中央大学法学部part9

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605大学への名無しさん
■早稲田の場合→
◎学部レベルがピンからキリまで。日本最強(2chで最も暴れている)学歴コンプレックス大学、それが早稲田大学
http://p2.chbox.jp/read.php?host=sports11.2ch.net&bbs=athletics&key=1199325560&offline=1&ls=127
◎昔は「夜間部の苦学生」で有名。
昭和48年以前の入学生の場合、学部の正式名称が「第一××学部」や「第二××学部」となるが、
学歴詐称して「第二」の表示を隠す場合多し。
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★日本最強最悪の学歴詐称国会議員は、〓森喜朗〓 (古賀潤一郎よりも悪質)
【森喜朗の学歴詐称問題】:早稲田大学第二商学部(裏口)なのに、
選挙公報などの経歴には「早稲田大学商学部卒」と表示し、そして首相にまでなってしまった!
森の時代には、「早稲田大学商学部」という名称の学部は存在していない。
早稲田大学第二政経、第二法、第二商を統合したカタチで発足したのが、
早稲田大学社会科学部である。
(森喜朗の学歴詐称は、古賀潤一郎よりもはるかに悪質なのに、なぜか問題になっていない)
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■慶応の場合→ 
◎ガンとなるべき存在は、「通信教育部」
通信卒なのに、堂々と慶応経済学部卒とか慶応法学部卒とか慶応文学部卒とか経歴に記す、トホホ・・・なのが多し
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Y:どちらの大学ですか?
X:慶応経済です
Y:えーと、通信ですか?
X: (激怒必至)
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◎昔お笑い学部だった「法学部」 
★卒業生に強姦魔韓国人織原誠二や霊感商法統一協会会長の久保木修巳など
>平良木 その通りだとは思いますが、やはり司法試験にどれだけ合格するのかというのは重要な指標です。
>当大学院は、中央大学や早稲田大学に比べ法曹分野では新興勢力なだけに、数を出すことは重要。
>合格者数を増やし、様々な法曹分野の先導者を輩出することはわれわれの使命なのです。
http://benesse.jp/berd/center/open/dai/between/2003/09/bet19722.html
(平良木のこの言葉が、世間を騒がせた慶応による組織的司法試験漏洩問題につながった)
606大学への名無しさん:2011/01/19(水) 21:18:19 ID:OD8w80kbP
■慶応法学部の悲しい過去を語る■
http://natto.2ch.net/joke/kako/980/980522670.html
■慶応法学部の悲しい過去を語る vol2■
http://natto.2ch.net/joke/kako/981/981728738.html
■1985年、慶応法学部卒OBです■
http://natto.2ch.net/joke/kako/998/998056850.html
復活!■慶応法学部の悲しい過去を語る■
http://natto.2ch.net/joke/kako/1002/10026/1002642566.html
25年前の慶応法学部は低偏差値だった!驚愕
http://mimizun.com/search/perl/dattohtml.pl?http://mimizun.com/log/2ch/joke/tmp6.2ch.net/joke/kako/1161/11610/1161029949.dat
25年前の慶応法学部は低偏差値だった!続編
http://mimizun.com/search/perl/dattohtml.pl?http://mimizun.com/log/2ch/joke/tmp6.2ch.net/joke/kako/1165/11652/1165229442.dat
25年前の慶応法学部は低偏差値だった!その3
http://mimizun.com/search/perl/dattohtml.pl?http://mimizun.com/log/2ch/joke/tmp6.2ch.net/joke/kako/1178/11786/1178600680.dat
25年前の慶応法学部は低偏差値だった!その4
http://yomi.mobi/read.cgi/tmp7/tmp7_joke_1188388282
607大学への名無しさん:2011/01/19(水) 21:22:03 ID:OD8w80kbP
『慶應義塾の光と影』(1992.6.19初版)より抜粋

第2章 変貌する六学部
3 法学部  今はなき「法学部コンプレックス」

 受験生の間では法学部もすごい人気で、超A級の難関になっているが、
一般の受けとめ方はそうでもない。慶応の法学部ときいて「・・・?」と
クビをかしげる人さえいるほどだ。
「塾内では経済学部より格下だったし、私立系の法学部としても、
司法試験に強い中央大学に差をつけられていた感じ。いろんな意味で、中途ハンパでした」
とは、かつての法学部を卒業した塾員の話だが、いわば一流にちょっと足りない
「イマイチ学部」だったのだろう。当然のことながら、「独特の法学部コンプレックスもあった」という。
 もっとも、「経済学部と比較して・・・」といわれたのは、せいぜい昭和40年代から50年代までのこと。
そんな比較をすることが意味をもたないほど、法学部の状況が一変したからだ。
 注目すべきことは、あの難関の司法試験に多数の合格者を出し始めたことだ。
全国の大学で、ここ数年間ずっと4、5位の好成績をキープしているという。
かつての慶応法学部を知っている人には、これはちょっと信じられないことではないだろうか。
ひと昔前の司法試験といえば、中央と東大がダントツの首位争いを演じ、
かなり離されての3位以下には、京都・大阪・九州・東北などの国立大が並んでいたからである。
早慶両大学とくに慶応はずっと下位だった。 その早慶両大学が、
王者・中央大学をゆるがすほどになったわけだが、その主要な原動力は、
学部内に司法試験研究室を設立して、志望者の徹底指導を始めたことである。
ある予備校の進路相談でも次のように指摘していた。
「あの中央大学が都心から移転して、交通不便な山のなか大学になったうえに、
早慶両大学が司法試験で好調ですからね。
昔は司法試験なら中央大学へ、という受験生が多かった(以下略)、