朝鮮民族は世界中から嫌われているのですね。ミジメ51
種子島で打ち上げられているロケットには、金比羅さんのお守りが貼付けられている
という聞いた話。
>>913 仏教に関しては日本人は本来戒律を重視する宗教だったのを日本人は
信仰さえしっかりしていれば戒律は守らなくてよいという具合に日本人に
合うように作り変えてしまいました。故に今の日本のお坊さんが東南アジアの
お寺に行くと戒律を守らないので異端視される訳でしょ。
>>915 日本人の場合クリスマスを祝った後に初詣に行く民族です、コレは信仰ゆえの
行為というより社会風俗の範疇に入る行為でしょう。
>>948 >おれ自身、宗教に優劣はないと思っているし、
優劣を付けるようなら、もう宗教じゃないと思ってる。
それは日本以外の国では余り見られない姿勢です。キリスト教などの
一神教ではあり得ません。多分上記のカキコにあるように
日本人の根っこにアニミズムがあるので誰かが敬うモノならそれは自分は信じないけど
尊いものかもしれないという発想が日本人にあるんじゃないかと思います。
これは貴方が言うように非常に成熟した視点だと思うのでキリスト教や
イスラム教の原理主義者達も見習って欲しいですね。
>>951 歴史的に見たらやはり宗教はアニミズムから始まってるのをキリスト教などが
消していったという感じ。
アニミズムは最も原始的(原初の、という意味で他意はなし)な宗教の形態だからね。全ての宗教の大本の大本はここだと思う。
あと、雷が怖い。だから雷をあがめる。あがめると、その崇拝している対象は自分に悪影響を及ぼさない」みたいなのも宗教のベースかな。なんてったっけね、この思想。
>>954 万物の全てに力があり意思があり、テリトリーがある。
ゆえに、人間はそれらと同等で特別な存在ではない。
そして他者のテリトリーを犯せば、当然怒りを買う。
だから、何かことをなす場合は、お願いして力を借りたり、無礼をわびたりする。
こんな感じかな。
それの根本にあるのが畏怖だよね。
それもあるけど、感謝もあるのでないの。
おかげさまでとか、おたがいさまとかの言葉もあるし。
いや、畏怖が根本にあるからそれを崇める事で近づこうとして、近づいた後に感謝が生まれるんじゃないかなって。
人間の心理として、近づく前の海のものとも山のものともわからない、「少なくとも自分にはどうしようもない圧倒的な力である」ということしかわからないモノにに対して、一番最初に感謝の念が涌く事はないんじゃないかと思う。
これは現代の人間でもそうなんじゃないかな
スレタイと違う内容の雑談が延々続くのは何故ですか?
神道的価値観は、他者を尊重するもので民主主義。
一神教的価値観は、信者以外は部外者、あるいは敵という全体主義。
ちょっと極端かもしれませんが、こんな感じでいうと分かりやすいかと思います。
他者を尊重しその領分を侵さないことは、自分が尊重されその領分を
侵されないことでもあります。成熟した社会において、これは重要なことです。
個人間の境界が確立していることは、一定のルールが個人レベルまで
浸透しているということですから。あるグループが正義という社会と
比べてみると、どっちが争いが少ないかは一目瞭然かと思います。
ただ一神教は、その地域の必要に応じて発生したものですから、
それそのものがダメというわけではありません。絶対的価値観ゆえに
簡単に善悪を作り出し、他者を排斥することに使われやすいのが
アレなのであって。まあ今時は、原理主義者のせいで印象悪いのは
たしかですな。
>959
自分はROM専ですが、このやり取りは面白いので歓迎。確かにスレタイとは全く違うけど。
強引にスレの内容に則してみるならば、先だって出たハングルの語彙の貧弱さでもって
このスレの現在の内容を訳したものを韓国人に読ませてみたい。
このやり取りをどこまで再現できるのやら。また、どこまで読みとれるやら。
>>960 個人間の境界が確立しているからこそ、共同&協調作業もスムーズに行くんだろうね。
「和」の概念も、個を認めているからこその協調なわけだ。
集団の中で浮くのを嫌うって言うのも立場の把握が出来ているからこそかも。
まあそろそろ次スレの季節だし、雑談もいいかもね。
スレ立ててくれば。
昔国語のテストの文章題で西洋と東洋の嗜好の違いってのがあったな。
絵などで空白を埋めるかそのままにするかとか、静的な風景と動的な風景のどちらを好むかとか
>>953 仏教ってなァ、「八万四千の法門」と言われる
これは覚りを目指す人の器にしたがって、釈尊が個別に教えを説いていったために
おっそろしく大量に覚りへの道が示されてるわけだ
その中には、戒律を重視する教えもあれば、念仏のように「ただ仏の名を唱えよ」
なんて教えもあるわけ。
お前さんが例に挙げたのは、人間が勝手に教えの優劣を判断してるってだけ。
どれも仏法には違いないんだから、等しく尊い教えだ
よくある譬えだが、海を渡るのに
デカイフェリーにみんなと乗って行く → 浄土門の教え
手こぎの一人用の船で行く → 聖道門の教え
つまりはやり方の違いでしかない
仏の慈悲という観点からすれば、むしろ多くの人に相応する教えこそが本懐なのでは
ないかとすら思える
>>967 仏教の場合、釈尊の教えを説いたものは、基本的に全て聖典になる
と言う考えがあるそうだ。
だから、仏教の聖典は星の数ほども存在する。
キリスト教の場合、各国語に翻訳されているとは言え、聖典は二種類
(旧約聖書と新約聖書)だけだし、イスラムに至っては唯一種類の聖典
(アラビア語で書かれたコーラン、ちなみにアラビア語以外のコーラン
(の翻訳)は聖典として認められない)しかない訳だから。
>>968 仏教は神の境地に至るのが目的で、その方法が経典だから、
方法は教えを説く人次第みたいなところがある。
経文をひたすら書き写すってのもあれば、とことんマグわるってのもまである。
仏教って人が悟りを得るための宗教なの?
多神教でも一神教でもない?
仏教のどこに「神」がいるのかと
>>970 境地に至った者たち、または元々そこにいた者たちがある意味で神。
なにか、オカ板に来たのかと思った。
ある意味で神=神の如きもの≠神
という意味で言ったんだが…
975 :
マンセー名無しさん:2006/03/29(水) 20:17:33 ID:6wo9QXSK
朝鮮の儒教・朱子学と日本の儒教・朱子学の違いがいまいちわからん
日本に儒教が入ってきたのはいつ?
世界遺産のある土地の様子を流す番組とかみていると、多民族・多宗教の住民が住んでい
る地域が扱われていることがある。
仏教徒やヒンドゥー教徒の比率がある程度高い場所だと、一神教徒とも割合にうまくやって
いける事が多い気がする。いやま、ヒンドゥー教優勢な地域で、彼らが大人しい人ばかりじゃ
ないってのも知っているし、一言で仏教といっても日本の歴史をみていると大人しいといい切
れない例があるのも知っているけどね。
各宗教の年中行事をその土地全員でなんとなく一緒にやってしまうというのも、日本固有と
いう程でもないように最近は思えるようになった。
でもまあ、世界の中でも特殊な地域ばかりみての感想だから、やっぱ、そいうのはマイナー
なのかも知れんとも思っている。
すっごい余談だけど、個人的に、イスラム系の印橋のカレー屋よりは、ヒンドゥー系の印橋の
カレー屋の方が美味しいと感じる事が多い。
(簡単に見分けるのに有力な手段は、ビーフの取り扱い有無。ビーフカレーがメニューにあっ
たら絶対にヒンドゥー系じゃない。)
>>974 西洋と東洋じゃ神の概念自体も違うような気がする。
西洋じゃ世界を統べる者が神みたいな感じだけど、
東洋だと世界そのもの神みたいな感じだし。
仏教だと世界の理を悟ると世界そのものと一体となる、みたいな解釈もあったような。
キリスト教のGODを神と訳したのは誤りとさえ言われてるからな〜
根本的に違う存在なんだろう
980 :
マンセー名無しさん:2006/03/29(水) 21:13:56 ID:1M7vJVCN
このスレ後半を読んでたら朝鮮が嫌いになったというより
日本がますます好きになったw
キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の一神教が生まれた土地って荒涼としてるよね。
生きていくのに厳しい土地だからこそ、心の支えとなるような精神性の強い宗教になった。
うまく言葉にできないけど、自分の心の中に湧き上がってくる精神のようなものが「神」になったという感じ。
このことは一神教の「神」に偶像がないことからも想像できると思う。
一神教は「神」という形が与えられはすれど、自我の精神性と非常に同一性が強くて、
だからこそ西洋では「自我の追求」という学問が発達して
個の人間として自立する精神文化を持つにいたった。
一方、日本のような緑豊かな土地で育つ宗教は
木の神様、海や川の神様、雷の神様、
自分を取り巻く「他者」に対して精神性を与える。
神様を恐れ、敬い、感謝する、コミュニケーションを取る形の宗教。
だから多神教文化圏の日本は他者(異文化)を取り入れるのが上手なんじゃないかと思うわ。
また日本は「恥の文化」という言葉で代表されるように
「他者」を通して「自分」を確立しようとする精神文化でもあるのも
多神教の影響なのかなと思う。
>>980 西洋でもケルトは自然との調和をよしとする精神性だよね。
ほとんど絶滅危惧種って感じだけど・・・・・
「日本人は世界で一番良い土地を占拠している」と言われてるくらいだからな。
隣に朝鮮と中国、ロシアがいるけどね
>>971 インド神話の神々を「護法神」として大量に取り込んでるな
だから仏法に帰依した神々という形で、いることはいる
逆に仏教が、別の宗教に取り込まれた例もある
例えばヒンドゥー教のヴィシュヌ派では、ヴィシュヌの化身の一つに仏陀を挙げている
これは、正しい教え(ここではヒンドゥー教)に帰依する人と間違った教え(ここでは仏教)
に帰依する人を選り分けるために、わざと間違った教えを説いた、とするもの。
>>980 特に釈尊が生まれた辺りは、肥沃で豊かな土地だからな
そして小国とは言え、王子様だ
イエスは大工、ムハンマドは商人。
コーランには商売に関する記述も多いし、生活の豊かさや方向性も、教えの形成に
少なからず関わっているだろうな
次スレ どこか たのむ
↓
↓
986 :
マンセー名無しさん:2006/03/29(水) 21:50:08 ID:1M7vJVCN
>>981 一神教が生まれたところから近い場所ほど
固有の文化が成熟する前に一神教が支配してしまった。
一神教は多神教に比べて政治的支配に利用しやすいから。
>>982 日本は「極東」で最も遠かったから一神教が攻めてくるまでにある程度文化が成熟できた。
これが「最もよい土地」の一番の大きい要素だったのではとすら思う。
その内日本政府はハングルを広めた事を謝罪する事になりそうだな
>>968 >イスラムに至っては唯一種類の聖典
シーア派とスンニ派の対立の根はどの文献を聖典とするかにある。
>>924 電電神宮@京都
五智教団虚空蔵法輪寺にある電気一般の神様(元は雷神だったか?)を祀る神社。
嵐山近辺に行くことがあれば、ついでにどうぞ。
ああ、そういえば某文明ゲームIIでは、技術ツリーが「一神教」→「多神教」で、
はあ?と思った事もあったなあ。懐かしい話だ。
IV買ったけど、英語が未だに辛いorz
話を蒸し返すようだが、明治以前まで神道は「宗教」ですら無かった。
>>940氏や靖国問題のように、民間信仰と宗教の境界をどこに置くかという問題はあるのだが。
個人的には、「神道的世界観」というよりは、「日本人の持つ世界観」と言う方がしっくり来ると思う。
>>949 確か、平和の神様が世界中をの戦争地域を忙しくかけずり回ってるおかげで、
まるで、捜査四課のようになっていて、
戦争の神様が隅っこでひっそりとしていると言う話でしたっけ。
991 :
マンセー名無しさん:2006/03/29(水) 22:42:41 ID:6wo9QXSK
違うスレで宗教論争したほうが面白いね
朝鮮猿相手にすると疲れる
>980
長文にツッコミを入れるのは心苦しいが、あのへんは昔は肥沃だったよ。
厳しい環境だと思想宗教は生まれにくいのが定説です。
拡大するのは「政治的に厳しい環境」のもとだったりするけどねぇ
>980には「もうすこしがんばりま賞」を進呈
>>992 土地が肥沃でも、大陸は常に争いが起こりますから
そういうこともあるのでは?
鉄の生産がはじまったのも中東あたりですし。
いったいどれだけの戦争があったのやら・・・。
鉄はヒッタイトだったか?
鋳造貨幣はリディアだったような気がす
996 :
安崎光輪:2006/03/30(木) 00:06:56 ID:asLveDJf
>>992 そだね。
現在じゃ比較的農産物などが取れる豊かな土地はキリスト教
雨が降らない貧しい土地はイスラム教ってなってるそうだが。
でもイスラムって本当、博愛という名の元なテキトーテキトー大らか教なのにね。
やっぱ貧しい土地が主な支持層ってのが戦士を生み出してしまうんだろうか。
998 :
マンセー名無しさん:2006/03/30(木) 00:34:31 ID:HfClx4iK
1000
999 :
マンセー名無しさん:2006/03/30(木) 00:35:06 ID:HfClx4iK
999
1000 :
マンセー名無しさん:2006/03/30(木) 00:35:30 ID:Be4NCdC3
1000なら在日全員祖国へ帰る
1001 :
1001:
ZZzzz…∧_ ∧_∧ ./ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
<,,-д( ´∀`) < 1000越えるまで頑張ったんだね
(っ(,,_ノ ソ \_____________
`7 ∧ 〈
(_)(__)
∧_∧_∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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