【ノーベル賞への】韓国ミステリ等【どこでもドア】

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10スピノザ ◆ehSfEQPchg
 さて、今日からは、装いも新たに、「韓国現代短編小説」という、
一九八五年に出版されたアンソロジーをネタ元にいたします。
 中上健次の解説によりますと、作家たちは日本で言う第一安保
世代に当たる人々、大江健三郎、石原慎太郎、倉橋由美子などと
同世代とのことでございます。
 一方では、高度経済成長によって感性の解体に直面し、祖国分断、
朝鮮戦争、学生革命、軍政、ベトナム派兵と、いやがおうにも感性を
鍛えざるを得ない状況にあった。

どなたでも、韓国には素材、テーマが山積みしている状態だと、
分かってくれるはずだ

 と中上健次は、惹句で煽っております。
 さて、では、そんな韓国文学、どのようなものなのか、観測して
行きたいと思います。
 最初は「秋の死」
 ミステリほど簡単に要約できませんので、二分割します。

 秋の死                 金承ト(キム・スンオク)

 昨夜、パルチザンの襲撃があった。
 ぼくが高台にある家から市街地を見下ろすと、道立病院の
「金色に輝く<Kラス窓で飾られ、そのため燦然と輝く
王宮のように思えた」建物が見える。
11スピノザ ◆ehSfEQPchg :2012/08/05(日) 17:58:13.89 ID:W4Zi9fL/
 一昨年、6・25(朝鮮戦争)が起こった。
 防衛隊本部は、ぼくたち子供が遊び場としていた、大きな無人の
お屋敷に置かれていた。
 それは単に広いだけでなく、
「ぼくらを愉しませるようにいろいろと工夫を凝らしたお屋敷だった」
(誰が、工夫してくれたのか? 主語が不明)。
 そのお屋敷には、地下室があった。
 腐った畳を上げると、揚げ蓋が現れ、そこから地下室に入る。
 ぼくたちは、日がな一日、その地下室に入り浸ったものだった。
 ぼくは、絵が得意で、灰色の壁にクレヨンで絵を描いた。みんな、
その絵を元に様々な物語を作ったものだった。
12スピノザ ◆ehSfEQPchg :2012/08/05(日) 18:04:32.04 ID:W4Zi9fL/
 そうした子供たちの中で、とりわけ忘れられないのは美英(ミ・ヨン)
だった。
 ぼくは、美英と二人きりになったとき、抱きしめたことがある。
 すると、美英は、白いクレヨンをくれて、花を描いてくれと言った
ものだった。
 しかし、6・25以後、美英は日本に避難してしまった。
 美英の家には、「売り家」と書かれた紙が貼られている。
 防衛隊本部が、そのお屋敷から移ったら、あの地下室に行って
みたいと思っていたのだが、今度の襲撃で焼け落ちてしまった。
「僅かに、いままではそのことに気がつかなかったが、にわかに
ぼくは、秋がこの盆地の小都市にも忍び寄り、すべてを色褪せた
ものに変えてしまったと感じるだけだった」(ねじれている)。
 兄が、友人たちと無銭旅行を計画していたのだが、パルチザンの
襲撃によって、台無しになってしまった。やはり、警戒が厳しく
なって、旅行は無理だろう。
 そのため、兄はくさっていた。
13スピノザ ◆ehSfEQPchg :2012/08/05(日) 18:05:04.66 ID:W4Zi9fL/
学校では、昨夜の騒ぎが噂になるだろう。
 勇んで出かけたぼくは、允姫(ユン・ヒ)姉さんにばったり会った。
 姉さんは、女子高校の制服ではなく、チマチョゴリを着ていた。
 家が近いので、姉さんとは呼んでいるが、血の繋がりはない。
 姉さんには、芯の太い4Bの鉛筆をもらったが、盗まれてしまった。
 ぼくが、姉さんの前でもじもじしているのは、その罪悪感から
ではない。
 すると、姉さんは、
「パルチザンが一人、死んだのよ」
 と教えてくれる。
 姉さんは、その死体を見たと言う。
「それ……面白い」
 と、ぼくがわざとおどけた調子で聞くと、
「ええ、面白いわよ」
 と姉さんが答える。
14スピノザ ◆ehSfEQPchg :2012/08/05(日) 18:05:36.57 ID:W4Zi9fL/

 学校に行くと、みんな昨夜の出来事で持ちきりである。
 男の子は、どの子も薬莢の二つや三つは持っている。
 ぼくは、道立病院が燃えたという話を聞き、見に行こうか、と思う。
 しかし、ほんとうは、
「あのお屋敷の焼け落ちた姿が見たかったのである。けれども、それが
無残な姿に変わりはてたいまとなっては、とてもあそこまで見に行く
だけの勇気はなかった」(どっち?)
「みんな、アカの匪賊が死んだことまで走らないだろう」
 みんないっせいにぼくを注目した。
「アカの匪賊の死にざまが見たかったら、ぼくに従いて来いよ」
 みんなレンガ工場に駆けつける。
 人だかりがしていた。大人たちの間にもぐりこみ、覗き込んだ。
 男が一人手足をのばして地べたにうつ伏していた。
 乾ききっていない血の、生ぐさい臭いが幽かに宙に広がっていた。
 血と、銃さえなかったら、酔い潰れた男みたいだった。
 ぼくは、その屍体をぼんやりとのぞきこむ。
「アカの死にざまを見物するのは、かれこれ二年ぶりじゃな」
 ある老人が独りごちた。数人が、ぺっとつばを吐いた。