【真っ二つ】あのナイフとの別れ【紛失】

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310名前なカッター(ノ∀`)
カヌーで川下りしながら、野宿と釣りを楽しんでいた時期があった。
相棒は、ガーバーのM475だった。M2ハイスピードスチールは、よく切れ、研ぎやすく、実用的なナイフだった。

カナダのある川で出合った珍しくも同じ日本人同士。その彼は、ガーバーを見たとたん、「フン」と軽蔑した。
彼が言うには、携行するナイフは、北欧製でなければお洒落ではない、とのことだった。
311名前なカッター(ノ∀`):2010/11/01(月) 23:25:36 ID:GvpkUfSB
さて、多少不躾な印象を受けた彼だが、数ヶ月遭っていなかった日本人ということもあり、彼と数日だけ川での生活を共にすることにした。
自分はドライフライやストリーマーという毛鉤で鱒を釣った。彼は、スプーンやプラグといったルアーを駆使して、同じように川から
鱒を引きずり出した。もちろん、その日の糧の為だった。

自分よりもかなり大型の鱒を捕らえた彼は、やはり「フン」と大きく鼻で笑って、魚の〆にかかった。

あっという小さな声が、彼の口元から発せられるのに気がつき振り向くと、彼の親指から鮮血がほとばしっていた。
彼の自慢のナイフが、鱒の急激な動きに捉えられ、却って彼の手を傷つけてしまったのだ。

彼の顔が赤黒く変色し、口元が歪んだ。
「こんちくしょう!!」
彼はそう日本語で叫ぶと、自慢のナイフを逆手に持ち、鱒の鰓蓋にポイントを叩きつけた。

キーン…

夏空の水田を通る風が、軒先に吹いて鳴らす風鈴の涼しげな音、を連想させるような響きが、異国の渓流に響いた。
彼の自慢の北欧ナイフ、ハックマンのタピオは、垂直に振り下ろされた挙句鱒の鰓を容易く貫通、結果鱒の体重を
支えていた岩にポイントから強打、中ほどから折損してしまった。
鱒は、確かに事切れていたが、彼はそれ以上の作業が出来なくなっていた。

どうしよう。見て見ぬ振りをすべきかここで我がナイフを供するべきか…

目を合わせないまま気まずい時間が続く。しかし、彼のほうから、新たな音が聞こえた。
「カチカチカチ・・・」
彼は、何食わぬ顔で、オルファカッターで続きを再開した。異国の川原では、ガーバーもハックマンも、故岡田社長には
かなわなかったという事なのか。

過去に魚を〆る際に切り裂いてしまった手の古傷を眺めながら、彼の変わり身の速さと、相変わらず日本の工業製品の
素晴らしさに、何だか変な感情がむくむくと沸きあがった一幕だった。