【ネタバレ】コリアン・ミステリ【上等】

このエントリーをはてなブックマークに追加
348スピノザ ◆ehSfEQPchg
訳者あとがき

 韓国推理作家協会は例年、夏に短編小説のアンソロジーを編集
していますが、本書は一九九八年に刊行されたものの全訳です。各年度
の作品集の中でもとりわけこの年度のものは韓国文化の特徴が色濃く
反映された佳品が揃っており、「韓国ミステリ」という新たな一ジャンル
が成立するのではないかとすら思われるほどです。主立った特徴を一つ
挙げますと、儒教倫理の根幹をなす血統意識を背景にミステリが
生み出され得る、ということになるでしょうか。『血統』、『本当の復讐』、
『疑心の代償』などは韓国でしか書かれ得ない作品であるとは言えますまいか。
この三作品に共通する筋書きは、夫が妻の不倫を疑うことから話が始まり、
結果は夫の方が酷い目に遭う、というものです。韓国では擬妻という
独特の言い回しがあります。夫が妻の不倫を疑うという意味ですが、
男性のそんな意識に対する女性陣の憤りを作者が鋭敏に嗅ぎ取った結果、
生み出されたのかも知れません。
349スピノザ ◆ehSfEQPchg :2012/07/25(水) 13:08:34.37 ID:96C6ZZUr
韓国の小説と言えば、『平倉洞の陰謀』に見られるように濃密な家族関係を
背景に書かれるものと思い込みがちですが、『いとしのシンディー・
クロフォード』のような作品がすでに書かれていたことには驚きを
禁じえません。ミステリの短編としてさりげなく発表されたこんな作品を
私は評価したいと思います。『訪問者』もまた然り。
 全斗煥そして盧泰愚政権下において「民主化闘争」の盛んだった八十年代
に学生運動を体験した世代でもある女流作家・林紗羅『標的』は、時代の
主役たり得なかった者の一つの感性のあり方を示す興味深い作品です。
どういう訳か、まえがきで唯一」名前の抜けていた作家李勝寧氏は『隠し
カメラ』というとぼけた感じの作品での登場ですが、この人の出世作・
長編『ミスコリア殺人事件』は読み出したら止められないほど面白い
本格推理物です。
350スピノザ ◆ehSfEQPchg :2012/07/25(水) 13:16:56.27 ID:96C6ZZUr
 『地獄への道行き』の著者李祥雨は韓国推理作家協会の会長であり、
昨年においても短編を発表し話題を呼ぶなど、第一人者であることは
言うまでもありません。が、何と言っても韓国推理小説会の代表作家を
挙げるとするならば人気随一の金聖鐘氏でありましょう。本来は長編
作家ですが、今回は長編になり得るような素材を凝縮したような短編
『失踪』を発表されています。ここで、興味深い挿話をひとつ紹介
させて頂きます。この小説の素材となった沈没船が一九七五年に新安岬
で発見されて以来、修復作業が続けられていて今年(二〇〇二年)の
暮れには復元が完了し、木浦市にある国立海洋博物展示館に姿を現す
というのです。今年の二月七日付けハンギョレ新聞に出ていた記事による
情報ですが、妙な符号を感じないわけには参りません。
351スピノザ ◆ehSfEQPchg :2012/07/25(水) 13:32:36.45 ID:96C6ZZUr
 原著とつき合わせてお読みになられた方は、に作品のタイトルが変更
されていることに気づかれたことと思いますが、原作者の了解を
得た上でのことですのでご理解ください。
 さて、本書が共訳の形で翻訳されるに至った経緯を、簡単に
述べさせて頂きます。昨年の夏にバベル社主催の第二十四回翻訳
奨励賞表彰式が東京であり、そのとき知り合った韓日部門の面々が
韓国語翻訳研究会というグループを結成し、内四名が自発的に
ワークショップ形式で本書の翻訳に取り組み、相互に批評し合う中で
仕上げた物です。金聖鐘氏には出版の実現に当たって、いろいろと
お世話になりました上、序文までも書いて下さいましたことをこの場を
借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。
352スピノザ ◆ehSfEQPchg :2012/07/25(水) 13:33:17.82 ID:96C6ZZUr
 日韓文化交流の気運が高まりを見せる中で、この出版企画が実現
できたのはバベル社の理解があったればこそです。堀田都茂樹さんを
始め、事務局の大坪義明さん、鈴木由紀子さんのご尽力には、心より
感謝申し上げます。最後に私事になりますがお互いの母国語を教え
合うこと十年余り、今では親友のひとりでもある釜山在住の崔太ショウ
さんにもお礼を言わせて下さい。ありがとう。

                二〇〇二年四月   祖田律男