>>792 >> 「結局、恋人とうまくやっていく最善の方法として創価を受入れている人は多くいると思う」
> 俺は一般創価アンチだけど、これは自分の周りを見た感じでは、残念ながら真実だと思う。
うん、宗教は思想だし、その人を構成している人格の多くを占めてるから、結局は歩み寄りが必要では
ないのかと思う一面もある
創価に関しては、問題が多いけれど恋愛は自分の都合通りにはいかないし、好きになってしまったら悪い部分や
不都合な部分も容認したり妥協して受入れてしまうことは多いと思う
宗教を性格に置き換えれば、お互いに譲り合わなきゃ喧嘩が絶えないだろうし、しまいには破局してしまうだろう
俺は創価に生まれながらにいるから、おかしなところも悪いところも狂っているところも静観して見ている
ことができるけど、いろんな悩みを抱えて入信、間もなくして悩みを解決するために必死に活動に参加している
人の気持ちを思うと、実に複雑だ
おとといの本部幹部会に行ってきたが、池田氏のスピーチはおおむね「創価の邪魔をすることは大謗法」
というにまで至っていた。創価はここまで地に墜ちたのか、そう思った
戸田先生が「我々は創価学会の会員だが、創価学会の信者ではない」という指導を池田氏はもはや
眼中にないのだろうね
> 「相手の宗教を受け入れられない人(俺含む)は、宗教持ちと付き合ってはならない」
考えさせられる…
俺は内部アンチだけど、創価学会員であることに変わりはないし、日蓮大聖人の教えを拝して御本尊を
信仰している、となれば結婚や恋愛は同じ創価の相手とするほか無いのだろう
しかも、俺はアンチゆえに相手は未活動や同じ内部アンチである必要がある…
恋愛にまで発展しても、結婚にまでいたるのは実に難しい…
バリ活の両親に納得させるのは不可能だし、駆け落ちも覚悟しなきゃならない
憂鬱になる
>>798 素で思ったことなんですが、実際に会って話してみたいと思う人ですね。
悪気はないんですが、素直にお伝えしたかったので書きました。
悪いように聞こえてしまったらごめんなさい。決して茶化しなどではありません。
>>794 そうだね、俺もそうだった
嘘をついているつもりではなく、聞かれないから自分が創価であることを言わなかったというのが言い訳
これって非常に重要な事で、本来、相手を思うのであれば「俺は創価学会に入信してるけど、それでもいいの?」
としっかり言うべきだよね?
それで破局したなら、それもまたなるべくしてなったし、互いに強い絆が生まれてから「実は創価です」なんて
言うことは裏切りだし、相手に強い心の傷を負わせてしまう
つきあう段階で言っておけば、その傷は最小限で済むんだから
いろんな人が創価の人間は子供を産むなというけど、それが正しいのかも
本来自分が経験した苦労を子供に負わせたくない、これが親心というか親としての責務だと思うのだけど、
創価学会の教えでは子供の苦難もまた、子供自身が乗り越えなければならない宿業だとしている
人の痛みがわかる子供に育てることと、子供自身に降りかかる苦難を混同してしまってはいけない
俺も幼少期に同級生から万引きをしたという嘘を言いふらされ、結局それも親は「これはおまえの宿業なんだ」
と言われて育った
そんな事をずっと繰り返したお陰で、高校を出る頃には人を信じられなくなって人間不信なった時期があった
創価学会の人間に子供を作るなという事を差別だと思う学会員は多々いるけど、俺は差別ではないと思う
子供を産みたければケジメとして脱会しなきゃならないと思う
真言宗、浄土宗、キリスト教などの他の宗教は別としてね
結婚して人生を共に歩むつもりなら、
お互いの価値観を「許容できる」かどうかは重要だろう。
価値観が宗教に基づいたものでも、非宗教的でも。
創価の場合、他の価値観を“全て”かつ“完全に”否定して
「創価の価値観」を押し通そうとするから、
(少なくとも、外部からはそう見える)
創価の価値観を“全て”かつ“完全に”否定され「返される」んじゃないかな。
自分はあまり偉そうに言える立場でもないんだけど。
>>801 > 創価の場合、他の価値観を“全て”かつ“完全に”否定して「創価の価値観」を押し通そうとするから、
> (少なくとも、外部からはそう見える)創価の価値観を“全て”かつ“完全に”否定され「返される」
> んじゃないかな。
まったくその通り
正確には、創価の根本(であった筈)である日蓮大聖人の教えが排他的であり、唯一無二正しい教えでそれ
以外は邪教であり、触れてはならないとしているところにある=謗法
それをどこまで時代に即して解釈していくか=化儀、それが重要なのだけど、創価学会も日蓮正宗も
その邪教の完全否定がキホンだから、無神論者や宗教を願掛けや初詣・祭りなどの行事と思っている人には
理解しがたい
相手への強要、これが信教の自由を阻害しているわけだけど、日蓮大聖人の教えをそのまま捉えれば
信教の自由も否定しなきゃならない、こんなことは違憲だから表だっては創価学会も日蓮正宗も口には
しないけど、入信の際には謗法払いといって、他宗の曼荼羅や仏像、お守り、お札、破魔矢、だるま、
招き猫… あらゆる宗教性のあるものを処分させる
うちの両親の古いアルバムの修学旅行などは、神社を背景に撮った記念写真の背景がまるまる切り取られて
いるよ。重いですらも許さないのだからね
時代に即した教えを信仰しつつ創価以外の人とうまくつきあう方法を学会員は重要視して、過激な折伏や
新聞啓蒙、選挙支援をやめるべきだね
こんなんだから、学会員は婚期を逃し続ける