真言宗醍醐派について 第拾伍座

このエントリーをはてなブックマークに追加
422ランボー法師 ◆uIU6J7Th0Y
朝の一言   ライフラーニング

我々の生活は、二つの面で成り立っており、それらは

肉体を含む物質とそれをまかなう社会機構
精神が主体の心の有り様、それを満足させる社会機構

この二つが贅沢過ぎず満足できた時には、生きながらにして極楽浄土を味わえるのかもしれない。

物質面の頂点で大きな影響を及ぼしているのは、国家であり、隣国の国民の有り様は、生きながら
にして、地獄にいる。
幸いわが国は、そこまで劣悪では無いのだが、国民が 溜飲が下がる(りゅういんがさがる) 思い
をしたことは無いように思う。

精神面では、宗教が関るのだが、いまだ色々な新興宗教が多数あるのは、在来の宗教が、満足な
宗教活動をしていず、組織の存続には熱心なのだが、衆生の心を捉え満足させることをしていない
と云う事になる。
神仏を求め信仰に向っても、 溜飲が下がった という思いを檀信徒に与えたか、今一度考えなおす
時期に来ているように思う。

先述の
Y理論 やる気理論
無我夢中になるぐらい檀信徒にやりがいを持たせ善導する事による、精神の向上こそが、宗教の
目標の一つではないだろうか。
もう一つの要因は、先のやりがいの障害にならぬよう、先祖の供養の徹底は、視野から除けない
項目だ。
この二つのレールの重大性をよくかみ締め、工夫しての宗教活動が必要なのではないか。

そのレールの先に、人類即ち霊長類の行き着くところがあるように思う。