402 :
マンセー名無しさん:
>>379 > 北扶余、高句麗、南扶余(百済が泗に遷都した際に変更した国号)、統一
>新羅、高麗、朝鮮、韓国という伝承関係を通じ、韓民族こそが遼河文明の
>完成者であるといえる。だからこそ、中国は死活をかけて東北工程に全力を
>傾けているのではないだろうか。それならば、中国は高句麗を越え、韓国の
>未来まで狙っている訳だ。
南扶余っていう名前の国、歴史上、存在しないべ。
百済は、大和朝廷によって建国された時から滅びるまで、ずっと百済だべ。
一時期、狛、狛済、伯済、古満、などと表記が変わったが、読み方はクタラだべ。
403 :
マンセー名無しさん:2006/07/05(水) 23:57:42 ID:pGAciu8z
404 :
マンセー名無しさん:2006/07/06(木) 00:28:01 ID:vBj7G2X5
★★★ 漢文資料上では ★★★
楽浪郡・ヨクソ(慎粛氏)・フヨ(百済)・高句麗
↓
楽浪郡・帯方郡・馬韓・馬韓東界(弁辰・弁辰東浜(辰韓))・ヨクソやワイやカラに逃げた高麗
↓
慕韓(慕容)・百済(帯方郡)・加羅(馬韓)・秦韓(辰韓)・新羅(加羅の一個城)・任那(倭人に従う弁辰)
↓
前燕国(鮮卑族の慕容氏、楽浪太守が亡命)・尉仇台の子孫の夫余が移住(百家済海)・高麗
↓
北魏(鮮卑族の拓跋氏)・百済国(百家済海・余氏が王家)・加羅国(新羅城を含む亡命高麗人が民で王は百済人)
↓
高麗国(日本史料のいう高句麗)・百済国・新羅国(加羅国(百済の代官)と任那(倭の代官)を併呑)
↓
渤海国漢陽県(渤海マッカツ族夫余氏)・新羅(百済人が分国した加羅国にいた金氏一族)
↓
遼国建安県盧州(契丹の南女真湯河司)・遼国来遠県辰州(東丹国・契丹の東京統軍司留守)
↓
金国全州静封県(高麗生日使(高麗勝利使))・熊岳県・松山県・銅山県・鉄州・開州・・・
↓
元国から斉国大長公主(蒙古王妃)の領地
↓
明国から司使が高麗で権国事(国号が朝鮮で準国王)
↓
清国から朝鮮国王(異色の丸首衣装(慶賀の千官は紅服))
大同法という税理規定では、ソウル以北・江原道・済州島は徴税できない。
405 :
マンセー名無しさん:2006/07/06(木) 00:39:12 ID:vBj7G2X5
! 前漢武帝の時代は、完全に中国領。。。!!!
玄菟郡西蓋馬県〜玄菟亭(蓋馬大山・ヨクソ(渤海国)・咸鏡道)
楽浪郡朝鮮県(平壌〜沙里院・朝鮮国・黄海道)
楽浪郡帯方県(仁川〜漢城[ソウル]・帯方郡・京畿道)
楽浪郡屯有県(鉄原〜春川・ワイ族の単単大山(太白山脈)・江原道)
楽浪郡楽都県(羅州〜光州・弁楽奴国・全羅道)
楽浪郡海冥県(金海〜釜山・弁辰狗邪国・慶尚道)
406 :
マンセー名無しさん:2006/07/06(木) 00:54:22 ID:vBj7G2X5
>もと百済地域は、南満州の夫余(南女真)民族が住んでいて
箕子朝鮮は、太白山脈のワイ族の説話だが、
夫余人(満州人)の全羅道(南女真)が中国人である由緒を説明する。
>もと新羅地域は、遼西の遊牧民(鮮卑族の分派、鮮卑の祖始は檀君)民族が住んでいた。
檀君は、中国の遼西地方の鮮卑族の説話だが
契丹により新羅に移住させられ住みだした慶尚道(遼西の鮮卑族系の慶州)の由緒。
>もと高麗(高句麗・遼東半島)には、渤海人(ヨクソの女真族)が
衛満朝鮮は、燕の亡命人の衛満がヨクソ(渤海)に逃げた話だが
契丹により渤海人が遼東半島に移住させられた移動元の地の咸鏡道の由緒。
女真族は遼東(中国)でヨクソ(高麗の逃げた地)で
「衛満朝鮮(燕人は中国人だろう。。。)」だから
東夷だ
が
新羅族は高麗(東夷)でワイ(三国志に服属した東夷)で
「箕子朝鮮(箕子の八条の教えを受け入れた東夷だろう)」だから
中華だ。
とか
真反対の事を言う。