居士という生き方

このエントリーをはてなブックマークに追加
976名無しさん@京都板じゃないよ
数息観、随息観は、インド時代からアナ・パーナの2つの呼吸として存在したと思いますが、丹田呼吸というやり方が
定着して来たのは中国でしょうか?日本でしょうか?一般に読まれる坐禅儀にも出てきません。

いずれにしろ何年もこれと信じてやってきましたが、つい最近になって自然と鼻(せいぜい肺)の出入の息を観ずる様になって
初めてぐんぐん進むようになりました。息に自己が成り切るに従って自然と妄想は止まります。