封印された三国人の犯罪

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1三国人の犯罪責任をハッキリさせる会
首相官邸デモ事件(1946年12月20日)
宮城前広場において、朝鮮人約2000名が生活権擁護人民大会を開催し、終了後首相官邸にデモ行進を行った。このときの一隊が官邸に押し入ろうとしたので、これを阻止しようとした警備警察隊と衝突して大乱闘となり、首謀者15名を検挙して身柄は進駐軍憲兵隊に引き渡された。

4・24阪神教育事件(1948年4月23日〜25日)
大阪市および神戸市において、朝鮮人学校問題をめぐって在日朝鮮人連盟系約2500名が府県庁を取り囲み、知事以下の上層部を軟禁して暴行脅迫し、多数の器物毀棄行為に出た。このため進駐軍神戸地区司令官より、非常事態宣言が布告された騒擾事件で、検挙者1800名および、首謀者は軍事裁判に付され、一部は国外追放となった。

王子事件(1951年3月7日)
政令325号違反容疑として朝鮮人学校を捜索されたとき、これに反対する約1700名が無届集会により解散を命ぜられるや、投石その他で拳銃2丁を奪うなど実力で抵抗した。このとき8名が検挙された。

吹田事件(1952年6月24日〜25日)
6・25韓国動乱前夜祭として、待兼山に参集した在日朝鮮統一民主戦線系学生等約1100名は、吹田駅に行く途中、警官隊と衝突し、拳銃2丁を奪い、さらに行進中交番2ヶ所を火炎瓶・竹槍で襲撃した。そこへたまたま出会わした駐留軍司令官クラーク准将の自動車に火炎瓶を投げ込み、顔面に火傷を与えた。他の一隊も枚方市の軍需品製造工場に火炎瓶を投げ、警官隊に激しく抵抗したため警官隊は発砲した。このときの検挙者は113名であった。

第二神戸事件(1954年11月27日)
旧朝連系約900名は、生活権擁護陳情のため、棍棒・白鉢巻の姿で西神戸朝鮮学校に集合して不穏な形勢を示したので、これを阻止しようとした警官隊と衝突し、デモ隊の一部は長田区役所、長田税務署に殺到して窓ガラス等を破壊した。このときデモ隊26名が重軽傷を負い、188名が検挙された。

出典元:李瑜煥『日本の中の三十八度線―民団・朝総連の歴史と現実―』