学会の方へ、私の弟は身障者です
学会の人に言われた言葉は忘れてはいませんよ
「あなたの先祖が犯した罪の現れです・・・」
「この子の為に御本尊様を頂いた方がいいですよ」
「この子は前世での業を背負って生まれてきたのですよ」
池田会長が法を説いておられました
「業はその本人が自分で菩薩行を行いそれを蓮華しなければ消えることはありません」
「布教活動をすることで菩薩行を行っていることになるのです」
「前世からの業をそのままにしておくと来世でもまた同じ事を繰り返す・・・」
とも言われました。
弟は実践できません・・・ということはまた同じ様になるということですか?
方便力とは言いますが方便がすぎるのでは?
余談ですが、私もお釈迦様の教えについていろいろと調べてみましたが
確かに「教えて君」さんの言うように現在日本にある法華経(日蓮宗)が一番近いように思いますが
中国、インドで伝えられる内容とは少し違います。
「安易に人に教えを説くな」というのがお釈迦様の教えだそうです
これでは少し内容がわからないと思いますのでもう少し付け加えます
1、法の道を悟った者以外が人に教えを説く場合、一言一句違えることなく伝えなければならない
2、その法もある程度の心得が無ければ真理は伝わらない
3、法の解釈はお釈迦様の行いを弟子が記した物であり言葉も弟子の言葉である
4、法の実践は人に勧めるものではなく自分で行う物である
これについては「教えて君」さんの書かれている通りだとおもいます
お釈迦様の説いた法を正しく実践しなければいけないのにしてはいけない部分を
無視し法を広めることだけを行う事を菩薩行と言うのではないと思います
まだまだありましたが内容が難しく訳すことが出来ませんでした。
この辺りの仏教の教えの根本は日本語でかかれている書物には載っていないかもしれません
書かれていても人は自分に都合の良い所だけ利用して都合の悪い部分は伏せているのではないでしょうか?
そのような行いをしている宗教団体はお釈迦様の教えにそむいていると思われますがどうでしょう?