創価学会vsマスコミ

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698名無しさん@お腹いっぱい。
月刊ペン 1976年5月号 連続特集 崩壊する創価学会
学会を滅ぼす 池田本仏のスキャンダル (46)
室生 忠(むろお・ただし) 〈ルポ・ライター〉
親からさずかった名前を変えた池田
 
池田は自ら求めてこれらの矛盾を作りあげながら、それに苦しみ、
さらにその上にさす共産党の影に不吉な、組織の崩壊の可能性を
読んで脅えたのである。その池田の心理の上に、十年協定は正確
に位置していた。
最後に池田大作の“人間”に触れて、終ろうと思う。昭和3年1
月2日、池田は東京府荏原郡入新井町大字不入斗で、池田子之吉、
妻一の五男として出生する。本年48歳である。子之吉は、池田
に『太作』と命名した。だが、昭和28年11月25日学会文京
支部長の地位にあった池田は、自ら『太作』を『大作』と戸籍改
名した。何故か。