呉智英と朝鮮儒教

このエントリーをはてなブックマークに追加
730_:03/11/27 07:48 ID:NGZ55/hX
ミクロネシアからきた外来文化もシナからきた外来文化も
外来にはちがいない。

しかしシナにおける文身(刺青)はもともとは呉越=南蛮の文化であって
シナ文明の本流である中夏の文化ではないな・・・・
シナの江南からミクロネシアまでふくめた広い意味での南方文化だろうけど。
731 :03/11/27 08:06 ID:LBLB5yVf
ミクロネシア文化流入以前の段階で日本列島に定着していた文化がなければ、ミクロネシア文化こそが日本文化の基底だろ。
魔よけの文身を施す海洋民の習慣が魏志に明記されているのに、何故倭人がミクロネシア系である事実をかたくなに黙殺したがるのかが分からん。
シナ文明圏が沿岸航法しか持って居なかった古代から、ミクロネシアやポリネシアでは天文航法を編み出して太平洋をカヌー一つで飛び回っていたんだぞ。
黒潮に乗っていれば至近距離まで近づく日本列島も、当然彼等のホームグランウンドだ。
732 :03/11/27 08:15 ID:0KFU3VhZ
>>731
> ミクロネシア文化流入以前の段階で日本列島に定着していた文化がなければ、ミクロネシア文化こそが日本文化の基底だろ。

よくもまぁそんなことが恥ずかしげも無く言えるもんだ
文化というものが地層みたいに年代順に並んでいると本気で信じてるのか?
勉強不足もはなはだしい。
733 :03/11/27 08:18 ID:0KFU3VhZ
>>728
お前こそ物事を単純化しすぎ、チョンの歴史観そのままじゃん。

>これが、日本文化の基底を成すミクロネシア文化なんだよ。
実在しないミクロネシア文化を出すな。
ミクロネシアと日本の文化の差異をまったく考慮に入れず脳内ミクロネシア文化を持ち出して架空の日本とイコールで結ぶことに何の意味があるんだ?
こういうのを詭弁と言うんだよ馬鹿。
734 :03/11/27 08:20 ID:0KFU3VhZ
>>729
シナにも刺青の文化はあるだろ、江南や雲南の刺青を知らんのか?
まったくお話にならん。儒教だけがシナじゃない、道教には刺青もちゃんと存在するぞ。
735 :03/11/27 08:24 ID:LBLB5yVf
何が恥ずかしいものかね。
ルーツが異なる文化の流入には時間差があって当然だ。
魏志の時代のシナでは、既に刺青は単なる刑罰だ。
だからこそ倭人の特徴である文身を特記しているんだよ。
ミクロネシア以前から日本列島にシナ文化が流入していたというのなら、何故刺青が刑罰として確立せずに魔よけとして利用されてるんだよ。
お前が主張している事は、正倉院の遺物を根拠として日本文化は西洋文化を基底にしていると強弁しているのと変わらない。
勉強不足がはなはだしいのは、お前だよ。
736-:03/11/27 08:28 ID:NGZ55/hX
インドネシアやポリネシア、メラネシアじゃなくて
「ミクロネシア」にこだわってるのは何か意味あるのか?
737 :03/11/27 08:28 ID:LBLB5yVf
海幸彦と山幸彦の物語は、ミクロネシアにもバリエーションがあるぞ。
何が脳内ミクロネシアだよ。
日本文化の基底を成しているミクロネシア文化を根拠もなく隠蔽するなよ。
おまえは何がなんでもシナ文化を過大評価したがってるだけじゃないか。

738 :03/11/27 08:30 ID:LBLB5yVf
古代の大和や隼人の文化には、特にミクロネシアとの共通点が顕著だからな。

739 :03/11/27 08:37 ID:0KFU3VhZ
>>738
古代大和や隼人を現在の日本文化と単純に結ぶのはチョンが高句麗を今の朝鮮と結ぶのと一緒だと言ってるんだよ、馬鹿。
740 :03/11/27 08:38 ID:0KFU3VhZ
>>735

> 魏志の時代のシナでは、既に刺青は単なる刑罰だ。
そりゃお前が物知らずなだけだ。呉じゃ普通に刺青をしてたよ。アホが。
恥を知れ、馬鹿。恥を知らないやつは日本人とはいえないな。
741 :03/11/27 08:41 ID:0KFU3VhZ
>>735
>お前が主張している事は、正倉院の遺物を根拠として日本文化は西洋文化を
>基底にしていると強弁しているのと変わらない。

基底を古代に求めるのが愚かと言ってるのに逆の解釈をするんじゃねぇ!
日本語が読めないのかこのトンチキが、さっさと半島に帰れ下種。
742_:03/11/27 10:20 ID:Pv7D1Kim
中原文化の源流である殷の言葉も遡れはタイ語系に近かったというし
「文」の字はもとは刺青の模様の意味、「武」の字はもとは刺青を彫る道具をかたどった文字。
刺青はもしかして原初期にはミクロネシアといわず世界的に一般的な文化だったんじゃないのかな。
80年代には「ヤポネシア」論ってのが流行ったけど、太平洋の諸文化圏のひとつということで
べつにミクロネシアから一方的に日本にきた文化というわけじゃなくて、
原初期の日本文化と後のミクロネシア文化に共通する要素があったということだけだろう。
743_:03/11/27 10:30 ID:Pv7D1Kim
>>739
それはたとえが悪いような気がするが、まぁ話がずれるので次ぎに逝こう
744_:03/11/27 15:22 ID:r2lIidb3
べつに文化を基層・中層・表層にわけていくのは悪いとは思わないがな。
概念的に整理するのは便利なもんだ。
むろん分解した要素が単独で日本文化たり得るわけではないが
目くじら立てるほどのことかな。
基層文化がミクロネシア系だとは思わないし、文化は歴史的形成物=歴史の結果なのだから
あまり基層や起源を言い立てるのは必ずしも本質論にはなるまい。
745 :03/11/29 03:46 ID:ugYrLGFT
呉が刺青を入れる文化だったとしても、それを根拠に刺青がシナ起源である事を意味しない。
だから刺青とシナとの関係、もしくは呉人と倭人との関係がハッキリ分からない限り、
呉の刺青を持ち出して日本文化の基底がシナ文化だった根拠と言い張るのは詭弁だろうが。

そして、孝の価値観を根拠に刺青を禁忌とするのは、儒教に由来する明らかなシナ文化だ。
倭人に文身の習慣があるなら、シナ文化が影響を与えていない証拠にこそなれ、その逆にはならない。
呉の文化がミクロネシア起源である可能性があるというだけの話だ。
太平洋全域で見られる海難事故を回避する目的の文身が、呉起源だと考える理由など無いからな。






746 :03/11/29 04:04 ID:T6A+ZB+S
日本の文化の源流の一つとして長江流域、呉人を持ってくるのは最近の流行だね。
特に呉人の技術者の大量移入説とか良く聞く。
日本で刺青を入れていたのは職人が中心なわけだが、これは呉人技術者の遺風だとか。
747 :03/11/29 04:06 ID:T6A+ZB+S
>>745
ミクロネシア説を取るなら刺青を入れるのは職人じゃなくて漁師中心じゃないと話が合わなくなるね。
748 :03/11/29 04:09 ID:wo9UzRqe
>>746
司馬遼太郎が熱心だったなあ。その説。
あと稲作は挑戦半島経由ではない、という持論の人々が
よく江南=日本文化源流説を言う。
749 :03/11/29 04:14 ID:T6A+ZB+S
シナにおいては儒教文化というのは一部分でしかないからなぁ。
役人の間ではともかく、民間においてはむしろ道教文化や仏教文化のほうが支配的だったりする。
現在のシナでは完全に道教・仏教メインだしね。

日本における長江流域文化の影響についてはまだまだ研究は足りないが、思いのほか大きかったようだ、
長江上流の雲南の鳥居や下流の呉の呉服なんかはまったく日本に同化してるわけだしね。。
750三星亭 現代 ◆oUu86N7U2M :03/11/29 04:22 ID:HyaXpovB
>>746
中国側ではそれよか前に日本の呉音と呉の方言の音韻の類似性に
関しての研究が成されているね。
和服と言っているが和服を商う店は呉服店というし、呉および隋以前の
六朝と日本の交流史の研究は中国側では一つのテーマみたい。
日本に道教が入っていったのも六朝時代と言われているし、聖徳太子も
親隋で隋の国境である仏教を推していったが、夢殿の通り六朝の国教で
あった道教もまた排除していなかった。
俺は日本の神道が道教の影響を受けて教義化・教団化していった物だと
思っている。無論、陰陽道は言うまでもない。
呉音と呉方言の研究
http://www.gens.niigata-u.ac.jp/bulletin/21pdf/21QCh.pdf
751 :03/11/29 04:41 ID:T6A+ZB+S
なんか脱線してるようでスレタイとあった内容になってるな。
呉の話題だし。
752_:03/11/29 04:46 ID:noiCvqjz
>>751
だじゃれかよ(w

漏れとしては、日本文化論を藻前らみたいな低レベルで論じあってるスレは
2ch中に無数にあるのだから、ここはとっと本来のテーマに戻ってほしいがな(w
753 :03/11/29 04:49 ID:hYO+dsKy
後世の日本社会で職人の刺青が多い事は、魏志に記述されていた時代の倭人が魔よけで文身していた事を否定する根拠にはならない。
殆どの倭人が海洋民族だった当時は海難事故防止の魔よけとして彫っていたと判断するのが合理的だ。
そしてその魔よけの習慣から日本の刺青文化が育まれたが、倭人の末裔が海から離れた生活に移行すれば、
海難事故とも無縁になるので本来の魔よけ目的は希薄になるというだけ。

754 :03/11/29 05:05 ID:BeCUswAX
いい気分だ!他人が困っているってこんなに気分がいいものだったとは。
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2003112892068
755_:03/11/29 05:33 ID:noiCvqjz
>754
>705年間実存した我が民族のプライド「大高句麗」

キチガイほど哀れなものはないな。

>>753
そこまで別のものになってしまっているのなら、逆にルーツの証明として使えないのではないか?
大昔のポリネシア(?)だか何だかの文化と無関係にはるか後世に発生した文化である可能性が高い。
現に、日本側で記録が残っている限り刺青は罪人への刑罰であって、これは江南(呉越)の文化ではなく
華北の文化と共通している。江戸時代移行の刺青も刑罰を別とすれば、ヤクザなどの愚連隊の文化であって
これも罪人のしるしが不良のシンボルに転化したとみるのが自然だろう。
いきなり3世紀の海洋民の魔除けに関連づけるのは電波の一種ちいわれてもしかたあるまい。
756 :03/11/29 07:11 ID:T6A+ZB+S
>>755
刺青がヤクザ愚連隊の御用達になったのは明治以降だよ。
これは近代化による西洋的(キリスト教的)倫理の導入の為。
江戸時代にはヤクザに関係なく職人・大工・火消し・人夫といった面々はみんな刺青をしていた。
757 :03/11/29 07:27 ID:T6A+ZB+S
ちなみに江戸時代には刑罰としての刺青は左腕に入れたのだが、
この上に更に刺青を入れて罰のしるしを消すのを防ぐ為、腕までの刺青は禁止されていた。
つまり、犯罪者が刑罰を隠す為に刺青を入れるというのは逆にありえないことだった。
758 :03/11/30 15:35 ID:AJofUn5z
>>756

>これは近代化による西洋的(キリスト教的)倫理の導入の為。

西洋かぶれした為というほうがいいな。そう考えるとハイカラ趣味、西洋
かぶれをもっとも軽蔑していたであろう職人が刺青を率先してやめる
であろうかという疑問がわく。やっぱり政府が指導していたのであろうか。
759 :03/11/30 15:52 ID:cc7W3rXW
左腕までは儒教的価値観が制圧していたが、それ以外の体表までは支配が行き届いていなかったのが江戸時代の日本人という訳だな。
辮髪を強制したドルゴンに逆らって何万人もが首を斬られた明国とは違うという訳だ。

760 :03/11/30 16:00 ID:XM70zNXj

朝鮮族はモンゴロイドに属しており、形質的にはアルタイ系諸族とは
区別しにくい。世界諸民族の身長分布のうち、中頭大身長のうち大きい
ほうで、首が比較的細く、背側深層筋群が発達しており姿勢が正しい。
また下肢が長く身体各部の比率配分が、欧米人に比べて均衡がとれている。
頭部は短頭で、長径の短い特異な短頭が多い。顔はモンゴロイドの特徴で
ある広顔だが、長顔でもあり、頭腔容量も大きく脳重も重たいほうであると
いわれている。(日本大百科事典/小学館)

頭部は短頭で、長径の短い特異な短頭が多い
頭部は短頭で、長径の短い特異な短頭が多い
頭部は短頭で、長径の短い特異な短頭が多い
頭部は短頭で、長径の短い特異な短頭が多い
761 :03/12/01 13:00 ID:SdQBiuIW
>>750
>日本に道教が入っていったのも六朝時代と言われているし、

道教は徐福が秦の時代に日本に輸入されたような気もするが。
支那では三国時代に怨霊信仰があったことを確認できるわけだけど
日本での怨霊信仰はいつ頃から始まったのだろう?

>>758
>やっぱり政府が指導していたのであろうか。

それは義務教育の影響が大きいな。
762秋山真之 ◆TiPoFLz/OM :03/12/01 14:12 ID:3Lu+mZkr
>>761
大国主命の国譲りを見る限り、中国の三国時代以前かと思われます。

刺青に関しては、明治政府の「裸」を禁止する政策によるものが多いと
思われます。
763 :03/12/01 14:24 ID:f2/LY9Kq
>>761
> 道教は徐福が秦の時代に日本に輸入されたような気もするが。

トンデモさんは消えてください。
764 :03/12/01 14:28 ID:f2/LY9Kq
>>762
> 大国主命の国譲りを見る限り、中国の三国時代以前かと思われます。
三国時代の卑弥呼の「鬼道」を五斗米道のような道教系の宗教とする説は多いわな。
765 :03/12/01 15:37 ID:BAFHklsg
道教というのは、各地で自然発生したアニミズム、シャーマニズム的な民間信仰と、老荘思想、そして仏教が影響を与えて混成された宗教だ。
鬼道を道教系というのは順序が逆立ちしている。
老荘思想や仏教は道教の基礎を成して居るが、老荘思想や仏教は道教系宗教ではない。
766わむて:03/12/01 22:20 ID:IPnlyChc
ごるごるもあ ◆753Z/RLFiY を検索しました。 約711件
767_:03/12/01 22:39 ID:RMri7o+R
大国主は神話だから、今の話には参考にならない。

あと道教にかんしては765が正しい。
道教が成立したのは南北朝時代。後漢時代の天師道や太平道は道教ではない。
(まったく関係なくもないがかなり薄い)
老子荘子も儒教に対抗するために持ち出されたので、
老荘思想がストレートに道教につながってる訳でもない。

誤解をおそれずやや厳しめにいえば、徐福が道教を伝えたとか
卑弥呼の鬼道が道教だったとかいうのは、ある意味電波説の一種。
768 :03/12/02 00:16 ID:Hp1y2xJE
>>767
鬼道と言う名前自体が道教だしね。
徐福と違って鬼道のシナ伝来説はトンデモじゃないよ。
当時から大量のシナ人の商人・技術者が邪馬台国に移入してたのはほぼ確実だし。
769 :03/12/02 00:17 ID:Hp1y2xJE
>>767
> 老子荘子も儒教に対抗するために持ち出されたので、
むしろ外来の宗教である仏教に対して持ち出されたものだな。
770わむて:03/12/02 01:01 ID:OLtv4vSj

  鈴木健太だよ!!
    みんなよろしくね!!

    (\Å/)
    ( ≡・Д/ ̄ ̄ ̄ ̄/
  __(__つ / K ε´Д`)/____
      \/____/
771名品:03/12/02 01:19 ID:MRg6k04t
呉智英スレパート6落ちちゃってるけど・・・
これが本スレですか?

呉氏が『犬儒派だもの』で褒めてた「富士」が地域限定で復活するらしいよ。
おれは残念ながら買えないけどさ。
772_:03/12/02 03:29 ID:MCyOxpUI
>>768
鬼道ってのは道教じゃないよ。時系列が逆。
773     :03/12/02 03:54 ID:0Z5wEpyw
>>772
おいおい、お前の言ってる道教ってなんなんだ?
道教ってのはシナの神仙思想や易をひっくるめた民間宗教だぞ。
徐福のように道教を奉じる道士は秦の時代からすでに存在してる。
774 :03/12/02 03:58 ID:0Z5wEpyw
道教の組織化が始まったのは前漢の時代、これは仏教の渡来に対抗したものだといわれている。
宗教としての道教は秦漢の時代に確立したというのが普通だ。
775_:03/12/02 07:21 ID:I/ITXBce
仏教が渡来したのは後漢。

>徐福のように道教を奉じる道士

???
776わむて:03/12/02 11:19 ID:peh1HJ6N
      ∧ ∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
〜′ ̄ ̄( -Д-)<  ねぎ、、、あさつき、、、そうよまた夢、、、
 UU ̄ ̄ U U   \_____________
777 :03/12/02 12:56 ID:Hp1y2xJE
徐福は方士であって道士ではない、当時は道教と言う言葉は存在しないし道士も存在しない。
道教が思想として完成するのは唐代、組織化され教団として成立したのは南北朝時代。

ただ、古代中国の民間信仰を広義の意味で原始道教と言うのなら徐福の奉じる巫術(鬼道)を原始道教といっても差し支えない。
後漢に老子のお告げを受けた張陵の五斗米道も原始道教だ。
778わむて:03/12/02 13:35 ID:OLtv4vSj
椎間板ヘルニア
779わむて
わむて騙ってもみるまらーしかやることないあたりにぼるじょあとの差を感じる