「ふぅ〜、すっかり遅くなったな」
サヨックおじさんは帰路を急いでいました。組合の会議が長引いて、あたりはもう真っ暗。
ふと見上げると、空にキラキラお星様。お月様もぽっかりこんばんは・・・ん!?
なんと!?お月様がふたつあるではありませんか!!サヨックおじさんがあっけにとられ
て見ていると、片方のお月様から何やら音がきこえてきました。
♪KISSから始まる夜は熱く Because I love you 犯した罪さえ愛したい WOW
どうやら音楽でサヨックおじさんとコミュニケーションをとろうとしているようです。
♪勝っちゃった リコール会議は 勝っちゃった
サヨックおじさんは恐る恐る『勝っちゃったマーチ』を口ずさんでみました。すると、お
月様はぐんぐん大きくなり、強烈な光を放ちはじめました。
『宇宙船!?』
サヨックおじさんの目の前には、直径20メートル程のお皿のような物体が着陸していま
した。そして、搭乗口のドアがゆっくりと開くと眩しい光の中に、つり上がった目をした
ヒューマノイドが現れました。
「ワタシハ リトル・グレイ。チキューチョー ニ イジュウ シタイ」
「・・・よ、ようこそ、我が地球町へ!!」
サヨックおじさんは今、全地球町住民を代表して異星人と相対している感動に打ち震えて
います。これがグローバルで進歩的と言わずして何でありましょうか!!
「カンゲイ ニ カンシャ スル」
リトル・グレイはサヨックおじさんを宇宙船に招き入れ、その夜は二人だけで熱く語り明
かしました。
さて、この地球町に腰を落ち着けるならば、いかにリトル・グレイといえど宇宙船で暮ら
すわけにはいきません。翌日、二人は不動産屋さんでアパートを探すことにしました。幸
い、家賃も手ごろ、駅から徒歩10分のアパートが見つかりました。
「はい、これが契約書です。保証人は地球町の住人でないとダメですよ」
契約書を見せられてサヨックおじさんは愕然としました。保証人って何?・・・そう、サ
ヨックおじさんは世間知らずだったのです。
「オイ サヨック、ダイジョーブ ナノカ?」
「わ、わはははは!ダイジョーブ!!」
サヨックおじさんはロクな収入が無かったのですが、適当にごまかして契約書にハンコを
押してしまいました。
リトル・グレイが地球町に住み始めて一週間が過ぎようとした頃・・・町ではピッキング
の嵐が吹き荒れていました。設置されている自動販売機は全て壊され、お金が抜き取られ
ました。いったい誰がこんなことを・・・。目撃者の証言によると、犯人は異星人風の男
で「カネ、カネ、ハンバイキ、ハンバイキ」と片言のニホン語を繰り返しつぶやいていた
そうです。これはもう、リトル・グレイしか該当しません。
批判はサヨックおじさんに集まりました。おじさんは『地球町エイリアンアイズ(TAE)』と
いう団体をつくってリトル・グレイを支援するばかりか、他のエイリアンをも呼び込もう
としていたからです。おじさんの家の近所の壁という壁、電柱という電柱に批判のビラが
貼り付けられました。
「不愉快だ。あー、不愉快だ、不愉快だ」
無数のビラは夜のうちに貼られ、それを削除してまわるのがおじさんの毎朝の日課となっ
てしまいました。まったくキリがありません。それというのも、地球町住民の異星人への
無理解のせいで、リトル・グレイを不当に差別しているから・・・ビラをはがすおじさん
の手が止まりました。
「これだ!!」
おじさんが目にしたのは、地球町町議会議員選挙のポスターでした。選挙に出て、異星人
への差別を禁止する法案をつくるということを訴えれば・・・勝算あり!!議会で発言す
る自分の姿を想像して、おじさんはうっとりとなってしまいました。
さあ、選挙戦がスタートしました。お金のないおじさんは、駅前でハンドスピーカーを使
って演説をすることにしました。
「異星人に永住権を!異星人差別禁止立法を!!あらゆる情報の公開を!!!」
このくそ忙しいのに、足を止める人など誰もいるはずがありません。おじさんの必死の演
説は、ラッシュアワーの騒音にかき消されていきます。
「どうして、ぼくの言う言葉をだれも聞いてくれないのか? どうして、正しいことだと
みな知っているくせに、無視しているのか?」
人目もはばからず、おじさんはとうとう泣き出してしまいました。すると・・・奇跡!!
駅前通りを行く人々の多くが足を止め、おじさんの方を見つめています。
『・・・て、手応えがあった!!』
おじさんが感動で言葉にならず、さらに涙を流し続けていると、遠巻きにしていた聴衆の
中から一人の紳士が歩み出て、声をかけました。
「キミ、何があったか知らないが、頑張りなさい。強く生きるんだよ」
紳士は白衣を着ていました。