>>783 いや、日蓮自身からして必ずしもそれが十分だったとは言えないんだ。例えば↓の通りでね。
http://d.hatena.ne.jp/dondoko9876/20091202 念仏への批判については、日蓮以前の人、明恵とかのほうが教義面をよほど理路整然と批判してる。
日蓮のは……その意味では後から念仏批判始めたにしちゃ、ちょっとアレかな。
だから日蓮だけに着目せず、その言動が同時代人たちの中でどうだったのか?を見ないと、
単なる日蓮好きの日蓮贔屓な意見になっちゃうよ?
そんな意見は、当時も現在も念仏側、つまり“他者”には届かないです。
日蓮の主張と、信長とか秀吉、家康とはあんまり関係ないしね。
日蓮の念仏批判は、私個人は一定の評価をしてるけど論としては欠陥だらけです。
そして、欠陥だらけの論で他宗に喧嘩を売ったことは、後に日蓮自身の首をしめました。
日蓮の流罪によって彼の門下は退転し、日蓮は教義を再構築する必要に迫られたんだけど、
かたや念仏側はというと、法然の流罪によってもそのような教義上の混乱は見せていません。
この差異がどこから生じたのか?
宗教史に興味があるなら、この辺りに着目してみると色々面白いと思いますよ。
あと創価学会員さんの中には、脱会しても内部アンチになっても、他宗に偏見持ってる人がいるけど、それは結局、現在の他宗教に対する
謂われない偏見へと繋がるから、出来ればそこから解放されたほうが良いんじゃないかとも思います。