>>246 >>智(ちぎ、Zhi-yi、538年 - 597年11月24日)
>>チベットに仏教が伝わったのは7世紀前半。
7世紀前半といえば、601年〜700年の間です
http://ja.wikipedia.org/wiki/7%E4%B8%96%E7%B4%80 つまりチベット仏教の方が後となる訳ですよね〜
では、内容はといえば、どうでしょうか?
既にその頃には小乗と大乗部の立て分けが中国では施されいますよね〜
尚更、問題じゃないでしょうか?
その立て分けられた、五時八教の中、チベット仏教の内容は
方座のどの部分に該当するのでしょうか? 円教の教えにまで達したのでしょうか?
また、何故、長年にわたり中国政府から弾圧を受けているのでしょうか?
何時まで経っても幸福になりませんよね〜
ところが大聖人は竜の口で首を斬られず、佐渡からも帰って来られたのでしょうか?
それだけではありません、譬え、教義そのものが食い違っていたとしても
何故、権力者側に日蓮系の教えが支持されて信仰してしまった人が多い
金持ちも意外と多い(だから問題なのですが)
弾圧と言っても自爆の弾圧だったりしたものが多く
また弾圧されていたとしても一時的なもので、何時の間にか回復してしまう
この違いについて説明が出来ませんか?
元々五時八教で立て分けなければならなかった背景には
伝言ゲームや「日蓮正宗VS日蓮宗VS創価のスレ」で書いた
「安土問答」のような事が起きていて
要はソフトとハードが全く伴わなくなり収集がつかなくなったため
たて分けた要素があります
更に、種脱相対まで解いたのが大聖人の仏法です