321 :
スピノザ ◆ehSfEQPchg :
月夜の物語
李秀光(イ スグァン)
あらすじ
十月の夜、少年兵は月を見上げていた。月は池(チ)氏の娘の
胸のようにほのかに白かった。
こんな近くで月を見上げるのは、義勇兵に引き立てられてから
初めてだった。
戦争(朝鮮戦争)が始まった当初は、押していた人民軍だったが、
今では国連軍と国防軍に囲まれている。
人民軍の軍服を着ていては、大変なことになる。
このままでは、故郷の村に帰れない。
それで、衣服を盗もうと、昨夜、隠れている山の麓の
村に忍んだのだが、押し入ったのが娘の部屋で、何も取れずに
逃げ帰ってしまった。
少年兵は、十六歳で池氏の娘と結婚した。結婚していれば、
兵隊に取られないだろうという打算からだった。
322 :
スピノザ ◆ehSfEQPchg :2012/07/24(火) 13:44:48.08 ID:5m6K3pcX
初夜の晩、飲まされすぎて酔いつぶれ、寝てしまった。
次の晩は、かくてはならじと初夜の代わりに池氏の娘英玉
(ヨンオク)と契った。
池氏は、両班ではあるが、少年兵の家、李氏の家柄には
遠く及ばなかった。そして貧しかったので、裕福な少年兵の
家からの縁談は、一も二もなく引き受けた。
戦場では、人がハエの群れのように死んでいった。
特に、国連軍が仁川に上陸して、人民軍が撤退戦をする
ようになると、悲惨な状況になった。
英玉とは、わずか二日しか暮らさなかったが、
少年兵の脳裏には、その白い裸身がいつも蘇ってきた。
その、自分の村には、人民軍の軍服さえ着ていなければ、
半日歩けば帰ることの出来る距離だった。
323 :
スピノザ ◆ehSfEQPchg :2012/07/24(火) 14:06:20.30 ID:5m6K3pcX
少年兵は、もう一度麓の村に衣服を盗みに降りようと思った。
そう言えば、英玉の故郷の村も、この辺りだと聞いたような気がした。
女は、犬の鳴き声で目を醒ました。
それにしても、李氏の長男に娘を嫁にやったのは良いことだった。
何しろ、舅は、義勇軍に引き立てられていってしまった息子の
嫁に、何かあっては、とわざわざ実家まで送ってきてくれたのだ。
二〜三ヶ月以内に、連れ戻しに来ると言っていた。
ふと、犬の鳴く声が、ぱたりと止んだ。
どうしたのだろう? と女は訝しく思った。
銃声が響き渡った。
二日後、その村の人々は、池氏の母娘が、射殺されているのを発見
するのだった。