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名無しさん@お腹いっぱい。:
北朝鮮に帰国した青年が金日成首相と握手している写真があった。ぼくらは、いわゆる共産
圏の青年対策の宣伝にたいして小姑的な敏感さをもつが、それにしてもあの写真は感動的で
あり、ぼくはそこに希望にみちて自分および自分の民族の未来にかかわった生き方を始めよ
うとしている青年をはっきりと見た。
逆に、日本よりも徹底的に弱い条件で米軍駐留をよぎなくされている南朝鮮の青年が熱情
をこめてこの北朝鮮送還阻止のデモをおこなっている写真もあった。ぼくはこの青年たちの
内部における希望の屈折のしめっぽさについてまた深い感慨をいだかずにはいられない。北
朝鮮の青年の未来と希望の純一さを、もっともうたがい、もっとも嘲笑するものらが、南朝
鮮の希望にみちた青年たちだろう、ということはぼくに苦渋の味をあじあわせる。
日本の青年にとって現実は、南朝鮮の青年のそれのようには、うしろ向きに閉ざされてい
ない。しかし日本の青年にとって未来は、北朝鮮の青年のそれのようにまっすぐ前向きに方
向づけられているのでない。
大江健三郎『厳粛な綱渡り』(文芸春秋)「二十歳の日本人」