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軍旗祭
その頃、私は大肚川の炊事を手伝って居た。大根を切るのも国の為、
野菜きざむも兵の為、豆腐作りも戦友の為等、豆を一生懸命臼で挽い
て居たものです。
或る朝食事が済むと裏庭に集合に集合、班長引率のもとに大肚川裏山へ
駆け足登山、草深い道をあえぎあえぎ登る事三0分、マッチ箱を並べた様な
兵舎や人家の見える所で一服した後、各自萱(かや)の穂を一握りずつ取れ
と班長の命令、萱を何にするのかな等考え乍ら駆足下山した。
近づく軍旗祭の折詰に使うのり巻や、伊達巻きの簀の子作りの用意であった。
其の日から炊事は日常の外に忙しくなった。のり巻き、伊達巻き、羊羹、
鹿の子、しゅうまいと分かれた。私はしゅうまい係で一日中肉挽で大わらわだった。
夜はのり巻きすしの競争で一分間に何本巻けるか等、湯気の中の炊事は楽しい戦争でした。
翌日は、本部前広場で軍旗祭、部隊長殿の閲兵、分列行進と緊張の連続。
午後は余興の兵隊芝居で毎日毎日アンコロ餅と砂糖ばかりで弱っている武田の
兵隊達が、塩が欲しい、欲しいの風刺劇に腹をかかえた。
後刻折詰について部隊長殿の好評があった、大概良好の中に「じゃがいもの
うま煮が特に良かった」と、包丁の切れ目がぴっぴっと立っていて、しかも中まで
良く味が通って居ると、さすが部隊長殿は見る所が違う。ヨ隊の炊事班も一番鼻が高かった。
此の軍旗祭、私には始めてであり最後であった。