198 :
えICBM:
前スレで、パル判決文の事後法を認める部分の紹介をしました。
しかし、一部抜粋だったので、項全文を紹介します。
また、パル判決文を全文掲載している「共同研究パール判決書」にある説明も紹介します。
◎法の不遡及に関するパル判事の意見
パール判決書(パル判事の少数意見書)
第一部 予備的法律問題
(D)裁判所条例−これは戦争犯罪を定義しているか。
本官は次に本裁判所を構成する条例を取り上げてみよう。関連ある諸規定は第一条、第二条、
第五条及び第六条中に見い出され、下の通りである。
(条例をそのまま引用なので略)
第一章 国際軍事裁判所条例
「第一条 裁判所の設置。極東における重大戦争犯罪人の公正且迅速なる審理及び処罰のため、
ここに極東軍事裁判所を設置す。裁判所の常設地は東京とす。」
「第二条 裁判官。本裁判官は降伏文章の署名国並びにインド、フィリピン国により申し出られたる
人名中より連合国軍最高司令官の任命する六名以上十一人名以内の裁判官を以って構成す。」
第二章 管轄及び一般規定
「第五条 人並びに犯罪に関する管轄。本裁判所は、平和に対する罪を包含せる犯罪に付個人とし
てまたは団体構成員として訴追せられたる極東戦争犯罪人を審理し処罰するの権限を有す。左に
揚ぐる一又は数個の行為は個人責任あるものとし本裁判所の管轄に属する犯罪とす。
イ、平和に対する罪 即ち、宣戦を布告せる又は布告せざる侵略戦争、もしくは国際法、条約、協定
又は制約に違反せる戦争の計画、準備、開始、または実行若しくは、右諸行為のいずれかを達成
するための共通の計画又は共同謀議への参加。
ロ、通例の戦争犯罪 即ち、戦争法規又は戦争慣例の違反。
ハ、人道に対する罪 即ち、戦前又は戦時中為されたる殺戮殲滅、奴隷的虐使、追放その他の非人
道的行為、若しくは犯行地の国内法違反たると否とを問わず本裁判所の管轄に属する犯罪の遂行
として又はこれに関連して為されたる政治的又は人種的理由に基づく迫害行為。
(続き)
199 :
えICBM:2006/07/11(火) 22:21:44 ID:H7+RTT1K
(続く)
上記犯罪のいずれかを犯さんとする共通の計画又は共同謀議の立案又は実行に参加せる指導者、
組織者、教唆者及び共犯者はかかる計画の遂行上為されたる一切の行為に付、その何人に依りて
為されたるとを問わず責任を有す。」
「第六条 被告人の責任。何時たるとを問わず被告人が保有せる公務上の地位、若しくは被告人が
自己の政府又は上司の命令に従い行動せる事実は、いずれもそれ自体当該被告人をして、その問
犠せられたる犯罪に対する責任を、免れしむるに足らざるものとす。ただしかかる事情は本裁判所に
おいて、正義の要求上必要ありと認むる場合においては刑の軽減のため考慮する事を得。」
同条例中には右諸規定を除いて他に、現在ここで考察中の問題に関係ある規定は存在しない。同
条例中には裁判所に対し、なんらの特定の法を適用、もしくは除外する義務を課するような明示的な
規定は無い。
ここに考慮している問題について同条例の諸規定を検討する前に、本官は、これに関連する弁護側
弁論中の一部門を処理したいと思う。この議論は本官の考えでは、法の不遡及の原則から生じた、
成文法の解釈に関する、すでに一般に承認された定則についての誤解に基づくものではないかと思う。
弁護側は条例中に何らかの定義があるとすれば、それらは上の原則(法の不遡及)の下に無効であ
ると言おうとしたのである。
ある法律に対し遡及性を否認する原則は、その法律の制定者が、それを遡及させることができ無い
と言うのではない。しかし通常は遡及させてはならないし、また、遡及的作用を避けることができる限り
は、各裁判所は常に、これを避けるべきであると言うのである。
本裁判書条例によって意図されたことは、明らかに過去の諸行為について、犯罪を認めることができ
る場合に、それを裁判するための裁判所の設置を規定しようというのである。本条例の有するこの範囲
に関しては疑念はありえないし、従ってわれわれがその規定の中に、不遡及性があると解釈する事は
困難である。
(続く)
200 :
えICBM:2006/07/11(火) 22:23:52 ID:H7+RTT1K
(続き)
また仮りに本条例の制定者が、いやしくも法律を制定する権限を付与されていたとするならば、その
権限は全ての過去、しかも、既遂の事実となった行為に関するものであることは否定できない。
吾人の考察の入る真の問題は下のとおりである。
一、本裁判所条例は問題の犯罪に対して定義を下したが、もし定義を下したとすれば、
二、かように犯罪の定義を下すことが条例制定者の権限にあったのか。
三、この点に関して条例者の権限を質すことが、権限内にあるか。
本条例第五条は種々の罪を定義するものと言われている。同条項は、その平易な語句で「人並びに
犯罪に関する管轄」を規定しようとするだけのものである。それを規定するに当たって、本条例は「左に
あぐる諸行為は・・・本裁判所の管轄に属する犯罪とす。・・・」と述べている。本官の意見ではその意図
する所は、これらの諸行為が犯罪を構成するものであると、規定しようというのではなく、右諸行為に関
していやしくも犯罪があるとすれば、それは本裁判所において裁判することができると規定することであ
る。これらの行為が果たして犯罪を構成するかどうかという点は、一に本裁判所が適当な法に照らして
決定すべき問題とし残されているのである。本官の意見では、これが本条例の規定についてわれわれ
が執ることのできる唯一の見解である。連合諸国が、過去の行為に対して彼らの好むがままの性格を
付与し、かつ右行為に対して彼等が将来において決定するかもしれない正義の実施法(すなわち裁判)
(続く)
201 :
えICBM:2006/07/11(火) 22:24:55 ID:H7+RTT1K
(続き)
をもってこれを処理する権限を有するに至るとは確かにポツダム宣言においても降伏文章においても
予想されなかったところである。これらの文書がかような権限を与えるものと解釈することは、不可能で
あって、本官は、連合諸国が右の文章においてなした厳粛な宣言に違反し、かつ、恐らくは、国際法及
び慣例までも無視して、かように重大な権力をあえて自己の掌中に握るのであろうとは、瞬時も考える
ことができないのである。本官は本条例に対する右のような解釈が、必ずしもわれわれの為し得る唯一
の解釈ではないのに、何ゆえわれわれが連合諸国もしくは最高司令官に対し、かような無常の推定を
下さなければならないか、理解に苦しむのである。
(「東京裁判研究会著『共同研究パール判決書−太平洋戦争の考え方』東京裁判刊行会」P163-165)
※上記解説
パール判決書の内容
第一部 予備的法律問題
(D)裁判書条例は戦争犯罪を定義しているか
パール判事は裁判書条例に(侵略戦争などの)何らかの定義があるなら、法不遡及の原則に照らし合わ
せて無効であるとの弁護側の異議に対して、条例のかかげる諸行為が「果たして犯罪を構成するかどう
かという点は、一に本裁判所が適当な法に照らして決定すべき問題として残されている」との立場から、
これを退け、裁判所条例が問題の犯罪の対して定義を下したが、もしそうだとすれば、そのように定義す
ることが条例制定者の権限内にあったか、またこの定義を下したか、もしそうだとすれば、そのように定義
することが条例制定者の権限内にあったか、またこの点に関して制定者の権能を質すことが裁判所の権
限内にあるか、こそ裁判官らの考察すべき問題である、となし、国際法や慣例まで無視し、また諸宣言に
違反してまで、連合国が、重大な権力を手に入れるとは考えられない、と言っている。
(「東京裁判研究会著『共同研究パール判決書−太平洋戦争の考え方』東京裁判刊行会」P93-94 「一又
正雄 第二章パール判決文の内容」より)
(終わり)