真言宗醍醐派について  第漆座

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349酉酉5スレ420 ◆twXU0W.kWs
>>344
> 出場者     変之行者     ランボー法師 試みの進め方     
> 最初に新しい大日如来の木彫りの仏像を二体用意し、別々の隔離された部屋において、
> 開眼供養を行う。
> 審査は第三者(マスコミ)が用意した霊能者により、霊視による審査でどちらの仏像が
> 光り輝いているかを判断する。
> その結果、判定でポイントの少ない方が公募した霊的負荷をうけて精神的及び其れに
> 伴う肉体的ダメージで悩んでいる方を祈祷やお参りで救うのである。
> この悩んでいて申し出が複数いらしたときは、ポイントの多い者はその次に申し出され
> た人を救う。
> 仏像開眼で何も光らなかった者は、ここでリタイアとなり、残った者は、申し出のあった
> 人を救う為に努力する。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
           /乱_暴\  
           .|/-O-O-ヽ|     
          6| . : )'e'( : . |9  
            `‐-=-‐ '    

これはどういうことかというと、ランボーは「開眼供養する行者によって仏像の中の人が違う」
と、思ってるわけである。大日如来の中の人が違うと言うことはどういうことだろう?
「実類」が入り込んでるのを仏像の性根と思ってるからである。

いやー。ランボーさんの法力恐いわー。