あらすじ2(変転)
(妻の)英ヘ(よんへ)は体をくねらせていた。
起龍(キリョン)は、女が興奮のあまりふるえ、のたくっている姿を余裕
たっぷりに見下ろしながら、緩急を付け、彼女にのしかかっていた。
二人は、抱き合ったまま絶頂に達した。
「愛してるわ」
「おれもさ」
起龍は言う。
「(太五を)痛い目にあわせてやろうか」
「あら、だめ」
「あの御仁がもしおれたちのことを姦通罪で告訴すれば、どうなるんだい?」
「告訴されれば、拘束されて、自動的に離婚ということになるの。いっそのこと
その方がいいわ」
なんだって? 刑務所に入るのか。ただの一日でも嫌だな」
二人が出会ったのは一ヶ月前。男は三十五歳。女は、軽く誘われただけで
堰を切ったように引き込まれた。それほど、彼女は男が欲しかったのだ。
「慰謝料をたっぷりはずんだら?」
「むしろ侮辱されたと感じるみたいなの」
「いい方法がある」
「どういう意味?」
「殺してしまうんだ」
「本気なの?」
「冗談だよ」
太五は、日ごとに陰鬱になっていった
げっそりと頬がこけ、夜も眠れない。
会社でも、心配されるほどであった。
敗北と侮蔑は、憎悪へと転じた。
そんなところに、姑が来た。
「どうしてこんなことになったのでしょう?」
「離婚するのであれ、しないのであれ、一度会わねばならんでしょう」
「とにかくお互い理解し合って生きていくようにするんだね」
「分かりました」
その二日後、退勤して変えると、家が片付けられ、妻の荷物がまとめられていた。
妻が最後の手料理を作ったが、どちらも食欲がなかった。
「あのことだが、もう一編考えてみようや」
「ごめんなさい。もう、あなたへの愛情が冷めてしまったの」
これ以上残酷な言葉があるだろうか。
「愛なんて美名を持ち出して、姦通を合理化させようって魂胆なのか?」
「現実を重視したいんです」
「そいつは何歳なんだい」
「三十五歳よ。俳優よ」
「俳優だと?」
実に意外だった。
「男っぷりがいいんだろうな」
「外見に引かれたわけじゃないわ」
「とにかく、離婚はだめだ」
太五の目が、ふと台所に置いてある包丁に行く。
湧き上がってくる憤怒のために涙が出そうになる。
「離婚してくれなくてもいいわ。手段はあるから」
「どうしようってんだ?」
「弁護士に聞いてみたのよ、法的には、充分離婚の理由になるって」
太五の目が空ろになる。
妻が後ずさる。
後ずさりながら、妻は体の向きを変えると玄関に出ていった。
「時間の余裕をくれないか」
「ありがとう。わたしはいけない女なの。ゆるして!」
〈テレビ俳優。三十五歳。離婚歴あり。娘が一人〉
土曜日、勤務を終え、家に帰った。
俳優協会に電話をかける。
「責任者をお願いします」
「どちらさまで?」
「あ、こちらは特捜部なんだが……」
「あ、そうなんですか……」
言葉付きが丁寧になる。
「テレビ俳優に関する資料は、そっちにあるんだろう」
「はい」
「三十から四十までの男の俳優の、名前、住所、離婚歴etcを教えて
もらいたい」
ややあって、相手が読み上げ始めた。
お目当ての相手は、十分ほどで出てきた。住所と電話番号をメモし、電話を
切った。
羅起龍は、良くテレビでも見かける顔である。俗物的で、見てくれのいい
二枚目である。
薄汚ねえ野郎、三十五歳よりは生きられないようにしてやろうじゃないか。
太五は、眼鏡屋に立ち寄って、サングラスを二つ買った。
D放送局に電話をかける。羅起龍を呼び出す。
スタジオで録画中で、小一時間かかるそうだ。
D放送局の向かいの二階にある中華料理屋に入る。
小一時間ほどして、羅起龍が出てきた。
サングラスをかけて、尾ける。
羅起龍は、Dホテルに入っていった。
Sホテルは、一流の大規模ホテルである。(Dホテルがいつの間にかSホテルに)
ロビーで、珈琲を飲みながら待機する。はらわたがよじれる思いがした。
妻は先に来て待っているのだろう。
と、空色のツーピースを着た女が目にとまった。
妻だった。
三時間ほど経った。
快楽を貪った後、妻と羅起龍が出てきた。
また後を尾ける。
二人は冷麺食堂に入った。太五も、団体客に紛れてはいる。
太五は、用心深く二人の後ろの席に座った。
「息子が欲しい?」
妻が聞く。
「どちらかと言えば男の子がいいな。とは言ってもまず夫婦にならなけりゃ」
「分かってます。うまくいくわよ」
そして、妻が言う。
「何時頃になったら来られるの」
「十時半だな」
「待つわ」