韓国料理は日本料理のように世界的人気になるか?87
>>909 古来、日本女性は立って放尿していた。すなわち両足を開いて立ち、
手を両膝に置いて安定した状態で放尿した。このとき尿は後方に飛ぶ。
男性が道端で立ち小便するときは道路と反対側 (道路脇側) を向くが、
女性の場合は道路中央側を向いてするのはこの理由による。
女性にズロースが普及してからはしゃがんで放尿するようになった。
そうしないとズロースが濡れるからである。
しゃがんで放尿すると、尿は前方に飛ぶ。
そこで女性も男性と同様に道路中央に背を異向けて放尿するようになった。
まさにコペルニクス的大変換であった。
日本女性にズロースが普及したのは第二次世界大戦の後からである。
綿のメリヤス製のズロースが最高級品として日本国中を席巻し、
スタンダードな下着として国民に普及した。
http://www.d2.dion.ne.jp/~727as/edo.html
>>918 駕籠の話からいきなり小用に話が飛ぶとか、お前自身の下劣さを
自慢してるだけなんだが、そこの所理解してるのか?
920 :
マンセー名無しさん:2012/05/10(木) 17:24:45.43 ID:9RDxNTlc
糞尿の話が好きな糞尿民族だからなあw
どう放尿するかはスタイルであって何か問題でもあるのか?
同時期のヨーロッパでも同様なんだがそこんとこはどうなのよw
ならば訊くが朝鮮人はどうやって排泄してたんだよ。
路上と屋内の区別がつかず所構わず排泄し、かつその汚水が混じった水を飲用に使い
あらゆる疫病を蔓延らせていたソウルがどこの首都か言ってみろw
>>909 この朝鮮人がどうやってその話題に持って行って
日本人から女性の排便の仕方を聞き出したのか
の方が驚きだわ。
今で言えば(ちょっと違うが)、大使に随行してきた
外交団の人間が「ところで日本では女性はどうやって
排便をしておいでですかな」と尋ねるようなもんだろ。
つか、もっと興味を持つべきところがいっぱいあるだろうに
興味をもったのがそこだなんて、朝鮮の宗教は儒教じゃ
無くてスカトロ教なんじゃねえか?
>>923 さて、女が立って小便をすることは、じつは、わたくしにとって、30年来の大問題であった。
わたくしは、22歳の時に、イギリスのハヴロック・エリス Havelock Ellis (1859-1939) の本を
読んだことがある。その中に次のような面白い記事があった。
「動物はみなうしろへ小便をひっかける。これとおなじように、女も立ってうしろへ小便した。
これは動物型であるが、こういうかたちは、こんにちの未開族にも、あまり見うけられない。
前にむかって小便するのは、人類の直立の姿勢が、最高に発達した何よりの証拠である。と
ころが、ドイツ人のヴェルニヒ Wernich によると、日本の女は立ってうしろへ小便するという、
いちばん動物的なかたちを、こんにちでもまだ保存している。」
この一節につきあたって、私は思わず面くらった。たしかに、犬は電柱にむかって、うしろへ
小便をひっかける。
ところが、その当時、関西地方の女たちは、ヴェルニヒがいうとおり、みな立ってうしろへ小便を
していたし、便所の構造も、それに都合のよいようにできていた。農村へ行くと、おばあさんが
三人ほど野道にならんで、立ってしゃべりながら、うしろへむかって小便をしていた。
じつは、わたくしはこれまで、そういう小便のしかたが、日本の女のふつうのしかただと思って、
べつに気にもとめなかったが、西洋人から、これこそは世界にも珍しい動物型の、いわば、
いちばん原始的な小便のしかたであるぞ、これから見ても、日本の女は、世界のどの民族よりも
サルに近いぞと、きめつけられて、いままで気にもとめなかった女の小便のしかたを、
観察するようになった。
http://dabohaze.fc2web.com/kibo/note/haisetu/haisetu-4setsu.htm
どんだけ涙目で火病ってんだよw
筆者の母は明治末期生まれの、東京在住の山形県人であったが、故郷へ帰ると土地の人と
同じように立ち小便をしたものである。東北地方の農家の入口には小便所があり、男性と
同様に女性も立って行う。小便桶を真上から跨いで、着物を太股までたくし上げ、股間から
真下に放尿するのを、よく見たものである。
筆者は小学生であったが、田舎の女性はみんな立って小便をするのかと、感心した記憶がある。
とくに叔母さんの立ち小便は豪快で、音高く、太い尿線を真下にほとばらせた。しかし、
道端で行うときには、水滴が踝あたりへ跳ねるからか、みな中腰で前屈みになって尻を
突き出して、放尿していた。モンペやパンツを穿いている時には、やはり中腰屈みで行う。
昭和20年代の末期に、秋田地方に旅行に行ったとき、夕方、道端で二人の婦人が
中腰屈みで小便をしている前を通りかかったことがある。恥ずかしがる様子もなく、
「おんや、学生さんかね、いましょんべをしているから挨拶できねけんど」 と向こうから声を
掛けられて、びっくりした経験がある。
http://dabohaze.fc2web.com/kibo/note/haisetu/haisetu-4setsu.htm
>>901 まぁ車輪は「舗装道路」が必要だからね。
ヨーロッパで馬車が発達したのは石畳の舗装道路が
出来ていたから。
そろそろ車輪板なり糞尿板なりへ移動してくれないかなw
>>924 つまりエリスの著作を読んだ朝鮮人通信使が
興味を持って聞いたと主張したい訳か。
あの時代に英語の読み書きができる朝鮮人なんて
スーパーエリートだろうに、エリックの著作にはあまた
日本の珍しい文化なども書かれていただろうに興味を持ったのが
「 女 の 立 小 便 」
お前ら国際糞尿学会でも作れ。主流とれるぜ。
世界でも「便は朝鮮にあり」と言われるようになるわ。
930 :
マンセー名無しさん:2012/05/10(木) 19:30:17.66 ID:d4C1wK2x
日本食は量が不当に少なくてスパイスの使用も減らされて火力も余り使わない
ショボい料理
世界の大多数の感想
そろそろID変えの芸風にも飽きてきたな。
チョンコの使うスパイスって何種類あるんだい? ついでにハーブは何種類?
そも「減らされて」とは何ぞや。
文章にもなってない脳内駄文をそのまま書き散らすだけでは日本sageの意図すら伝わらないぞ。
>>929 明治末期には東京でも往来で立小便をしている女性はいくらもいた。農村出身の人は都会に
出ても、身についた癖は仕方の無いもので、ついそんな用の足し方をしてしまうのである。
本願寺の秋の報恩講などには、東京見物を兼ねての団参が来るが、農村の人が多いから、
女性の立小便もまた多くなる。恐れ入った話だが、着物をちょっとまくって、オシッコを後の方に
走らせるのである。だから身体は往来の方を向いて、御当人は露店や参詣人の雑鬧の様子を
のんびり眺めていながら、オシッコは後の溝や築地のもとに走っているという具合である。
こんな現象はだんだん減っては来たが、世が大正になっても、行われていた。京都、奈良
あたりでもやっぱりそうで、共同便所などに這入ると、男性用の石の上に女性がならんで、
こっちを向いて、後の方へオシッコをしていたりした。
今でこそ男性用などというが、あの時分は男女というより大小の別に従っていた訳だ。だから
今でいう男性用の朝顔を使用する女性も多かったが、ただ、使用後の紙を捨てられると便器が
詰まってしまうので、ちょうど目の高さほどの所に、金網で出来た籠があって、その中に
使用後の紙を入れるようになっていた。
宿屋の便所でも、公園の便所でも、人の出入りの多いところはどこにでもこんな網があって、
風が吹いたら大変だと思う程例の紙でいっぱいになっていた。
http://dabohaze.fc2web.com/kibo/note/haisetu/haisetu-4setsu.htm
935 :
マンセー名無しさん:2012/05/10(木) 20:10:43.53 ID:n21LFzR8
なんでこの板はいつもウンコチンコマンコ、チョン死ねっての話に流れるの?
>>936 わかった。おめぇは他人が張ったリンクは一切見ないんだろ?
>>936のリンク先がスカトロだと思ったんだろ?
江戸時代に大八車までだったのは、家康ができるかぎり
そうしたものを発展させないようにしたからでは?
無理やり現状維持させて、徳川体制を存続させようとするために。
船だって千石以上は禁止とかされてたはず。
>>938 そだお。
当時の幕府の基本姿勢は「徳川幕府を守る」ことだけだったんだから。
おかしいなあ、料理関係のスレッドのはずが最新50が小用ネタばかり。
同一人物ぽいけど女性の小用話をオカズにする人種なんだろうか。
>>940 小用がオカズになるわけないだろう。
・・・・・・・お汁だ。
江戸時代、街道を行く旅人はトイレをどうしたか?
一般庶民のトイレはどうだったのでしょう。ケンペルは、そういった庶民のトイレも百姓たちが
自費でつくっていたと言います。それも競って、自分のつくったトイレを旅人に使ってもらおうと
したようです。特に女性用のトイレを小綺麗につくり、女性が安心して入れるトイレづくりを
目指しました。女性が安心して使えるようなトイレは、利用者が増えるということらしいのです。
当時の旅人の糞尿は、大切な肥料になります。旅人たちは、少なくとも自分たち百姓より
うまいものを食っている。ということは肥料としても価値が高いと言うことになるわけ。この
糞尿を少しでも多く集め、灰などと混ぜ合わせて肥料にするという次第です。
しかし、トイレは小綺麗でいいのですが、それを集めて蓄える肥溜めまでは、百姓たちも気が
まわらなかったようです。ケンペルは、百姓たちのことを「欲得ずくで不潔なものを利用する」と
評し、「田畑や村の便所のそばの、地面と同じ高さに埋め込んだ蓋もなく開け放しの桶の中に、
この悪臭を発するものが貯蔵されている。百姓たちが毎日食べる大根の腐ったにおい
(タクアンのことか?) がさらに加わるので、新しい道がわれわれの目を楽しませるのに、
これとは反対に鼻の方は不快を感ぜずに入られないことを、ご想像いただきたい」 と、
冗談混じりに訴えています。
これがツンベリーになると、もっと悲惨です。彼は、肥溜めを 「穴」 と称し、「その穴には農夫が
根気よくせっせと集めた糞尿が蓄えられている。農夫は自分の耕地を肥沃にするためにそれを
使う。しかしその多くは通行人が吐き気を催すような堪え難い悪臭を発する」 と、その臭いに
苦しめられ、「鼻に詰め物をしたり、香水を振りまいても、まったく無駄なくらい強烈である」 と、
ため息をもらしています。
http://manpokei1948.jugem.jp/?eid=15