最強アンチへの道・知識編

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352名無しさん@お腹いっぱい。
家に帰っても三日間おがまずにほっておきました。三日目にものすごい雷が鳴って、
私の上ばかりでゴロゴロ鳴って、私ばかり狙っているように思ったので、
そのとき思わず南無妙法蓮華経と口をついて出ました。それは高校をでて
蒲田に勤めて出張していたときのことです。(略)三年目の八月に戸田さんの出版に小僧から入りました。
信用組合にも入っていたんですが、アパートに住んで、給与もなく乞食同然で苦しくてしかたなかったんです。
戸田のところへいったからというので、家からは勘当同然でした。一四、五人の研究会の仲間からもやられました。
そこで御本尊さまにこの苦しみだけ逃れさして下さい、という願いをして御題目を六〇万遍唱えることにしました。
逃れなければやめようと思っていたのです。それが不思議にも百日過ぎて急によくなってきたのです。
その時先生は事業を譲っていましたが、それをこしてから完全になにからなにまでよくなって、
身体も、生活も、物質的にも、社会的地位も過分なまでによくなったんです。私の体験は三年だけです。
信仰しなかったならば二三くらいで死んだだろうといわれています。信仰していなかったら貧乏で、
病気で死んでいたでしょう。わたしは今それから六年経っていますがずっと順調で申し分のない幸を得ております。」
 
この体験談だけでは現在のEさんの戦闘的行動派型の信仰生活をうかがうことは困難であるが、
長い幼年期から青年期にいたるまでの闘病生活は強い意志がなければ続かないし、
また学校生活や社会生活における身体の弱さからくる劣等意識は常に何かを求めてやまない精神的気魄を養ってきたであろう。
したがって病弱が克服されたばあい、この気魄と意志はそのまま折伏の戦闘力に転化し、行動力に転化することは順当といわねばならない。
出典元:河出書房 書籍名:新心理学講座4 宗教と信仰の心理学 1956年出版