△隠居が問う―民があるじ△

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497隱居
<「隠居さんに問う」のですが、 #一方では、「少年法」「年金法」「社会保障」など、「弱者」に対して、その蛇口を締める、  #強硬な意見が、堂々と言われて、 過酷で、熾烈な処置が「強者」から行われようとして居る。
私はこの意見には少々疑義があります。>

厳罰で少年に臨むのは、少年非行の減少に効果が有るか、という事に対して、効果なし、と言いたい。「恥を知らない、大人社会」にその責任はある。少年法で厳罰に処する事によって、少年法の狙いである、「目には目を」と言った考え方がそもそも破廉恥である、のであって、まず、少なくとも政治家が、テレビの前でウソ八百を、言って言い逃れるような、破廉恥行為を社会が、糾弾してこそであろう。

少年を見て居ると、その危弱な精神は、今の社会の、情報化、就中、道徳とか、倫理とか、そういったモノの洪水と、処理能力に欠けて居る。当然の事であって、テレビで、殺人、破壊のストーリの中、一方では、分別のある社会性を集団の中で植え付けられながらも、見聞きするモノは、エログロの環境の中で育っておる。

危弱な精神は、こうした洪水の中で耐えられずに、閉鎖的な、いわば自分の中のモノに頼るようになってくる。正義とか、信頼とか、外からの刺激によって、育てられるモノが信頼に足りないまま、成長すれば、誰でもバランスを失ってしまう。

完成した「破廉恥」をも省みない大人が、強者で少年を厳罰に処することで、少年達の悲惨な行為を押し込めようという、馬鹿学者共に対して「破廉恥の、能無し野郎」という言葉を贈りたい。破廉恥な政治屋が「不真面目な態度」で造ろうとして居る少年法にワシは「唾を」吹っ掛けてやりたい。

国家の財政問題と、社会的弱者の問題とは、その根は一緒であるが、解決手段に大きな誤りがある事であるが、長くなるので、また述べようと思います。まあ、一言で言えば、失政のツケを必ず弱者に廻すといった、事が、未だに強面で、堂々と論議されて居る、この学者共と政治屋の「破廉恥、破れ脳味噌ども!」と言いたい。