うけど
真宗は仏教に非ずってのはよく聞くな
宮崎哲弥も真宗僧侶にその疑問をぶつけてたけどなんか要領を得ない返答だった
>>887 大乗仏教でも少数派になる特徴的な教義を持っているということじゃないか
先のレスでも聞いたけど、真宗は仏教の原型をとどめていないって
言われる人がいる。
仏教の原型ってなんだ?
「原型」が上座部とか阿含経なら。大乗そのものが原型から遠いんじゃないか
889 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 00:31:19.20
「特徴的な教義」っていうと聞こえはいいけどな
信心こめて念仏となえればどんな悪人も往生しますってのは
キリスト教のプロテスタントに近い。実際キリスト教との近似性はよく聞くし
とりあえず修行・善行全廃したのは仏教的に???じゃないかな
仏教を原型にして信仰型のプロテスタント的宗教に組み替えたのが真宗だろうけど
それを仏教と認めない人がいるのも事実
「信心こめて念仏となえれば」
・・ちょっと違う。まあそれはいいとして
キリスト教のプロテスタントに方向性が似てたりするとは聞く
多分似ている部分もあるかと思う。
仏教を原型とし「信仰型のプロテスタント的宗教を組み込んだ」
となれば親鸞が越後へ流罪された時から関東にて改変したと
言いたいのか。
キリスト教と浄土真宗の違いは、自分から信仰すると阿弥陀様から信心を与えられるじゃないかと
>阿弥陀様から信心を与えられる
それだと俄然プロテスタントっぽいな。予定説を想起させる
宮崎哲也は、竜樹の思想を信仰してるんだっけ
記憶あやふや
プロテスタントの教えを簡単に教えて
ググレカスとか言わないでね
疑いでいえば
キリスト教プロテスタント⇒裁かれる、地獄に?
真宗門徒⇒自らいく
キリスト教の信心と仏教の信心は全く違うんじゃん
897 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 01:07:38.36
>>889 修行・善行全廃していません。
念仏もまた善行ですから。
比較法を用いて他力念仏に行きついたと言うことです。
有名な嘆異抄には、たしか、
「念仏に勝るべき善無き故に・・・」と書かれていたと思います。
これは、数ある善行の中でも念仏行と他の善行との比較です。
また、世間一般の考える修行というのは身体的行為のことでしょう。
仏教では心の有りように重点を置きますので、
心の鍛錬の手段として身体的な行為をとりいれているのだろうと思います。
肉体的な行いという表層的なところから精神を支配するのか
精神の変化が身体的な行為へと現れるかのベクトルの違いです。
ただ、わたくしは不勉強なものですから、
称名することが信心が起こる因となるのか、
信心が起こることが称名することの因となるのかは
真宗僧侶に聞いていただいた方が分かりやすいと思います。
>キリスト教との近似性
一神教という点を除けば確かに似ていると思いますね。
カルバンの予定説と親鸞の絶対他力という概念はよく似ていると思います。
浄土教というのは恐らくペルシア起源のゾロアスター教が仏教と習合した
ものだと考えられます。(そのゾロアスター教が西にいってユダヤ教と習合
したのがキリスト教)
阿弥陀如来の二つの形式 無量光如来(アミターバ)はゾロアスター教の
主神アフラマズダ、無量寿如来(アミターユス)はズルワーンがそれぞれ
原型ではないかといわれてます。
またインドからみて西の方角にペルシアがありますがそこは古代において
肥沃な土地であり理想郷だったそうです。
その理想郷を阿弥陀如来のおわします西方極楽浄土としたのではないでしょうか。
念仏に勝る善なきゆえに
親鸞は、不遇な時代を過ごした時期もあるからね
まさに親鸞の心からの叫びだったんでしょうね
うちに来るお坊さんも、この話(長い)よくするね
>>897 念仏以外の善を認めないのは実質全廃と同じじゃないか?
ていうか念仏が善行なんて初めて聞いたぞw
空海も遍照金剛、つまり、あまねく照らす光で、大日如来と阿弥陀如来のどちらもアフラマズダとの関連が指摘されてるよね
弥勒菩薩(マイトレーア)はペルシア起源のミトラ教の主神ミトラじゃないかといわれてるね
このミトラこそイエスキリストの原型なんだが
まあ坊さんが言うには、善行は人間の観点からみれば、たくさんあるけど、
それが他の生き物から見たらどうかとか、また善行のつもりが、結果失敗とかあるから、
念仏が一番よいみたいなこと言ってたけど、詳しくはお坊さんに聞いて
904 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 01:25:12.72
ミトラ信仰とかにしても、今はイスラム教国家あたりで流行ったからな
インドイランから北アフリカあたりの宗教が原点と言われるが、もう破壊されて、はっきりしたことはわからんのが、残念
もしかしたら、万教同根かもわからないのにね
>>904 え、念仏って善行だったの?割とマジでびっくりなんだが
もし影響が及んでいるとすれば、影響をを与えたのが
キリスト教⇒仏教の浄土教
仏教の浄土教⇒キリスト教
のどちらか?
キリスト教の聖書は年代はいつ頃なの?
歎異抄第一章にある通りで
「〜しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、
念仏にまさるべき善なきゆえに。」
とね。
909 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 01:32:36.19
倶舎論では、煩悩を伴う善行と、煩悩を伴わない善行の2種類が説かれていたと思います。
前者は六道輪廻において天界へと心を高めていく善業らしいです。
後者は六道輪廻を出る、つまり、生死を出る究極の善業だそうです。
同じ善という言葉でも分別世界における悪に対する善と、
分別世界そのものを悪と捉えたうえでの
二元論を超える究極の善ということでしょう。
基本的に、行も業も同じ意味だと捉えていただいて結構です。
福音書は、75年-100年頃。
マルコが最初、ヨハネが最後。
五種正行の中の称名正行である念仏は阿弥陀仏の本願に誓われた凡夫浄土往生の正因の唯一業、「正定業」であり、前三後一の四行は本願称名の正業を資助し行者の心を助発する同類助業となる。そしてこの三心を具足した本願念仏により凡夫は浄土に往生することができるのである。
一方、浄土経典の最初期の形は西暦紀元前後にできている。
ただ、経典の形にまとまるには、すでに経典に盛り込まれている思想が存在した。
西暦の紀元前のちょっと前かな。
自から作る善なんてすぐ吹っ飛ぶぞ
>>907 後者だろう。
浄土教かどうかはわからんがキリスト教に影響してるだろうね
アレキサンダー大王の頃(BC4世紀)から、インドの思想は西に流れているからね。
ちなみに浄土経典は西暦100年代の半ば頃までには漢訳されている。
ちなみにに、聖書のラテン語訳『ヴルガータ』(カトリック公認のラテン語訳)の成立は、西暦4世紀末。
918 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 01:51:15.72
明治時代までは宗派を問わず、倶舎論だけでなく、
おそらく中観・唯識も標準の学問だったそうです。
親鸞在世にも八宗綱要なんてありましたからね。
明治以降は、なぜか下火になったそうです。
それでも曽我先生やらお東ではインド仏教を学んでいましたけどね。
とりあえず、明治期までの僧侶と近現代の僧侶とでは
経典を読むこと、一切世界を知ることに関して大前提が大きく異なります。
近現代は宗派という看板で仏教学を縦割りでしか捉える事が出来なくなってしまい、
偉大な先哲の学問の意味を受け取ることが出来ない方が多くいます。
過去のインド中国日本、どれを取っても先哲はとてつもなく賢い方です、立派な方たちです。
ここの住人が平安時代に雑行雑種を積む天台の僧侶に他力念仏を主張しても論破されるのがオチでしょう。
何故親鸞は「法性に色が無く形もない・・・」といわれたのでしょうか?
ちゃんと理由があるんですよ。
知っている人は知っていますがね、このスレでも最低3人くらいはw
919 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 01:53:28.77
観音様への信仰はもっと古いって、なんか壁画が見つかりましたみたいなニュース見た気がします
920 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 01:53:38.59
>>918 一人で楽しんでないで勿体ぶらずに教えてください。
922 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 01:56:44.25
>>912 へ〜、肯定されている業って結構あるんだね。
選択集のおかげかな。
923 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 01:57:14.35
924 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 01:59:42.69
>>924 うん そう言うと思ったw
前スレでも同じ事言ってたよねw
926 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 02:01:50.92
>>923 面倒くさがらずに積んでみたらいかがですか?
927 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 02:02:54.29
で、念仏以外にも善業はいくつかあるってことでいいかな?
おいおい、「念仏は行者のために非行非善なり」
って歎異抄にあるの忘れてないか?
報恩念仏だし
善と善行はちがうって
さすがに単語で理解しようとするのは無理があるよ
933 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 07:40:14.06
浄土真宗には二つあって
前座真宗と真打真宗。
或いは
入門真宗と奥義真宗とでも申しますか。
入門真宗は省略
奥義真宗の要点
浄土と言うのは宇宙の真如なり
その宇宙の真如を知らしめてくれた善智識には感謝する
宇宙の真如を知ることで相対的に現在の自分自身を知る
またそのことで今生の安養を得る
今生に別れを告げれば倶会一所というは生物みな同じ
だがそのことを知っても現世の苦しみから逃れられる人は1万人に一人もいない
現実を生き抜くには信心が必要
たとえ文字も読めない人でも納得のいくレトリックが必要
釈迦が示した阿弥陀仏の「すべてを救うという」稀有な願いを尊いものとし、
御名を忘れずに唱えることで自らの至らなさを日々反省する
これぐらいなら出来るだろう。
934 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 10:25:10.19
善行は善業のことだし、善は善業です。
近現代は道徳という概念があるので間違えやすいのでしょう。
仏教の善悪は悟りのための善悪で
道徳は社会的調和を図るための善悪です。
比べることはできません。
935 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 10:30:44.59
>>929 行者というのは他力の行者ですか、自力の行者ですか?
936 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 10:38:57.13
>>929 それって、念仏が行で無いとするなら何が行なんですか?
やはり、信心が行であって念仏は行ではないと?
937 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 11:09:20.70
皆さんは成田山新勝寺でお札を毎年買っていませんか?家内安全とか書いてるアレです。
下記のURLを見ると、とても高価なお札が成田山新勝寺で売られていますが、これは一体
誰がどこで作っているのでしょうか?
http://www.naritasan.or.jp/ogoma.html(ここに出てる木のお札がそれ)
実は、静岡刑務所の3工場でこのお札は作られているのです。
つまり、殺人犯や強姦魔、あるいは麻薬中毒者や窃盗犯がこのお札を作っているのです。
静岡刑務所では、どこの民間業者と取引してるかは一切口外しないようにしていますが、
元受刑者や民間業者従業員の告発で簡単に情報が漏れてしまいます。
その証拠に、電話で問い合わせてもきっちり否定は絶対にしません。
http://shizuoka-prison.go.jp/(ここの3工場で作ってます。電話で確認しましょう。)
ならば、直接に成田山新勝寺に問い合わせるのがいいでしょう。
「お宅のところで売っているお札は刑務所で作ってるって本当?」と尋ねて下さい。
もし、曖昧な回答をするなら「100%否定はしないのですね?」と追求姿勢を強めてみよう。
知られたくないのか、隠したいのか、どっちにしても
『成田山新勝寺で売られているお札は静岡刑務所で殺人犯や強姦魔が作っている』
という事実は隠せない。
コピペ推奨
>>936 念仏は行。しかしその行すら凡夫は行うことが出来ません。
では、どうして救われるかというと、代わりに弥陀が行って下さっている。
有り難いことです。
行としての念仏ではなく、感謝の言葉として念仏を申していきましょう。
単純に念仏ってのは行者の為の行じゃないって意味でしょ
口から出る念仏は行者の手柄じゃないって事。
941 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 12:50:04.09
「行者のために」というのは「行者にとって」という意味なんだけど・・・
念仏は行ずる者の行為でもなければそれを行ずる者にとっての善でもない
>>478 このままでいけば20日前に終了ですね。
スレ立てで二週間持たないスレって凄いね
やっぱ真宗スレは活力が違うね。
なんだかんだいっても関心あるんだね。
フン、頓珍漢なことばかり書いて、スレを無駄に使いおって
観無量壽経では極楽浄土には九種のランクがあり「九品往生」と言い上品上生から下品下生まで有り、
それぞれ阿弥陀如来の印相が決められている
>>943 アンチとの応酬がほとんどだけどなw
それだけ嫌われてもいるってことでもある
この掲示板てそんなもん
宗教ってそんなもん
みんながマンセーしたら気持ち悪い
仏教の本質は一切皆苦だよ
>>946 存在すら無視されていれば、嫌われることもないな。
嫉妬もあると思う
951 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 22:59:35.89
宗教として生きてるからだろう。
ただ真宗のお寺は恵まれてるから。
>>950のいうようにねたまれる。
でも聞法会でも、被災後、仏教に関心を持つ若い人が多いっていうから、真価が問われる。
チャンスで、ピンチだよ。
952 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 23:23:57.53
災害があったから仏教に興味を持った、
災害が無ければ仏教に興味を持たない、
そんなもんかな。
953 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/18(火) 23:26:27.70
>>941 だからその「行者」ってどんな類の行者なんですか?
>>951 >聞法会でも、被災後、仏教に関心を持つ若い人が多い
ホントに?
955 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/19(水) 00:49:26.67
信心を戴いて称える名号は報恩感謝だというのは分かりますが
信心もないのに称える名号は報恩感謝ではないのですよね?
>>955 信心なくてもありがたいと思って念仏する人もいるんでないか?
957 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/19(水) 01:04:38.61
こんな話があります
ある婆さんが、熱心に念仏を毎日唱えていました。
ある日、ぽっくりいって、閻魔様の前に、そしたら婆さんは壺を取り出して、ここに唱えた念仏が入ってますという、
閻魔様が調べると中味のない空念仏ばかり、
しかし、ひとつだけ雷が怖くて唱えた念仏だけはまことだったという話
でも、浄土真宗ではこれは嘘だと教えます。
念仏に空念仏などない、唱えようと思う心は、みな阿弥陀如来のおはからい
信心とは、自分で信じるものではないから
じゃあ、念仏しない人はどうなるの、そこにも救いはあります
阿弥陀様は法身方便、きづかないうちに救われていくのです
と、近所の坊さんいわく
>>953 念仏する者って意味だろ
行者=修行者じゃない
>じゃあ、念仏しない人はどうなるの、そこにも救いはあります
>阿弥陀様は法身方便、きづかないうちに救われていくのです
親鸞は一言でもそんなこと言ってたか?
『宝号経』にのたまわく、弥陀の本願は行にあらず、善にあらず、ただ仏名をたもつなり。
名号はこれ、善なり、行なり。行というは、善をするについていうことばなり。
本願はもとより仏の御約束とこころえぬるには、善にあらず、行にあらざるなり。かるがゆえに、他力ともうすなり。
本願の名号は能生する因なり。能生の因というは、すなわちこれ父なり。
大悲の光明はこれ所生の縁なり。所生の縁というは、すなわちこれ母なり。
親鸞聖人の書簡集『末燈鈔』より
>>957 専雑執心判浅深 報化二土正弁立
あなたはこれをいかが考えますか。
962 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/19(水) 07:55:56.28
ほほう、弥陀の本願は非行非善だが、
名号は善であり、行であるのか。
963 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/19(水) 07:57:33.59
>>957 親鸞は「救い」をどのように定義しているのですか?
964 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/19(水) 08:16:07.19
>>957 この話は閻魔様が間違いを犯すという話なのかw
ま、冗談はさておき少なくともこの場合の「救い」は仏教での救いじゃないだろうな。
仏教は最低でも 仏 法 僧 の三つがなければならない。
しかるにこのおばあさんの場合「法」というものが完全に抜け落ちているような描き方だ。
したがってこのおばあさんが救われるとしてもそれはインド由来の仏教ではないだろうね。
965 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/19(水) 10:29:07.08
神社とか他の宗派のお寺には立ち入らないとか若しくは参拝しないなど。
徹底している人いるか?
このスレの人は神社にも行って賽銭上げて参拝してるのか?
>>965 カルトの教えなんか守ってられるかボケ!
京都市内で地蔵盆の反対活動でもやってみろ。
967 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/19(水) 11:58:09.10
>>954 死の縁は無量と気が付いて仏教を求める人が増えています。
若い女性も増えてるようです。
ぜひどうぞ。
報土も化土も同じ浄土で別の世界ではない。われわれには報土は、観じることも理解することもできない。
真実と方便は不二であるから、報土に生まれようが化土に生まれようが、往生できればどっちでもいい。
>>965 門徒さんの中には徹底している人もいるよ。
うちなんて、漁師町だから、神棚はとても大切なんだけど、
あえて、神棚を外して仏壇だけにしている人もいる。
>>969 なんでわざわざ報土と化土の二つに分けてるかわかるか?
>>972 へ〜 すごいね 仏教と神道はうまく共存してるよね
外さないとダメじゃないと言わない真宗はその辺はゆったりしてますな
厳しく言ったら客が逃げちゃうしね
間違えたw
「外さないとダメと言わない真宗はゆったりしてる」 だ。
>>965 それ創価じゃないか?
伝統仏教は禁じてないよ 来月清水寺行きます
979 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/19(水) 16:03:50.65
>>978 言ってるよ。
第一、伝統仏教じゃないから。
そんな回答しかできないとは、情けない
で、はいはいか?子供以下だなw
↓
986 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/19(水) 16:18:26.05
>>985 うーん、もっと機転聞かせてくると思ったが、、、
センスもないようだな
低レベルが来たら急にレベルダウンしたな
993 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/19(水) 16:57:53.78
何が低レベルだよ
阿弥陀仏以外拝むなって言ってるのは事実じゃねーか
何でそれいったらアンチになるんだ
>>993 お前のことちゃうがな、そんなことよりハヨすれたてよ。
信仰の火が消えてしまう。
>>993 だからご文あげろってw他人の受け売りか?
あとスレ建てはよ
996 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/19(水) 17:05:13.40
>>992 化身土文類六
それもろもろの修多羅によつて、真偽を勘決して、外教邪偽の異執を教誡せば、(・・・)
『般舟三昧経』にのたまはく、「優婆夷、この三昧を聞きて学ばんと欲せんものは、{乃至}みづから仏に帰命し、法に帰命し、比丘僧に帰命せよ。余道に事ふることを得ざれ、天を拝することを得ざれ、鬼神を祠ることを得ざれ、吉良日を視ることを得ざれ」となり。
神棚などもってのほか、という答えが聞きたかった。
真宗以外とは結婚できない。というぐらいの信心が聞きたかった。
998 :
名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/19(水) 17:09:04.85
>>997 自分とこ以外認めないとかカルトだろ
ていうとアンチは「カルトだろ」て言うんだろなw
あとスレたて乙です
これは激しく乙だな
1001 :
1001:
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。