1 :
マンセー名無しさん :
2012/09/17(月) 09:21:16.09 ID:y2vg1/8I
2 :
マンセー名無しさん :2012/09/17(月) 10:19:28.49 ID:mosZYtT7
2ダ キムチの臭いは不幸臭 沖縄のメディアも教育機関も自治労もキムチが押さえたニダ
3 :
マンセー名無しさん :2012/09/17(月) 12:15:46.01 ID:MkhqaGnw
4 :
マンセー名無しさん :2012/09/17(月) 14:39:26.79 ID:ZGbj64qD
沖縄の世論は操作されてる気がする
5 :
マンセー名無しさん :2012/09/18(火) 13:04:41.58 ID:P9DJ1BUe
>彼は本島のおもろにある「やまと、やしろ」なる対句表現の「やしろ」も >やつしろの転訛であるする。 >「やつしろと言うべきを促音化し、更に促音点を去っての発音とみれば >八代すなわちやしろである」 >一般的には「やしろ」は山城の転訛であるとされているが、 >私は稲村氏の見解を支持したい。 音韻上は「やましろ」が「やしろ」になるよりはずっと納得できるんだが、 八代ってそんなに記憶に残るほどの港湾だったのかな? やまとしま やしろくに と詠ってるおもろからすると、やっぱ京都っぽい ような気もする。 博多までの交易だと八代経由の九州西岸航路なのか、京都までだと東岸 だったのか。本土商人の既存の航路を行ってるだけだろうけど。
>>1 スレ立て、乙です。
皆さんの議論をとくと拝見させていただきます。
まあ、ギルー・アナゴ関係では発言する事も有るでしょうが。
7 :
マンセー名無しさん :2012/09/18(火) 22:45:01.71 ID:BuTzJBGT
>>5 >肥後国誌には「八代」の地名の由来は社(やしろ)で、
>天照皇太神の山陵が上古にこの地に在ったので
>「やしろ」と言われるようになったと記されている。
>古来より八代は博多、坊津と並ぶ九州の対外貿易港で、
>みかんが中国南部より伝来した地であるとされる。
8 :
マンセー名無しさん :2012/09/18(火) 23:36:52.75 ID:hucNVNKJ
( ´・∀・`)シャバドゥビタッチヘーンシーン!! シャバドゥビタッチヘーンシーン!! シャバドゥビタッチヘーンシーン!! ヒー!ヒー!ヒーヒーヒー!
9 :
マンセー名無しさん :2012/09/19(水) 00:51:00.39 ID:luny1TY/
朝鮮半島民は台風大丈夫だったんだろうか? 琉球地方では満潮と重なり珍しく 川が氾濫したようですが。
上里隆史 @seonglei @NorykiX7959 言語学では同じ流れを汲むのは確かですよ(ただし長い歴史の中で琉球諸語が別言語に変化したと捉えてもいいという考えもあります)。僕が言いたいのは言語の共通性という事実がイコール同一国家を形成するのが自明とはならない、ということです。 会話を非表示 返信 リツイート お気に入りに登録 2012年9月19日 - 0:47 ハイ、上里先生、中国のデモと言う名のテロリズムに関しても尖閣問題に関しても完全スルーですね。 日本と沖縄を「琉球」というキーワードで分断したい想いが溢れ出ています。
11 :
マンセー名無しさん :2012/09/19(水) 08:34:05.93 ID:FQq+Y2rc
琉球語が別言語なら 南琉球方言と北琉球方言も別言語。 宮古と本島の間でも方言連続線が切れてるから。 結局コイツは小中華主義に毒されてるだけ。 多様性多様性いいながらコイツの脳内では 首里・那覇こそ琉球王国の全てなんだよ。
12 :
マンセー名無しさん :2012/09/19(水) 09:18:29.53 ID:EGwG3Bwi
別に、琉球王国があったから別国家でなければならないというのも自明じゃないんだよな 結局、国家のまとまりなんてのは過去の行きがかりと現在の都合によるものなんだから
13 :
マンセー名無しさん :2012/09/19(水) 09:32:35.27 ID:FQq+Y2rc
剥げ銅。 別国家別国家言い出したら宮古八重山奄美大島だって それぞれ別国家だわな。
ひとによりどの時代の国家形成の状態の 国家として独立したいか理想と主張は異なりますな。
15 :
マンセー名無しさん :2012/09/19(水) 10:17:53.46 ID:rIUiUxBo
師匠の高良氏が琉球民族運動なるものに片足突っ込んでるからなあ
16 :
マンセー名無しさん :2012/09/19(水) 10:31:29.56 ID:FQq+Y2rc
17 :
マンセー名無しさん :2012/09/19(水) 10:50:14.21 ID:rIUiUxBo
18 :
マンセー名無しさん :2012/09/19(水) 10:55:32.92 ID:FQq+Y2rc
>>17 無いけど。高良勉って人はいるが。
上里の師匠は倉吉だよ。
19 :
マンセー名無しさん :2012/09/19(水) 11:02:40.15 ID:utioo604
20 :
マンセー名無しさん :2012/09/19(水) 11:02:46.97 ID:rIUiUxBo
>>18 あれごめん間違えた、それ別人の反戦詩人だったね。
肝心の証拠HPが閉鎖されてるんで、別の証拠探してくるからお持ちを。
21 :
マンセー名無しさん :2012/09/19(水) 11:14:27.18 ID:FQq+Y2rc
>>20 サンクス。気長に待ってます。
>>19 実は八代って南朝の最後の拠点でもある。
>>19 島原(天草)〜八代(甑島)〜薩南諸島〜奄美諸島〜沖縄諸島〜先島諸島は、宗教と唄のソングラインがあるよね
民謡にハイヤーというお囃子も共通してますな。
上里隆史 @seonglei @dan3cat 沖縄の米軍基地が中国に対する抑止力になっていることは事実でしょうね。中国が沖縄を侵略するというシナリオは現実的ではないと思います。そもそも沖縄県民がそのような暴挙を許しません。 こいつ筋金入りの馬鹿だな。 県民の声を聞いてくれるのは日本とアメリカぐらいのもんだよ。 だいたいチベット人が中国の暴挙を許しているとでも思ってるのかな。
26 :
マンセー名無しさん :2012/09/20(木) 10:48:35.57 ID:7XwSL31x
>>25 >だいたいチベット人が中国の暴挙を許しているとでも思ってるのかな。
正論すぎwwwあんた弁が立つね。
県民が許す許さないというレベルの問題じゃないだろとは俺も思った。
上里は考えが根本的に甘いんだよね。
殺るか殺られるかっていう状況を想像できないみたい。
27 :
マンセー名無しさん :2012/09/20(木) 11:41:13.87 ID:WAM+CwKC
沖縄県民が暴挙を許さないっていうのは11万人でざわわでも歌うんだろうか・・・粟粥的な意味で で、そういうのは別で ブログの話なんだけど、尚寧以降の文書は薩摩に脅されて書いてたんだい!ってことになっちゃわない? 一般人にはそれじゃ説得力弱いと思うんだ
28 :
マンセー名無しさん :2012/09/20(木) 12:27:21.00 ID:wKrp5/qn
>>27 >尚寧以降の文書は薩摩に脅されて書いてたんだい!
それならそのエビデンスを出せと言うだけ。
王府の本音と認められる信頼性の高い史料を持ってくるか、
タイムトリップして奴らにインタビューしてくるかだなww
つーか俺も一般人のつもりだけどな。
一般人でも論破できるレベルの根拠のない妄論を、
「専門家」が吐いてるのが一番の問題じゃない?
妄論× 推論〇
31 :
マンセー名無しさん :2012/09/20(木) 15:12:54.83 ID:te8Mb/h9
>>29 琉球史学における「推論」の意味は
日本語のそれと異なるようだwww
「殊に琉球入番衆主取無余儀人をからめとられ候」
↓
ウリの心眼では
「琉球“人”の軍司令官で、他にないような人“が”捕まえられた!」
と読めるニダ!
↓
つまり王府の司令官が徳之島にいたニダ!
王府大活躍ニダ!ホルホル
32 :
マンセー名無しさん :2012/09/20(木) 15:26:02.24 ID:M/lVM+re
○献立表破った容疑で中学生逮捕
校舎内に張られた給食の献立表を破ったとして、宜野湾署は18日、
本島中部の中学校に通う男子中学生(15)を器物損壊容疑で緊急逮捕した。
同署によると、同日午前8時半ごろ、学校の読書時間に男子中学生が
教室近くのベランダで遊んでいたため、教員が注意したところ暴れだし、
校舎内に張られた給食の献立表1枚を破ったという。
学校側は同9時ごろに同署へ連絡。学校は「少年の行動が学校の指導の
限界を超えている」とし、同署は「在宅では今後の取り調べが難しい。
矯正のために逮捕が必要だ」などと判断したという。
同署によると男子中学生は「(注意され)むかついて破った」と話しているという。
□ソース:沖縄タイムス
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-09-19_39191
33 :
マンセー名無しさん :2012/09/20(木) 15:54:19.88 ID:WAM+CwKC
ハン板出入りするような人間は、書く方も読む方もどっちも世間的な一般人じゃないよw
35 :
マンセー名無しさん :2012/09/20(木) 20:23:36.65 ID:5byCq2jE
>>34 Facebookからの情報だとその中坊は普段から荒れていて
その事件では教師に殴りかかったんだそうだ
学校側も我慢の限界を超えたと言うことだろうな
沖縄市の山〇中学校かな?
沖縄市だと沖縄警察署になるみたいだから、宜野湾警察署の管轄である宜野湾市・中城&北中城村(一部除く)のどこかかと。
38 :
マンセー名無しさん :2012/09/21(金) 11:09:14.15 ID:tEuQz/lC
明智と江戸時代の例が出てたけど、もう少し時代の近い、朝鮮の役から
文禄3年(1594)7月27日、秀吉が朝鮮沿岸築城と軍備を命じた際の定数
加徳島城(小早川隆景)
士卒 5000人
鉄砲 200丁(大筒×1、50匁×10、30匁×10、20匁×10、13匁×4、6匁×10、2匁半×150)
煙硝 450斤 薬 800斤
弾丸 4500個 鉛 450斤
硫黄 45斤 弓 300張
矢 6000本 刀 450腰
具足 17両 兜 10刎
槍 200本
巨済島城(島津義弘)
士卒 2000人
鉄砲 100丁(大筒×1、50匁×10、30匁×5、20匁×5、13匁×2、6匁×10、2匁半×72)
煙硝 400斤 薬 400斤
弾丸 4000個 鉛 400斤
硫黄 40斤 弓 100張
矢 2000本 刀 400腰
具足 15両 兜 7刎
槍 100本
国会図書館デジタルライブラリ 『日本戦史 朝鮮役』陸軍参謀本部、大13刊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936355 243−244/325
39 :
マンセー名無しさん :2012/09/21(金) 11:19:05.41 ID:tEuQz/lC
それと、つい軍勢の全員が戦闘員のようなつもりになっちゃうけど、実際の構成の実例
天正19年(1591年) 立花統虎(宗茂)勢3000人
(士分)
騎士150
徒士150
(足軽)
鉄砲足軽 200
弓足軽 100
槍足軽 500
昇足軽 100
徒歩差物足軽 200
-戦闘員計 1400-
(士分の世話他)
馬卒 300
挟箱持 150
(足軽の世話他)
鉄砲小者 200
弓小者 100
徒歩小者 200
(輸送専門)
手明夫 650
-非戦闘員計 1600-
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936357 21-24/63
-------------------
今のごく普通の日本人の感覚だと、弓や銃が全員に行き渡らないとおかしい気がしちゃうよな
40 :
マンセー名無しさん :2012/09/21(金) 11:51:44.06 ID:Wsj387cl
>>39 現代でも銃と言ってもいろいろ違うんだよね。
現代だと分隊火力の中枢は分隊支援火器っていうもの。
弾倉がでかくなってバレルも強化されてる。
重くなるけど連射が効く。
これが敵の火点を撃ちまくって制圧してる間に、
アサルトライフル抱えた他の分隊員が死角から回り込んで仕留める。
アサルトライフルは連射は効かないけど軽い。
語弊はあるけど、昔の火縄銃は、
分隊支援火器とかその他の重火器と
似たような位置づけと解釈すると分かりやすいのでは。
火縄銃で撃ちまくって敵の戦列を崩して、
そこに武士がポン刀ふりまわして突入して撃破する。
スレタイの【ムーダン】と【ユタ】 そこは【ユタ】じゃなく【ノロ】だろと密やかに突っ込み。 済州島の神事と古日本の神事に共通点があったのか? 神話に出てくる三人の倭人の姫といい。興味深いではある。 日本からアチラに伝わったのか、はたまた逆なのか・・・
42 :
マンセー名無しさん :2012/09/21(金) 17:25:43.99 ID:Wsj387cl
>>41 >そこは【ユタ】じゃなく【ノロ】だろと密やかに突っ込み。
Why?そのココロは。
>>42 琉球時代ならユタは聖地にも入れない半端物だし。
神事的な活動をしてた訳でもないから。
44 :
マンセー名無しさん :2012/09/21(金) 17:57:52.66 ID:zEiEM1UO
>>43 ムーダンは違うの?
調べても出てこなかった。
ノロとユタについては確かにその通りだね。
ノロは儀式が仕事ってだけで基本お役人。
ユタはインチキ霊能者で詐欺師。
>>44 性別的な意味も含めて聖地に入れないって事ね。
琉球時代のユタって男性がやるものだったようだし。
インチキ霊能者とか詐欺師かは別として。
そもそも調べようがないものw
46 :
マンセー名無しさん :2012/09/21(金) 18:20:33.53 ID:tEuQz/lC
ノロは公務員 ムーダンとユタは自称霊媒師で、どっちも女が買うものじゃなかった? あやしげな占い師としてはノロよりユタかと 朝鮮の場合は儒教原理だと女の出番が無いから、そのぶん仏様を拝むか ムーダンに頼るかだったんでしょ 現代沖縄のユタはどんな感じ?
占い師はサンジンソウね
>>46 ユタやノロとも違う。
48 :
マンセー名無しさん :2012/09/21(金) 18:31:11.06 ID:tEuQz/lC
ああ、確かに東北のイタコを占い師とは言わない とはいえ霊媒と占いはついごっちゃにしてしまうなw
49 :
マンセー名無しさん :2012/09/21(金) 18:36:24.76 ID:zEiEM1UO
>>46 今もインチキ霊能者扱い。
信じる人もいるけど、
一般的には白眼視されてる。
見える見えないの問題じゃなくて、
この不安を解決したら別の不安を煽って、
金づるにする手口が嫌われてる。
でもガチで見えてる人も1%くらいはいるんじゃね。
金のために適度にウソつくだけで。
ガチで見えてて正直者のユタがいるかどうかは知らん。
ただあれはあれで結構大変みたいね。
仕事なくてユタになった人がいるけど、
実績積まないと金とれないみたい。
【ノロ】 村や間切りにおける祭祀を司る。 各村の聖地(御嶽)の管理者でもある。 女性のみが就くことが出来る。 王家に任命され家で継ぐ事から、もともと、そういった家系だった? 本土における、神社の神主や寺の坊主的な位置。 【ユタ】 民間の霊能者的な? 家の御願のやり方を指示したりする。 個人の霊的?な病を治す怪しげな面も。 琉球の土着信仰を保守してる。 今の時代にはインチキが目立つ。うざい。 【サンジンソウ】三世相 占い師 よく分からん。 【フンシーミー】 風水師
51 :
マンセー名無しさん :2012/09/21(金) 18:48:53.55 ID:zEiEM1UO
>>50 土着信仰ってのはどうだろう?
本土にも霊能者いるけど、
あれは土着信仰って言えるかな?
土着信仰とユタってまた違うと思うんだよね。
御嶽の祭事の担い手って別にユタじゃないし。
先祖の拝み方も、ユタに決めてもらう人は確かにいるが、
決して一般的な習慣じゃないし。
52 :
マンセー名無しさん :2012/09/21(金) 18:51:50.90 ID:zEiEM1UO
信仰っていうほど、系統的なものって あの人たち持ってないんだよね。 基本、キチガイか詐欺師で適当に言ってるだけだから。 みんないう事がバラバラ。
>>51 土着信仰っちゃ土着信仰よ>ユタ
昔から変わらず平成の世になっても
勾玉よろしく三種の仁義を使い。
古い信仰をガチで守ってる。
本土の霊能者ってのとは毛色が違う。
似て非なるものだよ。
仁義 × 神器 ○
55 :
マンセー名無しさん :2012/09/21(金) 19:13:52.93 ID:tEuQz/lC
ユタの道具って勾玉の他にどんなのが? 本土の勾玉って平安から明治に入るまで消えてたイメージがあるから 沖縄にはいつ伝わったんだろうね
本土の勾玉文化は奈良時代には消えてる。 沖縄本島北部の神事の唄には興味深い物もある。 【勾玉買いに大和に上る】という神唄 何時の時代から歌われているものなんだろうね。 ユタの三種の神器は勾玉、鏡、櫛だったはず。 俺が知ってるユタといっても3名しか知らないから 他のユタがどうしてるのかは不明。 うち一人は離島の神人(かみんちゅ)の家に生まれた婆で 霊能者ってよかは学者みたいな婆(物知り)
56つづき 別の一組?は夫婦(老年)でやってるユタ?で 俺が個人的に付き合いのあった人達。 たまたま外で友達と歩いてたら、その夫婦に出くわし。 初対面であるはずの俺の友達が 立て続けに災難に巻き込まれてる事をズバリ言い当てた不思議老人。 俺の友達見た瞬間すんごい嫌な顔しやがったw 一応その老夫婦のおかげ?で俺の友達のその後は 妙な災難はなくなったそうだ(たまたま?) 最後の一人は俺の姉が昔買ったユタ。 ノロの家系の俺たちがユタ買うとかwwwでpgrしたら怒ってた。 こいつが一目見た瞬間、胡散臭い事この上なしで 俺は話もせずにすぐに帰った。 案の定、なんやかんやと金使わされてたわマジあほ。 今では反省してる模様?←うちの姉
58 :
マンセー名無しさん :2012/09/21(金) 20:50:10.57 ID:zEiEM1UO
>>56-57 そういうの聞くとちょっとうれしいわ。
何だかんだで信じたいからね。霊能力とか。
本物だろうが何だろうが頼る気は一切ないけど。
霊能力でビルゲイツになれるかって言ったら無理でしょ。
頼っても頼らなくても同じだと思うから。
59 :
マンセー名無しさん :2012/09/21(金) 20:55:20.47 ID:zEiEM1UO
勾玉については黒島の民謡パイフタフンタカという歌に、 島主のパイフタ、フンタカが、 宮古島に曲玉、円玉を買いに三棚船を造って行った事が歌われているらしい。 宮古島にも販売所があったのかね。
>>59 勾玉は古代の日本で産出されている。
日本は縄文土器の発明から数千年間、
世界最高の文明水準だった。
とみると、中国にも影響していてもおかしくないわけだが。
翡翠をありがたがる中国王朝の伝統って
勾玉の影響かもね。
61 :
マンセー名無しさん :2012/09/21(金) 22:37:33.26 ID:zEiEM1UO
ユタに詳しい人がいるからついでだが、 今は坊主が主流だが(ユタと違って料金が明確だから) 昔の葬式で、ユタを使うのはどこまで主流だったんだろう? 一応、聞いた話では、ユタは一旦絡むと厄介だから、 「カウマリ」と呼ばれる親戚のオバサンにお金包んで、 拝んで恰好つけてもらってはいたということだが 「カウマリ」ってどう聞いても「高生まれ」の事で、 ユタの事ではあるんだよね。 まあカンダカ生まれといっても、 さっきの人が紹介してたように普通の人もいるわけだから、 構わないと思うんだが。
前スレで話題になっていた「ゴーレス」だけど、 正体は別として、語源は「高麗」ではないでしょうか? これは地図学史の海野一隆先生の説で、 琉球船が高麗青磁を売りさばいていたから混同されたと推測しています。 的場某の本はまだ読んでいないんだけど、 高麗説には言及していないのでしょうか?
63 :
マンセー名無しさん :2012/09/23(日) 00:16:09.95 ID:pg8VlgQl
>>62 的場なんちゃらの本には高麗説は書いてなかったと思います。
どうなんだろうね。
高麗青磁を琉球人が売れるなら、
中国人はもっと売ってるんじゃね?
チャンコロって東南アジアには腐るほどいるんだよね。
つーか琉球って朝鮮には倭寇が怖くて
国家使節すらまともに送れなくて、
日本人に代行してもらってる状況。
日本人に高麗青磁を仕入れてもらって転売するとしても、
もっと安く売ってるライバルはいるんじゃね。
日本人とかチャンコロとか。
64 :
マンセー名無しさん :2012/09/24(月) 10:26:55.58 ID:byFq1GPn
琉球征伐の騒ぎから一月たったけど、一次資料がどうとか言ってた連中は何もしないのなw 論戦になるくらいだから、内容に対する知見でもあるのかと多少は期待してたんだ。
65 :
マンセー名無しさん :2012/09/24(月) 14:04:47.49 ID:4UiY5/ZW
「琉球征伐」は改造しました。 この間の陸軍の「日本戦史」の情報もいれといた。 紹介してくれた人あんがと。
10月スタート NHK朝の連ドラ 「純と愛」大阪大正区と宮古島を舞台にした 人情ドラマです。
67 :
56-57 :2012/09/25(火) 10:40:19.75 ID:WCrUrlDV
>>61 昔の家は葬式では滅多にユタを使わなかったらしい。
ユタにお願いするときは
不慮の事故や病気で急逝したなど限定だったとか。←思い残しが無いかなどを知るために。
葬式の形式は昔なら、家の爺婆や、村(部落)の爺婆が知ってるから
ユタを使わなくとも自分たちで最後まで出来てたようだ。
うちも爺が亡くなった時は婆が全て取り仕切っていて
うさぎむん(お供え物)に関して坊主となにやら揉めていた。←結果オバーの勝利
むしろ形式を忘れた今の人のほうがユタを使う人多いらしい。←ユタ談
>「カウマリ」と呼ばれる親戚のオバサン〜に関しては
村や部落で違うと思われるのでよく分からない。
歴史を売名に利用する人間に天罰を 歴史を売り物にする人間に天罰を 歴史を私利私欲に利用する連中に天罰を
69 :
マンセー名無しさん :2012/09/25(火) 18:14:57.36 ID:KgG4AoYa
>>67 サンクス。確かに葬式で特別な事をしたとは
覚えてないとは言ってたな。
俺がしつこく聞いたから、
一度見たくらいの話をしてくれたのかな。
70 :
マンセー名無しさん :2012/09/25(火) 18:21:36.75 ID:7ktU1djW
私利私欲でも売名でも、面白ければ読んでる方は気にせんよ。 売名するに値する中身だったらね。 上里氏の場合、売り出し方は上手くいってるじゃん。 このスレでは史料の解釈じゃなくて、読解能力そのものに指摘があるけど。 もっとも、その知名度で政治的発言し始めるには、最低でも権威と言われるご身分になってからでないとなw
71 :
56-57 :2012/09/25(火) 20:52:32.52 ID:tgf98Jf4
>>69 昔の葬式の話だと洗骨の話題をオバーがよく話してた。
肉もいい具合に腐って
どろどろ状態の遺体を川や海に運んで洗うのは大変だったと。
今は火葬であっという間だからいいねーってよw
今の葬式で本土仏教式と違う点って供え物と墓ぐらいじゃないか?
72 :
マンセー名無しさん :2012/09/25(火) 21:25:02.28 ID:vNUqcI8N
>>71 本土仏教式でちょっと聞きたいんだけど、
そちらの周りではその本土仏教式の墓に移行した家はどのくらい?
感じるままに大雑把でいいよ。
>>72 親戚知人含めて0
新しく作った家もあるけど
普通に沖縄式だねえ。
74 :
マンセー名無しさん :2012/09/25(火) 21:58:22.08 ID:vNUqcI8N
75 :
マンセー名無しさん :2012/09/25(火) 23:38:26.31 ID:d5/TXWbg
>>71 俺は一回洗骨したわ。30年くらい前に死んだジーチャンの骨。
あったことないけど。
バーチャンが死んだときにちょうど墓開けたんで、
洗って骨壺に入れた。
土がこびりついてただけだったんで
ペットボトル数本分で余裕でした。
最近、大先生のTwitter周りを見てると、いい年して沖縄幻想持ってる馬鹿な大人がたくさんいるんだなと思った。 日本は沖縄に悪いことをしたとか、内地が過重な負担を強いてるとか、こいつら、自分が日本人だと思ってないのかな。 人に頭を下げさせることばかりでテメエは善人か、島に入り込んだら全員土下座させて小突き回してやっても構わないよな 過重な負担を強いてるのは他ならぬお前だよ、お前が土下座するなり、自腹切れよ、ばーか
そりゃ慰安婦とか強制連行の良心的日本人と一緒で、自分自身は日本人ごときとは違う存在なんだもんw そういや琉球征伐の中文、ハングル版で、またの名を「己酉倭乱」という、なんて書いてあるけど、こういう 朝鮮的表現って過去からあったっけ?
78 :
マンセー名無しさん :2012/09/26(水) 10:25:12.61 ID:e2Xk5Kxc
かなり前に、口永良部島〜大島間は 渡るのが難しいって言ってる人がいたが、 確かに「肝付兼篤書状」に 「ここは天水が渡といって、古来難所と言い伝えられているが、 こんなに安々と渡れたのは諸天三宝の加護疑い無し。頼もしいと思いけり」 とか書いてあるな。 薩摩的にもあっさり渡れたのは幸運という認識らしい。 大島までが琉球王国領になったのもこの自然条件が原因なのかな。
79 :
マンセー名無しさん :2012/09/26(水) 10:48:52.71 ID:e2Xk5Kxc
黒潮のせいらしい 「三国名勝図会」落漈(らくさい) 薩摩地方より南島琉球へ往来するには、必ず七島海を過ぐ。 七島海とは、屋久島より大島までの中間をいふ。 七島其の中間にある故なり。北海東西七十里許の間、 波浪殊に高く、潮水常に東に注ぎ、迅速なること急流の如し。 屋久島と口島との間は特に迅速にして其の勢い甚だ壮んなり。 往来の舟船、其の順風の時は、急流を過ぎ得るといへども、 風なき時は、必ず急流の為に東に落つること数十里にして、後止むといふ。 是を七島灘と號して、舟人恐怖せざるはなし。 琉球往来第一危険の処とす。唐土の書籍、此の海潮東流危険の状を載せて、 落漈と名づく。七島海船路の一脉は、かかる潮勢なるに、 七島海の西(西は、唐土の地方に向かふ。)に遠く距れば、 又潮水西に注ぎ落つ。然れども東面に比すれば、 其の勢寛緩なりとぞ。凡そ七島海路南北七十里許の間は、 かく潮水各東西に注ぎ落つといへども、 東西に五六十里も距れば、潮水常海の如くにして、急流の状なしといふ。
>>71 腐敗途中の遺体を洗骨することはない
洗骨を川や海ですることはない
洗骨の〔洗〕の文字にとらわれすぎたな。
82 :
マンセー名無しさん :2012/09/26(水) 19:21:02.55 ID:YBwLd93I
>>79 だけど、
前言ってた人は船の頑丈さを問題にしてたが、
これを読む限りでは、順風かどうかが問題みたいだね。
順風だったら大丈夫だが、風が止まったら、
あっという間に黒潮に流されて遭難してしまう。
船の頑丈さはあんま関係ないみたい。
83 :
マンセー名無しさん :2012/09/26(水) 23:12:10.81 ID:YBwLd93I
Wikipediaの「アカハチの乱」も改造しますた。
84 :
マンセー名無しさん :2012/09/28(金) 04:47:07.71 ID:D4JLT/AQ
ゴーレスと高麗は関連はないんじゃないの。KoreyやCoreyの語頭のkやcがg音になるというのは考え難い。それに朝鮮は中国と陸続きなのだから、東南アジアにおいて高麗が認識されていなかったとは考え難い。やはり大陸沿岸から外れた裏通りのレキオかジパングじゃないかな。
85 :
マンセー名無しさん :2012/09/28(金) 14:06:54.54 ID:Bnts0bI8
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/110118/98518/59977319 歴史研究者の的場節子氏によってこの謎が解明されました(『ジパングと日本』)。
「ゴール」は東南アジアの現地語で「刀剣」を指しており、ポルトガル人はその複数形として「ゴーレス」を用いたのです。
つまり、ゴーレスとは「刀剣を帯びた人々」を意味する言葉だったのです。当時の琉球人は日常的に大小の刀剣を腰に差していました。
-------------
これみたいに、マレー語にあたってみないとわからないんじゃないの?
当時の現地語文献についてはさっぱり知りませんから何ともいえないけど。
86 :
マンセー名無しさん :2012/09/28(金) 14:50:23.22 ID:pYWizw9j
>>85 >当時の琉球人は日常的に大小の刀剣を腰に差していました。
当時の琉球の武装は日本本土に準じる傾向だった事がわかっているのに、
的場って人はなんで琉球人に間違い無いって決め付けるのか理解できないね。
つうか日本人町の存在を無視してんのかな?
87 :
マンセー名無しさん :2012/09/28(金) 15:10:40.75 ID:snOxV2rH
>>85 ゴールが「刀剣を帯びた人々」を指した証拠は全くないね。
しかも日本人であれ琉球人であれ、帯びてるのはゴールじゃないし。
侍がネパール行ったらククリって呼ばれるようになるか?って話よ。
>>85-87 そうそう、団塊のクズ世代とその薫陶wを受けた団塊の犬世代の沖縄研究者に多く見られるアレだよね。
科学的に実証されている日本との多くの共通点をあえて無視して、
沖縄独自のものと断定したり、または、大陸や朝鮮半島との些細な類似点を
大げさに針小棒大に取り上げる恣意的な論調ね
89 :
マンセー名無しさん :2012/09/28(金) 16:12:21.57 ID:Bnts0bI8
官吏を試験で採用する制度を採っていた点では同時代の日本より近代的と言えるか。
91 :
マンセー名無しさん :2012/09/28(金) 16:24:48.02 ID:snOxV2rH
>>88 思考が飛躍しすぎなんだよね。
事実→東南アジアには、「自分たちの」「刀剣」をゴールと呼ぶ習慣がある。
さらに必要な事
@彼らが、ゴールを帯びる「人」もゴールと呼ぶ習慣を証明する
A「ゴーレス」が帯びていた刀剣もゴールとみなされていた事を証明する。
これをせずにいきなりゴール人の語源はゴール!だからね。
バカとしか言いようがない。
アルブアルケ伝だったかな?
トルコのシミターを細くしたようなのを持ってる、とは表現されてるが、
ゴールなんて全く出てこないね。
92 :
マンセー名無しさん :2012/09/28(金) 16:25:37.33 ID:snOxV2rH
>>89 実は前から千代金丸の目釘の数が不思議だったんだが、
二つあるんだね。サンクス。
上里大先生、為末大さんのツイートをRTしてお仲間に自分の気持ちを吐露しているけど ちょっとピント外れてるよね。 単純にこのスレを見ると、上里大先生は名指しで誹謗中傷されていると思うかもしれないけれど、それは自分の弱さを感傷的にとらえすぎ。 無責任と言ってもいい。 現実に沖縄の歴史を利用して発表する場を得て、それで稼いでいるんだから、それに伴う怨念を引き受ける覚悟がないなら歴史は趣味にしとけ 俺も怨念を背負っているからこそ、このスレに常駐してるんだからな
10月1日(月曜)スタート!NHK朝の連ドラ 「純と愛」大阪大正区と宮古島を舞台にした 人情ドラマです。 夏菜、風間俊介ほか
95 :
マンセー名無しさん :2012/09/29(土) 15:34:47.28 ID:fMyN1Ksp
まあ誹謗中傷してる部分は否定しないがww 根本的には上里隆史が史料を改竄したり、 根拠もない妄想を書き散らしてるのが悪いんだからなwww
千代金丸って片手剣? 両手で握るには、柄が短い気がする
97 :
マンセー名無しさん :2012/09/29(土) 17:41:17.37 ID:Fb6lMneH
>>96 片手剣。
元々打刀は刺刀という昔の脇差みたいな、
止め用の短刀が長くなったもので、
初期の打刀には片手分の柄しかないものもある。
目釘穴がちゃんと二つあって、位置も不自然じゃないから、
これは琉球で切り詰められたものではなく、
元からこうだった可能性が高い。片手打の一種というわけ。
↓
戦いの方法が一騎打中心の馬上戦から集団による徒歩戦に変わった
室町時代中期には、着用する具足も動き易いように軽量となり、
それに応じて刀も寸法が二尺をわずかに越えて
元先の身幅の差が少なく先反りの強い体配が考案された。
両手で構える太刀に対して、このような寸の詰った刀を片手打と称する。
戦争の激化と鉄砲の伝来により鉄製の防具が流行した室町末期に至ると、
これに対応するため刀は重ねが厚くなり寸法が延び、
片手打の刀は少なくなった。
製作期間が短かいため現存の優品が少なく、数寄者間では珍重されている。
98 :
マンセー名無しさん :2012/09/29(土) 22:51:38.75 ID:Fb6lMneH
99 :
マンセー名無しさん :2012/09/29(土) 22:55:35.26 ID:Fb6lMneH
100 :
マンセー名無しさん :2012/09/29(土) 23:10:31.65 ID:Fb6lMneH
101 :
マンセー名無しさん :2012/09/30(日) 21:29:52.48 ID:saMdzxgY
那覇市内で昨日あった実話 観光客「このバス、アンリに行きますか?」(←安里のことらしいwww) 運転手「は? あんた、どこの人ねー?」 観光客「あのー、大阪ですけど」 運転手「大阪? あーそーねー、アンリとか意味不明なこと言ってるから朝鮮人かと思ったさー」 観光客「失礼な!」 運転手「あい、ワジトーン(怒ってる)! でも、顔も朝鮮人にそっくりだねー」 観光客「失礼な!」 運転手「沖縄ではナイチャー(内地人)の顔を『朝鮮顔』って言うんだよ」 観光客「・・・・・・」(涙目) WWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW
102 :
マンセー名無しさん :2012/09/30(日) 21:46:56.99 ID:a0Ndoo3h
昨日の那覇にバスは走ってないよ
103 :
マンセー名無しさん :2012/09/30(日) 21:58:20.04 ID:rbUEfnCk
この流れワロタwww
ギルーの新しいコピペの誕生か WWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW
なんだこの流れw
的場節子『ジパングと日本』のゴーレス関連部分を読んだよ。 刀剣の意味で出てくるゴーレスはGoles, Goloc, Goleと、lのつづりばかりで、 一方のゴール人はGoresと、rのつづりで出てくる。 ヨーロッパ人やマレー系の人間は普通lとrを取り違えないと思うんだが、 どうして的場が特に断りもなく両者を同一視しているのかわかんない。
相変わらず朝鮮ネタ無い
108 :
マンセー名無しさん :2012/10/02(火) 12:40:41.50 ID:chEKNa6p
109 :
マンセー名無しさん :2012/10/02(火) 14:15:51.44 ID:Woj4edZE
琉帝は過去の侵略と搾取を謝罪したことあるの? 宮古や八重山はより高度な自治を主張すべきでは?
110 :
マンセー名無しさん :2012/10/02(火) 14:28:18.42 ID:8rBhdYQH
片手打ちの知識があるかないかはともかくとしてw
>>89 の千代金丸の柄の拵えの元ネタは実際どこのなんかな
宮古や八重山は国家になったことはない。
112 :
マンセー名無しさん :2012/10/02(火) 18:21:55.68 ID:Qf1ohAiG
( ´・∀・`)沖縄の馬鹿はオプスレイの2、3機も落としてやれば黙る
日本のマスゴミは、お台場に万単位の人間が集まっても 平然とその民意はスルーするのに、沖縄で地球市民数十人集まれば まるで、国家を揺るがしている大事件のように報道するからさw ここ数日、職場では台風の話は出ていたが、オスプレイに反対する県民の総意って どうこの県民の話なんだ?って冗談が出るぐらいのレベル マスゴミは能力が無いゴミなだけでなく、害を与えるゴミだよね
誤爆
琉球王国収斂史観批判といえば、奄美博物館の高梨修氏が思い浮かぶ。考古学の人だけど。 少し古いけど2005年の『ヤコウガイの考古学』は面白いんでおすすめ。 人柄なのか、研究者を名指しで批判はしなてなくて、控えめな筆致なんだけど、 2ちゃん的に誇張して言い換えるとこんな感じかな。 「先入観で妄想してないで資料をよく検討しろよ。特に高良倉吉、おまえだよ。」
116 :
マンセー名無しさん :2012/10/03(水) 00:24:02.69 ID:N48i5OR1
>>115 バロスwwww
やっぱ同じ事思う人いたのかwww
まともな文系の皆さん、
文系脳とか一緒くたにしてけなしてメンゴwww
>>115 考古学は発掘により、「物証」を見つけて説を立てる学問ですからね。
何はともあれ、"第一次史/資料"を見つけないと話になりませんから。
詩的な言い方をすれば、「証拠探しの学問」ですから。
>>109 ないよ
薩摩帝が謝罪したこともない
奄美帝が徳之島に謝罪したこともない
石垣帝が竹富島や波照間島に謝罪したこともない
宮古帝が多良間島に謝罪したこともない。
119 :
マンセー名無しさん :2012/10/03(水) 17:38:38.54 ID:3DRilqXm
千代金丸拵えが琉球独自かどうかっていう上里氏の話の元になってるのは、こちらですね。
『国宝「琉球国王尚家関係資料」のすべて』(那覇市歴史博物館、沖縄タイムス刊)
『日本の美術 533号 琉球の金工』
それぞれの金工関係の執筆は、元京都国立博物館企画室長の久保智康教授。
元ネタというか教えを受けてますね。『琉球の金工』の方に上里氏が寄稿もしてるわけで。
いい本だからYOU!買っちゃいなよ! まあ図書館にあるとは思うけど。
詳しくは読んでもらうとして、文中ではあくまでも「日本刀にはない形式で独自の拵」と表現されてるから
琉球独自と言い切ってるかどうかは捉え方次第かな。
あと、似てる形の柄というと中国刀のこれなんかどうかな?
http://i19.photobucket.com/albums/b184/mariaworld/wuqi/BBV6_172.jpg
当然ですがこの先生は、日本刀に片手打ちのものがあることはちゃんとわかってますよ。
____ .ni 7 /ノ ヽ\ 壁に向かってしゃべってろゴミ l^l | | l ,/) / /゚ヽ /゚ヾ\ .n ', U ! レ' / / ⌒ ⌒ \ l^l.| | /) / 〈 | (____人__) | | U レ'//) ヽ\ |lr┬-l| / ノ / /´ ̄ ̄ノ ゙=ニ二" \rニ |
122 :
マンセー名無しさん :2012/10/03(水) 18:17:01.09 ID:CaeTYtFH
>>119-120 アレ一人で文章書いてる
「琉球戦国列伝 駆け抜けろ! 古琉球の群星たち!」
に中国風に片手ですとかいう表現があったんで本人は分かってない。
残念でした。
まあその本は図書館で探してみるわ。あんがと。
123 :
マンセー名無しさん :2012/10/03(水) 18:25:58.75 ID:CaeTYtFH
>>119 それもそうだけど、中国刀は柄が刀身と逆向きに曲がってるよね。
これは突き出した時に、刃を正面に向けやすくするためなんだけど
千代金丸はそうじゃないよね。
つーか中国刀と日本刀じゃ構造もコンセプトも異なるから
同じものになりようがないっていうか。
模様とかは中国風を意識してるかなとは思うが。
124 :
マンセー名無しさん :2012/10/03(水) 18:29:25.37 ID:CaeTYtFH
>>119 ただ千代金丸は一つ、面白い点を示唆してる。
日本刀が一番壊れやすいのは「柄」
そもそも肝心要の目釘が消耗品だしね。
俺は、中国に輸出した後、
柄の補修をどうしてたのか不思議だったんだが、
琉球でも普通にこしらえ作ってるんなら、
中国人もできるわなって思ったな。
目釘って竹ならどこでもいいってわけでもないんだけど、
その辺は中国人も頑張って考えるだろうしね。
125 :
マンセー名無しさん :2012/10/03(水) 18:33:01.58 ID:5k0kbxfJ
>>122 先生って言うのはもちろん久保教授のことよ?
上里氏は先生と呼ばれるほどじゃまだないでしょw
127 :
マンセー名無しさん :2012/10/03(水) 18:37:42.45 ID:CaeTYtFH
128 :
マンセー名無しさん :2012/10/03(水) 18:41:34.88 ID:CaeTYtFH
>>119 『国宝「琉球国王尚家関係資料」のすべて』(那覇市歴史博物館、沖縄タイムス刊)
『日本の美術 533号 琉球の金工』
でもこんな本読むなんて凄いね。
細工物とか詳しいんだ。
129 :
マンセー名無しさん :2012/10/03(水) 18:45:32.38 ID:CaeTYtFH
しかし「琉球戦国列伝 駆け抜けろ! 古琉球の群星たち!」 もひどかったなー。 本島の人間は大鎧でフル装備してるのに、 アカハチは半裸の原始人だからなwww そもそも弓矢持ってる奴が誰もいないと言うwww 一応、宮古ではメインウェポンは確実に弓矢だし、 本島でもそうだろwww
130 :
マンセー名無しさん :2012/10/03(水) 21:34:19.21 ID:cKv0a8g2
>>119 は柄糸が巻かれてないよね。
千代金丸には巻いてあるけど。
これも日本刀と中国刀の違い。
明末から苗刀って言って、
日本刀のパクリが作られるようになったんだが、
それの柄も糸は巻かれてない。
逆に千代金丸と中国刀の共通点って何かな?
>>116 ちょっと誇張がすぎた。
高梨氏は考古学の人だから、批判対象は主に沖縄の考古学、というか、
高良本人よりも、高良が描いたストーリーにあてはまるように考古資料を解釈している人たち。
考古資料を吟味して導きだした結論じゃなくて、結論ありきでやってるだろうと。
論文を読むと、口を開くたびに基礎的検討が足りてないって言ってる気がする。
高梨氏が高良に言及している部分はたとえばこんな感じ。淡々と書いてるんだけど、
文脈からすると「こいつまっとうな歴史家じゃねーよ」と言いたいらしい。
高良倉吉の戦略的思考は、著書『琉球王国』(岩波新書一九九三)の「終章」でよく理解することができる。「プロデュー
サーとしての歴史家」という表現が用いられていて、沖縄という地域的課題のなかで歴史家が果たすべき役割が記さ
れている。
133 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 00:30:15.10 ID:T1xnwhWI
一県民として言わせてもらえば、 沖縄史家が果たすべき役割はプロデューサーではなく むしろタイピストだけどな。 史料は全部テキストに起してネットに上げろ。 先人の方がこいつらより余程雄弁。 ともあれこいつらはよく「先学先学」言ってるが、 その先学中の先学の御言葉な↓ 「この記述は、今日の読者に媚びて賞を得るためではなく、 世々の遺産たるべく綴られた」・・・トゥキディデス「戦史」冒頭より 沖縄史学はこういう崇高な使命感と、 如何にかけ離れたところに来てしまったのか・・・ 「・・・私の記録からは伝説的な要素が除かれているために、 これを読んで面白いと思う人は少ないかもしれない。 しかしながらやがて今後展開する歴史も、 人間性の導くところ再びかつての如き、 つまりそれと相似た過程を辿るのではないか、と思う人々が ふりかえって過去の真相を見極めようとするとき、 私の歴史に価値を認めてくれればそれで充分であろう。 この記述は、今日の読者に媚びて賞を得るためではなく、 世々の遺産たるべく綴られた」
134 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 11:46:52.36 ID:9M82dTwl
>>131 済州島のシャーマニズムは
朝鮮とは違うと思うの文化的に
136 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 11:58:07.98 ID:9M82dTwl
朝鮮ネタだったら、カムィ焼が高麗起源って話の方はどうでしょうかね。 奄美ですけど。
間にある九州は?
>>134 昔の先島(八重山)は土人丸出しの格好だったとかかんとか
何かの本で見た(朝鮮だか中国だかの漂流者の記録)
>>136 カムイ焼きが高麗起源ってのは初耳
琉球成立以前は記録が無さ過ぎてどうにも・・・
まあだから面白いってのはあるんだけれど
髪型(片方のもみ上げ部分で髷を結う)とか
服装とか日本とも中国とも朝鮮とも違う風俗もってるし
浦添の遺跡から出た人骨は縄文形質じゃないとか
何かとwktkしる
>>138 > 浦添の遺跡から出た人骨は縄文形質じゃないとか
> 何かとwktkしる
大丈夫
沖縄の各種研究機関や先生方は、既に中共の管理下に入っているので
順調に大陸系の形質を持っていることに書き換えが進んでいるから
140 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 16:24:22.81 ID:2Zlwazgh
141 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 16:47:46.16 ID:C/fY8C3B
>>134 いや、日本刀の柄巻は特殊なんだよね。
何故なら、日本刀はソケット式だから、
なかごが柄を圧迫して割ろうとする力を、
目釘、サメ皮、糸巻の三段階で抑えてる。
まあその分手にかかる衝撃も緩和される。
それがソケット式の利点なんだけど、
ともかく柄巻は単に飾りで巻いてるんじゃなくて、
ナカゴの圧力を抑え込むために丈夫に巻いてるんだよ。
菱形の模様が浮き出るのは、
紐を途中で捩じるからなんだが、
それも紐の緩みを防ぐための工夫。
千代金丸も捩じってあるじゃん?
綺麗な菱形にはなってないけど。
中国剣は無茎式だから、
紐は飾りで巻くか滑り止めくらいの役割しかないんだよね。
巻いてるかどうか俺は知らんけど。
142 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 16:50:43.66 ID:C/fY8C3B
一応、紐の捩じり方は何種かある。 ともあれ日本刀の柄巻が皆似たような感じなのは、 形式が決まってるからというより、 そうじゃないと役に立たないからなんだよね。 昔の人が、どうやったら丈夫に巻けるか考えた結果です。
143 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 16:57:32.20 ID:C/fY8C3B
>>138 その朝鮮人の記録はコレ↓だが、
土人丸出しとはどこにも書いてないな。
或いは↓が土人の恰好っていう君の認識?
どっちみち服は着てるから上里はまた嘘ついてるわけだが。
与那国島
一, 無麻、木綿, 亦不養蠶, 唯織苧爲布, 作衣如直領, 而無領及襞積, 袖短而闊, 染用藍。 中裙用白布三幅, 統繫於臀, 婦人之服, 亦同。 但內着裳, 而無中裙, 裳亦染。
多良間島
一, 其俗用苧布, 染藍擣而爲衣。 其色如彩段。
144 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 17:01:26.07 ID:C/fY8C3B
ちなみに本島も大して変わらない。皆、地下茎の繊維で織った服を着てる。 本島は染めてないぶんむしろ離島よりショボい。 一, 男女推䯻於頂邊, 以帛裹之, 庶人皆白苧衣。 婦人推䯻於䐉後, 皆着白苧布衫, 白苧布裳, 或着白苧布長衣, 其貴者亦服綵段, 有襦襖兒、襦裳。 其守令, 用班染丞䯻, 着白細苧布, 衣帶紅染帛, 出則騎馬, 從者數人。
145 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 17:08:05.44 ID:C/fY8C3B
まあ当時の沖縄県の住人がみんな土人って話なら 俺は別に否定しないけどね。間違ってないと思うし。 尚家は土人の酋長さんね。
146 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 17:25:28.73 ID:9M82dTwl
>カムィ焼 沖縄関係のブログなんかだと、倭寇にさらわれた高麗人陶工が・・・なんて書いてたり する場合があるけれど、倭寇の始まりは1350年からだしね。 逆に高麗から人が来るにしても、途中の九州通りぬけとはどういうことよって。 生産が終わった14世紀は、沖縄での三山時代とかぶるんで、征服でも受けたのかというと そんな伝承も無いわけですが、研究者の論文によると、三山の中国交易のおかげで高品質 安価な中国陶磁が流れ込んで、競争に完全敗北したんじゃないかってお話でした。
147 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 17:29:25.62 ID:9M82dTwl
>>141-142 そうそう、巻き方も重要なんですよね。
その知識が無いからどう違うかはちょっと伝えられない。
手元の本だと、清朝歴代皇帝の佩用刀剣の写真がありますが、それぞれ糸で巻かれてますよ。
>>140 琉球の焼き物(壷屋焼き)が薩摩から連れて来られた
朝鮮陶工が始まりってのは知ってたけど
それよりも昔のカムイ焼きも半島ルーツだったんか
>>143 俺が見たのは八重山に流れ着いた奴
それと載せるなら訳せば?
>>145 庶民レベルでは土人だろうよw士族や王族らとは何もかもが違う
おまい少し前から住み着いてる
ニダだのファビョだの抜かす英雄アカハチをコリエイトしてる八重山か?w
コテつけたらどうか?
149 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 18:17:19.19 ID:9M82dTwl
150 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 18:17:46.69 ID:C/fY8C3B
>>148 八重山に流れ着いた朝鮮人なんていないから
お前の妄想決定だな。
>それと載せるなら訳せば?
嫌です。
>士族や王族らとは何もかもが違う
違わねーよwwww尚・土人王www
151 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 18:19:36.32 ID:C/fY8C3B
>>149 これがリアルだと思うな。
棍棒で戦う中山兵www
上里と違って琉球王国の経済力をしっかりあらわしてるなwww
152 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 18:21:07.56 ID:C/fY8C3B
>>147 要は菱形があるかどうかって事なんだが。
ある?
中国剣ではそういう巻き方は無意味なんだよね。不必要。
なかごがなくて、柄と刀身が一体成型だから。
153 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 18:34:16.61 ID:9M82dTwl
>>149 に書いてありますが、「朝鮮漂流民の八重山見聞録」とはいっても
彼らは与那国島の住民による手厚い救護を受け、約半年間滞在したのち西表島に送られて滞留約5ヶ月、
さらに波照間島、新城島、 黒島、多良間島、伊良部島、宮古島と順々に送られ、那覇から博多経由で
1479年、約3年後に朝鮮へ無事に送り届けられました。
(中略)
彼らは西表島からわざわざ一旦波照間島へ運ばれ、 新城、黒島を経ていながら竹富島と石垣島には立ち寄らず、
いきなり多良間、宮古へ移送されています。 それが何故であったのか、今でも歴史の謎となっています。
とありますから、八重山諸島には立寄っても、八重山(石垣島)には行かなかったんですね。
154 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 18:38:23.15 ID:j2lsooTU
>>153 移送っつーか各島の地元民が、
親切で順繰りに送ってやってるだけなんだがな。
単に波照間の船員の腕が良かっただけだろ。
155 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 18:42:31.26 ID:j2lsooTU
「大酋長尚真は土人なんかじゃないんだい!」 とか言ってた奴息してる〜?
156 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 18:54:21.22 ID:2pO2+5rw
157 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 19:03:02.22 ID:2pO2+5rw
158 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 19:16:14.24 ID:soxd6RL4
ブログ宣伝してんじゃねーよ土人www キムチ悪い奴ニダ
159 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 19:21:21.30 ID:2pO2+5rw
漢文読めない中学生未満のバカに土人呼ばわりされたくないわwww ゴミすぎwwww ちなみに金非衣は、本島には外国語話せる奴がいないから、 在国してる日本人に通訳して貰ってるとも言ってる。 さすが土人国wwww
160 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 19:27:09.45 ID:2pO2+5rw
ちなみに金非衣の記録では、 地元民に順繰りに送ってもらってるんだが、 「本島からだけ」は、日本人に九州まで送ってもらってる。 航海能力: 離島の土人>>>>>越えられない壁>>>>>本島の士族・王族 確かに庶民と違い過ぎるなwww無能すぎwwww 本島にも一応、船はあるけど、常に蛆に喰われてて 使い物にならないそうですwwww
161 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 19:31:57.70 ID:bex78RKJ
さらに金非衣が「日本人に送ってもらいます」と言ったら、 大酋長尚真曰く「日本人は性悪ニダ!」 ジェラシー丸出しwwww かといって、日本人の代わりもできないんだけどね。 無能で金も無いからwwww
162 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 19:55:51.69 ID:bex78RKJ
まあ本島の酋長をあえて擁護すれば、 性悪ニダ!という気持ちも分からなくはない。 何故なら謝杰っていう中国人によれば、 王府は日本人から借金しまくって首が回らないらしいからwww まあ借りる方が悪いっちゃ悪いんだがなwww この話は琉球入ノ記にもある。 七島衆が仲介して、王府が大和の殿様から金を借りた。 利子も決めたが、王府にはゲンナマがないので、 三司官と話して、米と粟を毎年物納する事で話をつけた。 ところが待てど暮らせど米穀船が来ないので、 仲介した責任もあるので 七島衆が行って請求→拷問されて放り出される。 ブチ切れて薩摩にチクる。「あの土人ども文明人をナメてるな!」 →琉球征伐wwww まさに因果応報www ちなみに琉球藩立藩(明治5年)の時点でも、 薩摩に30万両の借金があったそうですwww まあ日本政府が立藩する代わりに肩代わりして、 AND3万円くらいくれたそうで、 「これからは搾取すればするほど儲かるぜ!」 とか調子こいてたら、ほどなく 「あ、これからは中国と勝手に交易しちゃダメだから。 それは外務省の仕事な。あと廃藩置県。お前らはクビ」 という事になってジ・エンドだったんだがwwww
163 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 20:27:19.29 ID:2Zlwazgh
>>162 マジでw、薩摩の侵攻前から借金してたんなんて重大な侵攻理由だね。
164 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 20:57:18.61 ID:bex78RKJ
「琉球入ノ記」より。所々はしょってあります。 「中山王の役人謝名・池城と申す者二人あり。 七島衆は24人棟梁がいて、手下を水手として、琉球国で仕事していた。 例の二人の親方が、棟梁に仰せ聞かせたところによれば、 国主の方で銀子が差し支えてるので、 大和の殿様に申し上げて、銀子250貫文借りたい、 と頼ってきたので、 諸船頭は二人と相談の上、利銀5割と決め、 大和に訴え申し上げ、願いの通り250貫文借り、二人に渡し、 毎年利米として5枚帆の船多くに琉球米を積んできて 納める事になったが、その後利米を渡し申さず。 様子を見にいったら、謝名は「そのうち米で返す」とナシのつぶて。 池城に謝名がああいってるけど、と言ったら、 「船頭たちの言ってる事が道理だと思うが、 謝名からああいわれてるから我らは如何ともしがたい」 で謝名にまた会いにいったら、 「そのうち米で返すって!つーかしつこい奴は 膝を挟んで潰すから!」でそうされた。 この非道を訴えたら、大和の殿様も使僧を派遣したが空しく帰ってきた。 で、仕方なく琉球征伐」
165 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 21:00:41.29 ID:soxd6RL4
>>163 薩摩侵攻って琉球という国の体制からすりゃ
薩摩(からの)振興になっちゃう代物だしなあ
あれで財政立て直しが出来たのだから
166 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 21:15:31.89 ID:bex78RKJ
ここでいう池城は池城親方安頼ね。尚寧の舅。 確かにこういう話ができる高位の人物だし、 数字が妙に具体的。
167 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 21:23:25.31 ID:bex78RKJ
まあ利銀5割ってどこの闇金だって感じだけどなwww ぼりすぎwwww ちなみに上里隆史によれば、 琉球はこういう外来者を「活用」し 「我が物として利用」していて、 現地権力と外来勢力は「相互依存」 の関係を築いて交易国家として「繁栄」していたらしい。 琉球が一方的に食い物にされてるようにしか 見えないのは気のせいだそうですwww
168 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 21:32:22.46 ID:bex78RKJ
上里が当時の「海域世界(首里・那覇も含む)」には 「多様なアイデンティティ」があったって言ってるのは正しいと思う。 つまり言い換えると、海域世界の住人の誰にとっても 琉球はアカの他人でしかないwww 皆、自分の帰属する集団(日本や中国)の事しか考えてない。 で結局、一番ザコな琉球王府が食い物にされる。 多様なアイデンティティを持つ人々が皆で協力しあう・・・ なんて事があるわけねーだろwww お花畑もいいところです。
169 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 21:34:37.61 ID:bex78RKJ
170 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 21:36:13.88 ID:soxd6RL4
食い物にされてるのは結局のとこ 琉球って国の支配層じゃなく非支配層の庶民だろ 国は親薩摩の政治家の羽地やサイオンの改革を見ても解るように 見方によっては国の体制維持のために利用してる
171 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 21:40:50.09 ID:bex78RKJ
>>170 あなたの言うとおりだと思います。明察ですね。
172 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 22:05:13.98 ID:soxd6RL4
実際のところ歴史なんてものは視点を変えれば どうとでも取れるような気がするんだよなあ 支配層の視点で歴史を見るか非支配層の視点で歴史を見るかで それこそ180度変わるもんだろうし 片方に偏った歴史観ほどつまらない物はない
173 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 22:21:54.32 ID:soxd6RL4
一昔前まで通説だった護佐丸と阿麻和利のそれも 護佐丸の子だか孫だかが書き記した物だけの視点で描かれていて 忠臣護佐丸vs逆賊阿麻和利となっていたけど 今では首里王府が、民衆に影響力があり交易で富を持つ 力の強い二人の按司を恐れて 謀略をもって二人を争わせて潰したってのが真実ってなってるだろ 阿麻和利の地元勝連からすりゃ彼は英雄だし 護佐丸側の関係者からすりゃ阿麻和利逆賊ってのも間違っていないと思うが 民衆からすりゃ解りやすい勧善懲悪の昔の通説のが受けがよかった 逆賊と戦い敗れた忠臣護佐丸と、その敵を討った首里王府 首里王府ageのプロパガンダとしては最高やんけw
174 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 22:24:59.59 ID:bex78RKJ
>>172 どうかなー。
歴史に主観的でしか有り得ない部分があるのは確か。
例えばアカハチの乱は、
アカハチ本人は「中山が我が境を侵そうとしている」
と述べているが、(ちなみに「球陽」に書いてあるww)
中山は「元々八重山はウチの管轄下。反乱を鎮圧しただけ」
と主張している。
こういう問題は単一の結論は出せないよね。
しかし絶対的に決められる問題もある。
例えば上里が「人頭税は軽かったニダ!」
とかほざいてる件だが、
宮古島民は以下のような具体的な数値を挙げて説明しているのを見ると、
こんなの軽いわけがないじゃん?
相対主義は、沖縄史ではむしろ現実から目を背ける
方便に使われてる事が多いので、
無思慮に適応すべきじゃないと思うな。
「上畑の収穫は、一反に付、凡粟三斗にして、
中畑は弐斗五升、下畑は弐升前後なり。
而して上男一人に付、五反を耕し得るに過ぎず、
然るに大抵の家は、少なきは粟五六俵、
多きは十六七俵納税せざるべからず故に、
一歳収穫の粟を挙げて悉く納むるも、猶ほ不足を告ぐるもの多し。」
盛り上がってるとこ悪いけど、朝鮮ネタがないっつーから朝鮮ネタいくよ。 「ゴーレスの語源は高麗」という海野説は 日本古書通信899号所収の「ゴーレスとは?」で簡単に紹介されてる。 根拠として挙がってるのがトメ・ピレスの『東方諸国記』の以下の記述。1944年の英訳からとった。 Between the Chinese and the Tartars are certain places where there are Guores, and after Tartary [is] Russia (Roxia), say the Chinese. この記述は琉球の説明が始まる直前、シナの記述の最後のほうに出てくる。 的場本はこの記述を無視している。 つーか、原典と的場本の引用を見比べたら、引用の仕方が粗雑でびっくりする。 中略があるなら明記してくれよ。
ちなみに『東方諸国記』リスボン写本には琉球、日本はまるごと記述がなくて、パリ写本にはあるらしい。 上で引用した文はシナの部分だけど、リスボン写本でどうなってるのか把握してない。 しかし、16世紀初頭にシナとの関係でロシアに言及しているとしたら不可解で、 書写時に混入した記述じゃないかと俺は推測する。 ともかく、ある時期にシナ人に「ゴールって何者?」と聞いたら、 「シナ人と韃靼人の間のどっかに住んでる連中」って答えたらしい。 だから仮にゴーレスの本当の語源が高麗でなかったとしても、 少なくともある時点でシナ人がそう解釈したのは確かだ。
177 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 22:31:44.85 ID:bex78RKJ
まあ、そういう主観によって変わるって部分では 家久が尚寧から「琉球は昔から薩摩のフヨウ国でした」 っていう誓文とったのはナイスだったと思うわwww 当の国家主権者が言うことじゃ、反論しようがないからなwww ちなみにこの誓文は、後の琉球処分の際の チャンコロに対する反論でもフルで引用されて役立ってる。
178 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 22:33:41.98 ID:soxd6RL4
上里なんちゃらとやらの例を出されても困るw 歴史の本とか見ることはあっても書いた人の名前までよう覚えんし 人頭税が軽かったとかいうのも知らん 税の賦課に関しては本島も離島も変わりないんじゃないか庶民は 俺的には羽地〜サイオンの改革で税云々よりも 各村の祭り廃止とか減らされたりとか、そういったもんがむかつく 祭りで遊んでないで農業しろ!ってのは解るが 民俗学的には貴重じゃねーかってな、今の視点でしかないがw
179 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 22:40:42.85 ID:bex78RKJ
>>175-176 俺が見た英語版では、現代の注釈で「モンゴル人か?」となってたが
どうなんだろう。
位置的には高麗とはちょっと違うと思うんだが、
モンゴル人でも無いかなーとも思うしね。
謎だな。
180 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 22:43:08.68 ID:bex78RKJ
>>178 いや、民俗学以前に労働時間の問題がある。
一年に祭りが60日間もあるのがけしからん!
って話なんだが、
実は、休日は祭りの日しかない。
一応、現代人は土日だけで96日あるwwww
年に60日の休みすら認めないなんてどこのブラックだよww
って感じじゃない?
181 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 22:46:01.68 ID:bex78RKJ
基本的に王府は作業を効率化させるよりも、 「労働時間を伸ばせば収穫も上がる」って発想なんだよねwww ダメな会社の典型ですわwww
182 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 22:50:41.84 ID:bex78RKJ
>>176 >しかし、16世紀初頭にシナとの関係でロシアに言及しているとしたら不可解で、
>書写時に混入した記述じゃないかと俺は推測する。
これはかなり鋭い指摘だな。
183 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 22:58:24.25 ID:bex78RKJ
ただアルブケルケの方が古い史料ではあるんだよね。 で、それによると 「〜現在ではより確実なことが知られているが〜 当時かれらの国は大陸にあるといわれていたが、 一般の意見ではかれらの国は島で、 同地からマラッカに航海してくるということである。」 占領当時は大陸にあると思われていて、 今は島と考えられている。 朝鮮はどっちでもないんだよな。
184 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 23:03:00.06 ID:soxd6RL4
>>181 その仕組みは薩摩からの輸入だったりするw
薩摩は非支配層は人間扱いされてなかったとか
鹿児島出身の人に教えてもらったことある
一部のキチガイ(特にギルー)は薩摩が押し付けたみたいに言う奴も居るが
琉球の政治家が輸入してんだものどーしようもないわ
それをこのスレだか別のスレだかでキチガイに教えたら発狂してな
日本史板だか近代史板だかで薩摩sage頑張ってるわ>未だに
まじで氏ねじゃなく死ねばいいのに
185 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 23:05:58.45 ID:bex78RKJ
あとアルブケルケはゴーレスが「ミョウバン」を売ってるとも言うが、 これも朝鮮はむしろ日本(対馬)から輸入してる。
186 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 23:07:19.58 ID:bex78RKJ
>>184 薩摩も大概だなwww
そういえば、沖縄には名子っていう債務奴隷がいたが、
奄美にも家人ってのがいたらしいな。
187 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 23:07:43.93 ID:soxd6RL4
朝鮮って日本、中国、琉球だけじゃないのか?交易相手
188 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 23:10:40.78 ID:soxd6RL4
>>186 あくまで聞いた話なんだが
奄美のそれも鹿児島の制度そのものだとか
琉球の庶民は薩摩の庶民に比べるとマシだったのかと
思えてこないでもないw
189 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 23:11:14.43 ID:bex78RKJ
ただ、ゴーレスが金を持ってくる(銀ではなく)ってのは、 日本人説の弱点ではあるな。 この辺は的場を認めざるを得ない。 金もってくるのはいいんだけど、 銀が特にないってのがね。 朝鮮は金についてはどうなんだろう?
190 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 23:20:45.03 ID:bex78RKJ
Wikipediaの倭館にこうある >中世の倭館交易では日本側は銅、硫黄、金を輸出したが、 >南方物産である赤色染料の蘇木、胡椒などのスパイス類も >琉球経由などで朝鮮に転売した。 近世になって初めて銀が輸出品として登場する。
191 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 23:23:07.03 ID:bex78RKJ
朝鮮人説の最大の問題は、例の金非衣は、 本島に日本人と中国人の商人がうじゃうじゃいる事は 述べているが、 朝鮮人商人がいるとは述べてない事だな。 中継貿易云々はさておき、 南西諸島が南蛮貿易の中継拠点だったのは間違いない。 ゴーレスが朝鮮人だった場合、 本島で見かけないのは不自然。
192 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 23:30:56.71 ID:bex78RKJ
福岡大学 名誉教授・兵庫大学 教授 武野 要子氏 13世紀の日本の輸出品 砂金、流黄(いおう)、水銀、木材、刀剣、漆器、漆(うるし)などです。 金を輸出していたというと、えっと思われるでしょうが、世界地図にまだ南北アメリカが存在しない時代で、当時の日本は世界屈指の産金国だったのですね。 それで元(げん)のフビライを動かして、日本侵略を決意させたというマルコポーロの黄金伝説も生まれたのでしょう。 また、鋭利な日本刀は特に評判がよかったそうです。
193 :
マンセー名無しさん :2012/10/04(木) 23:32:10.42 ID:bex78RKJ
銀が輸出品に無い事は、的場が強調する程 重要ではないかもしれんな。
>>183 海野一隆「十六、十七世紀における西洋製地図上の朝鮮」という論文を読むと、
西洋人はかなり後々まで朝鮮は島だと思っていたらしい。
初出の1551年のVelhoの世界図にはcoreという小さな島が描かれている。
同時に乳房型半島として描くものもあって、やがて人参型の半島が登場する。
人参型半島は明らかにシナ製の地図からとったものだから、
西洋人自身は島に傾いていたのかもしれない。
17世紀になってもこんな記述が出てくる。
「ヨーロッパ人の間では、Coreaについてさまざまの不正確な情報があり、それが島であるのか、
それとも大陸[の一部]であるのかが問題となっている。(が、私は半島だと確認した)」
あと、ゴーレスの実体が朝鮮人だとは海野説も主張していない。
195 :
マンセー名無しさん :2012/10/05(金) 00:10:04.83 ID:qdGY1HqV
当時、琉球と高麗という言葉を中国商人や琉球商人はどう発音したんだ? それとReqioとGoreを比較すると何か分かるかも
197 :
マンセー名無しさん :2012/10/05(金) 10:42:12.75 ID:TEP+HmS+
198 :
マンセー名無しさん :2012/10/05(金) 10:59:21.44 ID:TEP+HmS+
199 :
マンセー名無しさん :2012/10/05(金) 13:47:19.74 ID:J0K2yQhV
>>197 >これは目釘じゃなくて
確かにその位置に一つだけ目釘打ってたら、
片腕しかない天秤に刀身ぶら下げてるようなもんだから、
とんでもない事になるなwww
縄を通すのは手首に縛り付けるためだね。
西洋剣はカウンターウェイトとして、柄頭をでかくしてる例が多いが、
そこに穴を空けてる場合、目的は同じ。
200 :
マンセー名無しさん :2012/10/05(金) 13:50:18.23 ID:J0K2yQhV
ぶっちゃけ比較すると、千代金丸は中国剣とほとんど似てないね。 柄頭の装飾くらい? まあ日本刀なんだから当たり前だけどwww 他の人的にはどうなんだろう?
×5000円以上は間違い ○5000円以上は間違いない
>>195 前期倭寇だと時期的に早すぎるのが難ですね。
俺ももうちょい物産から攻めないといけないなあと思いつつ、そこまでできてない。
>>196 これはそのうち書こうと思ってたんだが、まあ話半分に聞いてくれ。
lとかrとかをひっくるめて流音というんだが、
流音が世界中の言語でどう分布しているかについて、
類型論的にちょっとおもしろい話がある。
言語学の松本克己が議論してるんだが、事実関係のつまみぐいだけやる。
ヨーロッパの言語はlとrを両方持ってるけど、
日本語は南方もふくめてrだけ、シナ語はほとんどの方言でlだけしかない。
北方の官話だと「日」をピンインでriと写すように、rともとれる音があるんだけど、これはちょっと特殊。
南シナの言語はlだけだと思っていいまったく問題ない。
現代のシナ語の外来語の借用を見れば、外来語のrはlに変えて受け入れられている。
おまけに、ロドリゲスが「日本語にはr音があってl音がなく、シナ語にはl音があってr音が欠ける」
と分析したらいんで、当時あのへんにいたヨーロッパ人にもそう聞こえたのだろう。
そういうことだから、仮にGoresという語のソースが日本語かシナ語だとしたら、
琉球をふくむ広い意味での日本であると考える方が自然だ。
その上で、Goresという語をシナ人に聞かせれば、勝手にlに変換して高麗だと解釈した可能性が高い。
利子腸線
206 :
マンセー名無しさん :2012/10/06(土) 14:42:27.04 ID:YWZ8LRBf
右上は上杉県令だし、歴代県令か何かで沖縄士族とは違うんじゃない?
沖縄青年記念號って本をスキャンしたものらしいんですけど、 琉球士族じゃないんですか…
208 :
マンセー名無しさん :2012/10/06(土) 17:05:55.76 ID:YWZ8LRBf
209 :
マンセー名無しさん :2012/10/06(土) 17:34:46.35 ID:ijFMBArS
>>203 確かに、ゴーレスっていう呼称は東アジアでは知られてないからな。
ポルトガル人が分かってないだけで、
元々は種族名じゃないよね。
211 :
マンセー名無しさん :2012/10/08(月) 10:10:43.31 ID:nVbgstdC
>>146 これか
第 4 章 陶磁器研究を文化交渉学に応用するために〜九州・沖縄地方を例に〜西 村 昌 也
http://kuir.jm.kansai-u.ac.jp/dspace/bitstream/10112/5889/1/09_nishimura.pdf カムィヤキ窯址の構造が熊本県球磨郡錦町の下り山窯址の構造と類似することをもとに、本土の中世陶器の
範疇のなかで、高麗系の陶器製作技術をとりこみ成立したことが予想されていた 9) 。
しかし近年、高麗時代の窯址に類似した窯構造が発見され、製作技術的にも高麗陶器に共通点が多いこと、
カムィヤキ・滑石製石鍋・中国陶磁器のセットが先島諸島までひろく確認されること、さらには滑石製石鍋や
中国陶磁器などは博多商人などの九州北西部勢力が流通を握っていたと考えられることから、日宋貿易を
担っていた人たちが高麗から陶工を招来して、開窯したとする仮説 10) も提出されている。
当然こうした無釉陶器の在地生産は、徳之島を中心とする社会進化の問題と密接に関わっている。
さらには、近年の喜界島の城久遺跡での大量の貿易陶磁や大型建築が確認されたことに結びついて、日宋
交易の延長線上に奄美諸島を位置づけ、交易の発展が琉球社会の国家形成に結びついた議論にも発展し
ている 11) 。
また、14世紀前半にカムィヤキの生産が終結するという現象は、何を意味しているのであろうか?
14世紀後半以降、琉球では中国産を中心とする四耳壺や無耳壺の貿易陶磁の出土量が急増すること 12)
を鑑みれば、輸入陶磁器が市場を席巻したため、カムィヤキ生産の終結に向かわせたと理解することができる。
212 :
マンセー名無しさん :2012/10/08(月) 10:43:26.57 ID:nVbgstdC
>>200 千代金丸の佩用は日本の太刀と同じ吊り下げ方でいいんかな
中国や東南アジアのやり方がどうなのかは知らないけど
214 :
マンセー名無しさん :2012/10/08(月) 16:55:14.40 ID:iRUOO0ut
>>212 身もふたも無いが差す人の考えによる。
ただアレは、主な戦闘法が歩兵戦に移行した後に登場したものなので、
刀身を上にして差すのが一般的と思われる。
自分でやってみれば分かるが、刃を上に向けた方が、
抜いてすぐ上段の構えに移行できる。
ただし刀身が下の方までブラ下がるので、
移動するときジャマ。
太刀は騎兵戦が主だった時代に生まれたものなので、
刀身を上にして指すと
馬に当たってジャマでしょうがない。
だから刃を下にして差す。
ただ、打刀でも太刀みたいに差す事もある。
第一には長距離移動とかで、携帯性を高めたいとき。
第二には、太刀は儀礼的な意味合いも帯びるようになったので、
カッコよく太刀風に差したい、というとき。
215 :
マンセー名無しさん :2012/10/08(月) 17:36:59.71 ID:nVbgstdC
>身もふたも無いが差す人の考えによる
そりゃごもっともw
ただ
>>89 の画像からすると刃を下に向けてるようだから、太刀の扱いだと思って
太刀だと鞘に下げ緒がついてるし、中朝刀剣も鞘に下げ緒か環がついてるから、
千代金丸はやっぱ帯に差すだけなんだろうね
216 :
マンセー名無しさん :2012/10/08(月) 18:22:29.64 ID:nVbgstdC
217 :
マンセー名無しさん :2012/10/08(月) 19:06:29.45 ID:iRUOO0ut
>>216 単にこの人の勘違いなだけだと思うが、
ガチでそんな事言ってる研究者がいるなら死んだほうがいいな。
サーベルタイプって言う表現も意味不明だし。
サーベルってトルコ人のシミターパクって近世に登場した湾刀。
それに対しモンゴル軍の刀は、普通に直刀↓もあるし、
http://photozou.jp/photo/show/172565/21630883 ぶっちゃけばらばらだし、基本的にそんな長くない。
馬上から振るうとなると長さが足りないので、
多分、戦闘専用ではなく、作業用ナイフと兼用だと思われる。
彼等は刀をあまり重視していないと思われる。
218 :
マンセー名無しさん :2012/10/08(月) 19:15:46.55 ID:iRUOO0ut
219 :
マンセー名無しさん :2012/10/08(月) 22:38:39.87 ID:iRUOO0ut
>>215 >太刀だと鞘に下げ緒がついてるし、中朝刀剣も鞘に下げ緒か環がついてるから、
>千代金丸はやっぱ帯に差すだけなんだろうね
おっしゃる通りだと思う。
今調べたところでは、
打刀を逆に差すのは「天神差」と言って、
長時間馬に乗る場合に、そうする人もいる、という話らしい。
金具をつけて太刀風に下げる事もあるのは既述のとおり。
これは基本的にかっこつけ。
逆に元々は太刀だったものを、後代になって、
打刀同様に帯に差す事例もある。
220 :
マンセー名無しさん :2012/10/09(火) 17:59:12.62 ID:jT2LX2qO
妄想と希望の成分が三割ぐらいありそうな
222 :
マンセー名無しさん :2012/10/09(火) 22:15:54.93 ID:05Bie5wK
223 :
マンセー名無しさん :2012/10/09(火) 22:23:17.63 ID:05Bie5wK
でぢこ @dediko39 wikipediaの琉球征伐の項目、「上里隆史」ばっかw さすがにドン引きw 2012年10月9日 - 22:57 でぢこ @dediko39 あれを編集してる人は上里隆史さんが好きなの? 2012年10月9日 - 23:04 · 詳細 でぢこ @dediko39 狂気を感じた…「琉球征伐」の項目。まるで上里さんが基地外みたいじゃないか…。 2012年10月9日 - 23:08 · 詳細
大先生の周りは・・・ 本島中心史観に純粋であるがゆえに?離島蔑視を笑ってやり過ごせる楽しい方たちが多いみたいですね ざっくり見てると、政治的に沖縄を利用しようとする人間以外、離島の顔が見当たらないもんし
簡単に論破できるけどかわいそうだからやらないニダ! せんせー必死だなー(棒 賛同者を求めるのは自信のなさの裏返しだよね。
ブログ主はゴーレスの語源がガーラだという誰かのレスを引用してる。 これのネタ元は吉成直樹・福寛美『琉球王国誕生』だと思うんで確認だけど、 吉成本人はゴーレスについてなにも言ってないよね? この人最近いっぱい本を書いてて、把握できてないんだけど。
228 :
マンセー名無しさん :2012/10/10(水) 01:21:55.41 ID:2+r1yiIE
>>227 その本には確かにゴーレスについては特に述べられてなかったね。
頭目=ゴール由来ってのは俺の理論。
引用したけど、マラッカ国王の書状にも「頭目が問題起こして困る」
という内容がある。
ポルトガル人に「あいつら誰?」って聞かれて、
「あー、あの頭目ども(とその手下)の事?」って答える
必然性は高いと思うけどね。
まー真実は分かりません。
別の案があったらどんどん言ってくれ。
この間の朝鮮語源説も説得力あると思うし。
「ウリはすぐ論破できるけど、しないだけニダ!」とかもったいぶらずにwww
229 :
マンセー名無しさん :2012/10/10(水) 01:50:17.28 ID:2+r1yiIE
つーか上里隆史的には、自分のやってる事は「実証的」なんだwww 前々から思ってるんだが、 例の「煮えたぎった粥をかけるのは 物理的ダメージを与えるためのものじゃなくて、 呪術的効果を狙ったものなんだい!」 理論を上里の体で実証してほしいなwww ぜひお願いしたいwww 物理的効果と呪術的効果、どっちがあるのか 実験すれば一発じゃんwwww
上里隆史 @seonglei
@Kozag 彼が発狂したきっかけは那覇港の戦いについてです。だからその一点について、彼は否定することに躍起になっています。
2012年10月10日 - 0:21 · 詳細
いのうえちず @inouechizu
相当イタい感じのウィキ。むしろ医療系の専門家にみてもらったほうがいい気がする。まあこれは極端な例としても、ウィキはしょせんウィキ。
http://bit.ly/Rcnz5B 閉じる 返信 リツイート お気に入りに登録
2012年10月10日 - 8:48 · 詳細
“発狂”、“メンタルヘルス”、“医療系の専門家にみてもらったほうがいい”
病人差別を気軽にする人が多いね、基地外の戯言扱いは文系の声闘手法の定番かw
相手を病人(狂人)扱いして論点を矮小化し、問題をやり過ごそうとする様は
歴史を解釈する時にどういう風に置き換えられるのかは興味あるし
薩摩は琉球侵略しないで 交易を続行してたほうが 薩摩も潤っただろうにな。
232 :
マンセー名無しさん :2012/10/10(水) 10:01:41.11 ID:/3g2nrF2
つーかこんなにグダグダ誹謗中傷書き連ねる余裕があったら、 「論破」の一端でも示して欲しいもんだわwww
薩摩に侵攻されなければ琉球は豊かで平和な国だった! などとほざくチョンギルは黙って畑耕してろw
234 :
マンセー名無しさん :2012/10/10(水) 10:19:05.99 ID:/3g2nrF2
何か↓のカキコ実感したわ。すげーいいまとめ方だと思う。 76 :マンセー名無しさん:2012/09/26(水) 03:59:40.45 ID:+3uFnwS2 最近、大先生のTwitter周りを見てると、いい年して沖縄幻想持ってる馬鹿な大人がたくさんいるんだなと思った。 日本は沖縄に悪いことをしたとか、内地が過重な負担を強いてるとか、こいつら、自分が日本人だと思ってないのかな。 人に頭を下げさせることばかりでテメエは善人か、島に入り込んだら全員土下座させて小突き回してやっても構わないよな 過重な負担を強いてるのは他ならぬお前だよ、お前が土下座するなり、自腹切れよ、ばーか 77 :マンセー名無しさん:2012/09/26(水) 09:49:34.94 ID:sBJq+qxC そりゃ慰安婦とか強制連行の良心的日本人と一緒で、自分自身は日本人ごときとは違う存在なんだもんw
235 :
マンセー名無しさん :2012/10/10(水) 10:24:12.96 ID:TiXaCNre
上里さんへの絡み方は偏執狂的だが、取り巻きの皆さんは史料の読み方やなんやらを学んだ方がいいぞ。 本当の基地外ならこんなスレでも支持者が出たりはしないから。あくまでも論拠を示してやってるしね。 2ちゃんの批判者に多いけど、記名記事を書いているから偉いわけじゃないんだよ。 名無しでも、どれだけ説得力があるか。 つか、黙殺するなんて言っといて、つい反応しちゃうから後を引くんだよね。 高良教授のように一切反応しないことが正しい(ネットやってないだけだろが)。 些細な間違いがあっても上里さんの功績は揺るがない!と皆さんには堂々としてほしいw (いやホント有名税の一種でもあるぜ)
236 :
マンセー名無しさん :2012/10/10(水) 10:25:50.61 ID:4WnQVwl8
>>234 反日亡国論って言葉があるよ、とってもナイスな指摘だから検索してねw
237 :
マンセー名無しさん :2012/10/10(水) 10:31:05.24 ID:/3g2nrF2
あと権威主義的だよね。 専門外の事でも熱心に勉強するのはむしろ良い事だと思うんだが。 また上里は、クラキチ批判に対し肩書を持ち出してるが、 ウチの商売は肩書が如何に凄くても、 客一人一人にシビアに判断されるよ。 結果はすぐ出るからね。 まあウチの商売は、客は一杯いるから、 客商売の中ではまだヌルい方だが、 歴史学業界のヌルさはそれを遙かに凌いでるな。
>>237 >あと権威主義的だよね。
それは感じるね。
Wikipediaは所詮ウィキだから、なんて小馬鹿にしているけれど
書籍や論文などの活字になったものに対して盲目的に従う馬鹿さ加減が目に見える。
信頼性を言うなら、出版、報道のフィルターやアカデミックのフィルターが有効だったかどうか
大震災以来疑問を口にする人は増えているんだから、歴史家にも盲目的に従う道理はないだろし
239 :
マンセー名無しさん :2012/10/10(水) 10:55:05.22 ID:/3g2nrF2
>Wikipediaは所詮ウィキだから、なんて小馬鹿にしているけれど >書籍や論文などの活字になったものに対して盲目的に従う馬鹿さ加減が目に見える。 注釈が100個くらいあって要出典を一切許さないのが偏執的だ! っていうのもあって笑ったわwwww 典拠示すのがダメなのかwww あれ結構頑張ったんだけどな。 まあ上里ムカつく!という執念が原動力だったのは否定しないがwww
240 :
マンセー名無しさん :2012/10/10(水) 13:10:02.21 ID:/3g2nrF2
何かすげー面白い奴みつけた。
上智の文系で落ちこぼれかけてる下井次郎ってバカなんだけど。
>>239 で言った奴ね。
Ziro-Shimoi · @ZiroShimoi
「琉球征伐」は、そのクソ長ったるしい文章の六割が
海域アジア史学者・上里隆史に対する「個人的な」”嫌味”に
費やされてる特筆すべき記事。そのただの人格攻撃に
75にも及ぶ脚注をつけ、尚且つ”要出典”を
ひとつも許さないその執念は驚嘆の二文字に集約され、
なお上里隆史が抗議しない理由は不明。
241 :
マンセー名無しさん :2012/10/10(水) 13:18:22.24 ID:/3g2nrF2
242 :
マンセー名無しさん :2012/10/10(水) 13:20:53.71 ID:/3g2nrF2
ここ↓ではかの次郎君、東大生に絡んでる。
相手も大概だと思うが、
本人のブログ読んだ後では笑止としか言えんwwww
人の事よりお前が勉強しろwwww
http://ameblo.jp/saionji-kaoru/entry-11368880032.html で、中傷以外になにか反論はないんですか?
最初から最後まで問題は長谷川さんのことでしかないのですが……
まさか…まさか…論破されちゃったんですか!?
私に!
そんな…人類首席のくせに、私立大学の私に会話のキャッチボール以前の暴言しか返せないなんてことありえないですよね…?
信じてます!
どうか、成人男性としてなにか言い返してください。別に主席としてでなくても構いません。
理路整然と論駁してみてください。
お願いします!
ziro_shimoi 2012-10-02 23:25:47 >>このコメントに返信
243 :
マンセー名無しさん :2012/10/10(水) 14:22:11.36 ID:/3g2nrF2
>>242 何か良く分からんけど、下井次郎のブログ読んでたら、
東大生と下井次郎含めて、何か変なコミュニティがあって、
東大生だけハブられてるらしい。
いやー何かもうホントキモい。
何でネットに来てまで、こんなイジメみたいなことするんだろう?
気に喰わないなら無視すりゃいいじゃん。
1. 無題
はじめまして。
トモに関する意見は的を射たものであり、同感です。
もし、試験科目があいつの優を取った科目しかなければ、みんなそれに集中しますから、結局、あいつの優位さが消滅しますから当該科目でも平均的な成績となるでしょうね。
あいつの意見の端々に癪に障る部分があるので見ていてイライラしますよね。
正人 2012-10-05 03:00:50 >>このコメントに返信
2. Re:無題
>正人さん
コメントありがとうございます。僕は彼が自称一郎目から知っているので、正人さんの名前はお見受けしております。
昔は七史という名前でコメントしていました。
ですが、このブログはあんないけ好かない野郎とは関わりのない範囲でやりたいので、コメントはあのカスのブログでお願いします。
ziro_shimoi 2012-10-05 20:43:45
244 :
マンセー名無しさん :2012/10/10(水) 14:26:08.12 ID:/3g2nrF2
というわけで嫌なもん見てしまった・・・ 面白いかと思ったけど逆効果でした。 スレ汚しスマソ。下井次郎に深入りするのはやめよう・・・ いっちゃ悪いけどさ、やっぱ病んでる真っ最中の人は、 考え方がアレなのよね。
245 :
マンセー名無しさん :2012/10/10(水) 16:35:40.45 ID:TiXaCNre
ちと興奮しすぎ。 朝鮮も琉球すらも関係ない話だしね。
でも、ツイッター面白いね 薩摩の作人先生と琉球の上里さんが労りあってたりするし なーんだ、昔も今も薩琉通じあってるんじゃんなんて SNSって売名ツールとしては使えるんだろうけど怖いね
ゴーレスとは直接関係ないけど、吉成直樹の語源解釈はひどくて見るに堪えない。 なんかやたら朝鮮語の借用として解釈しようとしてるんだが、 現代朝鮮語と比較してる時点でアウトだ。 せめて中期朝鮮語の語形の再構ぐらいをやらないとどうにもならない。 おまけに、よく徐廷範という人の説を引いている。 「ノロは古代朝鮮語のノレ(謡う)、ノリ(遊ぶ)に対応」するんだとさ。 調べたらこいつ『韓国語で読み解く古事記』とかいうトンデモ本の作者じゃねーか。 吉成直樹は地理学が専門の、六十近いじいさんらしい。 誰も指摘してやれないんだろうか。
日本語は高低アクセントが厳密なんだから、(たとえば、橋と端と箸の区別) アクセントを無視して語源解釈をするな、と言語学者が口を酸っぱくして言っても、 歴史学者や地名研究者は平気で無視する、というかアクセントのことを知らない
>>248 いやいや、アクセントから攻めるのは厳しいんじゃないの?
方言によって差が激しいし、文字資料からアクセントが分かることのほうが少ないし、
固有名詞は例外的に振る舞うし。
本職じゃなくて語源研究をやっている人でまともなのは
アイヌ語地名研究の山田秀三ぐらいじゃないかな。
山田は金田一京助や知里真志保と一緒にやってたから
ほとんど本職みたいなものだけど。
>>228 そういえば稲村賢敷『琉球諸島における倭寇史跡の研究』は279頁で
「ゴーレー人」の語源は「頭 (かしら)」だろうとしてるね。
前読んだときには見落としてた。
250 :
マンセー名無しさん :2012/10/11(木) 01:53:50.08 ID:zRnIWvBh
>>249 これも稲村が指摘している事だが、
宮古にはクジナ按司っていうのもいて、
与那覇原勢に攻められたときに、
クジナ按司が上手く機嫌をとって帰ってもらい村を救った、
という話なんだが、
実はクジナっていうのは「頭」に
対照する「従者」っていう意味の古語。
クジナという用語がある事からして、
頭という用語もあるはずだから
童名がーらは、やはり頭の転訛であろうとの事。
クジナがメジャーな童名にならなかったのは、
やっぱ従者の名前だからだろう、との事。
251 :
マンセー名無しさん :2012/10/11(木) 02:00:22.40 ID:zRnIWvBh
波照間の本比田家の祖先が、八反帆船で南蛮貿易を盛んにしておった。 また南蛮船もたびたび波照間を訪れて物々交換をしていた。 南蛮に行った証拠として、南蛮芭蕉(和名ダンドク)の花を移植して 真南蛮芭蕉と命名したのが八重山全島に移植されて 今はマーラン芭蕉に転訛している。 与那国島ではナンパブサといっている。 宮良・小浜島で毎年行われる豊年祭のときのアカマター神の歌の中で 「真南蛮旅三旅、唐旅四旅(まなばんたびみたび、とうたびゆたび) うけど、くまにちやびる」 という歌は八重山島が南蛮との関係のあることをものがたりつつある。 本宮良頭・石垣永将は 自宅に航路標識旗を高く掲げて盛んに南蛮貿易を営み 巨利を得て当代を風靡する一大財産家となった。1600年ころだと思われる。
>>247 吉成直樹は、地理学と言うよりは民俗学の方が専門と言えるんじゃないか
柳田民俗学の系譜じゃなかったかな
現在の左翼的イデオロギー満載の琉球史学界とは畢竟対立する運命なんだろう
>「ノロは古代朝鮮語のノレ(謡う)、ノリ(遊ぶ)に対応」するんだとさ。
노래(ノレ・歌)→노래 부르다(ノレプルダ・歌う)
놀다(ノルダ・遊ぶ)
発音が同じように聞こえても、単語としての成り立ちが違うからどうだろ
遊ぶは終声音にLの発音がつくだけのルだから
ノロは古神道の祝詞(のりと)に関連するんじゃないか
253 :
マンセー名無しさん :2012/10/11(木) 10:39:30.02 ID:8aAvoHfG
ところで
>>149 画像なんだけど、古琉球時代の中山ってダボシャツとステテコが定番なの?
>>251 南蛮貿易>台湾のことじゃね?
オランダが占領統治してた時代の
>>252 吉成の専門は民俗学なの?
自称が地理学で、地理学は何でもありだからそうなのかと思ってた。
どっちも俺はよく知らないけど。
まあ言語が専門でないことには変わりないね。
ノロはどうだか知らないけど、祝詞は宣(の)るからの派生のはず。 「歌う」系の語は宣ると意味的にあわないと思う。 ちなみに、宣るの祖形 nör- は中期朝鮮語の nulul- LL と同語源だと ホイットマン(朝鮮語と日本語の対応をせっせと探している先生)は主張してるんだけど、 それに対してボビン(全部借用で説明する派)は「さすがに無理ありすぎだろwww」と否定している。
>>250 俺は本当に何も知らないんで、基本的なことから確認させてもらっていい?
がーらという童名が広く使われていた、というところまではいいんだけど、
その解釈が本当に「頭」でいいのかをちょっと詰めたい。
まずこの解釈は宮古でも自明じゃないんだよね?
身体部位としての頭を表す語としては、
ツブリ系の語が沖縄周辺に残っていることが有名だけど、宮古はカナマリでしたっけ、
とにかく「がーら」を使うことはないということでいい?
稲村は複合語中の残存から「がーら」っぽい語を導き出そうとしてるけど。
連投スマソ ちょっと怪しい言葉の解釈をひとまず脇に置くと、 結局稲村が挙げる直接的な根拠は『宮古島旧記』の記述だけだと思う。 「其子頭に角二つあり、手足は鳥足に似て人間の姿にあらず、其名をば目利真角がーらと申候」 あと、稲村は童名がーらが廃れた理由を 「日本甲螺と音が似ていて支那との関係で不都合だったから」と述べるのみで、 「がーら=甲螺」とすることを慎重に避けているっぽいのが気になる。
259 :
マンセー名無しさん :2012/10/12(金) 01:42:16.09 ID:EFu/ZuEy
>>258 直接的な根拠についてはそんな感じがする。
「がーら=甲螺」とすることを慎重に避けているというのは
うがち過ぎだと思う。
がーら=倭寇起源ってのはあの人はさんざん繰り返してるし。
俺も「倭寇史跡」読み直してみるわ。
がーらの一章は重要だと思ってたが、
面倒臭くて読み飛ばしてたんだよね。
あなたの指摘のお陰で見直す気になった。
ただちょっとかかります。
あてにせず待っててくれ。
260 :
マンセー名無しさん :2012/10/12(金) 01:48:04.39 ID:EFu/ZuEy
まあその間に誰かやってくれるかも。 ところで「倭寇史跡」は、彼の地元の宮古の図書館だと、 手袋はめて見なきゃいけないみたい。 かなりボロボロみたいで。 あれ面白いのにね。どっか再版すればいいのに。
261 :
マンセー名無しさん :2012/10/12(金) 01:57:22.07 ID:EFu/ZuEy
ところで本島とかだと「がーら」はどうなんだろ? 奄美の倭寇本は、韓国語とのこじつけで 信頼性がアレってのが指摘されてたが、 一応、奄美にゴーラとかゴリヤとかいう、 大和人由来(その可能性が非常に高い)の豪族がかなりいた事は 名瀬市史にも載ってたはず。 これらはやっぱ宮古のがーらと同根だと思う? つーか八重山にも有名なホンカワラがいるから、 八重山にもがーら名は分布してる。
262 :
マンセー名無しさん :2012/10/12(金) 02:14:07.96 ID:EFu/ZuEy
俺が知らないだけかもしらんが、 本島でがーら名ってあんま聞かないんだよね。 アカハチの乱に関して、 関係史料を網羅した「アカハチの乱と山陽姓一族」 っていうかなりいい本があるんだが (参考書としてはベスト。つーか長栄姓家譜は公刊されておらず、 原本が博物館にあるだけなので、気軽に読めるのはこの本だけ) その中で著者の大浜永旦は、 アカハチの乱は、本島と八重山のバックの倭寇勢力の争いが原因 みたいな話してた。 さすがにアカハチの乱に関してはないなーとは思うが、 其れよりある程度前の状況としては、有り得るかな?とは思う。 奄美から八重山まで似たようなのが分布してたところに 違う系列が本島で広がっていったのかな?みたいな。
263 :
マンセー名無しさん :2012/10/12(金) 09:28:20.77 ID:Q7GZQQI1
>>261 ガーラ=ロウニンアジ=魚の名前
カーラまたはカー(ガー)=河川や湧き水の名称
,ィィr-- ..__、j ル! { `ヽ, ∧ N { l ` ,、 i _|\/ ∨ ∨ ゝヽ _,,ィjjハ、 | \ `ニr‐tミ-rr‐tュ<≧rヘ > ゴーレスと高麗 {___,リ ヽ二´ノ }ソ ∠ 吉成直樹の琉球王朝朝鮮半島系倭寇起源説とつながる '、 `,-_-ュ u /| ∠ 倭寇は倭寇でも高麗人だったんだよ!! ヽ`┴ ' //l\ |/\∧ / --─‐ァ'| `ニ--‐'´ / |`ー ..__ `´ く__レ1;';';';>、 / __ | ,=、 ___ 「 ∧ 7;';';'| ヽ/ _,|‐、|」 |L..! {L..l )) | |::.V;';';';'| /.:.|トl`´.! l _,,,l | _,,| , -, ! |:.:.:l;;';';';'|/.:.:.:||=|=; | | | | .l / 〃 )) l |:.:.:.:l;';';'/.:.:.:.:| ! ヽ \!‐=:l/ `:lj 7 | |:.:.:.:.l;'/.:.:.:.:.:.! ヽ:::\:: ::::| ::l /
>>259 稲村は「かしら」が「かあら」または「がーら」に変化したとしてるけど、証拠不十分だと思う。
沖縄古語大辞典を見ると「かはら」に対して川原(川の意味)、瓦、竜骨を挙げている。
まずはこのあたりとガーラが無関係だと示したいところ。
三番目はよく分からないけど、最初の二つはアクセントが違うはず。
しかしよく考えると、童名が「がーら」や「がーらがま」という人がいるんだから、
「かーら」が「〜がーら」という形で連濁で有声化してるんじゃなくて、単独でも濁音始まりだ。
固有語で本土方言と対応するものは基本的に清音始まりのはずなんで、説明が必要だと思う。
>>262 最近奄美の人がやたら元気に本を出してる一方で、
宮古や八重山の情報は聞かないなあと思ってました。
あることにはあるんですね。単にこちらからアクセスしにくいだけみたいorz
私も稲村本は面白いと思う。誰か後継者いないのかな。
267 :
マンセー名無しさん :2012/10/14(日) 14:35:14.46 ID:kJ/BhLI7
>>265 実はその可能性も既に指摘している。
いずれにせよ「リーダー」の意味である事は変わりない。
カワラというのは船底を構成する船材の事もそのように言う。
九州方言についての指摘↓
>金属精錬等をする時の頭梁、頭梁をカワラという。
>カワラというのは家の屋根を覆うカワラ、
>それ. から亀の甲羅なんかも同じ、
>私の郷里の熊本では頭のことをゴラという。
>肥後の方言でゴラといのは. 頭が頭梁に通じるからです。
>その点。高良も香春同じだと思う。
268 :
マンセー名無しさん :2012/10/14(日) 15:00:50.82 ID:kJ/BhLI7
奄美の「ゴリヤ」に関しては肥後方言の「ゴラ」との関わりで説明できるが、 宮古の「ガーラ」はなぜア行の音に変わったのかは不明ではある。 奄美から伝播したというよりも、 九州の勢力が、奄美・宮古に直接渡来したものと思われる。 後、宮古の「ガーラ」に関しては元々清音だった可能性がある。 仲宗根豊見親の先祖である「根真角がーら」 ってのがいるんだが、 「雍正旧記(宮古島旧記の一パターン)」では「根間津のかわら」って 表記されてる。 おそらく後者の方が古い、本来の意味を反映した表記だと思われる。 こっちの方が意味が通る。 「根間の港の親分」って意味ね。 このように連濁で有声化したのが並行して起こる事で、 「ガーラ」になったんじゃないかと思う。
,.ィ , - 、._ 、 . ,イ/ l/  ̄ ̄`ヽ!__ ト/ |' { `ヽ. ,ヘ N│ ヽ. ` ヽ /ヽ / ∨ N.ヽ.ヽ、 , } l\/ `′ . ヽヽ.\ ,.ィイハ | _|高良はゴーレス ヾニー __ _ -=_彡ソノ u_\ヽ、 | \ つまり倭寇。 .  ゙̄r=<‐モミ、ニr;==ェ;ュ<_ゞ-=7´ヽ >高良倉吉は倭寇 . l  ̄リーh ` ー‐‐' l‐''´冫)'./ ∠__ だったんだよ! ゙iー- イ'__ ヽ、..___ノ トr‐' / l `___,.、 u ./│ /_ . ヽ. }z‐r--| / ト, | ,、 >、`ー-- ' ./ / |ヽ l/ ヽ ,ヘ _,./| ヽ`ー--‐ _´.. ‐''´ ./ \、 \/ ヽ/ -‐ '''"  ̄ / :| ,ゝ=< / | `'''‐- 、.._ / !./l;';';';';';';\ ./ │ _ _,> '´|l. ミ:ゝ、;';';_/,´\ ./|._ , --、 | i´!⌒!l r:,=i . | |:.l. /';';';';';|= ヽ/:.| .|l⌒l lニ._ | ゙ー=':| |. L._」 )) l. |:.:.l./';';';';';';'! /:.:.| i´|.ー‐' | / | |. ! l . l. |:.:.:.!';';';';';';';'| /:.:.:.:!.|"'|. l' │-==:|. ! ==l ,. -‐; l |:.:.:.:l;';';';';';';';| /:.:.:.:.:| i=!ー=;: l | l. | | / // l |:.:.:.:.:l;';';';';';';'|/:.:.:.:.:.:.!│ l l、 :| | } _|,.{:: 7 )) l |:.:.:.:.:.:l;';';';';'/:.:.:.:.:.:.:.:| |__,.ヽ、__,. ヽ._」 ー=:::レ' ::::::|; 7 . l |:.:.:.:.:.:.l;';';'/:.:.:.:.:.:.:.:.:.|. \:::::\::::: ヽ ::::::!′ :::| .:/ . l |:.:.:.:.:.:.:∨:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.! /ヽ::: `::: :::: ....::..../
按司ってアジじゃなくて、正確にはアヂだよね 氏(ウヂ)と関係あるのかな?
271 :
マンセー名無しさん :2012/10/15(月) 01:43:28.98 ID:kF1V6MdO
ヲイヲイ 琉球と李氏朝鮮を比べちゃ沖縄の人たちが怒るだろ。高句麗、百済の古代朝鮮は素晴らしいと思うが時代が下がって 文化が衰退した最悪な頃だろ。トンスル、乳だしチョゴリ、病身舞、ためし腹、で検索してみ。あと エベンキで。
角川日本地名大辞典 40 福岡の高良大社の項に以下の記述を見つけた。 何なんでしょうかね、これ。 社名は中世には「カハラ」(十巻本伊呂波字類抄伴信友本),「かはら」(嘉 禄元年9月12日宗清法印勧進帳/鎌遺3405),戦国末の「高良玉垂宮神秘書」 はすべて「カウラ」で,現在は「こうら」と読んでいる。
274 :
マンセー名無しさん :2012/10/15(月) 22:52:22.90 ID:mSLeUZeW
日本軍が設けたスパイ活動のスペシャリストを養成する陸軍中野学校から派遣された特殊工作員(ヤマトンチュ)は、
沖縄の久米島にあった国民学校の教員になりすまし、いざというときは、沖縄住民を捨て石にしてアメリが軍と戦い、本土を守ることを任務としていた。
久米島住民の証言によると、沖縄人になりすましていた日本人は沖縄の子供たちを道連れにアメリカ軍と戦おうとしていたらしい。
ソースはNHKの「ニュースウオッチ9」で放送された「沖縄戦 離島残置工作員の実像」にある。
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history2/1350308191/
>>268 「角がーら」 の由来が「津のかわら」だとすると面白い。
それだと、川満の「めりま角がーら」も同じように分析できる?
稲村によれば、「みずぬま」という部落跡には船着場に使用された入江があるそうだけど。
もう一つ、「根間角がーら」の孫が「真角与那盤殿」となっているけど、
接頭辞「真」をは由来が忘れ去られた後世に付けられたのかな。
いろいろ見た感じだと、「かしら」からの転化ではなく元から「かわら」みたいだな。
>>273 九州沖縄しか「〜ハル」「〜バル」地名がないのは、本当に不思議だよね。
福岡と山口の間に、完全な断絶がある例だ。
人工的な臭いすら感じる。
原(hara<para)に関しては、南島祖語のpadangと同源だと思う。
特にタガログ語はparang(平野、野原)で、そのまんま。(ngは開音節化で落ちる。)
でも、これじゃあハルを説明できない。
277 :
マンセー名無しさん :2012/10/16(火) 00:45:24.92 ID:r1AiOmHc
>>272 やはりカシラ由来ではなく、そっちの「カワラ」かな。
>>275 めりま角がーらについてもおそらく。
仲宗根豊見親が、大里大殿のところで
働いてた頃の同僚に加和良保爺ってのもいるね。
おそらくこれも「カワラ」読み。
徐々にがーらの方に収束していったと思われる。
ネマツノカワラについては、
目黒盛自身が、言葉の正しい意味を
知らなかった可能性はあると思う。
目黒盛の幼い頃に、両親とも死んでるから。
278 :
マンセー名無しさん :2012/10/16(火) 00:50:55.26 ID:r1AiOmHc
つーか、ネマツノカワラが本当に「祢間津のかわら」だとしたら、 このカワラはおそらく本名じゃないよね。 まだ「ボス」って言う肩書としての意味を維持してると思う。 ネマツノカワラの本名は、 宮古の人には覚えにくいものだったのかもしれんな。 「あいつネマツノカワラって普段呼ばれてるけど、 もうあれが名前でいいよね。誰も困らんし」みたいな。 実際、彼の父親も「根間大按司」としてのみ伝わり、 本名は不明。 ウイピャーに御嶽がある「喜佐間按司」も どうみても本名じゃないよね。 これと似たようなもんじゃないかな。
279 :
マンセー名無しさん :2012/10/16(火) 01:21:22.34 ID:r1AiOmHc
鳥取の孝霊山 「瓦山」が「こーれー」に転訛した例。 がーらの語源が九州の「カワラ」である可能性は ますます大きいが、 ただ、倭寇にからめるとなると、 中世において「カワラ」やその訛が、 首領として使われている例が、 イマイチ乏しいのが弱い点ではあるかな。 有名な日本甲螺くらいしかないよね。
>>276 南方祖語ってオーストロネシア祖語のこと?
よく知らないけど、崎山理あたりが今も元気に研究してるんでしたっけ?
ついで?だから、いわゆる高句麗地名に関する与太話を紹介するね。
日本海側の江原道のあたりは、新羅に征服される前は高句麗の支配下で、元々は濊がいた。
新羅の景徳王が溟州に改名する前の地名は河西良あるいは何瑟羅なんだけど、
これは*kasiraと読めて、日本語のカシラと対応する、濊の首都だからカシラなのだと、
日本語高句麗語同系説のベックウィズはとなえている。
まあしかし、改名後の地名は溟州なんで、元の地名が頭を意味していたという裏付けがない。
娜々志先生のデータでも日本語の対応を挙げていない。
ttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Club/5420/koukuri.html
かわら 〜 こうら 〜 こうれい の揺れは実例があるんじゃ認めざるをえない。 どうしてそんなことが起きるのかわからないのが不満だけど。 結局、いま想定しているストーリーでは、以下の二つのイベントが起きたことになる。 1.「〜津のかわら」が異分析で「角がわら」になった 2.「〜がわら」から異分析で(「かわら」でなく)「がわら」が生じた 根間角がーらがおよそ1330年代ぐらいの生まれで、童名がーらの最古の使用例らしいけど、 それからわりとすぐ「かわら」の意味が忘れられたんだろうな。
282 :
マンセー名無しさん :2012/10/17(水) 01:36:09.69 ID:WL4hGv0u
>>281 そのまとめ方に同意。
つーかああいうの「異分析」って言うんだ。知らんかった。
こういう細かい現象をきちんと定義するのはとても大事だと思う。
何例か検討すれば、言葉知らなくても気づくはずだが、
実際にはなかなか気づけないからね。
軍事学用語の「摩擦」も、物事は計画どおりにはいかない、
という当たり前の事を定義してるだけだが、
その当たり前の事を知らない人が実在するのが現実。
言葉を定義してれば、何例も検討せずとも、
単に一つの言葉を知ってるか知ってないか、という
簡単な問題になる。
283 :
マンセー名無しさん :2012/10/17(水) 10:21:59.37 ID:CBtUNBhM
娜々志娑无先生の名を目にするのは何年ぶりか・・ 元気なのかねえ
>>283 >>280 を書きながら昔のスレを漁っていたんだけど、
日付が2001年とかで絶望した。道理で年をとるわけだ。
ほんと娜々志先生また出てきてくんないかな。
俺はブログ主と違って大先生に何の思い入れもないし、 典拠をつけない新書は普段読まないんだけど、 『海の王国・琉球』を斜め読みしてきたよ。炎上マーケティング乙だね。 途中で見つけた間違いがアホすぎて、おかげで他の記憶が飛んだ。 「中国東北部の民族ジョルチン(女真、満洲族)」だって。 それを言うなら「ジュルチン」。 大先生の脳内では女真は草原で遊牧していたそうなんだが、 女真の故地は草原じゃなくて森林地帯。興安嶺の東は普通に雨が降る。 だから女真は遊牧じゃなくて、谷間で細々と農耕をやってた。高句麗も同じ。 琉球は「草原を駆ける狩猟組織」に対する「海原を駆ける航海組織」なんだってさww 独自のことを言おうとして、生半可の知識を持ちだしたらこの惨事だよ。
北方騎馬遊牧民については、江上の騎馬民族征服説のせいで変な先入観が根づいてる気がする。
女真族が半農・半狩猟なんてのは高校レベルで教わった気がするんだが 大丈夫なのか?w
288 :
マンセー名無しさん :2012/10/18(木) 10:36:16.10 ID:syZnc6+k
>>284 先生は総督府の書き込みでも2008年までなんだな。
時の経つのが早いのはおっさんになった証拠かw
289 :
マンセー名無しさん :2012/10/18(木) 10:39:05.66 ID:syZnc6+k
高句麗騎兵は例の壁画でも明らかだから、高句麗と後継の朝鮮人は遊牧騎馬民族・・ とか思ってるやつはいそうだねえ。
291 :
マンセー名無しさん :2012/10/19(金) 11:05:05.72 ID:R4TyuDns
上里氏が三眼銃について参考にしてるのは、宇田川武久『東アジア兵器交流史の研究』という本なんだけど、この本は 李朝が日本・中国の兵器兵術からどんな影響を受けて、いかに取り入れたかって内容です。 で、李成桂が各道に命じた貢納品の不足を補うために、野人(女真)とのテン毛皮取引で兵器が流出していたなんてことが 書いてあるから、狩猟民らしいことは別段説明しなくてもわかると思うんだけどね。 ヌルハチ以降の後金・清朝軍の主力部隊に満州騎兵があるから、そちらしか目を通していなかったんだろうか。
292 :
マンセー名無しさん :2012/10/19(金) 13:22:38.55 ID:cVmeuovg
現在、兵器として使用されたものは残っていないが、火矢をモデルにして作られ、祭礼などで打ち鳴らされたと思われるものが県立博物館など県内に四点現存する。
293 :
マンセー名無しさん :2012/10/19(金) 17:09:31.83 ID:R4TyuDns
沖縄博物館? 火矢っていうのは石火矢でいいのかな?
>>291 ツングース系にもいろいろいて、北の方でトナカイの遊牧をやってるのもいれば、
アムール水系で漁撈をやっているのもいる。
狩猟採集というと若干誤解があって、とっているのは黒貂とか朝鮮人参とかで、
食料生産の手段というよりも交易用。
清朝を興したプロパーな連中が何者かといえば、農耕民というのが一番適当だと思う。
本来的な意味での狩猟採集民では世界史の表舞台に立てるほど人口を養えない。
似たような話は日本にもあって、考古学的な意味でのアイヌは、
和人の経済に組み込まれることによって成立したもので、
それ以前は北海道でも意外と農耕をやっていたりする。
297 :
マンセー名無しさん :2012/10/20(土) 10:57:53.76 ID:6uVn2AKP
>>294 おっしゃるとおり。
狩猟民と決め付ける書き方はまずかった。つかテンが草原にいなさそうなのはわかるだろう、くらいのとこで。
アイヌのそういう話も面白そうですね。
298 :
マンセー名無しさん :2012/10/20(土) 13:38:58.92 ID:Dpth1iCx
>>276 遅くなったけど、国立民族学博物館研究報告36巻3号(2012年)所収の
崎山理『日本語の混合的特徴』がオーストロネシア語族の*pa(n)daŋに触れているのをオフラインで確認した。
ttp://www.minpaku.ac.jp/research/activity/publication/periodical/bulletin/36_3d#2 下に引用した通り、崎山が知る範囲では、西部マライ・ポリネシア諸語までしかさかのぼれないし、
崎山が考える日本語の対応は、原ではなく、「ハタケ」の「ハタ」でした。
*pa(n)daŋ (PWMP)「平野」 >padang (Mal) :padang (Tob) :padang(Nga) :parang
「草地」(Tag) :fandra/fatrana(Mad)。
上日 ハタ‐け「波多気=畠」『万葉集』(18:4122),やき‐ハタ「夜岐波太=
火田」『和名抄』,ハタ・やき‐ハタ「疁」・ハタ‐け「白田」『名義抄』。
ハタ‐け(乙類)の語末要素‐けは語源不明。なお,国語辞書ではハタ,ハタ
ケともに同じ時「畑,畠」を与えるが(『日国辞』),ハタ「畑」は字面からの明
らかなように,本来,焼畑の行われたところでハタ‐け「畠」とは区別されてい
た。
>>300 南島祖語ではなかったのか、どうもありがとう。
畑pataは朝鮮語patの開音節化した借用語だと思いこんでた。
松本克己の『世界言語のなかの日本語』によると、
kasa(笠) < kat(冠帽)
nata(鉈) < nat(鎌)
が他にも借用語としてあげられてた。
ここで香春(かわら)が挙げられたから、考えてみたんだけど、 「春」と「墾る(はる)」って、同じアクセントで、春の語源説に墾るがあるぐらいだから、 やっぱり、地名の「ハル」は「墾る(はる)」由来なんじゃないか。 ただそうなると、「ハル」という音に対して、原とあてた地名は「ハル」を保存していたのに、 春とあてた地名が「ハラ」に変わるって変な話になるのか。 そもそも、動詞が終止形のまま地名になることってあるのだろうか。
>>301 松本の本はいま手元になくて確認できてない。
朝鮮語のpatは中期朝鮮語ではpath Lだから、おそらく古代は*patakのような形じゃない?
ボビンもpathと日本語のpata LH、patakë LHLを比較している。
中期朝鮮語の-hについては何も言わない。
日本語のハタの用法が限定的(複合語の一部ばかり)だから借用語だろうけど、
琉球諸方言にも広く確認されるから、かなり古い時代の接触の結果だろうとしている。
kasaとnataは、並べたとたんに、「それ不規則じゃね?」って
ツッコミを入れたくなるけど、松本は何か言ってる?
鉈は上代の例がなくて中古以降だから、偶然の一致かもしれないし、
比較的新しい借用かもしれないとボビンは言っている。
笠も借用かもしれないけど、対応が不規則で問題がある。
一応kas Rという異形態が中期朝鮮語でも1度だけ出てくるらしいけど。
>>302 俺は今のところ香春に深入りするつもりはないんだけど、
ひとつ言えることとしては、いろいろ想像をふくらませる前に、
まずはこの地名の用例を一通り抑えた方がいいんジャマイカ?
風土記逸文で言及されるくらいの由緒ある地名だから、
文献を並べるだけでわかることがあるはず。
ちょっとスレ違いの話をしてしまったけど、どうもありがとう。 これも琉球王国からズレた話かもしれないが、 沖縄奄美には銘苅(めかる)、蘇刈(そかる)なんかの動詞の終止形でおわる地名があるんだな。
306 :
マンセー名無しさん :2012/10/22(月) 10:04:00.96 ID:yT23Pcy3
徳之島の徳って漢語だから当て字だよね? 自称他称で、もともと何と呼んでたの?
307 :
マンセー名無しさん :2012/10/22(月) 16:14:23.92 ID:ALEZp0jO
原をはる・ばると読むんじゃなくて、はる・ばるという音にに原という漢字をあてたんやろ てことは、琉球の地名に漢字をあてたのは、九州の地名に詳しい奴ってこと 行政レベルで、倭寇か薩摩が関わっとるんやない?
308 :
マンセー名無しさん :2012/10/22(月) 18:10:05.96 ID:LTlAEodB
>>306 「トク」と申す島
と渡海日々記に書いてあるからトク。
続日本記には7世紀に「度感」という島が入貢したと書かれていて
徳之島かトカラの事だと考えられている。
309 :
マンセー名無しさん :2012/10/22(月) 23:11:07.27 ID:yT23Pcy3
>>308 トクの意味は、方言で特別な意味とかあるの?
それとも、多くの地名と同じように由来不明?
地名ついでで先島がどういう語感なのか知りたいな。 宮古と八重山に一体感はなさそうだけど。
311 :
マンセー名無しさん :2012/10/23(火) 02:07:08.82 ID:Zavsty9V
>>309-310 「とく」の語源は不明。
「宮古」は、稲村賢敷によれば
「都」と同語源で、元々は各地方の首邑を意味する一般名詞だったのが、
島全体の総称に転換されたんじゃないかとの事。
平良市の語源であるピサラも同じで、首邑を意味する一般名詞が
宮古島で最も大きい東仲宗根、西仲宗根、西里、根間のあたりを
総称する言葉にいつの間にか固定された、としている。
ちょっと記憶が曖昧だが、元々はピサラは平原を意味し、
平たい所は邑を作るのに最適だから、邑の意味になった、
とか書いてあった気がする。
312 :
マンセー名無しさん :2012/10/23(火) 02:28:46.86 ID:Zavsty9V
八重山(やい・ま。八重山人はえいまんちゅと発音する)は 「八重山歴史」だか「新八重山歴史」だかが 本土の「比叡山」の呼称「ひえの山」と同語源じゃないか、 と言ってるが真偽は不明。 とりあえず、有人島である八つの島を総称して八重山とした、 というのは後からのこじつけだと思う。 「八重山島年来記」とかは 明らかに石垣島だけを指して「八重山島」と使ってるから。
313 :
マンセー名無しさん :2012/10/23(火) 02:48:28.18 ID:Zavsty9V
語源と言えば宮古島の最高峰・野張岳は、 元はウプタキ(大岳、大武岳)と呼ばれていた。 文字通り大きな山の意味。 野張岳に変わったのは、山麓に野張村ってのが立村されてから。 元は山麓には「大嶽島」っていう村があったんだが、 与那覇原勢に攻め滅ぼされた。 で、残党は故郷を完全に放棄して、 東に2qくらい行ったところに「大あらす原」って村を作った。 後代に、この大あらす原と、平良南部の野原部落と、 久松部落から人間を出して、 大嶽島の故地に作ったのが今の野原らしい。
>>311-313 くわしい解説ありがたいんだが、聞きたかったのは「先島」という言葉についてなんだ。
これ沖縄からつけた名前だよね?自分たちでも使うの?
315 :
マンセー名無しさん :2012/10/23(火) 10:16:19.83 ID:Zavsty9V
>>314 先島というのは沖縄本島から見て先にある、
というそのままの意味で、ごくごく新しい概念。
だから語源について疑問はない。
自分たちでも使うか、と言われれば、
本島と区別するのに便利な概念だし、
そういう必要性は結構あるから、使う事はある。
ただ、あなたの言うように宮古と八重山は昔は仲が悪かった。
現代でも距離が離れているために親近感はない。
だから先島ナショナリズムみたいなのは一切ない。
316 :
マンセー名無しさん :2012/10/23(火) 10:33:15.07 ID:Zavsty9V
人頭税に代表されるように、 宮古・八重山は中央から一緒くたに扱われる事が多い。 そういう状況を踏まえて、 外向けに説明する時には使うね。先島。 ただ内部では全く使わんね。文化的背景がある用語ではなく、 行政の都合による用語と言える。
>>315-316 解説サンクス。
離島でいうと、久米島にも士族がいたりと共通点があるけど、
さすがに宮古・八重山とまとめるには離れすぎか。
ガーラがらみで、何となく琉球館訳語を眺めてみた。
この文献の来歴とか全然しらないし、とりあえず見てみただけ。
ttp://ci.nii.ac.jp/naid/110006993099 以下は左が琉球館訳語で、右が対照されている日本館訳語。
ルビは木村晟と李俊生が振ったものだと思う。
448 頭 嗑藍子 || 402 頭 嗑世喇
「嗑藍子」に「カシラ」とルビを振っているけど無理がある。
他の訳語と見比べつつ、普通に読めば「カ/ガ ラ ツ/ズ」になるはず。
459 髪 加藍 || 413 髪 嗑密
これも「加藍」に「カミ」とルビを振っているが、「カ/ガ ラ」だろう。
347 叩頭 嗑藍子 || 396 叩頭 南都急都急
386 再叩頭 馬達嗑藍子乞
それぞれ「カしラツき」、「マタカシラツキ」とルビを振る。
「頭」と「叩頭」の訳語が同じなのにルビを変えるのは変。
「再叩頭」の訳語からすると「嗑藍子」の「子」は誤分析で残されたもので、
「頭」は「嗑藍」なのかもしれない。
319 :
マンセー名無しさん :2012/10/24(水) 00:00:47.96 ID:6Nbx53na
>>318 宮古方言では髪の事を「カラズ」と発音するから
誤分析ではない。確かに「子」の音がある。
今の本島の方言では「カラジ」と言うらしい。
320 :
マンセー名無しさん :2012/10/24(水) 00:12:11.70 ID:6Nbx53na
ともあれ上の人の言うとおりで、確かに「カシラ」とは読めん。 余りにも適当な仕事ぶり。 競争ないとこうなってしまうのか。
321 :
マンセー名無しさん :2012/10/24(水) 00:17:13.13 ID:6Nbx53na
今の首里方言だと 頭=チブル 髪=カラジ と説明されてるが、琉球館なんちゃらを見ると、 元は使い分けされてないな。 チブルは「つむじ」と同語源らしい。 もう一つ、宮古方言で、頭=かなまず、 奄美方言で、頭=カマチ っていうパターンもあるんだが(多分二つは同じ語源)、 これの語源が何だろう。 本島には無いパターンみたい。
322 :
マンセー名無しさん :2012/10/24(水) 00:20:01.80 ID:6Nbx53na
カラズは熊本方言の「頭=ゴラ」と同語源かな。
323 :
マンセー名無しさん :2012/10/24(水) 00:31:47.75 ID:6Nbx53na
カマチは「仁義なき戦い」でよく使われてた 「かばちたれる(無駄口をたたく)」 の「カバチ」と同語源かな。
324 :
マンセー名無しさん :2012/10/24(水) 00:36:15.21 ID:6Nbx53na
325 :
マンセー名無しさん :2012/10/24(水) 00:54:45.19 ID:6Nbx53na
テレビ東京(月〜金) 朝8:25宮廷女官 チャングムの誓い ―放映中―
>>319 確かに「からづ」ですね。ちゃんと下調べしないとすぐに無知をさらけ出しちゃうな。
『琉球館訳語』は『沖縄古語大辞典』がおさえているから先に引いときゃよかった。
頭髪の意味は頭からの派生と見ていいのかな?
ちょっと見た感じ、訳語類から攻めるのは筋が悪かったようだ。
身体部位の頭はいいとして、頭目の意味の頭が見当たらない。
『全浙兵制考』の付録『日本風土記』は頭目の訳語を太紹、
『日本館訳語』は頭目の訳語を大妙とする。それぞれ大将と大名だろう。
328 :
マンセー名無しさん :2012/10/24(水) 22:11:52.08 ID:mUJQw+N2
おそらく沖縄人は、「がーら」を一般名詞としては認識してないと思う。 がーらが個人の名前に使われているのがその証拠。 熊本では身体部位としての「頭」をごら、ごうらと呼ぶそうだが、 頭目としての「かしら」もごらと呼ぶのだろうか。
329 :
マンセー名無しさん :2012/10/26(金) 13:28:48.56 ID:V9J9OyYc
テンペスト見てて思ったんだけど、薩摩への上納分除いた交易のあがりってどれくらいのもんなの? 12万石相当の規模にしちゃ、随分贅沢な暮らししてるよね 薩摩への上納分、北京への道中経費に琉球館の費用は、本土諸藩の経費上の負担だった、幕府お手伝いに 江戸屋敷と参勤交代なんかと比較できるんだろうか
>>328 >>281 に書いたように、「角がーら」みたいな例が出てくる時点で
意味は理解されてなかっただろうと俺も考えてる。
「頭目」は「頭」と違って基礎語彙扱いされておらず、
全国的な方言語彙調査の項目から外れているから、調べるのが大変そう。
熊本の「ごら 〜 ごーら」は『日本方言大辞典』に項目が立っているけど
身体部位以外の用例は載っていない。
甲螺は時期的にみて『日葡辞書』に載っていても悪くなさそうなものだけど
それらしい語は見当たらない。
bafã 八幡、bafanjin、bafanbune は載っているのに。
ちなみにcaxiraは身体部位の意味で説明されている。
用例を探すのはそろそろ諦めようと思う。
331 :
マンセー名無しさん :2012/10/28(日) 09:39:10.66 ID:QVr1bdxN
>>329 貿易の利益については分からん。
俺も知りたいから誰か頼む。
ただ収支が大赤字だったのは確か。
明治時代には、20万円の負債があったので、
琉球藩を立藩するときに政府が肩代わりしてる。
当時の貨幣価値については、
何を基準にするかでかなり変わってくるが、
その中でも低い見積もりである、金の値段を基準にした
一円=現在の約4000円として計算すると、
それでも8億円には達してしまう。
ちなみに一円=1万円とか4万円とかいう考えもある。
あと、明が滅んだときに、
琉球にもお偉いさんが逃げてきてたんだが、
その接待費をねん出するために、
宮古・八重山を担保(!)にして薩摩から金借りてる。
332 :
マンセー名無しさん :2012/10/28(日) 09:47:52.99 ID:QVr1bdxN
20万の借金については、「琉球所属問題関係資料 第6巻 琉球処分 上・中」 の上巻:76ページに当時実際に発行された、政府の通達が載ってる。 関連する文書は2通あって、 一通では20万円、次のでは20万両になってるが、 一円=一両なので同じ意味。 交易といえば、王府も黒糖で結構利益出してたらしいんだが、 途中から薩摩が「俺を通さずに勝手に売るな!」とか言い出して、 ポシャったらしい。
渡辺美季『近世琉球と中日関係』を読んだ。 島津の征服前後の琉球を扱ってて、先行研究として琉球史学を引いてるんだが、これはヤバいな。 王府が薩摩や幕府の指示に違反したり、嘘の報告をしたのを一々取り上げては 「主体性の発揮」とか、反抗期のガキみたいなことを大の大人が言ってる。 韓国のいわゆる抵抗史観ともかぶって見えて残念感がハンパない。
334 :
マンセー名無しさん :2012/10/28(日) 13:57:40.37 ID:wb+jCA4M
>>333 ウチナーナショナリズムってやつか
先祖の虐げられた歴史ってのを大にすると、健全な精神を産まないんじゃないか、
と韓国をみて思うんだが、沖縄にも忍び寄ってるようだな
先祖の不幸な歴史を利用することと、沖縄の特殊性を主張するのは 他の自治体に比べて特典的な税制や補助金を得やすいってことがあるのかな 観光産業でも異国情緒やエスニック浪漫に訴えるみたいなのあるだろうし 内地との太く大きな共通性や親和性より、小さく細かい異なる部分を声高に訴えるみたいなことを 学問の世界でもやっちゃってるようなイメージがある
たしか大先生は観光ガイドをやってたはずだけど、 内地からの観光客には一体どんなふうに誤魔化してるのかな。 のんびり平和な南の島を観光客は期待してるんだろうけど、 現実の琉球は異常な中央集権体制で、 支配者は狭いところにみんなで集まって、猟官に汲々としていて、 農民に対しては薩摩並かそれ以上の搾取を行なって、 離島にいたってはまるで人間扱いしないという 夢のない話が広がっているわけだが。 まさか客商売で「日本人は反省汁」とかやってるの?
337 :
マンセー名無しさん :2012/10/29(月) 10:20:38.45 ID:asPBpaEs
借金20万両っていうと潰れかかった藩を立て直した米沢藩上杉家と一緒なわけですが 上杉家は ・幕府への領地返上まで思い悩む ・藩主が率先して経費削減 ・藩主自らが田畑を耕して見本を示す ・大飢饉で挫折してもあきらめない ・20年計画で食料備蓄 ・借金完済まで50年 テンペストの王様と官僚たちは能天気だよねw 上杉県令はたぶん贅沢しなかったと思うよ まあ、冊封使へ見栄を張るためには仕方なかったんだしそれは薩摩の命令だ、と説明されるんだろうな それと、江戸時代の1石は1両っていうのが定番で、単純計算だと12万石の収入は12万両ということに もっとも幕末のインフレでかなり変わってるから、明治期の20万両っていっても同じには出来ない 意外と気付かないのが、石高10万石でもまるまる藩の収入になるわけじゃなくて、4公6民だったら藩に 入るのは4万石(4万両)で、そこから藩士の知行その他を出さなくちゃいけない 足りなきゃ8公2民にでもすればいいが、琉球はどうだったんだか 1両=4千円だと12万石は4億8千万になるけど、琉球末期の士族数って2万人くらいだっけ? 今の那覇市職員数が3千人で人件費が230億だから、現在の物価と比較するのはいろいろと難しいよね
338 :
マンセー名無しさん :2012/10/29(月) 10:33:56.39 ID:Py4p3yay
一 いつも犯罪韓国人 二 日本にたてつく韓国人 三 酒はトンスル韓国人 四 よつ足旨そう韓国人 五 ごまかす商売韓国人 六 昔は白丁韓国人 七 ナマポ食らうも韓国人 八 反日教育韓国人 九 食うものウンコの韓国人 十 とうとう絶滅韓国人 祝!!!
薩摩並ってか 薩摩が命令して搾取させてたんだよ。
340 :
マンセー名無しさん :2012/10/29(月) 13:55:34.97 ID:xPEM333T
>>337 >足りなきゃ8公2民にでもすればいいが、琉球はどうだったんだか
ペリー提督によれば、本島では収穫の
6割が王府、2割が地元役人、2割が農民。まさに八公二民。
「人頭税廃止請願書」によれば、宮古では10公0民。
「故に一歳収穫する処の粟を、悉く上納仕り候ても、
猶不足のこと有之斯る場合には、
畜ふ処の馬を売り、豚を鬻ひて、上納致来り候。」
このほかに上布も納めなければならない。
341 :
マンセー名無しさん :2012/10/29(月) 13:58:33.66 ID:xPEM333T
>>339 はぁ?王府自身は地方役人と百姓自身のせいにしていて
薩摩のせいとは一言も述べてないけど?
「地方役人が不正するせい!あと百姓が働かないせい!」
だそうです。
他人のせいにばっかりしてるから、
いつまでたっても問題が解決できなかったんじゃないの?
342 :
マンセー名無しさん :2012/10/29(月) 14:15:36.89 ID:xPEM333T
>>337 >4公6民だったら藩に入るのは4万石(4万両)で、
>そこから藩士の知行その他を出さなくちゃいけない
琉球王国はそうじゃなかったのが一番の問題だと思う。
生活費は自分で勝手に課税しろ、というシステムだった。
給料は国庫から出すべき。
そうじゃない現状が役人のサボリの原因ってのは、
大湾朝功も指摘している。
「且、村々地頭の作得、是を合せば凡そ何萬石。
是を蔵納にして諸役人月給に改め、
下民よりも有才知者は三司官にも進む様の向にならば、
我増講学して人才を育の大道立つべし。」
343 :
マンセー名無しさん :2012/10/29(月) 15:24:40.43 ID:asPBpaEs
ところで愛知教育大学になんか恨みでもあるのかとw 学歴(受験ランク)が低いから頭が悪いっていうのはよろしくないから、そこだけ考えを改めていただきたい わかってるとは思うけど折角の検証がそういうとこで否定されてしまう 琉球大学から早稲田だってかまわないじゃない 普通の人なら褒められる経歴だよ
愛知教育大ってなんぞ?
>>339 みたいな意見はまったくお笑い種だけどな
薩摩と琉球王府は共犯関係なんだって
世界史上類をみない残酷な植民地支配でウリ民族を浄化しようとしてた日帝と同じレベル
345 :
マンセー名無しさん :2012/10/29(月) 16:50:56.65 ID:asPBpaEs
347 :
マンセー名無しさん :2012/10/30(火) 11:35:32.35 ID:EYCqjLqU
南北朝期をイメージしてるとは思う。籠手や脛当てなんかはそう。 でも兜鉢(ヘルメット半球部分)は厳星兜で平安から源平期の古様、鍬形は鎌倉期っぽい。 槍は戦国時代に本土で登場したわけだが・・ちょっと国内の槍では珍しい造りだ。 漫画「花の慶次」で主人公が使った槍に似てるね。中国のものでもない。 本土でも地方豪族程度が揃えられるレベルじゃないっす。
348 :
マンセー名無しさん :2012/10/30(火) 11:41:19.85 ID:EYCqjLqU
349 :
マンセー名無しさん :2012/10/30(火) 11:45:32.42 ID:EYCqjLqU
350 :
マンセー名無しさん :2012/10/30(火) 13:01:22.48 ID:Mew/fOHb
>>348 布鎧でも小札使ってるんだ!
何で鋲うってるのかなーと思ってたけど、
小札留めてるんだね。
朝鮮王朝実録には「馬の皮は甲を作るのに使うので、
王府が徴集してる」という話があるので、
布鎧はないかなーと思ったんだが、
鉄の小札の代わりに革の小札使ってると考えれば、
全然有り得るね。
朝鮮人が見て「ウチらと変わらない」といった場合
時代的に布鎧が一番考えられるが、
馬の皮と矛盾するよなー、やっぱ札甲かなーと思ったんだが、
詳しい構造を教えてもらうと、
やはり布鎧の可能性は全然あると思う。
経済性からいっても琉球に適する。
兜に関しては、鉄の小札でしころを作ってつけてる、
と書いてるが、その辺が朝鮮のと違ったので
特筆したのかな。
>>347 >本土でも地方豪族程度が揃えられるレベルじゃないっす。
その辺の感覚も俺には分からなかったな。指摘ありがとう。
351 :
マンセー名無しさん :2012/10/30(火) 13:12:56.27 ID:Mew/fOHb
首里の兵士のカブトについては、 鉄の薄い小札を、兜の周囲から垂らして、 うなじを守ってる、と書いてあるんだが、 おそらく日本の兜のしころではないと思うんだがどうだろう。 当時の日本だと、混用するにしても、 むしろ革札の方が多いと思うんだよね。
352 :
マンセー名無しさん :2012/10/30(火) 13:23:03.96 ID:Mew/fOHb
「但軍裝甲胄無異本朝。以鐵作片, 其薄如紙, 附於甲領, 如護項之樣。又以鐵作人面, 着於面上, 形如假面。 環刀、楯、槍無異本朝, 但以鐵爲四枝之刃, 其形屈曲, 以木二丈許作柄用之,」 環刀については、原義でいうと、柄に輪っかがついた剣の事で、 直刀も含めて色々な形状が含まれるんだが、 日本刀を指して「中国の環刀と似てる」っていう中国の文献あるから、 日本刀と考える事は可能と思う。 ただ楯があるのは日本とは全然違うね。 日本の場合、持ち楯はほとんどないし、 あっても四角い。朝鮮の楯とは全く違う。 面つけてるっていう点でも、 日本とは一致しないよな。 ブログにも書いたけど、日本の鎧を琉球で使うのは、 金の無駄だと思う。 もっとショボい奴を自分で作ったほうが良い。 とりあえず、王府は馬の皮を鎧用に集めてるらしいから、 自作はしてたようだ。
353 :
マンセー名無しさん :2012/10/30(火) 13:27:11.61 ID:Mew/fOHb
354 :
マンセー名無しさん :2012/10/30(火) 14:38:49.22 ID:EYCqjLqU
355 :
マンセー名無しさん :2012/10/30(火) 15:09:47.38 ID:Mew/fOHb
>>354 それはそいつがバカなだけ。
http://www.k3.dion.ne.jp/~j-gunto/gunto_051.htm を見れば分かるように、
古刀・相州正弘
新々刀・備前佑永とかは鎬がない。
昔は日本刀については変な定義がいっぱいあった。
玉鋼使ってなきゃダメ!とかいう奴ね。
実際にはまず古刀がそんなもの使ってないし、
自動車の板バネで作った急造の軍刀とかもそんなもの使ってないが
立派な日本刀の一種。
現代では、日本刀はかなり定義が難しくなってる。
とりあえず「鎬がないのは日本刀じゃないやい!」
とかいう定義は聞いたことがないし、
上で実例を示したように間違い。
356 :
マンセー名無しさん :2012/10/30(火) 15:23:05.02 ID:Mew/fOHb
しかしコイツはほんとバカだな。 多分、以前に出されてた、千代金丸はモンゴルのサーベル風! というのはコイツが元凶じゃね? 片手様式は日本にはよもや存在すまい!(キリッ とかいうのは完全なるバカ。 目釘穴が一つなのは俺は間違ってたな。 多分鋲を目釘と勘違いしてしまったはず。 ともあれ、末端の大穴二つは確実に目釘穴じゃない。 あんなデカイ穴に何はめるんだよ。 それにあんなので刀身支えようとしたら、穴がちぎれるよ。 用途は知らんが、茎にあんな大穴あけるのはかなりまずいやり方。 さらにここまで茎がボロボロにされているということは、 茎に巻かれてる鉄板はおそらく補強のためだな。 拵えから見ても実戦用の刀ではないが、 実際安全性からいっても使わない方がいいね。
358 :
マンセー名無しさん :2012/10/30(火) 15:46:36.76 ID:Mew/fOHb
359 :
マンセー名無しさん :2012/10/30(火) 15:48:24.28 ID:EYCqjLqU
>>355 ああ、よく読んだらこんなことも書いてる。
>よもや鎌倉・南北朝期の日本の太刀に片手持ちの特徴を伝えるものなどは一振りもなかろう
自分は刀剣にはうといんで、そこらへんはよろしく。写真がぱっと見で日本刀らしくない刀身だから説得力ある説かと思ったよ。
後ろの大穴は中国剣みたいに紐を通すにもでかすぎのような・・?
学校の講座からすると、この先生は持論がとにかくモンゴルみたいねw
http://www.meio-u.ac.jp/content/view/1884/623/ 発掘史料の軍装品に見る中世今帰仁勢力の風貌
【講師一覧】
上間 篤(名桜大学)
【講座の趣旨】
軍装品の系譜の視点から見た中世今帰仁勢力ゆかりの鏃、ヤスリ、小刀の類は、明らかに中世モンゴル騎馬軍団の装備品との関わりを傍証する特徴を有している。
本講座では、上記に指摘した事柄に関して比較史料を駆使して個々の軍装品の系譜ならびに由来の問題を論じ、新たな歴史認識へと誘う。
360 :
マンセー名無しさん :2012/10/30(火) 15:50:55.07 ID:Mew/fOHb
361 :
マンセー名無しさん :2012/10/30(火) 15:55:59.41 ID:Mew/fOHb
>>359 日本刀は非常に多様性があるから、
「これが日本刀!」みたいな固定観念は捨てた方が良い。
端的に言えば、実用に適すればそれが正解。
しかしコイツマジ勘弁だな。
琉球史って何でこんなバカばっかりなんだろ。
鎬がないと日本刀じゃない!とか言ってる時点で、
コイツは「平造り」っていう用語知らないのは確実。
このレベルで専門家面できる度胸が凄い。
362 :
マンセー名無しさん :2012/10/30(火) 16:28:57.77 ID:Mew/fOHb
>>357 太刀と打刀の区別も怪しいんだが、
(ぶっちゃけ昔太刀だった古い刀を、
江戸時代に打刀風に差すのはザラ)
とりあえず千代金丸を太刀とみなす者は存在しないと思われる。
長さや、想定される製作年代からして、
作った人間も打刀として作ったはず。
363 :
マンセー名無しさん :2012/10/30(火) 16:40:21.23 ID:Mew/fOHb
上間は目釘穴の数が多いのも日本と違う!とか言ってるが、 刀は刀身伸ばしたり縮めたり結構するんで、 それで目釘穴を新しくあけて、3つ4つくらい穴がある刀は、 古いのにはザラ。 その点考えたら、あの大穴の第一の可能性は 目釘穴の開け損ねだな。 その場合、鉄板の下にも大穴が開いてる可能性がある。 失敗したので、鉄板貼って新しく空け直したわけ。 いずれにせよ使うのが恐ろしい物品なのは確か。 鑑賞用ですね。 茎にあんな大穴空けた上に、 鉄板貼るとかいう斜め上の行動に出てる時点で、 王府の日本刀整備能力には大きな?マークがつく。 日本刀の外装を琉球風に直して輸出っていう 上里のシナリオは、ますます有り得ないな。
364 :
マンセー名無しさん :2012/10/30(火) 16:44:33.91 ID:Mew/fOHb
目釘穴に関しては、現代的観点からは、 2つはあった方がいいとされているが、 昔の人は案外一つで済ませている。
365 :
マンセー名無しさん :2012/11/01(木) 11:13:47.92 ID:OFPGALfd
>>365 まるで、朝鮮半島から来た人間に日本本土が占領された様を想起させるイメージ図だよね
上間篤氏の専門はスペイン語学だったんだな 千代金丸の十字の装飾に興味を持っただけの門外漢じゃん 彼には是非、島津の十字について独創的なアイディアで取り組んで欲しい
失礼 十字は千代金丸じゃなく、皿の研究だった
>>365 > 1日付の日本人類遺伝学会誌電子版に論文が掲載された。
論文が見つかんない。誰か知ってたら教えてちょ
日本のマスゴミって意地でも外部リンクを張らないよね。ほとんど嫌がらせ
371 :
マンセー名無しさん :2012/11/02(金) 10:16:53.52 ID:mA+d/31/
>>370 会員になるか定期購読の手続きをお願いしますw
てか只じゃないよ当然。それと英文です。
372 :
マンセー名無しさん :2012/11/02(金) 10:17:48.98 ID:mA+d/31/
>>197 リンク先
http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/23_d9a7.html 清早中期の高官の佩刀
http://kkomori.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2008/07/20/photo_4.jpg この刀の寸法や形は、乾隆期の『皇朝礼器図式』と基本的に一致するものであり、ただ装具は
銅に純金を施したものである。柄は青糸で巻いている。
雁?形をしており、刀身は平造である。切っ先に若干の刃毀れがみられるものの、だいたい原型を
よく留めている。刀身は稀に見る旋han嵌鋼工芸で、花紋は多重人字形をしており、手でこすることが
できるようになっている。刀ねには鉄を帯びた呑口があり、刀身の両側に対称に二本の血槽がある。
それらは切っ先の近くで交わるように消えている。鍔の近くには7文字が浮かしぼりにされている。
刀の装具は厚い純金である。レリーフやら金の装飾技術は 大変高度な技術があったことを示しているが、
残念なことにこれらに嵌めこまれていた宝石は、全てが失われている。ここに宝石を嵌めこんでいたことから、
この刀は清の入八分公佩刀製作の貴人に従って作られたものであることがわかる。
これらのことと、刀身に日本の著名な工匠「薩(沙)摩州宝高所造」とあることから、この刀が清の朝廷から
日本の薩摩に注文して作らせたものか、明代から残っていたものに、清朝での装飾を施したものであるかという
ことが想像できる。
--------------------------
刀身の棟にわざわざ銘を、しかもなんか鋳造したような刻印で・・・w
本の原著者は日本刀であることを疑ってないようだけど、清代の日本刀交易って琉球経由が多いんでしょ?
この怪しい刀は琉球か中国製パチモンなのかな?
373 :
マンセー名無しさん :2012/11/02(金) 16:07:52.16 ID:DWQXWUQ+
>>372 日本刀とはどこにも書いてないよ。
「日本の刀匠に注文して作らせた可能性がある中国刀」でしょ。
著者も日本刀とは違うってのは理解してると思うよ。
銘については俺も眉唾だと思う。
普通に中国製でしょ。細工が巧妙だから、
千代金丸の惨状を見る限り、王府には作れないと思われる。
>清代の日本刀交易って琉球経由が多いんでしょ?
ところでこの話の根拠って何?
上里とかが良く言ってるのは分かるんだけど、
それにはちゃんとした根拠あるのかな?
374 :
マンセー名無しさん :2012/11/02(金) 16:10:49.60 ID:DWQXWUQ+
「貝勒至入八分公佩刀」って清の規格で作られた 各種刀剣を個別に見ていきましょう、って事だから、 やはり日本刀じゃないのは大前提だよ。
375 :
マンセー名無しさん :2012/11/02(金) 16:15:28.26 ID:DWQXWUQ+
明では民間での武器売買を禁止していた。 外国からの輸入なんてなおさらダメ。 民間の武器市場は、理論上、琉球王府は食い込めない。 それに対し、密輸で日本刀売りまくって稼いでたのが倭寇。
377 :
マンセー名無しさん :2012/11/02(金) 17:05:39.15 ID:DWQXWUQ+
378 :
マンセー名無しさん :2012/11/02(金) 17:11:57.55 ID:DWQXWUQ+
>まるで、朝鮮半島にいた『弥生人』が日本へ渡来して来たような誘導する文章です。 >本当なら、「朝鮮半島の人間、もしくは朝鮮半島を経由してやって来た人間が、日本へやって来た後に混血を繰り返し『弥生人』となった」 プレスリリースにはどちらも書いてない。 その辺はマスゴミの捏造。 ぶっちゃけ図を見たら、韓国こそ 日本人と他の東アジア人の混血。 この辺は古代朝鮮に倭人がいたという史実の裏付けだね。
379 :
マンセー名無しさん :2012/11/02(金) 17:17:47.17 ID:DWQXWUQ+
>日本人の遺伝的な系統はアイヌ(北海道)と琉球(沖縄県)が縄文人タイプで、 >本州・四国・九州は縄文人と弥生系渡来人との混血とみられる これもプレスリリースには一言も書かれていない。 アイヌから見たら、本土より琉球人の方が近い、 というだけの事しか書かれてない。 実際琉球人から見たら、本土人の方が圧倒的に近い。 アイヌと本土人でタイプ分けするとしたら、 琉球人は本土人のタイプに入る。 つーかアイヌが離れすぎ&バラけすぎ。
似たような騒ぎが去年あたりあったな。 東京大学のリー・ショーンだかいう留学生が、 日本語と琉球語の分岐が2300年前ぐらいというのを推定した論文で、 これは稲作の流入時期と重なるから、日本語を持ち込んだのは朝鮮半島南部の農民に違いない! って韓国マスコミが騒ぎ立ててた。 研究の本論じゃなく、結論から想像できる妄想を、大々的に報道してるところと、 そもそも、元ネタがそれほど目新しい研究でもないところがそっくりだ。
381 :
マンセー名無しさん :2012/11/02(金) 18:36:47.81 ID:mA+d/31/
382 :
マンセー名無しさん :2012/11/02(金) 19:33:22.09 ID:Ma3XJqxO
>>381 琉球経由が多いとはどこにも書いてないよ。
そこにも書かれているように、明には日本自体が多数輸出してるし、
さらに倭寇が勝手に明の民間市場にも流してるから、
普通に日本から直接輸入するもののほうが多いと思われ。
つーか琉球ってそんなに仕入れられないんじゃない。
金ないし。しかも本土の商人より仕入れコストが高いし。
明王府への貢物分だけでしょ。
それ以上仕入れても価格競争で本土の商人に勝てないので
在庫抱えてお陀仏になるだけだと思われる。
>>379 論文自体のデータ解釈も強引だよね。
最後の図5はミスリーディングで、
PCAとADMIXTURE(?)の結果を見るかぎり、おっしゃる通り、
本土と琉球は近いけどアイヌが離れすぎ&ばらけすぎというのが一番の知見。
アイヌから見て本土より琉球が近いというのは枝葉末節に近い。
この手の議論をするときは縄文・弥生の二分法は忘れたほうがいい。
縄文人という均質な集団がいたとも、琉球が縄文人の子孫だとも思えない。
まあしかし図2は面白い。いろいろ妄想できる。
ttp://www.soken.ac.jp/up_img/20121017171838_3.jpg 北京の漢人と共通の赤クラスタが琉球にほとんどのが興味深い。
琉球が分岐してから本土に入ってきたのか、
あるいは同時期に共存していたとしても没交渉だったのだろう。
k=5の緑クラスタが琉球では最大要素だけど本土だと一部なのは、
founder effectで多様性が失われた結果かな。
日本語の担い手はたぶんオレンジ(+緑)だね。
386 :
マンセー名無しさん :2012/11/03(土) 11:29:50.37 ID:RpT1rmSP
ぶっちゃけ朝貢貿易で利益が出てたのか、という点自体が疑問。 利益が出てる、と言ってる史料が全然発見できない。 琉球側は何とも言ってないし、 夏子陽はむしろ「琉球の負担が過大だから朝貢回数減らすべき」 と、琉球が貢物を用意するのに金がかかりすぎて、 むしろ損失を出してる、と見なしている。 日本刀にしても、利鞘が大きいのは確かだが、 それが何故かと言ったら、日本が自分で作ってるから。 他の製品は中国には太刀打ちできないが、 日本刀と扇は日本が張り合える商品。 琉球にとってはどちらも輸入品で、そういう利点はない。 この点は夏子陽も指摘してる。
387 :
マンセー名無しさん :2012/11/03(土) 11:36:30.65 ID:RpT1rmSP
ぶっちゃけ、朝貢は王府自身の需要を 満たすためのものじゃないかな? 国内向けに権威を示すための儀式で、 だからこそ借金してでも実行する意義を見出していたと。 実際、宮古〜王府間の朝貢でも、 むしろ宮古の方が王府に利益を供与してる。 この点は「忠導氏家譜」に明記されてる。
イリキヤアマリ(イリキヤ・アモリ?)ってどういう意味なんだろうか? 琉球諸語の使い手がいたら語感を教えて
鹿児島には、入来(いりき)町ってある
朝貢品目の規模と変遷については、『東アジアの民族的世界』(2011)所収の 岡本弘道「琉球王国の交易品と琉球弧の域内連関」が新しめのサマリとしてはよさそう。 これを見ると、初期の常貢品は馬と硫黄。 硫黄は硫黄鳥島があるからわかるとしても、なんで馬なんだろう。 規模的には、1420年代が年平均64匹で、以降57、23.3、なし、25.7と減っていき、1520年代から一桁になる。
394 :
マンセー名無しさん :2012/11/03(土) 16:23:40.28 ID:OHEBlQf/
夏子陽も硫黄だけは特筆してるな。 安くて良く火がつくから、 中国人も買い込みまくったので、 船への持ち込みを制限せざるを得なかったそうだ。 逆に硫黄以外はロクなものがないとも言ってるが。
395 :
マンセー名無しさん :2012/11/03(土) 16:39:26.47 ID:OHEBlQf/
沖縄の馬は小さくてエサの量が少ない割によく働いてくれるし、 沖縄社会ではダントツの稼ぎ頭だし、 馬なくしては沖縄の農業が成立しない事を思えば、 沖縄を支えていた真の功労者とも言えるが、 あんな小さくて非力なポニーを、 他国が特別に欲しがるとも思えないよな。 何故なんだろう。 琉球的に価値がある、と思ったものを贈ったのかな。 向こうではいらないっぽいよ、 という感じになったから減っていくと。
396 :
マンセー名無しさん :2012/11/03(土) 17:08:11.30 ID:OHEBlQf/
朝貢貿易と言っても、メインは付帯貨物の売買だから、 値段のつく商品の方がいいよな。 馬が減っていったのは、 琉球の商品調達能力が上がったからじゃないかな。 朝貢貿易は、貢物捧げる方が得!みたいなイメージがあったんだけど、 調べてみると決してそんな簡単なものではないみたい。 結局商売だから、営業努力しないと利益が出ない。 タダでやり取りされるのは一部で、 ほとんどは付帯貨物として売買される。 そこで、値付けでもめた例が結構ある。 日本が明に対してゴネた例もあれば、 冊封使の付帯貨物の買い取りについて、 明が琉球に対してゴネた例もある。 夏子陽も、貢数が多いのは、 むしろ琉球にとって不利益だから、 こっちから制限すべきだ、としている。 琉球の朝貢回数が多いのは、 優遇されているからだという話はかなり怪しい。
397 :
マンセー名無しさん :2012/11/03(土) 17:22:20.99 ID:OHEBlQf/
逆に明から貢物を指定されてる可能性もある。 「こういうのじゃないと値段つけらんないよ」みたいな。 夏子陽は「琉球の貢物は輸入品ばかりで負担過重だから、 自国の産物を納めさせるべき。 琉球は貧しいから、贈り物がショボくても咎めるべきじゃない」 みたいな事を述べてるんだが、 逆に言えば、今はそうじゃない、という風にもとれる。
尚真王代に貿易が衰退しだしたというのが通説だし、 実際岡本のデータでも16世紀前期に品数や人員が大きく減ってるから、 その前後でゲームが変わった可能性は検討しといた方がいいんじゃないか。
現存する与那国馬を見れば解る通り 沖縄の馬は小型で粗食少食でも持久力があり 重宝したんだよモンゴル馬も同じです モンゴルが大帝国を築けたのはモンゴル馬がいたからです。
人間の遺伝子のほうもそのくらい細かく見ればいいのにな 「琉球」で一緒くたにするのおかしいでしょ。 奄美は古代〜中世初めには「貴賀」「貴海」等と呼ばれて琉球とは別の国とされたし 先島は先史時代は台湾・フィリピンと同系統の文化圏だったのに。 アイヌも地域集団ごと、せめて道東・日胆・石狩以北くらいは分けるべきだ。
奄美の方で悩ましいのは、琉球文化圏だが 血縁的には薩摩の琉球入り以降に薩摩の現地役人と 現地妻との間に出来た子孫がいたり、明治以降に移動が 自由になってから主に鹿児島との縁戚関係がある家が 多くなってしまってると言うことらしい。 遺伝子レベルで鹿児島本土とどれだけの違いが出るかな。 元々沖縄本島や先島と同じ琉球人の形質持っていても、 三百年近く島外へ移動を許されず、島内か 薩摩の役人との交配だけだったという特殊な事情がある。 それを調べるようにも奄美の島人でも先祖が薩摩から 来たことはなかなか口にしにくかったり 複雑で実体が掴めない個人情報もある。
403 :
マンセー名無しさん :2012/11/05(月) 08:55:25.73 ID:JnNINQZ7
>>401 それは思った。
先島も遺伝的に異なる可能性がある。
404 :
マンセー名無しさん :2012/11/05(月) 08:58:53.61 ID:JnNINQZ7
>>399 重宝してる割りには余りありがたがってないようだが。
小さくて非力で食い物が少ないってのは
アジアの馬はみんなそうだよ。
別に珍しいものではない。
405 :
マンセー名無しさん :2012/11/05(月) 09:02:44.41 ID:JnNINQZ7
中国だとロバもいるな。 ロバは馬よりさらに粗食に耐える割に パワーもある。 >小型で粗食少食でも持久力があり という点ではロバに及ばず、 やはり中国では売りにはならないと思う。
406 :
マンセー名無しさん :2012/11/05(月) 09:06:33.61 ID:JnNINQZ7
遺伝的には本土の馬と大して変わらないのに、 本土の馬は特に輸出品にはされてない。 その性質からいっても、別に珍しいものでもない。 やはり他に売る物がないから、というのが理由かな?
407 :
マンセー名無しさん :2012/11/05(月) 09:27:49.37 ID:JnNINQZ7
>>398 やはり尚真王代がポイントか。
ただ尚真王代の貿易の衰退の要因を、
全て外的要因に求めるのは無理が大きい。
王国内部の情勢の変化をもっと重く考えないといけないと思う。
上比屋山遺跡のような交易者の集団が
衰退したのとやはり関連があるんじゃないかな。
408 :
マンセー名無しさん :2012/11/05(月) 09:48:13.53 ID:JnNINQZ7
尚真王以前の貿易が 王府にあまり利益がいかない構造だったとしたらどうだろう? 実際の荷主は複数の豪族で、 王府は一荷主兼、航海主催者みたいな。 昔の本島の豪族は、年貢も取りつつ、 上比屋山みたいにバイトで交易もして稼ぐやり方だったんじゃないかな。 明王府みたいな大口の取引相手には、 中山王府っていう神輿をたてて、商品をまとめて商売する。
>>409 >帯剣せずに従者に持たせる
これって、中国の影響かな?
中国の肖像画って鎧姿じゃないと、剣を持ってないけど、
大和の権力者の肖像画は、官服でも刀を帯びてる。
>本土の剣術のように腰に差さずに直接手に持ち、刃側を太刀のように下に向けて抜刀します これだけ読むと、韓国TV時代劇の剣術と同じなんですよねw 朝鮮剣術の実在性の怪しさは、朝鮮忍者スレで詳しいですが。 中国のは、どうしてもカンフー映画の細身の両刃剣のイメージしかないからなあ。 紀效新書兵術ではどうなってるんだろ。
412 :
マンセー名無しさん :2012/11/05(月) 17:16:45.09 ID:WdYytoVC
>>411 怪しいってのがどういう意味かは分からないが、
本部御殿手は、実力的には普通の沖縄空手だが、
伝系は創作だよ。
上原清吉が本部朝勇から空手を習ったのは事実とは思うが、
(さすがにそこまでウソをつくとは思いたくない。
無関係の人を巻き込むのは良くない事)
それはおそらく、本部家で代々伝えられたものではない。
そんな習慣は沖縄にはないし、
その場合、上原清吉が習えた説明がつかない。
当時の全ての空手家がそうだったように、
朝勇自身があちこちの空手家から習ったものを元に、
自分で工夫した「朝勇空手」とでも言うべきものだったはず。
413 :
マンセー名無しさん :2012/11/05(月) 17:22:31.65 ID:WdYytoVC
上原清吉の主張する「太刀の手」に関しては、 抜刀の様式からして、 本格的に日本剣術を学んだ人間の考案ではないと思う。 誰が考えたのかは、以上の理由で不明。 本部朝勇本人があちこちから習ってるから。 本部朝勇か、上原清吉本人の考案である可能性も高い。
414 :
マンセー名無しさん :2012/11/05(月) 17:27:38.12 ID:WdYytoVC
示現流を沖縄で習う事自体は可能。 実際習った奴いるし。 阿嘉直識とか松村宗昆だな。 阿嘉は琉球士族の同僚から習ったらしい。 松村は薩摩人から習った。免許皆伝の書類が向こうに残ってる。 本部朝勇は松村からも空手を習ってはいるらしい。
415 :
マンセー名無しさん :2012/11/05(月) 17:36:05.65 ID:WdYytoVC
本部御殿手については、実際は上原清吉の創作空手と言える。 まあそれくらいの誇大広告は当時ザラだから 別に悪い事とは思わないけど。 技術的には悪い噂は聞かない。
>>410 日本でも太刀持ちっているでしょ
いまでも相撲の土俵入りに残ってるけど
417 :
マンセー名無しさん :2012/11/06(火) 13:00:12.52 ID:tN2MP+y6
その本部流剣術の元ネタが知りたい
>>400 の2007年の論文も読んでみたがパッとしない。
まずmtDNAのハプロタイプを特定しているんだが、
どのグループも世界中に分布していて、在来種の系統推定には使えない。
大昔に分岐したグループが混在したまま世界を行き来したみたい。
例えば与那国はH10とH12の2種類、トカラはH12の1種類だけしかなくて、
両者は近縁なんだけど、実はデンマークの馬とも近い。
次にマイクロサテライトの分析もしていて、
その結果を見ると在来種は他とやたら距離がある。
一時期個体数が激減した影響だろうとしている。
サイズと地域性で在来種を分類していた昔の研究は無効だとわかっただけでも収穫かな。
沖縄諸島で統一的に日本語族の言語が話され始めたのは、グスク時代以降?
420 :
マンセー名無しさん :2012/11/07(水) 13:31:57.91 ID:CQOYeZOb
>>419 明初に支那との通交を始めたときは明らかに日本語族だけど、
それ以前の言語状況に直接的な証拠って何かありましたっけ?
間接的には、考古学的にさかのぼって少なくとも急激な社会変化が起きるまでは
少なくとも日本語族だと推測できそうだけど。
沖縄じゃなくて奄美だと、遣唐使が奄美訳語(通訳)を伴っていたという記述がある。
もちろん、日本語と別系統の言葉が奄美で話されていたことをただちに意味するわけじゃない。
同系統だけど畿内の方言とは意思疎通が困難なほど分化していた可能性もある。
文字資料としては玉陵の碑文(1501)あたりから、ひらがな主体の文献が残っている。 これが不思議な書きことばで、沖縄色の強い和文とも、沖縄方言を候文で書いたとも言える。 外国人の記録としては、金非衣らの漂流記録とか、 『海東諸国紀』(1471)付録の「語音翻訳」 (例の、「どこの人?」と聞かれて「日本人」と答える不思議な会話集)とか 支那の訳語類がある。 本土では上代(奈良時代)の畿内の方言から記録がある。 他の本土方言は古い記録がほとんどないけど、 例外的に東国方言は万葉集東歌のおかげで断片的に知られている。
現代の琉球諸方言から琉球祖語というものを再構するんだけど、 琉球祖語と上代日本語は日本祖語から別れた兄弟関係にあるというのが通説。 琉球祖語が上代日本語からの変化したとするとうまく説明できない。 日本祖語が持っていた特徴で、上代日本語では失われたけど、 琉球祖語は保持していた考えられるものがある。 もちろん系統だけ見ても琉球祖語の担い手がどこにいたかはわからない。 日本祖語から分岐してただちに南西諸島に向かったとは限らない。 別のシナリオとして例えばこんなのも考えられる。 琉球祖語の担い手は九州にずっといて、比較的最近南西諸島に進出し、 一方で九州に残った集団はより畿内方言に近い言語で置き換えられたとか。 このあたりを明らかにするには九州諸方言の成立過程を解明しないといけないんだけど、 いまどうなってんのかなー。
424 :
マンセー名無しさん :2012/11/07(水) 23:19:39.83 ID:Q1gZnMVx
>>423 記憶違いかも知れないので話半分に聞いてほしいのだけど
拓殖大学かどっかの講師の人が出した論文で
本土と沖縄の言葉が分かれたのは10世紀前後であって
本土の言葉はいわゆる進化して今の形になっている
逆に沖縄のほうは言葉は悪いけど退化している
言い換えると先祖帰りを起こしているってのがあった
だから見かけ上は2500年くらいの隔たりがあるっていう主張
言語にも進化や変化の過程があるらしいね
沖縄の言葉はその逆の流れを起こしていると言う事らしいのだが
ごめんどっかの新聞に載ってた奴なんだけど思い出せない
425 :
マンセー名無しさん :2012/11/08(木) 08:52:36.72 ID:Fy/G0WBv
北琉球方言と南琉球方言の分化については とりあえずの定説みたいなのはあるのかな?
>>377 の論文、11月8日付で公開されてた。
プレスリリースにない図が補助資料に載ってる。あとで読んでみる。
ttp://www.nature.com/jhg/journal/vaop/ncurrent/full/jhg2012114a.html >>424 その記事を読んでみないとなんとも言えないけど、
一般論として言語の変化に進化も退化もないから、あやしそうだなあ、その人
その話を聞いて中本謙という人の説を思い出した。あの中本正智の息子。
宮古、八重山の南琉球方言のp音は&#632;>pという変化で生まれた可能性があると主張している。
一般的に音変化は省力化を好むから、
本土方言のp>&#632;>hのような変化は起こりやすいけど、逆は起こりにくい。
中本は、高母音化(オがウに、エがイのように変化する)にともなって
呼気が強くなっているから、大勢と逆行するような変化も起こりうると考えている。
>>425 さあ、どうなんでしょう?
例のLee and Hasegawaは、1000年ちょっと前に南北琉球が分岐したと推定しているけど
あんまりあてにならないと思う。
南琉球方言の比較だけで本を書いている人もいる。
ttp://www.brill.com/linguistic-history-forgotten-islands ちゃんとは読んでなくて、単なる印象論だけど、
再構された先島祖語をみると、意外と普通の日本語だなあと思う。
宮古や八重山の方言は本土から見て違いが著しいし、
方言間でも差がありまくりなんだけど、
よく見ると各方言が別々の方向に変化している。
おかげで、方言を比較して標準的な手続きで祖語を再構すると、
激しい変化が打ち消されて、わりと普通の姿がうかびあがる。
>>427 Forgotten Islandsって表現が興味深い
別々の方向に変化するっていうのは、
統一勢力がいなかったことや各島の交流が少なかったことを意味するのかな
429 :
マンセー名無しさん :2012/11/11(日) 12:06:44.46 ID:D0qzTIxx
>>427 >おかげで、方言を比較して標準的な手続きで祖語を再構すると、
やはり直接本土から来てるのかな。
少なくとも北琉球方言に変化して、その後、
っていうシナリオは考えにくいよね。
それよりもかなり後代の話になってしまうんだが、
先島の鍛冶神の出所について、
本土の神様が多いんだが、他は久米島くらいで、
本島から来た神様がいないんだよね。
推古天皇あたりだっけ?琉球諸島の人間が本土に入貢したときも、
奄美・徳之島・八重山らしき地名はあるが、
「オキナワ」系列の名前が見当たらない。
あれこれ出来るような政治的勢力の形成って
本島では遅れてたのかな?という印象がある。
大きな割に矛盾する話ではあるが。
いずれにせよ航海技術から考えても、
現琉球方言を話した連中は、本島に一旦たまってから拡散、
というよりも、九州から直接各諸島にいった、
というのは決して考えにくいことではないと思うな。
より後代の、伝承時代においても、先島に来る外来者としては、
本島の人間は全然いないのに、
本土の人間は結構ザラにいるからね。
>>428 Forgotten Islandsと題したのは、ヤンキーが本島に集中しているからかと思ってたんだけど、
前書きを見ると、「重要なのにあまり研究されてない」からとのこと。
言語の変化は、たぶん子供が親と少し違った風に言語を獲得することで起きる。
あと、言語はコミュニケーションの手段だから、
日常的にコミュニケーションがあれば別々の方向に変化するのをさまたげるはず。
どの程度の密度が必要なのかはわからないけど、宮古と八重山はそのレベルじゃなかったんでしょう。
福建省あたりの&#38313;語も、山を越えて隣村に行くと言葉が通じないというから、
大陸でも同じようなことが起きるみたい。
またみすった。
>>430 はビン語ね
>>406 >>400 の補足だけど、そもそもマクロな分析で、しかもミトコンドリアが対象だから、
遺伝的にそう遠くなくても、表現型が似ているとは限らない。
これだけではサイズや性格が本土と異なっている可能性を排除してない。
>>429 >>427 で触れた本は南琉球方言だけの系統を検討しているもので、
南北をあわせて系統を詳細に検討したものは漏れは知らない。
でも、少なくとも、南北をあわせた琉球諸方言がまずまとまって、
本土方言全部と対立することに異論はないと思う。
琉球諸方言がどのような過程で南西諸島中南部に広がったかは全然未解決。
先島については、おそらくいわゆるスク時代からだと思う。
沖縄は貝塚時代から連続性があるかわからない(ないんじゃないかな)し、
奄美はもっとわからない。
琉球諸方言の話者が後の時代に九州から別々に渡ってきたと仮定するのなら、
どうして近縁の方言が九州から消滅しているのか説明が必要だと思う。
沖縄の貝塚時代人は縄文人と違って、短頭で平たい顔。 グスク時代以降長頭化するので、九州人が南下してきたのは想像できる。 人骨の比較で九州のどこからやってきたとか分からないのだろうか?
>>432 沖縄に南下する前にその九州人とやらが何者かをハッキリさせろよ。朝鮮史観と変わらんぞ。
434 :
マンセー名無しさん :2012/11/12(月) 13:40:02.75 ID:mzbDnAap
こちらでちょっと朝鮮ネタを聞いてみるけど 高麗末、李朝初の崔茂宣『火砲法』『火薬修練法』での火砲の攻撃方法ってわかる人います? 弾丸式(鉄丸)の銃砲って16世紀まで朝鮮に伝わらなかったみたいで、それ以前は砲口に複数の 矢を込めて放つ方式がほとんどらしい。 崔茂宣が倭寇船団を撃破したってのは、高麗史と李朝実録を読む分には火薬と火具で焼き討ち炎上 ってなってるから、どういう弾体を撃ち込んだのかわかんなくて。 この手の質問って、軍事板はあてにならないし、歴史板は人が少ないし・・・
435 :
マンセー名無しさん :2012/11/12(月) 23:01:04.22 ID:Z7l5SuBF
>>434 三戦板はあたってみましたか?
あそこはネタスレが多いですが、元々歴史板の避難所なので、
ときどき良スレがあったりしますよ。
436 :
マンセー名無しさん :2012/11/12(月) 23:21:28.39 ID:Z7l5SuBF
>>431 グスク時代は正直、新しすぎないか?12世紀でしょ。
言語に影響与えるほどの移動が、
全く記憶されずに行われたというのは、
凄く違和感がある。
いわゆる日本祖語が存在した時代からも離れすぎてる。
人骨関係でも、グスク時代がポイントにされてるが、
正直同じ理由で怪しいと思ってる。
あれは単なるサンプル不足でしょ。
伝承中の鍛冶はすでに住人がいるところに後から入ってきているから、 言語を置き換えたってことはなさそうだ。 もし鍛冶のような文化語彙が他の語彙と音韻的に不規則に対応するなら、 新しい時代に別方言から借用したものと解釈できて面白いんだけどね。 『宮古島庶民史』を見ても、馬については特に伝承はないみたいだね。 馬を表す言葉自体は「ウマ」系統ということで何の問題もないようだ。
438 :
マンセー名無しさん :2012/11/13(火) 12:54:16.23 ID:6wqivwrd
439 :
マンセー名無しさん :2012/11/13(火) 13:08:41.77 ID:c7sSEGxe
>>438 当時、火災を起こそうとすれば、
砲弾を加熱して撃ちだすホットショットっていうテクがあったが、
そのサイズの矢で効果があるかどうかは分からん。
炸薬を仕込んだ榴弾、焼夷弾となると、
加工技術が当時の水準からかけ離れてしまうので
有り得ないと思われる。
>>436 比較的近い昔の記憶が失われるかという問題についてだけど、
神話関係は詳しくないから知っていたら教えてほしい。
素朴な疑問として、「最初の移民はどこどこから来た」という伝承は残るものなの?
起源に関する伝承はたいてい国産みのような創造神話になっていて、
人間がどこから来たかは分からないものだと思ってた。
東北でも伊豆諸島でもどこでもいいので、そういう伝承が残っているケースはあるの?
441 :
マンセー名無しさん :2012/11/13(火) 22:22:36.30 ID:+0o8XDLd
琉球祖語の特徴で、上代日本語からの変化ではうまく説明できないものとしては、 琉球祖語の母音*eがある。 *eは北部奄美方言の不規則な語形を説明するために再構されたもので、 上代日本語ではiに合流して区別が失われたと考えられている。 例はこんなの。 上代語 琉球祖語 midu *medu 水 piru *peru 蒜 kizu *kezu 傷 pidi *pedi 肘 これは日本祖語の母音の数がいくつだったかという未解決の問題にかかわる重要なもので、 もともとは服部四郎という超絶えらい先生が確か70年代ぐらいに提案した。 この説は証拠が少なくて危ういかなあとも思ったけど、 その後補強するデータを別の人が出していたりして、いまでも生き残っている。
もう一つの特徴は二音節名詞の一音節目の母音の長短の区別。 これは本土諸方言にはないが、琉球祖語から共通祖語にさかのぼるとされている。 例えば、首里方言では、以下のように母音の長短の対立がある。 ka:mi LL 瓶 hana LL 花 mu:ku LL 婿 kata LL 肩 ha:i LL 針 ?asi LL 汗 ちなみに首里方言のこれらの語は今帰仁方言にも規則的に対応する。 この母音の長短は本土方言内の区別とは全然独立で、本土方言では説明できない。 この説も服部四郎が70年代に提案したもので、いろいろ反論もあったけど、 やっぱりいまでも生き残っている。 宮古や八重山にはこうした区別はみあたらないらしい。
446 :
マンセー名無しさん :2012/11/15(木) 20:47:09.01 ID:Hl6ea6OX
>>443 >宮古や八重山にはこうした区別はみあたらないらしい。
奄美・徳之島にはあるんだろうか?
>>446 奄美諸方言の二音節名詞も本土方言では説明できない区別を持ってる。
母音の長短ではなく高低アクセントの違いとして実現されているけど。
>>445 まあ、そうせかさないでくれよ。
大濱永亘の主張で、王府中心史観と対立しそうで面白いのはこれ。
沖縄のグスク文化は、14世紀後半ころから中国の明国との朝貢・進貢貿易
(公貿易)に支えられていた。一方、宮古や八重山においては民間の中国福
建沿岸海商らと私貿易・密貿易を頻繁に行って独自の文化を築いていた。
ttp://shikakumame.web.fc2.com/sbkkenkyunote01-4.html 輸入品は「膨大な量の中国製の青磁、褐釉陶器、後に染付などの貿易陶磁」とする。
これは実際に遺跡から出土しているから問題無いだろう。
規模は「日本本土や沖縄本島とは比べものにならないほど多量」らしい。
あと「徳之島産のカムィヤキが1片も発見されていない」ことを特筆している。
>>447 は誤解を招く書き方だった。
>>443 の右の列と左の列の区別が母音の長短で実現されるのが首里方言だというだけで、
両者の区別自体は奄美だけでなく、宮古、八重山の多くの方言にもある。
問題は宮古や八重山からの輸出品。大濱は以下の品目を挙げる。
宮古や八重山の島々で豊富に産出する海産物の宝貝(海巴、スビガイ)、ヤ
コウガイ=夜光貝(螺殻、ヤフンガイ)、真珠貝、ナマコ(海参、イリク)、
フカのひれ(魚翅)、ジュゴン(儒良、ザン)、タイマイ(玳i、ベッコウ
ガメ)や牛皮、苧麻衣(上布、グイフ)、芭蕉布、薬草などを求めたことが
想像され
根拠が弱い。これらは後の時代の王府への貢納品を挙げているだけで、同時代の証拠がない。
例えば、大規模な加工場跡が発掘されたとか、
支那の文献に「密貿易を検挙したらこんな品を運んでいた」みたな報告があるとか、
そういうのがあればいいんだけど。
朝貢品は地域の産物であればとりあえず良いんだろうけど、
密貿易だと本当に市場価値がないと成り立たない。
上記の産物は支那から買い付けに来るだけの価値があったの?
449 :
マンセー名無しさん :2012/11/16(金) 00:11:48.10 ID:og//PdYu
稲村氏の「倭寇史跡」の方に、南蛮甕一杯の粟で交易していた、 という伝承の報告があったはず。 あなたの指摘のとおり、そういう色々な産物で交易していた、 というのは根拠が弱い。 シナから買い付けにくるような産物でもないし。 むしろ商人たちの基地として、水と食い物を提供する代わりに、 様々な品物がもたらされていた、と考えた方が自然ではないだろうか。
450 :
マンセー名無しさん :2012/11/16(金) 00:37:22.23 ID:og//PdYu
つかここでこそ稲村の論考が重要になってくると思う。 上比屋山御嶽の子孫に受け継がれている「双紙」の内容からして、 連中は明らかに元は本土人。 交易品としては「布巻・糸巻」が見える。 その手の連中はまさに大浜の言う福建商人に、 刀や扇を売って、代わりに絹織物を入手していた。 先島はその基地だった。 たまにはそこで待ち合わせて交易する事もあったかも。 そのおこぼれとして、先島では大量の青磁が見つかるし、 治金丸もある、という事ではどうだろう。
451 :
マンセー名無しさん :2012/11/16(金) 11:21:06.25 ID:uCbNGPr4
>>447 >「徳之島産のカムィヤキが1片も発見されていない」ことを特筆
八重山でも出土してなかったっけ・・と思ったら、前のページに書いてあるね。
カムィ焼が衰退した後の時代の、別の集落の遺跡ってことか。
452 :
マンセー名無しさん :2012/11/17(土) 13:57:45.79 ID:Ky5riPfp
琉球王国の人名に、金が語尾につくのが多いのはなんで? 黄金信仰でもあったの?
琉球で商売してる連中にとっては、琉球は被害者・善人でなければならないからね 琉球史の連中、琉球に関わるものを売って商売してる連中は詐欺師みたいなもんだ。
455 :
マンセー名無しさん :2012/11/19(月) 12:10:46.95 ID:ghW/PsO8
>>452 かつて最前線が台湾に移って基地が無くなったのなら、今こそ基地が必要だよなw
>>451 ええ、大濱はスク文化を前期と後期に分けていて、後期の方。
代表的な遺跡として以下を挙げている。
- 石垣島の南海岸のウフスク=大城村遺跡(カンドゥ原遺跡、13〜18世紀後半ころ)
- 石垣島の北海岸の14〜16世紀ころの仲筋貝塚、元桴海村遺跡(ヤマバレー遺跡、14〜17世紀前半ころ)
- 西表島の東海岸の与那良村遺跡(14〜17世紀中葉ころ)、西部の慶田城村遺跡(上村遺跡、14〜19世紀後半ころ)
- 内離島の成屋村遺跡(14〜18世紀中葉ころ)
個別の遺跡の報告書を見てないから何ともだけど、
大濱がこれらの遺跡について、本土系の出土物を挙げていないのはどうしてかな?
前のページにある鞴の羽口ぐらいか。
陶器はいかにも遺跡に残りそうな品だが、それ以外の刀とかは、
あったけど構造的に出土しないものなのか、もとより存在しなかったのか。
ちなみに、岡本弘道によれば、螺鈿細工の工法が変化したため、 ヤコウガイやタカラガイの需要は、 支那では元代には早くもなくなっていて、 日本本土でも13世紀以降は減っていたらしい。 水や食料との交換でいいのかな。 大濱の言う「多量」感はわからないが、 陶磁は交易用というよりも、交易関係者が自分で使っていたのかも。
458 :
マンセー名無しさん :2012/11/19(月) 20:56:37.05 ID:HKy4shel
>>456 刀は多分、そんなにないし、
あったものも潰されてリサイクルされた可能性が高いと思う。
>>458 「当時の宮古や八重山の人々により、九州海商と中国福建沿岸海商らとの交易仲介が行われた」
と主張するなら、別に刀でなくてもいいけど、両者の接触を示す証拠が欲しい。
大濱の遺跡の説明だと両者は別々で交わっていないように見える。
>>442-443 で取り上げた服部四郎は1955年の約三カ月琉大に招聘されていたんだが、
本島の惨状を見て衝撃を受け、翌年の朝日新聞にそれを投稿したところ、
アメリカの軍関係者(らしき人間)から執拗に恫喝されて、
それで以後21年間も沖縄行きを控えていたらしい。
服部四郎は他にも奥さんがタタール人だったりして、私生活も面白すぎる。
460 :
マンセー名無しさん :2012/11/20(火) 02:27:53.89 ID:N8oNJwD7
>>459 宮古に関しては、上比屋山諸嶽の双紙はどうだろう?
「馬照」神を崇拝し、「武運長久」を祈り、
「糸巻き布巻き」を求めて航海してた連中。
治金丸もあるし。
八重山に関しては確かに交わっているかどうか、
という点では弱いね。
ただ宮古にしても、出土品に関しては
日本産の物は特にないんだよね。
稲村氏も交易活動の証明については物的証拠を重視していて、
確かめて逐一記述してるんだが、
南蛮ガメや青磁の破片が多い。
当時の日本の中国向け商品と言えば、刀の他には扇だが、
扇は劣化しやすい。
それに現地人も、扇よりは、食器や保存用の容器の方が
欲しいと思われる。
>>458 そもそも琉球は鉄をどうやって手に入れてたんだ?
462 :
マンセー名無しさん :2012/11/20(火) 12:16:00.13 ID:5+Uy4nb1
463 :
マンセー名無しさん :2012/11/20(火) 16:30:46.35 ID:jP8IHy/K
その軍刀サイトはソースとしてはあまり信用できねえぞ。 以前、刃物板や軍板で総ツッコミ食らってたし。
464 :
マンセー名無しさん :2012/11/20(火) 18:18:16.73 ID:5+Uy4nb1
465 :
マンセー名無しさん :2012/11/20(火) 18:21:54.49 ID:5+Uy4nb1
つーかあのサイトには、戦時中に軍刀を実際に修復していた人間の話や、 軍刀を実際に使用した人間へのインタビューとかもあるんだが、 軍事板の連中は何が気にいらないんだろうねぇ・・・ 軍事板住人は意外に脳内理論ふりかざす奴が多いから、 あんまり信用しない方がいいよ。良スレは少ない。 嘘を嘘と見抜けない人間は、2ちゃんを利用するのは難しい。
あのサイトは、 「戦場のメインウェポンは槍!刀は首を切るためのサブウェポン!」 「日本の馬はポニー!騎馬突撃なんて妄想!」 で有名な鈴木眞哉の信者っぽい所があるから、 一部の人に凄く嫌われてる
2chじゃないけど、アンチ鈴木信者の感情の吐露は以下に良くまとまってる 148 : ななしのよっしん :2012/06/08(金) 17:46:16 ID: UHQiWS4TPo そこの軍刀信者のサイトはねえ・・・。 まあ、日刀保の玉鋼神話や「伝統の製刀法」の虚構に 疑問の一石を投じた点については評価できるけど 正直、最近このサイトの記述を鵜呑みにしてる人が多くて辟易してる。 例えば舶載鉄の話で、古刀の成分解析で銅が含まれていたものが多いことから 「古刀の多くは実は中国大陸から輸入した鉄で出来ていた」と主張しているが 日本の磁鉄鉱にも普通に銅は含まれているからこの主張には根拠がない。 南蛮鉄の話でもリンを含有しているのを南蛮鉄の特徴として強調する一方で 南蛮鉄を使用したと言われてた刀が実はチタンを多く含む国産鉄を使用していたニュースに関しては 「リンの含有云々は南蛮鉄の識別指標にならない(キリッ」と記述するなど民主党真っ青のダブスタぶりを見せている。 というか、そもそも日明貿易や朱印船貿易において、鉄が日本の主要輸出品目の一つだった事実を無視している。
「古刀は芯鉄を入れない無垢鍛えだった」とする主張も、例えば政光には芯鉄が入ってるし
第一、そのサイトを運営する彼が引用してる俵国一氏も著書にも
芯鉄が入ってる古刀が普通に登場するから、古刀はみんな無垢鍛えだったとは言い切れない。
あとは、折り返し鍛錬について
「不純物を取り除く以外無意味。古刀は良質な輸入鋼を使ってたから素延べだった。そもそも折り返しをするとかえって弱くなる。」
って主張してるが
折り返しには結晶構造を微細化させ、欠陥を少なくし強度としなやかさを増す効果があることが各大学の研究から明らかになっていて実際に超鉄鋼や特殊鋼にも応用されている。
というか、そのサイトでは「折り返しは日本刀独自の手法ではなく各国の刀剣製作で行われていた」と主張しながら
新々刀の製作批判で折り返しは意味がないものであるかのような主張しており
またもやダブスタぶりを発揮している。
つまりこの軍刀サイトの運営者は、「通説」を批判したいが為に極論をぶち上げたり
結論ありきで史料や検証を吟味したり、ダブルスタンダードな主張を度々行ったりと
謂わば「日本刀は役に立たない」「騎馬隊なんてあるわけない」の鈴木眞哉と全く同じやり口で詭弁を弄している。
だから、自分はこのサイトの記述はあまり信頼できない。
http://dic.nicovideo.jp/b/a/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%88%80/121-
>日明貿易や朱印船貿易において、鉄が日本の主要輸出品目の一つだった事実 とか、この人の言ってることも疑問があるけど、 あの軍刀サイトには似た疑問を持った
>>333 なんだが、ブログ主よ。記事を読んだんだが、ちょっと待ってくれ。
俺がヤバいと言ったのは先行研究として引かれている琉球史学の方だ。
渡辺本人は「先行研究の主張は実情に即してないよね」と議論しているんだけど。
先行研究でアレな主張を展開しているのは豊見山和行とか。
豊見山については、俺は論文はあまり読んだことがないけど、
宮古島出身で、「それを告げると首里人にあからさまに見下された」
みたいなエピソードを披露しているのを見たことがある。
だから本島中心史観の「二重基準」にはもっと自覚的かと思っていたと思ってたんで、
渡辺の論文を読んでがっかりした。
471 :
マンセー名無しさん :2012/11/20(火) 21:52:04.95 ID:5+Uy4nb1
>>467-468 舶載鉄に関する批判はその人が正しいとは思うが、
古刀の一部にも芯鉄構造があるのはあのサイトの人も認めてる。
そのサイトが批判してるのは
「芯鉄がなければ日本刀ではない」という話そのものでしょ。
古刀は芯鉄がないもののほうが多いよ、という話なだけ。
多くは批判のための批判で、あのサイトを全否定する根拠は甚だ薄弱。
これ↓が現実でしょ。
147 : ななしのよっしん :2012/06/06(水) 00:35:11 ID: K9MwwUqLdH
>>144 >>ちなみに、そのスレではあのサイトはあまりよく思われてない。
あの軍刀サイトは実用一辺倒で、戦前の機械造刀とコールドスチールの鍛造製模造刀、要するに現代の数打ち物を絶賛していた。
玉鋼云々の日本刀の定義をガン無視だから、伝統重視の人から嫌われているは当然。
しかしあのような刀こそ本物の戦場の兵器と私が思う。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm15794590 米コールドスチール社の刀テスト
472 :
マンセー名無しさん :2012/11/20(火) 21:54:42.79 ID:5+Uy4nb1
>>466 >「戦場のメインウェポンは槍!刀は首を切るためのサブウェポン!」
>「日本の馬はポニー!騎馬突撃なんて妄想!」
>で有名な鈴木眞哉の信者っぽい所があるから、
>一部の人に凄く嫌われてる
あのサイトにはそんな事は一切書かれてないが・・・
そもそも鈴木信也の名前とか出てるの?
>鈴木眞哉と全く同じやり口で詭弁を弄している。
論法が鈴木信也と似てる、というだけでしょ。
それすら的外れだと思うが。
仮に事実だとしても、鈴木信也の名前を出す必要は全くない。
そのような論法は鈴木信也オリジナルのものではない。
473 :
マンセー名無しさん :2012/11/20(火) 22:01:28.31 ID:5+Uy4nb1
>>467 そもそも「軍刀信者」とか言ってる時点で正体バレバレ。
軍刀が普通に斬れるってのは、
最近の居合道ではむしろメジャーなトピック。
人気が高まってて値段も上がってる。
あのサイトは軍刀再評価の先駆けになった古参サイトだから、
アンチも多いってだけでしょ。
ま、議論が強引なところがあるのは確かだと思うが、
貴重なデータが山ほど載ってるし、
刃物板でも普通に参考サイトとしてよく引用されるよ。
アンチもいるけどそんだけ。
474 :
マンセー名無しさん :2012/11/20(火) 22:05:58.00 ID:5+Uy4nb1
そもそもあのサイトで鈴木信也の名前を見た覚えはないし、 槍や騎馬突撃の話も見た覚えはないんだがな・・・ 基本的に日本刀とその操作法にテーマが局限されてるサイト。 >鈴木眞哉の信者っぽい所 ってどの辺?
475 :
マンセー名無しさん :2012/11/20(火) 22:11:18.05 ID:5+Uy4nb1
>>468 の折り返し鍛錬批判については、
既にその掲示板で反論がなされてるね。
俺はこっちに同意。
舶載鉄については正しい批判だと思うが、他は単なる難癖だな。
153 : ななしのよっしん :2012/06/08(金) 20:51:09 ID: p77MZMY206
折り返しに限らず腕のいい鍛冶屋さんは結晶を細かく持っていくよ、鍛接の時にできるだけ低い温度で何度も沸かさず、工程が進むに従い温度を下げていく。
折り返しを十何回もやると鍛接温度に何度も上げなければならないからかえって結晶は大きくなる。
古刀の折り返し回数が少ないっていう指摘はそのサイトの通りだと思う。
現代刀でも古刀を思わせる刀を作る刀匠は鉄に負担をかけない低めの温度の折り返しを数少なく行う(小林康宏刀匠のことじゃないよ)
それと折り返しの回数を増やすと酸素濃度が上がっていく。
工藤博士の論文にもあるけど、素材の玉鋼が低酸素の高級鋼でも折り返し回数を増やすとるつぼ鋼はおろか転炉や反射炉で得た鋼より酸素濃度が高くなる。
上げるにしても下げるにしても卸鉄で狙った炭素量まで近づけ、鉄滓を除去すれば新々刀みたいに上鍛え下鍛えで何十回も折り返さなくて済むし鉄滓の除去に苦しむこともない。
実際古刀の炭素量分布や酸素濃度、結晶粒の大きさから考えると折り返しの回数は少ないと思う。
476 :
マンセー名無しさん :2012/11/20(火) 22:14:47.86 ID:5+Uy4nb1
477 :
マンセー名無しさん :2012/11/20(火) 22:19:11.05 ID:5+Uy4nb1
バイキングの剣の強度不足も書かれてたな。
これ以上はスレチだからこれでおしまい。
164 : ななしのよっしん :2012/06/09(土) 23:19:46 ID: yO5/S0KYHk
>>156 余談だが、ヴァイキングの剣ってのはさ、軟鉄同然の代物に
表面硬化処理を施し、それでも強度が、足りないから
(同時期の東アジアや中世後半の欧州のそれと比較して)
太く肉厚な剣身にしてやっと実用レベルって代物で、
当時のヨーロッパの冶金技術の関係上、量産困難な高級品なんだぜ。
でも舶載鉄の話は鵜呑みに出来ないんでしょ?
>>471 別にあのサイトを全否定するとは言ってないよ
そもそも日本刀に対する科学的なデータがのってるデータなんてろくにないんだし、貴重だと思う
ただ、既存の事実は間違ってる!俺が正してやらねばならない!っていうのが鼻につくんだ
そのためには、多少のレトリックもしょうがない、と思ってるのかもしれないが、
衒学的で議論の筋が妙な文章にイラッとくる
「芯鉄がなければ日本刀ではない」という固定概念を否定したければ、
芯鉄のない古刀を紹介すればそれで終わる話だが、
芯鉄のある古刀の話も交えながら、いつの間にか
>古刀の条件は、「卸し鉄、心鉄を入れず丸鍛え、低温の精練と鍛錬、過度の折り返し鍛錬を避ける」と云う姿が浮かび上がる。
とか断言するようになってる
データとして利用することに文句はないが、慎重に吟味してみないといけないと思ってるだけ
そういう意味で、舶載鉄の話はそのまま引用できるようなレベルではないよね
銅の含有を論点にしたとしても、それが舶載鉄に由来するとは限らないわけだし
あと、鈴木信者ってのは不要なレッテル貼りだった
おそらく、レトリックにイライラしながら、
>銃を相手に日本刀は論外であって、弾を打尽くした銃剣とも刀は勝負にならなかった。太い棍棒で抵抗されてもその一戦だけで柄か刀身が損傷する事は確実である※。槍に刀が敵わなかったことは歴史が証明している。
相手が武器を持つ白兵戦では、一戦交えるだけで日本刀の損傷は避けられない。
http://www.k3.dion.ne.jp/~j-gunto/gunto_094.htm あたりを読んで、こりゃ鈴木信者に違いないと決めつけてしまったようだ、ごめん
【武家】日本刀の斬れ味 〜伍の太刀【目利】
http://2chnull.info/r/knife/1249896196/ やっぱ、刃物板でも不評な気がする
この人のレスが俺の分かりにくい文章より、ストレートだ
368:名前なカッター(ノ∀`):2012/05/13(日) 19:51:31.99 ID:C/AR3H/Cdownup
そもそも古刀って「これだ!」って製法は無かったんじゃないの?
「必ずしも現代刀のプロセスを踏んでたわけじゃないし、和鋼だけで作らなきゃいけないってわけでもないっぽい。」という話が
何故か「現代刀の製法なんて全部無駄。輸入鋼使わなきゃカスみたいな刀しか出来ない」って話に切り替わってない?
482 :
マンセー名無しさん :2012/11/21(水) 12:13:32.17 ID:tl98zl5c
>>479 >ただ、既存の事実は間違ってる!俺が正してやらねばならない!
>っていうのが鼻につくんだ
それは事実www
今はそのサイトの言ってる事が常識だが、
そのサイトが設立されたときは、
「玉鋼と芯鉄使ってない刀は日本刀じゃない!」
とかいう話がまかり通ってたんだよwww
>何故か「現代刀の製法なんて全部無駄。
>輸入鋼使わなきゃカスみたいな刀しか出来ない」
>って話に切り替わってない?
どこにそんな話が書かれてるのか引用してくれる?
そのサイトは、むしろ日本の鉄で作られた軍刀を称揚しまくってるがね。
筋違いなのは、批判者の方だと思うよ。
483 :
マンセー名無しさん :2012/11/21(水) 13:04:48.80 ID:tl98zl5c
鉄材がどこ産だろうが無関係。其の鉄をどうするかが大事 ↓ 輸入鋼使わなきゃカスみたいな刀しか出来ないと言ってるニダ! 話しのすり替え行ってるのはどう見ても批判者の方だなwww つーか現代刀信者ですか? 輸入・国産以前に 特殊鋼使ったほうが、いい刀をローコストで作れるのは 今どきのマトモな刀匠なら認めてる事だがなwww 玉鋼と芯鉄にこだわってるのは伝統技術保存の意味合いが大きい。
484 :
マンセー名無しさん :2012/11/21(水) 13:20:24.19 ID:tl98zl5c
ニコ動掲示板の ID: p77MZMY206 さんは、やはりかなり信用できるな。
ちなみに刃物板の連中のいい加減さも分かるwww
144 : ななしのよっしん :2012/06/03(日) 16:38:13 ID: yO5/S0KYHk
>>143 2ちゃんの刃物板の某スレで同じ質問したら、
芯金構造の方が錆びにくく横からの力に強い。
鉈や斧のような日用品に多いのは横から力がかかることが少なく
研ぎやすいからという返答がかえってきたんだが・・・。
ちなみに、そのスレではあのサイトはあまりよく思われてない。
145 : ななしのよっしん :2012/06/03(日) 21:14:16 ID: p77MZMY206
>>144 芯鉄構造の日本刀が特に横から強いとは思わないけどなあ。
枯れ竹どころか柔らかい畳表ですら斬り損じると日本刀は曲がる。
ただ一つ擁護したいのは曲がる刀は斬り手か刀身の出来そのものに問題がある場合が多い。
現代刀匠が居合に使う刀を作るとき頑丈だと使い手が喜ぶからと焼きが甘い場合がある。
沸をつけるために保持時間をいたずらに増やすよりはマシだけどまるで腰が無い刀はやはり問題だと思う。
祐定や勝光なんかは数打ち物で研ぎ減ったものでも切れ味がよく靱性があるから簡単に曲がりっ放しになったりしない。
こればかりは鍛冶屋としての腕の良しあしだと思う。
芯鉄構造の方が錆びにくいって現代刀の錆びやすさについてはどう思う?
夏場居合を稽古してふと気づくと錆びが点々としてることなんてザラだけど。
485 :
マンセー名無しさん :2012/11/21(水) 13:24:43.11 ID:tl98zl5c
146 : ななしのよっしん :2012/06/03(日) 21:29:00 ID: p77MZMY206 現代刀の多くは芯鉄構造なんだけどね。 そもそも刃物の錆びやすさは鋼の質そのものに左右されやすい、 造りこみでの錆び回避なんてたかが知れてるし 電位差云々が嫌ならそもそも無垢造りにした方がいい。 そんなことより燐や硫黄、酸素含有量の方が大事。 なたを曲げるって簡単に言うけどホームセンターで 買ってきて試してみりゃわかるよ。 曲げようと思ってもそんな簡単に曲がらないって。 さっきも言ったけど芯鉄入れなきゃ折れ飛ぶような 硬い鋼で作刀したら折れ飛ばずともちょっとした衝撃で 歯切れやしなえが生じる。 一番いいのは粘っこい鋼で丸鍛えにすることだよ、 研師さんも古名刀は研ぎ減っても芯鉄が出てこないって実際言ってるしね。 現代刀匠の名手吉原義人先生は割刃鍛えは美観はともかく 一番実用的って言ってるよ、丸鍛えでうまく鍛えれば 芯鉄を入れるよりずっといいものができるとも。
486 :
マンセー名無しさん :2012/11/21(水) 14:25:53.32 ID:tl98zl5c
まああのサイトが嫌いなのは個人の自由だが、 刃物板の論拠はデタラメだらけだな。
>>483 現代刀信者どころか、真剣で物を切ったこともないし、金属工学を専門に勉強したこともない
だからこそ、慎重にならなければと思ってる
「輸入鋼使わなきゃカスみたいな刀しか出来ない」ってのは、確かに言い過ぎな表現だが、
http://www.k3.dion.ne.jp/~j-gunto/gunto_034.htm に色つき太字で書いてある
>古代〜中世は舶載鉄
ってのは実証できてないんじゃない?
銅含有より砂鉄からではなく鉄鉱石から作ってることはわかるけど、
日本だって今昔物語に「能登國掘黒鉄、行佐渡国掘金語」がある程度に鉱業はあったわけだし
488 :
マンセー名無しさん :2012/11/22(木) 03:35:21.19 ID:KcpMfbRU
>>487 逆に聞くけど、何で産地にこだわるの?
どこで産出しようが同じFeだよ?
水心子正秀著「鍛錬秘録」
一、南蛮鐵、露西亜鐵、和蘭鐵は、各其の産する処異れりと雖、卸して用ゐるときは、
我國出羽、千草の鐵と同様なるものなり。
>>488 そりゃ、史学的興味だよ
後、水心子正秀を引用してるけど、
中世の古刀の記述について疑問を持ってるだけで、南蛮鉄の存在は否定してないよ
なにせ現物が残ってるし、文献にも記されてるから
あのサイトに引用してある「鍛錬秘録」ってのはよく知らないけど、手元にある窪田蔵郎の「鉄から読む日本の歴史」によると、
水心子正秀著「剣工秘伝志」
彼の鉄は我国の鉄には劣るべし、実に我国の鉄にてつくりたる刀は万国にすぐれて見ゆるなり、
然れば、南蛮鉄などは好むべきものにあらず。
「剣工秘伝志」は文政四年に書かれたものだけど、「鍛錬秘録」が先に書かれたか、後に書かれたかで印象が変わるよね
490 :
マンセー名無しさん :2012/11/22(木) 12:14:17.78 ID:qZH/2Nc2
>>489 >そりゃ、史学的興味だよ
的外れな興味だと思うよ。
日本刀作ってる人は、何処産のFeかなんて全く気にしてないと思います。
どっちみち卸さなきゃ使えんし、そこで硬軟は調節する。
そんなのにこだわってたら数打なんて作れんわ。
>中世の古刀の記述について疑問を持ってる
とりあえず「あのサイトにはこう書いてあるけど、
俺はこう思います」という形ではっきり書いてくれると助かる。
俺はあのサイトの代弁者にはなれん。
>印象が変わるよね
そう?別に変わんないけどな。正秀さんも万能じゃないってだけ。
水心子正秀著「剣工秘伝志」には「南蛮では銅を加えて卸す」とも
書いてあるけど、そういうのも真に受けるの?
これはもともと銅鉄鉱なのを勘違いしてるだけ。
491 :
マンセー名無しさん :2012/11/22(木) 12:19:12.75 ID:qZH/2Nc2
>>487 >現代刀信者どころか、真剣で物を切ったこともないし、
>金属工学を専門に勉強したこともない
>だからこそ、慎重にならなければと思ってる
刃物板に対しても慎重になってくださいw
>>490 >日本刀作ってる人は、何処産のFeかなんて全く気にしてないと思います。
と
>古代〜中世は舶載鉄
とは大分差があるんじゃない?
日本刀好きではなく、歴史好きとしてそこに引っかかるという話
>とりあえず「あのサイトにはこう書いてあるけど、
>俺はこう思います」という形ではっきり書いてくれると助かる。
とりあえず、俺が今までに挙げた
>古代〜中世は舶載鉄
と
>古刀の条件は、「卸し鉄、心鉄を入れず丸鍛え、低温の精練と鍛錬、過度の折り返し鍛錬を避ける」と云う姿が浮かび上がる。
は疑問だな
前者は銅の含有だけで決めつけられない、後者は
>古刀全般にわたって芯鉄を使わなかったとは断言出来ないが、少なくはなかっただろう。
から飛躍している
日本刀はかくあるべし、という固定概念に囚われるべきではないというところまではわかるが、
結局自分自身も、古刀とはこうあるものだと決めつけてる
極端で煽るような記述が気に入らない
>正秀さんも万能じゃないってだけ。 これは同感だが、そういう人の明らかに矛盾してる言葉の一方のみを採用して引用するのはどうかと思う >刃物板に対しても慎重になってくださいw ごもっともw
>>429 鍛冶神に限らなければ沖縄本島の神様もいるよ
ttp://www.taketomijima.jp/museum/rekisi/shima.html 昔、竹富島に根原カンドゥ、アラシハナカサナリ、幸本フシガーラ、久間
原ハツ、タカネトノ、塩川トノという六人の酋長がいて、彼らは住民を愛し
仲良く暮らしていたが、村の守護神・豊作の神がいなかったので神の招
来を願ったところ、次のように神々が渡来した。
(1)屋久島から渡来した神=玻座間御嶽(根原カミトノが祀る)
(2)沖縄本島から渡来した神=仲筋御嶽(アラシハナカサナリが祀る)
(3)久米島から渡来した神=幸本御嶽(幸本フシカワラが祀る)
(4)沖縄本島から渡来した神=久間原御嶽(久間原ハツが祀る)
(5)沖縄本島から渡来した神=花城御嶽(タカネトノが祀る)
(6)徳之島から渡来した神=波利若御嶽(塩川トノが祀る)
口頭伝承では六人の酋長たちがそれぞれの島から渡来したと語っています。
496 :
マンセー名無しさん :2012/11/26(月) 10:38:18.72 ID:JFK23XC5
497 :
マンセー名無しさん :2012/11/27(火) 11:04:56.27 ID:KOh1FROS
自己決定権ですってよ奥様。
そういや上里氏もここに出入りしてたよな。
沖縄の自己決定権討議 法大でシンポ
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-11-26_42016 【東京】法政大学沖縄文化研究所(屋嘉宗彦所長)が主催する沖縄本土「復帰」40周年記念シンポジウム「『復帰』40年、
これからの40年」が25日、同大で開かれた。ジャーナリストの新川明氏、元沖縄大学学長の新崎盛暉氏、元県知事の
大田昌秀、稲嶺恵一両氏がそれぞれ講演し、約500人の来場者とともに本土復帰の意味と、基地問題や沖縄の自己
決定権について議論を交わした。
稲村賢敷の『宮古島庶民史』をぼちぼち読んでる。 城辺比嘉の高越按司は「牛牧や馬牧を仕立てて牛馬の牧養を奨励したので、 いまでも牛馬の神として御嶽を建てて祭られている」とのこと。 与那覇原軍に殺されたというから、それぐらいの時代の人だ。 しばらく馬にこだわってみたけど、見つけられた記述はこれぐらい。
薩摩が昔から馬の名産地だから その影響もあるんじゃないか 今でも競馬の名馬を算出してるよ 最近だとテイエムオペラオーとか
500 :
マンセー名無しさん :2012/11/30(金) 23:53:05.27 ID:U5x7bO88
「最高裁裁判官の国民審査」で「×」をつける人の割合が沖縄では断トツに高く、全国1位。 全国平均=約9% 沖縄では=34% 沖縄人が日本人を嫌っていることが客観的に証明されてよかった。
501 :
ブル☆ ◆uA8R2Euj1Q :2012/12/01(土) 01:37:24.25 ID:ZacjCcuB BE:3423530669-2BP(111)
李氏朝鮮時代民族の洗浄化によって祖国から追い出された 在日の皆さんは白丁なんでしょう(笑 「我々はいずれ祖国に帰るのであるから、福祉とかそういうものはいらない。 日本は祖国の統一の邪魔をしない、日本に望むことはそれだけだ。」 はいはい♪ 「日本人と違った取り扱い方をされるから、我々は民族の自覚を持つのだ。 日本人と同じ処遇を求めるのは同化を求めることであり、民族を否定するものだ。」 …というような物言いは、20年前まではごく当たり前のことであった。 「朝鮮人は朝鮮に帰る」というのは彼ら自身の主張で、 「暴言」でも「差別発言」でもない話であったのだ。 これを思い出すにつけ、今の在日の活動には隔世の感がある。 彼らは、自分らの先輩たちが20年前まで担ってきた民族運動の歴史を総括せず、 それどころか忘れてしまったのではないか、と思ってしまう。
502 :
マンセー名無しさん :2012/12/01(土) 13:31:43.08 ID:AstFAdeN
<日本軍による沖縄住民虐殺>
沖縄戦で起きた自国軍隊による自国民殺害。沖縄守備軍の第32軍は1944(昭和19)年3月に創設された。
陣地や飛行場の設営には多くの住民が協力、一部の地域では軍民雑居ともなった。米軍が上陸すると守備軍は、これらはすべてマイナス要因と考える。
沖縄住民が話す言葉も理解できず、方言を使う者はスパイとみなす通達もまじめに出された。軍隊の本質と沖縄県民への無理解が数多くの虐殺事件にあらわれている。
虐殺の態様は、(1)スパイ視・容疑(2)食糧提供をしぶった(3)壕の提供をしぶった(4)壕内で乳幼児が泣き叫んだ(5)米軍の投降ビラを所持(6)米軍に協力し投降を呼び掛けた、などさまざま。
久米島では6月26日から8月18日までの間、海軍守備隊によって一家全員殺害を含み20人が虐殺される事件があった。慶良間諸島や沖縄本島各地で起きた住民の集団自決も軍隊による住民虐殺と、とらえられる。
『最新版 沖縄コンパクト事典』(琉球新報社発行 2,415円)
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-42931-storytopic-121.html
503 :
マンセー名無しさん :2012/12/01(土) 16:58:54.94 ID:1VQCVRwf
新沖縄県史ではどうなってんのかな?
たまには朝鮮ネタということで、言語学のホイットマンの2011年の論文を紹介するよ。
ttp://conf.ling.cornell.edu/japanese_historical_linguistics/Whitman.Rice.NEAsia.2012.pdf 日本語と朝鮮語の歴史的な展開を学際的に議論しましょうというもの。
内容は盛りだくさんで、まず考古学のサーベイをやって、魏志東夷伝と後漢書の記述を解釈して、
いわゆる高句麗地名にふれた後、最後に稲作系語彙を議論する。
で、結論としてホイットマンが描くシナリオは次の通り。
考古学の人からみたらツッコミどころ満載だと思うので、いろいろ教えてちょ。
水稲耕作をする集団が山東から遼寧を経由して朝鮮半島に入って無文土器時代の担い手となる。
これが紀元前1500年頃。この集団がさらに九州に達して、弥生文化が紀元前950年頃から広まっていく。
彼らこそが日本語話者。
朝鮮語話者は銅剣の担い手で、遼寧から半島中南部に進出。これが紀元前300年頃。
その後もしばらくは日本語話者が半島に残っていて、朝鮮語話者と混在していた。
魏志東夷伝と後漢書のとっちらかった記述がその複雑な人口構成を反映している。
いわゆる高句麗地名も、その担い手が誰であるにせよ、かつて日本語話者が半島にいたことを証明する。
505 :
マンセー名無しさん :2012/12/03(月) 17:34:03.30 ID:qCcm2enP
前回は全く反対はなかったよ。
507 :
マンセー名無しさん :2012/12/04(火) 13:01:51.61 ID:DHlKtM6K
TVだけ見てると、凧揚げ集団が県民の総意を代弁しているかのように見えるもんねw
どんな凧?
509 :
マンセー名無しさん :2012/12/06(木) 01:09:02.39 ID:KWo5I/UD
正しく太ろう ‏@aruchuchocolate
新沖縄県史で検索したら、なぜこの例のブログが出てくるんだ・・・。でも卒論で参ってる今は爆笑できたから元気でましたよ。ありがとう←
http://blog.livedoor.jp/neoairwolf/archives/20528911.html 2012年12月5日 - 22:35
fumiya@fumiya6211
@aruchuchocolate 感動的なブログ(笑)
2012年12月5日 - 22:53
正しく太ろう ‏@aruchuchocolate
@fumiya6211 落ち込んでるときに見たら元気が出るブログです 笑
2012年12月5日 - 23:41
fumiya@fumiya6211
@aruchuchocolate 書いている人を見てみたい内容だ(´Д`) たまに、いるけどね、こういう人(笑)
2012年12月5日 - 23:50
正しく太ろう ‏@aruchuchocolate
@fumiya6211 沖縄県内の学生みたいですよー。さすがに歴史学やってる人間ではないみたいですがww
2012年12月6日 - 0:32
fumiya@fumiya6211 @aruchuchocolate さすがにあれで史学の人間だとしたら、理解できない言動だ(笑) 2012年12月6日 - 1:09
511 :
マンセー名無しさん :2012/12/06(木) 06:47:25.43 ID:CYUjH+7H
>>509 >>510 デマッター貼り付けてどうかしたの?
ブログの内容にはなんも具体的な反論がないみたいだがw
俺ブログ主じゃないけど
どんな凧かも知らないで 書いてるんだよ
513 :
マンセー名無しさん :2012/12/06(木) 10:29:35.07 ID:DFsz/kvc
>>511 ブログ主の言う時系列や常備軍がありました問題くらいは、自説をのべてみりゃいいだろとは思うよな。
それに制度上の兵制があったとしても、その戦闘に実際に出兵できたかどうかはまた別の話で。
幕末に旗本八万騎がどれほど動けたのかと。
俺が沖縄の史学と考古学に不信感を抱き始めたきっかけを振り返ると いわゆるグスク論争だった。 沖縄考古学と対立する仲松弥秀については原論文も読んだ。 仲松は実データに基づいていろいろ指摘してるんだけど、 考古学は有効な反論ができてないんだよね。 理論はデータを説明できなきゃ駄目なのに、 うやむやのままに破綻した説を掲げ続けている。 ちなみにグスク論争にはブログ主の大好きな高良倉吉も絡んでる。 さすが歴史をコリエイトするプロデューサー様。
515 :
マンセー名無しさん :2012/12/07(金) 16:11:04.62 ID:3Kgo9VgG
>>513 全くその通りで、そもそも当時は鉄道やフェリーなんぞ無いので、
動員下令が手下に届き、
手下が兵隊を集め、集結地に向かう、
これらには膨大な時間がかかる。
8万騎全部集めようとしたら、
数ヶ月はかかるね。
遠方の知行地にいる連中もいるし。
日本史学者って根本的に、
何かするのには、漏れなくカネと時間がかかるっていう事実を
分かってないと思う。
516 :
マンセー名無しさん :2012/12/11(火) 11:48:32.95 ID:0xPs2RAo
517 :
マンセー名無しさん :2012/12/11(火) 12:15:34.31 ID:B2nqNujA
戦時〜戦後にメリケンに戦利品で持っていかれてる。 おもろさうし等の文献も、あっちで調査団が見つけて返還されたものあるし。
518 :
マンセー名無しさん :2012/12/11(火) 15:48:20.09 ID:0xPs2RAo
米軍の略奪持ち去りといえば、過去ログで尚家の宝物の話も出てたけど、こっちもそうでしたか。 まあ本土でも、特に刀剣は米軍接収で行方不明って結構あるからなあ。
519 :
マンセー名無しさん :2012/12/17(月) 17:07:20.47 ID:ooxVk0Z+
南風原 共通語〔はえばる〕 沖縄語〔ふぇーばら〕 琉球時代は 南風原間切 〔ふぇーばらまじり〕と 言っていた。
奥平昌綱ってどこの大名かと思ったら・・・w
>>519 こりゃまたすごいページを引っ張ってきたね。
この人は「少弐経資あたりが元寇後に「ハル」を普及させた」と主張しているけど、特に根拠はないよね。
「沖縄県のハル地名も薩摩が変えた結果」という主張にも根拠がない。
そもそも地名の読み方を変えさせて、薩摩に何の利益があるんだろう。
いわゆる古琉球のカナ文献は発音に忠実じゃなくて、例えばイとエ、ウとオを書き分けている。
ときどき「くに」を「こに」と書くような過剰修正もやっている。
碑文の「はへはら」や「はゑはら」の「はら」は、本来はハルでだけど
規範化した結果「はら」と綴られた可能性も考慮した方がいいんじゃまいか。
ちなみにハル地名をマッピングしている人がいるんだけど(考察についてはノーコメント)、
これを見ると大隅にはハル地名はあるけど、薩摩はほぼないから「薩摩化」というのも変な感じ。
ttp://www.shochian.com/harubaru.htm 同じように沖縄県のハル地名とハラ地名をマッピングしたら、
何か傾向がわかったりしないかなあ。
しかし、この人がソースとして提示した『古代地名語源辞典』には、 ハル地名が「多くは中世以降の「開墾地」に付けられたもの」という指摘があって興味深い。 たしかに和名抄に載っている九州の郡名や郷名を見ると、 そもそも「X原」という地名が数個しかなくて、 さらにハルと読むものとなると見当たらない。
>>523 >いわゆる古琉球のカナ文献は発音に忠実じゃなくて、例えばイとエ、ウとオを書き分けている。
「発音に忠実じゃない」とも言い切れない部分があるんだよね。
当時のハングル文献なんか見ると、かなり発音に揺れがあったようにも見えるし
現代の沖縄方言のようにアイウエオがアイウイウに完全に統合された状態には至っていなかった可能性が高い。
古琉球風の古い発音を多く残す奄美方言では、最近まで(現在もか?特にイ段とエ段は)統合が完了されていなくて、
雲を「こも」、胸を「もね」とか、グスクを「ごすこ」というような発音もあったらしい。
>>525 ハルを単独で日常的に使うというのは興味深いね。
比較言語学の人はparaとparuは普通は同義扱いするが
ハラは少なくとも現代ではそんな使い方しない。
沖縄以外の方言や文献上はどうなんだろう。特にハル地名の地域。
>>526 カナを導入した当初は狭母音化が完了してなかったという議論自体は
どこかで読んだことがある。
でも、クニを「こに」と書いたのも実際の発音を反映していたと主張しているの?
奄美方言についてはソースを知ってたら教えてちょ。
狭母音化の歴史的経過に関する論考は色々あって、全然理解できてないんだけど、
本土方言でuとなる音が、琉球の一部でoに対応するの?逆じゃなくて。
漏れが知ってるのは、一部の語について、本土方言でuにあたる部分に、
琉球祖語ではoが推定されていること。
*mogi 麦
*kusori 薬
*omi 海
*ori 瓜
ttp://conf.ling.cornell.edu/pdfs/tLoJaK_02_pJK_-_JW.Prefinal.pdf でも雲は琉球祖語でも*kumoと再構されてる。
>>528 「こに」を実際の発音の反映とする説はこの人が唱えてるね。
ttp://ci.nii.ac.jp/naid/110004642623 奄美方言の「こも」のソースは言語学大辞典。「もね」「ごすこ」は何で読んだか忘れた、すまん。
k'omo は名瀬方言の古い発音で、今は k'umo というようだが、
奄美方言では前後の母音の影響で母音の広さが変化する場合があるとか。
例えば若者(二才)が nese になる(薩摩 nise、沖縄 ni:se:)。
とはいえ、上で挙げたような *u が o で現れる例はかなり少なく、
kokoro>kohoro>ko:ro のように *o が o で現れることのほうが多いようだが。
ハルとバルは土地の情景呼称でしょ俺のシマじゃ別物。東シナ海で本性現し出した中国人も中「原」に意味を持たせようとするが中国社会科学院が否定に動きかけたようにそんな場所に意味は無い。
>>529-530 情報サンクス。混みいってますなあ。
一般的に言って、昔は言文一致という概念はなくて、
話し言葉とは大きくことなる書き言葉を使っていても不思議はないと思うんだけど、
『おもろさうし』は歌なので例外的に音声よりかもしれないというのは確かにある。
碑文や辞令書に「こに」みたいな例はないんだっけ?
木部先生の北奄美方言の記述だと、
本土のuが北奄美方言のuに対応するのに対して、
本土のoは北奄美方言のu、oに不規則に対応すると指摘しているだけで、
「モネ」のように本土のuが北奄美のoに対応する例は挙げてない。
雲は「ク'モ」と記述されてる。
グスクは語源がよく分からないから無視すると、
雲の「コモ」が存在したのなら、ご指摘のとおり逆行同化で説明できるかもしれない。
だとすると、これは例外で、祖語にさかのぼらないことになる。
でもモネは同化じゃ説明できないから困るね。
ttp://ci.nii.ac.jp/naid/110004642623 は、『おもろさうし』は表記者が聞いたとおりに文字化した、
&oとuの書き分けは直前もしくは直後のa、oに引きづられた実際の音声の反映という主張ですな。
傍証として提示されている、
助詞ガの「が」と「ぎや」の書き分けが実際の音節を反映しているという主張はまあ納得できるけど、
oとuの書き分けについてはどうかなあ。
「あまみたかち_な_ _お_るわし」みたいに句の境界をまたぐような影響なんて本当にあるの?
おもろってそんなに続けて詠唱するものだったの?
>>525 >このハルという語は常用語なので、むしろハル地名が沖縄に無い方がおかしい。
>南風原と西原だけが例外的にハラで、他の大多数は元からハルなのではないか。
>ハエバラ、ニシバラに、より一般的なハル地名と同じ原という漢字を当てたが、
>南風原だけはハル地名と混同してハエバルと誤読されるようになって
>そのまま定着したんじゃないか?たぶん。
西原はニシバラじゃなくイリバルな古い読みは
535 :
マンセー名無しさん :2012/12/26(水) 17:44:04.90 ID:RDH4bf3K
沖縄担当は山本一太か 沖縄県民を現実的に動かせるかね
536 :
マンセー名無しさん :2012/12/26(水) 20:27:49.97 ID:pkzwfNo1
「原は島に対する言葉で、 島から分かれて農耕地の付近にできた分家を原もやという。 この原家(ばるや)が集まって部落をつくると、 何々原という部落名がつく。 原家にはたいてい二男三男が分家して住んだので この者たちを原子といった」
アラミタマ氏のブログ面白いな。 小島瓔禮のグスク論はノーチェックだった。今度調べてみよっと。
538 :
マンセー名無しさん :2012/12/27(木) 01:33:44.63 ID:0auc5oQE
>>535 沖縄県民を動かす?何に対してどう動かすんだよ。
自民党議員と県知事と調整するくらいだろ(山本一太)
>>532-533 その混みいった状態がエ・オの狭母音化=3母音(徳之島以北は4母音)化のきっかけになったのかなとも思う。
>でもモネは同化じゃ説明できないから困るね。
狭母音(i, ï, u)vs 非狭母音 (a, e, ë, o)という
母音の広さ(高さ)の違いによる、一種の母音調和のようなものじゃないかな。
munë>munï or monë
あるいは、奄美方言におけるム/モという音節の特殊性によるものかもしれない。
まあ年代的には日本祖語まで遡るような古い話ではないと思う。
>おもろってそんなに続けて詠唱するものだったの?
ttp://inetgoya.jog.buttobi.net/o_bun_a.html ここで少しだけ聞けるけど短すぎるし当時の発音をちゃんと伝えてるのかも微妙な感じだ。
現代のウムイ、クェーナ等の神人が歌う神歌の類はネット上には無いかな?
前どこかで聞いたけどけっこうリズミカルでやや早口だったような気が…うろ覚えだが。
あれ、実体参照使えないのか
ï→ë ï
ë→ï ë
今思い出したが、琉大の奄美方言データベース(奄美大島大和浜方言)では
たしか、昔がモカシ、迎えがモケェ、食う(喰らう)がコラウリ、ユタがヨタ、のように
なっていたと思ったんだけど、肝心のデータベースが壊れてるのか使えなくなってる…
>>534 沖縄に西原と表記する地名は複数あって、イリバルと読むものも確かにあるけど、
西原間切・中頭郡西原町は古くからニシバラなんだな。首里の北(ニシ)側(ハラ)だから。
嘉靖15(1536)年の辞令書に「にしはらまきりのあめくのさとぬし」とある。
ttp://www.tulips.tsukuba.ac.jp/limedio/dlam/B1241188/1/vol05/3505.txt 那覇市天久、泊のあたりまで昔は西原間切の内だったそうだ。
北が西にか。 それって言葉が共通語化した明治以後に西原になったってこと?
いや、明治以前からずっと西原で、北原と書かれた例は無いはず。
>>538 いやまあ、良くも悪くもムラ気質、島民気質だから「模合で集まって呑む」だけで懐に入れる面はあるんだよ。
だからひたすら現地の市町村廻って有力者と模合開いて呑んで、何度も頭下げてってやっていけば
無理難題でもなんとかなる。
純粋に体力勝負なわけだが、だからこそ若手()の一太が据えられたんじゃね?
本島だけが沖縄じゃないだろと言いたいところだが選挙制度的にはそうなんだな 衆議院の沖縄4区を見ると、宮古と八重山は島尻の付属物みたいな扱いになってる
沖縄は本島中南部に人口集中しすぎだからしょうがない
面積と人口密度からすると実質的な100万都市圏だもんな。 人口を支える産業と働き口の話は別として。
>>543 現地の声を掬い上げる作業とか、昔の山中議員みたいに、
本気で沖縄の事を考えてないと無理だよ。
正直なとこ本気で沖縄の事を考えてる人って、陛下お一人しかいないでしょ。 右の人間からははうざいクレーマーのイメージになりつつあるし、左の人間はご存知のとおりだし。 県民の責任じゃないにしても、メディアだけで見るとそんな感じじゃん。
>>548 橋本内閣で沖縄開発庁長官を務め、長年沖縄と深い関わりを持ってきた鈴木宗男衆議院外務委員長は、
普天間問題がこじれる理由として、小泉内閣以降の歴代政権が、沖縄の人々の基地に対する複雑な思いが理解できていないことを真っ先にあげる。
沖縄の歴史や事情も知らないでたまたまポストについた政治家が、ハコモノ的なバラマキで沖縄の人々の心を切り裂いてきたと鈴木氏。
普天間をめぐる鳩山政権の迷走ぶりの元凶も「沖縄の人々の心が理解できていない」ことにあると鈴木氏は言い切る。
沖縄では基地に対する複雑な思いがある。温暖な気候と豊かな自然を持つ沖縄は本来は基地など無くても十分にやっていける。
その意味ではもちろん基地なんて無いに越したことはない。しかし、沖縄にとってもし基地の受け入れがどうしても避けられないことなのであれば、
その負担や影響を最小限に抑えるとともに、少しでも沖縄の地域振興に役立つ見返りを得ようと考える。
あたかも沖縄は、利権が欲しくてあれこれごねているかのように見られる素地が、ここに出てくる。
沖縄では、基地に出て行ってもらえる現実的な可能性が見えてくれば、基地反対が優勢になる。しかし、
どうせ受け入れなければならないとなった瞬間に、強制的に土地を接収されるくらいなら基地地主になって地代を徴収した方がましだし、
どの道基地の負担を受け入れなければならないのなら、少しでも多くの経済振興策を求めようという話になる。これは当然だ。
沖縄の中に2つの異なる利害が共存するというよりも、沖縄の人一人ひとりの中にそれが共存すると言ってもいいかもしれない。
鳩山政権で沖縄問題を扱っている政治家たちには、それが十分に理解できていないのではないかと、鈴木氏は言うのだ。
もともと日米間で2006年に合意された現行の辺野古崎移設案にしても、当初は環境への負荷を最小化する目的で海上浮揚型のメガフロート案や杭式桟橋案などが模索されてきた。 しかし、それでは高い技術を持つ大手ゼネコンばかりが潤い、地元の土木建設業界に恩恵が落ちてこないとの理由から、最終的にはより環境負荷の高い現行の埋め立て式V字滑走路案になったという経緯がある。 V字で2本の滑走路にした方が、埋め立て面積が大きくなるからだ。ことほど左様に沖縄の基地問題は、複雑でデリケートな側面を持っている。単に辺野古の代わりの場所を見つければいいという話ではないのだ。 その意味で鈴木氏は、名護市長選挙の結果を「斟酌しない」とした平野官房長官の発言には怒りを隠さない。 鳩山政権がまずすべきことは「沖縄の声を聞くこと」(鈴木氏) なのに、それとは正反対の方向を向いた発言だと言うのだ。また鳩山内閣の他の閣僚も、普天間移設の経緯や事情も踏まえずに、 移設先に関して好き勝手な発言を繰り返していると、同じ与党の議員でありながら、鳩山政権の対応には容赦の無い苦言を呈す。 しかし、その鈴木氏でも、普天間問題への具体的な解決策を問われると言葉に詰まる。まず沖縄の声を聞いた上で、最後は沖縄に「貢献をお願いする」以外に解決方法はないだろうというのだ。 普天間移設問題をめぐる歴史的な経緯をふり返り、その解決に向けて今政治が何をしなければならないのかを、鈴木氏とともに議論した。
宮台(社会学者): この問題が微妙なのは、現状だけを切り取って議論しても足りない、というところです。やはり歴史的な経緯が重要であり、 鈴木議員もおっしゃるように、地元住民としては「基地をなくしてほしい」という思いと、 「大きな経済効果が期待できるならば、受け入れるのも仕方がない」という二つの気持ちがある。 論壇誌では、これらが「二つの勢力に分かれている」とする向きがあります。それも一部真実ではありますが、 ひとりの人間の中に二つの気持ちがあるということを見逃してはいけない。 つまり、「基地は嫌だけれど、受け入れて経済が潤うのであれば、背に腹は代えられない」と考える人も多い。そ のため、市長選にしても、あるいは住民投票にしても、少しの状況の変化で結果が大きく変わってきます。これは決して、 根本的に住民の意見が変わったわけではないのです。 ですから、その部分をうまく汲み取らずに、「沖縄の土建業にぶら下がっている連中は賛成なんだから、移設を推し進めるべきだ」とするのも、 あるいは「みんなが基地に反対しているから、撤去するしかないんだ」と主張するのも、沖縄県民の思いを掬い上げることにはならない。 平野官房長官のように、そうした沖縄県民の思いが醸成された経緯にあまりにも無頓着で、無神経な物言いをすれば、 それはカチンとくるのも仕方がない。これでは、仮に違った形のコミュニケーションをして、 沖縄県民と友好な関係を築いていれば受け入れられたはずの政策も、頓挫してしまうことになります。
神保: 普天間基地移設問題に対して、鳩山政権がまず行うべきことは? 鈴木: まずは、沖縄県民の信頼を得ること。例えば、沖縄最大の産業はサトウキビです。沖縄経済を守るために、 サトウキビに関しては政府保証価格による保護が行われていますが、これを一所懸命に推進していたのは、 初代沖縄開発庁長官を務めた山中貞則さんや、第49代農林大臣、初代農林水産大臣を歴任した中川一郎さんでした。 比嘉前市長が基地の受け入れを決断してくれたのは、これが根っこにあるからなのです。 また1988年、中川さんが農林大臣で私が秘書官だった当時、比嘉さんが市会議員代表として陳情に来たことがあります。農林省の役人が官僚的で、 アポイントがなかったために陳情書を受け取るだけで返そうとしましたが、私は「せっかく沖縄から来ているのだから」と思い、中川大臣に取り次ぎました。 比嘉さんはそれに感激されたそうで、97年に私が沖縄開発庁長官になって名護市に挨拶に行った際にも、 「私は鈴木さんに義理がある。あなたのお陰で顔が立ったから、今があるんです。話はきちんと聞きますよ」と言ってくれました。 そういう積み重ねがあってこその沖縄政策なのです。 神保: なるほど。小泉政権以前には、そうした積み重ねがあったということですね。 鈴木: 小渕元総理は、稲嶺惠一前沖縄県知事の父にあたる元参議院の稲嶺一郎氏にお世話になったということで、学生時代に沖縄から世界一周旅行に行くなど、 沖縄に親しんでいました。また橋本元総理も、厚生族として沖縄支援に尽力した実績があります。
翻って、小泉政権以後の沖縄政策を担当したのは、たまたま間違ってポストに就いたような閣僚ばかり。彼らが沖縄を知っているか、沖縄に貢献したかと考えると、 そんな例は何もありません。小泉元総理に関して言えば、厚生大臣のポストにあった97年、太平洋戦争下で沖縄から台湾への学童疎開に使われ、 不幸にも撃沈された対馬丸の捜索に際して反対の意を表し、結局は私が自腹で捜索を行いました。 沖縄県民が鈴木宗男に対してシンパシーを持ってくれているのは、そうした経緯があるからです。 マスコミはすぐに「利権があるからだ」と言いますが、人間関係の積み重ねだということを理解していただきたい。 沖縄には、人との関係を大事にして、持ちつ持たれつで生きていこうという「ゆいまーる精神」という文化がありますが、 これは一朝一夕でできるものではないのです。
395 名無しさん@13周年 Mail: 2012/12/29(土) 14:25:25.30 ID:b6+U8shk0 放射脳アーティストが移住してきたおかげでヤンバルの人間関係ズタズタ。 知り合いが名護にカフェを作ってして10数年、放射脳移住前は 「基地の事は関与せず」を貫いてきたので(彼の持論は”基地問題に移住組が口を挟むのはおかしい。基地で迷惑被るのも利を得るのも地元の人だから”) 今までこれといったトラブルなかったが、UAあたりがヒッピーみたいな連中を引き連れて店に出入りするようになってから、空気がおかしくなったって。 まずにわか移住組や観光ついでに座り込みをやりにくる連中、ヘンテコリンな宗教紛いの団体が店に来はじめ、比例するように地元の人が来なくなった。 そいつらの態度がかなり目に余るある上に、地元の仲良くしてもらってる人から「お前の店、移住斡旋の拠点になってるって噂だぞ」と聞かされ そいつらを出禁にしたら、度々嫌がらせ受けてるらしい。 先日久々に沖縄遊び行って顔を出したら「あいつら人間関係引っ掻き回して疑心暗鬼に陥らせるのが目的。まるっきりオウム。」と、 ちょいと白髪が増えた頭を撫でながら言ってた。
ムネオの話されても普通はかえって嫌悪感しか出てこないぞw 県選出だった議員でいえば、下地も沖縄の評判下げまくりだな。 県外からはどうしても琉新と沖タイが県民の意思のように見えるし、だから真意を自分から知ろうとしない 本土人が悪いってなっちゃう?
>>544 いや沖縄ってのは元来は本島の島名だから本島だけが沖縄だよ
宮古と八重山は便宜的に沖縄県に入れられてるけど沖縄じゃない
>>549 >温暖な気候と豊かな自然を持つ沖縄は本来は基地など無くても十分にやっていける。
このへんなんかこのスレの住民が猛烈に突っ込みそうなw
>>539-540 母音を下げる方向に同化ってことだね。
>>532 では寝ぼけたことを書いてしまった。
この現象が新しくて、もし北奄美だけで起きたものなら、
『おもろさうし』の「こに」とかはまた別の話じゃないか?
また思い出したように馬ネタ。 弥生時代の日本にはまだ馬がおらず、古墳時代になって導入したと考えられている。 また、馬飼を含めた外来技術を取り入れた畿内の政権が、 蝦夷や隼人といった辺境の「未開」な集団を征服したと思われている。 というか、蝦夷や隼人は別言語を話す異民族とみなされることすらある。 でも、蝦夷や隼人を馬飼と結びつける記述が結構あるんだよね。 これは説明が必要だと思う。 『扶桑略記』養老二年八月十四日条 「出羽并びに渡嶋の蝦夷八十七人来り馬千疋を貢す。則ち位禄を授く。」 井上辰雄氏は、肥人はコマヒトと訓むべきとされ、 「いわゆる肥の国の人の意味ではない。肥人と『駒』との結びつきが強いことから、 隼人の中で、とくに駒などの飼養にあたっていた部族に名づけられたものであったらしい。 『肥前国風土記』松浦郡値嘉郷の条 「彼の白水郎は、馬・牛に富めり。(中略)此の嶋の白水郎は、容貌、隼人に似て、 恆に騎射(つねにうまゆみ)を好み、其の言語は俗人(くにひと)に異なり。」
559 :
マンセー名無しさん :2012/12/31(月) 01:38:19.01 ID:VhOCtrXC
>>558 >でも、蝦夷や隼人を馬飼と結びつける記述が結構あるんだよね。
>これは説明が必要だと思う。
確かに。日本刀の起源となった蕨手刀も、
蝦夷由来の騎兵刀だし。
つーか別に騎兵なくても天下とれるんじゃないか?
食い物と金を一番持ってるのは近畿なんだから、
貧しい蝦夷にしてみれば、
あっちに味方した方が得って考える連中も出てくるだろう。
蝦夷がチンギス・ハーンみたいに大同団結すれば別だが、
そんな話はないし。
そもそも騎兵>歩兵ってわけじゃないし。
騎兵は機動性には優れるが、攻撃力は歩兵の方が高い。
結局のところ、二つを組み合わせるのが一番良い。
560 :
マンセー名無しさん :2012/12/31(月) 02:19:39.41 ID:3czmMSW6
>>558 隼人は海人族
馬飼いや猪飼いは半島から百済人によって連れて来られた奴隷
後の部落民のはしりだとか
>>560 海人族ってたまに聞くけど、よくわからん
安曇氏とか宗像氏とか福岡が拠点だろ
いわゆる典型的な弥生人なんじゃないの?
蕨手刀が騎兵用っていうのは最近否定されつつあったよね。 蝦夷での騎兵の主力はやっぱあくまでも弓矢で、馬上での太刀打ちの為に 進化したわけではないってことで。
563 :
マンセー名無しさん :2012/12/31(月) 12:55:01.77 ID:wNIho5go
>>562 マジか。確かに言われてみたら
馬上から振るうにしては刀身が短いな。
まあモンゴル人も、刀は短刀しか持ってないし、
必ずしも太刀打ちは必要ないという事か。
>>561 海人族は二種類いる
船乗り系と 素潜りで漁をする系
隼人は後者で 宗像や安曇は前者
宗像や安曇が渡来系弥生かどうかは知らないが
入墨している事から渡来ぽくない
大陸では入墨は罪人の印だし
>>564 なるほど
そういえば、隼人って刺青するんだっけ?
琉球人の刺青習俗も気になる。
松本建速『蝦夷とは誰か』は、 「古代日本国の文献で蝦夷と記された人々の大部分は、 東北北部における縄文時代以来の居住者なのではなく、 7世紀以降に古代日本国領域から移住してきた人々であった」(4-5頁) とし、蝦夷は古代日本国の創作だと主張している。 創作の理由は、初期は国家としての体裁が整っていることを中国に示すため、 後には、国司らが不当な私的貿易を行なっていたのを隠蔽するため、としている。 蕨手刀については6章3節で議論している。 松本は、蕨手刀は実戦向きではなく、儀仗刀あるいは威信財だとしている。 このスレには刀剣類に詳しい人がいるので、意見を聞いてみたい。 松本は蝦夷を扱っているんだけど、 隼人についても同様であった可能性を検討した方がいいんじゃないかと思う。 松本は、蕨手刀の出土地は黒ボク土の分布とかぶっており、 黒ボク土は馬飼適地だとしたうえで、九州にも少しだけ言及している。 「九州南部の蕨手刀出土地域も火山地域であり、古代において高名であった 日向馬の産地の周辺なので、馬飼があったと考えられる」(137頁)
ハヤト域は古い馬が点在してんだろ。宮崎、トカラ、与那国。牛もそうか?
>>565 隼人も入墨してるね
時代が変わって古墳〜奈良あたりになると
猪飼いや馬飼い等の畜産業の人や
罪人に入墨をするようになったとか
隼人は入墨の他に竹取物語や竜宮伝説 隼人舞に見られる海幸山幸など南方要素がかなり強い 神武天皇の記に見られるように隼人と天皇家の繋がりもwktkする 神話に出てくる竜宮の姫(海神の姫)は隼人じゃないかと思ったり 神武天皇東征の時に神武に付き従って警護してたのが隼人
>>566 ↓を思い出した
867 名前:名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2012/12/12(水) 18:43:17.93 0
ヒコ○○やタケ○○が隼人の言語センスなのか知りたくて、『古代氏族系譜集成』という本で隼人系貴族の系譜を調べてみた。
火酢芹命-天曽利命-岐邉乃命-@刀乃伎命-比志毛智命-大口命-曽於邉命-須多伎命(大住直)
@-A石凝別命-刀間見命―阿多須見命(阿多忌寸)
A-諸日登命-伊間斯理命-B夜麻等古命(坂合部)-大久斯宇志命-玉見命-伊具足尼(薩摩国造)-焼石君
B-弟久斯古命-大川命-D五百原命-八十敷命-C舩主君(蝮壬生首)
C-多利之登君―和多利古君(工造)
D-玉手古命-恵伊祢命(加志公)
D-邇保主命-邇倍宿祢命-阿良古連(坂合部連)
隼人も大倭人とそんなに変わらない名前をしてる
古事記だと、筑紫島の日向国を表す神を豊久士比泥別と呼んでるし、天孫降臨の地は久士布流多気で、クシがつく名が見られる
クシ(櫛)って、よく出雲の神話や人名に見られるから、疑問に思ってた
もちろん、よく記紀関連で聞く不比等の陰謀で、隼人系の地名や人名を書き変えた可能性があると思うけど、
そもそも日向には九州最大の古墳群があるんだから、大倭からの移住者である可能性も捨てがたい
下手な引用してしまった…
系図までが引用で、下の2パラグラフが自分の意見
>>568 隼人が刺青をしていた、というのがのってる記録って何?
自分は一次資料で確認できてなくて、知ってたらおしえてください
572 :
マンセー名無しさん :2012/12/31(月) 17:12:09.59 ID:mQeiy3hT
>>566 >松本は、蕨手刀は実戦向きではなく、儀仗刀あるいは威信財だ
この論拠は
「柄がショボい。木づたを巻きつけただけの柄には
兵士の心意気が感じられない」
という事なんだけど、
それ言ったら石器時代の石器も威信財かよ!
兵器は初めから中世日本刀でなければならないのか!
むしろ木づた巻きつけただけのショボい柄の方が、
威信財として問題があるだろ。
木づたを巻きつけただけの柄は、とりあえず
「故障はしにくい」という実用的な利点がある。
ただこの人の指摘で興味深いのは、
「蝦夷は馬飼いだが、他方、アイヌは馬とはほとんど関係ない。
両者は別民族である可能性が高い」という点。
確かにその通りだと思う。
>>571 一次資料というか推察だな隼人の入墨
久米氏が入墨をしていたという記述は黥利目である
久米氏はクマヒト・コマヒトともあり
隼人と同じ地域なので隼人と同族の可能性が高い
隼人と同じく久米氏も神武に付き従っている
574 :
マンセー名無しさん :2012/12/31(月) 17:27:00.24 ID:mQeiy3hT
蕨手刀の長さについては、この人も指摘してるが、
長くても60p程度で、最大でも打刀程度の長さしかない。
確かに馬上から太刀打ちに使ったとは考えにくい。
ただモンゴル人だって、基本的にそんなに長い刀は持ってないからな。
http://img01.naturum.ne.jp/usr/koujouchou/action2.jpg ぶっちゃけサーベルとか、
普段使いには長すぎて向かない。
戦闘専用にしか使えない。
そんな道具をそろえる金は無かった、というだけの話じゃないか。
フン族とかも、投げ縄と弓矢(連中は最初は骨角器の鏃を使ってた)
については早くから記録が見られるが、
元々騎兵刀は持ってなかったみたいで、
刀剣についてはササン朝式のクソ長い直剣を丸パクして使ってる。
【奄美・沖縄】琉球諸語/琉球方言 4【宮古・八重山】
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/dialect/1349018951/ 256 名前: 名無す Mail: 投稿日: 2012/12/29(土) 05:00:47.73 ID: K+fOH51A
鹿児島
http://www.osumi.or.jp/sakata/hougen/0nsei/kiiti2.mp3 鹿児島もアクセントとか沖縄に似とるよな
今の沖縄のアクセントは鹿児島に征服された影響?
257 名前: 名無す Mail: sage 投稿日: 2012/12/29(土) 09:33:18.59 ID: AQ8USqu5
九州諸方言にあるアクセントの体系のほぼ全てが琉球諸方言にあるからな。
全琉球で統一されたアクセントみたいなものは無くて非常に多様性に富んでいる。
薩摩の征服ほど新しい話ではないが、古代から中世に
九州人が各地からバラバラと移住してきて言語も伝えたということだろう。
258 名前: 名無す Mail: sage 投稿日: 2012/12/29(土) 10:05:16.49 ID: AQ8USqu5
例えば、九州方言に多い形容詞のカ語尾が奄美大島北部と宮古にあったり、
中舌母音のeが宮崎の山奥とトカラの宝島、奄美の北三島、八重山の一部にだけあったりする。
個々の語彙についても、一語一語について等語線を引いていくと
九州本土に線が引かれたり、奄美と沖縄の間、久米島と宮古の間に引かれたり、
全く飛び飛びになったりする。方言地図でググれば出てくるから見てみるといい。
琉球「語」という言い方に囚われると「トカラと奄美の間にきっちり線が引かれるはず」という
固定観念を持ってしまいがちだけど、そうとも限らない。
特に奄美方言は、一応琉球の側に分類されてはいるが、
南九州の延長・古琉球の元祖・統一琉球(中山)王国の周縁・薩摩の植民地
という複雑な歴史的側面が、言語にも現れているように思える。
>>573 なるほど
でも隼人については、なんで黥利目と書かなかったのか、っていう疑問が残る
>>576 そうだね
隼人は熊襲と同じく謎が多いから
憶測や推察でしか語れない
阿多隼人 大隅隼人 日向隼人etc
天皇警護してたり、はたまた朝敵だったり
肥人、熊人、久米が隼人の別称説があったり
九州南部だけに隼人が居たの?と言えばそうでもない 九州北部にも隼人の痕跡がある
逆に隼人の南限はどこまで? 新唐書に「邪古・波邪・多尼」とあって 多ネ隼人は隼人に入る 屋久島も一応入るのか? トカラは度感が徳之島とどちらを指すのか不明 奄美以南はどうなんだろう?
>>579 ヤク・ハヤ・タネ
と並べて、タネが隼人になるのは何で?
>>579 恐らく一部台湾迄くい込む。中国の動向と云いもう政治的にヤバイ。
>>581 そんなこと言ってたら「倭人」だってヤバいネタですがな、元々は中華本土に居たわけで。
あけおめ いよいよ今年は尖閣周辺で小規模紛争が起きる年だね その上、尖閣諸島はおそらく人民解放軍に占領されて安倍でさえ手出し出来なくなる 中華人民共和国琉球省にとって歴史に残る年ですよ
あけましておめでとう 今年もゆたしくうにげーさびら
>>583 と言う年明けの君の願望なんですねwww
さて。君に質問するが、
沖縄には在日米軍の基地が複数ある。これをどうするんだね ?
基地反対派がコミーと知れている今、反対運動になんか効果は無いぞ。
尖閣もそう。オスプレイを何の為に去年配備したのか、
その意味をいい加減に理解しても良いんじゃないのかね ?
コミーどもが阻塞気球紛いの風船や凧揚げをしたって、
結局、あれは沖縄から無くならなかったんだがw
>>582 呉越の後継者として
漢民族に支配された華南地方を倭人が取り戻す!
こんなん論を中国人にふっかけたら火病るかなw
上海や山東あたりは倭人と縁深そうだ
一時漢民族の否定に動きかけたがなり潜めたw 連中の方が遥か上行ってる感じ基地外に天井は無いだろうがな。
>>572 ,
>>574 なるほど。蕨手刀にも実用性があるんだね。
モンゴル人が実戦でどれくらい刀を使ったのか知らないけど、
少なくとも戦闘集団が持っていてもおかしくないのか。
あと、松本は、古墳に埋葬された鉄鏃から弓の長さを推定すると、
アイヌが使うような狩猟系の短弓ではなく、日本的な長弓だろうとしてる。
しかし、墓の副葬品がどれくらい実態を反映しているかは怪しいと思う。
なるほど 大和と蝦夷の文化は別に切り離されてるわけでもないんだな
593 :
マンセー名無しさん :2013/01/05(土) 18:41:48.26 ID:2cFjmbDj
NHK大型時代劇『火怨・北の英雄 アテルイ伝』 BSプレミアム 1月放映予定 全4回 地上波 3月放映予定 総集編全2回 原作 高橋克彦 阿弖流為- 大沢たかお 母礼- 北村一輝 坂上田村麻呂 - 高嶋政宏 桓武帝 - 近藤正臣 ちなみに岩手県震災復興支援という名目でドラマ化 福島県支援は「八重の桜」 宮城県は・・・?
独眼竜でも再放送すれば一番良いんじゃね?
懐疑主義者は在日朝鮮人 ストーカー的に難癖を付けスレを荒らすのが目的。
とチョンギルが妄想ぶっ放してます。
597 :
マンセー名無しさん :2013/01/07(月) 12:03:15.85 ID:3NJZAoEC
>>593 坂上氏が渡来系氏族とされるってとこはハン板ネタになるかw
まー変な抵抗史観にならなきゃいいけどね。
598 :
マンセー名無しさん :2013/01/08(火) 21:28:25.40 ID:Fd9X+WiO
>>574 馬上から使うには、という話だけれど、その松本さんという人は
当時の日本の馬の品種については計算に入れているのかな
ひょっとしたら現代の競馬場で見るようなデカいサラブレッドやアラブ馬をイメージしていないか
日本の馬にしても、昔の蒙古人の馬にしても、もっとうんと小さいのではないかな
599 :
マンセー名無しさん :2013/01/09(水) 11:47:39.98 ID:MEah6zo0
日本在来馬は発掘調査での骨の計測からしても、肩高120-140cmの範囲内だったよね。 サラブレッドと比べれば30cm以上低いけど、だから武器がとどきやすいってのはどうか。 近藤好和は、日本の騎乗戦士は6世紀からずっと弓射騎兵であったっていってるよな。
>>599 ということは、昔の刀剣の類を使った戦いは、
馬から降りてガチャガチャしてたんかな。
それとも弓矢が尽きると馬上から〜ってしてた?
どちらにしても推測の域を出ないけど面白い。
601 :
マンセー名無しさん :2013/01/10(木) 18:14:18.39 ID:Rn+laxnQ
朝鮮ネタでやっと関係のありそうなものが。 KBSで昨年12月から放映開始されたばかりの連続時代活劇「田禹治(チョン・ウチ)」。 ストーリーは、洪吉童が征服して治めた南海の粟島国、ここで悪の道術師が島民を虐殺して 朝鮮に渡り、その魔の手を伸ばそうとしていた。 洪吉童の弟子である正義の道術師田禹治は、殺された師匠とその孫娘だった恋人の仇をとるため 後を追った、と。 原作は17世紀に書かれた「田禹治伝」。 というわけで「洪吉童伝」のスピンオフなんですな。 ただし、粟島国=沖縄的なことは一切言われていないようだし、沖縄のアカハチ=洪吉童で 観光振興しようとした韓国大好きな皆さんもさっぱり触れてないですよね。
602 :
マンセー名無しさん :2013/01/11(金) 21:38:03.10 ID:aeeqH4Q7
日本人と朝鮮人が似ていることを意地でも認めたくない腐れナイチャー荒らしにとって、 島人魂の書き込みは本人にとって屈辱的であるはず。 それでも島人魂に反撃しないということは、すなわち腐れナイチャー荒らしが島人魂の書き込み内容をすべて事実であると認めている証拠。 承服できないなら島人魂に反撃するはずだが、反撃しないということは自分たち日本人が朝鮮人、あるいは中国人に似ていることを認めたも同然。 364 :島人魂 ◆3zNBOPkseQ :2013/01/10(木) 23:38:40.78 ID:oMfK1JNrO 全身に毛が生えてるのが沖縄人 全身の毛が薄いのが 日本人 中国人 朝鮮人 彫りが深いのが沖縄人 彫りが浅く のっぺり顔なのが 日本人中国人朝鮮人 色が浅黒いのが沖縄人 色が白いのが 日本人中国人朝鮮人 日焼けして黒くなるのが沖縄人 日焼けして赤く火傷するのが 日本人中国人朝鮮人
603 :
マンセー名無しさん :2013/01/11(金) 21:38:41.30 ID:aeeqH4Q7
あと、腐れナイチャー荒らしは「ナイチャーの悪口を書いてるのは一人だけ」と嘘をついていたが、 俺以外にもナイチャーの悪口を書いてる人がいることが証明できた。 荒らしの腐れナイチャーが島人魂に反撃しないのは、俺と島人魂が別人だと思っているからで、 もし同一人物だと思っているなら、俺と同じようなことを書く島人魂にも反撃するはず。 反撃しないということは、腐れナイチャー荒らしが俺と島人魂が別人だと思っている証拠。 332 :島人魂 ◆3zNBOPkseQ :2013/01/10(木) 23:07:21.47 ID:oMfK1JNrO 人種別 判断テスト 見分け率 沖縄人 85% 日本人 5% 中国人 5% 朝鮮人 5% ※沖縄人は8割以上の確率で見分け出来るが 中国人 日本人 朝鮮人の3ヵ国はDeNAが近い為 ほとんど見分ける事が出来ない!
604 :
マンセー名無しさん :2013/01/11(金) 21:54:43.01 ID:qJX80X9o
なんか意味不明なのが沸いてきたけど DNAのクラスタ的には日本人と沖縄県民一緒って こないだも発表あったじゃん
モバゲー(DeNA)とハンゲが似たり寄ったりだと言いたいんじゃないか?
607 :
マンセー名無しさん :2013/01/11(金) 23:35:38.66 ID:aeeqH4Q7
一般的に島国の動植物は大陸部に比べて劣弱で、それゆえ外来種が跋扈していると考えられる。 これは日本劣等の島猿にも言えることだよな 日本劣等の島猿が短小なのも隔絶された島国で繁殖してきたためと思われる。
”短小”という言葉にコンプレックスがあるらしい
609 :
マンセー名無しさん :2013/01/12(土) 00:05:58.39 ID:RQqU3fp/
9cm砲がなんかほざいとるw
610 :
マンセー名無しさん :2013/01/12(土) 08:32:01.14 ID:4hz2kGOv
アナゴwwwww
611 :
マンセー名無しさん :2013/01/12(土) 09:09:18.15 ID:IFr2/Eo7
>日本劣等の島猿が短小なのも隔絶された島国で繁殖してきたためと思われる。 沖縄も島なんだけどなw 朝鮮人さんは日本を罵倒して語るに落ちたって奴?自爆が痛いねw
612 :
マンセー名無しさん :2013/01/12(土) 09:28:39.12 ID:4hz2kGOv
613 :
マンセー名無しさん :2013/01/12(土) 10:22:44.24 ID:mNVt8Kjs
614 :
マンセー名無しさん :2013/01/12(土) 10:39:18.20 ID:F4oHxHEa
>>593 昨日のアテルイ、やっぱ原住民を無意味に虐げるヤマトってありがちな展開だった。
まあそれはともかく、武装の考証では官軍はわりとそれっぽかったか。
でも蝦夷は蕨手刀も出てきたが、弓は大陸の合成弓にしか見えないw
異文化強調にしても・・
遡上した秋鮭をつかみ取りするシーンのすぐ後で、儀式にささげられた鮭が沖合い漁業での
銀鮭だったのはご愛嬌。
実際アテルイを題材にとって、それ以外の展開をもってくるのは難しいんじゃないか?
そのくせ元寇とかじゃ、侵略側を妙に持ち上げる犬HK
617 :
マンセー名無しさん :2013/01/12(土) 16:33:28.24 ID:IFr2/Eo7
>>616 元の樺太侵出もドラマ化すれば良いのにね
アイヌの樺太侵略にたまりかねたウィルタが元に救援を要請
正義に燃えたとある元兵が活躍する物語とかw
樺太はもともとアイヌもギリヤークも 混在していた島だよ。
「もともと」をいつの時代に置くかで話が変わってくるのでは?
620 :
マンセー名無しさん :2013/01/14(月) 11:58:53.97 ID:+GvFueY7
「歴史群像」の今月号に蝦夷征討の特集記事があって、そこにNHK「アテルイ」の官軍・蝦夷側画像が白黒で 載ってるから見てみるといい。 官軍は律令体制下の軍装にしても、古墳時代のイメージそのままな気がする。髪型は髷を結ってるけど。 何よりもあの謎の緬襖甲が登場してないからな・・謎だけに復元が出来ないにしても。 蝦夷は蕨手刀を手に騎馬突撃してるけど、サラブレッドだと確かに敵兵の頭に届かないんじゃないかと思える。 ちなみに歴史群像には以前、上里氏も「琉日戦争」の要約記事を寄稿してるね。
621 :
マンセー名無しさん :2013/01/15(火) 12:35:16.39 ID:VnsQ1iQB
>>618 アイヌ文化が成立したのが13世紀で、ちょうどそのころ、和人との交易品の鷲羽を手に入れるために
樺太に侵攻したと考えられてるようですね。
アイヌ文化は樺太起源のオホーツク文化に影響を受けているが、アイヌ人そのものはそれ以前樺太には
住んでいなかったと。
だから
>>617 みたいな話も出てくるわけで、中山が奄美先島を征服したのと比べても、明確に異民族への
侵略ってことになるんじゃないでしょうか。
>>621 沖縄諸島と奄美、先島諸島が異民族という
根拠はなんですか?
そもそも異民族という定義は? 本土人と沖縄島民が異民族という根拠もないわけだし
624 :
マンセー名無しさん :2013/01/15(火) 17:29:06.15 ID:VnsQ1iQB
書き方間違いました。 ×中山が奄美先島を征服したのと比べても ○中山が奄美先島を征服したのと違って アイヌ、ニブフ、ウィルタ、それぞれ系統が違う民族だから、よくいわれる侵略がどうこうって 言葉の扱い方からすれば侵略そのものですよね。
625 :
マンセー名無しさん :2013/01/16(水) 12:57:51.25 ID:eeyrgziA
宮古の与那覇勢頭は沖縄人と言葉が通じなかったそうだが、本人達は互いを異民族なんて思ってたりしたもんかね?
沖縄はある意味、異民族の集合体w 島が違うのは異民族、同じ島内でも集落が違えば異民族w 集落名で○○ンチュ直訳すれば○○人だし そこいらの概念は離島や奄美は違うの?
>>625 島津と琉球は?>言葉
ちなみに、「民族」の定義なんて20世紀からのものでしかないし。
628 :
マンセー名無しさん :2013/01/17(木) 22:29:14.32 ID:dXBWCIaR
62 名前:ウホッ!いい名無し… 投稿日:2012/12/19(水) 12:50:49.29 ID:SULuGvwk
日本人と沖縄人の人種の違いを説明してください。
63 名前:島人魂 ◆3zNBOPkseQ 投稿日:2012/12/19(水) 12:51:17.35 ID:0RfGCGvL
>>62 日本人と沖縄人は遺伝子レベル(DNA)からして違う
異なる人種
沖縄人はアイヌ人と近いDNA
日本人は中国朝鮮人に近いDNA
これは最近のNEWSでも明らかにされました。
64 名前:ウホッ!いい名無し… 投稿日:2012/12/19(水) 12:51:44.00 ID:SULuGvwk
>>63 分かりやすい説明ありがとうございました。
私もまったく同感です。
沖縄人が自分たちは日本人と異人種・異民族だと考えていることがよく分かりますね。
どこのコピペか知らんけど 自演するならもっとうまくやれよと思う
>>626 シマ民族主義はむしろ離島や奄美のほうが強烈ではw
そうそう、本島が琉球民族という文脈を使う時は 自分たちのイデオロギーに都合がいい時だけ 彼らの主張に込められた言葉や感情に血が入ってる印象も薄い 全て自分たちの主張に都合がいから、歴史も利用するし離島も利用する。 そもそも琉球王国という組織は、南西諸島土着で培われたとはほど遠い印象だしね 沖縄戦や薩摩の琉球入りを利用する時と一緒 彼らは民族という概念が利用出来るから使ってるだけで、何の思い入れもない
沖縄本島と奄美大島が異民族と言う根拠と 沖縄本島と日本本土が異民族と言う根拠を 教えてください
>>632 民族は政治だよw
あんまマトモに相手するな。まあバックに軍事力は必要だがな。
トマ・ペラールの「日琉祖語の分岐年代」
ttp://www.academia.edu/2374529/_ 言語学の知見を考古学・人類学の見解と統合して、
日琉祖語の分岐年代と琉球列島への伝播年代の推定しましょうといういつもの話だけど、
めずらしく日本語の論文だし、一読してみて。
言語学部分の結論はこう要約されている。
日琉祖語の分岐を奈良時代以降と想定したら説明できない特徴を琉球諸語が数多く保持しており,
中古・中世分岐説が成り立たない。しかしそれと同時に,琉球祖語が中古・中世日本語と接触していた証拠もある。
前半については服部四郎が半世紀くらい前から言っていることで、目新しいことはないけど、
後半については、漢語の借用から接触時期を推定するというのははじめて見た。
結論的にはこうなる。
【琉球諸語と中古及び中世日本語との共通点】が琉球祖語の形が再建可能なので
琉球列島に伝播する以前の段階に琉球祖語によって借用されたと考えられる。
そうすると,琉球祖語と日本祖語が分岐した後にかなり遅い時代まで隣り合って接触してきたと考えたら,
上の矛盾も問題なく解決される。その借用語が9〜13・15世紀の間に取り入れられ,
接触は少なくともその時代まで続いたと思われる。
「日琉祖語の分岐時代が8世紀以前,つまり日本の有史以前」というのは別にそんなに驚くことじゃなくて、 他にも、万葉集から断片的にうかがえる上代東国方言も、畿内の言語と分岐したのは有史以前になる。 上代東国方言の特徴は現代の東日本の言語ではほとんど失われているから、 万葉集の時代以降に畿内の言語によって置き換えが進んだことになる。 琉球諸語は東国方言ほど強烈には畿内の言語の影響を受けなかったってだけだと思う。 考古学・人類学の見解も考慮した「総合的なシナリオ」として、トマ・ペラールは以下を提示する。 琉球祖語の伝播が貝塚時代に行なわれなかったと思われる。 逆に,(原)グスク時代は九州からの移民によって狩猟採集社会から農耕社会への 急な転向と人口の急激な増加をもたらした時代で, 琉球祖語の伝播時期と見做したほうが妥当である。 しかし、そうは言っても、中世日本語の時代まで琉球祖語の話者がいた場所を 九州本土に求めようったって、候補が見つからないだろう。 やっぱ奄美がキーになるんじゃないかという予感がする。
中国が血眼に成る貝領域だぜw
奄美から与那国までをひっくるめて仮に琉球と呼ぶとするよ。 問題は琉球的なものとは何かってこと。 文化的な要素で奄美から与那国までで共通するものとなれば、 江戸時代は奄美は薩摩が直轄支配していたから 江戸時代より前からあったものじゃないといけない。 だとすると家譜とか唐名は琉球的ではないことになる。 つまり琉球士族は琉球的なものからの逸脱なんだよねw
琉球っていうのは、日本や大陸のように他律的な物があって初めて成立する一種のイデオロギーだからね 奄美から与那国に土着で根付いたものではないというのは俺の印象だな。 ある種の人たちにとっては「琉球」はとても都合良く扱える魔法の呪文でさ、それは沖縄の人間だけでなく内地の人間にも言えるんだが それに惹かれる残念な人はたくさんいるね。いい意味にとらえれば、その呪文を唱えると夢を見ることが出来るのかもしれないがな。 この地域の根源的な土着性に戻るなら、むしろ琉球ではなく誇りある南海の土人にまで戻りたいね 大陸と大和の間で他律的に存在する「琉球」なんて、そのイメージを売り買いする商売人か、騒ぐことが存在意義のプロ市民か 他律的に存在意義を確認している自分探しの夢見る年寄りか、馬鹿な若者しか魅力を感じないと思うな
過去は過去、歴史は歴史、それらを無かった事には出来ない。 イデオロギーに囚われてるのは、偏向史観の学者もアンチ琉球の離島も一緒。 ただ歴史を学ぶのでは無く、歴史を貶すことだけに終始する。 旧日本軍は悪!と声高に叫ぶ連中と何ら変わりない。
語感として沖縄や八重山や宮古や奄美より美しいって一点が 一番大きいんじゃないかな。琉球王国へのノスタルジーは。 字面だけ見ればこれらとは比較にならないもの。 それに接待に国の命運がかかっていたから国力に不相応な 工芸品や料理や菓子や酒を作り出した。血と涙の結晶では あっても父祖が作り出した宝であることには変わりないし、 大戦で破壊されて大半は劣化したとはいってもなお美しく、 最盛期に戻したいと思わせるものであることにも変わりない。
641 :
マンセー名無しさん :2013/01/22(火) 11:15:44.35 ID:U7GAgEF7
戦前に文化財指定されて戦災で失われた城郭建築や工芸品は山ほどあるわけだが、 首里城その他の復元が全額国費で賄われてしかも一部だけで終わらないって言うのは、 少しばかり国と他県民にありがたみを感じてくれたってよさそなもんだとおも。
>>640 釣り針でかいなあ・・・638と同一か?
色眼鏡で歴史を見るのが、お好きなようで。
>>641 首里城の地下に総司令部置いといて復元費出すから
有難味を感じろって言われても微妙だろ。
>>643 お前はあそこが首里城地下に見えるのか?
川を挟んで10kmぐらい離れてるんだがな、ずいぶんと首里城とやらは大きいんだな、江戸城の比じゃないぞ。
>>644 海軍司令部を32軍司令部と混同してない?
>>634-635 隼人語は古くに分岐した日本語族で、琉球諸語は隼人語の末裔
という線を前から考えてるんだが、どうかな。
ゆとり世代ナイチャーは 日本軍が首里城を司令部にしてたこと知らないんだな。
648 :
マンセー名無しさん :2013/01/23(水) 10:29:27.69 ID:yUpIfSTb
首里城を避けて民家でも取り壊せばよかったのかな。 旧陸軍連隊は城下町の城跡に置かれる例が多かったから、どっちにしろ戦争と無縁ではないな。 本土では観光用に本来の歴史上ありえなかった天守閣が、昭和三四十年代にばんばん建てられたけど、 それの反省で平成に入ってから、伝統工法前提で江戸時代の図面か戦前の詳細な資料が残っていなければ 許可が出ないし、現代の消防法に準拠する扱いを求められるから、厳密には櫓なんかは人の立ち入りが出来ない。 郷土の誇り以上に観光目的が強いのにねw それに資金はあくまでも地元負担。 首里城は戦前の写真を元にしても、外観だけの復元も許されているのだから恵まれてるよ。 どこでも以前の守礼門みたいな、ぽつんと一件だけ復元が普通だ。
>>648 写真じゃ無いだろ。図面が何処かの大学かに保存されてた観たいだ。色は想像復元らしいが。
650 :
マンセー名無しさん :2013/01/23(水) 11:36:52.60 ID:36SUXG73
>>648 首里城は国有だし
資金がどうたらは国有かそうで無いかの違いだろjk
嫉んでんじゃねーよ
651 :
マンセー名無しさん :2013/01/23(水) 17:28:47.90 ID:yUpIfSTb
お国のやることに文句つけんなだったら、もう少し沖縄県民は国の方針に従ってくれてもいいんじゃまいかw
652 :
マンセー名無しさん :2013/01/23(水) 20:34:35.26 ID:awyO6RzD
何いってるのかわかんないw
>>646 トマ・ペラールは隼人末裔説に否定的だね。
畿内の日本語の時代区分として、上代語、中古語、中世語というのがあるんだが
隼人は上古語の時代の集団にあたる。
でも2.2で解説されているように
上代語にはまだなくて、中古語以降に発達したはずの文法形式が琉球諸語にも見つかる。
この人は慎重に、書き言葉に取り入れられるのが遅れただけで上古語の時代からあった可能性や
同じ変化が並行して起こった可能性も挙げているけど
琉球諸語が祖語の段階で、中古語や中世語との接触を通じて獲得したと考えるのが自然だろう。
どれくらい密接な接触があったか気になるところだけど、感覚的にしか答えようがない。
文法形式の借用はヘビーだから、交易で年に一回会うぐらいじゃ全然足りないと思う。
でも東国方言よりずっと独自性を残しているから、東国ほどの接触はなかったはず。
さて、この条件にあいそうなのはどこの誰?
民族分離したって奄美との間に万里の長城以上の強烈なシールドがあるわけじゃねぇからよ。 政治的なもんだ。
24 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2012/01/04(水) 14:23:26.95 ID:UJWVGabp
安→安本→孫 朝鮮人→偽日本人→偽中国人
53 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2012/01/04(水) 14:43:32.20 ID:hz6VB/t7
孫も偽名じゃないの 元々は安だろ
創姓改名を地て行った男
安 → 安本 → 日本人嫁を孫に → 自身も孫に(出自も捏造)
181 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2012/01/04(水) 21:13:45.80 ID:2IXFxRfM
安正義
↓
安本正義
↓
孫正義
頭おかしいんじゃないのかこいつ?顔は金玉みたいだけどwww
顔面金玉 正義君の父親である安本三憲は、戦後日本に密入国し、密造酒を造り、
闇金融業へ転身し、さらに朝鮮玉入れ屋(パチンコ屋)に転身し、犯罪に犯罪を
重ねて財産を築いた極悪朝鮮人だ!
http://blog-imgs-44.fc2.com/d/e/l/deliciousicecoffee/2012091307353940e.jpg 孫正義は「孫家はもともと中国籍だし、韓国に亡命してから二十五代の間は
韓国籍だし、…僕の血には、中国のDNAと韓国のDNA…。」などと言っているが、
支那がルーツというのも大嘘だwwww。孫正義の日本名は「安本」だった。
656 :
wwww :2013/01/24(木) 00:34:53.60 ID:jvOjoXuo
在日たちは占領した一等地で事業を始めました。
それが「パチンコ」です。 今でもパチンコ業者の8割は在日です。
パチンコは30兆円産業。何と自動車産業よりも規模が大きいのです。
パチンコ業界は脱税と、北朝鮮への送金で知られます。
「日本のパチンコがある限り、我が国は安泰だ(金正日)」
日本の政治家にもパチンコの金が流れています。
だから「パチンコ、パチスロはギャンブルではない」等という馬鹿げた論理が
まかり通っているのです。
強制連行は確かにありましたが、戦後ほとんどの人は半島に帰国し、
日本に残ったのはたった275人だと確認されています。今、いる在日は
そのほとんどが密入国者でした。 ソフトバンク孫正義さんのお父さんが、
手記で事実を述べています。
彼等在日は、教師になり、教育現場で日本人は悪い事をしたと捏造歴史を学童に
洗脳して、学童が大人になっても、寄生しやすいように工作しています。
日本人の良心を利用し、韓国人は寄生しているのです。
京都朝鮮学校の公園不法使用に抗議デモ
http://www.youtube.com/watch?v=zlZYW2dyVnA チョンコロ嫌いには笑える動画
反京都朝鮮学校 大荒れデモ
朝鮮学校暴力教師 顔真っ赤
7分過ぎから大荒れ 8分30秒過ぎは爆笑WWW
657 :
wwww :2013/01/24(木) 00:36:39.41 ID:jvOjoXuo
センター試験問題「ミートソースは“キムチベース”がおいしい」に受験生戸惑う
実際につくる猛者も… 13/01/22 17:10
1月19日・20日に実施されたセンター試験で、受験生が耳を疑うような問題が出題されたと
話題になっています。事件が起こったのは1日目「英語リスニング」の試験中。
『ミートソースのつくり方』についての英文が読まれるなか、なぜか「キムチベースを
入れるとおいしい」という旨のセリフが流れたそう。大学受験予備校 東進ハイスクールが
公開している今回の問題用紙にも「Kimchi base」とはっきり書かれています。
http://blog-imgs-44.fc2.com/d/e/l/deliciousicecoffee/tw_center_2_jpg_pagespeed_ce_sfvdCwfWc9.jpg 出題された英語リスニング問題[出典:東進ドットコム]
問題の内容は“どの順序で材料を加えていくか”というもの。東進による模範解答では
「3」の『Onion→Meat→Tomato→Kimchi base』が正解となっており、キムチベースは
最後に入れるのがいいようです。な、なるほど…?
Twitter では、@core2duoxeon さんが実際にキムチミートソースパスタを調理し、
画像付きで投稿。1万 RT(リツイート)を超えるほどの人気に。
キムチミートソースパスタの味については、「まずいどころではありませんでした」
「一口でギブアップするレベルのまずさです」とコメントしています。逆に気になる…。
http://blog-imgs-44.fc2.com/d/e/l/deliciousicecoffee/201301230147234d9.jpg 英語リスニング以前に、非常識過ぎる。
まさに事件であり、国会で取り上げ、出題者や責任者を証人喚問するレベルだ!
大学入試センター総務課
電話番号:03-三四68-3311
大学入試センター事業第1課
電話番号:03-3四65-八600(志願者,受験をお考えの方)
月曜から金曜まで 9時30分から17時まで
琉球処分は日本による 琉球侵略にほかならない 併合するにしても武力で強行せず 時間をかけ領有すれば良かったのだ 武装して首里城を取り囲み国王と王族を 退去させたことは日本の失策だ。
>>658 何処を縦読み ?
・・・・・・・・・・ってのは冗談だが、
君の言う事の情報元は何処なのかな ?
そのレスがなんとなく、自虐史観臭いんだが。
660 :
マンセー名無しさん :2013/01/24(木) 10:23:54.06 ID:rQgp3YrP
自虐史観というより公同会運動じゃね?w
>>660 そうすると、
沖縄もしくは本土に「公同会運動」と言うのが有って、
あの彼は、その運動家の言う事を鵜呑みにして、
このスレに書き込んだのですね ?
662 :
芒洋 ◆xoHzDUFQgHDo :2013/01/24(木) 14:29:08.18 ID:k5IN8A2Q
Y遺伝子D系統を持つ人種 アイヌ人……88% 沖縄人……56% 本土日本人…42~56% チベット人…33% 韓国人……0% ちなみにD系統は古代高麗・新羅・百済人の解析では多少見られるが、 現代朝鮮人には見られない。 このことは現代朝鮮人が古来朝鮮人とは別民族である証明。
663 :
芒洋 ◆xoHzDUFQgHDo :2013/01/24(木) 14:33:47.51 ID:k5IN8A2Q
★結論…日本人と韓国人はほとんど繋がりの無い赤の他人 (さらに百済・高句麗とも全く別民族であることが判明) 百済系遺跡での出土した骨のDNA鑑定結果は現代韓国人に見られない D系の遺伝子が、必ず見つかっている。 高句麗の骨からもD系が検出されている。 (中国)高句麗〜百済までの流れを確認すると、当該国の中核的民族にD系統の遺伝子が確認される。 つまり、古朝鮮と呼ばれる国家・文化の担い手は、実は源日本人の一派であり、 現韓国人とは全く血縁関係の無い民族が中心であった。 ■中日共同調査団が発表、 DNAO3系列の「弥生人」の起源は中国江南地方 共同通信によると、日本に稲作を伝えたとされる渡来系弥生人の人骨と、長江 (揚子江)下流域の江蘇省で発掘されたほぼ同時期の人骨の特徴がよく似ており、 DNA分析で配列の一部が一致する個体もあることが、18日までの中日共同調 査団の調査で分かった。 江蘇省の人骨三十六体からDNAを抽出し分析した結果、春秋時代の三体でD NAの塩基配列の一部が弥生人のものと一致したという。 また日本列島では縄文時代から弥生時代にかけて前歯の一部を抜く 風習があっ たが、江蘇省の人骨二体にも抜歯の跡があった。
>>663 高句麗は高倉、石垣など遊牧北方系には観えんもんな中国はまだ何か隠してる可能性も在るが。
665 :
マンセー名無しさん :2013/01/24(木) 14:48:26.98 ID:rQgp3YrP
>>661 そんなマジレスしないで公同会運動という言葉を検索してみなさいな。
歴史用語だよ。
666 :
芒洋 ◆xoHzDUFQgHDo :2013/01/24(木) 14:54:39.35 ID:k5IN8A2Q
琉球人は北九州あたりの縄文人が南下したらしい。 他の要素もあるが、大筋では縄文人と南方の混血が琉球人、 縄文人+弥生人が日本人、ほぼ縄文人がアイヌではと思っている。 D2は他にチベット、アンダモン、バイカル湖近くのブリヤート人、 スファラディ・ユダヤ人の一部にしか見られない。 ただ、チベット人はD3-で、日本人とスファラディ・ユダヤ人はD+ アンダモン、ブリヤート人については知らん。 詳細希望。
667 :
芒洋 ◆xoHzDUFQgHDo :2013/01/24(木) 14:57:43.95 ID:k5IN8A2Q
すまんでござる。 琉球人は北九州あたりの縄文人が南下したらしい。 他の要素もあるが、大筋では縄文人と南方の混血が琉球人、 縄文人+弥生人が日本人、ほぼ縄文人がアイヌではと思っている。 D2は他にチベット、アンダモン、バイカル湖近くのブリヤート人、 スファラディ・ユダヤ人の一部にしか見られない。 ただ、チベット人はD2-で、日本人とスファラディ・ユダヤ人はD2+ アンダモン、ブリヤート人については知らん。 詳細希望。
669 :
マンセー名無しさん :2013/01/24(木) 16:42:51.69 ID:giUXbI9R
>>668 バイカル湖周りで日本に入ってきたかもよ?
おかしいなあ。ハン板はかつてソース至上主義をうたっていたはずなのに どうしてこうなってしまったんだろう。
671 :
マンセー名無しさん :2013/01/24(木) 21:01:41.23 ID:giUXbI9R
王城を武装して取り囲み国王と王族は退去せよ でなければやるぞと脅すのは侵略と言います。
★尖閣諸島および琉球は中国固有の領土です★
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/china/1353746852 651 名無的発言者 Mail:sage 2013/01/25(金) 03:18:18.17
沖縄の前科
沖縄は日本に捨て石にされたと言う文言が見られた場合にこう問い返せばいい。
沖縄には前科があるのではないか?
1609年の薩摩の琉球入りの時に戦に負けた琉球王府は奄美群島を薩摩に直轄植民地として差し出し、王府の国体護持を願った。その後、琉球王国の捨て石とされた奄美群島は2世紀半に及ぶ薩摩の搾取に苦しむ。
薩摩との結びつきが強くなった奄美群島は明治維新後は鹿児島県となった。
しかし、第二次世界大戦の後、大日本帝国からの少数民族の解放を名目とした時のアメリカ政府の意向で奄美群島は現在の沖縄県とともに琉球政府として扱われることとなる。
産業が乏しく貧しかった奄美群島からは多くの住民が沖縄本島へ出稼ぎに赴いたが、地縁、血縁のない地で違法すれすれの生業に就く者が多かった。
沖縄本島人は違法行為を起こした奄美血筋の者は「オオシマー」と差別し、現在の沖縄タイムスや琉球新報の紙面上でも奄美群島の者だけ「大島」と特記され、あからさまに紙面上でも差別が行われる。
現在、沖縄県の郷土教育ではこれらの歴史は全て隠蔽され、自分たちが日本の被害者であるという洗脳が行われている。現在でも奄美群島の人間は、沖縄県で生まれ育っても自分たちと違う大島血筋の偽沖縄人、なりすまし沖縄人と罵倒され差別される。
沖縄の捨て石となった奄美群島に対して現在に至るまで謝罪やいたわりの言葉一つ無く、沖縄本島人は差別をするのだ。
先の大戦後、沖縄に対して行われた復興のための投資や復帰40年経っても継続されている謝罪としての沖縄振興予算の多額な血税があっても、沖縄県民は先祖の不幸な歴史を歴史を利用し、もっと金を寄越せと叫ぶ。
沖縄は捨て石になどされていない。捨て石にした側なのではないか?
この事実は沖縄では特に都合の悪い事実として隠蔽される。
>>673 笹森儀助「南嶋探検」(明治26年)
我が新政を悦ぶの形跡あるは実事蔽うべからざるものあり。主因は旧藩政の時にありては賄賂公行、
その費用正租に倍するを以て人民卑屈を極め、一日の生計に安んじて、亦た次日の慮りを為さず。
今や是れに反し、官民の費用従前と比較するに、凡そ三分の一を減省せるを以て漸漸富裕の域に進み、
以て藩治を再びすべからざるの実勢を呈せり。
>>675 「私が新政を歓迎するのは、実際に変化を見たから。
その主な要因は、旧藩政の頃には、賄賂がまかり通り、
その費用が正式な租税の額を超えている程だったので、
人民は卑屈になりまくっていた。
人民は一日の生計に安心し、次の日の事は考えられなかった。
今や、当時とは違い、官民の費用は、
以前との比較をすると、およそ三分の一程に減らされた。
この事により、どんどん人々は豊かになり、
再び藩治が出来る程の実勢になっている。」
あなたの貼ってくれた文献の引用を、
何とか解読して読もうとしてみました。かなり滅茶苦茶ですが。
その結果を書いたものが上の文章です。
あの673の彼への反論なんだと思いますが、
これで彼の言い分は無効化された訳です。
ゲノムを使う研究は、人口集団として本土と琉球をアプリオリに設定していて、
しかも沖縄本島のサンプルで琉球を代表させてるものばかり。
沖縄本島で代表させていいという裏付けなしに。
漏れはこれにずっと不満で、沖縄本島以外のサンプルを調査した研究がないかと探していたら、あるにはある。
去年出たばかりの論文で、PLOS ONEだから誰でも読めるよ。
ttp://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0035000 結果としてふたつのことが言える。
奄美は本土と大まかには似ているけど、有意な違いが観測できる。
本土と沖縄と間に位置しているけど、沖縄にずっと近い。
しかしツッコミどころはいろいろあって、最大のものは、
徳之島と沖永良部島を合体させて奄美と呼んでること。
沖永良部は明らかに国頭と関係が深いから、奄美が集団として沖縄に近いという結果が出るのは当然。
どうせやるなら徳之島と大島ぐらいにしておけばいいのに。マジどん判だよ。
まあこの調子で宮古と八重山も調べてくんないかな。
奄美、沖縄なんて少ない母集団で逃げ場ないよ。母集団が化け物の中国なんてどうにでも分子生物学データをごまかせる。
>>678 何が言いたいの?
細かいこというと、図S4にあるように、PCAで個々人を二次元にプロットすると、
本土と奄美でまったく差が確認できない。
分析使っている場所が222と小さいからで、5000ぐらい使えば分離できるかもしれないと
図S5で沖縄の例をだしながら主張している。
なら最初からフルデータを使えばいいのにと思うんだけどなぜかやっていない。
個人じゃなくて集団レベルでCAをやると綺麗に奄美だけ分離されたというけど、
人口の小さい島でドリフトが起きるという一般的な現象で説明できると思う。
少なくとも縄文、弥生の二分法とは関係なさそう。
>>679 母集団が少ないと工作員入れても調べアゲられる民俗学だろうが分子生物学だろうが。
682 :
マンセー名無しさん :2013/01/28(月) 10:32:29.92 ID:3kKlUJUz
なんだ定番の松島教授じゃないですか こういう人が経済学部教授だなんて、日本は言論の自由がある良い国ですよねw
>>681-682 仮に松島教授の言う事が正しいとするなら、
『沖縄県民は国民皆兵の立場を取らなくてはいけない』のですね。
沖縄県全体を沖縄県民自身の手で護る。それも火器を手にして。
何処からの侵略も受け入れず『独力で』退けるが、何処の国とも同盟は結ばない。
独立して永世中立の道を歩むとはそう言うものですから。
実際、永世中立を謳うスイスはそうしている。
しかし、彼は、その様にして支那の支配に抵抗するつもりは無い。
>中国が独立琉球を侵略したら世界50万人のネットワークで瓦解
と言う妄想に彼は浸っているようですから。
これは、体の良い『容共』ですよ。
相変わらず、この時代になっても、美辞麗句で誤魔化せると思っている。
それが左巻き-米兵達には"コミー"と言う方が適当だとは思いますが-とか、
馬鹿リベラル連中の思考の限界です。化石化した反戦お花畑の住人ですね。
多分、この松島教授は「スイス民間防衛・日本語訳」すら読んではいますまい。
あのスイス国民の覚悟は松島教授には無いでしょうから。
琉球はテロリスト化の仲間入りだろ。 締め上げられても生き残れる経済力と地球を人質にとれる軍事力が無きゃ無理。
ネイティブアメリカン、アイヌ、琉球は 近縁。
687 :
マンセー名無しさん :2013/01/28(月) 20:33:58.00 ID:5nxvEpRp
>>687 ソースになってないよ
やっぱトンデモかい?
689 :
マンセー名無しさん :2013/01/28(月) 21:20:18.94 ID:5nxvEpRp
690 :
マンセー名無しさん :2013/01/28(月) 21:22:14.80 ID:5nxvEpRp
信じるか信じないかはあなた次第
691 :
マンセー名無しさん :2013/01/28(月) 21:58:24.20 ID:d24U48kZ
ググッても怪しいサイトしかでてきませんがw
692 :
マンセー名無しさん :2013/01/28(月) 22:28:58.04 ID:5nxvEpRp
学術的な根拠は無い! だがホピ族が言っていた! 竹内文書には古代琉球に都があったと伝えている! ムー大陸は琉球にあった! 信じるか信じないかはあなた次第
それより南米湿地帯遺跡のDNAの痕跡を捜すべき。ポピならDNA情報は簡単に採れるだろ。
でもホピ語と琉球語は似ても似つかないよ
「時間」のとらえ方が根本的に違う
つまり世界観が違う
>>685 パレモンゴリーデとかそういうカビの生えた人類学の分類なら
シナチョン除いた環太平洋地域と東南アジアがだいたい納まってしまうわな
695 :
マンセー名無しさん :2013/01/29(火) 15:12:21.30 ID:iVgFOtAY
そういや朝鮮と沖縄は似てるな あれは中国文化の影響か
本来はそういう比較するスレだけど朝鮮ネタが絶望的に少ない
>>684 あなたは勘違いをなさっておいでだ。
私は、「永世中立国」の事例として、スイスを挙げましたが、
その理由は、"民間防衛・日本語訳"が有って、
考え方を確かめるのが容易だからです。
で、これを読むと解るのですが、
スイスは何も、地球を人質になどしようとは考えてはいない。
中立に徹する為には、まずは自国の防衛をきちんとする。
この考えなんですね。
しかも、この本では、民間人・軍人に対して、
『戦時国際法を遵守せよ』と取れる項目を設けている。
果たして、これを遵守する者達がテロリストでしょうか ?
しかし、件の松島教授の言は、ただの『容共』です。
美辞麗句を並べてはいますが、それを剥ぐとそれが解る。
"コミー"なんですよ。松島教授は。
698 :
マンセー名無しさん :2013/01/30(水) 05:03:29.80 ID:5Jfxp5BT
副知事に高良・川上氏 知事、県議会提出へ
政治 2013年1月29日 09時33分(19時間28分前に更新)
仲井真弘多知事は28日までに、副知事に琉球大学法文学部教授で歴史家の高良倉吉氏(65)と、県総務部長の川上好久氏(58)の2氏を起用する方向で最終的な調整に入った。
高良氏は仲井真知事のブレーンとして選挙公約の立案などに携わった経緯から信頼が厚く、川上氏は沖縄振興一括交付金の実現に尽力した行政手腕を高く評価したとみられる。
与党内には県教育委員会委員の安里政晃氏(44)を推す声も挙がっている。
仲井真知事は近く県政与党に説明し、県議会2月定例会に高良、川上両氏の人事案を提案する見通しだ。現副知事の上原良幸氏は就任から3年目、与世田兼稔氏は2年目となっている。
高良氏は1947年生まれ。伊是名村出身。愛知教育大学教育学部卒。浦添市立図書館長などを経て現職。
川上氏は1954年生まれ。名護市出身。大阪大学経済学部卒。県企画部長などを経て2012年4月から現職。
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2013-01-29_44573
699 :
マンセー名無しさん :2013/01/30(水) 13:43:55.94 ID:b587+rD3
まあまあ現実主義的な考え方するんだっけ、高良教授?
700 :
マンセー名無しさん :2013/01/30(水) 14:33:13.65 ID:HJ260jhz
まったく知らないw
うちの地元だと中央からの出向組が副知事から知事にあがるコースばっか 安定してつまらんが、活動家崩れみたいなのが務めるよりマシかもしれんな
>>703 それでは"誰が定義するのか ? "の回答にしかなりません。
702さんが質問しているのは、
『テロリストと言う存在の定義』なんですよ。
言い換えてみましょう。
誰が定義するか、ではなく、
「テロリストとは何者なのか ? 」と言う質問なんですね。
とりあえず、説明はしたので、
君に、私達の質問が理解出来るなら、回答して欲しいですね。
弱者の戦いでしょうがよ。 琉球民族を解放したと抜かすアメリカと琉球は中国と抜かす連中とどうやって戦うの?w
707 :
マンセー名無しさん :2013/02/01(金) 12:53:34.03 ID:4iR/g62p
琉球民族を解放し、レイプし放題、殺人犯してもノープロブレム。 中国並みの言論統制を行い、住民に反日洗脳しまくり。 アメリカさん素敵ですUSA!USA!
>>706 はいはい。その答えだと、回答不能となりますが、良いんですね ?
「定義を示して欲しい」と言う設問に対して、
>弱者の戦いでしょうがよ。
>琉球民族を解放したと抜かすアメリカと琉球は中国と抜かす連中とどうやって戦うの?w
と抜かしているんじゃ話にもならないからw
>>707 反米馬鹿乙w
709 :
マンセー名無しさん :2013/02/01(金) 14:33:05.78 ID:4iR/g62p
>>708 そういった経緯があったから祖国復帰を選んだんだが?
>>698 このスレの住人の某ブロガーが大喜びしそうだなw
>>677 >徳之島と沖永良部島を合体させて奄美と呼んでること。
ほんとにザルだし奄美軽視だよな。
文系の方言研究でも集落ごとにやるのが当たり前なのに、理系のゲノム研究のほうがいい加減ってどういうことだよ。
せめて島ごと、できれば市町村(旧間切)ごとに調べればいいのに。
沖縄も本島内や周辺離島でも地域差あるかもしれないし、トカラ列島や大隅諸島も島ごとに調査すべきだな。
今さら遺伝子の調査してどうなるもんかな?もしやるなら血族の生い立ちまで細かく家系を追った上でないと担保できないと思う。 鹿児島県民なら理解できると思うが、ご維新までは士族・民間人を含めて他藩の人間は奄美群島には入って来ていない。 来たのも薩摩藩の士族がほとんどで、それは記録に残っているので、それ以外の人間にはかなり純粋な血統が保たれていたと思われる。 鹿児島商人による黒糖の買い占めが続いたりはあるが、明治のご維新は移動の自由、身分の平等性が奄美群島の住民に実現された実質的な奴隷解放だった。 しかし、その解放は同時に他国(他藩・他県)の住民もやって来る自由で、血統の純粋性という意味ではかなりそれまでの時代と事情が異なる。 どこからどこまでが純粋な島の血統の人間で、どこからどこまでが薩摩やその他の地方の血が入った人間であるかは本当に分かるかな?
懐疑バカ 今日もネチネチ スレ荒らし
>>709 今更、何を言い出しているやらw
そんな言い訳では、君が反米馬鹿だと示してしまった、
あの
>>707 レスは無効化出来ないぞ。
>>712 ID:BEME5arC君がそう思うんならそうなんだろう。 ID:BEME5arC君の中ではな(AA略)
>>713 >君がそう思うんならそうなんだろう。
ビッグダディの名作セリフだな
716 :
マンセー名無しさん :2013/02/03(日) 13:35:19.30 ID:Rj62Lmed
スーツ姿の首相の前でも、沖縄県知事がかりゆしシャツ一枚ってのは県民もなんとも思ってないのかな? 知事の部下たちは皆スーツ姿だったのに。 けど、政府側は山本一太大臣がかりゆしシャツだった。そういう沖縄との折衝役って努力も大変だね。
琉球は室町殿、島津氏や種子島氏なんかと交渉を持っていたけど、 それが分かるのは本土に史料が残っているからで、 純粋に琉球の史料だけだと痕跡すらうかがえないんじゃないか。 琉球は国という体裁自体がドッキリみたいな虚構に満ちた存在なわけで、 漢文、というか支那人が読むかもしれない文献は みんなその虚構側に寄せて書いてある。 我々はバイアスのかかりまくった虚像を見せられているわけだが、 それを喧伝しまくる高良とか琉球王国マンセーは連中は確信犯的で質が悪いね。
史観分離は沖縄の連中がやり出した訳じゃ無いだろがよw 何を今更。
719 :
マンセー名無しさん :2013/02/03(日) 19:03:01.46 ID:zfKgGqsl
>>716 小泉首相も愛用してたし、九州・沖縄サミットでは
各国首脳もかりゆしを着ていた。
かりゆしは公的服装認定されてんのに、何を臆することがあるよ?
720 :
マンセー名無しさん :2013/02/03(日) 22:02:46.63 ID:ixw8IkQ1
一昨日、宮古にいる同級生に電話して聞いてみたところ、 資産家夫婦殺害犯が宮古に潜伏していて逮捕されたことで大騒ぎになっていると話していた。 その同級生は平良に住んでるのだが、今、宮古では犯人の渡辺容疑者以外にも、 内地で犯罪をやらかして島に逃亡してきたやつがまだ他にもいるのではないかとみている人が大勢いるとか。 今回、逮捕された渡辺容疑者は宮古に来れば見つからないと思っていたとしたらバカとしか言いようがない。 なぜなら、沖縄では外見で日本人だとすぐ分かるし、名字でもすぐ日本人だとバレるから。 それも知らないで宮古に潜伏していたとは。 市橋達也にしても、この渡辺にしても日本人と沖縄人の違いがまったく分かってなかったんだろうな。 バカなやつら。低脳丸出しだな。
なんで沖縄人と日本人でいちいちわけるの? 分断工作?
722 :
マンセー名無しさん :2013/02/04(月) 00:15:07.88 ID:Ikp1+lK4
>>720 本土人と沖縄人を異族視しながら
沖縄人と宮古人を無自覚に同一視する琉球帝国主義者乙。
わいせつ写真集販売…著名写真家ら逮捕
警視庁は4日、性器が写った写真集を販売したとして、シンガポール人の写真家レスリー・キー(本名キー・カー・リヨン・レスリー)(41)ら3容疑者をわいせつ図画頒布容疑で逮捕した。
同庁幹部によると、3人は2日、東京都港区六本木のギャラリーで、レスリー容疑者が撮影した性器が露骨に写っている写真集7冊を、1冊6000円で都内の37歳と46歳の男性会社員に売った疑い。
調べに対し、レスリー容疑者は「ギャラリーの経営者がいいと言ったので売った」と供述しているという。
レスリー容疑者は国内外でファッショングラビアやCDジャケットなどの撮影を手がけ、米人気歌手のレディー・ガガさんら著名人を写した作品も多い。
(2013年2月4日19時51分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130204-OYT1T01178.htm 変態ヤマトゥーがまた逮捕されてメシウマwwwwwwwwwwwww
つ、釣られないぞ〜
ニュー速+でアナゴ無双中(笑)
728 :
マンセー名無しさん :2013/02/06(水) 10:42:15.94 ID:fbxFo1Mr
本郷和人の本を読んだことがあるけど、俺はこんなに賢いのに周りが認めないでしかるべき地位につけないのは日本の因習と愚民どものせいだ って感じに思えたなー
報道で知りました 無能な中国政府
730 :
マンセー名無しさん :2013/02/07(木) 10:03:12.75 ID:HpBPMSX2
>>728 いや、事の本質はそういうとこじゃないだろw
性格悪いから見る目が曇るってんならわかるけどね
【社会】ウインナー売り場でウインナーを露出して逮捕
スーパーの店内で下半身を露出したとして、千葉県警浦安署は2日までに、公然わいせつの疑いで、
東京都江東区職員の新井誠司容疑者(44=千葉県八千代市)を逮捕、送検した。
容疑は1月31日午後8時55分ごろ、浦安市のスーパー「西友浦安店」の店内で、ズボンのファスナーを開けて下半身を露出した疑い。
同署などによると、新井容疑者は、背広にロングコート姿で陰部を露出したまま食品売り場を歩き回っていたという。
目撃した買い物客が店員を通じて110番通報し、駆け付けた同署員が現行犯逮捕した。
新井容疑者は「陰部を出したことは認めるが、見せるつもりはなかった」と容疑を一部否認している。
当時、新井容疑者は飲酒後の帰宅途中で、店内に30分以上いたという。店の関係者は、同容疑者について「(陰部を)出しながら、
ウインナー売り場周辺をウロウロしていた。足取りもしっかりしていた。何をしたかったのか…」と首をひねっていた。
区は「極めて遺憾。厳粛に処分したい」とコメントした。
日刊スポーツ 2013年2月3日8時57分
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp0-20130203-1080315.html ウインナー売り場でウインナーを露出して逮捕WWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW
朝鮮顔の腐れヤマトゥー、でーじ笑わすWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW
ガッハッハッハWWWWWWWWWWWWWWWW腹いてええええええええええええええええ
732 :
ヤマトゥー :2013/02/07(木) 21:16:13.78 ID:zNugS99M
/ ̄⌒⌒ヽ | / ̄ ̄ ̄ヽ | | / \| .| | ´ ` | 「日本人を代表して沖縄の方々へ謝罪いたします」 (6 つ / .| / /⌒⌒ヽ | \  ̄ ノ <私たち旧日本軍は沖縄戦で、何の罪もない沖縄住民を虐殺しました。 | / ̄ また、私たち旧日本軍は沖縄戦で沖縄住民に対し、集団自決を命じました。 まったく弁解の余地もございません。これが歴史的事実です。 日本人として恥ずかしいかぎりで、切腹をしてここに謝罪いたします。 私たち旧日本軍が沖縄の方々から嫌われるのは当然のことでしょう。 沖縄のみなさん、本当に申し訳ありませんでした。 私たち旧日本軍は中国人も虐殺し、アジアの嫌われ者で有名ですが、我々が犯した蛮行は万死に値するものであり、ナチスの愚行にも匹敵する地球上最悪の殺戮民族でもあります。 どうか、このような愚かで間抜けな極悪大和民族を嘲笑して見下してやってください。我々はいかなる非難をも受け入れ、全世界に対し謝罪しなければならないと反省しております。
私たち中国軍は日本人チベット人ウイグル人モンゴル人ベトナム人etcも虐殺し、アジアの嫌われ者で有名ですが、我々が犯した蛮行は万死に値するものであり、ナチスの愚行にも匹敵する地球上最悪の殺戮民族でもあります。 どうか、このような愚かで間抜けな極悪中華民族を嘲笑して見下してやってください。我々はいかなる非難をも受け入れ、全世界に対し謝罪しなければならないと反省しております。
私たち沖縄人は、三山時代から何の罪もない宮古島住民を虐殺しました。 まったく弁解の余地もございません。これが歴史的事実です。 沖縄人として恥ずかしいかぎりで、切腹をしてここに謝罪いたします。 私たち沖縄人が宮古島の方々から嫌われるのは当然のことでしょう。 宮古島のみなさん、本当に申し訳ありませんでした
>>727 というか、7日の記事のトラックバック先で、本郷の盗用疑惑まで出てるじゃないか
>>727 いや、よく似た文章を書いたのは本郷氏本人だから。
小谷野敦の本に対する書評だから。
それとは別に、本郷氏が史料をまともに読めないか、
まじめに原典を確認してない疑いがあるけど。
≪住民虐殺について≫
スパイ虐殺だけでなく、『住民犠牲の諸相』として、次のように展示しています。
住民犠牲の諸相
沖縄戦の最大の特徴は、正規軍人より一般住民の犠牲者数がはるかに多かったことである。
戦闘の激化に伴い、米英軍の無差別砲爆撃による犠牲のほか、日本軍による住民の殺害が各地で発生した。
日本軍は沖縄住民をスパイ視して拷問や虐殺をしたり、壕追い出しや、米軍に探知されないために乳幼児の殺害などをおこなった。
その他、食糧不足から住民の食糧を強奪したり、戦闘の足手まといを理由に、死を強要した。住民は逃げ場を失い、米軍に保護収容される者もいたが、食糧不足による餓死や追い込まれた住民同士の殺害などもおこり、まさに地獄の状況であった。
日本軍による住民犠牲
日本軍は、兵員、兵器、弾薬、食料などすべてが不足する中で沖縄戦に突入した。
このため、食料・避難壕などの強奪や戦場での水汲み、弾薬運搬への動員などによる多くの犠牲を住民に強いた。
さらにスパイ視による住民殺害など残忍な行為もあり、なかには投降の呼びかけや説得にきた住民を殺害した例もあった。
壕追い出し
自分たちの住む町や村が戦場となった住民にとって、壕や墓などが避難場所であった。
しかし、出血持久作戦をとり首里から南部へ撤退してきた日本軍は、陣地として使用するという理由で、壕や墓などを強奪した。
避難場所を追われた多くの住民は、砲弾が飛び交う戦場で犠牲となった。
スパイ視虐殺
軍民雑居の戦場となった沖縄の日本軍は、住民から軍の機密が漏れるのを極度に恐れた。
「沖縄語ヲ以テ談話シアル者ハ間諜トミナシ処分ス」という命令も出されていた。米軍の投降勧告ビラを持っていたり、投降を呼びかけてきた住民は非国民とみなされて、虐殺された例もあった。
沖縄県庁のホームページより
http://www.pref.okinawa.jp/site/kankyo/heiwadanjo/heiwa/dai32-4.html
>>739 どうだい?ご先祖様の不幸を心の支えにして生きるっていうのは心地よいかい?
日本全国、田舎に行ってみれば、どんな辺鄙なところにでも『ご先祖様がー』っていう人間はいるもんだ。
沖縄は今は流行だから注目を集めているだけで、その流行に乗っかって怨恨ビジネスやってる山師も多いよな。
チベットやウイグルでは現在進行形で人抑圧されている人間がいるっていうのに呑気なもんだw
まあ、あまりやり過ぎると朝鮮人みたいになってしまうぞwいや、もうなってるかもな
>>739 事例があった
といってるだけで具体例はなんもなしだねw
琉球と朝鮮って似てるよね。名前の由来が もともとは古い支那の文献に見える名前を後の時代に転用したところが同じ 当初の集団と後の時代の集団にほとんど関係がなさそうな点も
李氏朝鮮の場合は自分から朝鮮と名付けてくれと行ったわけだし、沖縄の場合は 明朝側からお前ら琉球だろと言ってきたわけだし
>>711 むしろ明治以降は戸籍も残ってるし、名瀬など一部を除いたら今でもシマ社会なわけで
明治以降に来島した先祖がいるのに本人や周囲が全く知らないということも少ないだろうから
協力さえ得られれば調査には好都合ではないか。
>>742 クンニーってどこだ?w
>>745 明治以降に流入した他藩は姓で判別できんの?
奄美は一字姓が多かったような
徳之島の出身の知人は二字姓なんだが
素人ですが質問です 「旧慣温存政策」によって沖縄の近代化が遅れた、とよく批判的に語られますが 薩摩や明治政府による、琉球処分等「作為」に対する批判ならまだしも これまで琉球自身がやっていた旧慣について、それを廃止しなかった明治政府の 「不作為」が批判されるのは、少しおかしくないですか? 単純な話ではないのかもしれませんがどう捉えればいいのでしょうか?
>>746 苗字だけで判断するのはどうかなあ?
朝鮮人や支那人と間違えられないために一文字姓を二文字に改めた人もいる。
それに、奄美に土着化した鹿児島系の家系もけっこうあるらしいし。
>>747 そういう人はとにかく明治政府を批判したいんだよ。
文句やグチを言えれば理屈なんかどうでもいい人も世の中にはいるさ。
今でもプライバシーの問題で大変だから、家系を追うとか、倫理委員会が許可しないだろう。 アイスランドの全島ゲノムデータベース化もこけたことだし。 ちなみに、『喜界町誌』(該当部分執筆は弓削政己)によれば、 1852年の時点で、苗字を持っていた郷士格は奄美の人口中の1.2%しかいない。 藩役人の子孫はさらにその一部だろうから、 維新前の薩摩からの流入は無視できる範囲だろう。
江戸時代は、表向き琉球と日本は別の国ということにしていたからなぁ (そうでないと琉球の朝貢が認められない) 意図的に別の風俗にしていたことは確か
752 :
マンセー名無しさん :2013/02/18(月) 16:44:42.66 ID:IfyoT2+U
そういう話だと400年前に、三河、尾張、近江あたりの遺伝子が日本中に散らばってそうだな
本土は当然移動しまくりだよ。 薩摩の場合も、鎌倉時代以前から薩摩平氏がいたし、 鎌倉時代以降にやってきた島津は惟宗氏だし、渋谷氏は坂東平氏だし、 伊東氏は伊豆出身だし、種子島氏は北条氏被官の肥後氏。 みんなもとをたどればよそ者。
まあ大昔から定住してる民族なんて数限られるだろ 沖縄だって島内じゃ移動しまくりだろ?
沖縄自体が 中世から本土からだいぶ流入してるだろ
>>755 古臭い説だな九州南下
何をもって流入してると言えるのかね?
758 :
マンセー名無しさん :2013/02/19(火) 11:08:49.82 ID:Kh05UXWa
そもそも久米村末裔の県民に占める割合なんて調査したことあんの?
760 :
マンセー名無しさん :2013/02/19(火) 17:59:40.23 ID:t6VRwAmM
>>759 755とは違うけどあくまで仮説やんそれ
民俗学的見地からみてどうなのよ?って思う
琉球の習俗が中世九州の習俗と繋がる?
761 :
マンセー名無しさん :2013/02/19(火) 18:16:41.71 ID:t6VRwAmM
@中世の日本で勾玉を使った祭祀がまだ行われていたのか? Aフィンチャー墓は隼人の横穴墓の系統?とも思ってるが 中世の九州や隼人は横穴墓使っているのか? B琉球の最高神はニレー大主という海神であるが 九州の信仰で海神が最高神な地域はどこに有るのか? Cウタキ信仰やハジチ等といった習俗が中世九州に存在したのか?
琉球の勾玉っていつの時代の遺跡から出土するん?
763 :
マンセー名無しさん :2013/02/19(火) 19:41:25.69 ID:t6VRwAmM
一番古いのは12世紀の貝塚 越来グスク跡では14世紀頃の地層から作りかけの勾玉らしきものも出土してる 3500年前の遺跡とされてる糸満の遺跡からは翡翠のペンダントも出ていて 翡翠の産地は新潟県糸魚川産らしい
同時代の他の地域の遺跡で勾玉が見つからないなら、 グスク時代人の独創ってことになるんかな
765 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 10:10:46.53 ID:2/N3Qy0I
勾玉って、玉製品の装飾が廃れてから、中世はどうだったのかとか、近世、明治に入ってからの復活の経緯とか、 古代と現代の間がすっぽり抜けててよくわかんないんだよな。 何かいい本かサイトってないでしょか?
>>750 薩摩が意図的に琉球使節に中国風の服装を
強要したのは琉球使節が江戸に向かう道のり
琉球使節を目立たせて諸藩に琉球が薩摩の
影響下にあるのを自慢するため。
>>764 本島北部の神歌に、勾玉を買いに大和に上るって内容の歌がある。
そういや宮古や八重山にも神歌ってあるんだろうか? 北部の離島にはあるらしいが。
770 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 17:28:37.34 ID:RVZftP19
>>769 稲作は南方の農法よね琉球は
本州や九州にあんの?
稲の種類もジャポニカと違う南方の品種だし
771 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 17:30:34.45 ID:RVZftP19
>>769 >御嶽信仰については本土ー屋久島ー沖縄の繋がりが指摘されている。
中世の本州にあったの?ウタキ信仰
772 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 17:38:53.04 ID:RVZftP19
本土の山岳信仰がウタキ信仰ってんなら 天界(天上)に死者の魂が上がるはずだが 琉球の信仰ではニライ・カナイ(海の彼方・海中)だよね 繋がりがあるとしたら古神道の常世の国くらいじゃね? 山岳信仰と繋げようって試みは面白いけど仮説の域を出ないよ
773 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 18:03:55.73 ID:RVZftP19
俺は日琉同祖論に異論があるわけじゃないけど 中世に南下してきた南九州人が琉球に来て 農耕などを伝え〜てのは?としか思わない そもそも一人の学者が唱えた仮説にすぎないし 説明のつかない事のほうが多いもの
774 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 19:16:23.23 ID:iYP5SdiE
御嶽的な自然崇拝信仰なんて沖縄独自でもなんでもなくて 日本にも古くからあるじゃん、形は少し違うけど
>>770 琉球米ってジャバニカ米かインディカ米だったの?
776 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 19:59:53.25 ID:RVZftP19
そもそも御嶽という呼び名自体が山岳信仰的だからな。 沖縄、特に本島中南部は高い山が無いから 名前だけ残って沖縄の自然に合う形に変容していったんだろう。 想像だが、ニライカナイとウタキはもともと別の起源をもつ信仰だったのが 沖縄で融合したんじゃないかな?
778 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 21:30:10.99 ID:RVZftP19
>>777 >そもそも御嶽という呼び名自体が山岳信仰的だからな。
ウタキと呼んでた聖地に大和の坊主が漢字あてただけだろ
琉球神道記など古い奴は坊主が編纂してるし
779 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 21:53:01.81 ID:iYP5SdiE
>>778 ソースは?
学説は一つしかない
とかいいながら君のは誰の主張に基づいたものなの?
780 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 22:00:27.80 ID:RVZftP19
>>779 学説は一つしかないなんて言っていないが?
一つの仮説に拘ってる人に対して
説明のつかない奴をどう説明するんだろうとレスしてはいるけど
781 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 22:04:22.15 ID:iYP5SdiE
>>780 うん、俺が
>>779 でいってることもだいたい一緒
>一つの仮説に拘ってる
で、君の仮説のソースはどこにあるの?
782 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 22:07:01.70 ID:RVZftP19
大和坊主の事なら袋中上人が琉球神道記をまとめた人で ググればいくらでも出てくると思うが?
783 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 22:08:46.81 ID:iYP5SdiE
いやあ、ウタキの当て字が大和の坊主がつけたもの ってソースだよ つか大和の坊主がそこまで影響力あるなら やっぱり中世あたりから人も文化も行き来してたんじゃないのか?
784 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 22:11:57.81 ID:RVZftP19
>>783 琉球ではひらがなメインで使ってたので
漢字を使った書は坊主か中国人の書き残したもの
中世あたりから?縄文から人の行き来があったとされてますが?
785 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 22:17:54.70 ID:iYP5SdiE
>>784 いや、所々で漢字も使われてるよ
外交文書は漢文だし
支配層には漢字の知識あったはずだから、支配層が当て字つけても不思議はないな
うん、縄文から中世、近世も人の行き来があったよね?
なんで中世、九州から流入
の部分を否定するの?
なんか都合悪いの?
786 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 22:19:36.75 ID:RVZftP19
>>785 外交文書は坊主の仕事だったらしいが?
俺は中世だけに集団渡来したかのような説に反論してるだけだが?
787 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 22:21:36.44 ID:iYP5SdiE
え、琉球の外交文書はほとんど大和の坊主が作ってたのかw それなんて傀儡王朝? 誰も中世だけ、なんていっとらんよな
788 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 22:24:57.10 ID:RVZftP19
>>787 中国向けの外交官なら中国人よ?久米三十六姓知ってるよね?
>誰も中世だけ、なんていっとらんよな
話の流れ見えてる?759のアンカから見てみて
789 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 22:31:58.14 ID:iYP5SdiE
>>788 ますます意味がわからん
じゃあウタキの漢字を当てたのは中国人ってことか?
山岳信仰はどっからきたんだよw
>>759 のリンク先みても
中世に限定してないようだけど?
790 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 22:34:07.54 ID:RVZftP19
山岳信仰云々は
>>769 から始まってる
759 756 755な
791 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 22:39:09.36 ID:iYP5SdiE
そもそもだ、中世本州(九州)に 勾玉使った形跡がないから、流入を否定する ってのはおかしな話だ罠 流入があろうが風習は残ることは多いだろうに どんな地域でも
792 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 22:45:37.54 ID:RVZftP19
>>791 なんで勾玉だけよw761みてよ
俺は流入は否定してないよ?
集団渡来を否定してるだけで
そもそも九州南下説は
中世の南九州人が大量に琉球に来て
支配層になったという説だろ
農耕やその他の文化を携えて
793 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 22:52:09.46 ID:iYP5SdiE
>>792 いや、横穴墓とかも同様だよ
北陸とか地域によっちゃ中世まで存在していた
人の流入があっても同じこと
勾玉だって平安時代初期までは普通に製造されてんぞ?
その下について
そんなことをいってる奴いんの?
>>755 だって流入しかいっとらんやん
794 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 23:03:41.60 ID:RVZftP19
>>793 >北陸とか地域によっちゃ中世まで存在していた
具体的にkwsk
横穴墓は系統かな?って俺個人が思ってるだけで
実際のとこわからんし
>勾玉だって平安時代初期までは普通に製造されてんぞ?
九州で祭祀に使われてたの?
>その下について
>そんなことをいってる奴いんの?
知らないのなら別にいい
学者先生の説なんだがね一応
その学者の説が始まり
>>778 いや、漢字表記が何であろうと、ウタキという呼び名自体が山岳信仰繋がりじゃないかって話だが。
タケは「高い」と同源の語で高山や山頂を意味する。
それは沖縄でも同じで、○○ダキ(岳、嶽)という名前の山はたくさんあるだろ。
それが時代とともに意味が広がって、聖地の意味も持つように変わっていったんじゃないかと。
また湧いて来たのか
797 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 23:22:27.51 ID:RVZftP19
>>795 オボツカグラにしてもニライ・カナイにしてもウタキにしても
思想や概念は知っていて受け継がれているけど
名称が何に由来してつけられたのかは受け継がれてないしなあ
山岳信仰に近い概念ならオボツカグラだぜ
つい今まで失念してた
798 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 23:24:00.31 ID:iYP5SdiE
>>794 >横穴墓
例えば福井県あたりには中世に作られたといわれるものが発見されとるよ
>勾玉
だからなんで九州限定なん?
>学者の説
別にその学者先生ソースのみで語ってるわけじゃないし
どーでもいい
その先生の説とやらもここでいわれてんのと大分違うみたいだし
799 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 23:26:50.39 ID:RVZftP19
>>798 >例えば福井県あたりには中世に作られたといわれるものが発見されとるよ
tnx
>だからなんで九州限定なん?
九州南下説だろ?違うの?
800 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 23:30:13.30 ID:iYP5SdiE
>>799 うん、九州から人は南下したかもしれんけど
祭祀の際の勾玉の風習までは消えなかったかもね
日本でも地域によっちゃ残ってるとこあったしね、平安時代でも
ってだけ
801 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 23:37:54.81 ID:RVZftP19
>>800 かもねだろ?やはり
少なくとも支配層には影響なかったとも捉えられる程度の
数しか流入しなかったってことか
802 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 23:39:49.34 ID:iYP5SdiE
んなもん仮説なんだから、かもね としか言うしかないだろ? なんでそんなに必死に否定したがるの?
803 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 23:43:24.30 ID:iYP5SdiE
だいたい、海神にしても住吉大神とかは海神とされてる訳だ 航海が盛んに行われた地域じゃあ自然とそうなることが多いだけで
804 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 23:43:41.26 ID:RVZftP19
805 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 23:45:09.58 ID:iYP5SdiE
806 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 23:46:55.87 ID:RVZftP19
あくまで仮説だろそれに戻るわけでw
807 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 23:48:21.82 ID:iYP5SdiE
うん、琉球史なんて仮説だらけだよね? で?
808 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 23:51:55.26 ID:RVZftP19
で?もなにも760に戻って終わり
809 :
マンセー名無しさん :2013/02/20(水) 23:54:36.50 ID:iYP5SdiE
うん、琉球史は仮説だらけで謎だらけ で終了だね
琉球史って勝手な仮説を史家と名乗って勝手に広めてるだけなの? それってどこの朝鮮?
事実朝鮮人まがいの史家多いじゃんか、琉球関係
>>634-635 >日琉祖語の分岐を奈良時代以降と想定したら説明できない特徴を琉球諸語が数多く保持しており,
この部分で挙げられてる例は、ちとこじつけも多いような気もするなあ…
ただ、アクセント型だけは今のところ他に説明のしようが無いか。
しかしそれも九州の広範囲で類の統合が進んで二型や一型、無アクセントになっているので比較しようがないだけで、
9〜11世紀まで遡れば九州に琉球祖語と同じアクセント体系の方言が無かったとも言えないしな。
>やっぱ奄美がキーになるんじゃないかという予感がする。
(原)グスク時代の移民による人口増加と社会変容が奄美発だってこと?アマミコ神話とも繋がるわけか。
だとしたら当時の奄美は琉球列島全域に移民を送るほど人口過密だったってことになるが考古学的にはどうなんだろう。
>>653 上代以前に畿内日本語と分岐して10世紀ごろまで九州のどこかにいた言語集団といったら
熊襲・隼人の末裔以外に無いと思うがなあ。
上代に隼人が南下して直接琉球祖語を齎したとする説は確かに成り立たないのだろうが、
隼人は8世紀までに朝廷に服従したが、決して皆殺しにされて滅亡したわけではなくて、
他地域からの移民も入ってはいるものの、末裔がその後も南九州に住み続けていたわけで、
薩摩・大隅の半島部か、中央の統制が届きにくかった薩南諸島あたりで
何世代か過ごした後に琉球列島に南下した、とかなら十分ありうるんじゃないかな。
中古・中世本土語と共通する要素や改新もその時代に由来するものだろう。
815 :
マンセー名無しさん :2013/02/21(木) 02:52:20.49 ID:X9Q5RNi4
沖縄本島人が宮古・八重山諸島人を嫌がる理由・・・・ 憎まれているから ■■ 沖縄本島人が宮古八重山人を皆殺しの歴史 極悪琉球王朝 ■■ 俺はナークンチュ(宮古八重山)だが今でも沖縄本島の人間を激しく憎んでいる。沖縄 本島人たちは自分たちが贅沢三昧するために、宮古・八重山諸島に人頭税という、生 き地獄を300年にわたって味あわせてきた。皆に言うが沖縄本島は人殺し連中だ! 宮古八重山だけじゃない!奄美諸島に対しても「琉球王朝の栄光」などという勝手な 自分たちの妄想で、平和に暮らしていた奄美の人々も虐殺し力ずくで支配収奪をし尽 くした。 沖縄本島に薩摩藩が攻めてくると、自分たちが助かるために、奄美諸島をろくに防衛 もせず見殺しにした。そんな人殺し(沖縄本島人、特に首里)と同じ沖縄県というだけ で腹が立つ。 人類史上においても沖縄本島の首里を中心にした王朝が行ってきた暴虐と蛮行の残 虐の歴史は他に例がないほど残忍なものだった。表向きは、守礼の国、芸能の国など と中国や日本本土に対していい顔をしながら、その裏で自分よりも弱い周辺の島の人 々を殺し奴隷扱いしてきた、卑怯卑劣極まりない偽善者どもの集団が沖縄本島人だ。 宮古八重山と奄美人は、沖縄本島人に対して憎しみが今でも全員持っている。先祖が 沖縄本島人に殺されているからだ。沖縄本島人は宮古八重山と奄美に対して罪を償え!
816 :
マンセー名無しさん :2013/02/21(木) 02:52:53.11 ID:X9Q5RNi4
沖縄本島人が宮古八重山人を皆殺しの歴史 1930年代も沖縄本島人が宮古、八重山諸島に行って盗賊略奪やり放題だったからなあ。
沖縄嫌悪者が言いたい放題(笑) 薩摩の侵略や奄美での辛辣な支配を隠す工作(笑)
宮古人ならミャークピトゥって名乗ろうよ
820 :
マンセー名無しさん :2013/02/22(金) 09:48:13.94 ID:IBhWGOAp
ナークンチュ(宮古八重山) て書いてるからして宮古騙りの偽だって判るやしw あいつらイントゥマヤー(犬と猫)本土で言う犬猿の仲なのに 宮古と八重山を一緒くたにするわけないw
821 :
マンセー名無しさん :2013/02/22(金) 09:52:47.85 ID:IBhWGOAp
犯人はあれじゃないか、アカハチマンセーしてた どこぞのブログ主
アカハチマンセーって 琉球史家のアカハチ軍の書き方こそがあきらかにdでもっぽいんだが
しかし、いきなりアカハチの名前を出してくるとは よっぽど琉球ナショナリストにとっちゃ都合の悪い存在なのかな?w あ、俺はどこぞのブログ主とやらじゃないから
前から素朴に疑問に思ってたんだが、どうしてミャークピトゥなん? 逆に、どうして沖縄だとナーファンチュとかナークンチュみたいに「の」を入れるん? 「チュ」だけだとすわりが悪いから?
八重山の人、宮古の人 那覇の人、首里の人 何か変か?
宮古のそれで知りたいのは 池間、下地、多良間、伊良部、来間は 宮古の人からなんて呼ばれてるんだろ
827 :
マンセー名無しさん :2013/02/23(土) 20:24:30.26 ID:buabgI6g
流れと違うけど奄美はアマミッチュとかアマミチュとか言わんな 全体を指すと奄美と名称だけでチュを付けて言わないし あえてだとシマッチュだね それに奄美を方言で発音してもアマミで沖縄のようにウチナーみたいな変化ない
>>827 地元では奄美なんて言う機会はない
他所に向けて言うときだけ使う
奄美大島は『オオシマ』が通称
>>824 個人的な考えだが
沖縄(本島と周辺)方言の「〜ンチュ」は、「〜ビト」のビが撥音化したものではないかと思ってる。
現代語のウェンチュ(鼠)に当たる語が、海東諸国記語音翻訳で「오야비쥬」(オヤビチュ)と表記されているので
ビト→ビチョ→ビチュ→ンチュではないかと。
語中のビが撥音化する例は、他にもクンジュン(くびる、縛る)などがある。
因みに、支那人はトーヌッチュ(唐の人)で、トーンチュにはならない。
>>826 うろ覚えだから違ったらすまんが、イキマ、スムズ、タラマ、イラヴ、ッフャマだったかと。
琉大の宮古方言データベースにあるはず。
池間はイキャマだったかも。
前に >本島北部の神歌に、勾玉を買いに大和に上るって内容の歌がある。 と言った人がいたけど、 中世ヤマトに勾玉作ってる地域ってあるの?
833 :
マンセー名無しさん :2013/02/23(土) 23:46:34.10 ID:buabgI6g
作ってるとは限らなくないか?伝世品を買い求めたかもしれないし まあどこかで作ってはいたんだろうけど
沖縄人 ウチナーンチュ 大和人 ヤマトゥンチュ 唐人 トーンチュ 沖縄の人 ウチナーぬチュ 大和の人 ヤマトゥぬチュ 唐の人 トーぬチュ
中世に作られた歌かどうかも分からんのに・・・
おもろさうしにも同じ趣旨の歌があるから中世に作られたと考えてもおかしくはないかと。
>>832 どこまで中世に入れるかはわからんけど
平安時代あたりまでは普通に作られてたよ
>>838 そういうのって考古学から分かるんですか?
それともモノは見つかってなくて、文献から分かるんですか?
>>839 出雲の史跡とかで発掘されとるらしいよ
詳しいことはしらんけど
>>837 おもろさうしは沖縄のあちこちの地方の
民話神話等をまとめたものであって
沖縄版日本書紀のようなもの
842 :
マンセー名無しさん :2013/02/25(月) 15:28:35.57 ID:Q2iOkAy3
誰もマンセーなんかしとらんしなあ アカハチの存在すら否定しそうな雰囲気だなw
ところで、アカハチマンセーブログってどこのこと?
おもろさうしには奄美の歌はいくつか収録されているが宮古八重山の歌は全く入ってない。 沖縄本島視点の歌で征服の対象として描かれているだけだ。 異民族視とまで言ったら言い過ぎかもしれないが決して対等には見ていなかったということ。
単に言葉が違い過ぎて収集が困難だったんだろう 距離も遠いし渡航も大変だしね当時は。
847 :
マンセー名無しさん :2013/02/28(木) 11:56:59.10 ID:LghbnoEQ
>>845 先島が異民族なら奄美も異民族だろ
つまりその説は無い
>>846 勝連半島も意思の疎通が出来ないくらい言葉が違うが
首里の逆賊アマワリが歌われている
それも無い
848 :
マンセー名無しさん :2013/02/28(木) 12:24:24.54 ID:LghbnoEQ
アカハチとアマワリ どちらも首里の逆賊として扱われているが 二人の扱いはそれぞれの地元で大きく異なる アカハチは本島出身の先生が提言するまで 八重山住民からも逆賊とされていた 一方のアマワリは演劇等でも逆賊として名高いが 地元では昔から英雄として扱われている
>>835 タコライスをかき混ぜて食べるやつは99.9%ヤマトゥンチュ
>>847 奄美は神話でアマミコ神が来たとされるところでもあるし、
植民地みたいな扱いだった先島とは一緒に出来ないんじゃないか。
奄美や勝連の言葉が通じにくいと言っても、
薩摩侵攻以前まで遡ったらそれほどでもなかったんじゃないか?
方言分類では奄美まで北琉球に入るが、おもろ語と比較すると、
江戸時代の各地での変化が大きかったんだろう。
851 :
マンセー名無しさん :2013/03/02(土) 09:12:39.69 ID:qxTQqFYZ
>>850 >奄美は神話でアマミコ神が来たとされるところでもあるし
琉球時代の史料に奄美から来たなんてあるの?
>薩摩侵攻以前まで遡ったらそれほどでもなかったんじゃないか?
語彙もアクセントもイントネーションも違うが?陸の孤島で
他所から隔離されてたのかね?w
薩摩以前まで遡ったらなんて誰にもわかりもしない
877 名前:名無しさん@13周年 中国人留学生の知人に言われたけど…腹立ったけど言い返せなかった。。 堂々と反日で全く協調性もなく、完全に日本の支援を利用して学歴積んでるだけの女。 「日本人は政治家もメディアも、国際社会にアピールするべきだといっても 実際は決して何もできない。そのことを中国は見抜いてる。 一つは、やろうとすると必ず日本国内から妨害する勢力がいるからだ。 中国からの工作員はもちろん、日本は中国・韓国側に立つリベラルの人間、 そして右翼の集まるネットでもネット右翼などと自虐的に、 日本が結束することを絶えず揶揄して阻止しようとする人間が多く、 中国とは違い日本人の結束を乱す要員になっている。そしてそれに該当しない愛国者ですら 日本人が実際にわずかでも姑息なことをしようとすると、武士道精神や過度のモラル意識から 狡賢く行動すると即糾弾する。結局日本人は民族性に捉われて何もできない。 我々は20年前から世界中に移民を大量に投入し、選挙権を持ち、中から力をつけ 我々の主張を正当化するために時には教師になって洗脳し、海外の報道機関にも入り込み操っている。 日本に海外の放送機関を乗っ取るなんて行動力があるか?正義感が邪魔して絶対にできない。 我々は日本を必ず世界の敵にする。ABCD包囲網を再来させる。 人口と経済、国民の「自分の利益のためならどんな手段も許容する」民族性は 中国人の最大の武器だ。しかも韓国までいる。 北朝鮮は印象が悪いが、世界は韓国については殆ど実情を知らない。だから韓国の意見は真顔で聞く。 中国だけでなく韓国も「日本が挑発してきた、日本が悪いんだ」と糾弾することで 国際世論はあっという間に日本の見る目を加害者に変えて行く。日本なんかあと20年も持たない。 武士道精神で汚いことを出来ず、自国民にばかり厳しく、相手の立場ばかり慮り、 自虐的で決して結束しようとせず、少子高齢化を選挙の最大の争点にもせず 急激な衰退を放置している日本人は、絶対に中国人に勝てない。 20年以内に確実に中国は開戦する。日本を経済と人口と軍事力で圧倒し、米国も手を出せないほどの力を持った瞬間 尖閣を武力で奪い沖縄割譲まで要求する。若者がいなく数え切れない老人を抱えた日本は何もできないだろう」
なんで古琉球時代の辞令書って明の歴使ってる癖に平仮名なんかね? 沖縄は昔から仮名文字や日本の文書形式使うのが一般的だったんだろうか?
そりゃ、当時の琉球人自身が自らの言語を日本語の一変種と認識していたからさ。 国家だの民族だの後付けで色々言う人たちに惑わされちゃいかんよ。
グスク時代南下説によれば、九州から移住して500年前後か。
発音の激しい変化も現代語ほど進んでおらず、本土、九州の方言に今より近かっただろう。
徳川三百年の分断と社会の固定化は各地の方言の個性をより強いものにした。
>>851 300年もの間、語彙もアクセントもイントネーションも変化がなかったら奇跡だが。
琉球方言は特に変化が激しいのは周知のとおり。
薩摩以前は仮名文字の琉球文が残ってるだろ。
「古語は辺境に残る」という一般則どおりの例が当時の琉球領内でも見られるし、
三者を比較すると奄美方言より沖縄方言のほうが変化が激しかったりする。
古語は辺境には胡散臭いw 俺の島は一周100km足らずの島だが「飲む水が変われば言葉も違う」と昔は言ったもんだが島の中に「シマ」が在る不思議な場所だ。
離島を除いた沖縄本島だけでも 道を隔てれば言葉が違うと言われていたぐらい 言語の多様性は類を見ない 昔なら余計に違ったろうと推測される
常識的に考えて、琉球入りの頃に、奄美と沖縄に方言差がなかったとは考えられない。 奄美五島のうち南二島の方言は北三島よりも沖縄の国頭に近い。 琉球入り以後奄美は分離されるから、それ以前から十分に分化していたはず。 おもろさうしのおもろが方言差を示しているとも聞いたことがない。 そもそも、奄美、特に北奄美の視点のおもろなんてあったっけ?
>>854 当時の沖縄人にそんな認識はない
便利だから仮名文字を使用したのだろう。
独立国なのだからどんな文化を取り入れたら
いいのかを決めて実行しただけ。
独立国なんて意識あったのかよ
>>859 日本の史観上端折ってからよw
海の底から現れ琉球建国した訳じゃねぇんだからよ民族分離で中心性の共有が終わってるだけだ。
>>856-857 そういう多様性が保たれやすい環境だからこそ辺境に古語が残りやすい。
均一性が高かったら、古い語彙がどんどん新しい語彙に置き換えられていくからね。
ただ、多様性がそこまで大きくなったのは、江戸時代にその前後の時代より
移動の自由が少なかったことが要因じゃないかと俺は思ってるんだけどね。
>>858 奄美の方言に関してはそのとおりだが、当時北三島が既に分化してはいても、
今ほどは方言差が大きくなかったんじゃないかと考えているのだが。
おもろの方言差だが、たしかにそういう研究は無いと思う。
だが、これは思いつきで確証も無いが、同じ語が歌によって異なる語形で現れることがしばしばあって、
それは当時の方言差(音韻等の変化の発生・波及の時期の差)を反映している可能性もあるんじゃないかな。
奄美のおもろはあるっちゃあるが、明らかに沖縄目線なものもあるし微妙なんだよな。
奄美の中でも特に多い永良部のおもろは間違いなく島人が詠んだものだろうと思うが。
>>859 果たしてそうかな?辞令書や碑文なんか、生粋の琉球語仮名文のようでいて、
文末を本土語の「申」や「候」や「べし」で結んでたりするし。
(「べし」は現代語でも「びちー(やん)」と言うので、元から琉球にもあったのかもしれないが、
形容詞型活用の終止形が「〜し」であるのはやはり当時の琉球語として異例)
語順がほとんど同じでも、朝鮮語やアイヌ語等ではありえない発想だ。
当時の沖縄人の意識の中で沖縄の言葉と本土の言葉の境界がどこにあったのか、非常に不思議に思われる。
「申」や「候」って武士っぽいな
あー、薩摩支配の前から人頭税があったなら、その頃から移動が制限されてたかもしれないな。
奄美のおもろだが、加計呂麻島生間で大正時代に採録された「きくまおもり」が
おもろさうしのおもろの一つと内容が酷似していることから、
おもろさうしにも大島の人が歌ったものが採録されているかもしれないと
伊波普猷は指摘している。
それと、たとえ一見沖縄目線のようでも、奄美人が詠んだものでないとも言い切れるのかどうか。
ttp://kudadon2.web.fc2.com/yugekokko/mplayer/ajosoi.html 「按司襲い」なんて今は沖縄でも滅多に聞かれないような古風な国王の尊称が
奄美民謡に残っていたりするから、当時はさぞ人口に膾炙したのだろう。
一 きこへおしかさ/とよむおしかさ/やうら おちへ つかい/ 又 きゝやのおきしま/きゝやのもいしま/又 おきしまにから/ひるかさりかち/又 ひるかさりから/中せとうちかち/ 又 中せとうちから/かねのしまかち/又 かねのしまから/せりよさにかち/又 せりよさにから/かいふたにかち…(後略) (10-554ほか) 「きゝや」は喜界島。「ひ(゛)るかさり」は奄美市笠利町辺留・笠利。「中せとうち」は瀬戸内町、大島海峡一帯。 「かねのしま」は徳之島の美称。「せりよさ」は沖永良部島の古名。「かいふた(゛)」は与論島の古名。 一 あかぎなの のろの/しもの くにかねと/あん まぶて/此と わたしよわれ/又 ねのしまののろの(13-946) 一 なせのまつりかみ/あるやくせせりきよ/せなはおきて/おゑちへ こうて はりやせ/又 いつぶまつりかみ/又 なせのうらの八さと/又あるやくせせりきよ/又 なせのうらの十さと/あるやくせせりきよ(13-949) 一 よろと いぢへて はりよれば/たかまるは たかべて/あん まぶて/此と わたしよわれ/又 此と いぢへて はりよれば/けなちたけ たかべて(13-945) 一 うけのとりの うたい/又 はなれとりの うたい(14-990) 「あかぎな」は赤木名(奄美市笠利町里・中金久・外金久)。「なせ」「あるや」「いつぶ」は奄美市名瀬、同有屋、同伊津部。 「よろと(゛)」は与路島近海、与路海峡か。「たかまる」「けなち」は与路島の御嶽らしい、あるいは請島の計良治崎か。「うけ」は請島。 一 とくやまの なでまつ/おやおうねは すだちへ/とぶとりと いそいして はりやせ/又 にしたけのなでまつ(13-943) 一 とくに おわる みそのろ/みそのろは たかべて/あん まぶて/此と わたしよわれ/又 とくに おわる よそのろ/よそのろは たかべて(13-944) 一 いときなののろの/わらべ ちやれ もたちへ/ちやらがみね のぼて…(後略) (14-1000) 「とくやま」「とく」は徳之島。「いときな」は伊仙町糸木名か(ただし、粟国島、糸満市にも同じ地名あり)。
一 月しろの大ぬし/きくやなきたけから/やまは ひぢめかちへ/あがて てる月しよ/あが なさが/せひき/やひき ゑ あがるやに/又 ゑらぶ てる月しよ(13-850) 一 ゑらぶ たつ あすた/大ぐすく げらへて げらへやり/おもひぐわの 御ため/又 はなれ たつ あすた/大ぐすく(13-859) 一 ゑらぶまごはつが/たまのきやく たかべて/ひといちよは/すかまうちに はりやせ/又 はなれまごはつ/たまの(13-860) 一 ゑらぶ世のぬしの/おうね はし しよわちへ/ゑらぶしま なちやる/又 はなれ世のぬしの (13-935) 一 ゑらぶよのぬしの/ゑらでおちやる みちやぶれ/みちやぶれや/よのぬしぢよ まちよる/又 はなれよのぬしの/又 金くら かけて/よわとまり おれて(13-936) 一 さと中の ころがま/いちのたし まぢよく/あまへこが まぶりよわる ゑそこ/又 としらもい ころがま/又 たみなたけ めより/又 にしめたけ めより/又 せりよさの はつき(はこぎ)/は(ち)へきおり/あけより(13-940) 一 ゑらぶむすひよもへ/くれるてや なちやな/いみやこより/めづらごゑ やらに/又 たび たつ あんや/又 なつたなし やれば/はだからむ さわらん/又 つしやのたまやれば/くびからむ さわらん(13-958) 「ゑらぶ」は永良部。「大ぐすく」は和泊町大城のグスク。「まごはつ」は後蘭孫八(和泊町後蘭の人)。 「よわ」は与和の浜(和泊町古里付近の海岸)。「たみな」は知名町田皆。「にしめ」は西目(知名町上城・下城・新城)。 一 かいふたの大ころ/やふら おせ やちよくた/又 かなもりの大ころ/又 大ころが まみやに (10-555) 一 かゑふたの おやのろ/とからあすび たかべて/うらこしちへ/そで たれて はりやせ/…(後略) (13-928) 一 大みつの みてもい/おゑちへ こうて はりやせ/又 ふるさとの みてもい/…(後略) (13-957) 一 かゑふたのおやのろ/あがるいに かよて/いみやからど/いみきや まさる/又 かなもりのおやおきて/てだがあなに かよて(14-1009) 「大みつ(゛)」は大水(与論島の間切名)、古里の別名らしい。「ふるさと」は与論町古里。
加計呂麻島生間の「きくまおもり」 きくまをなんぢやら/かみからも欲しやん/しもからもほしやん/しもはちむぱあば/かみはちむぱあば/おてらんがまはち/おちていけ 「けふちやんほこらしや/なまちやんほこらしや/うまだ呉れろや/をなんぢやら」 「おれむぱば/ゑけのあぢ」 「しやなめくれろや/をなんぢやら」 「おれむぱば/ゑけのあぢ」 「やぐらくれろや/をなんぢやら」 「おれむぱば/ゑけのあぢ」 「こ袖み袖くれろや/をなんぢやら」 「おれくれゝ/ゑけのあぢ/わしまはち/てもちしやべろ」 おもろさうしの類歌(14-998) 一 おとまこい/あか(ま)こい/おかるな(おわるな?) 又 おがやへより/おわよりな ゑけりあんじ 又 といし いぢへれ/あしやげ いぢへれ おなりあぢ 又 のおだにが いぎや/おわにぎや ゑけりあんじ 又 世こと せに/世さうぜ せに おなりあんじ 又 世こと まは/世さうぜ まは ゑけりあんじ 又 しま ゑれい/国 ゑれい おなりあんじ 又 しまも まは/国も まは ゑけりあんじ 又 うみちへ ゑれ/おかちへ ゑれ おなりあんじ 又 うみちへ まは/おかちへ まは ゑけりあんじ 又 たま ゑれい/つしや ゑれ おなりあんじ 又 しなわにな/やびきやにな ゑけりあんじ
日本琉球語族の 琉球諸語にとっても 仮名文字は便利なものだ
870 :
マンセー名無しさん :2013/03/12(火) 17:09:03.83 ID:ujkBbAb9
表記に困るって、カムィ焼がいい例だなw
かめ、かめぃ、どっちかつうと「めぃ」に近いw
現代なら仮名文字とアルファベットの併用が便利だが 大昔は仮名文字の輸入でも記録的に重宝したでしょう しかし表記されてる仮名文字が必ずしも正確な発音を示してはいない。
873 :
マンセー名無しさん :2013/03/13(水) 17:44:26.48 ID:rUX6hfJr
「沖縄の痛み忘れてる」 式典に広がる反発
むぬかちゃー(ライター)の知念ウシさん(46)は「安倍首相をはじめ日本政府は、沖縄の歴史を十分知った上で式典を開催するつもりだろう。知らないはずはない」と考える。
「琉球国を武力併合した上に戦場にし、敗北すれば敵国に引き渡す。日本は、沖縄を植民地にしたから、自らの都合のいいように使う。そのようにして、現在も基地を押しつけている」と指摘。
その上で「普天間基地の県内移設やオスプレイ配備に『オール沖縄』で反対する中、このような式典の企画、実施とは、沖縄を今後とも植民地にするという宣言だ」と話した。
沖縄タイムス(2013年3月9日)
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2013-03-09_46293 知念ウシさんのコメントに沖縄人の思いがすべて集約されてるな。
ヤマトゥンチュ(日本人)が武力を用いて琉球国を併合したのは歴史的事実だし、それだけでなく日本は戦争に負ければ沖縄を敵国に引き渡す。
この歴史的事実はウチナーンチュ(沖縄人)なら誰でも知ってることで、故にヤマトゥンチュ(日本人)がウチナーンチュ(沖縄人)から嫌われるのは当たり前。
戦場になったのも敵国に引き渡したのも好き好んでしたわけじゃないだろ。 実際沖縄が復帰するまで「潜在主権」を唱えて見捨てなかったじゃないか。 あれは敗戦国としてできるギリギリの抵抗だろう。 アメリカなんか、本当は沖縄を独立させる(もちろん実質は植民地)か 中華民国にくれてやろうと思ってたのに。
>>873 で、武力を用いて先頭諸島を併合した歴史事実は認めないの?
分断工作員さんwww
ああ、沖縄独立なんていってるのは、県内じゃ少数派だからw
876 :
マンセー名無しさん :2013/03/13(水) 20:47:11.14 ID:rUX6hfJr
「主権回復の日」:沖縄関係議員 怒りと戸惑い
【東京】安倍晋三首相が表明した4月28日を「主権回復の日」として式典を開催することについて、県関係国会議員からは、沖縄への配慮や歴史認識が足りないとの戸惑いや怒りの声が上がった。
国場幸之助衆院議員(自民)は「4月28日に沖縄は返ってきておらず、真の主権回復にはなっていない。沖縄の過重な基地負担など戦後は終わっていない」と指摘した。
宮崎政久衆院議員(自民)は「日本の主権回復が光なら、切り離された沖縄は影。影の部分に寄り添い、忘れないという思いの中で式典が開かれるべきだ」と沖縄への配慮の必要性を指摘した。
比嘉奈津美衆院議員(自民)は「沖縄にとって今も続く過重負担の始まりの日ともいえる。県民のことを思うと、賛同はできない」と述べた。
西銘恒三郎衆院議員(自民)は、「地上戦で多くの犠牲者を出し、米国の施政権下に置かれた沖縄にとって、お祝いする気分になれない。沖縄への配慮が足りない」と複雑な心境を吐露した。
島尻安伊子参院議員(自民)は、内閣府政務官として菅義偉官房長官らに沖縄への配慮を申し入れる考えを示した。
一方、照屋寛徳衆院議員(社民)は「あきれかえり、怒りを覚える。首相と沖縄の歴史認識は決定的に懸け離れている。自民政権はあまりに対米従属であり、主権国家といえるのか」と憤った。
赤嶺政賢衆院議員(共産)も「沖縄の歴史を何も分かっていない。歴史を踏まえた上で独立の日と言うならば非常識で許し難い」と安倍氏の姿勢を批判した。
玉城デ二一衆院議員(生活)は「沖縄の信頼回復というのは言葉だけで、つらい歴史を分かっていない。総理の任に値しない」と批判した。
山内徳信参院議員(社民)は「複雑な気持ち。日本は沖縄を切り捨てて独立した日に政府を挙げて式典をするのは首相が歴史を知らないということだ」と抗議の声を上げた。
糸数慶子参院議員(無所属)は「沖縄戦と米軍統治下の人権を踏みにじる時代、復帰40年を経た今も構造的差別に置かれた沖縄の現状に対する無理解と無認識だ」とあきれた。
沖縄タイムス(2013年3月9日)
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2013-03-09_46266 沖縄人は日本人をまったく信用していない証拠。
877 :
マンセー名無しさん :2013/03/13(水) 21:33:17.18 ID:GLk/sknl
1)李朝国王は、中国皇帝から任命されていた。 2)献朝の際は、日本の情勢を報告する義務があった。 3)中国皇帝の逆鱗に触れると、貨幣鋳造権まで停止させられていた。 4)外交権も制限されていて、都度の報告の義務があった。 5)朝賀の席では、他の列席者が赤色の礼服なのに対し、朝鮮の使臣は、 黒の丸首の衣。琉球の使臣には許されていた籠に乗る事も禁止。 チョソ=>属国扱い。琉球未満(爆) 2000年の奴隷の歴史を、「日帝様」が解放してやったのだ。
琉球語では内地のことをヤマトと呼ぶけど、これってどういう過程で生まれたんだろう? 琉球が取引する相手はニッポンではなくヤマトという統一国家意識があったんだろうか?
本土をヤマトと呼ぶのは上代の遺風じゃないかな?
>>813 の線か、もしくは遣唐使南島路の名残か。
>>879 朝廷のことだろ。
それが明治以後は奄美以南からみればそれ以北全体。時代で領域も含む意味も違って来た。
「かつれんわ、なおにぎや、たとゑる やまとの、かまくらに、たとゑる」 明治どころか古琉球時代からヤマトって言ってるな。
んなの古事記にも「やまとのくには〜」 とかでてくるし、普通に自称してたし、本土でも
884 :
マンセー名無しさん :2013/03/19(火) 20:30:22.59 ID:k+oKsclr
朝鮮半島南部の先住民だった倭人を侵略と民族浄化によって滅ぼした挙げ句、 奪った土地に今も居座り続けている韓国と韓国人に抗議し、日本はその返還を請求しよう。 今の釜山とか特に半島南の沿岸部地域って、元々は100%間違いなく倭人の土地だったじゃん。 中国王朝の公文書にさえもその旨がハッキリと記載されてるし。 韓流の歴史解釈を日本が採用すれば、日本の各行為も侵略どころか中世のスペイン・イベリア半島同様に 単に失った土地を取り戻す為の国土回復運動になる訳でさ。 嘘かホントか竹島(独島)は西暦500年代に新羅が保有、だから韓国領云々言ってるけど ならば半島南部は生粋の倭人の土地=日本固有の領土として領有を強く主張出来るよ。 韓国は今の国土の大半を日本に返還しないといけないわな。 日本は韓国を見習って、マスコミ曰く "素晴らしい韓流" の歴史解釈を採用するべきだわ。 韓国の人らが言うには、対馬は歴史的に見て韓国領らしいから尚更にね。
885 :
マンセー名無しさん :2013/03/20(水) 00:34:02.86 ID:6JYErHLq
≪世界各国の国旗シリーズ≫ 出顎酢T2 日本国・・・・・・・日の丸(日章旗) 米 国・・・・・・・星条旗 英 国・・・・・・・ユニオンジャック 仏 国・・・・・・・トリコロール 伊 国・・・・・・・トリコローレ 台 湾・・・・・・・青天白日滿地紅旗 中 国・・・・・・・五星紅旗 北朝鮮・・・・・・・藍紅色旗 南朝鮮・・・・・・・ペプシ旗 ← プッ
886 :
マンセー名無しさん :2013/03/23(土) 10:22:51.36 ID:hZeQCu7Y
今日は夜9時からNHK地上波でアテルイ前編だな
政府主催の「主権回復の日」の式典に関して糸数慶子参議院議員の「沖縄県民に対して何かメッセージがあるか?」との質問に、菅官房長官は「安倍政権として『祝う』という言葉は使っていない」と発言している。
つまり、この式典には祝いの意味は込められていないということなる。
戦後、日本は米国の植民地となったが、その日本は米国からの独立と引き換えに沖縄を米国に譲り渡したわけだから、口が裂けても「祝う」という言葉は言えるわけがない。
3月21日に行われた参議院内閣委員会における糸数議員と菅官房長官のやりとり
http://www.youtube.com/watch?v=aGgJkqzy_-Y
朝鮮人の分断工作うざいわw
アルテイなんてスレ違いじゃん 犬HKなんて誰がみるの?
かりゆしクラブ(琉球独立党)のwebサイト見たら、 独立したら中国と同等以上の軍事力を持った国になるとか突き抜けたこと言ってて糞ワロタw 自分が何を言ってるか理解してないんだろうな。 琉球独立派ってこのレベルの基地外しかいないのか?
かりゆしクラブ(琉球独立党)のwebサイト見たら、 独立したら中国と同等以上の軍事力を持った国になるとか突き抜けたこと言ってて糞ワロタw 自分が何を言ってるか理解してないんだろうな。 琉球独立派ってこのレベルの基地外しかいないのか?
892 :
マンセー名無しさん :2013/03/23(土) 23:31:45.77 ID:KqEdzm3f
生粋の沖縄人(先祖が沖縄)で名字に「藤」が入る人は一人もいない。 沖縄以外の46都道府県には「佐藤」「斎藤」「加藤」「伊藤」「近藤」「後藤」 「遠藤」「藤田」「藤本」「藤原」などは掃いて捨てるほどいるが、沖縄には内地からの移住者、転勤族、あるいは改姓組を除いて、生粋の沖縄人(先祖が沖縄)で名字に「藤」が入る人は一人もいない。 これこそ世界に誇れる文化だといえる。 「在日沖縄人」という言葉はあるが、沖縄以外の都道府県で同じような表現はない。 「在日鹿児島人」とか「在日青森人」なんて絶対に言わない。 両親が日本人で、その子供が外国で生まれ育ってオリンピックに出たりすると、日本のメディアはその子供のことを「日系二世」と報道するが、 それと同じように両親が沖縄人で、その子供が内地で生まれ育ってスポーツの大会で活躍したりすると沖縄の新聞社が、その子供のことを「沖縄二世」と報道する。 沖縄のメディアが、まさに日本は外国という位置づけでとらえていることがよく分かる。
独立したら、頭脳流出が激しくなるよ 今でも流出してるけど、内地の血税や資本が豊富に投下されてる ヤクザな頭脳、つまり山師が入って来てるってだけ
藤がつく奴以外は、生粋の沖縄人かw 朝鮮人の分断工作うぜえw 「在日沖縄人」とかアホすぎるwww
素朴な質問だが 主権回復したのならなぜアメリカに対して NOと言えないのか?
力関係からいって、今すぐ出てけとかいえるわけないだろ? 基地外w
>>892 みたいな自分の足で島々を歩いていない奴はたくさんいるからな
俺は奄美諸島で源平藤橘のうち、橘以外は全部会ったよ
家譜も江戸期にまで遡れる薩摩血筋でもない
数少ないおもろに謡われている奄美のとある場所
沖縄本島でも本土と共通の苗字を書き換えただけの苗字がたくさんあるよな。 仲井眞は中山だし平良は平だし真栄田は前田だし富名腰は船越だし。 野村とか石川とか松本とか山田なんてそのまんまだし。
900 :
マンセー名無しさん :2013/03/24(日) 10:44:53.06 ID:3idQYWpy
>>894 「在日沖縄人」という言葉はあるが、沖縄以外の都道府県で同じような表現はない。
「在日名古屋人」とか「在日金沢人」なんて絶対に言わない。
両親が日本人で、その子供が外国で生まれ育ってパラリンピックに出たりすると、日本のメディアはその子供のことを「日系二世」といって報道するが、
それと同じように両親が沖縄人で、その子供が内地で生まれ育って野球の大会で活躍したりすると沖縄の新聞社が、その子供のことを「沖縄二世」といって報道する。
沖縄のメディアが、まさに沖縄人は日本人ではないという位置づけでとらえていることがよく分かる。
在日沖縄人の言い分
http://www.jca.apc.org/~hirooka/mitikusa10/miti10_1.html 沖縄出身者が実名を出して自らを「在日沖縄人」と語っているのが動かぬ証拠
沖縄県民は全員 在日沖縄人だよ 日本国に居住してるんだからね 東京都民は在日東京人だし福島県民は 在日福島人だよ
902 :
マンセー名無しさん :2013/03/24(日) 12:16:12.87 ID:3idQYWpy
日本に住んでる人間全員在日だよ 日本に在るんだから。
沖縄県民は我々在日朝鮮人と同じ立場だ!! とでもいいたいのか?w>分断工作員
jca.apc.orgって、アカの巣窟だろw 薩摩の都合で押し付けられた異民族幻想にいつまでも浸っていても、自らを不幸にするだけだぜ。
ヤバイんだよな。 仲井真さん始め本島人は冷静に成ってくれ。誰得だよ主権回復云々はスルーしてくれよ。
薩摩島津氏は自地域内に異民族を演出するのが上手くてな 豊臣秀吉の文禄・慶長の役の折りに日本へ連れて来られた陶工でも 薩摩以外の地域に連れて来られた、有田焼、伊万里焼、萩焼などの陶工は 殿様から日本名を与えられ日本の陶工として生きることを命ぜられるが 薩摩焼だけは朝鮮の風俗、家督を守り、朝鮮陶工の沈壽官として生きることを命ぜられる。 奄美や琉球に大和めくことを禁じて、異風の民族として扱い続けるのもその統治原理によるものでな。 薩摩には元々中央体制転覆本能みたいな思考性があってな、古代隼人の乱などもそうだが、それが現代では沖縄本島で生き続けているだわ。 噂の真相の元編集長の岡留は鹿児島出身だが、沖縄本島で中央体制に抵抗するような扇動をしているだろ あれは薩摩の血がそうさせているのであって、沖縄本島の琉球原理主義者は琉球と言いつつ、実はあいかわらず薩摩の手の内でいいように操られ続けてるんだわ
古代ハヤトと島津の血統は違うぞ。
>>902 >>906 部落問題・人権問題情報誌『みちくさ』 (編集・発行:大阪大学部落解放研究会)
歴史的に被差別部落とは無縁の沖縄出身者が、なぜこんなものに投稿したんだろうね?
911 :
マンセー名無しさん :2013/03/25(月) 01:23:57.06 ID:UP/WM2ux
>>910 実は踊らされている連中がいるんよ
1970年代に民族運動が起こりそう(その時はもっと過激に)だったんだが
大阪在住沖縄県人会が抑え込んだんだよね同じ日本人なのにアホかってね
その時工作した残党がまだ暗躍している
久しぶりのコラボなネタで 平成25年3月23日八重山日報 「慰安婦慰霊祭」が波紋 自衛隊配備絡み反発 韓国から支援団体も来島 1944年、与那国島の久部良港で、米軍の空爆により朝鮮人従軍慰安婦46人が虐殺されたとして「慰霊祭」(主催・同実行委員会)が 23日朝、同港内の公園で開かれる。 (中略) 慰霊祭は歌手の海勢頭豊さんらが企画し、自衛隊配備に反対する「イソバの会」のメンバーが実行委員長を務めるなど、 反対派を中心に運営される。 実行委によると、44年に朝鮮人従軍慰安婦53人が日本軍によって台湾から宮古島に連行される途中、久部良港の船上で 米軍の空爆に遭い、46人が死亡した。この件は、船に同乗していたという宮古島在住の元軍医が県史で執筆しているという。 (後略) >この件は、船に同乗していたという宮古島在住の元軍医が県史で執筆しているという これは実際どうなんだよと。ブログ主は宮古に詳しそうだし、この人物知ってるかな?
当時の日本軍にわざわざ朝鮮→台湾→宮古島のルートで慰安要員を輸送する余力があったのだろうか?
914 :
マンセー名無しさん :2013/03/25(月) 16:56:52.62 ID:YUdpWcvx
>>911 大阪の沖縄人による人権運動で押さえ込んだのは
在日と部落による沖縄人との共闘
連中と一緒に戦っては「沖縄の運動」じゃなくなるってのと
日本復帰運動にあたって沖縄の日本復帰を邪魔したのも
本土の左翼(部落や在日を含む)だったから
連中は信用ならんってこと
>>910 朝鮮とズブズブで北海道アイヌもオルグ済の解同が
沖縄にだけ手を出さないなんてことはないよなあ
解同と同類項に扱われたくないなら、近づかないのが吉なんだが
916 :
マンセー名無しさん :2013/03/25(月) 17:00:48.89 ID:YUdpWcvx
>>911 そして大阪で起こったのは民族運動じゃなく人権運動な
>>912 自分で書いといてなんだが、ぐぐったらそのイソバの会HPで説明があった。
> 「沖縄県史、沖縄戦記録2」に、与那国島における「朝鮮人慰安婦の遭難」という宮古島の軍医の池村恒正さんの聞き書きの記録がある。
>それによると1944年12月に、台湾から宮古島に連行されようとした朝鮮人「従軍慰安婦」53名が与那国島の久部良港でアメリカの艦載機
>による機銃掃射とロケット弾によって46名が虐殺された。
>さて朝鮮人「慰安婦」たちが、台湾から強制連行されようとした行き先地宮古島は、大体営が1944年7月から1945年2月までに、
>「米軍が宮古島に上陸する」と判断して、約3万人の軍隊を派遣した島である。この部隊配置にあわせて「慰安所」が次々とつくられ
>16か所におよんだ。そして中国から朝鮮から台湾から「慰安婦」たちは連行されたのである。
空襲での死亡自体は嘘ではなさそうかな。地元の人も船に乗ってただけの人間のことなんか確かに知らないだろうし。
慰安婦の移動って強制連行だったんだw
与那国の空襲自体は、与那国小学校の歴史に詳しく掲載されてた。 昭和19年 10月10日・空襲警報発令さる。授業中止し、職員は御影の警護に当たる。 10月13日・久部良部落空襲をうける。 昭和20年 2月14日・敵機宇良部を空襲す。 2月15日・午前9時半より祖内部落を空襲す、児童を待機せしめ機を見て直ちに下校、全児童無事なり、明日より当分授業中止をなす。 4月13日・午前7時より敵機艦載機来襲、東校舎多少の被害ありたり。 6月22日・敵機来襲、本日より初等科授業中止。
919 :
マンセー名無しさん :2013/03/25(月) 18:42:06.92 ID:UP/WM2ux
920 :
マンセー名無しさん :2013/03/26(火) 00:10:43.76 ID:FerKDOIJ
>>917 「連行」だけなら、「連れて行った」のは事実だから
まあいいんじゃないかな?
「強制」という言葉は使ってないし、虐殺したのは米軍っていってるし
記者は明らかにサヨク寄りな発想で書いた記事だろうけどw
韓国人の遺伝子の特徴について 米人類学者Cavalii−Sforzaの遺伝子勾配データによれば、 朝鮮人は世界でも類を見ないほど均一なDNA塩基配列の持ち主であり、 これは過去において大きな Genetic Drift(少数の人間が近親相姦を 重ねて今の人口動態を形成)か、あるいは近親相姦を日常的に繰り返す文化の 持ち主だった事を表します。 (文献:The Great Human Diasporas: The History of Diversity and Evolution. 1995.. Luigi Luca Cavalii-Sforza and Francesco Cavalli-Sforza. Addison Wesley Publ. ISBN 0-201-44231-0) umiushiakai←ドイツで人類のゲノム解析やってる大学教授の話。朝鮮民族は近親相姦の 物と思われるゲノム上の痕跡(修正不能)が多すぎて、他の民族では考えられない異常な 近親相姦を、民族として繰り返していたと思われる。 あまりにショッキングで常軌を逸した内容なので、そのゲノムの発表は出来ない­。 また、朝鮮人男性の40%に発症すると言われる統合失調症も、それが原因である 可能性が大きい。異常な民族と言わざるを得ない。
923 :
wwwww :2013/03/26(火) 06:56:24.89 ID:KKglFG4S
921-923 ネトウヨの無差別荒らしに見せかけて、ハン板でもこのスレだけ無関係の書き込みするとか 何か上に都合の悪いことでも書き込まれたか?
>>924 多分、そうでしょうね。>都合の悪いこと
確か、『沖縄の民族運動とサヨク寄りの慰安婦話について話していた』のですよね。
そうしたら、コピペ厨がやって来た。解りやすいです。
皆さん、その話を批判的に話されていたので、あれらのコピペをしたのは、
それが気に入らない連中、
おそらくは、沖縄で活動しているコミーどもの手下ではないかと。
926 :
マンセー名無しさん :2013/03/26(火) 10:55:11.08 ID:q+UCM/2r
>>920 そもそも連行という言葉の意味に、有無を言わさず連れて行く強制性が込められているわけだから、
「強制連行」では「馬から落馬した」のように日本語としておかしいだろうと前々からいわれている。
>>925 もっとまずかったのはその前で人権…の話題が出たことだと思うよw
ま、この話はこの辺にしとこうw
>>927 そうでしたか。有難うございます。
では、私の方もこの辺にしておきますね。
琉球ってお歯黒の風習はあったの?
日本のお歯黒に相当するのは、ハジチ(ハジキ、針突き)だろ 明治後期生まれのうちの婆さんは入れて無かったけど、 婆さんの親の世代(明治前期生)ぐらいまでよく見たそうだ。 沖縄戦のフィルムでガマから出て来るオバアの手を見てると、 墨の後が時々確認できる
>>902 沖縄が万が一まかり間違って独立しちゃった場合、
本土に住んでいる沖縄出身者やその家族・子孫等、沖縄に本籍がある人たちは皆
本当に「在日沖縄人」ということになるわけだが、一体どのくらいの人数になるんだろうか。
明治から現在まで絶えず移住者を送り続けているのでかなりの人数になるだろう、
多分在日朝鮮人より多いだろうが、ひょっとして沖縄県の全人口(約140万人)よりも多いかな?
因みに、奄美の場合は、在阪の奄美出身者だけで奄美の人口(約12万人)より多いらしい。
独立したら、なおさら島には戻りたくなくなるかも 内地と行き来するのにパスポートがいるような状態になんてごめんだよ 優秀な人間ほど県内にいて満足するわけがない、頭脳流出が起こるよ 優秀な人間は北朝鮮みたいに島から出て行かないようにする? 脱琉者、琉球難民が発生するね
米軍統治時代にも密航した人いたもんな
>>931 奄美沖縄そんなに居ないよ。
朝鮮系の皆さんの方が圧倒的だよ。
935 :
マンセー名無しさん :2013/04/01(月) 11:13:25.76 ID:7BvuhLI9
琉球新報 4月1日(月) 「琉球独立」を議論 研究学会、5月15日設立 琉球の島々に民族的ルーツを持つ人が、琉球独立を前提とした研究や討論、 国際機関への訴えなどの取り組みを進める「琉球民族独立総合研究学会」が5月15日、設立される。 設立準備委員会は、研究者だけでなく広く一般から、設立発起人や会員としての参加を呼び掛けている。 独立を前提に、琉球にルーツを持つ人を参加対象とした議論の場ができるのは初めて。 宜野湾市内で3月31日に開かれた準備会の会合にネットで参加した共同代表の松島泰勝・龍谷大学 経済学部教授(49)は「オール沖縄でオスプレイに反対する状況で日本政府による配備押し付けという やりたい放題の中、琉球人が島で平和に生きるため、独立の選択肢を具体的に議論しないといけない」と語った。
>>935 >共同代表の松島泰勝・龍谷大学経済学部教授(49)は
>「オール沖縄でオスプレイに反対する状況で日本政府による配備押し付けという
>やりたい放題の中、琉球人が島で平和に生きるため、
>独立の選択肢を具体的に議論しないといけない」と語った。
松島教授ないしは彼が所属する集団にとって、
オスプレイの沖縄配備は相当に都合の悪いことなんでしょうなw
そもそも、こいつの専門は「経済学」な訳です。
なのに、その知識を使って、沖縄を繁栄させようとはしていない。
この事から解るのは、『松島教授はコミーだって事』ですよ。
何とかして、こいつらは沖縄から米軍を追い出したいのでしょう。
確か、オスプレイは空中給油無しで尖閣まで行けるそうですから、
この機体が複数配備されてしまうと、
『和平演変を企む松島教授サイドとしては困る。』
で、美辞麗句を並べ立て、"琉球独立空談"を言い散らすって事ですね。
938 :
マンセー名無しさん :2013/04/02(火) 02:16:09.50 ID:5ciNNoqR
松島先生の主張に矛盾を感じる点 「琉球民族独立総合研究学会」と仰ってるのですが たしか想定国名は「琉球自治共和国連邦」なんですよね (リンクが貼れないので検索してね) 連邦?なにか沖縄・宮古・八重山・奄美の4っつの「自治共和国」連邦らしいのですが 「自治共和国」って確か民族別に設定しているのが世界的な常識だったはずw なんだ「琉球民族」って幻想じゃん言葉だって統一された「琉球語」なんて無いしw
939 :
マンセー名無しさん :2013/04/02(火) 10:31:32.90 ID:gUdJkhSa
>>912-918 さて、事実はどうなんだろうか
八重山日報3月29日
「慰安婦虐殺は捏造」 糸数氏、迷惑料要求も批判 与那国町議会
糸数氏は、与那国島で朝鮮人慰安婦が米軍に虐殺されたといわれることについて「私は還暦だが、この年になるまで
そんな事実を聞いたことがない。島の大先輩たちも有り得ない話だという」と指摘。慰安婦の件を県史に執筆した宮古島の
元軍医と同姓同名の人物を探し当てたが、関係者も事実を否定したと述べた。
その上で、慰安婦の虐殺を「捏造」と断言。慰霊祭の参加者もほとんどが島外や韓国からだったとして「(自衛隊配備
反対運動と)連動しているという懸念がある。国境の島がおかしなことになっては困る」とくぎを刺した。
940 :
マンセー名無しさん :2013/04/02(火) 23:34:27.83 ID:LMmjuOGE
1609年、薩摩との戦争で負けた琉球王府は国体護持のために奄美を捨て石にした。 そのため、小中華主義の琉球王国と隔絶されていた期間が長いので奄美の島々は南西諸島の古俗を保っている。 二世紀半に及ぶ薩摩の直轄植民地の支配でも途切れなかった南西諸島の古層の血脈は 奄美の人間が南西諸島から琉球を排除し、南西諸島を開放する戦いの原動力になるだろう。 奄美を捨て石にしていた時代に完成された琉球伝統文化や伝統芸能は、奄美の民衆の血の犠牲の上に成り立った文化であり伝統芸能である。 南西諸島から血塗られた偽善で成り立った琉球を排除し、古層に戻ることが我々南洋の民の義務である。
941 :
マンセー名無しさん :2013/04/02(火) 23:53:12.95 ID:LMmjuOGE
イデオロギーで歴史を利用する人間や、商売で歴史を利用する人間たちが南西諸島の歴史を利用するのならば 我々、南西諸島の古層を保った血脈はその人物や思想を排除するために立ち上がらねばならない。 南西諸島に存在した南洋の民に共通した古層があり、南西諸島の古俗を覚醒させるためにそれを琉球と呼びぶのならば 真の琉球がどこにあるか戦いが起きるであろう。
>>940 沖縄嫌悪者による
琉球ネガティブ工作展開中。
琉球と沖縄って結構違うと思うんだ
琉球民族ではなく 奄美民族、沖縄民族、宮古民族、八重山民族、与那国民族です 琉球語ではなく 奄美語、沖縄語、宮古語、八重山語、与那国語です。
なるほど よく沖縄独立論の話で奄美の話題になると、独立論者は決まって奄美の選択でどうとでも、 みたいな投げやりな言い方をする印象があったもんだが むしろ奄美まで回収しないと大義が成り立たないんじゃないか?みたいな疑問が湧いて腑に落ちなかったんだよな 沖縄本島の言うことを聞かない離島は捨てていくみたいな手法だったら独立琉球って何なんだみたいなことになるかもな松島先生w もちろん奄美にも工作仕掛けてますよね
946 :
マンセー名無しさん :2013/04/03(水) 10:05:16.16 ID:jFDeiQni
947 :
マンセー名無しさん :2013/04/03(水) 10:35:54.63 ID:2kN8u/nt
>>946 >>944 の論調を借りると
沖縄民族に洗脳されて琉球民族なる幻影への同化を夢見てしまい
八重山民族を売り渡そうとする裏切り者松島泰勝?w
948 :
マンセー名無しさん :2013/04/03(水) 10:46:54.35 ID:jFDeiQni
>>947 944も微妙に違う気がするけどなあ
宮古で例えるなら
下地民族、伊良部民族と違うし
奄美でも奄美、喜界、徳之島は違う
949 :
マンセー名無しさん :2013/04/03(水) 10:49:23.10 ID:jFDeiQni
いうならば沖縄諸民族、先島諸民族、奄美諸民族、etc・・・ これが妥当だろうな
950 :
マンセー名無しさん :2013/04/03(水) 11:21:25.46 ID:bO/FeDzs
眞露の "チャミスル"の焼酎で軽油の成分が検出されました。
警察署は清酒のレストランで販売した焼酎で、揮発性のにおいがする報告を受けて焼酎15本を回収して、
国立科学捜査研究院で検査した結果、軽油成分が検出されたと明らかにしています。
国立科学捜査研究院は、未開封の11本開封された4本など15本の焼酎を回収して鑑識した結果、
8本の内&middot;外部からの少量の軽油成分が検出されたと明らかにしています。
これに伴い、警察は監督機関である食品医薬品安全先に通知する予定です。
軽油は吸入したり飲んだ場合、吐き気や下痢&middot;頭痛&middot;眠気&middot;めまいを起こします。
眞露側は、流通や保管の過程で経由成分が流入した可能性がありますが、
警察の捜査を見守った後、会社側の立場を明らかにすると述べました。
ソース(韓国語)
http://media.daum.net/economic/others/newsview?newsid=20130402142405726
民族分離は国家と御用学者がやるんだよ。 「俺たち大和民族お前等琉球民族」 政治でもあるが国家のルーツ血統に関わって非常に重要な部分だ。
要するに琉球独立論とは 薩摩侵攻前の琉球国の範囲で日本から分離 しようということです。 それには奄美地域、沖縄地域、宮古地域 八重山地域の賛同を得ないといけないわけで 実現は困難でしょう
953 :
マンセー名無しさん :2013/04/03(水) 12:09:30.95 ID:2kN8u/nt
>>952 >>942 の発言
>沖縄嫌悪者による
>琉球ネガティブ工作展開中。
沖縄主義者?、それとも琉球主義者?
954 :
マンセー名無しさん :2013/04/03(水) 12:56:38.97 ID:jFDeiQni
>>952 ここで奄美、先島等の離島を語る連中って
他の島は総スルーしてる感があるが、何主義者なんだろうな?w
956 :
マンセー名無しさん :2013/04/03(水) 15:41:47.07 ID:jFDeiQni
>>955 たくさんあるが知らないのか?
内地の人間か外国人か?
それなら知らないのも無理はないが
久米島久高島伊平屋島も民族名乗って独立するかいwww
>>939 これ国会でもやろうよ。朝日新聞記者と、福島瑞穂と、自称慰安婦を証人喚問し、
迷惑料を請求するの。
959 :
マンセー名無しさん :2013/04/03(水) 19:28:15.41 ID:gicBC5lz
>>955 俺はあんたの変わった主張に質問を投げかけてるのに
実は離島の名称すら知らないってかwwwww
961 :
マンセー名無しさん :2013/04/04(木) 12:48:12.84 ID:PIj8AtFZ
産経2013.4.4 与那国町長「国防より金が大事」 陸自部隊、与那国から石垣島に変更検討 10億要求の町長「決裂やむなし」 与那国島(沖縄県与那国町)への陸上自衛隊「沿岸監視部隊」の配備計画で、政府は3日、配備先を石垣島(同県石垣市)に 変更する検討に入った。与那国町との用地取得交渉が難航しているためで、同町の外(ほか)間(ま)守(しゅ)吉(きち)町長も 3日までの産経新聞のインタビューに対し、「交渉決裂もやむなし」と述べた。 さあ、八重山出身の松島先生はなんと言い出すか?w
>>959 沖縄本島周辺の離島は沖縄の括りでいいじゃないかい?
文化は本島と同じなのに久米島や粟国や渡名喜
また東側の与勝沖の離れや津堅久高まで独立はありえないだろ。
963 :
マンセー名無しさん :2013/04/04(木) 16:02:23.91 ID:NQbKIXeS
琉球独立論とは薩摩侵攻前の琉球国の範囲で 独立しようということでしょう しかしそれには奄美地域、沖縄地域、宮古地域 八重山地域の賛同を得ないといけないので 実現は困難でしょう。
965 :
マンセー名無しさん :2013/04/04(木) 16:37:39.79 ID:NQbKIXeS
>>965 もう一回質問してくれイマイチ意味が分からん。
沖縄主義者と琉球主義者ってのが意味分からんな 沖縄という名称も琉球という名称もいい名前だとは思う。
968 :
マンセー名無しさん :2013/04/05(金) 10:08:29.35 ID:ZD4nAY6P
>>935 で紹介された「琉球民族独立総合研究学会」なる団体の中心人物・松島泰勝の恩師ってのが
北朝鮮「地上の楽園幻影」信者である西川潤(早稲田大学名誉教授、存命)なんだって
松島がプログでさも嬉しそうに紹介してた
だからだな松島のプログがアカ人物たちへの賛美に溢れているのも納得いくわけよ
「沖縄の痛み忘れてる」 式典に広がる反発 むぬかちゃー(ライター)の知念ウシさん(46)は「安倍首相をはじめ日本政府は、沖縄の歴史を十分知った上で式典を開催するつもりだろう。知らないはずはない」と考える。 「琉球国を武力併合した上に戦場にし、敗北すれば敵国に引き渡す。日本は、沖縄を植民地にしたから、自らの都合のいいように使う。そのようにして、現在も基地を押しつけている」と指摘。 その上で「普天間基地の県内移設やオスプレイ配備に『オール沖縄』で反対する中、このような式典の企画、実施とは、沖縄を今後とも植民地にするという宣言だ」と話した。 沖縄タイムス(2013年3月9日)
970 :
マンセー名無しさん :2013/04/06(土) 14:07:28.51 ID:454OZ9QX
基地返還・統合計画 沖縄だけの犠牲は限界だ 詐術に等しい「負担軽減」2013年4月6日 これはまさに「沖縄の基地負担温存政策」ではないか。県外に行く基地は一つもない。沖縄だけを犠牲にする政策がもはや限界だと、なぜ気付かないのか。 日米両政府が嘉手納基地より南の5基地の返還・統合計画を発表したが、5基地返還は2005年に合意したことで、今回はその時期を示したにすぎない。 それを、さも安倍政権が努力した「負担軽減」であるかのように言いはやすのは、経緯を知らない国内世論向けの印象操作だ。詐術に等しい。 沖縄だけに基地を押し込める方策は過去何回も頓挫してきた。政府は過去の失敗に学ぶべきだ。 (琉球新報社説2013年4月6日)
社説[官房長官来県]沖縄の声を聞いたのか 菅義偉官房長官が3日、就任以来、初めて来県した。 まず向かったのは国立沖縄戦没者墓苑。昼食を挟んで那覇市内のホテルで仲井真弘多知事と会談し、午後から米軍普天間飛行場を宜野湾市役所屋上から視察。 その後、県民の声を聞くという趣旨で、県内マスコミ5社を回った。 日帰りの慌ただしい日程だった。仲井真知事との会談では、日米合意に基づき辺野古に移設する考えを伝えた。那覇空港では記者団に「唯一の案は辺野古への移転」と言い切って沖縄を後にした。 果たしてこれで沖縄の声が聞けたのだろうか。 防衛省は3月に辺野古沿岸部の公有水面埋め立て承認申請書を県に提出している。 菅氏は終始、丁寧な姿勢をみせたが、公有水面埋め立て申請を取り下げるなど、辺野古移設を見直す考えが全くないことを沖縄まで来て強調して見せたのである。 沖縄の声を聞くと言いながら、「辺野古ありき」の結論を一方的に押し付けようとするのはあまりにも不誠実だ。 (沖縄タイムス社説2013年4月4日)
菅氏に皮肉「これで主権回復か」 【宜野湾】宜野湾市役所前には、普天間飛行場の県内移設に反対する市民ら約40人が集まり、視察に訪れた菅義偉官房長官に抗議した。黒塗りの車列に、「辺野古にも人間はいるんだぞ!」と怒声が響いた。 市役所は広大な普天間に接しており、「これで主権回復か」と痛烈な皮肉も飛んだ。 基地の県内移設に反対する県民会議は県庁前県民広場で「基地押し付け来県に抗議する緊急集会」を開き、約100人が参加した。集会のさなかにオスプレイ2機が転換モードで付近の市街地上空を通過。 宜野湾市から参加した男性(39)は「官房長官もこの状況を見るべきだ」と日米合意違反に憤った。崎山嗣幸共同代表はあいさつで「辺野古埋め立て申請を県民総意ではね返そう」と呼び掛けた。 (沖縄タイムス2013年4月4日) 日本人が沖縄人から嫌われている証拠。
主権回復の日、32首長「式典反対」 本紙調査、開催賛成はゼロ 琉球新報は27、28の両日、県内全41市町村長を対象に、政府が4月28日を「主権回復の日」として記念式典を開催することへの是非などを問う緊急アンケートを実施し、全首長から回答を得た。 その結果、式典開催についてはおよそ8割(78%)に当たる32人が反対し、賛成はいなかった。9人が「その他、無回答」だった。 仲井真弘多知事の式典出席には26人(63%)が「出席すべきでない」と回答し「出席すべき」は2人(5%)にとどまった。 「主権回復の日」の式典開催に対し、批判的意見が大勢を占めることが浮き彫りになった。 (琉球新報2013年3月29日) 日本人が沖縄人から嫌われているのは↑の記事を見ても明らか。 日本人が沖縄人から嫌われていないなら、日本政府が主催する「主権回復の日」の式典にこれだけ激しく反発するわけがない。
974 :
マンセー名無しさん :2013/04/06(土) 15:18:41.73 ID:y108PVKn
>市民ら約40人 正体はアカ活動家、闘争とか戦うとか言う言葉が大好きな血の気が多い好戦的な人たち ゲバ棒で突撃したくてウズウズしているのです なお辺野古住民0人ね >崎山嗣幸共同代表 沖縄県議会議員、社民・護憲 ( 会派代表者) なんだアカじゃん
975 :
マンセー名無しさん :2013/04/06(土) 15:22:58.44 ID:y108PVKn
注意しよう、貴方の隣の赤いやつ 沖縄のアカは沖縄生まれ沖縄育ちの人物でも気にいらないと排斥するレイシストです 沖縄のアカは本土のアカや在日や特ア三国の人間を無条件で沖縄県民と詐称する嘘つきです
共産党県委の赤嶺政賢委員長は「沖縄、奄美、小笠原を切り捨て米国の施政権下に置いた日であり、今日の基地問題の矛盾の源泉。屈辱の日を主権回復の日と位置付けるのは、県民への冒涜(ぼうとく)だ」と批判した。 (沖縄タイムス2013年3月13日) 沖縄の赤嶺政賢衆院議員も式典開催は「県民への冒涜(ぼうとく)」と日本政府は厳しく批判している。 沖縄県民を冒涜(ぼうとく)する日本政府が沖縄県民から嫌われるのは当たり前のこと。
4・28式典 許し難い日、県民を冒涜 沖縄の赤嶺政賢衆院議員も式典開催は「県民への冒涜(ぼうとく)」と日本政府は厳しく批判している。 社大党の糸数慶子委員長は「県民が屈辱の日と反発するのを無視した式典の挙行は断じて許されない。沖縄との信頼関係は完全に失われ、県民の理解と協力は得られなくなる」と述べ、普天間飛行場返還問題への影響に言及した。 沖縄の赤嶺政賢衆院議員も式典開催は「県民への冒涜(ぼうとく)」と日本政府は厳しく批判している。 糸数慶子衆院議員も政府主催の式典には激しく反発している。 これが沖縄の普通の感覚。
978 :
マンセー名無しさん :2013/04/06(土) 15:40:39.58 ID:y108PVKn
屈辱の日ってなんですか?ってのが沖縄一般県民の感想 奄美、小笠原でも屈辱の日ってなんですかってのが一般住民の感想 アカとそのシンパと便乗した沖縄の金クレクレ政治家が言っているのです 新しい言葉を作りだす事に熱心なアカども
979 :
マンセー名無しさん :2013/04/06(土) 15:42:51.10 ID:y108PVKn
沖縄の赤嶺政賢衆院議員と糸数慶子衆院議員 有名なアカですね
4・28式典 許し難い日、県民を冒涜 国民の生活が第一県連の玉城デニー代表は「27年間も米国の施政権下に置かれた側として、式典開催に疑問が出て当然。 安倍首相がどんなに『沖縄への配慮』と言っても言葉が軽い。開催する真意を問いたい」と政権の姿勢を厳しく指摘した。 (沖縄タイムス2013年3月13日) 沖縄では安倍首相はまったく信用されていない。 沖縄選出の国会議員のコメントがそれを証明している。
4・28式典 許し難い日、県民を冒涜 自民党県連の翁長政俊会長は「沖縄や奄美、小笠原の苦難に、政府がきちんと歴史的認識と贖罪(しょくざい)の念を持ち、対処することが必要だ」と述べ、講和条約で日本から切り離された地域への配慮の必要性を強調した。 (沖縄タイムス2013年3月13日) 沖縄では自民党県連の会長でさえ自民党政府に対し「歴史的認識と贖罪(しょくざい)の念を持ち、対処することが必要だ」と批判している。 日本政府は沖縄に対し、歴史的認識と贖罪(しょくざい)の念を持たない限り、沖縄県民からは信用されないことは強く自覚しなければならない。
982 :
マンセー名無しさん :2013/04/06(土) 15:56:28.62 ID:y108PVKn
>国民の生活が第一県連の玉城デニー アカに洗脳された馬鹿ですね >自民党県連の翁長政俊会長、 沖縄の政治家はいつから奄美と小笠原の代表になったのでしょうか、勝手な連中ですね
>>973 え、沖縄県民の過半数が
自分たちは日本人だ、と認識しているみたいですが・・・
沖縄県民は自分たちも嫌いなんでしょうか?w
4・28式典 許し難い日、県民を冒涜 社民党県連の新里米吉委員長は、県内で復帰前の「4・28」に県民大会と網の目行進が実施された経緯を指摘。「県民にとって許し難い日だとの認識が首相、閣僚に乏しい。式典は事実上のお祝いであり、中止すべきだ」と要求した。 (沖縄タイムス2013年3月13日) 沖縄の県議は日本政府に対し4月28日の「主権回復の日」の式典を中止するよう求めている。 これが沖縄人の日本政府に対するごく普通の感覚。
朝鮮人の分断工作コピペうぜえw
986 :
マンセー名無しさん :2013/04/06(土) 17:20:48.62 ID:y108PVKn
>>984 >社民党県連の新里米吉委員
沖縄のアカ紹介ありがとうw
日本政府が主催する4月28日の「主権回復の日」の式典開催について 賛成=日本人 反対=沖縄人 つまり、こういうこと。
1879年のいわゆる「琉球処分」で、当時、日本の領土ではなかった琉球(沖縄)を日本に併合した明治政府。 歴史的事実を整理すると、 1952年4月28日=アメリカの植民地にあった日本が独立した日(実質アメリカ追従国家だが) 1952年4月28日=日本がアメリカから独立した引き換えに沖縄がアメリカに里子に出された日 沖縄では日本政府が主催する4月28日の「主権回復の日」の式典開催について猛反発しているが、 この歴史的事実を踏まえれば沖縄が猛反発するのは当然のこと。 琉球人(沖縄人)が頼みもしないのに勝手に日本に組み入れておきながら、第二次世界大戦でアメリカに負けた後の1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約を発効して、日本政府は手のひらを返すように何のためらいもなく沖縄をアメリカに譲り渡した。 だから4月28日に日本政府が主催する「主権回復の日」の式典に沖縄が反発し、沖縄県議会および多くの市町村議会で「抗議決議」が可決されて、 その4月28日には沖縄県宜野湾市で日本政府に抗議する「県民大会」が開催されることになった。 これが沖縄県民の民意であり、沖縄タイムス、琉球新報の主張でもある。 長年にわたって俺は「沖縄は日本政府からアメリカに里子に出された」と言い続けてきたが、 その「里子に出された」という表現は、この間の菅官房長官との面談で琉球新報の富田社長も使っていた。 この「主権回復の日」についての思いは、俺と琉球新報社、あるいは沖縄タイムスはまったく同じ考えであることがこれで証明された。
で、その沖縄県民の過半数が 我々は日本人であると認識している、とw 分断工作しても無駄だからw 朝鮮人www>ID:454OZ9QX
990 :
マンセー名無しさん :2013/04/06(土) 18:49:13.77 ID:DFQ2iVUh
スレ立てした
>>1 ですが、新規スレ立てができない環境になっちゃいましたんで、
まだ需要があるようでしたらどなたかお願いします。
しかし、スレ終わりになると 急にアナゴモドキの朝鮮人が沸いてでてくるんだなw へたくそな工作ですことw
立ててきたよん>新スレ
「沖縄の痛み忘れてる」 式典に広がる反発 むぬかちゃー(ライター)の知念ウシさん(46)は「安倍首相をはじめ日本政府は、沖縄の歴史を十分知った上で式典を開催するつもりだろう。知らないはずはない」と考える。 「琉球国を武力併合した上に戦場にし、敗北すれば敵国に引き渡す。日本は、沖縄を植民地にしたから、自らの都合のいいように使う。そのようにして、現在も基地を押しつけている」と指摘。 その上で「普天間基地の県内移設やオスプレイ配備に『オール沖縄』で反対する中、このような式典の企画、実施とは、沖縄を今後とも植民地にするという宣言だ」と話した。 沖縄タイムス(2013年3月9日) 安倍首相が沖縄県民から嫌われるのは、知念ウシのコメントを見れば一目瞭然。
アナゴってなにもの?
>>995 君のすぐ上にいる、自称沖縄県民で正体は朝鮮人
997 :
マンセー名無しさん :2013/04/06(土) 23:55:03.50 ID:454OZ9QX
沖縄人が日本人のことを「ヤマトンチュ」というのは別に何の問題もない。
なぜなら、日本人と沖縄人はそもそも異人種だから当たり前のことであって、
むしろ、それに対して異論を述べること自体が間違っている。
琉球新報が「ヤマトンチュ(日本人)」と書いたことが間違っていなかったことは、
この記事に対して苦情や抗議などが一切なかったことで証明できている。
沖縄にいる日本人はこの記事を見てショックを受けていたという話はいくつか耳にした。
そして、本土の日本人もこの記事を見て驚いたという話もかなり耳にしている。
しかしながら、沖縄人自身が自らを日本人と思っていないのは紛れもない事実であり、
それが琉球新報の記事によって証明されたということであって、日本人はその現実を真摯に受け止めるべきである。
琉球新報(2012年9月20日)
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-197101-storytopic-1.html
999 :
マンセー名無しさん :2013/04/07(日) 00:18:23.55 ID:qjI+wRzM
いつのも自称沖縄人アナゴID:454OZ9QXは姦しいよな 強姦が国技の変態民族だから仕方無いかな いつも終了間際のスレに現れてはコピペ三昧しか脳の無い馬鹿 悲惨な火病患者に治療法は無いね
奄美自治州
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Over 1000 Thread ZZzzz…∧_ ∧_∧ ./ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
<,,-д( ´∀`) < 1000越えるまで頑張ったんだね
(っ(,,_ノ ソ \_____________
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