後世に語り継ぐべき半島人

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(つづき)
私は食事が濟んで三十分位して、食ひ逃げするやうだが、約束の時間を餘りに超過し
たのでと言ひ、再び辭去しようとしたが、「今日の午後は何も豫定がないから」と再び
押し留められた。既に私の腦裡には大韓民國大統領の姿は消え去り、知己、朴正煕しか
存在せず、それから更に一時間餘り話し込んでしまつた。氣樂になつた私は、當時の大
統領スポークスマン、現在の文化公報部長官金聖鎭氏から聞いた大統領の武勇談を想出
し、あれは事實ですかと訊ねてみた、といふのは、大統領一行がどこか視察に出掛けた
時、途中の岐れ路で普通なら直進すべきところを車は急に右へ迂囘した、「どうして遠
囘りするのだ」といふ大統領の問ひに金氏は「大學紛爭で警官隊と學生が對峙し、學生
側の投石が激しいので」と答へたさうだが、大統領は直ぐさま「構はない、戻つてその
道を行け」と言ふ、仕方ないので命令通りにしたところ、まもなく當の大學の前に差し
掛るや、大統領は車を止めさせ、眞先に飛び出し、一人で大學の正門に向つて歩き出し
たといふ。驚いたのは學生の方で、忽ち投石を止め、蜘蛛の子を散らすやうに逃げてし
まつたさうである、大統領はそのまま總長室に入り、直ぐ總長に來るやうに命じたが、
既に自宅に逃げ歸つてしまつてゐた總長が現れたのは數十分後で、氣拙さうな彼の前に
大統領は諄々と説諭したといふ、「かういふ時に總長が責任を執り、學生を説得しない
といふ法はない」と。
「やあ、そんなこともありました、勿論、それで學生が説得されるとは限りませんけれ
ど、總長たる者には騷動の經過を見てゐて、適切な措置を採る責任感がほしいのです」
それが大統領の答であつた。いざといふ時は、ソウルから一歩も引かないと言つた大統
領の言葉を私は心の中で噛みしめてゐた。これを人は「獨裁者」と言ふのであらうか、
それなら私は民主制より獨裁制を採る。
『福田恆存全集 第七卷 孤獨の人、朴正煕』(文藝春秋)
194 :04/02/07 22:07 ID:DfEpVrDl
私はこれまで、知人が週刊誌の餌食にされるのを見た事が無い。ところが、今囘、私
は全斗煥將軍について四つの週刊誌から意見を求められ、將軍のために精一杯辯じたに
も拘らず、それが充分に紙面に反映されてゐない事を知り、それどころか將軍が餌食に
されてゐるのを見、改めて記者の頭腦の粗雜を思ひ知らされ、週刊誌のお粗末な樂屋を
覗き見たのである。
「全斗煥つて、身長はどれくらゐでせう」などといふ質問に私がまともに答へたのは、
今にして思へば馬鹿馬鹿しいが、それも結局、全斗煥といふ男の頭腦明晰と節操と膽力
に、私が惚れ込んでゐたからに他ならぬ。實は私は『中央公論』七月號にも全斗煥將軍
の事を書いたのだが、それを書いてゐる時、最も苦心したのは、どこまで書いてよいか
を決定する事であつた。例へば金鍾泌氏が連行される前に、全斗煥氏は金鍾泌氏に對し
て批判的である、などといふ事を書く譯にはゆかなかつた。が、太つ腹の全斗煥氏は私
に「これは書いてくれるな」とは一言も言はなかつたのである。金鍾泌氏が連行された
事を知つて、私は少しく原稿を書き直したが、松原は必ず金鍾泌批判をやるだらうと、
頭のよい全斗煥氏はそれも見通してゐたのではないかと思ふ。
(つづく)
195 :04/02/07 22:07 ID:DfEpVrDl
(つづき)
だが、私は今、全斗煥氏の身の上を案じてゐる。日本の新聞や週刊誌の餌食にされた
からではない。週刊現代六月十二日號で、韓民統の金鍾忠氏は、全斗煥氏を「殺さうと
いふ政敵、軍人は多い」と言つてゐる。どうしてさういふ事が解るのか、私にはそれが
解らないが、全斗煥氏を殺したがつてゐる手合が日本にも韓國にもゐるであらう事は確
かである。それゆゑ私は心配なのである。あんな見事な男が殺されてはたまらぬと思ふ
のである。
私は今囘、週刊サンケイを斬る。「女高生や女子大生が裸にされたうへ刺殺された
――口コミで傳はる光州暴動の慘状はすさまじい」云々の文章が示すやうに、週刊サン
ケイの記事は惡意の噂にみちてゐる。週刊サンケイはまた「鄭昇和の人脈、金載圭の人
脈は軍部の中に脈々として生きてゐる」と書いてゐるが、「脈々」とはまたどういふ事
か。金載圭は國家元首を殺した男である。週刊サンケイは殺人の人脈に期待し、前搜査
本部長全斗煥氏の失脚を望んでゐるのであらう。まさに言語道斷の愚鈍である。
また週刊サンケイはさしたる根據も示さず「全斗煥氏、天下人としてはまだ器が小さ
いのか、人氣はあまりない」と書いてゐる。日本には言論の自由があるといふ。それな
ら、日本にも一人くらゐは、さしたる根據も示さずに、全斗煥氏の器が大きいと主張し、
彼の所業を賞揚して「見事なり、全斗煥」と書く男がゐてもよい譯だし、また週刊サン
ケイが「鄭昇和、金載圭の人脈」に期待してゐるとしても、サンケイ新聞一紙くらゐは
「見事なり、全斗煥」と題する文章を載せてもよい筈だと思ふ。
*『暖簾に腕押し』松原正(地球社)