すっかり秋らしくなったある日の午後、
秋子は今日も悩みを抱えながら街を歩いていた。
いつまでたっても定職につかない長男・マサヲ。
「受験」という人生の正念場から、ネットとゲームに逃避し続ける次男・ヒロシ。
そんな息子達の教育には一向に目を向けず、
職場で上司や教育委員会、国の糾弾をすることだけに血道を挙げる
根っからの現実逃避サヨクの夫・正一。
さらに今日はパート先の生協スーパーまで…
マサヲ「うぽおおおおpppっぽぽp。ババア、食い物がねえぞお!」
ヒロシ「お腹がすいたですにょ。愛国者の息子におやつも置いて行かないで出かけるお母さんはサヨンボ!」
腹を空かした息子2人が店に乱入し、スナック菓子売り場の商品を勝手に貪り食い出したのだ。止めようとした職員にやはり売り物のケチャップやバターをぶつけて抵抗するKOVAブラザース。
夫の教職員組合のコネで雇ってもらったとはいえ、秋子はさすがに店にいられなくなってしまった。
「はあ…。どこか働き口があるかしら」
1人ため息をつき、愁いを秘めた秋子。
かつての美少女の面影は、歳月を経ても、疲れで多少の窶れが見えこそすれ、
成熟によってさらに美しさを増し、愁いの表情さえ彩りとなっていた。
男「アキちゃん。アキちゃんだろ?」
1人の中年男が秋子に声をかける。
上の空だった秋子は、少し間を置いて自分を呼ぶ声に気づく。
秋子「はい…。どなたでしょう」
男「判らない?もう20年以上たつもんなあ」
50前後らしい男は、髪に多少の白髪が交じっているものの、若々しかった。
眉が濃く、鼻筋が通って彫りの深い面立ち。
外見は中肉中背だが、胸板も厚く、鍛え上げているではあろう体を、
仕立ての良いブラウンのスーツに包んでいる。
秋子「たもつ…さん?」
保「そうだよ。僕が先生の下を勝手にお暇して以来だね」
急にあふれる懐かしさに、しばらく言葉の続かない秋子。
保「僕はすぐに判ったよ。相変わらずきれいだもの」
秋子「そんな。もうおばさんなのよ。からかわないで」
近くの喫茶店に場所を移した2人。
お互いの近況、取り止めの無い会話、
「昔と変わらないよ。きれいだ」
普通の男に言われたら、あきれて言葉も返せないような台詞だが、
なぜか保の前では、照れて少女のように頬を染める秋子。
男は中道 保(なかみち・たもつ)。20数年前、秋子の父の古武術の弟子だった。
大学生とはいえまだ少年の面影を残しながら、道場で猛稽古に打ち込む保の姿に
当時高校生だった秋子は淡いあこがれを抱いたものだった。
奥手だった彼女にとって、それが初恋であるという自覚さえできなかったが。
男は中道 保(なかみち・たもつ)。20数年前、秋子の父の古武術の弟子だった。
大学生とはいえまだ少年の面影を残しながら、道場で猛稽古に打ち込む保の姿に
当時高校生だった秋子は淡いあこがれを抱いたものだった。
奥手だった彼女にとって、それが初恋であるという自覚さえできなかったが。
保が父の下を離れることになったのは、ほかならぬ秋子に関わるある不幸な事件からだった。
下校途中の秋子が、ツッパリ3人、今でいうDQSに陵辱されかかったのだ。
たまたま通りがかった保に助けられたが、セーラー服を切り裂かれ、
恐怖と羞恥で泣きじゃくる秋子を見て保が激昂、3人を半殺しにしてしまった。
ちなみにこの時、普段からストーカーまがいに彼女に付きまとっていた留年大学生も傍にいたが、
DQSにちょっと撫でられただけでビビりあがり、
「すみません。どうぞこの女を好きにして下さい」と、涙と鼻水と小便と糞にまみれながら
土下座するばかりで、何の役にも立たなかった。
この留年生がその後、札付きのアカ教師となるだけで飽き足らず、
秋子の伴侶となって全ての問題の原因をつくるのだがこの辺の事情を書き出すときりがないので割愛する。
秋子の恥を秘しておくため、また、(相手がゴロツキ3人で木刀やナイフを持っていたとはいえ)
私闘に技を乱用したことの責任を自分なりにとるため、
保は道場を去った。勿論、「一身上の都合」と告げたのみで…
秋子「あの時あなたに助けていただかなかったら、私…」
保「もう昔の話はやめようよ。それより今はどうしてるの」
秋子「あの時あなたに助けていただかなかったら、私…」
保「もう昔の話はやめようよ。それより今はどうしてるの」
秋子「普通の主婦よ。上の子はもう23なの」
保「幸せなんだね」
「幸せ」という言葉を聞いたとたん、秋子の瞳が一瞬空ろになる。
「んぽぽおおおおおっ。ワタシノコー」
「愛国者の偏差値を低くする駿●の模試はサヨク!」
「教育委員会は労働者の搾取を中止し、ユダヤ・フリーメーソンと結託した金融寡占資本の走狗であることを自己批判せよ」
3人の顔が頭をよぎる。「シアワセ、シアワセ、シアワセッテナニカシラ。ドンナイミノコトバダッタカシラ」
保「アキちゃん。アキちゃん。どうしたの」
心配そうに呼びかける保に気がつき、「あっち」の世界から魂を戻す秋子
秋子「ええ。大丈夫よ。何でもないわ」
保「何か心配事があるの?僕でよければ相談に乗るよ」
秋子はとりあえず、パートを辞めざるをえなくなって、
他の働き口を探していることだけは話した。
20数年ぶりに会った彼なのに、「甘え」ともいえる相談をいきなりできる自分に、
秋子自身驚いた。保になら甘えられる、あの優しい目にどこか癒される…。
保は、友人と共同経営している小さな出版社で、庶務・雑務をこなす
パートタイマーが欲しかったことを告げる。
話がとんとん拍子に進む。打ち合わせを兼ねて、
3日後に一緒に食事をすることを約束する2人。
保の車で自宅近くまでまで送ってもらった後、秋子は1人でしばし玄関前で立ち止まる。
胸の中は何か温かいものでいっぱいだ。
少女のころのときめきが四半世紀ぶりに蘇った気分だった。
秋子「少し遅くなっちゃったわね。みんなお腹空かしてるかしら」
いつもの主婦の顔に戻り、居間に入った秋子は目を剥く、
床には食べ散らかされたポテチやコーン菓子、スナック類の袋がいくつも転がっていた。
正一「遅いぞ。飯の支度もしないでどこへ行ってた。俺は低学歴のお前と違って1秒1秒が貴重なんだ」
ヒロシ「どうしようも無くお腹が減ったので、生協の戦利品を3人で浪費してしまったじゃないか。
朝まで愛国活動(注・2ちゃんねるでネンチャクすること)のための夜食にとっておいたのに」
マサヲ「おやつと飯は別腹だ、早く飯作れババア」
引きこもり同様の息子2人ならともかく、仮にも公務員の夫が帰宅するにしては早い時間だ。
正一「研修所(実は不適格教師更正施設)の指導員連中の程度が低過ぎるんで、
ちょっと怒鳴りつけたら喧嘩になったんだ。馬鹿の相手なんかやってられん。
お前みたいな馬鹿に俺の悩みは理解できんだろうが」
口の周りにポテチやチョコをこびりつかせて罵る豚のような外見の3人を目にして、
秋子の胸の中についさっきまであった温かいものが消えていくのを感じた。
「シアワセ、シアワセ、シアワセッテナニカシラ。ドンナイミノコトバダッタカシラ。コレガシアワセナノカシラ」、
=この項終わり=
長々とすみませんでした