ちなみに、破門前なら、ほとんどの学会員宅にあった池田氏の勤行指導
(長いので分けます)
勤行は早からず遅からず、声は大きからず小さからず中道がよい。
五座・三座の勤行をきちんとやれば体がきちんとする。
やっていない人に限っておかしくなるのだ。
体を大事にしなければ広布の使いものにならない。
勤行の弱々しい人は必ず病気になる。
声の大小、速い遅いではなく、御本尊に響きのある題目をあげる事が大事なのです。
そして声の響きが帰ってくるのです。
それが功徳になるのです。
要は御本尊に対する一念が大事なのです。
五座・三座の勤行をしっかりやりなさい。
そうすれば、どんな願いも叶うし病気の人も体の調子がよくなる。
居眠りをしては駄目だ。おかしくなるのは勤行をきちんとやっていないからだ。
勤行をきちんとやっているかいないかは自分が一番良く知っている。
やりきれば全てが軌道に乗ってゆく。
体が疲れている時、寝てしまった方が回復するのではないかと思うかも知れないが、そうではなく、しっかり勤行をするのだ。
寝不足なんかなくなってしまう。
仕事もうまくいく。
態勢を整える為に勤行をするのだ。
宇宙と合致しているのだから生命が大宇宙のリズムに乗らない訳がない。
小さく云えば実相だ。
(続き)
勤行こそ心の、また生命の最高の化粧法であり、且つ又、最高の健康法である。
白馬がパッパッと駈ける様な朗々とした勤行・唱題をしていきましよう。
御本尊にピンビン響き、感応してゆく勤行・唱題に無限の功徳があるのです。
そういう勤行・唱題を実残し、はつらつとした人生を、送っていこうではありませんか。
疑いがあり形式的であればその唱題は百万遍の題目を唱えたからと云っても境涯が開くものではない。
自分自身の発心で一つの目標をかかげて唱題した場合には境涯は絶対に開ける。
形式的に嫌々ながらでは何千万遍唱えても境涯は開かない。
本当に苦しんだ時、百万遍の題目を唱えなさい。
勇気ある実践をして行きなさい。皆さん方に題目を送ります。
皆さん方もしっかり題目をあけてほしい。
送信機がいくら立派でも、受信機がこわれては駄目だ。
自分自身の生活、又は生命の上て悩みがあったら堂々とのびのびと百万遍の題目をあげきってみて、どういう結果が出るかと云うことを我が身で体験していただきたい。
それが論より証拠です。
あゝいう事が出来るだううか、こうだ、あゝだと観念的に思っても仕様がない。
御本尊にぷつかりなさい。
題目をあげきった場合は全部変毒為薬される。
福運に変っていく。
(続き)
だから今、どんな苦しい境涯であっても、仏法の原理から歯を食いしばって、戦えば、何倍、何十倍、何百倍と広野が開けてゆく、又行き詰る、そしてまた、ひろがって行く、それを繰り返すのです。
その時に題目を忘れてはならない。
全部必ず解決します。題目をあけておかないと、長い人生に於て非常に困る事になる。
唱えられる時に唱えておきなさい。
題目は貯金です。
充電です。
人は死ぬまで様々な苦悩に直面するものです。
思ってもいなかった時に題目をあげていた人と、いなかった人の差がはっきり現われるのです。
あげている人は変毒為薬し、あげていなかった人は奈落に落ち込んて行く。
仏道作業で一番やさしいのは題目を唱える事であり、一番難しいのも題目を唱える事である。
喜びにも題目、悲しみにも題目、斗にも題目、一切の人生の活動の源泉は題目を唱えて唱えて唱えきって行く事だ。
これが大聖人の仏法の真髄である。
創価学会会長 池 田 大 作