>>419 >「AなのでBという事になる」と書いてあるのは分かるんだけど、
>そのAとBに関連性が全く無い。こんなもんがアリなんだったら、
>「1+1=2なので、百人斬りは無かったということになります」
>でもOKだわな(笑)
多分、理解力の問題だと思われます。
もう少し噛み砕いて書いておきましょう。
1.白兵戦=戦闘で殺害したのは4〜5人であるというだから、それ以外(100−(4〜5)?)は、戦闘以外で殺したことになる
2.その戦闘以外の殺害方法として、「ニーライライ」→「斬り殺す」という方法を野田少尉は証言している
3.「ニーライライ」→「斬り殺す」という方法は、「敵を油断させて呼び寄せて殺害する」というような戦闘行為ではない
4.「ニーライライ」→「斬り殺す」が戦闘上の行為でないのであれば、「ニーライライ」というのは、投降の呼びかけと理解するの妥当である
5.よって、「ニーライライ」→「斬り殺す」という方法は、投降を呼びかけ、投降した捕虜に対して、日本刀によって殺害したということを意味することになる
あなたの脳みそで解りますか?
>では東京日日新聞記事も「百人斬り競争あった」という点で共通してますが、
>これをもって百人斬りは戦闘行為だったという結論でOKですか?
これは既に論じられていますし、多くの研究者(肯定派も否定派も)も認めているとおり、白兵戦で百人斬りを行うことは不可能ですので、「百人斬りは戦闘行為だった」という結論は不適当かと思われます。
>論点すりかえ。
>「共通点の存在が証言の信憑性を裏付ける」という主張に対するたとえ話です。
矛盾の無い証言に、裏づけがする資料があるということは、信憑性が非常に高いということになります。
現時点での結論としては、志々目証言は、論理上の矛盾点がなく、裏づけ資料のある信憑性が非常に高い資料ということになります。
http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/