)【仏罰】本尊焼いてうpしました 46【落ちない】
915 :
913:2007/01/08(月) 01:12:03 ID:???
ウワ・・・・リロードすればよかった・・・・orz
法孫悟空氏、乙。
>>908 ・・・・
釈尊がこのように主張した・・・だから仙予国王は国の謗法をなくすためにry
↓
日本も、似たような謗法状態である。
↓
謗家の失を脱れんと思はば父母兄弟等に此の事を語り申せ、
或は悪まるるか或は信ぜさせまいらするか、
謗国の失を脱れんと思はば国主を諫暁し奉りて死罪か流罪かに行わるべきなり、
我不愛身命但惜無上道と説かれ身軽法重死身弘法と釈せられし是なり、
もし、鎌倉時代(それ以降)に於ても仏敵は殺すべきだというのであれば、こういう文章のもっていき方になるわけがない。
「此の事を語り申せ」「国主を諫暁し奉りて」とあるが、どう考えるんだ?
人殺しを薦めるのであれば、この部分に人殺しの文字が躍っているはずだがな。
ヲタ氏よ、曲解しようとしても無駄だよ。
917 :
◆Bwr5tJDUMc :2007/01/08(月) 01:35:15 ID:xB6NEr1Q
>>913 >大聖人が相手に対して薦めるのは折伏であり、人殺しを薦める訳がない。
うーん、これは913さんの願望ではないでしょうかね。日蓮が現代にも通じる人の道を説いて
いたはずだと信じているなら、気持ちとしてはわからないでもないですが、残念ながら、
根拠・理由に欠けますよ。
要は、日蓮は過去の仏典にそう説かれているということを紹介しているだけで、日蓮自身の
言葉ではないとか、なんとか、・・・やっぱり苦しいですねぇ。913さんの主張は、そういう
趣旨ですよね?
例えば、過去の仏典に、場合によっては殺生も大功徳になると説かれているが・・・と、
事例を挙げつつ、でも、やっぱり、如何なる場合でも殺生はダメですよ〜、と日蓮が
語っていたなら913さんの説も説得力が出てくるでしょうけれど、事実はそうではないの
です。
殺生はいけないことだが、法華経の敵を殺害するのは大功徳になると(仏典に)説かれて
いるんだよ〜、という風に記載されてますね。重要なことですが、一連の内容の中で、
敵対者を殺害するのはすばらしい功徳になるということを日蓮は否定していないのです。
薦めているかどうか?という問題ですが、すばらしい功徳(第一の功徳)と紹介している
からには、日蓮的にはオススメ行為であると受け取ってもおかしくはないでしょう。
すばらしい功徳だけど、やっちゃダメだよ、というのでは、辻褄が合いません。
918 :
◆Bwr5tJDUMc :2007/01/08(月) 01:36:20 ID:0XYxeF8p
(
>>971の続き)
>そのちょっと後に、供養に対応する部分としてこうある。
>「・・・設い身の皮をはぎて法華経を書き奉り肉を積んで供養し給うとも・・・」
>これは、いわゆる仏法に対する事供養のことである。
上記は、お布施のことを指しているという指摘でしょうか?仮に冥福を祈るのではなく、
お布施という意味での供養であるとしたところで、敵対者を殺害云々という論点にはあまり
関係してきませんよね?
それにしても「供養を展ぶ可けんや」の「展ぶ」って訳するとどういう意味なんでしょう
かね・・・。気になります。
919 :
◆Bwr5tJDUMc :2007/01/08(月) 01:52:08 ID:0XYxeF8p
>>916 法律ヲタさんに対するレスのようだが、横から失礼。
>もし、鎌倉時代(それ以降)に於ても仏敵は殺すべきだというのであれば、こういう文章の
>もっていき方になるわけがない。
なんで?根拠・理由は?
>「此の事を語り申せ」「国主を諫暁し奉りて」とあるが、どう考えるんだ?
どう考えるも何も、素直に読めばいいんじゃないだろうかね。「この事を伝えなさい」
「国主を諌め、諭し(申し上げて)」という意味だぞ。
>人殺しを薦めるのであれば、この部分に人殺しの文字が躍っているはずだがな。
なんで?そんな何度も何度も述べる必要がないから、「この事」とまとめて言ってるんだろ。
920 :
◆Bwr5tJDUMc :2007/01/08(月) 04:21:48 ID:0XYxeF8p
>>916 もう少し詳しく補足しておこう。916が引用している少し前から考察する必要がある。
「悲いかな我等誹謗正法の国に生れて大苦に値はん事よ 設い謗身は脱ると云うとも謗家
謗国の失 如何せん 謗家の失を脱れんと思はば父母・兄弟等に此の事を語り申せ 或は
悪まるるか或は信ぜさせまいらするか」
悲しいことであるが、正法誹謗の国に生まれると大きな苦しみに遭うことになる。たとえ、
謗身から抜け出せても(自身の謗法行為によって仏罰・地獄堕ちになることから抜け出せた
としても)謗法の家(家柄・家庭にいる、家に生まれる)という過ちや、謗法の国(国にいる、
国に生まれる)という過ちは、どうしたらよいものか。(個人的に謗法行為をしなくても、
家や国が謗法だらけだったら、家中の人・国中の人が大きな苦しみに遭うことになって
しまうのはどうしたらよいものか、ということだね。)謗法の家という過ちから逃れようと
思うならば、父母や兄弟などに「この事」(法華経の教え、又は正法を指しているわけだ。
ああするべきだ、こうするべきだと、今まで日蓮が手紙の中で述べていたような事も含めて、
法華経の教え、日蓮の教え)を話して聞かせなさい、伝えなさい。そうすれば、家族から
憎まれるかもしれないが、(法華経の教え、日蓮の教えを)信じさせることができるかもしれない。
(後に触れるが、我不愛身命但惜無上道・身軽法重死身弘法とあるように、憎まれるかもしれない
ということに脅えたりせずに、折伏しなさいということだよ。)
今問題となっていることから少し離れるが、上記の内容は、独善的な主張を基に人の迷惑
返りみずかよ・・・といった、強引な折伏の問題にもつながる内容といえるかもしれないね。
921 :
◆Bwr5tJDUMc :2007/01/08(月) 04:23:38 ID:0XYxeF8p
(
>>920の続き)
「此の事を語り申せ」というのは、そういうことなんだよ。だから、日蓮が、一々、法華経の
敵の場合は・・・という様な個別のことを再度言う必要はないってことだよ。そういった、
既に手紙の中で述べたことも含めて、語って聞かせなさいよ、ということだぞ。
だから、「この部分に人殺しの文字が躍っているはず」だとか、それが無いから、日蓮は
法華経の敵を殺害することはすばらしい功徳であると主張しているわけではないとか、
そういった反論は不適切なんだよ。上記で詳しく解説した様に、916の根拠・理由がおかしい。
その部分で敵を殺害するのは功徳云々ということを再度触れていないからといって、日蓮が
今このスレで問題となっていることを否定していたということにはならないんだよ。
922 :
◆Bwr5tJDUMc :2007/01/08(月) 04:24:30 ID:0XYxeF8p
(
>>920の続き)
すぐ後に続く「国主を諫暁し奉りて」という部分も問題としているようだから、これも解説を
提示しておこう。
「謗国の失を脱れんと思はば国主を諫暁し奉りて死罪か流罪かに行わるべきなり
我不愛身命但惜無上道と説かれ身軽法重死身弘法と釈せられし是なり」
謗法の国という過ちから逃れようと思うならば、国主を諌め、諭し申し上げて(国主を折伏
しろということだね。)死罪か流罪に処せられるべきだ。(まぁ、これは法華経を信じている
わけではない国主に物申すことになるわけだから、死罪とか流罪になるけど折伏しろって
ことだ。当時は、そういったことが理由で死刑なんて普通のことだったようだな。)
我、身命を愛せず、ただ無上道を惜む、と説かれていたり、身は軽く法は重し身を死して法を弘む、
と説明されているのは、このことである。(これは法華経勧持品に説かれているようだね。)
創価学会では「我不愛身命但惜無上道」「身軽法重死身弘法」より、「不惜身命」という
言葉を使う方が多いような気がするね。同じ様な意味だけど。
命を惜しまず、苦難や恐怖に負けることなく信心しろ、又は広宣流布に励めよってことだな。
923 :
◆Bwr5tJDUMc :2007/01/08(月) 04:25:43 ID:0XYxeF8p
(
>>920の続き)
「国主を諫暁し奉りて」に関係のある部分に「人殺しの文字が躍っているはず」だという
ことにはならないよ。日蓮が法華経の敵を殺害するのはすばらしい功徳だと考えていたにしろ、
折伏に応じない国主を殺害したら国が混乱することぐらいは理解できてたのかもしれないね。
当時は、宗教観の違いで人が殺される、又は殺すようなことがまかり通っていたとしても、
さすがに国主暗殺まではオススメできないだろうな。(日蓮を好意的に考察しないなら、
国主を暗殺することを勧めもおかしくないかもしれないけど・・・、まぁ、ここでは勧めて
ないことは確かだ。)
こうやって詳しく解説した様に、「此の事を語り申せ」の部分と同じで、「国主を諫暁し
奉りて」という部分で敵を殺害云々ということを再度触れていないからといって、日蓮が
今このスレで問題となっていることを否定していたということにはならないんだよ。
残念ながら、916の主張は反論足り得ないということだ。わかったかい?
御書の解釈って難しいですね。
もう一度ゆっくり秋元御書を読んでみます。
大聖人が人殺しを推奨しているとは思えないので。。。
いい事が書いてあるな〜って思う御書もたくさんあるし。
>>924 当たり前のいい事なら御書だけでなく
オウムの機関紙にだって書いてあるよ
日蓮は人殺しは推奨していた訳ではないが
法華経の敵なら別だと言っていた外道
つまり法華経のカルト信者なんだよね
でも、日蓮を信仰してる宗派って結構あるでしょ?
そんなにダメダメな人なのかなぁ?
創価学会は宗教じゃないから、別問題だけど。。。
927 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/08(月) 10:14:18 ID:UCY0tgpQ
>>924いい事が書いてあるな〜って思う御書もたくさんあるし
↑これは引用元の経典にいいことが書いてあるだけ、日蓮御書はウソと
自己宣伝が多杉なので、原典を読むようにすれば?
>>926 日蓮系はぜんぶダメダメだYO 法華経を利用して他宗を批判するなんて
仏教の本筋からはずれてるし (本来は癒しを与えるべき)、3世の宿業
なんてお釈迦さまが棚上げした問題だし、日蓮の法華経解釈もかなり
テキトーだから、御書じゃなくて法華経を読むのが良いでしょ、そして
その他の経典へ・・・日蓮経由の必要はなんにもないです。
928 :
清掃行者 ◆PbO2Gwv0IA :2007/01/08(月) 10:33:01 ID:XioX2tbq
>>927さん
法華経も同じですよ。日蓮の狂信的な思想の原点は
元々は法華経から来ています。
そもそも、日蓮などが唱えている仏罰という最低の思想は、
法華経に、「信じない人は病にかかるとか障害者として生まれてくる」
などと書いてある事に端を発するものです。
そんな事が書いてある上に、更には、「これが最良の経典だ」などと
自画自賛が書いてあります。もはやお話になりません。
無宗教の立場としては、他のどれが良いなどと言うつもりは
ありませんが、法華経と日蓮だけは上記の理由より
最低で劣悪なものだと言い切れますよ。
ですので、まず法華経と日蓮には関わらない事をお勧めします。
勉強になります。
ありがとうございます。
私は信仰心が強い訳ではないのですが、宗教に興味があるんです。
法華経は文庫で読みました。内容はあまり覚えてないですけど。
どの宗教もイイ事いっている所しかみてないので、楽しいです。
930 :
◆Bwr5tJDUMc :2007/01/08(月) 11:14:59 ID:0XYxeF8p
>>924 >大聖人が人殺しを推奨しているとは思えないので。。。
うーん、924さんが日蓮はすばらしい人であると信じているなら、お気持ちとしてはわかり
ますが、敵対者に対する思想というのは、やはり排他的であるといわざるを得ないのでは
ないでしょうか。今回話題になっている秋元御書の一節だけではなく、他にも問題ある
主張が見受けられますからね。当時の時代背景を考慮すれば、致し方ないといえる側面も
あるでしょうけれど、大聖人・本仏・現代の目から見ても人道的・深遠なる日蓮哲学(仏法)
等々、そこまで高く評価していいものかどうかは大きく疑問でしょう。バイタリティー溢れる
人だったという側面では高く評価できるかもしれませんが、好意的に考察しなければ強引で
迷惑な人だったといえるでしょうし・・・。まぁ、あまり是か非かという話をすると、
悪人だった・善人だったと二元論的な評価に陥りやすくなるかもしれませんから、信じたい
気持ちとは別に(これはとても難しいことでしょうし、無理な提案かもしれませんが)
できるだけ冷静に合理性や客観性をもたすようにして判断するべきではないかと、私自身も
自省の意味を込めて、そう考えます。私の場合は創価学会に批判的な見解を有していますから、
必要以上に日蓮を悪く見てしまわないようにということになりますね。まぁ、私はそんなに
日蓮を高く評価しないというだけで、歴史上稀に見る大悪人だ!などと思っているわけでは
ないですけどね。現代の目から見れば、問題ある主張をすることも多い人物であると。
そんな感じです。
「人殺しを推奨している」かどうかについては、既に
>>925さんが指摘しておられるように、
基本的に殺生はダメだというスタンスであるものの、敵対者に関しては、殺害するのも
すばらしい功徳であると述べてしまっているのは事実でしょう。(厳密には秋元御書の
真蹟は残ってないみたいですから、事実かどうかは議論の余地はあるでしょうけれど)
「人殺しを推奨している」では語弊があるでしょうし、もう少し控えめに(?)、時には
殺人も辞さない程、排他的であったと表現するとわかりやすいかもしれません。(日蓮の
主張に問題があることに変わりはないですが。)
931 :
◆Bwr5tJDUMc :2007/01/08(月) 11:15:51 ID:0XYxeF8p
(
>>930の続き)
>いい事が書いてあるな〜って思う御書もたくさんあるし。
そうですね。でも逆に「良い事が書いてあるな〜」と思うことが少ないと問題ですよね。
人を救うとか、唯一正しい真理であるとか、そういった趣旨の主張をするぐらいですから、
多いのは当然でしょうし、
>>925さんが指摘しておられるように、それが日蓮独自の主張
だったのかどうかも考察すべきではないでしょうか。そして、問題ある主張が、どういった
問題なのか、重大な問題を抱えた主張を多くしていないか、そういったことも考察する必要が
あるように思います。批判的な目で見るというのは(健全な懐疑精神という意味で)重要な
ことだと私は考えます。
例えば、カルトの教祖や独裁者でも哲学者や小説家や過去の偉人等が発言した内容を引用して
講演や執筆をすることがありますが、そこで(そこに)、良い事が述べられている(書いてある)
部分があるというだけでは、その人が人道的に高く評価されて然るべきであるという根拠・
理由にはなりません。他に人道的に重大な問題が含まれる主張をしていれば、評価は悪くなって
当然ですし、批判して然るべきでしょう。
と、今回はスレの趣旨から離れた内容になるので、もっと短くレスしようと思っていたの
ですが、随分長くなってしまいました(汗 失礼しました。
932 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/08(月) 11:52:07 ID:YBTo6uIZ
お気遣いありがとうございます。
熱狂的な信者ではないので、大丈夫です。
たまたま自分が知り合ったのが、日蓮正宗だっただけですから。
学会と宗門が対立してるのが、不思議で、自分で調べてみたくなっただけです。
丁寧なご説明ありがとうございます。
>>920 >独善的な主張を基に人の迷惑
返りみずかよ・・・といった強引な折伏の問題にもつながる内容といえるかもしれないね。
その通りだと思います。正に親兄弟、友人から煙たがられようとも、説いていきなさい
と実際言われていますし、煙たがられようとも説く事が、素晴らしいと思いこんで
折伏している会員は数多くいました。
934 :
913:2007/01/08(月) 17:54:05 ID:???
>>917 御書は、場合によっては、御書全体から判断すべきものだ。
だから、
>>913にて、
>「夫れ釈迦の以前仏教は其の罪を斬ると雖も能忍の以後経説は則ち其の施を止む、然れば則ち四海万邦一切の四衆其の悪に施さず」(立正安国論)
を取り上げた。
秋元御書の記述と全く矛盾しない。
これは現実の仏教徒の基本であり、大聖人とこだわらなくても基本的に現実の仏教徒は人殺しをしない。(強制・間違いなどは別)
(それに比べ、キリスト教やイスラム教などは、国を挙げて戦争に勤しんでいる時代・国も多い。
日本の僧兵などは、仏法を離れたキ印。)
極端な話、あなたの個人的解釈はどうでもいい。
実際、日蓮系宗派では、極一部を除いて大聖人の本意は人殺しを薦めることではないと判断している。
仏教を学んだものであれば、当たり前の解釈といえる。
これを、(明治以降)人殺し推奨と捉えた一派もいて、そこが唱えた「八紘一宇」という思想は軍部に利用されることになるが、結局は第二次世界大戦の悲惨な終結という形になる。
これは、「かかる日蓮を用いぬるともあしく(悪しく)うやまはば(敬まはば)国亡ぶべし」種種御振舞御書
の姿である。
大聖人のすべては、御書の中に詰まっている。
大聖人の本意を少しでもきちんと知りたかったら、一つの御書にこだわらず他の御書も読めばいい。
これをしないのは、真実を求める態度からはおよそ遠い。
(本当は、信じて実践しない限り意味はないが・・・)
935 :
清掃行者 ◆PbO2Gwv0IA :2007/01/08(月) 18:20:23 ID:XioX2tbq
>>913さん
>秋元御書の記述と全く矛盾しない。
いえ、矛盾だらけですよ。殺害はもっとも重い罪だが、
法華経を誹謗する者が相手ならその限りにあらずだという
仏教としては異端の発想が顕れているのがこの秋元御書ですから。
>これは現実の仏教徒の基本であり、大聖人とこだわらなくても基本的に現実の仏教徒は人殺しをしない。
だから、その現実の仏教徒の基本を
「法華経の敵になる者は別」と条件付きで
破っているのが日蓮なのですよ。
>実際、日蓮系宗派では、極一部を除いて大聖人の本意は人殺しを薦めることではないと判断している。
それは当たり前の話です。これを認めてしまったら
日蓮系宗派は崩壊しますからね。苦しい解釈をするしかない訳です。
>大聖人の本意を少しでもきちんと知りたかったら、一つの御書にこだわらず他の御書も読めばいい。
他の御書にも、法華経にも、法華経を信じないと不具者が出るとか
物理的にも倫理的にもおかしな話がたくさん出てきますよ。
信仰という盲目のフィルターを通してみるのではなく、
国語的に普通に読めれば誰が見てもおかしいのは一目瞭然です。
936 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/08(月) 18:25:31 ID:1BKnAXrh
初めは事なきようにみえても・・・
937 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/08(月) 18:37:06 ID:QT3tzYYW
2ちゃんの書き込み者が逮捕されたよ。皆さん気をつけて。(ID無くても分かるらしいよ)
938 :
913:2007/01/08(月) 19:37:05 ID:???
>>935 もう一度、
>>913の一、二段目を穴が開くほど読めよ。
この記述は、少なくとも大聖人よりずっと前に誰かが説いたことを記述しているだけに過ぎない。
・・・その後も含めて、素直に読めよ。
>>934の二段目も読めよ。
人殺し推奨と取るのは、大変な間違いであるという現証を取り上げたのに、理解できないのか?
つーかさ、日蓮も創価もどーせカルトだろ
日蓮については、今はカルト性薄れてんのかね?
デイリー予想
1位 Mr.Children
2位 秋川雅史
3位 TOKIO
4位 KAT-TUN
5位 関ジャニ∞
6位 SMAP
7位 宇多田ヒカル
8位 Aqua Timez
9位 テゴマス
10位 NANA starring MIKA NAKASHIMA
941 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/08(月) 22:10:42 ID:UCY0tgpQ
>>913 「法華経の敵を殺せば功徳になる」と言ったのは日蓮以外のダレかだから、
(秋元御書で引用した) 日蓮には悪意も罪もない、という解説ですねwww
創価(池田)には悪意も罪もあるが日蓮にはないってことかw
引用するのは認めたり賛同することにより引用してんだろ。
引用し否定しているのではない、少し前であろうが、ずっと昔であろうが同じ。
>大聖人の本意を少しでもきちんと知りたかったら、一つの御書にこだわらず他の御書も読めばいい。
>これをしないのは、真実を求める態度からはおよそ遠い。
その通りです。
大聖人の意図するものは、大百蓮華数ヶ月分読んでわかるものでもないし、
アンチがヤフオクで引っ張ってきた数冊の学会書物を読んでもわかるものでもない。
行学の二道の実践でしか理解できませんね。
ずっと気になっていたのですが、大白蓮華ですよね?
アンチがあて字にしてるのではないのですから、百じゃありませんよ。
行学一緒にしておかないと離れますからね。
真実とは、創価や信者が仏罰という言葉をどう使っているかでは?
日蓮の意思など二の次だろ。
御書とやらを極めた者には慈悲でもそうでない者には脅迫なら、脅迫だ。
極めた者以外には絶対に仏罰という言葉を用いないなら別だが。
947 :
◆Bwr5tJDUMc :2007/01/09(火) 00:03:27 ID:r/aVu9KF
>>934 913さん
>御書は、場合によっては、御書全体から判断すべきものだ。
あららら、それはご都合主義というものですよ。矛盾する主張が見受けられたら、都合の
良い方を選べばいいということになりますね。
>秋元御書の記述と全く矛盾しない。
矛盾しています。全く矛盾していないというならば、立正安国論の記述は布施を(施すのを)
止めればいいが、それでも時には殺害も止む無しという意味だということになるだけでしょう。
客が謗法の者は殺害しろと言っているが、まぁ、落ち着けよと軽く諌めたまでで、殺害する
こと自体を全否定しているものではないと解釈すれば矛盾しないことになるでしょうね。
でも、それだと913さんの趣旨とは異なってしまうでしょ?
要は、敵対者を殺害するのはすばらしい功徳にもなり得るということを日蓮は否定していない
ということなのですよ。
948 :
◆Bwr5tJDUMc :2007/01/09(火) 00:04:19 ID:r/aVu9KF
(
>>947の続き)
では、全肯定していたかというと、そういうわけでもなく、基本的には殺生は重戒であり、
いくら謗法の者とはいえ、即座に斬り捨てて殺害しろということではなく、まずは布施を
やめたら謗法の者も活動できなくなるだろうという様な手法をとるべきだとしているわけ
ですよ。簡単に言えば、矢鱈と人を殺しちゃダメだよ〜というスタンスなわけです。
ですが、結局のところ、清掃行者さんが指摘しておられるように、条件付で敵対者を殺害
することを容認しているわけですよ。そして、その条件を示唆する事例として挙げている
内容は、とても妥当な条件とは言えないわけです。更に、殺生という惨事を招いたのは、
法華経の敵が悪いと、そういう国や家が悪いから、多くの人が死ぬことになるんだと、
独善的な主張を基に相手を非難しているのが日蓮です。
また、当時の知的水準を考察すれば仕方無い側面があるものの、これも清掃行者さんが既に
指摘しておられるように、日蓮は、物理的にも倫理的にもおかしい主張をたくさんしている
わけです。そういった問題ある主張に関しては、とても現代に通じる真理だとか、深遠なる
哲学であるとか、現実の証拠・証明としての現証云々とかいったことを擁護できるものでは
ありません。仏罰という概念もそういった問題ある主張を良く表しているといえるでしょう。
949 :
法孫悟空:2007/01/09(火) 00:50:03 ID:fp8jtUIr
アホがまた難癖による難癖のための難癖を言っているな。
>ヲタ:仏教のみ、就中、法華経の信者のみを保護したんではないぞ。
まさに目指すものは信教・宗教の自由だ。
特定宗教のみを保護するものであってはならない。
そのことは、のみならず仏教を保護するものだ。
そして、アソカ大王は仏教の偉大さを理解し仏典の結集を行った。
その功徳は計り知れない。
難癖・否定しかしないお前は、まさに仏罰が落ちているといえるぞ。
その理由は、何も創造することがないからだ。
難癖・否定は破壊そのものだからな、お気の毒に、地獄行きは決まっているぞ。
かわいそうだがな。
911 :法律ヲタ正当防衛の成立要件に、法華経(信仰)など
一切関係ないんだよ。
またまた、アホを言っているな。
誰がそんなことを要件としているなどと言うのだ。
結果として、その行為が今で言うところの正当防衛であり、かつ仏教の行者を保護した功徳により仏として生まれることを説いたものだ。
まさに、画期的なご発言であると拝するものである。
950 :
法孫悟空:2007/01/09(火) 00:52:57 ID:fp8jtUIr
909 : ◆Bwr5tJDUMc
その通りだな。覚徳の件は、自衛行為であるが、阿育大王の場合は自衛
行為ではない。だが、法華経はどのような罪人(殺生)であっても救われる法なので後に改心し仏教のために尽くす功徳は計り知れないということの説明。
それから秋元御書が誰に送ったお手紙かを考察する必要もあるぞ。
たしか、この方は武士で殺生を仕事としていた方で、このような重罪をした者がはたして救われるのかの自戒の念を持っていた。
そのような者に対して大聖人が心を察して送ったお手紙なのだ。そのようなことも無視し曲解するなどは言語道断だ。
だいたい、その後、お手紙を送られた本人がどのような行動をしたかとか調べてみろよ。
これぞとばかりに法華経の敵を切り捨てたのか、否である。
あくまで殺生は重罪である。
しかし、殺生したことがあったとしても仏教のために尽くせば救われるとの意味で阿育大王の仏典の故事があるわけだ。
大聖人は必ず文証を示す、文証のないものは邪だからである。
この件に関しては、アホを相手する必要はない。
古今東西、内外の学者に聞けば良いことだ。
どこに日蓮を人殺しを推奨する宗教である、と位置付けているものがあろうか。
文証・理証・現証だ。
951 :
◆Bwr5tJDUMc :2007/01/09(火) 01:09:36 ID:r/aVu9KF
>>950 法孫悟空
>その通りだな。覚徳の件は、自衛行為であるが
べつに是非を問うという趣旨ではないが、私は好意的に受け止めれば、自衛行為であると
見えなくもないと言ったまでで、自衛行為であると断言しているわけではない。
>阿育大王の場合は自衛行為ではない。だが、法華経はどのような罪人(殺生)であっても
>救われる法なので後に改心し仏教のために尽くす功徳は計り知れないということの説明。
あのね、そういった主張は論点をずらしていることになるんだよ。
阿育大王の行為が私が指摘したように、過去に普通にあった侵略行為(又は虐殺行為だった
かもしれないよね)だったとすれば、「法華経の敵を殺害するのはすばらしい功徳である」
とした後に、「故に(それだから)阿育大王は十万八千(又は、その数倍)の人々を殺害
した。」ではおかしいのだよ。
952 :
◆Bwr5tJDUMc :2007/01/09(火) 01:10:45 ID:8q4dmYjv
(
>>951の続き)
法孫悟空の論からすれば、阿育大王の行為はすばらしい功徳ではなく、重大な罪を犯して
いることになるが、後に改心したので救われたとすべきなのであって、日蓮がすばらしい
功徳である事例として挙げていることを批判していることになるわけだ。そういう批判を
するのは、べつに構わないが、日蓮が敵対者を殺害することはすばらしい功徳になる(まぁ、
語弊がないように、控えめに、場合によってはなりうるとしておこうかね)と手紙の中で
事例を挙げつつ紹介している(説いている)ことに変わりはないではないか。論点が変わって
しまっている上に、法孫悟空は意図していないのだろうけれど、その主張内容は、一部日蓮を
批判するものになっているわけだぞ。落ち着いてよく考えてごらんよ。
>それから秋元御書が誰に送ったお手紙かを考察する必要もあるぞ。
そうだな。そういった背景を考察すればより理解が深まるかもしれないが、直接的に今問題と
なっている論点には関係してこないだろ。間接的に理解を深めるのに役立つだろうという
意味では、そういった考察もするべきだろうけれどね。秋元太郎兵衛に送った手紙だよな。
>しかし、殺生したことがあったとしても仏教のために尽くせば救われるとの意味で阿育大王の仏典の故事があるわけだ。
だから、それを、秋元御書に「法華経の敵を殺害する場合は、すばらしい功徳になると
説かれている」と日蓮が述べている部分の訳としてしまうなら、意訳というにも、あまりにも
内容を飛躍させすぎだであり、既に指摘したように不合理であるから問題が生じてしまう
わけだぞ。そんな解釈がまかり通るなら、どんな解釈でもいいということにもなりかねない。
いろんな経典を読んでみます。そうしたら、お釈迦様がなにを言っていたのか、日蓮が大聖人なのか違うのかが見えてきますよね!いつか。。。
宗門と創価と顕正会にしか興味がなかったから、視野が狭くなりすぎかも知れないです。
954 :
法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2007/01/09(火) 07:59:27 ID:b5ONZ6vu
>>924 >御書の解釈って難しいですね。
>もう一度ゆっくり秋元御書を読んでみます
そうですね。それが、よろしいのかもしれません。
ただ、ひとつ注意していだきたい点があるのですが、読み、理解する過程において、
文言自体の客観的把握とその評価は、截然と区別しなければならないと言う事です。
もっとも、両者が文字通り完全な意味で截然と区別できるかについては、微妙な点はあるでしょう。
しかし、評価の視点・立場から、逆に、文言の客観的な把握自体を捻じ曲げる事は許されません。
955 :
法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2007/01/09(火) 08:01:07 ID:b5ONZ6vu
>>953 >宗門と創価と顕正会にしか興味がなかったから、視野が狭くなりすぎかも知れないです。
そうですか。
しかし、それに気付けるなら、大きな問題はないのではないでしょうか。
956 :
法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2007/01/09(火) 08:05:22 ID:b5ONZ6vu
何やら客観性に欠ける内容でしかない、勝手なことをほざいているヤシが複数いるようだが、
その様な内容を認めるわけにはいかない。
しかし、今は残念ながらこちらの事情からして一々詳細に反論することも叶わない。
具体的反論は、早ければ明日かそれ以降とさせてもらうことにする。
どうやらオマエ達としては、こちらが述べている事について“木を見て森を見ず”とでも
言いたいようだがdでもない話であり、オマエ達こそ“森を見た気になって、一本の木すら見ず”
とでも言ったところに過ぎないと言うべきだぞ。
それでは、またな…。
>>954 レスありがとうございます。
私は御書はお手紙なので、御書全体から意図を読み取る必要はないと思っています。
古典の勉強みたいに、読みたいんです。
宗教的に読んだら、好きかってな解釈が出来ちゃいますもんね!
ただ、頭が悪いので、理解できるかが、問題ですw
958 :
◆Bwr5tJDUMc :2007/01/09(火) 12:14:45 ID:QMUGgAhZ
>>957 ◆AngEcMrbTYさん
>私は御書はお手紙なので、御書全体から意図を読み取る必要はないと思っています。
そうですね。日蓮正宗や創価学会等が日蓮の手紙や遺文を(日蓮以降の特定の僧侶のも
含めて)御書という謂わば教典として扱っているだけで、教典として扱う必要がない人が、
あえて、その手紙や遺文の数々を全部見渡して意図を読み取る必要はないでしょう。ですが、
その背景には日蓮が法華経という経典を信奉していた事実や、日蓮の経典に関する解釈が
正しいかどうかは別として、日蓮なりの思想というものもあったのは事実なわけですから、
そういったことを考察する上では、手紙や遺文や法華経そのものを見渡すのは有益であると
いえます。
959 :
◆Bwr5tJDUMc :2007/01/09(火) 12:15:29 ID:QMUGgAhZ
(
>>958の続き)
>古典の勉強みたいに、読みたいんです。
古典の勉強をするなら他にいろいろ文献がありますが、◆AngEcMrbTYさんは種々の仏典や
日蓮関連の文献に興味をもっておられるようですね。わかりやすい解説書として参考文献を
探す場合などは、宗派の対立が関係してくる場合もあるので、それを考慮する必要が出て
くるかもしれません。有名な仏典に関してなら、比較的中立な(?)立場での参考文献を
見つけやすいかもしれませんね。私はあまり仏教には詳しくないので、良書として具体的に
書籍を紹介できないのが残念です・・・。御書の場合ですと、古典ですので古語辞典を基本に
漢和辞典や国語辞典を駆使して訳するのも手間はかかりますが、楽しいですよ。
ただ、文章量が多い場合は、大変でしょうし・・・むぅ、困りましたね(汗
>>958 本当は私にとっては教典のはずなんですけどね(苦笑
このスレに来たのも、学会本尊を燃やした事に興味をからですから。
我が家では、忍者ゴッコの道具として、活躍していました。今はどこにいったやら(汗
961 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 14:28:48 ID:Me92veam
忍者ごっこの道具分かるぞー。
巻物ぽいから適材なんだよなアレ。
962 :
◆Bwr5tJDUMc :2007/01/10(水) 21:07:47 ID:uTq75uv3
963 :
◆Bwr5tJDUMc :2007/01/10(水) 21:12:04 ID:uTq75uv3
忍者ごっこで 本尊 に 触れまくっていたので、わが子は ちょー功徳でまくりです。