爺さんの体験談代筆スレッド

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シベリアの茸

 恵まれた日本の風土の中で野菜を食べる会のニュースを見て、シベリア抑留時を思い出
した。毎日の強制労働が人の命を縮める。ソ連側の配給は上前をはねられた後の食料で限
りがある。兎に角食べられるものは何でも食えと、木の芽、草の芽をやたらと食った。
道端のあかざやあおざ、人参、牛蒡らしき草も食った。特に山芹は谷水に出て居て、サッー
と湯通しするとわさびの香りがあり、少し苦みがあって良かったが、湯通しが長過ぎると
舌が曲る程苦くなる。それをゆっくり煮て水にさらすと苦みが無くなり、ほうれん草の様
に柔らかく美味だった。秋の山の味覚は茸だ。金茸、銀茸、鼠茸、中には直径三○センチ
位の大茸もあった。しかし外国の茸が食えるか食えないか調べるのが問題、とにかく良く
裂けて中に虫が居るのを食そう。虫も毒茸は食わないだろうからという事で皆良く食った。
飯盒一っぱいの茸に一つまみの岩塩で煮詰めると、甘くなってそれはそれ美味となり空腹
を満たしてくれた。或る夜、茸で満腹した体を横たえて休んでいると、突然一人の若い兵
隊が起き上がり、大声で「兎と亀が喧嘩して、勝ったか負けたかわからない、あはははは、
あはははは……」と、笑いながらひっくりかえってしまった。どうしたどうしたと戦友が
抱き起こしてみたが、始めは笑い喚くだけだったが、脈拍がとぎれとぎれになり、すぐに
医務室に運ぶ。手製の茸汁の中に笑茸が入って居て脳を麻痺したらしい。それから三日間
人事不省、命だけは取り止めたが後遺症はどうなったものか。それからは決められた茸
以外は食わない様に強いお触れが廻り、お互いに自重する様になった。

 「満腹の 茸が苦役 忘れさす」  箏葺