【産経】日韓新考【連載】

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 「あそこです」。松原船長が指差したのは、石垣島北西部の御神埼(おがんさき)の沖合
約百二十メートル。エメラルドグリーンに光を反射させるリーフ(環礁)と群青の海の境目
にあたる。
 平成十二年九月二十二日朝、「ばんな」は最高速度の三五ノットでその近くまで急行した。
八日前に石垣港を出たまま行方不明になっていたヨット「悠遊(ゆうゆう)」がゴムボートを
ひいているのを見つけたからだ。
 「ばんな」が近づくと、悠遊を操縦していた三好定男被告(三六)はあきらめておとなしく
なったが、ゴムボートに乗っていた長浜博之被告(四〇)は悠遊につないでいた舫(もやい)
を解いてボートをこぎ出した。途中、みかん箱より、やや小さい梱包(こんぽう)四個を境目
辺りに捨てた。

 潜水士でもある「ばんな」の波照間亨・主任航海士(四五)は、海に潜って梱包を引き揚げた
作業を振り返る。
 「持ち上げようとしたとき、ずっしり重かった。銃に違いないと確信した。リーフ部分は水深
五メートルと浅いことが幸いした」
 その中には、海上保安庁の摘発で過去最高の拳銃八十六丁と実弾千百七発がきれいに
ポリ袋に包まれていた。
 一方、御神埼灯台付近にずぶぬれになって上陸した長浜被告は近くのバナナ園に潜んで
いた。捜索に向かった海保職員に逮捕されたのは約九時間後。闇夜が怖くなって道路に出て
きたところを見つけられた。
 「『自分のやったことは分かっているな』と聞いたらうなずいた。後は何を尋ねてもだまった
ままだった」。保安部まで車で連行した警備救難課の永吉辰也専門官(五〇)は現場を歩き
ながら言った。
248 ◆QQQqQqQQ :02/04/20 11:46 ID:qa0048Jh
>>247の続き

 実は、梱包を引き揚げる前、永吉専門官らは覚せい剤取締法違反容疑で逮捕状をとる
準備をしていた。
 「絶対、白い粉だと思っていたので、海に捨てられたと無線で聞いて、証拠がなくなると
あきらめかけた。それが大量の拳銃ですからね。慌てて銃刀法違反に切り替えるようにした」
 保安部が「悠遊」に目をつけたのは、三好被告がその年八月にもヨットごと行方不明になり、
十一日後に西表(いりおもて)島沖で救助される遭難騒ぎを起こしていたためだ。「悠遊」の
衛星利用測位システム(GPS)には、フィリピンまで行った航跡が残っていた。
 逮捕後に検証でも、やはりフィリピンまでを九日間で往復していた記録があった。「本土と
違って、石垣や西表からだとフィリピンはすぐ近く。覚醒(かくせい)剤の密輸はこれまでも
多くあったので、今回もそれを想定していた」
 京都に住んでいた長浜被告は、暴力団絡みの借金を焦げ付かせており、密輸で資金を得る
ために兄弟分の三好被告を石垣に住ませていた。この事件では共犯で山口組系組員らが逮捕、
指名手配された。
 「海の事件は、被害者の顔が見えないのでなかなか国民の関心を集められない。でも、大量
の拳銃が国内に入れば、市民の命を奪うかもしれない。海からは日本の治安を脅かす人や物
が不法に入ってくる」。第十一管区海上保安本部の冨賀見栄一次長(五二)は話す。
 海上保安庁などが昨年一年間に水際で摘発したのは、密航者・四百十五人、銃器・二十四丁、
薬物・二十九キロ。「摘発できるのは氷山の一角。その証拠にいくら押収しても末端価格は変わ
らない。広い海ですべてを把握できるわけがない」
 冨賀見次長は昨年の不審船事件も、逆説的に「国のためになった」と考えている。「海が危険
にさらされていることを国民に知らせてくれた」