【ノーベル賞への】韓国ミステリ等【どこでもドア】

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140スピノザ ◆ehSfEQPchg
 あらすじ2(変転)

 (妻の)英ヘ(よんへ)は体をくねらせていた。
 起龍(キリョン)は、女が興奮のあまりふるえ、のたくっている姿を余裕
たっぷりに見下ろしながら、緩急を付け、彼女にのしかかっていた。
 二人は、抱き合ったまま絶頂に達した。
「愛してるわ」
「おれもさ」
 起龍は言う。
「(太五を)痛い目にあわせてやろうか」
「あら、だめ」
「あの御仁がもしおれたちのことを姦通罪で告訴すれば、どうなるんだい?」
「告訴されれば、拘束されて、自動的に離婚ということになるの。いっそのこと
その方がいいわ」
 なんだって? 刑務所に入るのか。ただの一日でも嫌だな」
 二人が出会ったのは一ヶ月前。男は三十五歳。女は、軽く誘われただけで
堰を切ったように引き込まれた。それほど、彼女は男が欲しかったのだ。
「慰謝料をたっぷりはずんだら?」
「むしろ侮辱されたと感じるみたいなの」
「いい方法がある」
「どういう意味?」
「殺してしまうんだ」
「本気なの?」
「冗談だよ」
141スピノザ ◆ehSfEQPchg :2012/08/08(水) 12:19:38.50 ID:JnLGrZC0
 太五は、日ごとに陰鬱になっていった
 げっそりと頬がこけ、夜も眠れない。
 会社でも、心配されるほどであった。
 敗北と侮蔑は、憎悪へと転じた。
 そんなところに、姑が来た。
「どうしてこんなことになったのでしょう?」
「離婚するのであれ、しないのであれ、一度会わねばならんでしょう」
「とにかくお互い理解し合って生きていくようにするんだね」
「分かりました」
 その二日後、退勤して変えると、家が片付けられ、妻の荷物がまとめられていた。
 妻が最後の手料理を作ったが、どちらも食欲がなかった。
「あのことだが、もう一編考えてみようや」
「ごめんなさい。もう、あなたへの愛情が冷めてしまったの」
 これ以上残酷な言葉があるだろうか。
「愛なんて美名を持ち出して、姦通を合理化させようって魂胆なのか?」
「現実を重視したいんです」
「そいつは何歳なんだい」
「三十五歳よ。俳優よ」
「俳優だと?」
 実に意外だった。
「男っぷりがいいんだろうな」
「外見に引かれたわけじゃないわ」
「とにかく、離婚はだめだ」
142スピノザ ◆ehSfEQPchg :2012/08/08(水) 12:20:10.27 ID:JnLGrZC0
 太五の目が、ふと台所に置いてある包丁に行く。
 湧き上がってくる憤怒のために涙が出そうになる。
「離婚してくれなくてもいいわ。手段はあるから」
「どうしようってんだ?」
「弁護士に聞いてみたのよ、法的には、充分離婚の理由になるって」
 太五の目が空ろになる。
 妻が後ずさる。
 後ずさりながら、妻は体の向きを変えると玄関に出ていった。
「時間の余裕をくれないか」
「ありがとう。わたしはいけない女なの。ゆるして!」
〈テレビ俳優。三十五歳。離婚歴あり。娘が一人〉
 土曜日、勤務を終え、家に帰った。
 俳優協会に電話をかける。
「責任者をお願いします」
「どちらさまで?」
「あ、こちらは特捜部なんだが……」
「あ、そうなんですか……」
 言葉付きが丁寧になる。
143スピノザ ◆ehSfEQPchg :2012/08/08(水) 12:36:20.33 ID:JnLGrZC0
「テレビ俳優に関する資料は、そっちにあるんだろう」
「はい」
「三十から四十までの男の俳優の、名前、住所、離婚歴etcを教えて
もらいたい」
 ややあって、相手が読み上げ始めた。
 お目当ての相手は、十分ほどで出てきた。住所と電話番号をメモし、電話を
切った。
 羅起龍は、良くテレビでも見かける顔である。俗物的で、見てくれのいい
二枚目である。
 薄汚ねえ野郎、三十五歳よりは生きられないようにしてやろうじゃないか。
 太五は、眼鏡屋に立ち寄って、サングラスを二つ買った。
 D放送局に電話をかける。羅起龍を呼び出す。
 スタジオで録画中で、小一時間かかるそうだ。
 D放送局の向かいの二階にある中華料理屋に入る。
 小一時間ほどして、羅起龍が出てきた。
 サングラスをかけて、尾ける。
 羅起龍は、Dホテルに入っていった。
144スピノザ ◆ehSfEQPchg :2012/08/08(水) 12:42:44.37 ID:JnLGrZC0
 Sホテルは、一流の大規模ホテルである。(Dホテルがいつの間にかSホテルに)
 ロビーで、珈琲を飲みながら待機する。はらわたがよじれる思いがした。
 妻は先に来て待っているのだろう。
 と、空色のツーピースを着た女が目にとまった。
 妻だった。
 三時間ほど経った。
 快楽を貪った後、妻と羅起龍が出てきた。
 また後を尾ける。
 二人は冷麺食堂に入った。太五も、団体客に紛れてはいる。
 太五は、用心深く二人の後ろの席に座った。
「息子が欲しい?」
 妻が聞く。
「どちらかと言えば男の子がいいな。とは言ってもまず夫婦にならなけりゃ」
「分かってます。うまくいくわよ」
 そして、妻が言う。
「何時頃になったら来られるの」
「十時半だな」
「待つわ」