【仏罰】本尊焼いてうpしました6【落ちない】

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495タイロン ◆TUZD3mf8Sk
あるある学会員さん、横レスで失礼します。
>私が述べているのは「創価の信仰対象」を燃やすと言う行為ではなく、ある特
>定の宗教の信仰団体やグループの信仰対象を相手を侮辱する形で棄却する行為
>は「是」とは出来ないという事です。
基本的には同感なのですが、ある特定の場合においては私は「是」だと考えます。
確かにある特定の団体やグループの人間にとっては「単に侮辱を受ける行為」
だとは思いますが、「それによって精神を救われている人が同数以上居る」場合は話は別です。
私個人としては層化板における本尊焼きうpはその様な性質のものだと認識しています。
焼きうpは仏罰と言う強迫観念を取り除く事で、脱会したくても出来ない
二世や三世の学会員の精神を解放する行為であった、と。

創価学会と言う組織では、脱会するにせよ、組織に対してネガティブになる行為を
するにせよ、「必ず仏罰が落ちる」と周囲から言われます。
これは非常に重い精神的な枷なのです。脱会した人ですら、
頭では解っていても>>314の創価四世の様にその枷に苦しみ続ける人が大勢居るのです。
仏罰が無い事を焼きうpで証明出来たとは言いませんが、焼きうpのおかげで
多くの人が仏罰について理論的に考え、自分の頭で判断出来る様になる良い
きっかけを作る事が出来たのではないでしょうか。

また、その有る特定の団体が「破壊的カルト」であり、
そのカルトからの脱洗脳となる行為であるなら少々の荒療治も止む無しと考えます。
私個人は創価学会を「破壊的カルト」であると認識しています。
以上の様な理由から、私個人としては本尊の焼きうpという行為は
「是」であると考えています。
496タイロン ◆TUZD3mf8Sk :04/02/27 22:14 ID:???
>我々は前述したように完全ではありません。
>そして創価も同じく完全ではないのです。
>それを良い方向に変えていくのは我々若い世代であります。
>それが人間の歩みであり、学会員として生きる私の人としての責任です。
まずアンチは、少なくとも私は層化を完全などとは思っていません。
それどころか、政治、経済、教育などから日本社会に害毒を与える
最悪の存在だと認識しています。これについては希望が有れば
私個人の意見を言わせて貰います。

貴方個人の考え方は非常に好感が持てます。しかし、理想論でなく現実問題として、
創価学会という組織の指導を政治に介入せず、他宗教をも尊重し、
逆らったら仏罰がどうこうと言わない様に変えていく事は不可能です。
何故なら、創価学会を含めた日蓮正宗系の宗教は、日蓮原理主義、
また御書原理主義とも言える立場を取っているからです。
日蓮は、御書は、あるある学会員さんの様な寛容な姿勢を持ってはいません。
正宗系は原理主義で有るが故に、日蓮宗の様に解釈を変える事で
時代に合わせて一般に迎合する様な形を取ろうとしません。
つまり、コンセンサスの変容を認めない教義が根底にある宗教なのです。
これを仮に変容させていこうとすれば、全く別の存在になってしまいます。
組織の教義をいきなり別の存在にすり代える事など出来るでしょうか。
497タイロン ◆TUZD3mf8Sk :04/02/27 22:15 ID:???
>広宣流布の手段としての強引な折伏は、現在の社会的コンセンサスから見て
>学会員が考えなくてはいけない課題だと認識します。
この様な認識が出来る学会員さんはあるある学会員さんの他にも
過去の創価学会の何十年と言う歴史の中に何人も居られた事でしょう。
これは何も創価学会に限った事では有りません。

しかし、どの宗教団体が行う指導もそういった末端の信者の
意見が生かされる事は有りません。組織において指導を行うのは
あくまで本部であり、現在は名誉会長である池田氏です。
そして、その指導の結果が現在の聖教新聞の四面です。
いくら貴方個人が他宗教に寛容で素晴らしい精神の持ち主でも、
貴方以外の大多数が他宗教や出版社への攻撃を良しとし、礼賛しています。

さらに。組織の指導を変えていくには幹部になるしかありません。
しかし折伏ノルマがこなせて人望ががあったとしても、貴方の様な考え方では
(本来は素晴らしい思想なのですが)組織の中では疎んじられ、
人脈を作ることもままならないはずです。
仮にあるある学会員さんが組織の内部で本部の大幹部になれたとしても、
それは組織の分裂を引き起こし、結果として別の団体を
旗上げしたり、組織を去る事になるでしょう。
何故ならそれは、先にも述べた正宗系宗教の根底に流れているものを覆す行為だからです。
498タイロン ◆TUZD3mf8Sk :04/02/27 22:16 ID:???
現実ばかりで悲しいですが・・・つまり創価学会の本部の指導は
「あるある学会員さんが望む方向には変わる事は出来ない」のです。
本部の指導はあるある学会員さんが言われる様な有り方と
180度違っています。しかもそれが変わる日は永遠に来ないのです。
貴方の様な方が何も「創価学会」と言う形式、しかも悪しき形式に
こだわる必要性など何もないのではないでしょうか。

一つ聞かせて頂きたい事があります。それだけの見識を持ちながら、
何故貴方は今でも創価学会という団体に精神的にも帰属出来るのですか?
創価学会という「組織」から何か大事な事を学ぶ事が出来たのでしょうか。