【マンガ嫌韓流】 韓国批判書籍総合スレ 第110刷

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796早稲田の論客 ◆3zWaseda2A
第9話 竹島=独島の知られざる歴史 半月城

『マンガ嫌韓流』(以下『嫌韓流』)において、竹島=独島を日本領とする根拠が
たった二点しか記述されていないのは特筆に値する。それはわずか二コマで説明されている。
その分量といい内容といい、マンガと吐いてあまりにも説明不足である。残りのマンガは、すべて韓国に対する非難にあてられ、
さらに付録の竹島=独島問題を解説する下条正男氏の文章にいたっては、竹島=独島を日本領とする根拠がほとんど示されていない。
「名は体を表す」の格言通り、『嫌韓流』は題名にふさわしく、史実研究よりも嫌韓をあおることに重点をおいているようだ。
 こうした姿勢では、竹島=独島問題をきちんと理解することは困難である。『嫌韓流』が書いた内容がいかに我田引水的であるかを
日本史関係と韓国史関係に分けて具体的に見ることにする。


【日本史の資料から】
・江戸幕府は竹島=独島をほとんど知らなかった。
 江戸時代、現在の竹島=独島は松島、そして欝陵島は竹島と呼ばれた。それに従いここでは島の呼び名を松島、竹島とする。
 当時の松島(現在の竹島=独島)はその名前に反して松の木はおろか、樹木は一本もなかった。
それにもかかわらず松島と呼ばれたのは、松島が竹島の付属島、あるいは一対であるとの考えからである。
 この事実は重要で、のちに詳述するが、そのことに触れる前に、まず江戸時代の歴史をみることにする。
 『嫌韓流』は松島を日本領とする江戸時代の根拠を204ページのマンガで表現した。
 そこでは「幕府は竹島(旧名松島)については日本の領土と考えて渡航を禁じてはいなかった」と書いているが、これは正しくない。
 江戸幕府は松島を日本領と考えなかったばかりか、当時は松島の存在自体をほとんど知らなかった。
 実際、元禄時代に竹島(現在の欝陵島)をめぐる挑戦との領土交渉「竹島一件」が起きたとき、
 幕府は実情把握のために鳥取藩に「竹島の他に両国の他に付属する島はあるか?」との質問を出したほどであった。
 文中の両国とは鳥取藩が支配する因幡国・伯耆国を指す。幕府は、異例の渡航申請があった竹島は知っていても、松島をほとんど知らなかったのである。
(続く)