2げっと
(続き)
伊藤 「閣下の疑い深いのには驚くばかりである」
李 「これは疑念ではなく事実である。本大臣は日本から密報があって知った」
はて、榎本がかつて竹添公使に、「僕の考えでは、事の次第によっては止むを得ずに清と開戦せ
ざるを得ないことは勿論であるが、なるべくは我が国の人が清兵に殺害されたのであるから謝罪と
賠償金の請求をし、朝鮮政府には改革を勧告するべきであると今のところは思っている」
という書簡を送ったことなら筆者知るところであるが。
あるいはまた在清英国公使が「日本は京城の南側に要塞を建築して日本の精鋭部隊を増強して駐
屯させるべきである。また安全のために仁川沖の島を占領することを朝鮮に向かって要求するのは
当然且つ得策である。勿論これによって生じる費用は朝鮮政府に負担させるべきである」と榎本に
述べたのを日本政府に報告したこともあるが。
ついでに言うと、事変後に米国公使フートは竹添公使に、
「日本政府は何なりと清と朝鮮の両国に要求するところを提出して要求通りにするべきである。ま
して貴下が宮殿に行ったのは国王の請求によって国王を保護するためであり、その事実は明白であ
る。であるから今度のことを世界に向かって弁明する必要も無い。まして日本政府は罰金を返して
朝鮮に好意を表し、それが間もなくこのように日本人を殺し、小銃から大砲まで使って公使に発砲
するような行為を受け、かくも日本が害されるような事態となった今日、世界中の誰が日本に対し
て文句を言う者があろうか」
との書簡を送ったことも。
この事変に於いて中国朝鮮の方に大いに非があることは西洋列強国も承知していたことであった
。しかし、その言うように何なりと要求をしてそれを通すべきである、とあっても、実際、力なき
正義は所詮無能に近いものである。それを言論を以って通そうというのが伊藤に残された唯一の道
であった。
(続き)
伊藤が声を上げた。
伊藤 「諸君に求める! 無用の雑談を止めて談判要件に移れ! 無駄な時間を消費するな! 双
方が妥結するための事項は総てこれを書いて閣下に提出しよう。条約批准を2ヶ月以内に行い、4
ヶ月以内に双方が撤兵することとしよう!」
(つづく)
512k超えたようですので、新スレ立てました。
わーい、待ってました!併合前の中の人、続き&スレ立て乙です!
すみません。
>>3の前に以下の分が抜けていました。
(続き)
榎本 「本公使はかつて本を書いた。それで我が国のためには必ず朝鮮を政略するべきであるとの
論を述べたことがあるのは確か」
この確認がちょっと出来ない。征韓論盛んな頃であろうか。
李 「その事ではないアル! 閣下が朝鮮を略取すべきであるという密書を井上外務卿に送ったこと
を言っているアル!」
榎本 「外務卿が東京に帰ったのは1月22日だけど。忘れたの?」
李 「閣下の密書は途中で外務卿の手に渡ったのだろう!」
伊藤 「冬の氷結の時期に北京から書信を送るのにどれぐらい日にちがかかろうか」
李 「実にこのような風説があったのでそれを閣下に言うのである。それが本当かどうかは榎本公
使と外務卿以外知る者はいないアル!」
榎本 「閣下の行動に関してもこれに類似するものがあるが、ま、ここでは敢えて言わないが」
李 「閣下が敢えて言わないなら、こちらから言うアル! 閣下の存念は伊藤大使が主戦論の人では
ない、ということアル!」
つまりは、榎本は伊藤大使が主戦論者でないことが気にくわないと思っているだろうと。
キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!!
しかし、文字スレで500kb超えってすごいなあ。
8 :
前スレ663:2008/06/03(火) 12:39:42 ID:m4QtGTW2
許可ありがとうございます中の人さん
でもここではご迷惑になりますから、他のスレに書き込みます
天津条約は本当に面白いです
次回も期待してますですお
9 :
前スレ663:2008/06/04(水) 21:11:33 ID:aOyDnt7C
これで10レスクリア。
いつもオツカレサマ〜。
併合前の日朝(続き)
李 「撤兵は貴国が先にするアルか」
伊藤 「いや、同時にせねばならない。閣下は朝鮮駐在の将官に命じられよ。本大臣は近藤代理公
使に訓令しよう」
李 「よろしいアル。貴国の兵は済物浦から、我が兵は馬山浦から撤兵させのがよいアル。場所が同じ
ではまた何かの紛争となるかもしれないアル」
伊藤 「その通り。この者らが一緒になるのは火薬に火を近づけるようなものである」
李 「両兵が会えば争闘となるアル」
伊藤 「そうならないように速やかに撤兵することを希望する」
李 「本大臣は我が兵には、たとえ貴兵から粗暴の振る舞いがあっても決して争闘するなと厳命し
ているアル」
伊藤 「井上外務卿が大使として京城に行った時に我が兵の中に些細なことを訴える者があった。
その時井上大使が訓令したのは同じである」
(続き)
李 「朝鮮で再び事件を生じることがあっても、貴国からは調査委員を派すのみで兵は伴わないよ
うに望むアル」
伊藤 「そのことは条約上の約束とせねばならない。朝鮮が我が国に開戦を布告するようなことは
ないであろうから、我が国から再び派兵することはない」
李 「貴国が朝鮮を占領する意図がないことは閣下の明言を以って確信した。しかし他国が朝鮮を
狙うようなことがあったなら、我が国は派兵せざるを得ないアル。その時は貴国もまた派兵できる」
伊藤 「朝鮮が独立の国体を維持し、他国が侵略することなどがないように切に希望する」
李 「貴国が朝鮮を併呑しようとする時は、我が国は国力の限り貴国と戦わざるを得ないアル。我が
国がもし朝鮮を併呑することがあるなら貴国はまさに全力で我が国と戦うべし。もし他国が朝鮮の
地を狙うなら日清両国は連合してその侵略を防ぐべし」
そらまあ、清国は朝鮮を冊封体制を以て属国としているんだから今更併呑する必要はないわなあ。
伊藤 「話が他国のことに及ばないように」
李 「本大臣は敢えて公然とそれを言うのではない。日清相互の密約として心に命じてもらいたい
アル」
(続き)
何だか馬鹿馬鹿しくなった榎本公使がここで茶々を入れる。
榎本 「本公使なら今のような約束は承諾しないだろうねえ。本公使の真意は朝鮮を略奪すること
にあるらしいから」
李 「これが閣下を甚だしく疑う所以アル!。閣下は使者一等の地位に昇るまでは伊藤大使の言葉に
従わねばならないアル!」
榎本 「うん。だからここでは自説を曲げざるを得ない」
李 「閣下が著書で貴国人民を大いに惑わしたから、朝鮮は日本が占領せねばならないと論ずる者
が多くなったのだろう」
榎本 「いや、閣下も日本を併呑する気かも知れない」
李 「決してそのような志はないアル!」
榎本 「それについては天の外に知る者はないよ」
李 「本大臣はまさに天に誓おう。そのような志をもったことはないアル! かつて森有礼氏が我が
国に公使として居たときに予に言ったことがある。『日本は朝鮮と戦を開く口実を発見することが
出来なかった』と。閣下はこのことを聞いたか! これは本大臣が郷里に行った時に森氏が訪問し
て直接言ったことである。その時は貴国が朝鮮と紛議を生じた時アル!」
伊藤 「我が国が朝鮮侵略を望むなら、どうして朝鮮と条約など結ぼうか。条約などない方が却っ
て我が国としては朝鮮を併呑するのに都合がよかろう」
(続き)
李 「確かにそうアル。と、とにかく他国が朝鮮を侵略するようなことがあるなら全力を挙げて防ぎ
、朝鮮の独立を維持せねばならないアル!」
これにて談判第4回目を終わった。
なお、森有礼の言葉であるが、確かこれは朝鮮による雲揚号への砲撃事件、いわゆる江華島事件
に関連してのものと思われる。
当時、朝鮮が日本との外交約束を破棄し、その上、測量船雲揚号に砲撃を加えたために、「つい
に朝鮮は開戦したか」と日本に思わせたことがあった。しかし唯一の日朝貿易港がある釜山居留区
での日本人への待遇は平時と変わらず、よって日本政府は「????」と思いながらも、砲撃への
問責と条約締結(正確には幕府時代の条約を破棄して新たに条約を結びなおす)という2点セット
で艦隊を江華島に送り、両国全権大臣が日朝談判。ついに日朝修好条規締結と砲撃事件謝罪を行わ
せた。
砲撃事件では日本人の怒りは頂点に達して朝鮮との開戦を強く望んだが、もとより朝鮮政府は日
本と戦争する気はなく、砲撃のことも日本の船と知らずにした単なる偶発事件ということで終わっ
た。
さて、第5回談判は4月12日午後3時より。
伊藤はここで撤兵についての条約案を提出。
(続き)
1 日清両国は朝鮮に派兵する名義や条約がないことは言うまでもない。よって両国は均しく派兵
駐在をせず、両国間でのトラブルを避ける。
2 前項は日清両国の交戦権を妨げるものではない。
3 将来、朝鮮国で事変があった場合は両国は委員を派遣して平和的に解決すること。
4 両国は朝鮮兵の教練として第三国の仕官数人を置くことを認める。
5 日清両国は4ヶ月以内に日本は仁川港から、清国は馬山浦から撤兵する。
6 条約調印後、両国は委員を朝鮮に派遣してそれらを施行する。
一方、清国側は呉大臣が以下の条約案を提出。
1 両国は条約調印後、4ヶ月以内に朝鮮から撤兵する。
2 朝鮮兵を教練するのに中国士官10余人から20人を年限を定めて駐留させ、満期後は撤回す
る。
3 以後は朝鮮商民や日本商民の間で争いがあっても、日清両国は兵を随行せずに委員のみを派遣
する。
4 朝鮮で党の乱があり、国王の求めによって中国が派兵しても必ず日本人に害を及ぼさず、平定
後はすぐに撤兵すること。
(続き)
とまあ両案の差は大きい。しかし伊藤の1条と2条は実にとぼけていて面白い。
李 「閣下の出された案の2条の意味が分からないアル」
伊藤 「いやなにこれは深い意味があるものではない。万国公法に照らしても独立国は交戦の権利
があるということを言ったまでである。何なら公法の文字を書き加えようか」
李 「なるべく的確な字句を用いて意味を明瞭にせねばならないアル」
伊藤 「かりに清国が朝鮮と戦争するなら、その時は貴国は派兵の権利があるのは明らかである」
李 「第1条の『日清両国は朝鮮に派兵する名義や条約がないことは言うまでもない』とは何を指
すのか」
伊藤 「これは約束を破らない用心のために書いたのである。そのような用心すら必要がないとい
うならここは削除してもよい」
もとより伊藤は、日本には公使館に護衛兵を置くことができる済物浦条約があることは承知の上
であるw
李 「もし乱があって朝鮮国王が我が国に派兵を要請した場合、この案からすればどうすべきなの
か」
(続き)
伊藤 「その場合は両国均等を主旨とするから両国が派兵するほかはない。反対に我が国に要請が
あればどうすべきなのか」
李 「もし貴国に要請があれば、先ず国王に我が政府に通告させて我が政府と貴国政府が協議する
機会がなければならないアル」
伊藤 「それなら貴国の場合も同様に我が政府と協議するように通知させるべきである」
李 「しかし貴国と我が国では、朝鮮に対するその地位が違うアル! そもそも朝鮮は昔から我が国
に従属する国である。朝鮮は国内であった事件は必ず我が国に知らせる義務がある。だが貴国には
条約上の交際があるだけである」
伊藤 「よろしい。閣下がその議論を始めようというのか。それなら大なる難問となって、この談
判は煩雑なものとなろう。閣下はどう思われるか」
日本は朝鮮を独立国と認めて条約を結んだ。だって条約談判の時に、「o<`Д´*> o ウリたち
は独立自主の国ニダ!!」と言うんだもんw
一方、清国は朝鮮を属国と扱い又そのように条約にも書いていた。しかし日清間ではこのことを
深く議論せず、いわば棚上げ状態としていたのである。
李 「閣下にはこのことで議論する権は受けていないだろう」
18 :
マンセー名無しさん:2008/06/08(日) 01:27:09 ID:lPZ1tC/s
(続き)
伊藤 「いや権はある! しかし本大臣はこのことはよくよく熟慮し、議論となるのを避けるのは
協議を煩雑なものとしたくないからである」
李 「今はこのことで議論する権は本大臣は受けてない。撤兵のことを協議する以外にそのことを
議論することはない」
と李鴻章もここでは一応この議論は避けた。
(つづく)
乙!
博文公すごいなw
21 :
マンセー名無しさん:2008/06/14(土) 07:39:47 ID:Xm5xS8Kl
◆併合時の日本政府から朝鮮総督府への通達
一、朝鮮人は対等の関係を結ぶという概念がないので、常に我々が優越する立場であることを認識させるよう心がけること。
一、朝鮮人には絶対に謝罪してはいけない。勝利と誤認し居丈高になる気質があり、後日に至るまで金品を強請さるの他、惨禍を招く原因となる。
一、朝鮮人は恩義に感じるということがないため、恩は掛け捨てと思い情を移さぬこと。
一、朝鮮人は裕福温厚なる態度を示してはならない。与し易しと思い強盗詐欺を企てる習癖がある。
一、朝鮮人は所有の概念について著しく無知であり理解せず、金品等他者の私物を無断借用し返却せざること多し。殊に日本人を相手とせる窃盗を英雄的行為と考える向きあり、重々注意せよ。
一、朝鮮人は虚言を弄する習癖があるので絶対に信用せぬこと。公に証言させる場合は必ず証拠を提示させること。
一、朝鮮人と商取引を行う際には正当なる取引はまず成立せぬことを覚悟すべし。
一、朝鮮人は盗癖があるので金品貴重品は決して管理させてはいけない。
一、朝鮮人には日常的に叱責し決して賞賛せぬこと。
一、朝鮮人を叱責する際は証拠を提示し、怒声大音声をもって喝破せよ。
一、朝鮮人は正当なる措置であっても利害を損ねた場合、恨みに思い後日徒党を組み復讐争議する習癖があるので、最寄の官公署特に警察司法との密接なる関係を示し威嚇すること。
一、朝鮮人とは会見する場合相手方より大人数で臨む事。
一、朝鮮人との争議に際しては弁護士等権威ある称号を詐称せる者を同道せる場合がある。権威称号を称する同道者については関係各所への身元照会を徹底すべし。
一、朝鮮人は不当争議に屈せぬ場合、しばしば類縁にまで暴行を働くので関係する折には親類知人に至るまで注意を徹底させること。特に婦女子の身辺貞操には注意せよ。
一、朝鮮人の差別、歴史認識等の暴言に決して怯まぬこと。証拠を挙げ大音声で論破し、沈黙せしめよ。
一、朝鮮人との係争中は戸締りを厳重にすべし。仲間を語らい暴行殺害を企てている場合が大半であるので、呼出には決して応じてはならない。
22 :
マンセー名無しさん:2008/06/14(土) 07:44:48 ID:Xm5xS8Kl
23 :
マンセー名無しさん:2008/06/14(土) 07:49:40 ID:Xm5xS8Kl
24 :
マンセー名無しさん:2008/06/14(土) 07:52:21 ID:xxPByE1a
日本が朝鮮ヒトモドキを人間化してしまったがために、世界中が大迷惑を
こうむるようになってしまった、日本の罪は重い。
25 :
マンセー名無しさん:2008/06/14(土) 07:54:48 ID:Xm5xS8Kl
イザナミも桃子だ レス禁止wwww
26 :
マンセー名無しさん:2008/06/14(土) 07:55:41 ID:Xm5xS8Kl
反日ねただ稼ぐバカタレダwww
27 :
マンセー名無しさん:2008/06/14(土) 08:08:49 ID:Xm5xS8Kl
28 :
マンセー名無しさん:2008/06/14(土) 08:09:58 ID:Xm5xS8Kl
○日本人を100%とした場合の日本国内における犯罪者率比較
全外国人 韓国 中国 ブラジル
来日_在日 来日__在日 来日__在日 来日__在日
刑法犯___________41%_193% __12%_252%___154%_209% ___162%______96%
凶悪犯(殺人強盗放火強姦)__104%_244% __20%_287%___362%_232% ___843%__286%
粗暴犯(暴行傷害脅迫恐喝)__23%_296% __16%_443%_____51%_155%____106%__94%
窃盗犯___________44%_163% __11%_195% __165%_226% ___158%__101%
知能犯___________69%_267% __14%_353% __361%_355%______91%__62%
覚醒罪取締法________55%_306% __12%_472% ____48%__58%___359%__233%
↑
在日韓国人の犯罪率は日本一!!! 来日外国人犯罪の検挙状況(平成19年上半期)に概要と外国人検挙者の主な事例が挙げられている。平成19年上半期も日本社会は多大な被害を蒙っている。
また、法務省の別統計(平成19年1月1日現在)では、不法残留者は認知されているだけでも「170,839人」。そのうち「短期滞在(短期渡航)」による者が
「117,289人」(68.7パーセント)。不法残留者で最も多い外国人が「韓国」で、
全体の「21.3パーセント(36.321人)」を占めてトップ(以下、フィリピン、支那)である。
平成19年上半期の来日外国人検挙者の総数は「12,331人」。あくまで上半期だが、支那、ブラジル、韓国の順で上位を占めている。
「凶悪犯(殺人、強盗、放火、強姦」では、支那、韓国、ブラジルで全体の6割を占めている。
以上は、ざっと見分したのみの数値だが、
在日外国人によるものは、この統計に含まれていない。含めば、支那、韓国系の犯罪はより際立つであろう。
公明党(創価学会)の北側、冬柴両国交省大臣の偉大なる“功績”といえよう。
29 :
マンセー名無しさん:2008/06/14(土) 08:13:19 ID:Xm5xS8Kl
在日韓国人の犯罪率は日本一!!! 来日外国人犯罪の検挙状況(平成19年上半期)に概要と外国人検挙者の主な事例が挙げられている。平成19年上半期も日本社会は多大な被害を蒙っている。
また、法務省の別統計(平成19年1月1日現在)では、不法残留者は認知されているだけでも「170,839人」。そのうち「短期滞在(短期渡航)」による者が
「117,289人」(68.7パーセント)。不法残留者で最も多い外国人が「韓国」で、
全体の「21.3パーセント(36.321人)」を占めてトップ(以下、フィリピン、支那)である。
平成19年上半期の来日外国人検挙者の総数は「12,331人」。あくまで上半期だが、支那、ブラジル、韓国の順で上位を占めている。
「凶悪犯(殺人、強盗、放火、強姦」では、支那、韓国、ブラジルで全体の6割を占めている。
以上は、ざっと見分したのみの数値だが、
在日外国人によるものは、この統計に含まれていない。含めば、支那、韓国系の犯罪はより際立つであろう。
公明党(創価学会)の北側、冬柴両国交省大臣の偉大なる“功績”といえよう。
併合前の日朝(続き)
さて、条約草案が双方から提出され、それをめぐっての議論となり、やがて日清両国の対立点が
浮き彫りとなってくる。
伊藤 「呉氏の条約案第2は断じて受け入れられない。また第4のようなものを条約の中に加える
ことは本大臣は最も異議あり」
李 「呉氏の案はよくまとまっている。貴案に比べて実に明瞭アル」
伊藤 「呉氏案の第3なども要するに両国商民の間での争いを言っているに過ぎない。このような
場合に兵を派す必要がないのは当たり前である」
李 「条約に調印された後は日本政府は朝鮮を併合する志を捨てねばならないアル」
伊藤 「我が国の人の中にそのような意思を抱く者がないことはないだろう。しかし我皇帝陛下及
び日本政府がどうかは閣下がよく考えられたらよい。すでにこのことは前に述べた。」
李 「榎本公使の10年前の著書には、朝鮮を略取するのは日本人の与論であるとある。閣下の話か
らすれば貴国は朝鮮を侵略する意思を変じたらしいアルネ」
伊藤 「かつて我が国の人の中に朝鮮侵略を志す者がいたかどうかは本大臣は保証できない。しか
しこの事は我政府の志ではない以上は閣下の心配することではない。それよりも貴国の人の中には
我が国と戦うことを望む者もいるのを知っている」
李 「我が国にはそのような者は一人もいないアル」
(続き)
伊藤 「そうだろうか。貴国の高官の一人が貴国皇帝陛下に日本と戦争するよう上奏した時のその
上奏文の写しを本大臣は持っているが」
李 「日本、清国、朝鮮の間では将来も戦争するようなことがあってはならないアル!」
伊藤 「もとよりそうであるが、宣戦の権利はいずれも有している」
李 「将来に朝鮮が貴国に宣戦することは決してないことは本大臣が保証するアル」
伊藤 「およそ死生は常ならずとは人生の免れられないことである。国もまた同様。夕べに国の大
事を議して朝に滅びることがないとは知られない」
李 「歴史をひもとけば、朝鮮は常に守りの立場にあり日本は常に進攻の地位にあったことは確か
アル」
伊藤 「閣下には清朝の政府を代表する全権大臣のみならず、朝鮮王朝を代表する意があるらしい。
それならば元代に起きた歴史上顕著な事跡も提出して閣下から満足ある回答を求めよう。すなわち
元の時代に貴国の兵は我が国に襲来すること2回。初めは上海から来て次には朝鮮を経由してきた。
これは閣下も知っておられようが閣下にはどう本大臣に答えるのか」
李 「当時日本を襲ったのは中国人であって朝鮮人ではないアル。だから朝鮮人はかつて貴国に対し
て進攻したことはないと言うのである」
(続き)
伊藤 「決してそうではない。日本を襲ったのは元の兵であったとしても、当時の韓人は元軍を援
助した。韓人が中立を守ったならば元の兵が国土を通過することを許さなかったろう」
李 「・・・・話を条約のことに戻すアル! 条約調印の後は我が国は決して朝鮮に派兵しないアル。
貴国もまたそうでなければならないアル。もし日本が将来に朝鮮を経由して我が国を襲うとするなら
貴国のためを言えば、先ずは朝鮮を略取することが第一であろう」
伊藤 「日清両国間で戦を交えることがあるとしても、今まさに結ぼうとする条約は両国間の交戦
権を制限するものではない」
李 「条約草案の2項はそのことを言うアルか?」
伊藤 「そうである」
李 「もし第三国の他国が朝鮮を侵略するなら我が国は派兵せざるを得ないアル!」
伊藤 「その権利があるのは言うまでもないことである」
李 「その時は我が政府は貴国政府に呼びかけて連携して朝鮮を守るべし。閣下はこの事を了承さ
れるアルか?」
伊藤 「はて。生まれてもいない子に名はつけ難いが」
李 「閣下は他国を恐れられるアルか? また他国と何らかの密約があるアルか?」
(続き)
伊藤 「他国のいずれの国も恐れないわけではない。そして本大臣は特に貴国を恐れる」
李 「ここで互いに密約を以って閣下と結べようか」
伊藤 「本大臣は貴国と連合の密約をする権を有しない。閣下もそうであろう」
李 「本大臣はその全権を有する」
伊藤 「それらならば言おう。閣下の全権は本大臣に比べればはるかに重いと」
李 「閣下は他国の意思を傷つけることをおそれるのだろう」
伊藤 「その時その状況に至って決断する必要があるまで、他国のことまで議論する必要はない」
李 「閣下は細心の注意をされることが甚だしいアル。第2項には『もし朝鮮を他国が侵略するとき
は第1項に依らない』を加えたいアル」
伊藤 「第2項のままでいいんじゃないの?」
李 「しかしもし他国が朝鮮の国土を侵すときは我が国は派兵の義務を負うアル」
伊藤 「それは勿論であろう。しかし第1項は要するに両国が駐在兵を撤回するために相互の条約
を立てるためにある」
李 「本大臣は明瞭なる条約となることを望むアル」
(続き)
伊藤 「それならば第2項はすべて削除してもよい」
李 「我が国は朝鮮を他国の侵略から防護するために派兵できる権利があることを条約中に加える
ことを希望するアル」
伊藤 「貴国にその権利があることは承認することである。しかし今は日清両国が撤兵することを
条約とすることが第一義であって、朝鮮と他国との交戦のことを我が国との条約に加える必要を感
じない」
李 「貴国と我が国が戦争となったときは朝鮮に派兵する。また他国が朝鮮を侵すときも派兵する
アル」
伊藤 「貴国にその権利があることはすでに繰り返し述べた」
李 「そもそも我政府は撤兵の約束など決して承諾できなかった。この呉大臣などは今でもそうで
ある。閣下の申し出を容れて止むを得ず条約が結ばれたことが知られればおそらく本大臣は非常な
攻撃を受けるだろう」
呉 「李中堂は閣下の提議に同意した。今は嘴をいれることもできない」
榎本 「この条約は両国のためにあるのであって、普通の感覚を持って将来のことを思う人なら誰
もが認めるものだろうよ」
李 「我が国は朝鮮国王を補佐するのが義務である以上、この第2項に『もし朝鮮を他国が侵略し
或いは国内で叛乱があるときは第1項に依らない』を加えたいアル」
(続き)
伊藤 「それならば閣下が承諾された撤兵のことは一時の約束に過ぎないという意味か?」
李 「朝鮮に内乱がなく外国からの侵略がないなら派兵することはないアル!」
伊藤 「この条約から見ても我が国に朝鮮侵略の意図がないことは明らかであろう。しかし貴国に
は朝鮮の内乱に乗じて国土を侵略する意図があると疑われても仕方がない」
李 「閣下には朝鮮政治の実情をよく知っておられよう。朝鮮には多くの党派がある。互いに対立
して権を争っている。もっとも、中でも閔族の朝鮮党と称するものが歴史も永く力も強い。日本党
や支那党は名のみで実力はないアル」
伊藤 「閣下の条約修正案に「朝鮮に叛乱ある時は」とあるが、その時は我が国も事前に通知せず
に派兵できるという意味か?」
李 「両国とも通知することがいる」
伊藤 「しかし本大臣はこのように修正するのはよくないと思う。いよいよ緊急となった場合に互
いに通知すればよい。今ここで条約にそのことを設けても何の益もないばかりか、却って後に難問
を増すことになろう」
李 「それならば別に条約を作ればよい」
伊藤 「いやそれにも反対である」
(続き)
李 「それならば将来朝鮮において叛乱や内乱が起きた場合も我が国から朝鮮に派兵できないとい
う意味アルか?!」
伊藤 「貴国が派兵するときは我が国に通知することが必要である。それによって我が国は派兵が
必要かどうかを調査できるからである。しかしわざわざ別条約を設けるのは断じて承諾できない」
李 「本大臣は朝鮮の属国論のことで議論する気はないが、しかしここに一言することがある。朝
鮮人は我が国を甚だ敬慕している。よって朝鮮に叛乱などがあったときは我が国はこれを鎮定しや
すい。だから朝鮮で事があれば我が国は直ぐに派兵して救わねばならないアル。その派兵の費用も少
なくはないし、かといって朝鮮から償還を得られるものではない。それを何を好き好んで徒に派兵
しようか。まして朝鮮を併呑することなどないことは弁明を必要としないアル!」
伊藤 「或いはそうだろう。しかしそれが確かなこととは認めがたい」
李 「朝鮮人はかつて害を清国に及ぼしていないアル! ただ日本を害しようとしただけアル!」
伊藤 「これまた閣下の憶測に過ぎない」
李 「朝鮮人が貴国の人に害を加えたのは本大臣が知る限り1度ならず2度まであっているアル!」
伊藤 「それならば貴国は朝鮮と戦ったことが何回あるのか」
李 「閣下のその意味は昔のことを問われるのだろう。朝鮮はもとは独立の国であったが明代の後
に我が清国が戦勝してその国を得たのである。ま、閣下には色々異論があろうが。では次のように、
『中国は派兵する時に日本に通知し、事が治まった後は撤兵する』の一文を加えてはどうか」
(続き)
伊藤 「それでは貴国兵駐留の期日が定められない。他の外国が朝鮮を侵略することに対して貴国
が派兵することは本大臣は承諾できるが、その他のことで派兵するために条約を定めるのは承諾で
きない」
李 「朝鮮の変乱に際してその政府を助けるのは我が国の義務である。例えば朝鮮国王が乱党に殺
されるようなことがあるなら、我が国は直ちに兵を派して国王の遺族を保護せねばならないアル!」
伊藤 「閣下がそれを条約に加えることを硬く主張されるなら、これでは条約など結ばずに現状を
維持したほうがましである」
李 「朝鮮で叛乱があれば我が国は派兵するほかはないアル!! それをせずして何をしようという
のか!!」
伊藤 「まさにただ朝鮮が自ら国を守ることが出来るように兵を訓練させて、他国の派兵を頼まな
いようにさせるだけである!!」
李 「呉氏の草案4項を修正して『朝鮮で党の乱があり、国王の求めによって中国が派兵する時に
は日本に通知し、事が治まった後は撤兵する』とすればよいと思うアル」
伊藤 「このような条項とするなら、朝鮮はまるで日清両国に属する姿となるではないか。朝鮮の
内政に干渉するようなことは我が国が希望することではない。朝鮮はまさに自ら処して、あえて他
国の干渉を容れるべきではない!」
(続き)
李 「朝鮮は未だかつて日本の属国であったことはない。しかし朝鮮は我が国の属国となってから
永いアル」
伊藤 「朝鮮がかつて我が国の属国であったことはある。古代我が神宮皇后が三韓を征服した後は
我が属国であった」
李 「それは明代に対馬と釜山を占領した時の事を言われるアルか」
伊藤 「いや、その時よりもはるか数百年前のことである」
李 「対馬はもとは朝鮮に属し、後世になって日本に割譲した地ではないのか」
伊藤 「いや決してそうではない。対馬は古代から日本の領土であり、釜山は昔から我が人民の居
留地である。とにかくその条項を加えることは本大臣は反対せざるを得ない」
李 「我が国が朝鮮に派兵するにあたり、必要かどうか、あるいは鎮定したかどうか、なども貴国
駐在の我が国の公使に問い合わせれば済むことである。」
伊藤 「同意できない。朝鮮の内政は朝鮮自ら措置させるべきである。朝鮮が安易に貴国に、また
英国に、或いは露国に、一時の救援を求めるようなことは本大臣は願わないことである」
李 「朝鮮国王が派兵を求める時に我が国が応じるのは義務アル!」
伊藤 「それはつまりは貴国が撤兵しないことを可能とするものである」
李 「鎮定した後は撤兵するアル! 閣下の将来への心配は甚だしすぎるアル!」
39 :
マンセー名無しさん:2008/06/17(火) 00:08:13 ID:i6NLdECX
(続き)
伊藤 「今回の条約は相互に平等の約束に基づかねばならないと主張するほかはない」
さてさて、ここまでで日清両国の対立点は充分明らかとなったと思う。
伊藤の念頭には、朝鮮への派兵が将来日清両国の大局を破ることになりかねないという杞憂があ
る。したがって出来るだけ派兵駐兵はしないという方向にもって行きたかったし、つまりは日清両
国の撤兵の条約として纏めたかった。
しかし李鴻章は、清国は朝鮮に派兵の義務があるという点をこそこだわった。その原点となるの
は、朝鮮は清国の属国であり清国こそは朝鮮の宗主国であるという自負である。またかつて戦勝し
て朝鮮を降した歴史的事実からである。
一方、伊藤博文は日朝条約上に於いても朝鮮国を独立国と認めざるを得ない。そもそも王室を擁
する一国というものが自ら護り自ら治するのは当然のことであり、そこに外国が関与するとするな
ら兵の訓練に力を貸すぐらいなものであるという考えである。
天津条約にある、朝鮮への派兵、その際の両国の知照(通知)、というのは李鴻章の頑なな主張
によるものなのですよ。そしてこの時の伊藤の杞憂は9年後に現実のものとなる。
(つづく)
いつも長編乙です。
41 :
マンセー名無しさん:2008/06/17(火) 07:20:49 ID:Dlv29Fbo
韓国では、国中いたるところに反日施設があるらしい。そしてその反日施設ヘゲモニーの頂点が、首都ソウルにある西大門国立公園だ。この公園内には、西大門歴史館や独立門などがある。西大門歴史館は、
西大門刑務所(旧京城刑務所)内につくられたもので、ここが反日施設の核心部分だ。
日本統治時代を考える上で、一番重要なことは、空想与太話ではなく事実だ。データだ。日本統治がはじまった1910年、
朝鮮民族の人口は1300万人だった。ところが日本統治に終止符がうたれた1945年、朝鮮民族の人口は、なんと2500万人を突破していた。わずか35年のあいだに一民族の人口が倍増するなど、空前絶後だろう。
ところが日本統治が終わると同じ民族同士が戦争(朝鮮戦争)をはじめ、朝鮮人だけで355万人も死んだ。
また1950年には戦争とは別に保導連盟事件という陰惨な事件が発生した。この事件のさい、韓国政府は「政治犯」らをなんと20万人も虐殺した。
(韓国映画「ブラザーフッド」がこの事件を取り上げた!)
上の蝋人形は、自分たちがやった保導連盟事件の再現ではないか!!!!!
韓国の子どもたちは、この西大門歴史館で、「イニシエーション」を受け、その後同じ公園内にある独立門を見学して反日を心に焼き付けるのが定番コースだ。
しかしイザ!では言うまでもなく、独立門は日本から独立して建立された門ではなく、清から独立して建立した門だ。
今年の3月1日に朝鮮日報がアップした記事が、韓国人や韓国の歴史教育がいかにデタラメを証明している。この記事は今から40年前とか50年前の記事ではない。
今からわずか3ヶ月前に、こんなすっとぼけた記事をアップしているのだ!!
42 :
マンセー名無しさん:2008/06/17(火) 07:23:41 ID:Dlv29Fbo
今ごろこんなことを言うなよと、日本人なら誰もが思う。韓国人は国民全体が歴史総白痴でありながら、日本の歴史教科書がどうのと干渉してきているのだ。ふざけた連中だ。
下賎臭賎人民族韓国人は2004年まで肉骨粉をバンバン食っている韓国牛は安全だが、97年に肉骨粉の使用が禁止された米国牛は危険だという。韓国人は、BSE検査を1頭たりとも行っていない韓国牛は安全だが、年間3万頭BSE検査を行っている米国牛は危険だという。
韓国人は、万事この調子だ。
韓国は、三田渡にある大清皇帝功徳碑を移転させるらしいが、もし移転させるのであれば、それは独立門の隣に移設すべきだ。
大清皇帝功徳碑が「拝啓」で、独立門が「敬具」みたいなものなのだ。大清皇帝功徳碑は、朝鮮が清の属国になったことの証であり、独立門は清からの独立の証だ。
大清皇帝功徳碑と独立門は、セットにすべきだ。論理的思考ができない韓国人ではあるが、この2つが隣同士に並べば、少しは事実を理解できるのではないか。
43 :
マンセー名無しさん:2008/06/17(火) 07:27:04 ID:Dlv29Fbo
大清皇帝功徳碑(だいしんこうていこうとくひ)の設置場所が、移転するらしい。大清皇帝功徳碑(だいしんこうていこうとくひ)は、
ソウル市松坡区にある、清の皇帝ホンタイジの功徳を称える石碑だ。もちろん清や清の皇帝が設置したものではない。李氏朝鮮の16代国王、仁祖の命令で設置されたものだ。
この石碑は、当時としてはたいへんインターナショナルなもので、同じ内容が3ヶ国語(中国語、満州語、モンゴル語)で記されていた。石碑の内容は、だいたい以下のとおりだ。
@愚かな朝鮮王は偉大な清国皇帝に逆らった。
A清国皇帝は、愚かな朝鮮王をたしなめ、この大罪を諭してやった。
B良心に目覚めた朝鮮王は、自分の愚かさを猛省し、偉大な清国皇帝の臣下になることを誓った。
C我が朝鮮は、この清国皇帝の功徳を永遠に忘れず、また清国に逆った愚かな罪を反省するために、この石碑を建てることにする。
なぜ朝鮮の王様が自国領の中に、しかも自らの手で建立するのだ?と誰もが思うはずだ。1637年に清と朝鮮とのあいだで丙子胡乱という戦いがあった。朝鮮は、清の皇帝ホンタイジ本人が率いる軍勢の前に首都漢城(現ソウル)は陥落し、事実上国家はいったん滅亡した。
しかし皇太子を含む2人の王子を清の人質に差し出すとか、外交権は放棄しますとか、貨幣はもう作りませんとか、黄金100両、白銀1000両の他、牛3000頭、馬3000頭、女性3000人など20項目余りの物品を毎年献上しますということで、ようやく国家滅亡と朝鮮王の一命は救われた。
この時、皇帝ホンタイジと朝鮮王仁祖のあいだで交わされた約束を「三田渡(さんでんと)の盟約」と呼ぶ。このとき朝鮮王仁祖が皇帝ホンタイジの前で9回土下座(三跪九叩頭の礼)したレリーフは、問題の石碑のそばにある。
奥手上座にかまえているのが清の皇帝ホンタイジ。手前で土下座しているのが第16代朝鮮王仁祖。土下座して、国家の存続と自ら(仁祖)が死刑になることを免れた。
44 :
マンセー名無しさん:2008/06/17(火) 07:29:00 ID:Dlv29Fbo
韓国の国定歴史教科書に丙子胡乱(へいしうろん)という戦争の名前までは登場する。しかしこの戦争がどういうものだったのか、その後どういうことが起ったのかについて、全くふれていない。もちろん「三田渡の盟約」も三田渡の地名も出てこない。
韓国は有史以来、1905年の第2次日韓条約まで、朝鮮民族はずっと自主独立を守っていたというデタラメ歴史観を一種類しかない国定歴史教科書によって国家が国民を洗脳している。
このデタラメ歴史教科書の深刻な問題点は、韓国人の「恨」が、日本と中国に分散することなく、そのすべてが日本に向けられ、爆発することだ。日本政府は韓国にきちんと抗議すべき問題なのだ。「きちんと三田渡の盟約を教えろ!」と
「屈辱の象徴」三田渡碑の移転決定
45 :
マンセー名無しさん:2008/06/17(火) 07:35:10 ID:Dlv29Fbo
2−566 じゃぷ ?茨城朝鮮気取りの腐れ桃コスレだなwwこの馬鹿女 2ちゃんの派遣社員かwwなあ桃子世ブサヨ
来年までに本来の場所に近いロッテワールド裏手に
韓国の歴史上極めて大きな「屈辱の象徴」である三田渡碑(史跡第101号)が、現在の位置から北側に1キロほど離れたロッテワールド・マジックアイランドの入り口近くに移転されることになった。
文化財庁が9日に発表したところによると、「最近開かれた文化財委員会史跡分科会議で、“三田渡碑の移転は妥当だ”という意見で一致を見た」という。史跡分科委員長を務める梨花女子大の韓永愚(ハン・ヨンウ)碩座ヘ授
(寄付金によって研究活動を行えるよう大学の指定を受けた教授)は、
「これまで移転できなかったのは本来の場所が確認できなかったからで、今回は相当細かく考証が行われた」と語った。
これにより、現在ソウル市松坡区石村洞289‐3番地の住宅の中にある三田渡碑は、石村湖水西湖の北東側にある緑地帯へ移される見込みだ(地図参照)。
ここは韓国を代表する遊園地、ロッテワールドのビルのすぐ裏手に当たり、西湖の中心にあるロッテワールド・マジックアイランドとも隣接している地点だ。
松坡区のイ・ヨンジュ文化体育課長は、「ソウル市公園審議委員会の審議を経た後、文化財庁の予算支援を受け、来年上半期までに移転を終える計画だ」と語った。松坡区は、石碑を収容する建物を新たに作ることも検討しており、
予算は1億ウォンから2億ウォン(約1037万円‐2075万円)と見積もられている。なお、仁祖が降伏する光景を描写した石碑の横の銅板は、1983年に作られたもので文化財的な価値はない、という文化財委員会の判断に基づき撤去される。
46 :
マンセー名無しさん:2008/06/17(火) 09:47:42 ID:Dlv29Fbo
現在の在日韓国・朝鮮人は密航してきたり、出稼ぎに来た人達である。
朝鮮の人達に望まれて日韓併合条約を結び、国際法上なんの問題も無く合法的に朝鮮と合併
した。
日本の敗戦時に韓国・朝鮮人が日本人に対して集団強盗、略奪、殴打暴行、レイプ、殺人、破壊、占拠監禁、人民裁判などあらゆる犯罪を犯した。
日本は韓国と日韓基本条約を結び無償で3億ドル(約1080億円)、有償で2億ドル(720億円)、民間借款で3億ドル、韓国内の日本の財産の全てという当時としても莫大な額の賠償をしている。
日清戦争で日本は清と命をかけて戦い、清(中国)の属国であった朝鮮の独立を認めさせた。
我々日本人には関係無い破綻した朝鮮銀行・韓国系銀行に3兆円もの日本の税金が使われている。
2002年日韓ワールドカップでスタジアムを作る資金が無い韓国のために7000億円もの日本の資金が使われた。
韓国の経済危機の時にIMF経由で日本が多額の資金を出し韓国を救った。
日本海の漁場が韓国の漁船に荒らされまくり、水産資源が激減している。
韓国の武装スリ団、犯罪集団によって日本人が多くの被害を受けている。
韓国の婦女暴行(レイプ)発生率は事実上世界第一位である。
韓国の暴行発生件数は日本の100倍である。
日本での韓国人による犯罪は国籍別検挙人員第2位、不法残留第2位である(平.15年上半期)。
韓国人は海外で悪い事をして捕まった時などにすぐ日本人のフリをする。
韓国人はベトナム戦争に参戦した時に、ベトナム人に対して虐殺やレイプをしまくった。
韓国は、日本や世界の文化やモノ(剣道、サムライ、生け花、サッカー、キティーちゃん等、数え挙げたらキリがない)を自分たちが最初につくったと捏造している。
朝鮮人による自作自演のチマチョゴリ切り裂き事件を追求していた韓国人が何者かに惨殺された。
北朝鮮が日本の偽札を作り、麻薬を製造・密輸している。
朝鮮総連は固定資産税を払っていない。
日本の領土の竹島を韓国が不法占拠している。
一部の在日韓国・朝鮮人が掛け金も払わず年金を要求している。
47 :
マンセー名無しさん:2008/06/17(火) 09:48:48 ID:Dlv29Fbo
南北分断を固定化させ、1千万人の離散家族が生じさせたという韓国近代の最大の悲劇をおこしている。
日本政府に対しては、韓国の政権が変わるたびに居丈高に朝鮮統治に対して謝罪要求をする一方、
中国に対してのこの及び 腰は一体なんなのでしょうか。この明白な二重基準の根底に潜むのが韓国の特異な歴史観であります。
この点を知らずに「日本が心から謝らないから、いつまでも許してくれないのだ」などと考えているようでは、
日韓のすれ違いがこれから先も続くだけでしょう。 >
シナへ謝罪要求の話が出て、南賤は言葉を期待したのだが
下級中韓大使に一喝され終わり。その後一切なし。
626 :名無的発言者:2008/06/05(木) 09:39:22
金正日「将軍」一家は『ロイヤルファンミリー』と称されているが、彼の出自は極めていかがわしいことを米国は知っている。by sato
本物の金日成将軍は、ソ満国境地帯で、抗日行動をしていた旧帝国陸軍士官学校23期卒の「金光端」騎兵中尉(騎兵第1連隊所属)であるという説が最も信憑性が高い。
金親子の神格化と暗黒の独裁を糾弾し、北の欺瞞を暴くことに生涯をかけた『李命英』氏の著書「金日成は4人いた(成甲書房・2000年5月発行)」には、
4人目とされる金日成(本名聖柱)は、本物の金日成将軍に対する民衆の憧れをソ連が利用して作り上げた「偽者」であり、
「馬骨の一味になったとき以来、金聖柱は、暴力の味を覚えただけではなく『共産革命』という唱え文句さえ掲げていればすべての略奪や殺傷が合理化できるという、
便利極まりない口実を覚えてしまった。彼は『共産主義理論』をまず学んだのではない。『略奪と殺傷』から自らの邪悪な思念を紡ぎ出し、
それを共産主義というオブラートでくるむすべを学んだのである」と喝破している。
48 :
マンセー名無しさん:2008/06/17(火) 10:01:14 ID:Dlv29Fbo
「恥知らずの韓国人!日本人までが黙っていられなくなった
ネットで韓国野郎が夜郎自大になって中国の歴史と文化を奪い取ろうと躍起になっていることに対しての日本人の態度を見かけて、興味深く思ったのでここで紹介するよ。今年は北京でいわゆる『韓国祭り』が開催して、韓国製品を売り込もうと韓国の芸能人が押し寄せてきたら
、恥知らずの漢人が買い物をして芸能人を見に行ってたけど、韓国人が中国東北に誕生した古代の高句麗と渤海国が韓国の歴史だってうそぶいてることを、あの人たちは知らないんじゃないかな、
それでも中国とユネスコの両方が韓国とは関係ないと認めてるからいいようなものの、韓国野郎の文明史はたったの二千年にも満たないってことだよね。それだけじゃなくて、韓国は1千万人の署名を集めて、
中国に謝罪させようとしてるんだ――あの人たちは中国文化にずっとたかってる寄生虫で、窃盗版なのに、私たちは何も言ったことがありません。日本人までが黙っていられないというのに、
韓国人が恥知らずにも中国の文化を世界文化遺産として申請したことに対する日本人の反応を紹介します:
以下は日本のネチズンの反応:。。。。。韓国のは中国文化の劣化コピーでしかない。
それを独自の文化として世界遺産に登録するんだから、こればっかりは
中国人が怒るのも無理はない。
49 :
マンセー名無しさん:2008/06/17(火) 10:07:26 ID:Dlv29Fbo
日本だけじゃなく中国も相手にしてたんだ。中国も韓国の厚かましさを思い知るだろう。===========
半島の増長ぶりは日本のみならず、宗主国様にも牙を向けるのか?!幾らなんでもこれは異常だな===========
朝鮮語では『漢』を『ハン』、『韓』を『ハン』と発音するため、
漢字を捨てた今、まったく区別がつきません。敵の敵は味方だ。
これは中国と共闘するべき問題だろ。漢方はどー考えても漢方だし間違い無く発祥は中国だ。
日本と中国は協力できそうだな。韓国起源叩き。先日は華陀は朝鮮人ってのを見ました…。
日本人はアレンジはしてもオリジナルが中国にあると認めてる物がいっぱいあるよね。
韓国は劣化コピーした上に起源まで奪い取るからキモイ
というか、さ、ユネスコもきちんと調べて認可しろよな!!
このままじゃ、剣道も茶道も空手も柔道も相撲も生け花も着物も盆栽も金魚も錦鯉も果物もイチゴもお米も電子機器も家電製品もハイテク製品もカメラもその他工学製品も自動車もオートバイも原動機もゲーム機も、
(ハァハァハァ息切れ)全部馬鹿ん国ねつ造民族の起源扱いで認定されかねんぞ。
中国には敬意を払っているし、韓国;朝鮮とは違う目で見ることができるが、半島人はひどすぎる。ただの通過転移(楼主注:通過点にの間違いだろう)過ぎないのに。日本は中国起源のものであっても、
それを切磋琢磨して別の次元で開花させたもののみを自国文化の誇りと感じているし、出展(楼主注:出典の間違いだろう)や起源には敬意と尊敬を持って接している。必ず明記するし。
でも半島人ときた日にゃ、ほとんどそのままのものをウリ起源とする厚顔無恥さ!もういやになるよ;。」「どうでもいいけど、ユネスコもしっかり調査してから認可してほしいよね!」
50 :
マンセー名無しさん:2008/06/17(火) 10:08:52 ID:Dlv29Fbo
中国は地大物博(楼主注:土地が大きくものが多いという意味)だから、一つ一つに対応してたら他に何もできくなっちゃうんだよ!」
「恥知らずの韓国国民、恥知らずの民族、中国人民が立ち上がって民族の尊厳を守る時が来たんだよ」
「韓国人はマジでダメ!外国でも漢人のことをばかにしてるから、ちょっと懲らしめてやらないとね!日本人はやっぱり友好的なんだよね。」
「それはどうかな、日本人がどの方面ではまだいいかをはっきりさせないと良くないよ、日本が歴史の事実を認めない限り、漢人の心の中では日本がいいわけないでしょ!!!!」
「韓国人の面の皮の厚さといったらもうお城の壁(楼主注:一つの都市を守る壁ということ)よりも厚いんだよ!中国の悠久の歴史が、なんでやつらのものになっちゃうわけ?窃盗なんて、恥だよ!しかもこっちに謝罪しろって何それ?韓国こそ今すぐ謝罪して、
なになにが自分のものだとかいうのは止めて、盗んだものもさっさと返せって!!
幼稚園の子供だって盗みはいけないとか、うそつきはいけないことだって知ってるのに、一国丸ごとそれを知らないってこと?韓国人は全員がブタだってこと?」
「外国企業に教養のない韓国人がうじゃうじゃいるよ。アメリカのおかげで経済発展しただけのくせして。韓国の男はスケベ」
51 :
マンセー名無しさん:2008/06/17(火) 10:13:12 ID:Dlv29Fbo
「文化関連の問題では、日本は確かに韓国よりマトモ
それにしてもこの韓国ってさ、なんでこんなに狂ってるわけ?ちょっと前まで韓国人の民族精神をほめてる人がいたけど、なんか国全体で狂ってて、朝から晩まで白昼夢状態で、
恥って何の事かも忘れてんじゃん……嘆かわしいというかなんというか、心が狭い国は、どうひっくりかえっても大国にはなれないよ、新しく就任した大統領が世界七番目の経済大国に導いたとしたって、
金があるだけじゃ成金にすぎないし、中東に行けばすぐに誘拐されるのがオチで、朝鮮を合併したってアジアのリーダーになれるわけないし……まったく、小国の兄弟たち、どうしてそんなこともわからないのかな。
大中華主義者じゃないけど、でもリーダーになるには大きな志が必要なんだよ、あんたらもうみんなから見放されてんだから、能ある鷹は爪を隠すってことも知らないんだね、前途多難だよ、へへ。」
「もう見慣れた風景
望京に住んでるんだけど、ここは中国でも韓国人が一番多い場所なんだよね、韓国は経済的には豊かなのかもしれないけど、みんな教養に欠けてるんだよね、
友達が韓国人と同じ階に住んでて、その韓国人は毎晩部屋でロックをガンガンかけてるんだってさ、しかもエレベーターにはそいつのタンがあったりね、モラルのない漢人はそれがモラルに反することすら知らないんだけど、
韓国人はそれを知っててまだやるんだよね。上に書いてた人がいるけど、本当に韓国人はスケベで、同級生の女友達が洋服を買ってたら、韓国人が寄ってきて、
『俺と付き合えよ、金やるから』だってさ。だから結論としては、日本人はなんといっても漢人に勝ったことがあるから、中国に負けないと思ってても仕方ないけど、
でも韓国人は???韓国人が一番恥知らずっていうのが、私と友達の一致した意見。」
52 :
マンセー名無しさん:2008/06/17(火) 11:00:11 ID:Dlv29Fbo
世界有名教科書と地図、「韓国は中国領土」
英国オックスフォード大の出版社が制作している教科書をはじめ、世界の教育機関、博物館、テレビ局、新聞社、ポータルサイト、
百科事典など総34個の世界有名機関の世界地図53個が、韓国の領土全体または一部を中国領土に表記していることが分かった。
サイバー外交使節団「バンク」(www.prkorea.com)が10日伝えたところによると、オックスフォード大・カナダ出版社(www.oup.com/ca)版の中学校課程教科書は、
古代中国の領土を表記した「古代の世界」の1ページで、韓半島全体を中国領土に含ませている。同出版社は1478年から現在まで、米国をはじめ、日本、カナダ、中国など世界約50カ国で教科書を出版した。
また、世界の1億人を対象にした教科書を出版しているピアスンエデュケーション(www.phschool.com)は、韓国を中国の属国に定義付ける世界史の試験問題まで出題している。バンクのパク・ギテ団長は「各メディア、
博物館、百科事典、ポータル大手だけでなく名門大学の出版社まで韓半島を中国領土に表記しているのは、中国政府が政治的意図で進めている『東北工程戦略』の影響」だとした。
「東北工程」は、古代中国・東北地方の歴史に関連した研究の通称で、高句麗(B.C.37〜A.D.668)歴史を中国歴史にわい曲するための学術研究・根拠資料を開発する事業。
5年間、研究費だけでも200億元(約3000億円)が投入される予定だ。
53 :
マンセー名無しさん:2008/06/17(火) 11:01:27 ID:Dlv29Fbo
ww新しい中国歴史教科書、韓国関連内容を全て削除 教科書 | 高句麗
中国吉林省の延辺朝鮮族自治区の学生が学ぶハングル版の歴史教科書『世界歴史』のうち、高句麗史をはじめ韓国の前近代史の内容が完全に削除されていたことが明らかになった。
削除されたのは今年9月の新学期からで、昨年8月に中国外交部がインターネット・ホームページで、1948年以前の韓国史をすべて削除したのと同様の措置だ。
最近、中国を訪問した?基洪(ユ・ギフン)議員(ヨルリン・ウリ党)は10日、「延辺教育出版社の新しい中学校教科書『世界歴史』で、三国時代から朝鮮時代までの韓国史の部分(今までの教科書では2ページ分)をすべて削除したことを確認した」とし、同教科書を公開した。
このような行動は、高句麗史の歪曲内容を教科書に収録しないという8月の韓中間「5か項の口頭了解」の基本精神に反するもので、高句麗を『世界史』ではなく『中国史』に組み込んだ教科書を出版するため、事前に布石を打って出たものと解される。
『世界歴史』は2003年に発行された人民教育出版社の『世界歴史』を翻訳した本で、中国語版は中国全域で採択率が50〜60%に達する主流教科書。
54 :
マンセー名無しさん:2008/06/17(火) 11:02:26 ID:Dlv29Fbo
韓国側の問題点は、自国にこの当時の史書が全く残っておらず、日本や中国の史書に古代朝鮮の研究を頼っているにも関わらず、任那日本府などの韓国にとって不愉快な歴史的事実が書かれている諸文献、石碑などの物的証拠を全て否定していることである。
それが、精査された上での否定であるならまだいいが、ただ「そんなはずはない」での否定なのだからどうしようもない。
韓国人の古代史研究家は客観的な視点を持ち、全ての歴史的証拠について公平に検証する努力が必要だ。
いかがであろうか、普通の理性ある人間ならばどう見ても朝鮮は中国の属国であったと断言できるであろう。
確かに、その事実は韓国人の自尊心を傷つけるのかも知れない。
韓国内だけでこのような歴史の歪曲捏造をするのは構わないだろう。(本当は構わない訳はないのだが)
だが、韓国のご都合主義の歴史歪曲捏造を日本に強要するなどの行為は恥知らずな行為であり、およそ近代文明国家のとるべき行動ではない。
我々の隣に在する国家はかくも歪曲と捏造に満ちた国家であり、それを我々日本人に恥ずかしげもなく押しつけようとする国家であることを我々は深く認識し対応しなければならないだろう。
56 :
マンセー名無しさん:2008/06/22(日) 18:03:08 ID:LYVRcKTp
後でゆっくり見よう
57 :
マンセー名無しさん:2008/06/22(日) 18:26:07 ID:LYVRcKTp
58 :
マンセー名無しさん:2008/06/22(日) 21:02:13 ID:0dQO3ACi
伊藤公良いなあ。外交これだけハッキリ物言える政治家は今の日本にはいないだろう。
>>58 同意 戦後では吉田茂くらいなものか
安部ちゃんもなぁ就任したら駄メポだし
ローゼン閣下も国民の期待はあるようだけど果たして・・・・
60 :
マンセー名無しさん:2008/06/24(火) 08:20:06 ID:frMo7cU8
韓国三田渡碑、独立門の脇に設置すべき(前編) 2008/06/17 01:29
大清皇帝功徳碑(だいしんこうていこうとくひ)の設置場所が、移転するらしい。大清皇帝功徳碑(だいしんこうていこうとくひ)は、ソウル市松坡区にある、清の皇帝ホンタイジの功徳を称える石碑だ。
もちろん清や清の皇帝が設置したものではない。
李氏朝鮮の16代国王、仁祖の命令で設置されたものだ。(まあ設置をせざるを得ない状況に追いこまれたのだが)この石碑は、当時としてはたいへんインターナショナルなもので、
同じ内容が3ヶ国語(中国語、満州語、モンゴル語)で記されていた。石碑の内容は、だいたい以下のとおりだ。
@愚かな朝鮮王は偉大な清国皇帝に逆らった。
A清国皇帝は、愚かな朝鮮王をたしなめ、この大罪を諭してやった。
B良心に目覚めた朝鮮王は、自分の愚かさを猛省し、偉大な清国皇帝の臣下になることを誓った。
C我が朝鮮は、この清国皇帝の功徳を永遠に忘れず、また清国に逆った愚かな罪を反省するために、この石碑を建てることにする。
なぜ朝鮮の王様が自国領の中に、しかも自らの手で建立するのだ?と誰もが思うはずだ。
1637年に清と朝鮮とのあいだで丙子胡乱という戦いがあった。朝鮮は、清の皇帝ホンタイジ本人が率いる軍勢の前に首都漢城(現ソウル)は陥落し、事実上国家はいったん滅亡した。
しかし皇太子を含む2人の王子を清の人質に差し出すとか、外交権は放棄しますとか、貨幣はもう作りませんとか、黄金100両、白銀1000両の他、牛3000頭、馬3000頭、女性3000人など20項目余りの物品を毎年献上しますということで、
ようやく国家滅亡と朝鮮王の一命は救われた。
この時、皇帝ホンタイジと朝鮮王仁祖のあいだで交わされた約束を「三田渡(さんでんと)の盟約」と呼ぶ。このとき朝鮮王仁祖が皇帝ホンタイジの前で9回土下座(三跪九叩頭の礼)したレリーフは、問題の石碑のそばにある
61 :
マンセー名無しさん:2008/06/24(火) 08:20:33 ID:frMo7cU8
奥手上座にかまえているのが清の皇帝ホンタイジ。手前で土下座しているのが第16代朝鮮王仁祖。土下座して、国家の存続と自ら(仁祖)が死刑になることを免れた。
韓国の国定歴史教科書に丙子胡乱(へいしうろん)という戦争の名前までは登場する。しかしこの戦争がどういうものだったのか、その後どういうことが起ったのかについて、全くふれていない。もちろん「三田渡の盟約」も三田渡の地名も出てこない。
韓国は有史以来、1905年の第2次日韓条約まで、朝鮮民族はずっと自主独立を守っていたというデタラメ歴史観を一種類しかない国定歴史教科書によって国家が国民を洗脳している。
このデタラメ歴史教科書の深刻な問題点は、韓国人の「恨」が、日本と中国に分散することなく、そのすべてが日本に向けられ、爆発することだ。日本政府は韓国にきちんと抗議すべき問題なのだ。「きちんと三田渡の盟約を教えろ!」と。(
62 :
マンセー名無しさん:2008/06/24(火) 08:24:15 ID:frMo7cU8
izaついにはじまった!米国の「さよなら韓国」作戦 2008/06/23 21:54
米国の政策決定はよく、巨大タンカーにたとえられる。舵をきるのに時間がかかるが、一度きった舵はもう元に戻らないというような意味だ。
米国は、韓国に対し、もう後戻りのない舵を切ってきた。
米韓関係は、狂乱の牛肉デモばかりがクローズアップされているが、今月に入って、実はもっと重要なのでは?と思われるニュースが3つあった。@在韓米軍司令部(第8軍司令部)が2012年をメドにハワイに移転することが決定したこと。
Aライス国務長官が外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」最新号に「日本とオーストラリアは同盟国、韓国はグローバル・パートナー(地球の仲間)」と位置づけたこと。
B中央日報が6月21日に伝えたが、今までほとんど落ちることのなかった留学ビザの審査が、6月に入ってから不合格が続出していること。
中央日報はBの留学ビザの件を「牛肉デモのせい?」などとノン気なことをいっている。おそらくそんな単純な話ではない。@とAとBは完全につながっているのだ。ようするに牛肉デモがどうのとか、李明博政権がどうのではなく、
米国は盧武鉉時代に決定した政策を今まさに実行に移してきたのだ。米国は現在繰り広げられている狂乱の牛肉デモを横目で見ながら、韓国に下した自らの政策決定を自画自賛していることだろう。完全に正解だったと。
韓国は去年から、今年の夏もしくは来年の初めまでには、米国ビザ(短期)が免除になると大喜びしていた。しかし米国における韓国の格付け(安全保障・友邦度・信用全般)は、@ABからいって最近、大幅に下方修正されたはずだ。
「同盟国」から「191カ国中の1国(地球の仲間)」に格下げされたのだ。まあベスト50くらいには入っているんだろうが(笑)
米国の短期ビザ免除も無期限延期になるのでは??
牛肉デモは、多少鎮静化した。しかし収束のメドはまったくたっていない。しかし韓国はそんなことをやっている場合ではないだろう。
アメリカは「さよなら韓国」作戦をはじめているのに。日本も「さよなら韓国」作戦に追随しなければならない。
63 :
マンセー名無しさん:2008/06/24(火) 08:24:53 ID:frMo7cU8
中国より嫌われる韓国(ピュー・リサーチ2008) 2008/06/22 03:07
米国の民間シンクタンクが毎年行っている国際世論調査の最新版が今月の12日に公表された。シンクタンクの名前はピュー・リサーチ・センターという。
内容は盛りだくさんだ。突っ込みどころも満載だ。書こうと思えば、このレポートだけで、1ヶ月くらい、毎日エントリーが書けそうだ。
本日は的をしぼり、表を一つだけ提示する。日本・韓国・中国の好感度国際世論調査だ。中国に関する部分はオリジナル資料の35ページ、日本と韓国の部分は48ページに掲載されている。
それらの数字を一つにまとめた表がenjoy Koreaにあったので借用した。
日韓中好感度調査
青数字は「好き」が嫌いを50%以上上回る場合赤数字は「嫌い」が「好き」を上回る場合 この表だけで突っ込みどころ満載だ。
日本に対するイメージで「嫌い」が「好き」を上回る国は3カ国だ。中国と韓国とレバノンだ。レバノンは、ちょっと伏兵だった。おそらくユダヤがらみだろう。日本は米国の味方として嫌われているのだろう。
中国と韓国は、英国のBBC調査等ほかの調査からもじゅうぶん予想できた。BBCの2年前の調査では、韓国の反日は中国すら上回り、世界最悪の反日国家だった。2年前に比べるとこれでもまだ韓国の反日は改善はされている。
しかしこの表でもっとも目を引くのは、韓国の尋常ならざる嫌われ方だろう。この調査、今年の3月から5月にかけて行われている。ということは、3月のチベット「動乱」や聖火リレー騒動も反映されている。
また当然、中国が昨年、世界各地で巻き起こした食品・毒薬・おもちゃ問題も調査結果に反映しているはずだ。その中国のデータは、「好き」が45、「嫌い」が42だった。
ところが韓国はどうだ。韓国には直近、チベット虐殺も、毒食品も、毒薬も、毒おもちゃもない。しかし韓国への「好き」の世界平均は38で「嫌い」は37だ。
韓国は中国より嫌われていた!!韓国は中国以上の鼻つまみ国家だった!!
韓国は「好き」で7ポイント、チベット虐殺の中国に負けている。日本への「好き」は59なので、韓国は日本に21ポイントも負けている。
韓国が日本より嫌われるのは当然だが、共産主義で、少数民族を虐殺し、言論を弾圧し、毒食品を輸出し、毒薬を輸出している中国より嫌われるというのは、通常考えられない。
64 :
マンセー名無しさん:2008/06/24(火) 08:26:49 ID:frMo7cU8
崇礼門(南大門)が焼失したわけ 2008/06/23 23:11
韓国の国宝第1号の崇礼門(南大門)が焼失したのは、今年の2月のことだ。まだ4ヶ月しか経っていないが、韓国のメディアでは、もうほとんど話題にのぼらない。
本日韓国のネット情報を見ていたら、「だから崇礼門は焼失するんだよ!」と思う写真に出くわした。朝鮮王朝の王宮である景福宮の写真だ。ここでの牛肉デモの模様だ。
牛肉デモのさい、朝鮮王宮(景福宮)の塀によじ登る韓国愚民。普通、王宮の塀に登るか??日本でいえば皇居みたいな場所だ。
デモの後、愚民に踏み割られた無惨な瓦!
日本なら絶対ありえない光景。また写真上部に写りこんだ道路の汚いこと、汚いこと!!
この3枚の写真こそが、韓国国民、および朝鮮民族の心映えだろう。朝鮮人(韓国人)の心の鏡だ。
文化財を大事に思う心もなければ、文化財に対する敬意もない。
韓国の国宝第1号崇礼門は浮浪者の無料居酒屋兼無料宿泊所兼便所だった。そして国宝なのにソウル市に管理させ、スプリンクラーは設置なし、警備会社とは、火災に関する契約を結んでいなかった。
この3枚の写真を見ると、崇礼門焼失が必然だったことが、よくわかる。
65 :
マンセー名無しさん:2008/06/24(火) 08:30:59 ID:frMo7cU8
韓国は10年前ぐらいにも国際通貨基金(IMF)管理下になっていますよね。その後遺症が完全に克服できたいなかったにも係わらず、
金大中、盧武鉉政権下で北朝鮮支援宥和政策に迷走したがため、韓国経済の発展と建て直しを怠り、外貨準備額を十分に高めることをしなかった失敗だと思います。
韓国経済を支えているのは、サムソン、現代自動車、LG電子、POSCOなどの財閥ですが、工業技術に進化があると言っても、根底では日本や他の先進国の高度技術国からのライセンス技術に依存する部分も多く、
また中国に低技術分野では賃金競争に太刀打ちできない。
したがって韓国政府の税収も脱税が多い中、脆弱な国家財政が継続している。そして国家デフォルト(債務不履行)の危機は、すぐそばにあると言っても過言ではないであろう。世界的にも米国のサブ・プライム・レート・ローンの破綻で国際輸出市場は冷えており、
中途半端な価格と製品品質しかない韓国の輸出が増えるとは思えない。更にヘッジファンドのようなものが絡んでいると思える国際的エネルギー、原材料価格の高騰も大きな負担である。
また韓国経済の信用低下が著しく見えてくると債権を有する国々から債務返還圧力が強くなるであろう。現在、韓国の対外債務は短期返済になっている部分が大きい。これも自転車操業、
多重債務のような状態を悪化させる。
この民族の性であろうか?良くなったと思ったら自ら破局への道に進んでしまう。前回も日本の金融関係がかなりの援助をしたらしいが、今度ばかりは日本の国家財政も危機の中にある。
困った時だけ擦り寄って来る隣人には困ったことである。もう相手にするには負担が重すぎる。また韓国国民自身がこぞって純金を国に提供し自分で解決してくださいという他はない。
66 :
マンセー名無しさん:2008/06/24(火) 08:32:36 ID:frMo7cU8
38
朝鮮日報(引用開始)売買春は国外でも違法」 仁川空港で広報へ>下賎男女とも遠征買売春大国たる恥曝し
「売買春は国内外で違法です」というメッセージが、本格的な休暇シーズンが始まる7月から仁川国際空港の大型電光掲示板で流される。最近、清州市議らが海外出張時に買春行為に及んでいた疑惑が浮上し、
所属政党を離党するなど海外での売買春問題が相次いで問題視されていることを受け、政府が取った苦肉の策だ。
女性部は16日、仁川国際空港公社の協力を得て、来月から空港構内のプラズマ・ディスプレー・パネル(PDP)など大型スクリーンで海外での売買春防止を訴える10秒の広告を放映すると発表した。
女性部はこれまで高速鉄道KTXの駅構内や地下鉄駅などで海外での売買春は違法だと訴える内容の字幕メッセージを流していたが、それだけでは広報に限界があると判断し、
海外旅行客が飛び立つ仁川空港で注目を集めやすい動画広告を流すことにした。
動画の内容は海外での売買春の違法性を強調するものだが、全体としてはコミカルで軽快なものになっている。
女性部関係者は「違法行為だという事実を知らずに、何も考えずに海外で売買春に及ぶ人が少なくない。注意喚起に最も適しているのは外国に向かう飛行機に乗る空港だと判断し、動画を流すことにした」と話している。
しかし、外国人観光客も多く利用する仁川空港で売買春関連の広告を流すことをめぐっては論議を呼ぶことも予想される。
女性部はまた、地方自治体の協力を得て、大型の電光掲示板や住民組織の情報誌、地域ケーブル放送の字幕放送を通じ、
同様のキャンペーンを夏場にかけて継続的に展開する計画だ。(引用止め)」。
67 :
マンセー名無しさん:2008/06/24(火) 08:41:19 ID:frMo7cU8
68 :
マンセー名無しさん:2008/06/24(火) 08:45:12 ID:frMo7cU8
朝鮮日報』の6月17日付け記事ですが、こういう政府広報が国際空港でなされること自体が、国家的な恥ということを韓国民は判らないのでしょうか?
こういう広報を成田空港で日本政府がやりますか?!
「売買春」といっている限り、女性の売春も事実あるんだと認めているわけです。
社会自体がそのような売春の存在を公に認めているわけで、ましてや、かつてのもっと貧しい時代の朝鮮において、日本軍相手に慰安所を経営していた(経営者はほぼ朝鮮人)ことは、それ以外に高収入が求められなかった時代だから仕方ないことなのです。
なにが「慰安婦の強制連行」ですか!
韓国の朝鮮戦争映画というのは、『ブラザーフッド』(2004年)のようなある意味でカッコイイ映画でなく、かつてはアメリカ兵相手の慰安婦映画ばっかりという時期が多かったのです。河野洋平のようなアホな政治家が退いていかない限り、
日本の明日は来るわけがありません
69 :
マンセー名無しさん:2008/07/04(金) 12:47:44 ID:DmPA91al
併合前の日朝の中の人、まだお忙しいでしょうか。そろそろお願いしますです。
忙しいというより、ちょっとさぼっておりましたw
併合前の日朝(続き)
伊藤「他国が朝鮮を侵略するような時には貴国が派兵する権利があることを条文に掲げることは承
諾する。しかしその他のことで派兵することは容認できない」
李 「閣下の草案6項目中の最後の2つを残して、他は修正すればよいアルか?」
伊藤「だから、全部変えるようなものでしょそれ。それならば止むを得ず我が国も条約によって朝
鮮に駐在できる権利があることを主張せねばならんが」
李 「先ず一旦は両国の兵を撤回するアルよ。そして貴国が条約上朝鮮に兵を駐在する権利があって
よいアルよ。我が国もまた時と場合に応じて何時でも派兵するアルよ」
大使「それでは今まで議論を尽くした意味がない! これでは撤兵のことは一時の約束に過ぎず、
一時の約束では貴国と我が国の駐在兵の間で将来に事件となるのを防ぐという主意に沿わないこと
になる! これで両国の友好を妨げる障害を取り除けようか。全くの中途半端である!」
李 「本大臣はただ内乱を恐れるアル!」
伊藤「さきほど閣下は、日本が撤兵したら再び変乱は生じないだろう、と言ったではないか。それ
を信じるなら貴国も派兵する必要はなかろう」
(続き)
李 「しかし朝鮮で乱がないとは断言できないアル。報告によれば、日本人は朝鮮政府をそそのかし
て清国との関係を絶って独立させることに尽力していると聞く。これが日本政府の意ではないとし
ても、一旦事が起れば我が国は派兵せざるを得ない」
伊藤「朝鮮政府に対して、清国からの独立の地位を確かにするよう勧めることは、道理としてある
のは勿論であろう。また朝鮮人も独立を維持することに力を尽くすと公言している。ま、しかしこ
こではこの問題は議論外のことに属する」
李 「日本は朝鮮をそそのかすのに、常にそのような不善の言を用いているアル!」
大使「我が国の個人中に朝鮮国王に国の独立を維持するのを勧める者がいるかも知れないが、その
事は我が政府にとっては更に関係なし。しかし閣下に言っておくが、朝鮮国は既に独立国の体面を
以って諸外国との条約を締結したことは争えない事実である。閣下もこの事は軽視できまい」
李 「我が国と朝鮮国の関係については閣下に考えてもらう必要はないアル!」
大使「本大臣も敢えて考えることはない。閣下がその事を言ったので意見を述べたまでである」
李 「お互いの議論がこのようならば到底協議の好結果は見ることが出来ないアル!」
呉大澂「雑談はしばらく置いて、議論の要点を条約のことに戻すアルよ。我が方としては、朝鮮に変
乱があった時は派兵できることを主張せざるを得ないアルよ。これも将来の事件を防ぐためアル」
伊藤「防ぐことにならん。何の効果もない。それを望むなら朝鮮国王に勧めて兵を教練させ、それ
によって自ら国を護らせ自ら治めさせるほかはない。つまりは他国に依頼させないようにすること
である。それについて閣下の草案は何の効果もない」
(続き)
李 「もとより本大臣は朝鮮国王に兵の教練と治安に努めるように進言しているアル。しかし朝鮮国
王はその通りには出来ないだろう。おそらく数年経たないうちに我が国に派兵を求めるような変乱
があるのは明らかアル。ま、その時は日本人は我が国が朝鮮に干渉しているように思おうが、我が国
から朝鮮の内政に干渉することはないアル」
伊藤 「そうだろうか。それは閣下の個人的な言葉に過ぎないのでは。今度の時も貴国の与論はそ
うではなかった」
李 「貴国は朝鮮を独立国と見ようが、我が国は朝鮮を属国と見るアル。ま、このことは今は議論す
る必要はないアル」
伊藤 「我が国は朝鮮との条約を締結して以来、朝鮮の地位は知っている。何も閣下に問う必要も
ない。で、朝鮮の内乱とは何を指すのか。要するに派兵するほどの重要事件ではなかろう」
李 「将来どのような事変があるかは予想は出来ないアル。ゆえに今は撤兵しても将来事が起きた時
には再び派兵するようにしておけばよいアル」
伊藤「世界広しといえども禍を好む国があるとは聞かない。将来もし朝鮮に事がある時は両国互い
に連絡しあって協議するべきである。朝鮮の地に事があった時は、それは朝鮮のみに止まらず日清
両国の利益に影響することが少なくはない。本大臣は朝鮮のためにのみ言うのではない。すなわち
日清両国の交際を重んじ、大局を誤らないためである。しかしまだ事が起きない内にそれを条約に
定めて予定の行動を約束するのもおかしなものである。本大臣がここに来たのは、閣下と朝鮮の独
立・属国の議論するためではない。閣下が強いて朝鮮の主権に関わって議論されようとするなら、
本大臣がここに来た意味はない」
(続き)
李 「言われることは分かるアル。しかし本大臣は我が国が朝鮮の主権に関わることについては、閣
下の公認を得る必要を感じないアル」
伊藤「本大臣としては派兵の事を条約に加える必要を感じない。将来の大事が起るのを免れるには
、むしろこのような条文は設けないほうがよい」
議論はもはや平行線。で、向かうところは朝鮮の属国・独立という主権論に。
李 「朝鮮に内乱がある時は我が国は派兵して国王を保護するのは我が国の義務アル。朝鮮国王がそ
の位にあるのは、我が皇帝陛下が封するところによるものアル」
つまりは朝鮮は清国冊封の国と。「冊封」とは皇帝命令書である冊を以ってその国の領土を与え
て王とする位を、宗主国皇帝が授けるということ。「朝貢」とはまた別義だぉ。
伊藤 「閣下が言う朝鮮の主権論に関しては本大臣にその承認を求められると見なす」
李 「さてどうしたものかw そのことは既に人々がよく知るところアルね」
伊藤 「そのことは今この席で議論する要件ではない」
李 「そのことは我が国の朝鮮における主権に関する。ま、敢えて貴国政府の承諾を求めることで
はないアルね」
伊藤 「以前、閣下は朝鮮国と米国間の条約文の冒頭に、朝鮮は中国の属邦である云々の文字を入
れようと画策したが、遂に米国側によってその文字を入れられなかったと聞く。閣下にはどうして
それを承諾されたのかを敢えて聞こう」
(続き)
李 「条約文には朝鮮が中国の属邦であるとの文字は載せなかったが、米国公使と本大臣の間では
互いに照会文を交わしてその事を書いているアル」
伊藤 「はあ? 照会文に書いて何の効果があるのか。照会文は約束の効果はない。まさに約束の
効果があるのは条約文のみである」
李 「通常の照会文ではないアル! まさに条約の一端に属するものアル!」
伊藤「ほう、それはよいw 両国の間で条約を有効なものとするには、各国人民の上にも及ばせる
ように必ず国中に布告すべきものであることは閣下もご存知であろう。しかし閣下の言われる照会
文のことは朝鮮でも米国でも布告されたのを聞いたことは無いがwww」
李 「ムカッ!! もうよいアル!! 談判の要件に移るアル!」
井上馨外務卿は前もって米国政府に対して朝鮮属邦のことを条約文に載せないように進言してい
たらしい。
しかしまあ伊藤のこの論理は、李鴻章をやり込めることには有効でも、中朝条約には朝鮮が属国
であることが書いてあるからねえ。
朝鮮が独立国であったかなかったか。日欧米各国には独立国の体面を装いながら、中国に対して
は属国であることを条約として結ぶ。やはり井上馨が金玉均に言ったように、「貴国は永年支那に
対して属国であった。それが日朝条約によって独立の萌芽を発し、今は米国との条約によってより
独立の傾向にある」ということだろう。
75 :
マンセー名無しさん:2008/07/07(月) 21:16:56 ID:I+zzlTNA
(続き)
とにかく、このようにして伊藤博文はさまざまな観点から「派兵は必要ない!」と説き、李鴻章
は朝鮮が属国であることを理由に「派兵は必要アル!」と言い続け、結局議論は全く妥結することな
くこの日も終了。
翌日、伊藤は井上外務卿に打電。
「交渉は危機に瀕した。李鴻章は撤兵のことは一時撤兵のみ承諾したが、恒久的とすることは拒否
し、宗主国として派兵の権利があることを主張した。今後妥協点がないなら交渉は決裂するだろう」
などと。
井上外務卿「・・・・一時撤兵かぁ。李鴻章も先の読めない男だのう・・・・止むを得んぉ。我が
国としては粛々と陸海軍の増強するほかないぉ」
日清両国が将来の衝突を避けるには両国が朝鮮からは恒久的に撤兵するということでなければな
らなかった。朝鮮で再び乱などが起きて清国が派兵した場合、またも日本人居留民や公使館にどの
ような攻撃が向けられるか計りがたいことである。よって日本としては充分に保護できる兵を送ら
ねばならなくなる。そうなれば最早その衝突は避けられないだろう。
明治17年の事変によって、当時日本人とりわけ日本兵の清兵に対する憎悪は極めて強いものと
なった。しかもこの後長崎でその火に油を注ぐような大事件が起きる。
伊藤は止むを得ず、日本もまた朝鮮に派兵する権利があることを清国側に要求することとし、そ
のように条約草案を書き換えた。もちろん李鴻章は初めから日本にもその権利があることは認めて
いることであったが。
伊藤「やれやれ。撤兵議論も無駄だったか・・・・後は清将責罰と居留民被害のことを何としても
認めさせねばならんが・・・」
(つづく)
面白い!
長崎事件って、定遠・鎮遠の水兵が暴れたアレですね!
今でも沖縄や横須賀で、米兵が婦女暴行してるようなもんか。
長文乙です。
李鴻章としては日本と戦争になっても構わん、ぐらいに思ってたんだろか。
ま、宗主国の体面しか頭になかったんでしょうな。
李鴻章は戦争に対して、ヤクザの出入りで小規模な銃撃戦が行われる、って
程度のイメージしか持ってなかったんじゃないかなあ。
日本も幕末にはその程度だったけど、伊藤や井上は、四か国艦隊に長洲上陸され
たり、薩英戦争で艦砲射撃食らったり、近代戦の恐さを身にしみて知ってたからね。
79 :
マンセー名無しさん:2008/07/22(火) 00:35:15 ID:Sd/HXysv
>>77 >>78 清は既にフランスと一戦交えていますしねえ。定遠・鎮遠もまもなく引き渡される予定ですし。
日本の軍事力など眼中にはなかったのではないでしょうか。そもそも李鴻章は日本のことを貧国だ
と何度も言ってましたし。
それに当時清国は、西洋国の進出を防ぐのに日本を利用しようとしていたようですから、戦争ま
でする気はなかったのではないでしょうか。まあ中華帝国の強大さを見せ付けて恐れさせ従わせて
やろうと。で、明治19年に定遠・鎮遠からなる艦隊を長崎に寄港させたと。
併合前の日朝(続き)
さて、井上馨外務卿が伊藤博文大使に与えた調令では、撤兵のことのみならず、国王護衛の日本
兵への攻撃を清将の処罰に求め、また居留民への暴虐の責任を問い、それを照会文中に明記させる
との要求を通すことにあった。
しかし、李鴻章はこれを議題に上げることすら難色を示し、日清両兵の衝突については清将のみ
ならず竹添公使にも処罰あることを以って平等の処置と主張し、居留民被害のことはそもそもその
ような事件はなかったと言い張った。
(続き)
で、談判第6回目は4月15日。
恒久撤兵のことを諦めた伊藤は談判開始早々、「将来朝鮮で変乱があって一国或いは両国が派兵
を要する場合は日清相互に通知して派兵し、乱が定まった後はただちに撤兵すること」の条文を追
加した条約草案を提出。
よって李鴻章もこれには直ぐに承諾。後は字句をいくらか変更する話を経て撤兵のことは定まっ
た。
伊藤 「そもそもこの趣旨は、日清両国が朝鮮に派兵するのは最も重大な事があった場合に限るの
であって、瑣末な事件では出兵しないことを互いに約束するにある」
李 「実にそうアルよ。例えば露国が朝鮮を侵略しようとする時やこれに等しい重大事件の時は派兵
するアル。そしてその時は貴国に直ぐ通報するアルよ」
李鴻章、内心、自分の意見が通ったからもうご機嫌w。
伊藤 「よろしい。閣下が今述べられたことは永く記憶しよう」
李 「本大臣は閣下の意見に副うために今日まで非常な譲歩をしたアルね。我が政府がこれを批准す
るかどうか心配するぐらいアルよ。もともと呉氏の草案では、我が国にはいつでも派兵できる権利が
あり、日本はただ朝鮮とは条約上のことがあるだけとある。これは日本は派兵の必要はないとの意
味アルね。それで呉氏を説得してこの非常なる譲歩を同意させたアルよ。この苦心努力は閣下の想像外
にアルよ」
(続き)
思い通りになった時ほど、そういう素振りを見せずに、いかに自分が苦労して譲歩したかを強調
するのが重要らしいw しかし何だか営業マンが契約後に安っぽい挨拶をしているみたいだぞw
もちろん伊藤はそんな話は無視し、批准のこと、その期日のことなどを事務的に話を進めた。
伊藤 「で、条約批准の期日は互いに事前に通知することがいる」
李 「我が皇帝陛下に上奏する時には、北京では重職の者を召集して会議するのが通例アル。会議が
事無く進んで批准の通知に至るまでにはかなりの日数を要するアルよ」
伊藤 「貴政府で会議が揉めるのは貴政府の内事であって、本大臣には関係ないことである。よっ
てここで期日を定めて約束せねばならない」
李 「それなら2ヶ月以内と約束するアル」
伊藤 「我が国もそうしよう」
李 「もし他国が朝鮮を侵略したときは、貴我両国で連携して防ぐ方法を講じねばならないアル」
伊藤 「朝鮮が今日あることを永く維持するのを希望して止まない」
李 「もし貴我両国で密約を結ぶなら露国は朝鮮に手を出さないに違いないアル。かつて露国公使は、
露国は少しも朝鮮に何かする気はない。まだシベリア地方ですることが終わってないからである、
と言ったアル。しかし英仏独の三公使は、露国は朝鮮を侵略する意を強く持っている、と言ったアル。
閣下はどちらを信じられるアルか」
(続き)
伊藤 「おそらく英仏独三公使は公然たる意見として述べられたのではなかろう」
李 「もちろんこれは閑談に過ぎない。公然たる意見ではない」
伊藤 「露国公使の言うことを信ずると言わざるを得ない。国と国との交際で互いに疑えば終には
事変をもたらし容易ならない事態に陥ることがある。よってその実績が顕れない間は露国に害心が
あるとは明言することは出来ない」
李 「朝鮮は我が国に接する国である。朝鮮のことで警戒することを疎かには出来ないアル」
伊藤 「国土防衛のためには当然の警戒ではあるだろう」
李 「露国はウラジオストックに海軍を置いているが、ここは氷結する地アル。よって露国が東洋に
良港を求めるのは急務であって、或いは数年内には必ず東洋で大事を起こすと疑うアルよ。もし露国
が朝鮮の地に良港を得て海軍をそこに置くなら、貴我両国への影響は軽いものではないアル。これに
ついて閣下の御教示を求めるアル」
伊藤 「その事についての流言は大いにある。しかし本大臣は確たる証拠を得ていない」
これは伊藤だけでなく、当時明治政府の人間には、確たる証拠なく交際相手を疑うことを潔しと
せず、という考え方の傾向が感じられる。つまりは疑心は暗鬼を生じ、終には深刻な事態を招きか
ねない、という考え方による。一方、中国人は相手を端から疑い、ひそかに刀を研ぎながら交際す
るものらしい。そして場合によってはその刀を見せる時がある。
(続き)
李鴻章は日本が朝鮮に開かせた元山津について話し、この港を他に奪われないように伊藤に忠告
した。
伊藤 「この事は本件とは関係ないので話はやめよう。さて撤兵のことは定まったが、他の2件の
ことは閣下にはどうされるつもりか」
李 「その2件については、この上議論をしないのがよいアル」
つまり、清将責罰、居留民殺害の件であるが、以下、伊藤と李の間で、数日来のこの議論が全く
同じ論調で繰り返された。李鴻章も頑なだが、伊藤博文もまさに執拗なまでに追求する。
そして伊藤の厳しい追及に、遂に居留民殺害の件で李鴻章は、
李 「・・・・・事実を調査して証拠を得なければならないアル! もしその後に清兵の中に大罪を
犯した者があるとしたら必ず刑に処するアル! 必ず公平に処して容赦しないアル!!」
伊藤 「その意を了解した。それでは閣下は今言ったこと文書にして本大臣に与えられようか」
李 「もとより妨げはないアル! 公文を提出してその中に、この件の調査を遂げた後は我が兵の中
に犯人がいたなら必ず軍律に従って処分するとの意を表明するアル!」
(続き)
これで居留民殺害の件は解決に向けての公文を得ることで一応落着。次に清将の責任を問うて処
罰する件。しかしこの事では李鴻章は竹添公使の処罰も求めて譲らなかった。
伊藤 「貴国将官の処罰の件については既に互いに議論をし尽くしたが、閣下がこちらの請求を容
れないなら協議は終わらないことになろう」
李 「双方で譲らぬ理由がある以上、妥結する望みはないアル!」
しかし伊藤は事件詳細の経緯を述べながら数日来の議論を繰り返し、やがて朝鮮で調査をしたと
いう呉大澂大臣に対する追及は鋭く、ほとんど取調べのような様相を呈した。
たまらず、陪席の続昌大臣が口を挟む。
続昌 「第一回目の会議の時に閣下は、両国の和好を重んじて善後の策を図ると述べられたアル。そ
の閣下の将来を深く憂慮される姿に本大臣は末席にあって閣下の高論と共に尊敬の念を抱くこと切
アル。ただ、ここで既に済んだことについては、閣下には瑣末の事に拘られずに大局を考慮されるこ
とを願うアル。済んだ事よりも将来のことを協議されたい。先日来、井上伯も朝鮮でやはり将来の方
を重んじられた。閣下にも井上伯同様にされることを願うアル」
伊藤 「口を慎まれよ! これらのことは陪席の閣下らが口を挟むことではない! 李中堂閣下の
言なら心を開いて静かに聴こう。さあ、呉大臣に何度も尋ねる! 最初に日本将官が朝鮮兵を指揮
して清兵に発砲させたというなら、その証拠を出せ!」
(続き)
李 「本大臣に代わって一言申したのである。閣下には少しく寛容に聞かれたいアル。この件は既往
に属することなので、双方のためを考えるなら問題とせずに、棄却する方がよいアル。たとえ棄却し
たために閣下に責任が生じても、閣下は国家を担う人であり、それに堪えられると信じるアル」
伊藤 「かく議論して妥結に至らないとは、本大臣はまことに残念に堪えない。この件は我が国に
とって重大事件である。このまま棄却することは出来ない。どのように力を尽くしても協議を重ね
て両国間の和好を保つ道を講じねばならない」
と、ここで伊藤は最後の手段として、第三国に依頼して裁定をしてもらうことを提案した。つま
りは奥の手である。
伊藤「本大臣は止むを得ずこれを他国の仲裁に託し、双方でその裁判に服すべき外ないと信じる」
これには李鴻章も面食らい、
李 「はあ? 第三国に頼むアルか? つまりは仲裁する者が再び事件を調査することになるアル。そ
して双方の証拠の矛盾を明らかにするなどせねばならないアル。はたして事実の調査が満足に出来よ
うか。本大臣は出来ないことを恐れるアルよ」
伊藤 「仲裁は容易な事ではない。しかし他に道があるか。もし別の道があるを閣下が知るなら教
えを請おう。惜しむなかれ」
李 「仲裁はヨーロッパの一国に依頼するアルか?」
(続き)
伊藤 「国と国との問題なので、仲裁者も一国のトップでなければならない。東洋諸国で出来る者
はいない。ヨーロッパ諸国では公平に欠くおそれがあるかもしれない。よってこの事を依頼するの
は米国合衆国の大統領あるのみ」
李 「それは無理あるよ。米国の大統領が自ら朝鮮に行って調査は出来ないアル」
伊藤 「そんなことは当たり前である。大統領は双方が提供する証拠に基き審理を経て裁決を下す
のみ」
李 「欧州外交の歴史を読むと、仲裁で満足な判決があったのは多くないアルよ。それに米国などに
頼むような重要事件ではないアルよ。貴我両国の面目にかかわるアルよ。まあ同意すべきかもしれない
けれども、こんな大事でないことで仲裁を仰ぐのは恥ずかしいアルよ。この件は両国の一時の行き違
いに過ぎないアルよ」
李鴻章、大いに尻込みw
伊藤 「他に方法があるなら、両国間で妥結することはもとより本大臣が最も願うことである」
李 「両国兵の衝突は双方の行き違いによるアル。なるべく込み入った事を論じることなく妥結する
のがよいアル」
伊藤 「居留民被害のことは既に閣下の説明を承諾した。しかしこの件については閣下の確かな返
答を望む。閣下が他国に仲裁を依頼するのを良しとしないなら、どうにか妥結する方法を示すこと
が閣下の義務と信じるが」
(続き)
李 「閣下が竹添公使を罰することを約束するなら、本大臣も我が将官を罰することを約束するアル」
伊藤 「本官は決して厳罰を求めているわけではない。貴国の法律に照らしての処分を求めている」
李 「閣下が将官の処罰を求めるなら本大臣も竹添公使の処罰を求めざるを得ない。だからこそこ
の件は棄却したほうがよいと言うアル」
伊藤 「重大な件であり棄却は出来ない。それで妥結する望みがないので他国の仲裁を望んだので
ある。もとより仲裁者の裁定の結果がどのようなものであろうと我が方はそれを受け入れる」
李 「この事件は我が政府と我が委員、また本大臣も朝鮮人も、皆が我が方が正しいと見ている。
よって他人の仲裁は必要ないアル」
伊藤 「こちらはこちらが正しいと思い、そちらはそちらが正しいと思う。それならば第三者の仲
裁に依ってしか裁くことは出来まい。我が皇帝陛下はこの案件のことを本大臣に託された。よって
本大臣が仲裁者の前で自ら理があることを話すことを満足されることは確かである」
李 「本大臣はこの件を他国の仲裁に依頼する権はもたないアル」
伊藤 「それならば閣下はこの件をどのように妥結されるのか!」
李 「閣下は我が提出の証拠を悉く取るに足りないと拒否したアル。どうしてこの件の協議妥結がで
きようか」
伊藤 「だから仲裁の道しかないと言っている!」
(続き)
李 「この件を仲裁する他国の首領が千里の外にあってどうしてこの事実を調査して裁定できよう
か」
伊藤 「この件よりもまだ複雑困難な事件であっても適当なる裁定を下した例は少なくない」
榎本公使 「先年、横浜に来たペルー商船の中に清国人の奴隷がいて、ひどい酷使を受けているの
を我が地方官に訴え出たことがある。それで地方官は直ぐにそれらを解放させた。後にペルー国と
我が国との間で紛争となったが、協議妥結しないことを察して、これを露国皇帝陛下に仲裁を依頼
した。露帝は双方の言い分を詳細に考査して公平な裁定を下したことがある。知ってるだろ?」
李 「この件は他国の仲裁を仰いでも双方満足することはないアルよ」
伊藤 「仲裁を依頼した以上、判決でこちらが悪いとされても、我が国は甘受する。普通の裁判に
於ても原告被告双方が満足するものなどないの当たり前である」
その後、呉大澂と李鴻章が口をそろえて仲裁に反対し、そもそもこちらの朝鮮国王の書簡などの
証拠を認めないのが悪い、などと愚痴ともつかない言葉を並べ立てた。
伊藤 「だから!それらを証拠として仲裁者に出せばよいではないか!」
李 「本大臣は仲裁を依頼する権がないアル!」
伊藤 「それならば仲裁を依頼する全権を有するよう、よろしく貴国皇帝陛下に伺いを出せばよい。
本大臣は今月20日まで滞在するだろう」
(続き)
李 「我が皇帝陛下は本大臣に対して、特に諭され、必ず我が国の将官に罪が帰することがないよ
う命じられた! それに違うことは出来ないアル!」
伊藤 「それなら閣下は何もかも承知されないというのか!」
李 「はあーっ、実に本大臣は困難な地位にあるアル」
伊藤 「地位が困難なのは本大臣も違わない」
李 「今回のことは両国にとって意外な出来事であって、実にその不幸を嘆かねばらないアルよ」
伊藤 「本大臣も全く同感である。しかし事が起きた以上は終局することに力を尽くさざるを得な
い」
李 「双方で譲らないならどうしてそれができようか」
伊藤 「だから仲裁以外によい方法が思い浮かぶなら言おう。しかし不幸にもこの方法しかない!」
李 「本大臣は他国の仲裁を求めないアル。なぜなら我が皇帝陛下は我が国の将官が正しいとされて
いるからである」
伊藤 「我が皇帝陛下も同じである。すなわち両国皇帝陛下はそれぞれで正しいとされてある」
李 「はあーっ、実に困難である。ところで、すでに整った件は調印すればよいアルか」
今回、長いね。
連投規制よりもバイさる規制が心配。
(続き)
伊藤 「もちろん」
李 「この件以外に他に要求はあるアルか?」
伊藤 「他は既に妥結した。残るはこの件のみ」
そして李鴻章は終に意を翻す。
李 「我が将官は全員が本大臣に隷属しており、皇帝陛下の勅命を必要としないアル。よって本大臣
が将官の行為を譴責するということではどうか。これでもまだ閣下の意にかなわないか」
伊藤 「閣下が直接に譴責されると言われるか! それならば閣下は公然たる公文を以って照会が
出来られるか!」
李 「然り。閣下に公然たる照会文を送り、我が将官を譴責することを約束しよう。これは閣下に
対して友情を尽くして尊敬を表するからアル」
耳を疑うようなことなので伊藤は再び尋ねた。
伊藤 「それならば公然と照会文を出されるか!」
李 「然り。閣下の望みに応じるアル。そもそも本大臣が仲裁を拒むのは、この件で我が方が間違っ
ていると思うからではないアル。貴国と妥結することを望むからアル」
(続き)
米国の仲裁となると、清国将兵の方に非があるとの裁定が出る可能性は極めて大であった。なに
せ当時在朝鮮米国公使フートは、袁世凱が兵を率いて王宮に行くと話した時に、「それでは大事と
なるかもしれないから兵を率いるのはよくない」と忠告をしていたのを袁世凱は無視したのである
から。
それを知っている李鴻章としてはここで譲歩するしか道はない。
伊藤 「貴国将官を譴責するのにどのような方法をするのか。それを聞きたい」
李 「公文書に、我が将兵が細心の注意を払わなかったという一文を載せるアル」
伊藤 「閣下はその将兵を朝鮮から召還されようか」
李 「袁世凱もその1人であるが、既に譴責して免職したアル。閣下はこのことを貴政府に報告され
たらよいアル。
ここのところ李鴻章が言っているのが本当かどうかはよく分からない。大いに怪しい。この後五
ヵ月後には袁世凱が大院君を伴って朝鮮に帰任することになるのだから。
ま、そのようなことは分かるべくもない伊藤は、ないことにされようとしていた居留民暴虐事件
を、調査して犯罪の清兵を罰するとの公文を得、また竹添公使にこそ非があると言い通していたの
を、日本兵を攻撃した清将の行為を李鴻章が自ら厳しく咎めることをこれまた公文に書くというの
だから、伊藤としてはそれで妥結さぜるを得ない。中国政府が、それらの譴責するだの調査して罰
するだのを決して実行することはないとしても。
(続き)
教訓
中国は虚言を弄しても有利な条約を作る時がある。
もっとも、朝鮮は条約を守らない時がある、だが。
これによって天津談判は終結した。
で、天津条約の要点をまとめると、
・ 日中両国は4ヶ月以内に撤兵する。よって両国で事件となることを避ける。
・ 両国は、朝鮮国王に勧めて兵を教練して自ら治安を守らせるようにする。
・ もし将来に重大の事件があって日中両国が派兵する時は、先に互いに通知する。事件平定の
後は直ちに撤兵する。
照会 李鴻章から伊藤博文へ
・ 朝鮮での事件における中日の兵の争闘は、中国の兵が止むを得ずして争闘したのであるが、
細心に事を進めなかったからであり、本大臣はまさに戒飭すべし。また日本人居留民本多収之輔の
妻らの供述にある、中国兵が家に入って掠奪殺人をしたとのことについては中国はまだ証拠を持た
ない。よって調査してもし中国兵が日本人民を掠奪殺害した証拠があれば、軍法に照らして処罰す
るべし。このためこの一文を以って貴大使に照会して確認する。
しかし、照会文とは、米朝条約のことで照会文に朝鮮が属国であることを書いていると李鴻章が
話した時に、伊藤は、「照会文は約束の効果はない。まさに約束の効果があるのは条約文のみであ
る」と言ったそれであることは、まことに皮肉なことであった。
(続き)
しかしこれ以上を求めるのは到底無理でしょう。賠償問題にまで到達できなかったが、よくもまあ
李鴻章に対してこれだけ認めさせたものである。
もっとも、朝鮮からの恒久撤兵の要求は通らず、再度の派兵を認めたという点において、ついに
ここに日清戦争の端は開かれたり、と言える。
4月18日調印終わり、19日に伊藤大使一行は帰国の途に就いた。
ところが日本ではその19日に、とんでもない記事を書いた新聞の号外が東京で撒き散らされた。
東京日日新聞「17日、天津からの電報によれば、清国政府は我が方の要求に応じた。明日調印
されるだろう。18日、天津からの電報によれば、明日大使一行は帰国の途に就くだろう。聞くと
ころによれば、『日清両国は4ヶ月以内に撤兵する』『京城の変での清将校を李鴻章が厳責する』
『暴動の際に日本人が蒙った損害を償う。額はまだ未詳』の三ヶ条なり」
外務省官吏「おうい、この号外記事違うんじゃないの」
外務省検閲官「ああ、これね。特に、清国が賠償に応じた、なんて出鱈目書いてるやつでしょ」
官吏 「やっぱりそうだろう」
検閲官「ん? 昨日検閲して新聞社に訂正を命じていたはずだけど・・・・これどうして手に入れ
たの?」
官吏 「さっき外で配ってるやつ持ってきたのさ」
検閲官「ええーっ!! 配ってるって!! 大変だあ!!」
東京日日新聞は訂正命令に従わずそのまま東京中に撒き散らしたらしい。
(続き)
李鴻章も呉大澂も新聞は出鱈目を書くと憤慨し、また日本の新聞もひどい言ったのを、榎本武揚
が「中国ほどじゃないよ」と言い返したばかりである。
榎本武揚「そんなことがあったの? 日本の新聞もひどいもんだなあ」
公使館員 「北京政府が賠償に応じたと皆を思いっきり喜ばせておいて、一気に落胆させたような
もんですからねえ。おかげで賠償が取れなかったのは伊藤大使の不手際だと責める者が出てくる始
末で」
榎本武揚「新聞条例で検閲に掛からなかったのかい?」
公使館員 「なんでも編集人は、訂正のことを命じられた時は印刷が済んでいて、それを配達係り
が勝手に配っちゃったと言い訳しているらしいですよ」
榎本武揚「だいたい何という新聞社だよそれ」
公使館員「東京日日新聞です」
なせがここで筆者「それ、明治5年発刊で、後々毎日新聞と称するようになります」
榎本武揚「あそう。君のいる時代もあるのこれ」
なぜか筆者「ええ、日本の4大新聞の一つと言われるようになります」
榎本武揚「へー、こんなのがねえ。日本の新聞を代表するねえ。どんな評判なの?」
なぜか筆者「えーえーそれがそのー、変態新聞などと言われるようになりまして・・・」
榎本武揚「何それ? どういう意味?」
名瀬が筆者「そのー、閣下らの時代の人にはちょっと想像できないことでしてー(汗)」
榎本武揚「ふーん。ま、しっかり頼むよ。日本の将来を。こちらはこの時代で全力を尽くして頑張るからさ」
なぜか筆者「・・・・・(これに応える言葉を知らず)」
(つづく)
今回も面白かった。乙です。
面白かったデス。
乙でした。
東京日日って今の毎捨てヤンwww
時を隔てても外道の伝統は息づくってかwwww
お疲れ様でやんした。
東京日々ですか。
南京百人斬り訴訟でも、浅海記者が書いた記事の虚偽性を
断じて認めませんでしたな。あれは変態Web報道より、
よっぽど悪質です。早く廃刊になれば良いのに。
101 :
マンセー名無しさん:2008/07/28(月) 16:25:23 ID:mhBfSm+o
神戸正雄『朝鮮農業移民論』三八頁、有斐閣、明治四三年
母国人で朝鮮で巨万の富を成した者の履歴を聞くと、
市街地の買収で儲けた人は比較的穏当な手段で儲けたものだが、
その他は高利貸、白銅貨の偽造、朝鮮人参の盗取や密売、
穀物の量目詐欺等によって産を興した者である。
李朝末期に日本人が進出して、ビジネスチャンスを生かしたらしい。
貧困のどん底にあった国でも、富を創出する日本人の優秀性ゆえだろうか。
102 :
マンセー名無しさん:2008/07/28(月) 17:30:54 ID:KEzySA0n
あのまま日本に併合されなかったら
ソ連に飲み込まれていたんだろうねぇ
今頃は北方四島と同じ経済水準かも?
併合前の日朝(続き)
さて、伊藤は帰国して復命し、これで事変処理のことは終結した。しかし当然国民はこ
れでは納まらず清国への憎しみを増し、支那党の朝鮮人をいよいよ侮蔑するに至った。
一方、日本に逃げてきた金玉均らは維新の志士と見做されて援助を願い出る者が続出し
た。もっとも中には、もう支那・朝鮮とは関わらない方がよい、と説く者もいた。
朝鮮人「ふう、宗主国さ・・清国との談判は終わったニカ。長かったニダ。ウリの出番がな
くて退屈だったニダ。イルボンは反省するニダ」
日本人「・・・もう、おはんらとは遊んじゃらん」
実際、事変に関する一連の出来事での朝鮮の対応は実に陰険なものに映り、日本政府も
朝鮮に対して大なる不快感を抱いた。
井上 「はぁーっ 朝鮮国王はそんな公文を清国に提出していたのか」
伊藤 「まるで日本が朴金ら乱党と示し合わせて国王を拘束していたかのようなもの言い
じゃった」
西郷従「すでに井上さんが事変の黒幕だったっちゅう噂が立っとりもすぞw」
井上「何じゃいそりゃ。しかし明治15年のあん時に国王が求めた護衛の用兵の約束は何じ
ゃったのかのう」
(続き)
伊藤 「高宗の舌は何枚あるか分からん」
井上 「あれは弱虫じゃー。優柔不断すぐるお。今度初めて会うたがあの年であれじゃの
う」
大山陸軍卿「もう、兵は貸さん。朝鮮人に利用されるのはもうまっぴらでごんす」
井上 「しかし護衛を頼まれたら条約国の友誼上しかたないお。しかし国王との約束とい
うことはもう破棄するお」
伊藤 「3月に福沢諭吉が新聞で『亜細亜東方の悪友とは謝絶する』と言うたらしいが、
俺もそういう気分じゃ」
井上 「それが出来りゃあこんな楽なことはないお。もう朝鮮を独立国にするとかどうで
もいい気分だお」
山縣 「そういうわけにはいかんっちゃ。日本は朝鮮とは独立国として条約を結んだんじ
ゃから。条約上の義というものがあるっちゃ。それに今度のことで英国が朝鮮の巨文島を
占拠しやがったからロシアが対抗して別の島を占拠するとか言っとる」
井上 「朝鮮政府は既に3月にはロシア政府に接近しとったらしい」
伊藤 「英国が動いたのはそれがあったからだろう」
(続き)
三條太政大臣 「いずれにしろ、朝鮮のことはある程度清国に任せるしかないでごじゃる
。露国の進出を防ぐためにも清国にいくらかは朝鮮の内政に干渉させるよう、こちらから
働きかけをすることがいるでおじゃるよ」
とまあそういうことで、日本は朝鮮に求められない限りは支援することはなるべく止め
、専ら清国の指導に任せることとしたが、その後、朝鮮が露国と秘密協定を結んだとの情
報が入り、俄かに色めきたった。
かつて清国は、朝鮮の主敵は露国であり、朝鮮は中米日と連携してこれに当たるべし、
という朝鮮策略なるものを示したと言われているが、そんなもの朝鮮人の頭には端からな
い。
何しろ事変後に、
朝鮮大臣 「このまま清日の兵がいたらまた衝突するに違いないニダ!」
大臣 「何とか、するニダ!」
大臣 「ピコーン☆! そうニダ! そん時はロシアに保護を依頼するニダ!」
大臣たち「ニダ!!それがいいニダ! これを決議するニダ!」
というような連中なのだから。
106 :
マンセー名無しさん:2008/08/02(土) 23:13:04 ID:AauWJmEA
(続き)
井上 「やれやれ、自ら奴隷のくびきを求めに行ったか。何と阿呆な連中じゃのー」
三條太政大臣「これは容易ならんことですぞ。朝鮮がロシアを引き込むようなことがあっ
たら、露国の脅威だけでなく、西欧諸外国も次々と干渉してきて終にはこの極東地域が戦
乱の地ともなりかねないでおじゃるぞ」
井上 「清国政府に強く注意せねばならんところです。直ぐに在日清国公使と会談しまし
ょう」
で6月15日、、井上馨外務卿が在日清国公使徐承祖と会談した。
(つづく)
毎度おつです。
大臣 「ピコーン☆!(ry ちょwwww
108 :
マンセー名無しさん:2008/08/03(日) 20:05:52 ID:bPLTQpNy
乙。
いいねーコレ。
NHKの大河ドラマに、したい位w
>>108 大河ドラマなんかにしたら、変な反日ドラマに変質する悪寒が。
韓国の人々って・・・いっつも
世界第○位 とか 韓国起源の○○ とか 韓国の○○は△△より優れている とか
気にしてるよね なんでですか?
韓国の人 見てる? 答えてね〜 よろしく。
111 :
マンセー名無しさん:2008/08/08(金) 09:29:07 ID:lYRwFE5q
支援(=゚ω゚)ノ゛age
併合前の日朝(続き)
ところで、4月にちょっとした事件が朝鮮で起きている。で、そちらを先に。
舞台は朝鮮京城の南山にある日本護衛兵営。4月18日早朝、兵営入り口で歩哨に立つ
田川徳二郎二等兵(当時23才)は、あたりが漸く明け白む頃、兵営の周囲を見回って裏に
出た。すると誰もいないはずの歩哨小屋の中に人が潜んでいるのを認めた。
田川 「誰か!?」
眼を凝らしてみると1人の屈強な体格の支那人が佇んでいる。
田川 「そこで何をしている!」
田川二等兵は、そこを出て行くようにと手まねで示した。
しかし、支那人はそれをまるで無視して動こうとしない。
田川 「ふざけた奴だ!」
当時、朝鮮における支那人支那兵の、日本人に対する態度には倣岸なものがあった。時
に大国意識を露わにして日本人を見下げることがあった。
田川 「ほら、ここに居てはならん。出て行かないか!」
しかし言葉は通じない。田川は警告の声を上げて他の歩哨兵に知らせた。
(続き)
で、男の腕を取って引き出そうとした。
しかしその支那人は腕を掴まれた途端、猛烈に怒りだし、田川二等兵の軍帽ごと髪をつ
かみ、胸倉をつかんで怒鳴った。
田川も男の腕を抱え込んで胸倉をつかみ返し揉み合いとなる。しかし支那人は自分より
屈強であり押し倒されそうになる。その時、警告の声を聞いてもう1人の歩哨兵が駆けつ
けた。
歩哨兵「どうした!!なんだこいつは!」
歩哨兵は田川に助勢し、共に歩哨小屋から支那人を外に突き落とした。しかし支那人は
それで逃げるどころか、ますます怒って田川二等兵に拳で殴りかかろうとした。田川は威
嚇のために銃剣を抜いた。しかし支那人はそれでも向かってくるので銃剣を突き出した。
支那人はすばやく身を翻した。しかし確かに手ごたえがあり、支那人は腰のあたりを手で
押さえながら、ついに走り去った。
その後、男は、袁世凱に代わって赴任した清国駐在官陳樹棠の従者である孫田という者
であることが判明した。しかしなぜ日本兵営内に潜んでいたかは不明。密偵だったのかも。
日本公使館員「・・・というわけでして、どうやらこの男は負傷した模様です」」
近藤代理公使「うーむ、それはいかん。直ぐに医官をやったがよい」
(続き)
よって日本軍医が赴き治療に当たったが、そのかいなく同夜ついに死亡した。
当然、清国政府はこれを問題とした。孫田が死ぬ前に話したという供述書も提出したが、
それには、知り合いの朝鮮人の家から帰る途中に日本兵から襲われて刺された、とあった。
日本政府は軍部に命じて調査を開始させ、その後軍部は6月になって銃剣で刺した陸軍
二等歩兵田川徳二郎を軍法会議に起訴した。
日本側は清国側に配慮し、一切の調書と裁判記録をわざわざ漢訳して提出。
熊本鎮台歩兵少佐ら4人が審判に当たった。
判士長 「判決を申し渡す。被告二等歩兵田川徳二郎は有罪」
傍聴席 「なんでだよー! 正当防衛じゃんか」
傍聴席 「当然アル!」
傍聴席 「死刑ニカ?」
判士長 「静粛に! 被害者孫田はなんら武器を所持しておらず、また被告は歩哨であり
ながら銃剣を使用するのは適当でなく、正当防衛には当たらない。よって殺人罪に相当す
る。計画性はなく、故意でもなく、過失とも認められない。殴闘による致死に当たり、重
懲役が適当であるが、当時の状況に情状酌量すべきものがあるので減刑し、刑法第67条に
照らして軽懲役6年に処す。以上」
(続き)
陳樹棠 「アイヤー。人の命を奪っておいて懲役6年はないアルよ! 我が国では人を殺せ
ば命で償うアル!」
近藤代理「・・・・(お前が言うなよ!)」
公使館員「・・・・(お前が言うな!)」
朝鮮人 「・・・・(ニダ!)」
陳樹棠は抗議したが、近藤代理公使は、
「条約に基づき国内法に照らした処罰である。死に至った孫田氏も不幸であったが、任務
に忠実であったからこそこのような罰を受けるに至った被告もまた気の毒なことと思う」
と答えた。
公使館員 「大勢の日本人を殺しておきながら謝罪もしない支那人が何言ってやがる!」
朝鮮人 「イルボンは公正ニダよ」
李鴻章も判決を見て小事として扱い、それ以上は問題にしなかった。
事変の時に清兵が日本人を殺害したことに対する清国政府の態度と、今度の日本政府の
あまりに違う対応は、当時の日清両国の姿を象徴する出来事であった。
(続き)
さて、花房公使時代から代理公使といえば近藤真鋤。書記官時代から朝鮮政府の者もよ
く親しんだ。とりわけ、金宏集、金允植、魚允中の三履と言われる人は。
「履」とは、雨天の日に泥道を歩く時にはく木製の履物のこと。雨天の時には必要だが、
晴天となって道が乾けば必要なくなり、必要だった時のことは一切忘れられて顧みなくな
るもの。それを三人に例えてそう言われたのである。事変処理などの重要な公務に奔走し
たのは主にこの3人だが、それが済めば政府内では隅っこに追いやられる人たちであった。
彼等は明らかな支那党でもなく、また日本党でもなかった。敢て言えば朝鮮党。
そして井上馨外務卿が期待したのがこの3人だった。日本国民の間では日本に亡命した
金玉均や朴泳孝が人気だったけれども。
公使館員「公使、金允植氏が来てますけど」
近藤公使「あ、待ってたよ。直ぐに会おう」
金允植 「近藤さん、来たニダ」
近藤「早速尋ねたいことがある」
金 「露国のことニカ?」
近藤「それそれ、いったいどうなってんの」
金 「はぁー、困ったことニダ。王様はすでに金繻ウという者を密使として露国に派遣さ
れたニダ」
(続き)
近藤「そのことはすでに知っているよ。ウラジオストックの地方官と会談して返事の密書
を既に得ているとか」
金 「くれぐれもウリが言ったことは内密に願うニダ。その密書を直接には読んでないが、
調べたところ、露国政府が言うには、『日清天津条約に、両国が朝鮮から撤兵し、また
将来朝鮮に事があった時に日清両国が派兵する時は互いに先ず通知をする、とあるなら、
我が露国も日清と同じく貴国と隣国なので日清と同様の権利を有する。日清条約が批准し
た後は我が国からも早速日清両政府にそのことを申し入れる』などと書いてあったらしい
ニダ」
近藤「 !! 金繻ウという者を密使として露国に派遣したのは朝鮮政府の意向かね」
金 「そうではないニダ。王様の独断ニダ。このことは誰にも知らされていないニダ。」
近藤「王様の独断ねえ・・・。失礼ながら王様はそういう政治が出来る人だろうか。おそ
らくは王妃、つまりは閔族の意向じゃないの?」
金 「そ、そこまではウリは言えないニダ。とにかくウリたちも全く知らなかったニダ」
近藤「でも、天津条約が決まる前には、政府では露国の保護を求めることを決議していた
じゃん」
金 「そ、それは天津条約前には日清両国の兵が争闘するおそれがあったからニダ。もう
その心配はなくなったニダ」
118 :
マンセー名無しさん:2008/08/10(日) 00:08:36 ID:xSMrBSvr
(続き)
近藤「だったらいよいよ今更密使を送る必要ないでしょ。その露国の返事は容易ならんこ
とだよ。ついには朝鮮だけではなく東アジアが戦乱の地となるかもしれない重大事だよ!」
金 「ウリもよくよく考えたらこれは一大事と思って貴殿に打ち明けたニダ(汗)」
国王側としては、かつて日本政府に国王護衛の依頼をした時ぐらいの気分で密使を送った
ところが、露国政府が日清両国に公然と天津条約と同等の権利を主張することになるかもし
れない事態にまでなるとは思いもよらないことだったらしい。
朝鮮人、ロシアをなめすぎw
で、近藤代理公使がそれらの報告を日本に送り、それを井上外務卿が読んだのは、在日
清国公使と会談する前日であった。
6月15日、井上は清国公使徐承祖を官邸に招いた。この人は少々鈍くて茫洋とした人柄。
井上 「昨日朝鮮から報告があったが、まったく朝鮮国は君臣共にその政治は小児のする
類であるお! この報告を見られよ!」
井上はもう半ば怒りモードw
(つづく)
中の人おつ!
アイゴー!田川徳二郎二等兵かわいそうニダ!
120 :
マンセー名無しさん:2008/08/23(土) 14:39:19 ID:aLTgplK4
,ハ,,,ハ
<`∀´> ウリの出番はまだニカ?
121 :
マンセー名無しさん:2008/08/23(土) 15:06:06 ID:BtOV4Ro5
なんかおっぱい出してるおばちゃんがいるけど何これ?
122 :
マンセー名無しさん:2008/08/25(月) 00:14:29 ID:dDQcp0DF
今のように、馬鹿劣等民族になったのは、自分たちのせいだとは思ってい
ない。全て、日帝支配がいけないと教えられており、日本人がいなければ
自力でもっと優等民族になっていたはずだと思っている。
現在韓国が日本より劣っている原因は、日帝支配で韓国の成長を止めた
日本人のせいだと教育されている。このことは韓国では当たり前。
そして、そんなことも学校で教えない日本、日本人は最低だと心底思って
いる。
123 :
マンセー名無しさん:2008/08/28(木) 22:41:53 ID:6CzMjBgg
浮上
124 :
マンセー名無しさん:2008/08/29(金) 12:47:44 ID:+cHXnWh6
ここは下手な歴史書読むよりも勉強になるスレだな
併合前の日朝
徐 「この前、来日したモルレンドルフからも密使のことは聞いたアル。それで李中堂にも
報告したアル」
井上 「今アジアは英国と露国の覇権争いで緊張状態にあるお。それを朝鮮の外交のまず
さから混乱を惹き起こすなら、日清両国にとっても重大な障害となるお」
徐 「まことに憂慮するアル。なにしろ朝鮮の一番憂うべきことは、まず人材がいないこと
アル。その上財源もないアル」
井上 「王宮修復の費用わずか4万円ばかりの金がなくて、またも売官をして集めたと聞
く。かえって屑を増やすばっかりだお」
徐 「呉大澂氏が京城に大学校を設置することを提案したアルが・・・・」
井上 「とにかく、我が国は好んで朝鮮に干渉するわけではないが、いくらかは朝鮮国王
の政治を拘束するなどして外交上に妄動がないようにせねばならんと思うお」
徐 「その通りあるが、朝鮮は国王の独裁ではないアル。王を責めるよりも我が国から有用
な人物を選んで朝鮮国に派遣し、君臣に懇々と説得して自ら改めさせるのがよいアル」
(続き)
井上 「平時ならそれもよかろう。しかし今の情勢からはそれも効果はないお。訳の分か
らん内官どもが国王そばにあって好きなように事を進めたり人を讒言したりしている。金
宏集はそれで冷遇されて遠ざけられ、魚允中は位を剥奪されて庶民として放逐され、かろ
うじて金允植が止まっているが、これも風前の灯だお。人あって無きに等しく、聞く耳持
たぬ者ばかりだお」
徐 「それでも国王は分別ある人と聞くアルが」
井上 「今度実際にあってよく分かったお。今年34、5才の年齢でありながら、あのよう
に優柔不断であっては、善悪の分別は出来ても決断して進めることはできまい。またどう
せ内官どもに誤らせられるだけだお」
徐 「困ったことアル」
井上 「我が国は海洋の国であり他国と陸続きではないが、貴国は広大な線で露国と隣接
している。インドを手に入れた英国はインド以東の海上の権をますます拡張し、遂に巨文
島に軍艦をつなぎ、一方、露国は南進せんと画策し、元山か釜山に進出する意があるらし
い今、遥か欧州にまで連なる広大な陸続きの土地を有する貴国がこのまま何事も無いとお
思いか?」
徐 「い、言われてみれば、まことに汗することアル」
(続き)
井上 「西洋人の説く万国公法は頼りとするべきではない。西洋人は利を見て義を忘れ、
競って人の物を取るお。その時にこちらから公法を論じても西洋国はただ答えるに腕力を
以ってする。我が国は実にこれに困ったお。よって、朝鮮に対するのも細心の注意が要る。
朝鮮のためになり代わって事を進めるようなことがあっては、予想外の面倒を負担するおそ
れがあるお。これらのことは李中堂閣下によくよく説明されて、必ず朝鮮政府に賢明で有能
な人選をさせ、外交のことは一々李中堂閣下に尋ねさせて決裁を請うようにさせることがい
るお」
徐 「この近藤氏からの報告書は持ち帰ってよいアルか」
井上 「お持ちになったらよいお」
徐 「漢文に訳して、閣下の御談話の趣旨を添えて李中堂に報告し、返事あり次第速やか
にお知らせするアル。東洋のためにお考えの深きを始めて承ったアル。感服の至りアル。自分は
閣下に師事致したいので今後も万端ご教示を願うアル」
天津条約締結以後、日本政府は朝鮮への方針を若干変更し、専ら直接の援助や助言は控
え、それらのことを清国に肩代わりさせる政策を執った。
この会談の後、井上は北京駐在の榎本公使に指示して同様の意見を李鴻章に説かせた。
(続き)
井上 「(書簡) そんなわけで、巨文島占拠は英露の対立から生じた問題だが、英国は
一事占拠するだけだと言っている。しかし、その一時という言葉が曲者で、実はテンポラ
リーオキュペーション(temporary occupation)とは99年間までを指すらしい。英国と朝
鮮間の問題であるが、我が国にも清国にも重大な影響があることを李中堂に説明されたい。
我が国から英国に働きかけるのは今は得策ではない。ここは清国から直接英国に折衝させ
るのがよいだろう。いずれは機会を見て我が政府からも英国政府に対して公然となく巨文
島からの退去を促す積りである」
井上はこう述べて、李鴻章に対する提案8ヵ条を送付した。
1 朝鮮に対する政策は最も内密にして、これを李鴻章氏と本官とで協議し、李鴻章氏が
施行すること。
2 朝鮮国王に今のような政務をさせず、内官の特権を剥奪して国王の政務から離すこと。
3 国内で第一の人物を選んで政務を委任させ、この進退にも国王は必ず李鴻章氏の承諾
を得るようにさせること。
4 その人物は、金宏集、金允植、魚允中のような人であること。
5 出来るだけ速やかにモルレンドルフ氏を退け、米国人に代わらせること。
6 駐在の陳樹棠は篤学の人であるが力量が足りない。他の有力者と代わらせるべきであ
る。
(続き)
7 その後任の駐在官と米国人は李鴻章氏が充分に訓令を与え、その後に日本に送って本
官に面会させること。
8 後任の駐在官は京城駐在の我が国の公使と深く交わり、諸事協議して事を進めること。
以上は、全くアジア州全体への侵略を防がんとする一点から出たことであって、朝鮮内
政に干渉することを主とするものではない。以上。
榎本 「(書簡)いっそのこと、朝鮮を日清合同の保護下に置いてはどうですか?」
井上 「(書簡)我が国は朝鮮を独立国と認めているお。しかし清国は属邦としているお。
これを両国で公然と保護するとなれば、各国は清国の属国主義を賛成することになるかも
しれないお。それでは我が国の方針が不利となるから出来ないことだお」
実は朝鮮国王に露国と親密になるように勧めたのはモルレンドルフであった。もともと
は清国政府から推薦を受けて朝鮮政府の顧問官として雇われた人であったが、度重なる清
国の干渉に嫌気がさし、むしろ露国に依頼するよう国王に勧めたらしい。実は露国はこの
頃まだ、辺境且つ貧国の朝鮮を併呑することは負担にこそなれ、殆ど利益は無いと見てい
た。よって、当時の露国政府の方針は、朝鮮は独立国且つ中立の立場であればよい、とい
う考えであった。モルレンドルフの進言はそのことも影響していよう。
もっとも井上は、雇い外国人という者は、所詮、義よりも利を選ぶものである、と言っ
たが。w
130 :
マンセー名無しさん:2008/09/01(月) 01:38:49 ID:xOUmgtLX
(続き)
しかし、この提案8ヵ条。朝鮮に対する政策の提案なのだが、ほとんどその宗主国であ
る清国を指導するかの如き文言だらけである。まあ、明治の日本というのは、中国に対し
てこんな直球を投げることをする政府を擁していたのだと。
(つづく)
本サイトの方で頭を悩ませていたので遅くなりました。
待ってました!おつ!
132 :
マンセー名無しさん:2008/09/02(火) 17:54:42 ID:XMBHIPmD
「京城の町なかでさえも、家という家はみんな額のつかえそうな
低い屋根に泥ぬりの荒壁というありさま。それに道路がせまい上に、
石塊出没して凸凹状をなし、そのそばの土溝(どぶ) には、
たれ流しの糞尿が縦横にあふれ、汚臭紛々として鼻をつき、息もつけない。
この穢路(わいろ)の奥にあった一軒の日本家が著者の借住居であった。
そこへ統監府から時々書類をもって往復する小使でさえ、通るたびに
命がちぢまるといっていたくらいだから、その非衛生的穢状が察せられるであろう」
そこで、何かの折りに、小松は伊藤博文にそのことを話したが、
「やせてもかれてもここは王城の地だ。そんなことがあるものか」といって信じなかった。
だが、たまたま小松の家で催された囲碁の会に博文が 出席して、
小松の話がウソではないことを知り、さっそくツルの一声で統監官邸のある
南山のふもとに日系官吏のために官舎が建てられることに なったという。
またきくところによると、朝鮮土人は皮膚をなめらかにするため、毎朝小便で
顔やからだを洗い、歯を丈夫にするため、小便でうがいをするとも書いている。
銭湯の湯槽は、日本人と朝鮮土人とは 別々につくられていたが、
朝鮮の女が入浴にきた例はないという。もっとも驚くべきことは、首都京城に
新聞が一つも 出ていないことである。前に『漢城旬報』という旬刊紙が出ていたが、
明治十七年十二月、“開国党”の朴泳孝、金玉均らが暴動を起こしたときに
つぶされてしまって、それからは『朝報』という官報が出ているだけである。
しかもこれは一枚ずつ筆写したもので、そのため韓国の宮廷では数百人の筆耕を雇っていた。
133 :
マンセー名無しさん:2008/09/17(水) 16:07:29 ID:NbHrNl8q
弱いものは徹底的に苛め抜く!これが韓国の歴史である!
<動物がひどく苦しがっていることが判ときでさえ、一般の朝鮮人はまったく、関心を示さない。道路に病気になった猫や犬や、けがをした鳥などがいると、
子供も大人も老人も手に手に棒や石を持って、この哀れな動物をいじめ殺してしまう。>アメリカ人 メソディスト派宣教師 幕末に来日した総領事、 ホーマー・B・ハルバート
>「北京を見るまで私はソウルこそこの世で一番不潔な町だと思っていたし、
> 紹興へ行くまではソウルの悪臭こそこの世で一番ひどいにおいだと考えていた。
> 都会であり首都であるにしては、そのお粗末さは実に形容しがたい。
> 礼節上2階建ての家は建てられず…」
一方日本は・・・
「人々はみな清潔で、食料も十分にあり、幸福そうであった。
これまでにみたどの国にもまさる簡素さと正直さの 黄金時代をみる思いであった。」
意気地なしのくせに、怒ると正気を失う韓国人
「朝鮮人は本当に怒ると、正気を失うといえるかもしれない。自分の生命 などどうなってもいいとぃった状態になり、牙のある動物になってしまう。
口のまわりにあぶくがたまり、いよいよ獣めいた顔つきになる。遺憾なこと だが、この怒りの衝動にわれを忘れるといった悪弊は、男だけの独占ではない。/
女は立ち上がってひどい大声でわめくので、しまいには喉から声が出なくなり、つぎには強烈に嘔吐する。精神錯乱に陥るこうした女たちを見るたびに私は、どうして脳卒中で倒れずにすんだのかと、不思議に思う。
どうも朝鮮人は幼少のときから自分の気分を制御する術を学ぶことがないらしい。
子どもも親をみならって、自分の気に入らないことがあると、まるで気が狂ったように大暴れして、結局、我意を通すか、それとも長くかかって鎮静にもどるか、そのいずれに落ち着く。」
ホーマー・ハルバート「朝鮮亡滅」
134 :
マンセー名無しさん:2008/09/17(水) 16:12:07 ID:NbHrNl8q
ノース・チャイナ・ヘラルド紙 1905年5月5日号 (「外国新聞に見る日本3」 1992年
毎日コミニュケーションズ)
朝鮮ほど贈賄や腐敗がよく見られる国もないだろう。また、この半島ほどなんの理由もなくだましたり、だまされたりすることが広く行なわれている国もない。そして、これまで朝鮮政府ほど詐欺、うそ、横領が満ちあふれ、骨の髄まで堕落した政府はなかった。
しかし、朝鮮はそのような自分たちのやり方に慣れ、これには気づかなくなっており、他人の欠点ばかりが見えるのだ。 (エッソン・サード記者)
悲劇の朝鮮」 アーソン・グレブスト 1912年 (1989年 白帝社)
(学者である両班は)礼節上、天地の間に起こることならすべからく知っていなければならないし、質問されたことにはことごとく答えられなければならないわけですが、
ただ、わざと騙そうとするのではありませんが、その嘘っぽい理論で結論を下す論法ときたらまったく驚くべきほどです。
自分が正しい場合がほとんどないにもかかわらず悪びれる様子がほとんどない。もし誰かが彼の言うことを受け入れないで別の論理で反駁を加えたりすると、
彼は礼を守り抜くために必死の努力をするんです。なかなか信じようとしない人を説得したり、または自分の正しさを納得させたと自分自身思えるまでは、決して投げ出したりはしません。
読者は朝鮮人の無気力、怠惰、居候根性、貧しさをつぶさに観察されたことになるが、このため朝鮮の独立はきわめて困難で、将来を望むことが難しい。
朝鮮の事々物々はことごとく低級である。貧弱である。劣等である。
135 :
マンセー名無しさん:2008/09/17(水) 16:16:01 ID:NbHrNl8q
韓国知識人の主張によれば、有史以来、千回も侵略を受けたが、すべて撃退した という。しかし、前述のように嘘である。ほとんどの場合、徹底的に叩かれ、
連行を免れた者は属国の従順な民となって、
宗主国に阿諛迎合したのである。
唐軍も、モンゴル軍も満州軍の侵入のときも、その負け方は、たいてい似たり寄 ったりである。それは新羅史、高麗史、李氏朝鮮史と諸史の原典記録を一読すれば細かく記述されている。中国諸史だけでなく
、朝鮮半島の歴史も大同小異である。
韓国知識人の多くは、なぜ歴史を直視する勇気がないのであろうか。
朝鮮半島の歴代王朝の国防政策は、たいてい専守防衛だから、兵数が少ない。
李朝末期は数千人の単位程度で、ほとんど宗主国の防衛に頼りっぱなしだから北方 から異民族が侵入してくると、たいていは城を棄てて逃げ惑い、農民はわめき、哭くばかりであった。
たいがい敵が侵入してくると、各地方の軍隊は総崩れとなり、地方の長官は競って 土地を献上し、帰順するか、逆に敵軍に従軍し、火事場泥棒を働く者も少なくなかった。
宗主国をかさに、高麗や朝鮮国王にゆすりたかりを働き、一族の利益を図るのが、朝鮮 半島の鉄則のようなものだ。千余年来、たいてい同じようなことを繰り返したのであった。
だから千年進入され、千回とも敵を撃退したのではなく、属国になると誓ってから宗主国が兵を引いたという歴史事実が繰り返されている。
ではなぜ戦後になると韓国知識人の歴史歪曲が、日を追ってますます神話まがいのものまでに変化していったかというと、
それはどの民族も自存自衛のために欠かせない民族の自尊心にある。
136 :
マンセー名無しさん:2008/09/17(水) 16:18:12 ID:NbHrNl8q
韓国は壬辰倭乱(豊臣秀吉公の朝鮮征伐のこと)で焦土と化した。だから 三百年もへても立ち直れなかった。いやがうえにも倭乱のひどさを強調したいという気持ちはわからないでもない。
しかし、考えてもみると、一回の大乱 だけで三百年も立ち直れない民族は、世界中のどこにいるのか。もしあるとすれば、もっと恥を知るべきであろう。
戦後、焦土化した日本は半世紀もたたず に再び経済大国になったではないか。千回も侵略され、すべての侵略者を撃退したという自慢話と、三百年も立ち直れないでいるという論理を矛盾すること もなく主張することに自己撞着はないのであろうか。
韓国知識人はつねにこのような歴史歪曲で「反日」を正当化する。
韓国人の反日台湾人の親日 黄文雄 光文社
137 :
マンセー名無しさん:2008/09/17(水) 16:20:03 ID:NbHrNl8q
日本の刺戟により朝鮮は富み且つ沃土と化した。その平野は耕作され、岡には森林が 植林されている。道路と鉄道とは網状に構成され釜山と鎮南浦さ申分なく整備せられているのである。
満州国においても同様な進歩が認められるが満州国は朝鮮の様に国が何処から何処ま で一変したというのではない。朝鮮では日本の開化事業が四十年前に始まり、
三十年前に漸く一段落ついたのであるが、満州国では事業に着手してから、辛うじて七年に なるに過ぎない。しかしこの七年間に国の災厄であった匪賊を抑え、−この真偽については新京の数名のフランス宣教師に尋ねて見られるがよい
−又他日沃土と化すべき 耕作可能地七、八十万方キロの四分の一を既に開拓したのである。最後に満州国に多い石炭、錫、マンガン、鉛、金、プラチナの鉱山は既に踏査され、熱心な活動により 既に採掘が始められているのである。
又奉天には既に世界最新型の製鉄所がある。尚、日本は世界の共同利権を脅かした匪賊を絶滅したのであるから列国は日本の満州 国の実権を握っていることを祝賀せねばならぬのである。
クロード・ファーレル著 森本武也訳「アジアの悲劇」
昭和15年6月15日発行 日光書院刊
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138 :
マンセー名無しさん:2008/09/17(水) 16:24:02 ID:NbHrNl8q
戦前は、一大畜産地・済州島で牛の疫病が発生して生活難に陥った島民が、当時 存在した済阪航路に乗って大阪に大量流入し、その後全国に広がった。
大阪や東京では7割ぐらいを同島出身者が占めていた。戦後も在日ネットワークを 頼って1970年頃まで韓国人の日本への密入国が続いた。
在日における済州島出身者の比率の異常な大きさと、朝鮮半島の総人口に占める 同島民の比率の小ささを考えると、朝鮮総督府の土地調査事業で土地を奪われた農民が、仕事を求めてやむなく来日したというのも嘘だとわかる。
今日の在日韓国・朝鮮人には、戦後の密入国者とその子孫がかなりの比率を占めている。
日本政府は、在日の永住権を巡る韓国政府との外交交渉で、密入国者に関しても寛大に扱った。
米国公文書の秘密文書を調査したブルース・カミングス・シカゴ大学教授
http://www.korea-np.co.jp/sinboj/sinboj2001/4/0404/51.htm
139 :
マンセー名無しさん:2008/09/17(水) 16:35:33 ID:NbHrNl8q
ww286 年金納めているのか?
韓国社会の世帯数の3分の一が借金地獄に陥り、自殺者が
急増する羽目に陥っています。なぜこのような身の毛もよだつ社会になってしまったか、それは
金大中の左翼政権が利息制限法を撤廃して、クレジットカードの普及を大々的に進めたことによります。
元々韓国人は見栄っ張りで贅沢好きです、カード1枚で好きなものが
買えます、後先をあまり考えない韓国人にとってクレジットカードは
麻薬同然です。当然の結果としてカード破産者が急増しました、政府は慌てて
多重債務者の救済を行ったが、あとの祭りです。知の欠落したリーダーを国民が選んでしまった付けです。
金大中,盧武鉉と続いた左翼政権は韓国社会を崩壊させてしまった。
左翼政権の怖さ、特徴は常に国民に真実を見せないということです。
盧政権は国家財政の統計や貿易、失業率など政府の都合の良いように
操っていました。韓国の発表した失業率は3.7%ですが、大学生の50%以上は就職
出来ません。全てのインチキ数字があまりにも稚拙でたらめ嘘の塊
それがバ姦酷の愚民どもの実態
290 :↑:2008/09/17(水) 09:53:25
他人の文章を引用する際は、その引用元を明示しろ。
291 :名無的発言者:2008/09/17(水) 09:56:12
ww290
年金納めているのか?免除申請だけはしておけ
それとも在チョン特権をお持ちかなあ
292 :名無的発言者:2008/09/17(水) 09:57:28
在チョンの5人に一人は 生活保護を受けているんだが
www
140 :
マンセー名無しさん:2008/09/17(水) 17:35:25 ID:PejUBexW
141 :
マンセー名無しさん:2008/09/17(水) 17:39:54 ID:NbHrNl8q
293 :名無的発言者:2008/09/17(水) 16:33:11
韓国人は「日帝」ではなく「両斑」を憎むべきではないのか!
朝鮮の両斑は、いたるところで、まるで支配者か暴君のごとくふるまっている。大両斑は、金がなくなると、使者を送って商人や農民を捕らえさせる。
その者が手際よく、金を出せば釈放されるが、出さない場合は、両斑の家に連行されて投獄され、食物も与えられず、両斑が要求する額を払うまでムチ打たれる。
両斑の中で最も正直な人たちも多かれ少なかれ自発的な借用の形で自分の窃盗行為を偽装するが、それに欺かれる者はだれもいない。なぜなら両斑たちが借用したものを返済したためしが、いまだかってないからである。
彼らが農民から田畑や家を買うときは、ほとんどの場合、支払いなしですませてしまう。しかも、この強盗行為を阻止できる守令は一人もいない。
「朝鮮事情」 マリ・ニコル・アントン・ダブリィ主教
李氏朝鮮の残酷な死刑や拷問に対して
「こんな状況がまだこの地球の片隅に残されていることは、人間存在 そのものへの挑戦である。とりわけ、私たちキリスト教徒がいっそう恥じるべきは、異教徒の日本人が朝鮮を手中にすれば真っ先にこのような拷問 を廃止するだろうということだ」
スウェーデン人 アーソン・グレブスト 「悲劇の朝鮮」
怠惰、自堕落、虚飾こそは韓国唯一の「伝統、文化」である!
「両斑」についての酷評!
「人の目に労働と映るなら、出来る限りそれから遠ざかろうとする。自分 の手で衣服を着てはいけないし、煙草の火も自分で点けてはならない。そば手伝ってくれる場合は別として、馬の鞍に自分でのぼるべきでない」
アーソン・グレブスト「悲劇の朝鮮」
「彼らはいつも借金で首が回らず、何かちょっとした官職の一つでも回って こないかと首を長くしており、それを得るためにあらゆる卑劣な行為をつくし、それでもなお望みがかなえられない場合には飢えて死んでしまう」
142 :
マンセー名無しさん:2008/09/17(水) 17:40:58 ID:NbHrNl8q
心臓が止まりかけたあなた。ご安心下さい、バ韓国の話です。
国民年金の66%損失・・・リーマンブラザーズ等への投資損失による
国民年金がアメリカリーマンブラザーズとAIG、そしてメリルリンチに
総額7220万ドルを投資されていたことが判明した。
国民年金管理公団がハンナラ党のウォン・フィモク議員へ提出した
資料によると、国民年金はリーマンブラザーズに株式で830万ドル、
債券1140万ドルを投資しており15日現在の評価額は元金の
45.7%に過ぎないことが分かった。
またAIGには株式3750万ドル、債券に440万ドルが投資されており、
現在の評価額は元金の16%に過ぎない680万ドルであるとのこと。
ウォン・フィモク議員はアメリカの3金融企業への投資損失は66%を
越えるとして国民年金基金運用委員会は急遽会議を召集し
基金運用計画に対し全面的な見直しをせばならないと主張している。
(2008年09月16日 Yahoo!Korea)
心臓が止まりかけたあなた。ご安心下さい、バ韓国の話です。
284 :名無的発言者:2008/09/17(水) 00:27:57
↑なるほどww
韓国の1人当たりGDPはアメリカの52%なのに、借金は逆にアメリカ人の1.4倍だ。経済力を考えると、韓国人の実質の借金はアメリカ人の2.7倍だ。
韓国の1人当たりGDPは日本の71%なのに、借金は逆に日本人の2.8倍だ。経済力を考えると、韓国人の実質の借金は日本人の3.9倍だ。
韓国の年間国家予算は30兆円台であるにもかかわらず、短期対外債務が20兆円以上もある。韓国という国家は借金漬けだ。しかし韓国は国家ばかりではなく、国民も借金漬けだった!
2006年の数字だが、フランスの1人当たり消費者信用残高は29万円、ドイツは43万円、イギリスは65万円だ。これらの国より圧倒的にGDPの低い韓国の130万円は常軌を逸している。本当に貧乏な国の国民は、借金をしたくてもできない。
借金の性質を考えると、韓国国民の借金はおそらく世界最悪だろう。
韓国は国家のみならず、国民一人一人もデフォルト危機だ。
143 :
マンセー名無しさん:2008/09/17(水) 17:43:58 ID:NbHrNl8q
279 :名無的発言者:2008/09/16(火) 10:30:43
「我が国が『漢城』を『首爾』と変更した意味
韓国(あるいは南朝鮮)の首都を我々はずっと漢城と呼んでいて、これは我々中国語を使う人間が長きにわたってこの都市に対して使ってきた呼称で、
しかも単なる呼び名にすぎない。しかし少し前のこと、韓国側は我々にこの呼称を『首爾』と変更するよう要求してきたが、これは英語の発音を基とした呼び名で、聞くところによると、
韓国側はこれによって中国文化からの脱却を図っているというのだ!そして我々はそれに従ってしまった!?まったく理解できない!!
これは何を意味するのだろうか?
まず韓国人の小国心理、劣等感を意味し、ある物事に対する固有の呼称を他国に変えさせる権利がどこにあるのだろうか?
イギリスやアメリカ人が名称を決める前に、中国はとっくの昔から漢城と呼んでいたにもかかわらず、なぜ英語の発音に習わなければいけないのだろうか
(我々はそれまで名称が決まっていなかった物事に関して英語の発音に合わせて呼ぶことが多いが、これは西洋が我々よりも先にその物事を知っていたということだ)?中国文化からの脱却というが、
それなら英米文化からの脱却は心配しなくてもいいのだろうか?ましてや、この呼び名は自国でのことではなく、他国でのことなのだ!他国に習慣を変えさせようなどと言うのは、
病的な心理であり、これはもう国全体が病気だということで、悲惨なことだ!これがまかりとおるなら、我が国における韓国に関するすべての呼び名はすべて韓国人の同意を得なければいけないということなのだろうか?!
280 :↑:2008/09/16(火) 10:33:20
他人の文章を引用する際は、その引用元を明示しろクズ。
281 :名無的発言者:2008/09/16(火) 10:46:55
ww↑
http://unkar.jp/read/academy6.2ch.net/china/119727362387 :名無的発言者[]:2007/12/23(日) 14:26:12 中国人民から韓国36へ訊く ”貴方が恥知らずでなければ誰が恥知らずなのか?!”
282 :名無的発言者:2008/09/16(火) 12:33:48
280w 屁のツッパリ
144 :
マンセー名無しさん:2008/09/17(水) 17:49:09 ID:NbHrNl8q
呉 善 花 著 『 韓 国 倫理崩壊 1998−2008 』(三交社)
これほど辛辣な、しかし 真実な 韓国論 を読むのは久方ぶり、
日頃の 神経的疲れも 一挙にとれる。
「強制連行? 殆どが経済的理由で自ら日本へやってきた。
創始改名? 殆どは 韓国人から 改名を希望した」。
戦後、日本が韓国にした 経済援助で 地下鉄もできた。
製鉄所もできたが、それを知る韓国人は 殆どいない。
呉女史自身が 日本に留学にくる前まで、あれは 韓国自らの努力で
建設したと思っていたという。
韓国人は 嘘つき同士だから、じつに詐欺が多い。
世界ランキングでも 韓国の 詐欺発生件数は トップクラス、
しかも 偽証罪で起訴された件数は、韓国は 日本の 671倍、
法廷での 誣告罪は 日本の 4151倍、
つまり法廷も 「 嘘の 競演場 」 だと呉さんは言う。
売春ビジネスは、韓国GDPの 5%に及び、「専業女性」は
全韓国女性の 4%にもあたる。
エリート高麗大学で 『 来世は韓国人に生まれたくない 』 と
答える若者が 51・4%もあるという。
145 :
マンセー名無しさん:2008/09/17(水) 17:50:18 ID:NbHrNl8q
呉 善花 評論家 拓植大学教授
・韓流ブームの中心は純愛ドラマで、一途な愛情を傾け続ける男の情熱的なアプローチが特徴的だ。そこでは、性的な衝動や情動に流されず、どこまでも道義的であろうとする、信義に厚いひたむきな男の姿勢が描かれる。
そこに「日本では消え去った古い男の姿」が感じ取られ、率直さや情感の強さの印象とあいまって韓流にはまっていく。
・日本の大衆文化は、漫画・映像・音楽・キャラクターグッズ・菓子・清涼飲料水・ゲーム機などに至る迄、無数の違法な海賊版・剽窃版を通して、70年前後からすさまじい勢いで韓国へ流れ込み続けてきた。
韓国の大衆文化は、その実名を隠された日流によって形成され、日流の発展を韓流の発展として歩んで来た。韓国の40代半ばくらいまでの世代は、日本の大衆文化にどっぷりと浸って育ってきたのである。
彼らによって和製を手本にした技術的な進歩が重ねられ、韓国テイストが加えられ、日本消費社会の高度な感覚に耐えられるレベルが獲得できれば、日本市場で十分受け入れられる「感覚商品」の誕生となっていくのが道理である。
科学技術分野での家電製品などと同様の、アジアから日本への「ブーメラン効果」と同じこと。韓流ブームはそのように、ジャパナイゼーションを受けた韓国大衆文化の流入によってもたらされたブームである。
267 :名無的発言者:2008/09/07(日) 14:38:37
・日本の大衆文化なしに韓国の大衆文化の発展はなかったし、日本の経済・技術協力なしに韓国経済の発展はなかった。
にも拘らず韓国は、ことごとくが韓製オリジナルであるかのごとくに主張し、大統領が「日本の存在は世界の不幸」とまで言い切るほどの反日姿勢をかたくなに守り通している。
韓流ブームはそうした韓国の現実を覆い隠す役割を果たしているーこれが韓流に対する嫌韓流の主要な論点といってよいだろう。
「失われた古き良き日本」を連れ戻したいという気持ちがとても強くなっていて、韓流はその代用とも言える。多くのファンは、実のところは韓流をうそくさい乙女チックなおとぎ話と感じていて、
それを承知で嵌っていくのを楽しんでいる。そこに女性特有の消費の顔を見るべきだろう。
146 :
マンセー名無しさん:2008/09/17(水) 17:54:04 ID:NbHrNl8q
228 :名無的発言者:2008/09/01(月) 13:53:01
日韓併合前の朝鮮の真実
その家屋は石と泥をもって築立し、稲藁を葺いて屋根としている。茅は焚き火の用に使うという。窓が小さく、大人が家に入って立つことが出来ないようだ。たいていの家に「床」というものが無く、土の上に藁むしろを敷いて座す。その狭さ不潔さといい殆ど穴居の類である。
そういう家が表裏の別なく密集し、路地には乱石が磊落して、ほとんど足をいれることが出来ない。村の中央の家に行こうとするには、どの路地をどう曲がっていけばよいのか分からないぐらいである。
寝起きするのも容易でないような家の中にはわずかに1、2の炊具を見る。
ただ、日本人の眼に入るのは、貧家に不釣合いなほど大きな黒色の磁器甕がどこの家にもあるということである。これは木の樽が無いゆえの水を溜める甕であろう。質は頗る堅牢である。
229 :名無的発言者:2008/09/01(月) 13:54:47
村民は、粗食に甘んじ寒寂に耐え、人間世界は斯くの如しと思うのみで、悠々として歳月を送る風がある。奔走して労働し寸陰を惜しんで急するという気性は無い。
長煙管をもって煙を弄びながら余念無く日本人を見つめる姿は、山静かにして日長き殆ど太古の少年の如しである。
朝鮮王(高宗)の衣服は、美絹にして桃紅色の礼服である。胸に袞龍(こんりょう)の如き金襴がある。冠は紅黄色の唐冠に似たものである。
重官は、松葉色に双鶴の刺繍模様ある礼服である。
一般人の服は木綿白色である。富貴の者は「紬(つむぎ)」を用いる。
庶民の場合、男女の服装がそう変わらないように見える。
(かつて黒田全権大臣は釜山草梁において一般男女の区別がついてない。)
染料はまだ無いようである。縞小紋の類はない。赤、紫、橙、黄など、人の目を悦ばす色もない。
婦人などで色のある服も見るが支那か日本から輸入したものである。
近来、日本から外国の染料を輸入しているから、漸次これを用いるようになるだろう。
147 :
マンセー名無しさん:2008/09/17(水) 17:56:18 ID:NbHrNl8q
時間を守ることをしないのは朝鮮の国風である。そのことを気にする者はいない。公務などにおいても同様である。
対談をしていても詐偽をもって答えたり、去ることを言わないまま帰ったりする。甚だしいのになると、話の途中で立ってどこかに行ってそのまま戻って来ない。皆これらは朝鮮の風習である
・「蚊および蚤はまれであった。」とあるが、京城の不潔さの記述から考えると、蚊が発生しないほどの水溜りであったということだろうか。糞尿の汚水ならそれも肯けるが。
・「米は日本のものと似るが、粘質に乏しく日本の下等品よりも劣る。」とある。これは今日で言う「外国米」のことであろうか。ということは当時の朝鮮の稲と日本の稲は全く違う種類だったのであろうか。
・「茶は無い。・・煎じ薬を飲むにも似ている。」とあるが、宮本小一は王宮で饗応を受けた際に、「茶礼」というものがあったと記している。しかし朝鮮政府が言うその時の「茶礼」というものは、次のようなものであった。
謁見式が終わって休憩所で王宮よりの饗として「白檀湯、蜜水、干し蛸、干し鮑、スモモ、スイカ−切り口に肉桂の粉末をまぶしたもの、焼酎」が出た。
232 :名無的発言者:2008/09/01(月) 14:03:50
百聞は一見に如かず
http://jp.youtube.com/watch?v=GHV5SY5GK6Y&NR=1 日韓併合の真実 日韓併合前の韓国 朝鮮半島
148 :
マンセー名無しさん:2008/09/17(水) 18:02:15 ID:NbHrNl8q
149 :
マンセー名無しさん:2008/09/17(水) 18:04:05 ID:NbHrNl8q
日韓併合前の朝鮮の真実
盆や膳類は漆が剥げ落ち垢がついてすべて不潔さを感じた。
磁器皿の類は日本伊万里の下等品および呉洲のものが混じる。朝鮮製のもあるが質が厚くて粗雑で石のように重い。彩画はなくて青白色の上薬を用いるのみ。しかしいずれも汚れたような不潔さを感じる。
酒(焼酎)は土瓶に入れている。杯は日本製である。また朝鮮製のもある。 彩画した皿や金銀の器が無い。
ただ、国王の賜饌の時に添えたる銚子は徳利形で、杯は薄いこと葉っぱのような銀製であった。蝙蝠の絵が画いてあった。 また、醤が入った磁器壷には石榴の模様が淡青で描かれていた。これらは支那の品に似ていて、おそらく朝鮮製ではないだろう。
銅の箸で食事をする。箸が重くて物をはさむのに不自由である。
牛豚鶏魚の肉も、調理をきちんとして器や皿を清潔にすれば、もとより食べられるものとなると思う。
日本人がこの国に来れば、まず食べ物に注意しない時は、到底飢渇の患いを免れられないであろう。
234 :名無的発言者:2008/09/01(月) 14:13:02
と、言うことはNHKは朝鮮の宮廷料理、衣服 風習、歴史的背景を
検証せず日本国民に 偽造ドラマを流したのである。
235 :名無的発言者:2008/09/01(月) 14:14:59
胡麻を多産するので、ごま油をもって百食の調味の元とすると言っていい。
また、たいてい胡椒と唐辛子を加えて調理しており、この2味を用いないものは無いも同然である。それゆえに朝鮮人は咽喉への刺激により、一種の咽喉の病気を受ける者が多いと聞く。
醤油は上品下品とあって、極上品は日本製に及ぶが、値段が高すぎて容易に得ることは出来ないと言う(おそらくは日本からの輸入品か)。下等品は不味くて食せない。
味醂はない。
砂糖も無いので蜜を代用している。
牛乳は用いない。
236 :名無的発言者:2008/09/01(月) 14:27:40
http://jp.youtube.com/watch?v=XZjywy731Mg&feature=related 韓国の歴史捏造を暴く!!これが本当の歴史だ!!日本人よ!!御先祖様に失礼だ!
なんだ、またコピぺ厨かよ。伸びてるからwktkして見に来たのに…。
遅くなりました。
併合前の日朝の続きです。
明治18年(1885)7月、北京駐在榎本武揚全権公使は、天津の総督衙門に於いて露韓密約
の件で李鴻章と会談した。もう一つの日清会談と言ってもよい重要な意味を含むものであっ
た。
李鴻章は当時の中国を代表する人物である。一方、榎本武揚は生粋の江戸っ子。李鴻章
にもの言うのにも遠慮会釈ない人であった。
榎本「露韓密約に関する近藤氏の報告はすでにご存知であろう」
李 「うむ。承知しているアル。こちらも調べて分かっていることは、露韓密約のために朝
鮮が恐らく人を露国に派遣しただろう、ということぐらいアル」
榎本「朝鮮駐在の露国公使代理の書記官が言うのに、英国が巨文島から撤退した後は露国
はその10倍の領土を占拠するだろう、と大言したらしい」
李 「そのことは知っているアルよ。そのうえ露国は、日朝両兵が撤退したからこれからは
露国が朝鮮兵訓練の教官を出すと言ったらしいアルね。だからこれを朝鮮政府に問いただし
たところ、韓王と大臣たちは、そのような依頼をしたことはない、と弁解してモルレンド
ルフを免職したアル」
榎本「ほう。それほんと?」
(続き)
李 「(得意げに)確実アルね。厳しく問いただしたからアルね」
榎本「露韓密約は6ヵ条からなると聞く。李中堂は知っておられよう」
李 「予も6ヵ条と聞いたアルね」
榎本「その内容はご存じか?」
李 「知っているアルよ。第一に、もし金玉均がウラジオストックに来たら、露政府はこれ
を捕まえて朝鮮政府に渡すこと。第二に、朝鮮が日本に支払う賠償金13万円を、露政府が
日本政府に勧告して支払いを求めないようにさせること。第三に、他国が朝鮮を侵略しよ
うとしたら露国は朝鮮に派兵して保護すること」
榎本「うん、こちらが知っているものと合ってる」
李 「朝鮮政府は既に日本政府に賠償金支払いは済んだアルか?」
榎本「いくらかは払ったが、あの通り貧乏国だからまだ完済したとは聞いてない」
李 「(ニヤニヤ)必ず全額を催促して払わせるがよいアルよ。でないと露政府は、我政府
の尽力によって日本政府は支払いを催促しなかった、と朝鮮政府に己の力を誇示しようと
して、そんなことを言い出すだろうアルね」
(続き)
榎本「ハハハ、朝鮮政府の奴らが、そんなはったり一つで露国になびく姿が眼に見えるよ
うな」
李 「国の外交とはそんなものアル。この第三の他国も日本のことを言っているアルよ」
榎本「おいおい日本かよ。中国じゃないのw」
李 「第四に、露国政府は京城に正式に公使を駐在させる。第五に朝鮮周辺の海上は露国
海軍が防衛活動する。第六に、陸路での通商を開く。以上アル」
榎本「だいたい日本政府が把握しているのと同じだね。けど一つだけ、朝鮮政府は露国の
士官を雇って朝鮮兵を教練する、というのが抜けてる」
李 「その話はすでにしたが、密約の中にあるとは今度の朝鮮からの情報にはなかったアル
ね」
榎本「井上外務卿と他と2ヶ所からの情報があった」
李 「承知したアル。ところで、どう思うアルか? 朝鮮国王には、この密約は全権の委任も
無い使節が結んだものであり、また批准も無いので、露国が実施するように迫っても直ぐ
に破棄するべきである、と言っといたアルが、露国が威圧してでも実施を朝鮮王に迫ること
があろうか?」
(続き)
榎本「それがないとは保障できない。使節に全権なく批准もなかったとしても、全く国王
が派遣した者であることが確かなら、これを理由に迫ることもないとは言えない」
李 「もし露国がこれをするなら我が政府は厳重に抗議するつもりアル!」
榎本「ただ露政府がそれをすれば国による脅迫となる。これは万国公法にも反することに
なるので、まさかそこまではしないと思うが」
朝鮮が露国との間で各国と同様の条約を結んだのは明治17年(1884)7月であった。し
かし今度の露韓密約は、露国が軍事的に朝鮮を保護する、つまりは新たな宗主国となるこ
とを示唆するかのような内容をもつものであっただけに、当然、日清両政府はこれを警戒
した。
李 「朝鮮を露国の保護下に置くようなことは、朝鮮にとっても不幸になるだけでなく、
我が中国と貴国にとっても不利益となるのは甚大アル!」
榎本「その通り」
李 「ただ貴国は朝鮮を独立国と認めているから、貴国が抗議しても露国は耳を貸さない
だろうアルね。これに反して中国が朝鮮の宗主国たるは天下の共に知るところアル。朝鮮は条
約を他国と結んだ時は必ず我が国に条約文を送って奏問している。しかし今度の密約はそ
れがなかったアルし、まさに中国はこれを無効のものと見做すと。この中国の抗議には露国
は耳を貸さないわけには行かないアルよ」
(続き)
榎本「だろうね。けど、抗議の論拠を出すのに宗主国の権利を言うなら、おそらく議論が
ややこしくなるんじゃないの? なぜなら露国政府は必ず言うはずだよ。朝鮮は独立国で
あるから我が皇帝陛下は対等に条約を結んだと。朝鮮政府が中国に条約文を送ろうが送る
まいが、独立自主の国の勝手である、我が国と朝鮮との間の資格のことで、宗主国を自認
しても中国に口を挟む権利はない、とね」
李 「ウーーーン」
榎本「だからそれよりも、朝鮮は隣接した緊要の地であり中国の利害に関するので黙って
許すわけにはいかない、と言う方がよくないか?」
李 「(黙)・・・・・・そういうことならば、日本もまた露国に抗議する権利があるアル
ね」
榎本「いや日本政府がするかどうか知らんが、やっぱり朝鮮と貴国との関係は、我が国と
は違って重いものがあるのは世間も知るところなんだから、中国がまず主立って抗議せね
ばならんと思うよ」
李鴻章は黙っていた。日本を列強国からの盾や外援として利用するのが李鴻章の戦略で
あったし。
榎本「巨文島の件はどうするの?」
(続き)
李 「予は英国領事に退去を要請したアル。しかし英国領事が言うのに、英露両政府で妥結
するなら退去となろうと。それで予が、露国も対抗して英国のように朝鮮のある場所を占
拠したらどうするのか、と言うと、英国領事は、それは英国が関係するところではない、
と答えたアルね」
榎本「ほんとに退去すると思う?」
李 「また口実を設けて退去しないだろうアル」
榎本「俺もそう思う。巨文島から海底電線も設置したらしいから」
李 「上海まで電線を敷いたらしいアル。このことで露国公使は貴殿に何か言ったアルか」
榎本「閣下にだけは打ち明けよう。露国公使が言うのに、巨文島占拠では前もって清政府
が英国に許可を出したに違いないと。それで俺が、そんな許可なんぞ出す理由がないじゃ
ん、と言うと、それなら英国が勝手にしたのだろう、と。で、その口ぶりでは、露国もま
た占拠しようとかいう感じではなかった。けど、公使館内職員の意見にはそれがあった。
英国の行動は露国の利益に影響するから露国もどこかを占拠してから英国と折衝するべき
と。これ、難問だよ」
李 「まったくそうアル! どうすればいいか、意見を聞きたいアル」
(続き)
榎本「腕力というか実力というか、それがあれは難しくないが、しかし実力がない以上は、
外交の手順を踏むほかはなかろう。まず朝鮮国王から英露両政府に対して抗議書を送ら
せねばならない。それでも退去しないなら、各国に訴えて同情を求めるしかない」
李 「朝鮮政府はすでに各国領事に書を送って、そのことをし始めているアル」
榎本「それは知ってるけど、その書簡って、言葉遣いも体裁も外交上の文書となってない
しろものだよ。それに巨文島のことだけに止まっている。露国が英国の行動に倣うなら、
更に重大な事態となる、という印象を読む相手に持たせるような文書でなくっちゃ」
李 「予の所見では、それでも米国もビスマルクも英国に向って異議を唱えることはない
ということアル。もはや貴国と中国あるのみ」
榎本「まあこの事を話すのは他の機会に譲って。だいたいね、朝鮮の内政が問題なのよ。
今のように朝鮮政府内で有能な人材が排除されて内官どもが好きなようにやってるのを許
していたら、必ずその内に内乱が起きて、次には外患が起るだろうよ。朝鮮の内政に干渉
するわけではないけど、これは日清両国の利益にも関係することだあね」
李 「予もそれを思わないではないアルが、中国は昔から朝鮮の内政は不問に付しているアル。
今、中国から、賢人を用いて小人を遠ざけるべし、と命じても、とても今の朝鮮王のよ
うな軟弱と暗愚さなら、結局は周囲に籠絡されて、表では我が言を容れても、裏では決し
て実行しないだろうアル」
(続き)
李鴻章さすがによく高宗のことを分かっているw。実は明治17年の朝鮮事変すなわち朴
金の乱で国王が朴金らに乗せられて積極的に行動を共にしたことも李鴻章はよく承知して
いたらしい。
榎本「そういや、大院君を朝鮮に帰すかもしれないと聞いたけど」
李 「朝鮮からそれを願い出ているアル」
榎本「大院君が帰るなら、また朝鮮では紛擾が再燃すると思われないのか」
李 「不快を抱く者もあろうアル。しかしこの人が朝鮮にいたなら、露国に密使を送るよう
なことは決して許さなかったろうアル。それよりも、朝鮮に紛擾を再燃させるのは貴国にい
る金玉均のような者たちアル。人心を撹乱するために朝鮮に書を送って流布させているアル」
榎本「ふふふ、まあねえ」
李 「日本政府はなにゆえ金玉均らを朝鮮政府に引き渡さないのか」
榎本「いや、日朝間では犯罪者引渡し協定がないのよ。それに国事犯は文明各国では互い
に引き渡さないことになってるし。これ独立国の権利ね」
李 「朝鮮に引き渡したくないなら中国に渡されたいアル。中国は決してこれを刑にかけず、
ただ幽閉しておくだけアルから」
いやそれって刑の一種だからw
(続き)
榎本「我が国にいる朝鮮人を貴国に引き渡すいわれはないよ」
李 「それならば、貴国で幽閉して乱の兆候のないように処置されたいアル」
榎本「いやいや、貴国では大臣の判断でそれが出来ようが、我が国に於いてはたとえ皇帝
陛下であっても、無罪の者を幽閉することなど出来ないの」
これ、後の大津事件に於いても適用された考え方。
李 「彼は治安を妨げる者ではないアルか」
榎本「間接的にはそうなんだが、直接に罪名を下すことは出来ないよ。まして捕えて幽閉
するなど」
しかし後に大阪事件が起きるなど、治安上問題ありとして国外退去を命ずることになる
。
榎本「我が政府は金玉均らが逃れてきて我が国にいるのを許しているが、決して保護して
いるわけではないよ。朴泳孝らは米国に行ったし、金玉均は今は京都近くにいるが、彼が
復活を図っているというのは閣下の思い過ごしと思うが」
李 「朝鮮人は上下挙げて暗愚アル。金玉均の流言を信じて動揺するのは明らかアル!」
160 :
マンセー名無しさん:2008/09/20(土) 00:35:51 ID:HY+nVnwe
(続き)
榎本「やれやれ、それほど閣下が心配するなら、ま、とにかく外務卿にはそれ相当の善処
をするように要請しておこう」
李 「なにぶん頼みいるアル」
榎本「そろそろ時間だが」
李 「明日は答礼にこちらから貴領事館に赴くアル。今日は支那料理を供したい。原敬領事
もお伴あるなら幸甚アル」
榎本「承知した」
朝鮮料理は嫌だけど、支那料理はいいよなあ(筆者独言)
さて翌日は、会談の核心である井上外務卿の朝鮮指導提案について。
(つづく)
待ってますた!
ヤンヤヤンヤ
わーい、うれしいな。中の人、いつも乙です。
李 「朝鮮人は上下挙げて暗愚アル(ry
昔からそうなんですねw
【韓国】日本統治時代描く小説『アリラン』ドラマ化[09/26]
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1222380119/ 映画の制作投資・マーチャンダイジング・グッズ企画・海外輸出を手がけるKYN社は24日、
作家チョ・ジョンレ(趙延来)氏の小説を原作とするドラマを制作し、来年下半期に
放映すると発表した。『アリラン』は小説と同じく全羅北道群山や金堤を舞台に、
日本の植民支配により国を失った韓国人の悲しみと恥辱、民族の苦難と哀歓、誇らしい
抗日運動の歴史を描く大河ドラマだ。
制作者側は撮影のため大がかりなオープンセットを建てることを計画している。
併合前の日朝
さて翌日、再び天津総督衙門に於いて榎本武揚と李鴻章は会談を開いた。
榎本「朝鮮京城に居る露国書記官のスベーヤってえ者が、朝鮮政府に迫って、約束した朝
鮮兵の教練のことを受け入れないなら、我が国は済州島を占拠すべースキーっとか言ったらし
いが」
李 「ふふん、予も英国人からそれを聞いたアルね。しかし済州島は軍艦が停泊出来るよう
な港はないアル。露国がほんとに占拠することはないだろうアル」
榎本「ん。自分もそう思う。おそらく朝鮮政府を恐怖させるための虚喝だろう」
李 「とにかくもし密約などあっても絶対に無効アル! 我が国の承諾が必要なのが清韓旧
例の事アル! 露国が朝鮮に進出してくることは我が国のみならず、日本にとっても憂慮す
べきことではないアルか?」
榎本 「ないどころか、大ありさ。絶対ぇ、日本近海で揉め事が始まること請け合いだよ」
もし朝鮮が露国の保護下となるなら、アフガン領土を巡って対立している英露間の新た
な火種となることは間違いなかった。英国はすでに朝鮮巨文島を不法占拠している。必ず
露国も対抗処置として保護を名目に朝鮮のどこかを占拠してくるだろう。そうなれば宗主
国を自認する清国も派兵などの強硬処置に出るしかない。そうすれば、いよいよ他の列強
国が黙って指をくわえているはずもなく、仏国が独国が伊国が色気を出して、次々に干渉
して来るだろう。終には東アジアのこの一帯で大紛擾が始まるのは避けられないことにな
る。
当時日本政府が一番憂慮していたことだった。
(続き)
榎本「この頃、アフガンで露軍が出張って来ていくつかの部族の土地を占領したことがあ
ったよね?」
李 「知っているアル。それで英国も怒っているアルよ」
榎本「ところがさ、その英国新聞がそれを記事にしたんだが、冒頭でこんなことを書いて
るのさ。『およそ文明国が、非文明の人を征服するのは神の法則がさせるのであって、文
化文明の進歩上において喜ばしいことである』とね」
李 「アイヤー! 人の物を取るのが天の命じることと言うアルか!!」
榎本「それが西洋人の考え方でね。ま、野蛮な習慣を文明で正すというわけよ。考えよう
によっちゃあ、一理あるけどね」
李 「その文明とは西洋の習慣アルよ! 東洋には東洋の習慣があるアルよ!」
榎本「で、井上外務卿も日本駐在の貴国の徐公使に言ったのよ。『西洋人の説く万国公法
(国際法)は頼りとするべきではない。西洋人は利を見て義を忘れ、競って人の物を取る
。その時にこちらから公法を論じても西洋国はただ答えるに腕力を以ってする。だから公
法を唯一のものとして頼ってはならない』っとね」
李 「アイヤー!! 正論アル!正論アル!」
榎本「ま、西洋人が考案した万国公法ってぇのは結局は西洋人のためにあるんであってね
。そこで、公法には少し反することになるかもしれんが、朝鮮の内政にある程度干渉して
紛擾となるのを未然に防ぐ必要があるということさ。徐公使からもその報告があったと思
うけど?」
(続き)
李 「あったアル。しかし徐公使の報告は簡単なものだったアル。ここで閣下からもう一度詳
しく聞きたいアル」
よって榎本は、井上が書いた朝鮮指導案とその意見書を英語に訳しながら詳しく述べた
。日清交際の初め、日清間での談話は筆談が主であったが、後には英語ですることもある
ようになった。ちなみに日清戦争の講和談判は全て英語でなされている。
榎本「どうだったろうか。徐公使の報告は同じだったろうか」
李鴻章は耳を傾けて熱心に聞いていた。
李 「う〜ん。報告は半分も要領を得ないものだったアル。雑なだけでなく自分の意見も交
えて書いているアル。もし閣下から聞かなかったら井上外務卿の論旨をよく理解できなかっ
たろう。徐公使は困った人物アルね」
榎本「主旨まで違ってたかね?」
李 「いや、大意は同じだったアル。しかし閣下が読んだような適切なものでなかったアル。
やれやれ、彼はよい外交官ではないアルね!」
榎本「そう言われるな。入り組んだ論を間違いなく報告するのは難しいよ。大意が同じな
らよい。彼は英語も解せるし、前の公使より受けもよい人だよ」
李鴻章はしばらく寡黙になりなかなか口を開かなかった。おそらく、癇癪を静めている
に違いなかったw
(続き)
李 「・・・・・ただ今読まれたものの漢訳文はないアルか?」
榎本「漢文に訳すのは容易じゃないよ。それに文章にして出すものじゃないし・・・ねえ」
李 「貴外務卿がこのように親切丁寧に説かれた論を訳して贈られないのはなぜアルか?
そちが漢訳が難しいならこちらで漢訳するが」
榎本「秘すべき文書なので、この種のものは閣下の目前で読んで済ますのが外交上の慣例
であるよ。すでにしっかり聞いてたでしょ」
李 「いや、備忘のためアルね。他意はないアル」
李鴻章この時62才。
榎本「だから忘れないうちに書きとめられたらよい。それよりもこの指導案に対する御返
事を承りたい」
李 「ごもっともの立案アル。ただ国王に有能な人材を登用させるのは勧告にとどまるアルね」
榎本「この重要な件をただ勧告で終わらすとは解せないことである。どうして強いて従わ
せないのか?」
李 「朝鮮は我が国の属藩であり国王も予と同等の地位にあるが、我が政府は従来から朝
鮮の内政には干渉しない政策を執っているアル。それを干渉して服従させるのは難しいこと
アルよ」
(続き)
榎本「はあ? 貴国が朝鮮の内政に干渉しないって? (どの口が言うかよ)信じられん
なあ。それが勧告にとどまるなんてねえ。これは俺は絶対に信じられんw」
李 「ふふふふふ」
李鴻章はニヤニヤして黙っていた。榎本はそれで李鴻章の本心は違うことを理解した。
まあ、中国は言っていることと、することが全然違うのがスタンダードだからw
李 「・・・貴外務卿立案の8ヵ条だけでも漢訳したいがどうアルか」
榎本「ほらきた。もちろん承知した」
これで会談は終わり、李鴻章はここでは朝鮮指導の提案に対して返事をしなかった。
後に、漢訳の作業に入り、いくらか文章を訂正。そして李鴻章はその場で、
李「これは大賛成アルよ。実に満足すべき案アルね」
と賛同した。
榎本「でしょ。よかった。井上外務卿も喜ぼう」
榎本は早速それを日本政府に報告した。
(続き)
ところがその数日後、天津領事館にいた榎本公使が北京に帰る日になって李鴻章がやっ
て来た。
原敬天津領事「李中堂閣下が訪ねて来られてますが」
榎本「ん? 何事だろ。わざわざ見送りに来たのかな。すぐ会おう」
会ってみると、李鴻章の表情が普段と違う。榎本は嫌な予感がした。
榎本「また何か故障でも仰せられることがあると見たが」
李 「ご名答アルね」
李鴻章は、指導案8カ条の漢訳文を取り出して言った。
李 「3条と7条のことアル。これは結局は我が政府で人を選んでも、もし井上外務卿と意見
が合わないなら実際には行えないアル。また1条にあるように井上外務卿と協議せねばなら
ないとするなら、予は井上君の指揮を仰がねばならない地位となるアル。これでは自分が格
下となるも同然アル」
榎本「はあ? 何を言っておられる。そら誤解だよう。だから日本側とよく話し合って相
応しい人選をすればいいではないか。指揮を仰ぐとか格下とかいう問題ではなかろう」
李 「とにかく全体の主旨は賛同するが、これだけは出来ないことアル。お断りするアル」
榎本「何とそんな狭い了見でどうするのか。よく考えられよ!」
榎本は言葉を尽して説得したが、李鴻章は決して意思を翻すことはなかった。それで榎
本は仕方なく、前回の報告とは反対のものを送らざるを得なかった。
(続き)
井上 「これを見られよ。一旦了承しておきながら、やっぱりだめだとさ」
伊藤 「これは北京総署の大臣たちが反対したのだろうか」
井上 「いや、あの連中は李鴻章の言いなりだお。李鴻章を師匠として仰いでいるぐらい
だから」
三条 「やはり李鴻章殿が後から考えを変えられたのであろう。まあ、仕方ないでごじゃ
るよ。それでも井上さんの論旨は充分伝わったようでおじゃるから、巨文島のことも含め
て英国と露国に対すべき方途も理解したと思うが」
井上 「しかしこれほど管見の人物とは知らなかったお。ちょっと驚いた」
伊藤 「会って話してみると分かるが、実に猜疑心の深い人でもあるよ。まあ大国のプラ
イドが許さなかったのだろうよ」
三条 「とにかく、今は朝鮮のことは清政府に任せるほかないでおじゃる」
後日、井上外務卿は榎本公使に書簡を送ったが、中で李鴻章のことを次のように述べた
。
「貴官御電報の趣に依れば、李氏に於ては全体の利害に暗く、梢々たる体裁曲節に拘泥し
、本官が主眼とする亜細亜全州の平和を保持せんと欲する誠意を了解せざるものの如し。
今日迄多少の匠意も為に徒為に属し候は実に遺憾と存候」「彼の如き管見を持し疑念を抱
き候ては縦令共同事を謀るも到底其良結果を不可期と存候に付、此上は我に於ても朝鮮に
対する政略を一変して之を放任して自然の成行を傍観するの外致方無之」
172 :
マンセー名無しさん:2008/09/28(日) 23:40:32 ID:iXyHl/kV
(続き)
北京公使館員「で、外務卿は何と仰って来たんすか?」
榎本「ようするにさ、李鴻章は体裁にこだわって世の中が見えてなくて、日本がアジア全
体の平和を保とうとする誠意で言っているのに、李鴻章のように見識が狭くて猜疑心の深
い人間とは日本はもう共にはやってらんない。この上は日本は朝鮮に対する政策を変えて、
もう放任して自然の成り行きに任せるしかないってさ」
公使館員「ハハハ、ぼろくそっすねえ」
榎本「うん。井上さんが怒るのも無理ないよなあ。けど、要するに清は宗主国として朝鮮
のことは他から口出しされたくないのさ」
ところが李鴻章がこの後に執った政策は、井上外務卿の指導案に沿ったものであり、た
だ日本と緊密に協議するという部分だけを外したものであった。
それも、朝鮮との宗属関係を強化することのみに力を注ぎ、国王周辺から内官を排除す
るだけでなく、国王の首をすげ替えようと画策するなど、およそ乱暴を極めた。
(つづく)
まいどおつです
乙です。
榎本武揚は、毀誉褒貶にばらつきがありすぎて
人物像がいまいち見えてこないなぁ。
175 :
マンセー名無しさん:2008/10/01(水) 12:34:14 ID:TtEblY1W
>>175 嘘つきだねぇ、おめぇさん。
あたしゃ、びん妃殺害・屍姦を日本人浪人の仕業だと言っているが、
殺害事件ましてや屍姦を明治政府の計画的犯行だなんて一言も言っていない←今朝ググったら、朝日の記事が出たからそれも載せただけ。
ハングル板並びにこのスレの皆さん、
>>175とあっしが失礼いたしやした。
>>167 >ちなみに日清戦争の講和談判は全て英語でなされている。
「坂の上の雲」だっけ?
下関会談で大久保利通が清国側の条件案文を、通訳も待たずに
スラスラ読んで、周囲はその漢文の素養に驚いた、という
話があったやうに思いますが。実際は漢文?英文?
漢文は旧武士の一般教養だったと思うが
179 :
マンセー名無しさん:2008/10/07(火) 23:23:04 ID:pn3Igpep
日本語を教えて頂き、名前を付けて頂き、鉄道をひき、郵便制度を整え
米の品種改良までして頂き、工場を建て雇用を生み、学校まで建設して頂き
天皇の子供と言う思想まで植付けて頂き誠のありがとうございました。
子子孫孫まで語らさせていただきます。
併合前の日朝(続き)
>>174 人物像がよく見えるような言動にまだ触れていないのですが、これまでの印象としては、なん
だかやんちゃな人だなあ、という感じw。彼がかつて五稜郭まで行ったのも戦を楽しんでいたか
らかもしれませんw。
>>177 伊藤博文は普通に漢文の読み書きが出来ます。英語も。
下関での日清戦争の講和談判は全て英語です。アジ歴にはその時の英文記録と日本語訳文があ
ります。なお日本語訳文は若干編集してある部分があり、そこの所は英文記録の方が面白い発
言があったりします。
さて、明治18年7月、日清両国は天津条約に基づき朝鮮から兵を引き揚げた。この頃、京城
公使館では近藤真鋤に代わって高平小五郎が代理公使を勤めた。
高平「ひとこと言っておきたい」
金允植外務督弁「なにニカ?」
高平 「今度撤兵するのは済物浦条約に照らして今は護衛兵を置く必要がないと認めるので撤
兵するの」
天津条約は日清間のものであり、日朝間では済物浦条約に基づく撤兵ということになる。
金 「確かにそうニダ。ウリたちで護衛は出来るニダ」
(続き)
高平 「けどこの条約を廃棄したわけではないからね」
金 「そうニカ。分かったニダ。記録しておくニダ」
高平「ところで、ここの京城公使館の護衛兵はいかほど?」
金 「10人ニダ」
高平「10人・・・で大丈夫なのかねえ」
金 「何かあったらそれに40人を加えるつもりニダ」
高平「ま、いいでしょ。よろしく頼みますよ」
金 「任せるニダ」
もっとも陸軍は撤兵しても、釜山、元山、仁川にある居留区の日本人保護のための軍艦駐留
は従来どおりであった。
さて、この年6月、清仏戦争は終結してベトナムはフランスの手に落ち、清はその主権を喪
失した。日本政府は7月に清仏間の条約を閲覧した。
三条 「ついに安南(ベトナム)も西洋人のものになったでおじゃるか。しかし清政府は賠償
金を支払うことは免れたようだが」
(続き)
伊藤 「李鴻章はなかなかしたたかな御仁じゃからなあ」
井上 「いや、李鴻章というよりも北京総署に曽紀澤という、元仏英の公使をしていた実に弁
舌の立つ人物がおって、これがフランスに対して賠償金の支払いなしに講和にこぎつけさせた
ということだお」
伊藤 「ほう、そのような人物が清政府内にもいたかのう」
井上 「この男がビスマルク親父と会った時に、ビスマルクが言うたことに、『清国のために
言うが、将来は日本と結んだ方がよい』とのことだお。おそらく彼もそういう考えと思うお」
西郷 「ビスマルクの言うことなどあてになりもはんぞ。何に考えているか分からん親父でご
わす。第一、ドイツでは清政府が注文した巨大戦艦2隻は、とうに出来上がっとるのに、これ
を引き渡そうとせんかった。これがあったら清は海戦ではフランス海軍に負けんかったかもし
れんぞ」
井上 「いやそれは出来んお。それをやったら仏独で戦争になるかもしれんことだお。ただで
さえ仲が悪いんじゃから」
伊藤 「いずれにしろ、清は安南の宗主権を失のうたんじゃ。戦にまで至らぬような外交を怠
ったと言う外はないのう」
井上 「清は自分たちがいつまでも大国じゃと思いこんどるから、外国を見下しすぎるお」
(続き)
西郷 「いや力でごんす。何というても国力がないなら話にならん。我が国も海軍をもっと充
実させねばなりもはん」
大山 「陸軍もでごんすぞ」
三条 「朝鮮のことでおじゃるが、おそらく清はますます朝鮮を名実共に属国とすることに力
を尽すでおじゃろうなあ」
井上 「それによって朝鮮が露国になびくのを防ぐことにはなりましょうから・・・今はしか
たがありませんお。清も朝鮮をそれなりに指導はすると思いますから」
伊藤 「何というても朝鮮の国内が安定せねばならん。清のそのための干渉なら多少のことは
黙認するほかなかろう」
山縣 「ところで我が国に逃げてきた金玉均のことはどうする? 朴泳孝は米国に行ったが」
井上 「朝鮮政府は何度も引渡しを求めているが」
伊藤 「引渡し条約もないし、国事犯は渡さないのが西洋各国普通の通例じゃから無視するし
かなかろう」
山縣 「国内では朝鮮維新の志士ということで皆のえらい人気者っちゃ。しかし彼を利用して
よからん事を企てようとする者らもおるからのう、油断はならんぞ」
(続き)
井上 「ふふん。あれが維新のう。いろいろ調べたがよう分からん男ぞ、あれは」
日本では、金玉均は朝鮮独立を求める志士であると見られていた。しかし井上は既に明治15
年の朝鮮事変、すなわち大院君の乱の時に、大院君が軍乱に導いた兵士たちとの密約書の中に、
金玉均や徐洪範など当時は開化派と称して日本公使に接近したはずの者たちの名があったこと
をつかんでいた。つまり守旧派のドンである大院君と金玉均らはひそかに繋がっていたという
ことになる。
井上 「それにこの前まで朝鮮に居った近藤が、金玉均が送った者が大院君の妻に会ったとい
う報告をしてきたお」
それは以下のようなものであった。
大院君の妻「お前ニカ? 日本にいる金玉均の使いの者というのは」
張殷奎 「恐れ入りますニダー。その通りでありますニダー。大院君様には以前懇意にさせて頂
いていた商人の張殷奎ですニダー」
大院君の妻「おお、お前が張ニカ。名前は聞いているニダ。で、玉均は何とニカ」
張 「昨年の企て(明治17年朝鮮事変)は、朝鮮を独立させて大院君様を清国からお迎えいた
すための企てであったのでありますとのことニダー。それがこのように失敗に帰して残念であ
りますとのことニダー」
大院君の妻「おお、おお、そうニカ。そうであったニカ。大院君様がご帰国なされるためなら家財
を売っても惜しくはないニダ。どれほどでも経費は出すつもりニダよ」
張 「恐れ入りますニダー」
大院君の妻「しかしおまえの伝言だけでは信用し難いニダ。朴泳孝の手紙も持って来るニダ。そ
うすればどれだけでも費用は出そう。もっとも、当座の費用として韓銭10貫文目をここで贈ろ
う」
張 「もったいないことですニダー」
その後、張は日本に戻り、その通りに朴泳孝らの書簡を持ち帰ったという。
(続き)
山縣 「よう分からんなあ。どういうことなんじゃ」
井上 「つまり、金玉均が考えておる朝鮮国の独立とは、わしらが思うているのと違うのよ」
伊藤 「たしかに大院君はそういう意味では独立派じゃなあ」
井上 「俊輔、その通りお」
山縣 「さっぱり分からんっちゃ。大院君は守旧派の中心人物じゃろう?」
井上 「つまり今の清国のことは大院君はオランケ(満州族の蔑称)と言うて蔑んどるんお。
あの親父は前の明国こそが正当な中国で、更に朝鮮人がその継承者であり、明なき今は朝鮮こ
そがその唯一聖教賢伝の国であるとね」
伊藤 「その属国扱いする清から独立したいということで、朴泳孝ら開明の独立派とも結ぶわ
けじゃ」
井上 「うん。金玉均が開明的な考えを持っとるとは限らん。あれは大院君の考えに近いんじ
ゃないか」
山縣 「朝鮮が清から完全に独立したところで大院君が帰って政権をとるなら、元の古代の朝
鮮に戻るだけぞ」
伊藤 「戻りたいんじゃないの?」
(続き)
山縣 「馬鹿馬鹿しい。俺らがこれまでして来た、朝鮮を開明させて富強国にするという方策
は何のためじゃい!」
井上 「我が国のためであり朝鮮のためでもあるお。その上、東洋平和のためでもある」
山縣 「大院君が政権を執るなどということになれば、また王妃一族の閔氏らと闘争となって
必ず内乱となるっちゃ」
井上 「そうなれば清が鎮圧の兵を送ることになろう。それでまた我が国も護衛兵を送らねば
ならんようになるお」
山縣 「おいおい、そしたらもう必ず兵が衝突するような事件が起きて、ついには戦争となる
っちゃ」
井上 「だから、ここは清政府にがんばってもらわにゃならんおw しっかり属国として押さえ
てもらわんとw」
伊藤 「まあ当面は朝鮮のことは清に任せて、我が国は我が国で国力を充実させていかねばな
らん」
山縣 「金玉均をよく監視しとかにゃならんなあ」
井上 「その他、天津の波多野領事からもいろいろ言ってきとるお。李鴻章が言うのに、金玉
均が日本の者らと組んで暗殺者を朝鮮に送ろうとしているとか、仁川で日本水兵が戦闘をした
とかの風説があるとか。英国領事まで心配して訪ねてきたとか」
187 :
マンセー名無しさん:2008/10/18(土) 00:22:10 ID:MwlRnW3U
(続き)
伊藤 「仁川の領事に確認させているがまだ連絡が届かん。おそらくデマじゃろ」
山縣 「釜山までの電信は敷設出来たが、釜山から仁川までは船で連絡せねばならんから時間
がかかって仕方がないっちゃ」
井上 「そういえば、今度、石井電信局長から釜山仁川間に海底線を架設したいとの上申があ
ったじゃろ?」
佐々木工部卿「それはあっとる」
一同 「おお、それで」
松方正義大蔵卿「お金がなーーーい!」
一同 「orz 」
さて、その大院君であるが、清政府はこの年9月、格別の計らいとして恩情を以って朝鮮帰
国を許し、新たに朝鮮駐在官に任じた袁世凱に送らせた。大院君は、清での幽閉とは名ばかり
の厚遇w に感謝し、また帰国を許されたことで清への忠誠を誓ったという。日本政府は大院君
の帰国を危険と見ていたが、清政府は攘夷が大好きな大院君が帰国すれば、閔族の中に王妃や
国王を擁して露国に頼らせようとする動きがあるのを抑えられると考えたらしい。
(つづく)
いつも乙です。
わかりやすくて面白い!
乙ニダ。
壬午軍乱は、大院君がやらせたんだっけ? 給与のコメに
砂が混じってたから、怒った兵士が反乱を起こしたって説は?
それに金玉均が、大院君と通じた復古派というのは意外だったな。
まあ日本にゼニをせびりに来たは良いが、まともな国家建設案も
持ってなかったから断られた、と聞いたらさもありなんと思うけど。
192 :
マンセー名無しさん:2008/10/23(木) 18:53:53 ID:98uXrpW/
併合前の朝鮮に触れる事はタブー中のタブー。
この話題を持ち出せば100%の確率は韓国人は泣き喚くから。
李朝はドラマに出てくるような地上の楽園、桃源郷とでも勘違いしてるコリアン。
『日韓併合歓迎』ウリ達列強国民!『近代化マンセー』
. _
,,'⌒丶、 ,,'⌒丶、. |●|
ゝ☆==> ゝ☆==>| ̄
( ´∀`) ∩<`∀´ >∩<ウリ達も列強国の国民ニダ!
( =|=,~ ) > く 大日本帝国万歳!天皇陛下万歳!
| | | ( <⌒)ノ
(__)_) ヽ,_,フ
『日帝支配からの解放』 ウリ達連合国民だったニダ!『創氏改名、皇民化教育強制』
| ̄ ̄|
_☆☆☆_
( ´_ゝ`) ∧_∧ <ウリ達は無理矢理イルボンに
( ω )<`∀´ヽ> 併合されたニダ!ホントは
| | | ⊂ ⊂.) 戦勝国の一員ニダよ!
(__)_)(__と_)
194 :
マンセー名無しさん:2008/10/29(水) 21:31:26 ID:E0+685Yf
李朝をぶん投げたバカチョン
>>191 ありがとう、面白いです!
全ての中高生に、読ませたいっすね。
併合前の日朝(続き)
明治18年12月、内閣制度が設けられて伊藤内閣が発足。
この頃、日朝漁業協定協議中。しかし日本漁民が朝鮮領海での漁獲量に応じて支払う漁業税
額などのことでなかなか妥結しない。明治19年になってもまだまだ。
高平代理公使「これではまた協議は次回に持ち越しだな」
金允植 「仕方ないニダ。政府大臣たちがどうしても承諾しないニダ」
高平代理公使「やれやれ、どうにかならんのかねえ。漁業のことも含む貿易規則を結んだのは
もう3年前だよ」
実はこれより更に4年近い歳月を経てやっと通漁章程が定まったりする。何事も埒が明かな
いのが朝鮮という国である。
金 「ところで長崎の事件はどうなったニカ?」
明治19年8月に長崎に上陸した清兵が暴動を起こし、取り締まりの巡査との間の争闘で、市街
はまるで戦地のような姿となる大事件が発生していた。事件処理をめぐって日清両政府で談判
中であった。
高平 「こちらも協議妥結せず。政府も困ってんだよねえ」
金 「清兵もイルボンの巡査も何人か死んだと聞いているニダ」
(続き)
高平 「うん。清兵の方が死者が多かったが」
金 「暴れた清兵は何人ぐらいだったニカ?」
高平「清兵は200人余り。で、取締りの日本巡査は30人ばかりだったが」
金 「わずか30人の巡査で清兵200人を鎮圧したニカ!!?」
高平 「いや、一般市民が加勢したから。それで清兵は長崎の清国領事館に逃げ込んだという
わけ」
金 「イルボンにはついこの前までサムライという戦士がたくさんいたと聞いてるニダ」
高平「うん。今は士族と言うんだがそれらも加勢したのさ」
金 「それで納得したニダ。で、イルボンは清国に賠償を求めたニカ?」
高平「それが難しいのよ。なにせ李鴻章が清兵の非を認めないからねえ」
金 「清兵がイルボンの領土で暴れたのだから清兵が悪いに決まっているニダ」
高平「それがそう簡単に結論が出ないところが国と国との交際の難しささ」
金 「だいたいイルボンと清との間の条約ではどうなってるニカ?」
高平 「条約でも互いの領地で相手国の者が暴れた場合はその領地の地方官が厳しく取り締ま
ることになっている」
金 「それならやはりイルボンの巡査が清兵を取り締まったのは正当ニダ!」
高平 「もちろん正当だよ! ついでに言うと武器を使って抵抗した者は殺してもよいとまで
条約に書いてあるぐらいだから」
金 「それなら清兵に死者が出たのは当たり前ニダ。巡査に死傷者があった分は賠償金を要求
するニダよ。暴れて市街を壊した分も」
高平 「それを相手が認めない限り、条約はあってなしが如しでねえ」
(続き)
金 「そもそも、清兵を乗せた軍艦は長崎に何しに来たニカ?」
高平 「ま、表向きは軍艦の修理と水兵の休養ってことらしい」
金 「随分と大きな軍艦だったと聞くニダ」
高平 「うん。30センチ砲という巨大な大砲を4門も装備している世界最大級の巨大戦艦が2隻
と甲鉄巡洋艦と練習砲艦の計4隻ね。戦艦は7000トンを超えるクラス」
金 「なにか想像もつかんニダ。それがわざわざ長崎に修理に来たニカ」
高平 「ま、ようするに脅しに来たのさ。今度、清は海軍を創設して、このドイツ製の戦艦を
中心に艦隊を編成したからねえ。これを見せて、『小国日本よ、大国中国にひれ伏すアルよーっ』
てねw」
金 「李中堂の考えそうなことニダ」
高平 「ところが、上陸した清兵が巡査らにやっつけられて大勢の死傷者を出したもんだから、
もう面目丸つぶれさw」
金 「コルコルコルw」
高平 「まあ、笑ってばかりもいられないのが、条約があっても解決しないってところがねえ」
金 「それはどうしてニカ?」
高平 「実力の前には条約も関係なくネ? 実際、清は条約を無視してるし。それで我が政府
が依頼して日本と北京にいるドイツ公使に調停に立ってもらって政治的に解決するつもりらし
い」
金 「どのように解決されるニカ?」
高平 「まあ、ねえ、どうやら喧嘩両成敗でいくらしい」
(続き)
金 「清兵が暴力を働いたのを巡査が取り締まるのは喧嘩ではないニダよ」
高平 「んなこたあ分かりきったことだよ! 実にけしからんことだっ! 怒怒怒!」
金 「公使も火病になられるニカ?ww まあ貴国政府は平和を望んでおられるニダよ」
高平 「確かに平和的に解決することは大切なことだ。しかし同時に公正でなければならん!
でなければ必ず憤懣が残る。これが重なればやがては大衝突をもたらすような圧力になろう」
金 「確かにイルボンは清国に憤懣が強いニダね」
高平 「今度の事件でいよいよ国民の怒りは抑え難いものになっている。非常に危険だ」
金 「イルボンはウリの国にも憤懣があるニダよ」
高平 「憤懣というよりは、歯がゆいのだよ。富国強兵は国の要だよ。力ある独立国かつ中立
国として堂々と一国を構えてもらいたいのが日本が朝鮮に望んでいることだよ」
金 「ウリの国は中国の属国ニダ。政府も袁世凱の言うままニダ。日本党の者は政府から皆追い
出されたニダ。これも日本が我が国をお見捨てになったからニダ」
高平 「見捨てたんじゃなーい! それにちったあ自助努力ということはせんのかね」
金 「ウリの国は根本から難しいことになっているニダよ(ぽつり)」
(続き)
朝鮮は明治8年に日本と条約を結び、明治15年には開国して欧米各国とも条約を締結し、貿
易の港も3港となったが、貿易はあまり振るわず、何より国内生産が貧弱で貿易に供するもの
が乏しく、明治20年度では輸出は金などの貴金属が約140万ドル、ソラマメ約34万ドル、牛皮30
万ドル、米9万ドルなど計220万ドルであり、それに対して輸入は木綿(西洋高級木綿が主)
が188万ドル、薬種・顔料17万ドル、絹17万ドルなど、計約281万ドルと赤字であった。(「内
閣統計局 海外各国要覧」)
ちなみに、日本の場合、明治19年度で輸出額は約3760万ドル 輸入額約2890万ドル(当時の
相場である1ドル、約1.3円で換算)と大幅黒字であり、ついでに言えば、日本から朝鮮への輸
出額は約64万ドル 輸入額は約43万ドルであった。(「日本帝国統計摘要[第1冊]第2回」)
人口は約1050万人であったが、日本の3960万人とほぼ4分の1であり、1人当たりの生産量が
極端に低いことが窺われる。国家歳入にいたっては日本の40分の1にも満たない約147万ドルで
あった。
朝鮮は貧国弱兵の国であった。その原因は何より国庫にまともに租税が入らないことにあっ
た。
まず地方官の権力が強大であり、あらゆる手段で租税を免れ、それにより中央政府の租税地
面積は年々減少し、明治27年までにはかつての4分の1となった。
またその地方官も含む官職というものは、県令から小間使いに至るまで全てが競売の対象で
あった。例えば慶尚道監司の官職はおよそ当時の日本円にして10万円位であり、落札者は地
方に赴任した後に人民から酷税を徴収してその官職代金を支払った。
また地方で集めた租税は中央政府に送る際に時に横取りされた。
(続き)
地方官 「収穫の租税が集まったから運搬を頼むニダ」
請負商人「ニダ。県令様、請負賃金はこれぐらいでいかがニカ?」
地方官 「高いニダ! どうせむにゃむにゃするつもりだろうニダよ。もっと安くするニダ!」
請負商人 「え、なんのことニカ? ニヤニヤ」
地方官 「ま、その時の報告書類の手続き料を高くするだけニダよ!」
請負商人「さすが県令様にはかないませんニダ。これぐらいのお安さではいかがニカ」
地方官 「それならいいニダ」
で、租税の運搬を請け負った商人は運搬の船を求めた。
請負商人 「おーい、漁師。この船売るニダ」
漁師 「あれま、これはもう修理もきかないボロ船ニダよ」
請負商人 「それでいいニダ。うんと安くするニダ」
漁師 「こんな船買ってくれてカムサハムニダよ」
で、商人は穀物などの租税を積み込んで船を出したが、すぐ近くの船着場に止まって全部の
荷を降ろした。
請負商人 「ようし、皆で船を壊すニダ!」
ボロ船はあっというまに沈没した。
202 :
マンセー名無しさん:2008/11/07(金) 23:51:18 ID:eCF0wVjl
(続き)
請負商人 「県令様ー。たいへんニダー。租税を積んだ船が嵐にあって沈没したニダー(棒)」
地方官 「何、それはたいへんニダー(棒)」
請負商人 「政府に、嵐のために租税と共に船が沈没したと報告して欲しいニダー(棒)」
地方官 「そうか。それでは検査をするニダー(棒)」
請負商人 「ついては県令様への贈り物はこれこれを先ほど蔵に収めたニダ♪」
地方官 「ニダ♪ よし半分以上だな♪」
請負商人 「そうですニダ。請負賃金共々大サービスニダ」
地方官 「そうニカ♪ あー、これは仕方のない天災であり、そう報告するニダー(棒)・・・・
しかし、お前もワルニダよのう♪」
請負商人 「県令様にはかないませんニダ♪」
という具合であり、しかもこれはほんの一例であった。
(つづく)
お疲れさまです。
今回は、定遠・鎮遠の巻ですか。
清の水兵が長崎で暴れたのに、支那が非を認めないというのは、
オリンピックの聖火リレー応援団を思い出しますなあ。
百年たってもやることは一緒。
しかし定遠・鎮遠・平遠とかいう名前は、何つうセンスでしょうか。
「遠きを定め」、「遠きを鎮め」、「遠きを平らげる」ですぜ。
中華帝国思想丸出し。
204 :
マンセー名無しさん:2008/11/08(土) 10:37:11 ID:JXol/agc
近いうちにまた破綻するといわれているが、過去100年で3回も破綻するとなる
とやはり韓国人には国と統治する能力がないと世界は判断する
日本は韓国を日韓併合まえの李氏朝鮮時代の状態まで戻す責任があるんじゃない?
韓国人を世界基準まで引き上げることはやはり無理があったと思う
> 何より国内生産が貧弱で貿易に供するもの
> が乏しく
最近の経済危機を見ると100年前から変わってないんですね。
今は一応貿易はできてるけど、国内基盤が弱いからすぐに為替の影響受けて
ダメージでかくなってるし…
> 国庫にまともに租税が入らない
これも大統領が蓄財で任期後に逮捕されてる現状とあまり変わらないし…w
併合前の日朝(続き)
地方官は米の相場も左右にした。それが元で日本が損害賠償を求める事件が発生したことが
ある。
後に「防穀令事件」と言われるものである。朝鮮は、米の貿易に関しては地方官の判断で凶
作の年には禁輸する「防穀令」を発することが出来、その時は実施1ヵ月前にそれを日朝両商
人に知らせることになっていた。
しかし防穀令事件となった明治22年は朝鮮では稀に見る大豊作の年であった。
朝鮮商人 「今年は大豊作ニダ。しっかり商売できるニダ」
農民 「ホルホルホル、うれしいニダよ」
元山の日本人商人 「ほっ。前金を払ったのが無駄にならずによかった」
普通の朝鮮人にとって主食でない米は、日本商人が前金を払うことを条件に農民に耕作を依
頼する作物であった。そのことは地方令によって定められ、その額も作物の何割と決められて
いた。
咸鏡道地方官 「今年の穀物の出来高はどうだったニカ?」
官吏 「全体として大豊作です」
地方官 「ほう。それはよかったニダ。で、米はどうニカ?」
官吏 「米も大豊作ですニダ」
地方官 「・・・そうニカ? ウリが見回った所は凶作だったぞ」
官吏 「・・・?」
地方官 「米は凶作ニダ! これは禁輸せねばならんニダ。防穀令を公布するニダ♪」
官吏 「ニダ!」
(続き)
官吏 「皆よく聞けー!! 防穀令が発令されたニダー!! 農民は米を外国に輸出する商人
に売ってはならんぞー!!」
農民 「なぜニカー?! この通り豊作ニダよーっ!」
朝鮮商人 「お役人さまーっ! どうしてニカー!困るニダー!」
官吏 「うるさいニダ! とにかく防穀令が出たニダ! 違反した者は厳罰にするニダ!!」
日本人商人「待てよ! 豊作ではないか! それに防穀令を出す時には実施の1ヵ月前に日朝
両商人に知らせることになってるはずだ! 何も聞いてないぞ!」
朝鮮商人 「ウリも聞いてないニダ!」
官吏 「ウリはそんなこと知らんニダよ。とにかく県令監司様からのご命令ニダよ」
日本人商人 「こちらはもう前金払ってるんだぞ! どうしてくれるんだ!」
官吏 「あーん? ここはイルボンではないニダ! 朝鮮には朝鮮の法というものがあるニダ!
その法令を実施しているだけニダ!」
日本人商人 「これは我が領事館に訴えでなければらん!」
官吏 「ふん、勝手にするニダ!!」
ということで、訴えを受けた日本領事は朝鮮政府に抗議。しかしいつもの通りのらりくらり
の返事で埒が明かない。で、その間。
農民 「困ったニダ。米を買う者はイルボン以外に殆どいないニダよ。作ったのが無駄になった
ニダ」
当然米価の相場は下落する。
(続き)
地方官 「米価はどれぐらいなったニカ?」
官吏 「それはもうこれ以上はないほど充分下がってますニダ」
地方官 「ニカ? 農民どもが困っているだろう。よし、ウリがこれだけ買ってやるニダ」
官吏 「そんなにたくさんですニカ?」
地方官 「そうニダ。まとめて買うのだからう〜〜んと安く売るように言え!」
で、売れないよりはましと農民も安く売ったが、その後また情況が一変した。
地方官 「よし。もう防穀令はいらんな。防穀令は解くニダ。そう公布してこい!」
官吏 「皆よく聞けー!! 防穀令は解かれたニダー!! もう、米を輸出商人に売ってもい
いぞーっ!!」
農民 「今さら防穀令を解いても前に売ったから少ししか残ってないニダ!!」
朝鮮商人 「米が足らんニダ!足らんニダ! 高く買うから残っているものも皆売るニダ!」
ってことで米価は今度は高騰する。
地方官 「よしよし。随分高くなったニダな♪ それ!前買ったやつ全部売ってこい!」
官吏 「ニダー!♪」
地方官 「ホルホルホル♪ 大儲けニダー♪」
日本人商人は前金分も農民から得られないわ、朝鮮商人から高い米を買わされるわで、もう
踏んだり蹴ったりの被害を被ることになった。
で、元山の大勢の日本人商人が朝鮮政府に損害賠償を求めて日本政府に請願。よって日本政府
が交渉すること1年2ヶ月。ついに賠償金11万円を朝鮮政府に支払わせた。
これが防穀事件である。
(続き)
「朝鮮では狡智に長けている者を器量人と言う」とは、かつて釜山草梁公館時代の森山茂理事
官が朝鮮官吏を評して言った言葉である。
また地方官は、領民の生殺与奪の権を握り、勝手に地方税も作ることが出来た。出張するに
も臨時に税を設けてその費用を集め、時に二重徴税も行った。
そもそも朝鮮では国民を疲弊させるに十分過ぎるほどの税の仕組みがあり、租税や公用金な
どを徴集する公署が7、8ヶ所もあって統一しておらず、各部署は勝手に税を徴収した。
中で最も奇怪なものが「春坊」「明礼宮」という臨時税の許可証であった。これは王宮に金
を納めると手に入れることが出来た。
両班 「ここらで人通りが多くて荷物が一番多く通過するところと言えば南大門通りニカ? 東
大門の鐘路の方ニカ?」
家来 「人が多いのは鐘路ですが、南大門通りの方が通過する荷物が多いですニダ」
両班 「ニダ。そうニダ。では南大門通りで税金取るニダ」
家来 「あ、遂に手に入れられましたニカ?」
両班 「ニダ♪ 随分高くついたダ!」
と言って取り出して広げたのは、パパパパッパパーン♪
「誰でもどこでもいつでもお金が貰える荷物税カード!!」
両班 「これさえあれば、河川でも通りでも関を設けて通行する荷物に課税して徴収すること
が出来るニダ♪」
家来 「南大門通りはお店が沢山ありますから荷物がたくさん通りますニダ!♪ だんな様は
賢いニダ!」
両班 「ニダ!♪ 期日が決められているニダ。早く行って大金稼いでくるニダ!♪」
家来 「ニダー!!」
これがその臨時税の許可証であった。荷物の多い商人などはたまったものではない代物であ
る。
210 :
マンセー名無しさん:2008/11/14(金) 00:17:21 ID:dqeYjjLB
(続き)
とにかくこの国では生産することよりも、いかにして人の物を取るかということに最も努力
が払われた。だから何をするにも賄賂が必要であり、税金を納めることにすら賄賂を払って納
めねばならなかった。農民は、収税官吏や雑役人等が様々に難題を持ち出すのを防ぐための賄
賂として使うのに、税の5割増しの量を運び込まなければならなかった。
農民は疲弊し、その無気力さと哀れさは見るに堪えないものがあった。農地は改良されず開
墾も殆どされなかった。収穫を増やしてもまた奪い取られるだけだったからである。
そして、飢饉ともなれば累々たる餓死者が出る惨状となったが、政府はそれも天命であると
して、殆ど救済処置をとることなく放置した。
昔は「活人署」と言うものがあって貧民のうち病気になった者を集めて治療していた時代もあ
ったが、もうそれは名のみのものとなっていた。
また、かつては救済の穀物を貸すという制度もあったが、いつのまにか地方官の新任時に人
々に屑米などの粗悪なものを強制的に貸し付け、法外な利息と共に上等の穀物で返却させると
いう狡猾な搾取手段に変貌していた。
また少しばかりの財産を持つ者があるを知ると、すぐに官吏が奪い取った。適当に罪を被せ
て収監して財産を没収するのである。財産ある者は努めて貧を装い、金品は床下などの土中に
埋めて隠した。官吏や警吏の前で指輪など金品を持つ姿を見せることは、直ぐにその場で盗られ
ることを意味していた。
この国の貧国弱兵の原因は、腐敗の一語に尽きる。
(つづく)
お疲れ様です。平日に投下とは珍しい。
しかし、こんな状況だったということは教えずに、
よく併合時代日本に収奪されたと言えますな(呆
>>211 教えようにも、これらの記録は韓国朝鮮には残っていませんからねえ(w
まあ仮に残っていたのが発見されても無視するか、最悪焼却でしょうけどね。
ID:dqeYjjLBの中ひとは、いつもながらよく調べてますねえ。
どこでこれらの原点にあたってるんでしょ(w
>>212 みな味暦にある公使領事などの報告からです。年代は明治8年から明治27年。
主に日本側のですから韓国は無視するでしょうねえ。もっとも中には、「韓国人朴泳孝建白書」
というのもあるわけで。ま、これも金度亨がその存在に触れてはいますが、この後もおそらくは
論文に一部引用するぐらいが関の山で、全文のハングル訳が公開されることはないでしょう。
しかし、その建白書からちょっと抜書きしてみるだけで、当時の朝鮮の実情がよく見えてくるの
ですが・・・。
併合前の日朝
以下、朴泳孝から国王宛ての建白から。明治21年2月のもの。実際に国王が読んだかどうかは
不明。
「今や国家人民の安危というものは、民の辛苦と国財を盗んで私のものとし、忠良を斥け、妄
りに無実の人を殺すことを快しとしているニダ。賄賂は横行し、官位を売って上下の貧財とし、
ついに公私ともに廃ったニダ。そして、よく民の辛苦と国財を盗んだ者は官位は太守となり、
よく忠良を斥けて無実の者を殺した者が位を進めて宰相となっているニダ。百姓は四方に離散し、
父母兄弟妻子はバラバラとなり、或いは餓死し或いは凍死し、或いは恨み窮まって憤死し、或いは
医薬なくして病死し、或いは無罪にして刑殺を受け、或いは寒さと飢えに困って盗みそして殺さ
れるニダ。これはまるで孟子の言葉にある「国中に落とし穴を設けて民を陥れる」であって、これ
がウリの国の実情でありますニダ」
で、改革項目として、
・ 訴訟は任判官が裁き、主権者が勝手に裁いてはならんニダ。
・ 裁判は傍聴人を認めるニダ。
・ 酷刑は廃するニダ
・ 刑するのは犯人だけにして、その父母や兄弟妻子に及ぼしてはいかんニダ。
・ 捕庁(警察署)でこっそり殺すようなことは止めるニダ。
214 :
マンセー名無しさん:2008/11/14(金) 22:15:34 ID:dqeYjjLB
(続き)
・ 子弟や奴婢を私的に刑してはいかんニダ。必ず公的に裁くニダよ。
・ 貸し借りや売買には証文で約束し、記名捺印して後に訴訟問題となるのを防ぐニダ。
・ 墓地を定め、勝手に各地に埋めたり、他人の土地に埋めたりすることを禁じ、訴訟になる
ことを防ぐニダ。
・ 良医と医薬を整えて民の生命を保つニダ。「活人署」が有名無実となったのは残念ニダ。改
めて病院を設けるニダよ。
・ 困窮の寡男、寡婦、孤独、身障者などを救う法を設けるニダ。(ニートはだめニダ)
・ 棄児を禁じ、養育の法を設けるニダ。
・ 自殺、自傷を禁止するニダ。
・ 堕胎を禁止するニダ。
・ 富貴を貪るを禁止して子孫の煩いを去らせるニダ。
・ 夫の妻への虐待を禁止するニダ。
・ 子への虐待も禁止するニダ。
・ 古俗による幼年の嫁とりの定めを禁止するニダ。(炉李はだめニダ)
・ アヘンを吸うのを厳禁するニダ。
・ 人民疾病の時は服薬して、巫術に頼らないように諭すニダ。
・ 種痘の普及をするニダ。日本人の年少者に疱瘡痕があるものは稀ニダ。これは日本が日々に
文明に進んでいる証拠ニダ。
・ 宮殿脇殿を清潔にし、村里、街道、河梁などから糞尿と塵芥を取り除き、これを農業に使っ
て益とするニダ。今は王宮後宮から村里、道路、橋にいたるまで塵芥が丘陵を成しているニダ。屎
糞は金を塗る如しの状態ニダ。不潔ニダ!
・ 勝手に家屋を道路にはみ出させて建ててはならんニダー!
・ 道路は一定の幅にするニダー!
などなど。最後に、
「武備を整えて民を保ち国を護るニダ!!」
以上。()は筆者w
(つづく)
さりげなく炉たんに刃を向けたなwwwwww
216 :
マンセー名無しさん:2008/11/15(土) 02:59:36 ID:TTJqjw7G
217 :
214:2008/11/15(土) 07:16:56 ID:TXmK4yQl
乙であります。
日本側の史料だったのね・・・そりゃ朝鮮人は無視するだらう。
220 :
214:2008/11/16(日) 08:43:10 ID:uRBZwIj+
>>219 なるほど。国王に改革案の建白を出している時点で、この頃の朝鮮は日本の古代にすら追いついてないわけか。w
221 :
219:2008/11/16(日) 10:05:57 ID:aA9OgmUf
日本の古代律令も隋や唐の律令を参考にしてるはずだから、
同様に唐の影響を受けた統一新羅のころは半島にも同じような制度があったと思うんですよ。
追いついていないというよりは李朝になって思い切り退化したんでしょうなぁw
李朝こそが半島の黒歴史なんじゃないでしょうか。
222 :
214:2008/11/16(日) 16:04:46 ID:uRBZwIj+
>221
明治27年に井上馨が京城公使として赴任して内政改革を指導する中で、刑法や民法の整備
を勧告したわけですが、大院君はそれに対して、法律や制度は出来るだけ簡単なものがよ
いと主張して井上と議論になったことがあります。大院君としては細かな制度よりは自分
たちの自由裁量による行政が望ましかったようです。人民救済も制度化するよりは、時に
温情を現わす君主の徳として実行するということにしたかったらしい。律令制よりも情に
よる、つまりは権力者の気分によって行うというのが朝鮮式だったのかもしれません。
1.15世紀の朝鮮、ハングルを作った国王世宗の治世。中国で貨幣が流通していることを知った
世宗は中国から貨幣を輸入して、「貨幣を使わない者は処罰する」という法律まで作って、貨幣を
流通させようとしたが、結局失敗している。それは農民と官僚が主体の社会で、物々交換が行われ
ていたからである。(世宗実録より)
2.12世紀の日本、平家の治世。平清盛は周囲の反対を押し切って、中国から貨幣を輸入して、
流通させようとしたら、爆発的に大流行したという記録が残っている。世宗と清盛を比較する人は
いないが、やろうとしたことは全く同じである。
3.15世紀の世宗の治世。朝鮮から役人が来日して、漢文の見聞録を書き残している。それによ
ると、当時の日本(室町時代)は社会の隅々にまで貨幣が浸透していて、乞食でさえ米を欲しがら
ず金をほしがる様子に驚いている。さらに有料の宿屋、渡し舟、馬まで用意されていて、日本では
金さえ持っていれば旅ができるので驚いているのである。(老松堂日本行録より)
4.17世紀、江戸時代初期の日本。米などの物資が集積するのが大阪で、巨大消費地が江戸に
なったため、代金をいちいち運んでいては不便で危険であった。そのため、手形で決済する仕組
みが成立した。さらにそれが発展して、18世紀初頭には米が収穫される以前に権利を売買して
おく、いわゆる先物取引市場が大阪堂島に世界で最初に成立するのである。(NHKライブラリー「マネー革命」より)
5.19世紀末の朝鮮。イギリス人女性イザベラバードは、日中韓を旅してそれぞれ旅行記を書
き残している。当時の朝鮮半島の様子を、ソウルとその周辺で銅銭が流通しているのみであり、
地方に行くとそれさえも流通しておらず、物々交換が行われていると指摘している。(朝鮮紀行より)
225 :
219:2008/11/17(月) 00:04:45 ID:aA9OgmUf
>>222 wikiからですが…
朝鮮半島では、7世紀中葉ごろ、高句麗・百済との緊張が高まっていた新羅により、律令受容の試みが
行われていた。7世紀後期、新羅は朝鮮半島の統一と唐の影響を抑制することに成功し、唐律令を参考と
しながらも独自の律令制を構築した。新羅は自前の律令は制定せず、唐律令を採用していたが、独自色の
強い格を多数制定することにより、新羅独特の国家体制を築いた。10世紀に朝鮮を統一した高麗は独自の
律令を制定したが、これはほぼ唐律令を引き写した内容となっていた。
こういった律令制の流れの後に
> 細かな制度よりは自分
> たちの自由裁量による行政が望ましかったようです。人民救済も制度化するよりは、時に
> 温情を現わす君主の徳として実行するということにしたかったらしい。律令制よりも情に
> よる、つまりは権力者の気分によって行うというのが朝鮮式だったのかもしれません。
という李朝の時代が来て、思い切り後ろ向きに突き進んだ結果、
近代において日本の古代よりも遅れて見える社会ができあがったわけですねw
226 :
マンセー名無しさん:2008/11/17(月) 23:11:48 ID:uMMUPUjA
227 :
マンセー名無しさん:2008/11/18(火) 01:16:58 ID:JKCVkTDb
人口増加
出生率、平均寿命、乳幼児の死亡率まで考慮しないと
この3つが、朝鮮、フィリピン、インドシナ、インドで語られないといけない
単に出生率が多いだけではダメだな
228 :
マンセー名無しさん:2008/12/15(月) 00:14:22 ID:9F1XibYy
朝鮮は1894年に国家財政が破綻したらしい。
それを救ったのが日本政府。年間予算のほぼ全額である300万円を無条件で
貸与したと。いやはやまったくもう。
>>228 ええ、そこらへんに触れる解説は皆無なんですよねえ。w
併合前の日朝
さて、その金玉均のことであるが、日本に来てからは朝鮮独立の志士としてもてはやされ、
多くの日本人から援助を受けた。しかし中には金玉均を担ぎ上げて不穏な行動を起こそうとす
る者もいた。大井憲太郎はじめ旧自由党員ら30人が企てたそれは、金玉均を擁して朝鮮政府
を転覆し、再び日清両国の対立を生じさせ、それを機に日本政府に改革を迫ろうとするもので
あった。
明治18年11月13日
大阪府知事 「・・・・ということで大井憲太郎の一味が、長崎で刀剣と爆弾を調達し、そこ
から朝鮮に渡って事を起こすという情報がある。すぐに調べてくれ」
大阪府警 「了解しました。直ちに探査しましょう」
府警は長崎に警部を派遣して調査。遂に爆薬物を発見。それで、東京・大阪・長崎にいる一味
全員を一網打尽にせんと内偵すること一週間。
横浜英国商人 「昨日、店に変なお客さんが来ましたねー」
県警 「何と?」
英国商人 「鉱山開発のためにダイナマイトを買いたい、と言うのでーす。それで、あなたダ
イナマイトを買うには政府の許可が要りまーす。その許可持ってますかー? と聞きましたら、
何かあれこれ言って結局、また出直す、と帰っていきましたねー。立派な紳士姿の人でした
が、眼がとても鋭い人でしたからー、何かおかしいと思ってお報せしましたー」
県警 「情報サンキュー」
230 :
マンセー名無しさん:2008/12/15(月) 23:44:51 ID:uCPeUJyW
(続き)
大阪府警 「よし! 間違いない。全員逮捕だ。家宅捜査も徹底的にやれ!」
11月23日、長崎で16人、大阪で10人を逮捕。家宅捜索の結果、塩酸カリ、硫黄、大量の亜鉛
硝石などの爆薬物を押収。これにより爆発物取締罰則によって処分することとなった。
取調べによれば被告らの目的は、かつて米国人がアイルランドを支援したように、また米国
独立を仏国人が助けたように、朝鮮の頑愚と弱さを憐れみ、支那からの朝鮮独立を助けるため
に、支那に事大する朝鮮支那党を殺して朝鮮政府を転覆し、独立党による朝鮮政府を立てれば、
東洋のスイスとなるも難しくはないと。
また当然支那政府は日本政府を問責して、ここに再び一大対立となるなら、国民の士気はた
ちまち奮起し、官民共に振って外患に当り、国内の改革も期せずして成ろうと。
また日清戦争を促し、果して戦端が開けるなら、道を朝鮮に借りて支那の領土を略取し、そ
の土地の豪族を使って要衝に当らせるなら、広大と言えど全土に義の旗が翻えようし、遂には
我が国が東洋一の覇国となるのも難しくはないと。
30人ばかりの党にしては壮大すぎてもはや誇大妄想の類。w
しかも、肝心の金玉均は彼らを信じられなくて途中から離れ、金玉均に寄せられるはずの寄
付金のあても外れ、被告らが決行の資金を脅迫まがいのことをしてやっとかき集めた1500円を
決行部隊30人の将師と任命していた者が持ち逃げしてしまった。もう万事休す。そして決起未
遂にして全員逮捕。
世に言う大阪事件であった。しかし日本政府としては金玉均を利用しようとする者がいるこ
とに警戒せずを得ず、また噂は朝鮮に伝わったことにより、朝鮮政府としては一大事件として
これを注目した。
(つづく)
231 :
マンセー名無しさん:2008/12/16(火) 00:50:24 ID:WpQVODG1
>>226 保護国にする前は毎年朝鮮の人口は数十万単位で減ってるんだが、
232 :
マンセー名無しさん:2008/12/16(火) 01:21:30 ID:PPxcVIqR
■「裏面の韓国」 沖田錦城・著 輝文館・刊 明38.4 (1905)
(五) 世界一の不潔国民−韓国の七大産物
韓国内地を旅行すれば、路傍や街路中に累々たる黄金の花が、場所も嫌わず
狼藉と咲き乱れていて足の踏み場も無く、潔癖な者は一目見てその不潔と臭気に驚く。
彼ら韓人の尻の癖が悪いのは実に世界の名物というべきで、現にこの国の中央都会の
地である京城(ソウル)が、一名を糞の都と綽名されているほどで、至る所人糞あるいは
牛・馬糞を見ない事は無く、とてつもない臭気は鼻を襲い、目を顰めない者は無い。
京城市内を流れている川など、各戸から排泄される糞尿が混ざり、その水は一種の
黄色となりドロドロとなっているのは実に目もあてられない有様だが、彼らはとんと
平気なもので、その糞川の水で洗濯などしている。なんとも耐えられない話だ。
毎年夏になると伝染病が流行し、その伝染病に罹る者の多くは韓人で、大流行して
数千人が死ぬのは珍しくは無い。これらはつまり便所の整理がまったくされておらず、
雨の日に糞尿がドロドロになって流れ、人馬の脚や車のために四方に蹴散らされる、
言語に絶する光景から起こるのである。
233 :
マンセー名無しさん:2008/12/16(火) 01:22:14 ID:PPxcVIqR
しかし冬の日などは寒さで凍りつくから、あまり臭いもせず特別ひどくは無いが、
夏になったらたまらない。蛆や蝿が幾千万匹も群がり食物などに付着するので、その不潔さ、
煩さ、まったく話も出来ない。この状況で彼らは所選ばず(糞尿を)垂れ流すばかりか、
便所に有る糞尿もどんどん川に流れ込むので、そのアンモニア質が自然と地中を伝わり
雨や雪の作用で飲料水に影響を与えるから、伝染病が流行するのも無理は無い。
現に京城における井戸などは、このアンモニア質のまじらない純良な飲料水と言っては
殆ど皆無で、ことに驚くべきは恐れ多くも皇城の門前もはばからずにドシドシ垂れ流すのである。
彼らは決して場所などを考える脳力を持たないので、街路でも門前でも塀の外の凹地などでも、
白昼公然と平気にやっているが、その垂れ流した糞尿は誰も片付ける事も掃除する事も無く、
警察官なども皆無頓着である。
そこで或る人が京城市内における人糞牛馬糞などを掻き集めれば、見事な高山ができそうだ、
廃物利用として一大肥料問屋を開業したら必ず一儲けできるに違いないと言っていた。
糞の都における糞問屋、何と面白い考案ではないか。
兎に角、糞は煙管、虱、虎、豚、蝿と共に韓国の七大産物とでも言うべきである。
http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40010333&VOL_NUM=00000&KOMA=20&ITYPE=0
>>227 > 人口増加
日本による朝鮮統治のつい数十年前、19世紀オランダ統治下のジャワ
では食糧生産を禁じ、代わりにコーヒーなど換金作物の栽培を強制した結果、飢饉になって
数十万人が餓死しました。
少なくとも日本の朝鮮統治が、朝鮮人の言うような「世界史に
類を見ない残虐な統治」でなかったのは確かですね。
235 :
マンセー名無しさん:2008/12/17(水) 10:05:35 ID:mEPiMI0Z
【正論】筑波大学大学院教授・古田博司 増殖する韓国の「自尊史観」
≪「チャングム」のまやかし≫
近頃、会合で話をすると10人に1人位は韓国時代劇チャングムのファンがいて、
物語をそのまま史実だと思いこんでいることが多いので、正しておきたい。
まず朝鮮の李朝では、女子が宮中に出仕すると王様と疑似婚姻関係に入るので
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
一生外に出られない。チャングム女史のように出たり入ったりはできない。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
ドラマでは李朝時代は色彩にあふれているが、ほんとうは顔料がないので
民間に色はない。中国の清朝でも日本の江戸時代でも陶磁器に赤絵があるが、
朝鮮には白磁しかないのはそのためで、民衆の衣服が白なのも顔料が自給できない
からである。民芸研究家による「朝鮮の白は悲哀の色」というのも、今では真っ赤な
ウソである。上流階級だけは中国で交易する御用商人から色のある布を買っていた。
李朝は清朝や江戸時代と異なり、技術革新を嫌い、低レベルの実物経済で500年
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
もの統治を可能にしたのであり、どこに似ているかといえば、いまの北朝鮮に似ている。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
19世紀初めの朝鮮の儒者が、「(我が国の拙(つたな)きところ)針なし、
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
羊なし、車なし」(鄭東●『晝永編』)といっている。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
針は粗雑なものがあったが、ちゃんと縫うには中国から針を買わねばならなかった。
当時の中国針は優秀で、日本も輸入している。羊はモンゴルに征服された高麗にはいたが、
いつの間にか滅びた。車は西洋文化が流入するまではない。木を曲げる技術がなかった
からである。だから李朝には樽(たる)もない。液体を遠方に運ぶことすらできなかった。
かつて日本が保護したとき、韓国はそのような国であった。
236 :
マンセー名無しさん:2008/12/17(水) 10:06:38 ID:mEPiMI0Z
≪歴史教科書にも国内批判≫
韓国の歴史教科書について、最近では韓国の学者の間でも批判が出始めている。
日本がやってきて、せっかく李朝期にあった韓国近代化の芽を摘み、植民地期に
ひたすら収奪したという論はもはや無理の限界に来ている。批判には、
「このような収奪論には実証的な根拠が確実ではないという問題点がある。
コメは日本に収奪されたのではなく、経済論理に従って日本に輸出されたのであり、
それにともなって日本人を含む韓半島(韓国人は朝鮮半島をこう呼ぶ)全体の所得が増加した」
(教科書フォーラム編『代案教科書 韓国近・現代史』2008年3月)と書かれてある。
振り返れば韓国の歴史教科書もはじめからナショナリズム一辺倒であったわけではない。
初期には、日清戦争で「日本の勝利となり、下関条約が結ばれ朝鮮の独立が認められた」
(★佐鎬『中等世界史』英志文化社、1959年)とか、朝鮮は清の「半属国」だった
(金聲近『高等世界史』高等学校2・3学年用、教友社、1962年)とか、平然と言っていた。
日本が強制的に保護条約を押しつけたと居直るのは、70年代の中頃からのことで、
朴正煕政権の後半、力量を持った民族ではなかったことが被植民地支配の原因だったと、
ひそかに反省し始めたときであった。
237 :
マンセー名無しさん:2008/12/17(水) 10:07:47 ID:mEPiMI0Z
≪利権あさる一部マスコミ≫
ところが、82年6月26日に日本のマスコミが、教科書検定で日本の中国への
「侵略」が「進出」に書き換えられたという誤報を行った。日本ではちょうど
検定制度をめぐって政府と日教組が大揉(も)めだったときだ。
中国・韓国からのはげしい抗議が始まり、結果として近隣諸国条項(1982年
11月24日、教科用図書検定基準)が設けられ、その影響で文部省の第6期学習指導要領
(1989年告示)で、「とくに朝鮮については我が国と深いかかわりがあり、
従前よりもさらに重視するようにする」という但(ただ)し書きがついてしまった。
反省の機会を失った韓国の歴史教科書は、日本の自虐史観に反比例するように、
どんどんと自尊的になり、「しかし日本は帝国主義列強よりもさらに残忍にアジア各国を
蹂躙(じゅうりん)し、20世紀の歴史を悲劇で飾った第二次世界大戦を起こした。
このような悲劇は日本の朝鮮強占ではじまり、これは隣の国との友好関係を破壊した
ところにその原因がある」(申チェシク・洪ソンピョ『高等学校世界史』ポヂンヂェ、
1990年)とまで、歴史の歪曲(わいきょく)を行うようになっていったのである。
日本の自虐史観の対照には韓国の自尊史観があるのであり、それはひずんだ鏡のように
日韓の関係を歪(ゆが)めてきた。もはやポストモダン期にある日韓では、世論は反日でも
贖罪(しょくざい)でも盛りあがらない。盛りあがっているのは、韓国の反日市場で
利権をあさり、同じく日本の贖罪市場で利権の維持に汲々(きゅうきゅう)とする、
一部マスコミと学者たちにすぎないのではないか。(ふるた ひろし)
●=志の士を兪に
★=恵の心を日に
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/081217/acd0812170302001-n1.htm
238 :
マンセー名無しさん:2008/12/20(土) 14:47:16 ID:9uocSwhB
糞の都 京城(ソウル)
併合前の日朝
明治19年(1886)3月、朝まだき神戸港に一人の男が降り立った。彼の名は池運永。彼こそ朝鮮
王宮から呼び出されて即座に「統理軍国事務衙門主事」の地位を贈られ、「斬賊大使」として
全権を委任された金玉均の刺客であった。朝鮮政府の実力者閔応植が彼を袁世凱に面会させる
と、袁世凱の眼鏡にかなったのか、大いに彼に期待して日本の清国公使領事らに通知して便宜
を計ることを約束した。
彼は税関手続きを済ませると両替所に赴き、ポケットから無造作に金塊を取り出して日本円へ
の換金を頼んだ。
手にしたのは200円余りであった。
馬車を頼み、わずかな手荷物ひとつで乗り込み、奈良に行くよう馭者に命じる。
ところが奈良に入るとw、
池運永「ここが奈良ニカー!! 桜の花が綺麗ニダー!」
馭者「お客さん、朝鮮の方だって? 日本語上手でんなあ」
池 「2年前に日本に来て1年間いたニダよ」
馭者「へーっ1年も何しておられたんでっか?」
池 「写真技術を習っていたニダ。僕は朝鮮人初の写真技師だよ」
馭者「へえ! 写真技師ねえ。で、奈良の春の風景でも写真に撮るつもりで来られましたか?」
馭者「まだ旅行に携帯できるような写真機は持っていないニダ。あー、それにしても何と綺麗
だ、ああ綺麗だ、写真に撮りたいニダー!」
(続き)
馭者「ほらあれが大仏様が居られる東大寺ですわ」
池 「何と巨大な、何と巨大な! すごい建物ニダー!!」
馭者「そらまあ、木造では世界一ですわ」
池 「ああ何と、開明と伝統が調和した日本!」
馭者「お客さん、嬉しいこと言われますなあ。けど馭者代は負けしまへんでw」
池 「ああ僕はもう眩暈がしそうニダ」
写真師でもある彼は日本の美しい光景に魅せられたらしい。
実際、彼のこの後の行動はいったい日本に何をしに来たのか首を傾げざるを得ないことばかり
であった。
大仏を拝み、春日神社に拝礼し、京都に転じて滞在し春の京を満喫すること1週間。それか
ら大津、伊勢と巡り、天照皇大神宮に参拝して神楽祈祷を頼み、上吉の神籤を得て小躍りする。
その後、尾張、三河、遠江、駿河、相模を経て箱根の温泉に浴す。
やっと金玉均のいる東京に着いたのはもう5月であった。で、東京に来ると真っ先に向ったの
は新吉原。w で、どんちゃん騒ぎw
もう気分はすっかりお大尽であった。
しかしいつまでもこんな事をしているわけにはいかない。やはり金玉均のところに向うしかな
い。
で遂に小刀を懐にして、金玉均が止宿しているホテルを探し当て、その前をうろうろ、行った
り来たり。
池 「ああ、やっぱり行かねばならんニカ。いや、行かねばならんニダ! ああ、けど行かねば
ならんニカ」
(続き)
金の従者「誰ニカ! 何をうろうろしてるニカ!」
池 「あ、ウリはウリは何にも・・・」
金の従者「あ、おまえ朝鮮人だな! こんな所で何をしているニカ! 皆来るニダー!」
「何ニカ!」「どうしたニカ!」他の従者2人も駆けつけてきて囲まれ、すぐに懐の小刀を見つけ
られてあっさりと取り上げられる。
金の従者「お、おまえ刺客だなっ!! だんな様ー!!」
実は朝鮮にいる井上角五郎から日本に刺客が向ったとの通報があって金玉均らは特に警戒し
ていたのであった。
で、日本政府。
山縣内務大臣「井上さん、また金玉均に関して面倒が起ったっちゃ。朝鮮からの刺客が捕まっ
とる」
井上外務「聞いたお。大井憲太郎らの事件がやっと終わったばかりなのに、やれやれ」
実は大阪事件後、日本政府は京城と仁川に居留する日本人約650人の全調査を行い、IDカード
を作成するなどして厳密な管理方式をようやく完成させたばかりであった。日朝の友好関係を
維持するための配慮であった。
山縣内務大臣「どうやら朝鮮政府が送り込んだらしい。えーとなになに、委任状によれば『特
に汝に命じて海を渡り賊を捕えしむ。臨時に計画するは一に其便宜に任す。国の事務を処する
に至ても亦全権と為す。軽挙事を行う勿れ。御寶(国王印)』とある」
(続き)
井上外務 「斬賊全権大使、とか言うらしいおw 何でも全権の字を付ければいいと思っとる」
山縣内務「アハハハ・・・それにこの男の行動を調べたら日本に観光旅行に来たのか何しに来
たのか分らんっちゃw」
井上外務「ま、朝鮮政府派遣の者としたら逮捕拘留するわけにもいくまいから、今、京城の高
平公使に問い合わさせているところだお」
朝鮮政府「ウリの政府は知らないニダ。そんな委任状はにせものニダ」
高平公使「はあ? 委任状には国王の印も押してあるけど」
朝鮮政府「そ、それもにせものに決まっているニダ!」
高平公使「あのね、日本政府は先の大阪事件では日本人を取り締まり、更に京城や仁川の日本
人居留民の詳細な身元調査もして貴政府が安心できるように配慮した。これは皆、両国交誼の
ことを考えてのことだよ。そちらはこの事で何の配慮もしないのかね」
朝鮮政府「・・・・分ったニダ。何をすればいいニカ」
高平公使「池運永を召還せねばならんだろう。帰国命令書を出せば日本政府から本人に渡すが」
朝鮮政府「了解したニダ。ご依頼するニダ。すぐに大君主の裁可を得てくるニダ」
というわけで斬賊全権大使池運永に国王の帰国命令書を渡した。
ところが一向に日本を去る気配にない。
243 :
マンセー名無しさん:2008/12/20(土) 19:40:52 ID:FB1Eac8l
(続き)
外務官「どうしたの? 早く朝鮮に帰りなさい」
池 「じ、実は旅費がないニダ」
外務官「はあ? では日本政府が立て替えておくから」
池 「・・・・じ、実は宿賃も払ってないニダ」
外務官 ( ゜д゜)
かくて、斬賊全権大使あらため無一文全権大使池運永は、宿代も日本政府の立替を得てやっと
帰国したのでした〜。
高平公使 「金払えよな!」
(つづく)
わけ分からないんですけどw
245 :
239:2008/12/21(日) 09:36:27 ID:O1jnylIn
ほんと、読み直すと前半わけわかめの文章ですねえw
で、
>>239の最初の5行を、次のものに差し替えて読んでください。
www.soutokufu.com に転載してある方もすみませんがよろしくです。
---------------------------------------------------------------------------------
明治19年(1886)3月、朝まだき神戸港に一人の男が降り立った。彼の名は池運永。金玉均を暗
殺するために朝鮮政府が送り込んだ刺客である。
朝鮮政府は大阪事件は金玉均が背後で糸を弾いて起こした事件とみなした。日本政府に金玉均
の引渡しを要求しても叶わないことから遂にその暗殺を計画。
そこに池運永という者が金玉均暗殺の刺客となることを志願したことにより、政府は「統理軍
国事務衙門主事」という地位を贈り、暗殺のための資金を渡し、「斬賊全権大使」という肩書
きの委任状を交付した。
朝鮮政府の実力者閔応植が彼を袁世凱に面会させると、袁世凱も彼に大いに期待し、日本の
清国公使領事らに通知して彼の日本滞在中の便宜を計ることを約束した。
---------------------------------------------------------------------------------
246 :
マンセー名無しさん:2008/12/22(月) 17:46:54 ID:YnxvMiOY
日韓併合前の朝鮮も近代化政策をやってたことを無視するのは公平じゃないよ。
247 :
マンセー名無しさん:2008/12/22(月) 17:58:42 ID:HydeCP89
現在の朝鮮民族の力量をもってすれば、とても独立国家としての体面をもつことはできない。
亡国は必至である。
亡国を救う道は併合しかない。
そして併合相手は日本しかない。
欧米人は朝鮮人を犬か豚のように思っているが、日本は違う。
日本は日本流の道徳を振り回して小言を言うのは気に入らないが、これは朝鮮人を同類視しているからである。
そして、日本人は朝鮮人を導き、世界人類の文明に参加させてくれる唯一の適任者である。
それ以外に我が朝鮮民族が豚の境涯から脱して、人間としての幸福が受けられる道はない。
日韓併合が問題になるのは、変な話だ。
我輩の併合観は欧米人の朝鮮人観を基に考察したのだ。
(朝鮮全権大使 李成玉 『李完用侯の心事と日韓和合』)
日本は日清戦争を通じて韓国を独立させ、日露戦争でロシアに食われかけていた韓国を救ってくれた。
それでも韓国はこれをありがたく思うどころか、あの国にくっつき、この国にくっつきし、結局は外交権を
奪われることになったが、これは我々が自ら招いたことである。丁未条約を締結することになったのも、
やはりハーグ事件をおこした我々に責任がある。伊藤博文公が韓国国民を見守ってくれ、太子を導いて
我々韓国のためにごされたことは忘れられない。にもかかわらずハルピンの事件がおきてしまった以上、
今後いかなる危険が到来するのかわからない。これもまた韓国人自らそうしてしまったのである。
(中略)
それゆえ劣等国民として保護されるよりは、いっそ日本と合邦し大帝国をつくって世界の1等国民として
日本人とまったくおなじ待遇をうけながら暮らしてみよう。
1909年 12月4日 一進会(百万の朝鮮人会員)
>>246 >日韓併合前の朝鮮も近代化政策をやってたこと
具体的にどぞー
249 :
マンセー名無しさん:2008/12/22(月) 20:03:16 ID:HydeCP89
私は萌芽論を主張する人はマジでキチガイだと思っています!
観光がしたかったんだろうな。
しかし当時の日本は小汚い電線や看板や雑居ビルもなく、美しくて、人心も
純情素朴で、食物が美味くて、ある程度カネがあれば夢の国だったろうな。
タイムマシンで逝ってみたい。
251 :
マンセー名無しさん:2008/12/27(土) 09:57:19 ID:1p/L8nXR
明治9年(1876)6月、日本政府は宮本小一外務大丞の朝鮮国京城(ソウル)
への派遣を修信使に伝えた。日朝修好条規第十一款に基づき、条規付録ならびに
通商章程を協議決定するためである。
宮本小一は、後に「朝鮮政府接遇記略及風俗概要」なるものを提出しているが、
朝鮮国の衣食住や人々の風俗がよく描写されており、とても興味深い。ここでは、
さらに日記録である「朝鮮理事日記」と同行した陸軍士官の報告である「朝鮮紀行」
文をあわせて、その中から風俗に係る部分をまとめてみた。
http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/resi020.html ●風呂場と便所
途中の各官庁には風呂というものが無かったが、ここ清水館では日本人のために
風呂場が新たに作ってあった。その広さ10坪ほど。湯を汲み入れて使うが、頗る爽快であった。
また、便所も数箇所仮設してあった。これも日本人のために作ったと言う。
しかし粗末な藁葺きで不潔であった。
途中の宿には敷地の一隅に便所が設けられていたが、頗る不潔で堪え難かった。
また、部屋に銅製の蓋付きの缶があり、通常はこれで用足しをするという。
普通、朝鮮人民の家には便所がないとも言う。
そのためか、いたる所で糞尿の臭気が甚だしく数万の蒼蝿が舞い、部屋にも
満ちて煩わしく、耐えられない位である。雨が降る日だけ臭気が治まった。
ここでは蚊および蚤はまれであった。しかし、浅間艦から士官3人が連絡のために
仁川から来たときに民家に宿泊したが、夥しい蚊と蚤のために、ついに一睡も出来なかったと言う。
日本人のためにこのように浴房を設け、数箇所の便所を作ってあるが、
これは京城近傍では奇なる風景だと言う。
252 :
マンセー名無しさん:2008/12/28(日) 18:24:49 ID:pr2ze7s6
>>251 そのコピペ見飽きたニダ。山ノ城管理官の朝鮮国情報告の方も面白いニダ゙。
併合前の日朝(続き)
実に迷惑で珍なる刺客騒動であったが、この後の金玉均の行動がいけなかった。金は日本政府
が亡命者として受け入れたわけではなく単なる密入国者であった。事を荒立てずにおとなしく
隠遁しておくべき立場の人であった。しかし今度のことで金は刺客池運永を正式に訴え出たい
旨を日本政府に問い合わせたのである。また日本政府の保護をも要請。
これにより、金玉均を担ぎ上げようとして起こした大阪事件のこともあり、今度の刺客騒動の
こともあり、日本政府は遂に金玉均を日清韓の交際の障害となりまた治安の妨害になるとして
「好ましからざる人物」と指定し、国外退去を命ずることにした。
日本政府 「ていうことで、日本から出て行ってちょ」
金 「アイゴー! ウリをお見捨てになられるニカ!」
この頃は政界の者も金玉均との交際を避けるようになっており、支援者も殆どいなかった。
仏国公使 「わがフランスで受け入れてもいいですよ〜」
日本政府 「ってことでパリ行きはどうよ」
金 「アイゴー! プーランスなどいやニダ!」
と、金玉均はどこにも出国しようとしない。
日本政府 「退去期限が迫ってるけどどうすんの」
金 「この退去命令書にある『治安妨害』の字がウリの体面にかかわるニダ。削るニダ。『追放』
の字が穏やかでないニダ。もっと穏やかな文字に変えるニダ!」
そんなこんなで、退去のことは延期に次ぐ延期となり、そのうち新聞社が嗅ぎつけて記事とし
た。
253 :
マンセー名無しさん:2008/12/28(日) 18:33:18 ID:pr2ze7s6
(続き)
山縣内務大臣「もう新聞がいろいろ書いているぞー。俺が悪者になっとるっちゃ。早いとこ処
分しないと政府の体面にもかかわるんじゃ!」
井上外務大臣 「うん。もう抑留処置とする外ないお」
で、外務省は金玉均に外国に行くなら旅費も支給すると通知。
金 「旅費が出ると聞いたニダ。けど宿賃やお店の掛け代金もあるニダ。これが払えないなら面
目にかかわるニダ。外国に着いてもその日から路頭に迷うのもいやニダ」
日本政府 「それって、どうすんの? もう日本政府の処置に任せるってこと?」
金 「任せるニダ! けど今は友人に百方金策を頼んでいるニダ」
日本政府 「その金策を頼んだ人の名が分るなら助力できるが」
金 「名は言われんニダ」
ちなみに金玉均とその従者が以前から宿泊しているのはフランス人が経営する横浜グランドホ
テルなる高級ホテルであった。
山縣内務 「仕方ない! もう小笠原島に抑留するしかないっちゃ!」
で、それを金に通知する。
金 「何ニカ? 退去追放がなじぇに小笠原島に抑留と変わったニカ! ウリは米国に行くニダよ。
小笠原などには行かんニダ。こんな通知は受け取り拒否するニダ!」
日本政府 「あ、米国に行く? 従者も一緒に行くならその旅費も出すけど」
金 「き、金策が出来るまで待つニダよ」
254 :
マンセー名無しさん:2008/12/28(日) 18:36:06 ID:pr2ze7s6
(続き)
ところが一向に金策が出来た様子も出立する気配もない。終に強制処置として東京府警から警
官が出張してきて小笠原島送還のことを告げた。
金 「・・・・・・」
金は唖然として一言も発しない。
警官は動かない金の手をとって馬車に乗せ、港に送って小笠原島に向う秀郷丸に乗せた。
警官 「従者の中で同行する者があるなら共に行くことを許すが」
4人の従者の中の李允果なる者1人が共に行くことを申し出た。
李 「ウ、ウリがだんな様と共に死の船出をするニダー!」
警官 「心配はない。本人はもとより君の生活費も支給されるから」
李 「ニカ?♪」
日本政府が金玉均が国外退去を申し渡したのは6月2日。金玉均らを乗せた秀郷丸が小笠原島に
向ったのは8月9日であった。
金玉均は、店には買掛金が溜まり、宿泊料支払いも出来ず、それでも横浜グランドホテルなる
超高級ホテルに滞在し続けて人をして金策に走らせていたのであるが、この後、ホテル代など
を日本政府が支払ったかどうかまでは分からない。
フランス人支配人「日本政府が彼を送還したのですからー彼のホテル代は日本政府が払う責任
がありますね〜」
日本政府 「渋々承知」
てなことではなかったろうか。
(続き)
さて、金玉均は1年後には内地に移り住みたいと日本政府に申し出、その翌年にも同様の申し
込みをし、更に熱病と持病で苦しんでいると手紙で申し出た。
それを読んだ山縣内務大臣は不憫に思い、治安上不安のない所は外には北海道しかないとし、
また北海道札幌なら金の出生地である朝鮮とも気候的に似ているので健康面でも都合がよいだ
ろうと考えて北海道に移すこととした。
なお金の手紙の往復には注意し、また内地人で近づく者があるのを制限し、且つ外出の際は警
官を尾行させることとした。
更には翌々年の明治23年11月には、西郷従道内務大臣から金玉均完全自由の上申書が提出され、
もはや治安上も問題ないとして内地居住は全く自由となった。ただし生活費支給はここで停止となっ
た。
金「アイゴー!」
(つづく)
毎度おつです。来年も期待してます。よいお年を…。
257 :
マンセー名無しさん:2009/01/02(金) 13:32:35 ID:eYcIcA06
今年は朝鮮が糞の都として光復する年ですね!
258 :
「併合前の日朝」中の人:2009/01/10(土) 22:15:14 ID:F+cQO1r4
>>250 >>256 >>257 >>soutokufu.com へ転載の人。
その他の皆々様。あけおめです。今年もどうぞよろしく。ぼちぼち進めていくつもりです。
併合前の日朝(続き)
さて袁世凱が、幽閉を解かれた大院君を連れて朝鮮に赴任したのは明治18年(1885)9月。清政
府は、露国に傾きつつある朝鮮に対して、西洋人大嫌いの大院君をその押さえとして担ぎ出し
たのだった。
ところで、朝鮮国王の意向、つまりは王妃の意向、つまりは閔族の意向というものが、露国に
接近して密約を結ぼうとしたことにあるのは、これはこれで理由があった。
英国による朝鮮巨文島占拠である。このことを朝鮮政府が清政府に訴えても、これが露国への
牽制となるとも見た北京政府は容認する姿勢を見せた。その後、井上馨との談判でその危険性
を確認した李鴻章が、その容認に反対する意見を出してからは、北京政府も多少考えを変えた
が、とにかくそれでも英国は動かない。島は英国艦隊基地にされて、そのための工事が着々と
進んでいる。
何より日本は明治18年以降は朝鮮への積極策を放棄し、成り行きを見守るという政策に方針
転換したわけだし、これでは朝鮮は露国を頼るしかないというわけ。、露韓密約の背景にはそ
のような事情があった。しかしこれは清政府に知られることとなり、厳しい叱責を受けた。
(続き)
国王 「アイゴー! 露国との密約が清国にばれたニダ! 李鴻章閣下から詰問状が来たニダ!」
内官 「心配ありませんニダ。密使の金繻ウには国王様の名で委任状は持たせていませんニダ。
ばれても、金ひとりの勝手な行動だったと言えば済みますニダ」
王妃 「け、けれども、あなた! それだけでよろしいの? この上は金を処分しなければ!
」
国王 「ニカ? やっぱりそうするニカ?」
内官 「とにかく、うまくやっておきますニダ」
国王 「よきにはからうニダ」
内官 「国王様ー! 大院君様が! 帰ってこられましたニダー!」
国王 「父君がニカー!!」
王妃 「ヒッ!」
内官 「袁世凱様が送って下されましたニダー!」
大臣 「袁世凱様はこのまま清政府の代表として京城に駐在されますそうニダ」
国王 「そ、それは、で、では慕華館に接待の用意を! 迎恩門のとこに迎えに出なくちゃ!」
大臣 「慌てられるにはおよびませんニダ 進賀兼冬至使などのように皇帝詔書持参の者とは
違いますニダ」
国王 「ニカ? では出迎えに行かなくていいニカ?」
王妃 「あなた、でも公使のような代表者なら清皇帝からの詔書を持参しているはずよ!」
国王 「や、やっぱり出迎えに行くニダ!」
(続き)
清国皇帝の詔書を持参する者に対しては、清からの勅使のみならず、清国に行って詔書を持ち
帰った自国の使節に対してさえも、朝鮮国王は城外の迎恩門にまで行って迎えるのが慣例であっ
た。しかし、この4年後には初めてそれをサボっている。すでに海外各国の公使らも駐在してい
る中に、そのような迎えの儀式をする姿を見られるのは、とっても体裁が悪いニダ、という理由
からであった。もっとも、そのせいかどうかは知らないが、サボった10日後には、仁川港に清国
南洋北洋の両艦隊8隻の軍艦が威嚇するように入港している。その時おそらく国王はガクブルだっ
たろう。
で、赴任した袁世凱が真っ先にしたことは、国王の首をすげ替える陰謀を画策したことであった。
それも大院君と謀って。
袁世凱 「李鴻章大臣は貴国の王位を世子(王子)に譲らせることを考えているアルよ」
大院君 「高宗は我が息子ながら、その愚かさにはあきれますニダ。今だに王妃の言いなりニダ。
まず、王妃を廃妃したいニダ」
袁世凱 「王妃が露国に接近することを進言しているアルか?」
大院君 「調べたらまさに裏で閔族一門が糸を引いているニダ」
袁世凱 「王妃廃妃より国王そのものを変えたがよいアル。世子の純宗は少しはまともアルか?」
大院君 「純宗よりも、我がもう一人の孫の李呵Oの方が王にふさわしいと思いますニダ」
袁世凱 「フフフ、大院君殿お気に入りの孫アルね。よかろうアル。」
大院君 「もう計画は立てているニダ。閣下には打ち明けるニダ」
大院君が語ったそれは、王妃は勿論のこと、国王暗殺のことも含む計画であった。(これは後
の明治28年2月に国王自らが井上馨に打ち明けた話による)
(続き)
まず予め、先の明治17年朝鮮事変で清軍と共に王宮を攻撃した朝鮮軍の将官申泰休や黄憲周な
どと連絡しておき、、最初に大院君の邸宅に放火する。次に大院君が、「閔族はウリを殺そう
としてウリの家に放火したニダ! 国王の身も危険ニダ! 王宮に入って国王と安危を共にする
ニダ!」と宣言して王宮に入る。王宮内では大院君に内応する者が現れるから、国王夫妻は身
の危険を感じ、乱を避けんとして東小門に向うだろう。ここで大院君の意を受けた申泰休が兵
を率いて門外で待ち伏せておく。そして国王夫妻が出てきたら、これを殺害する。その後、大
院君は清国に対して、「国王の不徳によって国政が大いに乱れ、ついに国王は軍乱の中で斃れ
た。国には一日たりとも主がいなくてはならない。よって、我が孫の李呵Oを建てて王位を継
がせたい」という要望書を提出する。
といった計画である。明治19年の春頃の事であった。
ところがたまたま、この計画を知った者がいた。閔泳翊である。
彼は国王閔妃の甥であり、すぐにこの計画を王妃に密告した。よって国王はこれを内官たちに
知らせ、護衛兵に厳重に警戒させたことにより、ついに計画は頓挫した。
閔泳翊は、自分が密告したことが大院君に知られた時のことを恐れて、清国上海に逃亡したと
いう。
袁世凱 「アイヤー! ばれたアルよ!!」
大院君 「閔泳翊が密告したニダ!! 上海に逃げたと聞くニダ! 清政府に捕まえてほしいニダ
!」
袁世凱 「パカ! そんなことすれば表沙汰になるアルよ! だいたい、朝鮮人は秘密を守ると
いうことができないアルか!! 外国公使にまで筒抜けになっているアルよ!!」
(続き)
ってなことで、事を秘することが出来ないという朝鮮人の性質によって、暗殺の件は未遂に終
わったが、清政府はそれでも国王の力を削ぐことをあきらめず、その後、李鴻章は国王に書簡
を発し、王子の純宗に王位を譲るように求めた。
国王 「アイゴー! また清政府が無理難題を言ってきたニダ!」
大臣 「李鴻章の意見は清皇帝の意見と同じですニダ。断ることは出来ませんニダ」
大臣 「我が国は自主の国ニダ! まして内政のことには干渉しないのが清国の建前ニダ!」
大臣 「内政には干渉せずとも、王位継承のことは清皇帝が決めるニダよ。貴殿は何も知らな
いニカ?」
大臣 「どうでしょうか。王様と世子様とで並んで政務を執る、と清政府に申しては?」
大臣 「そんな前例はないニダ。旧例にないことはできないニダよ」
大臣 「いや、かつて世子様が王様の代理をした昔の事例があるニダよ。それと同じようなも
のニダよ」
国王 「それニダ! そのように返事するニダ!」
王妃 「あなた、それよりも清皇帝の皇族に贈り物をするのよ」
国王 「ニカ? 賄賂を贈って抱き込むか?」
王妃 「そうよ! それがいいわ!」
国王 「そうするニダ! 皇族から李鴻章の政策に反対させるニダ!」
こんなところはさすがである。
そして目論見どおり、賄賂を受けた清皇族は李鴻章の政策に反対する意見を清皇帝に上申して
清皇帝を動かし、それで李鴻章は、王権譲位のことのみならず、内政改革も含めた朝鮮への干
渉をあきらめざるを得なかった。
(この時どのような賄賂が贈られたかは不明)
(続き)
国王 「フン! 無駄に永いこと中国の属国をやっているわけではないニダ!」
それにしても、後に国王が語ったこの暗殺未遂事件のことは、大院君と国王夫妻とが絶望的な
関係にあったことを意味する。その頃、井上馨は朝鮮王家の不和を憂慮し、王妃に向かって、
大院君に孝養を尽すように勧告したことがある。しかし王妃は、肉親が次々と暗殺された事を
述べて人間不信の情を露にし、大院君にも命を狙われたことがある、と答えただけであった。
後の明治28年の王妃暗殺は、大院君の数度にわたる暗殺計画が終に実ったということだろう。
さて、清韓間でそんなごたごたがあっている間も、日本政府はもう我れ関せず、ただ傍観する
のみであった。井上角五郎などは議員となった後に、これを歯がゆがり、明治23年12月の帝国
議会衆議院第1回通常会議に於いて、
角五郎議員「日本政府が執られておる政策がどうかというと、初めは朝鮮を助けてこれを独立
させようとし、また局外中立の国にさせようとしたが、明治17年の金玉均らの乱があってから
後は、翻って東洋の事など我れ関せずというような風をしておる。これでよいのであろうか」
と不満の意見を呈した。
もっとも、今日、こんな日清韓露の関係のことを知る人は少ないようだ。何せ次の風刺画1枚
に騙されている人が多いらしい。ビゴーの有名なあの風刺画である。
1887年(明治20年)2月15日に、仏人ビゴーは横浜の仏国居留区で風刺画雑誌トバエ(鳥羽絵)
第1号を発刊し、以後月に2回刊行して、号を重ねた。やがて日本語訳の文も添えられて日本
人にも読まれるようになった。
(続き)
神奈川県知事 「なんだこれは? また妙な絵を描いた雑誌が出てきたなあ。日本国や政府へ
の誹謗中傷ばかりじゃないか」
県職員 「これは検閲条例に引っかかるんじゃないすかねえ」
県知事 「うん。一応、政府には知らせておこう」
日本政府 「ハハハハ。これは面白い」
山縣 「伊藤さんの顔なんか、そっくりじゃあ。何々、伊藤は女好みで、しかもブスばっかり
相手にしてると? ヒーッ!は、腹が!」
伊藤 「いや、みんなの顔もエライ似とるぞ。うまい絵じゃなあ」
大隈 「関心しとる場合か。誹謗だらけたい。しかしこの熊の絵はどうやら俺らしい」
山縣 「アハハハ!」
伊藤 「いやはや、内容は無茶苦茶じゃが、笑える絵ばかりじゃ」
井上 「俺なんか、自転車に乗ったヨーロッパかぶれの阿呆じゃ、と描いちょる」
伊藤 「聞多さんは、少しはそういうところがあると見られてもおかしくはないw」
井上 「俺の深慮深謀を知らんからじゃ」
山縣 「神奈川県知事が、治安に影響があるのでは、と心配して発禁のことを打診してきてい
るが、まあ発禁するまでのことはなかろう」
井上 「しかし、このトバエ第1号の絵なんかけしからんなあ」
おなじみ、日本、露国、中国が、釣竿を垂れて朝鮮という魚を釣ろうとしている絵である。
(続き)
井上 「タイトルは仏語で『釣り会』と書いてあるが、見ようによっては露国が隙あらば魚を
横取りしようとするような、まあ漁夫の利とでも言うような絵じゃな」
伊藤 「題材としては面白いが、実際のことは何も知らん仏人が描いたに過ぎん」
山縣 「まあ、フランス人はそう考えておるんだろう」
大隈 「あれらは案外日本嫌いたい。まあ、我が国の進歩に嫉妬してるんだろうよ」
井上 「日本は朝鮮に釣竿など垂れてはいないわい。成り行きを傍観しとるだけじゃ。ただの
見物人じゃあ」
山縣 「ま、実際を言えば、袁世凱という中国人が、朝鮮という魚の口に大院君を咥えさせて
小突き回しながら、『主人は俺だぞ。ロシアに釣られるな』と言い聞かせている姿がより正確
な絵ということになるのw」
井上 「そうそう。それに、朝鮮という魚の頭には『巨文島英国海軍基地』というでっかい瘤
があるしな」
山縣 「そこからニュッと大砲が出てロシアを狙うとる」
伊藤 「それじゃ化け物じゃわいw」
井上 「ま、このビゴーとかいう仏人の母国が、もう一匹の魚、ベトナムを盗んでいったこと
は描いてないのか」
伊藤 「そりゃまあ、西洋文明の母国の行いは正しいと思うとるのが西洋人じゃから」
この後、ビゴーの絵は益々過激になり、笑っていた山縣も遂に怒り出し、当時外務大臣の大隈
重信に発禁を進言した。しかしあまり自分のことを悪くは描かれていないからか、大隈は、「
ビゴーは外国人のことであるからどうしようもない。雑誌は荒唐無稽のことを載せて見る者に
笑いを提供するだけであって、別に施政上に差し支えもないだろう」と返事して、結局は発禁
処分とせずに放任している。
とりあえず支援です。
(続き)
しかしまあ今日では、学校授業の教材に必ずと言っていいほど、この釣りの絵が使われいて、
トンデモ近代史に寄与しているわけで。w
見当違いの絵を描いたビゴーが悪いのか。発禁処分としなかった当時の政府が悪いのか。はた
また、それを今に教材に使用する教師が悪いのか。w
ビゴー作品の文章から。
『英の叔父さん
「坊や、叔父ちゃんが抱っこするよ。面白いおもちゃを、たあんとあげるよ。
をや、坊ハ叔父ちゃんをもう忘れたねー。」
小児
「いやいや、いやいや、あかんべえー。」
小児の日本
独の老爺
「向うの叔父さんは、こわいから、行てはいけません。おもちゃがほしければ、此の爺がいく
らでも買てあげます。」
最早、汝は私を忘れたか、坊ちゃん。私に抱かれなさい。
いやだいやだ。』
当時の日本が、軍事、法律、医学、建築などをドイツから全面的に導入するようになったこと
を皮肉った、ドイツ嫌いのフランス人らしい作品。
山縣 「何か、殺意を覚えるんじゃがw」
大隈 「ハハハ、逆に見当違い過ぎて笑えるたいw」
(つづく)
お疲れ様です。
今年も楽しみにしています。
待ってました。今年もすごく期待しています。
ちょっとだけ質問です。
> 井上 「俺なんか、自転車に乗ったヨーロッパかぶれの阿呆じゃ、と描いちょる」
どこの方言ですか?
271 :
マンセー名無しさん:2009/01/11(日) 14:11:11 ID:Vt4gkIt7
李朝について触れる事はタブーです。
触れたら最後、「右翼」「軍国主義者」とレッテル貼りされます。
進歩的と呼ばれる自称良心的日本人の皆様は
天地が裂けても李朝の実態には触れません。
272 :
マンセー名無しさん:2009/01/11(日) 14:50:03 ID:QQioIlVL
患者さん入りーます
241 名前:壬午事変[sage] 投稿日:2009/01/20(火) 13:52:19 ID:FqIcGGZb
守旧派 vs 開化派
┌────────────┐ ┌─────────────────┐
│対外的には強硬に出るニダ!.| | いいや、近代化するニダヨ。日本から |
│両班特権も奪うニダ! | | 軍事顧問招いて、軍を近代化するニダ!. |
└─────v───-───┘ └──v-──────────────┘
大院君 ___o__ |閔妃 。 高宗
[ ||] \..| / (⌒i⌒ヽ ┌┴┐..┌─────────┐
<丶`Д´> ・・・.☆.・・・ <`Д´ >ll <;`Д´> | 閔妃怖いんで、 . |
∪ .T ,J . / | \ し= ∪ ι つ< 火の粉の掛からない .|
| | | | | | | | | | 所に居るニダ。 |
(___)_) (_(____) (___)) .└─────────┘
.((⌒)) ((⌒)) ((⌒))
l|l l|l l|l l|l l|l l|l
∧∧ ∧∧ .∧∧ ∧∧ ∧∧ ∧∧ __[日 ]
< `Д´< `Д´< `Д´)") <`∀´ <`∀´ <`∀´ > (゚A゚ ;) .日本でも近代化は
∪ / ∪ / ∪ / ι ιヽι ιヽι ιヽ ι Yι) 揉めたけど、
| | | | | | .| | | | | | | | | | | | | | | もう内輪もめしてる
(____)) (____)) (____)) ((____)((____) ((____) ((____) 暇なんか無いのに・・・
<旧軍> <別技軍(新規軍)>
給料13ヶ月も遅配ニダ! ウリ達、両班師弟だから.
装備も旧式で戦えないニダ! . 優遇されるの当たり前ニダw
242 名前:壬午事変[sage] 投稿日:2009/01/20(火) 13:52:43 ID:FqIcGGZb
1882年7月23日(明治15) 壬午事変 勃発。
| 閔妃 .. |┌──────────┐
|::::::::::::::::: /⌒i⌒) |│ ウリの逃げ足(だけ)は |
┌──────────┐ |::::::::::::::: |ll<`ー´;> < .天下一品ニダよw |
│もうガマン出来んニダ! .| |::::::::::/ /つ=つ │..清に援軍頼みに. . |
│旧軍使って反乱ニダ! .|. |:::::/三 / // |│ 行くニダw |
└──v-───────┘ |/ (___)_) |└──────────┘
大院君  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
___o__ ∧∧ なんで一般の日本人まで?!
[ ||] < `∀´>,,|____、/Bang! ∧∧
<# `Д´> . (⊃| ̄ ̄,n------' \ (゜Д゜;) ∧∧
∪ T ⊃ .. | | | ̄ ___,,, 三 ⊂ y つ (*T-T)
| | | . (____)) ⊆ ⊂( 。∀。)つ / // /つ つ
(___)_) ___,, [ 日] ̄ 三 (____)) 三 (_)_)
⊆ ⊂< __∀__>つ
∨ ∨開化派
日本人犠牲者は朝鮮軍事顧問の堀本禮造 陸軍工兵少尉以下、多数の一般の日本人死傷者(婦女子含む。)
┌────────────┐ ┌────────────────┐
│ムキ〜!!なによ貴方達! | | やっぱり宗主国様は頼りになるニダw |
│頼りにならないじゃないの! | .| チョッパリ見限って清様につくニダw .|
└───────────v-┘ └v-───────────────┘
Oo。 .┌───────────┐
[ 日]_.[ 日]_.[ 日]_ [ 日]_ (⌒i⌒ ヽ /⌒i⌒) /清\゚"' | 朝鮮は冊封国だから .|
(,,゚Д゚)(,,゚Д゚)(,,゚Д゚) (,,゚Д゚) <`益´ >llll<* `∀´> (`ハ´ ) < 日本は黙ってるアル。.. |
∪ J ∪ J ∪ J ∪ J ⊂ = ⊂ヽ /⊃=⊃ ⊂|| T |J | 反乱は清が鎮圧したアル。 |
. | | | | | |. | | | | | | ヽヽ ヽ/ / / | | | | 大院君も捕まえたアル。 . |
.(___))(___)).(___)) (___)) ((____)(___)_) ((____) └───────────┘
袁世凱
・・・変わり身はえぇぇ! 。oO ___o__
実際、冊封国なんだから ゚/清\ [ ||]
仕方ない部分があるのに。。。 ( `ハ´),,,,,,,,_____、 ∩< TAT>") むぅ・・・
.____ ,. (⊃| ̄ ̄,n------' ヽ T/
| |∧∧ ∠| .∧∧ | | | ̄ | | |
| <;`A´> []< > 同調した官吏は (____)) (____)_)
| | | ⊂ J 中華伝来の
(ミミミミミ) | | | 凌遅刑ニダw とっとと歩くアル。
| |(__フフ <_)__) アンタの出番ここまでアル。
天津で幽閉アル。
AA作者 乙
これチョン訳したら南鮮小学生でも正しい歴史が判るかも知れんなぁw
>>278 THX これTVでよう遣る3分くらいで分かる歴史って感じやね
簡略だが実に面白いwwwww
280 :
マンセー名無しさん:2009/01/20(火) 18:37:32 ID:OqWXVVaA
>>274 大院君守旧派と閔妃開化派の対立構造の内容も書いてあればねえ。
清政府が、朝鮮属国を米国に認めさせるために、国王に米朝条約を締結させたが、
それを推進した閔族と、それを西洋国との交際を嫌う大院君派。
旧軍と新規軍ということではなく、別技軍は朝鮮五軍営の志願者から100人を厳選
して創設した王宮近衛兵。べつに「旧軍」と対立するものはなかったし、待遇や装備
の違いで不満があったなどという資料も見ない。
>>275 襲撃されたのは日本公使館。
一般の日本人被害はない。いずれも公使館所属。また、日本人死傷者に婦女子もいない。
ウィキペディアも甲申政変での被害者と混同しているようだ。仁川居留区もまだ出来て
なかったし、京城に民間婦女子はいなかった。
清軍派遣は、日本駐在清国公使からの事件情報による。
閔妃閔族が清に援軍を頼んだという資料は見ない。
>>276 壬午事変の処理に関して重要な点は3点。
・ 朝鮮が日本に謝罪し、賠償金を約束したが、直ぐに、その減額と国王の護衛を申し出た。
・ 日本公使館護衛を朝鮮軍ができないことから、以後は日本軍が護衛することとなった。
・ 朝鮮の内政と外交には干渉しないと公言していた清政府が、大院君を拉致するという重大
な主権侵害をした。
以上の済物浦条約締結と清政府のダブルスタンダードが、後の甲申政変と日清戦争にまで関係
してくる。
284 :
マンセー名無しさん:2009/01/30(金) 18:22:00 ID:f1UoK2qw
捏造日本
286 :
マンセー名無しさん:2009/01/30(金) 20:54:45 ID:ACuUrrxP
そういえば、今の朝鮮が反米気味なのは、旧宗主国のニッテイを打ち破った、強いと思ってた
アメリカ軍が朝鮮戦争で意外と弱かったから、でFA?
事大主義ってそういうもん?
287 :
マンセー名無しさん:2009/01/30(金) 21:08:18 ID:7DgXKSHO
>>1 語るに値する文化すら無い。語る価値も無い。
288 :
マンセー名無しさん:2009/01/30(金) 22:34:20 ID:f1UoK2qw
「仁川上陸作戦」
が成功しなかったら今の韓国なんて存在しないのに
マッカーサーの銅像を引きずり降ろそうとした南朝鮮のバカども達w
鉄道も道路も日本が去ってから維持運用管理が出来ずに麻痺
アメリカ人エンジニアによって何とか復活し
支えられアメリカンスタイルになった南朝鮮
東側だった北朝鮮が反米なのは仕方ないが
南朝鮮が反米に傾くのは理解に苦しむね
まあ恩を感じないバカな土人だから仕方ないかw
289 :
マンセー名無しさん:2009/01/31(土) 00:46:46 ID:k1CPtNU4
>>286 >>288 そもそも、
1950年と言えば、
それからホンのわずか5年前までは、
1939年以来丸6年間も続いた世界戦争である第二次世界大戦が終わったばかり。
アジアでは、なんと
1937年以来続いた日華事変から大東亜戦争が終わったばかり。
世界中の人々が、長い間続いた世界的規模の戦争が終わってホッと一息ついて、
いかにして戦後の社会基盤や経済を立て直そうか・・・?
と考え、その復興に取り組み始め、まだその成果が現れていない段階。
にもかかわらず!
またしてもアジアの一角で、
大規模な戦争をおっ始めた朝鮮民族って一体何だ!?
まさに当時の世界の「空気」が読めていない証拠。
北朝鮮は武力で南侵・武力統一を図ったが、
ソ連は第二次世界大戦での損傷と復興をたてに参戦を拒否。
武器供与のみを承諾した。
その替わり、兵力の提供を中国に要請したが、中国は中国で
わずか1年前に共産党政権の建国を樹立したばかり、
さらに1930年代の長征から抗日戦争、国共内戦で疲弊し、
その復興に取り組んでいる真っ最中だったのに。
80万近い義勇軍を提供する羽目に陥った。
アメリカ・イギリスもヒトラーのナチス・ドイツを打倒して一息つき、
新たに発生したソ連との冷戦状態に対処しつつ、西側社会の復興に
取り組んでいる最中だった。
戦争なんかしている余裕など無かったわけよ。世界のどこの国も。
そんなさなかに
同じ民族同士であれほど激しい戦争を始めた
朝鮮民族って一体なんだ?全世界の迷惑者だ。
290 :
マンセー名無しさん:2009/01/31(土) 00:52:56 ID:2g/zhoSq
当時の朝鮮の外交官 李成玉の言葉
現在の朝鮮民族の力量をもってすれば、とても独立国家としての体面をもつことはできない。
亡国は必至である。
亡国を救う道は併合しかない。
そして併合相手は日本しかない。
欧米人は朝鮮人を犬か豚のように思っているが、日本は違う。
日本は日本流の道徳を振り回して小言を言うのは気に入らないが、これは朝鮮人を同類視しているからである。
そして、日本人は朝鮮人を導き、世界人類の文明に参加させてくれる唯一の適任者である。
それ以外に我が朝鮮民族が豚の境涯から脱して、人間としての幸福が受けられる道はない。
日韓併合が問題になるのは、変な話だ。
我輩の併合観は欧米人の朝鮮人観を基に考察したのだ。
(朝鮮全権大使 李成玉 『李完用侯の心事と日韓和合』)
291 :
マンセー名無しさん:2009/01/31(土) 00:54:35 ID:2g/zhoSq
>>285 朝鮮人って日本人と違って何がどう捏造なのか説明しないから全然説得力無いよねw
>>291 当たり前ですよ。
説明どころか、理由も無く反日を叫べば韓国国内でまかり通るんだから。
どんな理由でどんな証拠があってなんてそんなの捏造すればいいんだよw
それが韓国の常識さ!
嘘吐きジャップ
世話になればなるほど、妬み、嫉み、逆恨みするのが朝鮮クォリティー。
それは、相手が自分よりも優れている証拠だから。
糞野郎ジャップ
296 :
マンセー名無しさん:2009/02/01(日) 12:58:26 ID:onAYUQcH
aa
298 :
マンセー名無しさん:2009/02/01(日) 19:59:22 ID:zjkJ9Qkh
299 :
◆Jsa430JKeM :2009/02/01(日) 20:15:07 ID:N7TQi2Ty
支那 朝鮮はけがいの地 畜生の国
土人の地。
日韓併合は近代化のためのボランティア。
欲を言えば秀吉時代に属国化すべきだった。
日本の鎖国政策的にも、朝鮮の民度的にも。
>>300 むしろ、信長が生き延びて、朝鮮成敗すべきだった。
併合前の日朝
さて、この頃から日清戦争頃まで、朝鮮について記述した日本外交文書の量は少なくなってい
る。朝鮮に積極的に関与する政策を放棄した結果であろうが、目立ったものはすでに書いた防
穀令事件のことぐらいである。もっとも、近藤代理公使からは時々おもしろい報告はあってい
る。それによれば、
明治23年、朝鮮朝廷では先々王の妃である大王大妃が83才の高齢となったことを記念して、そ
れぞれに尊号を奉ることにした。これにより、大王大妃は「熈祥」、大王妃は「粹顯」、国王
は「堯峻舜徽禹謨湯敬」、閔妃は「正化」との号がついた。
また、毎年、大王大妃のその神の位を祝い、国王が百官を率いて祭儀を行うのが通例であった。
国王 「大王大妃さまには『熈祥(めでたいめでたいの意)』という号がついたニダ。今年は
盛大に祭儀を執り行うニダ」
で、当日。あいにくの雨模様。
国王 「雨の中を忠義の臣下がそろって並ぶのは絵になるニダ。すぐに執り行うニダ」
内官 「国王さまー・・・・・それがそのう・・・ニダ」
国王 「何ニカ? もう準備はできたニカ?」
内官 「それが、集まりが悪いようですニダ」
国王 「何ニカ? 大臣以下総勢486人、多少は欠けてもやるニダ」
内官 「それが6人ほど・・・」
国王 「6人が欠けたニカ? かまわんニダ。行うニダ」
内官 「・・・・じ、じつは集まったの が・・・6人ですニダ」
国王 「はあ???・・・あ、集まったのが!・・・・qあwせdrftgyふじこlp 失神(AA略)
」
王妃 「あなた!あなた! しっかりされるニダ!」
国王 「ううう、集まったのがわずか6人・・・・ゆ、ゆるさん! ファッビョーン!! 参
加しなかった者は全員王宮出入り禁止ニダーっ!!」
(続き)
数日前から清国の使節が来ており、それを前日に見送ったばかりで、連日の盛大な接待の疲労
から参加できなかったという。
大臣たち「呑みすぎたニダ」「頭いたいニダ」「喰いすぎて動けないニダ」
まあ、朝鮮人が怠慢であることは、外国人にもよく知られたことであったが、国王の怒りによ
って朝鮮政府内は完全な無人状態になるという椿事となった。
国王 「ううう!! 政務ができんニダ!!ジタバタ(AA略)」
近藤代理公使 「・・・・呆韓(AA略)」
明治24年2月、日本政府は、近藤代理公使に代わってようやく正式の公使を派遣した。前サン
フランシスコ日本国総領事であった陸軍歩兵少佐河北俊弼である。清国政府が朝鮮政府にモル
レンドルフを解任させ、代わりに米国人デンニーを顧問とさせたことに対するものであったよ
うである。
ところが、河北公使は赴任翌月の3月、大病を患い、ついに病没した。病名ははっきりしない
が、筆者としてはいろいろ空想したくなる。
公使館職員「赤痢かもしれん。やっぱ、あれのせいだろか?」
職員 「かもなあ・・・・止めたのに」
職員 「だから、朝鮮の食べ物は危険だって」
職員 「それが好奇心つよい人だったろ? 庶民の食べているものを食べてみたいと言って、
食堂に行ったらしいじゃないか」
職員 「危険すぐる!・・・」
ってなことだったかも。
(続き)
朝鮮政府は、この外国公使の葬儀に最大の敬意を払った。各国公使領事はもとより各職員、日
本公使書記官、日本海軍、警察、日本人居留民代表など200人に、朝鮮政府からは、国王特使
、外務督弁(外務大臣)、協弁(副大臣)、朝鮮兵300人が加わり、総勢500名を越える葬列と
なった。車に乗った棺は、朝鮮軍の礼砲13発が鳴り響く中、帰国のために仁川港に向かった。
さて、この頃には、朝鮮政府は日本に駐在官を置くようになっていた。
金嘉鎮公使「王様にご報告申し上げますニダ。日本には銅貨、銀貨、金貨、紙幣といろいろに
貨幣があって、買い物するにも、貯蓄するにも、実に便利なことですニダ。わが国も経済発展
のために、新貨幣を発行するべきですニダ」
大臣 「けど、ウリの国は物々交換が主ニダ。今の銅銭だげで充分ニダよ」
国王 「いやいや、ウリの国も時勢が開けねばならんニダ。金貨、銀貨などを作るニダよ」
てなことで、明治初期以来、日本政府が勧告してきた貨幣制度の整備に、朝鮮政府もやっと着
手することに。
金嘉鎮公使 「ついては、ぜひ日本政府にこの事業を協力してもらいたいニダ」
榎本武揚外務大臣 「よしっ! 協力しよう! よい人物がいるから紹介する。この人を使う
とよい」
紹介されたのは、大三輪長兵衛。福岡筥崎宮の宮司の長男でありながら、経済人となった人で
ある。日本国立銀行の創立や手形交換所開設、農務省設置などに貢献し、自費で私立大阪女学
校も創立するなどした、極めて有能な人物であった。
当時は、大阪府会議長を勤めていたが、朝鮮国の開化のためならと喜んで朝鮮政府の招聘を受
けた。
∧,,∧
( `・ω・) フムフム・・・
/ ∽ |
しー-J
(続き)
明治24年10月6日、朝鮮銀貨鋳造交換局を設立。大三輪は朝鮮政府官職として所長に就任し、
これが日本人が外国官職を受けた最初となった。
榎本外務大臣「ついては、朝鮮政府が事業資金17万円を正金銀行から借りてたんだが、その利
子の積み立てが2万700円あまりになるんだが・・・」
松方正義総理大臣「贈与したいということでしょ? 閣議に諮りましょう」
というわけで、明治25年4月、日本政府は、その金利分をそっくり朝鮮政府に贈与した。
国王 「アイゴー。日本政府はウリの国をお見捨てではないニダ。感謝せずにはいられないニダ
ー!」
仁川に造幣局を新築し、いよいよ多額の新貨幣を鋳造する段階となった。ところが、大三輪と
金地金輸出業者(日本人)との間で、地金と製造機械の引渡しをめぐってトラブルが発生。
国王 「アイゴー。王妃がまた何ごとか大三輪氏に言ったニカ?」
大臣 「王様、清国政府から意見が来てますが」
国王 「今度は何ニカ? また干渉か?」
清国政府「 新貨幣に『大朝鮮』と『大』の字があるが属国のくせに生意気アルよ」
国王 「アイゴー。日本の貨幣に『大日本』とあるから、ウリも大朝鮮にしただけニダ」
清国政府 「また、年号に『開国五百一年』とあるが、属国のくせに我が国の年号『光緒』を
使わないのは慣例に反するアルよ」
国王 「アイゴー。そもそも前に英国と条約をむすんだ時に、清国政府が、大朝鮮と開国年号
を使えと言ったニダ。だからそうしたまでニダ」
清国政府 「外交のことと朝鮮内政のことは違うアルよ。中国の属国であることを知れ!」
てな揉めごとですったもんだし、2年たっても解決しない。
国王 「アイゴー。こんなめんどいことになるなら、もう貨幣事業するのやめるニダ!」
307 :
マンセー名無しさん:2009/02/03(火) 08:49:17 ID:qOW/SIhh
(続き)
伊藤博文総理大臣 「あらら、やめちゃったよ。はあ、また骨折り損のくたびれもうけか」
陸奥宗光外務大臣 「ふん。朝鮮のごとき。いつものことでしょ」
井上馨内務大臣 「清政府は朝鮮の内政と外交には干渉しないと公言してるんだが」
山県有朋司法大臣 「多少の干渉をして指導したがよい、と言ったのは井上さんっちゃ」
井上 「俺のアイデアをそっくり頂いて悪用してやがる」
伊藤 「とにかく朝鮮のことはもういい。日本が清とトラブルになることこそ避けるべきじゃ
」
しかし国内世論は、朝鮮のその内情に同情する声が少なくなかった。そしてやがて大きな声
となっていく。
(つづく)
>>305 支援サンクス
308 :
マンセー名無しさん:2009/02/04(水) 02:51:25 ID:uTHeA6A1
彼らは此の小便を一の薬品同様に心得て居るとで、衣類の汚点や
種々の器物の汚れを去るに特効ありと足袋なぞを洗濯する前には
必ず小便につける習慣である。なほ小便で洗えば顔面などの荒れを
癒すとて婦人連はしきりに化粧用に使って居る亦十歳以下の小児の
小便は童便と云って或る病気に特効あるものと信じられて之を服用する
習慣もある我々の眼から見れば奇怪と云う外はないが彼國では決して
奇怪ではない否むしろ通例の事で恐れ多い事ではあるが彼國の皇室に
於かせられてもこれを御飲用遊ばさるるに漏れ承っているいわんや其の
下々の豚犬同様臣民に於てやだ此の他の事は余も語るの勇気がない。
以上で豚犬に均しき世界一の不潔國たる事賽が証明されたのであろうと信ずる。
「裏面の韓国」39頁〜40頁より。
「Ceterum censeo tale respublicam inimicatam Janoniae quale Coream esse delendam.」
併合前の日朝(続き)・・・■コラム 日本近代史における朝鮮外交の通説の嘘、間違い■
ここで、今までのまとめとして、味暦から筆者なりに見えてきたところを。
・ 日本には朝鮮征服の野心があった、というのは嘘。
民間個人の意見はいろいろあったが、日本政府の方針は、朝鮮を独立国・富強国・中立国にす
る、というのが一貫した方針。
・ 明治日本がペリーをまねて朝鮮に砲艦外交した、というのは嘘。
全く交際のない米国と違い、明治になっても日朝間は交際3百年の間柄というのが両国政府の
認識。難破船の救助、薪水の補給も普通に行われていた。また、日本政府の方針は一貫して話
し合いによる平和外交。
・ 書契問題で、日本の国書に「皇」などの文字を使っていたから朝鮮は拒否した、というのは嘘。
すでに江戸時代の国書にそれらの文字は使われていた。西洋文明化する日本を拒否したい大院
君政権の言い訳に過ぎない。
・ 拒否する朝鮮に日本がむりやり国交を迫った、というのは間違い。
大院君失脚後、朝鮮国王は、日本と接触していた担当官らが虚言を弄する応対をしていたこと
により日本の信義を失わせていたことを知って激怒。即座に担当官らを処刑し、家族まで刑し
ている。朝鮮国王は日本との交際を望んでいた。
・ 江華島事件は日本の計画的挑発により起きた、というのは嘘。
偶発事件であり、朝鮮側が西洋国の船と誤認したことによる。日本の船と分かっていたら決し
て無礼はしなかった、と朝鮮政府は述べている。
(続き)
・ 日朝修好条規(日朝条約・江華島条約)は不平等条約だった、というのは間違い。
法律や慣習など、両国の国内事情に合わせた条約であり、条文にあるように対等条約である。
「不平等」という言葉自体がナンセンス。
・ 日本が朝鮮を開国させた、というのは嘘。
朝鮮は日本との旧交を修めただけで、その後も鎖国政策を続けている。7年後に清国が朝鮮を
開国させた。
・ 明治15年の壬午事件は、給与米がお粗末だったことによる軍乱、というのは嘘。
兵士の不満を利用した大院君主導によるクーデターであった。民も迎合した。
・ 明治17年の甲申事変に日本が共謀した、というのは嘘。
日本公使と日本護衛兵は、国王の依頼によって国王を護衛しただけ。何の罪もない日本人民間
人が清兵から大勢虐殺された大事件であったことも、今日ではほとんど知られていない。
・ 天津条約によって、日本は朝鮮派兵の口実を得た、というのは嘘。
すでに明治15年の済物浦条約により、日本は朝鮮での公使館護衛・民間人保護の権利を持つ。
・ 日本が米を搾取したから朝鮮が貧しくなった、というのは嘘。
米は朝鮮では主食ではなく、農民らが現金収入を得る貿易品。輸出量もわずか。そもそも朝鮮
は元から貧しかった。
・ 防穀事件は日本の言いがかり、というのは嘘。
朝鮮の地方官が暴利を貪るために、豊作の年に輸出禁止の防穀令を出して、日本商人に被害を
与えた。
312 :
マンセー名無しさん:2009/02/06(金) 00:34:06 ID:2NyPOON+
(続き)
・ 日本政府が金玉均を冷遇した、というのは嘘。
不法入国者に対する処置としては寛大なもの。日本政府が出国の経費を申し出たのを拒否した
のは金玉均。札幌抑留も本人の健康を考慮してのもの。同行を志願した従者にまで生活費を支
給している。
・ 日清戦争は朝鮮の支配権をめぐる戦いだった、というのは嘘
明治初期からの日清間のさまざまな事件を経ての対立がまねいたもの。朝鮮を独立国、富強国
としたい日本政府の方針は変わっていない。日本世論の大勢は、日本と朝鮮に対する清の横暴
への義憤。
・ 日清戦争を機に日本人は中国人を蔑むようになった、というのは嘘。
すでに江戸時代から、在日中国人の犯罪の多さによってその兆候はあった。明治17年の甲申事
変で、はっきりと蔑むようになり、明治19年の長崎事件が輪をかけた。
ついでに、
・ 東学党の乱を農民戦争と称する、というのは間違い。
東学党員は元儒者や地方の勢力家。それに付和雷同した無職の生活困窮者が多勢。農民の大半
は東学党員から誘拐・脅迫されて乱に参加していた。乱によって農作物や家財を奪われ婦女を
拉致されるなどの被害をこうむったのはまさに農民。
・ 日本軍が東学党の乱(農民戦争)において農民を多数殺害した、というのは嘘。
小部隊による掃討であり、それで乱民はほとんど逃げ散っている。そもそも朝鮮政府の依頼に
よる治安活動であり、日本軍は単独で、また朝鮮兵や農民義勇兵と共同して掃討に当たった。
また、逮捕者を朝鮮政府が処刑することにも日本は反対している。
<<以上>>
(つづく)
訂正
>>312 × 東学党員は元儒者や地方の勢力家。
○ 東学党員は元儒者や地方の勢力家が中心。
314 :
すも:2009/02/06(金) 04:20:42 ID:XigCrkEW
そろそろ金玉均暗殺?
金玉均って面白いな。
316 :
マンセー名無しさん:2009/02/18(水) 00:56:56 ID:4cuqWCkB
金太まだ〜?
日本人の誤った歴史認識や歴史観は世界中の人々には滑稽に見える
318 :
マンセー名無しさん:2009/02/18(水) 19:05:45 ID:UMZnfwb/
>>317 全く、その通りだ。
世界中の国々の教科書が、全部、大韓民国の歴史を間違ってる。
日本も、その中のひとつだ。
で、大韓民国人にとっての正しい歴史は、大韓民国内でしか通用していない。
非常に嘆かわしいことだなw
併合前の日朝(続き)
>>314 ええ、そろそろかと。
で、どうやら上の「コラム 日本近代史における朝鮮外交の通説の嘘、間違い」に、ご異論も
反論もないようなので、先に進みます。
さて、清の朝鮮への干渉シリーズで書き忘れていた事がありました。以下のように外交への干
渉です。
明治20年の頃、朝鮮政府は西洋国との関係を重んじて、まず米国に駐在官を置くことにした。
清政府 「朝鮮は米国に駐在官を置くそうアルが、この財政難の中にどうしてするアルか? 途中
で旅費でも尽きたら笑いものになるアルよ。とにかく、あちらに行ったらまず清公使館に出向し
て、清公使と共に米国政府に向かうアルよ」
朝鮮政府 「・・・・・」
清政府 「で、米国での宴会の席では、我が公使の下に座るアルよ」
朝鮮政府 「・・・・・」
朝鮮政府 「それに外交のことはまず清公使と相談して進めるアルよ」
朝鮮政府 「・・・・・」
米医者アレン「オーノー、朝鮮公使はそんなことをしてはいけませーん。独立国の全権公使と
して、単独でアメリカ政府に向かうべきでーす」
国王 「ニカ? しかし宗主国の言うことには逆らえないニダ」
アレン 「国王様。アメリカ人は何より独立の心を尊びまーす。チャイナの公使の手下のよう
な行動をするなら侮辱を受けるでしょー」
国王 「・・・・わかったニダ。こんど米国に駐在することになる朴定陽にドクターからも言
い聞かせてほしいニダ」
(続き)
てなことで、米国公使館医師のアレンは、かつて明治17年朝鮮事変に郵政局で襲撃を受けた閔
泳翊を治療したことから、閔一族の信頼を受け、国王や王妃の診察をするまでになっていた。
で、アレンから説得された朴定陽は、米国に着くと清国公使をガン無視して単独でアメリカ外
務省に。
朴定陽 「ウリは大朝鮮国の全権公使ニダ。ホルホルホル」
しかし、すぐに清政府の知るところとなる。
李鴻章 「アイヤー!! けしからんアル!! このままでは捨ておかないアルよ!!」
李鴻章は激怒して袁世凱から朝鮮政府に詰問させた。
国王 「ガクガクブルブル、だから言わんこっちゃないニダ。清皇帝もお怒りニダ。早く朴定陽
を病気と称して戻すニダ。そしてすぐに罷免して宗主国様の怒りをとくニダ!」
日本政府 「なんちゅう根性なしじゃ(呆) ま、どうでもよい。清韓間のもめごとには関わ
らんぞ。日本人居留民が何らかの事件に巻き込まれないように注意せよ」
清の朝鮮への干渉は、王権・内政・外交と、全面的な干渉であった。
日本としても、清を憎み、朝鮮に同情的な人々などは、このまま黙ってはおれないわけで。ま
た、これを傍観するだけの日本政府に対しても、たとえば先の井上角五郎議員のような批判の
演説となった。
(続き)
もちろん、日本政府は完全に朝鮮への関心をなくしたということではなく、国防上の観点から
も、居留民の安全ということからも、朝鮮国の動向には注目さぜるを得ないわけで。で、有名
なあの山縣演説となる。
衆議院第1回通常会議、明治23年12月6日。
山縣総理大臣 「・・・諸君。幕府が鎖国をして以来、3百年の太平を保ったことは相違ない
が、同時に、その結果、世界の3百年間の進化に遅れたという負債も生じたことは、はなはだ
遺憾なことである。今や我が国は、この数百年の負債を取り戻すべく、先には、不磨の大典で
ある憲法を制定し、上は天皇陛下の聖慮から、下は先進諸氏の翼賛を受けて、その目標も定め
て努力の真っ最中である。24年度の予算を提出して述べたいことは、国家の急務とするのは、
行政及び地方制度を整え、農工及び通商の業務を奨励し、国の実力を養成することが最も必要
のことであると思う。もって、国家の独立を維持し、国政の伸張を図ることが最も緊要のこと
である。」
実際は「です、ます」調のていねいな演説。
山縣総理大臣 「ついては、国家が独立自営するには2点が大切である。第一に主権線を守護
すること。次に第二に利益線を保護することである。利益線とは、国家主権の安全に密接に関
係する区域を申したのである。およそ国家でこの二つを保とうとしない国はない。西洋列強国
の間にあって国の独立を維持するには、必ずこの両方が護られなければならない。国力を養い、
巨大の金額を陸海軍の経費にあてるのも、この止むを得ない必要からである・・・・」
∧,,∧
( `・ω・) フムフム・・・
/ ∽ |
しー-J
(続き)
その利益線には朝鮮が入る、と具体的には言っていない。もちろん、朝鮮は入るだろう。また
上海なども日本人商人が居住する所であるから、ここも入ろう。あるいはまた台湾も。
しかしなにより、かつての元寇は、元が朝鮮に屯田兵の前進基地を設け、やがて元・南宋・
高麗の連合軍となって対馬、壱岐、今津、博多と侵略したのであるから。朝鮮の保全に意を用
いざるを得ないのは当然であった。
もっとも、山縣は、翌年5月の議会で、
山縣総理大臣 「世界を見れば、列強国の間にあって国権を伸ばすには富国強兵以外にないの
である。もし列強国と対立することがあって、和平も保ち国権も曲げることのないようにする
と言えば、それは国権を保護するだけの実力がなくてはならないことである。まして、列国が
競って武備を張って東洋諸国に眼を注いでいる今、我が国としては武備を拡張するのに緩慢で
あるわけにいかない。また、列強国と対等に交際し仲間入りするには、権利を保たねばならぬ。
権利を保つには義務を果たさねばならぬ。その義務とは、国の百般に制度を整え、運用するこ
とであり、また、列強国の尊敬を受け、威信を保つこともできる必要の義務である。であるか
らこそ、国の実力を養成することを急ぐのである」
と言っており、このころの軍備の増強というものは、対清戦争を目的としたものではなく、列
強国との条約改正の条件を整え、国権を護り、利益線の保護も可能な、独立国に相応しい、真
の富強国となることを目的としたものであった。
さて、明治25年頃、閔一族が掌握する朝鮮政府としては懸念する事がいくつかあった。
1は、王権移譲と廃妃に固執する大院君の影響力。
2は、金玉均など、かつての反乱者が日本に健在していること。
3は、地方で民乱が度々起きていること。
4は、清政府の干渉と露国の申し出である。
(続き)
閔一族は大院君とは犬猿の仲であり、大院君の狙いはもちろん政権奪取である。よって、閔一
族としては、その影響力を削がざるを得ない。
で、この頃になって、かつて明治15年の朝鮮事変(大院君の乱)の時の残党狩りを行った。捕
まったのは首謀者クラスの元兵士8名と関係者数名。乱のときに王宮に入って王妃に無礼をは
たらいた、ということで、さらし首となった。
次いで、大院君の邸宅で爆弾テロ事件が発生。
邸宅の客間と寝台(いずれも大院君が居住し使う所)の床下2ヶ所に爆弾をしかけたもので、
1つが爆発。しかし爆発力の威力が大きくなかったために床上を壊すに至らず、また寝台床下
のものは導火線の途中で火が消えて爆発しなかった。
国王実父の暗殺未遂という大事件であるが、不思議なことに、政府は犯人の捜索をすることも
なく、また王宮から大院君に慰問使の一人も派遣もされず、実につれないものであった。
まあ、大院君らによる国王夫妻暗殺計画が発覚した後だったから、無理もない。
日本公使館職員 「大変な事件だが、日本政府は大院君殿の無事を祝賀する旨、言上したいと
言っている」
朝鮮人官吏 「それにはおよばんニダよ。政府は事は何もなかったとしたいらしいニダ」
公使館職員 「はあ? ・・・つまりは秘密にしたいと」
官吏 「大院君様が乱を作るための自作自演という説もあるニダ」
官吏 「閔一族の誰かが仕掛けたといううわさもあるニダよ」
官吏 「いやいや、天災ニダよ」
官吏 「なに、鬼神のしわざに違いないニダ」
公使館職員 「・・・・わけわからん」
(続き)
この時期、大院君の自演説は考えにくい。やはり閔一族によるものであったろう。
さて、日本にいる金玉均や朴泳孝が依然として朝鮮政府の転覆をもくろんでいると閔政権は見
ていた。で、これをどうやって殺害するか。このことは李鴻章に協力を求めて、清韓合同の作
戦とすることにした。もっとも、金玉均については、朝鮮に連れ戻してどうでも凌遅処死刑に
したかった。
地方の民乱については、いつものように政府から高官を派遣し、虐政を敷いている地方官を首
にして、民を慰撫する言葉を述べれば、たいていは治まった。しかし東学党という、宗教がか
った者が率いる乱はやっかいであった。すでにキリスト教を公認した政府に対し、東学党も公
認せよ、との要求を掲げていたからである。しかし政府としては、東学党員になって呪文を唱
えれば不死身となる、などという教えを説くものを公認するわけにもいかなかった。やがて東
学党は、生活困窮者の不満を利用して大乱を導いていくようになる。
清の干渉策に対しては、露国公使もたびたび朝鮮政府に、
露国公使 「もし何らかの事変が起こったときは、我が国から兵を出して保護するので、貴国
は決して心配するに及ばないでーす」
と述べた。
ようやく露国に接近すれば他の国も干渉してくる恐れのあることを知った朝鮮政府は、
朝鮮国王 「んなことするならかえって大乱となるニダ。迷惑な申し出ニダ!」
大臣 「日本政府にけん制してもらうニダ。清の干渉に対しても口出しさせるニダ」
大臣 「日本人は朝鮮に同情する声が多いニダ。けど日本政府は我れ関せずという態度ニダ」
大臣 「そこをうまく誘うのが外交というものニダよ」
│д’> ソー
(続き)
で、閔一族のドン、閔泳駿が日本公使と対談し、困りきった表情で朝鮮の実情を述べ、
閔 「ウリたちはどのような方針で、どのような方法を立てたらいいニカ。まったく五里霧中を
さすらっているニダよ」
また日本派を自称する安駧壽も
安 「近頃はソウルも不穏なふんいきニダ。子供までが何か事変が起きそうだ、と言っているニダ。
もし事変でも起きれば大変なことになるニダよ」
と。
で、これらに対し、日本公使梶山鼎介は、
「わかった。日本政府に報告しておこう」
と言うのみ。
この梶山公使。当時としては日本政府のうまい人選と言える。この人は歴代公使の中で、一番、
朝鮮の実情にうとく、そもそもあまり関心がないような感じw。だから人柄はよいのだが、朝鮮政
府の誘いにも乗らず、まして肩入れするようなこともなかった。
(つづく)
う〜ん。なかなか金玉均のことまでいかないw
>>323、327
いつも、ご支援感謝。
>>328 乙 いつもながらに思うね
誰かアータのこの原稿で漫画化してくれねえかなと
パープリンよしのりの戦争論以上のインパクトを与えると思うね
330 :
マンセー名無しさん:2009/02/20(金) 22:44:24 ID:ME32pQao
age
331 :
マンセー名無しさん:2009/03/01(日) 00:38:47 ID:pUFT+7eY
結局日韓併合は植民地支配だったのか?
強制連行された。
日本語の強制がされ、日本人に同化させられた。
神社の参拝、創氏改名が強制された。
朝鮮の米や文化を略奪した。差別がひどかったと主張されるが。
当時の老人の話では、「神社の参拝は強制ではなく、キリスト教徒の人は行かなくても良かった。
創氏改名は強制ではなく、苗字のみ変える事も出来た。
日本人と朝鮮人の喧嘩や暴動も見た事も聞いた事も無いし、差別も殆ど無かった。
治安もすごく良かった…」らしいが…。
当時の映像を見ても、日本人と朝鮮人も仲良くやっている気がするし
お互いの文化を大切にしているのが分かるし、韓国の人が言うほど、過酷な時代だったとは思えないんだけど
はっきりしてほしいな
まあ常識で考えて植民地支配なら
それまで教育の場すら満足に無かった朝鮮で
いくつも学校を建て女学校まで造ったり
ハングルの教科書を作ったりはしないよね?
植民地の住人から軍属になったり中将になったり
政治家になったりするチャンスを与えるなんて
考えられないよね?
34年11ヶ月と25日の日帝支配は
朝鮮民族にとって最高に幸せだったという事でしょう
だって日本人が去ってからは
1950年 朝鮮戦争 4000000人死亡
1950年 保導連盟事件 300000人死亡
1951年 国民防衛軍事件 100000人死亡
1948年 済州島「4.3事件」 30000人死亡
1951年 居昌事件 8500人死亡
1980年 光州事件 2000人死亡
ですからねw
334 :
マンセー名無しさん:2009/03/01(日) 01:06:38 ID:pUFT+7eY
>>332 そうですよね。
植民地支配は、国民が無知な方が都合が良いはずですから
現にイギリスはインドを植民地にして、出来る限り愚民化させてるわけだし
朝鮮の老人でさえ、当時の日本人は親切で差別も無かったと証言してる。
銀行に勤務してた人も、日本人と朝鮮人も普通に一緒に働いてたみたいだから
もし朝鮮人が差別されていたなら、チマチョゴリも着れないと思うんですけどね
普通に勤務できたり、普通に町なんて危なくて歩けないはずなんですけどね。
朝鮮の老人の証言だと、日本人が朝鮮人をいじめたとは聞いた事も見た事もないと言っている。
土地を奪ったり、財産を奪ったり生活を脅かすような事は全く無かったとのこと
そんで、日本人の証言者は『朝鮮の若い娘を連れたくなんて有り得ない。そんな事をしたら村の人にめちゃくちゃにされる』
『人口のわずか1%の日本人が、そんな事が出来るわけが無い』と言っている。
映像で見ても、平穏な雰囲気そのものだし
当時の人が、わざわざ嘘までついて証言しているとは考え難い。
少なくとも「植民地支配は嘘」といった可能性の方が高いようです
335 :
マンセー名無しさん:2009/03/01(日) 01:17:42 ID:pcRu1Yzq
日韓併合前の朝鮮は、チマチョゴリは白しか着ている人が
居なかったとか、ここで書いてる人のレスを読みましたが
素朴な疑問で彼等は服を染色する技術を持っていなかった
のでせうか?
>>336 アリガトござんす。
そんじゃ韓国の時代劇なんかも、かなりいい加減ですねぇ。
コンロが出てくるチャングムの話がすべてを物語ってます。
韓国の時代劇はいい加減ではありません、あれはこうで有ったら良いなという願望の表れです。
願望が強すぎて、当時存在しなかったものもたくさん出てきますが。w
瓦屋根の町や風景とか、整備された広い道路とか、民衆に優しい両班とかね。
>>340 せんせー、それを時代劇と呼んで良いんですかー?
>>341 やっぱり呼べませんよね、なんと言えばいいのかな?、空想劇?。w
>>342 平行世界の時代劇、くらいしか思いつきません。ホントになんて呼んだら良いんでしょう?
妄想、とかウリナラマンセー、とか願望てんこ盛りとかは思いつきますが、ちと意地悪杉かと。
345 :
マンセー名無しさん:2009/03/01(日) 01:51:43 ID:GcjibhSu
>>336 じゃあ、植民地時代に日帝が奴隷の象徴だった白い服を禁止して、
平民として扱うようにしたんだね。
その証拠の写真が見つかったという事なんだね。
それまで白丁として生きる事で、読み書きもしなくて良かったし、
学校にも行かなくて良かったし、病院にかかる事もなかったし、
おそらく、食事も満足に食べていなかったんだよね。
家畜同様に、何も考えずに生活していれば良かったのを、
日帝が人並みの生活を与えようとしたんだな。
おそらく、
強制的に作物を作らせ、結果として
強制的に食事をきちんと食べさせ
強制的に病院に行かせ
強制的に学校に通わせ・・・・・
とにかくあらゆる事を強制的にやって
まともな人間らしくしてしまったんだな。
これは、謝罪しないとダメかもね。
346 :
マンセー名無しさん:2009/03/01(日) 02:02:13 ID:Dh3ShJ38
>>336〜
>>338 NHKで放映された「チャングムの誓い」とさっき放映してた「ファンジニ」とかいう
ドラマも、当時の李氏朝鮮では有りえないほどカラフルな衣装。
でもって、当時の李氏朝鮮の宮廷ではこれまた有りえない習慣。
宮廷女官同士が料理の競い合いで料理を作り、それを国王・王妃・皇太后などの
王族が試食して料理の優劣を競うというのも。
脚本家のインタビューによると、
[日本マンガの週間少年マガジンの”翔太の寿司”を読んでいて、面白かったので
チャングムの誓いでそのエピソードを使わせてもらったとか・・・w
347 :
マンセー名無しさん:2009/03/01(日) 03:43:40 ID:Rblj1HlS
これはひどい。 まさに、土人、乞食、奴隷 朝鮮民族が黒人や途上国を差別するのは、ちょっと前まで同じ立場だからだな 恥を知りなよ!在日の子孫。そして、本国に伝えろ
348 :
マンセー名無しさん:2009/03/01(日) 11:13:57 ID:GcjibhSu
てすと
349 :
マンセー名無しさん:2009/03/01(日) 11:25:38 ID:GcjibhSu
>>345 まだあるぞ
就職できた朝鮮人には、
強制的に、8時から5時まで働かせ
強制的に、2時間に1回は15分程度の休憩を取らせ
12時になったら、強制的に食事を摂らせ
5時になったら、強制的に帰宅させ
強制的に、一家団らんの時を過ごさせ
強制的に、月1回は給料を支給し
結果として、それまでとは比較にならない人並みの生活を強制してしまった。
やはり、謝罪しないと許してもらえないかもね。
350 :
マンセー名無しさん:2009/03/01(日) 11:27:00 ID:GcjibhSu
朝鮮人のみなさん、ごめんなさい。
351 :
マンセー名無しさん:2009/03/01(日) 11:41:38 ID:Mh8tHjMk
>>345 >>349 これはひどいな。
それまでは、土人として何も考えず、その日暮らしで良かったのに
休日はどこに出かけようかとか、今度の給料で何を買おうかとか
明日の事だけでなく、将来の事まで考えさせるようになったんだな。
朝鮮人のみなさん、よけいな事まで考えさせるようにしてしまって、
ごめんなさい。
352 :
通りすがり:2009/03/01(日) 12:10:29 ID:yWHQfL/h
まったくニダ!こんないい生活を知ってしまったら元にもどれないニダ!
謝罪と賠償を求めるニダ!!
これが奴らが言う謝罪と賠償の理由か、納得wwwww
>>349 強制的に今までの市場経済を破壊して、新しく貨幣経済の概念を押し付けてしまった事。
ってのもあるかもしれない。
今の朝鮮半島の状況を見ると、半万年恨まれても償いきれない事なのかも。
354 :
マンセー名無しさん:2009/03/02(月) 00:28:39 ID:3Yl5mL/w
もしかしたら、目に見えないような所で韓国人を苦しめた面も有っただろうけど
併合前の李氏朝鮮の時代は、国が破産状態で非常に貧しかった。識字率は10%程度だったし
両班と言われる、特権階級の人のみが贅沢な暮らしをして、後の白丁は読み書きも出来なかった。
病院も当時は殆ど無く、特権階級は非常に横暴で拷問もひどかった。
しかし、併合後は医療の発展により、平均寿命も延びたし死亡率も減った。
教育も発展し、ハングルも普及した。電車もきれいな道路も、立派な建物も建てられた。
少なくとも、この部分だけは評価されても良いような気がする。
日本も、悪い事をした部分いついては反省しないといけないが…
当時の真実を知る事は、日本だけでなく、韓国にとっても有益な事だと思う。
何故なら、日本人と朝鮮人が仲良く暮らしていたと分かれば、それはとても誇れる事だと思うから
「反日」をする理由も無くなるし。逆に、日本が残酷な事をしたと分かれば、日本もきちんと謝罪しないといけないと個人的には思う
>>354 ですから、あの連中に当時の近代的生活を押し付けたことが、日本が犯した最大の悪なんです。
病院を作ったことで、まじない師は仕事を失い、下水道を作ったせいで街も衛生的になり、
学校を作ったことで識字率が向上し、近代法を導入したことで法律を守らなければいけなくなったんです。
彼らにとってこれらは最大の悪なんです。
356 :
マンセー名無しさん:2009/03/02(月) 00:37:58 ID:eTfMtHDv
357 :
マンセー名無しさん:2009/03/02(月) 00:47:32 ID:nRlCJ1cP
>>354 >>355 日帝が勝手に行わなければ
自力でもっとよりよく近代化を果たしたと
韓国の近代史では教えています
当時自力で近代化を成し遂げる力は李朝になく
当時の真実は教えません
何故近代化できないような状態になったかは
全て日帝のせいだと教えています
>357
それは、連中の問題だからとやかく言えないけど、現実に北も南もどういう状況かわかると思いますよ。
連中は過去を直視できません、変なプライドのせいなんですけども。
連中が真の近代化をしたければ、過去を直視し問題点を自ら修正するしかないんですよ。
それを捨てている状態では、現状維持できてもこれ以上の発展は厳しいでしょうね。
日帝のせいで近代化できなかったというのは、過去を直視しようとしないで、自らの責任を放棄したことにほかなりません。
同じように日本の支配下になった台湾はどうでしょうね?。
比較してみるのも、朝鮮人の思考とか少しは理解できますよ。
359 :
マンセー名無しさん:2009/03/02(月) 01:06:18 ID:3Yl5mL/w
>>357 なぜ、韓国はそこまで「反日」なのでしょうか?
反日になるのは仕方ないにしても、極端に反日ですよね?
彼らは何故に日本の近代化を認めないのでしょうか?
360 :
マンセー名無しさん:2009/03/02(月) 01:13:43 ID:3Yl5mL/w
あと付け加えるとしたら、朝鮮民族の根底にある選民意識、恨、日本人蔑視でしょうね。
日本人に近代化されたことが選民意識、日本人蔑視の感情を刺激するんです。
また、併合=支配されるということで、恨の感情が出てきます、それがあるから未だに、
日本の植民地支配は最悪だったとか言うわけです。
優秀民族とかよく言いますけど、連中は真剣にそう思ってます。
ですから、日本に近代化されなくても出来た筈、でも現実は日本より遅れてるので、
植民地支配でめちゃくちゃにされたと考えるのです。
全て、先に述べたような過去を直視できない民族性に問題があるんですけどね。
362 :
マンセー名無しさん:2009/03/02(月) 01:24:24 ID:3Yl5mL/w
>>361 なるほど、過去の歴史を隠したいのですね。
大昔は韓国の方が、進んだ技術を持っていたのにも関わらず
明治維新には驚異的な発展を遂げて、戦後は世界で第二位の経済大国になった日本への妬みのようなものも有るのでしょうね。
韓国は、中国を親、韓国を兄、そして日本を弟のように見ているというのは聞いた事はあります。
しかし、その弟が今や世界的にも有名で評判の良い国となってしまった。それが許せないのでょうね。
>362
李氏朝鮮の時代から、自ら進歩を捨てていますよ。
例えば仏教が入れば、それまでの土俗宗教を破壊し、儒教が入れば仏教を破壊する、これの繰り返しです。
日本の場合、仏教が入ってきても、それまでの土俗宗教を捨ててませんし、今の神道がそれですから。
朝鮮儒教を作りだしてから、特に職人を蔑視し、汗を流して働くことは、賎民の行為と考えるようになってます。
ですから、今でも技術の向上とか、新しいものを作っていくことが苦手です。
今でも海外から主要部品を買わなければ自国では作れません、組立工場とか鵜飼の鵜と言われる所以です。
優秀民族意識があるけど、ノーベル賞も取れない、アカデミー賞にすらノミネートされない。
しかし日本は、ノミネートどころか受賞している、これも日本蔑視の感情が騒ぐようです。
自ら努力し、汗を流し何かを成し遂げようとするかしないかの違いなんでしょうけど、
おかしなプライドのせいで、そういう努力すら怠っている民族です。
364 :
マンセー名無しさん:2009/03/02(月) 01:49:50 ID:3Yl5mL/w
>>363 歴史に大変詳しいのですね、尊敬いたします。
韓国は昔から、努力を軽視している民族って事なのですね?
韓国は、儒教よりもキリスト教が大半を占めているようですが、これは何故でしょうか?
儒教の精神があるのに、整形も多いようですが。
ある意味興味深い隣国ではありますね。
365 :
マンセー名無しさん:2009/03/02(月) 02:02:38 ID:V1Rr1RJH
>>364 確かに俺も興味がある(来ないでほしい)
あいつらころころ変われるところがスゴイ(全部悪いけど)
自ら汗も流さずにしている奴らの見苦しさは・・
日本の製品をパクルところに現れてますね!
>韓国は昔から、努力を軽視している民族って事なのですね?
努力を軽視というか、しても仕方のないような歴史的経緯もあると思うニダ。
常にシナの動向に左右され続けてきたわけで。
加えて、朝鮮儒教では額に汗して働くことなど下賤なことと蔑まれていたし、法などあってないようなもので
両班の気分次第で庶民は搾取されたわけで、努力して蓄えたものもすぐに奪われてしまうので
それなら最初から何もしない方がマシだとなるニダ。そんな事が李氏朝鮮500年間行われたニダよ。
>韓国は、儒教よりもキリスト教が大半を占めているようですが、これは何故でしょうか?
諸説あるけど、↓のスレが参考になるかも。
【仏教でなく】韓国はキリスト教国【儒教でもなく】
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/korea/1231148675/ >儒教の精神があるのに、整形も多いようですが。
みてくれ、体裁が一番大事だからニダ。
儒教は生活の一部、道徳なんかに浸透してますが、キリスト教は新しく入ってきた分、都合よく解釈してキリスト教のようなものになってますよ。
教祖=神って感じで、集金マシン化してる感じですしね。
>>358 >同じように日本の支配下になった台湾はどうでしょうね?。
台湾に関しては韓国よりも近代化に関する日帝の影響を認めているのは事実だと思います。
理由は色々言われていますが、
韓国が過去を直視できない理由のひとつとしては、自然的なアイデンティティの形成が出着ないことにあります。
独立戦争を行っていないので過去のアイデンティティをリセット清算することが出着ません
反日を持ち出しアイデンティティを強引に形成することでしか、過去のアイデンティティを清算し、
ナショナリズムを確立する方法がないのです。
ですからナショナリズムを保つ為に、歴史の直視よりも強引に作った反日アイデンティティ維持する方が大切なのです。
台湾は反共や反中を持ち出すことによって、日帝時代の歴史を直視出来るのが大きな違いですが、
共産党政府と戦ったことで、日本の殖民地や中国の支配化であった過去のアイデンティティをリセットしており、
作為的なナショナリズムを形成する必要がない事のが、韓国との大きな違いだと思います。
韓国は努力を軽視するというよりも、出来ない体質が根底にあるということでしょう。
属国の歴史が長く台湾よりも地続きな分だけ大陸からの影響が強かったことも理由でしょう。
369 :
マンセー名無しさん:2009/03/02(月) 16:02:13 ID:3Yl5mL/w
話が逸れるようですが、鶏を盗んで日本人と喧嘩になる朝鮮人の絵を見て思うのですが…
あれは日本と朝鮮の習慣の違いですよね。
日本では誰であろうと盗みは許されないのですが、彼の国では強奪が合法だったと。
そういうことですよねえ。
372 :
マンセー名無しさん:2009/03/02(月) 23:02:31 ID:3Yl5mL/w
小学生で性犯罪ですか。日本がいかに平和という事ですね。
俺は日本に生まれた良かったと思うし来世でも日本に生まれたい。
食事はおいしいし、女の子は可愛いし、国民性が温和で
経済大国で、治安がトップクラスで、世界的に有名な国で美しい文化がある国だし。
申し訳ないが、韓国や北朝鮮、中国 のような危険な国に生まれなくて本当に良かったと思う。
危険に囲まれて自由のない国で過ごすなんて冗談じゃないから、
でも韓国はまだ安全の方かもね。でも、韓国に生まれたいとは正直思わないな。
373 :
マンセー名無しさん:2009/03/02(月) 23:42:59 ID:sCr+zFvH
ヒトモドキの国では、他人を出し抜くことを幼年時から強く躾られる。
評価基準が「他人の中での自分の立場」だから、近親的な勝利絶対主義、矮小な理想が横行してるw
「宗主に気に入られる属国」なポジションに永らく居たから仕方ない側面はあるけどな。
そんな、糞虫みたいな状況から救ってやって、近代化を推し進めたんだけど、
後世から見たら日本の近世・近代化政策の中でダントツの汚点w
官民の身分差が極端に違う国ですからねえ。民が貴重品を持っているのを官が知ると、必ず強奪していました。
民の生存と財産に関する律はあってなきが如しで、官は好きなように民を殺し、また奪ってましたから。
375 :
マンセー名無しさん:2009/03/03(火) 00:30:08 ID:NKMagdNP
韓国で日本人は男女とも、モテるらしいな
日清戦争の頃に、日本が朝鮮内政改革の勧告を行った中にも、「人民の権利と義務、またその生命、身体、財産の安全を計る」ということがありましたからねえ。
わざわざ、そのようなことを説かねばならないような状況に、当時の朝鮮社会は置かれていたということですよ。
今日の北朝鮮もまた、百数十年前に勧告したことを再び繰り返さなければならないわけでw
つくづく難儀な民族だなあとw
併合前の日朝(続き)
さて、金玉均はいつの頃からか、李鴻章やその養子の李経方と手紙のやり取りを始めたが、
それがどんな文面だったかは分からない。小笠原島時代から付き添っていた日本人和田延次郎
は、金玉均は手紙を読み終わるとそのつど焼き捨てていたと言っている。人に見られたら困る
内容だったのだろうか。
金玉均は、日本では「岩田秋作」また「岩田周作」と名乗っていた。それが上海に向かった
時には、「岩田三和」と名を変えている。日清韓三国の和という願いが込められていた、とい
う説もあるが、しかし実はそんなことはどうでもよくて、ただ李鴻章に会ったときに、そのよ
うな希望をもっていると説明するためにつけた偽名だったかもしれない。
暗殺犯の中心人物である朝鮮人の李逸植が金玉均に接近したのは、明治26年の秋であった。
彼は常に金銭に困っている金玉均に援助の手を差し伸べ、やがて信用を得るに至った。
李逸植 「金先生のような大人物がこのまま日本でくすぶっていてはいけないニダ。わが国、
ひいては東洋のために働かなければならない人ニダよ」
金玉均 「うん。清の李中堂もアジアの平和のために働いてほしいと言って来ているニダが。
何かよい策があるだろうか」
李晩植 「あなたは清国公使館に時々行っていると聞くニダ。いっそのこと李鴻章閣下と直接
会って話をするべきニダ」
金玉均 「ほう、よく知っているニダねえ。実は李中堂からも一度会いたいと言っているニダ」
李晩植 「ニダ ここに現金600円を持ってきているニダ。これを旅費にされたらいいニダ」
当時、巡査の月給が10円ぐらいの時代である。いかに大金をポンと出したかが分かる。
続き)
金玉均 「こ、これは感謝にたえないことニダ。しかし李中堂の言うことをどこまで信じたら
よいことか」
李晩植 「それはとにかく会ってみれば分かることニダ」
金玉均 「しかしウリを暗殺する計画もあるとは以前からよく聞くことニダが・・・・」
李晩植 「実は金先生の今後のことも考えているニダ。大きく働くには資金がいるニダ。今は手
元にはないニダが、上海の銀行に5千円を預けてあるニダ。ここにその両替手形があるニダ。李
鴻章に会う前に上海に行って現金に換えるなり、ご自分の名義で預けなおすなり、自由にされ
たらいいニダ」
金玉均 「!!! アイゴー! 貴殿の衷心にはかえすがえすも感謝せずにいられないニダ!
よし上海に行くニダ。そしてそこから天津に向かって李中堂と会うニダ!」
李晩植 「そうされるといいニダ。ついてはボディガードとしてこの男を連れて行くのがよいニ
ダ」
李晩職はそう言って、洪鐘宇なる朝鮮人を紹介した。
李晩植 「この男が金先生の身を守るニダ。ぜひ連れて行くニダ」
金玉均 「に、ニダ。共に行くニダよ」
しかし、金玉均は洪鐘宇の人相にいやなものを感じ、後から従者の和田延次郎にそっと言っ
た。
金玉均 「延次郎。どうもあの男は好かない。目をはなさず見張っていてくれ」
和田延次郎 「分かりました。よーく見張っときましょ」
金玉均は、あの頭山満とも交際があったという。金玉均が朝鮮一国のことのみならず、アジ
ア全体のことも考えるような、いわゆるアジア主義的偽名をつけたのも、この人の影響があっ
たのかもしれない。
(つづく)
し¥
併合前の日朝(続き)
さて、かつて袁世凱と大院君による国王王妃暗殺計画を王妃に知らせて頓挫させた閔泳翊は、
大院君から殺されることを恐れて香港に逃亡していたが、その閔泳翊が日本の在香港領事を訪
れたのは明治27年1月だった。
中川恒次郎領事「おお、閔泳翊さん。あなたも香港滞在が永いねえ。まだ朝鮮に帰る気はない
の?」
閔泳翊 「大変ニダ! そ、それどころではないニダ! こんな手紙が来たニダ!」
中川領事 「なになに? ようするに、大阪に滞在する李晩植なる者が日本人やフランス帰り
の洪鐘宇なる者としめしあわせて、甲申の変(明治17年の朴金のクーデター)の逆賊ども(金
玉均・朴泳孝など)を殺害し、首尾よく成功したら、『やったぜ!』という1字の文字を書い
た手紙で報せるとな」
閔泳翊 「ニダ! この李晩植という者には3年前に一度会ったきりニダ。ウリはこの計画には
何の関係もないニダよ」
中川領事 「うん? で、なんでこんな手紙が貴殿に来たの?」
閔泳翊 「彼らは、ウ、ウリまでも罪に連座せさるつもりニダよ」
中川領事 「よく分からんなあ。3年前に一度会った人物がねえ。ま、日本に報告しておくよ」
閔泳翊 「よ、よろしく頼むニダ。何度も言うニダが、ウリはこの事とは何の関係もないニダよ」
中川領事 「分かった。分かったから」
で中川領事は大阪府警に通知し、外務省にも報せた。
中川領事 「ってことで、ご注意願います。ただこの閔泳翊氏こそ金玉均や朴泳孝らを非常に
恨んでいるはずですから、案外彼が暗殺の言い出しっぺで、それを李晩植が実行に移す気にな
ったことで、自分まで暗殺犯の一味と思われるのを恐れて、このことを言いに来たのかもしれ
ません」
(続き)
日本政府内 「また、朴金暗殺計画の情報か。もう聞きあきたぞ」
日本政府内 「どうせまた観光旅行に来るんでしょw」
日本政府内 「朝鮮人は多言不実行の人ばかりだからなあw」
この中川領事の報告には、閔族が事大党でありながら、時に事大先の清国に反発し、露国に
接近しようとする傾向の理由を明快に述べている。
「彼ら閔族は、清国のすることに不平があって、閔泳翊などは今も国王王妃を暗殺しようとし
た袁世凱を仇のように思っています。また彼らは、日本は金玉均と朴泳孝に味方するものと信
じており、よって露国に傾くようになったと思われます」と。
とにかくそれで大阪府警もなるべく注意していたが、挙動不審は朝鮮人の常とばかりに監視が
ゆるかったのか、3月23日に金玉均らが上海に向かったのを知ったのは、すでに出航した後だ
った。
外務省 「と、大阪府警から報告がきましたが」
陸奥外務 「府警は何をしていたんだ。清国人も同行していたらしいが何者だろ」
すぐに兵庫県知事に詳細を調べて報告せよと命じた。
兵庫県知事 「金玉均は日本人、清国人、朝鮮人の3人を連れて23日発の西京丸で上海に向か
いました。日本人北原延次(本名和田延次郎)は前から金玉均の従者で中等の切符、清国人呉
静軒(実は在日本清国公使館訳官、呉葆仁)、朝鮮人洪鐘宇は朴泳孝の友人ということで、金
と同じ上等の切符でした。なお、金玉均は岩田三和と名を変えています。渡航目的は京城の友
人に会うためだそうです」
紫煙
(続き)
陸奥外務 「馬鹿な! 京城に行くなど殺されに行くようなものだ。それになぜ上海なのだ」
とにかく、陸奥は上海の総領事代理大越成徳に金一行を監視するように命じた。
大越 「金玉均がここに来る?! なぜ?! こんな危険なところに」
領事館員 「3、4ヶ月前からここらを朝鮮人の官吏らしいのが5、6人うろうろしてますよねえ」
大越 「うん。俺も見た。色変わりの服を着ていたから何者なのかと思っているが」
白衣民族の朝鮮人のうち、色のある服というか色のついた薄手の布地のものを羽織っているの
は、小さな女の子、また貴族の妻女、そして官位をもつ官吏たちであった。日本のような精緻
な柄模様などもなく、あってもだんだらの縞模様程度の布であった。朝鮮時代の絵画には細か
な柄のある服も描かれているが、絵師のみが描いたせいいっぱいの空想であり、それを現実の
ものにする職人はいなかった。せいぜい日本から輸入した染料で青、赤、黄、茶、に大雑把に
染め上げ、その服に清国製の柄織の布を張ったり帯をするだけだった。精緻な柄を織物にする
などとてもとても。なぜって朝鮮人とは「ケンチャナヨ」民族であり、繊細な装飾などにあま
り興味はなく、そんな手間をかける気もなく、ただ見た目に派手で遠目にも目立てばよいので
あった。つまり、日本人にとっては「いいかげん」なのである。後世、韓国の家具メーカーの
社長が、日本の箪笥は抽斗の開け閉めがスムーズで、且つ他の抽斗まで空気圧で開いたり閉ま
ったりする精密な作りになっているのに驚いている。自分たちの作る家具は、抽斗を開けるの
もガタガタと横に揺らさないと開きにくく、また閉めるのもガタガタとやらなければならない
ものだったからである。
(続き)
日本と朝鮮の間には、あまりにも文化、人柄、国民性の違いがあった。兄弟国などと言う人が
あるが、人とウニほど似ていると言ったのは、後の韓国人であるw(実は、韓国大学教授にし
て、九州大学客員教授であるこの韓国人は「九州の人々には何となく親しみを感じます。以前
に韓国人と九州人の遺伝子(DNA)がなんと70%も一致するという話を聞いてなるほどと思
ったこともありました」とやったのである。その数値といい、根拠といい、そして何よりその
数値が意味するものといい、これが今に続く朝鮮人の「いいかげんさ」であるw)
話がそれた。
さて、金一行は3月27日の午後に上海についた。
大越 「宿泊は日本旅館の東和洋行か。あそこは米国租界区だが、日本人経営だから選んだの
だろう」
館員 「旅館主人にも事情を説明しておきますか」
大越 「うむ。それとなく監視するように言っておいてくれ。特に来客には注意するようにと」
当日、すぐに金玉均を訪ねる朝鮮人がいた。
旅館主人吉島徳三が領事に一報した。
館員「旅館主人の話では尹致昊という人が来たそうです」
大越 「尹致昊? 彼ならここにずっと滞在している人だ。以前の朝鮮別技軍の副領官だった
尹雄烈の子息だよ」
館員 「ああ、尹雄烈はたしか朴泳孝の友人でしたね」
大越 「うん。まあ問題なかろう」
後に尹致昊の話によれば金玉均は、自分は李経方に招かれたので来た、用事を済ませてから向
かうつもりだ、と言ったという。
その日は何事もなく、翌28日となった。
民族の違いだけの問題ですかねえ?家具の問題とかは。
続き)
金玉均 「洪鐘宇くん。君に頼みがあるニダ。この両替手形は君が銀行に行って現金に換えて
きてくれないニカ」
洪鐘宇 「先生もご一緒に行かないニカ?」
金玉均 「ニダ。僕は外に出るのは好かんニダ。それに危険だし」
和田延次郎の話では、金玉均は常に用心深かったと言う。外出するのもなるべく控え、用事
があってもたいがいは人頼みだった。もっとも自分は動かず人頼みなのは両班貴族の常であっ
たがw。
洪鐘宇 「これだけの大金を一人で持ち歩くほうが危険ですニダよ」
金玉均 「大丈夫、君のことは信用しているニダよw」
洪鐘宇 「いや、そうではなく、これはいくらかは現金にして、残りは先生の名義で預けなお
した方がよいと思いますニダ」
金玉均 「それじゃ手続きが面倒だし、僕も行かねばならなくなるニダ」
洪鐘宇 「はあー」
実は計画では金玉均を暗殺することにはなってなく、拘束して朝鮮に送還するというものだ
った。朝鮮政府は彼を民衆の前で、生きたまま肉を削いでゆっくりと殺していく、あの恐るべ
き凌遅処死刑に処するつもりであった。
388 :
マンセー名無しさん:2009/03/09(月) 00:20:51 ID:6iMw7xAv
(続き)
しかしそれには金をまず外に連れ出し、外部で待機する者らとしめしあわせて拘束するしか方
法はない。一人で行うことは無理である。同行の清国人通訳は計画は知っていたが、そこまで
手を貸す気はない。一部始終を見届けて後で李鴻章に報告する役割だった。それに金に忠実な
る日本人和田延次郎もそばを離れない。
金玉均 「どうしたニカ? 行ってくれるだろ」
洪鐘宇 「わっかりましたニダ。では私一人で行って来ますニダ」
もちろんこの両替手形を現金に換えるような名の銀行は存在しない。それがにせものであるこ
とは洪鐘宇は百も承知である。
(つづく)
>>386 ご支援感謝。
民族性ではなく、学習の範囲内でしょう。文化の範疇かと。まあ、一つのエピソードに過ぎませんがw
>>388 いつもわくわくするようなお話を聞かせてくれて感謝していまスミダ。
ニムの話は本当に納得行くニダねえ。
390 :
マンセー名無しさん:2009/03/09(月) 03:46:06 ID:iYIYPifx
>>360 なぁんだ!
日本統治下(1931年)でも、朝鮮の人々は民族衣装と踊りをしているじゃないか!?
民族性を奪った
なんて全然ウソじゃないか!?
タンスの引き出しが空気圧で勝手に飛び出すのが面白くて、子供の頃良く遊んだものだ。
朝鮮人にあれが作れなかったのは、侵略者や両班による搾取のせいではなかろうか?
農民もそうだが、いくら良いものを作っても、対価を払わず奪われるだけなんだし。
働いても無駄、ということで人民全てが無気力になっていたんでは?
>>391 もちろん多少の脚色をしたエピソードなんですが、これ、朝鮮時代の話ではなくて、
1960年代の話なんですよねえ。で、そこを「韓国人は余裕を楽しむ国民性なんだ」
などと言い訳する韓国人もいるわけですよw。で、このエピソードを紹介した人は、
「これではわが国では精密な機械など作ることは出来ない」と嘆いているんですよねえ。
393 :
マンセー名無しさん:2009/03/13(金) 17:34:52 ID:0m3zy2du
394 :
マンセー名無しさん:2009/03/13(金) 17:58:42 ID:JkhMeCgw
日本でレイプをくり返す、在日チョン。
チンチン、切っちゃえ。
395 :
マンセー名無しさん:2009/03/13(金) 22:30:19 ID:0m3zy2du
396 :
マンセー名無しさん:2009/03/13(金) 22:50:48 ID:fv4izZL0
黄金の花(ウンコー)が咲き乱れる国
朝鮮!!!!!!!!!!!!
併合前の日朝(続き)
28日午前、洪鐘宇は両替手形を握って旅館を出た。どこかで待機しているはずの朝鮮官吏に会っ
て、状況を伝え、金玉均を外に連れ出す方策を相談するつもりであった。
しかししばらく歩き回っているうちに、あることに気づいて愕然となった。
主犯の李逸植のことなら朝鮮官吏たちは承知していよう。しかし自分のことを知っているだろ
うか。まして自分の顔を。もし首尾よく金玉均を外に連れ出すことに成功したとしても、金玉
均を拘束しようと待っている彼らが、もし自分を金玉均の従者と見たら?
この洋服姿の、民族の誇りも捨てたようなこの服装を見たら?
いやもし、朝鮮官吏が李逸植の名も知らないような、金玉均の顔だけを人相書きで知っている
程度の者なら?
どんなに弁明したところで聞く耳持たないのが朝鮮官吏である。
後に洪鐘宇は、なぜ当初の計画と違って金玉均を暗殺することにしたのかについて「自分も
共に拘束されて朝鮮に送られ、処刑されることになるかもしれないと思ったから」と述べて
いる。(←事前の打ち合わせもいいかげんだったと)
洪鐘宇はついに自分の手で金玉均を殺害することに決心した。彼が殺害に使用した拳銃をどの
ように入手したのかは分からない。
とにかく洪鐘宇は、しばらくして旅館に戻ると、
洪鐘宇 「銀行とは名ばかりの小さな両替商でしたニダ。あいにく主人が出かけており、午後
には帰るから、その時にもう一度来てくれと言われましたニダ。ですから午後にまた行ってき
ますニダ」
と金玉均に述べた。
(続き)
その時、突然、パンッ!パンッ!パパンッ!という大きな音が響いた。洪鐘宇はギョッとした。
和田延次郎 「ハハハ、何を驚いてるんか? これは爆竹だよ」
洪鐘宇 「爆竹?」
和田延次郎 「うん。旅館のすぐ下の川岸のところで、さっきから何度も爆竹をやっているん
よ。何かの祝い事でもあってるらしい」
洪鐘宇 「なんだ、そんなことニカ」
洪鐘宇は自分の部屋に戻ると、旅行かばんの隠しポケットから拳銃を取り出し、弾丸を装てん
した。
金玉均は必ず午睡をする。両班とはそうしたものだ。朝鮮では官庁の職場でさえ必ず備えられ
るものがある。それは銅製の筒の便器と寝床と枕である。文官である役人は必ず午睡をとるの
である。
洪鐘宇はじっとそれを待った。また、和田延次郎がそばを離れるのを我慢強く待った。
案の定、和田延次郎が何か用事を言いつけられたのか、金玉均の部屋を出て階下に下りるのを
見届けた。
今しかない。もし和田が戻ってきたら、これも射殺する、そう決心して、洪鐘宇は洋服を脱ぎ
、持参の朝鮮服に着替えた。誇りある朝鮮の民族服で逆賊金玉均を撃つと。
しばらくして金玉均の部屋にそうっと忍び込むと、予想通り金玉均は寝台でかすかな寝息を立
てていた。日本のどてらを愛用しているのか金はそれを着て横たわっていた。
洪鐘宇は銃口を彼の面部に向け、撃った!
399 :
マンセー名無しさん:2009/03/17(火) 22:53:05 ID:dyz2Wq5R
(続き)
金玉均がカッと目を見開き、異様な声をあげながら起き上がる! 洪鐘宇は撃鉄を引き起こし
て2発目を発射する。それはどてらを貫通して腹部をかすった!
3発目の撃鉄を起こした時には、金玉均はドアを開けて廊下に出ようとしていた。洪鐘宇は後
を追う。廊下をよろめきながら歩く金玉均の背中に3発目を発射した。薬きょうが音を立てて
廊下に転がる。
くずれるように倒れた金玉均はもうピクリとも動かない。
洪鐘宇は拳銃を懐にしまうと、脱兎のごとく走り出した。階段を駆け降り、旅館主人と和田延
次郎がカウンターを挟んで談笑している、すぐその脇をすり抜け、旅館のドアを開け放って外
に走った。
和田延次郎 「うん? 今の洪鐘宇さんだ。なにごと?」
旅館主人も和田も、銃声と洪鐘宇の行動とがむすびつかなかった。銃声とは思わず、午前中か
らしきりとしていた爆竹の音と思ったのである。
それでも、洪鐘宇の只ならない様子に、外で何かが起ったのかと、和田は洪鐘宇の後を追って
外に出た。しかし洪鐘宇の姿はすでにない。どこに行ったのかとキョロキョロしていると、旅
館の中でなにか人声が騒がしくなった。
他の宿泊者が惨状を発見して騒ぎ出したのである。
和田が不安になり急いで旅館に戻り部屋に向かうと、目にしたのは廊下に倒れた金玉均の無残
な姿と血の海だった。
和田 「金先生ーーっ!!!」
すでに金玉均は死亡していた。後の検死によれば、面部への一撃が脳にまで達しており、これ
が致命傷となった。
(つづく)
併合前の日朝(続き)
事件直後の午後3時ごろ、旅館主人は日本領事館に報せた。
大越領事「金玉均が撃たれた!?」
大越は旅館主人にすぐに居留地警察に届けるよう伝え、領事館補らと日本人医師を旅館に急行
させた。
領事館員 「金玉均氏はすでに死亡していたとのことです」
大越領事 「何と!! ・・・・すぐに僕も旅館に行こう」
大越が旅館に着くと、すでに警察署長(英国人と思われ)も来ていた。
警察署長 「大越さーん。この通り、ミスターキムはもう亡くなってますねー」
現場はそのままにしてあった。大越もひととおり検死をする。廊下には実包と薬きょうが1個
ずつころがっていた。背中に向けて撃ったものは左肩甲骨の下をうがっていた。
警察署長 「すでに犯人捜索は手配しましたねー。居留地から外には出られませんからー必ず
捕まえまーす」
大越 「犯人は誰なのです?」
警察署長 「ホテルオーナーのヨシジマさんの話ではー、同行していた朝鮮人らしいですねー」
大越 「何と同行していた者!」
大越は、また同行者である日本人和田延次郎に向かった。
大越 「和田君といったね」
(続き)
和田延次郎はあふれる涙をぬぐいもせずに話した。
和田 「ぼ、僕がいけないのです! 金先生からあいつは信用できないからよく見張っていて
くれと言われていたんです!」
大越 「詳しいいきさつを聞かせてくれたまえ」
和田は、大阪で李晩植が接触するようになった頃からの事を話し始め、洪鐘宇のこと、また上
海に来た経緯、事件の時の出来事などを語った。
大越 「清国人が同行していたはずだが」
和田 「あの人なら事件の1時間ほど前に、用事があるからといって旅館を出ました」
大越 「ふーむ。旅館主人の話では、彼は40日間の休暇をもらったから福州に帰郷するために
来た、と言っているらしいが」
和田 「えー!? 全然違いますよ。あの男も金先生に同行してきたんです。両替手形のこと
以外に、なにか同じ目的があってここに来たんです」
大越 「その同じ目的というのは分からないの?」
和田 「金先生は、清国の李鴻章とか李経方となにか手紙のやりとりをなさってましたから、
・・・そのことと関係があるかもしれません」
大越 「どんな手紙のやりとりだったかは分からない?」
和田 「金先生は・・・手紙を読んだら焼き捨ててましたから・・・」
大越 「ふーむ。そうか」
@@@@
(続き)
金玉均殺害の話は居留区内に瞬く間に広がり、誰もが知るところとなった。西洋人も関心が高
く、以前から金玉均の名をよく知っており、彼が上海に来たことを知って「なぜこんな危険な
ところに来たのか?」といぶかしみ、また、金の遺体を見て、「これは金玉均ではなく替え玉
ではないのか」と疑う者もいた。
大越はただちに事件を日本外務省に一報。
翌29日午前11時ごろ、居留区警察は洪鐘宇が1民家に潜んでいるのを発見し逮捕した。
尋問は上海県令が行った。
県令 「なぜ金玉均を殺したアルか」
洪 「玉均は多くの罪なき者を殺し、国王を騙し、国を乱した。それでやむを得ず殺したニダ
」
県令 「おまえは朝鮮官吏の者アルか」
洪 「それには答えないニダよ。ウリの身分を知りたいなら、我が朝鮮政府に照合すればよいニ
ダ。政府は自分をよく知っているニダ」
県令 「おまえが殺したのは国王の命令によるアルか?」
洪 「ニダ。大阪で命を受けたニダ」
県令 「命を受けた証拠はあるアルか?」
洪 「その命令書は大阪にいる一人が所持しているのでここにはないニダ」
県令 「どんな命令アルか?」
洪 「大逆不道のこいつらを殺して国王の苦しみを安んぜよ、というものニダ。殺すべき者は4
人いるニダ。1人は日本にいるニダ。1人は上海。米国にも2人いるニダが、これは米国籍に入っ
ているのでどうにもならないニダ」
(続き)
さて、その日本にいるもう1人とは朴泳孝のことである。洪鐘宇が捕まった29日のその日、
東京の麹町では、ちょっとした騒動が持ち上がっていた。
明治17年の朴金のクーデター失敗後、朴泳孝は日本に逃げてきたが、やがて米国に行った。そ
の後また来日し、しばらくして東京永田街に「親隣義塾」という名の私立学校を開き、朝鮮か
らの留学生を募って教育した。朝鮮の近代化を目指す人材養成に取り組みだしたのである。
その生徒宿舎は麹町にあった。
そこで、朝鮮人1人が監禁されているから救出してほしいという報が、日本駐在の朝鮮代理公
使から外務省に入ったのである。
警察が急行すると、塾生たちから監禁されていたのは李晩植。事情を調べると、李晩植その他
2名は、朴泳孝暗殺を目的に来たところが、塾生たちが気づいて逆に李晩植を捕縛したのであ
る。他の2名は朝鮮公使館に逃げ込んでいることが判明した。
外務省 「塾生たち、GJじゃね?」
警察 「後の2人は朝鮮公使館に逃げ込んでますが」
外務省 「引渡しを求めることになると思うよ」
で、陸奥外務大臣は、朝鮮公使の愈箕煥(よめないw)に通知。
陸奥外務 「李晩植を調べたが、貴公使館に身を寄せている権東寿、権在寿の2人にも尋問が
必要である。よって召還を求める。これは万国公法に基づくものである」
四円
(続き)
さて、日朝修好条規による、いわゆる治外法権と俗称される領事裁判権のことは、ちょっと
ややこしい。
条約第10款には、「日本国人民、朝鮮国指定の各口に在留中、若し罪科を犯し朝鮮国人民に
交渉する事件は総て日本国官員の審断に帰すべし。若し朝鮮国人民罪科を犯し日本国人民に交
渉する事件は均しく朝鮮国官員の査弁に帰すべし。尤、双方とも各其国律に拠り裁判し、毫も
回護袒庇することなく務めて公平充當の裁判を示すべし」
とある。つまりは、日本人が起こした事件は日本側で、朝鮮人が起こした事件は朝鮮側で処理
する、とあるのだが、実はこれ、朝鮮の地における事件に限られるのである。
もとより、日本には朝鮮居留区はない。よって領事裁判権も保持しようがない。だから万国公
法上では、日本で罪を犯した朝鮮人は、日本側の処理を受けることになる。朝鮮公使館に逃げ
込んでも無駄なのである。
条約締結当時の明治9年頃は、朝鮮人が普通に日本に滞在することは想定されていなかった。
朝鮮政府も特別の使節を派遣すること意外、朝鮮人が日本に渡航することは想定外であり、国
宝を破る厳禁行為とみなしていた。しかしそれから20年近い歳月を経て、もはや日朝間の条約
改正に取り組まねばらない時機にきていたのである。
しかし、それにはまず朝鮮が抜本的法改正などに取り組む必要がある。それをしない以上は条
約の改正のしようがないのである。
それらのことを英米露伊仏など各国の公法書で確認した外務省は、ついに朝鮮人引渡しを求め
た。
しかし、朝鮮公使は条約の事を単純に、日本人は日本側が、朝鮮人のことは朝鮮側が処理する
と規定している、と思い込んでいた。
(続き)
朝鮮公使 「公使館にいる2人の朝鮮人を警察がここで尋問すればよいニダ。なお、李晩植は朝
鮮人であるから引渡しを求めるニダ」
外務省 「はあ? んー、分かってねえな」
よって陸奥外務は万国公法上の扱いをもう少し詳しく説明した書簡を送り、いよいよ明日の午
前8時までに引き渡さないなら、日朝両国間の重大事件となると警告。
翌日、警察は逮捕礼状を持って公使館に赴き、何度かの話し合いをした結果、ついに朝鮮公使
館側は、権東寿、権在寿を建物外に出し、警察が逮捕するに任せた。
ところがそのまた翌日、朝鮮公使愈箕煥は、次のような書簡を陸奥外務に送り、
朝鮮公使 「このようなことは、公使館を待遇する礼にそむくものニダ! これは平和の交際
の道を侮辱するものニダ。ウリはこれでは職分を全うすることができないニダ。本国に帰るニダ!」
とファビョってさっさと帰国してしまった。
外務省 「へ? 公使館としての働きを放棄したことになるけど。それでいいのか、いいのか
なあ〜♪」
ここに後世に続く朝鮮伝統の公使大使の火病帰国は始まったのであるww。
もっとも当時の朝鮮人はまだ骨があり、今と違って後からこそこそと復帰することはなかった。
愈箕煥 「イルボンは礼を失しているニダ! ウリは公使館に戻るつもりはないニダ!!」
朝鮮外務督弁 「困ったやつニダ。万国公法のことはむつかしくてウリもよく分からんニダ。こ
んど大鳥公使からいろいろ教わったニダ。権東寿らを日本に引き渡すのは仕方ないことニダよ」
愈箕煥 「とにかくウリは戻らんニダ!」
外務督弁 「代わりの者を駐在させるニダ」
紫煙
409 :
マンセー名無しさん:2009/03/19(木) 21:44:53 ID:SG0QG9+H
(続き)
ところが日本外務省も今日と違い、勝手に帰国した公使の代わりを朝鮮政府が新たに出すと言
うなら、ちゃんと筋を通さないと承知しない。
日本外務省は次のような書簡を朝鮮政府に送った。
外務省 「公使交代とのことであるが、公使の言行が朝鮮政府の代弁なのであるから、そのよ
うな帰国の仕方をしたということは、もはや朝鮮政府は日本と交際を断絶したことになろう。
もし公使が朝鮮政府の意向を無視して勝手に帰ったのであるなら、愈公使の行いを正さねばな
らない。公使館を継続させたいなら、日本政府に謝罪するなり、公使が我が外務大臣に送った
書簡を撤回するなどして、相当の処分をすることを求めるものである」
と。
よって、朝鮮政府は新たに弁理公使金思轍を派遣し、愈箕煥が免職となったことを日本政府に
告げさせた。
うやむやにせず、きちんと筋を通していたのが当時の日本政府なのでした〜。
さて、金玉均のことに戻ろう。
(つづく)
>>
いつもご支援感謝ですう。
いつも乙です。あいかわらず面白い。続き期待してます。
411 :
マンセー名無しさん:2009/03/22(日) 22:37:45 ID:2x4UuaKa
併合前の日朝(続き)
検死を済ませた金玉均の遺骸を受け取ることは和田延次郎が申し出て、上海県令から正式に受
け取った。和田は30日に遺体と共に西京丸で帰国すると言う。
しかしその後、
上海県令 「政府に問い合わせることがあるアルよ。1週間帰国を延期するアル」
和田 「それは出来ません。30日に帰ります。もう船の切符も買ってあるし」
上海県令 「それなら、30日の午前10時までには上海道台から返事があると思うので、その返
事がくるまで待ってほしいアル」
和田 「それならいいですよ。船は夜の11時ごろ出るのですから」
和田は、棺を購入して金玉均の遺体を収めた。愛用のどてらは血に染まっていたが、死装束代
わりに着せた。また、税関の手続きも済ませた。
さてその頃、日本国内では新聞各社が金玉均殺害の事件を報じた。
東京日々新聞「金玉均氏の遭害 悲哀の一報たちまち来る」
時事新報「金玉均氏の凶報 不如意の境遇に呻吟したる朝鮮国の亡命者金玉均は、今や俄然
暗殺されて長逝不帰の人となりたる凶報に接す。悲哀の情なきにあらず」
郵便報知新聞「金氏海上に刺さる 昨日、最も驚くべき飛電あり。ああ、夢の如し。我輩は、
信ぜんとするも信ずることが出来ない。今や一兇徒のために殺害せらる。その不幸を悲しまざる
を得ないのである」
(続き)
読売新聞「金玉均氏、殺害さる 国を憂い開国進取の大義により改革を断行し、支那兵のた
めに破られてより十年。天涯孤独の客となった東亜の俊傑、金玉均は、朝鮮人洪鐘宇のために
あえなく殺害せられたり」
国民新聞「金玉均氏の横死 金玉均氏、上海で刺殺せらる。我輩は哀悼の情を表し、且つ未
来の朝鮮のために一人物を失ったことを悲惜せずにおれない」
中央新聞「金玉均氏、非命に斃る 朝鮮の名士、金玉均氏は一昨日の28日に毒刃にかかりた
るは悲しみてもなお余りあることどもなり。朝鮮のために革命の急先鋒となりし功は消えるこ
とはないが、その不遇を悲しまざるをえない」
朝野新聞「金玉均氏、殺さる 朝鮮亡命の孤客金玉均氏は、文明の先導者たらんことを期し
たが、悲しいかな、刺客の毒刃にかかりて斃れたり」
自由新聞「韓客金玉均を哭す 上海の飛電は我輩に一種の悲痛をもたらし来る。曰く、金玉
均は上海で刺客の手に斃ると。ああ果して真なるか。日本人士たる者は、誰もが一すくいの血
涙を惜しまざるべし。これ我が忠愛義烈の日本人士が長く記憶すべき所にあらずや」
論調としては、金玉均の死に接して一様に悲嘆に沈むという調子である。日本世論はまさにそ
うだった。
しかしやがて、怒りと共に朝鮮と清国をどうかせねばならない、という声に変わっていく。
4月5日、日本主要新聞紙15社は共同広告を載せて金玉均追悼を日本全国民に呼びかけ、その葬
儀と記念碑建立と同志の朝鮮人を補助するための義捐金を募るキャンペーンを展開した。
四円
(続き)
しかしまあ、日本人がたった1人の外国人のことで、これほどの同情の声をあげたことは前代未
聞の事であって、当時、いかに日本人が朝鮮問題に関心が高かったかという証拠ですなあ。
後の日清戦争のことを、大勢の人々がこの事件に対する義憤の結果として起ったと思い込んだ
ぐらいですから。
さて、そのような日本国民の熱い声に反して、日本政府内はどこまでも冷静にこの事件をとら
えた。
陸奥外務 「大越に打電せよ。今、朴泳孝暗殺未遂で李晩植を取調べ中であり、また金玉均の
従者には、金の遺骸を日本に持ち込むことは日本政府は許可しないだろうから上海で埋葬す
るように、と説得せよと」
加害者も被害者も外国人であり、まして上海居留地は日本の法権のおよばない地である。日本
は法的にどうこういえる立場にない。また新たに日朝間に波風を立てるような事態になるのも
避けたい。よって深く関わらないように、と。
和田 「上海県令から正式に受け取ったのですから、僕が自由にします」
大越 「しかし日本に持ち帰るより、ここで葬儀をして埋葬する方がよいのだが」
和田 「いやです。金先生と一緒に日本に帰ります」
大越 「困ったなあ」
(続き)
その後、県令からも大越領事に対し、
県令 「遺体を持ち去るのは承諾できないアル。袁世凱どのから何らかの返事があるまで、領事
からあの日本人従者に止め置くように命令してもらいたいアル」
と申し出。しかしこれに対しては大越は、
大越 「すでに正式に受け取って税関も通過している。もう持ち去るのは和田の自由である。
裁判かなにかで必要だというならともかく、袁世凱の回答とかなんとか、そんなもので留める
理由にはならん!」
と反論。当時の日本人は、袁世凱の名前を聞くだけでも虫唾が走った。
それでも、一方では和田に、
大越 「和田君。思いとどまってくれんかねえ」
と説得を続けた。西京丸の船長などにも事情を説明したりもした。
しかし和田はそれをも無視し、夜の10時には棺を桟橋に運び込んだ。
そこに、突然、県令が派遣した清国官吏が巡査を伴って現れ、
官吏 「待つアル! 遺体をわが国から持ち出すのは禁止するアル! 遺体は没収するアル!」
遺体は棺ごと没収され、また金が書きつけたノートなども取り上げられた。
和田はしかたなく、ついに1人で帰国した。
やがてこの事が日本に伝えられると、日本人は激怒した。なにせ主要新聞社ほとんどをあげて
金玉均の遺骸を迎えて盛大に追悼式をするつもりだったぐらいであるから。
支援
(続き)
さてその頃、朝鮮では、大鳥公使がつとめる日本公使館に、今や執権同様の閔族のドン、閔
泳駿らが訪れ、喜色満面で、
閔 「金氏が死んだことはまことに日朝両国にとってはめでたいことニダ。これで日朝間に横
たわっていた障害も一度に取り去られたニダ。殺人をした洪鐘宇も通常の殺人者とは違うので、
ひどい処置をしてはならんニダ。そう上海の日本領事に伝えてもらいたいニダ」
大鳥 「・・・・・」
次には袁世凱がやってきて、
袁世凱 「まことに喜ばしいことである。今後は日韓両国はますます睦まじい仲になるアルよ」
大鳥 「・・・・・」
かつての釜山管理官山ノ城祐長がもしこれを聞くなら、憤怒して「朝鮮なんぞと睦まじくなら
んでもよい!!」と言ったに違いないw。
さてそして清国天津の李鴻章は、天津荒川領事と対談をした。
李 「金玉均に関する出来事はよく承知されていようアル」
荒川 「新聞で知ったが、貴殿は詳細の報告を受けておられよう。犯人はどう処分されるのか
」
李 「朝鮮に送還するはずアルよ」
荒川 「朝鮮ではどう処分されようか。貴殿のお考えは?」
李 「金玉均はご存知のように極悪人なので、これを殺した洪鐘宇は重く賞されるだろうアルよ
。ところで、金は5千円という巨額の両替券を持っていたと言うではないか。誰がそんな援助
をしていたアルか?」
(続き)
荒川 「そのようなことは知らない。金玉均が困窮していたことは知っている。これを見て憐
憫の情をおこして助ける日本人はあるが、そのような大金を供与する者はいないと信じる」
李 「洪鐘宇は何度も金玉均を殺そうと試みたが、日本政府の保護が厚いのでなかなか果たせ
なかったという。日本政府は金のような反逆者でも保護するアルか」
荒川 「ことさら保護したとの言は承知できない。誰であろうと日本に滞在する者を保護する
のが政府の当然の務めである」
李 「これまで何度も日本政府に、金玉均を朝鮮に帰されたいと申し込んだが拒否された。理
由が判然としないアルね」
荒川 「そのようなことは初めて知った。理由としてはおそらく、罪人引渡しの条約を日朝間
で締結していないからだろう。それに国事犯については引き渡さないのが、西洋各国の通例で
もある」
もちろん李鴻章は、そんなことは知っている。しかし日本をいじめたくてたまらないこの老人
は、なんとか難癖をつけずにはおれない。
荒川 「洪鐘宇の供述では、朝鮮国王は『金玉均は誰が殺してもよい』と宣言していたらしい
が」
李 「そうであろうアル。国王は金玉均に欺かれ、一度は清国の保護を脱して独立をはかること
を試みたが、今ではその非を悟ったアルよ。だから金玉均を憎んでいるアルよ」
荒川 「・・・・・・」
明治17年の朴金のクーデターにおいて、実は国王も共に独立の旗をかかげようとしていたこと
を、李鴻章は知っていたという重要なひと言。
支援
(続き)
李 「聞くところによれば、貴国の人で金玉均と交際した人は、洪鐘宇を憎んで復讐するだろ
う、とアルあるね」
荒川 「そのような心配はないだろう」
李 「フフフ、竹添氏はどうアルか?」
あの竹添進一郎は、すでに官界を去ってより久しく、あい変らず漢学にいそしんでいる。
荒川 「(むっ!)竹添は文学を楽しむ人である。ご心配無用!」
金玉均暗殺の成功にほくそ笑む李鴻章が、皮肉まじりに9年も前の人物の名をむしかえすいや
らしさとw。
後に暗殺犯洪鐘宇は、閔氏のドン閔泳駿に語った。
洪 「多くは李経方から援助を受けた。その恩はつまりは清国皇帝の恩である。李経方の援助
のことは絶対に日本人に知られてはならない。李大人からも、もしこの事が漏れるならたいへ
んなことになると強く言われた」と。
だが、その言は日本側に漏れた。
(つづく)
>>413 >>416 いつもご支援感謝。
>>404 >愈箕煥(よめないw)
「ユ・ギファン」じゃね?
422 :
マンセー名無しさん:2009/03/29(日) 02:26:39 ID:TF/JpU+v
桜前線北上中。
東北青森の桜は如何なるや。
423 :
マンセー名無しさん:2009/03/29(日) 13:41:05 ID:L/f38Fx/
424 :
マンセー名無しさん:2009/03/30(月) 23:31:20 ID:7rxmCYHv
>>421 サンクスコ。漢字音読みなら「ユキカン」とでも読んでいたでしょうか。
ところで、ゴクチョウさんところはまだ冬なんでしょうかねえ。(´・ω・`)
どなたかご存知ありませんか。
併合前の日朝(続き)
その後、大越成徳領事は、居留区警察が洪鐘宇の身柄を清政府に引き渡したことは不当である
として、居留区への引渡しを求める動議を在上海各国領事会に提出。各国領事と激論の末、全
領事を説き伏せ、ついに領事会名で清政府に対して、洪鐘宇の身柄を居留区に戻し、居留区内
で処罰することを決議させた。
しかし、清政府はこれを無視し、洪鐘宇を金玉均の遺体と共に朝鮮に送還した。
これを知った陸奥外務は、朝鮮の大鳥公使に、
陸奥 「送還された金玉均の遺体に対して、おそらく朝鮮政府は残忍な死後刑を処するだろう。
もしそのようなことになるなら、この上さらに国民の憤激はいっそう甚だしいものになろう。公
使においては、ぜひ朝鮮政府を説得して、そのような処置をしないように努力されたし」
と。
よって、大鳥公使は朝鮮外務督弁趙秉稷の居宅におもむき、こんこんと説得した。しかし趙督
弁は、
趙外務 「ご忠告のことは分かるニダ。けどウリは外務官であって、司法官にどうこうは言え
んニダ。ことにウリの国は5百年の間この法を重んじているニダ。もしウリから政府に強く申し
出るなら、ウリまで金玉均の仲間とみなされるニダ。遺憾ながらご忠告には従えないニダよ」
と返答。
(続き)
4月12日、洪鐘宇と金玉均を乗せた清国軍艦が仁川に入港。朝鮮政府は船を出して船上でこれを
受け取り、楊花津まで運んで陸揚げした
かつて明治17年の事変において、金玉均らから殺された大臣たちの子息は、その遺体に一太刀
あびせることを願い、また、金玉均に同情する日本人居留民の中には、遺体を奪うことを望む
者もいた。
大鳥公使は私服警察官を派遣して日本人居留民を厳重に監視させ、また警護の朝鮮兵は常に抜
剣したまま棺の周囲で警備に当った。
当初、朝鮮政府は洪鐘宇を英雄として盛大に迎えるだろうとの噂があったが、案に相違して静
かであり、迎えの輿もなかった。
洪鐘宇 「輿を雇いたいニダ」
輿商い 「め、めんどうはいやニダ。お断りするニダ」
洪鐘宇 「ウリは国の英雄ニダよー!」
やっと政府から迎えに来た者は趙羲淵一人であった。
趙 「ひとまずウリの家で休息するニダ。輿はウリが雇ってやるニダ」
洪鐘宇らが京城に入り趙羲淵の宅で休息すると、近所の者などが大勢集まり、彼の武功談を聞
きたがった。その中に趙羲淵の友人である日本人商人がいて話を聞いていた。
(続き)
趙 「早まったことをしたニダね。金玉均は李経方どのから誘い出してもらって、上海で捕縛
して本国へ回送するはずだったニダ。なじぇに殺害したニカ?」
洪 「ウ、ウリも一緒に捕縛されると現地で聞いたニダ! ウリまで処刑される恐れがあったニ
ダ! しかたなくウリが手を下さなければならんかったニダ!」
趙 「まあ、いいニダ。とにかく金玉均の体は手に入れたニダよ。貴殿の責任が問われることが
あっても、罪までにはならんだろうニダよ」
洪 「あ、当たり前ニダ! ウリは国賊を殺した義士として賞されなければならんニダ!」
さて、朝鮮政府内では、
大臣 「逆賊玉均の死後処刑はどこでやるニカ?」
大臣 「京城城内で公開処刑するニダよ」
大臣 「いや、いつものように西小門外の刑場でやるニダ」
大臣 「京城ではイルボンの公使や西洋各国公使らも見物してしまうニダ。それにここに運ぶ
途中で何かがあったらいかんニダ。楊花津の刑場で処刑するニダよ」
大臣 「そうニダ。さっさとやってしまったがよいニダ。楊花津の刑場がいいニダ」
大臣 「ついては、三族の刑として、玉均の家族も刑するニダよ」
官吏 「玉均の養父はすでに病死していますニダ。実父がまだ牢で生きていますニダ」
大臣 「よし。実父は絞首刑にするニダ。妻子はどうしているニカ?」
官吏 「妻と娘はすでに奴婢に処されましたニダ。行方は分かりませんニダ」
大臣 「そうニカ。あと、洪英植の遺骸も死後刑にするニダ」
官吏 「あのー、もうあれから9年ですから、骸骨になってますニダが」
大臣 「ニダ。掘り出して死後刑にするニダよ」
なんともすさまじい。
(続き)
大臣たち 「ところで、金宏集がこのことで何と言うか。ちょっと意見を聞いておいたほうが
よいニダ」
金宏集は、その慎重さと冷静な判断力により大臣たちからも信頼を得ていた。
金宏集 「金玉均はすでに死亡しているので、そのまま埋葬するのがよいとウリは考えるニダ
が、これらのことは国王殿下の聖慮によるものでなければならんニダ。ウリはただ聖慮を仰ぐ
までニダ」
大臣 「よし。殿下に裁可を仰ぐニダ」
国王 「許可するニダー(あっさり)」
ということで、4月14日夜8時頃、楊花津の刑場で金玉均の遺体に対する公開処刑は行われた。
政府の者が立ち会う中、執行吏が遺体を裸にして首と手足とを切断し、両手両足はそれぞれ
縄で縛り、3本の丸太を鼎足に立て、首と手足を吊り下げた。その傍には「謀反大逆不道罪人
玉均当日楊花津頭不待時凌遅処斬」との処刑宣告を書いた木板が立ち、また「大逆不道玉均」
と大書した旗も立てられた。
胴体は伏せたままで棄て置かれ、その背中は3ヶ所が刀でえぐられていた。おそらく胸部腹部
も同様だったろう。棺はそばに置かれ、また血染めの日本風絹裏地のどてらが捨てられていた。
3日間ここでさらされ、その後、胴体は川に捨てられ、首や手足は塩漬けにされ、朝鮮各道に
送られてさらしものにされた。
その後、金玉均の実父は絞首刑に処され、洪英植の骸骨はばらばらにされた。
(続き)
日本公使館職員 「こちらが止めるのも聞かず、やっちゃったなあ。なんつう蛮習だよ」
館員 「日本世論が騒がしくなるだろうなあ」
館員 「閔泳駿と洪鐘宇の密談から、清の李鴻章や李経方もこれに加わっていたことも分かっ
たからなあ。これが一般に漏れるとおおごとだぞ」
あい変らず朝鮮政府内での密談などは日本公使館側につつぬけだった。
館員 「しかし、洪鐘宇のやつ、自分がさも総ての計画を立てた首謀者かのようなもの言いだ
ったよなあ」
館員 「どうせ、就活ですよ。就、職、活、動w」
後に洪鐘宇は任官された。
日本世論は、金玉均が死後凌遅刑となったことにも憤慨したが、何より、上海で和田延次郎が
遺体を引き取ったのを、清政府が奪い取ったことに激怒した。
しかしやがて、朝鮮各地で起きている東学と称する民乱が拡大するにつれ、人々の関心はその
ことに移っていった。
(つづく)
毎度おつです。
430 :
マンセー名無しさん:2009/03/31(火) 10:18:40 ID:YS+u6mL5
乙でした。
いよいよ日清戦争が近くなってきましたね
432 :
マンセー名無しさん:2009/04/05(日) 21:55:20 ID:JiW5WhsT
併合前の日朝(続き)
で、日清戦争に入る前に、そもそもなぜ日清両国が腕力で戦うに至ったかを。
それは、
・ 明治初期からの日清両国間のさまざまな事件を経て、もはや両国の対立感情は深刻であり
、一触即発の状態にあった。
・ そこに、朝鮮東学党の乱の鎮圧を朝鮮政府が清政府に依頼したことにより派兵が決定的と
なり、日本政府も朝鮮の日本施設や居留民の保護のために派兵せざるを得なくなった。
・ そうすると日清両兵が朝鮮で遭遇するならば、もはや軍事的衝突は避けられない。
という次第。つまり、成り行きのままに始まった戦争だったと。
朝鮮の支配権をめぐっての戦争だった、などとしたり顔で言う人らは、史資料をよく読んで幕
末から日清戦争までの経緯を知ってね、と。
で、おさらいもかねて、これまでの日清両国間の関係事件を振り返ってみたい。
永禄元年(1558)の頃、当時中国明代の商船が九州各地に渡来して交易を行うようになった。
また本国の戦乱を避けて日本にボートピープルも。
唐人 「萬歳! やっと倭国に着いたアル!」
日本人 「遠いところをよう来んしゃったのう」
寛大な日本人は快く受け入れたのでした〜。
寛永12年(1635)に、江戸幕府が長崎を外国通商の地と定めた。
交易船が増大し来日する者が多くなるにつれ、長崎での治安や土地問題の取り締まりが増加。
長崎奉行 「増えた唐人がいろいろと揉め事を起こしているでござる」
幕府 「さようか。では場所を定めて住まいせさるか。よし、ゲットーを設けよ」
(続き)
で、幕府は元禄元年(1704)に唐館を設けてそこに清人全員を居住させ、ここを交易地とさせた。
やがて日清貿易は衰退していき、江戸後期の頃にはもう清人の商業も振るわず、一方で管轄を
逃れる者や貧困者の犯罪が少なくないようになった。
天保年間(1830〜)の頃には、ついに不良の清人が徒党を組んで日本官吏に対抗するまでに。
役人 「おのれ不逞唐人め!」
清人 「役人キター!アル。逃げるアル!」
幕府はこれら清人180人を捕縛し、75人を禁固刑に処し、後に本国に強制送還した。
今日でいう、中国人ギャング団のようなものだったのかも。
支那人を知る日本人が時に蔑称するようになったのもこの頃からではなかろうか。
さて、明治新政府となり、日本の対外政策は大きく変化したが、この長崎における清人の扱い
に関してもそう。
世界の人々が日本に出入りする時代となり、それを今までのように、違法者は本国へ強制送還
するだけというのもなんだか不人情であるとして、清政府に、
日本政府「どうしたらよかろうかねえ」とその処遇を問うた。
で、明治元年11月に清の上海道台(県知事のようなもの)からの返事に、
上海道台 「日清両国の人間が、相手国にいて罪を犯した場合は、そこの地方官が犯罪の事は
処置するアルよ。自国の民と同じ扱いをするアルよ」
と。
よって日本政府はそれを承諾し、在日の清人に対して、まじめに生計を営むものは扶助してそ
の商業を維持させ、また犯罪の者は罰して戒めるのは日本国民同様にあつかう、という内容の
布告をした。
C
(続き)
で、この時の合意が後の日清条約にも生かされ、日清条約は領事裁判権を認めない平等条約で
ある、という後世の学者たちの評価となったと。けど、あんまり意味のない評価なんだよねえ。
たぶん本音のところでは、
上海道台 「犯罪者なんかいらんアル。送還者を引き取るなどめんどくさいアル。日本の方で焼く
なと煮るなと勝手にするアルよ」
だったと思うよw。
で、明治元年には朝鮮との交渉開始。けど書契問題となって捗らず。
明治3年には清国との条約交渉開始。
朝鮮との交渉がうまくいかないから、先に清国と条約を結んで、日本は朝鮮の宗主国と対等の
地位にあることを朝鮮に見せつけようとした、などといううがったご意見もあるが、そんなア
イデアは当時日本政府にはない。
日本政府内では、
意見 「西洋各国も条約を結んでいる。まして近隣国である我が国も早く清と条約を結んで貿
易利益をはかるべき」
意見 「このままでは在日の清人は無条約の人間であることに変わりはない。上海道台との合
意は、上海に限られよう。早く清政府との条約を結ばねば」
意見 「それに、清国との条約がなれば朝鮮は清の冊封国だから、こちらとの交際も速やかに
整うのでは」
意見 「いや、清国との条約はそう急ぐ必要はない。朝鮮との国交こそ急ぐべきだろう。ロシ
アが手を出してくる前に朝鮮と先に条約を整えておかねば」
などなどの意見があった。
(続き)
さて、清政府は清政府で、アヘン戦争からというもの、西洋国にやられっぱなし。そこでなん
とかせねば、というところに日本から条約交渉が来る。
最初、北京総署は断るつもりだったが、
李鴻章 「日本は我が中国からわずか3日ぐらいの距離にあり、中華の文字に精通し、兵もま
た強いと聞くアル。ここはひとつ、味方にして外援とするべきアルよ」
と。
で、日清条約交渉。
日本側 「で、条約草案はこうなんだけど」
清側 「何あるか? 草案ならわが国がつくっているアルよ」
日本側 「あそ。で、わが国の草案は万国公法に基づいて・・・・」
清側 「こちらのは西洋国との条約のように卑しい言葉を並び立てたようなものではないアル!」
日本側 「はいはい。で、どちらの草案を基礎にするかだけど・・・」
清側 「だから言っているアル!わが国の草案が優れているに決まっているアル! わが国のに基
づかねば条約など結ばないあるよ!」
日本側 「やれやれ、ま、いいか」
はっきり言って清国草案に基づいた日清条約文はスマートじゃない。ごてついた文章であり、
中には、なんじゃこりゃ、てな部分もある。そしてまるで日清軍事同盟と間違われかねない条
文を含んでいる。案の定、西洋各国公使から、
「オーノー! これは危険ですよー! もし清が他国と戦争となった時に日本もまきこまれま
すよー!」
日本政府 「あ、やっぱり。まずいよなこれ。んー、条約改正言おうっと」
李鴻章 「何あるか?!! まだ批准もしてないのに変えるとは!! 我輩のメンツはどうな
るあるか!!!」
(続き)
日本政府 「わかったわかったよ。ま、いいでしょ。これで批准するよ」
各国公使 「オーノー!」
日本政府 「いやいや、この問題の条文は、つまり日清両国は交際も永くてそれだけ親密だよ、
ということを表現したに過ぎないって説明で、どうよ」
各国 「まー、いいでしょー」
で、この日清条約をめぐって、
日本政府 「しかしまあ、清の、上から目線の大国意識ってどうよ」
清政府 「日本は小国のくせにつべこべ言って生意気あるネ!」
という火種がついたのでした。
そしてその頃、台湾で事件発生。
明治4年11月、当時鹿児島県に編入されていた琉球(沖縄)の船が難破して台湾東部に漂着。
乗っていた宮古島の人間69名の内54名が現地土民から虐殺されるという事件が起きた。
また明治6年には小田県(現岡山県西部と広島県東部)の人が乗る船が台湾に漂着し、土民か
ら船を破壊され荷物衣類一切を奪われるという事件が発生。
日本政府 「遭難して難儀している人間をさらに苦しめたり、首をちょん切ったりするってど
うよ」
西郷従道 「我が旧藩の民になんということを! 許せんでごわす!!」
これにより日本政府は、台湾は清国領土であることから、同年、折りしも日清条約批准のため
に清国にいた副島種臣特命全権大使にそのことを談判させた。
紫煙
(続き)
しかし清政府は、
清政府 「台湾東部はわが国の影響の及ぶより外の民の住むところアルよ。清政府に責任はない
アルね」
副島 「はあ? 君んとこの領土でしょ。立派な犯罪だよ。捕まえて処罰せねばならんし、予
防もせにゃならんっしょ」
清政府 「そんなの知らないアルよ。捕まえる気もないアルね」
副島 「むかっ!」
よって日本政府は自らの手で解決することとし、明治7年(1874)4月、その罪を問い、また
事件再発防止を目的として日本軍を派遣した。
清政府 「アイヤー!! 小日本が兵を出したアルよ」
西郷従道 「どんどん掃討、どんどん掃討」
清政府 「アイヤー!! やめるアル!! 台湾はわが国領土アルよ!!」
日本政府 「だって、台湾東部はうちとは関係ないって言ったじゃん。だから、こっちでする
しかないじゃん」
清政府 「とにかく止めるアル!!」
日本政府 「そんならどう責任とるのよ」
清政府 「分かったある! だからすぐに兵を引き揚げるアルよ!」
日本政府 「今後、外国人に害を及ぼすようなことはさせないと約束してね。それと出兵費用
も賠償してもらわんと」
清政府 「わかったアルよ。約束するあるね。費用も出すアルよ」
日本政府 「ほっ。では解決したと。ところで、それ、文書で提出してね」
清政府 「何あるか? このようなことを文書で表すなら、国家の体面に関わるアルよ。口頭で
いいある!!」
(続き)
日本政府 「はあ? 文書にしなければ保証書にならないじゃん!」
清政府 「やかましいアル! とにかく文書にはしないアル!」
とまあ、清政府もかたくななもので。で、これが日本に伝わると、日本世論も清国非難のごう
ごうたる声があがり、はやくも清と戦争だあっ! とばかりに、日本中から政府に義勇兵の申
し込みや義捐の金品などが殺到。ほとんどが士族からのものだったが、中には、
華族「予も一兵士となって国恩に報いたし」
平民「あっしも加わらせてくだせい」
ってのも。
で、談判の日本公使(柳原前光)はついに、
柳原 「あっそ。ではわが国は台湾を征服するだけよ。ま、お互いやりたいことをやって、自
主の権利を発揮するだけさ」
と席をけって旅館に戻った。
まさに帰国の準備中、そこにあわててやって来たのが英国公使ウェードであった。
英国公使 「柳原さーん、待ってくださーい。話はやっと私がつけましたねー。北京総署は50
万テールの賠償をしまーす。その他の要求のことも証書を出しまーすね」
てなわけで英国公使の仲介で日本の要求は通り、すんでのところで開戦回避と。
支援
(続き)
当時の日本は清に対してはけっこう強気。これに反して、朝鮮には強硬な政策をとらなかった
のが不思議なぐらいで。もっとも、木戸孝允も言っているように、「朝鮮また未だ明かに征す
可きの罪あらざるなり」だったと。まあ、日本からの明治維新の通知書を受け取らない無礼ぐ
らいで、戦争しかけるわけもいかないわけで。
で、日清両国が互いに反感の度合いを増したのがこの台湾事件だったと。
(つづく)
>>441 いつもご支援感謝。
444 :
マンセー名無しさん:2009/04/08(水) 00:05:10 ID:05KSGO8c
445 :
マンセー名無しさん:2009/04/08(水) 00:20:42 ID:05KSGO8c
446 :
マンセー名無しさん:2009/04/08(水) 17:26:37 ID:05KSGO8c
日韓併合ほど真実が明確になっていない時代も珍しいと思う。
447 :
マンセー名無しさん:2009/04/08(水) 17:50:17 ID:a7kSYd+D
448 :
マンセー名無しさん:2009/04/09(木) 19:44:02 ID:jolvS4YF
こういうのって英語と韓国語で発信しないと意味ない
質問です。
総督府への転載を携帯から見てる人っていますか?
ttp://www.soutokufu.com/cgi-bin/hogehoge/test/read.cgi/hangul/1196821166/ 3000KBまでは書き込めるのですが、500KB超えると携帯では見られなくなるという話があります。
158 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2009/01/16(金) 09:24:17 ID:4RW0TWcY
回答ありがとうございます。
500kbを超えると携帯で閲覧できなくなるという問題はクリアされたのでしょうか。
この問題がクリアされているならば3000kb一杯まで使用したいと思いますが…
159 名前:デッドテック ★[] 投稿日:2009/01/19(月) 03:23:32 ID:???
>>158 閲覧に限っての解決策として、スクリプトを仕込んでみました。。。。。
http://www.soutokufu.com/m/pc2m.php から入っていただきまして、総督府をクリックしてみてください。。。。。
このスクリプトはPCサイトを携帯用にリサイズして表示するもので。。。。
最上部の入力窓にURLを入れると、サイトの環境にも因りますが。。。。
大半のサイトにも使えます。。。。。
---------
携帯で見ている人がいない場合、もしくは上記の方法で解決されるのであれば
3000KB一杯まで転載していこうと思うのですが…
450 :
マンセー名無しさん:2009/04/10(金) 22:42:40 ID:JjOVirQ/
誰もいない
携帯でたまに見るが解決されてるのか知らないしな・・・
452 :
マンセー名無しさん:2009/04/13(月) 21:07:24 ID:AQAUrhU2
併合前の日朝(続き)
さて、次には琉球問題が発生。
琉球は慶応年間に薩摩島津家に降って以来、その実効支配を受けて隷属となっていたが、琉球
王国は同時に清国からも冊封を受け、あたかも実において島津に属し、名においては中国に属
するかのような姿であった。
明治4年、日本政府は廃藩置県により琉球を鹿児島県に編入。翌年には琉球王を華族に列した。
明治8年には、琉球国に対して明治の年号の使用と儀礼一般を日本と同様にさせるなどの制度
改革をさせ、清国との従来の形を放棄させて日本領土であることを明らかにした。
しかし明治11年、琉球の官吏が条約国である仏・蘭・米の各国公使と清国政府に「小国の危機」
と訴えでたことにより問題化。
清政府 「日本は堂々たる大国なのに、隣国の交際に背いて弱小国を欺いたアルよ。日本は不義!
無情! 無理!の国アルね!」
と日本政府に書簡。
日本政府 「外交においてそのような暴言をすることこそ無礼ではないか。謝罪と文書の撤回
を要求する!」と。
日本は明治12年には琉球藩を廃して沖縄県とした。
以後書簡による議論が続く。
清政府 「琉球は昔から中国の冊封を受けて今に数百年になるアルよ!」
日本政府 「何言ってんの。琉球の歴史、文字、言語、神事、風俗、法律、すべて日本のもの
だよ」
(続き)
清政府 「琉球が我が国の属国であることは天下が知っていることアルよ!!」
日本政府 「アホ言え。かつて琉球王は島津家に対して、子々孫々にまで伝える忠義の誓文ま
で提出してるのに」
清政府 「とにかく我が属国であることは間違いないアル!!」
とまあ議論平行。そんなところにフンフンフーン♪と、ご機嫌に世界観光旅行をしていた米国
前大統領グラントが清国に立ち寄った。さっそく清政府は、
清政府 「こうこうアル。日本はけしからんアル! 閣下から日本と交渉してほしいアル」
グラント 「フンフンフーン♪ 日本にも立ち寄る予定ですからいいですよー」
で、グラントは日本で、
グラント 「清政府はの言い分は聞きましたがー、日本の言い分も聞きたいですねー」
日本政府 「これこれこういうわけで琉球のことはすでに我が国の内政問題です。ただ、この
事で清国と争いごととなるのは望んでいませんがねえ」
グラント 「フンフンフーン♪ およそ理解しましたねー」
グラントは清政府に書簡を送り、
グラント 「世界の国々が貴国の弱体化につけこんで利権を得ようとしている今日でーす。し
かし日本政府は貴国とは和平を望んでいるのは確かでーす。和議を開いたらどうですかー?」
清政府内 「日本と和議することなどいらないアル!」
清政府内 「小国日本など踏み潰すアル!」
清政府内 「しかし強圧に出れば日本はロシアを頼るかもしれないアルよ」
清政府内 「我が国はイリ地方の領土問題でロシアと争っている時アル。ここは賢くやらねばな
らないアル!」
(続き)
清政府はその後、天津領事だった竹添進一郎とも会談を重ねて和議を開くことを決め、それに
より日本政府は明治12年3月、琉球問題ならびに条約改正の協議に、宍戸璣(たまき)
特命全権公使を派遣して談判させた。
清政府 「これが解決のための提案アルよ!」
宍戸公使 「おまえらの案なんか呑めねーよ! 日本案はこうだ!」
それは、琉球問題に絡めて、清が各国と締結している条約にある内地通商などの利便を日本も
また各国と等しく享受できるのものとする、いわゆる「最恵国条款」を盛り込み、その対価と
して宮古・八重山諸島を清に譲渡し、もって琉球問題も終わらせるというものであった。
宍戸公使は北京総署が提出する案を悉く斥け、激論59日間の死闘の末、ついにほぼ日本案を承
諾する形で協議を整えることに成功。あとは調印するだけとなった。
ところがいざとなって清政府はなかなか調印に応じようとしない。
宍戸公使 「いつになったら調印するのかね」
清大臣 「政府内で異論が出て来たアルよ」
宍戸公使 「君は全権の者ではないのかね! 何のための談判だったのだ!?」
清大臣 「とにかく政府内で合意が出来るまで調印できないアルよ」
清政府内 「ロシアは強国だが日本は弱国アル! ロシア人を馭するには剛柔まじえて対するアル
よ。しかし日本に対するには剛あっても柔であたる必要はないアル!」
清政府 「他の信義ある国であっても盟約を守るとは言えないアル。まして貪欲であくせくして
いる、あの狡い貧国弱兵の日本など!」
と、日本をぼろくそにけなす意見が続出。
清政府内 「よし、李鴻章らにも意見を聞くアルよ」
∧,,∧
( `・ω・) フムフム・・・
/ ∽ |
しー-J
(続き)
李鴻章 「日本は我が国を助けてロシアを拒むことなど出来ないアルよ。そんな力はないアル。そ
のような日本に多くを譲るよりも、ロシアのほうに譲歩して貸しを作り、もって日本を恐れさ
せるがよいアル。ロシアの力は日本の百倍はあるアルよ」
どうも李鴻章はこの頃から個人的にロシアに対する下心があったようでw
ってなわけで、北京総署は整った議定を破棄することを宍戸公使に通告。当然、宍戸公使は激
怒。
宍戸公使 「ふざけんなーっ!! この59日間はなんだったのかー!! 清政府がわが好意を
斥けて、すでに両国代表で議定したものを自ら棄てたからには、今後は永遠に琉球のことにつ
いて口出しさせんぞ!!」との文書をたたきつけ、憤然として帰国。
日本政府も、「我が国は米国前大統領の意見に従い、万国公法に基づく全権大臣を派したのに
、清政府は権なき大臣に談判させて無用の協議を開かせたも同然である。ようするにわが方を
欺き弄したのである!」と非難し、世界各国に対してこの件の経緯内容全てを公開した。
その後も清政府は何度も琉球問題を持ち出したが、日本政府は無視し、やがて日清戦争によ
って台湾さえ日本領有となったことにより、実質的に琉球問題は消滅した。
日本人が清の主張する、この冊封だの属国だののことでイラついたのは、琉球問題もそうであっ
たが、朝鮮についてもそうであった。
明治8年の雲揚号への砲撃事件(江華島事件)処理で、木戸孝允は日本政府に、
木戸孝允 「朝鮮が支那に服属しているのは確かである。まず支那と談判し、支那から朝鮮を
問責させるべき。もし支那が我が国に任せるとのことなら、日本から問責すればよい。世間の
征韓の論に乗せられて派兵してはならない。日本はまだ内治に力を注がなければならない時期
であり、それにまだ朝鮮は明かに征討すべき罪はないのだし」
とアドバイス。
(続き)
で、日本政府は森有礼を清政府に派遣。北京総署で談判させた。
森有礼 「そもそもおたくと朝鮮ってどんな関係?」
台湾事件でこりた清政府は発言に気をつけた。
清大臣 「朝鮮は我が属国であるが、それは領土的なものではないアル。その内政と外交は自主
であるアルよ」
つまり清政府に責任はない、ということを言いたいらしかった。
しかし、森有礼は言葉どおりに受け取り、日本政府に、
森公使 「内政と外交は自主だそうですよ」
日本政府 「ん? 内政と外交が自主なら属国と言えないんじゃないの」
日本政府 「万国公法から言ってもそうだよねえ。独立国だよ」
日本政府 「よっしゃ。日朝条約は自主独立国どうしの対等条約ってことにするべ」
と。
しかし後に清国は、
李鴻章 「朝鮮は我が中国の属国であることは天下の共に知ることアルよ」
森有礼 「おたくら天下という言葉使うの好きねえ」
李鴻章 「そもそも江華島事件は、日本の軍艦が相手国に通知せずに接近したのが原因アルよ。
これは万国公法に反した行為アルね」
森有礼 「あのねえ。法というものはその国が採用しない限り適用できないの。分かる? 朝
鮮は万国公法なんか知らない国だよ」
李鴻章 「・・・・・とにかく朝鮮の内政と外交は自主アルよ!」
森有礼 「はいはい」
(続き)
実際は清政府は朝鮮の内政と外交にも干渉しまくった。無理やり開国させて米朝条約を結ばせ
たのも清政府だし。
つまりは、対外的には「内政と外交は自主である」と言い、裏では干渉するという方針と。
それがあらわになったのが、明治15年の朝鮮事変(壬午事変)であった。
ご存知のように、当時の朝鮮執政者であり国王の実父である大院君を拉致するという、最高度
の主権侵害を行い、その上、清皇帝の名で大院君を糾問すると宣言した。
日本政府 「乱暴だなあ。どこが内政は自主なんだよ。言ってることとすることが全然違うじゃ
ん」
言行不一致はこの国の伝統である。日本がいよいよ清国に警戒し反発したのは言うまでもない。
そして、日本人が最も激怒したのが、次の明治17年の朝鮮事変(朴金の乱)での清兵の行為で
あった。
(つづく)
>>455 いつもご支援感謝。
オモロイぞー
もっと続けてチュセヨ
460 :
マンセー名無しさん:2009/04/17(金) 17:20:31 ID:4et7A3w5
461 :
マンセー名無しさん:2009/04/17(金) 21:56:21 ID:1uU1hZPb
462 :
マンセー名無しさん:2009/04/17(金) 23:03:03 ID:O2OR1bUF
これを見た台湾人が、日本人は残酷だと喚いておったぞ。
日本人が嫌いor日本人に最初から興味ない台湾人もいるから今回のNHKの特番についての意見も台湾国内の
意見は賛否両論だよ。殆どの台湾人が怒っているわけではないことを頭の隅に置いて議論したほうがいい。
トルコは反日になったよ。
BBCの世論調査では、反日と親日が半々ぐらいだったが、昨年ついに反日が親日を大きく越えた。
NHKスペシャル シリーズ「JAPANデビュー」 第1回「アジアの“一等国”」
総合 2009年4月5日(日)午後9時〜10時13分
1895(明治28)年、日清戦争に勝利した日本は、台湾を割譲され、初の植民地統治を始める。
英のインド統治やフランスのアルジェリア統治にならい、植民地をもつことで“一等国”をめざした日本。
1910年、ロンドンで開かれた日英博覧会では、台湾のパイワン族を“展示”し、
統治の成功を世界に誇示する。
日本は「格差と同化」という矛盾した台湾統治を続け、1930年代後半からは「皇民化運動」で日本文化を強制する。
半世紀におよぶ統治はどのように変遷していったのか。
2万6千冊におよぶ『台湾総督府文書』、近年発見されたフィルム、
欧米に埋もれていた文書などを手がかりに近代日本とアジアの関わりの原点を探っていく。
http://www.nhk.or.jp/japan/program/prg_090405_2.html 「台湾の人たちは日本にひどい目にあわされてきたんだよ!!」て吠えてた
確かにねww。でも今回のこの動画に出てくるNHKの番組についてのコメントはとても的確だと思う。
「韓国は独力で近代化を成し遂げた」
韓国の近代化は韓国の莫大な資本と人材の投与によって成し遂げられたものである。
「韓国は日本の統治に抵抗をもって対抗した」
同胞韓国人はロバのように日本の統治を追放したのが実態だ。
ごくごく一部の抵抗はあったが上から下までみんな韓国に憧れ、韓国人になろうとしたのだ。
「韓国が独立したのは韓国の手によるものだ」
463 :
マンセー名無しさん:2009/04/17(金) 23:07:00 ID:VvoGHb0y
>>462 お前は微妙だなそのソースは・・
トルコは基本的に何でも他国の評価は悪い
半々より少し少なくてもいい方。
NHKの報道がダメだったのは事実。
賛否両論だけど怒っている人のほうが多い。
464 :
マンセー名無しさん:2009/04/17(金) 23:10:51 ID:VvoGHb0y
>>462 訂正しといたよ
>「韓国は独力で近代化を成し遂げた」
>韓国の近代化は韓国の莫大な資本と人材の投与によって成し遂げられたものである。
>「韓国は日本の統治に抵抗をもって対抗した」
>同胞韓国人はロバのように日本の統治を追放したのが実態だ。
>ごくごく一部の抵抗はあったが上から下までみんな韓国に憧れ、韓国人になろうとしたのだ。
>「韓国が独立したのは韓国の手によるものだ」
↑全部違うだろ
「韓国は独力で近代化を成し遂げられなかった」
韓国の近代化は日本の莫大な資本と人材の投与によって成し遂げられたものである。
「韓国は日本の統治に抵抗をもって対抗してない」
同胞韓国人はロバのように日本の統治を甘んじてたのが実態だ。
ごくごく一部の抵抗はあったが上から下までみんな日本に憧れ、韓国人になろうとしたのだ。
「韓国が独立したのはアメリカの手によるものだ」
465 :
マンセー名無しさん:2009/04/17(金) 23:12:07 ID:VvoGHb0y
「韓国は独力で近代化を成し遂げられなかった」
韓国の近代化は日本の莫大な資本と人材の投与によって成し遂げられたものである。
「韓国は日本の統治に抵抗していない」
同胞韓国人はロバのように日本の統治を甘んじてたのが実態だ。
ごくごく一部の抵抗はあったが上から下までみんな日本に憧れ、日本人になろうとしたのだ。
「韓国が独立したのはアメリカの手によるものだ」
467 :
マンセー名無しさん:2009/04/18(土) 22:11:56 ID:yums7EkA
>>467 そうだろうけど、何でこんな文書が展示されてたの?
説明はどういうのが?
>>467 日韓併合に関する条約文そのものですね。
>>467 併合条約の韓国側の分だね。皇帝の御璽がないから無効とか
李完用が売国奴だ、とかいう説明でも書いてあった?
471 :
467:2009/04/18(土) 22:22:33 ID:yums7EkA
いや、説明文はハングルしかなかったんでよく分からんのですが、展示の流れからすりゃ
日帝批判ばっかなんで、これも無効なインチキ文書ってな感じだと思いますが。
>>471 そうだとしたら相当の馬鹿だなあ。
とりあえずしっかり保存させて貰った。いい資料です。
473 :
マンセー名無しさん:2009/04/18(土) 22:24:42 ID:9Eg/6lyx
支那の領土だったんだよね。
474 :
467:2009/04/18(土) 22:32:55 ID:yums7EkA
隣にかすかに映ってる写真見ると、武力で脅迫されて
調印したとでも説明してあるのかなぁ。
477 :
マンセー名無しさん:2009/04/19(日) 00:20:18 ID:f4TA9eHS
アンニョンハセよ
4条から7条まではカットしてある。彼らにとっては都合の悪いところらしいw。
479 :
マンセー名無しさん:2009/04/19(日) 14:17:58 ID:n0cnzwic
そうやって都合よく歴史を曲解して捏造するのですね。
そんなんでつくられた教科書を盲目的に勉強する半島人って可哀相W
480 :
マンセー名無しさん:2009/04/19(日) 18:31:55 ID:u/OeUHg2
>>479 学者が真実を発表しようとしたら、報道陣が、学者から
マイクを奪ったり、机を押し倒したりして
「お前は、韓国を愛してないのかー!!」って喚いてた
のを、ようつべで観た覚えがあるよ。
それぐらい、「真実」は大嫌いで「民族主義」が大切らしい。
481 :
マンセー名無しさん:2009/04/19(日) 22:07:52 ID:edTPeyPf
事実よりも願望を優先する人たちですから。
朝鮮時代の朝鮮政府の報告書や記録の類も、どこまでが事実なのやらw。
なにせ、たとえば釜山の朝鮮水軍には軍船は朽ちはててろくに乗れる船もないのに、水軍が政府に報告するのには「威儀を正して軍船を並べ盛大に演習をやった」と書いてるのを見た日本の外交官が呆れたほどですから。
しかしこれは中国も同じなようで。
日清戦争陸戦初戦の成歓・牙山戦で敗退した清軍の将、葉志超は逃げながら、お友達の左宝貴あてに手紙で、
葉 「ふう。日本兵は敗退したアルよ。追撃して倭兵1000人は殺したアルね」
実際は日本側の損害は戦死10人、溺死24人、負傷54人。それに追撃されたのは清軍の方。
で、政府への報告では、
葉 「血戦6時間、殺した倭兵は千数百人アル。なお糧食、天幕などが不足しているので送られたいアルよ」
それに対する清軍中央の返事。たぶん李鴻章。
「将軍は善戦したアルよ。倭兵1700人を殺したアル。2万両を褒賞するアル」と。
おーい、報告受けた方で何かってに数増やしてんのよw。中国人おもしろすぎw。
で、まあスレ違いになるかもしれない日清戦争までの経緯の続きで、以下。
482 :
マンセー名無しさん:2009/04/19(日) 22:09:18 ID:edTPeyPf
併合前の日朝(続き)
明治15年の事変で、朝鮮政府には兵の統率も出来ないことから、公使館護衛のためにやむを得
ず日本兵若干を駐在させることを認めた済物浦条約。
花房公使 「兵舎も朝鮮政府が建てるっす。これは兵舎が朝鮮政府の所有物であるという意味っ
す」
金宏集 「なるほど。分かったニダ」
で、護衛兵1大隊→2中隊→1中隊へ。
明治17年、日本政府は朝鮮国王の嘆願を受け入れて朝鮮政府に40万円を寄贈し、国王依頼の
護衛兵も王宮に派遣。
しかしその結果は、千数百名の清兵と朝鮮兵による、日本公使と日本護衛兵120名へのいきな
りの銃撃砲撃の嵐であった。
さらには、何の罪もない京城居留の日本民間人への、清兵による殺害と強姦と略奪行為であっ
た。死者36人(含む婦人1人)、拉致者(婦人12人)、負傷者数は不明。日本兵の戦死者は4人。
袁世凱は兵に日本人皆殺しの許可を発していた。
朝鮮駐在米国公使フートですらこう述べた。
「日本政府はその要求するところを何なりとも清韓両国に提出してその要求通りになすべし。
まして貴下が宮殿に在ったのは、国王の請求によって王体を保護するためであり、その事実は
明々白々である。それであるから今度のことを世界に向かって弁明する必要も無い。まして日
本政府は罰金を返して朝鮮に好意を表して、それが間もなくたちまち日本人を殺し、小銃並び
に大砲まで公使に発砲するような行為を受け、かくも日本が害される事態となった今、世界中
の誰が日本に対して異論を唱える者があろうか」と。
紫煙
(続き)
今日、どうしてこの資料を取り上げる人がいないんでしょうかねえ。明治17年朝鮮事変を的確
に言い表した資料なのに。
しかし「日本は何なりと清韓両国に要求を通すべし」って言っても、朝鮮に対してはともかく、
清に対してはとうてい無理。
日本全国で沸騰する開戦の声。それを必死で抑える日本政府。切歯扼腕する国民。
次には明治18年、事変処理のための天津談判。
伊藤博文、懸命の議論。すなわち日清両兵は朝鮮から永久に撤退するべき、と。
しかし清国代表李鴻章は、
「朝鮮は中国の属国アル! 我が国は属国に派兵する義務と権利があるアル!」
と。
で、ついに一時撤兵いつかは派兵、となった天津条約。
もし今後日清両兵が会するなら必ず衝突するだろう、と厳しい認識を示した日本政府。
しかし李鴻章は「我が兵は綱紀厳格アルよ。厳しく監督すればそんなことはないアルよ」
と足元の現実を見ない愚答で返し、ついに将来の日清開戦への時限爆弾スイッチON。
また、居留民殺害の謝罪と賠償の求めにも応じず、「ま、調べとくアルよ」との一片の文書を提
出したのみ。
ところで日本政府は、この天津条約のことを国民に説明するのに、ちょっとしたインチキをや
ったらしい。
どうやら、「清政府は朝鮮の独立を認めたから撤兵した」などと説明したようなのだ。
もちろん公式ではなくていわゆる政府筋の談話だったと思われる。これを信じてそう思い込ん
でいる文章や言葉が後の書籍や議会議員の発言にしばしば見られる。激昂やまない世論を慰め
るための嘘だったのだろうが。
紫煙
(続き)
しかし当然清政府はその後も朝鮮の内政・外交・王制にまで干渉し、その宗属の関係を強める
圧力を増していく。
だから日本世論は、清国は朝鮮の独立を認めたではないか、それをまったくけしからん!とい
よいよもって清国憎しに傾くと。
日本政府内 「まずかった?w」
日本政府内 「ほんとのところはどうよ、と聞かれたら答弁どうする?w」
日本政府内 「外交の事は機密に属する、でよくね?w」
で、そんなところに長崎事件。その後の「今度こそ日本を一撃してやる」との李鴻章の放言。
日本人の怒りは限界に。
もうだめぽ(古!w)
だいたい、17年の朝鮮事変後は日中両国が関係修復のために友好的な雰囲気を作らねばならん
かった時期なのにねえ。それを愚かにも中国は巨大戦艦を見せつけて脅しにかかり、清兵は日
本の地で暴れまわったもんだから。
もう日本人は完璧に、中国こそ真の敵国であり、世界一卑怯な国である、との認識を持つにい
たったのでした〜。
もちろん中にはトンチンカンな言論もあって、例えば青木周蔵なんぞは、「日本はロシアの南
進に対抗するために朝鮮と満州に覇権をのばさねばならぬ。それには清国と心を完全に合致さ
せることが前提である」などと現実無視の意見を吐いたし。ちなみに青木周蔵駐英公使は三国
干渉終結後に、あることないこと意味不明のことを政府に意見して、林薫外務次官をいたく怒
らせた人物。
(続き)
ところで、このロシアに対する警戒心なんですが、実際に資料を読んでみて、ロシアへの警戒
のことが頻々に出てくるかと思っていたのですが、意外とそうでもないのですよねえ。
もちろんロシアの進出を危惧する政府内意見は明治初期からあったし、それを自明の事として
の記述もいくつかはあるのですが、日本政府が警戒こそすれロシアを明らかに仮想敵国として
見ていたかどうかまでは分からないのですよねえ。
むしろ明治24年の大津事件でロシアに負い目すら感じたかもしれません。警護の警官が皇室賓
客のロシア皇太子を殺害しようとした前代未聞の事件でしたから。
犯人の津田巡査の死刑を最も強く望まれたのは明治天皇であったのは確か。もしこの皇室外交
が成功していたなら、ロシア皇室との絆という大きな国益が生まれていたかもしれないのです
からそのお怒りもごもっとも。それにもしかしたら後の三国干渉もまたなかったかも。
それと、政府が津田巡査を獄中死させたなどと言う人もありますが、そこまで明治の閣僚は人
間が陰険ではない。それに、そんなことすればますますロシアは日本を「野蛮人」と言って蔑
んだことでしょう。
で、とにかく朝鮮に嫌気がさした日本政府は、朝鮮のことはもう放置。清とも揉めごとはなる
べく避けて内治に専念。
しかし議会は、「「朝鮮への支援はどうしたん? アジアのことはどうしたん? われ関せず
過ぐるお!」と。
日本世論も清に対して敵愾心メラメラ〜。「この頑迷無知のあほ国が!」と。
また清の世論も日本を敵視し、「この西洋かぶれの野蛮島国!」と罵り合い。
いつ衝突してもおかしくない事態になっていた。
支援
(続き)
帝国議会内でも外交に関して政府批判の嵐が。
明治27年5月、第6回帝国議会で。
議会議員 「政府は外国に弱腰すぐる! あの卑しい支那に対してさえ腰を折っとる!」
議会議員 「条約改正の努力など必要はない! 厳格に守らせれば外国人はかえって困るに違
いなく、あちらから改正を言い出すに決まっとる!」
議会議員 「居留日本人にあの支那の法を適用させていいのか! 支那に領事裁判権を認めさ
せろ!(つまりいわゆる不平等条約の方に日清条約を変えろとw)」
各国とのいわゆる不平等条約改正問題では、真逆の意見も続出したのですよねえ。むしろこち
らの方が強いぐらいでw。
で、なんでこんなことになったかと言うと、要するに、国民からは日本政府の外交が外国に対
して弱腰すぎに見えてしかたがない。もう歯がゆくって歯がゆくって、とw。
で、条約改正するより、いっそ外国人に厳格に励行させて、居留地外の活動を出来なくさせる
などして外国人を困らせようという励行論が強くなったり。
伊藤博文総理大臣 「励行論には政府は反対である」[議員のヤジ「なぜ反対だ?!!」]
伊藤博文 「その影響がおよぶところが大きい」[議員ヤジ「どこが害になるのか具体的に言
え!」]
伊藤博文 「今は従来の方針通り、条約改正にとりかかっておる」[議員ヤジ「できんだろ!
」「難しいぞ!」]
伊藤博文 「成し遂げる見込みがないなら取りかかりはしない!」[議員ヤジ「今までの手際
はどうか!」「信用せぬ!」]
伊藤博文 「条約改正は独立国としての権利を得ようとするものであり、国際通例に基づいて
各国と交際する必要があるからである」[議員ヤジ「日本の方が譲ってるぞ!」「改正などで
きないではないか!」]
(続き)
伊藤博文 「改正の事はそう容易に出来ることではない」[柴四郎議員ヤジ「朝鮮が怖いぐら
いではとてもできない!」どっと笑い声]
伊藤博文 「条約励行を改正を促す手段とする、という説もあるが、政府はその方法は執らな
いのである」[議員ヤジ「それがいかんのだ。政府は励行など出来ない、ならば破棄するつも
りか!」]
伊藤博文 「維新国是の方針により条約改正は一大義務と考えておる」[議員ヤジ「この20年
で何度失敗したか! 内に強く外に弱いのが政府の政略ではないか!」]
伊藤博文 「今は怠らずその取り組みを進行しているのである」[議員ヤジ「大いに怠ってる
ぞ!」]
伊藤博文 「これを成し遂げるにはいかなる障害もこれを排するつもりである」[議員ヤジ「
内に威張らず、外に威張れ!」]
伊藤博文 「政府は改正の目的はどこまでも貫くつもりである」[議員ヤジ「明治百年にやっ
てくれ」どっと笑い声]
伊藤博文 「しかし諸君も考えてもらいたい。このように議会と政府が衝突しておってよいの
か。国家急要の事業を残さねばならんのに」[議員ヤジ「我らは必要だから衝突しておる!」]
伊藤博文 「このように衝突し続けるなら、今回の議会で進めねばならんものも進まないでは
ないか」[議員ヤジ「期日21日を百日に延ばしてもよいぞ! 明日解散してもよいぞ! 政府
に都合が悪いと言って解散すればよい!」]
伊藤博文 「えらい攻撃じゃなあ。この上、最終の聖断を仰がねばならんようなことは避けた
いではないか」[議員ヤジ「ほうら聖断が出た! 解散で脅すつもりか!」]
明治の帝国議会も実に自由闊達な議論が出来ていたようでw。
紫煙
(続き)
で、政府批判の嵐はやまない。
犬養毅議員 「もし現内閣の失政をあげるなら、彼らには我が帝国の政治を負うに真正な心、
赤誠を持っていないということである!」[議員ら拍手喝采]
犬養毅議員 「実に内閣は姑息であり優柔惰弱であり、善をなさず悪を戒めず、その地位に恋
々としておるだけである! どういうことをしておるかと言うと、外国にこびておる! 世界
各国に対して伊藤総理が柔弱な惰弱な政略をとり、世界で最も優柔なる弱国であるところの朝
鮮に対してもそうである!」
伊藤博文の平和外交に対する不満であった。
犬養毅議員 「今の藩閥内閣で最も元老と呼んでいる伊藤総理が、天津条約を結んで、その墨
の乾かぬ内に、支那は朝鮮に対してどのようなことをしておるか?! 17年の事変、大院君の
乱、近頃の金玉均事件など、すべてが日本の顔に泥を塗られておりながら拭うこともしないで
はないか!!」
これは後から井上角五郎議員が、「犬養議員の言ったの、時系列的にむちゃくちゃじゃん」と
突っ込みをいれたがw。
犬養毅議員 「この政府の何と言う柔弱、怯懦か! 世界で一番弱い朝鮮に対してすら力を伸
ばさず、世界で一番卑しい国である清国に対してすら頭を下げてこびておるではないか! こ
れでは条約改正などできようはずもない! かような不始末の政府に我が国事を任せることは
できんのである!」
その他、金玉均事件の事でも議員から発言があり、事件のことで朝鮮政府に談判をしない政府
を批判し、金玉均の遺体を奪い取った清政府に何の抗議もしない政府を非難した。
(続き)
それらこれら条約問題も含めて弱腰外交への批判と、前回議会解散したことを非難し、ついに
議会は内閣不信任を圧倒的多数で可決。また、天皇への訴えとして内閣不信任を上奏した。
これに対して、伊藤内閣は解散で答え、陛下は上奏受け取り拒否で応じた。
で、この事を後に、政府は議会からの批判を避けるために日清戦争を始めた、というトンデモ
を言う人がw。
日清戦争の契機は、そんなものではなかった。まあ一つの圧力にはなったが。
直接の原因は、朝鮮政府が東学の乱を鎮圧できず、ついに清政府に派兵を求めたことによる。
日清両兵が会すれば必ず衝突となる、とは朝鮮政府の中でも危惧する者はいたが、国王も王妃
も東学の乱に震え上がったのである。
で、義侠心溢るる日本世論は東学の乱起るや、
世論 「隣国の困窮を助けるは隣国の義である。すぐに日本は派兵して東学の乱を鎮圧すべき
である」
世論 「いやいや、東学の乱は民が困窮して起こしたもので、こちらにこそ正義がある」
といろいろの意見続出。
で、日本政府内では、
伊藤総理 「う〜ん。朝鮮政府の力で鎮圧できればよいがなあ」
陸奥外務 「大鳥公使を帰国させて詳細を報告させましょう」
(つづく)
>>
いつもご支援感謝。
おつ!
495 :
マンセー名無しさん:2009/04/24(金) 23:53:20 ID:sHMFgvu5
捕手
496 :
マンセー名無しさん:2009/04/25(土) 00:50:11 ID:RUJEuF60
併合前の日朝(続き)
そもそも東学は1850年代から60年代にかけて、朝鮮忠清道で崔福述(崔濟愚)という者が、神
仙術の身を隠す妖術などをあらわしたと言って、宗派をおこしたのが最初と言われている。
んー、なんか手品でもやったかw。
崔福述 「ニダーッ!」
民衆 「オーッ! 姿が消えたニダ〜!拍手〜!」
ってなことで人が集まりだしたとか?w
東学という名称は、このころにキリスト教つまりは西学が国内に浸透しつつあったのを危惧し、
これをぶっつぶす目的をもって、西に対する東という名を冠したことに由来する。
で、その内容は、民間のシャーマニズムに道教神仙思想や儒教的・仏教的要素をてんこもりし
てマジェマジェしたようなもの。
しかし政府からは、妖術をうりにしたカルト宗教とのあつかいを受け、やがて、
朝鮮政府 「人民を惑わしてだますものニダ。治安を害するものニダ。教祖を捕まえるニダー!」
と、崔福述を捕らえて首をちょん切った。
身を隠す妖術はこの時に使えばよかったのに〜w。
で、まあ呪文を唱えて病気直しなどをしていたことから、2世教主の時代となってからは信
徒は減るどころかますます増え、ついには慶尚、全羅、忠清の三道に広がり、全羅道などでは
官吏の中にもこれを信奉する者があるにいたった。
497 :
マンセー名無しさん:2009/04/25(土) 00:51:57 ID:RUJEuF60
(続き)
朝鮮人 「プーランスから来られた宣教師さまから、ありがたいキリシト様の話を聞くがいい
ニダ」
朝鮮人 「キリシト教など邪教ニダ。ちかごろウリは東学党に入って勉強しているニダ」
朝鮮人 「キリシト様のことをそんなふうに言うと罰があたるニダ!」
朝鮮人 「ふんニダ。ウリは東学のお経を唱えている間は不死身になるニダ!」
明治15年、朝鮮政府は米朝条約を機にキリスト教の布教を公認した。
また、明治15年の壬午事変(大院君の乱)ののちは西洋人や日本人などに対する排斥運動を禁
じた。
朝鮮政府 「日本人と仲良くするニダー!! もし乱暴したら逮捕処刑するニダー!! 徒党
をくんで外国排斥を言う者は厳罰ニダー!!」とね。
最初のころ東学党が政府に求めたものは刑死された教祖の罪状の赦免であった。少なくとも2
世教主の願いはそこにあった。しかし幹部や取り巻き連中はそれにあきたらず、やがて生活に
困窮して不満を持つ人々を集めてしばしば民乱をひき起こすようになる。
また、教祖罪状の赦免の訴えがどうしても通らないことから、方針をかえて政府に布教の公認
を求めるようになる。
明治26年、「敬天正心保国安民(天を敬い心を正しくし国を保ち民を安んずる)」というスロ
ーガンを掲げて京城に入り、代表40人が直訴におよんだ。
しかし朝鮮政府は激怒し、
「奇怪なる直訴ニダ! 愚民を惑わせるけしからんやつらニダ! 前に教祖を処刑したのになお
も懲りないニカ!」と拒絶し、捕り方の官吏らに逮捕を命じた。
(続き)
しかし東学党代表らにはその数、千とも万ともいわれる仲間がいて一緒に京城に潜入した、と
の噂が流れた。
捕り方官吏 「け、けどここで乱になったら大変ニダ!」
官吏 「ウ、ウリは、ちょっと病気になったニダ」
官吏 「あ、ウリも具合が悪いのでおうちに帰るニダ」
ってなことで、東学党を恐れて捕り方の官吏は命令に応じなかったので、代表らはゆうゆうと
引き揚げ、また京城内に潜伏して布教にいそしんだ。
これにより、京城駐在の各国公使や領事も東学党のことを意識するようになり、在留の本国人
に対して警戒を呼びかけ、日本がわも万一のことを考えて、釜山、元山、仁川などの居留区に
も警戒をうながし、朝鮮政府に保安をもとめた。
また、袁世凱はここぞとばかりに外国公使たちに、
袁世凱 「心配ないアル。万が一の時は清軍を呼んで鎮圧するアル。朝鮮の治安を守るのは宗主国
のつとめアル」
などと宣伝につとめた。
しかし東学党は、政府からこのように拒絶されたことから、いよいよ大規模な行動を起こすこ
とに決し、各道に結集を呼びかけた。
明治26年4月ごろ、忠清道報恩村に陸続として集って砦を設け、
「西洋と日本を排斥するニダ! 東学は邪教じゃないニダ! 圧政の地方官吏は民を苦しめてい
るニダ!」と訴えて、まさに大乱を起こすかのような動きを見せた。
東学党が「斥西洋斥倭」との外国人排斥のスローガンを掲げるようになったのはこの時からで
ある。京城に行ってみて、そこに隠然としてある外国勢力を意識するようになり、よって外国
人に反感を持つ人々をも東学党に取り込もうとしたのである。もっとも、反キリスト教から出
発しているので、西洋文明的なものを否定する性格を最初からもってはいたが。
支援
(続き)
しかし外国人排斥運動は国禁を犯すことになる。
政府は兵を出してこれを取り締まることを検討した。
大臣 「兵を送って鎮圧するニダ!」
大臣 「もはや見過ごすことはできんニダ!」
大臣 「勢力が大きくなる前に叩いておかんといかんニダ!」
大臣 「しかし国王様のご意向を聞くニダよ」
大臣 「ニダ! 国王様の裁可を求めるニダ」
しかし優柔不断の国王は兵を出すことを躊躇。、
国王 「う〜んと。けど『敬天正心保国安民』と、言っていることは正しいのではないニカ?」
大臣 「・・・・(んなことは当たり前ニダ。正しくないことをわざわざ直訴するものはおら
んニダ)
国王 「いろいろと付和雷同して騒いでいる者がいるに違いないニダよ。多くの民は我が聖廟
を敬愛しているはずニダ。兵を出すより、誰か行って説得するニダよ」
大臣 「・・・そ、それが王様のご命令なら・・・」
大臣 「あ、ウリはちょっと・・・・ニダ」
大臣 「あ、ウリもちょっと・・・・ニダ」
大臣たちがしり込みする中に選ばれたのは、魚允中という人物。自分の意見を決して曲げない
一徹者として知られた人である。
魚允中は王命を奉じて東学党拠点の各道を回って説得し、やがて報恩村の集会拠点に到着する
と、
魚 「王命を伝えるニダー! 『東学と称する学問の徒がなぜに集合して騒擾を起こそうとす
るニカ! もし邪教徒でないと言うなら我が命に従うニダ。民はみな王たる我の子供ニダ。皆解散
して家に帰って安楽に生業をするニダよー』」
魚 「これは王命ニダー! 皆、解散するニダー!」
(続き)
しかし東学党は応じない。
魚允中は政府に電報を打ってそれを伝えた。
大臣 「それやっぱりニダ。武力で鎮圧するしかないニダ!」
大臣 「王様ー! いかがいたしますニカー?」
国王 「や、やはり、兵を送るニダ! い、いやここは清兵派遣をたのむニダ!」
大臣 「王様、けどそれでは派遣の費用が莫大になりますニダ。ここは我が兵を送るがよろし
いニダ」
国王 「ニカ? なんでもいいニダ。早くするニダ!」
で、朝鮮兵600名にガトリング機関砲3門をもたせて送ることに。
魚 「ほうら。兵が来るニダ。解散するなら今の内ニダーッ!!」
ちょうど大雨が降り始め、集まった者のうちには帰る者も出てきた。
東学党 「兵が来るニダ! どうするニカ?!」
東学党 「ウリたちには何の武器もないニダ!」
東学党 「もうウリたちも武器を手に入れねばならないニダよ!」
東学党 「ここは解散するニダ!!」
東学党 「あのう、5日以内に解散することにしましたニダ」
魚 「いいや! 3日以内に解散するニダ!!」
東学党 「分かったニダー」
かくて東学党は兵が来る前に解散した。
紫煙
(続き)
魚 「ふうー。やっと王命を果たせたニダ」
しかし、魚允中は日清開戦後に井上馨にこの時のことを次のように語った。
魚 「あの時に叩いておくべきだったニダ。説得して解散させたのは間違いだったニダ。かえっ
て東学党をつけあがらせ、養ったようなものだったニダ。これはもう全くの失政だったニダ」
と。
たしかに、この時に東学党をしっかりと鎮圧しておれば、後は民の不満は悪政を行う地方官を
罰することで解消し、また乱となっても朝鮮兵で鎮圧できる小規模なもので終わっていたろう
。まして清兵派遣を要請せねばならないような大乱にもなっていなかったろう。更には日本軍
が来ることもなく、日清戦争にもならなかったかも。
しかし武器を持って立ち上がることを決意した東学党が、それを実行に移したきっかけは、明
治27年2月、全羅道の古阜で発生した。
古阜の郡守である趙秉甲は、他に比べて特別にひどい搾取をしていたわけではない。普通にひ
どい搾取をしていたのである。
着任するとすぐに農民に開墾を勧め、
趙秉甲 「農民どもー! 荒地を開墾するがいいニダ。そこは免税にしてやるニダ」
で、免税と聞いて喜んだ農民が荒地をやっと田畑にし、次に作物を植えていざ収穫の時になる
と、
趙秉甲 「やっぱり税をとるニダ。さっさとよこすニダ!」
農民 「アイゴー!」
嘘はこの国の常道である。信じたほうが悪いのかもw。
紫煙
(続き)
また富者には罪を着せて大金をせしめ、農民から徴収した年貢は質の悪い穀物と交換して政府
に上納して差額を奪い、といたって普通にひどい搾取をしていたに過ぎないw。
しかし洑という灌漑に用いる堰のような施設のことでは、さすがに農民たちは憤慨した。
その施設がすでにあるにも関わらず、わざわざ別に新しいのを農民たちに作らせ、しかも賦役
に賃金も払わず、施設が出来上がったら高額の水税を以前のに加えて徴収したのである。
農民 「お役人さまー。もう少し税を安くしてくれねばおらたち食べていけませんニダー」
役人 「うるさいニダ! おまえたち施設を利用しているじゃないニカ!!」
農民 「以前のでちゃんと用を足していましたニダ。何も新しいのを作る必要はありませんで
したニダー」
役人 「うるさい!うるさい! 税を払わないやつは用水を使わせんニダ!!」
農民 「そんなーっ。水がないなら作物は出来ませんニダー!」
農民 「あんまりひどいニダー!!」
郡守にしてみれば、金で買った地方官の地位である。払った代金分は取り戻さねばならないし
、その上儲けねばならない。売官をするのはもちろん政府であり、王宮である。なぜ売官をす
るのか。税収が少ないからである。なぜ税収が少ないのか。金で地位を得た地方官が利益を得
ようと税収をごまかしたりするからである。このぐるぐると回る腐敗のサイクルがこの国の元
凶であった。
結局はそのつけを払わされるのは農民らである。
それにしてもいったい誰だよ? この時のことを、日本の搾取で物価が上がって民乱となった、
などと罪を他人になすりつけるようなことを言い始めた歴史家は?w
(続き)
この古阜の地に全琫準という者がいた。体が小さいので「彔豆」(ちび豆の意)とも呼
ばれていた。父とともに学問を教えるのを家業としていた地方両班であった。
全琫準はいつか東学に傾いて入党し、その教えを愛した。
全 「『敬天正心保国安民』か。いいなあ。これが一番好きな教えニダ」
そんなところに、農民が水税のことで騒いでいるのを聞いた。全の家には大した土地もなく税
のことで困ることもなかったが、農民の困窮を知って大いに憤慨した。「安民」は東学の教え
である。
全は数十人の民を率いて郡守の元に向かい、悪政を改めるよう求めた。
郡守 「やかましい!!」
すぐに、追い払われた。
全は再び民を引き連れて郡守のところに行った。しかし、再び追い払われた。全は近隣の民に
も呼びかけた。もとより日ごろからの郡守の悪政に怒っている人々は少なくない。
ついに千名をこえる人数が集まった。武器を持って戦うことはすでに東学党の方針である。
全らは郡守の武器庫を襲撃し、槍や剣、弓、銃を奪って気勢をあげた。仰天した郡守趙秉甲は
、
郡守 「や、やばい! に、逃げるニダー!」
といち早く逃げ出した。
それを見た全琫準らは郡守が不正に貯めていた穀物を民に供出し、問題の洑を新
旧共に破壊した。
紫煙
(続き)
この時の乱は純然たる民乱である。郡守が逃走し、灌漑施設が破壊されたのを見ると乱民はす
ぐに解散して家業に戻り、全も帰宅した。
さて、ほうほうのていで逃げ出した趙秉甲は、やっと全州にまでたどり着くと事情を報告した。
これを聞いた全羅道観察官が政府に報告すると、趙秉甲とその部下は悪政を敷いたとして罪に
問われ、京城に縛送された。
この話が周囲に伝わると、たちまち多くの人々が色めき立った。悪政を敷いているのは趙秉甲
だけではない。どこの地方も似たりよったりであったからである。しかし、だからと言ってす
ぐに全琫準に続くようなことにはならなかった。
東学党の乱と称されたのは、明らかに東学党自身が蜂起するきっかけがあったからである。
まず、逃げてきた趙秉甲の供述により、今度の乱を全く東学党のしわざと思った現地調査官李
容泰は、周辺を捜査して東学党員の名簿を作成した。
そして党員を片っ端から逮捕して処刑し、しかも本人が不在の場合は妻子を引き出してこれを
殺すという暴挙に及んだのである。
かつて日本に逃亡した朴泳孝が後に国王に建白したように、まったくこの国では罪なき人を多
く殺した者ほど功労となるらしい。
このことを知った全琫準ら東学党員らは激怒。各地の東学党員に連絡して保国安民のた
めに蜂起することを訴えかけた。
明治27年4月であった。呼びかけに応じて集合した東学員は、5月にまず地方の軍器庫を襲撃し
て武器を奪い、次に古阜郡白山という小高い丘に集合してここを拠点とした。やがて陸続とし
て3道の東学員が結集し、数千人の規模に膨れ上がるにいたった。
このようにして東学党第一次の大乱が発生することになる。
(つづく)
いつもご支援感謝。
いつも本当にご苦労様です。
なんだかなあ、朝鮮って今も昔もやらずもがなな事やって、自ら墓穴を掘ってるんだなあ。
511 :
戦勝国家:2009/04/25(土) 20:48:05 ID:8O1eDeQd
戦争負けたチョッパリ国が何言ってんだか ww
実質戦勝国家か。どこのことだろうなあ。
朝鮮人は息を吐くようにウソを吐くw
戦勝国家?
僭称国家だろがwww
514 :
マンセー名無しさん:2009/04/26(日) 16:13:05 ID:W5Cr2yO/
欧米のように奴隷として厳しく扱ってれば、今のチョンのように
生意気にはならなかっただろう。経済一つとっても未だに日本の
遥か後方にいるのに、これほど生意気になるとは。
일본인은 날조만 한다
518 :
マンセー名無しさん:2009/04/30(木) 21:32:17 ID:pm3f4Eyk
ほす
捕手
520 :
マンセー名無しさん:2009/05/04(月) 00:18:41 ID:mJM9TYzX
sageのままだった。orz
じゃあお前買えよと
誤爆した
■『日本の韓国統治に関する細密な報告書』 〜 容認しがたい挑発的主張を記載
(訳注:原著はアレン・アイルランド(Alleyne Ireland)の "The New Korea"(1926))
普通の韓国人が読んだら同意したくない内容が多い本だ。しかし1900年前後における極東の植民地統治を
研究したアメリカの行政学者が、実証資料を土台に見た日本の植民地政策は、それなりの意味を持っている。
この本は第一章から、韓国人にとって決して同意できない挑発的な主張を展開する。「多くの資料を収集して
調査した結果、筆者は、従前の王朝時代や同民族から支配を受けたいかなる時代よりも、植民地支配を受け
ている今の韓国の統治のほうがずっと良いと判断する。」
「どうしたらこんな主張を展開できるのか?」と怒る人は、丹念にこの本を最初から最後まで読むべきだ。こう
した本が「彼らが見た私たち」というシリーズの一つとして出版されること自体が、私たちの社会がそれほど
自由になった証拠だと言える。
こんな挑発的な主張を展開している本を紹介すべきか否かしばらく悩みもしたが、通念と違う少数意見を聞い
てみることも意義があると思った。当時の日本と韓国に滞在した経験を持ち、韓国だけではなくイギリスやポ
ルトガルが主導した植民地統治を見比べた学者なら、広い視点で問題を見ることもできるはずだ、という期待
感を持って読めば良い。
著者は、私たちの常識や歴史知識とは違って、1920年前後に「韓国国民の全般的な生活条件が驚くほど改
善しており、韓国の繁栄ぶりは注目に値する」という主張を展開している。悪辣な日帝統治について私たちが
学んだ歴史的事実から見れば、著者の主張は真実とは隔たりがあることが分かる。 この本は、果たして私た
ちの学んだ真実がどれほど客観的資料によって裏付けうるかを提示している。今日の我が国社会の基礎と
なっている行政組職から予算制度に至るまで、日帝がいかに導入していったかが一つ一つ紹介されている。
>>524 続き
一つの興味深い事実は、1918年に466校だった韓国の小学校が、1922年になると890校に増え、政府支出も
183万5000円から1330万9000円へと8倍にも増えていることだ。1918年を基準に見ると、教育費のうち韓国
人の負担は10%で、残りは政府補助金が充当されたという。もちろん、政府補助金がどこからどのようにして
捻出されたのかは確かではない。ただ、朝鮮総督府が「少なくとも3ヵ村あたり1つの学校を」という基準で学
校増設を推進した点は印象的だ。
こんな断片的な事実だけから、日本の韓国植民地支配が苛酷ではなかったと主張することは誰も出来ない。
しかし、「苛酷な日帝統治」という主張と同時に、このような統計資料にも関心を持つ必要がある。
監獄行政に関する資料も興味を引く。李朝政府の監獄をこう評している。「李朝時代の監獄は、大多数の東
洋諸国の監獄と同じく、説明しがたいほど無残だ。衛生設備は不足で、収監者に対する虐待は頻繁だったし、
すし詰め状態はほとんど信じられないほどだった。」
これに対して日帝統治開始以後の監獄の状況について著者は、「毎年監獄が増えて条件が改善した結果、
少なくとも大型化された監獄は他の国の監獄に匹敵する状態にあり、アメリカ国内の大部分の監獄よりずっと
良い状態だった」と指摘する。
著者が、日本の初期統治に対し友好的な見方をする主な原因は何だろうか。李朝末期のような腐敗と無能
が持続するかぎり、韓国人か自らの運命を切り拓くことは出来ない、と仮定するからだ。しかし大多数の韓国
人は、日本の侵略が無かったならば朝鮮は自らを変革して近代化の道を歩むことができた筈だと信じている。
この点については韓国人であれば誰であれ少数意見を述べるのは困難と思われるが、少数意見があるなら
おそらく著者の見解と同じになろう。
論争的な主張を記してはいるが、外国人が私たちをどう見ていたのかという観点から、推薦に値する本だ。
▽ソース:毎日経済(韓国語)
http://book.mk.co.kr/issue/view.php?mode=d&category=gong&book_code=560
韓民族は日本人と同化しましょう!
>>526 こっちくんな!!!!!!!!!!!!!
528 :
マンセー名無しさん:2009/05/05(火) 19:10:48 ID:YASgo+km
いつも楽しく読ませていただいております。
携帯電話でも読めるように、携帯電話表示に対応したサイトに掲載したいのですが差し支えますでしょうか。
その際には、ハン板のURLを記載して、筆者さんの許可を得て転載したと表示しようと思っております。
御判断をよろしくお願いいたします。
チョッパリのような幼稚な民族は朝鮮民族に従っていればいいんだよ
530 :
マンセー名無しさん:2009/05/06(水) 22:34:54 ID:L8ob+vAf
>>528 どうぞどうぞ♪ より多くの人に読んでもらえれば有り難いことです。
併合前の日朝(続き)
やがて全琫準率いる東学党大挙の報は京城にも伝わった。
朝鮮大臣 「まーた、乱ニダ!」
朝鮮大臣 「すでに古阜郡守の趙秉甲たちは罰したニダ。まーだ何が不満ニカ?」
朝鮮大臣 「説得にあたる鎮撫使だけでなく、兵も同時に送るニカ?」
朝鮮大臣 「とにかく今度の乱では地方の軍器庫を襲って武器を奪っているニダ。今までの乱
とは違うニダよ」
当時、宰相も同然であった閔族のボス閔泳駿(閔恵堂と称された)は言った。
閔泳駿 「とにかく袁世凱殿にも相談しておこうと思うニダ」
袁世凱 「前年のように文官を送って説得するよりも、武官が兵を率いて武威を張りながら説
得するのがいいアルよ」
閔泳駿 「なるほどですニダ。ではそうするニダ」
袁世凱 「お前らの手に負えなかったら、いつでも宗主国が鎮圧してやるアルよw」
閔泳駿 「そ、それにはおよびませんニダ。わ、我が内政の問題ですニダ」
袁世凱 「フフフ」
その武官には、かつて明治15年の大院君の乱の時に、王宮で危うく殺害されそうになった王妃
を背負って逃げた洪啓薫が任じられた。彼はそれより国王王妃から深い信頼を得て、京城中央
軍の指導的地位にあった。
(続き)
国王 「分ったニカ? 東学の者らの言っていることも道理があるニダよ。よくよく我が聖廟に
忠義を尽くすように説得するニダよ」
洪 「王様ー。分りましたニダー」
閔泳駿 「よいか。王様はああ言われるが、治安を害した上に武器まで奪っている連中ニダ。
説得に応じない時には断固として撃ち殺すニダよ!」
洪 「恵堂様ー。分りましたニダー」
かくて、洪啓薫は、説得して応じない場合は討伐するという意味の「招討使」に任じられて、
モーゼル式小銃を装備し外国人教官から訓練を受けた京城中央軍兵士800人を率いて鎮圧に向
かうこととなった。
閔泳駿 「袁世凱殿。つきましては兵を全羅道まで送るのに軍艦などを貸してもらえませんニカ
?」
袁世凱 「ああ、いいアルよ。経費はもらうアルよ」
で、清国軍艦平遠や汽船などに兵やクルップ式野砲2門、ガットリング機関砲2門を乗せて仁川
を出港したのは5月8日であった。
その5月8日、全琫準率いる東学党数千は、白山から扶安に侵入。
全 「それー! 県庁を襲うニダー! 県監(知事みたいなの)も捕まえるニダー!」
東学党 「ワーッ!!!」
東学党 「火縄銃、ゲット!」
東学党 「お金、ゲット!!」
東学党 「食いもの、ゲット!!」
東学党 「県監もゲット、ニダー!!」
すぐに縄で縛りあげた。
東学党、「この!この!」ポカ!ポカ!
紫煙
(続き)
騒動は直ぐに周囲に伝わり、当地の軍は急いで兵を招集。
将兵 「早く兵をかき集めるニダ!!」
部下 「集まりが悪いニダ!」
部下 「やっと250人ほどになりましたニダ」
将兵 「そのくらいニカ? 軍糧を運ばせる人夫はどうしたニカ?」
部下 「負商らを雇ってはどうでしょうニカ?」
将兵 「そうするニダ!」
負商、正式には負褓商という連中は、すでに述べたように、荷物を背中に負って運送や行商を
生計にしていた人々である。彼らには組合組織のようなものがあって集団で行動することがあっ
た。
負商 「ようがすニダ。力になりますニダ。なんならウリたちも戦いますニダ。東学の連中のせ
いで、あちこちが荒らされて俺らの商売もあがったりだったニダ」
部下 「しかし、軍器庫が襲われているから武器も満足に兵士にいきわたらんニダ」
負商 「なあに、石がいっぱい落ちているニダ」
投石は当時朝鮮人の得意とするもの。しかしまあ、かつて鎖国時代にイギリス軍艦が釜山に来
る気配を見せた時に、釜山の水軍は投石用の石を集めたりしたのを、「おいおい、銃や大砲に
石投げて対抗するつもりかよ」と日本人を笑わせたものだが。
(続き)
で、とにかく将兵率いる地方軍と数千人の東学党は黄土峴において衝突。
東学党の武器は火縄銃や弓矢に刀槍。で地方軍も似たり寄ったり。
将兵 「撃ち払うニダー!!」
負商 「それみんなで石投げるニダー!!」
部下 「す、すごい敵の数ニダー!!」
全 「それー! あいつらを一気に揉みつぶすニダー!!」
東学党 「ワアーッ!」
なんと言っても多勢に無勢。それに兵士らも特別に戦術の訓練を受けたわけでもない。
兵士 「に、逃げるニダー!」
将兵 「や、やばいニダー!! ここは退くニダー!」
負商 「や、やっぱりまずいニダ!」
東学党 「あはははは!! やつら逃げ散ったニダー!」
東学党 「勝った!勝った!ウリたちの勝利ニダー!」
東学党 「マンセー!!」
勢いに乗った東学党はすぐに隣りの県に侵入し、役所を壊して回る。監獄まで襲撃して囚人を
解放。
(続き)
囚人 「マンセー!マンセー! 東学党マンセー!」
東学党 「この家には負商がいるな!」
民家のもの「ウリは関係ないニダ!」
東学党 「うるさい!ニダ! それ火をつけるニダ」
民家のもの 「アイゴー!」
東学党 「それ、農家から食いもの持ってくるニダ」
農民 「それを取られたら食べるものがないニダ!」
東学党 「うるさいニダ!!」
東学党 「ちょっとこの鍋も持っていくニダ」
農民 「それまで持っていかれたら困るニダ!」
東学党 「やかましい!」
乱民は手弁当で乱に参加しているわけではない。当然食料は各地で略奪するほかはない。付和
雷同して、にわか東学員になる者も急増している。これらによる略奪が各地で起きた。ついで
に婦人を強姦したり拉致する者もいた。「保国安民」のスローガンが急激に色あせたのはこの
第一次の大乱からであった。
東学党 「おまえの村からはなんで乱に参加する者がいないニカ!」
村長 「ウリの村からも何人かは参加しているはずニダ」
東学党 「嘘をつけ! おいっおまえ! 東学に参加するニダよ」
農民 「ウ、ウリはちょっと都合が悪くて」
東学党 「黙れ! 家を焼かれたいのか?!」
農民 「さ、参加するニダ」
東学党 「おい! 隣にいるおまえも参加しないと殺されるぞ!」
農民 「わ、分ったニダ。参加するニダ」
C円
(続き)
後に朝鮮政府が乱に参加した者の逮捕者を取り調べたが、そのうちの農民の大半は、脅迫され
たり拉致されて乱に参加していることが明らかとなり、それらは無罪放免となっている。
この時の乱を昔から「東学党の乱」と称していたのを、近頃では北朝鮮の御用学者などの階級
史観によって「農民戦争」と称するようになったが、実態はこんなものであった。
(つづく)
>>536 いつもご支援感謝。ちょっと短めですが今回はここまでで。
540 :
マンセー名無しさん:2009/05/07(木) 01:21:30 ID:uvbobMKn
541 :
在日朝鮮人:2009/05/07(木) 01:43:03 ID:sWRpPoQL
なあ もう一度併合しろよ チョッパリ
543 :
在日朝鮮人:2009/05/07(木) 12:24:42 ID:E18xhrho
なあ 日本人になりたいんだよ 帰化じゃなくてさ 北が攻められないように日本にしてくれよ
544 :
巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2009/05/07(木) 12:27:25 ID:GVZMoml3
545 :
在日朝鮮人:2009/05/07(木) 12:28:38 ID:E18xhrho
なんでだよ お前ら差別するなよ 同じアジアの仲間じゃないか
546 :
巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2009/05/07(木) 12:31:44 ID:GVZMoml3
>>545 嫌だなあ北朝鮮人を差別する韓国人と違って区別してるだけだよ。
差別しないで仲良くしなよ、ほら先ず差別を止めて帰らないと。
547 :
在日朝鮮人:2009/05/07(木) 12:45:24 ID:E18xhrho
よし 今日から日本人で行動する そしてお前らと同じように偉そうにしてみる
548 :
巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2009/05/07(木) 12:51:43 ID:GVZMoml3
>>547 品格てなあ威張るなたあ関係ないよ、寧ろ対極の位置に有る。
あ?其のまんまか。
どうだろう 一回死んでみてはw
下なりの低確率ではあるが 日本人に生まれ変われるかも知れないぞw
550 :
巫山戯為奴 ◆X49...FUZA :2009/05/07(木) 13:03:35 ID:GVZMoml3
生前の行いが反映されるかもな、やっぱ急激な変化は難しいだろうし。
死んで地獄に行けば、そのうちお釈迦様が蜘蛛の糸を垂らしてくれるかも知れないぞ
朝鮮人達が 我先に糸に殺到して切れてしまうニダw
実は熊の糸だったりして。
童話「パンを踏んだ子」
日本人からの好意を踏みにじった朝鮮人は、
罰として永久に地獄の門前で立たされるのでした。
555 :
マンセー名無しさん:2009/05/12(火) 23:31:43 ID:0+dem2yZ
hage
面白い本借りてきたよ
「黒い傘の下で〜日本植民地に生きた韓国人の声〜」
なかなか興味深い・・・
チョン・テイク 男性 1911年生まれ 農民・製造業 カンウォンド
私は、1930年代の中頃になっても、日本語を一言もしゃべったことはありませんでした。
それに、神社にも一度もいったことがありません。いくようにとお達しはあったのですが、
何しろへんぴな農場や製作所にいたもので、誰にも強制されず、知らん顔していましたね。
557 :
マンセー名無しさん:2009/05/14(木) 00:22:53 ID:3UGc8DTL
合前の日朝(続き)
さて、このようにして各地の官庁舎を打ち壊し、また監獄から囚人を解放し、あるいは富者の
家も襲いつつ、あたかも無人の野を行くかのように進軍する東学徒は、ますます志気高まり、
付和雷同する者も増えて、ついにその数1万人を超える規模となった。
なにしろ1万人が略奪しながら進むのだから、彼らが通過した地は、まるでイナゴが食い尽く
した跡のような惨状。
中でも茂長という地では、以前から東学が盛んであり、それだけに捕われて酷な扱いをされた
東学徒も少なくないので、その報復は過酷なものとなった。打ち壊しと囚人の解放のみならず、
役人をことごとく捕縛してその大半を殺害し、家々に火を放って村内とその周囲を焼き尽くし
た。
平民ら 「何で村全部を焼くニカーッ!! 『安民』は嘘ニカーッ!!」
さて、もはや暴徒としか言いようのない彼らを鎮圧するために派遣された招討使洪啓薫が、京
城中央軍を率いて全羅道群山浦に入港したのは5月9日。
将官 「招討使殿、ここで兵士に飯を食わせておかねばならないニダが」
洪 「糧食のパンはどうしたニカ?」
将官 「パンは船の中でみな食っちゃったニダ」
洪 「全部ニカ!?」
将官 「兵士は大食いニダよ。それにこの先の糧食は徴発することになってるニダ」
洪 「そうニカ? 軍糧の内に糧食は入ってなかったニカ?」
将官 「現地の農民からの貢税をもって糧食にすることになってるニダ」
558 :
マンセー名無しさん:2009/05/14(木) 00:24:23 ID:3UGc8DTL
(続き)
ってことで、上陸早々まず取り掛かったのは食料徴収だった。
将官 「農民どもー! 政府からのお達しニダー! 今年収める分の年貢を今ここで徴収するニ
ダー! すみやかに供出するニダよー!」
農民 「アイゴー! 東学の連中から奪われてしまって、もうないニダよー!」
将官 「嘘つけー! 隠しているものがあるだろー! これは政府の命令ニダー!! さっさ
と出さないと厳罰に処すニダー!!」
農民 「アイゴー!! もうウリたちは餓死するしかないニダよー!!」
後に金宏集が井上馨に語った、この時の朝鮮政府の「恥ずかしい方策」であった。
で、こんな調子で食糧を徴発しながら行軍を続けて、5月11日、まず全州府に入城した。
ここで、黄土峴において地方軍が敗退したことを聞いた。
洪 「ごくり。は、敗退したニカ?」
将官 「参加していたここの監営の兵士が逃げてきての話だから間違いありませんニダ」
洪 「ここにも襲撃にくるだろうか?」
将官 「いつとも分りませんニダ。だから早く討伐に出発せねばなりませんニダ」
しかし洪啓薫はなかな進軍の命を発しようとしない。
将官 「招討使殿、急がねばなりませんニダ!」
洪 「うーん。それよりも、ここ全州府の兵士の中に東学党のスパイがいるかも知れないニダ」
将官 「はあ?」
(続き)
洪 「きっといるに違いないニダ。兵士を取り調べるニダよ!」
将官 「はあ」
その結果、やはり将兵の中に東学党シンパがいたので、計5人の首をちょん切ってさらし首に。
そんなことで日にちを費やす内に、あちこちで東学党襲撃の報が入り、各村からはいよいよ京
城軍の出動を求める声が高まる。
しかし洪啓薫は動こうとしない。
同行した観察使金文鉉も、
金 「招討使殿、早く討伐に行かねばなりませんニダよ」
洪 「いや、それが、これでは兵が足りないニダ」
金 「はあ?」
実は、ひんぴんと来る東学党襲撃の報に、京城軍兵士も恐れをなして逃亡する者が続出し、5
月22日頃までには470名までに減少していた。
金 「はぁーーー」orz
洪 「政府に新たな援軍を頼まねばならんニダよ」
こんなごたごたの事も袁世凱は探偵を派してちゃんと情報をつかんでいた。
支援
(続き)
で、朝鮮政府内でも大もめ。
大臣 「なじぇに招討使は出発しないニカ!」
大臣 「援軍を頼んで来ているニダ」
大臣 「洪は戦うことしか頭にないニカ? 兵威は説得がうまくいくために示すものニダよ!」
大臣 「けど兵士の逃亡が続出しているとのことニダ!」
大臣 「数の問題じゃないニダ! 聖廟の威厳を示すための兵ニダ!」
大臣 「だから、そのためにも援兵をしておかねばならんニダよ!」
で、すったもんだの上、やっと新たに京城軍精鋭を送ることに。
そんな中、5月26、7日頃、袁世凱は恵堂閔泳駿の邸宅を訪ね、人払いをさせて言った。
袁世凱 「南部地方の心配事は深刻アルね。貴国のために憂慮に堪えないアルよ」
閔 「貴国とウリの国は痛痒一体の間柄ニダ。袁大人の援助を頼むしかないニダ」
袁 「招討使を派遣されたので、やがて乱党を討ち平らげるだろうと思っていたアルよ。しかし
乱徒は依然として好き放題に暴れていると聞くアル。貴政府の中で討伐の将才がある者は、洪啓
薫だけアルか?」
閔 「せ、精鋭の者を選んだニダ。それですぐに乱徒を討ち滅ぼさないこともないニダ。けど東
学党徒は会戦するのを望んでいない。ゆえにこんな状態ニダ」
紫煙
(続き)
袁 「はあ? 決死の賊ですら討伐せねばならないアルよ。それを、まして会戦しようともしな
い者など、いよいよ打ち滅ぼすのは簡単なことではないアルか」
閔 「そ、それはそうニダが」
袁 「ふふふ、自分は人を遣って京城軍を観察させたアルよ」
閔 「う・・・ニダ」
袁 「しかしまあ朝鮮の軍には厳格な命令もなく兵にも規律がないアルねえ。気ままに座ったり
寝そべったり、隊列をはずれたりと。実にみっともないアルよ」
閔 「(汗)・・・・」
袁 「それに将官も東学党を恐れて兵を進めないし、その上、兵士が命令に従わないかもしれ
ないと恐れているアル。このようなものがどうして討伐アルか?」
閔 orz
閔はうなだれて答えることも出来なかった。
袁 「もし我が国の兵を用いるなら、5日で討ち平らげるアルよ」
閔 「こ、この上は、何とぞ清国様に派兵をお願いしたいニダ」
袁 「ふふふ、よろしいアルよ。まあ、朝鮮政府の正式な要請がいるアルが、とにかく本国には話
をしておくアル」
閔 「きっと国王の裁可を得て正式に要請しますニダ!」
さて、招討使洪啓薫は、増援の京城軍が来ると聞いて、これを待つこととし、一方で、軍官2
人を説得のために東学党所在地に向かわせたが、捕らえられて消息不明。それで、将官に兵3
百とクルップ野戦砲とガットリング砲それぞれ1門をもたせて討伐に向かわせた。
やがて東学党4千名が黄龍という地で昼食中であるのを見つけ、そこを野戦砲で砲撃。あっと
いう間に4、50名を倒した。しかし激怒した東学党は多勢を頼んで逆襲。
紫煙
(続き)
東学党 「せっかくの昼めしがだいなしニダー!!」
東学党 「食い物の恨みは恐ろしいニダよー!!」
大群となって襲ってくる東学党に恐怖した兵士らは野戦砲も機関砲も放ったらかしてたちまち
退却。
兵士 「に、逃げるニダー!!」
東学党 「おらおらーニダー! 逃げるなニダー!!」
追撃を受けて兵士4人と共に将官も戦死。ついに兵士全員が逃げ散った。
全州城を出て霊光の地まで出張っていた洪啓薫がそれらの兵を収容していた頃、全琫準
は全州襲撃を決め、5月31日、全州府を襲撃。
群れをなす東学徒を見た城を守る兵士らは直ぐに離散。
東学党は戦わずして全州城を降した。
(つづく)
>>559 ♪
>>561、563
ご支援感謝
いつもご苦労さまです。
いつもながら乙ですことよ。
実に面白いので本にしてほしいなぁ。
それがダメなら、みなもと太郎絵で漫画化というのも大歓迎ニダw
569 :
マンセー名無しさん:2009/05/17(日) 23:45:42 ID:up1ShS8C
併合前の日朝(続き)
黄龍において京城軍敗退す!
全州城、陥落す!
の報くるや、朝鮮政府は仰天し、京城市民にも動揺が走った。人々の間では、もはや「数万の
東学党」であり、いつ京城に攻め寄せてくるか、が問題となった。
朝鮮領議政(総理大臣)「王様ー。すでに意見は一致しましたニダー。上国(清国)に天兵(
清兵)をお願いするしかありませんニダー」
大臣 「けど王様ー。もし清兵が来るなら必ず日本も兵を出しますニダー。万が一のことです
が、この朝鮮の地で日清両兵の戦となることも計られませんニダー」
国王 「そ、そんなことがあってはならないニダ! けど清に乱の鎮圧を頼むしかもう方法は
ないニダ!」
閔恵堂 「王様のご決断が正しゅうございますニダ!」
国王 「ただちに袁世凱殿にそう申すニダー!!」
で、ちょっとここで、そもそも日清戦争とはなんだったのか、ということを考えるために、少
し時間を戻して、京城公使館の館員たちに議論をしてもらおう。
東学党の乱が鎮圧の朝鮮軍を打ち破って、ついに全州城を占拠したことを聞いて。
「朝鮮政府が清に派兵を要請した時のことを考えておかねばならんのう」
「正式な要請があれば、支那は宗主国の威厳を発揮するチャンスと見て、喜んで派兵して
くるだろうよ」
「もしそうなったら、日本としては見守るだけにしておいて、乱の鎮圧は清兵に任せたら
どうなる?」
(続き)
「支那兵が日本居留地や公使館の護衛などするはずもない。日本のことは日本が守るほか
なかろう」
「う〜ん。日本も護衛兵を出すしかないか」
「それに、東学党からだけでなく、支那兵からも守らねばなるまい。略奪や強姦しかせん
連中ぞ、あいつらは」
「明治17年の朝鮮事変、19年の長崎事件を思い出したら分かろう。あの野蛮で乱暴な清兵
のことだ。再び日本人にどのような危害を加えるか計りしれんぞ」
「この国では今まで乱で2度も公使館を焼失させられたしなあ。特に17年の時なんか金か
けて西洋建築で増築したばかりだったのに」
「大勢の日本人民間人も殺されたり財産を奪われたし」
「朝鮮人や支那兵がもう少し品行方正で信頼の置けるものだったらなあ」
「無理無理。天の星を取るより無理なことじゃわい」
「それに支那政府も絶対に非を認めないし謝罪しないし、もう信用ゼロだしな」
「東学党からだけでなく、乱に便乗する朝鮮人や支那兵からも護衛せねばならんよなあ」
日本軍派遣について、日本政府としては当初からその考慮中に、居留地や公使館を東学党から
守るだけでなく、清兵の乱暴からも守ることもあったことは間違いないだろう。
「で、日本も派兵したとして、日清協同で乱を鎮圧することになるのか?」
「う〜ん。日本など見下している清政府が日本と協同でやるかどうか」
「明治18年の朝鮮内政改革の提案ですら、日清協同では日本の指導を受けるようなことに
もなるから嫌だと李鴻章は言ったんだぜ」
「じゃあ、協同ではなく、別行動で、しかも日本側はただ護衛兵を各居留地周辺に配置す
るだけでは?」
(続き)
「ぜってえ、仕掛けて来る支那兵が出てくるさ。その時、支那人から攻撃されて黙ってい
る日本人はおらんだろ」
「ついには衝突することになろうなあ」
当時の日本人の誇り高さも相当なものだったと思われる。
「それに東学党が暴れまわっているのを見て見ぬふりして、日本人だけを護衛することも
出来まい。目の前で朝鮮人の農民が襲われたりしているのを傍観することは出来んぞ」
「まして朝鮮人から救いを求められたりしたら」
「出張っていかざるを得ないよなあ」
「そうすると、支那兵が、なぜに出てきたかといちゃもんをつけること間違いなし!」
「やっぱり衝突することになろうなあ」
義侠心の強いことも、金玉均暗殺事件への反応でご承知のとおり。
「いっそのこと、居留民も引き揚げ、公使館も引き払ったら?」
「民間は莫大な損失を出し、政府は財産を失い、今までの朝鮮への援助は無に帰し、文字
通り、血と汗で築いた利権を喪失することになるだけでなく、世界各国は日本を、隣国の、そ
れも条約国の困難を見捨てた卑怯者、臆病者と言って蔑み、支那は日本を侮って今度は沖縄に
手を伸ばしてこようし、ロシアもゆうゆうと南進を始めることだろうよ。最も出来ないことだ
ぞそれは」
「世論だって激昂しよう。そんなこと口にしただけで内閣解散な。いやクーデターすら起
るかも」
「やっぱり日本も派兵せざるを得ないなあ」
どうにも派兵する以外に当時日本がとる道はなかったのである。
(続き)
「必ず日本は派兵をせざるを得ない。国民の生命と財産保護は政府の義務だからな。ま、
一応は日清協同で乱を鎮圧することを提案するだろうが、清政府は拒否するだろうよ。宗主国
に任せよとな。で、両兵単独で掃討して乱が治まったとする」
「そしたら後は引き揚げるだけだべ?」
「支那が素直に引き揚げると思うかい?」
「うーん。分らん」
「あのなあ、朝鮮との宗属関係を強化しようとしているのが今の支那ぞ」
「なんだかんだ理由を作ってそのまま居座ることも考えられよう」
「それじゃあ、日本も撤兵できんぞ」
「それに、乱は初めてではなく何度も何度も起きているのだし。そもそも朝鮮ではなぜ
こんなに乱が起きる?」
「それは内政がだめだからさ。まず人民の不満を解消できる良政が出来ない。それに治安
を保つ力もない」
「それそれ。朝鮮には内政改革が必要なのよ。それをしない内は何度でも乱は起きる。だ
から容易に兵を徹することは出来まい」
「この国が教育制度を整えて、銘々が好き勝手なことをする生き方から、社会全体、国家
全体の事も考えるように教育し、経済を発展させて人民を富ませ、また警察制度を設けて治安
を計り、軍を改革して他国からの侮りのないようにする。つまりは自ら国を治め、自ら国を守
る、そういう方向にならなきゃ、同じ事の繰り返しじゃん」
「それって完全な独立国だべ。朝鮮は支那の属国だぞ」
「だから朝鮮を独立国にすることを日本は願っている。それにいつロシアが手を出してく
るかも分からんし」
「ロシアは必ず満州と朝鮮に手を出してくるだろうよ」
当時、朝鮮の独立と中立は、日本防衛戦略の基本であった。
∧,,∧
( `・ω・) フムフム・・・
/ ∽ |
しー-J
(続き)
「支那は朝鮮を独立させるはずもないし、だったら日本と戦争になるぞ、これは」
「だから朝鮮の独立を強固なものとすることを目的として戦争するとの大義が掲げられる
だろうよ」
「朝鮮独立のための戦争となるとな?」
「まあ、朝鮮に同情している我が国の者は多い。あの金玉均暗殺に全国新聞がこぞって追
悼し、大勢の日本人が朝鮮維新の独立闘士が死んだと嘆いたぐらいじゃから」
「実際、支那を殴りたい日本人ばかりだろうよ」
「よし! この際、日本は支那を降して、朝鮮も満州も頂くと!」
「なにその旧自由党の妄想! そんなことロシアはじめ西洋列強国が許すはずなかろう。
それにこの貧国を全面的に面倒見なければならなくなるし、満州経営もどうするのよ。莫大な
資本を投入せねばならなくなって、本国が悲鳴をあげることになるぞ」
「やっぱり旧自由党の考えは無理じゃな」
「そんなことより、朝鮮にまともな国となってもらえればいいんじゃ」
「それに朝鮮人の生活の現状に同情する現地日本人も多い。領事たちは皆そうじゃ」
中に、京城の内田定槌領事などは、哀れむべき朝鮮も大改革が出来たなら必ず富強国となるだ
ろうと、改革の必要性を強く日本政府に訴えている。
「哀れで見ておくことができんとな」
「飢饉の時でも、天命じゃから、とか言って政府は人民をほったらかしにしておるからな
あ」
「とにかくこの国は腐っとる。輸入の大半は西洋高級木綿ぞ。奢侈な白衣を着て外見を飾
ることばかり考えるその性根からして腐っとる」
収入に見合った分相応の生活をし、うわべを飾るのを嫌う質実剛健の精神は、この時なお日本
人の精神の支柱のひとつであった。
(続き)
「それで毎年貿易は赤字でますます貧国になると」
「それに官吏と言えば金で買いあさって地位についた役人ばかりぞ。考えておることは民
からいかに税金や賄賂を巻き上げるかじゃ」
「国家のことを考えておる者が誰か朝鮮にいるのか? 皆自分の事、せいぜい血族の安泰
のことばかりじゃ」
「閔一族がまさにそれな」
「朝鮮官吏は自分の国の人口すら知らんもんなあ」
「国の事なぞ考えておらん! せいぜいが赴任地の民百姓からどれぐらい巻き上げられる
かを計算するぐらいのことさ」
「腐っとると言えば、この街の糞尿の臭いもどうかならんかなあ」
「汚物にまみれて暮らす、それに慣れる、それが朝鮮人の生きかたよ」
「それに服だけはパリッと白衣を着てな」
「庶民の服は雑巾を煮しめたような色の白衣だが」
「いやもう、ここらで朝鮮にも維新が必要じゃあー!」
このようにして、日本人は、朝鮮に、日清戦争に、のめりこんで行ったように思えて仕方がな
いのだが。
そこのところを陸奥宗光は「蹇蹇録」で、「公然として世間に現れてくるものは、社会一般の
与論と称する、いわゆる弱きを助け強きを抑える義侠論に他ならなかった」と言っているわけ
で。
(続き)
さてその頃、日本政府内では。
すでに述べたように、5月21日に衆議院は内閣不信任案を圧倒的多数で可決。31日には衆議院
議長名で、内閣批判を天皇に上奏。これに対し天皇は上奏を採用をされず、内閣は解散で答え
たのが6月2日。
同日、わずらわしい議会から解放された内閣は、やっと朝鮮東学党問題に集中できることとな
り、閣議を開いた。
陸奥外務 「4月に始まった乱は、その規模が大きくなる一方だとの報告がきておる」
伊藤総理 「容易ならんことじゃなあ。こういうことになるのを恐れておったんじゃが」
井上内務 「全州城も陥落したと聞く。ここは全羅道の要の地じゃろう」
大山陸軍 「西洋式訓練を受けた京城中央軍も、あっさり敗退したとか。まっこてふがいない
ことでごわす」
黒田逓信 「在地の日本人も不安でごわそう」
西郷海軍 「釜山、元山、仁川の各港には軍艦を常駐させとるからまだよいが、問題は京城で
ごわす。ここは無防備のままじゃ」
黒田逓信 「可及的速やかに日本から護衛兵を送らねばなりもはん」
伊藤総理 「・・・・天津条約からもう9年になるのか」
陸奥外務 「いや、護衛兵派遣は日朝間の条約である済物浦条約によるものですな。公使館と
居留民保護のことはこれで取り決めてあるから」
伊藤総理 「そうじゃったな。第五条に、兵員若干を警備に置くことと、兵営の設置と修繕も
朝鮮政府の任であるとあったな」
井上外務 「若干と。どこまでの人数が若干やら」
大山陸軍 「護衛が目的でごわすから、護衛するにたる人数ということになりもそう」
西郷海軍 「仁川港から京城までの補給ルートを確保できる人数も考慮せねばならんが」
紫煙
(続き)
伊藤総理 「まあ、あまり大勢にならんように。大蔵大臣が気をもむじゃろうw」
渡邊大蔵 「むー」
井上内務 「で、問題は支那の動きじゃ」
陸奥外務 「すでに派兵のことは閔泳駿が申し出ていたが、杉村の報告では、朝鮮政府として
もついに正式に要請したらしい」
井上内務 「ふん。それじゃあ支那も派兵が確実じゃということか」
黒田逓信 「・・・・ついに来るとこまで来もうしたか」
井上内務 「まだそれを言うのは早い」
陸奥外務 「ま、日清はあからさまな敵対関係にあるわけではないし、乱の鎮圧では協同して
行動することを提案すべきでしょう」
井上内務 「うん、李鴻章もそれほど馬鹿ではないからの」
伊藤総理 「・・・・しかし万が一のことも考えておかねばならん。出来れば避けたいがなあ」
大山陸軍 「・・・・・」
西郷海軍 「・・・・・」
渡邊大蔵 「うーん」
伊藤総理 「とにかく、閣議決定としては、一、公使館及び国民を保護するために兵員を派遣
する必要があること。二、天津条約に基づいて清国と通知しあって派兵すべきじゃが、緊急を
要するので連合派兵を待たずに直ちに出兵すること。三、清国が派遣する兵と連合したり朝鮮
政府の要求によることなど、臨機応変に対応すること。四、とにかく出来るだけ速やかに準備
をすべし」
一同 「よし!」
(続き)
ご存知のように、日本は過去に2度も公使館を破壊され、大勢の日本人も殺されるという被害
をこうむっている。同じことが3度も繰り返される事態となることは、もう許されるものでは
ない。
また、明治18年の天津談判を開くに当って日本政府は、もしこの後に日清両国の兵が朝鮮で会
するなら、大局を破る事態になることはおそらく避けられないだろう、との厳しい見通しを持
っていた。それより9年。両国の仲は当時よりも一段と険悪なものとなっている。
あらかじめ、万一の事態を想定しておかねばならないのは当然である。
>>573 >>577 いつもご支援感謝。
次回に続きます。
581 :
マンセー名無しさん:2009/05/27(水) 22:48:13 ID:x+mB9uPV
捕手
582 :
マンセー名無しさん:2009/05/28(木) 21:38:58 ID:teInBiv3
併合前の日朝(続き)
伊藤総理 「大山さん、送る兵のことじゃが」
大山陸軍 「参謀総長と川上参謀次長を呼びもうそ」
川上操六 「・・・ってことで、大鳥公使が率いる護衛兵とは別に、後から混成旅団を送るの
がよいかと」
伊藤総理 「混成旅団か・・・、それでよいじゃろ」
当時外務次官だった林董などは、後々にこの時のことを回想して、陸奥外務が「伊藤総理は常
に平和主義の人であるから、日本兵7、8千の兵を動員するのは承知しないだろう」と言い、そ
れで陸軍中将川上操六参謀次長が「伊藤総理は旅団は2千人ぐらいであることを知っているか
ら、1旅団を派遣することは異議はないだろうと、で、混成旅団を出せば実際は7、8千の兵と
なる」と言ってそれが閣議で通ったと述べているが・・・、伊藤が平和主義ねえ。
それは議会など世間がそのようなレッテルを貼っているのであって、天津談判また下関談判で
の伊藤の議論を見ると、なかなかそんな生易しい人ではないのですよねえ。要するに、もろ現
実主義者。軍備が整わない内は平和を口にするしかなく、整えば徹底戦も辞さずという人。陸
奥がカミソリなら、伊藤は白刃を上段から振りおろすような、そんな感じがするんですが。
恐らくは、知っていて知らぬふりで混成旅団派遣へのゴーサインを出したのではと。
583 :
マンセー名無しさん:2009/05/28(木) 21:39:55 ID:teInBiv3
(続き)
さて、朝鮮政府から派兵の要請を受けた袁世凱は、訪れた杉村濬代理公使に、
袁世凱 「ということで、東洋の平和を思えば東学党の乱を鎮圧せねばならないアルよ。我が政
府は要請を受けて兵を出すことにしたアル」
杉村は冗談めかして言った。
杉村濬 「あらら、そりゃ困ったなー。そんなら日本も派兵しなくっちゃならなくなるしー♪」
にわかに袁世凱は顔色を変え、
袁 「そ、それはなぜアルか? 何のために出兵されるアルか?」
杉村 「もちろん我が公使館と人民を保護するため」
袁 「乱を鎮定するだけであって、外国人に危害を及ぼすことはないアル。貴国の出兵は無用アル
よ」
杉村 「けど朝鮮政府が外国から援兵を求めるほどの状態なら、我が国も安心できないし、そ
れに貴国に保護を依頼するいわれもないしねえ」
袁 「貴国がもし出兵するなら、他の外国の出兵も招くことになるアルよ。禍いのもとアルよ。そ
れに朝鮮国王は外国の兵が京城に入るのを嫌っているアルよ」
杉村 「まあまあ、これは僕の空想であって実際にはそんなことにはならないと思うよ」
と言って話題を変えた。
条約上の根拠もなしに、他の外国軍が入ってくるはずもないわけで。まさに条約上において派
兵の権利を持つのは日本だけであって。で、清も派兵の根拠を、属国を護るの旧例により、と。
(続き)
で、袁世凱は李鴻章に打電。
袁 「ということで、日本も過去の例により出兵すると思いますアル」
李鴻章 「ふん。過去の例と言うなら、ま、1中隊ぐらいは出すアルね」
で、李鴻章は北京政府に対して「日本も出兵するはずアルが、百人余りと思われるアル」と報告。
明治17年の日本公使館護衛兵の規模を想定したらしい。
さて、6月4日、清陸軍1500名が朝鮮に向けて出発との情報。
6月5日、帰任する大鳥圭介公使を乗せた軍艦八重山が仁川に向けて出発。
大鳥公使 「同行する兵士が少なくない?」
書記官 「現地の各軍艦から陸戦隊を編成して、それと併せるとのことです」
大鳥公使 「あ、そ。急いだからか」
それは、銃隊300名と野戦砲4門の砲兵など計420名。公使護衛としてはまずまずの数。もっと
も、本気で京城公使館や居留民を保護するのなら、京城市街を制圧して仁川からの補給ルート
を確保できる人数がいる。まあ、そのために後から送る混成旅団なのだが。
で、その数7000名とも4000名ともあってよく分らない。どうも、その後の成歓の戦闘や平壌戦
の様子を考慮すると、おそらく4000名ではなかったかと思うのだが、今に判然としない。
6月7日、清政府が日本に派兵通知。つまりは天津条約による「行文知照」
清政府 「朝鮮国王から要請があったアル。属国を保護する旧例により派兵するアル」
日本政府 「帝国政府は未だかつて朝鮮が貴国の属国であることを認めたことはない。それか
ら、朝鮮の内乱は重大事なので日本も派兵する」
と、ひと言文句言って日本政府も清に派兵通知。
∧,,∧
( `・ω・) フムフム・・・
/ ∽ |
しー-J
(続き)
6月9日、大鳥一行は仁川港に到着。旗艦松島と千代田は先に入港していた。
艦隊司令長官伊東祐亨中将 「で、銃隊と砲隊あわせて420名の陸戦隊をつけるつもりでごん
す」
大鳥圭介 「海兵には慣れない陸路だから、先発させたほうがいいと思うが」
伊東祐亨 「それならそうしもそ。砲兵は小蒸気船で送りもす」
で、仰天したのが朝鮮政府。
大臣 「なじぇに日本軍も来るニカ!?」
大臣 「だから言ったニダよ。必ず来るって」
大臣 「仁川に留め置くニダよ!」
外務参議閔高鎬 「ウ、ウリが行ってくるニダ!」
大臣 「アメリカ人顧問官のリゼンドルも連れて行くニダよ!」
で、仁川に急行したが、閔とリゼンドルが着いた時には大鳥一行はすでに出発した後。
閔 「アイゴー! 遅かったニダ!」
しかし、京城前で、外務協弁李容植が遭遇。
李容植 「大鳥こーし、大鳥こーし、兵を伴っての入京はできないニダよ」
大鳥公使 「なんで?」
李容植 「人民が驚くニダ。それでなくとも不安にかられている状況なのに」
大鳥公使 「不安にかられているのは我が国の居留民も同じだよ。だから護衛兵を連れてきた
のだ」
(続き)
李容植 「とにかく兵を連れて来られるのはお断りするニダ」
大鳥公使 「あのねえ、貴国と日本との間で締結した済物浦条約を知らんのかね。その第5条
に日本は護衛兵若干を警備に置く、とあるじゃないか」
李容植 「ニカ?」
大鳥公使 「呆れた。知らんのか。日清の天津条約の後も、この済物浦条約は有効であると、
当時金允植外務督弁と高平小五郎代理公使との間でも確認しただろ!」
李容植 「アイゴ・・」
大鳥公使 「なお、兵営の設置と修繕も朝鮮政府の任だよ。明治17年の時のは、貴国の人間が
焼いたからねえ」
李容植 「アイゴ・・」
李容植は返す言葉をなくし、大鳥公使一行の後からとぼとぼと付いて共に入京した。
さて、清兵は1000人が8日に牙山に上陸し、9日には600人、10日には500人が到着した。
で、その頃、東学党は。
(つづく)
>>585 いつもご支援カムサハムニダ。
588 :
マンセー名無しさん:2009/06/04(木) 01:13:44 ID:4PaoIIN/
すいません、ちょっと教えてください。
1.併合によって半島で使われだした単語
たしか「思いやり」とかいろいろあったと思うんですが、一覧になっているものはないでしょうか。
2.併合で日本が韓国に伝えたもの
併合で日本から伝わったものはどんなものがあるのでしょうか。
例えば、貨幣経済、近代法、野球とか。
よろしくお願いします。
591 :
マンセー名無しさん:2009/06/05(金) 22:53:04 ID:/xpRq5HT
併合前の日朝(続き)
東学党の勢力は広範囲にわたり、地方の端役人までも次々と乱に参加して、もはや公州以下の
朝鮮半島南部一帯は自治区同然となり、全州府を占拠した全琫準らは気分はすっかり臨
時政府。
一方、最強と言われたはずの兵士の半分近くが逃亡し、派遣した説得の鎮撫使も消息不明、兵
3百とクルップ野戦砲とガットリング砲それぞれ1門をもたせて討伐に向かわせたのも黄龍で敗
走してしまい、もはや、ぼーとしている他はない招討使洪啓薫。
洪 「<´A`>・・・・・」
そんなところに、やっと援軍が到着。江華兵およそ450人と大砲3門。
洪 「キタ━━━━━<`∀´≡<`∀´≡`∀´>≡`∀´>━━━━ニダ!!」
江華島を守備する江華兵は剛力であると、朝鮮では昔から言い伝えられてきた。もっとも、か
つての江華島事件では、江華兵4、5百名が、上陸した雲揚号の陸戦隊わずか20数名からけ散ら
されているがw
で、洪啓薫もやっと重い腰を上げ、東学党と決戦することを決意。6月1日に全州に向かって前
進して全州邑南の完山に陣地を置いた。
完山は標高183メートルの小山。全州川を隔てて全州城全体を眺めることが出来る、大砲陣地
としては絶好の場所だった。
592 :
マンセー名無しさん:2009/06/05(金) 22:53:51 ID:/xpRq5HT
(続き)
洪 「砲列を敷くニダーっ!!」
将兵 「ニダーっ!!」
洪 「目標、全州城内! 砲撃開始ニダー!!」
ドーン!!ドドーン!!
しかし撃ったのはいいが、朝鮮でも有名な由緒ある社殿、慶基殿をも破壊。
将兵 「・・・まずかったニカ?」
後に全琫準は言った。
全 「あの時に京城軍が全州李氏ゆかりの慶基殿を破壊したのは不敬だったニダ。だからウリ
たちは怒って反抗したニダ」
いや、あんたの全州城占拠こそが不敬なんだが。
で、当然東学党は逆襲しようと、門を開いて完山陣地に突撃する。
洪啓薫ひきいる京城軍は、臆病な兵士はすでに逃亡しているから残った兵士の志気は当然低く
はない。群れをなして襲ってくる東学党に対し、ガトリング機関砲や小銃で猛射。地形上有利
なこともあって、東学党突撃隊の先頭をなぎ払うように倒しまくる。ついに突撃隊が崩れて退
却を始めたので、これを追撃して数百名を倒した。
野戦砲は城内に次々と着弾。
東学党 「ウリたちもこの前やつらから奪った大砲で撃ち返すニダよ!!」
東学党 「けどどうやって操作したらいいか分らんニダ!」
東学党 「そのぐるぐる回すやつもだめニカ?」
東学党 「いったいこれは武器ニカ? なんで回すニカ?」
(続き)
武器に無知な東学党には、野戦砲とガトリング機関砲を操作できる者はいなかった。奪った小
銃ぐらいは使えたが。で、戦いあぐねた東学党は城内のあちこちに火を放った。
しかしなんでここで東学党が城内に放火するのかがわけわかめ。 火病という語のそもそもの
語源が放火から来てたりしてw
夜になって朝鮮軍は攻撃を休止した。城内の火炎は天を焦がした。
翌日、再び朝鮮軍は大砲を撃ちこんだが東学党は突撃してこない。
3日もまた同じ。
それでまあ一応は説得の任も受けている招討使だから、ここらで説得しようと。
6月4日、洪は手紙を城内に。
洪 「おまえたちは皆国家の赤子ニダ。全琫準なる者のあやしげな説に騙されているニダ。
おまえたちは知らないうちに咎めを受けているニダよ。痛惜、痛惜、遺憾にたえないことニダ。悔
い改めて帰順する時は今しかないニダよ」
と東学徒と乱民の分断を画策。
翌日、当の全琫準が返書した。
全 「ウリたちは代々の国王の民ニダ。どうして不正を犯すよすうな心をもっていようかニダ。
先に役人等が無実の良民を大勢殺したのがいけないニダ。その罪に比べればウリたちがどれほ
ど罪があるというニカ。招討使が放った大砲は慶基殿を壊したニダ。これこそ罪ニダ。また完山は
国家重要の聖地ニダ。ここに陣地をしいて地を穿つなど法の禁じるところニダ。なぜにこのよう
な罪を犯すニカ。贖罪をせねばならないのはそちらの方ニダ」
と反論。
紫煙
(続き)
その日も両者は動かず。
6月6日午後、東学党は局面を打開しようと再び門を開き、撃って出て朝鮮軍陣地に突撃。
しかし朝鮮軍は、猛烈の射撃を浴びせて逆襲。5百あまりを倒し、東学党の大将旗と銃や剣な
どを大量に捕獲。また首魁の一人と14才の少年リーダーを生け捕り。すぐに首をちょん切った。
東学党はこの攻撃の失敗で戦意をほとんど喪失。全琫準も負傷。
洪啓薫はこれまで政府に電報で報告していたが、ここでやっと討伐成果の電報を打つことが出
来た。すぐに閔泳駿から返電が来る。
閔 「まことに祝賀のいたりニダ。なおまだ油断してはならんニダ」
その後、全琫準が戦死したとの噂がたつ。実際は死んではいなかったのだが。また東学
党が帰順するとの風説もたつ。これにより全琫準の戦死を信じた招討使は、完全鎮圧に
自信を得、政府に、乱民帰順の説と共に殲滅するがよいかどうかを尋ねた。
で、政府からの返事に、
政府 「乱民が帰順すると言っているのは信じられないニダよ。しかし殲滅するという方針は、
平民に対してのことであるから十分慎重に判断せねばならないニダよ』
と。
洪啓薫はそれでいよいよ説得工作に力をいれ、帰順して解散する者は罪は問わない、とまで宣
言した。
(続き)
東学党内では風説の通り、もはや帰順するほかないという意見が強くなっていた。よって、城
門から解散して逃亡すれば追及はしないとの招討使の言葉もあり、ここに解散逃亡することに
決した。
東学党は一書をしたためて帰順し解散する旨を伝え、さらに願意として善政を望むと、具体的
項目をあげて招討使に渡したのが6月11日。その後、全州を去って解散した。全琫準も
故郷に戻った。
で、この時に提出した帰順書。それは洪が受け取ったけれども、どこにも誰にも知られること
なく、そのままとなった。まあ帰順のことすら信じない閔政権がとりあげるはずもない。しか
も現行では不可能な改革項目ばかりが書いてあったからなおさら。
ところが現在では、これを朝鮮政府と東学党が「全州和約」を結んだとし、朝鮮政府は「全州
和約」を理由に日本に撤兵を要求した、と言う人がある。つうかググったらそんな解説ばかりw。
詳細を知ればとても「和約」なんつう約束ごとではないし、これをもって日本に撤兵を要求し
た、なんて資料もないのにねえ。
それに、東学党が日本人排斥をスローガンとして掲げている以上、いよいよ護衛の兵を置く理
由に足るわけだし。そもそも、反日活動は明治15年11月の朝鮮議政府の布告「議政府榜示関文」
で政府によって厳しく禁じられているんだし。いわば東学党は非合法、日本兵の駐在は合法
なんであって。
しかし巷のトンデモ近代史解説では、日本軍はそれにもかかわらず不当にも朝鮮に出兵し居座
りつづけた、と日本悪玉説の完成と。w
紫煙
(続き)
さて、招討使洪啓薫は乱を鎮圧して全州を取り戻したことを報告。
閔泳駿 「やったやったやったー!!!ニダー!」
で、朝鮮政府はそれらを駐在各国公使領事らに説明。
朝鮮政府 「ということで、我が政府はついに乱を鎮圧し、東学党を解散させたニダー! マ
ンセー!」
日本公使 「ん?」
米国公使 「ホ?」
英国領事 「ハ?」
独国領事 「ヘ?」
露国公使 「と?」
袁世凱 「ル?」
朝鮮政府 「だから今言った通りニダー! 我が政府の言を信用されないニカー!!」
一同 「信用できなーい!!」
朝鮮政府 orz
閔泳駿はあわてて招討使に打電。
閔 「アイゴー! 清国も日本も外国も、匪賊を鎮圧して全州が元に戻ったことを、偽の報告
であると言って信じなかったニダー! 早く証拠を見せてその疑いを晴らさねばならんニダよー!」
まったく日ごろからの行いが大切だよねえ。
朝鮮政府の言うことは信用できないとは、それはもう世界の常識なのでした〜(笑)
(つづく)
>>594、597
いつもご支援感謝。
599 :
マンセー名無しさん:2009/06/12(金) 09:23:41 ID:qciueeoA
捕手
600 :
マンセー名無しさん:2009/06/12(金) 09:53:35 ID:x1vzZ0B/
朝鮮に助け舟を出した馬鹿はだれなんだ?
日本を腐らせた元凶は許せない
601 :
マンセー名無しさん:2009/06/12(金) 11:18:15 ID:IKHeALeG
おもろいです
定期購読希望
韓日同祖 韓日友好 韓日合体 韓日共同 韓日併合
韓日性交 韓日包容 韓日姦通 韓日合体 韓日兄弟
606 :
マンセー名無しさん:2009/06/12(金) 20:09:08 ID:K2kTrPAG
チマチョゴリの上着の丈が短い理由>
胸を出す為
チマチョゴリは娼婦の服同然
朝鮮王朝の後期から妓女服の影響で丈の短いチョゴリと狭い袖が流行し、
服の着脱の度に袖をほどかなければならないほどになったこともあった。
また19世紀からチョゴリが乳房を覆えなくなったため、
両班層の女性は通常胸覆いを使ったが、
下級階層、特に男児を生んだ女性は乳房を露出することもあり
(李朝時代に描かれた風俗画や、
李朝末期から20世紀半ばにかけての朝鮮風俗を撮った写真には、
乳房を露出した女性の姿が少なからず見られる)
607 :
マンセー名無しさん:2009/06/12(金) 23:54:38 ID:/5Lg3KIF
∧,,∧
( `・ω・) フムフム・・・
/ ∽ |
しー-J
ゴミが無いということは、中国よりはまともか。
609 :
マンセー名無しさん:2009/06/15(月) 22:24:59 ID:Gbj6A92Z
朴泳孝の建白書から
「自宮殿庭掖 以閭巷街道川梁 塵芥成丘陵」
宮殿から街、道路、橋まで、ゴミが山を作っている、と。
この間まで立ってた『日露戦争でロシアが勝っていれば、日本の地位は韓国だった』ってスレでも何度か話題に上ったんですが
日韓併合前の朝鮮の軍事力ってのはどの程度だったんでしょうかねぇ?
たしか壬午軍乱のころは日本から顧問団を招いて新式軍の訓練をやってたようですが
611 :
マンセー名無しさん:2009/06/16(火) 02:06:59 ID:0rqxMV6p
日帝に併合されるまでは、朝鮮は平和な良い国だったよ。
しかし、全ては日本人によってメチャクチャにされたがな。
612 :
マンセー名無しさん:2009/06/16(火) 10:56:45 ID:BAQcJ0hh
>>611 大日本帝国が韓国から大便文化を奪ったことを心より謝罪します
嘗糞(しょうふん)とは、人間の糞を舐めて、その味が苦ければその人物の体調は良くなっており、
甘ければ体調が悪化していると判断する、古代中国や朝鮮半島の李氏朝鮮時代まで行われた民間療法。
儒教では孝行の一種とされている。
朝鮮では、6年以上父母の糞を嘗めつづけ看病し病気を治した孝行息子の話などの記録があり、指を切って血を飲ませる
「指詰め供養」(断指)や内股の肉を切って捧げる「割股供養」などと共に、親に対する最高の孝行の一つとされた。
こうした風習は朝鮮時代まで続き、日韓併合後に禁止された。
世宗が編纂を命じた儒教的な教訓を纏めた書、『三綱行実図』には孝行の一例として挙げられている。
『朝鮮医籍考』によると、後に娯楽化し、人の糞を舐めてその味で誰の糞であるか当てる遊びが流行した。
また、朝鮮王の中宗は、解熱剤として人糞を水で溶いたものを飲んでいたという(東亜日報 2005年8月22日)。
20世紀に入っても人間の大便を民間医術に使用する例があり、
『最近朝鮮事情』には重病人に大便を食わせる例が載せられている。
また『朝鮮風俗集』には人中黄(冬期に竹筒に人糞と甘草を交ぜ地中に埋め、夏期に取り出し乾燥させて粉末にしたもの)
と言う民間薬が載っている。
儒教に無知な日本人が、韓国人の大切な大便文化を破壊し
親子の絆を断ち切った事実を心苦しく感じています。
祖父等の世代に代わり心より謝罪しますm(_ _)m
613 :
七咫鳥◇FUCKJAPAN:2009/06/16(火) 11:05:28 ID:0rqxMV6p
ホントに謝罪したいんなら、それをカタチにして表すのがスジだと思うがな。
大便がどうのこうのと馬鹿にしてるつもりなんだろうが、他国の文化を理解できないようじゃ、倭猿と言われても無理ないわなw
>>613 >>612さんが言う謝罪は、どう考えても皮肉で言っているんだが・・・・
ちなみに、その謝罪とやらをどんな「カタチ」で表して欲しいの?
615 :
マンセー名無しさん:2009/06/16(火) 11:15:25 ID:i8l43mQ6
ふむ。
現状回復なら、日帝残滓とやらを全て排除して、人口を半分に減らさねばならんが、手間だな。
ここは一つ、中国に任せてみるか。
>>611 へぇ〜、そうなんだ(´ー` )
壬午軍乱ってのは守旧派の筆頭である太院君が、新式軍整備の官吏による軍俸給横領で不満が蓄まった兵士たちを先導して起こしたものなんだけどねw
同じく李氏王朝の、主にビン妃の浪費に不満を抱いていた民衆も暴徒化
太院君はそれらを上手く煽って矛先を日本の軍事顧問団や公使館に向けさせた
結果、当時朝鮮にいた無関係の日本の民間人も含む公使館員など数十人が虐殺された
これのどこが平和な国?
>>611の正体は、あちらの人の自作自演。
七咫鳥◇FUCKJAPAN :2009/06/16(火) 10:50:15 ID:0rqxMV6p
>>616訂正
× 新式軍整備の官吏による軍俸給横領で不満が蓄まった兵士たちを
◎ 新式軍整備と、官吏による軍俸給横領で俸給がろくにもらえず不満が蓄まった旧式軍兵士たちを
>>600 日本が清朝に、日清戦争で勝ったことが原因かもしれん。
あの時に、清朝の属国から解放しちゃったからなあ。
620 :
マンセー名無しさん:2009/06/16(火) 23:24:48 ID:71JZB2U2
もちろん李氏朝鮮が悲惨だったことは言うまでもないですよねえ。およそ平和というものとは
無縁でしたし。
なにせ高宗は闇を恐れて夜は一睡もせず、朝になって漸くまどろむような有様だったし、この
国の人々はいつ殺され、いつ奪われ、いつ餓死するかも分らないような時代だったですしねえ。
なにより、乱の鎮圧もままならずに外国に出兵を依頼したことによって自国の領地が戦地にな
るんですから。
無論これも朝鮮国に軍事力などと呼べるようなものがあれば有り得ないわけで。
併合前の日朝(続き)
さて、各方面からの情報により乱が治まりつつあることを知った大鳥公使は、京城の平穏な様
子のことも考えると、さすがにこれ以上の日本兵が来ることには躊躇した。
で、大鳥公使と陸奥外務との間で電報による議論となった。
大鳥 「混成旅団の件ですが、今の状況下で多くの軍隊が入京する理由を見出せんのですが。
大島旅団長に電報して、私の命令なしでは軍を上陸させないようにすることを望みもうす」
陸奥 「大島少将指揮下の軍の上陸は防げんわ。もっとも、貴殿が京城入りを同意するまでは
仁川にとどめておくことは出来るが」
大鳥 「あまりに多くの兵の上陸は、外交上の問題をひき起こすかもしれんですぞ。自分から
見て必要と認めた兵以外は、対馬に退却されるのが望ましいかと。貴殿が陸軍大臣と協議して
大島に指示を出すことを希望する」
(続き)
この頃には朝鮮政府が「乱は治まったニダ! ウリの言うことを信用するニダ!」と。
その後、観察兵を出していた袁世凱の話からも、どうやら全州の乱が解散したのは確かなこと
らしかった。で、
大鳥 「上陸の兵はなるべく少なくし、仁川にとどめるよう指示されたい」と。
陸奥 「貴殿の要望により、参謀本部によって大島に仁川にとどまるよう指示が出された。し
かしいったい、軍を京城に入れることに疑問をもった理由は何なのか? そもそも、その地で
起こりうる危険を当初から予想していたことを思い出されよ」
過去の経緯から言っても、まず清国が欺くおそれがあった。また再び清兵の暴走がないとも限
らない。およそ約束や言行一致などに無縁なのがこの国であることはすでに知られたことであ
る。もう当時の日本人は清国をまったく信用していない。
それに、乱はいったん治まっても再乱のおそれがあった。乱は政府や地方官の施策に対するあ
きらかな不満から起きており、その根本原因を取り除かないかぎり再び乱は起きるだろう。
すでに行動を開始した朝鮮への派兵。日本世論も緊張し、国会議員たちも固唾を飲んで事の成
り行きと政府の対応を見守った。
陸奥 「もし大島の軍が仁川にこのままとどまるなら、ついに京城に入る機会を失い、そして
彼らが、どこかに行って何もせずに消耗して、最終的にはただそこから帰って来た、というこ
とになるならば、それこそ非常に不体裁であり不得策なものとなろう」
つまり、今さら手ぶらで帰れるかとw。後の「蹇蹇録」では、「騎虎の勢い」とか言ってたっ
け。
ま、伊藤内閣の外交は弱腰すぎるとさんざん議会で馬鹿にされたからねえ。ここは強気になる
しかないし。
紫煙
(続き)
陸奥 「だから混成旅団を京城に入れた方がよいのじゃないか? 貴殿の意見を請う。また、
朝鮮に対する政策を強硬なものにするかもしれない。自分は伊藤伯と協議中である」
協議内容は、その後の方針からうかがうしかない。
陸奥 「どうやら全州の乱は治まったらしく、大鳥公使は混成旅団が京城に向かうのを渋って
ますが」
伊藤 「しかし、仁川の大島少将からの情報によれば清国は6000の兵を送るらしいとある」
朝鮮で海運業を営む日本人船長の話によれば、群山で朝鮮の貢米を積んで仁川に戻る準備をし
ていると、陸上から朝鮮官吏が公文を提示し、
「支那兵6000人が忠清道に上陸するニダ。積載の米2000俵を運搬するニダよ」との命令書を示し
たという。
陸奥 「もとより1500の兵を送るなどと言う袁世凱の言葉など信じられるはずもないわけで」
伊藤 「そういうことじゃ」
陸奥 「それに日清両国が撤兵すれば乱は再び起きるだろうし、何より根本原因を取り除かね
ば、同じ事の繰り返しですなあ」
伊藤 「いや、清国が撤兵するかどうかも分らんことじゃ」
陸奥 「ついては京城公使館の杉村濬書記官が朝鮮政府の内政改革を提案してきてるんですが」
(続き)
伊藤 「杉村と言やあ朝鮮にもう10年以上駐在して、朝鮮の事を知り尽くしているという男じ
ゃろ。聞こうそれを」
それは要するに、朝鮮への日清の影響力を対等にし、朝鮮内政から閔一族を排斥し、その反対
勢力などを以って中立の運営をさせるべきで、それまではいろんな口実を設けてでも兵を引揚
げないこと、であった。
で、大鳥公使は先の陸奥の電報に反論。
大鳥 「清兵は京城に来る予定はない。それを日本兵だけが4000人も来るというのでは、清国
のみならず、ロシアや他の西洋列強国も日本を疑って派兵するような深刻な恐れがあるのでは
ないか? 日本政府のこのような行動は諸外国との関係に対して害を与えると信じる。もっと
も、それでも日本政府があらゆる可能性に対処するという固い決心があるのなら、自分の意見
は無用のものである」
大鳥圭介、この時61才。かつて幕軍として戦い五稜郭まで行った人である。並みの気骨の人じ
ゃない。この後も、仁川での水不足に弱る大島少将らが何度も軍の移動を申し込んだが、頑と
して仁川から進むことを許さなかった。
今じゃ大鳥は、日清戦争開戦の端をつくった人、などとトンチンカンな評価を受けているが、
開戦の端をつくったのは清国の方であってねえ。
6月15日、伊藤内閣は朝鮮内政改革を朝鮮政府に勧告し、清国と共同で行うことを提案するこ
とを以下のように決議した。
支援
(続き)
○ 朝鮮の現状から予測すれば、秩序平和を維持できないことは明らかである。また、今回の
ように日清両国が出兵することを繰り返すなら、ついには東洋の大局を破ることになるだろう
。よって、日清両国で速かに乱を鎮圧し、また朝鮮国内政の改良をはかるため、日清両国から
委員を派遣して以下の目的で調査すること。
1. 財政を調査すること。
2. 中央政府及び地方の官吏のうち、不要不適格の者を排除すること。
3. 必要な警備兵を設置させて、国内の治安を保たせること。
4. 出費を抑えて剰余を出し、それを利子として可能な限り国債を募集し、その金額で国益上
の利便となるもののために使用させること。
陸奥 「もちろん、この政策を実行するには日清両国が協力するのが望ましい。すでに日本駐
在清国公使とも意見を交わした。よって、清国政府の意向を聞いて会談を開きたい。ついては
、会談の結果を見るまでは派兵は撤回せず、また清国が賛同しない時は、我が国単独で朝鮮に
改革させることに努めたい。これでいかがか」
大臣一同「異議なし!」
朝鮮を最初に独立国と認め、そう海外に紹介し、広く海外各国と交際させる先鞭をつけた日本
は、条約締結以来、朝鮮に対して労苦を惜しまず文字通り血と汗をもって延々と支援し、提言
し、警告してきた。ろくに資源も無い、「朝鮮は至って貧しい国で物産とても僅かに綿および
牛皮などであり、所々で開港してもそれほどの益はないであろう。(朝鮮大臣の弁)」であっ
た国に、官民共に投資し、産業を興し、港を設けさせるなどして経済を活性化させ、いくらか
でも富国強兵に向わせんと、もちろん日本の国益に沿うものとして、取り組んできたこの18年
間であった。
しかし事ここに至って、もはや朝鮮の自主改革は望むべくもなく、たとえ清国が協調しなく
とも日本独力でも改革に向わせることに努めることとなった。
(つづく)
>>622 ご支援いつも感謝。
>>600 しょうがないでしょ。時の勢いと言うか、成り行きと言うかw。
そもそも明治元年に、日本は維新して新政府となった旨を通知するぐらいのことしか朝鮮に
関心はなかったのに、それを朝鮮がかたくなに拒否するもんだから、日本もむきになって受
け取らせようとするし、で、結果、多くの日本人が朝鮮のことに関心を持ち出すし。
で、朝鮮の実情に呆れたり驚いたりひっくり返ったりしながら、「何とかせねばなるめえ」ってな
風にだんだんなっていくし。
それにアフガニスタン領土でもめてた英国は、ロシアが南進するぞとしきりと日本を脅かすしねえ。
日本の防衛ラインに朝鮮を入れざるを得なくなったわけですよ。
へー日清戦争前に電信で会話してたのか。
629 :
マンセー名無しさん:2009/06/20(土) 21:10:38 ID:4g+NigJf
捕手
630 :
マンセー名無しさん:2009/06/20(土) 22:32:40 ID:MrZb7pMw
便所の落書きネット右翼の韓国併合のよりどころ「政治団体一進会」とは
1 会員数、自称百万人、実数4千人以下。
2 日本政府はすでに閣議で韓国併合を決定済みであった。
3 一進会の合邦上奏文は韓国皇帝に却下された。
4 合邦請願書は、韓国皇室存続など対等合併を要求し、日本政府は完全無視した。
5 合邦請願書により韓国人民から大顰蹙をかい、排日運動が激しくなった。
6 一進会は韓国併合の翌月解散させられた。
>>630 うん?
確かに対等な併合ではなかったが、朝鮮王室は華族として公爵位を授与されて存続していたが?
当時の朝鮮は、親清派、親露派、親日派などに別れていた。一心会は親日派だっただけ。
解放後も、親ソ派、親米派に別れて骨肉の争いを繰り返し、今も続いている。
要は、外国勢力をバックに権力争いをするのは朝鮮の伝統な訳で。
それがいかんと言うのなら、今の韓国も北朝鮮も正統性を失っちゃう訳で。
一心会や日帝を罵倒する前に、国内で団結できず、派閥争いにすぐ外国勢力を
引き入れる、朝鮮人自身の卑怯さを反省しなさい。
日本のストーカー民族は大好きな朝鮮半島にまとわりついて併合したのが真実ですね
634 :
マンセー名無しさん:2009/06/21(日) 21:51:01 ID:Da5wIejM
うんうん。
「朝鮮の文化が高かったから、チョッパリがうらやんで併合を望んだニダよー!」
「その証拠に、西洋植民地ではあり得ない特権やらインフラをイルボンは提供したニダー!」
とホルホルしてもよろしいかとw
併合前の日朝(続き)
日本で朝鮮内政改革提案が決議された日、袁世凱は日本公使館を訪れた。
袁 「閣下、すでに乱は治まったアルよ。中日両兵がこの上駐在を続けるなら間違いが起きるか
もしれないアルよ。同時に撤兵するのがよいアルね」
大鳥 「それがよろしいと思う。無事に乱が治まり、京城市内の人々にも何らの被害が及ばな
かったのは真に幸甚である」
袁 「それでは、公文をもって中日両兵は同日に撤回することを決めたいアル」
大鳥 「よろしい、そのための公文を作成しよう」
まさに公文を作成して取り交わそうとする時、側にいた松井交際官試補が大鳥公使に言った。
松井 「閣下。その前に、先に本国政府に撤兵の訓令を求めねばならないのでは?。 それに
杉村濬書記官も外出していてここにいませんし。彼が帰ってくるまでご猶予されてはどうでし
ょう」
大鳥 「それもそうだなあ。袁閣下、もう少し待ってもらってよいかね。なに、日本政府も撤
兵のことについてはもとより賛成だろうから、その期日のことなどを予め伺っておこうと思う」
袁 「よろしいアル。よろしいアル。そちらが整ったら公文を交わす日取りをこちらに連絡された
いアルよ」
(続き)
大鳥公使、少し独走しすぎ。6月4日の帰任にあたっての訓令には撤兵に関するものはなかった
んだし。
おそらく、大鳥公使個人としては何が何でも日清両兵を朝鮮から撤回させたかったのではなか
ろうか。
しかしこの日、すでに日本政府では朝鮮内政改革を清国と共同で行うのを提案することに決し、
それを清政府と会談しての結果を見るまでは撤兵しないと決議している。
陸奥外務は、それを大鳥公使に打電し、なお会談結果を見るまではどのような方法でも良いか
ら時間稼ぎをせよ、と指示。
またこの頃、仁川上陸軍は、京城と仁川間の所々に日本兵を配置して公使館護衛兵のための補
給路を確保。
趙秉稷督弁 「なじぇに日本兵が道の所々にいるニカ?」
大鳥公使 「公使館から港口までを保護するのは警備上必要だよ。他意はない」
また、大島少将使いの上陸軍将校が交渉に来る。
将校 「公使。仁川では水不足に悩まされている。部隊を移動させたいのだが」
大鳥 「だめー!」
さて、日本兵の大軍が仁川に来たことを知った朝鮮政府内では皆うろたえるばかり。
大臣 「日本兵は5000人来たニダ。どのような奸計があるか分らんニダ」
大臣 「城内の日本人の質屋主人も、早く質受けしないならすべて無になって大損する、と言
っているニダ」
大臣 「やはりこの上、日本兵の大軍が京城に来るニカ!」
国王 「ううー。困ったことニダ」
実際、不安におののいて京城から出る人々が続出していた。
∧,,∧
( `・ω・) フムフム・・・
/ ∽ |
しー-J
(続き)
閔恵堂 「殿下、心配には及びませんニダ。先日から袁世凱が日本公使に撤兵のことを言いま
したので、必ず退去するに違いありませんニダ」
左議政 「それでもイルボンの考えていることは分りませんニダ。もしイルボンがロシアと結
託して我が国と清に対して何かするならどうするニカ?」
領議政 「ロシアが清を呑み込もうとして久しいニダ。イルボンも狡く悪賢いニダ。そのような
計画がないとも言えないニダ」
大臣 「そうニダ。そうニダ。そんな計画があるに違いないニダ」
議論の迷走ぶりに金宏集が一喝した。
金宏集 「どうしてそのような出鱈目な大言をするニカ! そのような言葉がもし他に漏れるな
ら大臣の体面などたちまち失うだろう。何のために万国公法があるニカ! 万国公法がある以上、
そのような理は万一もない。口を慎んで国王の心を煩わすなかれ!」
疑心暗鬼にさいなまれて、あらぬ妄想をするのがこの国の人の大きな特徴。大臣たちとても同
じだった。唯一、金宏集だけがまともだったようで。
度々袁世凱のところを訪ねていた閔泳駿は、6月19日、袁世凱に媚びて言った。
閔恵堂 「東学党の乱が治まったのも、清皇帝の兵である天兵の声に賊らが肝をつぶしたから
ニダ。その皇恩の大なること極まりないことも、皆袁世凱大人から賜ったことニダ」
袁 「乱徒が逃げ散ったのは貴国の幸福アル。大慶、大慶。また皇恩のほかは余への感謝はこれ
を受けないアルよ」
閔 「今は日本兵が理由もなく来て、京城にもいるニダ。好きなように朝鮮を侮辱し、振舞っ
ているニダ。交隣の誼にももとることニダ。どうか大人には決断されて、朝鮮を安んじて規律を
ただされることを伏して希望するニダ」
袁 「余も日本が乱のことに乗じて兵を他国の都に入れたのを驚かないわけではないアル。しか
し、清兵が帰国したら日本もまた兵を退くアルよ。そうでないなら世界各国が日本を非難するアル。
また中国も問責の兵を起こすアル。余はすでに日本公使とも談判をした。心配ないと貴国君主
に伝えられるアルよ」
閔 「も、もし、もし日本が兵を退かなかったらどうなりますでしょうニカ?」
袁 「日本は東方の一小国アル。アジアの一部でありながら、小をもって大に事(つか)えよう
と思っていないアル。それであるから、中国から度々罪を問わんとして久しいアルよ」
閔 「まことに中華帝国さまに事えるのがアジアの小国というものですニダ」
袁 「余は彼に向かって言うアルよ。『汝が頼むはどういう強アルか。何の力アルか。1万の兵で来
て戦うなら、我が国は2万の兵で敵せん。汝が10万の兵をもって戦うなら、我は20万をもって
これに敵するアル!』と」
閔 (か、かっこいーニダ! <''`∀´''>)
袁 「今度のことでも、兵を他国の都に入れるなど万国にも例がないことアルよ。日本兵が来た
のは名義なき妄動アル。朝鮮は日本に賠償金を求めてもいいアル!」
いや、日本は済物浦条約に基づいてるんすけどw それに清兵も今まで何度も京城に入ってたしーw
袁 「ま、今回のことは余が担当して妥結させるアルよ。だからもし貴殿が日本公使に談判する
時は毎回こう言ったらいい。『中国の威をもって示す言葉ニダ。日本はついにゴミくずになる
だけニダ!』と」
閔 (!!! <''`∀´''>)
いつものように日本側に筒抜けの密談であった。
それにしても日本のようなアジアの小国は中華に事大して当然だとは、いかにも中華中原の人
らしい袁世凱の言葉。で、袁に限らず今の中共の考えもそうなんだろなあ、と。
(続き)
さて支那党は袁世凱を頼ったが、日本党の朝鮮人は日本公使館を頼った。
6月20日、安駉壽が来て公使と談話した。
安 「日本兵が京城に入って以来、ウリの政府の者はビックリしてうろたえ、策なくして手を
こまぬき、閔泳駿だけが袁世凱を頼っているニダよ」
大鳥 「それは気の毒なことだが」
安 「いやいや、政府の者は皆意見が分かれているし、閔族の中でも閔泳駿を嫌う者はかえっ
て喜び、有志者はもちろん官吏たちも、日本兵が来たのは我が国の改革の時機を促していると
躍り上がって喜ぶ者もいるニダ」
大鳥 「・・・・」
安 「しかし改革を望む者らは集まって相談に暮れるばかりで、これを政府に言い出す勇気が
ないのと、リーダーがいないことに苦しんでいるニダ」
大鳥 「ふーん」
安 「大院君はこれを統率するのに適当な人物ニダが、人々は閔氏をはばかって大院君宅の門
に出入りする者もないニダ。また同君も同志を率いる機会をまだ得てないニダよ」
大鳥 「あそ」
安 「大君主殿下には時勢というものを知っておられないのではないニダ。しかしなにせ王妃
殿下が常にそばにあって口を出されるので、とてもご英断などできないニダ」
大鳥 「ふーん。つまりは閔族の言いなりだとねえ」
安 「そもそも、ここ近年にウリの政府がとった日本への政策は、すべて袁世凱から出ている
ニダよ。事件が起こるたびに閔氏が彼に相談したが、袁氏の勧告は皆はずれて却って我が国の
弊害となったニダ」
大鳥 「それって例えば電信線条約のこと?」
∧,,∧
( `・ω・) それでそれで・・・
/ ∽ |
しー-J
(続き)
明治17年に日朝間では電信線に関する条約を結んだことは、竹添進一郎公使の時であったのは
ご記憶かと。で、日朝海底電信と競合する線は結ばないという約束だったのだが、朝鮮はその
後、袁世凱の勧告に従って、清からの線を義州経由で京城まで敷いた。しかしこれでは、朝鮮
から清経由で日朝間で通じることになるから、明らかな条約違反であった。
また、京城から釜山までも施設したのだが、これがまあ3日に2日は故障するというとんでない
しろもの。その上ろくに修理もしないでほったらかし。
大鳥 「それとも近頃のまたふざけた防穀令のこと?」
安 「と、とにかく皆袁世凱のせいニダよ」
大鳥 「あ、人のせい、人のせい、と」
安 「余は閔泳駿を強く諌めたニダ。しかし耳には入らんかったニダ。この上はなにとぞ外国の
兵力を借りて内部の改革を行うしか手段はないので、貴国には今しばらく兵を駐留させられる
ことを希望するニダ」
ま、とにかく皆袁世凱が悪いと。で、改革希望派は勇気もないしリーダーもいないと。それで
も日本が何とかしてくれるだろう、で、たのみますーっと。
この日本党なる人らもよく分らない人物だらけ。
で、国王夫妻の関係がちょっと見えて興味深い。
まあ、祈祷を過信して国庫を空にしたり、兵士に給料も払えないような財政事情の中で、連日
宴会を開いてたりとねえ。浪費家の嫁と言いなりの亭主というのも、一個人の家庭なら他人が
どうこう言うこともないのだろうが、一国の王家がこれでは国民が哀れだよねえw
(つづく)
>>636 いつもご支援感謝。
>>641 乙です。
このスレももう470KB超えましたね。
転載滞ってましたが、前々回分までは終わりました。
♪
ありがたいことです。
日本のストーカー民族は大好きな朝鮮半島にまとわりついて併合したのが真実ですね
645 :
マンセー名無しさん :2009/06/22(月) 14:33:26 ID:HLpM9KZD
>>644 もう一度、近代史を学んできなさい。ただし、半島の教科書は使うなよw
半頭の教科書で学んだ鮮塵って、平気で独立門を日本から独立した時のものとか言うんだわ。
現地で聞いて唖然としたよ。
647 :
マンセー名無しさん:2009/06/28(日) 14:24:49 ID:PbYjmtTw
捕手
648 :
マンセー名無しさん:2009/06/28(日) 14:33:04 ID:F6C+qHqQ
∧_∧
⊂< `Д´ ,> <どこまでもストーカーするニダ!
∧_∧と)
( ´Д`;)⊃ <憑いて来ないでよお
(つ /J
| (⌒)
し⌒
649 :
マンセー名無しさん:2009/06/28(日) 14:49:39 ID:SYGY0uSy
>>644 自力で近代化できないからと、泣きながら土下座して頼むから
併合してあげたのが真実。
いわば、日本は詐欺にあったようなものw
650 :
マンセー名無しさん:2009/06/28(日) 23:50:37 ID:zYrJyprE
併合前の日朝(続き)
さて、6月16日、陸奥外務は清国全権公使汪鳳藻と対談。
陸奥 「ということで、朝鮮政府は乱は静まったと言っているようだが、どうもはっきりしな
いことである」
汪 「本使もまだ政府から詳しい報告を得てないアルが、東学党は朝鮮兵に敗れて全州を去った
ように聞いているアルよ」
陸奥 「しかし朝鮮はそもそも日清両国が扶助せねば治安を維持できないような国柄なので、
またいつ大きな乱となるかは分らないことである。ここは日清両国の兵で速やかに完全に掃討
したがよいのでは?」
汪 「我が国の軍隊は牙山に陣を構えているアルが、内乱の拠点などを探った上で鎮定する策と
聞くアル」
陸奥 「内乱の範囲は実に広い。日清両兵で取り掛かったほうがよいと思うが」
汪 「両国の軍隊で討伐するほうが速いとは思うアルよ。しかし両国でするのは、あたかも鶏を
牛刀でさばくようなものアル」
陸奥 「しかし今回のような内乱が継続するなら、意外の事態を生じるやもしれない懸念があ
る。出来れば速やかに鎮圧することに勤めたい。それに我が国の民は行商などで朝鮮国内地深
く入っている者も少なくないし」
(続き)
汪 「とにかくそのことは李中堂に電信で報告するアルよ」
陸奥 「今ひとつ協議したいことがある。朝鮮のように度々内乱が起きて貴我両国を煩わせる
事態となるのは、実に迷惑なことである。今回、騒乱が鎮定したとしても、日清両国が兵を退
いたとたんにまた乱が起きるようなことになるかも計り知れない」
実際この頃、全州城を去った東学党が木浦付近で再び人々を集合させており、いずれ日清両兵
が去ったら一挙に京城に入ると公言しているとの風説があった。
陸奥 「それでここは内乱平定のことだけでなく、朝鮮国の将来のために善後の策を講じては
どうだろうか。両国政府からたとえば互いに3名の常設委員を選んで派遣し、政府内政を調査
して、第一に財政の整理、第二に同国官吏の整頓、第三に必要な警備兵を設置させて、外国の
軍隊に頼らずに国内の治安を保たせるようにする。その後は、産業を盛んにする道もあろう。
よって、そのような将来についての提案に、清国政府もご同意あることを望みたい」
汪 「同国の善後策については、昨日に伊藤伯からも承ったアル。伊藤伯は、李中堂の意見を聞
くべきか、またはこちらから提案すべきか、と言われたアル。常設委員のことは伊藤伯の提案の
ことと思うアル。確かに、善後策を講じるには貴国と協議せざるを得ないことアルよ。とにかく、
貴政府のご意見は李中堂に詳しく報告するアル」
その後、陸奥外務は日本の提案をわざわざ文書にまとめて汪公使に提出。更に、天津の荒川巳
次領事にも電報して、この件について李鴻章から直接意見を聞くよう指示。
というのも、在日清国公使というやつは、本国政府に伝えるべき内容を歪曲したり勝手に自分
の意見を交えて報告するなどして、わけわかめのものにしてしまうことが少なくなかったから
である。
(続き)
で、17日の天津でのやりとり。
案の定、李鴻章は荒川領事に、「汪公使からの報告には両国委員選任行政改革の個条はなかっ
たアル!」と言った。もっとも、この爺様、その言うことは、どこまでが本当でどこまでが嘘か
分らないことだらけの人であるのはもう知られたこと。
荒川 「フランス陸軍大尉から尋ねられたが、袁世凱氏は牙山の清兵を至急京城に入れる許可
を求めている、と聞いたが」
李 「申し出はあったが、牙山から出ることはならないと言っておいたアルね。それよりも、全
州の暴徒も四散したアル。今は日清とも天津条約に基づき撤兵するのがよいアルよ。それなのに貴
国政府はまだ撤兵の日限も定めてはいないそうではないアルか」
荒川は陸奥外務の提案を一通り述べた。
李 「そもそも、国際上の件は、すべて条約と万国公法によるしかないアルよ。その陸奥氏の提
案は何を根拠に案出されたものアルか。全く道理のないものアルね。伊藤伯は天津条約の趣旨を忘
却されたアルか?」
いやいや、天津条約第2条に、「朝鮮国王に勧めて兵士を教練し、以って自ら治安を護するに
足らしむ」とあるんだけどw
∧,,∧
( `・ω・) フムフム・・・
/ ∽ |
しー-J
(続き)
李 「まったく陸奥氏の提案は国際上、聞くに足らないものアル! 朝鮮国の条約国は、日清両
国のみならず、ロシア、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカなどがあるアルよ。これらの国
が朝鮮国に干渉するなら大なる害となるアル! 朝鮮国は貧にして弱なるはお互いに知るところ
アル。在京城の公使の力で国王を説き、よろしく行政なり、財政なり、軍事なり、助言勧告して
隣国のよしみを尽くすのはいいアルよ。それを委員を両国から派出して内政に干渉するようなこ
とは公法の許さないところアル。公法を無視して強いてこれをなそうとするなら兵力によるしか
ないアルよ」
あんたがいうなよw
荒川 「兵力云々などは本官の解しないことである。そもそも兵力を以って朝鮮に対するなら
貴国と協議する必要もないことである。まあ、本官がとやかく言うことではない。単に我が外
務大臣の電訓を伝えるものである」
李 「先ほど言ったように、陸奥大臣のご考案には同意しないので、その旨を貴殿から同大臣
に電報されたいアルね」
荒川 「この件に限っては特に電訓もあるので、貴国公使を経て回答ありたい」
李 「このような大案件を本大臣に話されたのに、なぜに本大臣の依頼を拒まれるアルか?」
荒川 「特に外務大臣の希望あって、在日本清国公使から李中堂の確答を得たいとのことで止
むを得ない」
(続き)
李 「では貴殿からの話だけで陸奥大臣に回答するのは望まないアルよ。汪公使からの電報は簡
単すぎて十分理解し難いアルね。両国委員選任行政改革の個条はなかったアル!」
荒川 「本官は、李中堂に会って清国政府へ提出の案を充分に談話せよとの訓令を受けただけ
である。公文を差し出せなどの訓令もなかった。とにかく本官が回答を電報で送ることは遺憾
ながら出来ないことである。本官からは単に訓令のとおりに取り計らったと陸奥大臣に電報す
るだけである」
李 「アイヤ・・・・!!」
李鴻章の議論に乗せられずに淡々とこなす荒川領事。翌日にはきわめて重要な情報をつかんで
日本政府に報告した。
陸奥外務 「いずれ詳しい報告があるでしょうが、天津の李鴻章の所に続々と軍関係者が訪れ
ているらしい。兵器製造所長、武器庫主任、各地の陸海軍などなど」
井上内務 「ふふん。撤兵どころか・・・」
伊藤総理 「・・・・やはり衝突は避けられんか」
陸奥外務 「・・・・ですな」
支援
(続き)
で、結局は清国公使が日本政府の提案拒絶の返事を公文で提出したのが22日。
「乱は鎮定したので両国で鎮圧のことを協議する必要はないアル。善後策のことは意見としては
よいアルが、改革は朝鮮が自らすることアルよ。清国はその内政に干与はしないアル。また日本も朝
鮮を独立国と認めるならなおさら干与する権利はないアル。撤兵のことはすでに天津条約で定ま
っているので、今べつに協議すべきことはないアル」
しかし実はこれ、清国政府の返事というより李鴻章独断の返事だった。後に北京総署で、日本
の提案をよく検討もせずに拒絶したということで、李鴻章は他の大臣たちから一斉に非難を浴
びることになる。
しかし清国全権公使を経ての返事であるから、日本政府としては、これが清国政府の正式のも
のと受け取るほかはない。
陸奥外務は大鳥公使に、
陸奥 「清国政府から更に多数の兵を朝鮮に派遣することがいよいよ確実である模様となった
。ついては日清両国の衝突はとうてい免れられない事態に立ち至ったようである」
と打電。
同時に、ただちに仁川駐在の兵を京城に進めさせよ、と命令。
(つづく)
>>653 いつもご支援感謝。
えっと…
朝鮮って何ですかぁ?
朝にひらく生鮮食品の市場のことですかぁ?
659 :
マンセー名無しさん:2009/07/01(水) 00:23:33 ID:dqc0IcY0
併合前の日朝(続き)
同日、陸奥外務はただちに返書を清政府に交付。
「これまでのことを顧みれば、朝鮮半島は党争内乱暴動が絶えない惨状を呈しているが、この
ように事変がたびたび起るのは、独立国としてその責任を全うする要素に欠けているからであ
る。我が国は国土が接近していることと貿易の重要さからも、朝鮮国に対する日本の利害は実
に重大なことであり、このような悲惨な情況を傍観無視することは出来ない。またこれを顧み
ないなら、朝鮮との隣交の情にもとるだけでなく、我が国の自衛の道にも背くことになる。我
が国が朝鮮の安寧を求めるために種々の計画を施す必要はすでに述べたように、これを施さな
いなら変乱はいよいよ永く蔓延していくだろう。よって、我が国が撤兵するには必ず将来の安
寧を保ち、政道がそれを保証するに足る方法を協定するのでなければ実行できないことである。
そして我が国が容易に撤兵しないことは天津条約の精神に沿うだけでなく、善後の策となる
と信じる」
と、撤兵しないことを通告。
陸奥はこれをもって後に第一次絶交書と称した。
一方、日本政府の決心を確認した大鳥公使より電信。
「閔泳駿と袁世凱との関係はうまくいっていないようだ。また、金嘉鎮など政府内日本党の者
らには、大院君が政府に入ることを望む声が強くなって来ている」
と。
井上内務 「ふふん。またも頼みの大院君かい」
陸奥外務 「しかし実際に朝鮮の内政改革を断行するには、まず閔一族を政府から追い出すし
かないが、それが出来るのは大院君しかいないでしょうなあ」
伊藤総理 「誰か大院君を説得できる人物はいないじゃろうか」
陸奥外務 「日本党の連中にはそれが出来るような者はいないでしょう。ここはいっそ我が国
の者が・・・・」
(続き)
伊藤総理 「日本人で誰か適当な者がおるかのう」
井上内務 「・・・・俺に心当たりの人物がないこともない」
伊藤総理 「うん?」
井上内務 「岡本柳之助という男じゃが、西南の役で功あって陸軍少佐となったが、例のほれ、
竹橋事件で官位を剥奪されてからは、朝鮮のことにのめり込んでおる。かつて明治17年の朴
金のクーデターが失敗し、その時金玉均は日本に逃げたが、それを中心になって保護したのが
この男じゃ。大院君は彼とは面識はないが、大院君は金玉均からその名を聞いておるはずじゃ」
伊藤総理 「人物としては?」
井上内務 「豪胆な男よ。まあ、俺が時々面倒みとるが、腹の据わった国士といったところじ
ゃな」
伊藤総理 「まあ役に立つかもしれん。一応、内意だけは伝えておいたがよい。まだ先になる
じゃろうが」
井上内務 「よし」
俗に「朝鮮屋」と称されるほど朝鮮の事にのめりこんだ岡本柳之助は、かつては征韓論者でも
あり、大陸に日本の覇を唱える人物でもあった。しかし明治18年の大阪事件において大井憲太
郎から事前に誘いを受けたが、その不可を見通して応じなかった。まあ現実を無視して逆上せ
あがるような人ではなかったらしい。
陸奥外務 「ところで、李鴻章はロシアに今度の件の調停を申し込んでいるらしい」
伊藤総理 「ようするに日本がロシアを誘って清に対峙するのを恐れているんじゃろ」
陸奥外務 「もとより英露の対立がありますから、英露双方とも動けるはずもないわけで」
伊藤総理 「そういうことじゃ。ま、せいぜい各国は、東洋の平和のためにとか何とか言って
あまり意味もない調停を言うてくるぐらいじゃろう」
(続き)
案の定、その後はイギリス、ロシア、アメリカ、フランス、ドイツと入り乱れての、さながら
調停合戦とでもいうべきものが始まる。もちろん口では東洋平和云々と言いながら、ようする
に各国の立場によるそれぞれの利害のための調停である。
それらに対する日本政府の外交というものはけっこう強気。
英国政府 「朝鮮の乱民はすでに四散したので清国は撤兵しようとしている。日本もまた撤兵
することを願う。英国政府は日本兵が永く滞在することから問題を惹き起こすことになること
を恐れる」
独国政府 「英国と同意見である」
陸奥外務 「乱が治まったという確報を得ていないし、まだ止まない模様である。日本政府は
問題を惹き起こさないように注意する。また、たとえ乱が治まっても、将来も朝鮮の秩序を保
全させることが必要なので、そのことで清国と協議しようとしている」
そもそも明治18年に、ロシアの進出をけん制する為に日本政府に朝鮮を保護するよう勧告した
のは英国だし〜。
露国政府 「日本政府の対応は、朝鮮での自国民と商業保護のための処置として理解している」
仏国政府 「露国と同意見である」
しかし露国は李鴻章の調停依頼を受けて、公使ヒトロヴオーを陸奥外務に対談させた。
ヒトロヴォー 「清国政府の意向は分ったが、日本政府の意向がよく分らない」
(続き)
陸奥 「日本政府の方針は以前から何も変わっていないので改めて知らせてはいない。ご承知
のように、日本は朝鮮独立の地位を維持させんと望んでいるだけであり、そのためには日清両
国が朝鮮における勢力を均衡させる必要があり、今もその考えを変えていない。なお、朝鮮の
将来を考えた場合、改革が必要と考えており、そのために日清両国で委員を設けることを提議
した。もっとも、この提議によって朝鮮の内政に干渉する意思はない」
ヒトロヴォー 「改革に関して、両国で委員を置く必要があるのか」
陸奥 「従来から清国政府に対し朝鮮に関する協同行動を提案したが、清国はそれに同意する
公言しながら、結局は実行しなかった。よって日本政府は独力で朝鮮政府に改革の勧告をする
つもりである」
ヒトロヴォー 「もし清国が撤兵するなら日本もまた撤兵することに同意しようか?」
陸奥 「大体において異議はない。しかし両国が対峙する場合、あれこれと猜疑心を起こしや
すいのは、これは欧州列強国においても往々にしてそうであろう。今までの清国の行いは日本
に猜疑を抱かせる事実が甚だ多かった。かつては朝鮮国王の実父を拉致し、国王護衛の少数の
日本兵を襲撃したこともある。国王の首をすげかえんと謀った事実もある。そして今日、日本
に撤兵を促しながら、自国の兵は駐在を続け、それどころか、李鴻章配下の兵5500人が出兵の
準備を整え、丁汝昌の艦隊が仁川に着いたことも事実である。」
ヒトロヴォー 「露国もまた朝鮮の隣国なので、委員設置の協議に参加すべきと思うが」
陸奥 「朝鮮の独立に関しては、清国以外に意義ある国はないと信じる。露国政府も同意見と
思うので今さら協議の必要はないと思っている」
(
>>662修正 「清国以外に意義ある国」を「清国以外に異議ある国」と)
(続き)
ヒトロヴォー 「我が国政府は、この地が戦地となるのを恐れるものである」
陸奥 「日本から交戦を挑むことはしない。もし不幸にして交戦に至ったら、止むを得ずのも
のと知るべきである」
よって、露国の調停も不首尾に終わった。
一方、李鴻章が露国に調停を依頼したことを聞いた英国は北京総署に警告した。
英国全権公使オコール 「李鴻章氏が露国に調停を依頼しつつ、大兵派遣の計画を進めている
が、もしそれをするなら、日本との衝突は免れないでしょー」
北京総署 「露国からの調停は功を奏すると思うアル。心配はないと思うアル」
オコール 「ノーノー、そんなことよりも李鴻章氏の計画どおりに派兵するなら、必ず戦争に
なりますよー!」
露国に依頼したのを嫉妬する英国と見た清国政府は、あまり真剣にその意見に耳を傾けなかっ
たが、
北京総署 「それほど言うなら、とりあえず派兵は中止させるアルよ」
と、李鴻章に派兵中止を命じた。しかし、露国の調停は不首尾に終わる。
北京総署 「アイヤー! どうしてこんなことになったアルか?!」
(続き)
北京総署では戦争の危機をようやく実感し始め、また、平和路線を唱える声も大きくなった。
それは李鴻章独断の外交に対する危惧の声でもあった。清国皇帝と西太后は軍機処の大臣と総
理衙門の大臣たちを一堂に会させて会議を開かせた。
大臣 「どうして露国の調停はうまくいかなかったアルか?!」
大臣 「そもそも李鴻章に外交を任せていたのがいけなかったアルよ」
大臣 「外夷のことはよく分らないから任せていたアル!」
大臣 「李鴻章は独断すぐるアル! そもそも傲慢なところがあるアルよ」
大臣 「今度の朝鮮の事件も朝鮮で解決できたアルよ。李鴻章が派兵したのは早計過ぎたアル!」
大臣 「日本が言ってきた、朝鮮に何等かの改革が必要であるという提案のことも分るアル。そ
れを李鴻章が勝手に拒絶したアルよ!」
大臣 「我等になんの相談もなかったアル。我等が検討する機会すらなかったアル」
大臣 「そもそも旧交ある国である日本との問題を、勝手に露国に謀ったのはけしからんアル!」
大臣 「皇太后様の還暦祝賀の本年に、このような問題を起こしたのは李鴻章アル。これは許さ
れないことアルよ」
大臣 「とにかく李鴻章に独断を許さず、この北京総署で万事協議しながらことを進めるアルよ」
ってなわけで、李鴻章を非難する内容となり、大兵派遣も中止となった。清国政府も大勢寄って協議すればまともな方向に
向かうものだ。しかしもう遅い。却って戦機に遅れをとった形となったのである。
(つづく)
侵略者が偉そうな態度でもの言うなよ この糞チョッパリどもが w
せっかくの良スレを、下らん煽りで荒らしてほしくないね。
何だ!文句あんのか?
日本が侵略しなかったら朝鮮はもっと超大国になっていたはずですね
たしかに超大国ロシアの一部になっていたな。
朝鮮文化圏の日本人は敬うと言う精神が欠けている
世界一の礼節を持った韓民族から馬鹿にされるのも当然だと思う
朝鮮文化圏などこの世界では半島だけのモノだ
で 半島に住む日本人は敬う事が無いとwwww
好きにすればぁーーーーーwwwwww
672 :
マンセー名無しさん:2009/07/03(金) 23:18:18 ID:7K8wY/Zk
併合前の日朝(続き)
朝鮮内政改革を日清協同で行うという提案を、清国が拒絶することが明らかになった21日、日
本政府は大鳥公使に打電。
日本政府 「改革の事はほぼ日本独力で行わざるを得なくなった。そしてもはや日清両国が衝
突することは免れられないことだろうが、もしそうなった場合、朝鮮国王と政府を味方につけ
るようにせよ」と。
大鳥はそのことも含めて朝鮮内政改革の端緒を開かんと、26日に国王に謁見。
大鳥 「・・・・というように、乱は治まったとはいえ、いつまた再乱となるかが計り知れな
いのが貴国の実情でありましょう」
国王 「・・・ニダ。けれどももう二度とこのような大乱はないと思うニダ」
大鳥 「そうでありましょうか。そもそも乱が起きる根本を改善しない限り同じことの繰り返
しとなりましょう」
国王 「今度の件は、地方官が過酷な税を取り立てていたことから憤懣が起きたものニダ。そ
れで、もうその者を罰したニダ」
大鳥 「そもそもそのような地方官が赴任することのないように、綱紀を改善するなど、国の
仕組みそのものを改革する必要があると日本政府は考えます」
国王 「改革は必要とはウリも思うニダが・・・」
大鳥 「殿下。世界をよく見られませ。今や世界各国が、教育に、立法に、財政に、鋭意改善
を進めて農業商業発展に努め、自国の富強に取り組んでいるのです。どうか朝鮮もまたよく目
を開いて、それにならうよう勧告するしだいです。日本政府は、貴国の内政改革のために改革
案を作成し、また委員を派して協議を進めたいと思うものであります」
国王 「厚意感謝するニダ。日本政府のご意見はよく検討してみるニダ。なお日本兵が来てから
というもの、人民は不安に駆られているニダ。なにとぞ早く撤兵されることを希望するニダ」
(続き)
27日、日本政府が派遣した加藤書記官が京城公使館に到着。
加藤 「ご存知のように、清国は協同提案を拒絶しました。このままでは行き掛かり上、開戦
は避けられないでしょう」
大鳥 「政府の決意はすでに承知しておる」
加藤 「それで訓令として書面には出来ないので、特に自分が口頭で伝えるよう派遣されまし
た」
大鳥 「承ろう」
加藤 「日本政府からの命令です。『もはや開戦は避けられないだろう。よって、日本政府が
非を負わないような範囲内で、どのような手段をとっても開戦の口実を作れ』、以上です」
大鳥 「開戦の口実を作れ?!・・・・・・うーん、承知した」
で、公使館内でいろいろと検討。
館員 「えー、防穀令の件も電信条約違反の件も袁世凱が関与してきたものですが・・・・」
館員 「開戦口実としては弱すぎだよなあ」
杉村 「やはり朝鮮の属国問題でしょう。清国政府が一番神経質になるのは」
大鳥 「独立国なのか属国なのかということかね」
杉村 「ご存知のように、朝鮮は日朝修好条規において、朝鮮は自主国であると宣言していま
す。しかし実質は清の属国状態ですし、後の清との条約でもそれを認めています。これは明ら
かに日朝条約を裏切るものです。まず朝鮮政府に問い詰めねばならないことでしょう」
大鳥 「・・・・・つまり、搦め手という奴だな。問い詰めれば朝鮮政府は、自国は自主独立
国であると言わざるを得ない、ではなぜ清国が朝鮮は属国であると公言して派兵しているのを
許しておるのか、と次に迫るわけだ。そして朝鮮政府に清国に対して撤兵を要求させるとか、
清兵を追い出すように日本に依頼させるとか」
杉村 「ハハ、さすがかつて幕軍でご活躍された閣下だけあって・・・」
大鳥 「世辞はいい。・・・・ま、その手でいこうか」
本当にもしも日本が朝鮮を侵略しなかったら今頃はもっと超大国になっていたはずだ
日本など一捻りで締め上げるくらいの軍事大国だったはずだ
日本の倍以上の経済大国になっていたはずだ
日本人の人口を減らせたはずだ
(続き)
ということで、28日、大鳥公使は朝鮮の外務大臣にあたる趙秉稷交渉通商事務督弁に対し、先
ず以下の書簡を送って照会した。
「東京駐箚清国公使の提出した公文には、貴国に派兵したことについて『派兵援助するのは我
が国が属国を保護する旧例による』とある。しかし我が国は最初から貴国を自主独立の国と認
めて明治9年2月26日に両国で条約を締結した。現に、条約第一款には『朝鮮国は自主の国であ
り、日本国と平等の権利を保有する』とある。清国公使の公文はこれに反している。これは日
朝両国の交際に重大な問題であり、朝鮮政府も自ら保護属国の4文字を認めるのかどうかお尋
ねしたい。本月29日まで回答ありたい」
とまあ、おっ始めたのだが、搦め手なだけに暇もかかる。実は思惑通りに手順を踏んでいって、
ついに朝鮮政府が清兵を追い払うことを日本政府に依頼するまでにこぎつけた時には、すで
に豊島沖で日清両軍艦がドンパチを始めていたw
さて、日朝修好条規第一款には、「自主、平等、和親、同等の礼義、寛裕弘通、安寧」などと
いった言葉が並ぶ。しかし条約を締結して18年。これほど有名無実の空文はなかった。通商な
ども朝鮮政府は清国だけに特別に厚遇の便宜をはかっている。
まあ日本が文句を言えるところは山ほどあるんだけれども、それよりもまず一番問題なのは、
朝鮮の自主独立権を阻害する属国問題であり、これを解決せずして朝鮮の内政改革はあり得な
かった。
さて、趙督弁の返事は、
趙 「朝鮮は最初から自主独立の国ニダ。清国がウリの国を何と称しようが、それは清国が勝
手に言っているだけニダ。ウリの国には関係ないことニダ。また清兵が駐屯するのは初めにウリ
の国が依頼したからニダ。だからこれを追い出すわけにはいかんニダ」
(続き)
大鳥 「なかなかうまい回答だねえ」
杉村 「米国人法律顧問のグレートハウスと主事の兪吉濬が起案して、袁世凱の意見を聞いて
出したものです」
大鳥 「やはりそんなところか。では、次はこう問おう。『現に清国が属国と称して兵を送っ
ている。また、その兵は勝手に朝鮮人民に布告を発して命令している。これは清国による主権
侵害であり、これを黙認するなら朝鮮は実質的に属国状態ではないか』とね」
そんなところに日本政府から電信。
陸奥外務 「清軍の将である聶士成が牙山で出した布告文にある「属国」の2文字を撤回させ
よ。また内政改革案を提議せよ」
大鳥 「おっと、先に改革の具体案詳細を作成するか」
杉村 「内田定槌領事も呼んで検討しましょう」
京城の内田領事も朝鮮内政改革に大なる期待を抱いた人であった。領事裁判官でもあるこの正
義感あふるる人物は、腐敗した朝鮮の社会に憤慨し、これをどうにかしたくてたまらない人で
もあった。
彼はこの頃、日本政府宛てにかなりの長文で朝鮮の国情を報告している。いくつかまとめると、
・ 当地における清国駐在官は当国の内政外交に干渉し、また当国政府も謹んでその命令を
拝聴して逆らうことなく、あたかも隷属関係にある。当国の税関官吏もすべて清国政府が指名
した外国人を充てている。また、訴訟事件は、被告が清国人の場合も朝鮮人の場合も、みな清
国側が裁判をしている。
・ 充分に当国の有様を観察すると、中央政府を始め地方行政百般の機関は実に腐敗の極点
に達しており、民力の疲弊は実に名状できない状態に陥っている。
紫煙
(続き)
・ 政治の実権は王族と王妃一族親族が占め、それが互いに権力闘争を行い、ただ自家の利
益の誘導に汲々としているのみで、国家の安危や王室の栄辱を眼中に置く者はいない。また同
族の中でも権力を争い、その地位の高さは相当する知識才能を有するのではなく、ただ最も狡
猾にして国王または王妃に多額の財物を献上した者に過ぎない。献上しない者は官職は与えら
れない。たとえ閔一族の者であってもそうである。これらは中央政府のみならず各道長官をは
じめ府県州郡などにおける地方官を撰任するときも同様である。
・ 地方官はみな人民の生殺与奪の権を有する。公然と賄賂を納め、賄賂を差し出さない者
には残忍酷薄の処置をし、乱暴狼藉の限りを尽くす。人民はその虐政を忍耐し、なかなか抵抗
する者は少ない。しかし、忍耐の限度に達すると乱民となって地方官を襲撃し官吏を殺傷する
ことがある。この場合地方官には鎮圧する力がなく、中央政府も一々兵を送るわけにもいかず、
それでその地方官を更迭することで対処している。
・ 勤労に励んで多少の財産を蓄える者は直に地方官の注目するところとなり、これを貪り
取られて身体にまで被害が及ぶ。よって人々は自然と怠惰となり、わずかにその糊口をしのぎ、
雨露をしのぐだけで事足れりとす。その赤貧洗うが如き姿が最も安全策であると考えている。
この国では職業に励んで家財を増やし、これを蓄財しようとする希望は消失した。百般の農
工商業は萎縮して開発することはない。
・ 国家の貧富強弱は、国民一人一人の貧富強弱に基づき、国民個々の貧富強弱は、国政の
良否に基づく。国政の良否は、ひとえに行政機関の善悪、百官の賢愚にある。今やこの国の行
政機関はこのように腐敗し、また百官はこのように暗愚残忍である以上、この国は衰亡するし
かない。
支援
(続き)
・ しかしながら、もし当国がその諸制度の根本から大改革を加え、歳入歳出の道を明らか
にし、厳しく官吏の不正を正し、人民の権利義務を明確にし、その生命身体財産の安全を計り、
盛んに文明の教化を敷き、殖産興業の道を奨励すれば、この土地は肥沃であり鉱物も豊富で
あり、また沿海漁産も豊かであり、人口も一千万人にならんとするのであるから、百般の殖産
事業は続々として振興し、外国貿易も盛んになり、必ず富強国となることは間違いないことで
ある。
朝鮮の将来を悲観的に見る日本人が多い中に、内政改革に期待する内田領事の未来の朝鮮への
希望であった。
(つづく)
>>677 いつもご支援感謝。
681 :
マンセー名無しさん:
まぁ、北朝鮮・韓国は今日の日本に対して憤懣やるかたなしだろうな。
自治する能無しと占領され、戦前・戦中は日本人に憧れその正義を信じたろうが
戦争に負けた途端に戦勝国アメリカに媚びへつらう日本。
朝鮮民族彼らから見れば負けた途端に自分達朝鮮人が日本を裏切り戦勝国側に立った
と言うより情けない日本人を見て冷めたのかもな。
なぜあんなに偉そうに自分達を教育し、自分達他民族を戦争に巻き込みながら
この様は!!自分達の植民地は侵略されても徹底抗戦を叫び阿鼻叫喚の地獄絵図を
見せながらいざ内地・本国決戦になりそうになれば降伏か!!
我々は所詮捨て駒か!!・・・と。
そして独立したと思えば同族同士の血で血を洗う内乱、朝鮮戦争。
その陰でその流された血を吸い急成長をし続ける日本、そして敗戦国とは思えぬ
奇跡の経済成長・世界2位の経済規模を朝鮮民族に見せ付ける。
・・・これじゃあ逆恨みされても仕方ないわ。
敗戦国でも
さっさととんずらしたイタリア。ある意味イタリアらしい。
自国以上の被害を与えつつ国内戦に持ち込み最後の最後、矢尽き刀折れるまで戦い抜いた
ドイツ・・・。戦いすぎて戦後東西分裂といった後遺症まで負ってしまう。
日本だって原爆食らって最悪だわ。
・・・と言っても今の北朝鮮から見れば「俺らが原爆落としてやりてぇわ」
ぐらいに思ってるんじゃないかな?
天に愛された民族日本、天に見放された民族朝鮮。
金正日も「俺が死ぬ前に天に抗う鉄槌を日本に下したい・・。敗戦に巻き込みながら
常に我々朝鮮民族を下位にせしめ平和・富を謳歌する日本・・・まともに凌駕できぬのなら
せめて共倒れよ」
と核の洗礼を浴びせてくるかもなぁ。。。